平和を貴方にもたらす事が出来るのは、
貴方だけだ

エマソン

 

 


 
機動戦艦 ナデシコ

MOONLIGHT MILE

 

第一幕 Arc-Light
Vb

我等がフネ


 

――W――

 

 

 別府湾を望む丘に、一台の車が停まっていた。
 荷物を満載したオープンカー。
 何処かしら牧歌的な雰囲気すら漂わせている。
 だがその傍らに立っている人が纏う雰囲気はその対極的ですらあった。
 腰まで伸びた艶やかな黒髪が印象的な女性。
 育ちのよさが判る柔和な顔をした男性。
 その2人の眼下には、炎上する大神工廠があった。
 女性の名はミスマル・ユリカ。
 男性の名はアオイ・ジュン。
 ナデシコの中枢、中核に位置する2人だった。

 双眼鏡で大神を睨んでいるユリカ。
 その傍らでジュンは自動車の携帯端末を操っていた。

「ヤッパリだユリカ、大神の辺りは民間人の立ち入り規制が出されているよ。近隣住民への避難勧告も出されている」

「そうだねジュン君。抜け道はありそう?」

 そう言いながら、自分で情勢を判断してゆく。
 北部からの連隊規模での圧力。
 日本国防軍部隊は抵抗を続けているが、押し込まれつつある。
 ユリカの双眼鏡に、その北部へと部隊が移動しているのが見える。
 眉を顰めるユリカ。
 ユリカは南部、船渠等が集中する海側に一切被害が出ていない事もあって北側の攻勢は囮、そう見えていたのだ。

「大神の駐留は確か、増強連隊規模だったよね?」

「それくらい。連合宇宙軍で言うなら軽旅団規模だね。完全装甲化されているけど、殆どは装輪だね。装軌、重編成じゃ無いよ」

 足回りの問題から、装輪式は装軌式に比べてどうしても軽量にならざるを得ない。
 有体に言って、防御力に劣る面があるのだ。
 増強連隊規模との部隊規模は立派ではあったが防御力の乏しさから、防御壕などを使用せずに木星蜥蜴の無人機と相対するのは困難であった。
 にも関わらず大神戦闘団の指揮官は、部隊の再配置を命じていた。
 北へと。
 尤も、ユリカも状況的にはどうしようも無いことも判っていた。
 兵力が足りていないのだ。
 絶望的なまでに。
 遠距離からの射撃戦を主体とする交戦であれば、こうまではならなかっただろう。
 だが木星蜥蜴の無人機部隊は大神戦闘団の、大神工廠の内懐に入り込んで居たのだ。
 こうなってしまっては、機械化部隊の苦手とする近接戦闘になるしかない。
 最初から大神北部に配置されていた部隊の劣勢、それが理由であった。

「ユリカ、どうしても行くの?」

「うん。ユリカは艦長さんだからね」

 その一言で全てを説明した。そう言わんばかりの表情で胸を張るユリカ。
 その右手が胸元へと伸びる。
 其処には少しばかり特殊な形状をしたネックレスがあった。
 否、ファッションでは無い。
 それは遺伝子登録によってナデシコ艦長とネルガルグループの会長にしか操れないナデシコの起動キーだった。
 これが無ければ、ナデシコは動くことが叶わない。
 だからこそとユリカは言う。
 自分が行かないといけないと。

「危険だよ、ユリカ」

「でもこれが私が選んだ道だから。今日行くことになってたしね。もしかしたらプロスペクターさんとかがナデシコで待ってるかもしれない。ナデシコを動かして木星蜥蜴をやっつけるつもりかもしれない」

 笑みを浮かべ、希望的観測を並べるユリカ。
 そして最後に言う。
 急がないと間に合わない、だからジュンに降りろと。
 恐らくは北は陽動。その北に防御側の戦力が集まった所で海から船渠に攻撃を行うだろうと言う。
 今からナデシコに向かうのは危険なのだ。
 ユリカは士官学校で教わった、指揮官たる者の務めとしてナデシコに向かう事を決めた。
 だがそれにジュンを付き合わせるのは本意では無かった。
 だから降りてとジュンに告げるユリカ。
 その目には決意があった。
 指揮官としての決意。
 永い付き合いのジュンは、ユリカがこうなった時、梃子でも動かない事は良く理解していた。
 だから1つ溜息をつくと、車の後部に乗せておいたトランク等を下ろし始めた。

「だったら荷物は置いていかないとね。少しでも軽くして速くいけるようにしよう」

 手早く全ての荷物を降ろしたジュンは運転席に座るとシートベルトを締めた。
 そうして、ユリカに早く乗る様に言う。

「ジュン君?」

「僕の居場所はユリカの隣り。そう決めたんだ」

 それは爽やかなまでの笑顔だった。

 

 

 戦艦のブリッジとしては広大と評して良い、ナデシコのブリッジ。
 それは3層構造となっていた。
 下からブリーフィングにも使用する為の機材が揃えられた、パイロットフロア。
 次にオペレーターや操舵手等の操艦要員用のメインフロア。
 そして艦長や提督と云った上級指揮官用の、コマンダーフロア。
 そのパイロットフロアにて2人の男が意見を対立させていた。

「外には蜥蜴の無人兵器が迫ってるのよ、今、退避しなくてどうするのよ!」

 かなりの高い声で叫ぶのは、いっそ清々しい程に特徴的な髪型をした男。ナデシコ運用監査統括、ムネタケ・サダアキ連合宇宙軍中佐であった。
 その主旨は、ナデシコからの退艦避難であった。
 対するのは巖の如き雰囲気の男、ナデシコ運用責任者のゴート・ホーリー。
 彼はナデシコの防衛を優先すべきだと判断していた。
 無論、それをそのままに口にする事はしない。

「しかし既にミスターや機動部隊は此方に向かっている。今動く事は得策では無い」

 それに此方は小康状態だと告げるゴート。
 スキャパレリ計画にはかなりの予算が投じられており、そしてナデシコはネルガル・グループの持つ高度技術の象徴でもあるのだ。
 そのナデシコを、こんな場所で喪う訳にはいかないのだ。

