「なあ、ラピス、俺は……どこで道を踏み外したのかな?」

「……アキトノイッテルコト、ラピスワカラナイ。ケド、ラピスハアキトニツイテイク」

「ありがとう」

「ドウイタシマシテ」

 アキトは戦艦、ユーチャリスの艦長席に座りながらラピスと話していた。

 先ほど、火星の後継者の残党を殲滅してきたところだった。
 敵の断末魔がまだ耳に残っているようで……。
 洗っても取れない深紅の染みが体中を覆っているようで……。
 ラピスを見て、そして利用している自分を見て……。








機動戦艦ナデシコ
For the Cherished Memory

あの忘れえぬ思い出のために








 火星での叛乱は鎮まり、太陽系に再び束の間の平和が訪れた。
 火星の後継者たちから助け出されたユリカも日を追うごとに回復していった。

 残党を始末するために再び戦いに身を投じたアキトは、その後、一度だけユリカに会いに行った。



 

 病室に見慣れた顔の人が入ってくる。
 最愛の人……。
 最も逢いたいと願っていた人物……。

 アキト……?

 けれど、どこか違う。
 この人はアキトじゃない?
 私の知っているアキトは、……こんな感じじゃない。

 けれど、少し、アキトに似ている……。

 だから、私はこう言った。

「どちら様ですか?」

 と。







「どちら様ですか?」

 バイザーをはずし、素顔を見せたユリカの反応。

 そのユリカの言葉が絶望を呼び、頭に浮かんだことは……

 夢。

 ……夢は最期まで夢。


 そう、思った。



 その瞬間、心の周りに瞬時にして硬い鉄壁の壁が築かれる。
 リンクのつながっているラピスをも拒絶し、心の中は闇に包まれる。

 孤独の中の闇の中……。
 奪った命が急に心の中に浮かんでくる。
 命を失ったもの……死ななくても住んだ人達……。
 その思いが胸によみがえる。
 そして、アキトはさらに自己嫌悪に落ち込んで行く。

「いや、なんでもない。ただ、これを君にと思ってね……」

 左手の薬指にはめていた、ダイヤモンドとプラチナの指輪を外し、ユリカに手渡す。

「この指輪、ユリカのと、似てるね。まるで、ペアみたい!」

 ――当たり前だ。
 ペアなのだから。

「……さようなら、ミスマル・ユリカ」

「あ、うん。この指輪、ありがと!」

 指輪を指の間で転がしているユリカを少し見た後、アキトは部屋を出た。


 生きる気がうせた。
 何をしても無駄に終わるような気がして。
 ……死の淵をさ迷い歩いていた。







「ユリカさん、具合はどうですか?」


「あ、ルリちゃん、来てくれたんだ。ユリカ、感激!具合はいいよ〜、けどお医者さんがね、あと一ヶ月は入院してなくちゃいけないんだって。もう、ユリカ、プンプン!!」

「そうですか……」

「あ、そうそう、ルリちゃん、お父様はどうしてる?」

「このごろは、仕事が増えたみたいで……」

「そう」

 ユリカさん、前はアキトの情報、教えてって言ってきたのに……。
 このごろは、アキトの名前すら、出てこなくなってる。
 アキトさんのこと、もう、どうでも良くなってしまったのかな。
 
