悠久を奏でる地にて・・・

 

 

 

 

第30話『エンフィールド大武闘会―――――優勝戦、そして……』

 

 

 

 

 

 

 

決勝戦―――――リカルド対アキトの試合は、アキトの勝利で終わった。

 

そして次は、優勝者アキトマスクマンディフェンディング・チャンピオンとの特別試合スペシャル・マッチだ。

 

 

『さて、今大会優勝者のテンカワ選手…次はマスクマンとの試合ですが、どうしますか?

このまま次の試合に入っても、一時間の休憩をはさんでもかまいませんが……』

 

「………このまま数分ほど休憩した後、試合をします」

 

 

少々の沈黙の後、傾き始めた太陽の位置を確認しながらそう言うアキト。

教会の借金の返済期日は今日中なので、できるだけ早くしたいと考えたのだ。

 

それに…リカルドとの試合が終わった後から、反対側のゲートから闘気をぶつけてくる人物が居るのだ。

 

純粋なまでの闘気―――――まるで、一刻も早く闘わせろ! と、語っているかのような、熱い闘気だ。

 

 

(早めにしないとな…こちらとしても、その方が都合が良い)

 

 

自分に対して治癒リカバリィを施すアキト。同時に、外氣功により大気や大地の氣を取り込み、体力も回復させる。

 

対象―――――この場合はアキトの自然治癒力を高める『治癒リカバリィ』はともかく、

ハメット(正確には岩竜形態ドラゴン・ゴーレム)の所為で精気を失っている大地から氣を取り込むのはかなり気が引けたのだが、

その思いを良い意味で裏切るかのように、大地からは高純度の精気が大量にアキトに向かって流れ込んできた。

 

 

(これは…体力どころか傷まで治ってゆくなんて…まるで、アメリアちゃんの神聖魔術みたいだ)

 

 

以前、両腕を大怪我した際に施されたアメリアの神聖魔術『アース・リジェネレーション』と同じ感覚を受けるアキト。

むしろ、あの時よりも注ぎ込まれる精気の量も、質も今の方が上だった。

精気の集まる霊峰でも、地脈の交わる霊穴レイ・ポイントでもない場所にあるコロシアム。

本来ならその様なことは有り得ない…のだが、アキトは疑問を抱くよりも、今の幸運を甘受した。

 

今の目的の為には、渡りに船…というべき状況だったからだ。

 

 

そのおかげか、アキトの身体は数分ほどでほぼ通常の状態まで回復した。

 

 

 

 


 

 

 

同時刻 ―――――雷鳴山・頂上付近―――――

 

 

「わざわざすまねぇな。あそこコロシアムの大地はかなり疲弊してるってのに、無理をさせて」

 

『いいえ、お気になさらずに。私もあそこに力を引き込む必要があっただけですし。

それをほんの少しだけ…地脈の流れの数分の一をあの方に向けただけですから。

それに、私の子供達を救ってくれたお礼でもありますからね』

 

 

シャドウに向かってニッコリと微笑む半透明の美女。

それに対して、へっ…とひねくれた笑いをするシャドウ。

 

 

「あいつにゃ是が非でも勝ってもらわねぇとな。あの場所をあの野郎の手に渡すわけにはいかねぇ」

『そうですね…もしあの土地が渡れば、最悪の事態になります』

 

「といっても、後数ヶ月でその『最悪の事態』は起こるがな。それだけはどうにも回避しようがねぇ。

お前とシルフィエラが手をつくしてくれたが、それももう限界が近い。

皆の準備が終了するのが先か、装置の限界が先か……微妙なところだ」

 

『あの子の身体は?』

 

「それは大丈夫だ。あいつの連れのおかげで、そっちの維持は問題ない。

それどころか、余ったエネルギーを装置に回してくれているぐらいだ」

 

『それはそれは…感謝してもしきれないですね。あの方々には』

 

「まぁな…」

(色々とテンカワとその周囲を引っかき回したんだ。全てが終わった後は…覚悟しとかねぇとな)