「敵の状況はどうなっておるのか?」

 それまで黙っていたフクベ・ジン提督が口を開いた。
 その言葉に、ゴートが端末を叩く。
 足元の複合状況表示ディスプレイが、最新の大神工廠状況図を表示する。
 俯瞰図に青で友軍が、赤で敵軍が表示される。

「フム、日本軍部隊は詳細まで書かれているが?」

「我々と日本政府とでは、利害が一致しているから。そうお考え下さい提督」

「納得出来るな」

 出来る訳が無い。
 そう言わんばかりの目つきでゴートとフクベを睨むムネタケ。
 いっそ、何処まで何をすれば此処まで厚遇されるのか聞いてみたい。そんな言葉が喉下まで出掛かるが、それを飲み込む。
 自分の命が掛かっている状況下なのだ、ムネタケは今までに無いほどに必死に考えていた。
 前の火星での戦いでは、責任を取る奴も指揮をする奴も沢山居た。
 だが今のムネタケの周りには誰も居ない。
 無能指揮官(フクベ)利益優先企業人(ゴート)、そして軍事知識皆無の人々(ブリッジ・クルー)
 監査補佐として何人かの将校を連れて来てはいたが、今、このブリーフィングルームには居ない。
 ムネタケの命が助かる為には、ムネタケ自身が動くしかなかった。
 だから、恐ろしい程に真剣に言葉を推しだす。

「北側の状況は、相手が連隊規模なのに押し込まれつつあるわよ。恐らくはあと1個、最低でも連隊規模での部隊が控えていると見た方が良いわ」

「どうして連隊規模の部隊が控えて居ると判るのですか」

「情報はもっと有意義に集めなさいよ。他の場所での統計よ。CHULIPが絡んだ場合、敵の戦力は最低でも2個連隊――旅団規模からよ」

「CHULIPが接近していると云うのか、ムネタケ」

「ええ。軍のデータベースを見たところ、3日前に東シナ海で1個発見されていたわ。中国の潜水艦と日本の哨戒機がやられているわ。日本はありったけの対潜戦力をかき集めたみたいけど、今のところ行方不明。
 そもそも、連中の無人艦で運べる無人機は、今までの統計だと1隻辺り精々が20機前後よ。
 この場合、10隻からの無人艦が日本近海を縦横に走り回って、尚且つ発見されていないと云う事になるわ。これは流石に荒唐無稽な数字よ」

 参謀畑らしい、合理的に数字を並べたムネタケの言葉。
 その内容に、この場に居る人間で多少なりとも軍事に通じた人間は驚きの表情を見せていた。
 言うまでも無いことだが日本は海洋貿易立国である。
 その日本は現代の海洋戦力の主軸が、水中艦艇へと移行してからは以前にも増して、相当な馬力で日本近海の対潜探知迎撃システムの構築に勤しんでいたのだ。
 その探知システムを、CHULIPはすり抜けて来たと言っているのだ。

「では――」

 ゴートが口を開こうとして失敗する。
 ムネタケは断言する。
 北は囮であると。
 そしてナデシコは南、船渠は海側に位置しているのだ。
 逃げるなら今。
 ムネタケの発言は重みをもって響いていた。
 その時だった。

電子音

 足元の状況図に、新しい情報が追加される。
 赤で表示された戦力集団。
 南。正確には南東側から連隊規模の戦力であった。
 絶望的な雰囲気がブリーフィング・フロアを包み込む。

「退避よ! 退避しか無いわ。このフネよりも人材の方が大事よ。壊れたフネは作り直せばいいわ。でも死んだ人間の代わりは居ないのよ!!」

 ヒステリックに叫ぶムネタケ。
 当然だろう。
 その連隊規模の敵集団の前に存在する青のユニットは1つだけ。
 増強機械化歩兵中隊だった。
 他の部隊が北側の部隊へと対応する為に移動する中、予備として動かなかった部隊。
 それがナデシコの最後の盾でもあった。

「連中が全滅する前に避難するわよ! もう反論は無いわねっ――て!?」

 ムネタケの叫びを止めたのはゴートの右腕に巻かれた小型携帯端末。通称コミュニケーターだった。
 軽い電子音と共に、空中に画像が生まれる。
 ウィンドウ。
 それはネルガル自慢の最新型通信端末だった。
 相手は、プロスペクターだった。

 

「アチラも混乱していた様で、はい」

 通信を閉じ、誰に言う為でも無く呟くプロスペクター。
 猛烈にハンドルを捌きながら、それを声に滲ませる事無く言葉を操る。
 場所は車の運転席。
 そしてその隣りには、しっかりとシートベルトを締めたホシノ・ルリが座っている。
 後部座席には、格納庫に詰めていた整備員が1人、乗っていた。
 他にも2人ほど居たが、残りはヤマダのエステバリスに便乗していた。
 人を乗せ護りながら行く。これぞ燃えだとか何とか言いながら、ヤマダが2人を掴まえたのである。

『ナデシコは大丈夫でしたか?』

 拡声器越しのイツキの声が頭上から降ってくる。
 イツキ機を含め、5機のエステバリスは車を護る様に囲みながら走っている。

「プロスさん?」

「彼らに大丈夫だと伝えてください。補給の準備も頼んであります。それにルリさんが着けば、ナデシコの補助動力も始動させられます。問題はありませんので、はい」

 プロスペクターの言葉に頷く整備員。
 そして窓から身を乗り出すと拡声器でその事をエステバリス隊に報告した。
 加速する一団。
 そして大船渠群が見えてくる。
 まだ戦火は及んでいない。
 86式対戦車駆逐車が一両、土嚢のなかに身を潜めているのが見える。
 長砲身76o速射砲が睨みを効かしているが、大船渠の大きさに比べれば、余りにも貧弱に見えた。
 兵士達が手を振っている。激しく。
 叫んでも居る。
 危険だから来るなと言っていたが、一団はお構い無しに大船渠の入り口に達する。

