悠久を奏でる地にて・・・

 

 

 

 

第25話『効果抜群!恋の劇薬!!』

 

 

 

 

 

 

―――――十一月六日―――――

 

 

 

 

この日、エンフィールドにある屋敷の某一室にて、

一人の少女の手により、何やら怪しげな行為がおこなわれていた。

 

 

「まず、水晶花の葉を擦り潰して作った液を入れて、次にコウモリの羽根を…」

 

 

目深までフードをかぶった少女が、何らかの参考書を片手に、

部屋の中央にすえられた大鍋に、次々に得体の知れない材料を入れていた…

 

その大鍋の中に煮えたぎっている液体は、不鮮明な紫色。

お世辞にも美味しそう―――――否、健康に良いとは絶対に思えない色合いである。

入れている材料からして、すでに口に入れるモノと思いたくもない。

 

 

「良し!これで材料は全部ね☆」

 

 

少女は用意した全ての材料を入れ終えて一安心したのか、ホッと溜め息を吐く。

そしてすぐに、手に持つ参考書らしきもの…よく見れば魔術書らしい…をめくり、次のページを開けた。

 

 

「え〜っと何々、次は…できあがった液に魔法をかけるのか。よ〜し!頑張るぞ!!」

 

 

何が目的か知らないが、少女は精一杯力むと、左手に魔術書を持ち、右手を大鍋の中の液体に向けてかざした。

そして、若干たどたどしく、魔術書に書かれてある呪文の詠唱を始める。

 

 

「グラム…ゲト……ツ、ツェ?ツェトナー…ラ・ムード…ア、アル?まぁいいや、アルフェラレンス―――――」

 

 

凄まじく不安になるような呪文の詠唱もやがて終わり、

少女は魔術書のページをめくり、書かれてある文字を目で追い…中身を理解すると、嫌そうに口を尖らせた。

 

 

「え〜!中身が十分の一以下になるまで、ずっとかき混ぜる!?

ぶ〜☆そんな面倒くさいことやってられないわよ!!もうちょっとパパッと出来ること書いてなさいよ!!」

 

 

少女が腹を立ててその魔術書を壁に向かって投げつける。

その際、目深にかぶっていたローブが外れ、隠れていた蜂蜜色の髪が現れた。

 

 

「…………」

 

 

五分ぐらい経っただろうか…

蜂蜜色の髪の少女は床に落ちた魔術書をジ〜っと睨み付けた後、つかつかと歩み寄り、拾い上げた。

そして、付着した埃をパンパンと払ってまた同じページを開き、近くの台の上に置いた。

 

 

「こんなことで、マリアくじけないもん!!」

 

 

少女…マリアが挑戦的にそう呟くと、立てかけてあった棒を手に持ち、大鍋の中身をかき混ぜ始めた。

 

 

一体何を作っているのかはわからない…が、

『マリア・魔法・怪しげな儀式』という三連コンボの前には”平穏”という言葉は朝露よりも儚い……

 

翌日、それをある男が嫌と言うほど味わうこととなる。

 

 

 

 

 

 

―――――そして、その翌日、十一月七日。

 

昼を少し過ぎた時刻…『ある男』ことテンカワ アキトが、一仕事を終え、帰途についていた。

 

(まったく、いきなり予定を変えられたのには参った…

昨日、仕事に行ったらいきなり『明日の午前中までにすましてくれ!』だからな。

しかもみんなは仕事が入ってて手助けは頼めなかったし……

モンスター退治ならともかく、事務仕事の短縮は容易じゃないからな。おかげで疲れたよ)

 

首を左右に動かして、肩のこりをほぐしながら大通りを歩くアキト。

その反対側からは、うつらうつらと眠たげに目を擦っているマリアが、小瓶を大事そうに抱えながら歩いていた。

 

 

(う〜眠たいよぉ…完成するのに半日もかかるなんて…おかげで徹夜しちゃった…

でも、そのおかげでちゃんと作れたし…後はアキトにコレを…―――――ッ!!)

 

 

寝不足で注意力散漫になっていたのか、道端にある小さな突起に躓くマリア!

生来の運動音痴の上に、考えことをしていた所為で受け身すら取るひまもない!

