『二回戦、第一試合―――――テンカワ選手対リーザス選手、試合開始!!」

 

 

スピーカーから聞こえる審判の合図により、アキトの二回目の試合が開始される。

 

アキトの二回戦の相手は、オーガーの如き体躯をした男で、

ブレスト・プレートを装備しており、かなり筋肉質な体型をしていた。

扱う武器は槍…それも、並の大きさではなく、体躯と同じく通常の数倍もある代物だ。

 

(これじゃ、刃が潰れてあろうと無かろうとお構いなしだな。立派な凶器だ)

 

巨大な槍を軽々と持ち上げているリーザスを見ながらアキトは胸中で呟く。

刃のない武器で一番気をつけなければならない攻撃は”刺突”。これだけは威力がさほど下がらないからだ。

だが、この大槍などの重量級の武器になると、ただ振り回しているだけでも十分に殺傷力はある。

 

その考えの元、参加者の中には武器をハンマーなどの鈍器にした者が多かったが、

付け焼き刃の武器で勝てるほど、本戦に上がった者達は甘くはなかった事を追記しておく。

 

 

「我が名はリーザス・シュトラウス。『雷光の血嵐』の二つ名をもつ。汝は?」

「テンカワ・アキト…二つ名をもつほど大層な戦士じゃない」

 

 

アキトの正直な言葉(少なくともこの世界にはアキトの二つ名はない)に、リーザスは眉をひそめる。

 

 

「異な事を、『剣聖』に認められるほどの男が…まぁいい、名前で戦うわけでもないからな」

 

 

頭上で槍を旋回させると、勢いよく振り下ろして構えをとる!

ただそれだけで、リーザスの足元の砂埃は巻き上げられ、小さな竜巻を視認させる。

 

 

「いざ、尋常に…参る!!」

 

 

リーザスが槍を構えると、何らかの魔法をかけたのか槍全体が雷を纏う。

見ただけでも、触れれば感電間違いないというのが一目でわかる。

 

 

『おおっと! いきなりリーザス・シュトラウス選手の二つ名の由来である『雷光槍』がでました!

その巨大な槍と雷撃の二重攻撃による一撃必殺の攻撃です!

この術と壮絶なる槍技の前に、倒れなかった者はいないと云われています!』

 

『リーザス選手は大戦時に『雷光の血嵐』の二つ名を持つほどの腕前。

その目にも止まらぬ刺突は雷の如く、槍を振るえば血の嵐を巻き起こす。と謳われていますからね。

その使い手を相手に、テンカワ選手は一体どうやって戦うのでしょうね?』

 

 

スピーカーから流れるアナウンサーとレティシアの解説に、観客のテンションが自然と高まり始める!

 

それもそのはず、この世界で”二つ名”を持つ者は紛れもない強者の証。

特にその中でも、大戦参加者の二つ名持ちは真の強者と呼ばれていた。

有名どころでは『剣聖』リカルド、『最強の刀使いブレード・マスター』紅月などだ。

今、アキトの目の前にいるリーザスも、その定義からすれば”真の強者”に価する者と云うことだ。

 

 

「安心するが良い。死ぬほどの力は込めてはおらぬ。だが、ただではすまぬ事を覚悟せよ!」

「一撃必殺…ですか。ならこちらも諸々の都合上、一気に勝負を決めさせてもらいます」

「上等! 行くぞ!」

 

 

雷を纏う槍を引くように構えたリーザスは、放たれた矢の如く、アキトに向かって疾駆する。

さすがリカルドと同じ『大戦の英雄』の一人か、そのスピードは凄まじく速い。

 

だが、その槍が届くよりも、アキトが魔術を起動させる方が更に速い!

 

 

霊王崩爆旋ガルク・ルハードっ!!」

 

 

アキトを中心とした広範囲に、肉体と精神アストラルにダメージを与える暴風が吹き荒れる!

対個人用の魔術ルーン・バレットなどと違ってこの様な広範囲系の魔術は回避や防御が非常に難しい。

 

しかしさすがと云うべきか、リーザスは咄嗟に槍を一振りして暴風を斬り裂いた。

―――――だが、

 

 

「ぐぅっ!!」

 

 

実体無き暴風を相手に槍の一凪だけで防げるはずもなく、精神アストラルに少なからずダメージを受ける。

リーザスは虚脱感と眩暈に足をふらつかせたが、強い精神力と気合いで踏ん張りぐらつく体勢を立て直す。

 

―――――その次の瞬間!

