見上げる先に一隻の戦艦。
 その容姿を見て「変わっているな」と彼は笑う。だが、笑う彼もまた同様。
 黒のバイザーで顔を隠し、着衣は黒一色。
 彼自身それに気付いたのか、愉快そうにはっと声を洩らすとその姿を消した。

 静寂は喧騒へと変わる。



  機動戦艦ナデシコ
     〜その手に抱かれて〜
  第1話「それでもまだ男らしく」
   

 「そっちはどう?随分騒がしいようだけど」
 
 「そうだな、やつらが来ている」
 
 スピーカー越しに聞こえる緊張感の無い、どこか抜けた男の声。
 声の主はここにはおらず、コックピット内に通信用に開かれた小窓の中で長い髪をかき上げていた。
 男に鋭い声で言葉を返すと、外の音に耳を傾ける。
 鳴り止まない警報と頻度を増す爆発音、それらが招かざる客の来訪を示している。
 
 「ま、当然だよね。そのために君をそちらに送った訳だし、それに合わせて機体まで仕上げたんだ。コストもそれなり、来てくれなきゃ困るよ」
 
 「そうだな、この機体…感謝してるよ」
 
 「言葉はいらない、期待には結果でね」
 
 彼の機体は他とは違う。
 彼に用意された機体は、既存の人型機動兵器エステバリスに短期間で改造と改修を重ね調整を行った試作機を元に、部品単位で新規に作成されている。素体であったエステバリスの面影を多大に残しているものの、完全な新型機と言っても過言ではない。
 コストもそれなり等と軽く言ってはいるが、男の言う期待の大きさもここから察することが出来る。
 しかし、彼も敢えてそんな事は言わず分かっているさとだけ答えた。
 
 「さて、そろそろ君の出番だね。アレが用意出来次第、僕も合流しよう、だがしばらくは君に任せる事になる。ナデシコを頼んだよ」
 
 男はそれだけ言うと返答も待たず通信を切る。勝手なやつだと苦笑しつつ、虚空に向かい再び分かっているさとだけ答える。
 彼はモニターに映る遠く離れたサセボドッグと、広がる海原を見据えた。
 バイザーで隠されたその瞳には、静かに決意が秘められていた。

       
   *

                    
 木星方面から現れた謎の兵器群、通称『木星蜥蜴』。
 人の敵である彼らは、圧倒的な戦闘力と物量をもって、火星、そして月の裏側を次々に占拠し、その猛威は今や地球にまで及んでいた。
 敵の母艦、チューリップから次々に現れる無人兵器は、その見た目からバッタやジョロなどの名前を付けられ、今も侵攻を続けている。
 このサセボドッグも彼らの襲撃を受け、見るも無残な姿に成り果て、抵抗する術を失っていた。
 迎撃に出た地上軍は壊滅。戦闘力を奪われたそれらは原型を留めておらず、元が何であったか判別するのは難しい。ただの鉄塊と成り果てた地上戦力は、破壊された施設と共にただ火を噴くばかりでもう動く事はない。
 