 

 

「わ、わわわわ!!」

 

 

慌てて手をバタバタ振って体勢を立て直そうと足掻いたが、その行為も虚しく身体は前に向かって傾く。

マリアは目をギュッと閉じてすぐに来るであろう衝撃にそなえる―――――

 

……が、いつまで経ってもその衝撃はこず、代わりにお腹の辺りに暖かい何かが当たっていた。

 

 

「大丈夫かい?マリアちゃん」

「わわわわ…わ?ア、アキト?」

 

 

キョトン…とした表情で、いつの間にか支えてくれたアキトを見るマリア。

いきなりのことで頭が上手く動いていないのか、少しの間、アキトをジッと見つめる…

 

暫しすると状況を把握したのか、顔を真っ赤にしたマリアは慌てふためきながらアキトから離れた。

 

 

「あ、ああ、ありがとう、アキト」

「どういたしまして。でも、ちょっとは気をつけないと危ないよ。いつも助けられるわけじゃないからね」

「わ、わかってるわよ。今はちょっと眠たかったから…(はっ!この状況を利用すれば!)」

 

 

マリアは良いことを思いついたと言わんばかりに表情を輝かせると、その手に持つ小瓶をアキトに差し出す。

 

 

「ア、アキト!これ!!」

「ん?なんだい、マリアちゃん」

 

「さっき、夜鳴鳥雑貨店で買い物したら、おまけで貰ったの。

何でも、疲労回復の滋養強壮剤なんだって…アキト、疲れているみたいだからあげる!」

 

「へ〜…でも悪いよ、マリアちゃんが貰ったものなんだから。

それに、俺よりもマリアちゃんの方が疲れているように見えるよ?」

 

 

確かに、見た目でも中身でも、少々無理して書類仕事をすませたアキトよりも、

徹夜で何やら怪しげな儀式をしていたマリアの方が無茶苦茶疲れているように見える。

 

その事実を理解しているのか、マリアはうっ…と唸ると、顔を俯かせ、

 

 

「アキトの方が毎日頑張ってるもん。だから、これ…飲んで?」

 

 

アキトに小瓶を差し出しつつ、俯き加減のまま、ちょっぴり涙目で見上げるマリア。

そんな態度で頼まれると、断れないのが正常な男…もとい、アキトだった。

 

 

「わかったよ、マリアちゃん」

 

 

微苦笑しながらアキトはマリアから小瓶を受け取った。

そして、少々持ち上げ、中に入っている綺麗な紫色の液体を光に透かして見てみる。

 

やはり、今までの経験上、マリアからの貰い物に少々警戒心があるらしい。

まぁ、常日頃…とは言わないが、よくマリアの起こす魔法騒動に巻き込まれれば、

いくら女子供に非常に甘いアキトでも、多少なりとも警戒心が出来たのだろう。

 

当のマリアと言えば……

 

(やっぱり、アキトってば女の子のこういう態度に弱いんだ☆)

 

と、そんな考えつつ、欠伸ででた涙を手で拭いていた。恐ろしいまでに小悪魔ぶりだ…

 

(シーラとクレアに教えてもらったとおりだね☆)

 

 

…………………どうやら、小悪魔は一人じゃなかったらしい。

しかも、見事にアキトの弱点をついている辺り、『小』が外れるのもそう遠くないかも知れない

 

 

 

閑話休題それはさておき……

 

意を決した(意を決しなければ飲めないとも言う)アキトは、小瓶の中身を一気に飲み干した。

 

 

「……………ふぅ。苦い(って言うか、苦い程度でよかった)」

「りょ、良薬口に苦しって言うじゃない!で?何処か変わった感じはしない?」

 

「ん〜〜…特にないよ。あの手の飲み薬って、沢山の栄養が入ってるだけで、即効性はないし」

 

「そ、そうよね…ハァ〜〜(失敗か…)」

「何か言った?マリアちゃん」

「え゛!?!な、何も言ってないよ。じ、じゃぁ、マリアは帰るから!」

 

 

言うや否や、走って去って行くマリアの姿を少々呆然と見送るアキト。

マリアの後ろ姿が見えなくなってから、胃の辺りを右手で押さえる・・・

 

 

「なんとな〜く感じていたけど、やっぱり、マリアちゃんのお手製か…

目的はわからないけど、なんの効果もないようだから一安心だな…でも、念のために浄化しておくか」

 

 

アキトは軽く深呼吸し、清浄なる氣『神氣』を練り上げて『活剄』を使う。

活剄とは氣功術の一種で、体内の毒素や邪気の類を浄化する治癒の技。

 

