人生における大きな仕事というのは、
遠くにぼんやりと何が横たわっているか見ることではなくて、
手元にはっきりと横たわっていることをなすことである。

トーマス・カーライル

 

 


 
機動戦艦 ナデシコ

MOONLIGHT MILE

 

第一幕 Arc-Light
Yb

平穏なる日々


 

 

――X――

 

 

 2部屋で構成された個室。
 執務室と応接室とを兼ねた1部屋と就寝用としての1部屋。
 給湯設備もあり、風呂とトイレは別構造。
 戦闘艦に用意されたものとしては、何とも贅沢極まりなく感じるそれが、ナデシコに用意された高級指揮官用の部屋だった。

 これを贅沢だと感じられること。
 それが自分が軍人としての思考に染まりつつある証拠なのだろうか。
 簡素ではあるが、貧しげには見えない難燃合皮製のソファに腰を下ろしながら、そんな埒もないことをテンカワ・アキトは考えていた。
 芳醇な薫り。
 淹れたて珈琲の匂いが、アキトの鼻を突く。

「悪かったわね、わざわざ」

 そう言って珈琲カップがアキトの前に並べられた。

「はい、いいえ。食後は暇ですので」

「いいわよ、アタシの前ではい、いいえ式の言葉遣いなんて使わなくたってね。ここは民間籍船で、お互い出向中の身なんだから。それともそういう気楽なのは嫌い?」

「いえ。有難くあります」

「ああ、そのかたっ苦しい言葉遣いもいいわよ。ここじゃ、軍籍持ちなんて、アタシとアンタ位なんだから気楽にやりましょう」

 そう。
 アキトの居る個室、その主はムネタケ・サダアキ中佐だった。
 呼び出しを受けていたのだ。
 それ故、夕食後の時間に扉を叩いたのだった。

「判りました」

 素直に肩の力を抜くアキト。
 ムネタケは満足した様に笑う。

「宜しい。所で、訓練の方はどうなってる」

「順調ですよ。ある程度、連携も取れてきましたし」

 2人一組(ツーマンセル)での、実戦形式(ゲーム・スタイル)での訓練。
 時間の積み重ねが、連携を育ててはいた。
 ただ同時に、と思うところがアキトにはあった。
 その気持ちが出たのだろう。
 ムネタケは口の端を歪めて、更に問いかけてくる。

建前はね(・・・・)、じゃぁ本音はどうかしら?」

「・・・・・・」

 直球極まりないムネタケの質問に顔を顰めるアキト。
 少し考える。
 隊長のイツキは悪い人間では無い――だがと思う。
 口元を湿らすため、珈琲を飲む。
 珈琲はブラックだったが、意外な程に美味しかった。

「実戦形式ではなく、基礎体力作りと座学を中心にすべきじゃないか。こんな所ですかね」

「実戦形式だけじゃ駄目?」

「理屈ぬきでの実体験主体では、効率的なスキル上昇は望めないかと」

 指揮官というか上官であるイツキの批判にもなるが、アキトは臆せず言葉にしていた。
 血と汗に因って学んだモノだけでは視野が狭まる。
 それが偽ざるアキトの本音だった。

「いいわね、非常にいいわよ。現場の叩き上げがそんなに言うなんてね」

「実体験だけでは補えないものも在りますから。・・・・・しかし、なぜ私に聞くのですか?」

「アタシとアンタしか正規の軍人が居ないからよ」

 真剣なムネタケの表情にアキトは、自分が真っ当な士官では無い事を口にしようとして、そのまま飲み込んだ。
 その代わりに別の事を口にする。

「軍事オブザーバーで中佐の他にも何人か乗り込んで来る予定だったのでは?」

「予定は未定よ! 航海科や砲術科、他々み〜んな中止になったわよ。新聞読んでるわよね? 例の星海艦隊(スターフリート)絡みよ。フネが増えれば人も増えるわ。んで、その人員の大幅な拡大に対応する為、退役も予備役構わずに教官役で根こそぎぜ〜んぶ持ってかれた訳よっ!!」

 憤懣やるかたないといった風情で口を尖らすムネタケに、思わず失笑するアキト。
 ジロリとアキトを睨むムネタケ。
 失敗したかな、と口元を整えるアキト。
 遥かな過去の経験から、本質的にアキトはムネタケと云う人間を信用してはいなかった。
 目的のためには手段を選ばぬ人間だと思えていたのだ。
 クーデター事件や、過去のヤマダが死んだ経緯を考えても、信用出来る筈が無かった。
 その意味でムネタケは、アキトにとって要注意人物であった。
 にも関わらず、隙を見せてしまったアキト。
 冷や汗に近いものを背に感じつつアキトは、その理由に思考を向ける。
 だが、その結論を得る前にムネタケが口を開いた。
 その内容は、アキトが想像したものとは全く別のことだった。

「体力作りといい、堅実なのねアンタは」

 褒めるその言葉に、面食らったように素直に頷くアキト。
 故に、本音を漏らす。

「臆病なだけです」

 それがアキトの素直な気持ち。
 声色と表情からアキトが本気である事を知覚したムネタケは、満足げに笑う。

「吸うわよね?」

 黙って頷くアキト。
 喫煙は害悪であるという社会認識の一般化した時代ではあるが、軍人とは基本的に喫煙家――愛煙家でありつづけていた。
 多くの軍人は喫煙嗜好を伝統の如く続けており、軍用ステーションには常に喫煙場所が用意されている有様だった。
 気分転換、或いはストレスの問題か。
 兎も角、誰もが吸っていた。
 それはアキトも例外では無く、手持ち無沙汰な時間に良く吸っていた。
 机の上から細巻の葉巻タバコのケースを取って1本銜えると、そのままケースをアキトに放り投げた。
 アキトの手の中に納まる銀細工のタバコケース。