 

 

不意に黙るシャドウ…

そんなシャドウを、半透明の女性は困った人ね…という顔でじっと見ていた。

 

 


 

 

―――――大武闘会・会場グラシオ・コロシアム―――――

 

 

 

「すみません、休憩はもういいです。次の試合を始めてください」

『本当によろしいのですか? テンカワ選手』

 

「かまいません。観客の皆さんを何時までも待たせるのは悪いし…

それに、対戦相手もこれ以上待ちきれない様子ですから」

 

 

一般とは別のゲートを見るアキト。

観客達の視線も自然とそちらに集まる中、ゲートの奥から巨躯の男がゆっくりと姿を現す。

 

その男はその名の通りマスクを被っており、身体を覆い隠すほどの豪奢なマントを羽織っていた。

だが、それより何より…身体から陽炎の如く立ち上る熱い闘気に、周囲の気温すら上昇したように感じる。

 

 

 

『北の特別ゲートから、ディフェンディング・チャンピオンのマスクマンの入場です!』

 

『とうとう現れましたね。常勝無敗、ありとあらゆる大会の優勝者! 格闘界の英雄”マスクマン”!

幼い子供から、古株の格闘ファンの人気まで一身に集める世界のヒーロー!

弱きを助け、悪を許さぬその精神と追随を許さぬ圧倒的強さは、国によっては闘神と崇められています』

 

『この組み合わせを、一体誰が予想していたでしょう。

この場の…いえ、大会を知るほとんどの者が”剣聖”リカルドと”無敗”マスクマンの対決を予想していたでしょう。

ですが、今、私たちの目の前にいるのは、マスクマンと今大会のダーク・ホース、テンカワ選手です』

 

『これは、格闘界に新たな一ページが書き加えられようとしている…と言っても、過言ではありませんね。

はたして、その一ページに書かれる勝者の名前は一体どちらなのでしょうか…今からドキドキしますね!』

 

 

レティシアとアナウンサーの解説、そして、観客の歓声とマスクマン・コールが闘技場に響く中、

当のマスクマンは悠然と歩き、マントをなびかせながらアキトの前に立つ。

 

数メートルほど離れていたが、二人…少なくともアキトにしてみれば、一足の間合いの中だった。

 

 

「私は待っていた。”剣聖”リカルドをも倒す、次代の担い手となるべき新たな戦士の登場を」

 

 

漲る闘気を隠そうともせず、アキトにぶつけるマスクマン。

その強い意志を秘めた視線は、ただ真っ直ぐにアキトの目に向けられている。

 

 

「お互い、闘うべき相手と認識している以上つまらぬ会話はもはや不要。

さぁ、あらたなる強者よ。我と闘い、その実力を私に示すがいい!」

 

 

そう言うや否や、マスクマンの身体から放出された”闘氣”が衝撃波のように広がる!

そしてマントを勢いよく後ろに放り投げると、凄まじい速さで間合いをつめ、アキトに向かって拳を繰り出す!

アキトはその拳を両手で受け止めるが、あまりの打撃の重さに地面の上を数十センチも滑る!

 

 

(”氣”による身体強化―――――それもとんでもないレベルだ!!)

 

 

アキトはお返しと言わんばかりに氣を乗せた回し蹴りを繰り出す!

だが、生木の大木をもへし折るアキトの蹴りを、マスクマンは片腕でいとも簡単に受け止めた。

 

 

「ははは! 良い蹴りだ」

「それはどうも」

 

 

それを見た審判は慌てて試合開始の宣言をするが、既に戦闘に思考を移していた二人には関係無く、

マスクマンは次々に拳を繰り出し、アキトも負けじと紙一重で見切った後に反撃する!

 

 

ガキ! バキ! ドゴォ!!

 

 

アキトとマスクマンがぶつかり合うたびに、硬質的な音が闘技場に響く。

マスクマンはともかく、アキトは手加減や様子見という行為は一切無しで闘っている!

