勝った。敗れた。再び戦った。

タナーネル・グリーン

 

 


 
機動戦艦 ナデシコ

MOONLIGHT MILE

 

第一幕 Arc-Light
Wb

産声は猛々しく


 

 

――X――

 

 

 その連携は、見事では無かった。
 何処かしら動作には澱みがあり、お互いを十分に気遣っている様では無かった。
 だがそれでも、威力だけはあった。
 先行する赤いエステバリスが右腕に持ったラピッド・ライフルの20o砲弾を勢い良くばら撒けば、後続する白いエステバリスは、赤い機体の打ち漏らしを丁寧に潰して行く。
 イツキ・カザマ(ダイアンサス01)ヤマダ・ジロウ機(ダイアンサス03)の突進であった。

『オラオラオラ! 雑魚どもが、俺の前に出てくるんじゃねぇ!!』

 喜色に満ちた叫びを放つヤマダ。
 勢いが良い。
 それは守勢、そして支援と云う役目から解き放たれた、そして格好の良い配役をなされた事に対する歓喜――そう、イツキには感じられていた。
 尤も、それはイツキにも言える事だった。
 大神戦闘団への支援行動。
 そう言えば聞こえが良いが、実際は火消しとして右へ左へと走り回るだけ。
 疲れはするが効果は薄い、対処治療に類する戦いをしていたのだ。
 それから比べれば今の攻勢は、支援が薄く危険ではあるものの、爽快感があった。
 それを自覚せぬままに戦うイツキ。
 彼女も又、若いという事だった。
 只、若くはあるが決してそれに溺れる様な人間では無かった。
 手元の戦況表示ウィンドウを確認し、それから通信をナデシコに繋ぐ。

「ダイアンサス01よりナデシコ、聞こえますか」

 ナデシコの相手は通信士のメグミ・レイナード。
 但し、戦闘中故に、通信ウィンドウはイツキの眼前では無く頭部の右後方に展開する。

『此方ナデシコ。通信状況は良好です、どうしました?』

 少し暢気さを感じさせる朗らかな声。
 冷静、或いは日常的な声と呼ぶべきかも知れない。
 少なくとも混乱はしないし、不安を感じる事の無い声。
 メグミが声優上がりだとの事を追認するイツキ。
 だが同時に疑問にも思う。
 だが通信の目的はそれでは無い。

「状況報告を、特に周辺の敵の」

 先程にイツキが手元のウィンドウを見て確認した事が1つ。
 それは、突破を図るイツキ機ら2機の周辺に居る敵機が増えていると云う事。
 緑色の線画(ワイヤーフレーム)で描写された周辺状況マップは、赤く染められていたのだ。
 2機だけで撃破した数は優に20を超えており、その行く手、テンカワ・アキト機(ダイアンサス02)が撃破した数まで合わせれば、当初に排除すべきとされていた敵を掃討し尽した筈なのだ。
 にも関わらず、敵は減らない。
 どういう事、そうイツキは尋ねたのだ。

『チョット待って下さい。それは此方でも集計している所ですから――ルリちゃん?』

 新しく通信ウィンドウが展開する。
 ナデシコの巫女、電子システム全般を掌握し、管制するホシノ・ルリがメグミに呼ばれて顔を出す。

『今、アオイ副長と状況評価中です。暫定ですが、報告します。敵が戦力を集中しつつあります』

 その言葉に従って周辺状況マップの倍率が下げられ、範囲が広がって大神工廠全体を移す。
 機体を操る手を止めぬままにも、声に成らないうめきを漏らすイツキ。
 そこには、南部はもとより北部からも戦力が集まりつつある状況が映し出されていた。
 重圧を受ける、その事を自覚したイツキの眉が歪む。
 その胸には不安が生まれた。

『どうやらイツキ隊長達やテンカワさんの機体の突破力が大きかったので、それに対応する形で戦力の集結を図っている様ですね。日本軍の部隊らは、敵の圧力が低下していると報告を上げていますし』

 別な言い方をすれば木星蜥蜴の無人機は、一挙に退かせて再編成を図っている訳では無い。
 そうルリは言うが、それで不安が解消される筈も無い。
 この不安は、携帯弾薬の少なさに起因するものだったのだから。
 機体状況を表示するウィンドウ。そのラピッド・ライフルの欄は、既に黄色く“残弾少量”と表示されていた。

「出来るだけ早く合流して、退きたいですね」

『そうして下さい。今、スバルさん達のB班の転用の交渉を行っていますが、正直、微妙ですので』

「でしょうね」

 ルリの言葉にイツキは、溜息を漏らす様に同意する。
 スバル・リョーコらB班が支援を行っている部隊の規模は小さく、比して被害は大きかったのだ。
 容易に戦力の転用が出来る筈も無かった。
 沈黙。
 それを破ったのは、荒々しくも陽性な男の声だった。

『甘い、甘いぞ隊長さん!』

 何時に間にか開いていたダイアンサス03との通信。
 ヤマダだ。

『武器なんざ飾りです。偉い人にはそれが判らんのです』

 無茶と言えば無茶な言葉。
 余りと言えば余りな暴言に、呆気に取られたイツキとメグミ。
 ルリは表情を変えなかった。

『俺たちのエステバリスには手がある足がある。人型をしているのは伊達じゃないってぇ事よ!』

 ニィっと笑うヤマダ。
 それからやおらに自機のラピッドライフルをイツキ機に投げると、拍手を叩くようにポーズを決めると、そのまま拳を作る。
 ワイヤードパンチ使用時の、拳保護装甲(ナックル・ガード)が展開する。

『こんな事もあろうかと博士と組んだプログラム、派手にお披露目してみせよう! どぉりゃぁぁっ!!』

 脚部ローラーダッシュから、そのまま背中の姿勢制御用のスラスターを全開にして地を飛ぶ。
 右拳を前に。

『必殺! ガイ・スーパーナックォー!!』

 拳が当ると共に、敵無人機が四散していく。
 否、拳では無い。
 腕先へと集中させた機体防護用の力場、歪曲力場(ディストーションフィールド)の影響だ。
 爆発が連鎖する。

