「お、おばちゃん……おれ………」

 

 

人狼ワーウルフの口から言葉が…ピートの声で言葉を紡ぐ。

ごつい見た目と少年の声音ピートの声はアンバランスだが、その口調は間違いなくピートだ。

 

 

「ピートくん。気がついた?」

「うん……おれ、何でここに? それにおばちゃんがなんだか小さいような……それにみんなも」

 

 

理性を取り戻したピートはアリサから離れて立ち上がると、周囲をざっと見回し、最後にアリサに視線を戻す。

当然ながら、人狼ワーウルフ状態のピートはかなりの巨体。目前のアリサを見下ろす感じになってしまう。

 

 

「おれ、また寝ぼけてたのかな? 満月の度に寝ぼけて出歩くんだよな。

ねぇアキト兄ちゃん。またそうなんだろ? ごめんな、また迷惑かけちゃって」

 

 

申し訳なさそうな瞳でアキトを見るピート。

ピートは満月の夜、自分は寝ぼけてで歩いてしまうと思っている。

それを、見つけてくれたアキトが寝床まで運んでくれている…と、アキトが教えたことを素直に信じているのだ。

 

 

「いや、気にすること無いよ。友達だからね」

「へへへ………」

 

 

アキトの返事に照れながら…それでいて嬉しそうに頭を掻くピート。

 

そこで……

 

 

「ん? ……なんだこりゃ」

 

 

どうやら違和感…いつも以上にフサフサしすぎている自分の髪に気がついたのだろう。

ピートは慌てて自分の体中からだじゅうを触り、自分がどうなっているのかを理解する。

 

 

「あ〜〜!! オ、オレ髭が生えてる!? それどころか体中からだじゅうに毛が生えてる!?」

 

 

慌てふためくピート。それもそうだろう。

ピートにとって、目が覚めたらいきなり体中に長い毛が生えているのだ。驚くのも無理ない。

…と云うか、驚かない方がおかしい。普通なら冗談か悪戯だと思うだろう。

 

 

「ピ、ピート。落ち着いて「何かおれ格好いいかも!」はい?」

 

 

自分の身体を見回し、喜んでいるピートに呆気にとられるアキト達。

まぁ、自己否定したり落ち込んだりするよりは何倍もましなのだが……

 

 

(ちょっと拍子抜けしたけど…良かった)

「ピート。その姿は君のもう一つの姿…人狼ワーウルフなんだ」

「へぇ…おれって人狼ワーウルフだったんだ。ちょっと変わってるなって思ってたけど、そうなんだ」

 

 

「そうよ。あなたは危険極まりない人狼ワーウルフと云う種族。人と一緒にいてはいけないのよ。

だけど、私達と一緒に来れば違うわ。私達の言うとおりにその力を有効に使えば、人に認められるのよ」

 

 

爪が伸びた自分の手をながめていたピートに向かって手を差しのべるパメラ。

 

 

「そうだ。我々と共に来い。そしてその力を世のため人のために使うのだ」

「私達の明晰な頭脳と君の力が合わされば、きっと街の住民のためになるよ。さぁ……」

 

 

ボルとギャランもパメラに続いてピートに手を差しのべる。好意的ですと言わんばかりの笑みと共に……

 

 

「このままだと、君は街の住民には受け入れてもらえない。しかし、私達と一緒に来れば…

私達と共にその力を街のみんなのために使えば、きっと受け入れてくれるわ。さぁ一緒に―――――」

 

「悪いが、ピートに変な勧誘をしないでくれ」

 

 

公安パメラ達とピートの間に身を割り込ませるアキト。

相当怒っているのか、無表情とその視線は限りなく冷たい。

 

 

「あんたには関係ない事よ。邪魔だからそこを退きなさい!」

「断る。お前達みたいな、本人を無視した言い方をする奴等には特に…な」

 

 

確かに、公安の言葉はピートという存在を認めておらず、人狼ワーウルフとしての戦闘力のみしか求めていない。

それはある意味、相手にとってこの上ない侮辱だ。人格をまったく否定しているのだから。

例外は多々あるだろう―――――が、ピートに対しては間違いなく侮辱だ。

ピートの良さはそんなところではなく、皆を励ます元気な笑顔と明るさなのだから。

 

それをよく知る仲間達は、勝手な言葉を並べ立てるパメラ達に非難の目を向けるが、

当の本人達はそんな視線には気づかず、邪魔をするアキトを見ながらニヤッと一笑する。

 

 

「そう、退く気はないようね。なら、実力行使しかないわね」

 

 

パメラはそう言うと、いまだに持っていた水晶球に魔力を送る。

その水晶球は幽鬼兵の操作装置コントローラー。既に消滅した幽鬼兵の命令を送っても無意味―――――

 

と、皆が考えていた次の瞬間、

別の茂みから新たな幽鬼兵三体が姿を現し、パメラ達の前に立つ!