 

 

「ハァァッ!!」

「カァッ!!」

 

 

マスクマンがはその巨大な拳を繰り出し、アキトはまるで鞠のように飛ばされる!

すると、アキトはお返しといわんばかりに、助走で付けた勢いで蹴りを繰り出し。

反対にマスクマンをボールのように弾き飛ばす!

 

アキトはともかく、巨躯のマスクマンが蹴られたボールの如く弾かれる姿は、観客の度肝を抜く!

 

 

「ヌンッ!!」

「オオォォォッッッ!!!」

 

 

 

三度間合いをつめたマスクマンと拳とアキトの掌打が衝突し、あまりの威力に軽い衝撃波を発生させる!

 

 

「ハァッ!!」

 

 

即座に反対の拳を繰り出すマスクマン。

しかし、アキトは頭をほんの少し横に動かし、その拳を紙一重で回避する。

そして逆にその腕を掴み、勢いを殺さずに背負い投げの要領で逆に大地に叩きつける!

 

 

ドゴォ!!

 

 

マスクマンの人型に窪む大地!

これはアキトの力というよりも、マスクマンの力によるところが大きい。

 

 

「つまらぬ…つまらぬな」

 

 

地面が窪むほど叩きつけられながらも、まったくダメージを受けていない様子で立ち上がるマスクマン。

身体に付いた土塊などを、まるで埃でも落とすように払いのける。

 

 

「何故本当の実力をださん。何故腰の得物を使わん。

剣士は剣が、格闘家は拳が武器、使うことは何も恥ではない。

己の得意な武器を使え、魔法を使え、氣功術を使え、そしてその身に宿す力を使え!」

 

 

 

まるで落雷のようなマスクマンの大声が闘技場に響き渡り、場内に静寂が漂う。

 

その静寂なのか、アキトは少し困った表情で口を開いた。

 

 

「悪いんですけど、氣功はともかく、最後の力は大会のルールで使用禁止なんで。

使ったら即失格になるんで、使えないんですよ」

 

「フン…確か、貴公の”昂氣”とか云う力の使用禁止といった巫山戯たルールだったな。実にくだらない」

「くだらなくても何でも、そういったルールが出場条件である以上、守るしかないんですよ」

 

 

マスクマンに対して再び構えをとるアキト。

しかし、マスクマンは腕を組んだまま構えることなく、静かにアキトを見やる。

 

 

「あんなくだらないルールで闘うというのか」

「そうです。知っているかもしれませんが、俺は優勝しなくちゃならないんです」

「その事はリカルドから聞き及んでいる。勝者が誰であれ、優勝賞金はこの街の教会に寄付されるようにした」

 

「それに関しては礼を言います。それはそうと、三つほど言っておきたいことがあります。

一つは、禁止されている力は必要以上に人間に使うつもりはない事。

二つ目は、俺は純粋に拳で闘おうという人に、魔法は使いたくない…ということ。

そして最後に…何か勘違いしているようですけど、俺は―――――」

 

 

アキトの姿がその場から消えると同時に、マスクマンが後方に跳びずさる!

その直後、マスクマンが居た空間を鋭い何かが空を斬り裂くように通り過ぎた!

 

 

「素手での戦いの方が得意なんです」

 

 

マスクマンが居た場所の手前に立ったアキトが静かに宣言する。

軽く片足を上げていることから、間合いをつめて回し蹴りを放ったのだと解る。

 

 

「なるほど…侮っていたのは貴公ではなく、私の方だったということか」

 

 

胸部についた一筋の傷から微かに流れる血を見ながら面白そうに笑うマスクマン。

先程のアキトの回し蹴りで発生したカマイタチに浅く切られたのだ。

 

 

「面白い…是が非でも貴公の真の力を引き出したくなった!行くぞ!!」

 

 

 

そう言った直後、姿が消えるマスクマン!

正確には超スピードで移動したためだが、この場にいるほとんどの者は消えたように見えた。

そしてほぼ同時に、アキトの姿もその場から掻き消えた!