『うはははははははぁっ! 見たかこの威力!!
 木星蜥蜴よ、その鉄の身に耳あらば聞けぇ! 手前等の天敵、その名はゲキガンだぁぁっ!!』

 高笑いと共に叫ぶヤマダ。
 ご丁寧にも、その叫びは機体の外部スピーカーで外へと流されていた。

 

 

「でっ、出鱈目よ! ナニよアレ。変態じゃないの!!」

 そう叫ぶのは、ナデシコ運用監督のムネタケ・サダアキ。
 頭を掻き毟る様な仕草でだ。
 だが誰もその言葉を否定しない、出来ない。
 誰もが呆然と、メインスクリーンの画像を見上げていた。
 並外れた冷静さを持つホシノ・ルリとて、呆れた様に見上げていた。
 1言、漏らす。

「……並外れた、馬鹿?」

 大画面の中でダイアンサス03は、派手な回し蹴りを決める。
 ガイ・スピンキックだの、ガイ・スーパーアッパーだのと叫びながら次々と無人機を蹴散らしていく。
 ある意味で、見る人間に対して暴力的な何かを感じさせる光景だった。

「回線が数本、飛んでない、アレ?」

「んー、まぁ使い所さえ間違えなければ大丈夫ですよ、多分」

「多分?」

「一応、ちゃんと確認とかしないと危ないですから」

 何やら意気投合していた艦長のミスマル・ユリカと操舵手のハルカ・ミナトは小声で囁きあう。
 その後ではナデシコ監査役のプロスペクターが、額に浮いた汗をハンカチで拭きつつ、泣きそうな表情で呟く。

「いやいや、ヤル気があるのは否定しませんが………どう査定したものですか」

 高笑いの快進撃系。
 多分に、其処に近い感情を撒き散らすヤマダによってナデシコ・ブリッジの機能はかなり低下する。
 冷静な支援系、副官のアオイ・ジュンすらも呆れた表情でスクリーンを見上げている。

 何とも評し難い雰囲気に包まれたブリッジの空気を変えたのは、1つの怒声だった。

『ブリッジ、聞こえてるか。ウリバタケだ。おい、3番機(ダイアンサス03)の数値がメチャメチャだぞ。何が起こってる?』

 真新しい作業着を着込んだ男、ナデシコの整備班班長のウリバタケ・セイヤだ。
 その顔の直ぐ横に、ナデシコでモニターしているヤマダ機の機体状況詳細が表示される。

「冷却システムがオーバーヒート寸前ですね。既に各関節にも熱量が蓄積されつつあります」

 ルリが簡単な評価を上げる。
 だが機体の問題はそれだけでは無かった。

『いやいやルリちゃんよ、それだけじゃねぇんだよ。ジェネレーターが無茶なエネルギー変換をかましてるせいで問題が出てきてやがるし、補助推進システムやメインフレームの方も無視出来ねぇ、畜生! あの馬鹿は一体何をしてやがる!?』

 青筋を立てての怒声に、ブリッジの一同は顔を見合わせた。
 ヤマダは先程、博士と一緒に開発したと言った。
 艦内には博士号を取った人間も、博士と呼ばれる様な立場の人間も居ない。
 だが、エステバリスの設定に触れるともなれば1人しか居ない。
 違法改造屋上がりで、機体構造から制御ソフトまで何でも請け負う事が可能な整備士(マルチ・タレント)。ウリバタケだけだ。
 それ故に誰もが内心で、博士=ウリバタケだと理解していたのだ。
 だがそのウリバタケが怒鳴っている。
 意味が判らなかった。

「えっと、ウリバタケさんも手伝ったんじゃ無かったんですか?」

『ハァ? 俺が? 何を』

「いや、ゲキガンとか云うプログラムですが」

 弱気というか、何というか。
 腰の引けた感じで返事をするのはジュン。
 ナデシコの実質的な指揮官故にだった。

『ゲキガンだと? あの馬鹿はそう言ったのか!!』

「ええ………木星蜥蜴の天敵だとか」

 その勢いに押されて益々弱々しい態度で応えるジュン。
 対するウリバタケは、益々に感情を激発させる。
 あの馬鹿が、と。

『ありゃぁ、今の状況を見りゃ判るだろうが未完成品、試作版なんだよ! 戦闘用と機体維持用のプログラムの摺り合わせとかの終わってねぇ奴だ。大馬鹿が、実戦への投入は不可って言った筈だろうが!!』

「って事は………」

『直に限界を迎えるっつか、迎えてる。今動けるのはナンだ、八百万かなんかの加護か悪戯だ!』

 現実的思考の技術者(ハード・メカニック)らしからぬウリバタケの言葉。
 それをルリが補足する。
 冷静な声で。

『ダイアンサス03、活動限界です』

 ルリの宣告に導かれて見上げた大画面。
 其処には、敵の真ん中で動きを止めたダイアンサス03の姿があった。

 

 

――Y――

 

 

「ヤマダさん!」

 狭いコクピット内に、イツキ・カザマの上げた悲鳴が木霊する。
 突如として止まったダイアンサス03は、見る見る間に破壊されていっていた。
 抵抗できないエステバリスなど、只の玩具同然。そう思考プログラムが判断したのか、無人機は四方から取り付いて手足を振るっている。
 揺れ、そして黒煙と火花が飛び散っらせる。

「っ!」

 ラピッド・ライフルを構えさせるイツキ。
 20mm弾で取り付いた敵機だけを破壊しようとして、だがトリガーを引けない。
 撃てないでいた。
 左手で握ったグリップ、そのトリガーに掛けられた人差し指が震えていた。

