悠久を奏でる地にて・・・

 

 

 

 

第29話『エンフィールド大武道会―――――後半戦』

 

 

 

 

 

 

 

 

大武闘会・二日目…途中、様々な騒ぎがあったものの、二回戦まで消化することができた。

残す試合は準決勝と決勝戦…そして、特別ゲスト”マスクマン”とのスペシャルマッチの四試合のみ…

 

その四試合の最初…準決勝戦、第一試合―――――アキトの出番が回ってきた。

 

 


 

 

 

試合開始直前のグラウンド中央……そこには、二人の男と、大きな異形の人影があった。

 

男の内の一人は、無論言うまでもなくアキト。

もう一人は、アキトと同じく準決勝まで勝ち上がってきたハニワ仮面を被った男…ハメットだった。

 

 

「まさか、あんたが準決勝の相手だったとはな…」

「オーッホッホッホッ、これもひとえに私の可愛い”ポチ”のおかげです!」

 

 

ハメットが嬉しそうな顔(口調?)で後ろに振り向き、静かに佇んでいる大きな人影『岩人形ロック・ゴーレム』を見た。

アキトも、ハメットから”ポチ”という名の『岩人形ロック・ゴーレム』に視線を移した。

 

 

「一つ訊いていいか…お前、確かそこの”ポチ”とやらが痺れ薬入りの水を飲んだって言ってたよな」

「ええ。確かにいましたとも」

岩人形ロック・ゴーレムが水を飲むのか?」

「うちのポチちゃんは有機物を含んでいましてね。一日一回、水の補給が必要なんです」

「…それで、中和剤は手に入ったのか?」

 

「いいえ。ですが、よくよく考えれば人間の痺れ薬など、うちのポチちゃんに効くはず無いんですよね。

私としたことがうっかりしていましたよ。ホーッホッホッホッホッ」

 

「………お前、わざとだろ」

「さぁて、なんのことでしょうか?私にはさっぱり……」

「でなければ、ただの間抜けか阿呆だな」

「うぐっ」

 

 

アキトの言葉にピタッと高笑いを止めるハメット。

否定すれば『態と』であることを…肯定すればそのまま『間抜けか阿呆』と認めるからだ。

 

だが…時に、沈黙は言葉よりも雄弁に語る。

ハメットの沈黙に、アキトは先の行動が”態と”だと確信した。

 

(さて、それは嫌がらせか、それとも別の目的か…とりあえず、阻止できた以上考える必要はないか)

 

 

―――――その時、

 

 

『準決勝・第一試合…アキト選手体ハメット選手、試合開始!』

 

 

「さぁお喋りはここまで! やっておしまいなさい、ポチちゃん!!」

『了解―――――待機もーどカラ戦闘もーどへ移行シマス』

 

 

ゴーレムの口…正確には口と思われる空洞から機械的な声が聞こえる。

その直後、すぐ上にある目の部分に赤い光が灯り、ゴーレムが重々しく立ち上がった。

 

そして、右腕を振りかぶると……アキトに向かって振り下ろした!!

 

(意外と速いな)

 

振り下ろされる岩人形ロック・ゴーレムの腕を冷静に見ながら後方へと跳び下がるアキト。

その直後、アキトの立っていた地面に岩人形ロック・ゴーレムの拳が叩きつけられ、大きなクレーターを作る。

 

 

(立ち上がるときの鈍い動作は態とフェイクか。それにしても岩人形ロック・ゴーレムの割には動きが速すぎる。

だがそれだけじゃないはずだ。ここまで勝ち上がった以上、他にもなにかあるはずだ…だが―――――)

 

「試合を長引かせるのは不利。一気に勝負を決めさせてもらう」

 

 

そう呟くと、右手で腰に差している剣―――――黒翼―――――を抜き、そのまま片手で構える。

この大会で初めて抜き放たれた黒き剣が、真上まで上がった太陽の光を反射する。

 

 

「ほほほ、さぁポチちゃん、一気に捻り潰してあげなさい!」

 

 

ハメットの命令に従い、岩人形ロック・ゴーレムが右腕を後ろに引き―――――アキトに向かって拳を繰り出す!!

アキトは半歩右に動き、拳を紙一重で避け―――――一足飛びに岩人形ロック・ゴーレムの懐に飛び込み、

 

―――――そして、

 

 

斬ッ!!