 

「切り札を早々に使う場合は、奥の手も準備しろ…兵法の基本よ、基本」

 

 

幽鬼兵の後ろでふんぞり返りそうな恰好で威張るパメラ。

実際はパメラの魔力では三体までしか制御できないだけなのだが、その様なことはおくびにも出さない。

 

 

「ついでに、もう一つの奥の手も出しましょうかね」

 

パメラがそう言うと、今度はギャランが懐から一枚の紙を取り出し、アキト達に見えるように広げる。

 

 

「ふふん。これは人狼ワーウルフ討伐の関する上からの指令書。私達は公務で動いているのよ。

今までは慈悲で見過ごすけど、これ以上邪魔をするなら問答無用で逮捕するわよ。ああ、ちなみに……」

 

 

パメラの持つ水晶球がぼうっと光る。それと同時に、幽鬼兵が前傾姿勢となる。

 

 

「既に邪魔したあんただけは強制排除させてもらうけどね!!」

 

 

背中の斬馬刀を構えると、一斉にアキトに襲いかかる三体の幽鬼兵。

後ろにはピートとアリサがいるため、避ければそちらに被害が及んでしまう。

 

 

「逮捕したければ好きにしろ。その程度の覚悟、最初ハナからできている!」

 

 

そう言うや否や、アキトは三体の幽鬼兵を殴り飛ばす!

 

 

『なっ―――――!?!』

 

 

まさか反撃するとは思ってなかったのだろう、アキトの行動に驚く公安達。

すぐさまパメラは正気を取り戻すと、即座に幽鬼兵に命令を与える!

 

 

「何をやっているの、早く立ち上がりなさい!」

 

 

パメラの命に即座に立ち上がる幽鬼兵。

しかし―――――その内の一体の背後に、血の流れよりも紅い闇が佇んでいた。

 

 

「月影心眼流…朧残月」

 

 

紅き闇…紅月がそう呟くと同時に発生した銀色の膜が幽鬼兵を包むこむ。

その次の瞬間―――――幽鬼兵が細かい欠片となって大地に転がる!

 

今の一瞬で紅月が幽鬼兵を寸刻みに解体したのだ。

おそらく技の名は、刀の残光がまるで朧月の如く見えることからついた名なのだろう。

 

無数の斬撃により虚空に描かれる、淡く美しい銀の満月…その実体は、死神の鎌にも等しい。

 

 

「こ、紅月! クソッ、こうなったら残る二体で―――――」

「残念だが、一体の間違いだ」

 

 

その声が響いた直後、ゴスッという破壊音と共に一体の幽鬼兵の背中から水晶の塊が生える。

いや、突き抜けたのだ。幽鬼兵の身体を…リカルドの愛剣エグザンディアが。

刀身部分が棒状の水晶クリスタルのため、それは突き刺すと表現するよりは、貫いた…が正確だろう。

 

 

「第一安全装置セーフティ・ロック解除」

 

 

リカルドがそう言うや否や、貫いた水晶に淡い光が灯る。

それとは対象に、幽鬼兵の目の光が消えて動きが止まる。まるで、先程マリアが魔力マナを中和したときのように。

 

そして、リカルドは剣の柄を少しだけ強く握りしめ…

 

 

「弾けろ…」

 

 

ズンッ!!

 

 

腹の底に響くような重い音と共に幽鬼兵がバラバラに破砕する!

粉々となり、飛び散った欠片が周囲の大地に転がった……

 

 

「な―――――!?!」

 

 

何をするのよっ! と叫びたかったパメラだが、上手く言葉が口から出ない。

代わりに強い歯軋りと共に水晶球を強く握りしめる。

 

 

(奴だけは…あの男テンカワ アキトだけは排除する! 絶対に!!)

