機動戦艦ヤマトナデシコ

 第4話 「お願い、助けて」



 ホシノ・ルリは自宅を出た後憂鬱そうに溜息を吐いた。

 「人類滅亡の危機……? ちょっとついていけない話題でしたね」

 はあっ、ともう1度溜息を吐いてトボトボと歩きだす。

 K.I.T.T.から早急にと伝えられた話は大きく分けて3つだ。

 1つ、ナデシコCの乗組員の内非ジャンパー処理の者は演算ユニットに同化した先代キットの干渉により何とか全員無事で済み、元の世界でそれぞれの生活を続けているという。
 ルリには何よりの吉報であり、心の底から嬉しかった。自分の力では何も出来なかったとは言っても乗組員を無駄死にさせる事も無かったというのは嬉しい報告だった。さらにオモイカネも甚大な被害を被りはしたものの、辛うじて復元可能状態にあると言う。今後自分が合流次第復元に協力してくれるというのだ。
 親友であるオモイカネも助かる可能性があると言うのは本当にうれしい限り。おかげで悪夢にうなされる心配は無くなったと言える。
 すぐには合流出来ないのでしばらくは復活出来ないと告げられたが確実に助かると言うのなら幾らでも待とう。

 2つ目の内容はアキトやラピスも無事に出現し、この世界で自分と同じような状況にあると言う事と、草壁春樹ら火星の後継者の一部とユリカやアカツキと言った者もこの世界に移住(帰るつもりが無いらしいのでそう表現した)し、自分らと同じ状況だと言う。

 これには正直驚かされた。草壁春樹らに協力する形でユリカが、巻き込まれる形でアカツキとアスマ(こちらは厳密には死んでいるらしいが)や先代のキットがやってきているという。
 しかも驚きなのが草壁ら火星の後継者とユリカが手を組んでいる事だ。指導者の改心によって火星の後継者の残党もかなり割れ、あくまで草壁に従う者だけが新しい思想と共にこの世界で戦いを始めているという。

 これが3つ目の話、人類存亡の危機に繋がるわけだ。

 何でも本物の異星人国家から侵略行為を受け、かなりの確率で人類が滅亡してしまうと言うのだ。正直信じ難かったが、何処で拾って来たのかは知らないが火星の大気圏内でガンダムDXとジェネシックガオガイガーとか言う機動兵器が、未知の機動兵器や空母と交戦し、辛うじてこれを撃破する映像を見せられた。しかもその前後の映像からするとジェネシックに搭乗していたのはアキトとユリカだったではないか。

 第3視点での映像だったのでてっきりCGかと思ったのだが、遺跡と一体化した先代キットが時間軸を遡る形で空間スキャニングをかけたので得られた映像だと言う。
 わざわざ自分に説明するだけにK.I.T.T.に渡した映像らしい。中々親切な事だと皮肉な感想を思い浮かべつつ映像を見たが、確かにあれは地球や木星のものではない。火力・機動力・防御性能、全てにおいて自分が知る中でも最新鋭の機体であるアルストロメリアと比較しても子供と大人の喧嘩にもならないかもしれないと感じた。

 偵察が主と思われる部隊ですらあれほどの戦力となれば本腰を入れた戦力と言うのは――考えただけでもぞっとする。

 「――1人でも多く優秀な人材がいると言われても」

 正直強化IFS体質としての高度なオペレート能力を喪失した自分が何の役に立つというのだ。おまけにこの計画の首謀者は草壁春樹。改心したと言われたところで、ルリにとっては仇敵にも等しい。あいつさえいなければアキトもユリカもあんな地獄を見ないで済んだはずだ。幸せに、例え貧しくても平穏な生活を送り、老いて死んでいけたはずなのに。
 何故2人が家畜も同然の扱いを受けなければならなかったのだ。A級ジャンパーとは人間として扱ってもらえない家畜なのか。家畜になるために2人は今まで生きて来たのか、そのためにユリカはナデシコを捨てたのか。
 あんな狂信者達のせいで、私は家族と別れなければならなかったと言うのか! あんな連中のせいで!

 そう思うだけで腸が煮え繰り返る思いだ。特にこの世界の自分と融合したおかげで以前にも増して感情豊かになっているので憎しみすら加速している。

 あんな事がなければ、この世界の自分同様愛し愛された素晴らしい生活が待っていたかと思うと到底許せるとは思えない。



 どうしてユリカは協力する気になったのか正直理解に苦しむが、憎しみながら生きていくというのもユリカらしからぬ事だと思うと少しだけほっとする。あれだけの目に遭ってもユリカは自分を壊さずに生きているのだから。
 さらに嬉しいのはアキトとラピスの事だ。自分同様普通の女の子として育てられたラピスも人形のような人物から快活な女の子に変貌し、この世界の義理の兄であるアスマ(天道光輝に改名したらしいが)と再会を果たし早速兄を振り回したらしい。
 アキトもまた、まだ争いを知らない自分との融合で穏やかさを取り戻し、再会したユリカと早速お熱くやっているらしい。意外に思ったのはアキトまでもが協力の姿勢を示しているということだ。アキトの心境に相当な変化があったのか、それともユリカに付き添っているだけなのか。

 ――後者だろうと思う。ユリカだけ残してまた何かあったら問題だ。むしろ獅子身中の虫となって護るつもりなんだと思う。



 こっちの気も知らずにいちゃついているというのは少しムカついたのがあまりにも目まぐるしい事態に自分の安否にまで頭が回っていないという事だろうか。視野狭窄の気があるアキトらしいが、家族なのだから心配してほしいと思わずにはいられない。とは言っても、火星での一戦を終えて落ち着いてから(ようやく)気にし出したらしいので許してやろうと思う。

 K.I.T.T.はまだ彼らに存在を知られていないらしく連絡もしていなければ来る事もないらしい。
 先代が消えてしまったためにアスマ(光輝)とユリカは酷く悲しんでいて、特に自分の我が儘に付き合わせてしまった結果と言う事もあってユリカの落ち込みようは半端でなく、アキトも慰めるのにかなりの苦労をしているらしい。あの調子だと寮に戻ってからもしばらくは浮上してこないだろうから学業にどれほど差し支えてしまうのかわからないと草壁らも心配しているらしい。ルリに言わせれば草壁らの心配はユリカを利用出来なくなる可能性の心配だろうと結論付けている。少々決めつけが入っている事は自覚しているが、今はどうにもならない。

 それにしてもオモイカネの子供とも言える先代キットにそこまでの愛情を抱いていたなんて、流石はユリカだと密かに感激していた。元々オモイカネと接触していたのは自分だけと言うナデシコの環境でユリカがオモイカネに親愛の情を抱く事等あり得ないが(そもそも人格を持っているとは言っても艦の制御コンピューター以上の認識があったかは怪しいところだし)、身近で容易にコミュニケーションの取れる先代キットともなれば、人間と殆ど変らない愛情を抱けるのも、彼女の長所かもしれない。

 これならコミュニケーションの問題さえ改善すればオモイカネとも仲良くなってくれるかもしれない。そうなればオモイカネの友人として嬉しい限りだ。



 「――本当に人類の危機が訪れると言うのなら、私は――」

 戦うという選択肢は十分にあり得る。指揮官としては無能だったかもしれない。今の自分の能力が役に立つ自信もない。だけど、ユリカの元でなら戦えるかもしれない。自分で指揮すると言うのはもう無理だ。自信が無いし遥かに有能な人がいる。だけど、ユリカの能力を支える情報処理にならまだ自信がある。
 ハッキングが出来無かろうがセンサーが拾った情報を解析してユリカに渡せれば、きっと何とかしてくれると思えるし、ユリカと言えども情報無しでは作戦の立てようもない。

 縁の下の力持ちが自分には相応しい。その役割さえ与えてくれるのなら、戦っても良いと思える。

 「問題は、私が草壁春樹をどこまで認められるか、ですかね?」

 この計画を遂行する上で木星は貴重な拠点だ。地球圏には存在しないコスモナイト鉱石等の発掘の拠点、さらにはそれらの加工の場として木星と言うのは非常に価値が高いらしい。
 おまけに今の地球連合は自分達が居た世界ほどではないが、腐敗しているしわが身大事の無能な奴が上を占めているので、確実視出来るだけの情報があったとしても一笑して終わりになる可能性が高いという。いや、それを決議して備えられるだけの度胸を持った連中が少ないのだ。

 ユリカの父であるミスマル・コウイチロウ中将は問題ないだろう。有能で良心的な、言いかえれば真っ当な軍人である彼ならば、確かな証拠さえ提示出来れば陰に日向に協力を受ける事が出来るかも知れない。
 それに、西欧のグラシス・ファー・ハーテッド中将同様だし、こっちは孫娘のアリサを通じて連絡が取れるはず。自分が仲介役を担えば何とかなるだろう。――アリサはこの戦いに出来れば巻き込みたくない。彼女の過去を考えれば、実戦にだけは参加させたくない。
 彼女はルリとハリにだけ、自分が帰化ワームであることを明かしている。ちょっと法律に反してお酒を口にした時の勢いもあったが、たったの3ヵ月程度の付き合いで無二の親友にまでなった自分とハリを信頼してのことであり、自分とハリもまた、決して人に吹聴出来ない過去を持っているという親近感が、それをさせたのかもしれない。

 生物兵器に命を救われ自らの血肉としているという現実が、彼女を今も責め苛んでいる。表面上は全く問題無いように振る舞っているが、内心いつ何時ワームの闘争本能と破壊衝動が目覚めて家族や友人達を傷つけやしないかと苦しんでいる。
 確かにワームとしての自我は完全に消滅した。しかし記憶は残っている。彼女を救ったワームとて綺麗な身ではなかった。擬態のための融合こそしていなかったが、1度人を殺めてしまった事がある。その記憶がアリサを苦しめていた。その記憶が、命を奪うと言う事の重みを彼女に背負わせ、愛する者のために戦いたいという理由と祖父への憧れから望んでいた軍人への道を閉ざした。

 別に軍人が素晴らしい職業だとは露ほども思っていないルリであるが、外的要因で夢を砕かれることの辛さはわかる。今となってはさらに深く理解出来る。

 自分では、その苦しみから解放してやることが出来ない。せめて――せめて同じ帰化ワームで、その手の感情が付きまとう戦いを経験して、自分を制御しているような人が居れば何とかしてくれるかもしれないが。

 このままだと、何時か潰れてしまうのではないだろうかと不安になってくる。人気者だし友人も多いが、親友と呼んでいるのは自分とハリだけで休日でも会う機会はかなり多い。

 本人曰く「ルリとハリは精神安定剤」らしいが、それは完全に心許し秘密を共有していることから来る安心感が自分の暴走を抑制してくれるのではないか、という期待だろうと分析した。別に嫌ではないので付き合っているが、このままだと遠からず破綻することが目に見えている。
 自分だってハリとの関係を進めていきたいし、何時でも傍に居る事は出来ない。お互いの将来が食い違って、離れ離れになる可能性は十分にある。