擦過音

 派手なブレーキ音と共にセダンは急停車。
 5機のエステバリスは油断無く、周囲を警戒している。
 素早く降り立つプロスペクター等3人。

「無事到着ですな、急ぎましょう」

 余裕すらも感じさせるプロスペクターに、感心したように頷く整備員。
 右膝を着いて駐機姿勢を取ったヤマダ機からも2人の整備員が飛び降りる。
 そこに怒鳴り声が飛んできた。

「莫迦野郎! 民間人がこんな所に来てどうする積りだ!!」

 大船渠の脇に作られた監視詰め所から、この部隊の指揮官が飛び出してくる。
 髭面の、如何にも歴戦の兵士と言わんばかりの雰囲気をした中尉だ。

「いやいや、戦う術はありますから。はい」

 そうプロスペクターが口にするのと、大船渠の入り口のシャッターが開くのは同時であった。

「待ってたゼェ!」

 先ず真っ先に勢いの良い科白と動作で1人の男が飛び出してくる。
 ツナギの上にナデシコのロゴ入りジャンパーを引っ掛け、手にはスパナを持った男。
 ナデシコ整備班班長、ウリバタケ・セイヤだ。

「俺様が居るからにはもう安心よ。野郎ども、補給作業に掛かれ!」

 その言葉に呼ばれた訳では無いが、船渠の資材搬入口から電動作業車が続々と出てくる。
 それぞれに色々な機材を乗せている。

「武器弾薬、装備も一通り持ってきた。故障の出てる奴は無いかパイロット! 今なら即修理、フレームも予備を1つ、持ってこさせているぞ!!」

 各機の状態をパイロット達から聞き、整備員達に消耗部品の状態確認を指示するウリバタケ。
 部下達が緊張感を持って仕事をしている姿を確認すると、プロスペクターに声を掛ける。

「朗報だ。ナデシコの艦長さんだが、気合が入っていたらしい。この修羅場に好んで入ってきたぞ。ゲートで確認の連絡が入った。後少しでナデシコは動ける」

 自分の選んだ人材が、的確な動きを見せている事に深い満足を覚えたプロスペクターは小さく笑うと、警備部隊の指揮官に告げる。
 我々は只の、護られるだけの存在じゃありませんよと。

 

 

――X――

 

 

 大神工廠の戦況は、劣勢ではあったが安定しつつはあった。
 2個連隊規模の無人機による挟撃は、壊滅的な影響を与えてはいたが、壊滅をさせるには到っていなかった。
 それは大神戦闘団の奮闘であり、同時に、この1戦にて実戦デビューを果たす事となった新兵器、汎用人型兵器体系(A.R.M.S)エステバリスの効果だった。
 北部戦線。様々な建物が密集する地帯での近接戦闘では、その高い運用の柔軟性を見せ戦闘団の内懐に潜り込んで来た敵部隊を、縦横に叩き潰して回っていた。
 戦車のみならず、一般の陸上兵器にとって近接戦闘は極めて苦手とする行為であった。
 如何に遠距離で敵を発見し、コレを叩くか。
 その目的の為に開発、配備され、使い手達は訓練を受けていたのだ。
 それが急に、内懐に入り込んで来た敵を排除しろと言われて、容易に出来る筈も無かった。
 本来それは歩兵が担っていた任務なのだ。
 だがこの強固な防護能力(ディストーション・フィールド)を持つ無人機を歩兵が屠る事は、不可能では無いが困難であったのだ。
 故に、想定交戦距離の更に内側へと入られた大神戦闘団は危機に陥ったのだ。
 それを、たった3機の陸戦型エステバリスが救ったのだ。
 戦場を自在に動き、地形を利用して近接から中距離までの様々な戦闘に柔軟に対応し交戦した事によって大神戦闘団の至近距離から敵部隊を遠ざける事に成功したのだ。
 正しく火消し。
 劣勢を挽回する原動力となったのだ。
 流石は鬼、或いは軍神とも呼ばれる漢、ゼンギョウ・タダタカ日本国防軍少佐であった。
 だがこの戦果は、決して指揮官の手腕にのみ帰するものでは無かった。
 第11対戦車実験小隊はこの戦いが初陣であり、更には機甲学校の学生を中心に練成された速成の、しかも編成未了の部隊であったのだ。
 パイロット達は未熟であった。
 だがしかし、それを自覚し、それを補う為の努力を払っていた。
 これはその努力が報われたと云う事だった。
 そして、第11対戦車実験小隊の奮闘によって危機を脱した大神戦闘団主力は、次第に敵部隊を包囲殲滅しつつあった。

 これに対して南部戦線。ナデシコの在る戦局は更にエステバリスの効果が顕著であった。
 戦闘開始時には酷い勢いで押し込まれ、半包囲下に陥りつつあったが、何とか耐え切っているのだ。
 この方面には5機のエステバリスの他は、増強機械化歩兵中隊との少ない戦力で連隊規模の敵と正面から互して居るのだから。
 海側――港湾部故に比較的距離を取りやすいと云う事もあった。
 敵が密集していたと云う事もあった。
 だがそれらを勘案しても尚、エステバリスと云う兵器が、木星蜥蜴の無人機に対して圧倒的な優位性を持っている事は揺るぎ様の無い事実であった。

 

 戦端が開かれてから約1時間。
 大神の戦況は危機を脱しつつある。
 戦闘開始時、圧倒的な突進力を発揮していた無人機の群れも今では遅々とした歩みで前進しているのに過ぎない。
 否、それどころか現在までに稼いだ地歩を維持するのがやっとと云う有様だった。
 西部方面軍による支援が本格化したのだ。
 呉の海軍基地から数少ない対地攻撃艦部隊が出撃し、CHULIP捜索の為に広域展開を行っていた水中艦隊――第6艦隊も集結を開始した。
 そして西部方面軍が保有する航空機が、特に対地攻撃力を持つ機体が軒並み投入されていたのだ。
 これ程の戦力集中がなされた最大の理由は、西部方面軍司令官のナンゴウ・イワオ中将にあった。
 朝鮮民国や中華人民共和国と云ったユーラシア連合との関係宜しく無い状況では、この選択は在る意味で危険な行為であったが、ナンゴウは対馬と沖縄の上空に、空対空兵装を施したJF-9(シュヴァルベ)による戦闘空中哨戒(CAP)を行う事で、対処としていたのだ。
 在る意味で蛮行。
 国際関係に重要な影響を与えかねない行為であったが、国防省のシバムラ・ショウリ次官は、一言、評価を下していたと云う。
 どうせやるなら派手にやれ、と。
 示威行為。
 例え地球外との全面戦争の最中であっても国と国との関係、国家同士の利害と云うものは決して霧散する訳ではないのだから。