 

 

ガキ! ドゴォッ!!

 

 

何かがぶつかり合う音が先程よりも闘技場に響き渡る!

 

音が響くたびに殴り合う、もしくはぶつかり合うアキトとマスクマンの姿が現れ、すぐに消える。

観客には、攻撃を繰り出すために止まる一瞬しか2人の姿が見えないのだ。

 

 

 

ザワザワと徐々に騒ぎ出す観客達。

決勝戦のような派手な試合を期待していたのに、実際はコレ。

観客には、何かがぶつかる音と一瞬だけ現れる2人の姿しか認識できないのだ。

 

 

 

「こんなレベルの高い戦いが連続で見られるとはな。運が良いというか何というか……」

 

 

闘技場をじっと真剣に見つめる司狼。

彼の目には、はっきりとアキトとマスクマンの攻防が見えている。

 

 

「しっかしそれにしても速いはえぇな。まぁ、さっきのリカルドさん程じゃねぇけど」

「あれと比べるほうが間違っておる。あれはリカルドが苦心して編み出した奥の手だからな」

「ええ…」

 

ノイマンの言葉に短く答えるリカルド。その眉間には皺が刻まれている。

 

「……リカルドよ。悔しいのか?」

 

「…………そうかもしれません。私との試合の時、アキト君は本気を出せませんでした。

今のアキト君が本気…”昂氣”とやらを使えば、あの状態となった私に近い実力はあったはずです」

 

 

この間…人狼ワーウルフと闘った際のアキトの動きから予測を口にするリカルド。

事実、あの時のリカルドの身体能力は昂氣発動時のアキトに匹敵…もしくはそれ以上あるかもしれない。

 

そして、純粋な技術…剣術においても、リカルドはアキトとほぼ同格か少し上…

大戦を駆け抜けた”経験”と”戦闘の勘”はアキトを上回っているだろう。

アキトもそれを察しているからこそ、ああいった搦め手でリカルドを出し抜いたのだ。

 

 

「しかし、彼は結局実力を発揮することなく、あのような形で決着を……すみません。愚痴になりました」

 

「いや、かまわん。だが、言うまでもないと思うがテンカワ君の事情も察してやれ。

そもそもテンカワ君はあの後も闘いがあるのだ。お前とほぼ互角の者とな。

出来るだけ余力を残したいと…多少の奇策を使うのは当たり前だ」

 

「ええ、わかっているつもりです」

 

 

リカルドは少し…本当に少しだけ、家族トリーシャしか判らないほど顔を顰めると、アキト達の方に注意を向ける。

その様子にノイマンは微苦笑を浮かべ、リカルドと同じく闘技場の方に視線を向けた。

 

 

場所は少し移動して―――――

 

アキトを応援に来ているジョートショップの面々。

だが今は……

 

 

「なによ! マリア達がわざわざ見に来てるのに、ちゃんと見えるように闘いなさいよ!!」

「一体どっちが優勢なのかな…それだけでも知りたいわ」

「うん、そうだね」

 

 

と、マリアが騒いでいた。魔術師系であるマリア、シェリル、クリスの三人には試合がまったく見えないのだ。

 

 

「今のところ、状況は五分と五分だ。どっちが優勢でもねぇよ」

 

 

クリス達がアキトを心配しているのがわかったのか、試合の状況を教えるアレフ。

 

 

「もしかして、アレフ君は見えてるの?」

「当然! お前達以外は全員見えてるぜ」

 

 

少しだけ誇らしげに胸を張るアレフ。

ジョート・ショップの戦闘要員…つまりは先の三人以外はアキトとマスクマンの動きが見えていたのだ。

 

 

「じゃぁ、アキト君やマスクマンって一体どんな攻撃をしているの?」

「あ? いや…それは…まぁなんだ。単純に殴ったり蹴ったりだよ」

「手数は相手マスクマンの方が多いけど、アキト君の攻撃は確実に当たっているわ」

「ボウヤは積極的に手を出さず、攻撃の一瞬の隙をついてダメージを与えるのが素手の戦闘スタイルみたいだね」

 

 

やはり、見え方にはそれぞれの大きな個人差があるらしい。

アレフの適当な説明をシーラとリサが補足する。

 

 

―――――その時!