いつの間にか、目の前まで間合いをつめたアキトが、リーザスの胸の辺りに右手をかざし、

 

 

裂閃槍エルメキア・ランス!!

 

 

右の掌から発せられた光の槍がリーザスの精神アストラルに衝撃を与え、意識を刈り取った。

 

軽い地響きと共に倒れるリーザス…誰の目から見ても完全に気絶していることがわかる。

 

静まり返る場内…あまりに早い結末に、誰もが言葉を失っているのだ。

それも、相手が『大戦の英雄二つ名持ち』だったので、驚きは尋常ではないだろう。

 

 

『しょ、勝者、テンカワ選手!』

 

 

どもりながらもアキトの勝利を宣言するアナウンサーの声に、観客が大きな歓声を上げる。

その声を背中に受けながら、アキトは黙ったまま闘技場から出ていった。

 

 


 

 

観客席の一角…アキトの試合の一部始終を見ていたリカルドと司狼、そしてアルベルトがいた。

 

 

「まさか、あの”リーザス”をたった二撃で倒すなんて…」

 

 

誰に言うわけでもなく呟きながら渋い顔をするアルベルト。

もし、今と同じ戦法でアキトが闘いを仕掛けてきたら…自分の勝ち目が薄いことに気がついているのだ。

同じ様な長柄武器ポール・ウェポンの使い手として、その気持ちは他の者より強い。

 

 

「しかし…いつものアキトらしくないな。まるで余裕がないように見える」

 

「確かに…だが、それも仕方がないだろう。アキト君は毒を受けたままだ。

魔法や氣功で解毒していたようだが、いかに強力な術でも『フェンリルの毒』を短時間で解毒するのは不可能だ。

司狼君の言った”余裕がない”というのはある意味事実だろう。あんな身体で動き回るのは得策ではない」

 

「隊長。では、テンカワの奴は……」

「かなり辛いだろう。本人も相当無理をしているはずだ」

 

 

リカルドの言葉に、アルベルトは何も言えない。同じく司狼も…否、司狼は何も言わない・・・・

アルベルトはともかく、リカルドは戦場を知り、司狼も放浪の旅で『殺し合い』を知っている。

『戦闘』というモノを熟知しているがゆえに、相手の弱点をつく戦法は当たり前という考えなのだ。

ただ…この場合、二人の思考にはそれを使って有利に立つという考えは微塵もない。

あるのは、アキトが早く本調子を取り戻せばいい…という、純粋な心配。

本調子でないアキトと戦っても、つまらない…それが、二人の本音だったが。

 

 

「それともう一つ…先程の動きから推測すると、どうやらアキト君は左腕が使えないようだ」

「そうみたいですね。アキトの奴、巧妙に隠してはいますけど、動かない左腕の所為で若干重心を崩している」

「やっぱりそうだったのか。なにかおかしいと思ったら……」

 

「まぁ、そのハンデを負っていても、あいつは強い…というか、闘い方が上手い。

片腕が使えないからって油断していると、こっちがあっさり負けかねない程にね」

 

 

獲物を狙うハンターのような壮絶な笑みを浮かべた司狼の言葉に、

リカルドとアルベルトも無言の同意を示した。

 

 

 


 

 

 

そして、二回戦・第三試合…司狼の出番が回ってきた。

既に司狼とその対戦相手は闘技場にでており、いつでも戦える状態だ。

 

 

「さて…アキトを見習って俺もサクサクやりましょうかね」

 

 

相手を見ながら、軽い笑みを浮かべて事も無げに言い放つ司狼。

その言葉を聞いた相手は、眉をクイッと吊り上げる。

 

 

「面白いことを言いますね…一回戦の試合は見事でしたが、この私にも勝てると?」

「まぁな。常識通り考えるのなら、この試合も一瞬だな」

 

 

司狼の言葉に対戦相手は一瞬顔を強張らせるが、すぐに穏やかな笑みを作った。

 

 

「貴方の一回戦の相手…確かに私と同じ魔術師ですが、腕前まで同じだと思わないでほしいですね」

 

 

対戦相手…魔術師の恰好をした男の身体から強い魔力が発せられ、その余波で突風を生じさせる!

