「お兄ちゃん、ちょっと、早く起きてよ!」

「う〜ん・・・もうちょっと寝かせてくれ・・・」

「もうちょっと・・・じゃないでしょ! 第一、そんな事許したら何時起きて来るか判んないじゃない!」

私の名前は白鳥ユキナ。
現在12歳。あ、あくまで『現在』だからそこんとこ注意ね。
で、この寝坊助が兄の白鳥九十九。まったく・・・こんな姿ミナトさんには見せられないわね・・・
ま、それは今の所おいといて・・・

「お兄ちゃん! 今日優人部隊の説明があるからとかで早く起こしてくれって言ってたじゃない!
 ちょっと、いい加減に起きなさい!!」

「むぅ・・・」

お、起きたかな?

「ぐごぉ・・・」

「・・・・・・・・・実力行使・・・」

私は寝ているお兄ちゃんから少し距離をとる。
ここから布団まで大体2メートル弱。
そこから、

「稲妻キイイィィィック!!」

一足で踏み込んで兄の身体めがけ跳び蹴りを放つ。
そしてそれは、見事に兄の鳩尾あたりに食い込む。

「グオオオォォォォオオオアアアァァァァ!!」

「やっと起きたか」

「や、やっと起きたか、じゃ無い。危うく永眠する所だったぞユキナ・・・」

「今ので永眠しないのも凄いけどね・・・まぁ、いいや。
 それよりお兄ちゃん、軍のほうで呼ばれてるんでしょ? 遅れるよ」

ずい、と目覚まし時計(本人がすでに止めてある)を突きつける。

「な、ななな・・・」

「はい、着替え」

ばっ、と効果音がつきそうな速度でそれを奪うと私がいることなど関係無しで着替え始める。
所要時間10秒。

「次は朝食ね」

遅刻者の定番朝食メニュー、トーストをわたす。
それを掴み口にくわえると次に取り出そうとしていた鞄を私から奪い玄関に向う。

「逝ってらっしゃーい!」

「字が違うぞユキナ! 行って来ます」

ま、お約束だしね。



機動戦艦ナデシコ
〜宇宙に散る雪〜





「さて・・・これから如何しようかな」

地球と戦争をやっているにも拘らず木連の方は地球と違い平和だ。
なぜなら、一応進行しているのはこっちなので本土が危険にさらされない。
まぁ、食糧問題やらなにやら問題は山済みだけど、そんなことは私達の考える事ではないしね。

「掃除洗濯風呂掃除・・・他に何かやることあったっけ?」

だから、学校の無い休みの日ともなると平和でボケそうになる。
一度人の世界の深闇に足を踏み入れた私としてはなおさら・・・

とさっ、と身体を横たえる。
平和な日常。私にはもう戻る事はないと思っていたんだけど・・・人生なにがあるか判らないものね。
まぁ、こういう事もたまにはいいかな・・・もうすぐ忙しくなるし、ね。



「ユキナ! 何時まで寝てるんだユキナ!」

五月蠅い・・・静かにしてよ・・・

「ユキナ! いい加減におきろ!!」

「うぅ・・・五月蠅いなぁ・・・」

「五月蠅いじゃない! もう学校が始まるぞ。このままだと遅刻確定だ!」

「うん。分かったよ。・・・学校?」

ちょっと待った! 何で私が学校なんか行くよ?
アタシもう28だよ? 学校なんかとっくに出てるよ?
って、アタシ独り身だよ? 保護者も居ないよ?
だったら誰が私を起こして・・・

「お兄ちゃん!?」

「お、おぅ・・・如何したユキナ? いきなり大声出して?」

「う、うぅん、別になんでもないの・・・」

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

「・・・あの時は驚いたわねぇ」

何時の間に寝ていたのか・・・目を覚ましたら空が茜色になっていた。
大体5時くらいか。結局何も出来なかったな・・・

「ま、いっか。夕飯の支度でもしよっと」

兄はこの時間には帰ってこない。
早くても6時・・・遅いと帰ってこない事も有る。
ちなみに帰ってこない時はたいてい元一朗や源八郎と漫画を見ているのだが・・・徹夜で・・・