 けど、信じられない。
 信じない。
 私が一度認めた人。

  ――この人だったからこそ、私は自分の想いを封印したのだから。







「ねぇ、ルリちゃん、アキト今頃どうしてるのかな?」

「ユリカさん?」

「昨日ね、いきなり黒ずくめの人が入ってきてね、この指輪をくれたの」

 ベッドの隣の机の上におかれていた指輪を、ルリが見れるように差し出す。

「ユリカさん、これ――!!」

 ユリカが差し出した指輪を、思わず手にとって見る。
 ――アキトさんとユリカさんの結婚指輪だったはず。

「面白いでしょ、私の指輪と同じなの。しかも、内側に彫ってある名前まで、一緒なんだよ」

 ユリカの言葉に、指輪を凝視するように見るルリ。
 内側には名前が彫ってあった。

 〔テンカワ・アキト ミスマル・ユリカ〕

 これは、紛れもなく、アキトさんとユリカさんの結婚指輪。

「ね、面白いでしょ。――私と同じ名前の人が、アキトと同じ名前の人と結婚するなんてね」

 その言葉に、ルリは怒りを隠せなかった。

「これは、ユリカさんとアキトさんの結婚指輪ですよ!!あの黒ずくめの人がアキトさんなんです!!」

 まるで、アキトを認識していないかのよう。
 それが、許せない。
 ――絶対に。

「うん、だから、同じ名前の人なんでしょ?」

 この期に及んで、まだ理解していないよう。
 ルリは、怒りで顔を紅潮させる。

「…違います!!あの黒ずくめの人は、あなたのアキトさんです!!!」

「ルリちゃん、そんなこと、絶対ないよ。だってアキトは――

――アキトは、あんな恐い感じじゃないもん!」


 自分の好きな夫に向かって。
 自分を命がけで助けた人に向かって。
 
 そして何より、ルリ自身が……する人に向かって。

「――!!!」







「アキトさん!帰ってきてください!私も、ユリカさんもあなたの帰りを待っているんですよ?」

 ナデシコCからの通信だ。

 ルリはアキトにかえって来る意志が無いのを知ってから、毎日の全ての時間をアキトの追跡に使っていた。
 何十回だろうか……俺を追いかけ逃げられ、それでも追いかけてくる。


 ……俺のことは、もう忘れたほうが幸せなのに。
 俺が、いなければ……。


「それはうそだな。ルリはどうか知らないけれど、ユリカはもう俺を望んではいない」

「なぜ、そんなことがアキトさんに解るんですか!」

「わかるんだよ。……会いに言ったからな。そのとき、俺の素顔を見てユリカはこう言ったんだ……『どちら様ですか?』ってね。もう、ユリカにとって、俺は、テンカワ・アキトは『王子様』では無くなったんだよ……」

「!!……そ…んなこと……」

 ルリの表情が見る見る沈んでいく。
 心当たりはありすぎる。
 あの病室での話、ユリカは……。

 ……ユリカにとって、アキトは単なる『王子様』だったのか?
 今のアキトを受け入れられないユリカは……。

「ならば、私のところに帰ってきて欲しいんです!あなたを……愛しています!お願い……!!」


 電子の妖精の必死の懇願と告白も、アキトの壁は壊せなかった。


「すまない。ルリの思いには答えられない……」

「……そうですか。アキトさん、もし私が最初にあなたに会っていたら――」

「さあ、な。在り得たかも知れない……けど、いまさら、だよ」

「……そうですね」









「ハーリー君、通信、切れました?」

「え、艦長……」

 何故、画面がぷつっと切れたのが見えないのか、怪訝に思った少年は艦長を振り返る。
 ルリは泣いていた。静かに、けれど、涙は途切れることなく流れ続ける。

「……艦長」

 泣いている艦長を見るのは始めてだった。不謹慎な気もしたが、見た第一印象は『綺麗』だった。

「ハーリー、今はそっとしておいてやれ」

 サブロウタさんの声で我にかえって辺りを見回したら、みんなブリッジの扉の外に居た。
 僕も、今は艦長を一人で泣かしてあげるのが良いのかな、と思った。

「……はい」











『ホシノ・ルリ、失踪!?』
『電子の妖精、攫われる!』

 その約一ヵ月後、ホシノ・ルリがいなくなった。
 未だ残っていた火星の後継者の残党に攫われたようだった。
 UE・SPACY、宇宙軍は火星全土を一気に掌握した力を恐れていた矢先のこと。
 捜索には表だけに力をいれ、裏では何もしなかった。