「ケースごとあげるわ」

「?」

 気障なしぐさで吸い口をナイフで切り飛ばし、マッチを擦り火を点けているムネタケに、目を見張るアキト。
 突然のムネタケの行動、その意味が判らなかったのだ。
 葉巻ケースは小振りながらも、表面には見事な彫刻が成されており、安物ではない事は少し持っただけでも判った。それ故にだ。
 対してムネタケは盛大に煙を吐き出すと、楽しそうに笑った。

「なに、勇敢な同志に対するプレゼントよ。人間、臆病な方が長生きをするんあけど、それを口にするには勇気が必要なのよね。
 テンカワ訓練教官、新しい訓練プランを作れるわね?」

 その言葉の意味するものは1つ。
 これからのナデシコ機動部隊の訓練を担当するのはアキトになる。
 そういう事だった。

「はい。今日明日中には」

 是非もなし。
 激しく鍛えようとアキトは腹を決めていた。
 恨まれるかもしれないが、友人たちの生存率を少しでも上げるために自分は鬼になろう、と。

「良い返事よ。仕事熱心なのも気に入ったわ。それじゃぁ一緒に仕事をしようじゃないの」

 

 

――Y――

 

 

 燦々と照りつけている陽光。
 地は、水気を失って真っ白になっていた。
 島という環境にも関わらず、以外に乾いた風が駆け抜けていく。
 場所はケープ・カデナの一角に、運動用として整備された場所。
 そこで灰色の作業着を着た6人の男女が走っていた。
 ナデシコ機動部隊の面々だ。
 一周300mのトラックを20周。
 ある程度は遅くとも、完走すれば良い。
 それは訓練の一環、基礎体力作りであった。

 

 

 

『訓練の内容を変えるんですか?』

『ええ。実戦形式も悪くは無いですが、もっと体力――持久力を付けるべきかと思いまして』

 ナデシコの機動部隊用のブリーフィングルーム。
 アキトとイツキ・カザマが珈琲を手に話し合っていた。

『………間違ってましたか、私?』

『基本的には間違えてはいないと思います。
 エステバリスは全く新しい兵器体系で、その部隊の錬度向上に関して試行錯誤の面は大きいです。その意味では早く機体に習熟しようと云うのは良い判断だと思えます。
 ですが、それ以前の問題として彼等の体力に問題を感じるんですよ』

『そんなに、ですか?』

『ええ。元々素質の面で選ばれた面々ですので技能的な不足は全くありません。ですが能力的な面では………』

 そう言ってアキトが提示した情報ウィンドウ。
 其処には、仮想訓練機(シミュレーター)で収集したパイロット達の生命兆候(バイタルサイン)、体温や脈拍、呼吸数のみならず眼球運動等からパイロット達の集中力の状況までもが表示されていた。
 ウィンドウを睨むイツキ。

嘆息

 イツキは溜息と共に小さく頷くと、そうですねと言った。
 データにははっきりと、各パイロット達の集中力が短期間で低下していく様が現れていた。
 瞬発力はある。
 特に反応速度等では、軍の精鋭パイロットに優るとも劣らない数値を叩き出していた。
 が、それも数十分で一気に低下していく。

『これじゃ駄目ですね………………こんな事にも私は気付かないなんて………』

『仕方が無いですよ。今の訓練方式だと、定期的にインターバルが入るんで目立たないですからね、このデータは』

 肩の力を落としたイツキ。
 アキトの言葉は、慰める響きがあったが、それでも彼女は納得しなかった。
 確かに気付き辛いかもしれない。
 だが、アキトはソレに気付いたのだ。
 仕方が無い等と受け入れる訳にはいかなかった。

 自分はまだまだ未熟だと小さく呟くイツキ。
 その発言をアキトは、喉の奥で苦笑をかみ殺しながら聞いていた。
 当然だろう、と。
 無論、イツキを馬鹿にする意味ででは無い。
 士官学校を出たばかりの部隊指揮の経験も無い人間が、そんなに簡単に指揮官の役割を果たせる筈は無いのだと思っていたのだった。

『兎も角、問題点は見えたのですから、其処から洗い直せば良いじゃないですか』

『そうですね、頑張るとしましょう!』

 そう言ってイツキは無理に笑顔を作っていた。

 

 そんな会話の翌日、朝のブリーフィング時にアキトは告げた。
 訓練内容の変更を。

「あたし等が信用できないってぇのかよ!」

 訓練の方針変更。
 その内容が表示されたとき、最初に口を開いたのはスバル・リョーコだった。
 椅子をけり倒して立ち上がる。

「そういう訳じゃない」

 リョーコの剣幕にアキトは、正面から対峙する。
 とはいえ、感情的になることなく言葉を淡々と紡いでだが。

「技量の高さに関して皆は、軍の一線級パイロットに勝るとも劣らない。それは私も認める」

「そ、そうか? あー照れるな………」

「リョーコ、単純ー」

 すかさず茶々を入れるアマノ・ヒカル。
 だが当人の表情にも笑みが有る。
 この場に居る誰もが知っていた、アキトが何処の部隊に所属していたかを。
 連合宇宙軍第3艦隊(オービット・フリート)、第2321軌道上の護手(ヘル・ダイバー)中隊。
 それは地球の軌道上にある、地球最後の防衛線。
 当代一級のパイロットが集められた地球防衛の要、その1人に褒められたのだから嬉しくない筈が無い。

「ただし体力、持久力の事を考えなければ、だ」

 アキトの言葉と共に、その背後に特大のウィンドウが展開する。
 各人の体力の状況と共に、時間経過による集中力の低下具合がグラフによって表示されている。

「赤で書かれているのが平均的パイロットの状態だ」

「っ!」

 息を飲む音が響く。
 ナデシコ機動部隊各員の数値は、その約半分程度しかなかったのだから。
 最初はほぼ同じか、やや高い位の状態。
 だが時間の経過と共に一挙に悪化していき、一時間後には目も当てられない状況に成っていた。
 その様は、いっそ面白いと言える程にだった。
 重い空気が、作戦室(ブリーフィングルーム)に舞い降りる。
 スバルは、反論を口にしようとして失敗する。
 その時、いいか? そう言ってヤマダ・ジロウが口を開いた。

