「第一次火星会戦から一年余り、既に火星や月は敵の勢力下だ。まっ、そこら辺を今更述べる必要は無いと思うけどどうかな?」

「はっ」

 広い部屋。
 明るい内装が施され、家具は申し訳程度に置かれている。
 只、常には光を存分に受け入れるであろう広く取られた窓は、分厚い防諜加工の施されたカーテンが閉ざしていたが。
 この部屋はアジア圏有数の軍需企業体、ネルガル・グループの会長室であった。

 部屋に居るのは3人。
 豪奢な椅子に腰を下ろした軽い雰囲気を漂わせた髪の長い男と、その正面に立つ巖の如き雰囲気を持つ偉丈夫。
 そして偉丈夫の隣には、にこやかな笑みを顔に貼り付けた中年の男が立っていた。

「スキャパレリプロジェクト、聞いた事はありますね。その責任者に貴方が抜擢されたのです」

「私がですか、あー……ミスター?」

 隣に立つ人物が時や場所によって幾つもの名を使い分けている事を知っていた偉丈夫、ゴート・ホーリーは窺う様に尋ねた。
 男は表向き、総務部の部長補佐と云う事になっては居たが、それだけの男では無い事をゴートは知っていた。
 そして又、ネルガル・グループの会長の信任が厚い事も知っていた。
 それらを知って尚、ゴートの言葉には阿る響きは無かった。
 それがゴート・ホーリーと云う男であった。

「プロスペクターと呼んで下さい。まっ、ペンネームみたいなものですが」

 ゴートの示した自分への敬意。だが同時に阿る色の無いその態度に、プロスペクターはゴートへの人物評価を若干上方へと修正しながら応える。
 交渉者としての習性からか、その表情は小さな笑顔のままであったが。

「言ってしまえば、わが社が火星に投入した人材、機材、研究成果、その他を回収してくる計画ですな。それに、技術アピールと云う目的も在りますが、こちらの方は北崎グループと組んだ相転位炉の量産計画が稼動しつつありますからそこまで考慮する必要は無いでしょうけども――ね、会長?」

 プロスペクターに言葉を向けられた軽薄な雰囲気の男は、その外観を裏切らない口調で口を開く。
 だがその内容は軽佻浮薄と云うものでは無かった。
 当然だろう、男は日本のみならずシンガポールや台湾、マレーシアと云ったアジア諸国の企業を纏め上げて生まれた巨大企業、ネルガル・グループのトップに立つ人間だったのだから。
 名はアカツキ・ナガレ。
 浮ついた雰囲気の下に大企業の支配者としての冷徹さを潜ませた男だった。

「ま、ね。北崎には幾つか譲歩をする形にはなったけど、お陰で連中の知識や経験、それに沖縄工場が使える事になったからね。そこら辺は流石は軍需大手と言った所かな。学ぶことが多かった訳さ」

 ウチの軍需部門は元々が下請け系だからねと笑うアカツキ。
 事実だった。
 老舗と言ってよい三菱や北崎と比べ、ネルガルはグループ創設から30年程度の年月しか経ていない、言わば新興の企業だったのだ。
 老舗との提携によってネルガルは製造工程から品質管理、他様々な分野で民間を相手にするのとは異なる、軍事組織を相手にした商売のノウハウを吸収していっているのだ。
 その集大成が、現在、大神工廠にて1番艦の建造が進められているBf-01号計画型艦――相転位炉搭載型戦艦であった。
 それは、開戦以降相次いだ戦闘にて失なわれた戦艦群の補充用として計画された戦艦だった。
 基本設計の一部に北崎とスペイン・イサル社が協力していた本級は、ネルガルにとって軍需産業大手へと自らが達した事を世に宣言するものであった。
 今だ級名未定であったが先行きが暗い訳では無い。
 連合宇宙軍調達本部より内々に、先の第5次衛星軌道(ナナフシ)会戦にて奮戦し戦没したライオン級戦艦3番艦ザイドリッツの名を襲名するとの連絡を受けていたのだから。
 ザイドリッツは会戦後半の混乱を抑えたヘルガ・アデナウワー少将や、ナナフシに肉薄攻撃を敢行してクルスクへの降下を阻止した47機のディルフィニウム機部隊と並んで、その自己犠牲的献身をもって宣伝された艦であった。
 その勇者の名を与えられたのだ。
 Bf-01号計画艦(ザイドリッツ・クラス)に対する、連合宇宙軍の期待の高さが窺えると云うものだろう。

 尚全くの余談ではあるがネルガル・グループ内にも、個々に軍需で糧を得ていた企業もあったが、その大半は大手とは言い難いのが現実だったのだ。
 それが今では大手の機動兵器と互して艦隊防空用の新型機を提案する様にもなってきているのだ。
 隔世の感ありと言っても過言は無いだろう。
 特にその全領域機動兵器体系(A.R.M.S)、機体名“エステバリス”の商談の手応えは良好であるともなれば。
 ネルガルの未来は上々だと言えるだろう。
 にも関わらずアカツキは手綱を緩めるつもりは無かった。
 更なる前進をする為に。
 尤も、その事を率直に言える程にアカツキの性根は真っ直ぐではなかったが。

「それは兎も角、火星のオリンポス研究所のひと達はかなり貴重だから万難を排して頑張って欲しい。ああ特に主任のイネス・フレサンジュ博士はその能力もだがボディラインが素晴らしくて、ね」

「確かに、美人は人類共通の財産ですからな」

 アカツキの軽口に、無表情のままに答えるゴート。

「連合宇宙軍との話はつけてある。幾つかの条件を飲むことで火星行きも了承済み、まっ、その分オブザーバーが乗り込むから、ゴート君的にはやり辛いかもしれないけど、宜しく」

「監視役ですか、しかしスキャパレリ・プロジェクトの詳細、連合宇宙軍に通達されたのですか?」

 軍を差し置いて、火星に行くと云うのだ。
 正規ルートで話を持ちかけたとしても、断られる可能性が高いだろうとゴートは踏んでいた。
 そして何より、ネルガルは表よりも裏側の交渉事が得意過ぎるのだ。
 それを鑑みれば、この火星行き(スキャパレリ・プロジェクト)は厄介事以外、何も生み出さないだろうと思えていた。
 そんなゴートへの返答は、意外なものだった。
 大体はね。
 そう言ってアカツキは笑ったのだ。