 

 

ドンッ―――――ズガンッ!!!!

 

 

腹に響くような重い音と破砕音が闘技場に鳴り響く!

 

観客達が音の発生場所に目を向けると、そこには右手を突き出し、右足を少し陥没させたアキトの姿と、

大量の土煙を上げている闘技場の壁の一部があった。

 

 

いきなりの事にまったく状況が理解できない観客達。

アナウンサー達も、何がなにやら解らず、解説を入れることすら出来ずにいた……

 

 

「ア、アレフ君…一体何があったの?」

「いや…今度は俺もなにがなんだかさっぱりと……」

 

 

アレフの目には、2人が交差した瞬間、マスクマンの姿が消えて闘技場の壁が爆発した(ように見えた)のだ。

 

 

「みんなはどうだ?」

「両者が接触する直前までは見えていたのですが、先程の攻防は速すぎて……」

「私も同じ。見えなかったわ」

 

 

クレアとシーラが無念と云った感じでそう答える。

 

 

「私も見えなかったけど、見た感じから予測すると、おそらく―――――」

「アキトちゃんがね、ド〜ンって足踏みして大きな人を突き飛ばしたの」

 

 

 

リサの言葉を遮り、アキトのやったことを端的に説明するメロディ。

どうやらメロディだけには先程のアキト達の攻防が見えていたらしい。

仲間達も、仲間内でずば抜けた動体視力を持つメロディなら不思議はない。と考えた。

 

(だが、アキトのことだ。只の掌底とは考えられないな…)

 

メロディの言葉を反芻しながらそう考えるリサ。

そう、いつも見た目と内容が一致するとは限らない。

見た目が地味でも、中身はとんでもないことが多い。特に、氣功術に関しては……

 

 


 

 

 

(今の一撃は完全に入った―――――勝ったか?)

 

 

今だ手の内に残るしっかりとした感触に、アキトは少しだけ勝利を確信する。

それほどの強力な一撃が、マスクマンに綺麗に決まったからだ。

 

ただし、全くの無傷ではない。アキトの頬にできた一筋の裂傷から少量の血が流れ出る。

 

 

(焼けたように熱い…紙一重でかわしてこれなら、掠りでもしていたら肉が刮ぎとられたかもしれないな…)

 

 

あの時…アキトとマスクマンが幾度目かの接触した際、

アキトはマスクマンの拳を紙一重で見切り、カウンターでマスクマンの胸部に掌打を叩き込み、弾き飛ばしたのだ。

それも、只の掌底ではなく、氣を纏った掌打…『発剄』で、だ。

 

内部にダメージが浸透する発剄では、いかな屈強な肉体を持つマスクマンといえど、無傷ノー・ダメージではすまないだろう。

 

アキト、そして観客一同が見つめる中、土煙が一陣の風により取り払われる。

そこには……胸部を押さえながらもしっかりと立っているマスクマンの姿があった。

 

 

「凄まじき一撃だった。危うく私も倒されるところだったぞ」

(できるなら、そのまま倒れてくれたら良かったのにな……)

 

 

ほぼ手加減無しの発剄の直撃に耐えきったマスクマンに舌打ちするアキト。

 

それを知ってか、マスクマンは不適に笑う。

決して無傷ノー・ダメージではなく、身体にかなりの激痛が走っているはずなのに。

 

 

「かなり頑丈タフなんですね……」

「鍛えているのでな。この肉体は伊達でも見せかけでもない、最強の鎧でもあるのだ」

 

 

フンッ! っと筋肉を膨張させるマスクマン。

確かに、その逞しい筋肉は最強の武器であり、防具であることが容易に解る。

 

マスクマンが再び構えると同時に闘氣が一際高まり、衝撃波のように広がる。

 

 

「それに、貴公は間違いなく若手最強の戦士。この程度で闘いを終わらせるのは勿体ない!」

 

 

マスクマンの姿が消え、同時にアキトの姿も消える!

