西暦2220年4月。九州サセボシティ、ネルガル艦船ドック。



 「な、何か緊張するなあ〜!」

 まだ少年は身震いしてその艦を見上げた。

 「今更。もう何回も見てるし、乗船経験だってあるでしょうが。緊張するなんておかしいわ」

 隣に立つ少女はアホらし、と心底馬鹿にしたような仕草両手を上げてタラップに足をかける。

 「だってさ、乗組員の関係者として乗るのと、乗組員として乗るのじゃ全然違うだろ!? 俺、凄く感動してるんだ! この艦に乗れるの、凄く感動してるんだ!」

 「あっそ。幾ら親子二代で乗艦するからって、大げさな……」

 少女は少年の態度にげんなりしていた。父親に似て、クールに育っているというのが少年側から見た印象だ。顔のつくりは母親に似てかわいい系なのにその雰囲気と視線の冷たさが殺している気がする。よくこれで彼氏が出来たものだ。

 「本当に無感動なのかよ? 信じらんね。生きながらにして伝説になった太陽系最強の艦だぜ!? もっとこう、感動しないの?」

 「今更感動するようなものでもないでしょう。だいたい、私はこの艦に乗るために今まで頑張ってきたんだ。感動なんて自宅で済ませてきたわ。それよりも、早く本物のダブルエックスに会いたいの。これ以上騒ぐようなら置いてくわよ」

 少女は冷酷なまでに少年を切り捨てると、タラップを駆け上っていく。

 「ま、待てよ聖羅! 置いてくなって!」

 少年も慌てて荷物を担いでタラップを駆け上る。



 その艦は幾度と無く地球人類を救済してきた。どれ程叩かれようと、ボロ雑巾のような姿にされても、決して折れることなく戦い、そして今もここにある。

 水上艇のような艦影は古めかしささえ感じる。上甲板に装備された外見上の特徴でもある3基の三連装51cm重力衝撃波砲。司令塔の後ろに設置された煙突型のミサイルランチャー。マストアンテナ。司令塔の直線状に結ばれた艦底部の第三艦橋。艦尾に備えられて大口径のメインノズルにそれを飾る3枚の尾翼。艦首のバルバスバウ、その上に存在する巨大な砲口。舷側と艦首の砲口とフェアリーダーの間に存在する白いペイントで表現された錨マーク。旧日本海軍の戦艦をモデルとして完成されたというだけあって、宇宙空間を飛ぶ姿よりは海に浮かべている方が様になっているような気がする。

 スクラップになっていたものを復元したとは思えない力強く、頼もしさを感じるその姿。少年はこの艦がまだ水上を行く艦だった頃の姿をCG再現モデルでしか知らない。いや、この世界の誰もが知る由の無いことだろう。途方もない偶然の重なりの中、必然と言い換えても良い運命に導かれてこの世界に現れた救世主だ。

 見上げる艦体には傷ひとつない。確かつい最近も近代化改修を受けて、最新鋭の技術をふんだんに使った強化がなされたばかりのはずだ。おかげで未だに最新鋭と言えるだけの性能を獲得している。細部の仕様変更は行われているが、その姿は初めて人々の前に姿を現した時から殆ど変化がない。……その事実には技術開発部門の意地の様なものが垣間見えるが、それだけこの戦艦に対する期待と敬意が強いということだろう。だが、例え装甲が穴だらけになったとしても、この艦には似合いだろうと、少年は思う。幼き日に初めて目にして以来、この艦に心奪われていた。数々の偉業も少年にとってはこの艦を引き立てるスパイスのようなものにしか思えなかった。

 10年前、太陽系の外周警備のために発進したヤマトにこっそりと(親しい上層部の人間も一枚噛んでいたらしいが)乗せてもらい、地球帰還までの半年間、この艦で過ごした。黒髪の美しい義理の姉の腕に抱かれて展望室から見た地球の姿や太陽系の惑星達の姿が忘れられない。一度だけかつて交戦した敵国の残党と戦った時の、凛々しく指揮を執っていた母の姿が、パイロットとして漆黒の宇宙に飛び出していく父の雄姿が今も忘れられない。思えば、母と父が(聖羅の両親も)ヤマトに乗船した最後の航海だった。