「うっ、撃ちますよ」

 誰に対するでも無く、だが必死の声色で呟くイツキ。
 手元に展開するウィンドウに、[射撃準備完了]の文字が躍っている。
 だが、撃てない。

『ぬぉぉぉぉっ! この程度の苦境、熱血する熱き心があればぁぁっ!!』

 [非常回線]と表示されたウィンドウから、ヤマダの声が流れてくる。
 まだまだ元気がありそうだ。
 だがそれも何時まで持つのか。
 助けるのであれば、急がなければならない。
 にも関わらず、イツキは動けなかった。

『ダイアンサス03の被害率が3割を突破。このままでは2分程度で、システムの再起動以前に撃破されると推測されます』

 冷静なルリの声が通信ウィンドウから流れて来る。
 だがそれでもイツキは撃てなかった。
 動けなかった。
 それは味方を撃つ事への恐怖だった。
 もし自分の射撃が、ダイアンサス03を直撃してしまったら。
 怪我をさせてしまったら。
 そう思うとイツキは、怖くて怖くて堪らなかったのだ。
 その恐怖を乗り越えようと、歯を喰いしばってグリップを握り締める。

絞音

 ギリギリと異音が鳴るが、それだけ。
 決して火器管制システム(FCS)がその能力を発揮する事は出来なかった。

『ぬぉぉぉっ、チョットヤバイかぁぁ!? 隊長さん、とっとと俺の周りの奴等をぶっ飛ばしてくれ!』

 多少当ったって構わないと叫ぶヤマダ。
 その声におずおずとグリップを握りなおす。
 漸く射撃をしようとするイツキ。
 だが遅かった。

電子警告音

 レーダー波探知機が、ダイアンサス01がレーダー照射を受けている事を報告する。
 咄嗟にバックダッシュ。
 飛翔、そして着地。
 その数秒前に居た場所へ、無人機の放ったミサイルが着弾する。

「くっ」

 舌打ちと共にレーダーを確認するイツキ。
 新しい敵機が集まってきていた。

『なんかイイ感じに煙がー! 目が、喉が!! ノリでヘルメットを被って無かったのは失敗か!?』

 冗談じみたヤマダの悲鳴。
 だがダイアンサス03の陥っている状況には、一切の洒落は無かった。

「っ!」

 慌てて駆け寄ろうとするイツキ。
 銃撃では無理でも、手で払う事は出来るのだから。
 だがそれは、阻まれた。
 大量に湧き出してきた無人機の群れによって。
 真紅の目(センサー)が、鈍い光でダイアンサス01を睨んだ。

『マジやばい………このののぉ、こうなったら機体を捨てて』

『――それは、無謀だな』

 回線に割り込んだ声。
 それが誰の声であるかをイツキが確認するよりも先に、衝撃波が駆け下りてきた。
 まるで一矢の如く。
 光爆。
 連鎖する光、それはダイアンサス03に取り付いていた無人機の成れの果てであった。

『間に合ったか』

 爆煙を切り裂いて立ち上がる人影、その右肩には純白で描かれた02の文字。
 ダイアンサス02、テンカワ・アキトだった。
 動力降下から減速、そして着地。
 その操作と同時に、ダイアンサス03に取り付いていた無人機を撃ち払っていた。

 

 

「ダイアンサス02、A班と合流に成功。現在、撤退中です」

 ルリが報告を上げる。
 その声に、安堵の空気がナデシコ・ブリッジを包んだ。
 何とかなるだろう。
 誰もがそう思っていた。

「流石はユリカの王子様。ヒーローなんだもん」

 胸の前で腕を組み、夢見る様に呟くユリカ。
 それを感心した様に見上げるハルカ。

「艦長の知り合いなの?」

「ええ。昔から何時もユリカのピンチには駆けつけてくれた王子様なんです」

 夢見る乙女の表情。
 フト、ハルカは後を見る。
 ジュンを。
 肩を落し、背には何か哀愁染みたものが浮かんでいた。
 それでハルカには理解出来た。

「………可哀想に」

「ん、何がです?」

「別に、何でも無いわよ。色恋沙汰って大変よねって思っただけよ。それじゃ頑張って格好のいい所の1つも見せないとね」

 半分はジュンに向けた言葉。
 同情に、ジュンの肩が目に見えて落ちる。
 だが弛んだ雰囲気はそこ迄だった。

「B班の収容状態はどうですか?」

 そう言ってユリカが空気を引き締める様に口を開いた。

『各機の収容は完了、整備に入ってる。迎えに出すんなら、それなりのチェックをするぞ?』

 即座に応えるウリバタケ。
 通信の傍らで、部下達に指示を出していく。

『兵隊さんも受け入れたんで狭いが、まぁ何とか出来る。嬢ちゃん(パイロット)達もヤル気満々だからな』

「其方の花は、日本軍に譲っちゃいましょう。トリを貰いますから。装甲車輌の固定を忘れずにお願いしますね」

『了解した、艦長』

「対地護衛艦、これで時間は稼げるよね、ジュン君?」

「大丈夫だよ。コッチに向かっている対地護衛艦はふそう級だからね」

 常にユリカに気を配っていたジュンは即答する。
 その言葉と共に情報ウィンドウが展開する。
 敵の情報。
 地形の状況。
 そしてふそう型の情報。
 予め、計算もしていたのだ。
 そのシミュレートの結果を見て、満足げに頷くユリカ。
 それから視線をムネタケに向ける。

「そゆう事で宜しくお願いします」

「ええ。宜しくお願いされるわよ」

 その意味を誤る事無く理解しするムネタケ。
 だから冗談交じりに、高いわよと言って、西部方面軍への連絡を開始する。

「メグミさん、船渠周辺の工員さんの避難はどうなってます?」

「全員、ナデシコ艦内への収容が完了しています。現在、本艦周辺100mに一般市民は居ません」

「ルリちゃん、ナデシコの主機関の具合はどう?」

「主、相転位炉の最終確認は終了。副、レーザー核融合炉は、稼動レベル2にて安定しています」

「蓄電状態は?」

「2割の水準です。主炉が稼動しない限り、この状況の大幅好転は望めません」

「ん、ありがと。でも2割あれば十分かな」

 テキパキと指示を出してゆくユリカ。
 それは正に艦長の態度だった。
 皆の関心を集める中、ユリカはその脳裏にナデシコの情報を蘇らせて確認する。
 出来る。
 そう結論付けると、ユリカは顔を綻ばせた。
 それはまるで、花が咲くような笑顔であった。