 そんな戦略級の状況を知りえた訳では無いが、ゼンギョウは航空支援によって大神の戦況が安定しつつ在る事を敏感に察するや即座に、支援を欲する部隊が付近に居ない事を確認すると、戦闘開始時から戦い詰めだった部隊の補給と休息を命じていた。
 安全を確保したばかりの大神射爆場。
 その格納庫で3機の陸戦型エステバリスが整備兵の手によって整備を受けていた。
 否。エステバリスは3機の陸戦型だけでは無い。
 濃緑を基調とした陸戦型エステバリスに混じって、薄灰色のエステバリス陸戦フレームが停まっていた。
 テンカワ・アキト機である。
 駐機姿勢で背中に電源ケーブルを挿され、機体各部に応急処置を受けている。
 コクピットは開け放たれ、長身の整備兵が蒼い髪の少女と共に作業を行っている。
 機体に手酷い損傷は見られない。
 だがしかし、無手の機体で小隊規模の無人機と正面から渡り合ったのだ。
 決して無傷でと云う訳にはいかなかった。
 そしてそれはアキトも一緒であった。
 87式装輪指揮車の後部で、少しだけ暗い雰囲気をした医療兵のイシヅ・モエ少尉から治療を受けていた。

「無理は……しな…い…で。決して…………傷………浅く…無い………から」

 途切れ途切れに口にするイシヅ。
 だがそのアキトを手当てする手つきだけは手早く、そして的確だった。
 痛みが少しだけ治まる事を自覚するアキト。
 足元には血塗れになったシャツや包帯があった。
 応急手当だけで機体を無茶に動かしていたアキトは、再出血していたのだ。

「ああ。無理をしたい訳じゃ無いんだけどね」

 苦笑するアキト。
 無茶をしたい訳では無い。だが、無茶をせねば切り抜けられぬ状況もあったのだ。
 だがその事をイシヅに言おうとは思わない。
 何故なら、怪我人を気遣い、そして癒すのが医療兵なのだ。
 ならばその言葉も当然のものだからだ。

「終っ…………た…わ」

「有難う」

 感謝の言葉と共にアキトは、駄目になったシャツの代わりにと貰った国防軍将兵用の濃緑色のシャツに袖を通す。
 襟元のボタンは留めずに開襟、認識票(ドック・タグ)を首に掛けなおす。
 遺伝子測定による人物情報管理が進んだ時代ではあったが、野戦地での識別等の問題から古典的なドック・タグは今だ現役を退いてはいなかった。

「治療は済みましたか?」

「ええ。お世話になってます」

 格納庫からやって来たゼンギョウが声を掛けてくる。
 アキトは立ち上がろうとするが、それを手で制するゼンギョウ。楽にして下さいと続ける。
 野戦軍装の上に羽織った砂埃に汚れた迷彩コートが、表情以上にゼンギョウに野戦慣れした雰囲気を与えている。
 否、実際に慣れて居るのだ。
 歴戦の指揮官。
 数年前に発生した第3次朝鮮戦争にて、海洋国家共同体の一員として日本から派遣された第101外人師団隷下の機械化歩兵中隊の指揮官として参加。
 そこで赫々たる戦功を掲げ、そして同時に釜山撤退戦にて戦争と云う暴力の持つ辛酸を舐め尽した人物だった。

「お隣さんですからね。少しばかりの親愛の表現ですよ」

 小さく笑うゼンギョウ。
 無論、それが全てでは無い。
 連絡があったのだネルガル――プロスペクターから。アキトを支援して欲しいと。

「貴方の機体の補給ももう少し掛かります。もう少しゆっくりとしていて下さい」

「我等の機体はどうだ?」

 言葉が頭上から降ってくる。
 そう、相手は87式装輪指揮車の上に立っていた。
 腰に手を当てて、威風堂々と胸を張って。
 それは何とも、凛々しいと云う表現の似つかわしい女性だった。
 胸には少尉の階級章。
 第11対戦車実験小隊の4号機、実験的に製作された複座式重装陸戦型エステバリスに火器管制士官として乗り込むシバムラ・マイ日本国防軍少尉だった。

「もう少し掛かりそうですよ。初の実戦ですので、機体各部のチェックは入念にして欲しいとお願いしてますから」

「ふむ、それも道理だな。だが01と02はどうだ?」

「両機とも足回りは重傷ですね。本来は交換で簡単に済む話らしいですが、陸戦型はまだ正式量産がされていませんので部品の在庫が無いそうです」

「回復は不可能か?」

「いえ、ハラ主任にそう言ったら、整備班の意地をみせるから30分頂戴との事でした。在り合わせで修理してみせるとの事です。ただし、完全に回復させる事は望めないそうです」

「残念だが仕方在るまい」

 2人の会話を聞いてアキトは、どちらが上官で部下か判らないなと思った。
 続いて、かつてのナデシコも準軍事の組織ではあったが、結局は軍隊的な上下関係は生まれなかった事を思い出す。
 軍に染まったのだなとアキトは、己の抱いた感想に苦笑にも似た感情を抱いた。
 そんな気分が顔に出ていたのだろう。
 マイが、機体の様子を見てくると言って場を離れてからゼンギョウは、微笑を口の端に浮かべながら、驚きましたかと言った。