 いや、本当は知っていたのかも知れない。
 そして、その上で知らん振りを決め込んでいただけなのかもしれない。







「アカツキ、頼みがある」

 ネルガル本社、会長室に通されたアキトが言った。

「分かっているよ、ルリ君の捜索……だろう?」

「たのむ」

「もう、うちのシークレットサービスがやっているよ」

「すまない」

 そのアキトの言葉に顔をしかめたアカツキが言った。

「テンカワ君、そのすぐに謝る癖、直したほうがいいね」

 アキトはアカツキの言葉を無視すると、振り向いて部屋の出口に向かっていった。
 その背中にアカツキが声をかける。

「ああ、行く前に。エリナにも会いにいってやれ。このごろ、寂しがっていたぞ?」


 しかし、アキトは立ち止まったものの、なんら反応を返さずに出て行った。






「くくく……あの悪名高い魔女も、オモイカネがないと、ただの小娘か……」
「ヤマサキ博士、……戴いてもいいでしょうか?」

 火星の後継者がつぶれたあとも、ヤマサキとその科学者の仲間たちは健在だった。
 火星・木星間の小惑星群の中に巧妙に隠した小コロニーにルリは連れて行かれた。

「ああ、別にいいですよ。必要な実験はもう済ませましたからね。ただ、壊さないでくださいね。まだまだ実験もしたいですから」

 三年前、アキトの感覚を奪った男がここにいた。

「有難うございます」







 ネルガル月本支部。
 セクター099。
 アキトはこのうちの一部屋に住んでいた。

 扉が開く音と共に、部屋の中が明るくなる。


「アキト君、火星の後継者の基地を見つけたわ。私は、ここに居る可能性が高いと思う。今現在で発見されている基地の中では、最高規模よ」

 アキトは部屋に入ってきたエリナに顔を向ける。
 扉が閉じる。部屋はまた暗く濁る。


「火星・木星間の小惑星群、ポイント1098、2301あたりに、火星の後継者の戦艦を142見つけたとの報告が――」

「すまんな」

 それを、アキトは謝罪で遮る。

 自分の脇を通り過ぎるアキトに呟く。

「……私は、…会長のお使い、……だから」

 ――自分ではこの男は引き止められない。
 けれど、だからこそ好きになったのだ。
 
 かなわない願い。

 この数年間、彼の一番近くに居れた。
 それだけで分相応だと思う。

 しかし、それ以上を求めてしまう自分がいて。
 それを悟られないようにと思ってできる限り隠そうとする。

「それでも、な」

 そう言って自分の傍を通り過ぎ、ドアを出ていく彼の足音が耳に残る。
 圧搾空気が抜けるような音と共に、扉が閉まる。

 部屋が黒く濁る。





 結局、自分の思うことはみんな彼に筒抜けなのだろう。
 本当にすまなさそうな顔をする彼を見て思った。
 
 自分の願いがかなう事は、ないのだろう。
 自分の傍を通り過ぎるアキトが、自分とアキトの道が交差して遠ざかって行くようで。
 そのまま、振り替えずに出て行った足音が遠くへ遠ざかって行くようで。
 扉が閉まって部屋が暗くなる様が、拒絶されているみたいで。

 ――寂しかった。
 
 
 


 不意に、また扉が開かれる。
 アカツキだった。

 アキトのベッドに据わって、顔を俯かせたままのエリナに、声をかける。

「エリナ君、ちょっと仕事が……」

「あ、会長……」

 アカツキは、言いたいことを言い終える前に、目を見開いて、信じられない事が起きたかのように硬直する。
 エリナは、そんなアカツキの様子に不自然を感じて、自分も途中で言葉を止めてしまう。