一応、アキトは大抵の毒を浄化する『麗和浄ディクリアリィ』という白魔術を覚えているのだが、

より難易度が高く、効果も高い『活剄』を使う辺り、かなり用心しているようだ。

 

 

(―――――よし、これで大丈夫だな。マリアちゃんには悪いけど、念のために…な)

 

 

心の中でマリアに謝罪しつつ、再び家に帰るべく歩き始めるアキト。

近道をするため、大通りから脇道の人通りの少ない路地を歩き始めた。

 

その時、今度は向こう側から歩いてくるアレフに気がついた。

 

 

「やあ、アレフ」

「おう、アキトか…―――――ッ!!」

 

 

突如、アキトの数歩手前で硬直するアレフ!

いきなりの出来事に、アキトも何事かと周囲を警戒する!

 

 

「(なんの害意も感じなかった!?)どうした!アレフ!?」

「アキト…俺の…俺の……」

「俺の?」

 

「恋人になってくれ!!」

 

「はぁ?!?」

 

「今、気がついたんだ…今日まで俺が男を磨いてきたのは、お前と結ばれるためだったんだと!!」

 

 

熱のこもった瞳に、同じく熱のこもった演説をするアレフ!

対するアキトは、アレフから距離をとろうと、じりじりと少しずつ、気がつかれないように後ずさりする。

 

 

「さぁ、愛しいハニー!俺の愛を受け取り、二人で新たなる道を切り開こう!!」

「勝手に一人で切り開け!!」

 

 

両手を広げ、アキトを抱擁せんと飛びかかるアレフ!

それをアキトは通常の倍以上の距離をとりながら避けた!!

 

 

「なぜ避けるんだい、マイ・ハニー!!」

「避けるわ、アホ!!」

 

 

思いっきりそう言った関係が苦手なアキトは、全身に鳥肌を立てつつ、アレフとの一定の距離を取る。

その雰囲気が伝わったのか、アレフは悲しそうな泣き顔になると、腰に下げてある刀を抜いた。

 

 

「そうか…俺の愛を受け入れてくれないんだな…なら、一緒に死んでくれ!!あの世で幸せになろう」

「泣き顔で洒落にならない事いうな!というか、俺の方が泣きたいわ!」

 

 

アレフの繰り出す剣撃を次々に避けながら、怒鳴り返すアキト。

ちょっぴり涙目になっているのは仕方がないだろう。

 

 

「なぜだ!なぜ俺の想いを受け取ってくれない!」

「当たり前だ!そんな事本気マジで思っているのか、アレフ!!」

「それこそ当然だ!!」

「いっぺんトーヤ先生に頭の中を見てもらってこい!風裂球エアロ・ボムッ!!

 

 

素早く詠唱をすませたアキトは、力ある言葉カオス・ワーズを唱え、圧縮空気を放つ!

その放たれた圧縮空気はアレフの胸元で弾け、吹き飛ばす―――――はずだったが!

 

 

「そんなもので、俺の愛が妨げられると思っているのか!!」

 

 

ボヒュンッ!!

 

奇妙な音と共に、炎を纏ったアレフの刀が圧縮空気を真っ二つに斬り裂いた!

 

 

「嘘だろ……」

 

 

その時になって、アキトは気がついた。

アレフの持つ刀の刀身が、炎を発する寸前から、真紅に染まったことに。

そして、柄に赤い宝玉が填め込まれているのに。

 

 

(あれは神隷珠元々の球?……いや、違う。朱雀の力の残滓が集まって結晶化したのか?

その朱雀の残滓が、アレフの魔力や精神力を吸収して、炎を発しているようだな。

それにしてもアレフの奴、この一週間でそうとう訓練したんだな……)

 

 

剣から刀に転向したにも関わらず、良い太刀筋を見せるアレフに驚くアキト。

それと同時に、余程素振りを繰り返したのか、手に包帯を巻いていることに気がついていた。

 

 

(だが、それを発揮する場所を間違えたらいけないだろ?)

 

「アキト!俺の…俺の…」

 

 

普通ではないアレフの精神力に触発されたのか、刀の炎が更に勢いを増す。

しかも、その炎は使い手の意のままに操れるのか、刀身を中心にて、ある形へと変化する。

 

それは……

 

 

「俺の愛を受けとれぇ!!」

 

 

簡略された心臓…つまり、ハートの形をした炎・・・・・・・・・が、アキトに向かって振り下ろされた!!