 

 

すれ違いざまに、岩人形ロック・ゴーレムの胴体を一刀の元に両断する。

 

 

「ほへっ!?!」

 

ハメットが驚きのあまり間抜けな声を上げる中、

上下分断された岩人形ロック・ゴーレムは、地響きを立てながら崩れ落ち、小さな岩山と化した。

 

誰がどう見ても、岩人形ロック・ゴーレムは戦闘続行は不可能なのは明らかだ。

 

 

『し、試合終了! 勝者、テンカ「まだです!!」

 

 

スピーカーから流れる勝者宣言を大声で遮るハメット。

観客も、ゲストであるレティシアも何を言っているんだ?といった感じでハメットを見る。

 

 

「まだやられてはいません。さぁポチちゃん、最終形態に移行しなさい!」

『―――――了解、最終形態ニ移行シマス。身体ノ再構築ヲ開始……』

 

 

その命令の直後、岩山の一角が崩れ落ち、中から銀色の大きな球体が現れて宙に浮かぶ。

 

そして―――――

 

 

『えねるぎー不足…れい・らいんヨリえねるぎーヲ吸収シマス』

 

 

銀色の球体より出ているコードの数本が触手のようにうねった後、地面に突き刺さる。

すると、瓦礫の岩がひとりでに浮かび上がり、銀色の球体に張り付き、新たな身体を形成し始める。

 

その様子を驚きの眼差しで眺める観客達……

無論、アキトも驚いている。ただし、その視線は新たなゴーレムではない。足元の大地に―――――だ。

 

 

(なんだ? 大地が―――――死んでゆく?)

 

 

大地の氣が枯渇して行く様を感じるアキト。

おそらく銀の球体…ゴーレムの心臓部コアが吸収しているのだろうが、その吸収率が半端ではないのだ。

まさに根こそぎ吸い取っており、大地に小さな亀裂が入るなど、目に見えて枯渇して行く様子が判るほどだ。

 

 

(なんだ、この妙な胸騒ぎは…なにか、決定的に拙い気がする)

 

 

大地のエネルギーが枯渇してゆくと同時に、アキトの胸騒ぎが強くなる。

その胸騒ぎに理屈はなく、ただの勘なのだが…凄まじく悪い予感がしていた。

 

 

「とにかく、完成まで待ってやる義理はない。一気にあの銀色の球ゴーレムのコアを破壊する!」

 

 

剣を振りかぶり、一気に疾走するアキト!

アレがゴーレムのコアである以上、必然的にその防御力はそれなりに高いはず。

そう考えたアキトは、片腕しか使えない不利ハンデを、突進の勢いを利用して攻撃力を上げるつもりなのだ。

 

 

「剣技 竜爪斬・一閃!!」

 

 

 

渾身の力を込めた黒き刃が、岩の鎧ごと銀色の球ゴーレムのコアを両断―――――する直前!

 

 

轟ッ!!

 

 

ゴーレムを中心に突如凄まじい竜巻が発生する!

アキトはいきなりの出来事に対処できず、大竜巻風のバリアに弾き飛ばされてしまう。

 

 

「おーっほっほっほっ! ポチちゃんのコアを壊そうとしても無理無理。

コアに組み込まれた自動防御オート・ガードによって護られているのですからね」

 

(いや、違う―――――今のは”自然現象”だ)

 

 

ハメットの言葉を否定するアキト。竜巻が発生する際、アキトはなんの前兆も感じられなかったからだ。

魔法で竜巻を起こせば”魔力”が、氣功術で起こせば”氣”が、竜巻の発生よりも先に感じられるのだ。

もし、別種のエネルギーによる何らかの術であっても、その力、および波動は感じられるはず。

 

しかし、今の竜巻に関してはなにも感じられなかったのだ。

なにも感じられずに発生する以上、それは”自然現象”としか考えられない。

たとえ、発生する条件が幾つも抜けている状況下でも、それしか考えられないはずだった。

 

 

(しかし、あいつハメットは自然発生とは言わずに故意に起こしたと言った。

だが、ゴーレム自体のエネルギーが他の事に使われた感じはなかった。とすると、今のはハメットが……?

確か、クレアちゃん達も言っていたな、ハメットが詠唱無しで強い風を起こしていたって。

それにしても、今の前触れ無しの竜巻現象、以前どこかあったような……―――――ッ!!)

 

 

突如、観客席…その前にある結界を発生させているポールを見るアキト。

今の竜巻に感じた違和感を理解し、今まで頭の中に引っ掛かっていた何か解ったのだ。

 

 

(そうだ。あの結界の感じ、以前メロディちゃんがさらわれた時、黒幕の連中が使っていたモノと同じなんだ…

そして今の竜巻。あれも、奴等が消える直前に起きたのと同じだ。何の力も感じられなかった)

 

 

それはつまり、ハメットとメロディをさらった連中は繋がりがある。

あの時、ハメットは連中がアキトに捕まるのがこの上なく不都合だったのだろう。

そのルートから自分のことを知られるのが拙いのか、連中自身が必要だったのか。

立場的に、ハメットはただ繋がっているのか、それとも率いているのかはわからないが…

 

アキトはその事に思考を裂いていた数秒―――――

その間に、ゴーレムの準備は終わり、新しい姿(あるいは形態)を現した!