両者が高速戦闘を再開したのだ。

 

だが、前とは大きな違いがある。それは―――――

 

 

(やはり無傷ノー・ダメージじゃない。マスクマンのスピードが落ちている)

 

 

僅かに落ちているマスクマンのスピード。

しかし、それよりもあれ程の一撃をうけても尚これ程動けるマスクマンにアキトは脅威を感じる。

 

 

「先程の返礼だ。私の奥義を見せよう―――――死ぬなよ」

 

 

アキトの視界からマスクマンの姿が消える!

アキトはとてつもない寒気を感じ、咄嗟に防御の態勢を取る。

 

 

―――――その直後!

 

 

―――――ドンッ!!

 

 

アキトは無数の凄まじい衝撃に貫かれ、そのまま吹き飛ばされて闘技場の壁に激突する!

 

 

「グッ―――――な、なんだ今のは……」

 

 

大地に倒れ、咳き込むアキト。その口からは多少の吐血が見られる。

立ち上がろうと身体に力を入れるが、上手く行かず、微かに身を起こしては再び大地に伏せる。

 

 

(身体に力が入らない…痛みを通り越して感覚がほとんど無い……咄嗟とはいえ防御したのに)

 

 

硬氣功で防御力を可能な限り上げていたのに、このダメージ…まともに受けていれば洒落にならない。

硬氣功を使っていなければ死んでいたかもしれない…

それ以前に、マスクマンの警告がなければ、氣功術を使う間すらなかっただろう。

 

 

「ふぅ……生きているか」

 

 

先程までアキトがいた場所に立っているマスクマン。

『奥義』とやらを放った反動か息が荒くなっている。

 

 

「『神速の瞬きゴットスピード・ホロウ』を受けてまだ意識を保てるとは…」

神速ゴットスピード…確かに…あの速さならまさしく『神速』ですね」

「ほぅ…見えたのか」

「ええ。色々の事情があって、眼が良いんです……」

 

 

言葉を何とか紡いだアキトの台詞に、マスクマンは驚きと感心が混ざった笑みを作る。

 

そう…あの時、マスクマンは凄まじいスピードでアキトに詰め寄り、攻撃を繰り出したのだ。

今のアキトでは避けられないような超スピードによる乱打攻撃だ。

 

 

「その技は身体への負担が大きいでしょうに…あまり無茶をしていると、体を壊しますよ…」

「………」

 

 

奥義の原理を見破ったと言わんばかりのアキトの言葉に、無言の返事を返すマスクマン。

それは彼が一番知っているからかもしれない。

 

彼の奥義…『神速の瞬きゴットスピード・ホロウ』は、『氣』を使った技。

体内の氣を限界以上に圧縮、爆発させ、その莫大なエネルギーを使って凄まじいスピードを得る。

それが技の正体だった。『氣功師』でもあるアキトなら、一目で見破れるほど単純な技だ。

だが、単純な技であるが故に余計な消費が無く、技の威力が高い。

 

無論、そんな無茶な技の行使など身体への負担が大きすぎる。

なにせ、体を補強する”氣”すらも技に使っているのだ。

マスクマンの屈強な肉体ですら悲鳴を上げるほどの荒技など、通常では自殺行為以外のなにものでもない。

 

逆に言えば、そうやすやすと達せぬ超高速ハイスピードであるからこそ、奥義足り得るのだろうが……

 

 

「心配無用。数度の使用に耐えられるように身体を鍛えている。

それに、貴公が立ち上がらなければ、これ以上は使用することもない」

 

「それは…残念でしたね」

 

 

身体に力を込め、ゆっくりと立ち上がるアキト。

相当のダメージがあるのか、足下がしっかりとしておらず、なんとか立っている…といった感じだった。

 

 