「自分は、軍属上がりですから」

 違和感よりは、其方の方が慣れやすい。
 そう口にするアキト。
 対してゼンギョウは、部隊統制の上では良く無いのですがねと苦笑と共に言って言葉を濁した。
 そこから実務的な話になる。
 主題は、安定しつつある北部戦線に比べ、今だ押し込まれつつある南部戦線への支援であった。
 ゼンギョウは、先程にナデシコから通信があり、プロスペクターがアキトの早期の帰還を望んでいたとの事を告げる。
 それは、エステバリス部隊の運用が上手く言っていない事が理由だった。
 纏め切れなかったのだ、イツキには。
 初の実戦で舞い上がったイツキは、指揮よりも自分の行動にのみ集中してしまい、その結果エステバリス各機は連携を殆ど取る事もせず、各機の都合だけで動いていたのだ。
 今はまだ守勢任務、防御であるお陰で致命的な事態に陥らずに済んでいるが、それも何時まで持つか判らない。
 だから何とかしろ。
 そう、軍から派遣されてきたナデシコ運用監査統括のムネタケが強硬に主張したと云うのだ。
 何とかしろとは余りにも直接的な表現ではあったが、主張自体に間違いは無い。
 そこでプロスペクターは、南部戦線が半包囲下に陥った事で合流が困難となっていたアキトに、万難を排して合流して欲しいとの要請を出す事となったのだ。
 合流自体は、アキトにとっても望むところではある。
 だが同時にそれは、それが出来れば苦労しない――そんな話でもあった。
 一旦は後方へと撤退するならばかなり容易にはなる。
 だがその場合、大神工廠から避難する軍属や民間人らの車列やら、或いは後方部隊や後発部隊と衝突する事となってしまうのだ。
 如何にエステバリスが柔軟性に富んだ機動性能を持つとは云え、道路状況を全く無視できる訳では無いのだ。
 では残る手段は一つ。
 前線を突破して南部戦線側に合流すると云うものであった。

無人偵察機(UAV)の最新情報ですと、このラインが距離が短く手薄ですね」

 地図を片手に説明するゼンギョウ。
 アキトはその情報を、携帯端末に記入していく。

「具体的にはどれ位ですか?」

「戦力は1乃至2個中隊、距離は約700mですね。南側でも精鋭が耐えていますから距離が増える事は無いでしょう」

 エステバリス1機の戦力は木星蜥蜴の無人機1個小隊と余裕で互せ、中隊とも困難ではあっても渡り合う事も不可能では無い。
 それがこの戦場に於ける結果だった。
 それを考えれば、これを突破を図る事は少しばかり無謀の誹りを免れえぬ事ではあったが、アキトには勝算があった。
 正面からの交戦では無く、アキトが図るのは戦線の突破なのだ。
 普通ならば、それだけでも困難なのだが、それも3次元機動の可能なエステバリスであれば困難の度合いは低くなる。
 不可能では無い。
 先の、囮任務時の経験からアキトはそう判断していた。

「了解です。なら何とかして見せます」

「ええ。軌道上の守護者(ガーディアン)の技量を見させてもらいますよ」

 冗談交じりに笑うゼンギョウ。
 アキトは歴戦の指揮官に、大仰な呼び方をされてこそばゆい気分を味わう。
 だから少しだけ抵抗をする。
 私は只、最後まで付いて行っただけですと言ったのだ。
 そんなアキトにゼンギョウは小さく溜息をついて指摘する。
 もう少し自分の価値を考えて下さい、と。

「あなた方の活躍で勇気を受ける人も居るのです。連合宇宙軍少尉の階級を得て職業軍人となった。その事で人が自分をどう見るか。それを忘れないで下さい」

 

 

――Y――

 

 

 ナデシコのブリッジを包み込む雰囲気は最悪だった。
 只でさえ戦況は悪かったのだ。
 神経質にムネタケが叫び、淡々とゴートが反論し、にこやかにプロスペクターがとりなす。
 パイロット達はてんでばらばら。
 操舵手や通信手は暇そうに、それらを見ている。
 そんな時だった。
 ナデシコの艦長であるミスマル・ユリカがブリッジに到着したのは。
 そして、その最初の一言によって雰囲気は完膚なきまでに、悪化したのだ。

「私が艦長です、V!」

 突き出された人差し指と中指。
 勝利のサイン。
 空気が鉛となった。
 ブリッジに居た誰もがユリカを見た。

「ジュンくん。外した?」

 可愛らしく小首を傾げたユリカ。
 後からついて来たジュンが、疲れ果てた声で肯定する。

「………………………多分ね」

 それはとてもとても深い溜息だった。
 そんな2人への感想は、皆に背を向ける形でオペレーターシートに座ったルリの一言が全てを表していた。

「………バカ?」

 

 だがユリカは決してバカでは無かった。
 ナデシコのブリッジに入って以降、情報を整理統合して必要な情報を把握し、そして忘れられていた大神工廠司令部との連絡網の再構築を要請していた。
 相手は、この場に居る現役将校のなかで1番に階級が高い人物である。
 ムネタケだ。

「何をするにしても、連携は大事ですしね」

「そりゃいいけどアンタ、これからどうやる気?」

「先ずは勝ちます」

 ユリカは満面の笑顔で自信満々、そんな態度で言い放っていた。
 その一言にブリッジに居た面々の動きが加速する。
 それまでの恐怖を忘れる為の、では無く、勝つ為の動きとなる。
 只の一言で雰囲気を変えてみせたユリカに、ムネタケは呆れる様に溜息をしていた。
 そして悪態。
 何処をどうすればそこまで自信があるのよ、そう小さく吐き捨てる。
 答を望んだ訳でも誰に聞かせる訳でもない一言だったが、だがユリカが小さく答えていた。
 視線を合わせる事無く、淡々と。

「艦長さんですからね、私は」

 ムネタケの眉が跳ねる。
 上に立つ者が動揺していては下の者も動揺してしまう、故に常に余裕を見せなければならない。
 例えそれが演技であっても、それを成さねばならない。
 それは、指揮官としての心構え。
 だからこそ余計にムネタケには面白くなかった。
 それはムネタケには出来なかった事だから。