 

その姿とは―――――

 

 

「岩でできた…ドラゴン?」

 

 

そう、ゴーレムの新たな姿は竜。岩でできた『岩竜形態ドラゴン・ゴーレム』だった。

それも、かなりの大型……大方、足下の地面まで取り込んで体積を増やしたのだろう。

 

 

「先程言いましたよね、ポチちゃんには有機物が使われている…と。それが、ドラゴンの細胞なのですよ。

数ヶ月前、西の山脈を調べていたら偶然発見しましてね〜。いや〜良い拾い物をしましたよ」

 

(あの時のか……)

 

ハメットの言う数ヶ月前…トリーシャの誕生日に巻き起こった事件の事を思い出すアキト。

 

(となると、使われているドラゴンの細胞は、火竜ファイアー・ドラゴン雷竜サンダー・ドラゴンのどちらかか……)

 

「さぁポチちゃん!新たな力であの者を消し炭にしてやりなさい!!」

『了解―――――ドラゴンノ特殊能力ヲ使イマス』

 

 

岩竜形態ドラゴン・ゴーレムはアキトに向かって口を開く!

その体勢、特殊能力とくれば行う攻撃は明らかだ。

 

ドラゴン吐息ブレス!だが、どっちだ?『炎の吐息ファイアー・ブレス』か?それとも『雷の吐息サンダー・ブレス』か!?)

 

どちらのドラゴンの細胞を使ったのが判らない以上、吐息ブレスの種類も判断ができない。

炎か雷―――――炎だったら対処できるすべを持っている。雷だったら避けるしかない。

 

 

(二者択一―――――炎か雷か! 炎なら…)

 

 

両手を組み、魔術の詠唱と同時に、雷の場合に備えて避ける準備をするアキト。

対するドラゴンの口には、吐息ブレスの欠片がはみ出していた!

 

その種類とは―――――

 

(炎! 使ったのは火竜ファイアー・ドラゴンの細胞か。なら一気に攻勢に出られる!)

 

 

吐息ブレスの種類が判り、一気に魔術を完成させるアキト!

その直後―――――岩竜形態ドラゴン・ゴーレムの口から炎と雷の吐息ブレスが吐き出された!!

 

 

(なにぃぃ!? 使ったのは両方か!)

 

 

自分の判断ミスを悔やむ時間すらなく吐息ブレスはアキトに襲いかかる!

避けるタイミングは既に逸し、目前まで迫っている以上、取れる手段はただ一つ。

 

 

「何とかなってくれよ―――――炎裂壁バルス・ウォールッ!!

 

 

黒こげ…あるいは消滅する様を予想していた観客の目の前で、

アキトがかざした右手の前で、まるで見えないなにかに遮られるように左右に分かれる炎と雷!

 

心配だった雷も、炎の流れに沿って左右に分かれているらしい。

ただし完璧ではなく、少量の雷が流れるが、問題にするほどではないと判断したアキトは、

そのまま炎を裂きながら、岩竜形態ドラゴン・ゴーレムに向かって真っ直ぐに突き進んだ!

 

そして、アキトは一気に岩竜形態ドラゴン・ゴーレムの懐まで潜り込むと、岩竜形の胸部コアのある辺りに手をそえ、力ある言葉カオス・ワーズを発する!

 

 

「無の具現化たる深淵よ 漆黒の波動となり 青き炎をうち砕け―――――黒魔波動ブラスト・ウェイブ!!

 

 

ゴガァッ!!

 

アキトと岩竜形態ドラゴン・ゴーレムの接触面から凄まじい爆音が響く!

 

この魔術、対象と接触しなければならないと云う不利があるが、その代わりか破壊力は高く、

石壁程度なら人一人が楽に出入りできるほどの大穴を穿つ威力がある。

 

アキトは確かな手応えに、コアまでの岩を破砕した! と思ったが、

実際に目に写ったのは、大穴どころか手の平サイズに穿たれた小さな穴だった。

 

 

「なっ―――――」

 

 

アキトは目の前の事実に驚いたが、すぐさま後方に向かって跳びずさる。

その直後、岩竜形態ドラゴン・ゴーレムの腕がアキトが立っていた大地を強く叩く!

