序幕-The End Of The Futun Vol:5

  

たいてい勇気ある行動というものは、別の在るものへの怖れから来ているもので、
全然恐怖心のない人には、勇気の生まれる余地がなくて、
そういう人はただ無茶をやってのけるだけの話です。

三島・由紀夫

 

 


機動戦艦 ナデシコ
MOONLIGHT MILE

漆黒の宇宙
ゴダートからコロリョフ、そしてフォン・ブラウンといった人々が押し開いた扉
それは宇宙の深淵へと到る遥かなる道
希望があり、未来に満ちた場所
だが決して楽園では無い
人の愚かさと賢さが、強さと脆さとが満ち満ちた世界
何処までも人の世の延長であった

序幕
The End Of The Future
(5)


 

――\――

 

 

 暗がりに沈んだ遺跡研究施設。
 漏電が火花を咲かせ、そして散らせる。
 時折、何が引火して小さな爆発も発生する。
 消火設備は全力稼動し、水が撒かれ続けている。
 廃墟の様な状況。
 だが何処に、人の動く気配は無い。
 静かに、誰もが息を殺して敵の隙を窺いあっている。
 <ネノクニ>の研究施設は今、戦場であった。

 

 コンテナ群の中で、俯くように停止しているブラックサレナHa。
 否。
 それは停止では無かった。
 重厚な装甲に包まれていた右脚は、膝から下が喪われていた。
 どこかしら生物的な雰囲気を漂わす背部機動ユニットは、派手に打ち砕かれていた。
 そして頭部。
 鋭角を中心に構成された恐ろしげな相貌には大きな破壊痕こそ無いものの黒く焼け焦げていた。
 擱坐しているのだ、ブラックサレナHaは。

金属音

 小さな音がブラックサレナHaの影で生まれた。
 それは暗闇に潜むアキトが立てた音だった。
 黒いパイロットスーツの上に限定的な防弾能力を持つ迷彩ケープを羽織ったアキト。
 その手には艶消し黒の強化プラスティックで造られた、連合宇宙軍特務陸戦隊(SSLF)が正式装備としている豊和94式短機関銃(サブマシンガン)が握られている。
 人間工学(ヒューマン・エンジリアニング)の下で設計された94式短機関銃は、射撃のみならず各種操作に於いても極めて使いやすい構造と成っていた。
 構えているのでは無く、操作していた。
 素早く、そして出来る限り音を立てない様に注意しながら。
 弾倉止め釦(マガジンキャッチボタン)を押して、空になった弾倉(マガジン)を引き抜くと、右太腿に巻いた弾帯(マガジンホルスター)から新しい弾倉を取り出してセットすると、槓桿(ボルト・ハンドル)を引く。
 硬い金属音と共に、弾倉に籠められた一発目の5.7o弾が薬室(チャンバー)へと送り込まれた。
 それで銃器は、只の鉄塊から死を撒き散らす凶器へと戻る。
 左手は前握り(フォアグリップ)を軽く握り、親指で切換金(セレクター)連射(フルオート)から3点射(バースト)に切り換える。
 右手は握り(グリップ)をしっかりと掌に捉え、人差し指は引き金(トリガー)に当てずに銃身に沿わせ、そして最後に深呼吸を行う。
 それは、只の弾切れによる弾倉交換(マグチェンジ)
 だがそれをアキトが丁寧に行ったのは、昂った気分を落ち着ける為であった。

「盛っていたのかもしれないな」

 誰に言う事も無く自嘲気味に呟くアキト。
 それは自分に対するものとは思えない程に、容赦の無い批評だった。
 だが同時にアキトの陥った状況、その理由を的確に捉えていた。

 

 圧倒的な火力を持ち、絶大な機動力と破格の防御力とを兼ね備えた戦略級機動兵器。
 並みの機動兵器であれば連隊程度の部隊までは余裕で対処する事も可能であり、巡航艦クラスとまでならば平気で対抗出来る化物――それがブラックサレナHa。
 それは予想では無く、願望でも無い。
 幾度もの<火星の後継者>の軍勢と戦火を交え実証された、事実。
 故にアキトは慢心し、其処に無自覚な焦りが雑じった事でミスを犯したのだ。
 その能力を十分に発揮するには、広大な空間が必要だと云う事を失念するという。
 狭所では、その機能の半分も行使出来ないと云う事を。
 そしてアキトはもう1つ、忘れていた。
 否。
 知らなかったと云うべきだろう。
 歩兵というものが持つ恐ろしさを。
 粘り強さを。
 脆弱な身ではあるが様々なものを遮蔽に使う事で補い、貧弱な火力ではあるが死角を衝き相手の脆弱な箇所を狙う事で補う。
 単独では貧弱な装甲と機動力しか持たない――それが歩兵である。
 だが同時に、集団であれば如何なる存在であろうとも互してゆく事が可能――それが歩兵なのだ。
 故に、歩兵は狭所での戦いでは狩猟者(プレデター)と化す。
 どれ程に優れた機動兵器であろうとも、その状況では哀れな獲物でしかない。
 小さく隠れながら、死角に潜り込み装甲の隙間を狙ってくる。
 1機の機動兵器ではそれに対処する事など、とうてい不可能であった。
 例えそれが、魔王と恐れられた機体であっても。