「士官学校首席は伊達では無いって事かしらね」

 皮肉を交えた口調。
 その意図に気付かず、あるいは無視してユリカは朗らかに答えた。

「先輩達の残した校風のお陰ですよ♪」

「………任官拒否者が良く言う…アンタにその教育を施したのは連合宇宙軍の予算、地球連合市民の血税よ。そこら辺判ってるの?」

 苛立たしげに吐き捨てるムネタケ。
 任官拒否、それは士官学校を出て軍役に就かない者を指す。
 戦時下でも尚それを認め続けている事は、在る意味で地球連合の根幹を為す民主主義体制の強さであった。
 無論、だからと言って任官拒否者に対する反発が無い訳では無い。
 否。
 だからこそ反発が強かった。

「判ってます。だけどあのままに任官していたら私は………」

 口篭るユリカ。
 俯き、そして意を決して顔を上げて口を開く。

「私は私らしくありたかったんです」

「私らしく? 軍に入ったくらいで消える様な“私らしく”なんてナンセンスよ」

 刺々しく言い放つムネタケ。
 それは一面の真実、だが同時に羨望でもあった。
 強い反対があり、それでも自分の歩みたい道を選んだ者に対する。
 だからこそ言葉の厳しさが増していく。
 だがそこ迄だった。
 共にナデシコの置かれた状況はよく理解していたのだ。
 互いの事よりも、現実的な事を処理する事を選ぶ。

「そうかもしれません。だけど、もう選びましたから」

「そうね………今更ね。いいわ。アタシも生残る為に努力、協力するわ」

 そう言ってムネタケは通信士――声質の良さからプロスペクターが声優からスカウトしてきた、メグミ・レイナードの所へと歩いていく。
 頼まれた通信、その相手に関して愚痴を零しながら。

「ったく、この辺りの元締めはアレよ、日本国防軍の老害。頑固爺のナンゴウよね。苦手なのよね、追従しただけで怒る相手なんて、やってられないわよ………」

 西部方面軍司令のナンゴウは、交渉相手としては確かに厄介な相手ではあった。
 任務に私情を挟まずに淡々と遂行する生粋の武人。
 そして、軍人が政治力を行使する事やコネを使う事を嫌う人物であった。
 日本国防軍内に於いて非常に珍しい、芝村派でも無ければ(アンチ)でも無い、非芝村派の将官。
 通常であれば、その様な立場の高級将校は芝村派乃至は反芝村派に疎まれて失脚するのが常ではあるのだが、ナンゴウにはその地位を裏打ちするものがあった。
 戦功である。

 一般に、第3次朝鮮戦争に於ける最大の英雄は誰かと尋ねれば、問われた者は口を揃えてゼンギョウであると言うだろう。
 密陽防衛戦から釜山撤退戦に到る一連の戦いで、常に赫々たる武勲を掲げたゼンギョウ。
 その奮闘を支えたのが、否、意味のあるものとしたのがナンゴウであったのだ。
 第1即応軍が朝鮮半島に上陸した時、ナンゴウは日本が供出した第101外人師団を中心とする3個師団の部隊、第1機動集団の指揮官でしかなかった。
 攻勢時。
 漢城攻略戦までナンゴウは、第1即応軍を構成する堅実な指揮官でしか無かった。
 それが、第3次朝鮮戦争の趨勢を決した最大の戦い、漢城攻防戦にて第1即応軍の司令官だった米、オスカー・レゾルブ大将が中華人民共和国義勇軍の放った特攻コマンドによって負傷した時に一変したのだ。
 漢城周辺で最も階級の高い指揮官であったナンゴウが、指揮権を継承する事となったのだ。
 だが簡単に行われた訳では無い。
 米政府が米軍の指揮権を他国軍人に委ねる事に強い抵抗を示したのだ。
 だが後方からの指揮は不可能だった。
 海洋国家共同体と朝鮮革命軍との間で強烈な電子戦が繰り広げられており、その余波で、戦域外とのデータリンクはほぼ途絶していたのだから。
 結局、即時に朝鮮戦線へと送り込める人材が居なかった事から、ナンゴウの司令官就任は認可された。
 その指揮権を継承するまでに掛かった時間は約半日。
 だが半日で、朝鮮半島の戦況は激変していた。
 その最大の理由は、それまで第1即応軍と共に朝鮮革命軍と戦っていた韓民主国軍の、突然の離叛であった。
 朝鮮民族の自立と云う、朝鮮半島に生まれ育った人間にとって極めて抗し難いスローガンと共に、韓民主国軍は革命政府に寝返ったのだ。
 前線での戦闘だけならまだしも、指揮系統が混乱した状況で突如として柔らかな横腹を突かれた第1即応軍は、各国毎に寸断され挟撃され、敗走したのだ。
 そして大田まで撤退しナンゴウが完全に部隊を掌握した時、彼我の兵力差は4倍以上に達していた。
 敵朝鮮革命軍は韓民主国軍を加え勢いに乗り、その一部の機械化部隊は狭路を突破して慶尚北道――大邱を制圧し、大田への半包囲網を構成しつつあった。
 対する第1即応軍は戦いに疲れ、装備を喪い、兵士としての本分をも失いかけた男たちの集団と化しつつあった。
 絶望的な状況。
 それを乗り越えたのだ。
 ナンゴウは絶望に囚われる事無く、そして呆れる程に粘り強い指揮で第1即応軍を統率し続け、数多くの避難民と共に部隊の撤退を成功させたのだ。
 それは、正しく職業軍人の鏡であった。
 敗戦の指揮官として、一般的な名声を得る事の無い人物ではあるが、誰もが敬意を払う指揮官。
 在る意味でムネタケの全く反対側に立つ軍人。
 それがナンゴウだった。

 尤も、ムネタケがナンゴウを恐れる理由は、そんなところには無かった。
 それはかつての経験、連絡将校として日本国国防軍に派遣された時の体験が理由だった。
 直接、叱責されたのだ。
 公衆面前でこそ無かったが、それは余りにも苦い思い出だった。
 ムネタケは自分が有能で無い事は自覚していた。
 それをナンゴウの叱責は痛感させたのだ。