 

 

振動弾ダム・ブラスッ!!」

 

 

アキトから、高振動で相手を砕く赤い火球が放たれ、先程穿たれた穴に直撃する―――――が、

振動弾は岩の欠片も砕くことなく、あまつさえ弾かれて消え去る。

 

威力は黒魔波動ブラスト・ウェイブよりも下なので、別に期待していたわけではない。

アキトは確かめたかっただけなのだ。自分の考えが当たっているかを。

 

 

振動弾ダム・ブラスの弾け方からして、構成素材土や岩の強度が上がっているな…それも、物理、魔法のどっちも…

制限のないいつもの状態ならまだしも、”氣”も使えず刃のない剣で勝てるか?)

 

 

再び剣を構えながら岩竜形態ドラゴン・ゴーレムを睨むアキト。

今現在、アキトは”活剄”を常時使用しており、体内の毒を中和している。

受けた毒が強いため、アキトは常時体内を浄化している状態でやっと戦闘行為ができている。

その為、それ以外の事では氣が使えない状態なのだ。

 

 

(せめて氣が使えれば、剣に氣で作った刃を作り出せるのに……)

 

 

アキトの使う氣功術の一つに、氣で刃を作る術がある。

その応用で、刃のない刀身に氣の刃を作り出そうと考えたのだが、肝心の氣が使えない以上、それはできない。

 

 

「ほーーっほっほっほっ! まさに手も足も出ないのですか?

なら、さっさと諦めて潰されてしまいなさい。さぁポチちゃん、どんどんいきなさい!」

 

『了解―――――』

 

 

ポチ―――――岩竜形態ドラゴン・ゴーレムはアキトに向かって再び口を開き、炎雷の吐息ブレスを吐く!

アキトはそれを大きく横に跳んで避けると、大地に右手をつけ、力ある言葉カオス・ワーズを唱える!

 

 

 

「全ての命を育みし 母なる下の無限の大地よ 我が意に従い力となれ!地撃衝雷ダグ・ハウト!!

 

 

闘技場の大地が振動した直後、岩竜形態ドラゴン・ゴーレムの足下の地面から複数の巨大な岩の錐が突出し、貫くが、

岩竜形態ドラゴン・ゴーレムはそのまま身体をよじってへし折り、逆に岩の錐を体内に取り込み、一回り大きくなった!

 

 

「地系の魔術は効かないか…なら―――――炎裂砲ヴァイス・フレア! 霊氷陣デモナ・クリスタル!!

 

 

アキトの魔術により、岩竜形態ドラゴン・ゴーレムは炎に包まれ、さらには氷漬けになるが、

そのどちらも岩の表面を多少傷つけるだけに終わり、決定打にはほど遠い結果だった。

 

大地、炎と氷、いずれも自分が使える魔術の中で最高の威力だったのだが、

岩竜形態ドラゴン・ゴーレムに対し、まったく通用していないことに苦い顔をするアキト。

 

 

 

「クソッ!まったく効果無しか…やっぱり、俺程度の魔力許容量キャパシティでは威力が弱すぎるか」

 

 

自分の知り合い…リナちゃんなら、この程度の相手『竜破斬ドラグ・スレイブ』で一発なんだろうな…と思いつつ、

岩竜形態ドラゴン・ゴーレム吐息ブレスや尻尾の攻撃を避けながら今取れる手段を考えるアキト。

 

 

(どうする…赤竜の力か昂気を使えば、この体調でも勝てなくはない…が、それをやれば俺は反則負けになる。

教会の借金のために、是が非でも優勝賞金が必要な今、それは論外だ…となると、残る手は一つだけ。

活剄を止め、剣に氣を通わせて刃を作り、あのドラゴンもどきを殲滅するしかない)

 

 

しかし、それを行えば体内に残っている毒は再び猛威を振るい、アキトの身体を蝕むだろう。

そうなれば、この試合は乗り切れたとしても、決勝戦、そしてマスクマンとの特別戦スペシャル・マッチはかなり不利になる。

だが、アキトとてそれは承知の上……剣を両手で構え、岩竜形ドラゴン・ゴーレムを真っ直ぐに見据える。

 

 

(……俺にリナちゃん程の魔力許容量キャパシティがあればな…あの”神滅斬ラグナ・ブレード”ってヤツを使って―――――っ!!)

 

 

リナの使う”混沌の剣”を思いだしたその時、アキトの脳裏にある一つの魔術が浮かんだ。

その魔術を使い、”氣”の代わりに―――――

その魔術の構成と詠唱は頭の中に叩き込んでいる。

 

 

(……のために覚えた魔術だけど、まさかこんな形で使うことになるなんてな)

 

 

一瞬だけ微苦笑したアキトは、表情を引き締めて剣を構え、精神を集中させる。

 

そして、魔術の詠唱を始める―――――前の世界での戦友ともが得意とした、疑似魔剣を作り出す魔術を!

 

 

永遠とわと無限をたゆたいし 全ての心の源よ 我が意に従い力となれ!  魔皇霊斬アストラル・ヴァイン!!