「会長?」

「あ、ああ、すまない。エリナ君が泣いているのなんて、初めて見たものだから、つい」

「泣いている?」

「ああ。気付いてなかったのかい?ほら」

 アカツキが一歩前に踏み出してエリナの頬に流れていた涙を拭う。
 アカツキの指が自分の頬を拭うので、やっとエリナは自分が泣いていたことを自覚する。

「何のことで泣いてたのか、知らないけど、人生前向きでいたほうがいいよ。もしかしたら、知らないラッキーな事が起こるかも知れないんだから」

 そう言って、アカツキは笑顔を見せる。

 エリナはその笑顔を見て、心が少し軽くなったような気がした。

 ――こいつにも、結構救われているのかもね。

「ありがとう」

 そう言ったエリナは何か吹っ切れたようなようで、綺麗な微笑を浮かべていた。
 アカツキは、一瞬その微笑に引き込まれるような気がして、見とれてしまう。









「いくぞ、ラピス。ジャンプの用意」

「ワカッタ。ジャンプフィールド、テンカイ」

 宇宙群より一足先にネルガルが見つけた火星の後継者の残党の拠点に急ぐアキト。

 ……ルリもここにいるはずだ。

「アキト、ラピス、ナニカワルイコトシタ?」
 
「いや、ラピスはいい子だよ」

「ナラ、ナンデ、リンク、トジチャッタノ?」

「…………」

「オネガイ、ナンデモスルカラ、ラピスヲ、オイテイカナイデ!」

「ああ」







 ここまで、ですか。
 私の人生もそう長く無かったですね。

 アキトさん……。

 ……さようなら。







「何者かがジャンプアウトしてきます!」
「質量からして戦艦タイプ!」

「白亜と死神だ!!!」

 ユーチヤリスはその白い外見と最強と言われた戦闘能力でユーチヤリスとブラックサレナは火星の後継者たちには『白亜と死神』と呼ばれて恐れられていた。
 周りの研究者たちは慌てて脱出準備をしている。
 その中で、ただ静かにたたずむ者がいた。

「テンカワ・アキト、ですか……。今回ばかりは少し、遅すぎたようですねぇ」

 ガラスの向こう側にいるルリに目をやって呟いた。

「残念です。もう少し実験がやりたかったのに」






 ここは今の火星の後継者の拠点だったらしく、他の残党の隠れ家よりも一段と激しい抵抗がきた。
 しかし、コロニーの防衛軍と比べるとまだまだ未熟だった。
 焦っているのか、きちんとしたフォーメーションも組まずに特攻してくる。

「ラピス、ここは任せる。俺はコロニーに侵入する」
「アキト、……シナナイデ」

「ああ、分かってるよ」






「テンカワ、アキトさんですね」

 コロニー内に侵入したアキトの前に忘れることのできない顔が現れる。

「ヤマサキ!!!」

 憎悪が心の奥から吹き上げる。
 アキトの身体に実験を行った張本人。

「良く、ここを突き止めましたね……だが、少し、遅すぎたようですね」


 ヤマサキが部屋のもう少し奥に視線を移す。アキトもそれにつられて、そちらへ眼を向ける。

 そこには、全裸のルリがいた。体中にあざがあり、所々切れて、血が流れ出している。眼は自分の目のように濁り、瞳孔が開ききっていた。そこに、以前あったものは失われていた。


「アキトさ――!!」?


 アキトとヤマサキの声でアキトがここに居ることを知ったのだろう。驚きと、ほんの少しの嬉しさ、それらが入り混じった顔で声が聞こえるほうを伺う。その口から出て着た自分の名前は昔さながらの綺麗な声で……。アキトは一瞬、助けられた、と顔を少しだけほころばせる。

 ヤマサキはバイザーの下からのぞくアキトの口が少しだけほころんだのを見て、満足そうな笑みを浮かべ、そしてそれを醜く歪める。その手は白衣のポケットから黒光りする拳銃を取り出し――