 

 洋上を走る戦闘艦の一群。
 第31護衛隊と呉地方隊に所属する補給艦たざわ。
 先頭を行くのは第31護衛隊を構成する日本国海軍所属のふそう型対地護衛艦姉妹の長女、ふそうだ。
 続くのは3番艦のいせ。
 ふそう型は、この時代の水上艦艇としては極めて珍しい、84式72口径20cm単装砲を背負い式に4基装備したその姿は、在る意味で護衛艦との呼称に真っ向から挑戦するものであった。
 基準排水量17000t。
 3胴船体(トライマラン)で、艦中央部に巨大な飛行甲板も備えた戦闘艦。
 日本海軍の主力、汎用護衛艦ふぶき型の基準排水量が8000tだと云う事を考えても破格の規模だと言えるだろう。
 先の第3次朝鮮戦争、その末期の釜山撤退戦では3個機甲師団の突進を2隻だけで防ぐと云う殊勲を上げたフネ。
 それがふそう型だった。

 白波を立てて走りながら2隻の、計8門の主砲が素早く動く。
 蛇が鎌首をもたげる様な仕草だ。
 大神工廠との距離はまだ、優に100kmを超えていた。
 並の野砲では砲弾を届かす事など夢にも思えぬ距離、だがふそう型の装備する20cm砲にとっては、余裕で砲弾を届かす事の出来る距離であった。
 対地の名は伊達では無いのだ。
 目標に関する諸元――諸情報も得ていた。
 後は命令を待つだけであったのだ。
 そこへ、司令官であるナンゴウ・イワオの命令が届いたのだ。
 その内容は単純であり明快であった。
 焼き払え。
 ただそれだけだった。
 そして命令書には目標領域の情報と共に、その外、今だ健在な大神工廠の施設に被害を出したとしても、それはナンゴウの名で不問とする事が付け加えられていた。
 それを見た隊司令は小さく笑った。
 この距離でふそうが外すものか、と嘯く。
 傲慢な科白。
 だがそこに誇張は含まれて居なかった。

「撃ち方始め」

 艦長の下した命令によって、放たれた弾丸は重量100kgを超える20cm砲弾。
 ふそう型の艦載砲は毎分30発と云う猛烈な連射能力を持つが、継続的な射撃を考えた場合、砲身の冷却能力の限界からその限界値の半分、毎分15発が通常運用の上限であった。
 それが4門。
 秒間1発で放たれていた。

 

 それを評するならば、鉄火の豪雨。
 単体攻撃用のレーザー誘導徹甲弾に加えて、面制圧用のGPS誘導榴弾までが降り注ぐ。
 その環境で生き残れるモノなど存在しなかった。

「現時点で、ナデシコ周辺に残存する敵無人機は掃討出来たと判定します」

 ルリの報告が響く。
 後に残ったのは抉られた大地と諸々の残骸、そして黒煙だった。
 動くものは何一つ残ってはいなかった。
 正しく一掃、煉獄の情景。

「ねぇねぇ艦長、このまま他の連中もやっちゃえ無いの?」

 至極真っ当な意見を述べたのはハルカ。
 確かに無人機の撃破だけであれば、ふそう型に一任した方が簡単かもしれない。
 だがそれは選択出来なかった。

「被害が大きくなり過ぎちゃいますから」

「そうなの?」

「そうですよ。ね、ルリちゃん?」

 ユリカの問い掛けに、ルリは頷く。
 そして表示される情報。
 それは着弾点(キル・ゾーン)の惨状だった。
 インフラは完膚なきまでに破壊され、建築物も原形を留めぬ程に破壊しつくされていた。
 有体に言って、荒野の様であった。

「この勢いで木星蜥蜴の無人機部隊を叩いた場合、大神工廠の機能は5割、事、大型船渠の場合には7割が喪失すると判断されます」

「1個連隊規模の無人機と引き換えにするには大神工廠は貴重過ぎる。そういう事です」

「当たり前よ! この大神は日本海軍最大の工廠、拠点よ。それをみすみす破壊させる様な指示をあの偏屈爺(ナンゴウ)が出す筈が無いわ!」

 ヒステリックに喚くムネタケ。
 当然だろう。
 この話の流れで、大神工廠をふそう型で砲撃するとなった場合、それをナンゴウに提案する羽目になるのはムネタケ自身なのだから。
 確実に怒鳴られる、怒られる。
 この歳で、そんな無様な目にあうのは御免被る。
 その一心で口を開く。

「第1、もう作戦は提案して了承されて、それで実働しているのよ? それを今更!」

「ですけど臨機応変、適時適応とかいう言葉もありますし………」

 ふと前言を翻すユリカ。
 作戦の前提が変わった、そう呟いて俯く。
 考えている。
 確かに作戦立案の時点では、ふそう型がここまで高い戦闘力を保有しているとは思っていなかったのだから。

「確かにユリカの言う通りだね。壊れた設備や機材は作り直せばいい。だけど死んだ人間は決して戻らないのだから」

 在る意味で当然の判断、或いは迷い。
 それをジュンが肯定する。
 だがそれは困る。非常に困るのだムネタケは。
 何とか説得しようと頭を捻るムネタケ。
 その救いの主は意外な方向から差し出された。
 プロスペクターだ。
 それは困りますと言う。

「いやいや、ここで1つナデシコの優秀性を実証して頂きたいのですよ」

 そうでないと、後々のセールスにも影響がありますからと言う。
 道理であった。
 緒戦でインパクトのある戦果を上げれば、新奇技術の塊と馬鹿にしていた連中に、強烈な印象を与える事が出来るのだから。
 天佑神助、そう言わんばかりの表情で、プロスペクターを見るムネタケ。
 目の端が少し、光っていた。