 

 

 

アキトの持つ黒き剣の刀身に、青白い魔力光が宿る!

そして、アキトが精神を集中させ、力…この場合は魔力…の流れを掴み、操作する。

すると青白き魔力光は急速に集束し、光刃と化した!!

 

同時に、剣の金属…オリハルコンの特性で、黒き刀身に微細な紫電が走り、重量が軽減される!

 

 

「これで武器は準備できた。後は…」

 

 

アキトは静かに息を吐きながら心を静め、全身の隅々まで氣を循環させる。

無論、活剄は…その神氣の流れそのものは行いつつ、練氣によって力のみを純粋に高める。

 

 

「無駄な足掻きをしているようですが、これで終わりです! ポチちゃん、殲滅なさい!!」

『了解―――――攻撃れべるヲ最高値ニ移行、えねるぎーヲちゃーじ』

 

 

岩竜形ドラゴン・ゴーレムの大きく開けた顎に、雷を纏わせた火球が発生する。

おそらく、竜の吐息ドラゴン・ブレスとして放出するのではなく、集束させて弾丸のように撃ち出すのだろう。

 

ただでさえ強力なドラゴン吐息ブレス、一点に集束させれば威力は桁違いに上がるだろう。

 

 

「ちゃーじ終了―――――」

「おやりなさい、ポチちゃん!!」

「了解―――――発射」

 

 

岩竜形態ドラゴン・ゴーレムの口より放たれた炎雷弾が、真っ直ぐアキトに襲いかかる!

対するアキトはそれをじっと睨みつつ黒翼を右手で握りしめ、前傾姿勢をとる。

 

それを見た仲間―――――そして観客は、寸前で疾走して避けるのだろうと予測する。

 

 

―――――その直後!!

炎雷弾はその場からまったく動こうとしないアキトに直撃した!

着弾した炎雷弾は、内包されたエネルギーをまき散らし、大地を消滅させて周囲の大気を震わせる!!

 

 

「アキトッ!!」

「おい、冗談だろ!?」

 

 

アレフ達は席から目の前で起きた出来事に思わず立ち上がる。

アキトの体調が悪いのは知っていた。やはり無理してでも止めるべきだった! と、皆の胸中に後悔がよぎる。

 

―――――次の瞬間。

 

 

ドスンッ!!

 

 

爆煙が今だおさまらぬ闘技場に、突如重々しい音が響く。

何事かと皆がそちらに振り向くと、そこには腕が地に落ちた岩竜形態ドラゴン・ゴーレムがあった。

 

そして観客の視線を一身に受ける最中、岩竜形態ドラゴン・ゴーレムの身体に横に五つの筋が入り、

その筋にそって岩竜形態ドラゴン・ゴーレムの巨大な体がバラバラに分解し、次々に大地に崩れ落ちた。

 

 

 

「剣技・竜爪斬……」

 

 

岩竜形態ドラゴン・ゴーレムが再び瓦礫の山と化したその時、闘技場に声が響く。

決して大きな声ではなかった…だが、その声はしっかりとアレフ達の耳に届いた。

岩竜形態ドラゴン・ゴーレムのはるか背後に立っている、アキトの言葉を!!

 

 

 

「あの野郎、心配させやがって……」

 

 

安堵したように呟いた後、思いだしたように席に座るアレフ。

皆も同じ様な心境なのだろう、アキトの無事に安心した後、同じように席に座り直す。

 

 

 

「い、一体何が……」

 

 

驚いた様子でゴーレムの残骸を見つめるハメット。

ハメットには…ひいては場内の全員には…アキトが炎雷弾に直撃したと思ったら、

いきなり岩竜形ドラゴン・ゴーレムがバラバラになり、その後ろにアキトが立っていた。としか見えなかったのだ。

 

 

あの時…アキトは炎雷弾が直撃する寸前、

一瞬だけ活剄を止めてそのまま”神氣”を使って身体能力を強化し、岩竜形態ドラゴン・ゴーレムに向かって疾走したのだ。

それも、爆発によって起こった衝撃波を利用し、さらに加速して……

それにより、”氣”の使用を最低限に抑え、なおかつ更なる加速を得て攻撃力を引き上げたのだ。

 

そのあまりの速さに、そして爆発が目眩ましになったため、皆の目にはアキトの残像すらも写らなかったのだ。

 

 

目の前の光景に暫しのあいだ呆けていたハメットだが、

すぐさま正気に戻るとゴーレムの残骸に向かって叫び始める!

 

 

「ま、まだまだです。コアが無事な限り、ポチちゃんは何度でも復活します!