 

 

紅月とリカルドへの恨みをアキトに転化し、どす黒い思念を幽鬼兵に飛ばすパメラ。

その強い怨念に触発されたのか、残る幽鬼兵は目を強く光らせるとアキトに向かって凄い速さでかけ始める!

 

 

(あいつだけは!!)

 

 

血走る瞳でアキトを睨むパメラ。その様子にボルとギャランは思わず止めようとしたのだが、

狂気に染まりかけている同僚の様子に思わず引いてしまい、止める言葉が出ない。

 

 

 

対するアキトは―――――目を細め、もう目前まで迫った幽鬼兵を視ていた。

 

 

「オオオォォォォーーーー……」

 

 

まるで亡者の叫びのような声を出して斬馬刀を頭上に振りかぶる幽鬼兵。

アキトは無言のまま、右手を…蒼銀の光球を持つ右手を後ろに引き、

 

そして―――――

 

 

ゴパァァンッ!!

 

 

 

右手の光球を幽鬼兵に叩き付けた一瞬後、破裂音と共に幽鬼兵が内部から破裂して粉々になる!

その様子は、内部に大量の爆薬でも仕掛けられていたかのようだ。

 

 

「地竜式 氣功闘方術―――――黒竜掌」

 

 

そう呟き、昂氣を納めるアキト。

黒竜掌…発剄の一種・暗剄と同じく、氣を相手の体内に浸透させ、内部から破壊する氣功術。

名前が違うのは、違う世界だから…でしかない。

その技を、アキトは昂気と氣の混合させた『竜氣』でおこなったのだ。

 

その威力は……粉々となった幽鬼兵の無惨な姿が如実に語っている。

 

 

『………………』

 

 

幽鬼兵の残骸が大地に散らばる中、辺りには久方ぶりの沈黙が漂う。

アルベルト達があれ程手こずった幽鬼兵を一瞬で滅した三人の戦闘力に絶句しているのだ。

 

 

「………」

「…………」

 

 

そんな皆を余所に、二人アキトとリカルドは残る最大の脅威…紅月に向かって構えをとる。

先程は理由もわからず動きを止めていたが、再び動き出した以上、その刃の先がアリサ達に向く可能性は高い。

 

 

しかし…そんなアキト達の懸念を余所に、紅月は静かに目を瞑り、刀を鞘に納める。

そしてその身体は徐々に透けてゆき…ほんの数秒で姿を消した。

それと同時に月も元に戻り、まるで何事もなかったかのように優しく淡い光を夜の街に降り注いでいた……

 

 

「クソッ!!」

 

 

紅月の消えた空間を睨み、地面を殴りつけながら罵るリサ。

それは、紅月に対してと言うよりは己に対しての苛立ちの現れのように思える。

 

 

なぜ紅月は一旦動きを止め、そして幽鬼兵を破壊した後消えたのか…誰にも解らない。

それと同時に、それを考える暇がない…それを考えるよりも、目先の問題があまりにも重すぎたからだ。

 

 

 

 

「フ…フフフ……」

 

 

周囲に響く暗く低い笑い声。その発生源は…パメラだ。

彼女はアキトに歩み寄りながら腰に下げてある袋から手錠を取り出す。

 

公安職員が手錠を取り出した以上、やることはただ一つ…逮捕だ。

アキトに対し、公務執行妨害という罪で。

 

 

「公務執行妨害であなたを逮捕します」

「好きにしろ。ただし、ピートに手を出すな」

 

 

抵抗する意志も見せずに手を差し出すアキト。

覚悟はとうの昔に…それこそ、一ヶ月前の満月の時にできている。

 

 

「ふふん。良いわ、一応危険も無さそうだからこの場は見逃して上げる。

だけど…これ以上、お仲間が騒いだりしたらその限りじゃないけどね」

 

 

ガチャリ…と、硬い金属音と共にアキトの両手に手錠がかけられる。

 

 

「アキト君ッ!!」

「アキト様ッ!!」

 

 

アキトの元に駆け出したい気持ちを必死に圧し殺しながら叫ぶシーラ達。

だが、動くことができない。

そんなことをすれば、ピートを助けるために逮捕されたアキトの意志を無駄にしてしまうから……

 

悔しい思いを胸に、シーラ達はじっと連行されるアキトを見る事しかできない。

 

 

そんな時……

 

 

「済みませんが、その逮捕はちょっと待っていただけますか?」

 

 