「まっ民間で重武装の船を動かそうとしたら当然、それなりの根回しをしないといけない訳だ。お馬鹿な本社重工の社長さん達みたく、連合宇宙軍をだまくらかして、なんてしたら後のビジネスが面倒に成る」

 その言葉にゴートは、自分が会長室付特別監査部として会社から追放した、ネルガル重工社長の顔を少しだけ思い出した。
 その時は、会長特命として何も考えず、何も知らず、只、言われたままに動いた。
 殺す積りなど無かったゴートに必死に命乞いをした相手。
 そんなに自分は怖い顔をしているだろうかと、考え込んだことを思い出し、小さく笑ったゴート。
 そんな埒も無い事を思い出したのは一瞬。
 その、余りにも小さな笑みを知覚出来た者も居ないだろう。
 そして如才なく、言葉を濁す。
 対して、アカツキは益々胡散臭い笑みを強くして言い放った。

「知ってるかい、商売の基本は信頼関係なのさ」

 

 


 
機動戦艦 ナデシコ

MOONLIGHT MILE

 

第一幕 Arc-Light
Ua

Shattered skies


 

 

――T――

 

 

――その5ヶ月前

 空は何処までも蒼かった。
 乾いた空気が何処までも空を高いものと思わせる。
 それは(そら)宇宙(ソラ)の境界が曖昧である事を、見る者に教えていた。
 そんな空の下に連合宇宙軍の基地があった。
 2000m級の滑走路を3基も備え、大小様々な施設が設置されている。
 それは豪州東部。スペンサー湾に面し、湾を利用して宇宙艦の接岸設備すらも整えられた複合基地、それがトリトン基地であった。

 

 広がる宇宙。
 全てが遠く、果てし無く広がっている。
 駆け抜ける4機のディルフィニウム。
 薄灰色の低視認性塗装の機体、その後部に設けられた巨大な推進器部には黄色いラインが入っている。
 その敵は、ディルフィニウム。
 此方はくすみの無い、真っ白な機体。
 赤いラインが、機体を引き締めて見えさせる。
 撒き散らされる推進剤が、漆黒の宇宙に白い軌跡を刻み込んでいく。
 戦力差は圧倒的。
 4機で1機を相手とするのだ。
 本来であれば余裕で勝利せねばならない所であったが、この戦いで4機は余裕どころか必死、それも落とされない様にするだけで精一杯と云う有様であった。

『畜生、後に………誰か、誰かっ!』

 悲鳴が上がる。
 襲われている機に支援をすべき列機は、既に追い払われた後だった。
 直ぐに戻ろうとしてはいたが、その定位置に戻る前に、相方は粉砕された。
 それが最初の被撃墜機。
 4機がかりで何とか互角だったのだ、その天秤の重みが喪われてしまっては、情勢が容易に決するのも当然であった。
 3機は、それまでの粘りを忘れたかのように瞬く間に駆逐されていた。

 

 大きな部屋。
 だがその装飾は機能的と云うには余りにも簡素過ぎる、そんな場所だった。
 トリトン基地、第3講義室。
 其処に今、40人近い男女が集まっていた。
 全員が薄茶色の、連合宇宙軍乾燥帯勤務者用のツナギを着用している。
 胸には、トリトン基地教育隊のワッペンが縫い付けてある。
 彼等はトリトン基地で教育を受けている新人パイロット達であった。

「これが模擬戦の解析だ、取りに来い」

 ツナギの上に濃緑色のジャンパーを羽織った男、教官のベテラン将校のサウス・バニング大尉が声を上げる。
 トリトン基地で何年も若手パイロット達を鍛えてきた熟練パイロットの声は、やや擦れていたが良く通り、その声を聞き逃す者は居なかった。
 それまで肩を落して椅子に腰掛けていた4人の男が、顔を上げる。

「シケた顔をするな。死んでいないことを喜べ。次があるんだ。不貞腐れるよりも自分の弱点を把握して、それを克服する事を考えろ」

 不揃いに頷く4人。
 正に不承不承の風であった。
 そんな教え子の姿に苦笑するバニング。
 確かに、割り切れないかもしれないなとも思う。
 この4人は、今の訓練生の中では一番に腕が立っていた。
 それも当然だろう、他の人間は殆ど新兵であったのに、この4人は一度軍に居た事もある、再志願兵だったのだから。
 当然、配置は機動兵器乗り(パイロット)
 故に自信があった。
 にも関わらず、それを粉砕されたのだ。
 それも、自分たちよりも遥かに若い――幼いと言って良い相手に。
 チラリと後を振り返るバニング。
 そこに、たった1人で4人を叩きのめした相手、テンカワ・アキトが、バインダーを手に面白くも無さそうに立っていた。
 その胸には、真新しい上級特尉の階級章が縫い付けてある。

「何か?」

 バニングの視線に気付いたアキトが小さく尋ねた。

「いや、ご苦労様と思ってな」

「この程度は。しかし彼等4人もスジは良いです。叩けば伸びるかと」

「そう評価して貰えれば在り難い。俺も評価はしていたんだが最近少しばかり天狗になっててな。良い薬だよ。今回の事は」

 俺の教育が悪かったのかもしれん。と苦笑するバニング。
 それをアキトは否定する。
 確かに4人はアキトから見てもスジは良かった。
 機動兵器の戦い、その基本はしっかりと抑えていた。
 連携も不完全ながらも、訓練開始から2週間と云う期間を考えれば十分に取れていると言えるだろう。
 だがそれ故に、この教育隊と云う狭い井戸の中で有頂天になっていたのだ。
 それはバニングの責任ではない。
 バニングも腕は確かだが、彼が叩きのめすだけでは、教官と云う役職故に訓練生達からは別枠として見られてしまい、十分な教育の効果が発揮されないのだ。
 その事を理解したが故にバニングは、休養と再編の為にトリトン基地を訪れていた部隊、先の戦いで武名を高めた第2321軌道上の護手(ヘル・ダイバー)中隊に協力を要請したのだ。
 そして第2321中隊の指揮官ジャック・F・ウッドブリッジ少佐、通称ロストマンはバニングの要請に、中隊で最も腕の良いパイロットを回す事としたのだ。
 そう云う訳でアキトは、時折り、模擬戦で新人パイロットの相手をする事に成っていた。

 