確かに、それほどの魔力を持つ者などそうそうはいない。

間違いなく、魔力に関して言えば超一流の魔術師だろう。

 

 

「確かにあんたの魔力が凄いのは認めるが…戦闘ってのは単純じゃないんだよ」

 

 

魔術師である弱点…魔術の詠唱や魔力の蓄積の最中はもっとも無防備になる。

そこさえ上手く攻めれば、二流の戦士でも一流の魔術師相手に勝機はある。

そして、司狼の闘い方バトル・スタイルは卓越した剣技と目にも止まらぬスピード。

一対一で闘う相手としては、魔術師にとって最悪の相性ともいえるだろう。

 

なにせ、魔法を使用しないという条件ならば司狼のスピードは自警団一。アキトを除けばエンフィールド一。

実際に、司狼の一回戦の相手も魔術師であったが、

試合開始直後、詠唱を開始する魔術師に目にも止まらぬ速さで間合いを一瞬でつめ、一撃で倒したのだ。

 

口調から、この男も知っているようだが…まったく自信がゆるいでいる様子はなかった。

 

 

「確かに、貴方と私のような魔術師の相性は最悪。真正面からまともに闘えば一瞬で負けるでしょう。

ですが、それは”私が直接闘う場合は”と付けさせてもらいましょう。

私はこの試合、自分の代わりにこの”鬼”に戦闘を任せます」

 

 

男は懐から一振りの片刃の短剣を取り出す。

特に目立った装飾はない短剣で、目立つと云えば刀身の半分から先が湾曲していることぐらいか。

 

 

「汝は大気、大気は汝の身体なり…現れいでよ! 空鬼!!

 

 

その詠唱の直後、男の眼前に空気が逆巻き…否、空気が集束し、巨大な人型の何かが作り出された!

 

前兆は二メートル半といったところか、”鬼”と称するだけあってその骨格、筋肉は一目で解るほど凄まじい。

ただ唯一”鬼”とは似つかないのは、簡素化された顔の造形と、鬼にはあるはずの角がないぐらいか。

 

その作り出された”空鬼”の金色の瞳を真正面から見返しながら、司狼は刀の鯉口を切る。

 

 

「なるほどな…確かに、これは一筋縄じゃいかなそうな相手だ」

「ご理解していただいて恐縮です。では………」

 

 

『二回戦・第三試合…ネイランド選手対 相羽司狼 選手、試合開始!!』

 

「行け、空鬼!!」

 

 

スピーカーから流れた試合開始の合図と共に、司狼の対戦相手…ネイランドは”空鬼”に命令を下す!

元が空気であるためか、”空鬼”の動きはその体格からは信じられないほど早い!!

 

 

「潰されなさい!」

「―――――なめんなっ!!」

 

 

繰り出された”空鬼”の右拳を紙一重でかわす司狼!

そして、そのまま鞘から刀を引き抜いて一閃! 空鬼の右腕、肘の辺りを切断し、返す太刀で胸を刺し貫いた!

 

 

―――――次の瞬間!

 

 

「―――――ッ!」

 

 

司狼はまるで蹴飛ばされたゴム鞠のようにその場から後ろに向かって吹っ飛ぶ!!

受け身を取りながら大地の上を二、三度転がり、素早く立ち上がる司狼。

その視線の先には、自分の居た空間を残った左の拳で貫いた空鬼の姿があった。

 

 

「こん畜生…つい生物を相手にしている気分で闘っちまったぜ」

 

 

口の端から流れる血を袖口で拭いながら、自分に叱咤する司狼。

あの瞬間、咄嗟に後ろに跳んだとはいえ、受けた衝撃は並ではないらしい。

 

 

「痛覚がないってのは厄介だな、いくら傷を受けても怯むことがねぇ」

 

 

腕を斬り、胸を貫かれれば、普通の生物なら痛みに怯んだりして動きを止めるだろう。

だが、この空鬼は痛覚が無いらしく、それが無い。故に、まったく動きを止めることなく次の攻撃に移ったのだ。

その為、司狼はタイミングを狂わされ、むざむざと攻撃を受けてしまったのだ。

 

 

「身体の元が空気ってのは、伊達じゃねぇんだな」

 

 

司狼は刀を右手で持ちながらぼやく。

そんな司狼をよそに、”空鬼”の右腕は現れた時のような手順プロセスで元通りに復元する。

 

 

「おいおいマジかよ…痛覚がない上に再生なんて、冗談きついぜ……」

「ならば降参ギブ・アップしますか? 止めませんよ。むしろ推奨します」

「はっ。それこそ冗談きついぜ」

 

 

ネイランドの言葉を鼻で笑いとばしながら、刀を強く握りしめる司狼。

その身体から、研ぎ澄まされた闘気が静かに立ち上る。

 

 

(再生する空鬼アレを倒すには、下手な攻撃よりもでかい一撃で仕留めた方がいいようだな)

 

 

戦法を決めた司狼は、納刀して”氣”を…闘気を刀に集束させる!