「・・・バカばっか」

誰かの口癖。私の妹の口癖。
もう居ない人の口癖。まだ会ってない人の口癖。
実際、木連も地球もバカばっかだ。
当然、こんな事をいっている私だって・・・
これは夢だっていっている自分がいて、帰ってこれたって喜んでる自分がいて・・・
その自分を、帰ってこれたって私の罪が消えるわけじゃない、皆が戻ってくるわけじゃないって冷たい目で見てる自分がいる。
恐らく、一番バカなのは私だ。
未来を知っていても、この幸せにかまけて何もしない自分・・・
別に未来を変えたいわけじゃない。
別に自分が生きた道を消したいわけじゃない。
別に・・・今までの自分を否定したいわけじゃない。
ただ・・・今は幸せだったこの時の中で・・・
でも、何時までもこのままではいけないとも思う。
だから・・・

「そろそろ、自分の意志で決めないと・・・」

あの話を受けるにしろ、受けないにしろ、自分で決めないといけない。



「ユキナぁ・・・」

「どうしたのお兄ちゃん? そんなゾンビみたいな声で」

「声がゾンビみたいなのは徹夜で帰りがけの兄にお前が飛び蹴りを食らわせたからだが・・・
 それは兎も角な、お兄ちゃん、前線へ出る事になった」

・・・もう、そんな時期か・・・
私の幸せの時間ももう終わり・・・
これからは覚悟を決めないと・・・
でも、何でそんな重要な事をまったく緊張感のない体制で言うかな?

「へぇ・・・優人部隊、とか言うやつ?」

「そうそれだ。だから明日から帰らないけど・・・」

「いいわよ別に。お兄ちゃんが居なくても別段困る事もないし」

「ユキナぁ・・・それは流石に冷たすぎるぞぉ」

あーもう、そんなテーブルに伸びてないで真面目な話なら真面目にしなさいよ!

「そんな事いったって、そんな大事な事を報告する前日に徹夜で漫画見てたのは誰?
 家にすら帰らずに!」

「だから、それは悪かったって・・・」

はぁ・・・ま、いいけど。
これでお兄ちゃんが行って、ナデシコに拘束されて、ミナトさんに惚れて・・・
そして、和平の会談で・・・そんなことには絶対にさせない。
別に私達の未来が間違っていたとは言わないけど・・・
せめてこの世界では、幸せになってほしいと願ってもいいよね?
私の幸せまでは願わない。だから、せめて皆だけは・・・

「ま、敵に捕まんないように気をつけなさいな」

「まったく、ユキナはお兄ちゃんをそんな風に見てたんだなぁ」

実際に掴まるから言ってるんだけど、ね。
まぁ、お兄ちゃんにはそんな事を知るよしもないし。
さて、それじゃ、明日からは大変になるなぁ・・・



路地裏に入って、瓦礫によって巧妙に隠された入り口を見つける。
裏で有名な情報屋から買った高名な違法改造屋の場所だ。
見つけられない様な輩には仕事をする気も無いらしい。
よって、誰かに案内されて来ても仕事には応じてくれない。
どこかで情報を仕入れて、後は自分の足で探すしかない。

「何のようだ? ここはお嬢ちゃんのような子の来る所じゃぁ無いぞ」

「見た目がどうであろうと、こんな所に来るのが客以外にいるとでも?」

「ほぅ・・・くくく、確かにな。いいだろう、言ってみな。
 よほど無茶なものでない限りは造ろう。ただし、相応の金は払ってもらうが・・・」

「大した物じゃないわ。こんなのなんだけど・・・」

私は手にした図面を手渡す。
それを見て店主は、ほぅ・・・と溜息ともつかない息を吐く。

「なかなか面白い発想だな。
 これを使って何をするんだ?」

「簡単な事よ。ある人に自分から自分の罪を暴露してもらうの」

「・・・なんだかよく判らんが・・・まぁ、面白そうだ。
 いいぜ、作ってやるよ。これなら直ぐに出来るだろうから、明日の朝にでも取りに来な」

「判ったわ」

そういって店を出る。
さて、次は・・・



「いらっしゃいませ、どんな御用でしょうか?」

元気のいい店員が私にそう声をかける。
私は懐から大きさ3cmほどの結晶を取り出しカウンターに置く。

「これを、ペンダントか、ブレスレットでもいいわね・・・そんな感じに加工してほしいの。
 あぁ、多少なら削ってもらっても構わないわ。
 装飾なんかは全部任せる」

「はぁ? ちょっと待ってください、店長ぉ! ちょっときてもらえますぅ!?」

「あぁ・・・」

私の注文の意図を図りかねたのか、店員らしい女性は店長と呼ばれた男性に声をかける。

「何だね・・・?」

「これ、加工してほしいって言われたんですけど・・・」

「ふむ・・・硬度はそれなり・・・採光は・・・高めか・・・
 どんなふうにしてほしいんだ?」

ソレを手にとってソレがどんな鉱石かを確認する店主。
触っただけで判るって凄いわね・・・

「ブレスレットか、ペンダントか、兎に角、身に着けていても怪しまれないようにしてほしいの。
 あぁ、なんだったら形状も大きく変えちゃっても構わないわ。
 でも、最低1,7立方センチメートルの質量は残しておいて」