 「宜しくない状況ですなぁ」
 
 口元の髭を指で整えながらモニターを確認したプロスペクターが不満を漏らす。普段は飄々としている彼の目も眼鏡の奥で鋭くなっている。
 
 「敵の攻撃は本艦頭上に集中、このままでは長くは持たんな」
 
 大きな躯体を動かす事無く、ゴート・ホーリーは淡々と状況を述べる。
 打開策として、艦長であるミスマル・ユリカが、発艦後の主砲発射で敵を一掃する案を出したが、それには敵を一点に固めるための囮が必要になる。艦だけで闇雲に飛び出せば良い的になるだけだ。
 ゴートはプロスと共に厳しい現状に頭を抱え、眉間に皺を寄せ厳つい顔をさらに厳つくさせている。
 しかし、彼らに焦っている様子は無く、冷静さを保ち打開策を打ち出すため頭を働かせている。彼らは危機的状況を幾度も潜り抜けて来たプロだ。容易には動じない。
 しかし、この艦には彼らのような人間ばかりが乗り込んでいる訳ではなかった。
 民間船であるこの戦艦ナデシコは、クルーとして優秀な人材を得るために、軍及びその関連以外の各方面からも人材の確保を行った。
 むしろ優秀な人材を容易に手放さない軍よりも、民間からの採用が大多数を占めている。
 そのため、艦長を始め戦闘経験者はほぼ皆無であり、ブリッジにおいてはプロスとゴートを除けば、提督として乗艦しているフクベ・ジンと、一応は軍のエリートコースを歩んでいたアオイ・ジュンを合わせるのみで、残りはアマチュアだ。
 やはり経験の浅い一部の人間は現状に対する不安を抑え切れないでいる。
 結局、プロスもゴートも何の解決策も見出せぬままで、空気は次第に重くなっていく。
 
 「本艦頭上に向け高速で接近する熱源を感知、識別反応ありません」

 「ミナトさんモニターに映して貰えますか?」
 
 「はいはーい」
 
 だが、オペレーターであるホシノ・ルリの一言が、沈みかけた空気を一転させ、慌しいものへと変貌させた。
 ルリの一言にユリカも瞬時に対応、ハルカ・ミナトが抜けた声で答えると、地上に残ったカメラがブリッジのモニターに一機のエステバリスを映し出す。
 映し出された黒一色のエステバリスは、両肩に大きなブースターを装着し、高速でナデシコの重力波ビーム範囲内に進入する。
 目的を果たし不要になったブースターをパージすると、機体を滑らせるように着地させながら、両手で構えたライフルで周囲のジョロを次々と撃破する。
 派手な登場で皆が唖然としている中、金色の瞳はその姿を捉え続け、プロスは声を張り上げた。

 「メグミさんあのエステバリスと通信を!運が回ってきたかもしれませんよ!」

 「ミスター、こんな無茶をするのは…」
 
 「えぇ。恐らく彼だけでしょうなぁ、渡りに船とはこの事ですな」
 
 彼らは二人は何かに気付いた様子だ。プロスに至っては軽く興奮している様にすら見える。
 通信士メグミ・レイナードも言われた通り通信を送る。するとすぐに通信は繋がり、ディスプレイにエステバリスのコクピット内の様子が映された。
 映し出されたコックピットの中には全身を黒で統一し、同色のバイザーで表情を隠した青年がいた。
 彼の容姿を見て皆目を細めるものの、彼を知っている素振りを見せるプロスやゴートの様子から一応は味方であると理解する。
 
 「聞えるかナデシコ、こちらはナデシコ級一番艦ナデシコ所属パイロット、テンカワ・アキトだ、艦長に指示を貰いたい」
 
 そう言って口を開いた青年の、他を威圧するようなドスの効いた低い声と棘のある言葉遣いにより、その場に張り詰めるような緊張感と恐怖が植えつけられた。
 重々しい空気の中、指名を受けたユリカは何かに気付いた様に一瞬嬉しそうな素振りを見せたものの、すぐに悲しそうに眉をひそめる。
 それでもユリカは内に秘めた複雑な思いを打ち払うよう、大きく一歩前に踏み出すとアキトへこれから行う作戦の説明を開始する。
 
 「私が艦長のミスマル・ユリカです。本艦は発艦後、敵の背後を取り主砲を発射、敵残存勢力を一掃します。しかし、そのためには敵が一箇所に集中している必要があります。」
 
 「そのための囮を?」
 
 「出来ますか?」
 
 問いを問いで返されたアキトは、面白くなさそうにふんと鼻を鳴らすと、一拍を置いて当然だとだけ答える。それを聞いたユリカは少しだけ笑みを作って見せ、作戦の趣旨を伝えた。
 