「やはり立ったか…なぜそこまでして勝利に固執する」

「何度も言ったでしょう?弟分ケビン君達との約束です…その為には、多少の無茶でも無理でもやりますよ」

 

 

身体に力を入れて真っ直ぐに立つアキト―――――

そして軽く目を瞑り、静かに…そして深く呼吸する。

 

 

「コォォォォ………」

「ぬ?」

 

 

疑問の声を上げるマスクマン。

アキトの闘氣が恐ろしいほど高まった後、まるで風船がしぼむように急激に小さくなったのだ。

 

その独特の感じに、マスクマンは闘氣を消したのではなく、集束させたのだと判断する。

そして同時に、アキトが自分と同じ事を…”神速の瞬きゴットスピード・ホロウ”を見よう見まねで使うつもりなのだと予測した。

 

 

「………さぁ、決着を付けましょうか」

 

「良いだろう。その勝負、受けてたとう。

だがその前に、満身創痍ながらもなお立ち上がり、闘おうとする貴公に敬意を表して一つ教えておこう」

 

「……?」

 

「私が『神速』の領域に達しているとき、周囲の音が全て消えている。

そして、全力を出せば…世界は白と黒の二色となり、全ての動きは止まったも同然の状態となる」

 

「集中力の世界……か」

 

 

音が消え、色が消える―――――それは、人の脳が余分な情報を遮断シャット・アウトしたのだ。

余分な情報を遮断シャット・アウトした脳はあらゆる知覚能力が飛躍的に上がる。

それは、あたかも周囲の時間がゆっくり流れているかのように…

または、自分が時間の束縛を脱し、周囲の時間を置き去りにしているかのように…

 

実際に、マスクマンはたった一秒をその十倍以上に感じ、肉体はそれに応じた動きができるのだ。

 

 

「ますます危険ですね。身体に…それに脳に負担がかかりすぎますよ」

 

「ふん…その様なことは百も承知よ。

だが、先程も言ったように一度や二度の使用でどうにかなるヤワな身体ではない」

 

「素直に『クロノス・ハート』を覚えようという選択肢はないんですか?」

「あいにくと、私は魔導の才は全く無いのでな」

 

 

クロノス・ハート―――――精霊魔法に属する最高位に位置する術の一つ。

時の精霊を召喚し、自分の時の流れを一定の間のみ加速させる魔術。

リカルドが使った”エーテル・バースト”と同格で、扱う者はほとんど…というか、極々希。

 

周囲から見れば術者が加速されたように感じるが、

その時に放つ技、魔術も同じ時間軸上にあるため、同じく超スピードを得る。

もし、マスクマンやリカルドがその魔術を身に付ければ、最強最悪の魔法となるだろう。

 

 

「それに、己が肉体のみで闘う―――――それが我が信念にして信条だ」

 

 

マスクマンから凄まじい闘氣が迸った後、急速に体内に集束、圧縮される。

先程…奥義を使う前とまったく同じ手順を、氣功師としての感覚が感じていた。

 

 

「お互いに準備は良いな…これが合図だ。行くぞ!」

 

 

マスクマンは足下の小石を拾い、アキトに見せた後、上空に向かって指で弾く。

小石は空高く上がると一瞬だけ制止し、重力に引かれて大地に向かって落下する。

 

 

そして―――――

 

 

カツンッ―――――ドンッ!!

 

 

 

小石の落下音の直後に爆発音が鳴り響いた!

 

そして、観客達が目にしたのは―――――

変わらず立ったままのアキトと、その足下の放射状に広がった大地を浅く削った後……

そしてアキトの後方…先程とは反対の場所で大地の上を転がった後、倒れ伏せるマスクマンの姿だった。

 

 

「まさか…あのような手で迎撃されるとはな……」

「あれしか術がなかった…というのが、正直なんですけどね……」

 

 

気丈に立ち上がったマスクマンの言葉に、アキトは微苦笑で返事を返すしかなかった。

 

 

「奥義…超スピード故の欠点、いえ、弱点でしたね」

「そうだな……」

 

 

 

 

 

あの時―――――小石が大地に落下し、小さな音をたてた直後。

 

マスクマンは体内で圧縮した氣を解放し、身体能力を爆発的に上昇させる!