「だがよ。今んとこの戦闘時間の平均は30分を割ってるぜ。完全にとは言わねぇが、ある程度の休息は合間合間に取れてるんだ。大丈夫じゃねぇのか?」

 その戦闘スタイルからは想像できないほどに合理的な意見を口にする。
 マキ・イズミらも、そうだそうだと頷く。

「ヤマダ、ある意味で君の意見は正しい。だが1つの要素が抜け落ちている。友軍だ。周辺状況と言い換えても良いだろう。
 今までの2回の戦闘は共に友軍の支援があった。それ故に、適切な休養と補給を受ける事が出来た。だが、これからナデシコが向かう場所は火星。孤立無援の地だ。この場合、敵の波状攻撃を受けることで十分な休息を取ることが困難になる恐れがある」

 その為の体力強化だとアキトは言い切った。

「木星蜥蜴の戦力は無尽蔵だ。火星では十重二十重に囲まれる事が十分に想定される。その場合、死命を制するのはナデシコ機動部隊、君達の働きに掛かってくるだろう。その時に備えてだ」

 最悪の状況を想定し、その上で必要とされる事を求めるアキトに、誰も反論することは出来なかった。

 

 

 

 そして舞台は冒頭に戻る。

「ゼヒィ……ゼヒィ…ゼヒィ」

 荒い吐息。
 アキトの体力強化メニュー、その基本はランニングだった。
 一日の訓練時間、その半分はひたすら走らせ続けたのだ。
 無論、アキト自身も混じって。
 多くの人間がグランドの脇に倒れている中で、アキトは涼しい顔で立っていた。

「ゼヒィ――畜生、これが現役軍人との体力の差かよ」

 吼えるように言うスバル。
 対するアキトは表情を崩して答える。
 まだまだかな、と。

「まだまだってのは何だよ?」

「言葉どおりさ。本職の連中はもっともっと体力を付けてる。いざって時に備えてね。その点で俺は特務士官上がりの速成士官だから、どうしても劣る」

 アキトの脳裏に蘇るのは、軌道上の仲間達の姿。
 隊長であるウッドブリッジ少佐以下、化け物としか言いようの無い体力自慢が揃っていた。

「やってらんねぇ。コレでぺーぺーかよ。機動兵器乗りってんで、機体に乗ってりゃそれで良いかと思ってたのにな」

「全くだ! 俺は人型ロボットに乗りたくて就職したってのに、詐欺も良いとこだぜ!!」

 スバルの嘆息に合いの手を入れるヤマダ。
 それらの言葉に触発されて、アマノがアキトに尋ねた。
 一線級の部隊でもそうなのか、と。

「戦闘配置中の部隊は別だが、一般には同じか、もっと酷いよ。部隊にはナデシコみたいにリアルなシミュレーターなんて殆ど無いからね」

 訓練の基本は実機を用いるのだが、実機を動かすには金が掛かる。
 だからナデシコ部隊みたいに、実戦さながらの戦闘訓練を積める部隊は殆ど無いのだとアキトは言う。

「かーっ、夢の無い話だぜ」

「そうかもな」

「その意味では恵まれてるって事ね、私達は」

 それまで口を閉ざしていたマキがポツリと漏らしていた。

 

 

 

 それは、食事風景というには余りにも――暴力的な光景だった。
 ナデシコ食堂の一角は、これでもかと山盛りされたおかずやらご飯やらの載ったお盆によって占拠されていた。
 それはここ数日の行動の結果として大食い、パイロットエリアの名で呼ばれる場所だった。
 当然、座っているのはパイロットの面々。
 勢いに差はあるものの、隊長のイツキ以下、アキトを除く全員が全員、もしゃもしゃと食べていた。
 否。
 それは食うと言うよりは貪る、或いは暴食と呼ぶべき勢いだった。

「御代わり!」

 イツキの勢いの良い言葉とともに突き出される御飯茶碗。
 丼サイズだ。

「…はいはい」

 溜息にも似た口調で頷きながら茶碗を受け取るアキト。
 そして傍らのパイロット専用とのラベルが貼られたお櫃からご飯を装う。
 手馴れた仕草だ。

「もっと」

 人並みに装ったお椀が付き返される。
 軽く装ったのには理由がある。
 イツキの茶碗は2杯目では無く、3杯目だったのだ。
 流石に、といった感じで諌めるアキト。

「食い過ぎだと思うが?」

「体力を付けようって事だアキト。つぅ訳で俺の分も頼むわ」

 イツキの前にヤマダが口を挟む。
 当然、茶碗も一緒である。
 ヤマダの分は、素直に大盛にしながらアキトは釘を刺す。

「太ると思うぞ?」

「体力を付けるためです!」

 女性にとっての一大事を、指揮官としての意識でねじ伏せるイツキ。
 何とも凛々しい表情だった。
 ほっぺに付いたご飯粒を除けば。

 

 食簿の一服。
 そんな感じで、腹を膨らませて椅子に背を預けている面々。
 満ち足りた、と言うよりも戦のあとの如き疲労困憊といった感じの表情だった。
 マキなど、顔を真っ青にしている。

「大丈夫か?」

 只1人、普通の食事量だったアキトが気遣うように言うが、マキには返事をする余力がない。
 弱々しく手を挙げるだけで精一杯。
 手元の茶碗には、手を伸ばそうともしない。