 鳴り響く電子合成音が、開放された窓から入ってくる。
 潮気を含んだ暑い風がカーテンを弄る。

「面倒を頼んで悪かったなテンカワ」

「楽しくはあります。自分を見直す事にもなりますから――あぁ、有難う御座います」

 差し出された珈琲入りのマグカップを手に取るアキト。
 自分も手にマグカップを持って、教官室備え付けのソファに腰を下ろすバニング。
 ゆっくりと匂いと味を堪能する。

「ブラジル産の豆が久々に手に入ってな。ああ、この匂い、代用珈琲では駄目だな」

「地球の豊かさを感じますね」

「そう言えばテンカワは火星出身だったか」

「アッチは珈琲なんて嗜好品は常に不足していましてね。代用どころか合成した珈琲が精一杯でしたよ」

 小さく笑うアキト。
 成分こそ大差は無いものの、味は泥水と云う形容詞が似つかわしい合成珈琲。
 だがそれよりもアキトの目は過去を、幼子に渡した蜜柑を思い出していた。
 たった一つの蜜柑に、渡したアキトが恥ずかしく思える程に喜んだ、その愛らしい姿を。
 火星は全てが乏しかった。
 生活必需品に不足は無いが嗜好品は極めて少なかったのだ。
 生きていくだけで精一杯。誰もが明日の豊かさを糧に、汗水流して星を開拓していたのだ。
 果物の様な天然の甘味を味わえるのは、本当に贅沢な事だったのだ。
 それを思えば、地球の豊かさには目も眩みそうになる。

「すまんな、少し無神経だったか?」

 何とも言い難い表情で頬を掻くバニング。
 アキトはゆっくりと頭を左右に振ると呟く。
 もう過去の話だと。
 それは、まるで自分を納得させる為の言葉だった。

 

 

 未整理の書類に埋め尽くされた机、その前でロストマンは煙草を燻らせている。
 ゆっくりと吸い、そして吐く。
 宇宙では絶対に出来ない贅沢、それを存分に味わっていた。
 足を組み、腕は胸の上で組んでいる。

「今日はご苦労だったな。昼からも参加したんだってな。バニング大尉が感謝してたぞ」

「教え甲斐のある連中でしたからね」

 それに暇だったし、と付け加えるアキト。
 今日、アキトが新人教育に協力するのは午前中だけで良いのでとバニングに言われていたのだが、昼からも特にする事も無かったアキトは積極的に、新人達の訓練に協力していたのだった。
 兵員の消耗の激しさから大きく拡張されたパイロット訓練プログラム。
 それ故に教官役は慢性的に不足していたので、アキトの参加は諸手を上げて歓迎されていた。

「転属でも志願するか、アキト。教え方が上手かったと聞いたぞ」

「世辞ですよ世辞。少し手伝ったから褒めて貰えただけですよ」

「違うな。バニング大尉は滅多な事では他人を褒めない。少しは自信を持て」

 ロストマンも又、パイロット徽章を取る時にバニングの教育を受けていたのだ。
 それ故に、バニングの褒めると云う行為がどれ程の評価をその裏に抱えているか知悉していた。
 謙遜する事は無いと言うロストマン。
 其処まで言われたアキトは、何とも気恥ずかしそうな表情を見せる。

「素質があるって事だろうな」

「素質?」

「ああ。正規士官(オフィサー)のな」

 そう言ってロストマンは机から一枚の紙を引き抜いた。
 それは士官技能訓練校への推薦書だった。
 士官技能訓練校とは、戦時志願兵の特尉待遇者で才能のある者に正規士官としての教育を施す場所であった。

「拘りがねえなら、ナンだ正規士官(コッチ)に来ねえか?」

 

 

 差し出された手。
 それを振り払う事は簡単な事だった。
 だが同時に面倒な事でもあった。
 だからアキトは、深く考える事も無く握っていた。

 

 

――U――

 

 

――その2ヶ月前

 強い日差しが、容赦なく大地を焼く。
 正しく酷暑。
 だがその暑い日差しの下で濃緑色の作業服を着た若者達は、自動小銃(アサルト・ライフル)を手に駆け回る。
 足場の悪い場所を全力で走る。
 膝程度の高さで張られた網の下を這い回る。
 様々な障害物を乗り越えていく。
 汗だくになりながら走る、走る。
 OD色のTシャツを汗で変色させながら、必死になって。
 少しでも遅れようものならば容赦の無い罵声が飛ぶ。
 ここは士官技能訓練校極東分校。
 日本は本州西部、広島は江田島。
 世界3大海軍士官学校の1つに上げられている、日本海軍士官候補生学校(エダジマ)に併設する形で設けられた、訓練校であった。
 伝統と栄光に溢れた学びの場。
 だが訓練生にとっては、地獄と同義の場であった。

 セミの鳴き声が、無情の響きをもって人の耳朶を打っていた。

 

 木陰の下、頭から水を被った若者達が涼んでいた。
 喘ぐ様に息をする者。
 僅かばかりの時間を利用して目を瞑る者。
 おしゃべりに興じる者。
 様々であった。

「畜生、詐欺だ。俺は連合宇宙軍に志願した筈なのに。なんでこんな、地べたを這いずり回る羽目に」

 怨嗟の声。
 だがそれに賛同する者は居ない。
 誰もが、この訓練の意味を理解していたし、そもそも訓練生達は基本的に志願者であったが為、程度の低い不平不満を口にする者は居なかったのだ。
 結局のところ、この怨嗟の声とて駄弁の類である事は発言者自身が自覚していた。
 故に投げかけられた声は、何とも気の抜けたものだった

「あーはいはい。主張は判ってるから黙って寝とけ」

 だが声の主が暢気に寝転がって居るかと思えばさにあらず。
 数人の訓練生と共に熱心な議論を繰り返していた。
 今まではバテて倒れていた訓練生たちも、2ヶ月以上の訓練によって激しい訓練の後でも議論をするだけの体力を得ていたのだ。
 ここ最近は、訓練の合間に議論する事が日常化しつつあった。
 そして白熱化すると共に、いつの間にか大多数の訓練生が参加した議論へと変わっていくのだ。
 議題は当然に戦闘関連、そして本日の議題は地上に於ける対無人機戦闘に関してだった。