 その事をアキトが痛感したのは、物陰から放たれた携帯徹甲誘導弾(PAAGM)によって機体右膝関節を粉砕された時であった。
 断続的に打ち込まれたPAAGM、その数5発。
 強力な対ミサイル迎撃能力を持つブラックサレナHaではあるが、対処時間の少ない極至近距離から打ち込まれては対処しきれるものでは無い。
 辛うじて2発の迎撃には成功したが、残る2発は直撃していた。
 1発は背部の主機動システムを破壊し尽くし、もう1発は頭部のセンサー群を半壊させる。
 極僅か、1分にも満たない時間でブラックサレナHaは無力化されたのだ。
 それは地球圏の戦局を、地球連合にとって極めつけの劣勢を一挙にひっくり返したPAAGMの、正に面目躍如であった。
 但し、その代償は正当にして過酷なものであったが。
 アキトが機体制御用支援知性(CAS)が記録していた火点――発射場所に対して近接防御火器システム(CIWS)での掃射を指示したのだ。
 誘爆と思しき火球が発生する。
 連鎖爆発。
 何かの弾ける音、それを水音が圧する。
 火災を感知した防火装置(スプリンクラー)が、その務めを思い出したのだった。
 濛々と上がる白い蒸気と、撒き散らされる灰とで遺跡研究ブロックは埋め尽くされる。
 熱くなっていた機体が、降り注ぐ水によってチンチンと硬質な音を響かせて冷却されていく。
 これで決着がついた。
 頭部センサー群の生き残り、動体センサーや赤外線センサーが伝えてくる情報を見てアキトは、そう判断する。
 それは早計、今の遺跡研究区画を考慮に入れずの判断であった。
 こんなにも遮蔽が多いのに。
 こんなにも視界が悪いのに。
 だがアキトは判らない。
 宇宙を舞台とし戦ってきたが故に、アキトは歩兵の本質を知らないと共にその戦い方を知らない。
 故にもう一度、歩兵の恐ろしさと云うものを骨身に染みて実感する。
 擱坐したブラックサレナHaの操縦槽から出た時に、複数の銃撃を浴びると云う形で。

銃声

 生き残っていたのだ歩兵は。
 CIWS(レーザー)で掃射をしたにも関わらず、生き残っていたのだ。
 驚きよりも先に殆ど本能レベルで反射的にアキトは、5.7o弾を牽制にばら撒きながら機体から飛び降りる。
 そしてそのまま、機体の影に身を寄せた。
 歩兵とは、何ともしぶとい存在であるかと、全周を警戒しつつそっと溜息を漏らすアキト。
 飛び降りながらの闇雲な射撃ではあったが、それでも積み上げられた殺人の技巧は確実に威力を発揮する。
 撒き散らされた血と救いようの無い悲鳴。
 流石に死体の確認は出来なかったが、潰せたと判断できる。
 だがアキトは安心しない。
 後2人乃至3人は残っているとアキトは判断していた為に。
 高い汎用性や撃ち放し能力を持つPAAGMではあるが、遠隔作動能力だけは持っておらず、故に、射点の数が射手の数でもあるのだ。
 これ以上の油断はとうてい出来るものでは無い。
 アキトは慎重な仕草で右太腿の弾帯(マグポーチ)から予備マガジンを取り出した。

 

 素早い動作でもう1度周辺を確認するアキト。
 暗い遺跡研究区画。
 本来であれば視野は限りなく狭いのだが、アキトにはその制約は無かった。
 視界は薄緑色に染まって、かなりの距離まで見えていた。
 当然、裸眼では無い。
 暗視装置(ノクトビジョン)だ。
 アキトが顔面のIFS活性抑制用として常用している複合バイザーには、その製作者であるイネスの凝り性から、限定的ながらも暗視能力が付与されているのだ。
 限定的と評される理由は、携帯性と信頼性を勘案して旧式のシステムが組み込まれている事が理由だった。
 製作を担当したウリバタケとしては少しでも高性能なものにしたがっていたのだが、それを止めたのはエリナの冷静な言葉だった。
 “コスト度外視は構わないけど、実用性を無視して無意味な高性能では意味が無い”と、様々な技術と技巧を凝らす事の必要性を熱心に主張していたウリバタケに正面から言い放ったのだ。
 旧ナデシコに乗り込んでいた頃からの経験でエリナは、新技術が絡んだ時のウリバタケ・セイヤと云う人間を全く信用しては居なかったのだ。
 新技術優先で暴走上等(マッドエンジニア)を自認するウリバタケではあったが、其処まで釘を刺されては従う他無く、その結果、今の形へと落ち着いたのだった。

 薄緑色の視野には、動くものの気配は無かった。
 破壊音が時折り響くが、それ以外は何も聞こえない。
 研究区画の最奥にある施設管制用と思しき機器の在る辺りを確認する。
 人影は見え無い。
 隠れているのだろうと納得する。
 お互いに身を隠し、戦況は膠着状態に陥っていた。
 そこにアキトは少しだけ焦燥を感じているのだった。
 常識的に考えて警備側には増援の可能性が高いが、アキトに増援はあり得ないのだから。
 現状は控えめに表現しても劣勢、それも悪化しつつあるのだ。
 敵の増援よりも先に、友軍と言って良い連合宇宙軍の陸戦隊が来る可能性も無い訳では無いが、アキトはその可能性は低いと判断していた。
 ルリが、私情で兵を動かす様な指揮官では無いとの評価をしていたからだ。
 だからアキトは、自力で状況が悪化する前に【Sleeping Beauty】の秘匿名称(コード)の正体を確認しなければならないのだった。
 無論アキトもPAAGMを抱えた連中が居た事から、これが罠の可能性が高い事は理解していた。
 だがそれでも、それでも万が一の事を考えると確認をしたかったのだ。
 それがアキトのユリカへの想い。
 捨てた相手。
 恐れた相手。
 だがそれは決して、ユリカを嫌うからでは無かったのだから。
 だからアキトは億分の1でも可能性がある限り、決して退くつもりは無かった。