「その質量を残すのなら、どれだけ大きく変えても構わないのだな?」

「いいわ」

「判った。料金は仕事の出来で相談しよう」

「判ったわ。じゃ、お願いね」

「あぁ・・・最後にもう一つ聞かせろ。これは何と言う鉱石だ?」

「・・・CCよ」



ぱさ、っと布団に横になる。
ここは自分の家ではない。
一流、とまでは行かないまでもそれなりに設備の整った中堅クラスのホテルだ。
実は私、木星を離れて今地球に来ている。
この程度の距離を人一人運ぶくらい、後天的なものとは言え、A級ジャンパーである私には簡単な事だ。
だが、そう多用できるわけでもない。なぜなら、CCはさっき預けた物を加えても残りは三つ。
だから、ここでできる事は今回のうちに済ませておく必要がある。
とは言え、私もそう長い時間家を空けるわけには行かない。
一応学生である私が、何の連絡も無く学校を休めば流石に不審がられる
ソレが一日二日で無く、長時間ともなればなおさら・・・
だから、休みである土日、それから祝日である月曜日。
今日は土曜だから、明日あさってのうちに全てを終わらせる必要がある。

「兎も角、もう始めちゃったから戻れないわね・・・
 彼らのほうも上手くやってくれるといいけど・・・」

これがどうなろうと、どんな結末を迎えようと後悔はしない。
今回は、流されるだけでなく自分から道を望む事ができた。
だから、もう覚悟は出来ている。
たとえ、私がどうなろうと・・・



「頼まれたものはこれでいいのか?」

「えぇ。いい出来です」

「片面一時間の録音が可能だ。
 つまり合計2時間だな。アンタがどんな事をするのかは知らんがそれだけあれば十分だろう?」

「えぇ。感謝します。形状も、大体設計図通りですね」

流石は裏でも名の知れた違法改造屋だ。
思った以上にいい仕事をしてくれる。

「感謝などいらんさ。仕事を請けたから仕事をした。
 それだけだ。ほら、さっさと出すもんだしな」

「そうね・・・このくらいでどうかしら?」

私は札束をわたす。
こんなもの一つにかけるには、やや高すぎる気がしないでもない。

「おいおい・・・こんなに払ってくれるってか?」

「これは切り札になるものですから。
 重要性を考えればこれでも安いくらいです」

そう、これは切り札だ。地球と木星の和平の、延いてはお兄ちゃん達の幸せのための。
だから、この程度のお金で済むのなら安いものだ。
もっとも、彼が思ったとおりに動いてくれれば、だけど・・・

「まいど。あんたの依頼ならいつでも受け付けるぜ」

「はい。ではまた、よろしくお願いします」

さて、これで切り札の一つができた・・・
もう一つの方はどうなっているのか、な?



「・・・凄いですね・・・」

「あぁ・・・」

私が頼んでおいたCCは、ブレスレットに加工されていた。
その中心に腕を胸の前で組んだ天使のレリーフが彫刻されている。

「こんな物を、たった一晩で作り上げてしまうなんて・・・」

私は、はっきり言って見とれていた。
それだけ、この彫刻は見事だった。

「これだけの出来なら言い値で買いますよ」

「そうか・・・それじゃあこの位でどうだ?」

そう言って提示された値段は、思っていたよりも遥かに安かった。

「こんなもので良いんですか?」

「あぁ。俺の知らない鉱石が存在している事がわかった。それだけでも十分な報酬だ」

つまり、これは彫刻の代金ではなく、ブレスレットそのものの代金だけのようだ。
なんか、ちょっとした事だけど嬉しい。

「それでは、ありがとうこざいます」

「ありがとうございました〜」

元気な店員の声を聞きながら、私は店を後にした。



では、やることも終わったし、帰りますか・・・
ソレはそうと、向こうはどうなっているのだろう?
上手くいってくれればいいけど・・・
あれも、やっぱり必要になるから、ね。
それもこっちより早く。



    後書き


宇宙に散る雪、改訂版です。
今回は以上!


 

第二話