「戦車でやるのは簡単だったぞ。105o電子熱砲なら当たったら即、バラバラだ」

「FCSの方はどうなんだ? 地上での奴等、動きが早いんじゃないのか」

 当然といえば当然の疑問。
 地球連合惑星軍が、木星蜥蜴の無人機に負け続ける理由は、兵器の性能差。
 誰もがそう思っていたのだから。
 だがそんな印象を男は笑い飛ばす。

「問題なし。虫は上下にピョンピョン跳ぶが、それだけだったな。照準ロックすれば後はドン、外れる事は無い」

 男は、戦車兵上がりだった。
 本来は戦車では無く機甲科の整備部隊に配属されていたのだが、開戦直後の劣勢――状況の悪化と人手不足で戦車部隊に乗り込む羽目に成っていたのだ。
 最初は戸惑いの連続だった。
 失敗も多かった。
 戦車兵とはスペシャリストであり、そこに右も左も判らぬ奴が組み込まれてまともに出来る筈が無かったのだから。
 だが、状況の悪さがそれを求めた。
 故に男は、戦車兵となっていたのだ。

 尤も、それはこの男に限った話では無かった。
 ここに居る誰もがそれぞれに過酷な実戦を潜り抜けた兵士達であった。
 兵士としての資質は十分、指揮官に成る為の能力を身につける為に此処に集ったのだ当然かもしれない。
 先程の怨嗟の声を上げた男も、歩兵として一角の戦果を上げた一級の兵士だった。

「率直な質問だが、なんで負け続けているんだ。戦車なら楽勝なんだろ?」

 率直な言葉に、戦車兵上がりは苦笑して応えた。
 戦車の数が少なすぎるのだと。
 今、地上で運用されている第5世代級主力戦車の総数は、約3000両。
 この数字自体はなかなかに立派なものではあったが、地球全域をカバーするにはとても数が足りていなかった。
 そもそも海洋国家共同体とユーラシア連合の対立があるとは云えそれ程に積極的な対立では無かった為、お互い地上軍の整備を重視する事は無かったのだ。
 それは連合宇宙軍でも同じことだった。
 連合宇宙軍陸戦隊が整備されては居たが、戦車の様な重装備を与えられた部隊は極僅か。大半は軽装備の治安維持目的の部隊だったのだ。
 対する木星蜥蜴は、その基本に於いて物量戦を仕掛けて来るのだ。
 最低でも200機の集団で行動しており、最大では1000機単位で交戦を行うのだ。
 対する戦車は、良くても10両前後。
 最悪の場合、2両で戦う羽目になるのだ。
 如何に戦車が優秀でも、彼我兵力差が20倍を越えて100倍にも達していては、抵抗するしない所の話では無かった。
 しかも、昆虫は運用の柔軟性が高い。
 平野ならまだしも、都市など遮蔽物の多い場所で交戦する事は困難と云うよりも悪夢であった。

「本来は、機械化歩兵なんかで支援するんだが………歩兵の手持ちじゃ傷1つ付きやしないしな」

 歩兵上がりが溜息混じりに口を挟んだ。
 戦車の死角を補い、その戦力発揮を助けるのが機械化歩兵による戦車随伴であったが、索敵は出来ても、敵の排除が出来なければ、その価値は低下する。
 歩兵上がりの瞳には、強い疲労感が浮かんでいた。

「俺の居た部隊でも色々とやったが、何をぶつけても駄目だったな。手持ちじゃあの………」

歪曲力場(ディストーションフィールド)

「ん。そのディストーションに弾かれて明後日へだな。小銃から携帯対戦車誘導弾(ATM)でも駄目だな。畜生、いっそ肉薄攻撃でも………」

「踏まれるって。ペチっと」

「だよ、畜生」

 真剣だが、同時に、取り留めの無い会話。
 只の訓練生に結論が出せる筈など無かった。
 1人がフト、周りを見渡す。
 探し人。
 相手は直ぐに見つかった。
 木の根元で寝転がった、ボサボサの髪が特徴的な人物。

「おいテンカワ、宇宙ではどうだったんだ」

「あ?」

 呆と空を見上げていたアキトは、その声に引かれて視線を地上へと降ろした。

 

「宇宙での装備だ、蜥蜴相手にどうだった」

 幾つかの言葉を端折った声掛けに、小首を傾げたアキト。
 歩兵上がりの言葉を、戦車兵上がりが補足する。
 宇宙での戦闘時、装備の不足は感じなかったかと。

「ディルフィニウムは悪い機体じゃない。加速率も操作感も必要十分だが……」

 アキトの脳裏に浮かぶのは嘗ての愛機たち。
 エステバリスやブラックサレナ、そしてブラックサレナHa。
 それらに比べてしまえば、ディルフィニウムは確かに力不足であった。

「だが?」

「機銃の威力不足だな。20oじゃ正直、辛い」

「2321だったけ、テンカワの原隊」

「ああ。第3艦隊(オービット・フリート)、トラック泊地部隊だけどね」

「て事は、前のナナフシ戦も?」

「一応、参加したよ」

 謙遜も無しに、淡々と告げるアキト。
 だが聞いた側はそれ程淡々と聞けたものでは無かった。

「って事はアキト、まさかお前、軌道上の守護者(ガーディアン)の生き残りか!」

 その大仰な呼称に、少しだけ気恥ずかしげに笑うアキト。
 ガーディアン。
 それは、ナナフシ戦の最後に於いて危険を顧みない肉薄攻撃を敢行した47機のディルフィニウム隊に付けられた名誉称号だった。
 47機、47名が参加。
 だが生き残ったのは22機、22名。
 生存率47%。
 2人に1人は帰る事の敵わない最悪の戦場。
 軍事的に見て、組織戦闘能力を喪失して当然の被害。だが彼等は任務を果たしたのだ。
 故に英雄。
 但し、生き残った者達が自ら、その名で己を表す事は無かったが。

 苦笑いを浮かべるアキト。
 そして字名の話題を逸らす様に、先程の話題を続ける。
 航宙機の兵装として20oは限界だと。
 多くの者は、話に乗りやすい技術的な話題へと話題が変わった事を喜び、一部の者は目立たなかった同期生が、実は英雄であった事実に僻みを覚えながら、話の中心が英雄から逸れた事を喜んだ。
 そして極々一部の者は、アキトの浮かべていた苦味の在る笑み、その意味を誤る事無く理解し、話題が変わる事を積極的に手伝っていた。