溜息

 アキトは重く深く溜息をつくと、視線をイツキに合わせる。
 矢張り、無理が無いかと言う。

「無理って、何故です?」

 小首を傾げるイツキ。
 その表情は本気だった。
 本気で不思議がっていた。
 頭を掻くアキト。
 何故と言うまでもない。と、そんな言葉を飲み込んで、どう説明しようかと、本気で考え込む。
 無理というのは、第3者的に見て一目瞭然だった。
 只、病人は自分が病気であることは自覚できないと言う。
 そもそも、こんな暴食を行っての体力増強は、イツキの発案である。
 下手な言い方をしてプライドを傷付けた場合、意固地になる恐れがあるのだから。
 慎重に言葉を選ぶアキト。

「運動もだが、食事摂取量も適量を超えると体によくない」

「ですけど、出来るだけ早く体を鍛える必要があると思いますので」

「気持ちは判る。だが、やはり適量を超えると害にしかなら無いと思うのだが?」

「………ですけど………………」

「過ぎたるは及ばざるが如し。無理をして体を壊しては意味が無い。違うか?」

「………」

 畳み掛けてきたアキトに、悄然と俯くイツキ。
 薄々とは自覚してはいたのだろう。
 無茶だと云う事は。
 それでもしてしまっていたのは、気持ちがから回りしてしまっていたと云う事だろう。

「のんびりとする事は出来ない。だが焦っても意味が無い。確実に進めよう」

「はい」

 小さな声で頷いていた。

 

 

――Z――

 

 

 笑い声が、暗い部屋に木霊する。
 それを聞きながらアキトは疲れた表情で珈琲カップを啜る。

「そいつはお疲れ様だったなテンカワ」

 豪快な声で笑っているのは油で汚れたツナギを着た男、ウリバタケ・セイヤだった。
 美味そうに煙草の煙を吐き出しながらだ。

「余り笑うな。当人たちは真剣だったんだしな」

「真剣なのも努力って行為も否定はしないが、間違えてるだろ。どう考えても」

 それは喜劇だと続けるウリバタケ。
 第3者視点での、事態の喜劇性をアキトも否定はしないが、それでも尚、笑う気にアキトがなれないのは、そんな当人たちの気持ちを知っているからであった。
 アキトのレベルに追いつきたい、との。
 或いは足手まといになりたくなとの。
 そんな素直な気持ちを無下に出来るアキトでは無かった。

「そゆうのは嫌いじゃねぇぜ、俺もな」

 笑みを収めてのウリバタケ。 
 その表情には、確かに真摯なものがあった。

「見知った顔が消えるってのは嫌なもんだからな」

「そういって貰えれば――否、協力に感謝する」

 訓練に関して整備班は実によく協力している。
 その事をアキトは思い出したのだ。
 実機を利用した訓練では、気持ちよく準備をしてくれていたりとか、或いは休憩時用の準備を手伝ったりなどとだ。
 それらは訓練の効率化のみならず、パイロットと整備班との連帯感の育成にも繋がっていた。
 整備班とて暇は無いにも関わらずである。
 現在整備班は、ナデシコの一次改装に向けて艦内状態の把握や、改装点の洗い出しに努めているのだから。

「どういたしまして、だ」

 そう言ってウリバタケは、かんらと笑っていた。

 

 しばし沈黙と共に煙草を吸う2人。
 天井辺りに溜まる紫煙を見上げながらノンビリと雑談をしている。

「防空火器に関しちゃアレだな。ハリネズミだぞ、全方位対応で32基を取り付ける事になった」

「レールガンがか?」

「ああ。奢ったもんだぜ? なんたって正規の護衛艦4隻分なんだからな。それにオマケで中口径砲も3基取り付ける事を検討中だ」

 雑談ではあったが、その内容は全く雑な話と云う訳では無かった。
 それぞれ立場もある。
 責任を負っている。
 他人の命を預かっている。
 それ故に、状況に対する考察は真摯なものと成る。

「中口径砲とは又、艦の基礎フレームが良く持つな」

「元々の設計に余裕があったって事だな。設計図を見たが呆れる程頑丈だぞナデシコは。お陰でこの程度の増設は何とか出来るみてぇだな。問題は弾なんだがな」

「弾? そうか、弾薬庫に重量を喰われる訳か」

「正解。中口径の方はエステの76oと共通の奴にしたんで、まぁボチボチってな感じだが防空用の方は、な。どうにもならねーな」

 どれだけの頻度で戦闘を行うか判らない為、所要量の計算が難しいのだと言うウリバタケ。
 敵の規模も読めない。
 戦闘の期間も判断出来ない。
 只、無闇に弾薬を持って行けば良いというものでも無い。
 ナデシコの艦内空間は有限なのだから。
 往復に必要とされる諸物資。
 酸素。
 水。
 食料。
 どれだけの人間が火星に生き残っているのか、容易に推測する事は出来ないが、それでも過小な量で良い筈は無かった。

「まっ、コッチで考えても仕方がねぇって事ではあるんだがな」

「違いない」

 報告はするし、意見を出す事もある。
 だが、決断する立場には無いのだから。

「一応、アイデアとしては貨物便だな」

「貨物便?」

「弾薬とか、食料で腐り難いのをコンテナに梱包してナデシコの発進と共に打ち出すんだ。木星蜥蜴のインターセプトによる消耗を考えても、ある程度の数を送っておけば幾つかとは合流出来る――どうだ?」

「………悪いアイデアでは無いな。連中の無人機は熱源に対応して攻撃してくると云う話だ。なら推進器や発動機を載せない、コンテナならば問題は無いだろう」

「OK。テンカワもそう言ってくれるなら心配は無いな。艦長の方へ報告を上げておこう」

 チョット待て、そう言ってウリバタケは煙草を灰皿に押し付けると、素早くキーボードを叩く。
 元々、貨物便に関するアイディアは文章に纏めてあった。
 それに、少し文章を付け加えて送信する。