さぁ再び立ち上がりなさい。そして闘いなさい!!」

 

「了解、マスター」

 

 

岩の残骸から再び銀色の球体ゴーレムのコアが浮かび上がり、姿を露わにする。

そして、またもや数本のコードを大地に突き刺した。

 

 

「れい・らいんヨリえねるぎー吸収ヲ開始シマ―――――」

 

 

ザンッ!!

 

銀色の球体ゴーレムのコアに突き刺さる黒き剣。

柄の根元まで深々と刺さった黒き剣は銀色の球体ゴーレムのコアを突き抜け、反対側からその刀身が出ていた。

 

その一撃が致命的だったか、銀色の球体ゴーレムのコアは力つきたように大地に落下した…

 

 

 

「二度も見過ごすほど、俺は間抜けじゃないんでな」

 

 

銀色の球体ゴーレムのコアに向かって右手を軽く持ち上げているアキト。

ハメットが攻撃を妨害するのを見越し、間髪入れずに黒翼を投擲したのだ。

 

 

「わ、私のポチちゃんが負けるなんて……」

 

 

ハメットの呆然とした表情をよそに、今度こそと言わんばかりに審判がアキトの勝利を宣言する。

 

 

 

『勝者、テンカワ選手!!』

 

 

ワァァァーーー!!

 

アキトへの風評も忘れ、今しがた繰り広げた凄まじい闘いを称える観客達。

しかしアキトはそれを気にせず、審判席に顔を向ける。

 

 

「……審判、一つ訊きたい」

『なんでしょう、テンカワ選手』

「俺の力は試合中は使用禁止だと聞いたが、試合以外は使用してもかまわないのか?」

 

『少々お待ちください、ただいま、運営委員会の方達にお聞きしますので……

あ、ちょっと待ってください。今、大会運営委員会の一人であるリカルド選手と代わりますので……』

 

『失礼、運営委員の一人であるリカルドです。

今のテンカワ選手の要望に関してですが、試合以外の使用に関してはかまいません』

 

「そんなバカな!! そんなこと、認めるはずが―――――」

 

 

言葉の途中でハッと気がついたように口を(正確には仮面の口の部分を)押さえるハメット。

認めるはずが…と言う事には、何らかの根拠があると云うことだ。

それはつまり、この大会の運営委員会と繋がりがある…と、暗に伝えているようなものだ。

 

 

(その線でこいつの素性を……)

 

 

視界の端でハメットの小さな動揺を視認しながらそう考えるアキト。

ハメットの素性を調べれば、なにか大きな手がかりが得られる…半ばそう確信しながら。

 

 

「じゃぁ、たった今使用してもかまわないんですね、リカルドさん」

『ええ、構いません』

 

 

あくまで、委員の一人として返事をするリカルドに微苦笑するアキト。

知り合いとして贔屓してはいない…と、間接的に告げているのだ。

 

 

(立場があると色々と大変ですね、リカルドさん)

 

胸中でそう呟くと、アキトは銀色の球体ゴーレムのコアが突き刺さったままの”黒翼”を拾い上げ…そのまま大地に突き刺した!

 

(以前、ルナさんは赤竜の力で大地の精霊に干渉し、力を上げていた…

なら、ルナさん程じゃないけど、赤竜の力がある程度成長した今の俺にも近いことができるはずだ)

 

 

アキトの身体から揺らめくように発生した赤い光が、柄から銀色の球体ゴーレムのコア、そして刀身を経由して大地に静かに浸透する。

 

アキトは銀色の球体ゴーレムのコアに残った大地の精力エネルギーと赤竜の力を融合させ、大地に返還しているのだ。

銀色の球体ゴーレムのコアの中のエネルギーはかなり少ないため、赤竜の力で精力を活性化させようて返還させようと考えたのだ。

その甲斐あってか、アキトの感覚は大地が急速に潤っていくのをはっきりと感じていた。

 

 

「これで良い。とりあえずは大丈夫だろう」

 

 

悪い予感が鎮まったことに安堵するアキト。

赤竜の力を再び封印し、黒翼を銀色の球体ゴーレムのコアと大地から引き抜き、鞘に戻す。

 

そして、踵を返すと、睨むハメットを無視して、歓声が沸き上がる闘技場から退場した。

 

 

 


 

 

 

「ふぅ〜〜、ひやひやさせやがって…」

 

 

エンフィールドの側にある大きな山…雷鳴山の山頂近くに立つ男が、ホッとしたように呟く。

 

男は、先程アルベルトをさんざんからかったシャドウだった。

いつもの皮肉の笑みではあったが、今は不思議と嫌味に感じず、逆に真面目な雰囲気ですらあった。

 

そして、その視線…と言っても目は眼帯に覆われていたが…は、

寸分の狂いもなく、真っ直ぐに『グラシオ・コロシアム』に向けられている。

 