「契約でありますよね“戦闘時にも最大限ネルガルの利便を図る” これで納得してはもらえませんでしょうか、はい」

「そゆう事なら仕方ありませんね。規定路線で行きましょうか」

「いいの、ユリカ?」

「しょうがないよ、ジュン君」

 そう言ってユリカは、少しだけ面白く無さそうに髪を撫でた。
 帽子を被りなおす。

「これもお仕事、お仕事。えり好みは駄目だよ」

 憂いを吹き飛ばす、花が咲くような笑顔だった。

 

 

――Z――

 

 

「なかなかの手際だな、隊司令」

 擦れた声で口を開いたのはナンゴウ。
 相手は第31護衛隊司令だった。

『もう少し精度があれば全て屠れたのですが、残念です』

「精度があっても威力が大きすぎる。直撃後ですらも地表を抉っている。203mmを対無人機で使うのは勿体無いな」

『“命の価値は絶大にして皆無である。故に諸君は効率的に死なねばならぬ。殺さねば成らない”
 どこぞの訓示だったと思いますが、教官殿(・・・)?』

「よく覚えている」

 皮肉げな、だが何処かしら嬉しさを漂わせながら唇を曲げるナンゴウ。
 第31護衛隊司令は、ナンゴウが防衛大学校の教官をしていた頃の教え子の1人だった。
 そして先の言葉は、教え子達が任官する時にあたってナンゴウが送った言葉だった。

「だが、不要だ。新兵器の試し胴が予定されているからな。その為に均したのだ」

 ふそう型の主砲が焼き払ったのは、広大な大神工廠の極々限られた区画。
 それは扇形の、海から山へと貫く回廊だった。
 それは無論、偶然では無い。
 慎重にして大胆に作られた即席の射爆場だった。

『グラビティ・ブラスト――使えますか?』

「判らんよ、使ってみなければな。だからこそ、だ」

『相変わらず神経が太いですな、閣下は』

 呆れたような口調に、鼻で笑って応えるナンゴウ。
 その時、通信参謀が駆け寄ってきた。
 ナデシコから連絡が入ったのだと。
 黙って頷き、先を進めるナンゴウ。

「始まります」

 簡潔な言葉は、その意味を誤る事無く伝えきる。

『新しい時代、ですかな』

「違う。新しい道具にしか過ぎん。相手は何であれ、所詮は戦争だ。違いは無い」

 

 

 ナデシコのブリッジが振動している。
 船渠の天井から、パラパラと細かい埃などが落ちてくる。
 時折り、大きなものも落ちてきて、船体を叩く。
 ナデシコの入っている第3船渠は今、攻撃を受けている最中だった。
 それまで船渠のある大神工廠南部を護っていた部隊が、その船内へと撤退したのだ。
 怒涛の如き勢いで無人機は迫ってきていた。

「無人機の先頭集団、第3船渠まで50mを切りました」

 淡々としたルリの報告。
 その声に応える様に、天井の一角が派手に崩落する。
 純白の船体に落ち、そして砕ける。

「敵の収束状況は?」

「予定通りです。北部からの部隊は予想通り着弾領域(スロット)を経由して来ています。ほぼ全ての戦力が此方に向かっています」

 第3船渠の周辺図は、真っ赤に染まりつつあった。
 それを見上げるユリカに、気負いの色は無い。

「ルリちゃん、相転移炉始動準備」

「了解。レーザー核融合炉、稼動レベル3へ。全力運転開始……3…2…1…臨界点到達。全システム正常稼動、異常なし。続けてフライホイール始動します………規定値へと到達しました。」

「フライホイール接続。相転移炉始動」

「フライホイール接続します」

 その言葉と共に、船体がそれまでとはまったく別の形で揺れた。
 或いは震えた。
 それは胎動であった。
 一瞬だけ電気が消え、再び点灯する。

「相転移炉、正常稼動。動力ラインを予備から主へと移行しました。外部電源ライン、パージします」

 星海を往くフネを地へと縛り付けていたものが失われる。
 今この時、ナデシコは真の意味で世に生まれた。

「じゃぁ、始めようか」

 軽い口調のユリカ。
 まるで、そこら辺まで散歩にでも行くかの様な気軽さ。
 ナデシコの戦いが始まる。

 

「ルリちゃん、ミサイル。信管は近接、安全距離は無効で。発射直後にディストーションフィールドを展開、規模は最小で。出来る?」

「大丈夫です」

 ユリカの問い掛けに即答するルリ。
 即座に仕上げられた計算が、ウィンドウにて提示される。
 深く頷くユリカ。
 それから、ミナトに指示を出す。

「――そゆうルートでお願いします。速度は少し遅め、曳き付ける形で」

「了解。んじゃ、魅惑に踊りながら引っ張るとしましょう」

「メグミさん艦内放送を」

「はい――どうぞ」

 少しのど元をさすって、それからユリカはゆっくりと口を開く。

『此方艦長のミスマル・ユリカです。ナデシコ艦内の皆さん、これよりナデシコは出撃します。敵は強大ですが、私たちが全力を尽くせば出来ない事は無いと思います。頑張りましょう』

 最後にVサインを決めるユリカ。
 それから深く息を吸って、言葉を放つ。

「ナデシコ、発進!」

 

 

 有象無象と集結してくる無人機の群れ。
 目標は、Na-3と壁に白く書かれた大型船渠。
 あるモノはモゾモゾと近づき、あるモノは遠距離からビーム砲やらミサイルを放っている。
 標的はナデシコ。
 否、その様な事を無人機は知らない、考えない。
 狙うのは、その場より伝わってくる情報。
 出撃前に命令されていた最優先攻撃目標――相転移炉の稼動を感知したが故にだった。