 

 

「熱い気持ちなのは解った…解ったから暫く寝ていろ」

 

 

一瞬でアレフの後ろに回り込んだアキトは、首筋に手刀を叩き込み、気絶させた。

精神力と魔力の供給が絶たれた神刀『朱雀』は、纏う炎を消し、刀身も元の白銀色へと戻った。

 

 

「まったく…一体何がどうなっているんだ?アレフの奴、どう考えても正気じゃなかった。

いや、正気ではあったが、抑えきれない感情に操られている…というのが正解か…」

 

 

もし、アレフが真性の男色家に転向してなりふり構わず暴走すれば、ああなったかも知れない…が、

アキトの知る限り、アレフにはその兆候は砂粒ほども無い。

これが、女性に対して暴走する…と、言うのであれば、可能性は十パーセントぐらいあったが…

 

 

(この状況下で考えられるのは、アレフが誰かから強力な精神操作マインド・コントロールを受けた可能性だな。

俺と会ったことがきっかけトリガーとなって、発動した…という線が濃厚か。しかし、一体誰が…

こんな回りくどい手を使う奴は俺は知らない。俺を狙う最有力候補であるシャドウの可能性も低い…

俺が予測する、奴の『目的』に合っていないからな。すると、他の知らない誰かが…)

 

 

「おい!貴様!!」

「ん?」

 

 

アキトが掛け声が聞こえた方向に振り向くと、そこにはハルバードを持ったアルベルトの姿があった。

しかも、何やらご立腹の様子で、アキトに向かって走ってきている。

 

 

「何やら男二人が痴話喧嘩で騒いでいると聞いて来てみれば…貴様達が原因か!テンカワ!アレフ!

貴様等が街に迷惑をかけたら、アリサさんが一番の被害を被ることがわからないのか!!」

 

 

アルベルトの容赦なく正しいもの言いに、困った顔で頭を掻くアキト。

確かに、アキト達が騒ぎを起こせば、半保護者であるアリサに迷惑がかかるのだ。

 

 

「まったく!何か騒ぎがあると、ほとんど貴様が関わっている。少しは自重したらどう…」

 

 

言葉を半ばで止め、アキトの数メートル手前でピタッと静止するアルベルト。

先程、似たような光景を見たアキトは、思いっきり嫌な予感がした…案の定、

 

 

「いや、自重などとは生ぬるい!やはり、貴様には監視が必要だ!」

 

(…この展開に話の流れだと、まさか…)

 

「これからは、俺が一日中ついて、お前の面倒を見てやる!拒否は許さん!!」

「なぜに!?」

「それは、お前への愛ゆえにだ!!」

「お前もか、アルベルト!!」

「何!『お前もか』だと!?するとアレフもか!これは躊躇っている場合じゃない、行くぞテンカワ!!」

「って何処に!?」

「それは無論、二人の新天地にだ!さぁ、熱く燃える愛を確かめあおう!」

「そんなのさっさと燃え尽きろ!火炎球ファイアー・ボール!!

 

 

アキトの掌に生み出された光球が、アルベルトに向かって飛翔する!

 

 

「甘いっ!!」

 

 

だが、アルベルトは助走も無しに跳躍し、光球を跳び越え―――――

 

 

「(こいつは行動パターンが読みやすいから楽だな)―――――ブレイク!!」

 

 

跳び越えようとした途端、光球はアキトの意志に応じて爆発し、真上にいたアルベルトを爆風で吹き飛ばす。

そして、天高く舞い上がったアルベルトは、重力に引かれて落下し、ポテッと地面に落ちた。

 

 

「悪いと思うが、一応手加減はしておいた。ありがたく思ってくれ」

 

 

爆風の熱気で程良く焦げミディアムに焼け、ブスブスと煙を上げて気絶しているアルベルトに、片手を軽くあげて軽く詫びるアキト。

当然だが、態度とは裏腹にその顔には微塵も詫びている気配はない。

 

さすがにアレフの事で事態をある程度把握したためか、ほとんど問答無用…少々可哀想な気もする。

 

と、その時…アルベルトが来た方向から、見知った氣を感じ、振り向くアキト。

それと同時に、その氣の持ち主は軽く眉をひそめながら、倒れているアルベルトとアレフを見た。

 

 