「何処に繋げばいいですか?」

「そうね……」

 メグミの言葉に、思案の色を浮かべるムネタケ。
 直接、西部方面軍司令部と連絡を取ろうとすれば拒否されるだろう。
 忙しい時に間借りの民間船(ナデシコ)からの連絡なんぞ、マトモに取り合って貰える筈が無いのだから。
 幾つかのコネを考えるムネタケ。
 日頃から色々な場所へと顔は繋ぐ様にしていたのだ。
 その幾つかを動員すれば何とかなるだろう。そう考えた時だった。

「大丈夫ですよ。話はついておりますから、はい」

 にこやかにプロスペクターが口を挟んだのは。
 直接、西部方面軍司令部と繋いでも大丈夫だと言うのだ。
 その事に、日頃に自分が頑張っている事(ゴマすり)は何なのか、そんな事を考えつつムネタケはメグミに告げる。
 お願いするわ、と。
 そして同時に思った。
 なら、このプロスペクターに取り入った方が良いかもしれないと。

 

 

 戦闘準備を整えて立つ複座式重装陸戦型エステバリス。
 複座式にする事で通常型に比べて兵装と情報の管制能力を強化した機体。その肩には、猫と交差する小銃が図案化された部隊章と04の文字が描かれている。
 第11対戦車実験小隊4号機、呼出符号(コールサイン)士魂04であった。
 睥睨する様にも見えるのは、パイロットの性格故にだろうか。
 そんな事を、その足元に立つツナギ姿にバンダナをした整備兵、部隊整備班班長補佐のモリ・セイカ伍長は思った。
 ならば、そう思ってモリは視線を横にする。
 並んで立つエステバリス陸戦フレーム、テンカワ機。
 それが何処か謙虚に立つ様に見えるのもそれが理由かもしれないなと、愚にもつかない発想とは思っていても、そう想像していた。
 軌道上防衛の英雄の1人。
 隣の格納庫に居たと云う事も相まって、良く話題とした相手。
 整備兵仲間の茶席では、“戦闘の被害が大き過ぎ、それを糊塗する為に創られた英雄”だ等と噂されていたが、実際に話してみて、その想像は消えた。
 雰囲気が違うのだ。
 アレが歴戦のパイロットと云うものだと皮膚感覚でモリにも理解できた。
 だからこそ思ったのだろう。
 ウチのパイロット達も何時かはああなれるのだろうか、と。
 士魂04に乗り込む2人に関しては疑問は余り無い。
 あの芝村の血族という事が無条件に信じられる偉そうな態度を振りまくマイと、そのマイに何故か付いて回っている人の良さそうな雰囲気を周りに振りまくハヤミ・アツシならば。
 モリからすれば信じられない程、日頃から自己鍛錬に取り組んでいる2人なのだ。
 今はまだでも何時かは、そんな事を思わせる雰囲気がある。
 でも他の2人は、特に、あの調子に乗りやすくでも人の良いタキガワ・ヨウヘイはどうだろうか。
 もしかしたら辿り着けるかもしれない。
 だが戦況は劣勢だと聞く。
 景気のいい話を、官報やらニュース番組では盛んにしているがとても信用は出来ない。
 夜空を奔る流星の数が、宇宙の過酷さを示している――モリにはそう思えて仕方が無かった。

 死。

 奈落の底を覗き込むような、そして引きずり込まれる様な感覚。
 それは、身近に感じた恐怖でもあった。
 整備学校から先輩にして教官であったハラ・モトコ大尉に引っ張られる形で、この第11対戦車実験小隊に配属されたモリにはまだ、身近な人間の死と云うものを味わった事は無かったのだから。
 そんなモリの気分を切り替えさせたのは、電子的に合成された警告音だった。

電子音

 音源は黒い油の染みが所々を汚した濃緑色のツナギ、その胸元に付けられた無線機だった。
 部隊内用の低出力無線機だ。
 発信相手が誰であるかは、その情報画面に表示された発信相手番号で判る。
 ハラだ。

「モリです。状況に変化はありません。各状態異常なし」

『ご苦労さま。OK、いいわ。通信システムの方も異常は無いようね』

 何かを口にする前に報告を口にした事に、ハラが苦笑した事がモリにも雰囲気で判る。
 顔を赤くするモリ。
 学生時代の癖が抜けない。それは常に気を付けているがなかなかに抜けないものだった。
 第11対戦車実験小隊という部隊の雰囲気故にかもしれない。

「はい。士魂04及びテンカワ機(ダイアンサス02)、準備万端です」

 気恥ずかしさを隠すよう、早口で報告を上げるモリ。
 準備万端。
 それは、テンカワ機の敵前線突破に関してであった。
 南部側の抵抗戦力が少数であった事を利用する形で大神工廠の中央部へと戦力を流し込み、大神戦闘団を南北へと分断した南側無人機部隊、その中央部を突破する。
 それが作戦であった。
 何とも乱暴で杜撰な作戦ではあったが、同時に単純明快であり、投入する戦力を誤りさえしなければ先ずは失敗しない。
 そんな作戦だった。

 即座にテンカワ機が突破を図らない理由は、その突破を支援する為の戦力――具体的には野砲や航空の各部隊の調整を行っている為だった。
 砲兵隊も航空隊も、一度交戦をすれば弾薬を消費する。
 当然、大神戦闘団に支援を与えていた部隊も弾薬をある程度消費していたのだ。
 一度の突破で飽和的な攻撃を行う為に、今、その補充を行っているのだった。
 砲兵隊は、補給路が通っている為、若干の部隊位置を調整するだけで準備は済んだ。
 後は、弾薬を補充した航空隊が到着するのを待つだけだった。
 それもそう長くは無い。
 築地基地が有効に機能しているお陰で、航空隊の補給も極短時間で済んでいたのだから。
 作戦開始の時が迫る。

「テンカワ少尉への報告はどうします」

『いらないわ。あの第3船渠のネルガル戦艦が起動して、そこ経由で戦場情報ネットワーク(DRS)が形成出来たから。貴方達も退避しなさい』

「そうですか。了解しました」

 少しだけ残念そうな声で納得し、それからモリは周りの仲間に避難号令を伝える。
 力を込めて。

 