 恋人でも出来れば良いのだが、あれで結構選り好みが激しいし結構白馬の王子様を夢見ているところがある。可愛らしくて良いのだがあれじゃあ何時まで経っても彼氏を作れそうにない。だからって自分とハリの仲の進展をさりげなく邪魔するんじゃないと文句を小一時間程言いたい気分だった。



 何とかしてやりたいし、すでにワームとの交戦も済ませているという天道光輝にでも助けを求めてみるか。とルリは遠からずユリカと連絡を取ろうと心に誓った。



 思考が脱線したな、と自分に突っ込みを入れつつルリはとりあえず草壁に会うだけ会ってみようと決心した。会ってみて、本当に心入れ替えているのなら様子見を兼ねて協力してやろう。あのユリカと立場上決して良好な関係とは言えないアカツキでさえも協力を約束しているというのなら、案外本当に改心したのかもしれない。
 まあ、全ては会ってからだ。



 トボトボと道を歩き、3件先にあるマキビ・ハリの自宅に到着するまでの間にこれだけの事を考えたルリは、気持ちを入れ替えてやや震える指先でマキビ宅のチャイムを鳴らす。

 「は〜い」

 間延びした返事が聞こえ、ぱたぱたという足音が近づいてくる。がちゃりとドアが開くとそこにはつい先日幼馴染から恋人に昇格を果たしたマキビ・ハリが高校の制服を一部の隙もなく着こなして、学習道具の収まったナップサックを背負って現れた。

 「じゃあ母さん、行ってきま〜す!」

 「行ってらっしゃーい」

 と奥でハリの養母が返事をする。

 「じゃあ行きましょうか、ルリさん」

 はにかみながらハリが通学を促すとルリはこぼれる様な笑みを浮かべて頷いた。

 「行こう、ハーリー君」

 昔自分が送った愛称で返事して、ルリはそっとハリの横に寄り添った。






 「ツインテール、止めたんですね」

 「うん。――この髪型、似合わないかな?」

 そう言って先端の方で結んで纏めた自慢の髪をさりげない仕草で払う。恋が成就したのだから子供っぽいかな、と思った髪形を変えてみたのだが、似合わなかっただろうか。これでも姿見の前で2時間程頑張ってみたのだが。

 「い、いいえ! 凄く似合ってますよ! ルリさんの雰囲気にあってますって」

 あたふたと恋人の髪形を褒めるハリの姿に小さく笑いながらルリは思い切って話題を振ってみた。K.I.T.T.め、嘘ついてたら絞めてやる。

 「ハーリー君、最近おかしな人から電話とか来ませんでしたか?」

 「――それって車のダッシュボードに備えられた、青い球体の事だったりしますか?」

 真剣な声で振られてきた話題に、ハリも真剣な声で返した。

 「ええ、そうです。ハーリー君のところにも連絡したんですね?」

 「はい。機能の深夜2時頃に。ナデシコCのイレギュラージャンプの夢を見て目が覚めた、直後ですね。あまりにも早かったので、恐らくあの時間に覚醒すると言う事を知っていたんだと思いますが、ルリさんはどう思いますか?」

 丁度自分が悪夢と同じだ。と言う事は、あの事故で跳ばされた人間は大体似たようなタイミングで覚醒したという事だろう。恐らくジャンプアウト自体はそれよりも前で、完全にこの世界の自分に馴染むまで意識が表面化することが無かったということだろう。

 「私もそう思います。――ハーリー君が無事で良かった。もしもクルーがあの事故で犠牲になっていたとしたら、私、とても正気ではいられなかったと思います」

 隣を歩くハーリーの腕に自分の腕を絡ませて体を密着させる。夏服の薄い生地越しにハーリーの体温が伝わってきて、荒れかけた心が落ち着きを取り戻していく。まだ夏の陽気が色濃く残っているので正直冷房の効いていない屋外で人に抱きつくと暑くて敵わないのだが、今この瞬間だけは全く気にならなかった。

 「る、ルリさん……!」

 心配して貰えるのは嬉しいが、この体勢は少々不味いだろうとハリは慌てた。夏服の生地は薄いし、ルリの身長は自分よりも頭1つ分低い(ハリ自信は同年代で平均的な身長)。それでこの体勢となると、薄い生地越しにルリの胸が腕に押し当てられるということで――。

 ちらりと横を見るとルリは安心しきった表情で頭を肩に預けている。全く気にしていない。
 ハリは暑さとは別の要因で汗をかき始めた。確かにルリは幼児体型で胸は小さい。それでも全くないというわけではない。他の部分とは少し違う柔らかさにハリの頭は沸騰寸前だった。

 「おっはよ〜ルリにハーリー君!! 朝からアッツアツねぇ!」

 と遠慮無くルリの背中を引っ叩いたのはアリサ・ファー・ハーテッドだ。腰まで届くプラチナブロンドの髪をそのまま流している。はっきり言って美人さんだ。

 「痛い!」

 とハリの腕を離してルリが海老反りになって悶えながら跳び上がる。勿論先程までハリの腕に絡ませていた両腕は背中に回されて叩かれた部位を抑える。
 外見から見ると筋肉がそれほど付いていなさそうに見えるアリサだが、結構力が強い。ワームの記憶のおかげなのか武術の類は習っていないはずなのにかなり綺麗なフォームで人を殴る蹴る、そして叩く。
 その一撃や成人男性――それも体を鍛えていそうなガラの悪いあんちゃんを蹴り飛ばし、悶絶させたところから見てかなりのものだと思う。

 武道を習っているハリですらルリの隣で青ざめるほどに素晴らしい蹴りだった。以来しつこいナンパ男が集団で群がってきた時にはとりあえず1人をボコして戦意を喪失させて撤退させるという構図が出来上がりつつある。

 先述の理由から格闘技系の部活からの誘いは一切断っているが、訓練も無しにこれだけの事が出来るのなら、確かに暴走を恐れるわけだ。理性を無くした状態で暴れられたら本当に死者が出るかもしれない。

 そう言えば、彼女が日本語ぺらぺらなのは血肉となったワームの目覚めた地である日本の記憶の影響でもあると聞いた。それで興味を持って反対する両親を説き伏せて留学する事にしたと言っていた。流石に漢字はまだまだ苦手のようだが。

 「おはようございます、アリサさん。でももう少し手加減してあげた方が良いと思いますよ、ルリさん体強くないんですから」

 「そう? この子これで結構根性あるし打たれ強いと思うけど。この間だって何だかんだ言って金時山の攻略に成功したわよ?」

 「……痛みに苦しんでる親友を脇に置いて、よくもまあそんなことが言えますね?」

 突然降ってわいた激痛に涙を流し悶えているルリが早速苦情を申し立てる。幾らなんでももう少し手加減してくれないと身が持たない。きっと綺麗な紅葉が咲いている事だろう――背中に。
 ちなみに背中に手を回して涙しながら悶えている美少女の姿に周りはどよめいていたが、当事者たちは気にも留めていない。

 「ごめんねぇ〜ルリ。なんかハーリー君と仲睦まじく歩いてるの見てついやりたくなっちゃった」

 てへっ、と可愛らしく舌を出して小首を傾げ見せるアリサだが、ルリは心の中で罵声を浴びせた。

 (それってつまり嫉妬ですか!? 自分で選り好みして数々の交際希望者を撃沈してきた癖に、私に恋人が出来た瞬間にこれですか!? 悔しいなら男を作ればいいでしょう!?)

 決して口には出さないが(出したら後が怖い)とりあえず睨みつけてみる。涼しい顔でかわされた。

 やるな、親友よ。今夜覚えてろ。枕元に玩具じゃない、本物のカエルを仕込んでやる。勿論手は抜かない。ウシガエルをプレゼントしよう。この日のために生息地は調査済みだ。産地直送便だ、覚悟しろ。

 心の中で復讐を誓いつつ、ルリは懲りずにハリの隣に移動する。ちなみに彼女、爬虫類の類は全然平気だったりする。逆に虫の類が苦手で特にゴキブリが大の苦手である。これは5年前、窓を開けた瞬間飛んできた大きいクロゴキブリが顔面に張り付いた事と、驚いた拍子に顔から落ちたゴキブリを素足で踏み撫すと言う最悪な出来ごとが原因である。以来、姿を見るだけでもパニックに陥る程に恐れている。
 そのためかルリの部屋は対ゴキブリ対策が入念に施されている。ゴキブリの嫌がるとされる香草等が侵入口になりそうな個所に置かれている。
 のだが時折侵入されて悲鳴を挙げている。気配にもかなり敏感で普通気付かないよと言いたくなるような状態でも1人察して硬直している。ちなみに両親は平気だ。

 交際開始前も対ゴキブリ要員としてハリは重宝されていたりする。彼は虫も爬虫類も基本的に大丈夫だった。

 「もう、アリサさんも嫉妬で暴力振るわないで下さいよ。どうしても振るいたいなら僕にして下さいよ。これでも頑丈さには自信があるんですから」

 「嫌よ。ハーリー君殴っても気が晴れないし、不意打ちやると反撃が来るじゃない」

 と取りつく島もない。

 「暴力を振るわないという選択肢は無いんですか? 今度の中間試験、国語と古文の勉強教えてあげませんよ?」

 とルリがささやかな反撃に出る。

 「ああ〜ん、ルリってば酷〜い〜」

 「酷いのはアリサの方です。朝っぱらから不意打ちするなんて」

 ぶつぶつと文句を言うルリを宥めに入ったアリサを視界の端に捕えながらハリは体中を刺す殺気さえ籠った視線に冷や汗を流す。
 それもそうだ、学校きってのアイドルであるルリとアリサと一緒に登校しているというだけでも羨望の的だと言うのに、ルリやアリサと個人的にかなり親密であるため学校中の男子を半ば敵に回しているのがハリの状況だ。はっきり言って視線がかなり痛い(これでルリと交際を始めたと知れたら、本当に殺されるかもしれないと内心恐れている)。
 だが、ルリと別れるつもりは毛頭無いし、アリサだって大事な友人だ。嫉妬に負けて関係を断ち切る等考えもつかない。