公園の入り口の方から現れた二人組のうちの一人…若い男が、

ニコニコと笑みを浮かべながら公安職員パメラ達に話しかける。

 

 

「誰っ! 邪魔をするならあんたも公務執行妨害で逮捕するわよ!」

「それは勘弁してほしいですね」

「だったら引っ込んで―――――」

「と言っても、あなたには誰一人として逮捕することはできないんですけどね」

 

 

あくまでニコニコと、まるで何処かの黒衣の神官を連想させる表情で飄々と答える青年。

 

 

「何をっ…これを見なさい!」

 

 

虎の子の命令書をかざすが一向に気にも止めないその様子にヒステリックに叫ぶパメラ。

ボルとギャラン、そしてその配下である部下達は、残った武器である剣の柄に手をかける。

邪魔をするなら力ずくででも黙らせて逮捕する。その意思表現だ。

 

 

「いや〜、自らの特権をかざす女警官。実に格好いい姿ですね」

 

 

パチパチと拍手をする青年。

言葉通り、実に感心しているように見える。外見上は―――――

 

 

「では、ボクもやってみましょうか」

 

 

そういうと、青年も懐から一枚の紙を取り出して突き付ける。

まるで、それでパメラと対抗するかのように…だ。

 

 

「一体何のつもりで……」

 

 

青年の不可解な行動に訝しがりながらも、パメラは反射的に青年の出した紙…何かの書類に目を向ける。

しかし、灯りは弱い月の光のみ。字が見えづらく、目をこらした後……今度は逆に目を大きくみひろげる!

 

 

「あ、明かり! 明かりを点けなさい!」

 

 

猛然と青年から書類を引ったくったパメラは、発生した魔法の光に照らして中身を読み始める。

ちなみに、魔法で光を作ったのはアキトだ。

しかし、パメラはそれにすら気づかないほど食い入るように書類を読み……絶句した。

 

 

「そ、そんな………」

 

 

たった一枚の書類を何度も何度も読み返した後、パメラは突如がっくりと項垂れる。

 

 

「どうしたパメラ。何が書かれていたのだ?」

 

 

眉を顰めながら質問するボルに、パメラは項垂れたまま手に持っていた書類を渡す。

それを受け取ったボルは、隣にいたギャランと一緒に書類を読み始め…

先程のパメラと同じく、最初は大きく目をみひろげ、徐々に力が抜けてゆくように項垂れた。

 

 

「先程、ボクの言った意味がご理解いただけましたか?

ご理解いただけたのなら、然るべき行動をとっていただけるとボクの手間も省けて嬉しいのですけど…」

 

 

どうします? と続けながら言葉を締めくくる笑顔の青年。

その言葉とは裏腹に、別にどっちでも構いませんけど。と、言外で語っているようだ。

むしろ、逆らってくれた方が面白い。と、言っているような気がしたのは、アキトだけではないだろう。

もっとも、アキトの場合は彼とよく似た人物(?)を知っているために、その気持ちもより一層強い。

 

 

「ぐっ………」

 

「おや、やる気は無さそうですね。では仕方がありませんが……」

「ちょっ、ちょっと待ってくれないかね?」

 

 

なぜか嬉々としている青年を、今の今まで黙っていたもう一人の中年男性が、焦った様子で押し留める。

 

 

「し、支部長!」

 

 

今の今まで青年の横にいた中年男に気がつかなかったパメラが、驚いた様子で声を上げる。

支部長…と、公安職員パメラが言うからには、単純に考えて公安維持局・エンフィールド支部のトップなのだろう。

焦った表情にひどく汗をかいているその姿からはそうは見えないが……

 

 

「支部長! 一体これはどういうことなのですか!?」

 

 

ボルが持っていた書類を指差しながら支部長の意見を問うパメラ。

書かれてある内容はアキト達は知らないが、パメラ達には納得できないことを書かれてあるのは様子で解る。

 

 

「全ては書かれてある通りなのだよ。上層部…本部長・長官の直筆命令書だ。素直に従うしかない」

「そんな…」

 