電子音

 軽やかな音が、送信した事を告げる。
 その素早い行動に呆れにも似た感情を抱くアキト。

「素早いな」

「あぁ? ああ。アレだ、仕事を今タップリと抱えてるからな。出来る事は先に済ませておいた方が楽なんだよ」

 そう言って新しい煙草を咥える。
 そして抱えている仕事を指折り数える。

近接防御火器(CIWS)に関しちゃ山場を越えたんだが、この火器を管制するシステムの方がまだまだでな。今、ナデシコに搭載されているレーダーは、そゆう事に向いちゃいないんで、火器管制用のシステムを一式、組み込まねぇと駄目な訳だ。
 上下左右に一枚ずつコンフォーマルレーダーを貼り付けるだろ。それに前後用と予備に3基のレーダーユニットを取り付けるんだが、これが又、面倒でな。配線とかの問題を考えると適当には付けられなくてな。ネルガルの設計部とも話してるんだが、運用上からとか、戦闘時の被弾の事を考えると、更に面倒なんでな。
 それに弾の補給の問題もある。下手に取り付けて弾薬の補充が外からなんてなったら洒落にならん。艦内に給弾システムのスペースが取れる必要があるんだが、これが問題でな。通路を潰しては日常が不便だし、なにより被弾時が洒落にならねぇ。そゆう訳である程度は居住区画っか、主要区画から離す必要がある訳だ。
 それに動力の問題もある。レールガンを撃つ為の太い電源ケーブルをどこまで這わせるかとか、ある程度は合理的に流用する為には何処に置くべきかとかな。純軍事的な射界だけで配置が決められねぇんだよ!」

 饒舌に成っていくウリバタケ。
 眼鏡が光を反射して、輝いている。
 狂的技術者(マッド・エンジニア)、その魂が鈍色に全力稼働していた。
 そして、最後にはンガーと叫ぶ。
 だが興奮はそこ迄。
 嘆息。

「面倒だ」

 椅子に背中を預けて、全身を弛緩させるウリバタケ。

「ユニット構造のナデシコは、改装は楽だと思ってたんだがな」

「取り付け自体は楽だ。配線もな。問題はその位置さ。割と新しい技術ばかりなんで、相互干渉とか色々と問題が山積なんだよ」

「……邪魔をしてるかな?」

「いや、良い気分転換だよ」

 そう言ってウリバタケは小さく笑う。
 それから1つのデータをディスプレイに写す。
 ミスマル・ユリカの提唱した、ナデシコに対艦攻撃能力を付与する為の方策――エステバリス対艦用フレーム(ストライク・フレーム)だった。

「早いな。完成したのか」

「基礎だけだがな。各部のコンポーネントは既存のものを流用するんで、まぁ来週中には試作フレームがロールアウトする予定だよ」

 主推進システムは両足に液体燃料ロケットを搭載。
 無論、新規開発では無く小さな民生用の液体燃料ロケットシステムを流用する事で解決。
 民生用の流用故に重量の割りには推力が低いと云う面があったが、加速時間を長時間とることで対応するとして無視。
 それよりも信頼性やコストの面での優秀さ、或いは燃費の良さが評価されて採用されていた。
 この他、バッテリーの大容量化も図られていた。
 長時間、長距離の運用を前提とするが故に、稼働時間の大幅な延長が必要であった。
 これも流用であった。
 此方は潜水艦用の大容量バッテリーを流用する事となっていた。
 不燃の面では問題は無かったが、質量に関しては機動兵器に載せるものとしては些か過重量な面があった。
 だが、その点は早期戦力化と云う大命題の前に、目を瞑る事となっていた。
 設置は、増加装甲を兼ねる形で機体前面に貼り付ける事となる。

「完成予想図はコッチだ」

 新しく表示される3Dモデル。
 それは何とも無骨なエステバリスだった。
 そして同時に、アキトにはある姿を思い起こさせるものだった。

 ブラックサレナ。

 形は異なっていた。
 基本コンセプトも異なっていた。
 だがしかし、何故かそれは復讐の剣(ブラックサレナ)を思い起こさせていた。

「………」

 黙り込むアキト。
 大出力を発揮する推進器と、重装甲。
 運用コンセプトは全く違う。
 単機による対集団戦闘(ブラックサレナ)集団による対艦戦闘(アサルト・フレーム)、全く異なっている。
 だがそれを行う上で出た解は同じであった。
 そこにおかしさを感じるアキト。

「どうしたんだテンカワ。黙り込んで?」

「いや、何でもない。それより此処まで出来ているなんて、本気で早いな」

 本気で呆れた口調で言葉を操るアキト。
 それをウリバタケは嬉しそうに聞く。
 何たって戦時下だからな、と。

「大抵の無茶は通るもんさ。予算も資材も使い放題ってなもんさ」

「何でそこまでネルガルが入れ込んでいるんだ?」

「んー? 売れそうナンだよ、コレが。連合宇宙軍、正確には第3艦隊の方がかなり乗り気らしいんでな。アッチからも予算が来てるらしいぞ」

「ああ、そうか。ディルフィニウムの代替用だな」

「らしいな。まぁアッチとしてはコレをそのまんまっていうよりも、コレでデータ取りをして、軌道部隊向けの、言うなれば軌道用エステバリスを作りたいらしいって話だな」

 その言葉に、衛星軌道上の仲間達(2321 ヘル・ダイバー Company)の姿を思い浮かべるアキト。
 確かに、ディルフィニウムは非力だったとも。
 エステバリスが衛星軌道上に在れば状況は変わるだろう。
 劇的に。
 仲間が失われるのは嫌だ――それはアキトにとって、今、殆ど唯一と言ってよい行動原理、理由だった。
 故にストライク・フレームの開発に、協力出来る事は何でもしようと言う。

「試作機が出来たら頼むわ。今、地球で一番にエステバリスに馴染んでるのはテンカワだからな」

「ああ。喜んで協力するよ」

 

 

――[――

 

 