 つーかそんな醜い嫉妬には正直付き合いきれない。

 とは考えつつも間違いなく一番身近な危機であるためハリは武道を修めて最低限の自衛が出来るようにしている。手を出すのが危険だと思わせる事が目的だ。
 ついでにアリサは無問題としてもルリは非力だし運動音痴だ。なまじ容姿が優れているだけに良からぬ事を考える連中も多い。この場合、力尽くでモノにしようと言う男の風上にも置けない連中だ。
 アリサが一緒にいれば余程圧倒的な数の差が無い限り大丈夫だとは思うが、戦える奴は多い方が良いに決まっている。と、一途に想い続けてきたルリのためにハリは強くなろうと努力を重ねてきた。

 時折挫折しかけたが、そこは友人達に支えられる形で乗り越えてきた。今では一端の騎士のつもりだ。

 「しっかしようやくハーリー君とくっ付いたのね。いやぁ〜結構ヤキモキしてたのよ、くっ付きそうでくっ付かなくて」

 と両手を頭の後ろで組む。左手に持っていた通学鞄が背中に当たって間の抜けた音を立てた。

 「そ、そうですか? 出来るだけ表に出さないようにしてたつもりなんですけど……」

 「モロばれよ、ルリって顔に出やすいから。ハーリー君は隠す気さらさらなかったみたいだし」

 とにやにや笑ってハリに目を向ける。その碧眼は何よりも雄弁に「この状況を楽しんでます」と語っている。
 ハリは憮然とした表情で「からかわないで下さい」と言い返す。

 「よっ! 朝から仲が良いな」

 後ろからかけられた声に3人は振り向いた。そこに立っていたのは癖のある茶髪(地毛)と鳶色の目をした男子だった。身長はハリよりも10cm程高く、細身の体躯をしていた。

 「古代君、おはようございます」

 「おはよ、進君」

 「おはよう、進」

 ルリ、アリサ、ハリの順に男子に向かってあいさつを済ませた。彼の名前は古代進、同じ学校に通う同級生で兄が連合宇宙軍に在籍している。植物学者の父と厳しくも優しい母と頼れる兄の4人家族であったが、2年前に犯罪に巻き込まれて父と母を失い、兄も軍に入るべく全寮制の士官学校に通っているため現在1人暮らし。
 理不尽な暴力で両親を失って以来以前の平和主義は影を潜め、守るためには時に拳を振り上げる事が必要だと痛感したとかで、ハリと一緒に武術を習っていたりする。
 その経験からか虐めだとかにはかなり過敏に反応して仲裁に入る事も多いのだが、行き過ぎてしまうこともしばしばでありかなり沸点が低くすぐに熱くなってしまう事が良くある。不必要に暴力は振るわないが必要な時には躊躇い無く拳を振り上げる。それが今の古代進だった。その心の傷は未だに癒えていない。

 しかし顔立ちもよく基本的には優しい性格なので女子の人気も高いのだが本人は恋愛に疎いのか、そのアプローチに全く気付いていない。良くも悪くも友人としてしか接していない。

 「ハーリー、昨日の洋画劇場見たか?」

 「ああ、あのアクション映画ね。観たよ、派手で良かったけどストーリーが今一かな」

 「そうだな。にしても、あの手の映画見て何時も思うんだけどさ、一体どこにあんだけの弾持ってるんだろうな? あれって兄さんに1度現物がどんなものか聞かせてもらった事があったけど、銃本体とマガジン合わせても30発がやっとで、フルオートなら3秒もあれば撃ち切る代物らしいぞ。映画の中じゃ軽く10秒は撃ちっぱなしだったけどな」

 と、映画の中で使われたアサルトライフルについて語る。そうだね、とハリも頷きながら、

 「でも演出だから突っ込んでも仕方が無いんじゃない? そんなこと言ったらあのマガジン自体、10個も持ち運べるほど小さくないんだし、他にも拳銃の予備弾とか携行してるんだから、普通ならあそこまで動ける程装備が軽くないって」

 とフォローするようでしていない突っ込みを入れる。こういう事に興味を示すあたり、男の子と言う事だろうか。

 「一々細かい事を指摘してないで、楽しめればいいんですよ。娯楽作品なんですから」

 とルリがくすりと笑いながら会話に加わる。こうして会話している時だけは、K.I.T.T.から告げられた事を考えずに済む。やはり、友人とは有難いものだ。

 「そうそう、ルリの言う通りよ。事実は小説より奇なり。――到底信じられない事ってのは現実に起こる事の方が多いんだから」

 貴方が言うと説得力があり過ぎる、とルリは胸の中で突っ込みを入れつつ痛みを覚えた。本人は極々自然に言っただけのようだが、事実を知る身からするとあまりにも痛々しい。
 その苦しみから、貴方が開放されるのは一体何時なのですか。と、ルリの胸中に焦りにも似た感情が渦巻く。ただでさえ厄介な事態に直面しつつあるというのにアリサの問題も表面化してきている。

 K.I.T.T.からもワームが活動を開始したと聞かされている。恐らく自分とハリがアリサの事を知っているという証拠をどこかから掴んだのだろう。いや、時間も空間も関係なく世界の事情を見てとれる存在に1つだけ心当たりがある。

 演算ユニットだ。あれなら出来るかもしれない。そこに先代のキットがいると言うのなら、知るだけなら簡単だろう。



 ルリは天を仰いで訴えた。



 神様、いるのならどうかお願いします。






 彼女をこの苦しみから解放してあげて下さい。何の気兼ねも無く人として生きていけるようにして下さい。このままじゃ、可哀想です。






 12時間前――火星・ユートピアコロニー






 「そう、キットは行ってしまったのね」

 光輝とユリカからの報告にユリナはパイプ椅子に力無く座りこむと肩を震わせて咽び泣いた。
 アキトもまた自分の胸で泣き続けるユリカを宥めながら沈痛な面持ちで天を仰いだ。

 (俺は、何もしてやれなかったのか? ユリカの恩人に対して何も出来ず、世話になりっぱなしで終わってしまった……)

 そう思うと無性に悲しかった。自分が不在の間ずっとユリカのために身を粉にして戦ってくれた恩人に何の恩返しも出来ず、見送る事すら出来なかった。

 (せめて、キットの努力を無駄にしないためにも俺は戦う。自分が奪ってきた命を背負いながら、絶対にユリカを幸せにして、俺も幸せになる。そうでもしなきゃ、キットが浮かばれない)

 アキトは決意を新たにした。キットが望んだのは人類の幸せ。命を投げ出してまで切り開いてくれた可能性を無駄には出来ない。だから、出来る範囲で、そして全力で恩返しをしていこう。一生をかけて、返していこう。
 そっとユリカの頭を撫でながら背中をポンポンと優しい調子で叩いて慰める。

 ラピスもまた突然の別れに頭が追い付くと、悲しみが心を満たした。

 「折角、折角お友達になれたのに。新しい、家族になるはずだったのに……」

 悔しかった。人柱を立てることなくボソンジャンプを管理する術さえ見つかっていれば、犠牲にしなくて済んだかもしれないのに。
 何故待ってくれなかったのだ。待ってくれれば方法が見つかったかもしれないのに。

 悔しさと悲しみとやり場の無い怒りが心と体に広がって行く。

 「――あいつは、人類のためにその身を犠牲にした。それこそが自分の幸せだと言って。
 ……それは事実だろうが、全てじゃない。あいつだって俺達と命尽きるその時まで一緒にいたかったはずだ。それなのに、悲しい素振り1つ見せずに行った。

 凄いよ、本当に。だからこそ、俺は――」

 戦い続けよう。命ある限り。家族が全身全霊をかけて護ろうとしたこの世界を、人類を護ろう。例え、どんな犠牲を払おうとも。

 この時光輝は全ての覚悟を決めていた。例えこの命が消えてなくなろうと、妻や兄や姉や妹や友も、失くす事になるとしても立ち止まる事無く戦い続ける覚悟を決めていた。

 全てが無くなってしまうその時まで。



 「そうだね、戦うしかないよね」

 光輝の心中を察したのか、アキトの胸で泣いていたユリカが口を開いた。

 「あたしも腹を括ったよ。キットの気持ちに応えるためにも、あたしは力の及ぶ限り戦う」

 アキトの胸から顔を上げた時、アキトですら一瞬誰だかわからなかった。それほどに、ユリカの表情は変わっていた。先程まで泣きじゃくっていたのと同一人物とは思えない。
 涙や鼻水の痕はあるが、顔付がまるで違う。アキトはついぞ見ることの叶わなかった機動戦艦ナデシコ艦長、ミスマル・ユリカの顔だった。
 ぐいっと顔を袖で拭くとユリカは声を張り上げた。

 「皆さん! 私達は意地でも人類を護り抜きます。先程の戦闘で異星人の存在と攻撃の意思があることはわかりました。我々は何としてでもヤマトの復元を間に合わせ、これに対抗します!
 過酷な道になると思います。木連のみならず地球の政府にも何らかの形で話をつけない限りヤマトが完成したところで満足に戦う事も出来ず、物量も圧倒的に不足します。

 しかし! それでも私達は退くことを許されません。命を賭して、贖いの手段を伝えてくれた友のためにも、我々に後退の二文字はありません。

 正式にメンバーに加わっているわけでもない私が言うのもお門違いかもしれませんが、どうか皆さん、力を貸して下さい!」

 ユリカの言葉を聞いた仮設司令部の人間は全員我が目を疑った。先程までただ泣いていただけの小娘に、何かが宿った。
 元火星の後継者のメンバーからすれば仇敵ナデシコの艦長であるが、(暗部を知らないメンバーからすれば)今まで見せて来た姿は年相応かそれ以下の小娘以外の何者でもない。
 だがこの瞬間、自分達は彼女の上っ面しか観ていなかったことを思い知らされた。あの破綻していると断言してのおかしくない思考回路が切り替われば、ここまでの存在になるのか。
 あの草壁春樹にも劣らない存在感、カリスマ性をヒシヒシと感じていた。政治家に近い草壁と指揮官でしかないユリカでは違いも大きいが、何となく付いて行きたくなるような、そんな存在感を示していた。

 全員が思わず頷いていた。

 「ユリナさん、すぐにヤマトの全データをネルガルに送信して、アカツキ会長の判断を仰いで下さい。現状ヤマトの復元を可能としているのは、ネルガルだけでしょう。データディスクの出所のヤマトは純ネルガル製の戦艦です。上手く規格を合わせることが出来るかもしれません。

 地球の極冠にあるという工場施設の探査は木連にお願いしましょう。あそこは辺境ですし戦略上特に重要な施設もありません。チュ――跳躍門を6つも落としておけば連合軍はそうそう近付いてこないはずです。

 光輝と菫ちゃんとアキトはハイパーゼクターを使用して土星のタイタンに移動し、コスモナイト鉱石の鉱脈を何としてでも見つけ出して下さい。あれが無ければヤマトの復活は敵いません。ただし、今日のところは疲労もあるでしょうから後日改めて行うと言う事にします。出来れば、それまでにツインドライヴが完全駆動してくれると機動力の面で有難いのですが、最低でもジェネシックガオガイガーのエンジン載せ替えは完了させて下さい。