 少年は何だかんだ言いつつ待っていてくれた少女と共にエレベーターに乗り込み、司令塔の上に位置する司令室、第一艦橋を訪れた。

 「申告します。テンカワ・カズト以下、宇宙戦士訓練学校卒業生29名。本日付けで宇宙戦艦ヤマト配属となりました!」

 「おっ、ようやく来たかひよっこ」

 30代後半と思われる男性が笑顔で振り返る。この人とも思えば長い付き合いだ。生まれた時から常に関わってきたと言ってもいい。地上勤やネルガルの本業に戻って行った両親達に比べて接する時間は多くはないのだが、完璧に親戚付き合いをしている。

 「宇宙戦艦ヤマト艦長、古代進だ。あの人達の子供と言えど容赦しないからな。覚悟しとけよ!」

 古代進と名乗った男性は、嬉しそうに少年と少女の肩を叩いた。

 「よくヤマトに来たな。お父さんとお母さんも喜んだろう」

 「はい。当然のことだと当たり前のように受け止めらてしまったので、感激する暇もありませんでしたが」

 と少女が応じる。応対の時でさえ表情を全く変えず、さも当然といった感じである。

 「そうか。訓練学校の成績は見させてもらった。2人ともたいしたものだ。当時の俺達とは、よりも好成績だったな。まあ、殆ど即席教育に近かった俺と比べちゃいけないか」

 古代は昔を思い出しながら、感慨深げに艦橋を見渡す。すでに馴染みとなった面々、新たに乗り組んだ仲間達。そして、何度も改装されながらもレイアウトを殆ど変えていない艦橋内部。この艦の功績を嫉む連中から“かび臭い屑鉄”“時代錯誤のスクラップ”“赤錆びた鉄の塊”などと揶揄されるのも頷けるような、竣工して以来変わらぬ風景だ。
 もっとも、そんな悪口が叩かれるのも、この艦の姿形と名前のせいだろう。その誕生はすでに300年近く前の出来事なのだ。スクラップ呼ばわりされても仕方ないのだろう。まあ、腹は立つが。
 だが現在もなお変わらぬ姿で稼動を続けているヤマトは地球防衛艦隊の象徴といっても過言ではなく、軍に入るものの半数近くがヤマトに憧れて入った、などというアンケート結果すら生まれてしまった。

 竣工当初から乗っているクルーは減ってしまったが、世代を超えてなお受け継がれるヤマトの使命は全く変わっていない。そして今回。とうとう乗組員の二世が始めて乗艦してくるのだ。今回の発進はガルマンガミラス帝国との外交だ。すっかり馴染みとなってしまったヤマトの任務の1つだ。デスラー総統と会うのも1年ぶりになる。ガルマンガミラスとの国交は極めて順調で、地球上でガミラス人を見掛けることも多くなってきたし、その逆もまたしかりだ。ヤマトで完成されたワープ機関も改良を重ね、今や民間船でも2ヶ月でイスカンダルを往復出来るほどの性能を持っている(イスカンダル自体はすでに失われているが)。銀河系の核恒星系にあるとはいえ、同じ銀河内のガルマンガミラス本星を行き来することは、難しい物ではなくなっている。唯一の懸念材料だったボラー連邦も、すでにガミラスや地球とそうそう事を構えることは無いはずだ。地球側の協力で復興を成し遂げたガミラスと違い、ボラー連邦は先の銀河異変で壊滅的な打撃を受けたまま、散り散りになってしまっている。

 「よし! ヤマトは諸君を歓迎する。テンカワ・カズト、戦闘班砲術科勤務。天道聖羅は飛行科勤務だ。聖羅、ダブルエックスとK.I.T.T.は格納庫で待ってるぞ。早く行って挨拶してきなさい。先輩達にも挨拶を忘れるなよ」

