機動戦艦ナデシコ  OVERTURN The prince of darkness

第二十一話『夜よ明けないで』












 決戦前夜ということで、さすがに酒は飲んでいない。

 缶コーヒーを飲みながら、俺は明かりのない自室のソファーの上でひとりで横になっていた。

 全ては明日で終わり―――――そして始まる。

 何気なくテーブルに手を伸ばして、カツミがシャワー室に入ってから4本目となる煙草を手にした。

 静かなシャワーの水の音を聞きながら、煙草に火をつけて煙を漂わせた。

 別に作戦を前にして高揚感を感じるなんてタチじゃない。

 ただ、今はなんとなく空虚な時間を過ごしていた。

 確認事項なんて無い、作戦内容は全て覚えている。

 うまくいけばいいな、程度にしか考えていないが。




『それこそ、テンカワ=アキトが未来の世界でしたような暴挙以上のことでも……………』




 覚悟なんて、、、とっくに出来ている。












「・・・・・リョウジ」



 カツミが入ってから一時間くらい経っていた。

 シャワーの水の音にかろうじて負けないような細い声が、俺の耳に届いた。

 俺はゆっくりと立ち上がり、ほとんど吸っていない煙草を灰皿で揉み消してからシャワールームの扉の前に立った。



「どうした?」



 俺の言葉に一呼吸間が空き、再び細い声が聞こえた。



「入って来て」



 カツミの願いに俺は一瞬複雑な表情を浮かべ、扉の手摺に手を置きゆっくりと開いた。

 一般の戦艦よりも広いシャワールームはカーテンで遮った感じで二つに分かれており、カーテンの向こう側にカツミの影が見えた。

 扉側の空間にはカツミがさっき持って入った鞄が棚に置かれているだけ。

 それを確認して、俺はカーテンの奥に見える影を見た。



「なんだ、誘っているつもりか?」



 皮肉さえ篭らないような抑制のない声で、俺は言った。



「いいから、来て」



 その声は、さっきの俺の声よりも感情のない声だった。

 俺は表情を変えないままカーテンを掴み、開いた。











 冷たいシャワーを服を着たまま浴びながら立つのは、壁に背をつけながら銃を構えるカツミ。

 俺は、動じなかった。

 予想していたわけではないが、驚かなかった。



「なんのつもりだ?」


「・・・・・自分でも、わからない」


「そうか」



 髪がシャワーから出る水に濡れて目元がよく見えなくなっているカツミを見ながら、俺は生返事を返した。

 どっちも、しばらく動かなかった。

 ただシャワーだけが、変動の無い世界に動きをつけようと水を出し続けている。

 そして、カツミが口を開いた。



「そして、、、あなたがわからない」


「そう」


「そうやって、なにも教えてくれない。教えてくれてもそれは半分だけ」


「たしかに、そうだな」



 半端な俺の返答に、カツミは銃を構え直した。



「でも、あなたは行動で全てを示す……………受け止め方はわたしに押し付けて」



 カツミの独白に俺はもう答えず、ただカツミに歩み寄った。

 そして、自分の胸に銃口が突いたところで止まる。

 その位置は、ちょうど俺にもシャワーの水が掛かる位置だった。



「………こういうところよ」



 俺は答えない。

 カツミは顔を項垂れさせ、俺の顔を見ようとはしない。



「わたしが気付いていないと思う?

 あれだけ一緒にいたのに、本当に気付いていないと思う?