 それと、木連にはプラントを一角を使用してでもコスモナイトを初めとする新素材の開発及び生産体制を整えるように指示を出して下さい。恐らくそれが木連にとって大きな外交カードにもなるはずです。
 木星の高重力場、コロニー国家であるが故の宇宙空間の利点を活かした工業製品は、地球や月と言う環境では易々とは造れない物もあるはずです。古代太陽系文明の遺産はすぐにその優位性を失うでしょう。いえ、失わせます。となれば、純粋に環境を利用した利点を生み出すことが木星の国家としての重要性を高め、立ち周り次第では以前よりも遥かに有利な条件で地球と交渉することが出来るでしょう。

 そこは、草壁閣下なら何とかしてくれると信じています」

 矢継ぎ早に指示を出すユリカの姿に度肝を抜かれつつも、今後の方針を決め兼ねていた人々が一斉に動き出す。あまりの迫力に異議を挟む事も出来ずにあたふたと指示を実行すべく奔走を始める。

 「誰かジャンパー処理を受けていない人、キットの行動が無駄でなかったことを証明します。命をかける覚悟があるのもは協力を願います。アキトも協力して」

 「お、おう」

 あまりの迫力にアキトもたじろぐ。よくよく考えてみれば、ユリカが本気で指揮取っている時の姿を見るのは初めてかもしれない。何せ自分はコック兼パイロット、通常戦闘時にブリッジにいることは殆ど無い。精々ミーティングくらいだ。

 「じゃあ、あたしがやるよ。キットを信じてるから、大丈夫」

 ラピスが真剣な眼差しでユリカの提案した実験に参加を希望した。

 「良いのか? もし失敗したら、死ぬんだぞ」

 光輝が怒るでも咎めるでもなく、冷静な声で問う。それは、むしろ覚悟の確認に等しかった。

 「当然よ。殆ど会話も出来なかったし、ユリカやお兄ちゃんに比べるとキットとの絆はそんなに強くない。――だけど、あたしはキットを信じるよ。今までずっとユリカを護り続けてきたキットがユリカを裏切るはず無いもん。お兄ちゃんが、一番それを良くわかってるんじゃないの?」

 「――そうだ。俺はキットを信じてる。キットならやってくれているはずだ。ラピス、頼む。俺は最低な兄だ。死ぬかもしれない実験に妹を使うなんてな」

 「そんなこと無いよ。裏切られることが無いって確信出来てるからこそ、あたしを送り出せるんだよ」

 ラピスは涙も恐怖も顔に浮かべることなく、むしろ笑みを浮かべて兄に寄り添った。

 「信じてる。上手く行くって」

 光輝は大きく頷くと自身のハイパーゼクターを託そうとした。のだが、呼んだはずなのに応答が無い。はて、トラブルだろうか。



 「残念だけど、必要無いよ。キットはやってくれた。それが全てだよ」



 この場で聞くはずが無い声を聞いて全員が仮設司令所の入り口に目を向けた。

 「やあ光輝。実験は成功したよ。ハイパーゼクターと言えどジャンパー処置を施していない人間は跳ばせなかった事は確認済みだからね。念のために2度3度往復してみたけど、問題無かったよ」

 「ヨシオ……お前どうして」

 光輝が信じられないものを見るように眼を見開いてヤマサキ・ヨシオの姿を視界に収める。

 「ヤマサキ、ヨシオ――!」

 アキトが視線を険しくする。かつて自分と妻を散々辱めてくれた仇敵だ。知らず知らずの内に拳を握りしめていた。

 「何の用ですか、ヤマサキさん?」

 意識の切り替わっているユリカの威圧的な視線にヤマサキは気圧されたらしく1歩後退したが、気を取り直して咳払いとの後にこう答えた。

 「実験だよ。本当に非ジャンパーがボソンジャンプに耐えられるようになったのかどうかの、ね。
 こっちに移動する時には処置を受けたけど、この世界に来てからは処置なんて施してる時間も無かったし必要性も感じていなかったからやってなかったんだ。
 キットの事を聞いていてもたってもいられなくなっちゃってさ。メンテナンス用のシグナルを送ってハイパーゼクター1号機を呼び寄せて火星と木星をボソンジャンプで往復してみたよ。結果は見ての通り、僕は五体満足だし高出力ディストーションフィールドも使用していない。疑うんならハイパーゼクターのログを見ると良い。この子は絶対に嘘をつかないよ。ことボソンジャンプ絡みならね」

 ヤマサキはそう言うと左手に握っていたハイパーゼクターを光輝に向かって放り投げる。右手でハイパーゼクターをつかみ取るとすぐさま光輝が反応を示した。

 「道理で呼んでもすぐに来ないわけだ。――嘘ではないようだが、検証は回数がモノを言う。ラピス、やってくれるか?」

 「勿論。ヤマサキは信用出来ないからね。……個人的感情だけど」

 と辛辣な視線をヤマサキに向けながらラピスは光輝のハイパーゼクターを受け取ってスラップスイッチを押しこむ。移動先はダブルエックスの前だ。

 「やれやれ、わかってはいたけどやっぱり信用ないか……」

 「当然だな、自分のしでかした事を考えてもみろ。ライダーシステムとハイパーゼクター、ついでに結果的にとは言えアキトとユリカの再会の演出に協力していなければ、俺の身内に暴力を振るった罪で地獄を見せてやっているところだ」

 氷点下と表現したくなるような声色で光輝が断言する。言葉だけで済ませているのはヤマサキに対して友情を感じているからだ。そうでなければすでに拳骨の1発は飛んでいる。

 「そりゃそうだ」

 とヤマサキは肩をすくめてみせる。今更光輝との間に芽生えた友情が壊れるとは露ほども疑っていないのと、当たり前の言い分だと感じているからこその対応だ。そして視線をアキトに向ける。

 「……」

 アキトは憎しみを籠めた視線をヤマサキに向けているが、どうにも様子がおかしい。てっきり殴りかかるかと光輝は考えていたのだが(ヤマサキも今後の事を考えて2.3発はぶん殴られても良いかな、と考えていたのだが)、そういう気配は見えず、自分を抑えているようでもあり迷っているようにも見えた。

 「俺の――」

 アキトがようやく口を開いた。その声は低く、だが抑えきれない感情の籠ったものだった。

 「俺の復讐は、俺の復讐は――終わったんだ。――光輝にも言ったが、前の世界での感情をこの世界に持ち込むつもりは――あまり無い。
 ――ヤマサキ・ヨシオ。俺とユリカとラピスを散々辱めた張本人。何度も何度も殺してやりたいと思った奴。
 正直本人を目の前にしている今、ぶん殴ってやりたくて、その首捩じ切ってやりたくて堪らない。だけど、それをやっちまったら俺はまたあのころに逆戻りしちまう。
 だから、殴らない、殺さない。だけど、お前がまた俺の幸せを壊そうとするなら、その時は容赦しないからな……!」

 アキトはそう言うと、ぎこちない動作で右手を差し出した。握手を、求めているのだ。

 「――誓うよ。他でもない、君の弟の友人として誓おう。2度とあんな事はしない。少なくとも、道徳に反した行いは避けようと思ってる。
 この誓いに背いたと判断したのなら、思う様に殴ってくれて構わない。殺してくれても良いよ」

 そう言ってヤマサキは、握手に応えた。ぶるぶると震える手が、アキトの感情を如実に表していた。それでも、ヤマサキの手を握り潰さんばかりに力を込めないのは、アキトの決意の強さを物語っていた。

 「……ああ、そんな日が来ない事を、願ってるよ」






 「ラピスは無事に跳べたし、ヤマトの再建に必要なデータも手に入ってや鉱物資源のありかも目星がついた。
 しかも歴戦の勇士沖田十三艦長もヤマトの再建に協力してくれるらしい。より1対多数戦闘に対応出来るように各種武装の改良案を幾つか提示してくれるそうだ。

 それと、ナデシコとユーチャリスの再建案も出ているんだが――」

 「断る」

 「断固反対」

 と、アキトとラピスが猛抗議を開始した。ナデシコはともかくユーチャリスは決して綺麗な存在ではないし出来る事なら心の中だけに留めて置きたいかつての復讐の力。出来る事なら役目を果たした今は静かに眠らせてやってほしいというのだ。

 「ただ、ダッシュに関しては復元可能なら回収してやってくれ。あいつはまだやり直せるだろうし、戦闘の経験値は豊富だし、キットの事を考えると、廃棄処分って言うのは気が引けるんだ」

 「そうだね。ダッシュだけは本人同意の元で協力してほしいと思う。ナデシコCのオモイカネも出来れば生き返らせてほしい。ルリが、悲しむ」

 とダッシュに関してのみ復元を要求してきた。身勝手と言われても仕方の無い言い分だが、アキトとラピスを敵に回すリスクよりもユーチャリスの価値は高いとは言えなかった。どっちにしろあのような自動制御に依存しきった艦で敵に勝てるわけが無いと沖田が断言した事も理由だった。

 言われてみて草壁も納得した。確かにワンマンオペレーションは人材を投入しなくて済むという利点はあるがある意味融通の利かないコンピューター制御に依存し、たった1人の人間に全ての負担を掛けてしまうと言うデメリットを考えると激戦が予想される対異星人戦に有効とは思えなかった。ましてやこの世界では強化IFS体質が失敗に終わり、扱える人間も全くいないのだから当然の結論とも言えた。

 それにヤマトの強さはどちらの世界でも乗組員の団結力と能力、そしてそれらのクルーとヤマトの相性こそがモノを言っているものと思えた。

 不測の事態や絶体絶命な危機を乗り越えるためには助け合いこそが必要である。そのためにはどうしても人間を乗せるしかないし、過酷な状況下での確実な成果を求めるのなら自動制御の無人艦は論外だった。この手の兵器は攻めるよりも護りに向いている。

 今求められているのは攻めに回れる戦艦だ。場合によっては太陽系を飛び出して敵の懐に飛び込むことだって考えなければならない。そういう意味でもヤマトは希有な宇宙戦艦だった。

 改修における基本方針として定まったのがパラレルワールドのヤマト同様、人と機械の共闘――すなわち人機一体をさらに推し進めるというものだった。
 経験値が特に高いナデシコCのオモイカネを何とかして完全復活させてヤマトに移植し、より高精度なコンピューター制御を確立させながらもマニュアル制御を盛り込めるだけ盛り込んで徹底して互いの欠点を補い合えるようにするというものだ。
 はっきり言って人間側にもコンピューター側にもハードルの高い要求だったが、半端な設計で造ったところで役に立つとも思えない以上、徹底してやることに決まった。