「矢張り大口径化は必須か」

「だがどうやって装備する? 大口径砲の定番、機体の軸線に取り付けては、射角が狭すぎる」

「手か?」

「莫迦な、現行機のマニピュレーターで大口径砲をぶっ放した日には腕がもぎ飛ばされるぞ」

「機体の機動も乱れ果てるしな。現行機の重力制御水準じゃ76o以上の砲の反動を吸収しきる事は出来ねぇぞ」

「無理か――」

「無理だな。そもそも動力(パワープラント)の出力が足りない。特にディルフィニウムみたいに小型の補助動力(AP)で重力制御用のエネルギーを賄ってる場合、決定的に足りない」

「じゃミサイルか? 虫の歪曲力場(バリア)を貫くミサイルが開発されたんだろ?」

「だな、ミサイルの時代って奴だ」

「お前らもう少し新聞を読め。開発された歪曲力場貫通弾頭誘導弾(ペネトレーター)は全長10mを超える大型弾だぞ。虫みたいな小型機に使えるかよ」

「そこは開発者をこき使って猛烈な小型化をだな」

「無理」

 取り留めの無い会話。
 それを打ち切ったのは、人の神経を掻き乱す重い響きをもったサイレンの音色。
 それは無人機の接近を知らせる警報だった。

 

『空襲警報! 空襲警報! 無人機、約20機が接近中。対空戦闘用意、訓練生は直ちにシェルターへ避難しろ! 防空隊は無人機が江田島を狙って来た場合にのみ発砲を許可する』

 スピーカーが叫ぶ。
 教官や訓練生達が動き回る。
 どちらかと言えば訓練生の方が動きが早いのは、実戦の経験の差かもしれない。
 訓練生達はテキパキと集合し、点呼まで取っている。
 対して教官達の多くは、右往左往したり、呆然と空を見上げていたりする。

「狙いはウチか?」

「まさか、呉だろ。連中の思考ルーチンが腐ってない限り、呉が健在なうちはコッチには来ないさ」

「そう言えば青島も先週、壊滅したんだっけか。呉ももう終わりか」

「莫迦野郎、それでも帝国軍人か」

「俺は箸よりも重いものは持てないんだよ! 日本刀を持って歩くなんざ真っ平御免だ」

 漫才の様な会話繰り広げる訓練生達。
 だがその動作に淀みは無い。
 事前に定められた避難所に集まるとクラス毎に点呼を取り、人員の確認をする。
 その時だった。
 激しい衝撃が避難所を襲ったのは。
 誰もが反射的に床へと身体を投げ出す。
 揺れは数秒で収まった。

「被弾か?」

「着弾だ、馬鹿」

 埃の舞っている避難所。
 何処かで何かが燃えている匂いがする。
 視界が悪いその最中でも油断無く周囲を見渡している歩兵上がりが、戦車兵上がりの科白に突っ込む。
 2人とも、怯えは無い。

「建物の頑丈さに助けられたな。だが崩壊する危険があるな。地下退避壕に移った方が良いだろうな――教官の許可が居るが」

「面倒だな。予備シェルターと呉基地の予備発令所を兼ねている辺りが予算逼迫を思い出すよ。財務省の莫迦野郎だ」

 江田島には、連合宇宙軍や連合地球軍海上部隊、そして日本国海軍や海洋国家連合極東艦隊までが駐留する大規模基地の、予備発令所が設置されていたのだ。
 一応、副次的に江田島学校の学生や訓練生を収容出来る様にもなっていたが、それは非常時にのみ許可される行為であり、平時の立ち入りは禁止されていた。
 それは非情な判断かもしれないが、必然でもあった。
 呉要塞とも通称されている、呉から柱島、岩国そして安芸灘にまでに広がった本基地は、日本防衛はおろか東アジア防衛の要でもあったのだから。

 だが重要性で言えば、学生や訓練生も決して疎かにして良い存在では無い。
 彼等が次世代の連合宇宙軍を、明日の戦場を支えるのだから。
 避難所の壁に走るヒビ。
 それは線では無く、もはや亀裂と呼べるサイズに成っている。
 一刻の猶予も無かった。

「おう、2人とも。怪我は無いか?」

 のっそりとした雰囲気の男が声を掛けてくる。
 本業は主計だったのだが運悪く配属先の基地が攻撃を受け、戦闘に巻き込まれて歩兵や救護兵の真似事をやっていたと云う訓練生だ。
 渾名はオヤブン。
 この中では一番に年齢が高く、それ故に自然と訓練生のまとめ役も行っている男だった。

「無い。他の連中は?」

「運の悪い奴が5名、骨を折ってるな。だが重傷者はそれだけだ。後は裂傷やら擦過傷やら、軽症だ。お前らも無事そうだな」

「悪運は強くてな。それよりオヤブン、地下退避壕の使用許可を求めよう。危険だ」

「そっちは問題ない。テンカワに行ってもらった。アイツはアレだ、英雄だってんで、教官の受けが良いからな。無碍にはされんだろ」

「知ってたのかオヤブン?」

「テンカワか? 部隊ナンバーで判るさ。お前らもまだまだだな」

 オヤブン、本当の所は教官からアキトの素性を教えられ、それとは無く便宜を図って欲しいと言われていたのだが、その事をおくびにも出さぬ辺りは、年齢故の老獪さと呼べるだろう。

「さて、怪我人に付いていてくれ。地下シェルターの入り口は少し遠いからな。担架も出来れば、な」

「了解」

 

 

 地下シェルターの使用許可を得たアキトは、そのまま地下シェルターの入り口へと向かっていた。
 走るアキト。
 目指したのは校庭の一角。
 木々が生い茂り偽装ネットまで被せられた場所。そこが地下シェルターの入り口だった。
 訓練教程の一環、基礎体力作りで体力の付いたアキトは息を乱す事無く入り口へと到達すると、入り口の直ぐ脇に設けられていたパネルを叩いて教えられた暗証番号を入力する。
 画面に写る照合確認の文字。
 入り口を塞いでいた分厚い耐爆扉が音も無く開いていく。