「そんなに納得できませんか? 極簡単な事じゃないですか。

『暴走状態にある人狼ワーウルフの討伐は必要ありと認める。

しかし、自我を取り戻した場合、元の人格に危険が見られない場合は討伐する必要は無し。手出しは無用。

よって、先の命令により発生する一切の権限は『討伐の必要なし』と判断された瞬間より無効となる』

たったそれだけですよ。見たところ、そこの人狼ワーウルフさんは自我を取り戻しているご様子。

それに、街の住民の皆さんそちらの方々の反応からすると、危険があるようにも思えません。

従って、自我を取り戻してから以降の行為は、全てあなた方の独断専行。

つまりは、公務執行妨害には当たらないんです。なにせ、公務ではないのですからね」

 

 

一体いつから見ていたのか…まるで事の顛末を見届けたような口振りで一気に捲したてる青年。

事実はどうなのか、笑顔という名の無表情からは判断できない。

 

 

「さて…それをふまえて。そちらの方を放していただけますか?」

 

 

口元は相変わらずニコニコしたままで、糸のように細い目から鋭い眼差しがパメラ達に突き刺さる。

その意外なまでの威圧感に、パメラは思わず一歩後退するが、それでもなかなか動こうとはしない。

 

 

「だ、だけどこいつは人狼ワーウルフが自我を取り戻す前から我々の邪魔をしていたのよ!」

「ほうほう。それで?」

「だから、さっきのは除外しても、前の公務執行妨害は有効のはずだわ!」

 

「ふむふむ…ではお聞きしますが、なぜ彼はあなた達を妨害しなくてはならなかったのですか?

彼の行動から推測すると、自分からむやみやたらに喧嘩を売るタイプには見えないんですけど…どうですか?」

 

 

最後の問いはパメラにではなく、アキトの仲間やリカルド達に向けられたものだ。

その青年の問いを、皆は言葉こそ違うがそうだと肯定の意を示した。

 

 

「だ、そうですね。なんなら、このピート君が暴れた原因を調べてみましょうか?」

「そ、それは………」

 

 

人狼ワーウルフが暴れた原因は自分達の攻撃にある。

それまでの人狼ワーウルフは、人に危害を加えることなく、ただ森で遊んでいただけなのだ。

 

人狼ワーウルフと公安、どちらが悪いかなど子供でも判断できる。

 

 

「それでは、此処にいる皆さんから事情聴取でもしてみましょうか。

あ〜あ、彼が捕まっていなければ、面倒なことはしなくてすむのに……」

 

 

あからさまに溜め息を吐きながら、公安の職員の方に向かう青年に、

支部長が真っ青な顔色になりながら慌ててパメラに指示を飛ばす!

 

 

「パ、パメラ君。早く彼を放したまえ!」

「し、しかしこいつは……」

「だから、ボクが調べてから―――――」

「あ、あなたの手を煩わせるほどではありません! ここは我々にお任せください、特別監査官!」

 

 

その一言…支部長の最後の言葉にパメラ達の動きか完全に硬直する。

 

 

「と、特別…監査官?」

 

 

特別監査官…地方の支部を隠れて巡回し、公安の運営などを監察し、審査する者達。

内部の不正から職員の勤務態度、ありとあらゆるところまで審査する。

その結果次第では、独断で処置を下す権限を持つ。

時と場合によれば、地方支部を取りつぶしたり、中身を総入れ替えすることもある。

 

それほど強大な権力を持つ職員なのだが……お世辞にもそうは見えない。

と云うのが、(数名を除いたアキトやリカルド)その場にいる者達総意であった。

 

それを感じたのか、青年は―――――

 

 

「あ、そうそう。これが身分証明です。自己紹介が遅れましたね。

ボクは公安維持局・本部所属の特別監査官、ゼロス・ヴィンヤードと申します。以後、お見知りおきを」

 

 

懐から一枚のカードを取り出し、パメラ達に見せるゼロス。

そこには確かに、職種、名前が書かれており、嘘偽りがないことを証明している。

それになにより、そのカードが特別監査官である証拠の紋章が浮かび上がっている。

 

パメラ達は偽物だと一瞬考えたが、すぐに否定する。

平の公安職員のカードならまだしも、上級の…さらに上の『特別』が付く職員のカードは複製は不可能なのだ。

仮に、見た目だけ模倣し、限りなく本物に近く作り上げても、

浮かび上がる監査官の紋章は特別な魔法で処理されており、完璧な偽造や複製は不可能なのだ。

 

 

それはともかく……

 

(見た目どころか、名前まで一緒だとは…まぁ、あそことは世界が違うし、こう云うのもありなのかもしれないが)

 

ゼロスと名乗った特別監査官の青年を見ながら、アキトは胸中で呟く。

 