 

 小さく頭を振って、思考から戦闘に余分となるものを追い出すアキト。
 深呼吸をもう一度行う。
 今、目の前の戦闘だけに集中する。
 アキトの居る場所から制御卓までは約10m。
 決して遠い距離では無い。
 だが近くも無い。
 そして問題はその行程の役半分――制御卓の周囲には遮蔽として使えそうなものが殆ど無いと云う事だった。
 危険な状況である。
 如何にアキトのパイロットスーツに携帯型ディストーションフィールドユニットが仕込まれて居るとは云え、決して万能万全な鉄壁ではないのだ。
 特に、今の相手はPAAGMなんてものを持ち込んでいる程に用意周到な相手なのだ。
 僅かの過信も危険に繋がると言えるだろう。
 アキトに、今更命を惜しむつもりは無い。
 だがしかし、目的も果たせぬのでは意味は無いのだ。
 そしてもう1つ。
 この膠着状態が続くのも、敵の新たな対処行動を呼ぶ事となって好ましく無い。
 考える。
 彼我の戦力差は確実にあり、尚且つ敵には増援の可能性もある。
 対してアキトに支援の当ては無い。
 在る意味でアキトの切札であるボソンジャンプも、事、近接戦闘には使えない。
 向いていないからだ。
 近距離ジャンプも不可能では無いが、移動完了時に即座に動けないので意味が無いのだ。
 数秒の時間を稼いだ代償に、その倍近い時間を奪われてしまうのが近距離ジャンプの現状であるからだ。
 八方塞の状態。
 唯一の優位点は、迷彩マント等のお陰でアキトの方が隠密性に優れると云うだけ。
 罵りすらもかみ殺して、周囲を警戒する。
 否。
 誰を罵る事も出来ない。
 それを行うことは、アキト自身が己に許さない。
 何故なら、この事態に到った理由はアキト自身にあるのだから。
 それを忘れて誰かを罵れる程に、アキトは腐れてはいない。
 だからこそ、無意識に乱れていた息をゆっくりと整える。

“如何なる時も冷静に対処しろ”

 師と呼ぶべき者、月臣・元一朗の声が聞こえた気がした。
 それは木連式柔を中心とする戦闘術の訓練中、幾度も叩き込まれた言葉。
 ただ己の心のままに我武者羅に戦う力を望んだ素人のアキトに血反吐を幾度も吐かせ、文字通り鉄拳と共に叩き込まれた言葉。
 訓練の合間、常に言っていた。
 冷静であれ、勇気と無謀とを履き違えるな、と。
 絶対的な技量の差を勇気は決して補えない、とも。
 それを思い出した時、アキトは自覚せぬままに口の端に笑みを刻んでいた。

「そうだ。俺は弱者だ」

 小さな呟き。
 だがその瞳は決して弱さを湛えない。
 強い意志の光が、じっと制御卓を刺す。
 敵は数が居て俺は1人、しかも五感は衰えている。
 圧倒的に不利ではある、がしかし、ひっくり返せない程では無い。
 気負いも無くアキトはそう断じる。
 以前の、<火星の後継者>蜂起前に行っていた戦いの時程に絶望的な戦力差では無いのだからと。
 北辰は強く、その部下達も尋常では無い戦力を持っていた。
 対してアキトは、少しばかり腕の良いパイロットにしか過ぎなかった。
 故に何度も敗れた。
 何時死んでも仕方の無い戦いの連続だった。
 にも関わらず生残れたのだ、勝利したのだアキトは。
 だからこそ思う。
 こんな所で負けられるか、と。
 その想いが表情に出た。
 微笑。
 口元に薄く浮かんだそれは、肉食獣にも似た猛々しく獰猛なる笑み。