 なにをしているのかはわからない。でも、あなたが何かをしようとしているのはわかっている」



 俺は黙って右手を上げ、カツミの濡れた頬を撫でた。

 カツミは嫌がる素振りも見せず、ただ、されるがままにしていた。



「……………どうするの、これから?」



 ―――――俺は、答えない。



「答えてッ!!」



 悲痛な叫びとも取れる声が響き、そして俺は口を開いた。



「目的を果たす。そして全ての障害を取り除く。

 その後の事は何も考えていない」



 嘘は一切ついていない。

 ただ、全てを語らないだけだ。

 これは俺のエゴで、偽善で、自己満足だ。



「、、、、、そう、そうなんだ」



 そう呟くカツミの肩は、俺には泣いて震えているように見えた。



「・・・・・カツミ」



 俺の呼びかけに、カツミは無言で顔を上げた。





「気に食わなかったら、ここで俺を殺せ」





 一瞬でカツミの表情に哀しみが生まれた。



「俺の目的に通じるのは全てにおいておまえだ。

 だから、ここでおまえに殺されるのなら、俺はそれでもいい」



 言い切った俺は、頬を撫でていた右手を下ろし、自然体になった。

 カツミは銃を構えながらも、瞳を見開いて涙目で俺の顔を見上げる。

 再び、二人の間に静寂が生まれた。



















 そして、カツミは銃爪を――――――――――弾いた。


























 ―――――しばらくしてカツミは項垂れ、ゆっくりと腕を下ろした。

 握られた銃は、銃爪を何回も引く指に従うように何度も鈍い金属音を鳴らし続けている。

 俺は、、、立っていた。



「・・・・・弾なんて、最初から入ってないわよ」



 そう言って、手から銃を滑らせ、落とした。

 そして静かに、泣いた。

 俺はその姿を、ただ黙って見ていた。





 そして、唐突にカツミと壁の間に腕を入れ、抱き寄せた。

 それに気付かない様に俺の腕の中で泣き続けるカツミ。

 そのカツミの頭を右手で軽く掴んで顔を上げさせた。



「俺の事を秘密主義者というのなら、カツミは嘘つきだな」


「ちがうわよ、、、あなたは卑怯なのよ、、、、、

 なんで、こんなヤツが好きなのかなぁ」



 崩れた表情で訴えるカツミの髪をそっとなでる。



「全部終わったら、俺たちが安心して暮らせるようになる。

 そうすれば秘密も、嘘も、卑怯もしなくてすむ。

 俺を信じろ。

 もうすぐ、終わりだ」


「―――――ほんと?」



 瞳を潤ませながらなにかに縋るように、カツミが両手で俺の顔を触る。



「カツミと組んでいる6年間、俺が任務を失敗した事があるか?」



 俺の言葉にカツミは少しだけ笑って、そして軽く首を振った。

 その瞬間、俺は問答無用でカツミを抱きしめ、そして唇を重ねた。

 カツミも腕を俺の首にまわし、お互いに歯があたるくらいに求め、舌を絡ませた。

 日頃、表に出さない激情を全てぶつけるかのように、俺たちは相手への思いやりさえ感じられないような態度で続けた。

 そして俺は動きを止め、ゆっくりと顔を離す。



「………ひとつ、聞いてもいい?」



 ゆっくりと目を開いたカツミが、静かに言葉を発した。



「どうした?」


「もし、終わったら、、、、、隠している事、全部教えてくれる?」



 俺は刺すような、それ以上に縋るようなカツミの瞳を見て、そして目を閉じた。



「ああ、約束する」


「うん――――――――――ごめんね、こんな事して」



「気にしていないさ」










 冷たい雨のような水が降り続ける中、もう一度唇を重ね、そして舌を絡め、互いの服に手をかけた。

 他の、同じ歳の男女がするように、感情と欲望に身を委ねながら、俺たちはお互いを求め合った。











































 コンコン



「はい?」


「アキト、わたし」


「ああ、ちょっと待って」



 俺は寝そべっていた布団から立ち上がって扉にむかい、ロックを外した。

 同時に扉は開き、そこには枕を抱きかかえたパジャマ姿のユリカが立っていた。



「ねぇ、今日は一緒に寝てもいい?」


「―――――いいよ」



 俺はユリカを迎え入れながら、ふと思った。



「そういえば、合鍵を持っていただろ?」


「うん。でも、今日はアキトに迎えてほしかったから」



 抱えていた大き目の枕で顔を半分隠しながら、ユリカは答えた。



 ナデシコに乗ってから、俺たちは別々の部屋で寝泊りしている。

 契約とか風紀の問題とか、いろいろあって一緒の部屋じゃない。

 まぁ、ユリカはものすごく不満そうだったけど。



 でも、今のユリカを見たらそんなことは全て吹き飛んだ。

 なぜかすごく悲しそうな、不安そうな感じだった。



「アキト、もう寝てたの?」

 ユリカは捲れ上がった布団を見て、俺に尋ねてきた。


「いや、横にはなっていたけど、寝付けなかったんだ」


「そっか、だったらよかった。

 ねぇ、お邪魔してもいいの?」


「? 別に遠慮なんてしなくていいよ。ほら」



 俺は先に布団に入ってユリカの場所をつくってあげて、そこの部分の布団をトントンと叩いた。

 するとそこへにんまりと笑顔を浮かべたユリカがもぞもぞともぐりこんできた。



「あったかいね。ユリカ、アキトのぬくもりを感じちゃう」



 横になったのに、まだ枕を抱えているユリカが照れくさい事を言う。

 ―――――ちなみに、ユリカの枕は俺の右腕だけどな。





「ねぇ、アキト。

 アキトも明日出撃するの?」


「ん、多分ね」



 俺がそう告げるとユリカはまた枕に顔をうずめ、枕を握り締めていた右手で俺のシャツを握った。



「ホントのことを言うと、戦ってほしくないよ。

 無理したらそれだけ身体に負担がきちゃう。

 わたしたち、もう普通の身体じゃないんだから、、、、、できればアキトには戦ってほしくない」



 ほんの少しだけ肩を震わせながら訴えるユリカの髪をなでてやった。



「たまに、こんな作戦なんてほっといてアキトとどこかに行きたいとおもうよ。

 でも、それじゃわたし笑えない。

 アキトと一緒にいても笑えないよ」


「・・・・・俺も同じだよ。

 戦争なんてしたくないし、またユリカと屋台をひきながら生活したい。

 明日の作戦が成功して全てがうまくいったら、またそうできるさ」



 見せ掛けだけの日々になるけど・・・・・とは言えない。

 でも、俺たちは納得しないといけない。

 何も出来ないのなら、せめて今の俺たちを守る。

 それしかすることができない。

 それで満足しないといけない。

 その事だけが、死への恐怖に通じる落とし穴に落ちないための薄い氷の土台を維持するのだ。

 脆弱な土台だけど、それに縋らないと俺たちは立つことだって出来なくなってしまいそうだ。



「ナデシコにいると、夢を見るの」



 静かな声で、ユリカは話し始めた。



「ナデシコに乗っていた時の楽しい思い出。

 長屋でのみんなとの生活。

 屋台を引っ張っていた頃のわたしたちの事。

 みんなで笑って、過ごしていた日々。

 ずっと、夢に出てくるの。



 ・・・・・それが、すごくつらいの」





 ユリカは抱いていた枕をどかして、俺の胸に顔を埋めた。







「・・・・・・・・・・死にたくないよぉ」









 ―――――それは、願い。









「アキトとずっと一緒に生きたい!