それを察したのか、ネイランドの意思を受けた空鬼は司狼に接近し、攻撃を仕掛ける。

司狼はその場から微動だせず、右手で柄を握ったまま鋭い眼差しで空鬼を睨む!

 

そして、空鬼が司狼の刀の間合いに入った瞬間―――――

 

 

「相羽流・抜刀術 初伝 弧月閃……」

 

 

その小さな呟きと同時に、銀色の三日月形の残光が空間に発生し、空鬼が上下真っ二つに両断される!!

観客…そしてネイランドには、いつ抜刀し、振り抜いたのか見えなかった。

唯一見えたのは、前記の通り…刀身が残した軌跡のみだった。

 

 

代理戦闘は、その代理…モンスター等が倒された時点で負けとなる。

その場の全員…審判も含め、司狼が勝利したと思った。

 

だが!

 

 

「おいおいおい…そんなのありかよ」

 

 

 

上半身と下半身…それぞれが復元の手順プロセスを経て元通りになる!

それはつまり、一匹だった空鬼が、二匹に分裂して増えたと云うことだ。

 

 

「”空鬼”の大元は”空気”です。物理的手段で空気が斬れますか」

「ああそうかい、ご高説どうも!」

 

 

二匹となった空鬼の猛攻を避けながら、司狼はネイランドに怒鳴り返す。

司狼は鬱陶しいと云わんばかりに空鬼に足や腕を斬り飛ばすが、五秒と経たずに復元する。

 

 

「挟み撃ちにして潰せ!」

 

 

ネイランドの命令に空鬼は従い、一旦間合いを開けた後、挟撃を仕掛ける!

司狼は背後からの攻撃を避けた後、前にいる空鬼の攻撃を前に出ながら紙一重で避け、

すれ違いざまに空鬼を袈裟懸けと逆袈裟の斬撃により、四分割する!

 

今度こそやったか!? と思った司狼だが、無情にも四分割された空鬼は二匹に増えて復元した。

分割としては、下半身部分と上の三部分がくっつき、それぞれが独立して再生したのだ。

これで計三体…闘えば闘うほど不利になる状況に、司狼は参った…と言わんばかりの顔で頭を掻いた。

 

 

「やっぱり無理か…」

「無駄な努力は終わりましたか?」

 

「無駄じゃない。とりあえず、今ので色々と解ったよ。

分割して増えるのはある一定以上の身体がないと不可能だとか、増えても強さは変わらないこと。

それと…これはおそらくだが、空鬼コレを倒すには、格となっている短剣ソレを壊すか、

魔力等の強い力を使い、空鬼コレを形成する力を相殺するか、断ち切らなければならない…って所でどうだ?」

 

「なかなかの洞察力です…そうか、東方にも”式”というモノ似たような術があったのでしたね。

そうです。貴方の考えたとおり、”空鬼”を倒すにはそれが主な方法です。しかし、できますか?

見たところ貴方自身は大した魔力も無い、持っている武器は刃がついていない普通の鋼鉄製の武器。

そして、代理戦闘の場合、操者への…ひいては短剣コレへの攻撃は禁止されている。

貴方には万が一にも勝ち目はありません。再度言いますが、降参ギブ・アップしますか?」

 

「こっちも何度も言ってやる…冗談きついぜ。

それに、何も手段が残されてないってわけでもないからな…」

 

 

八相の構えをとり、目を瞑って精神を集中させる司狼…その足下に白い光で描かれた魔法陣が浮かび上がる。

 

恐ろしく緻密で精密な魔法陣。その魔法陣より、白い霧のような何かが静かに立ち上り、司狼の周囲に渦巻く。

その力は、魔力でも闘気でもない…それよりも強力で、全てを凍らせるような冷たい感じをさせる気高き力。

その白き力の波動に、司狼の周囲の大気は急激に温度を下げる。

 

その行為に危険なものを感じたネイランドは、空鬼に命令を与える!