重破音

 その時、第3船渠が崩壊する。
 派手に爆炎を吹き上げて。
 爆砕。
 それは、内側からのミサイルによってだった。
 吹き上がる爆煙を切り裂いて浮上する白亜の船体、ナデシコ。
 攻撃が集中する。
 第3船渠へと向けられていた火力の、優に数倍の火線が集中する。
 しかし、その尽くはディストーションフィールドによって阻まれ、船体を傷つけるには至らない。
 ナデシコはゆっくりと後退を開始する。
 纏わり付いてくる無人機を引き摺る様にして後ろに。
 無人機の群れは、その挙動に巻き込まれ集まってくる。

 

 被害は無い。
 だが如何に新型の防護障壁(ディストーションフィールド)とは云え、撃ち込まれる火力、その運動エネルギーの全てを打ち消し、逸らせる訳では無かった。
 揺れるナデシコ。
 ブリッジで席に座っていない人間は、多くが手すりを掴んで身体を支えていた。
 ユリカを除いて。

「ルリちゃん?」

 自らの両足だけで立つユリカは、背筋を伸ばしたままに最後の確認を行う。

「敵無人機、全て射程範囲内です」

「ジュン君?」

「大丈夫。日本軍、民間人の避難は完了しているよユリカ」

「んっ、じゃ――」

 さっと右腕を振り上げ、振り下ろす。

「――グラビティ・ブラスト、発射!」

「グラビティ・ブラスト発射します」

 放たれる、黒い光。
 それは地球の戦艦で初めて放つ力、グラビティ・ブラスト。
 地表を削り、その射線上のあらゆるものを巻き添えにして、無人機を一掃した。

 

「地表の敵無人機、稼動状態にある機体は確認できません。一掃したものと判定出来ます」

 ルリの報告に、相好を崩したのはフクベ・ジン。
 好々爺然とした表情で口を開く。

「初陣にしては見事だった、ミスマル艦長」

「有難う御座います、提督」

 敬礼を捧げるユリカ。
 答礼をするフクベ、そしてムネタケ。
 尤も、ムネタケの表情は朗らかと云うには少しだけ異なっていた。
 嫉妬。
 或いは羨望。
 その気分が表に出たのだろう、殆ど捨て台詞じみた言葉を紡いでいた。

「これから、これがまぐれじゃ無いって事を実証する事を期待するわ」

 

 

――[――

 

 

 横須賀基地、航宙艦ドックの脇に設けられた長大な通路。
 そこを連合宇宙軍第5艦隊司令官ミスマル・コウイチロウ中将は足早に歩いていた。
 その後を参謀肩章を下げた男が2人、付いて来ていた。

電子音

 その片方の参謀――戦務参謀の持っていた通信機が鳴る。

「ん、どうしたかね?」

「朗報です、提督。大神工廠の攻防は、日本側が勝利したとの事です」

「意外に早かったですな」

 特徴的な髪形をした男、第5艦隊参謀長のムネタケ・ヨシサダ大佐が、髭に手を当てながら呟く。

「流石は……と言った所ですかな提督」

「そう褒めるものでは無いよ、参謀長。若人は叱って叱って伸ばすべきだ。安易に褒めては芽を潰す事になるからな」

 頬の肉を揺らしながらも、声だけは冷静に紡ぐコウイチロウ。
 だが目元に浮かんだ笑みだけは消せなかった。
 その事をヨシサダと戦務参謀のロベルト・ボルトマン大尉が指摘する事は無かった。
 礼儀正しく無視する。
 親としての喜び、それを思うが故に。

「しかし、どうされますかな」

 第5艦隊の出動について問うヨシサダ。
 全力出動の号令一下、横須賀基地に集結していた第5艦隊所属の全艦艇は出撃準備を進めているのだから。
 目的は無論、大神工廠の支援。
 その目的自体が達成されているのだ、出撃中止の命令も妥当かもしれないとヨシサダは考えたのだ。
 第5艦隊は先の衛星軌道の戦い、第5次衛星軌道(ナナフシ)会戦の痛手から回復しきれていないのだ。
 出来る限り、今は能力の回復に努めるべきでは無いかと。

「……行こう。大神の保持は出来たが、それは対処にしか過ぎん。抜本的な状況の回復が必要だろう」

「CHULIPを狩りますか」

「ウム。それだけで在れば、人員と艦への負担も少ないだろう。このまま、無為に戦力回復にのみ務めては、錬度の低下を警戒せねばなるまい。違うかね、戦務参謀。君の報告を読む限りは、だが」

「はっ。設備の限界から、修理に取り掛かれていない小破状態の艦が多数あります。規定から、訓練にも参加出来ず、その戦技の低下は憂慮される所かと」

 その説明には深く頷くヨシサダ。
 ヨシサダも、その問題を看過したい訳では無かったが、それ以上に、戦力の回復こそが急務だと判断していたのだ。
 とは云え無論、司令官の命令があれば反対する理由は無い。

「参謀長、戦務とその線で艦隊の運用を立案してくれ。私は軍令部と市ヶ谷(トライ・タワー)に連絡をしよう。急ぎたまえ、艦隊の出撃までは時間が無い」

「はっ」

 駆け出す2人。
 流石は現役、といった感じでその動作に淀みは無い。
 1人残ったコウイチロウ。
 フト、仰ぎ見る。
 己が乗るフネ、リアトリス級戦艦トビウメを。
 通常型のリアトリスに比べて、艦隊指揮用として通信機能の強化された勇姿を。
 周囲には誰も居ない。
 だからこそ、万感の思いを込めて小さく呟く。

「ああユリカ。パパは嬉しいが、少しだけ悲しいよ。これが子に乗り越えられる親の気持ちか………」

 愛すべき親馬鹿司令官。
 それがミスマル・コウイチロウであった。

 

 