「だが弱者が勝てぬと誰が決めた?」

 呟きが闇に染み入る。
 それはテンカワ・アキトの決意表明。
 戦う事への、そして生残る事への。
 何をしてでも勝つと云う。
 その時だった。
 極僅かな音をアキトの耳が捉えたのは。
 只の音であれば、アキトも気付かなかったかもしれない。
 研究区画は激しい戦闘の余波で大きな被害を受けており、時折、破砕音や爆発音が鳴り響いているのだから。
 だが、その音には1つだけ明確な特徴があった。
 人工的な、音を殺そうとした形跡(・・・・・・・・・)があったのだ。
 その意味するものは1つ。
 即ち、敵の接近。
 口元に刻まれた笑みに、更なる暴力的な色彩が加わる。
 敵の情報を得たのだ。
 その優位性を生かさぬ手は無い。
 正面から堂々と戦うと云う発想は、アキトには無い。
 弱者だからだ。
 故に考える事は、この状況で如何に効率的に敵を打ち倒すか、只それだけだった。
 故にアキトは、音を立てぬ様に細心の注意を払って後退すると、迷彩効果を持つマントを頭まで被って暗がりへと身を潜める。
 僅かな音も拾える様に全神経を耳へと集中させ、同時に、息をゆっくりと行う事で呼吸音すらも殺す。
 そして、右手の人差し指を軽く引き金に掛けた。
 左の親指は銃身覆い(ハンドガード)下部の、R.I.S(レイル・インターフェイス・システム)前握り(フォアグリップ)と一緒に装着された擲弾器(グレネーダー)安全装置(セーフティ)を解除すると、そのまま発射釦に添える。
 それで戦闘準備は全て完了した。
 そして、待つこと数秒で1人目が見えた。
 真っ黒な背広を着た人影が、慎重に周囲を警戒しながら近づいて来たのだ。
 的確に遮蔽を取り、隙を見せぬようにする動作は手馴れていた。
 ああプロだ。
 その事にアキトは、僅かばかりの安堵を感じた。
 だがそれ故に奇妙な事――男が握っている銃器の事が気になった。
 男が携えている銃、それは並みのものよりも一回りは大きな拳銃(ピストル)であった。
 正確には機関拳銃(マシンピストル)
 それが大きな拳銃の名前だった。
 アキトの持つ短機関銃(サブマシンガン)よりも更にコンパクトな銃器で、連続射撃(フルオート)能力を持つにも関わらず拳銃と同程度の大きさしかないと云う特徴を持っていた。
 その特徴故に服の下等にも余裕で隠す事が可能で、各情報機関の非公式工作部隊(イリーガル・ユニット)が好んで使う銃器であった。
 だがそのコンパクトさの代償として、フルオートで射撃をするにはタイト過ぎる構造と成ってしまい、通常の銃器に比べて構造体(フレーム)の剛性が低い事と銃身(バレル)が短い事が相まって集弾率に難点を抱えていた。
 戦闘を前提とするならば先ず選ばれない、少なくとも普通の歩兵が好んで持ち歩く様な銃では無いのだ。機関拳銃と云うものは。
 この場所が、宇宙要塞内と云う極閉鎖された空間とは云え、その選択を歩兵が行ったと見るのは余りにも不自然だった。
 或いはこの研究区画に置かれている機器への被害を抑える為に、拳銃弾という低威力弾を使用する銃器を選択した可能性もあるが、そうであれば逆にPAAGMと云う歩兵最強の火器を持ち込んでいる事と相反するのだ。
 自分の侵入に慌てて撃退しようと手元の最大火力を投じた可能性もあるが、それにしては操作は手馴れており、矛盾している。
 アキトは冷静に相手を観察していた。

 

 周囲を厳重に警戒しつつ男は、ブラックサレナHaに近づいてくる。
 幾度かは視線をアキトの潜む暗闇に視線を向けては居たが、暗視ゴーグルを持っていなかった為にアキトに気付けない。
 否、持っていても同じだっただろう。
 何故ならアキトの身に纏った迷彩マントは防弾・防刃能力は当然として、赤外線や紫外線に対する遮蔽能力を持った特別製だったのだから。
 当然、ウリバタケ謹製である。
 統合軍や連合宇宙軍で正式採用されている高性能ステルスシート――<火星の後継者>がアマテラスで蜂起した時には、当時最新鋭のセンサー群を搭載したブラックサレナすらも欺いたステルスシートを元に防弾、防刃効果を付与した上で軽量化すらも追求して開発された特殊迷彩マントなのだ。
 そのステルス能力は折り紙付きと言っても過言ではない。
 敵が如何なる探知システムを持っていても、それが機械的なものである限りは全てを無効に出来ると、ウリバタケはお披露目の際に自信満々に断言していた。
 それ程の能力を持っているのだ。見つかる筈など無かった。
 何度も隙を見せる男。
 だがアキトは容易には撃たない。
 それは、この男を支援する奴が必ず居るとの判断からだった。
 今まで陸戦の定石を確実にこなして来た敵が、今回に限って定石を外さぬ筈が無い。
 それに、そもそも敵の生き残りは最低でも2人は居ると判断していたのだ。
 息を潜めて待つ。
 そして数秒。果たしてもう1人、手に機関拳銃を持った黒服の男が姿を見せた。
 先の男と同様に、機関拳銃を握って、死角を補い合う様にして近づいてくる。
 その挙動から後続者が居ない事を確認する。
 残る敵は2人。
 残敵の数を把握したアキトは、音を立てない様にゆっくりと息を吐き出し、そして短機関銃を持つ手に力を込めた。
 その時だった。
 アキトの左頬に小さな刺激が走ったのは。

 

 

「居ない、だと?」

『はい、機体の側に居る気配がありません………』

 復讐鬼が逃げたと云うのか。
 馬鹿な、あり得ない。
 幾多の戦い、その尽くで一歩も退く事無く獣の如く喰らいついて来た奴が退くなど有り得ない。
 そもそも物理的に不可能だ。
 隔壁に開いた気配は無ければ、ボゾンジャンプも無い。
 いったい何処に逃げるというのだ。
 考えろ、考えろ、考えろ。
 もうブラックサレナHaは動かない。
 ならばアレを捨てて動いたか。
 だが何の為に。
 考えろ。
 奴に時間を与えるな。

主任工作官(マム)?』

 指揮官の迷いは容易に部下を惑わせる。
 畜生。
 泰然自若、判っちゃ居るが難しい。

「逃げた形跡はどうだ?」

『無いですね………機体を確認してみますか?』

 魅力的な提案だ。
 現段階で確かな情報を得られる手段はそれしかない。
 だが大丈夫だろうか、もし側に潜んでいたら危険すぎる。
 連中にはまともな探知システムを持たせて居ない、糞、テンカワが高度なステルス装備を持ってたら洒落にならん。
 畜生。
 悩むぞ、情報と危険の天秤。
 選択肢を選ぶ意味は重いが、時間も貴重だ。
 いまのまま悩んでいる暇は無い。
 危険だが、情報が無い状況でする判断も危険だ。
 畜生。
 迷うな、迷う暇は無い。
 よし決めた。
 情報を集めよう。
 危険はある、だが何も判らぬままに戦う事も危険だ。
 今は部下を信じるしかない。
 畜生。
 信じるだと、俺の一番嫌いな言葉じゃねぇか。
 嫌いな科白でも危なくなれば口に出る、情けない。