 「はい!」

 少女は、嬉々としてエレベーターに乗り込み、最下層ブロックへと降下する。

 「カズト」

 「は、はい!」

 「お前は戦闘指揮席に座れ。たっぷりとしごいてやるぞ。未来の艦長候補。ついでに美雪の婿に相応しいか確かめてやるから、覚悟しておけよ!」

 「は、はいぃっ!」

 裏返った声を上げて少年は窓際中央に位置する席に座る。かつて、古代進も座った席だ。

 (俺は、ヤマトに来たんだ……)



 少年の物語はこれから始まる。だが、それを語る日はまだまだ先のことだろう。かつて父や母が、叔父や叔母が乗り組んだ生きた伝説。



 宇宙戦艦ヤマト、そしてその頼もしい僚艦――ナデシコとしゅんらん。



 竣工から早21年。その力は未だ健在なり。そして、地球に迫る新たな危機にヤマトが立ち上がるのは、この航海からわずか3ヵ月後の事であった。




 物語の始まりは、17年前に遡り、そして、さらに時空を越えて紡がれる。







 無限に広がる大宇宙。

 その中に存在する惑星地球。

 その大いなる営みの中にあっては。

 蜥蜴戦争や火星の後継者の乱も瞬きほどの時間も無い、小さな出来事だった。



 西暦2201年。



 太陽の輝きを受け、青く輝く火星をバックに、1隻の戦艦が静かに佇んでいた。

 「アキトさん。まだ、貴方の目的は果たされていないのですか?」

 「……ああ。心配かけてすまない、ルリちゃん」

 テンカワ・アキトとホシノ・ルリは、虚空に映し出されたウィンドウ越しに言葉を交わしていた。

 「火星の後継者の残党はまだ十分な余力を残している。奴らの戦力をもう少し削いでおかないと、ユリカに危険が付きまとう事になる。せめて、俺の体を治療する時間くらいは稼いでおかないと、安心して戻れないからな」

 アキトはバイザーを外した素顔でルリと向かい合っていた。本当はバイザーを外すと視覚も聴覚も大きく衰えてしまうのだが、それでもこういう形で会話する程度なら問題にならない。むしろ、戻ると決めた家族との会話に、このようなものは無粋だろう。表情を隠す必要など無い相手だ、むしろ笑顔で迎えてあげたいと言うアキトなりの配慮だった。

 「早く私達の元に戻ってきてくれることを祈っています。ユリカさんも再会の日を今か今かと楽しみにしていますよ」

 「わかってるよルリちゃん。俺も早くユリカと胸を張って会えるよう、頑張るよ」

 アキトは微笑を浮かべながらバイザーをかける。家族としての会話は終わりという意味だ。

 「では。私も任務に戻らせてもらいます。せいぜい全力で逃げて下さい、アキトさん。それとラピス、次に会う時は面白いゲームソフトを進呈します。楽しんで貰えると思いますよ」

 「お手柔らかに頼むよルリちゃん。……ラピス。全力で逃げるぞ」

 「わかった……。ルリ、約束だよ」

 アキトは背後のラピスに指示を出し、自分のシートに体を固定する。逃走の準備は終えた。後は全力で逃げ出すだけだ。



 ルリはナデシコCの艦長として、正体不明のテロリストの逮捕を命じられていた。そのことをアキトは勿論知っていた。
 そして、アキトからユーチャリスへの通信コードを受け取っていたルリはユーチャリスに接近すると警告と近状報告を兼ねて通信を入れることにしている。と言っても、艦橋で正体不明とされているテロリストとのん気に語らうわけにもいかないのでウィンドウに映っているルリはCGであり、IFSを通して脳内での言語を音声としてユーチャリスに送信する形になっている。回りくどいが、こうでもしないと語らえないのだから仕方ない。家族の交流も結構大変なのだ。

 今日も何時も通りの日常が流れるはずだった。ルリは表面上は全力を尽くしていたが、テロリストはその裏の裏をかいて逃走してしまう。それもそのはずだ。ルリの作戦はアキトに筒抜けであり、内容が丸解りしていればどんな作戦でも切り抜けられるというものだ。

 だが、何時もと違ったことがこの場で起きてしまった。火星の後継者の残党が襲撃を仕掛けてきたのだ。アキトもルリも予想外の事態に対処が遅れてしまった。お互い真剣に鬼ごっこを演じていただけに突然の襲撃に対処し切れなかったのだ。