 その頃、ミスマル・ユリカは職務を放り出そうと企んでいた。

 派手な一撃で決着を付けたナデシコ。
 その白亜の船体は今、別府湾に浮かんでいる。
 戦闘の終結と共に、大神工廠の機能復旧が始まっている。
 負傷者の回収と治療、破損した機材の撤去など。
 そんな忙しく動き回っている作業船やら救難船、消防船の横をナデシコはゆっくりと進んでいた。

「艦長、港湾局から通信です。本文“貴艦ハ第4埠頭ヘ接岸サレタシ”です」

「操艦は……そうねハルカさん御免なさい。ルリちゃん、誘導波の確認をしてからオモイカネ制御で。今のうちに試験をしておきましょう」

「了解艦長。操舵権、移管(ユーハブ)

操舵権、掌握(アイハブ)

 ハルカの言葉にオモイカネが、ウィンドウで返事をする。
 それをルリが補足する。
 操舵権の移管を確認、と。

「ジュン君、後は艦内状況の確認と、便乗組みの確認と連絡をお願いね」

「了解、でも纏めてあるよ」

「流石はジュン君! 有難う」

 その笑顔に、撃沈するジュン。
 赤らめた顔で胸を叩いて言う、任せてと。

「じゃ、ユリカは要らないね。ジュン君、後をお願い!」

 そう言うや否や、ブリッジから抜け出そうとするユリカ。
 目的地はナデシコ格納庫、アキトだった。
 だがその行く手を人影が遮る。

「何、馬鹿を言ってるのよアンタはっ!」

 ムネタケだ。
 腕を組んでの仁王立ち。
 右の眉が小刻みに揺れている。

「戦闘配置の艦の艦長が、職場放棄をしてどうするのよ!!」

「状況的には敵も居ませんから、問題は無いんじゃ無いですか。ねぇジュン君?」

 各部へと真面目に指示を出していたアオイ・ジュンが、その呼びかけにピクリと肩を震わせた。
 おずおずと振り返る。

「あ……え…まぁ大丈夫なんじゃ無いか………な?」

 何とも弱気にユリカの言葉を肯定するジュン。
 その言葉にムネタケの眉が更に跳ねる。
 思いっきり息を吸い込んで、それから吼える様に叫ぶ。

「んな訳、あるかーっ!!」

「おぉぉっ!?」

 その余りの声の大きさに、ブリッジに居た全員が振り返った。
 誰もがムネタケと、そしてユリカを見ていた。
 痛いほどの沈黙が舞い降りる。

「誘導波を確認しました。以後、ナデシコは自動制御で接岸します」

 淡々としたルリの報告。
 それで呪縛が解かれた様に、一同は自分の仕事へと戻る。
 そしてムネタケは、ブリッジの片隅へとユリカを連れ込む。

「いい、下は上を見て仕事をするのよ。上が仕事を真面目にしないのに、人が着いてくると思ってるの! と云うかそもそも、アンタ何をする気よ?」

「一仕事終えた王子様をお迎えする事、これってお姫様の特権だと思うんですよ」

「………いい度胸ねアンタ、自分をお姫様なんて、と云うかテンカワね、幼馴染って。確かに人の情として久しぶりの人間に、直に逢いたいってのは判るわよ、だけど――」

「アキトは私の事が好き。だけど、それだけで満足しちゃイケナイとユリカは思うんですよ。奮闘した王子様には報奨として、その、お姫様のキスが………」

 ほんわかと頬を桜色に染めるユリカ。
 頬に手をあてて、イヤンイヤンと左右に身をくねらせる。
 可愛らしい光景だ。
 尤も、頭に血を上らせたムネタケには、寸毫の影響も与えなかったけれども。

「人の話を聞きなさいよ、アンタ!!」

「?」

 怒鳴られた意味を理解出来ない。
 そんな表情で小首を傾げるユリカ。
 正しく天然だった。
 それを深く認識したムネタケは、口を開く前に深く深く溜息をついていた。

「溜息をつきますと、幸せが逃げますよ」

「もうとっくに残ってないわよ、つか、誰のせいよ誰の………もういいわ。それよりもね艦長。艦長は艦が戦闘配置中はブリッジから離れては駄目。それが人の上に立つ者の務めよ」

 霧散しそうになるやる気を必死でかき集めて諭すムネタケ。
 内心で怨嗟にも似た『アタシが生残る為』の言葉を連呼しながら、それを表には一切出さずに。
 艦長がしっかりしていない艦の生存率の低さ、それを慮っての事だった。

 戦場にありては常に艦橋にあれ(オールウェイズ・オン・デッキ)

 それは在る意味で艦長たるの職務に付く事の見得でもあった。
 だが見得の1つも張れない人間に、果たして誰が付いていくだろうか。
 特に、戦場と云う極限状態に於いて。
 ナデシコは民間籍船であるが、戦場に投入されるフネであるのだから。

「アンタがアンタらしくありたいってなら、それは別に否定も拒否もしないわよ。
 だけどね、仕事だけはキッチリやった上で言いなさい。それが真っ当な社会人(オトナ)ってもんよ」

 

 

 健在な第4埠頭へと、ゆっくりと接岸するナデシコ。
 航宙船舶係留用の慣性アンカーが、その船体を固定する。
 船腹に設けられた資材資材搬入口が開放される。
 艤装は完成していたとは云え、各種消耗物資の搬入は終っていなかったのだ。
 又、便乗していた大神戦闘団の部隊も下船させる必要もあった。
 ムネタケの言葉に感銘を受けたから――そういう訳でも無いだろうが、ユリカはそれらに対して積極的に自分の役割を果たしていっていた。
 そしてそれらが終った時、ユリカはエステバリス隊のパイロットをブリッジに集合させる様に言った。

「どうしてだい、ユリカ?」

 初の実戦の疲れ、更にはその実戦での経験を元に機体整備や微調整をしているパイロット達を、何の為に呼ぶのかと訝しがるジュン。
 ユリカの回答は、健闘した彼らを人前で褒めてはどうかと云う事だった。

「これからもエステバリス隊の皆さんには苦労してもらうから、うん。いい考えだと思わない、ジュン君?」

 