 「幸い注水作業は終了しています。主砲発射まで約三分、貴方はその間敵を引き付け本艦の有効射程内に誘導してください」
 
 「了解した」
 
 「目的地点の情報はリアルタイムでそちらに送ります」
 
 それだけ言うとユリカは迷ったように下を向くが、拳をぎゅっと握り締めると再び顔を上げ笑顔を作って見せた。
 
 「アキト…、死なないでね。話したい事がたくさんあるの」
 
 「ならば早く上がって来い、花ぐらいは持たせてやる。待っているぞ、ユリカ」
 
 ユリカの言葉を聞き、そう言った彼の口元は少しだけ笑っているように見えた。しかし、すぐに通信は切られ改めて確認する術は無い。
 途絶えた通信を合図に、ナデシコの乗員はそれぞれの持ち場に着く。
 地上で孤立したまま最小限の動きで被弾を避けていたアキトも、ナデシコから送られた情報を確認後、すぐさま行動を開始した。
 敢えて無駄な動きを加え、動作を大きくする事で敵の気を引く。
 すると目的通り全ての敵がアキトのエステバリスに向け攻撃を開始する。
 相手の挙動の変化を察したアキトは戦場を地上から空中に移し、再び細かな動きでバッタとジョロを翻弄しながらも、リアルタイムで更新される目標地点へ向け移動する。
 バッタとジョロから繰り出される攻撃は、避けられ、時には打ち落とされ、決して目標を捕らえる事は無い。
 対してアキトは邪魔な相手を確実に潰し、スピードを緩める事無く進行を続けている。
 地上軍を意図も容易く壊滅させた相手が、今ではたった一機のエステバリスに良い様に踊らされている。
 その様はまるで、弱った獲物を弄び、狩を楽しむ鴉の様で、とても異様な光景だった。
 しかし、モニターで事を見守っていたナデシコの乗員は、先程感じた恐怖も忘れ、ただ釘付けになっていた。
 絶対的強者である余裕と力を見せつけるその姿に、恐怖や異質さ等気にも止めぬほどに魅了されていたのだ。
 
 「凄いな…。ミスター、彼はどこで?」
 
 「さぁ、私も存じませんなぁ。会長の推薦でこの艦に配属される事になったのですが…。この腕前!まさに逸材ですなぁ」
 
 「だからこそ腑に落ちん、一体どこに隠れていたのか」
 
 「まぁ確かに…しかし、性格にやや難があっても能力は一流!それがうちの、ナデシコのモットーですから。この際多少の経歴には目を瞑りましょう」
 
 「しかし、花を持たせるとは…。言うだけの事はあるな」
 
 息を呑み、手に汗を握り見入っている者、感嘆の声を上げる者、皆それぞれだが、その全てが彼に賞賛を送る。
 彼にかかれば殲滅する事など容易なのだろう。
 皆彼が花を持たせると言った意味を改めて理解しつつ、自身も各々の場所でその能力を生かしていた。
 仮にも性格に難あれど、能力は一流という方針の下集められたクルー達だ、やる事が決まれば己の能力をフルに発揮する。
 アキトが敵を引き付けている間、戦艦ナデシコもまた、己の役割をまっとうしようと活動を続けていたのだ。
 そして、約束の三分が経った。
 
 「グラビティブラスト、チャージ完了。ナデシコ、地上に出ます。」
  
 ルリのその言葉は、今回の作戦の終局を意味していた。
 
 「ルリちゃん、テンカワ機の所在の確認!」
 
 「テンカワ機、グラビティブラスト射程内からの離脱を確認、敵残存勢力は全て射程内に入ってる!」
 
 「了解!グラビティブラスト、発射してください!」
 
 ユリカの言葉を引き金に、ナデシコから己の力を見せつけるようにグラビティブラストが発射された。
 発射されたグラビティブラストは集結した敵勢力へ直進し、たった一撃でその全てを一蹴する。
 その威力は、現存する戦艦の常識を遥かに凌ぐものだった。
 
 「終わったか…」
 
 事の次第を見届けたアキトは静かに呟くと、これから先の未来へと思いを馳せた。

 
 







感想代理人プロフィール

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代理人の感想

はじめました・・・もといはじめまして、蛍雪さん。

オーソドックスな逆行ないしは再構成ものですね。

この時点でアキトとユリカがなんか通じ合ってるのは珍しいような気もしますが・・・とりあえずは次回以降に期待と言うところで。

 

ところでお名前は「けいせつ」さんでよろしいんでしょうか?






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