 ナデシコで一番重要な部屋。
 其処は在る意味でナデシコの中枢、そして中核であった。
 部屋の入り口には、艦長執務室の文字があった。

連叩音

 小さなタイプ音が響いている。
 端末に向かっているのは部屋の主、ユリカだ。
 何とは無く、猫背気味の姿勢でキーボードを叩いている。

電子音

 入り口のチャイムが鳴る。
 フッと顔を上げたユリカは、どうぞと言う。
 そして名を呼ぶ。

「ジュン君?」

 居たのは予想通りユリカの右腕、ナデシコの副長であるアオイ・ジュンだった。
 手にはお茶のセットを持っている。

「お疲れ様。ユリカ、少しお茶にしない?」

「ん、有難うジュン君。でもジュン君も忙しかったんじゃないの?」

 そう言って、端末から手を離すユリカ。
 背もたれに体重を預けて、力を抜く。
 そんなユリカの鼻腔を、芳醇な紅茶の香りが満たす。

「大丈夫だよ。それに、余り根を詰めすぎるのも体に良くないからね」

 手馴れた仕草で紅茶を注ぐアオイ。
 中々の手際だ。

「はい、どうぞ」

 その言葉に誘われる様にユリカは、応接セットに場所を移してティーカップを受け取るとミルクと砂糖をタップリと入れる。
 そして、ゆっくりと口を付ける。
 美味しいと、顔を綻ばせた。

 

 応接セットに差し向かいに座ってティータイムを楽しむユリカとアオイ。
 一時の寛ぎ。
 だが同時にそれは、脳を休めて、状況を整理する為の時間でもあった。

「改装って面倒だよね、ジュン君」

「面倒って云うか、時間の問題があるからね。ナデシコは大規模な改装を受け入れるキャパシティはあるんだけどね………」

「火星の方が問題だもんね。そう言えば計画の遅延はどれだけ認められたの?」

「ネルガル本社の意向としては、3ヶ月かな。改装と訓練もその範囲でする様にと言ってたよ」

「う〜ん。3ヶ月か………」

「チョット短いよね」

 溜息交じりに言うアオイ。
 無論、3ヶ月と区切られた理由に関しては理解は出来る。
 火星住民救出(スキャパレリ)計画。
 その名の通り、木星蜥蜴の支配下に落ちた火星の住民の生き残りを救出しようと云う、民間の一企業が立案したとは思えない一大計画との兼ね合いだった。
 具体的には、火星側の生き残りの人々の置かれた状況である。
 ナデシコの第1の目的地は火星、それもネルガル重工の研究所があるオリンポスにあった。
 オリンポスの研究所は、非常時に備えたシェルター構造を採用していた。
 そのシェルターの運用限界、非常用電源や食料の備蓄が5ヵ月後に尽きるのだ。
 正に、タイムリミットであった。

 3ヶ月と云う期限は、ユリカやジュンとしても納得は出来る。
 だが部隊を率いる者としては、若干抵抗があるのだった。

「まっ仕方が無いよねジュン君。戦闘訓練や応急訓練、今使える区画を使って出来る限りしておこうか」

「そうだね………うん。応急部隊(ダメージコントロール・ユニット)も兼ねる整備班には苦労を強いる事にはなるけど、生残る為には仕方が無いね」

「後、工場側とネルガル本社に人員派遣の要請をプロスペクターさんにお願いしておかないとね。余裕が無いかもしれないけど、だからって座視する訳にもいかないから」

 工場、ナデシコの居るドックを管理する北崎重工業沖縄工場は今現在、追加発注された日本国航宙軍向け汎用駆逐艦村雨型の建造と、連合宇宙軍の戦時建造C号計画に於いて量産が決定した戦時建造計画214号艦――214型戦時量産駆逐艦(フィッシャー・クラス)と呼ばれる艦の量産準備に忙しく、工員の余裕は殆ど無かった。
 そしてネルガルも、2番艦後のナデシコ級の建造や北崎との相転移炉量産の為の合弁企業設立準備に人手を取られていたのだ。
 如何にプロスペクターが交渉の練達者であるとは云え、大幅な人員の増加が望める筈も無かった。

「そうだね。何処も彼処も今は大忙しだからね」

 肩を竦めるアオイ。
 素っ気無い言葉であったが、それが事実だった。
 戦時建造C号計画の成立と共に、施行された戦時艦隊特別動員法。
 連合宇宙軍のみならず、地球の全てを投じた戦争体制の構築が始まったのだ。
 暇な場所などある筈も無かった。

「そう言えばユリカ知ってる? 連合宇宙軍の組織改編の方も成立したって」

「組織改編って連合宇宙軍法の改訂以外でって事? どゆう事なのジュン君??」

「連合宇宙軍の首輪、列強国家による管理が外れた事もだけど連合宇宙軍内の2大派閥、海洋国家共同体派(シー・マフィア)ユーラシア連合派(ランド・マフィア)の高級将官が軒並み排除されたんだ。前線後方を問わずにね」

「うわー。派手にやったね。でも風通しが良くなるか。色々と聞いてたしね」

 しみじみと言うユリカ。
 士官学校でも有名だったのだ、連合宇宙軍内部での対立は。
 連合宇宙軍は、シー・マフィアとランド・マフィアが戦争をしており、その余力で木星蜥蜴を相手にしているとすら言われていた。
 世の中は実力もだが声、勢いの強い者が状況をかき回す事が多い。
 その実例として有名であったのだ。

 ユリカが連合宇宙軍では無くネルガルにて艦長職を得たのは、そんな組織の状況に絶望を感じていた事も理由の1つにあった。
 父親であるミスマル・コウイチロウから、派閥争いによる組織運営の非効率化を、その実例と共に聞かされていたのだから。