 

 

「”空鬼”よ、奴を一気に殲滅しろ!!」

 

 

三体の空鬼は一斉に、それでいて意図的にコンマ数秒の時間差を付けて襲いかかる!

元が同じ個体だったせいか、連携などの攻撃は見事だ。

 

だが、その攻撃が届く前に司狼が静かに目を開き、冷気チカラが刀に集束する!!

 

 

「相羽流 封神剣……」

 

 

三体の空鬼が繰り出した拳が直撃すると思われた瞬間、

司狼の姿が忽然と消え、直後、空鬼の後ろに現れた。

 

 

「―――――絶対零度」

 

 

ピシッ―――――パキンッ!!

 

 

司狼の呟きに同調するかのように、瞬時に凍結した空鬼に亀裂が入り、粉々に砕け散った。

同時に、ネイランドの持っていた短剣も甲高い金属音と共に粉微塵となる。

 

 

「な…に……」

「対紅月―――――もしくはアキト用の新たな切り札とっておきだ。ありがたく思えよ」

「馬鹿な! お前程度のが使える魔法では空鬼が倒せるはずがない! 一体何をした!!」

「何って…魔術だよ。ただし、『契約』による召喚…神聖魔術だがな」

 

 

そう…上位存在との『契約』し、その存在の力を借り、行使する魔法…それが司狼の新たな切り札とっておきだった。

上位存在とは、上位精霊や精霊王、天使や悪魔…そして神や魔王といった、超越存在オーバー・ロードの事。

無論、司狼の契約していた・・・・のは言うまでもなく深雪。

深雪は元々、神の中でももっとも強力と云われる『古き神々エンシェント・ゴッド』の一人。

今はとある事情で全力は出せないが、それでもその力は凄まじく、凍らせられない存在モノはほとんど無い。

 

今まで、司狼はこの『契約』による召喚魔法を覚える気も、行使する気も毛頭なかった。

”神代”に居た頃の影響で、契約による魔法は深雪を”隷属”するような気がしていたからだ。

しかし、紅月と闘った際の惨めな敗北や、神代との因縁が切れたことにより、覚える気になったのだ。

もっとも、一番の理由は司狼の身を心配した深雪の説得なのだが……

 

ちなみに、司狼が召喚と言ったのは、深雪の力のみを召喚したからだ。正確には、『神聖魔術』と呼称する。

それは、契約対象が神である”深雪”だったからで、精霊と契約すれば『精霊魔術』、

魔と契約すれば『暗黒魔術』や『黒魔術』と称される。

魔法ではなく魔術…極簡単に言えば、”魔”力により召喚した力を操る”すべ”ということだ。

ただ、時には○○魔術と呼称せず、全てをまとめて『召喚魔術』と呼ぶ場合もある。

 

 

「どうする? 代理戦闘の場合、その代理が倒されれば敗北となっているが…なんならあんたがるかい?」

 

「いや、遠慮しておきます。神聖魔術の使い手…神との契約者と闘うほど、

私は強くもなければ愚かでもありません。この戦い、私の敗北です」

 

 

この瞬間…ネイランドの敗北が決定した。

その声を聞いたのか、スピーカーからも、司狼の勝利を宣言する声がコロシアムに響いた。

 

 

「司狼殿、一つ訊ねたい。なぜ最初からその力を行使しなかったのですかな?」

 

「ああ、そりゃ簡単だ。この力を使うにはな、精神を集中させなきゃならねぇんだよ。

その間は無防備になるし、使っている間はずっと魔力と精神力を消費するんだ。

といっても、”契約対象ミユキ”とのつながりが強いから消費は大したことはないんだがな。

それでも、戦闘中に動きを止めるなんてリスクが高すぎるからな。とくに、リカルドクラスの実力者相手じゃな」

 

「なるほど…それは勉強になりました。ありがとうございます」

 

 

ネイランドはそう言うとニッコリと微笑んで司狼に一礼し、その場を去った。

司狼も刀を鞘に納めると、気になる次の試合のために退場した。

 

 

司狼も気になる次の試合―――――それは、自警団の仲間、アルベルトとリカルドの師弟対決だった。

 

 

 


 

 

 

「隊長…よろしくお願いします」

「ウム…アル、全力でかかってくると良い」

 

 

神妙な感じで一礼するアルベルトに、いつも通りの感じ、口調で返事をするリカルド。

張り詰めた闘気を放つアルベルトに対し、リカルドはごく静かにソレを受け流していた。

 