「ルリ!!」

 助けられたと思った瞬間、助けたかったものの胸から鮮血が迸る。

 アキトはそれを見て、愛しいものの名前を叫ぶ。
 
 どう見ても助からなかった。拳銃の弾は肺を突き破り、そしておそらく心臓も貫いているだろう。
 
 アキトはヤマサキを顧みず、ルリに駆け寄る。
 
「くっくっく。まあ、最後の挨拶は邪魔しないであげるよ、『闇の皇子』様……」

 アキトがルリにたどり着いたときには、すでに大量に血が流れ出ていた。やっと、血の吹き出る勢いが弱まったぐらいか。

「アキトさん……これで、最後ですね」

「そんなことはない!死なせない!!」


「もう、私は駄目ですよ。それに、もう…………」




 ――アキトさん……私はあなたに逢えて、幸せでした。ありがとうございます。




 ルリの唇が少し動いたが、その意味は、アキトには伝わらなかった。



「……ルリ……」

 一度少し強く抱きしめた後、力が入らなくなった身体を床にそっと下ろし、ヤマサキに向かい合った。

「私はあなたには負けました。けれど、あなたの勝ちにはさせません」

「ヤマサキ……貴様!!」

「悔しいでしょう?もう、私の夢は終わったも同然だ。火星の後継者が壊滅した後、ここまで作りなおした。けれど、ここももう終わりだ。あなたにも、同じ物を味あわせてあげますよ……道づれにして上げます」

 銃をアキトに向けたまま、左手を白衣のポケットに入れる。

 刹那、爆音。
 アキトたちがいるエリアの全ての出入り口が瓦礫によってふさがれる。

「これで閉じ込めたつもりか、ヤマサキ」

「いえ、これだけでA級ジャンパーを閉じ込められるとは思ってませんよ。けれど、これであなたはここから出られない。この研究所の相転移エンジンが暴走するまで後、9分23秒……。どうしますか、『闇の皇子』様?」

 部屋の壁にあった時計らしきものにヤマサキが目をやり、言う。表示されている数字が減っていく。

「こんなもの、ジャンプですぐに……」

 ルリの冷めていく身体を抱いて、ジャンプフィールド発生装置を作動させる。
 ユーチャリスのブリッジをイメージしたところで、異変に気付く。
 
「フィールドが、発生しない?」

「これが、今回の切り札になるはずだった、ボソンブロックです。ボソン・フェルミオン粒子を通さない、極薄いバリアを張り、前の火星での負け方を防ぐために造りあげたものです。あなたの逃げられない、理由ですよ」

「なら、これはどうだ?」

 アキトはポケットの中から、緊急時用のCCを取り出す。
 ジャンプ体制に入るが、何時もの感覚がない。フィールドは、発生しなかった。

「ちっ!!」

「くくく、天河君、無駄だよ。これは今回のような事のために、わたしが作り上げたものだ。絶対に逃げられませんよ」

<アキト、ユーチャリス、モタナイカモシレナイ。ハヤクカエッテキテ>

「ラピス!!」

「ラピス……もう一人の『電子の妖精』でしたね。今は、どうしてますか?」

 『死神』がいない『白亜』は所詮、ただ性能が上のグラビティーブラスト艦だ。『死神』がいなくては、長持ちしないと言うことを知っての上での質問だ。

「この、解除法を教えろ!!!」

「それがないんですよ、解除のスイッチなんか、ね」

 嘲る笑み。アキトは自分に向けられている、見下されているような笑みが癇に障り、怒りがこみ上げてくるのが抑えられない。

「…殺すぞ」

「どうぞお好きなように」


 命を奪う、と脅したはずなのに、何もかも失ってしまった人間は、なぜ、こうも強いのだろう。
 さわやかな笑顔を顔に貼り付けたヤマサキを見て思う。

 そんな考えがアキトの中に浮かぶと同時に、アキトは自分の拳銃をヤマサキに向ける。

「そのまえに、一つだけ。あなたに教えたい事が、あるんですよ。これは部下の報告なので、私自身はあまりよく知らないんですけどね。ホシノ・ルリはさらわれるときに、まったく抵抗をしなかったと言うんですよ。すぐとなりに非常用の警報装置があったのに。そして、『さようなら』と一言誰にでもなく呟いてから、自ら自分に近づいてきた、とね」