それと同時に、マスクマンの感覚は時の束縛を逃れ、自らの内に作り出した加速世界に突入する。

 

 

(周囲の時が止まった―――――テンカワ アキトは動いてもいない)

 

 

白と黒の静寂世界に身を置いたマスクマンは、動きをみせないアキトの背後に回り込む。

そして、隙だらけの背中に向かって間合いをつめ、右の拳を大きく後ろに引く!

 

 

(最後の力を振り絞った貴公への手向け…一撃で片をつけてくれよう)

 

 

この一撃でアキトの意識は刈られ、今度気がつくのは医務室か、それとも病院のどちらか。

今までよく頑張った。後のことは任せてゆっくりと眠るがいい。

 

そう考えつつ、マスクマンの拳はアキトの背中を強打―――――する直前!

 

 

「―――――ッ!!」

 

 

アキトより放たれた不可視の衝撃波―――――否、もはや障壁に近い―――――がマスクマンを弾き飛ばした!

その衝撃に通常状態に戻ったマスクマンは、大地の上を転がり、身体に走る痛みに倒れ込んだ……

 

それもそうだろう。超スピードで動いている時に衝撃波にまともにぶつかったのだ。

その衝撃は通常時の数倍―――――いや、数十倍にもなるだろう。

 

まさしく、『超スピード』故の欠点だ。カウンターの威力が数倍に跳ね上がってしまったのだ。

 

ただし―――――

 

 

「普通なら、当たらなかったでしょうね…ギリギリまで引きつけなければ」

 

 

そう、普通のカウンターなど”神速の瞬きゴットスピード・ホロウ”状態のマスクマンは避けてしまう。

最後の衝撃波も、ギリギリまで引きつけていなければ、容易く避けられていただろう。

 

極限まで感覚を研ぎ澄まし、感知できたアキトだからこそできる行為だった。

あくまで、紙一重だったが……

 

 

「最後の技は何だ?」

 

「『衝破』―――――圧縮した氣を爆発させて衝撃波として放つ技です。

今のは、限界近くまで圧縮…いえ、凝縮して放ったんです……

まともに身体の動かない俺には……この手段しか…思い浮かばなかったんですよ……」

 

 

心底氣を使い果たしたのか、辛そうなアキト…

それでも答える辺りは、全力を出した相手に対する敬意の表れか。

 

 

「そうか…見事だった。完全に私の負けだ。もう動くことすらできん」

 

「いえ。俺の負けですよ…俺こそ…もう……動けません………」

「ふふふ………いや、奥義を破った貴公の勝利だ……次は勝つ…」

 

 

それだけ言うと、マスクマンは頭を垂れて立ったまま気絶する…

敗北してなお、大地に倒れる姿を見せないマスクマン。

アキトはそれを確認する間もなく、大地に倒れた……

 

 

「………勝者、テンカワ アキト!!」

 

 

実に微妙な間隔だが、気絶するのが僅かに後だった為、審判がアキトに判定を下した。

 

 

この瞬間、マスクマンは”無敗”の『二つ名』を失ったことになるのだが……

その事に関係なく、その闘士として素晴らしき闘いに、観客は惜しみない声援と拍手を送った。

 

 

後にマスクマンは語る…この勝負、そして声援こそ、百の勝利よりも価値がある…と。

 

 

 

 

 

 

 

そしてその後……目を覚まし、なんとか身体が動く程度に回復したアキトは、表彰式で賞金を受け取った後、

それをケビンに渡し、教会…ひいては孤児院の借金返済をすませた。

 

これにて、なんとか孤児院の危機は回避できた………

 

 

 

 

その日の夜……リカルドの家…フォスター邸の食卓に、アキトと他2人の姿があった。

 

 

 

 

―――――その2へ―――――