「巡回中、騒ぎがあったと聞いてきてみれば…これは一体何の騒ぎなのかな?」

 

 

大剣らしき物を背負った男…リカルドが、唯一立っているアキトに向かって質問する。

その質問に対し、アキトはどう言ったらいいか?と言う感じに頭を掻きながら、頭の中で言葉を選ぶ。

 

 

「え〜…簡単に言えば、突然トチ狂った二人を出来る限り穏便に気絶させた…かな?」

「ふむ、そうか」

 

 

アキトの簡単すぎる説明に納得するリカルド。

そんなので信じるのか!?と、内心ビックリするアキト。

それと同時に、脳裏にある言葉がよぎった…すなわち、『二度あることは三度ある』だ。

 

 

「失礼を承知で訊きます。リカルドさんは正気ですか?」

「何を言っているのかは解らないが、私は私だ。自分の意思で行動しているとしか言い様がないのだが?」

「そうですか。一応、リカルドさんは正気みたいですね」

「先程から『正気』とか『狂った』とか、一体何があったのだね?」

「ええ、それはですね…」

 

 

アキトはアレフとアルベルトの突然の行動についての説明と、自己的な状況判断を述べた。

それを聞いたリカルドは、顎に左手を当てながら、思案し始める。

 

 

精神操作マインド・コントロールか…その可能性は高いな。ただ、それほどの強い暗示となると、一朝一夕では無理だろう。

ただ暴走させるのではなく、半ば正気を持ったまま、思考を操作して暴走状態にさせるのだからな。

しかし、そうなると厄介だな。今までまったくそんな気配を感じさせずに術を施せる者がいるとは……

しかも、一体誰が正気で、そうでないかは君と出会うまで解らないときた」

 

「そうですね…この二人アルベルトとアレフなら多少手荒でも良いですけど、もし女性となると…」

「事を手荒にすませれば、君の立場が悪くなってしまうな」

「ええ……」

 

 

真面目な顔してさらっと酷い事を言うアキトとリカルド。

気絶したままの二人の背中に、哀愁が漂っているように見えるのははたして気のせいなのだろうか…

 

 

「ではアキト君、一応の打開策が見つかるまで、私の家にでもこないか?」

「え?しかし、リカルドさんの家にはトリーシャちゃんが…」

「なに、気にすることはない。トリーシャも反対はしないだろう」

「いえ、もしトリーシャちゃんまで暗示にかかっていたらと思うと…」

 

「その可能性はあるが、トリーシャなら大丈夫だろう。私か君ほどの実力があれば、一瞬で気絶させられる。

それに、アリサさんの所や他の者の所に行って騒ぎを起こすよりは、まだましだろう。

なにもずっとと云う訳ではない。ある程度の様子を見るまで、私の所に来る方が良いと思うのだが?」

 

「そう…ですね。正直、心苦しいんですけど…よろしく御願いします」

「ああ、わかった。では行こうか、我が妻よ」

 

「…………は?」

 

 

最後の聞き捨てならない…もとい、聞きたくなかった言葉に硬直したアキトは、リカルドの顔を見直す。

少なくとも、アキトの見る限り、リカルドの顔や目は合ったときとなんら変わりはない。

いつも通り…ごく真面目な顔をしたリカルドであった。

 

 

「今、なんて?」

 

「むぅ…気に入らなかったようだな。では、今時風に『マイ・ハニー』と呼べばよかったのか?

なら言い直そう。マイ・ハニーよ、私達の愛の巣に行こうではないか」

 

「リカルドさん!あんた正気じゃなかったのか!」

「何を失礼なことを…私はいたって正気だ」

「『正気』の意味を知ってて言っているんですか…」

 

 

その場から後ろ向きに跳び、リカルドとの間合いを空けながらうんざりと呟くアキト。

さすがに三回目になると、驚きを通り越してしまったようだ。

 

 

「正気とは、正常なる意識を持つこと…つまり、私もその中に入る」

「入るか!」

「では、私と共に来る気はないのかな?」

「来る気があると思っている時点で正気じゃないと思いますけど」

 

「ならば仕方がない…これも私達の薔薇色の未来のため、多少手荒な事をしても来てもらおう!」

 

 

そう言いながら背負っていたモノを構えるリカルド!