「お父様も仕事が少しは、やりやすくなるかもね………って、ジュン君?」

 コウイチロウの事がユリカの口から出た時、ジュンが何とも云い難い表情を見せたのだ。
 何とも落ち着かない感じで髪を掻き、顔を微妙に顰める。

「どうしたの、ジュン君?」

「うん。その、ね。おじさんらしいんだ」

「何が?」

「その、改革の首謀者」

「ゑ?」

 

 冷めた紅茶を新しく淹れなおし、それからジュンの説明が始まる。
 一般のネットに流れている情報や連合宇宙軍広報誌の情報。
 連合宇宙軍に志願した同級生や、ナデシコの改修に合わせて連合宇宙軍から派遣されて来た技術者等から得た情報。
 噂に近いものから裏付けのあるものまで様々なものを収集した。
 雑多なそれらを洗い直し、分析した結果だった。

「明確な形での首謀者の名前は無いよ」

 そう前置きをしたジュンは、それから分析の内容を口にする。
 所謂対立派(ポリティカル・マフィア)の排除と平行して、高級指揮官で派閥を組んで政治力を行使していた連中、ミツヤ派やブラウ・サロン等が軒並み解体されていた事。
 これに付随して、政治力で高級指揮官の座に留まっていた連中も軒並み降格人事、酷い場合には予備役編入を受けていた。
 そして抜けた穴を補充し、新しい体制へと移行する為に配置された高級士官。その多くが第5艦隊からの再配置だったと云う事。
 又、第5艦隊に関係せぬ部署からの配置転換であったとしても、その多くはコウイチロウの昔の配置――士官学校の教官時代の教え子、或いはその関係者だったのだ。
 当然、コウイチロウの強い影響下にあると言えるだろう。
 他にも軍令部第1部や宇宙軍情報部、技術研究本部。果ては連合宇宙軍内部の監査を担当する監察部と云った部署の主要メンバーが出した論文や過去の発言を調査した所、それらの多くはコウイチロウの意見にかなり近いものがあったのだ。
 これらの情報を鑑みるに、コウイチロウが一連の連合宇宙軍改革に関与していない。中枢に居ない等と思う事は出来ない。

 何より特徴的なのは星海艦隊を遥かに上回る巨大建艦計画、その名の通り1200隻の艦船で一大艦隊を編成しようと云う1200隻艦隊構想(トライアングル・アロウ・プラン)によって連合宇宙軍の膨張を狙っていたミツヤ派や、この状況であるにも関わらず“地球の未来の為には戦争では無く平和を”との理念の下で戦争の遂行以上に和平への道を探る事の重要性を強く説いている――その為ならば、敗戦と言う形式での講和を受け入れるべきだと主張するブラウ・サロンを解体した事。
 この極端な強硬派と和平派と云う2つの極を潰した事は、連合宇宙軍の改革を目指した人間の認識が何処にあるか、ハッキリと示している。
 戦争。
 地球連合の市民から委託された事、地球を護ると云う事を愚直なまでに遂行しようとしている。
 市民へと莫大な負荷を掛ける過大な軍備の整備では無く、まして盲目的に未来を見つめ現実(CLEAR AND PRESENT DANGER)を見ようとしない連中、市民の信頼を裏切る様な連中をコウイチロウは1番嫌っていた、と。
 それがジュンの分析だった。

「うわぁー………………」

 殆ど絶句するユリカ。
 劇的な組織改編、その仕掛け人か、その周辺に父が居ると聞かされたのだ。
 驚くのも当然であった。
 だが同時に、ユリカは納得するものも感じていた。

「あのお父様だから、当然かもね」

 小さく笑うユリカ。
 ユリカにとってコウイチロウは優し過ぎる所がある父親だった。
 だがそれは決して、全てに甘かったと云う訳では無い。
 軍人を志す。
 そう告げて以降の、軍人たるの心構えを教える時のコウイチロウは、職務遂行に関して厳しいところを持った人間であったのだから。

「確かに、ね。あのおじさんの性格だと、何時までも本業に身を入れない人間には厳しそうだからね」

 ユリカの婚約者となって以降の、時折り垣間見た仕事に対するコウイチロウの厳しさを覚えているジュンも苦笑と共に同意する。

「でしょ?」

 だから、この組織改編の裏にコウイチロウが居る事は、とてもらしいのだと。
 2人から見て、ミスマル・コウイチロウと言う人間は、そんな愚直なところを持った人間だった。

「所でジュン君。そんな主導権を取った陣営の名称ってあるの?」

融和派(ジョインスト)、かな?」

 

 

――\――

 

 

 結局、ナデシコの改装に要した期間は4週間だった。
 予定よりも1週間も短いのは、高い能力を持った人間を集めたと称していた事が伊達では無かったと云う証明であった。
 整備ドックから引き出されたナデシコは今、飛び立つ時を待っていた。
 空は快晴。
 旅立ちの良い日和であった。

 

「艦内システム、全て正常。レーザー核融合炉、レベル3にて安定稼動中」

 ホシノ・ルリの淡々とした声が、ブリッジに響く。
 それに伴って操舵、通信、戦闘、整備の各班を束ねる担当者が声を上げていく。

 

「操舵システム、自己診断異常なし。何時でも大丈夫よ」

 操舵手のハルカ・ミナトが両手の軽い運動をしながら報告する。

 

「通信、正常です。北崎ドックとの通信ライン、異常ありません」

 通信手のメグミ・レイナードが、振り返ってキビキビとした声で報告する。

 

「戦闘、各種システムに異常なし。機動部隊も全機待機中。何時でも大丈夫」

 新設された戦闘班長席に着いたジュンが、しっかりとした声で報告する。

 

『整備班、特に異常なし。積み忘れも無し。何時でもやってくれ』

 ニヒヒッと笑いながら、機動部隊格納庫の整備班指揮所からウリバタケが報告する。

 