「電気――水――食料――医療品――全部問題なし。後は、連中が来るのを待つだけか」

 内側の端末で中の状態を確認したアキトが、安堵する様に呟いた時だった。

轟音

 激しすぎる音に誘われ、後を振り向いたアキト。
 その視線の先で砂埃が舞い、そして割れる。
 見えない何かが校庭を駆け抜けてゆく。
 衝撃波(ソニック・ブーム)
 空気が割れたのだ。
 それがアキトの所へも到達する。
 激しい衝撃。
 砂や小石が身体に当る感触。
 アキトは、腕で顔を保護しながら耐えた。
 そして数秒で衝撃波は去った。
 だがそれが、危険が去った事を意味しない。
 万が一、無人機がこの地下シェルターの位置を知覚した場合には、襲撃を受ける危険性があるのだから。
 アキトは地下シェルターの入り口の棚に並べられていた自動小銃を掴むと、その弾倉(マガジン)を引き抜いて確認。そして予備にもう1つ掴むとズボンのポケットへと差し込む。
 そして最後に、棚の上に備えられていた通信機を取って耳に嵌める。そして無線機で学校の教官室に連絡すると偵察に駆け出した。

 遮蔽物に隠れながら、校庭を確認するアキト。
 今の所は無人機が降りて来る気配は無い。
 次に空を見上げる。
 そこは、戦場だった。
 黒煙が空を蔽う中、無人機と戦闘機とが戦いを繰り広げ続けていた。
 縦横無尽に飛び回る無人機に対し、戦闘機は四苦八苦しながら追従し、或いは逃げ回っていた。
 あの機体では勝てない。
 確信にも似たものを抱くアキト。
 飛ぶのは、直線主体のボディラインを持った連合地球軍の主力戦闘機JF-9シュヴァルベ、日本空軍でも採用された機体だった。
 空戦能力とステルス能力とを両立させ、更には対空戦闘から対地攻撃、偵察任務までを十分にこなすJF-9は、働き者の燕(シュヴァルベ)の名に相応しい名機であった。
 設計は欧州、北欧系企業が中心となって開発された統合戦闘機。
 その優秀さは、主力航空機に関して国産主義を標榜するアメリカが、本機を支援戦闘機の名目で採用した所にも現れていた。
 その機体をアキトは不足と評する。
 だがそれは覆しようの無い事実であった。
 1機、シュヴァルベが黒煙を曳いて落ちる。
 鋭利な直線で構成された機体をバラバラにしながら、一直線に堕ちる。
 閃光。
 山越に、落ちたと思しき場所が激しく光るのが見えた。
 今、大空を占めるのはカナブンと呼ばれる無人機。
 そして、その支配の隙間をシュヴァルベは飛んでいるのだ。

「我が友軍、落とされてるな」

 アキトの後から来たのはオヤブン。
 その独特な足音から、誰が来たのかが判っていたアキトは振り返らずに応える。

「避難は終ったのかオヤブン?」

「ああ。問題は無い。で、教官からお前が偵察に出たって聞いてな、俺も物見に来たんだが………酷いな、こりゃぁ」

 空を見上げて口篭るオヤビン。
 空軍部隊は、控えめに表現しても壊滅状態であった。

「パイロットの腕、じゃ無いよな?」

「当然だな。迎撃の連中、腕は良い。機体の挙動は見事だし、被弾した時にも機体の落下先を考えてから脱出(ペイル・アウト)している。残骸が市街地に落ちないように。お陰で何人かは脱出しそこねている有様だ、本当に一級揃いだよパイロットは」

「畜生、漢だな奴等も。て事は機体かテンカワ、問題は」

 口元に上がる苦味を笑みとするアキト。
 そして肯定する。
 シュヴァルベが悪いのではないがと前置きをしつつも。

「問題は相性だとも言える」

 対空戦に於けるシュヴァルベの主武装はミサイル。
 徹底したステルス能力を利用し、AWACSの誘導で相手の死角からミサイルを放つ。
 それがシュヴァルベの対空戦闘だったのだ。
 だがそれは木星蜥蜴の無人機には通用しない、しないのだミサイルが。
 ディストーションフィールドによって弾かれてしまい、ミサイルの直撃は不能。
 では近接信管と破片榴弾頭とを使用した場合はどうかと言えば、相手を被害半径に修める事は出来るが、破片程度の小質量ではディストーションフィールドを突破する事が出来ないのだ。
 シュヴァルベの兵装で無人機を落せるのは固定武装の機関砲だけだったのだ。
 にも関わらずシュヴァルベには早期の対無人機兵装が望まれる事となった。
 当然である。宇宙や陸では抵抗出来るのに空では出来ない、出来ませんとは言えない――政治であった。
 或いは面子。
 その、連合地球軍航空隊の面子が、シュヴァルベに恐ろしいほどに単純、言い換えるならば暴力的な兵装を施させる事となったのだ。
 機体開発時に対地攻撃用兵装として試作され、結局は採用されなかった40oガンパック。
 このガンパックを4つ、シュヴァルベ主翼の兵装架(ハード・ポイント)に吊り下げさせる事となったのだ。
 効果自体はある。
 40o砲弾は、カナブンの様な空戦特化で華奢な機体ならば一撃で粉砕するだけの威力がある。
 だが当らなければ意味が無いのだ。
 元々が対地用として開発された砲であった為、対空用として用いるには、弾速が遅すぎるのだ。
 その欠点をカバーする為、又、面制圧を図る意味ででも4つの兵装架にガンポットを搭載してはいたが、それでも補足しきれるものでは無かった。

「ミサイルか………」

 オヤブンが溜息を漏らした時にまた1機、シュヴァルベが落ちていた。

 

 

――V――

 

 

 日当たりの良い、広くて天井の高い部屋。
 時代がかったと言える程、豪奢な装飾が施されている。

「派手になってきているな」

 何処かしら舌なめずりをするが如き雰囲気の言葉。
 言葉を口にしたのはもっそりとした、どこかしら熊にも似た雰囲気を漂わせる男だった。
 その目が捉えているのは、この部屋では唯一、実用性を最優先にデザインされた家具――机に投げ出された今朝の新聞だった。
 見出しには、“連合宇宙軍内の暗闘!”とセンセーショナルな文字が躍っている。

「昔からあった話でも、こう煽られると新鮮だな。世界を知らぬ愚民となれば特にそう感じられるだろう」

 よく肉の付いた頬を歪めたその笑みは、正しく嘲うが如く。
 新聞の内容は、連合宇宙軍内での派閥抗争の激化を伝える内容だった。
 海洋国家共同体派とユーラシア連合派の戦い。
 海洋国家共同体派は派閥の大物、ビクター・ジェイコブスン少将の派手な敗北を糊塗する為に。
 対して、ユーラシア連合派は、そんな海洋国家共同体派が連合宇宙軍を壟断する状況を阻止し、的確な戦力運用をもって地球を護る為に。
 それが真実では無い。
 だが多くの市民は、状況をそう捉えつつあった。