 

「そういえば、公式の場で闘うのは初めてだったな、アル」

「はい。よもや勝てるとは思ってもいません…ですが、勝つ気で戦らせてもらいます!」

「良い気迫だ。この一年で随分と成長したようだ」

 

 

教え子の成長を喜びながら、リカルドは腰に差してあった剣を静かに抜いた。

アルベルトも、持っていたハルバードを持ち直し、その切っ先をリカルドに向ける。

 

二人とも臨戦態勢が整ったことを見た観客達は、固唾を飲んで見守る。

アルベルトとリカルド、双方ともこの街の者であり、知らぬ者が居ない実力者。

それをよく知っているが故に、この闘いの貴重さ、凄さを予想でき、心高鳴るのだ。

 

 

『この試合、『剣聖』リカルド選手とその弟子、自警団員のアルベルト選手の対決となりましたね。

話によると、アルベルト選手は自警団の中でも一番の槍の名手で、実力も上位に位置するとのことです』

 

『アルベルト選手の扱う武器はハルバード。通常、長柄武器ポール・ウェポンは刀剣類に非常に有利ですが、

相手は剣士の頂点に立つ”剣聖”リカルド選手…アルベルト選手は一体どういう戦法をとるのでしょうね』

 

 

レティシアやアナウンサーの解説がスピーカーから流れているが、アルベルトやリカルドの耳には入っていない。

唯一…その耳に入る音といえば、辺りの風の流れ、相手の呼吸、自分の心臓の鼓動……

 

そして―――――試合開始の合図!!

 

 

『二回戦第四試合、アルベルト選手対リカルド選手―――――試合開始っ!!』

 

 

「オオォォォオッッッ!!」

 

 

開始の合図と共にリカルドに向かって突進するアルベルト。

そのスピードたるや、一陣の疾風―――――否、稲妻か弾丸か!

 

はたして試合会場にいる中で、どれだけの者がアルベルトの攻撃を認識できたのか。

だが、それほどの最速攻撃でも―――――リカルドの前では無意味!

 

 

「ふっ」

「―――――なっ!!」

 

 

 

一瞬―――――まさに一瞬。

突き出されたハルバードにリカルドが剣をそえるように当てた次の瞬間、

まるで剣がヘビのようにハルバードに絡みつき、アルベルトごと吹き飛ばしたのだ!

 

 

「ぐぅっ!!」

 

 

なんとか受け身を取り、無様に地面に叩きつけられるのだけは回避するアルベルト。

その間、リカルドは持ち上げていた剣を下ろし、アルベルトが素早く立ち上がる様を見ていた。

 

(い、今、一体何が起こったんだ!?)

 

先程の攻防…本当に剣が絡みついたわけではなく、あまりの巻き上げる速さにそう見えただけ。

アルベルトも吹き飛んだのではなく、ハルバードもろとも投げ飛ばされたのだ。

だが、それこそ見切れた者はいない。投げ飛ばされたアルベルトすらも…だ。

 

 

(強いのは重々承知していたつもりだったが…あくまで”つもり”だった。隊長は想像をはるかに越えて強い!)

 

 

「どうした、アル。たった一手で終わりなのか? だったら……」

「いえ、隊長。まだです!!」

 

 

リカルドの声を遮ったアルベルトは、身体を少し沈ませると一気に疾走する!

といっても、先程のようなスピードはない。

突進攻撃をしても同じように返されるだけ。しかも見切れなかった以上、避ける自信はない。

そう判断したアルベルトは、次の戦法…武器のリーチを生かした接近戦に切り替えたのだ。

 

 

「はぁぁっ!!」

 

 

ハルバード―――槍と斧を組み合わせた武器の特徴を駆使し、リカルドに次々と攻撃を仕掛けるアルベルト!

槍の特性たるリーチと刺突、そして斧の特性たる重い斬撃。

その二つの特性を変幻自在に操り、剣の間合いの外から攻撃を仕掛ける!

 

刺突・斬撃・斬撃・刺突・刺突・刺突・斬撃息も吐かせぬ連続攻撃!!

しかも、斬撃は言うに及ばず、刺突ですらもアルベルトの筋力により凄まじく重い攻撃となっている!

 

だが、その渾身の連撃ですらもリカルドは―――――

 

 

「力の篭もった良い攻撃だ。大戦時でも、アル程の使い手はそうそういないだろう」

 

 

最小限の剣捌きでアルベルトの攻撃を次々受け流す!