「………頼む」

 押し出す告げる、それはもう命令じゃない。
 俺は指揮官としては失格だ。
 納得した。
 だが今は指揮官を演じなければならない。

『了解です。操縦槽のハッチが開けっ放しですので、直ぐに確にっ………!?』

 そんな俺に従っている可哀想な部下の報告、その途中で乾音が響いた。
 そして少し遅れて何かが潰れた鈍い音が、右耳に刺したイヤホンから流れた。
 否、イヤホンからだけじゃ無い。
 左耳でもはっきりと聞いた。
 手榴弾か何かの炸裂装備と、連続した銃声を。
 畜生。
 罠かよ。

「どうした、居たか!?」

 叫んじゃ居るが、報告されなくたって部下達の状況は判る。
 奇襲を喰らったんだ。
 連中には個人用携帯歪曲場形成体(ディストーションフィールド・ユニット)なんて贅沢なものは持たせちゃいないから、恐らくは全滅か。
 畜生。
 奴め、コッチの意識が機体に向くのを狙ってやがったか。
 俺のミスだ、糞ったれ。
 俺って奴は徹底的に指揮官には向いて居ねぇって事か。
 ナカエダの奴を連れてくりゃぁ良かったか。
 否、それじゃ駄目か、管制室が簡単に落ちちまう。
 人手が足り無すぎるんだ。
 木連時代からの経験豊富でマトモな陸戦指揮官は片っ端から死に果てて、残ってるのはキチガイか俺も含めた素人かだ。
 頭を掻き毟りたくなるぞ、本気で。
 畜生。

「どっ、どうします?」

 暢気な声だ。
 反射的に拳骨を握って足元を見る、と研究者が怯えたような、だが余り緊張感の漂っちゃいないツラで見上げてきているのが判った。
 脱力だ。
 あー莫迦らしい、何か怒鳴る気が失せた。
 畜生。
 そう言えばコイツも生残ってたな。
 それも無傷で。
 レーザーの掃射を喰らったのに、驚いたもんだ。
 その運が羨ましい。
 チットばかり部下達に譲って欲しかったもんだ。
 ああ過去形だ。
 溜息しか出ねぇや。

「どうしますもこうしますも無ぇよ。自爆コマンドを入れろ。在るんだろ、機密保持用に?」

 自棄気味に、とびっきりの笑顔で教えてやったのに怯えやがった。
 莫迦野郎。
 此れでも俺は元ミス木連(・・・・・)だぞ。
 畜生。
 怯えながら制御卓に入力して行く背中が、何か憎らしい。

「おっ終りました………よ?」

 本当に、心底怯えてやがる。
 頭に来るな。
 心残りも嫌だし頭でもぶち抜いてやろうか。
 自爆コマンドも入れさせた事だし、コイツが生きてる必要性は殆ど無い。
 後は万が一の為に<ネノクニ>の非常隔壁を緊急閉鎖する為のコントローラーが必要なのだが、これは老害(ビックセブン)の死体を漁って発見済みだ。
 と云うか、こんなモンがあるなんざ、部下の報告を見て呆れ果てたなそう言えば。
 <ネノクニ>のシステムから全く独立した緊急閉鎖システム、何のためにだ。
 今更、部下の内乱でも恐れたか。
 違うな。
 そうか、この時の為(・・・・・)に準備していたのか。
 素晴らしいぞ7賢連、流石か。“賢きものたち”なんて恥知らずな自称をしていた連中だが今、俺が使う為に用意していたのか。
 状況に誂えたように、ピッタリの小道具だ。
 愉しすぎる。
 全てはこの舞台の為にだ、最高のクソッタレだ。
 俺のケツでも舐めろ莫迦野郎どもめ。
 躁的な気分(ハイ)になって来る。
 嗤おうか、それも殺そうかと考えた時だった。
 聞こえたのは。
 幻聴かと思って耳を澄ます。

『………っ』

 聞こえた。
 確かに聞こえた。
 空電音に雑じって、だが確かに聞こえた。
 それは息遣い。
 部下――はあり得ない。
 ならば残るのは。

「テンカワ、アキトか?」

 

 

 囁きと言うには大きく、叫びというには小さな声。
 何時しか静になっていた遺跡研究に、シノノメの声は響いていた。
 それに応える声は無い。
 だが反応はあった。

硬音

 硬い靴底が固い床を叩く音、足音が驚く程に良く響いた。
 その音に誘われて、シノノメが振り返る。
 艶やかな黒髪が、大きく広がった。
 純白詰襟の木連軍人第一種正装が、秀麗なシノノメの美しさを更に引き立たせる。
 だがその表情に甘さは無い。
 厳しい眼差し。
 その先、擱坐したブラックサレナHaの前に人影がさす。
 それは黒いパイロットスーツに黒いマント、全身黒ずくめの格好に、色の濃いバイザーを掛けた男。
 テンカワ・アキト。
 その黒に染められた身から僅かに覗く口元が、病的な迄に白く映る。
 それは死神。
 それは絶望の具現者。
 地獄から蘇り、死を撒き散らした復讐鬼。
 そして<火星の後継者>を滅ぼした者。
 その姿を確認したシノノメはゆっくりと口の端を歪めた。
 それは歓喜にも似た感情の爆発。
 その迸りのままにシノノメは、懐から自動式拳銃(オートマチック・ピストル)を取り出すと、1発目を傍らに座り込んでいた研究者に叩き込んだ。
 軽い、渇いた音と共に赤い血が弾ける。
 呆気無い程に人が死ぬ。
 研究者の白い白衣が真っ赤に彩色され、床が赤く染まっていく。
 自身の白服を返り血に汚したシノノメ。
 そしてそのまま片腕でアキトに向けて構える。
 対するアキトは、シノノメの凶行に表情を動かす事無く無言で短機関銃を構える。
 張り詰めてゆく緊張。
 アキトとシノノメ、共に口を開こうとはしない。
 最早言葉など意味を成さない。
 行動あるのみ。
 只々拳銃を突きつけあい、視線を激しくぶつけ合う。
 その最中、天井のパネルが1枚落ちてくる。