 

「こう云うのは最後の最後までとっておいて、逆転劇っぽく使いたかったんですけどねぇ。残念です」

 

 

本気で残念そうに呟くゼロス。誰が見ても掛け値無しの本気だ。

 

 

「まぁ、ばれてしまったのは仕方がありませんし。早々に仕事を済ませましょうか。

まず…そこの人を解放してください。話はそれからと云うことで……いいですね?」

 

「は、はいっ!」

 

 

再びゼロスに睨まれた公安の一人が、慌ててアキトの手錠を外す。

そしてゼロスは公安職員達に、二つ三つほど指示を与える。

 

最初はパメラやボルなどがゼロスのことを睨んでいたが、

慌てて駆け寄った支部長に説得され、渋々と皆を率いて維持局本部へと引き上げていった。

 

 

そして残されたのはアキト達と自警団の三人。(他の自警団もリカルドの指示で引き上げている)

そんなアキト達に、同じく残ったゼロスが申し訳なさそうな顔で歩み寄った。

 

 

「いや〜、どうもどうも。公安維持局うちの身内がご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

 

「そう思うのでしたら、逮捕される前に出てほしかったですね。

公園の入り口から見ている暇があったのなら」

 

「おや、ばれていましたか?」

 

 

参ったと言わんばかりの顔で肩を竦めるゼロス。

だがアキトはそんなゼロスに対し、ほんの微かに見せる。

 

 

「いいえ。かまをかけてみただけです」

 

 

実際、紅月が消えるまでアキトは周囲を気にする余裕は無かった。

殺気や怒気でも、あるいは気配を不自然に消してこちらを伺っていたのなら気がついただろうが……

 

 

「参りましたね。まぁ勘弁してください。ボクはさほど強くないんから。

紅月みたいな相手がいるところに、ノコノコと登場する勇気はないんですよ」

 

 

責めても飄々とし、悪気はなかったという態度をとるところは、アキトの知る黒衣の神官異界のゼロスとよく似ている。

 

 

「ゼロス君。思ったよりも時間がかかったようだね」

 

「ええ。本当に…あの支部長さんが思いの外粘りまして。

そこの人狼ワーウルフ君をどうしても捕らえたかったらしいですね。

外出する準備するだの何だのと時間稼ぎまでしてくれましたよ」

 

「そうなのかね」

「ええ。ですが『その待ち時間の間に帳簿を調べさせてもらう』と言ったら、途端に動きが速くなりましたけどね」

 

その時の支部長の慌て様でも思い出したのか、俯きながら肩を震わせて笑いを堪える。

そして顔を上げ、

 

 

「余程後ろ暗いことがある様子ですね…一度きっちりと掃除する必要があるようです」

 

 

糸のような細い目が少しだけ開き、切れ長の瞳が露わになり、

それを見たシーラ達は不意に背筋に寒気が走る。

 

しかしそれは一瞬…すぐにゼロスは元の笑顔になり、にこやかに話しかける。

 

 

「まぁ何はともあれ、手遅れになる前に終わったんですから、今は良しとしましょう」

 

「綺麗に完結したところ悪いんだが…なぜ『特殊監察官』がこんな所にいるんだ?」

 

「それはもちろん、人狼ワーウルフに関してですよ。人狼ワーウルフの事は公安うちでも気にしていましてね。

それでその保護と所用が重なり、ボクがエンフィールドまで来たんです。

本来なら越権行為なんですけどね。リカルドさんが長官を説得してくれたおかげで滞り無く許可が取れまして」

 

「なるほど、それがリカルドさんの『遅れた理由』ですか」

「うむ。公安が最後の障害になると見越してね。公安維持局の長官に頼んだのだ」

「リカルドさんが用意した『人狼ワーウルフの生態』についての資料のおかげで、無茶な許可がすんなり取れました」

 

 

随分と助かりましたよ。と言いながら軽く頭を掻くゼロス。

リカルドの用意した…正確には、リカルドのコネで王都にある研究所に頼んで用意させた資料。

それはアキトがリカルドを介して頼んだのだ。人狼ワーウルフを助ける手がないかどうかを調べるために。

 

ちなみに、公安の長官は大戦時にリカルドの部下だったりする。だからすんなりと無理が通ったのだ。

 

 

「ともかく、ピート君が無事で良かった」

「無事じゃないよ〜…いつになったら元に戻るんだよ。なんだか変な感じがするし」

 