 ナデシコCの復元も考えられたが、ナデシコC最大の特徴であり武器であるハッキングシステムが敵に対して有効であるとは考えられないためヤマトを最優先し、ヤマトに合わせる形でナデシコ級を新造するという方向で話が決まった。
 コンピューター技術の違いがあればそれを完全に把握するまで乗っ取りも何もあったものではない。火星の後継者に行えたあれは同じ地球人の技術を元にして造られたコンピューターに対してだからこそ使えたのだ。古代太陽系文明の遺産と言えど人間が使えるようにインターフェイスを変えてあるのだから問題無かった。

 しかし、今度ばかりはそうとは言えない。そんなあやふやな手段に頼るよりもむしろ情報解析と欺瞞情報を振りまく電子戦に特化した新しい艦――電子戦艦にしてはどうかという意見も出ているが、ナデシコCのペイロードでは恐らく波動エンジンや波動砲を積み込むことは難しく、ヤマトと同程度の宇宙戦艦に改修する事は困難であるというのが木連の技術者の意見だった。
 どうしても、艦体に纏まったスペースが欲しいという。

 「だったらいっそのこと、ナデシコAはどうでしょうか?」

 と言ったのはユリカだった。

 「正確にはYユニット装備の初代ナデシコです。Yユニットを拡張ユニットとしてではなく完全に艦体の一部として扱えば艦のサイズ的にもブロック毎のスペースもナデシコ級戦艦の中では間違いなく最大です。
 まあ、ナデシコの“再建”に拘るのなら、というレベルですけど」

 言外に新しい艦を造った方が早いとユリカも言っていた。

 「確かに新造艦にした方が早いだろうな。しかし、それはヤマトにも言える事だ。例の強化プランのヤマトを造るにしろ、大破したヤマトをそのまま復元するにしろ、両者を混ぜた新たなるヤマトとして再建するにしろ、新造艦として設計した方が早い。

 しかし、我々がヤマトの姿に、名前に拘るのは疑いようの無い戦果を挙げているからだ。――そう、実績だよ。我々は、その栄光に縋りたいのだ。

 だからこそ、多少のデザイン変更は止む無しとしても、宇宙戦艦ヤマトとして再建したいと考えている。それは、並行世界で散った君の好意に報いることにもなる」

 そう言われると、ユリカの表情が暗くなる。

 「――すまない。
 しかし、彼女はヤマトという存在そのものに絶対の信頼と信用を置いていたからこそ、我々に託したのではないかと考えている。そうでなければ、ヤマトではなく性能面で大きく勝るアンドロメダという戦艦のデータを送ってきたはずだ。
 幸いなことに、ヤマトは大きな内部スペースのある船舶の形状をしているから内部構造を一新すれば外見は殆ど変えずに復元出来る筈だ。

 ナデシコも同じだ。確かにヤマトに比べればその戦果は小さいものかもしれない。しかし、ナデシコはたったの1隻で和平の可能性をつくり、最終的に実現した戦艦だ。
 私は、敵対した身としてナデシコの復活も切望する。まあ、一種の験担ぎだよ」

 「なるほど。そこまで御褒め頂ければ当社としても鼻が高いですよ。――ナデシコについては今後も検討を続けるとして、ヤマトの再建については了解しました。ネルガルも出来るだけの事をやりましょう。最高の人材を派遣します。本人も全て了承してくれました。軍事教育こそ受けていませんが技術者としては間違いなく最高レベルの人材です」

 全てを、とは異星人の侵略の事とヤマトに関する全てと、自分を初めとするイレギュラーの存在をぼかした上で話、同意を取り付けたという事だろう。

 流石に本人が並行世界に移動する事に関しては伏せることにした。ここを馬鹿正直に話しては拒否されてしまう可能性が高い。だから、あくまでこの世界に起こる出来事に関する話とそれを示す物的証拠の提示、さらには危機を乗り越えるために必要な知識を与えられたとしていた。
 あくまでこの世界に元から住んでいる人間としてこの危機に立ち向かうと言うスタンスを貫くことにしていた。
 この隠蔽に関しては光輝の実例があるためすんなりと誤魔化し方が決まった。また、この計画に参加する人間はそれぞれこの情報を提示された際に連絡を取る術も教えられ、それによって繋がりを持ったと説明している。

 情報を知らせてくれた世界での人間関係に関しては知らないとしている。

 「ありがとうアカツキ会長。ヤマトだけでも完成すれば事態は大分変る事でしょう。

 ナデシコに関しては、ホシノ・ルリさんと合流してからにしましょう。今は、彼女がナデシコの艦長ですから」

 草壁はそう言うと通信画面に映ったアカツキ・ナガレに頭を下げた。アカツキも鷹揚に頷く。

 「それで、ミスマル・ユリカ嬢」

 草壁は通信画面に映るユリカに改めて顔を向けた。

 「何でしょうか、草壁閣下」

 「君には、宇宙戦艦ヤマトの艦長を任せたい」

 「私が、ヤマトの艦長ですか?」

 ユリカが表情を曇らせる。

 「そうだ。並行世界のヤマトに合わせるわけではないのだが、沖田艦長の体ではもう艦長職は務まらないだろうと言うのが医務班の意見だ。
 それに、君自身の能力は身をもって知っているからこそ、信じられる。あの秋山が出し抜かれる程の能力は捨てがたい。

 それだけではない。私は君自身に期待をしている」

 「私は、そんな大層な人間ではありません」

 「いや、君が自分を知らないだけだ。
 ――君にはある種の偏見が無い。君ならば、異星人という壁すら乗り越えて平和的解決を模索し続ける事が出来るのではないかと、期待しているのだ」

 「それは、政治家の考える事です。私には荷が重すぎます」

 ユリカはさらに表情を曇らせた。

 「確かに。しかし、希望の艦であるヤマトにはその考えこそが必要だと思う。ナデシコの和平交渉の事を気にしているのか?」

 「……そうです」

 ユリカははっきりと頷いた。あの時はそれが最善だと思っていた。しかし、今となっては間違いだったとわかっている。
 何の権限も持たないナデシコが仮に本当に交渉を成功させたところで地球連合にはそれを護る義務が無い。木星側が和平を為したつもりで地球に交渉を持ちかけたとしても裏切られるのは目に見えている。そうなれば、ナデシコは木星からも地球からも板挟みとなり、世界はそれまで以上に混沌としたものになっていたかもしれない。

 そう考えると、とてもそのような行動を起こそうという気にはなれなかった。

 「だが、あの時先導はあったにしろ乗組員は自分の意思でナデシコに集った。乗組員の経歴に関しては私も知らない所が多い。だが、そのような考えを持つに至ったのは、間違いなく君の影響だと思う」

 草壁は語る。彼女との間には色々あった。あの茶番の和平交渉から始まり火星の後継者での一件まで。あの後も色々考えた。収監されてから1度だけアスマが面会に来た事がある。その時に聞かされた、アキトとユリカと、アスマの関係を。

 後悔した。愛していたのに。アスマの事を愛していた。それは紛れもない事実だ。なのに、自分の妄執のせいで全てが崩れてしまった。確かに火星の後継者の一件が無ければ出会う事はなかっただろう。しかし、各々が幸せを満喫する事は出来た可能性は十分にあった。
 アスマにしろ、新しい恋を見つける事も出来たかもしれない。火星の後継者に誘わなければ、家族を苦しめている組織に加担する事も無く罪の意識に縛られる事も無かっただろう。
 アスマのあの活動は贖罪であった。罪の意識が善行を働く事を要求させたのだ。それによって罪の意識を薄めて、自分の人生を全うしようとしたのだろう。しかし、それも潰えた。

 自分が殺してしまったも同然だ。自分が中心となったこの計画の犠牲者となってしまった。
 だからこそ、自分はもう引けない。世界を、人類のために戦い続ける。人類の明るい未来のためには、ヤマトに期待する他ない。草壁はそう考えていた。

 人類にとってベストな選択を考えるのは今は無理だ。しかし、打てる手は全て打っておく必要ある。

 「ヤマトには、希望の艦であってほしい。ただ迫りくる敵を滅ぼして行けば、平和なのか? 君は、そこに疑問を覚えたからこそ我々との和平を考え、そして、今この場にいるのではないのか?」

 「それは――」

 「頼む、私が知る限りヤマトの艦長に相応しい人間は君しかいない。君だけがヤマトを戦うだけの道具にせず、希望の艦として導く事が出来ると、私は信じている」

 「考えさせて下さい。時間を――下さい」

 ユリカは、そう返事するのがやっとだった。



 「さて、わざわざ来てもらって悪かったね」

 「気にしないでくれ。俺も、出来れば直接話がしたかった」

 通信を終えて一息ついた草壁がくるりと椅子ごと横を向く。そこにはユリカからハイパーゼクターを借りて移動してきたアキトが立っていた。相変わらず複雑な感情を顔に張り付けている。

 「改めて自己紹介をしておこう。木連軍中将、草壁春樹だ。――今回の対異星人計画の責任者でもある。暫定だがな」

 草壁は緊張を隠す事が出来ない面持ちでアキトと面向かって話を始めた。

 「――火星のユートピアコロニー出身、機動兵器ジェネシックガオガイガーの専属パイロット、テンカワ・アキトだ。一応この計画への参加を希望している」

 硬い口調で言うアキトに草壁は大きく頷いた。

 「頼もしい限りだ。ガオガイガーの波動エンジンへの換装並びに予備パーツによる本体の組み立ては、1週間もあれば完成すると先程報告があった。テンカワ・アキト並びにジェネシックガオガイガーの参加を、心から感謝する」

 「ありがたいですよ、草壁さん。これで俺は俺の戦いを続けられる」

 「君の戦いとは? 差し支えなければ聞かせて欲しい」

 「決まっている。俺が幸せになって、ユリカを、みんなが幸せになる世界のための戦いだ。
 もっとも、重罪人の俺が言っても説得力は無いかもしれないがな」

 苦笑しながらアキトははっきりと言いきった。

 「俺がこの世界に来たのは完全な事故だ。俺は、大罪を犯した。だけどこの一件で償う機会を得た。俺はこのチャンスを最大限に生かして罪滅ぼしをする。

 だけど、それに感けてばかりはいられない。俺にはやらなければならない事が多いんだ。
 ガオガイガーのパイロットとしての戦いもそうだが、テンカワ・アキトとして、自分の人生を完遂させる事だ」