 

 佇む、エステバリス陸戦フレーム。
 そのコクピットにてアキトは、最後の情報確認を行っていた。
 慎重に1つずつ確認していくアキト。
 それも当然だろう。
 戦場に於ける情報の共有、及び指揮システムであるDRSによって、情報自体は戦闘開始後でも受け取る事は出来るが、流石にアキトとは云え近接戦闘中にそれを精査する事は不可能であるからだ。
 情報管制支援をしてくれるルリの能力を疑う訳では無かった。
 電子の妖精。
 将来に於いてそう呼ばれる、ルリの情報処理能力を疑う訳では無かったが、だが同時に、ルリがまだ実戦を知らないと云う事をアキトは重視していた。
 能力だけでは無く、経験も重要な場面がある――そうアキトは判断していた。
 だからこそ、最後に少なくない時間を割いて情報を確認するのだ。
 だがそれももう終る。

『情報の再確認完了。事前情報との誤差、推測される無人機各機の能力誤差範囲内です』

 ルリの淡々とした言葉と共に、アキトの手元に出現する情報ウィンド。
 細かい数字が表示されている。
 だがその数字が予想値を超えていない事は、青く表現されている事で判る。
 全情報に問題なし。
 だからアキトは労いを口にする。

「ご苦労様。お陰で助かったよ」

『いえ。それが私の仕事ですから』

 冷静なルリの声。
 そこに限り無い懐かしさを感じるアキト。
 それは感慨の念でもあった。
 何時かはこの少女も、あの義妹の様に感情を知り、理解し、そして表す様になるのだろうかと。
 そう思ったアキトは、通信終了を告げようとするルリに一声掛けていた。
 例え仕事であっても感謝の念は重要だ、と。
 だからこそ自分はルリに対して有難うと言ったのだと。
 その意味が理解しきれず、小首を傾げるルリ。
 その黄金色の瞳が、その意味が如何なるものなのかと問うていたが、アキトはそれに答える事無く、自分から通信を切った。

「自分で考える事も大事さ」

 そう小さく呟きながら。
 口元に小さな笑みを浮かべて。
 一度瞳を閉じる。
 深呼吸。
 そして目を開く。
 其処に居たのは、柔らかな雰囲気の青年では無く、幾多の戦いを潜り抜け、死線を越え生き残ってきた兵士であった。
 或いは、絶望と憤怒を糧に己を鍛え上げた戦士。

「テンカワ・アキト、出る」

 かつて闇の支配者(プリンス・オブ・ダークネス)と呼ばれた男が動き出す。

 

 

2004 1/14 Ver4.01


<次回予告>

ユリカです
私らしくと選んだ職場、只今ドキドキです
状況は余り良く在りませんので、何とか頑張らないといけません
でもそれだけに遣り甲斐があります
ユリカ頑張ります

 

機動戦艦ナデシコ MOONLIGHT MILE
Wa
Under Siege

 

ところであの人、何処かで見たことがあるような?

 


<ケイ氏の独り言>

 皆様、お疲れ様ですケイ氏です。
 GPMを踏み台にしたと言われても、誹謗じゃ無いよなーと書いた後に思ったケイ氏です。
 まーGPM組は初陣だからなーと云う事でご了解頂けたら幸いです、はい。

 後、友人に見せたら戦術場面が多いねと言われたケイ氏です。
 好きなんだからしょうが無いじゃんとか開き直って言ってみたり、言わなかったり(言ってます

 ユリカをもう少し活躍させたいなと思って居るケイ氏です。
 初めてナデシコの映像に触れたのが劇場版だった事から印象が薄かったんですが、TVを見て思いました。
 可愛いな、と(自爆
 アキト×ルリを目指す事には変わりませんが、ユリカにも幸せになって欲しいものです。
 余りもののカップリングとかはイヤーンな感じですんで、頑張れジュン君(今のところ、本命)
 でも影が薄い薄い………
 ではでは。

 

>代理人さん

萌えて落ちるならば
 
地獄でも本懐!
 

 
望んで堕ちようぞ!!

 と云うか、既に地獄のど真ん中で首までドップリ浸かって、萌ぇ〜と叫んでいる気もしますが(お
 そゆう訳で、端っから説得力なんて考えてはおりませぬ(微笑
 萌えとは心にて感じるもの也!!
 と云うか、(;´Д`)ハァハァって余り深い意味は無かったつーかアレだったんですが、よくよく考えると、アレでナニな意味を持ってたんダヨナーとか思う訳で(極大熱核自爆

>舞が聞き耳
 舞姫なら素直に盗聴をするだろうーなーとか思ったり(笑

 

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想
こんばんは。SFちっくな展開から離れると突っ込みどころが少なくなって寂しい代理人です。
性犯罪者の警察への出所情報開示、住所把握、保護観察の強化などが検討され、また各地で未成年保護条例が強化されている昨今、皆様いかがお過ごしでしょうか。
いえ、もちろん深い意味はありませんよ?

さて、そんな地獄へ堕ちたペドフィリア勇者どもは放っておいて。
今回GPM組の見せ場っぽいかと思ったし、事実そうだったのですが、
ユリカとムネタケに持ってかれましたな(笑)。
特にムネタケ。
ゴールドアーム氏以来、有能ムネタケというのはさほど珍しくなくなりましたが、TV版のキャラそのままに有能というのは中々無いので目を引きます。彼を有能に書くならこういう方向が一番しっくり来るかな、と常々思っていただけに、この話のムネタケは実にベリーメロンです。
キャッチマイハート!

※代理人は某出版社に某キャラ復活希望葉書を出したことがあります。

まぁVの姿勢で通信せよ!とかはさておき、次回のムネタケとナンゴウとの会話が楽しみです。実は号が「カイザン」とかでプラモの改造が趣味の親父だったらどうしよう(ないない)。

>舞なら盗聴器
おお、そりゃそーですな(笑)。