確かに、その場からコロシアムは展望できたが、大きさはせいぜい豆粒程度…通常なら見えるわけはない。

見えるとすれば、それこそアキトが使う”神眼”のような存在モノでなければ無理だろう。

 

今更ながらも、シャドウが尋常ではないことがわかる。

 

 

「まさかアレの小型化が成功していたなんてな…クソッ、本気マジで焦ったぜ」

 

 

シャドウは忌々しいと言わんばかりに表情を歪めながらコロシアムを睨む。

 

 

「しかし、テンカワが頑張ってくれて助かったぜ。下手をすれば……」

一万年前あの時の再来でしたね』

 

 

背後からかけられた女性の声…正確には念話…が、シャドウの言葉を引き継ぐ。

シャドウはいきなりの言葉に別段驚いた様子も見せず、さらに振り返りもせず返事をした。

 

 

 

「おう、来てたのかよ」

『ええ、つい先程。着いた早々驚きました。まさかあのような事が起こるとは……』

 

 

念話の主…身体が透き通った・・・・・・・・黒髪の女性はシャドウの隣に立つと、同じくコロシアムに視線を向けた。

眺めている…という感じではない、あきらかに『見』ている。

 

 

「正直、俺も予想外だったよ。あの野郎ハメットがコソコソとなにかをしているからなにかと思ったら……

それはそうと、アレの影響は大丈夫か?」

 

『ええ、なんとか…しかし、いかに私たちでも、無闇に近づけばアレの影響を受けてしまうでしょうね』

「だから、そんな姿をしてるのか? 影響から少しでも逃れるために」

 

 

その時になってシャドウはその女性の方を向いた。

 

その女性の外見は二十代後半といったところか…柔和な、周囲に温かさを感じる美しい顔立ちの女性だ。

美しいローブに身を包んだ姿は、まるで聖母か何かのようにすら感じる。

 

 

『今は、表に出るわけにはいけませんからね。それはそうと…その恰好、一瞬貴方だとわかりませんでしたよ』

「今は影を表に出しているからな。そうじゃねぇと、アレの影響をまともに受けちまう」

『その喋り方も。普段の貴方からは信じられませんね。皆が見たらなんと言うか……」

「仕方がねぇだろうが。あいつの影と融合して作り上げたんだから。俺の意思じゃねぇよ」

 

 

不機嫌な顔…見方によればふてくされた顔…で視線をコロシアムに向け直すシャドウ。

女性はそんなシャドウの態度に、あらあら拗ねちゃったわね…と言って困り顔で微笑む。

まるで、素直じゃない子供に対する母親の態度に見える。

 

 

「んな事よりも、あいつらはまだ来ねぇのかよ。もう残り時間は少ないんだぞ」

 

『それは仕方がありません。私は地脈レイ・ラインを利用したから早いだけですから。

一番足の速い”風”の…シルフィエラも流れに乗ってすぐ来るでしょう。

残りの方々は、各々万全の準備をしてから…と仰っていました。もしかすると、最後になりますからね……』

 

「そうだな…」

 

『そうは…させたくありませんね。誰より何より、この世界が好きだった”あの方”のためにも』

 

 

女性の言葉にシャドウは何も答えず、ただじっとコロシアムを…次の試合、リカルド対司狼の闘いを眺めていた。

いつもの軽薄そうな感じではなく、まるで戦いに備える騎士の如く、静謐な雰囲気で……

 

 

 

 


 

 

 

そしてコロシアム―――――

 

次の試合の選手であるリカルドと司狼が、闘技場の中心に立って相対していた。

 

 

「そういえば、俺とリカルドさんって、まともにりあったことがありませんでしたね」

「それはそうだろうな。なにせ、その時になると司狼君が都合良く腹痛を起こしていたのだからな」

「ああ、そうでしたそうでした。リカルドさんと闘うと本気を出しそうだったんで、逃げてたんですよ」

 

 

過去…と言うか、この間の実家との諍いに片がつくまで、司狼は半ば身をひそめた生活をしていたのだ。

大した任務を行わず、実力を見せることなく、名が売れるような事件や闘いを回避し、

本来ならアルベルトに全勝してもおかしくないところを、わざと実力が拮抗しているように見せていた。

 

 

「君が強いことは知っていたよ。

それで、この場にいるということは、今回はその”本気”でれるということなのかな?」

 

「ええ、思う存分気兼ねなく…本気でれますよ」

「それは良かった」

 

 

その言葉に、腰に差している刀の柄に軽く手を置く司狼。

リカルドもゆっくりと鞘から剣を取り出した。

 

見たところ、双方とも目立った外傷も疲労もない。ほぼ万全に近い状態に見える。

そんな状態の凄腕二人が本気で闘うとなると、自然に激しい闘いを連想するだろう。

 