「それで、終わりか?」

 衝動のままに銃を発砲する。
 ヤマサキの眉間に穴が空き、吹き飛ぶ。

 ヤマサキの身体が動かなくなったのを確認すると、アキトはルリの隣に座り、抱き上げる。
 力を失った身体は重く、自分から熱を奪っていくような、ひんやりとした感じが伝えられて来る。最早動かない愛しいものの身体を、アキトはずっと抱いていた。







『……アキトさんの思い込みって素敵です』
 少し、照れたような微笑で。

『大丈夫ですか、アキトさん』
 心配そうな顔。

『馬鹿ばっか』 呆れたというばかりに。

『こんなもの、受け取れません!』
 怒りと戸惑いの表情。

『……あの人は、大切な人だから』
 ……。

 脳裏にルリの姿が鮮烈によみがえる。

「何で、こういう事になるのかな。俺は……」

 五感がなくなった頬が涙にぬれる。







<アキト、ハヤクキテ、ユーチャリスガ――!!>

 ラピスからのリンクが急に途切れる。
 




 死んだのだろう。
 
 



 そんなことを、アキトはぼうっとした頭で思う。

 なんか、心地いいな……。

 束縛が取り払われた、自由の身。

 全てを失ったもの、そしてそれに伴う開放感。





 アキトは、酔っていた。

 ――泣きながら。








 壁にある表示は――

 ――0:01






「さようなら」

 そう言ってアキトはルリの唇に自分のを軽く重ねた。

 ――最期の逢瀬は、血の味がした。







 そして虹色の光に全てが包まれる。















 ある朝、ユリカの居る病室に、ユリカの父、コウイチロウが入ってきて、一枚の紙切れを彼女に差し出した。

 彼の娘同然だった、ルリが大切に大切に何時も肌身離さず持っていた、何度も何度もくりかえし読んだために、少しだけ端が擦り切れた紙切れ。

 あのあと、宇宙連合軍が駆けつけたときに見たものは、火星の後継者たちの瓦礫と化した戦艦群、それと、その中にたたずむ、満身創痍の白亜の戦艦。

 その白亜の戦艦は、連合宇宙軍の戦艦に包囲されても何の反応も見せず、降伏勧告を出したと同時に、自爆した。

 この火星の後継者たちの基地から回収できた特別な物は、壊れかけたルリが使っていた小さな箱だった。その箱の中身は、一つのCCとこの紙切れだった。

「なんですか、これ?」
 
 差し出された紙切れに書いてあることを少し見た彼の義息子の妻は、差し出されたそれを父に返しながら、問いかけた。

「……いや、知らなければ、別にいいよ」

 コウイチロウは娘の反応に一瞬、哀しい目を見せ、返された紙切れを受け取り、そして娘に微笑んだ。










 その翌日、コウイチロウはある墓地に来ていた。彼の義息子と娘、そして彼らの義娘と、会ったことはないけれど同じくらい彼の義息子を慕っていた娘の墓の前――。
 彼は、壊れ掛けた箱を自らの手で掘った浅い穴の中に埋めた。
 
 墓前にささげた花の香りと線香の束からの紫煙が立ち昇る中、彼は遠い空を見上げて呟いた。
 
「それじゃ、行くよ、ルリ。アキト君と仲良くやっているかい、ルリ……」

















――後書き――

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

小6までしか文部省認定の日本語教育を受けていないのと、アメリカ生まれ、アメリカ育ち、アメリカ在住中なので(言い訳)、なにかといたらないところもあると思いますが。

コウイチロウ、ルリ、アキト、ラピス、エリナについて何か感想を抱いてくれればいいな、と思っています。 アキト×ルリのハッピーエンド物を書こうと思って、暇な授業の最中にプロットを作って、家に帰って文章にして……出てきたものがアキトとルリとラピスが死んでしまうもの。何か足りないなと思って入れたのが、エリナの心情。コウイチロウは描写は最後だけで少ないですけれど、その中に彼の心情を表したつもりです。