 アキトは迷わずに言いきった。決意は変わらない。変えちゃいけない。

 「俺はユリカを幸せにしてやりたい。これから先、戦場に出るんならいつ何時死んじまうかもわからない。勿論あいつが死なない様に努力を惜しむつもりはない。そのためには一緒に戦場に出るための身分だって必要だ。ガオガイガーをただの研究材料にしておくつもりもないからな。

 光輝にも誓ってきた。協力はする。だけどまた俺の大切な物を奪おうとするならその時は牙を剥くぞ。
 まあ、不可抗力までカウントするつもりはない。明らかに悪意を持ってやった時だけにしておいてやる。大義名分を掲げても駄目だからな」

 「わかった。誓おう。――裏切られたと思ったなら遠慮はいらん。存分に向かってくるといい。抵抗はせん。その代わり、人類のために戦ってほしい。最も、君の性格を考えればユリカさんが戦う限り戦うのだろうな」

 「まあ、な」

 アキトは肩を竦めると硬い動作で右手を差し出してきた。意図を汲んだ草壁が、しっかりとした動作でその右手を握り締める。



 正直言って、アキトの中でも草壁の中でもわだかまりが解けたわけではない。アキトから見ればやっぱり草壁やヤマサキは(北辰はぶっ殺したのですっきりしてる)自分の人生を叩き壊した火星の後継者の中でも文句無しの重鎮だ。こいつらがいなければ貧しくても幸せな人生を送れたかもしれないと考えると、一発ぶん殴ってやりたくなる。
 しかし、この世界に憎しみを持ち込みたくは無いと素直に思った。厳密には違うが、人生をリセット出来たに等しいのに何故過去に固執しなければならない。ユリカとも再会出来た、苦難の道が確定したとはいえ、贖罪の機会でもある。

 贖罪云々を考えている時点で過去に固執しているも同然だが、アキトはその事に気づいていなかった。
 しかし、前向きに生きていくことを決めているためかそこに自虐的な考えは無かった。だからこそだろうか、アキトが草壁との和解を考えられたのは。

 本当の意味で解り合うためにはどこかで折り合いをつけなければならない。意見が混じり合うことなく平行線を辿って結局戦うしかない事もある。
 しかし今回は向こう側も歩み寄ろうとする意志がある。納得出来ない所も多いが、ここで終わらせるべきだろう。

 火星での戦闘で異星人の侵攻が本当の事だとはっきりわかった。同時に草壁が本当の事を言っているということも理解した。こうなるともう見過ごすことは出来ない。世のため人のため、そして何よりも自分のためにこの脅威を退けて見せる。
 アキトはそのような使命感に内心燃え上がっていた。草壁が本当に信用出来るのかどうかはまだ疑わしい。だが、ここは使われてやろうと思う。

 ラピスの弁の通り、まだ平穏な生活を送っていた自分の融合した事で憎しみは急速に薄れていた。
 今までは黒衣の復讐鬼であったアキトの意識が大分強かったが、それがかなり落ち着いて今や自分が本当はどちらの自分だったのかすらあやふやになってきている。恐らくユリカも直にそうなるだろう。いや、もしかしたらすでにそうなっていて、あの時は自分を混乱させないように多少の演技を加えたのかもしれない。

 ――実際は自分を目の当たりにして生体ユニットを経験したユリカが強く出ただけなのだろうが。

 ともすれば、この草壁も似たようなものだろう。光輝によればこの世界の草壁は和平派に属するらしい。その自分と一体化してしまった以上、以前のような徹底抗戦も出来ないだろうし割と人情派のようでもある。反政府活動をするような事はあるかもしれないが、火星の後継者で行われた非道に手を染める事は出来ないだろう。

 そう、信じたい。



 一方で草壁もアキトに対して複雑な感情を抱いていた。自分の理想を妨害し続けた仇敵。一方で自分の勝手な理想の犠牲者であり大切な息子の肉親。
 そう反する2つの感情は、同情や親愛の情が勝った。この世界の自分の影響だろう。悪い気はしない。そのおかげで人類のために戦おうという意思がより強固になった。相手を理解することの大切さを実感出来た。

 有難い事だ。アスマとはかなり人間が違うが、光輝という息子のみならず実子である克也に妻に息子の妻である菫にそこからの交流で知り合った紫苑零夜や東舞歌など、得難い友人や部下等。以前では考えれないほど交流に恵まれている。

 全てが宝物だ。何1つ捨てたくない。

 そして、アキトらとの関係もそのままには出来ない。これを解決せずして人類の平和を問う等片腹痛いというものだ。たった1人2人の人間に尽くす事も出来ない人間が、人類を守れるものか。



 「それじゃあ、俺は一端火星に戻る。いないと流石に不自然だからな」

 「ああ、わかった。ではジェネシックガオガイガーはしばらくこちらで預かる。現状機動兵器のパイロットだと知れたら色々と大変だからな」

 民間人が戦闘行為を行えば普通に重罪だ。極刑だって考えられる。それを防ぐには軍属程度の立場はどうしても必要だった。当然、今のアキトはそのような立場にない。

 「ガオガイガーの所属に関してはアカツキ辺りと相談してくれ。ガンダムはデザイン的にも原型から考えて問答無用でネルガル、地球側になるんだろうけど、ガオガイガーと例の真ゲッターロボとか言ったか? あれはどう考えても木連向きだと思うんだが……」

 「うむ。それなんだが、一応の分類名としてスーパーロボットと言う名称を使う事が決定した。所属に関しては地球側にしておこうと思う」

 「? どうしてだ。どう考えてもバランスが悪いぞ」

 「君はユリカさんと事を構えたいのか? 彼女は卒業後は戦場に出るつもりらしいぞ。実践に勝る経験は無いから自分を鍛え直す、とか」

 「――嫌だなあ、それ。何が悲しゅうて夫婦で殺し合いを演じなけりゃならないんだよ……」

 「この計画に参加する者は、原則として敵味方に分かれてこの戦争を戦ってほしくない。結束力がモノを言うこの計画に置いて、信頼関係の醸成の妨げになるような事は控えたい。
 幸いなことにデータはある。木連の象徴として開発中のジン・タイプに反映すれば相当強力になるはずだ。何しろ機体サイズがかなりのものだからな。後は積尸気や夜天光や六連と言った火星の後継者で運用していた独自の機体もある。エステバリス同様これらを強化していくことで十分バランスは取れるだろう。
 すでに準備は終わって後は生産して数を揃える段階にある。ネルガルとて基本フレームのエステバリスは完成しているはずだ。
 アカツキ君の見解では、この世界で開発されたエステバリスをベースに強化したのがエステバリスカスタム――ガンダムの原型となった機体だそうだ。どうもエステバリス自体この世界と我々が元いた世界では根本からして違う物らしく、総合的な戦闘能力は互角なれど、発展性に関してはこちらの世界の方が勝っているらしい。
 だからこそガンダムの開発に成功したのだろうと言っている。しかしそれでもたったの4機で木星に太刀打ち出来る程ではない。脅威と言えるのはコロニー破壊が可能なツインサテライトキャノンを持つ、GファルコンDXだけだ。だが数の暴力で十分に封殺出来る。所詮は機動兵器だ」

 草壁は言い切った。確かにガンダムとスーパーロボットの性能は驚異の一言に尽きるが、数の暴力に打ち勝てるほどのものではなかった。

 唯一ツインサテライトキャノンのみがそれを克服するに耐える性能があると言えるが、それでもチャージタイムの長さは如何ともし難かった。チャージを最優先すれば機動力ががた落ちするだけでなく攻撃手段を失い身を守る事すら怪しくなる。
 確かに基本性能が高いが射撃主体である機体特性と合体形態での運動性能の機体バランスの悪さから格闘戦が不得手で距離を取っての射撃戦に徹しないと本領を発揮出来ないというのが曲者だった。
 最低限の自衛は出来るが近距離、特に格闘戦の密着間合いでは積極的に攻めていける性能がない。技量でカバーするくらいなら素直に距離を取れと言いたくなる程悲惨な状態だ。こうなると敵に接近されないように戦う他ないのだが、数で圧倒されると自慢の機動力をもってしても易々と得意な間合いで戦う事が出来ない、支援が必須になる。

 スーパーロボットも似たようなもので、得意な間合いが逆転している以外は同じ悩みを抱えている。ジェネシックからのデータ提供でまだ見ぬ真ゲッターロボの性能も把握出来たが、やはり射撃戦は得意とは言い難かった。

 3タイプへの変形を実現し(驚愕すべきは骨格をも組み替えて一部の装置や装甲をナノテクノロジーで組み替えて全く機体の特性を変えてしまう点である)高い汎用性を持つが射撃武装でまともに使えるのがゲッター1の腹部と頭部のグラビティブラスト――ゲッタービームとゲッター3のミサイルのみ。しかもミサイルは命中精度と迎撃回避能力を高めた影響か有効射程が短い。

 ゲッター1はまだ高い機動力と運動性能を保有しているが装甲がエステバリスカスタムより多少厚い程度で打たれ弱い。ゲッター3は逆に装甲は厚いが足が遅く砲撃機の命である立ち回りに難が残る。
 ミサイルによる弾幕形成は可能であるが(ミサイルストームと言うらしい)ミサイル自体もナノテクノロジーによる生産物で爆薬による爆発ではなく運動エネルギーと内包した高エネルギーを解放することによる破壊を主眼に置いた特殊なミサイルだ。よって、直撃しなければダメージを与える事が出来ない。解放されるエネルギーは成形炸薬弾のようにある程度距離が離れるとその威力を失う。

 逆にゲッター1のゲッタービームは射程と弾速に秀でているが有効射界が狭く無砲身であるため有砲身型のグラビティブラストに比べて命中精度が低い。艦載砲ならば無視出来るのだが、機動兵器サイズの場合、砲身が無いと弾道を安定させることが難しく装置の冷却にも問題が残る。
 Gファルコンのグラビティブラストが長大な砲身を有しているのは射撃精度と装置の冷却装置を兼ねているからだ。
 おまけに波動エンジン仕様に改造したところで腹部の砲は連射性能が低く砲口の向きが固定されるため取り回しが悪く、頭部は取り回しに優れるが出力がDX専用バスターライフルにも劣る始末。どう考えても格闘戦に持ち込むための布石や手が届かない時の非常手段としての印象が強い。

 ジェネシックもブロウクンマグナムとボルティングドライバーが射撃武器に相当するが、どちらも格闘戦を捨てるという選択肢を選ばせるにはやや能力不足である。ブロウクンマグナムは改良によってかなりマシになるそうだが、1回使用すると連続で使用出来ないという致命的な欠点を抱え、ボルティングドライバーはそもそも装置が大型で左腕の軸線上に固定されてしまうので取り回しが不便と言う欠点を持つ。