 艦自体のシステム化が極めて推し進められたナデシコにとって、各班責任者の声による報告は、半分以上は儀式的な意味合いしかなかった。
 だが、それが乗り手の気分を高揚させるが為、ユリカはそれを常に踏襲する積りであった。
 そして最後にジュンがもう1度、副長としての立場で情報を確認して報告する。

「艦長。ナデシコの状態は全て正常です」

 その言葉に頷くユリカ。
 そして指揮を行う。

「ルリちゃん、相転移炉の起動を。メグミさんは工場管制塔へ離床許可を」

「了解。フライホイール始動。始動確認。続いて接続します……接続確認。相転移炉、起動します。自己診断システム、実施。稼働状態に異常ありません」

 ルリの言葉を引き継ぐ様に、メグミが報告をする。

「管制塔からの離床許可、出ました。『飛行ぷらん7Bニ従ッテ、るーと3デ沖縄ヨリ移動サレタシ』との事です。尚、現在、沖縄近域に木星蜥蜴の活動の兆候は見られないそうです」

「よーし、じゃ行こうか。ハルカさん、お願いします。ナデシコ、発進!」

 

 

2005 12/16 Ver5.01


<次回予告>

飛び立つナデシコ
目的地は南太平洋のトラック諸島
南国の強い日差し
白い砂浜
青い海
だが目的は訓練
俺は多少恨まれても良いので厳しく鍛える事としよう
血反吐を吐かない程に

 

機動戦艦ナデシコ MOONLIGHT MILE
Za
Full Metal Jacket

 

矢張り、俺もあの歌を歌うべきか?


<ケイ氏の独り言>

 無論あの歌とは、名曲、海兵隊卑猥(ドリルサージェント・ハートマン)ソングであります(自爆
 等と、ファッキン海兵隊ちっくに宜しくです皆様。

 今回は、ナデシコ組に絞って話をしましたので、流れがかなりシンプルになりました。
 シンプル イズ ベストで御座いますな。
 いや、最初っからこうしろとか思う人も居るかもしれませんが、それだけだと戦争描写に厚みがなくなるんですよねぇ(待て
 つか、本音を言えば木連サイドからの視点も挿入したいんですが、如何せん、この段階では正体不明の木星蜥蜴ですんで、割と微妙なんですよ。
 うん。

 

 だから、オリキャラで補完しても仕方が無いんだ!(多分
 オリキャラで世界の厚みを広げる必要があるんだ!!(割と微妙
 そうだ。
 私の描くナデシコSSでオリキャラが登場人物の大部分を占めてたっていんだ!!!(少し待て

 

 ………えーなんと言うか、オメデトウと言ってくれる様な香具師が居ませんので、補完ゴッコは止めときましょう(お

 色々とさておき、今回は書いててムネタケ、格好よく無い? とか思いながら、同時に、こんなのムネタケじゃネーヨとか思ってるケイ氏です。
 まぁ変わり茸と云う事で、ご了承下さいませ>ALL

 しかし、今回は前回の反動か、ルリが全然出てこなかった Orz
 ユリカの方はボチボチとポイントを稼いでるっぽいのに………
 やっぱ、指揮官クラスと一般兵レベルじゃ露出に差が出るんだよなー。
 まぁいいや。
 次回は水着を着せよ。
 白か紺か? スク水は却下である。
 萌えるが色々と問題があるでな。
 ピンクは色々とあって良好ではあるが、同時にルリルートが潰れる危険性が激しく大と言うかアレであるが故に涙を呑んで却下である。
 では代替案は何か?
 無論、白のセパレート!

 

(*゚∀゚)=3 ムッハー

 

 テンション高め?
 何たって南国なんですからーっ!

 

 

>代理人さん

 ルリルリはアキトとゆっくりと関係を育むんですよ?(笑
 恋愛はギャグです。
 つか、小学生な年齢とアレでソレはペドでペドロで犯罪です(自覚あったんだー>俺
 要するに光源氏とか言う訳で砂(お

 後、ユリカに関しては、ホント、扱いは酷かったですよね。
 もう少しどうにか、とは思いましたね。
 完全な悲劇的な結末へともって行くならば、ユリカを殺すとか。
(アキトの狂気の意味合いが更に増しますんで、個人的には推奨ですな。
“コロニーの連続爆破”と云う悪を敢えて背負うので在れば、その暗いの業と闇と絶望を背負わせたいなとか思ったりした訳で。
帰る場所を取り戻そうとする奴が、あそこ迄に闇色に茹で上がるかと思うと疑問な訳で)

 或いはアキトの状態を良くして置いて、希望の見える結末を用意するとかですな。
 全体的な流れは楽しめましたが、同時に、ユリカの立ち位置は居ても居なくても一緒だなとか思う訳で。
 鍵を握るキャラではありましたが、同時に各キャラの動機となるには余りにも語られておらず(除く、スバル・リョーコ)………
 何と云うか、中途半端な立ち位置でしたな>劇場版ユリカ。
 アレは確かに、愛が無い。

 

 

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代理人の感想

「ムッハー」はやめようよ、「ムッハー」は(爆)。
せっかくその下でまがりなりにも常識人である事をアピールしているのにw

それはともかく、何だか今回は熱血体育会系。
いや冷静に見れば体育会系なのはパイロット連中だけですけどね。ウリバタケは勿論のこと、ユリカとジュンのシーンなんか政治的陰謀譚になってるし、ムネタケに至っては「無能だけど頑張る」人だったのがなんかやけに切れ者っぽくなっちゃってるし(笑)。まぁ父親は切れ者だったんでそう言う素地はあったということなんでしょうけど。

ところで話は180度変わりますが、ふと思ったこと。
「無能だけど必死に頑張るムネタケ」を格好いいと思う感情と、世のオタク諸氏のいわゆる「ドジッ子萌え」というのは根底に流れる物は同じなんでしょうか? だとしたら、世のオタク諸氏は頑張るムネタケに萌えたりするんでしょうか。現在割と真剣に悩み中。(爆)