 全部無かった事にして、やり直したい!

 アキトと屋台をしたい!

 お店だって開きたい!

 もう一度新婚旅行もしたい!

 アキトとエッチたくさんして、赤ちゃんもほしい!

 ・・・・・これって、贅沢なの?

 これがわたしたちの罪の代償なの?

 全部諦めて、ただみんなの事を見守るしかないの?

 絶対に越える事のできない線の向こうで、みんなのことを見ておく事しか許されないの?

 、、、、、、、、、、つらいよ、アキト」





 俺はユリカを抱きしめた。

 泣き声を噛み殺す事しかできないユリカを、ただ抱きしめる事しか俺はできなかった。

 気の利いた言葉なんて、何も出てこなかった。

 ユリカの言葉は願いそのものだ。

 それも、特別な願いじゃない。

 普通の願い、そして生きる権利への懇願。

 ただ、それは俺たちには与えられていないだけ。

 たったそれだけのこと。





 俺も、ユリカと同じ想いだった。

 未来では、ユリカを取り戻すためなら死んでもいいと思っていた。

 でも、いざ取り戻してこういう風にユリカを腕のなかに抱いておくと、死んでもいいなんて思えない。

 生への渇望。

 俺の中にあった深い闇は、ユリカに会った時に全てどこかに行ってしまった。

 残ったのは一人の人間としての願いだけ。












 生きたいという願いだけ――――――――――












「ユリカ」


「・・・・・なに?」



 ユリカは涙を拭きながら、俺の顔を見上げた。

 そして俺は少し強引に、でもユリカに痛いおもいをさせないように体勢を変え、ユリカを押し倒しているような格好になった。



「その、、、、、しちゃってもいいか?

 俺、ユリカを抱きたい」



「―――――うん。

 わたしも、アキトに抱かれたい」




 顔を真っ赤にしながら、ユリカは頷いてくれた。














 ただの逃避なのかもしれない。

 でも、現実に眼を向けたくないときだってある。

 生きるために、自分を誤魔化すしかないときだってある。

 この暗い部屋で二人で怯えながら、それでもお互いの存在を確かめ合うように愛し合う。

 お互いのぬくもりだけが、心の支えなんだ。

 今だけは、他の事を考えない。

 この時代の俺たちや、ナデシコのみんな、シバヤマたち、火星の後継者・・・・・

 そんな事は知った事か!

 今だけは、目の前にいるユリカとの世界だけが俺の全てだ!

















 夜なんて明けないでくれ。

 いま、この瞬間だけが永遠に続いてくれ。

 俺たちの邪魔をしないでくれ。

 俺たちを哀れと思うのであれば、ほんの少しでいいからこのままでいさせてくれ。

 前に進む事ができる勇気を、俺たちに与えてくれ。




















 ――――――――――そんな事を、俺は信じてもいない神に願った。













次回予告(ウリバタケ=セイヤ口調)


生き抜くために動く男女と、生きるために泡沫の理由に縋る男女。
彼らが求めるナニかが、火星にあるのだろうか?

そして火星で冷たく笑う男の姿を、あぁ、君は見たか!?

しょうが焼きの材料を買う際にしょうがを買うのを忘れた作者が送る次回、機動戦艦ナデシコ OVERTURN The prince of darkness
『作戦名は「僕たちの未来のために」』を、みんなで見よう!!


ども、きーちゃんです!


今回は珍しく、マジメにあとがきしましょう

今回の話は、おれっちの中ではこの作品の中核といえる話でした。
主人公である二人の男の二面性、これが伝われば幸いです。

アキトとシバヤマは元々目的がちがいます。
アキトは死を抱えながらも、自分が生きる意味を作り出して縋り、
シバヤマは完全な自由を求めます。

これから先はこの2人の違いと、考え方、そして生き方をキレイに書ければいいと思っています。
ユリカと共に弱さを持つアキトと、全てを力でねじ伏せようとするシバヤマを見てやってください!!(哀願)

ところで・・・・・今回の話はダークなんでしょうか?
知人はダークというのですが、おれっちはどうもそんな感じがしないので(^^;

P.S.
こんなに長いSSになるとはっ(滝汗)

それでは、またお会いしましょう
では!!!

BGM:稲葉浩志『炎』

 

 

代理人の感想

む、ハードではありますが、ダークではないかと。

長さ的には分けるには短いですけど、内容的にはやっぱ分割して良かったかと思いますね。