 しかしガンダムとは丁度得意不得意間合いが補い合う事が出来るため、コンビを組ませればかなり強力だと思われる。
 極端な話、相手の性能だけでなく状況次第で要求される能力とは都度変わっていく。能力が特化している分強力なこれらの機体は正直かなり扱い難い。

 やはり、緩衝材として汎用性に優れたエステバリスは必須だ。現状ではどう考えても部隊を組まずに戦わせること等出来ない。それを裏付けるかのごとく、標準状態のジェネシックは敵の艦載機編隊に良いようにあしらわれてしまったのだ。もしダブルエックスとGファルコンがいなければ、貴重な戦力を早々に失っていたかもしれない。
 そして、ようやく向き合う気になったアキトとの関係も、あのままだっただろう。

 草壁は背筋がぞっとした。やはり、異星人の科学技術や軍事力は侮れない。今自分たちに良いようにやられている地球の立場となって考えていかなければ。しかも、戦略的思考が無人兵器とは雲泥の差だと考えると、ますます持って頭が痛い。小型波動エンジンの搭載でどれほどパワーアップ出来るかも不透明だが、搭載機であるダブルエックスがあしらわれたのも事実。パイロットがど素人かつその真価を発揮出来ない状況下にあったとはいえ、重く受け止めるべき事実だ。

 (ヤマトに全てを託すしかないのか……)

 アキトの耳に入らない様、口の中で呟いたたった1隻の宇宙戦艦に全てを託さねばならない現状に草壁は苛立ちと心苦しさを禁じ得ない。

 ヤマトの艦長に相応しいのはミスマル・ユリカ以外にいないと確信を持っているが、その他乗員に関してはまだまだ白紙だ。旧ナデシコのクルーは能力的には喉から手が出るほど欲しいが、元々民間人で軍人やら戦争やらに対して嫌悪感を持っている可能性は十分にあるだろうし、そもそも戦争が身近なものだと認識して貰えるのかどうかがかなり怪しい。
 ヤマトの責任の重さを考えると、重圧に潰されないためのはっちゃけは必要だと思うが、あまり考えなしに行動されても困るし自覚が無ければそもそもヤマトに襲いかかるであろう困難を乗り切る事は出来ないだろう。

 かといって、地球の軍人に関しては残念ながら自分が良く知らない。優人部隊の連中はこういうノリには強いが柔軟性に欠ける面がある。唯一の例外は、あの三羽烏と高杉三郎太を初めとする光輝と付き合いのある連中だけだ。彼らは光輝の影響を多分に受け(あれだけ灰汁が強ければ影響が出ない方がおかしいだろうが)、反地球感情をちゃんと制御している。「政府は許せないが民間人に罪は無い。攻撃するにしても考えてやるべき」というのが彼らの意見である。
 正直今回の火星侵攻のせいでそれらのグループからかなりの反発を受けてしまったが、この計画に取り込めると判断して裏で接触を持つことで何とか抑えた。光輝と菫を引き込めたのは幸いだ。あの2人のおかげで信用を得ることにも成功した。

 何だかんだで木連にとって隠れたアイドルに近い。光輝も菫も、そしてあのユリカも、この手の事柄に対しては先入観を持たず、和解への道を模索するタイプだ。ありのままを受け入れるタイプと言い換えても良い。

 本当なら隠れた実力者である彼らの幼馴染、紫苑零夜も参加してほしいと願っているのだが、彼女に接触すればまず間違いなく光輝と菫から報復を受けるだろう。
 光輝も菫も身内や親しい人間に危害を加えられると容赦なく加害者に反撃する過激な一面があるし、特に光輝にとっては木連では草壁家以外に自分のありのままを受け入れてくれた人物の1人だ。

 その後も色々と世話になった身近な存在と言う事もあって、文句無しに“特別”だ。故に彼女が絡むと身内の時同様暴走傾向にあるのが光輝だ。

 例え自分であっても、彼女までも巻き込めばただでは済まない。零夜本人から参加を希望したとしても、恐らく実力行使に訴えてでも止める気だろう。――成功する保証は欠片もないが。

 草壁個人としても息子と仲良くやってくれている人物を不用意に巻き込みたくは無いと考えているので、中々に難しい問題だ。
 個人としては巻き込みたくないと思い、指導者としては巻き込むべきだと相反する意見がぶつかり合っている。



 ヤマトに参加する以上、下手すれば人類全体の未来を背負う事になりかねない。その重圧に耐えられ、かつ優れた技能を持つ人材。

 探し出すのは骨が折れる。しり込みしているが、最終的にミスマル・ユリカは承諾するだろうと草壁は考えている。彼女は、そう言う人間だと認識している。

 おまけに、実際にヤマトを完成させない事にはあの驚異的なテクノロジーの殆どが危なっかしくて使い物にならない。

 非常に、厳しい状況だ。



 しかし、今はそれを考えるよりも先にしなければならない事がある。真っ先に言おうと思っていたのに、いざ顔を合わせるとなかなか言えなかった。ユリカの時は真っ先に言えたのだが。やはり、アキトは火星の後継者と直接戦っていただけあって思う事も多い。自分達がしてきた事を、まざまざと見せつけた人間だから。

 「アキト君」

 「ん?」

 今まさにボソンジャンプしようとしていたアキトがジャンプを中断して振り返る。

 「――本当に、すまなかった」

 そう言って草壁は深々と頭を下げた。いや、椅子から立ち上がってその場で土下座までしてみせた。

 アキトは正直言って驚いた。まさか土下座までされるとは。

 謝罪はあると思っていた。だが、ここまでするとは予想外としか言いようが無かった。

 「我々は手段を間違えた。強制ではなく理解を得た上で時間をかけてやっていくべきだった。
 焦りと大義に酔ってしまったために取り返しのつかない事をしてしまった。本当にすまない!」

 ここまでされると流石にどうこう言う事は出来なかった。この辺この世界のアキトの影響が強いというか、きっちり融合した影響が出ている。

 「――――ちゃらだ」

 「?」

 アキトの言葉に草壁は顔を挙げた。

 「火星の後継者は、俺から夢を奪った」

 アキトは天井を見上げてゆっくりと語った。

 「だけど結果的には、火星の後継者が俺に、リスタートの機会をくれた」

 自分でもあまり納得していないのか、たどたどしい口調で言った。

 「ユリカを奪ったのも火星の後継者なら、ユリカと再会の機会をくれたのも火星の後継者だ。

 だから、ちゃらだ。

 そう言う事にしておこう」

 本当はそんなことで片付けたくはなかったが、何時までも引き摺っていては何のためのリスタートだ。そんなこと、自分のためにもユリカのためにもならない。ルリちゃんだって望まな……。

 「あっ……」

 「どうした?」

 「ルリちゃんを忘れてた――」

 「―――」

 草壁の視線が心なしか冷たくなった。

 「しまった、状況に流され過ぎて完璧に忘れてた」

 「……」

 草壁は何も言わずにじと目でアキトを見る。

 「じゃあ火星に戻ってユリカと今後の事を相談するわ。じゃな」

 と妙に明るく締めてボソンジャンプで消えた。

 「――――ふぅ……」

 草壁は居住まいを正して再び椅子に座った。

 「――――過去は過去、現在は現在。そう言う事なのだな、アキト君」

 アキトはわざと、空気を白けさせて出て行ったのだろう。確かに、妙に気負ってしまっては何事も上手くいかないだろうが――。

 「大切なのは今この瞬間、か」

 背もたれに寄りかかりながら天井を仰ぐ。

 「すまないの次は――――ありがとう、か」






 「ルリちゃん?」

 「ああ、すっかり忘れてたけどルリちゃんも俺と同じジャンプに巻き込まれてるんだ。確認しないと――」

 「ルリちゃんならホシノ夫妻のところで極々普通の暮らしをしてるよ。覚醒時期の確認はしてないし覚醒後の動向もわからないけど、容姿が特殊な事を除けば普通の女子高生だよ」

 ユリカはあっけらかんと告げた。アキトはあんぐりと口を開けて驚いている。ユリカは気にせず先を続けた。

 「この世界のホシノ夫妻って子供が欲しかったらしくって、ルリちゃんを引き取ったのもそう言う理由なんだって。法律上特別養子扱いだから血が繋がっていないだけで実子と変わらないよ。
 ルリちゃんは強化IFS体質の――被験者としての役割を終えた後は両親の研究の手伝い以外でネルガルに出入りはしていないし、強化IFS体質としては失敗だったけど優秀なプログラマーだから就職も内定してるとか。

 オオイソ高校に通ってるんだけど、人気者で友達も多いみたいだし、あたしたちの知ってるルリちゃんが出来なかった普通の生活を送ってるよ」

 ユリカは嬉しそうに語っている。アキトもそれを聞いて嬉しさで胸が一杯だった。同時に、心苦しさも広がっていく。

 「そんなルリちゃんを、戦いに巻き込むことになるかもしれないのか……」

 「うん……。嫌だよね、本人が望んだとしても、戦わせたくないよ……」

 ユリカの表情も曇る。愛する家族を好き好んで戦いの場に送り出す等、正気の沙汰ではない。そう思える。

 「けど、俺達が戦場に出るって言うんじゃ――説得力無いのかなぁ」

 遠い目をしてアキトが言うとますますユリカの顔が強張る。確かに、説得力は無いかもしれない。そして、自分たちと同じ理由で戦うと言われればとても制止など出来ない。自分たちだって、止まらないからだ。

 「おまけに、休めるはずだったヤマトまで叩き起こす羽目になっちゃったし」

 そう言って視線を向けるのは並行世界からもたらされたデータディスク。今や、異世界から漂着したヤマトの魂すら宿したそれに申し訳なさそうに目を向ける。

 「散々苦労して戦い抜いて、自分を犠牲にしてまで地球を守り抜いて――ようやく眠れるところだったのに、あたし達の都合で叩き起こすことになっちゃって――ヤマトには、申し訳ないね」

 本当に申し訳なさそうに、ユリカが言う。アキトはそんなユリカの肩を静かに、そして優しく抱いた。
 並行世界での自分が運命を共にした艦と言う事もあってか、ヤマトに感情移入している様子だ。それとも、ヤマトに直接触れた影響なのだろうか。

 「でもヤマトは――気にしないと思うな」

 アキトは考えがあったわけでもなく、そう口にしていた。

 「ヤマトはさ、地球を、人類を護るために生まれ変わって戦い抜いてきたんだろ? 確かに苦難の道だったかもしれない。投げ出してしまいたかった事だってあったかもしれない。
 だけど、ヤマトはきっと、地球が大好きで、人類を愛していたからこそ、戦い抜けたんじゃないかな?