 

ピートが自分の身体をさすりながら情けない声を上げる。

先程はいきなりの身体の変化ではしゃいでいたが、時間が経って冷静になり、

身体の変化による変調…重心の違いや、いきなり変わった目線の高さに戸惑いを感じているのだろう。

何度も繰り返せば慣れるだろうが、いきなりは誰だって無理だ。

 

 

「え〜っと…資料によると、成人した人狼ワーウルフは種族差はあれど自意識で変身をコントロールできるらしいですね」

 

 

懐から取り出した紙の束…先程言った資料だろう…それに書かれてあることを読み上げるゼロス。

それに対し、ピートが疑問の声を上げる。

 

 

「俺の種族って…なに?」

「それは……あれ? おかしいですね。資料にあるどの種族とも特徴が合いませんね」

「ふむ、ちょっと見せてもらえるかな?」

 

 

今度はリカルドが資料に目を通し、ピートの種族を探すが…見当たらなかったのだろう、首を傾げる。

 

 

「なるほど…確かにないな。おそらく、少数の種族だったのだろう。

だが心配は必要ないだろう。人狼ワーウルフ化のコントロールは全種族共通みたいだ。

それに、朝になれば自然と元に戻れる。今までもそうだったらしいからな」

 

 

リカルドにそう言われたピートはアキトに向き、本当? と訊き、アキトはしっかりと頷き返した。

 

 

「そっか…だったら、今しかできないことをやらないと損だよな!」

 

 

ピートはそう言うや否や、グッと身を屈めて上空に向かって跳躍する!

 

 

「ヒャッホゥ〜〜〜〜!! すっげ〜〜!」

 

 

その高さは凄まじく、民家の屋根などゆうに越えている。

本当に重力を感じているのか? と、疑問をもつほどにだ。

 

しかしそれも数秒…やはり重力に引かれてピートは元居た場所にドスンッ! と着地する。

 

 

「見た見た!? 俺ってすげー!!」

 

 

自分の力に驚いているのだろう、アレフ達に確認を求める。

その勢いと狼の顔のアップに少々引きながらアレフ達は頷くと、ピートはさらにはしゃぎ回り、

 

 

「おばちゃんも一緒に跳ぼうよ!」

 

 

そう言ってアリサを抱き抱えるとまたもや跳躍し、そのまま北の森に向かう。

おそらく、抱き抱えられたアリサが、遊ぶのなら北の森で…とでも言ったのだろう。

 

 

『…………』

 

 

沈黙する取り残された一同…一応、問題は解決された後なので問題はないのだが……

 

 

「これって誘拐ですか?」

 

 

相も変わらずニコニコしたままのゼロスが、遠ざかって行く人狼ワーウルフを眺めながら皆に質問する。

 

「いえ、誘拐と言うよりは、ピート君がアリサさんを誘って遊びに行った…と言う方が……」

 

 

なんとか弁解をするのは人の良いシーラ。それでもなんとかと言ったところだが……

 

 

「遊びに行った…まぁ、それでも良いですけどね。どうせ追いつけませんし」

「いや、追い付く。追い付いてみせるぞ! アリサさーーんっ!!」

 

 

猛然と北の森に向かって駆けるアルベルト!

人狼ワーウルフ化したピートは人の身では追いつけるものではないのだが…彼なら追いつけるかもしれない。

その場の全員の頭の中に、なんとなくそんな考えがよぎった。

 

 

「……っと、アルベルトを見送っている場合じゃない。俺も追いかけないと……」

 

 

昂氣を纏うアキト。遠く離れているが、ピートの氣はずっと把握している。

いつもの状態ならこれ程離れたら少々難しいが、今は人狼ワーウルフになっているため、応じて氣も大きくなり、把握しやすいのだ。

 

 

「済みませんリカルドさん、ゼロスさん。俺はピートを追いかけますので…

みんなも今日はこれで解散と言うことで…色々と無理させて悪かったね」

 

「おきになさらずに。わたくし達も、ピート様のことを護りたかったのですから」

「そうだぜ。それよりも早く追っかけろよ。無いと思うが、アルベルトが追い付いたら面倒なことになりそうだしな」

 

 

アレフの言葉に苦笑する皆。

確かに、今ピートとアルベルトが会えば、アリサを離す離さないで問答になりそうだ。

 