軽音

 とても軽い音。
 だがそれが切っ掛けとなった。
 銃声が連続して響く。
 お互い一切の躊躇無く引き金を一挙に引いた、全力射撃。

轟音

 だが銃弾は共に相手を害せ無い。
 アキトは当然、イネス謹製のディストーションフィールドが身を護り、シノノメは傍にある<火星の遺跡>のディストーションフィールドの影響下に居たのだから、それは当然の結果であった。
 周囲に火花が散るが、只それだけ、壁に弾痕を穿つのみであった。
 お互いの身を護るディストーションフィールドは強固であり、並みの銃弾程度では破れないのだ。
 銃撃は無意味であり、故に、シノノメは拳銃を捨てた。
 選ぶのは白兵戦。
 己の身を武器とし、ディストーションフィールドの内懐に潜り込んでの肉弾戦であった。

「テンカワ・アキトォォォォ!」

 原初の衝動。
 迸る感情のまま、アキトの名を叫んだシノノメは、腰に佩いた刀を流麗な1動作で引き抜くと鞘を捨て、刀身を左脇に抱きかかえる様に隠して駆け出す。
 脇構えと呼ばれている形に似ては居るが、より正確には居合いに近いと思える変則的な構え。
 刀身を隠す理由は当然、刀身の長さを見せない事で相手に間合いを悟らせない為にだ。
 木連式抜刀術とは単なる飾り武術では無く、宇宙船やコロニー等の無重力や低重力環境下での白兵戦闘の為に生み出され、そして研磨された実戦剣術なのだ。
 故に驕りや隙は無い。
 そしてその威力は、一撃をもって敵を討つ。
 対するアキトは動かずに、その場でシノノメの接近を待っている。
 自然体。
 丁寧な、だが素早い仕草で弾倉を交換して短機関銃を構える。
 静と動の衝突。
 そして撃ち放たれるのは木連式抜刀術、(クズシ)
 正に一撃必殺の斬撃。
 シノノメの整った相貌に歓喜色が刻まれる。
 対するアキト。
 シノノメの低重力環境を十二分に生かした歩法、木連式抜刀術特有の獣じみた挙動に惑わされる事無く的確に射撃を行う。
 顔を中心に、的確に急所を捉えた射撃。
 弾倉1個分の弾が一挙に放たれた。
 がしかし、届かない。

連叩音

 強烈な殺傷能力(ストッピングパワー)を持つ5.7o弾を極至近距離で撃ち込んだにも関わらず、再びその尽くが逸らされてしまったのだ。
 笑みを益々深くしてシノノメは突進を続ける。
 最早止まらない、止まれない。

「死ぃぃねぇぇやぁぁぁっ!!」

 最後の踏み込みと共に神速の斬撃を放つ。
 白刃一閃。
 刀は下段から、居合いに近い要領で逆袈裟に放たれる。
 その黒光りする切っ先を、アキトは俊敏で柔らかな動作で半歩だけ身を逸らして避ける。
 否。
 避けきれない。
 アキトが予想した最速よりも更に1拍子(テンポ)、剣速は早かったのだ。

金属音

 空をも斬り裂く音と共に、金属音が鳴り響く。
 斬撃の切っ先は音速を超えていたのだ。
 その剣風に巻き込まれたアキトの短機関銃が、見事に切断される。
 弾が部品が、銃身の欠片が撒き散らされる。

「くっ!」

 舌打ちをしながら床を蹴り、一挙に距離を稼ぐアキト。
 対するシノノメは追い討ちを掛けず、逆袈裟の流れを利用して刀を上段に構え直す。
 眉目整った相貌のシノノメ。
 だがその面構えには今、秀麗さは残っていない。
 獣相。
 それは狂気の加味された満面の笑み――狂相であった。

「どうだテンカワ・アキト、我が刀の切れ味はっ!
 木連の魂、ダイマジンの2次装甲に使っている分子強化粘性鋼材から削り出したのだ。
 名付けて現代木連刀大魔刃(ダイマジン)、この刀に切れぬものなど無い!!
 雲散霧消、盛者必衰、一刀両断!!!
 この世より消え去れぇぇぇぇっ!!!!」

 滾る狂気を吐き出したシノノメは、その勢いのままに駆け出す。
 膝を屈めたままで、地を這うように。
 対してアキトは、無言のままに壊れた短機関銃を捨てて拳を握ると、左足を退いて右の半身をさらす様に構える。
 一瞬の攻防。
 最初の一撃よりも更に速いシノノメの斬撃、だがしかしその切っ先はアキトを捉えられない。
 震脚。
 硬い響きと共に1歩、アキトは踏み込んだのだ。
 如何に速度を得やすい最上段に構えての袈裟斬りとは云え、間合いが殺されてはその威力を発揮し得ないからだ。

「なっ!?」

 アキトは、斬撃を行うその瞬間を狙って間合いを詰める事によって、斬撃の速度を相殺したのだ。
 恐るべき動体視力であった。
 そして当然、アキトの行動はそこで止まらない。
 踏み込むと同時に先ず左拳、その裏拳で大魔刃の鎬を弾く。