 やや遅れて応撃を始めたナデシコCとユーチャリスだったが、被弾したユーチャリスのボソンジャンプ・システムが暴走。退避の遅れたナデシコCと共に何処とも無く消え去ってしまった。



 結果、火星の後継者の残党を秘密裏に刈っていたテンカワ・アキトの不在は、彼らのとって好都合であった。結果、彼が再度蜂起するための戦力の確保や計画は誰にも気づかれること無く進行することになる。




 西暦2204年。ナデシコCとユーチャリスが消え去ってから3年余りの歳月が流れていた。

 地球と木連組みとの衝突も少なくなり、一件平和そのものに見えた。



 だが、騒動は未だ燻ることを止めてはいなかった。




 何時しか人々の記憶から史上最年少の美人艦長だの、電子の妖精だの、史上最悪のテロリストだのと言った話題は薄れ、消えていった。



 一見平和そのものに見える時間が流れ続ける中で、ひそかに暗躍するものと、それに対抗しようとする者たちがいた。

 未だボソンジャンプを手中に収め、新たなる秩序を生み出そうとする者達と、それによる犠牲を考え阻止を行う者達の水面下での争いは続いていた。


 3年もの間水面下で行われていた争いは、ついに表舞台へと進出する。


 多くの命を踏み台にしながら。





 かくして、物語の幕が上がる。





 西暦2195年。蜥蜴戦争の時代に舞台を移しながら。



 時間と空間を超越した戦争が開幕する。



 その裏に、償い切れない罪の意識とそれでも実現したい夢と理想を追い求めながら。







 今、物語が始まる。






 その先に、人類の種の生存を掛けた大規模な戦争が幾つも立て続けに起こることを、






 まだ、誰も知らない。







 機動戦艦ヤマトナデシコ


 第一章 新たなる秩序のために


 時を越えて、戦いは続く。





 次回予告

 物語の幕は上がった。

 平穏な日々の中、アキトの帰還を待ち続けるユリカに再び魔の手が迫る。

 再び終結したナデシコの面々は、暗躍を始めた火星の後継者の第二陣との戦いを迎える。

 そして、その先に待っていたのは、驚くべき計画と時間を越えた戦いの始まりだった。

 次回、機動戦艦ヤマトナデシコ 

 第1話「俺は貴方を信じたい」

 にご期待ください。






あとがき。

 前「機動戦艦ナデシコ 時を越えた理想」の仕様変更版です。一部設定とシーンが変更され、それに伴いオリキャラの立場や性格も少し変化しています。

 仕様変更版なので、基本的には「時を越えた理想」そのものです。

 書いているうちに最初期と最近ではオリキャラの性格が変更されたり、設定を膨らまし過ぎて収拾がつかなくなってしまったのでそれらを修正する為に振り出しに戻りました。というか、思いつきで話を膨らませすぎました。本当はガンダム、あんなに何タイプも登場させる予定は無かったのに(汗)。

 タイトルの変更は「改訂版」とするにはちょっと弄り過ぎたからです。殆ど全文書き直しですから。つーか内容もとんでもなく変更されちゃったよ、どうしよ(汗)。

 と言う訳で(どんな訳だ)、新装開店「時を越えた理想」改め「機動戦艦ヤマトナデシコ」全7章、完結まで御付き合い下さい。



 あとがき追加

 プロローグの冒頭に作品全体のエピローグ的な話を追加。この作品の名前から察する通りの艦ですね。早い話が「ヤマトは絶対に沈めない!」という決意の現れです。まあ、一隻タイトルに載っていない艦がいますが。



 注:再度設定の改稿と言いますか、宇宙戦艦ヤマトをグレートヤマトから復活編仕様のヤマトに変更しました(外見)。復活を祝して、同時にグレートヤマト化の理由が消失したための物です。ご了承ください。なお、キットの文章中における名称がアルファベットに置き換えられていますが、これは意図したものですので、1〜3話にかけては誤字ではありません。あしからず。