さすがに『剣聖』の称号を持つ者だけあって、アキトの目から見ても隙一つ無い構えだった。

 

だが、それよりも気になるのは、やはりリカルドの持つ大剣らしき武器であった。

豪華な柄があり、刀身にあたる部分の長さが約1.5メートルとなると、大剣と称されるだろう。通常は……

問題はその刀身に当たる素材…そこには、鋼の刃ではなく、八角形の水晶の棒がくっついていたのだ。

二次元的に見ると、柄から水晶の刃が伸びた立派な剣に見えるのだが、

立体で見るとただの水晶で出来た棍棒もどきにしか見えない。

 

少なくとも、アキトの目から見てもそうとしか見えない…のだが、

それとは裏腹に、アキトの直感があの武器は危険だと警告しているのもまた事実であった。

 

 

(なぜか解らないが、あの剣と真正面から戦うのはやばい気がする……

が、小細工で戦闘を回避できるほどリカルドさんは甘い相手じゃない…どうする?)

 

「さあ、観念したまえ。いくら君の力が凄かろうとも、この『エグザンディア』の前では無力だ」

 

 

水晶の大剣もどき…エグザンディアを構えたまま、アキトにそう通告するリカルド。

しかし、そう言われたらかといって、素直に降伏するほど、アキトは人生を捨ててはいない。冗談抜きで!!

 

アキトは一瞬で片をつけようと、昂氣を発動させる―――――寸前!

 

 

「尊敬する隊長といえど、こればかりは譲れません!!」

「アキトは俺のモンだ!!」

 

「ぬっ!アルにアレフ君!!」

 

 

いつの間にか気がついた二人が、アキトに迫ろうとしているリカルドを背後から羽交い締めして、動きを止める。

リカルドらしからぬ失態だが、それほどアキトに集中していたということなのだろう。

アルベルトとアレフも、今だ暴走状態が続いているらしく、アキトを渡すまいと必死にしがみついている!

 

アキトにとっては嬉しくとも何ともないことだが、この一瞬を作りだした事だけは感謝した。

 

 

「ナイスだ!アルベルト、アレフ!!」

 

 

周囲の大氣と自らの氣を呼応させながらリカルド達との間合いをつめたアキトは、

軽く身を沈ませ、下から上へと拳を繰り出す!

 

 

「三人ともまとめて吹き飛べ!空破・天昇!!

 

 

アッパー・スイングによって生じた衝撃が、空破によって威力を高められ、強烈な上昇気流を作り上げる。

しかも、その拳には捻りが加えられていた所為か、三人はきりもみしながら彼方へと飛んでいった。

 

 

「水にでも入って、頭を冷やしてこい」

 

 

三人の飛んでいった方向に向かって呟くアキト。

ご丁寧に、威力や方向を調整し、三人がローズレイクのど真ん中に落ちるようにしたのだ。

 

 

三人を吹き飛ばしたことで落ち着いたのか、アキトはホッと一息つくと、続いて今度は深い溜息を吐いた…

 

 

「まいったな、まさかリカルドさんまでこうなるとは…

これだったら、会う人全てがそうなると考えてもおかしくはないな」

 

「何がおかしくないんだ?」

 

 

いきなり背後からかけられた声に驚き、その場から跳びずさるアキト!

そして、振り向いたその先には…少々驚いた表情をした司狼が立っていた。

 

 

「なんだ…司狼か。すまないが気配を消して背後に立たないでくれ」

 

「ああ、悪かった。偶にはアキトを驚かしてやろうかと思ってな…

しかし、いつものお前さんなら気がついていると思ったんだがな。何かあったのか?」

 

「その前に、訊いておくが…司狼は俺を好きだと言って襲わないだろうな?」

「はぁ?なんだそりゃ」

「その言葉で充分わかった」

「だから何がだよ」

「実はな……」

 

 

アキトは先のアレフから始まったリカルド達の奇異な行動について説明をする。

 

 

「なるほどな…しかし、精神操作マインド・コントロールはともかく、その内容が気になるな」

「やはり司狼もそう思うか?」

 

「ああ。アキトを襲わせようとするのなら、憎しみを持つように操作すればいい。その方が確実だしな。

しかし、これだったら、ただのお前への嫌がらせにしかならない」

 

「そうだな。結構、洒落にならなかった気もするが…」

 

 

リカルド達の鬼気迫る態度を思いだしたのか、げんなりした表情になるアキト。

女に迫られるのならまだしも、大の男に迫られて喜ぶ性格はしていない。

もっとも、女に迫られたら迫られたで逃げるのは目に見えているのだが……

 