快音

 全身全霊を込めた一撃を捌かれたのだ、当然、シノノメの姿勢に乱れが生じる。
 そこをアキト本命の一撃が衝く。
 コンパクトなスイングで勢いをつけて右肘で胸、その急所みぞおちを撃つ。
 木連式柔、叩術穿(ウガチ)
 それは一般には交差法とも呼ばれている、攻防一体と成った連携技であった。

撲音

 鈍い響きと共に、血と胃液とを撒き散らしながら吹き飛ぶシノノメ。
 肘先が、その細い体をしっかりと捉えたがアキトは追撃しない。
 否、出来ないのだ。
 アキトが更に足を前に出すより先に、吹き飛ばされたシノノメが空中で姿勢を整え、綺麗に着地をしてみせたのだから。

「後による護、防は攻に通じる………か。
 木連式柔の基本をしっかり守ってんなテンカワ・アキト。流石だ、愉しいぞ。今わの際にこれだけの相手とガチれるなんざ、歓喜の極みだ」

 最後に、畜生と云う言葉をまるで謳うように口にしたシノノメは、吐血によって唇に付着した血を舐めとると淫靡に嘲け、そして刀を構え直す。
 まるで怪我を負っていないかのように、その動作には淀みが無い。

「………そうか」

「覇気が無ぇぞテンカワ・アキト? 時間はタップリとあるんだ、今の時間を愉しまなくてどうするよ」

 少しずつ動きあい、位置を動かしていく二人。
 光源や足場、様々な条件を考慮しながら少しでも優位な場所を確保しようとする。
 緊張が空間に蓄えられていく。
 2度の攻防にて互いの技量を知ったが為、共に容易に攻撃を行えないのだ。
 拙速を行って大きな隙を作った場合、致命的な一撃を喰らう危険があるのだから。
 アキトとシノノメは共にそれだけの技量を持ち、そして相手もそうである事を知っていた。
 故の慎重。
 交わす言葉も又、戦闘を優位に進める為の心理戦であった。
 故に、シノノメはより饒舌になってゆく。

「最早この場、この戦いは生も死も等価。俺は無論、全ての復讐を終えるテメェもだ。後には只、闘争あるのみ。違うか?」

 それは狂気の奔流。
 全てを喪った人間の、狂おしいまでの魂の叫び。
 もはや闘いしかない。
 それしか支えるものは無い。
 その想いがこめられた叫び、だがそれをアキトは否定する。
 只一言をもって。

「違うな」

 その一言に、シノノメの足が止まり、呆っと、傷ついた表情を見せる。
 まるで信じられないものを視る表情で、ゆっくりと口を開いたシノノメ。
 だがその口調には先程までの覇気、そして狂気が染み込んでは居なかった。

「違う、違うだと? 嗤わせるな。何処が違うものか復讐の狂犬。鏡を見てみろ、そこには血と狂気を喰らった獣が映って居るぞ」

「俺が復讐を抱いている事は否定しない。それに縋っている事もな。
だがそれが全てでは無い。違うのだ、生と死とはな。
死は何も生み出さない。
生と死とを等価何て言うのは責任を持たない、生きる意味を理解していない証拠だ、敗残兵。
お前は生きながらに死んでいる。死者に俺は止められない」

 静かにアキトは言い放つ。
 そこに迷いは無い。
 それ故にシノノメは激昂する。

「テメェがそう言うかテンカワ・アキトォォォォ!!!」

 それはさながら絶叫であった。
 全てを奪われて縋ったものにも裏切られた悲鳴、その激情に身を任せて斬撃を放つ。
 今までで一番に速い一撃、故に刃先は漸くアキトを捉えた。

快音

 アキトの顔を覆っていたバイザーが真っ二つに斬られ、そして落ちる。
 額から顎左側に掛けて切り裂かれ、血が噴出す。
 シノノメは会心の笑みを浮かべると同時に、今までよりも更に多い量の吐血をしていた。
 斬撃は最速ではあったが冷静さを失っていたが為、致命的なまでの隙を生み、そこをアキトの一撃が貫く。
 それは右足の踏み込みと共に全身の力を全て右腕に乗せて打ち込む必殺の拳、(ヌキ)
 拳はシノノメの右胸を打貫いていた。

 

 対峙する2人。
 シノノメは方膝を着き肩で息をしつつも、その視線だけは鋭さを失っていない。
 対するアキトは、一度だけ流血を確認するように顔の傷に指先を這わせると後は只、悠然とした姿勢でシノノメを睨んでいた。

「テメェ、痛くはネェのかよ」

「俺の体から痛感を奪ったのは誰だ?」

 声色に弱さは無い。
 額からの傷は、その位置故に出血こそ派手ではあるが刀傷としてみればそれ程に深くは無い。
 出血による体力の低下も、まだ何とか看過出来る範囲に収まっている。
 ただ流れ出た血が目に入って視界が遮られている事が問題ではあったが、それでも余裕があった。
 何故ならこの時点でアキトの目的は半分以上達成されていたのだから。

「ケッ、自業自得かよ………畜生」

 吐き捨てる様に言い放つシノノメ。
 蓄積したダメージによって力の入らぬ膝を数度と殴って叱咤して立ち上がると、刀を正眼に構える。
 そして微笑を、真っ赤に染まった唇の端をニィっと歪めて小さな小さな笑みを作る。
 まだ目は死んでいない。
 力強くアキトを睨む。