 エステバリス隊のパイロット達がブリッジに集合する。
 初めての実戦、それも困難な状況を乗り越えた彼らの顔には1つの達成感があった。
 或いは自信。
 良い表情だった。
 尤も、それを見るユリカの表情は優れないが。
 その事に気付いたジュンが、目配せをする。
 それでユリカは頭を振って表情を入れ替える。

傾聴(アテンション)! 艦長の言葉です」

 本来、ナデシコは民間船籍であり、これ程に堅い表現をする必要性は無いのだが雰囲気出し、或いは儀礼的な性格故にだった。
 ジュンの科白を合図に起きる、敬礼と答礼。
 そしてユリカが言葉を発する。

「ご苦労さまでした。貴方達の奮戦によってナデシコは無事、飛び立つ事が出来ました。
 これから私たちの向かう火星は、今以上の激戦が予想されます。
 ですが、それを乗り越えて、火星に残された人たちを見つけそして連れ帰りましょう。
 そしてそれは、ここに居る全員と一緒である事を私は望みます。
 頑張りましょう。頑張って生きて帰ってきましょう」

 洗練された言葉では無かった。
 だが、心の篭った言葉だった。
 その言葉に、パイロット達は心の篭った敬礼を捧げていた。

 ジュンが解散の号令を掛ける。
 それを合図に、気楽な雰囲気で休憩に降りていくパイロット達。
 そこでユリカは、隊長のイツキを捕まえる。

「ねぇねぇイツキさん、アキト達はどうしたの?」

 凄く残念そうな声で問うユリカ。
 格好良い所を見せたかったし、褒めたかったのに。
 そんな表情だ。

「テンカワさんもヤマダさんも負傷していましたので、医務室へ直行させ、それから休憩をする様に命じました」

「え? アキトって怪我してたの! 何処で、どんな感じで!?」

「戦闘前に、ルリちゃんを庇って………艦長?」

 ウルウルとした目で、震えるユリカ。
 悲しさ、否、感動でだ。

「そんな、怪我をした状態を圧して私の為(・・・)に頑張ったんだアキト。ヤッパリ、私の王子様だ」

 満面の笑顔を浮かべて言い切ったユリカを、イツキは呆然と見ていた。
 発想の脈絡が理解出来なかったのだ。
 横を見ると、副長のジュンが首を横に振っていた。
 それでイツキは納得した。
 何時もの事なのだと。

「ルリちゃん、アキトの場所を教えて! 怪我をしてるんだったら、私から行かないとね♪」

 満面の笑顔。
 オモイカネを通せば何処にアキトが居るか簡単に判る。
 オモイカネを扱う事はユリカでも出来るが、非戦闘時に於ける乗組員の位置把握は、プライバシーに関わる為、専任オペレーターと総管理官(プロスペクター)以外が知る事は出来ないのだ。
 だからこそルリを呼んだのだ。
 出会い方を、最初の声掛けをどうするかなど愉しげに考えるユリカ。
 だがそれは、メグミの非情な発言で凍った。

「居ませんよ。ルリちゃん、ミナトさんと一緒に先に休憩に降りましたから」

「えぇーっ!」

 企画立案12秒の、“思い出に残る再会(はぁと)”計画が初っ端で潰えて思わず声を上げるユリカ。
 その後で、ジュンが重い溜息をついていた。
 そしてイツキはそんなジュンを慰める様に、ポンポンと肩を叩いていた。

 

 

2004 4/23 Ver5.01


<次回予告>

大神の戦いは終った
昔は単純で簡単に思えていたが、今ではかなり複雑で面倒に思える
変わったからか、知らなかったからか。或いは子供だったからか
どうでもいい
俺にとって過去なのだから
只なぞるだけの、再演
だがそれは間違えた認識、理解していなかった
俺以外の全ての人間にとって、宝石よりも貴重な今と云う時間だという事を

 

機動戦艦ナデシコ MOONLIGHT MILE
Xa
THE ENEMY BELOW

 

軋みが響く


<ケイ氏の独り言>

 なんと云うかナデシコ、ですよね?(疑問系
 お疲れ様です皆様、ケイ氏で御座います。
 何と申しますか、漸く本編キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!?と言いたかったり、言いたくなかったり。
 そもそも、4話(8部)掛けて漸く1話分しかしていない遅さにどうよとか色々と。
 まぁこれから先はもう少しスピードアップをしますので、お見捨てなく。
 そのウチに水着とか買い物とか、まー色々とイベントが発生する予定ですので、お楽しみにぃぃ〜と思って頂けると幸いです。

 しかし、本編キャラが出張ってくると話が明るくなるって事は素晴らしいですな。
 ああ愉しい。
 特にヤマダ君。
 何時も運ぶだけの座布団に豪奢に座らせてあげたい位に良いキャラです(爆

 只、ユリカに関しては色々と混ざったかなとか思ったりも(お
 特に、ぽややん金髪癒し系幸運の天才さんとかがね(おぉ
 まぁシスコンの弟が登場予定に全く無いのが救いですが(自爆
 ではでは。

 

>代理人さん

 総統閣下と、芝村の居る日本国防軍………萌え?(極大熱核自爆

 つか、オマケで大隊指揮官とかまで居るんだから、どっちが悪役か判らんなー(苦笑
 もう少し、敵に良い人材を入れないと、ね☆ミ
 そゆう訳で、頑張れサトル・ファリーナ!

 

 

感想代理人プロフィール

戻る

 

 

 

 

代理人の感想
うーむ、同じキノコでもやる事をやっているのとやっていないのとではその言の重みがまるで違いますなー。
作者の人が自分で言ってるように、ユリカとなんかいいコンビになっちゃってるし。
本編と変わらないままでいい味だしてるどこぞの熱血馬鹿とは好対照かな。w

>本編キャラが出張ってくると話が明るくなる
つまりそれは、ケイ氏さんの書くオリジナルないし元ネタキャラが・・・げふんげふん。