「ジェイコブスンの阿呆が見事なタイミングで失敗してくれたお陰でマスコミの食い付きもいい。そうは思わんか、ライアー?」

「確かにタイミングとしては的確であったと思います。アメリカも自国内の被害対策で手一杯になっておりますから、対処は困難でしょう」

「そうアメリカだ。自分たちが神の恩寵を授かったなんぞと僭称する成り上がりが、手酷い目にあっている。素晴らしい。これで連合宇宙軍は我々、大欧州連合(エウロパ)のものとなるだろう」

 机の脇に、控える様に立つニル・ライアーの言葉を、笑うように、謡うように口に否定する男。
 名はヴィクトル・アデナウワー。
 ドイツの名門、アデナウワー家の代表として連合宇宙軍に出向している人間であった。

「ヘルガ様の活躍もあって、欧州宇宙軍の評価も上々ですからな」

 その一言でヴィクトルの表情が変わる。
 それまでの傲慢と言ってよい余裕が消え、残ったのは憎悪。
 瞳に、ドス黒いものが浮かんだ。

「ライアー、例え貴様でも俺の周辺であの小娘、汚らしい淫売の話題を出す事は赦さんぞ! アイツは俺の功績を奪いやがった。戦力もだ。どんな手管を使ったかしらんが、どうせ母親同様に自分の身体でも使ったのだろう、売女めっ!!」

 口汚く罵るヴィクトル。
 そこに冷静さは欠片も無い。
 気付かれぬ様に小さく溜息をつくライアー。
 そして主の気分を変える為、新しい話題を提供する。

「兎も角、海洋国家共同体の動きはこれで抑えられましたな。アメリカは無論、その同盟国である日英が独自に動くことは無いでしょう」

「腰巾着、いや属国どもか。昔の先祖があれ等を尊重していたかと思うと、反吐が出そうになるな。まぁいい。日本への牽制に関して中国に命じろ。あの連中も日本は嫌っているからな。嬉々としてやるだろう。劣等人種同士、好きにさせろ。後は英国か、面倒だが何とかなるだろう。連中から連合宇宙軍の軍令部総長に出ているペンウッドは臆病者だ。少し突付けば堕ちるだろう。既にリチャードは此方に居る。英国の本丸もそう遠くはあるまい」

 嘲笑。
 ユーラシア連合の同盟国である中国すらも相手に、嘲るヴィクトル。
 その余りにも肥大した自我の奔流に、最早苦笑の念すらも抱かないライアー。
 ヴィクトルは、アデナウワー家の代表として連合宇宙軍に出向した男だ。
 決して無能なだけでは無い。
 だが絶対に有能では無かった。
 そのヴィクトルに与えられた命令は1つ。
 欧州の権益の確保である。
 連合宇宙軍の主導権を、海洋国家共同体から取り上げ、欧州が、大ドイツ連邦が宇宙を支配する足掛かりにする様に命じられていたのだ。
 それを聞いたとき、ライアーは即答した、不可能だと。
 当時アメリカは余りにも強大であり、そしてその同盟諸国は磐石の団結を誇っていた。
 体のいい厄介払いでは無いかとも思った。
 だが状況は動いた。
 米国は混乱し、日英も巻き込まれている。
 そして連合宇宙軍は、海洋国家共同体による横暴を防ぐ為、積極的に欧州連合側と連絡を取ろうとしているのだ。
 ヴィクトルにとっては我が世の春であり、増長するのも無理の無い話であった。

「我々、大ドイツが宇宙を手にするのだ。誰の邪魔もさせん」

 時代背景を間違えたとしか思えない、程度の低い演説を遮ったのはヴィクトルの机に乗った受話器だった。

電子音

 着信を知らせる音の響き。
 ライアーがヴィクトルを見る。
 ヴィクトルは、重々しい仕草で頷いた。
 それは、秘書官が来客を知らせて来たのだ。
 相手の名を確認するライアー。
 予定通りの相手だった。
 DNAでの身元確認と、武装確認を命じて、この執務室に通す様に伝える。

「来たか。祖国の大事さを思い出した裏切り者が」

 尊大な口調のヴィクトル。
 だが同時に、其処には隠し様の無い喜びがあった。
 篭絡するには面倒な相手が、自ら手元へとやって来たのだ。
 喜ばぬ方が可笑しいと云うものである。

叩音

 資産を見せつけるため、態々本物の木で作られた扉が鳴った。
 ノックだ。
 ライアーがゆっくりとした仕草で扉を開け、招き入れる。
 1人目は男。
 長身で、襟を立てたトレンチコートを着込み、帽子を目深に被っている男。
 襟元には大尉の階級章が輝いている。
 只の相手では無い事は、その雰囲気で判る。
 だがそれが主賓では無い。

 それは小太りの男だった。
 小柄な、上質な服を着込んでは居たが、何処かしらに歪んだものを漂わせた男。
 眼鏡の奥の瞳には、薄いながらも狂気の輝きがあった。
 その瞳に見られた時、一瞬だけ、懐の銃器に手が伸びそうになったライアー。
 その無意識の反応を全力で押さえ込み、そして笑う。

「ようこそモンティナ・マックス中佐殿、ヴィクトル・アデナウワー様がお待ちです」

 

 

――W――

 

 

 虫の鳴き声が聞こえる。
 開け放たれた窓が、夏色の匂いを含んだ風を部屋へと招き入れている。
 扇風機が風をかき回すが、涼しいとは言い難い。
 だるさを感じる状況。
 だが、そんな中でもエダジマでは訓練生への授業が滞りなく行われていた。
 そして訓練生は皆が、真剣に授業を聞いていた。
 一部の人間は、身体に包帯を巻きつけていたが、その事を気にする素振りは無かった。

 授業内容は、艦隊部隊から陸戦部隊まで様々な配属先に合わせたものから、共通の、指揮官としてどうするかと云う事を主眼とした教育まで色々と行われていた。
 そして今は、機動兵器部隊の運用に関する授業が行われていた。
 宇宙戦闘に於いて注意すべき事、基本的に行うべき事。
 アキトにとって、それまで皮膚感覚レベルで行っていた行為、その意味を知ることが出来て、とても有意義で興味深い授業であった。
 時には人の経験談を聞き、時には己の経験を語る。
 充実した日々。