「だが今ので貴様の動きは判ったぞ。そして狙いもな。ああ、少しばかり持久戦で行こうじゃないか?」

 自分がダメージの蓄積で体力を大幅に消耗している事と同様に、アキトも又、体力をかなり消耗している――その事にシノノメは気付いたのだ。
 今までアキトが先手を取らなかった理由は、木連式柔だけが理由では無く体力の消費を最小限度に抑える為であったのだと。
 それが判れば後は簡単だった。
 引きずり込めば良いのだ、消耗戦に。
 一撃必殺を狙う大振大技では無く小技を中心とした手数の攻撃で攻めれば、アキトは容易に限界へと達する事になるだろう。
 致命打を狙わない攻撃ではあっても、素手で刀を捌く事は神経をかなり消耗する行為なのだから。
 嘲るように笑うシノノメ。
 だが、その余裕は直ぐに霧散する。

「………そうか、ならば此方から行こう」

 その一言と共に何の溜めも無く、アキトが一気に動き出したのだから。
 走りながら低い姿勢をとり、上へと勢いを付けて打ち上げる様に攻撃を放つ。
 それは大魔刃を全く恐れていない様な潤滑な動作。それ故に、シノノメは対処が遅れた。

「なっ!?」

 一分の容赦も無い、顔面を狙った強襲打。
 掌底がシノノメの顎を捉えた。

鈍音

 低重力環境故にか、派手に吹き飛ばされるシノノメ。
 受け身も出来ずに、数度バウンドして止まる。
 絶好の好機。
 だがアキトには追撃するだけの余力は無かった。
 崩れるようにしゃがみ込むアキト。
 その足元に赤い血溜りが広がっていく。
 アキトの左足太腿が斬られていた。
 シノノメの置き土産だった。
 己に迫った掌底が避けられぬと悟った時、シノノメは被害を抑える事よりもアキトに相応の打撃を返す事を選んでいたのだった。
 不完全な姿勢と動作だった為、高い防刃能力を持ったステルスマントの防御力とも相まって、それは致命打とは成りえなかったが、それでも限りなく致命傷に近い傷をアキトに与えていた。
 それはアキトの荒い息遣いにも現れていた。
 対するシノノメは、頭を抑える様にして身を起す。
 アキトの体力的な限界か、或いは掌底の方向が悪かったのか、シノノメは脳震盪を起しては居なかった。

「これが限界かテンカワ・アキト。残念だったな――俺の勝ちだ」

 だが言葉ほどにシノノメにも余裕は無い。
 血糊のついた大魔刃を杖代わりにして立ち上がるが、その動きは著しく緩慢であった。

「ゼヒィ…ゼヒィ……ハァ………………ハァ………いや……そうでも無い」

 顔を上げるアキト。
 その瞳には今だ、強い意志が残っていた。
 傷だらけの満身創痍ではあったが、それでも尚、戦意は失ってはいなかった。
 それがシノノメを苛立たせる。

「どうやってだテンカワ・アキト! もはや動く事も出来ないだろうが、強がりを言う!! 敗者はそれらしく惨めに振舞え!!!」

「敗者は………オマエだ」

 暗い笑み。
 そして無傷な右腕、その指を鳴らす。

快音

 それが合図だった。
 響きが消えるよりも先に、ブラックサレナHaの健在な左脚に装備されたCIWSが焔を吐いていた。

 

 

2004 8/21 Ver2.02


<ケイ氏の独り言>

 遅くなって申し訳ありません皆様、約2ヶ月ぶりの投稿をさせて頂きますケイ氏です。
 諸々の事情で色々とやっていたら、かなり遅くなってしまいました。
 申し訳ないでしたm(_ _)m

>代理人さん
 えー其処まで広くも深くも無いと………と、嬉しいのですけども(お
 でもまぁ、その、普通じゃ無くても面白ければ良いかなぁとか多少は、開き直ってみました。

(で、白兵戦分が増量と云う辺り、救いが無いな>自分
 と云うか、そもそも、面白いかどうかが一番難しい訳で、撤退するつもりが、敵の一番堅い所へと突進する感じで………矢張り、薩摩の血かなー<多分違う)

 兎も角、これからも読みやすく面白いSSを書ける事を目指しますのですね。
 脱字誤字、てにおはに関しましても、ルビ等と一緒で、もっと精進していきたいと思いますので宜しくお願いします。
 ご指摘を頂いた台詞回しのおかしさに関しましては、一旦本愚作「序章」が完結してから行いたいと思いますのでご了承下さいませ。

 

 まっ、それはさておき、久々の白兵戦………(;´Д`)ハァハァ
 やっぱこう、何、一歩間違うと身の削られる様な戦いが面白いと云うか、興奮して緊張すると云うか(お
 血沸き肉踊るとのはこゆう感じですかねー。
 久しく忘れていた感じがヒシヒシと………
 だから、当初の予定を大幅にオーバーして約2.5倍と云うナンつーか、あほらしいまでの大きさに成長させていまいました。
 隠れて戦っただけなのになー(遠い目

 でも本当はですね、私は違うのですよ?
 もう少し穏便な話が書きたいです。
 死ぬほどマターリしたぬるぬるでもみゅもみゅでぷにょぷにょなSS辺りを(かなり無理

 では皆様、また次なる愚作にて。

 

 

 

代理人の感想

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁ、その。

人間、自分の事は中々見えないわけですしね?(核爆)

 

で、感想ですが今回も面白うございました。

読んでて筆が乗ってるのがわかりますねー。

ただ、機関拳銃とアキトの左頬の伏線がそのままになってますが、これは次回以降に続くのかな?

どう言う風に繋がるのかさっぱり予想できないので楽しみです。

ではまた。