もし、まともに受け止めれば剣は耐えきれずに折れてしまうだろう。リカルドも、それを承知で受け流しているのだ。

アルベルトも武器破壊を少なからず狙っていたのだが、あわよくば…程度と思っていたので、ショックはない。

 

むしろ、それを理解できないリカルドこそ想像できないのだろう。

アルベルトは攻撃を受け流されながらも、活き活きとした表情で闘っていた!

 

 

(やっぱり隊長は強い。俺なんかよりもはるかに!)

 

 

自分の師事する人の強さ、偉大さを噛み締めながら、アルベルトは持てる力の全てを振り絞る。

 

―――――もっと速く、もっと迅く!

 

その思いと共に繰りだされる攻撃は、一撃ごとに徐々に…そして確実に速くなってゆく。

その様は、まるで暴風如く―――――リカルドに向かって吹き荒れる!

 

(強くなったな、アル…これも司狼君やアキト君といった強者ともが居たおかげだ)

 

限界を超える実力を引き出すアルベルトを、リカルドは感心した様子で見ていた。

その瞳に、アルベルトの成長を喜ぶ、暖かいモノを秘めながら…

 

 

「たぁっ!!」

「ぬっ!」

 

 

目測を誤ったのか、リカルドに一歩近づき横凪の攻撃を繰りだすアルベルト。

相手が間合いの内部に入ると長柄武器ポール・ウェポンは威力が落ちる。

今までの半分の威力もない攻撃を、リカルドは流すことなく受け止める―――――その直後!

アルベルトはハルバードを一気に引き、槍にはない突起―――――戦斧の部分が背後からリカルドを襲う!

 

これも立派なハルバードの使い方だ。

本来の使用法は、馬上の敵の首などに引っかけて引きずり下ろすのだが、勢いさえあれば十分な凶器となる!

 

しかし、リカルドはアルベルトが柄を思いっきり引っぱった瞬間、さらにアルベルトとの間合いをつめ―――――

 

 

「ぬんっ!!」

 

ドグッ!!

 

 

強い踏み込みと共に、アルベルトの腹部に強烈な拳打を叩き込む!!

アルベルトは咄嗟に得物ハルバードを手放して後方へ跳ぶが、

反応が一瞬遅れ、威力を半分に減らすこともできずに後方へと跳んだ!

 

 

「―――――ッ!!」

 

 

腹部への衝撃とあまりの激痛に、苦悶の声を上げるどころかまともに息すらできないアルベルト。

リカルドはその様子を、ただ黙って眺め…アルベルトの立ち上がるのを待った。

 

三十秒ほどかかりながら立ち上がるアルベルト。

小さく痙攣する四肢を意志力で無理矢理ねじ伏せながら、いささかも闘志衰えぬ瞳でリカルドを見る。

 

そのアルベルトを真正面から見返したリカルドは満足げに肯くと、手に持ったアルベルトの得物ハルバードを投げ渡す。

 

 

「途中までは良かったが…迂闊に深く間合いに入りすぎだ。

アルのような槍使いならば尚更、不利になるのに間合いをつめる場合、必ずなにかあると警戒される。

その事をふまえ、様々な対処方法を考えておくといい。それで少しは勝率が上がるだろう」

 

「はい…解りました」

 

 

アルベルトはゼェ…ゼェ…と、荒く息をしながら返事をする。

この様子では戦闘は…贔屓目に見ても、全力での戦闘は難しいだろう。

その事は、的確に腹部にダメージを与えたリカルドも、当人アルベルトもよく解っていた。

 

―――――故に、

 

 

「隊長…次で決めます」

「うむ。受けてたとう」

「ありがとうございます……」

 

 

 

ハルバードを構え、切っ先を真っ直ぐリカルドに向けるアルベルト。

荒い息をなんとか深呼吸に切り替え、体内を循環するエネルギーを高め、圧縮する。

そのプロセスは、数ヶ月前にリカルドが対火竜ファイアードラゴン戦との際に使用した”ファイナル・ストライク”と同じだった。

 

 

(使える奥義は二つ…だが、そのどちらも隊長には通用しない。なら、俺が取るべき手はただ一つ)

 

「フゥゥゥッ……」

 

 

ハルバードをゆっくりと、右に振りかぶりながら闘気を高め、限界まで…限界以上に圧縮する!