だが…二人の思考はそんな期待とはまったく違ったことを考えていた。

 

 

「それはそうと、リカルドさん。一つ提案があるんですけど」

「ん? 何かな、司狼君」

「一撃勝負にしませんか? お互い、次の試合の為に無駄な体力を使いたくないでしょう?」

 

「ふむ…それもそうだな。司狼君の言うことにも一理ある。

なにせ、相手はアキト君なのだ。いかに彼が不調でも、こちらとしては万全で望みたいのが本音だな」

 

「でしょう? 正直、俺もそう思ってますよ。さっきの試合を見てからね、ずっとね……」

 

 

左腕が使えず、さらにはまともに”氣”を使えていないアキトの先程の試合を見て、リカルドと司狼は正直震えた。

 

それは恐怖からの震えではなく、高ぶる闘気と興奮による『武者震い』

ハンデをものともせず、圧倒的な強さを示すアキトと、体が…そして本能が一刻も早く闘いたがっているのだ。

 

 

「で、どうです?」

「うむ、良いだろう。私にも異存はない」

「そうこなくちゃ!」

 

 

司狼は、我が意を得たり! と言わんばかりの笑顔をする。

そして、腰を落として左足を後ろに引いた、刀を使った剣術の特殊な構えをとる。

 

 

「抜刀術…流派によっては『抜き』や『居合』とも呼ばれているらしいね」

「ええ。よく知っているということは、どういった技かも知っているんですね」

「無論。私の尊敬する戦士も『刀使い』だったのでね。必要以上に憶えているのだよ」

「そうですか」

 

 

大戦の英雄『剣聖』リカルド・フォスターが尊敬する『刀使い』の戦士。

司狼が思いつく限り、その可能性のありそうなのはただ一人…

 

大戦時、英雄の中でもっとも最強と謳われた『刀使い』の戦士…紅月。

『かの者―――――その名の如く、戦場に血の雨を降らせ、月までも紅く染めん』というのは、

大戦を知る戦士ならば誰でも知っている、紅月に対しての逸話だ。

実際の紅月の戦いを知る者は、それは本当だったと口を揃えて言う。

 

 

「確か、刀を抜く際に鞘を走らせ、剣速を高める技だったね。それでは私も……」

 

 

リカルドは剣を鞘に納めると、司狼と同じ体勢…抜刀術の構えをとる。

お互いに、後一歩踏み出せば間合いに入る距離だ。

 

研ぎ澄まされた闘気が、お互いに肌をチリチリと刺激する。

そんな中、司狼は思考を高速回転させ、今現在の状況と勝つ手段を分析していた。

 

 

(客観的に見ても、力、技、速さ、どれをとってもリカルドさんの方が上。技なんかは問題外だな。

大戦を通じ、長年培ってきた経験は言うに及ばず、今の俺ではまだ敵わない。

たが唯一、この中で差が少ないのは剣速。そして、この抜刀術の勝負に関しては、俺には大きな利点がある。

それは武器の形状。抜刀術に適しているのは反りのある刀。

リカルドさんが使っているような直刀の剣では鞘走りが不完全となり、剣速が微かに鈍る。

その微かな遅れが、俺の抜刀術には致命的なモノとなる!)

 

 

刀の鍔に親指を当て、滑るように足をすらせて半歩近づく。

これで残りの距離は半歩。微妙な距離だ。

司狼レベルになると、この半歩の距離など有って無いが如し、瞬きの間に相手を真っ二つにしているだろう。

そして、それはリカルドとて同じ事だ。

 

 

(後半歩…リカルドさんの間合いが死の境界線に見えるぜ。

『斬り結ぶ 太刀の下こそ地獄なれ  踏み込み見れば 後は極楽』とはよく云ったものだな……)

 

 

司狼の顔に自嘲気味の笑みが浮かぶ。

今の言葉は”剣術の道歌”で、身を捨てて前に進むことで勝負が見えてくる…という意味がある。

まさに、今の司狼の心境にあった歌であった。

 

 

(なら、その死の境界線に切り込んでやる。

そして、心に刻んだ『斬』の一文字を刀に乗せ、己の意思で全てを斬る―――――)

 

 

司狼から発せられていた闘気、そして気配が消える。

明鏡止水の境地―――――曇りのない鏡、波一つ無い水面の如く澄んだ心―――――で、刀の鯉口を切り、

 

 

両者とも、同時に得物を抜きはなった!!

 

 

 

 

そして―――――硬く澄んだ金属音と共に、一本の刀身が粉々に砕け散り、

その微細な金属片が、まるで粉雪のように、キラキラと陽光を反射しながら、二人の周囲に舞い降りた。

 

 

 

―――――その2へ―――――