 

「悪い…じゃぁ!」

 

 

皆に向かって片手を軽く上げた後、蒼銀の軌跡を残してアキトはピートの後を追った。

 

 

「さて…アキト君に言われたことだし夜も遅い。皆も今日の所は帰りなさい」

 

「はい。お先に失礼いたします」

「おやすみ、おっさん」

「みんな、おっやすみ〜☆」

「…………」

 

 

リカルドの言葉に素直に…リサは何も言わず、終始暗い表情のままその場を去る。

紅月のことを引きずっているのだろう。

 

 

「さて…俺達もそろそろ帰るとするか」

 

 

刀…深雪に話しかけながら帰途につく司狼。

紅月と死闘を繰り広げて疲れているのだろう、さっさと帰って寝たいと呟いている。

 

 

そして…最後に残されたのは、ゼロスとリカルドの二人。

二人も顔を見あわせると、揃ってゼロスの宿…さくら亭に向かって足を向けた。

 

 

「ゼロス殿。色々と無理をさせてどうもすみません……」

 

「いえいえ、本当にお気になさらずに。あのままだと、肝心要なときに間に合いませんでしたからね。

リカルドさんのおかげで、人狼ワーウルフを護ることも、テンカワさんに恩を返すこともできました」

 

 

リカルドの詫びの言葉にニッコリと笑みを返すゼロス。

実はゼロス、一ヶ月以上前に噂となっていた人狼ワーウルフを見に来ていたのだ。

その時は変装して新人研修と偽り、誰にも知られることなく堂々と公安内部に入り込み、

そのままパメラの人狼ワーウルフ討伐に参加し、事の顛末を全て間近に見ていたのだ。

 

その時、ちょっとした手違いで人狼ワーウルフに殴り殺されそうになったのだが、

その危機を救ってくれたのがアキトだったのだ。

無論、何処かの誰か黒衣の神官と違い、超絶な実力者ではないここのゼロスはごく普通の人なので、

特別目立つ要因もない気配を憶えているわけもなく、アキトはその事にすらまったく気づいていない。

 

 

「さて…それはともかく、今回は色々と収穫がありましたね」

 

「あの幽鬼兵と呼ばれるもの…いや、兵器。それに異様なまでに固執していたピート君の捕獲。

失礼だが、公安独自の判断だとは思えない」

 

「失礼どころか…そう考えない方がおかしいですよ。

それに、ボク本来の目的…公金の流れの不透明なところの調査。やることがいっぱいですね。

いやぁ、忙しい忙しい。ボクの仕事なんか、暇な方が良いんですけどねぇ…世の中、ままならないものです」

 

 

終始変わらぬ笑顔に影を落としながら、全てを等しく照らす夜空の月を見上げるゼロス。

 

そんなゼロスの横を、リカルドはただ黙って歩くだけだった。

 

 

 

 

―――――第三十三話に続く―――――

 

 

 

の前に追記―――――

ピートを追いかけたアキトだが……

即座に連れ帰ろうとしたのだがピートが拒否、アリサも意外なことにピートの味方をし、

結局、その夜はアキトも一緒にピートの身体能力の調査(と云う名を借りた夜遊び)に付き合うこととなった。

 

次の日……アリサと朝帰りをし、

事情を知りつつも憮然とした顔のシーラ達から冷たい視線を浴びることとなったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

(あとがき)

 

 

どうも、ケインです。長らくお待たせして申し訳ございません。

どうにも最近テンションが上がらず……書くスペースが落ちています。

二週間に一度投稿していたときが懐かしいですね…今は無理です。

しかしまぁ…果たして、ここまで間を開けてしまった以上、読んでくれている人がいるのでしょうか?

 

 

それはともかく…今回で、ピートの話が完結しました。

出番が薄いピートですが…これで戦闘力もアップ、前戦にでることが出来ます。

人狼ですからね…今現在、仲間内ではトップです。問答無用で…

なにせ、昂氣を使ったアキトとタメをはる身体能力ですからね。後は技術ですけど…

 

さて、次回はリサのイベント…その三です。

紅月との決着まで後一ヶ月…その序章です。

紅月への復讐、憎悪、尽きることのない思いは、どういう結末を迎えるのか…

その考えを浮き彫りにする、話になれば良いなぁと思います。

 

 

それでは、次回もよろしければ読んでやってください。ケインでした………