それに応じて身体の筋力も張り詰め、柄を握っている部分からは小さな軋みすらも聞こえる!

 

 

「ふむ…では、私もそれなりの技で迎えよう」

 

 

リカルドも闘気を体内で圧縮し、奥義ファイナル・ストライクを準備を始める。

―――――アルベルトよりも強大な闘気を、さらに圧倒的に短い時間で圧縮する。

 

それを強く感じつつ―――――さらに闘志を秘めた瞳でアルベルトは大地を蹴る!

 

 

「二重奥義! ジ・エンド・オブ・バースト!!」

 

 

リカルドに突進しながら渾身の力で五発同時攻撃を繰り出すアルベルト!

相手を鎧ごと叩き潰しかねない一撃の同時五連発は、まともに喰らえばリカルドとて無事ではすまない!

 

自分に襲いかかるアルベルト渾身の奥義に対し、

リカルドは息を大きく吸い込みながら、剣を両手で持ち、右に大きく振りかぶる。

 

そして―――――

 

 

「かぁっ!!」

 

 

裂帛の気迫と共に繰り出された強力な一撃ファイナル・ストライクに、アルベルトの奥義は―――――

 

 

バキンッ!!

 

 

ハルバードごと、微塵に打ち砕かれた。

そして、奥義のぶつかり合いの際に生じた衝撃がアルベルトの身体を貫き…そのまま気絶し、地面に倒れた。

 

 

 

その瞬間、リカルド・フォスターの勝利が決定した。

 

スピーカーから流れる審判の宣言と、今の試合の興奮しながら解説をするレティシアの声を聞き流しながら、

リカルドは倒れているアルベルトに近づき、その満足そうな顔を見た。

 

 

「アル…最後の技、《連撃》と《ジ・エンド・オブ・スレッド》の複合技は見事だったぞ」

 

 

アルベルトの技を素直に賞賛するリカルド。

 

そう…今の技、戦闘術の奥義、《連撃》と《ジ・エンド・オブ・スレッド》を複合させたものだった。

 

通常、連続攻撃を仕掛ける場合、その一撃一撃は全力攻撃に比べて軽くなるが、

奥義《連撃》は一撃の威力を損なうことなく、ほぼ同時に相手に五発の攻撃を叩き込む技。

そして、《ジ・エンド・オブ・スレッド》は”ファイナル・ストライク”の下位の技。

必要な体力、スキルなどが比べて低く、出しやすいと云う利点があるが、威力もやはり低くなる。

 

確かに、その二つの奥義を複合させれば凄まじい攻撃になるだろう。

だが、口で言うほど簡単でもなく、容易くもない。

当然、アルベルトの技量ではまだまだ難しく、拙いと云った感じが否めなかったが…

ぶっつけ本番でなんとか形にするアルベルトに、リカルドは微笑した。

 

その微笑はアルベルトの才能を賞しているのか、それとも成長を喜んでいるのか…

そのどれとも…両方とも取れるような笑みだった。

 

 

 

そして、リカルドは担架に運ばれるアルベルトと共に、グラウンドから退場した。

 

その2人に、観客からは盛大な惜しみない拍手が送られていた。

 

 

それは、2人の姿がゲートの向こうに姿が消えてからもしばらく続いた。

 

 

 

 

(二十九話に続く……)

 

 

 

―――――あとがき―――――

 

 

どうも、ケインです。

かなり遅れましたが、やっとの事で投稿できました。

理由は色々ありますが…やはり一番は仕事です。本当に忙しいので…

それと、スランプ気味も大きな理由ですかね。(スランプじゃないときの方が少ないですけど…)

 

それはさておき…

今回はアキトとケビン、そして自警団の三人の闘いでした。

ケビンの主張に対する賛否は色々とあるでしょうけど、今回はこういう形で片がつきました。

と云っても現在進行形で、アキトが優勝できるか否かで色々と問題が再発する状態ですけど…

 

そのアキト君ですが、順調に勝ち進めば後の試合は三つ。

次の三回戦と、司狼かリカルドの勝った方との決勝戦。最後にマスクマンとの闘いです。

そこまでアキトが行けるかどうかは未定ですが……なにせ体調不全ですし。

他の悠久を書いている二次作家の皆さんの場合、主人公が優勝できる確率は低いですしね。

それを可とするか不可とするか(受け取ってもらえるか)は書き手の力量だと思っています。

 

 

それでは…次回もまたよろしければ読んでやってください。ケインでした……