「しかしテンカワ、その機動は余りにも無茶に過ぎんか?」

「確かに危険性はある。だが、敵の射界を通らない。それは重要だ。テンカワの言う通り機体の調子さえ万全であれば問題は無い筈だしな」

「それは過信だぞ。一度交戦してしまえば、何が起こるか判らん。データ上に問題は無くとも、機体各部にはストレスが溜まっているんだ。特に、そんなアクロバットを多用していては、何が起こるか判らん」

「待て待て、これは緊急避難用の機動だろテンカワ?」

 充実した時間。
 それを止めたのは放送だった。

『訓練生テンカワ・アキト。訓練生テンカワ・アキト。授業中だが第5教官室に出頭せよ。繰り返す。第5教官室に出頭せよ。急げ』

 

 授業中にも呼び出された場所、第5教官室。
 そこは応接設備の整った場所であった。
 何の用だろうか、そう訝しげに扉を開けたとき、全てを理解した。
 何故と思う事もあった。
 だがそれよりも納得してしまう面があった。
 歴史の修復力(・・・・・・)
 そんな言葉がアキトの脳裏に浮かんだ。
 それは、何かのSFに出た言葉だっただろうか。
 脳味噌が真っ白になるのが判る。
 部屋に居たのは教官長の他に2人の男、1人は偉丈夫。1人はちょび髭の眼鏡。
 それが誰であるか、言われるまでも無かった。

 

 

「派遣、ですか」

「そうだ、軍属のままでネルガルに出向してもらう。彼等が独自に建造した戦艦、その機動兵器部隊の教官役としてだ」

「訓練生の私がですか? 命令とあれば従いますが、最終的な原隊復帰と、後、残りのカリキュラムに関してはどうなるのでしょうか」

「第2321中隊かね? そちらの方は派遣終了後に一考しよう。訓練に関しては、便宜上、君の階級は出向決定と同時に少尉となる。後は、授業内容に関してはアレだ。通信教育と云う形になる。佐官級の士官も乗り組むので、その人物に添削や、確認をして貰う事になるだろうな」

 一応は抵抗を試みるアキト。
 だが退路は既に無かった。
 ならば是非も無し。
 旧知の人物と触れ合う事への恐怖は今だに強かったが、同時に現実にこうして顔をあわせてみてもそれ程に心が震えなかった事から大丈夫であろうと思ったアキトは、不承不承と云う雰囲気を隠そうともせずに首を頷かせた。
 すると、それまでちょび髭の男――プロスペクターがにこやかに笑いながら、前に出てくる。

「いやーテンカワさんは評判のパイロットでしたので、ええ。獲得できて大満足です、はい」

「評判?」

「はい。私は交渉人ですので交渉前に相手の事はキッチリと把握するんですが、評判が良かったですよテンカワさん、貴方は」

「それに戦闘の内容も良い」

 それまで黙っていた偉丈夫、ゴート・ホーリーが口を挟む。
 2人掛りで褒められて、嬉しいよりも、座りの悪い気分を味わうアキト。
 そんなアキトを笑う教官長。

「こんなヤツだ、ネルガルの。悪い奴では無いし筋は良い。だが少しばかり自信を持っていないヤツでな。褒めても褒めても駄目なんだが、1つ、宜しく頼むぞ」

「それはもう。第2321中隊のウッドブリッジ隊長さんからもお願いされておりますから、はい」

「ほう、奴はナンと言っていた?」

「“ちゃんと返せ”と」

「奴らしいな。そういう訳だテンカワ少尉。行って来い」

 柔らかな目で見てくる教育長。
 アキトは、その瞳に信頼の色が浮かんでいるのを知覚した。
 故に、キッチリと指先を伸ばして敬礼を捧げる。

「はい、教官長。テンカワ・アキト少尉、ネルガルへの出向命令、拝命いたします」

 

 

2004 12/15 Ver4.01


<ケイ氏の独り言>

 

ヴぃくとるタン萌え〜♪

 

 ジェイコブスンを上回る下衆で、暴力的。そこに惹かれる憧れるー(超問題発言
 是非にへるがタンにおいたしようとして(;´Д`)ハァハァ。
 伸びる魔の手、果たしてリューイチロウは間に合うのか、以下次号とかですねー(読者的に鬼畜展開

 

 まっ、それは兎も角、お疲れ様です皆様。ケイ氏です。
 軽量化に頑張ってみましたが、その代償として極めて感想の付け難い内容の薄い代物となりました本愚作、愉しんで戴ければ幸いです。
 今回はルリタン他、萌えキャラが殆ど登場できずに残念ですが、次にはとうとう登場です。
 ああ、待ち遠しい。

 

>代理人さん
 基本的に私の愚作群は読んでストレス発散な、アメリカのハリウッド@アクション映画を志向しておりますので、そゆう感想こそが正解かと。
 これからも、多くの人が面白かったと思ってくれる様なSSを作っていきたいと思います。

 只ですね、沢山のネタを色々な方面から仕込んではいますが、キエフ・サーカスが一発で読まれたってのはチョイと驚きですよ?(笑

 

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

ふぁみこんうぉーずがで〜たぞ〜♪

と、お約束のボケをかました所で感想ですが・・・・本気で書きにくいや、今回も(爆)。
まぁ「読んで楽しければそれでいい」って作品を色々言うのもヤボなんですが。
そんな中で感想のネタに出来そうなのがやはりヴィクトルくん。
いや〜、見てて気持ちいいくらいの馬鹿ッぷりですなぁ(笑)。
大隊長ならぬモンティナ・マックス中佐がどう動いてくれるのか、今から楽しみです。

 

>トリトン基地

す〜い〜へ〜い〜せ〜んの彼方には、あああ〜♪(爆)

それはさておき豪州でバニング大尉と来るからには「トリントン」なのかもと思いましたが、これはこれでいいのかな。
別にオリジナルの基地作っちゃいけないわけでもなし。w

ご〜ご〜♪ とり〜と〜ん♪ ご〜ご〜♪ とり〜と〜ん♪ 
ご〜ご〜ご〜ご〜ご〜♪ とり〜と〜ん♪