もし、感想を送っていただけるのでしたら、
こちらへお願い致します。

わたしのHPにもよっていただけたら、光栄です。
http://spiralsky.cjb.com


恵一


代理人の感想

痛いです。

とっても痛いです。

何がかって、ユリカの白痴っぷりが。

これに比べれば他のキャラが死のうが泣こうがそれがどうした、と言う感じですね。

ユリカの「イタイ」が先行して、他のキャラの印象が皆無です。

ナデシコでルリにスポットの当たるSSには大抵露骨なユリカ叩きがあるので

それがざらざらしてて嫌なんですよね。

更に嫌なのはそう言った物が多すぎて、「それが当たり前」になってること。

勧善懲悪ものじゃあるまいし、恋愛物で一方的な悪役を作るのはどうかと思います。

そこさえ気にならなければいいかなと思える所もあるのですが。



で、ここから余計な話。

アキト×ルリの二次創作においてユリカがたびたび貶められているのは何故か。

それは「アキト×ユリカ」が一応の結論として存在する以上

「アキトとくっつくルリ」の立場が本質的に「略奪者」「姦通者」であり、

その思いは「横恋慕」「不義密通」だからではないでしょうか。

言い替えればそう言ったルリは

「他人の男を寝とる嫌な女」なのです。間違いなく。



そこでルリファンとしては、ルリを悪者にしないためにアキトとルリがくっつく理由の正当化が必要になります。

そして、正当化の手段のうちで最も楽なのが「ユリカを悪役にする」事ではないのでしょうか。

一方が明確に「悪」なら対立者は自動的に「善」になりますから。

つまり、アキト×ルリ物においてたびたびユリカが貶められているのは

ルリの「嫌な部分」から読者の目をそらすためではないのでしょうか?

他人の男を寝取ったと言う事実から読者の目を逸らす為に、

ユリカを悪と決めつけているのではないでしょうか?



ルリのファンにとってユリカは単なる邪魔者かもしれませんが、

彼女もナデシコ世界に生きるキャラであり、一個の人間であります。

それを一方的に悪役扱いし、その犠牲の上にハッピーエンドを築く。

大袈裟に言えばその人間(キャラ)としての尊厳を踏みにじってまで

ルリを「いい子」のままにしておきたいのか、と思います。



そして、私が最も不快感を抱くのは「正義は我にあり」とばかりに

ユリカを一方的な犠牲にする事に何の痛痒も感じていない事ですね。

「誰かを正当化する為なら誰かを踏みにじっても構わない」

そう言った傲慢は私は大嫌いなのです。



ぶっちゃけ、アキト×ルリであっても別に構いやしません。

ですが、「アキト×ユリカ」という関係が存在する以上、

それを破壊せずにこのカップリングを成立させるのは不可能です。

(最初から存在させないとか無視するとか言う力技もありますが(笑))

その方法がどうあれ、ユリカからアキトを奪ったルリが綺麗なままではいられません。

けれども、ユリカの品性を貶めてまでいい子でいようとするルリより、

「嫌な女」であっても正面からアキトを奪いとるルリの方が好感が持てはしないでしょうか。



愛は美しくて醜悪な物です。人間の心が美しくて醜悪であるように。

その、美しい部分だけで恋愛をやらせようとするから歪みが出るんだと、そう思います。

それとも、ルリには綺麗な人形でいてほしいですか?









追伸

たまにありますが、11才のルリとアキトをくっつけるのはあれこれ言う以前に

ひととして間違ってる

と思いますがどうですか(爆)。