 

「そもそも、あの二人アルベルトとアレフはともかく、リカルドのおっさんがそう容易く精神操作マインド・コントロールを受けるとは考えにくいな。

精神の強さは半端じゃないし、精神操作マインド・コントロールの防御方法も熟知しているはずだ」

 

「その手の薬とかを使われているという可能性は?」

「考えられない事もないが…あのおっさんが、そんなのに気がつかないタマだと思うか?」

「いいや、全然」

「だろ?」

 

『あの…ちょっと良いですか?』

 

 

周囲に鈴を転がしたような声音が辺りに響く…

それと同時に、司狼の隣に小さな冷気の旋風が発生し、深雪が姿を現した。

 

 

「ん?どうした深雪」

 

「アキトさんから不可思議な魔力波動が放射されているのですけど…

先程の話とそれが関係があるのではと思いまして」

 

「不可思議な魔力波動?」

「ええ、おそらく、相手の精神に直接作用するようなものじゃないかと…」

 

 

そう言うと、深雪と司狼は揃ってアキトの顔を見る。

当のアキトといえば…非常に困ったような表情をしていた。

 

 

「となると…もしかして、リカルドさん達の異変は、全部俺の責任なのか?」

「その可能性は高いかと…」

 

「ん?それじゃぁ、なんで俺や深雪は平気なんだ?」

 

「放たれている魔力波動が、私に影響を及ぼせるほど強くないからです。

司狼についても同じで、私の加護がその波動を遮断しているから平気なんです」

 

 

仮にも神の一柱。並大抵の洗脳魔法などはかかるような存在ではない。

その加護を一身に受けている司狼も同じ事だろう。

 

 

「なるほどね…しかしアキトよ、いつの間にそんな特技を身に付けたんだ?」

「どうやったらそんな特技が身に付くのか、逆に俺が訊きたいよ」

 

 

頭をガシガシと掻きながら、心当たりになりそうな出来事を思い返すアキト…

 

 

「少なくとも、昼までは異常はなかった。仕事先でも、変なことはなかった。

そして、俺は仕事先から帰る途中、マリアちゃんに出会って妙な液体を飲ま…されて……」

 

「………」

「…………」

「……………」

 

「それだな」

「それですね」

「それしかないか…」

 

 

三人は顔を見合わせると、そろって重い溜息を吐いた…

 

 

「どうしてそんなもんを飲んだんだよ」

「いや、泣かれそうになったから…」

「お前さんらしいよ…で?どうするつもりなんだ?」

 

「とりあえず、マリアちゃんの所に行ってみる。

マリアちゃんの事だ、何かの魔術書に書かれてあったポーションを作ったんだろう。

だから、それを読んでから対処方を考える」

 

「妥当だな」

「私にはそういった知識はありませんが、気をつけるに越したことはありませんね」

 

 

アキトの言葉に頷く司狼と深雪。

普通の薬ならまだしも、魔法薬ポーションに関しては慎重にならざるをえない。

下手な干渉をすれば、劇的に成分が変化する場合があるからだ。

 

最も、一般に出回っている魔術書に書かれている程度のポーションでは、そうなる可能性はほとんど無い。

……のだが、今回はマリアが作った魔薬ポーション…慎重に慎重を重ねなくてはならない。

 

 

「ありがとう、深雪ちゃん。おかげで原因も分かった」

「いえ、お気になさらずに」

「司狼もすまなかったな」

「ああ。それよりも気をつけろよ。まだポーションの効果は続いているんだからな」

 

「一番厄介なリカルドさんは退けたんだ。当分は大丈夫だろ?それじゃ」

 

 

それだけ言うと、アキトは屋根の上まで跳び上がり、そのまま屋根伝いにショート邸に向かっていった。

 

そんなアキトを呆れた感じで見ている司狼に、深雪は声をかける。

 

 

「どうかしました?司狼」

 

「ん?ああ…あいつ、俺が気をつけろって言った意味、見事に取り違えたなぁって思ってな。

わかってんのかね。あいつにとっての一番の強敵は、もっと別だって事に……」

 

「???」

 

 

意味が解らないと云った感じで首を傾げる深雪。

そんな深雪を、司狼は苦笑混じりで見ていた。アキトの事をほんの少しだけ心配しつつ……

 

 

 

(その2へ……)