 例え世界が変わろうとも、そこに助けを求めてる人々がいるのなら、ヤマトはどんなに辛くとも手を差し伸べてくれる。

 ――そんな戦艦なんじゃないかな?」

 深く考えたわけじゃいない。だけど、ヤマトという艦の驚異的な戦果の陰には、きっとこんな理由があったのだと感じただけだ。単純に戦艦としてのスペックだけで語るのならヤマトと同格かそれ以上の艦は同年代に複数ある。にも拘らずヤマトが強かったのは、ヤマト自身、そして乗組員達が1つの一丸となって立ち向かったからこそではないだろうか。
 最後の最後まで諦めず、人類を救うと言う目標に向かって直走った結果に過ぎないのではないだろうか。他の防衛軍が頑張らなかったとは言わない。だけど、ヤマトのその防衛軍と言う枠組みの中でも一際その思いが強かったのではないだろうか。

 確かにヤマトは兵器で命を奪う存在だ。しかし、同時に命の尊さも知っていたのではないか。ヤマトが限界を超えてまで貫き通したのは、究極の人類愛だったのではないだろうか。この身を犠牲にしてでも愛を貫き通したその姿勢こそが、ヤマトの本質ではないだろうか。
 望まれて自身も望んだ愛。それこそが、ヤマトの在り方なのではないだろうか。

 仰々しくくさい考え方かもしれないが、アキトは不思議と違和感を感じなかった。だからだろうか、ユリカにそんな言葉をかけたのは。

 「もしかしたらヤマトは偶然この世界に転がり落ちたんじゃ無くて、その身が砕け散った瞬間に俺達の救いの声を聞いて、自分の意思でこの世界に来たのかもしれないな」

 アキトは驚いた表情で自分の顔を凝視するユリカになおも優しく語りかけた。

 「憎しみで戦った俺が言っても説得力無いかもしれないけど、ヤマトがこれから先戦うのは、話し合おうともせず、暴力を振るわなきゃ守る事さえ出来ない状況でだけ、その力を振るんじゃないかな? 愛するが故に戦わなきゃいけない時に、ヤマトは全力で戦ってくれるんだと思う。本当に大切なモノを守り抜くために。
 だから、俺はユリカがヤマトの艦長になるべきだと思う。――ユリカならきっと、戦いの先にある平和を見いだしてくれると思う。確かに俺はアスマに説得されて、もう一度ユリカに会う決心を付けたけど、添い遂げる決意を固められたのは、ユリカが俺の心を占めていた暗闇を吹き飛ばしてくれたからなんだぜ?」

 そう言ってアキトはユリカと正面から向き合った。あいも変わらず驚愕を顔に張り付けたままだが、そこにあるのは間違いなくアキトにとっての太陽であり、最愛の女性の顔だ。

 「ユリカになら出来る。ナデシコの皆に木星との和解を考えさせて、例え正しいやり方じゃ無かったにせよ実行させるだけの何かを持ってるユリカなら、きっとヤマトを単なる戦艦から希望の艦にすることが出来るよ。

 俺は、ユリカを信じる」

 「アキト……」

 じんわりと目尻に涙を浮かべてユリカはアキトの胸に顔を埋める。

 「だけど、あたしには自信が無い。――ヤマトの艦長になるってことは、下手したら人類の運命を背負うってことになるんだよ?
 あたしには、重過ぎるよ……」

 沈んだ声で抗弁するユリカに、アキトはなおも優しく言う。

 「俺はユリカを信じる。例えユリカがヤマトの艦長にならなくても、俺はユリカと一緒に戦う。何時もユリカの傍で、支えるよ」

 優しい言葉にユリカは肩を震わせる。

 正直自信が無い、今は逆立ちしたってヤマトの艦長にはなれない。今の自分は、未熟過ぎる。

 脳裏に蘇るのは、自分の思慮の浅さのせいで殺してしまった火星の生き残りの人達、正式な権限も何も持たずに先走ったせいでしなせてしまったに等しい白鳥九十九の事。

 ナデシコの時とは責任の重みがまるで違う。ヤマトは、間違いなく人類防衛の要だ。とても自分が預かれるとは思えない。



 全く自身が無い。だけど――



 「――並行世界のあたしは、出来ると思ってたのかな?」

 並行世界でのヤマトの戦いを詳細に知っているわけではない。しかし、怖かったはずだ。ヤマトはナデシコの後継艦として開発され木連との戦争に投入された戦艦で、ナデシコ同様正式な軍艦になったのはしばらく経ってからだと聞いている。

 ナデシコから新乗組員を交えつつ殆どそのまま移乗した。と言う事は同じイレギュラーだとしてもあくまで木星と地球の和平のためだけの戦いだったはず。そこからナデシコとヤマトでの実績を買われて、木星との和平実現に尽力し当時最強の宇宙戦艦だったヤマトに全てを託されて、異星人と戦ったのだろう。

 自分以上に状況に流された、引くことの許されない過酷な戦いだったのだろう。それに比べれば、選択の機会のある自分の方がまだマシだ。

 「正直言って、今のあたしじゃヤマトの艦長は務まらない……。けど、戦いたくないわけじゃない。ヤマトと共に、戦いたい」

 それは歴然たる事実だ。今の自分は未熟そのものだ。草壁が自分に何故期待するのか図りかねる。もっと優秀で経験豊富な人間がいると思えるのだが。
 しかし、未来を拓くために戦う覚悟はある。ヤマトと一緒なら、為せる気がする。だからしり込みはしても、拒絶は出来なかった。

 「もう少し、考える時間と勉強する時間が欲しい。とてもじゃないけど、すぐには結論を付けられない」

 「大丈夫。無理強いするようなら俺と光輝で草壁の野郎をぶん殴ってでも止めてやるさ。俺だって、出来ると思ってるしやってほしいと思ってるけど、ユリカの意見を尊重する。
 弱音を吐きたかったら何時でも頼ってくれ。ユリカは、俺の大切な奥さんだからな」

 アキトはにかっと笑ってユリカの背中を優しく叩く。ユリカが安心したように身を委ねてくるのを心地よく思いながら、アキトはようやく周りの視線に気が付いた。



 明らかに嫉妬と興味津津と言った視線が注がれている。そうだった。ここは仮設司令所の中だった。



 自分の迂闊さを呪いながらも決してユリカと距離を離さない辺り妙なところで度胸が付いたというか自分に正直になったというか。まあ今更ユリカとの仲をからかわれたところで問題無いかと開き直りつつ、ユリカの温もりを感じていた。



 ちなみにユリカははなっから周りの視線など気にも留めていない。






 「ぐぎゃぁっ!!」

 それから間もなく仮設司令部からアキトの悲鳴が轟いた。






 「ねぇお兄ちゃん。お願い!」

 強い口調で詰めよってきたラピスに光輝は困った顔で対応していた。

 「だから、何故お前が戦う? ろくに訓練も受けていない素人の分際で――」

 「素人ならお兄ちゃんとお姉ちゃんだって同じじゃない!」

 「……」

 光輝の抗弁はラピスにばっさりと切り捨てられた。
 確かに、戦闘技能は人並み外れている自分と北斗だが(機動兵器の扱いなら菫も並外れている)軍人としての教育は受けていない。組織内での立ち周りは自信があるが戦略的思考に関しては全く自身が無いし、戦術技能も部隊を想定していない個人技能水準でしかない。

 まあ勉強に関しては大親友が軍人だからそっちから教えてもらえるだろう。向こうもこっちが望みさえすれば軍人になる事を支援すると約束している。

 「あたしだって訓練なしで戦うつもりはないよ。お兄ちゃんと同じように、あたしにだって守りたいものはあるの! それに、あたしには戦えるだけの度胸があるし、償いをしたいの!」

 光輝は深い溜息を吐いた。確かに、アキトと一緒にコロニーを襲撃した以上同罪だ。今となっては堪えるのだろう。

 抑えようにも自分と妻の事を持ち出されては説得力に欠けてとても抑えられない。となれば――。

 「――わかった。ちゃんと訓練を受けて認められたら、文句は言わない。勿論、俺だって教えてやるさ。

 ただし、水準に満たなかったら即切り捨てるからな」

 力無くそう宣言した光輝にラピスは抱きついて頬擦りする。

 「ありがとうお兄ちゃん! 持つべきものは、理解ある兄だね!」

 「――やっぱり押し切られた」

 隣で菫が呆れたように呟く。

 夫婦そろって疲労困憊と言う事もありコロニーにある宿泊施設を間借りして休憩中だった。幸いなことに施設への被害は最小限に抑えられており、ライダーとバッタの戦いで弾痕や多少の崩壊が見られるとは言っても日常生活は十分に可能な範囲で収まっているのが有難い。ホテルの部屋を借りるのも思ったよりも簡単で助かったと言うところか。

 シェルターに避難していた住人達も自宅に戻り、平穏とは言い難いが日常生活に戻ろうとしている。
 シェルターを防衛していた軍人こそ武装解除の上捕虜扱いで纏められているが、幸いなことに火星に送り込まれてきた木星の軍人達は「悪の地球人」等と言って虐待などを働くことなく極めて紳士的に行動しているので一安心と言ったところか。

 その理由は単純明快、光輝の知り合いで纏められた軍勢だったからだ。この男と交流があって木連の正義など貫けるわけもない。

 その独特の思考と行動に考えさせられ影響を受ける者は後を絶たない。少なくとも彼が住居しているコロニーに配置されている軍人に地球人そのものに対する反感を抱いている者はほとんどいない。

 まあ10年もこんな男と付き合っていれば考えも変わろうと言うものだ。良くも悪くも影響の強い男だ。その点に関してはユリカにも草壁にも劣らない影響力を持っていると言えなくもない。

 「と言うわけで、早速実銃の射撃なんかご教授頂けるとありがたいのですがぁ。――プロなんでしょ?」

 と擦り寄るラピスに光輝は心底「勘弁してくれ」と抗議したかった。もう、幾らなんでも体力の限界なんだけど。

 「良いんじゃない? どうせ今週は店閉めたままのつもりなんでしょ、付き合ってあげようよ、10年振りに再会した妹なんだから」

 と自分も限界であるはずの菫にまでけしかけられては到底断れない。渋々付き合う事にした。拳銃は――木連軍のを借りるか。

 ヤマサキが訪れたのはそんな時だった。

 「お〜い光輝。君宛に電話が来てるよ〜」

 と軽いノリで現れたヤマサキはハイパーゼクター片手に部屋のドアを開ける。ハイパーゼクターの両目から投影されたウィンドウには見慣れた厳つい顔の中年男性が映し出されていた。

 「よう健二。何の用だ?」

 「何の用だ、じゃねえだろ。頼まれてたUSPの修理についてだ。ついでに新しい大型マグナム銃と弾薬一式が完成したから、テストを頼みたかったんだが火星に行ってるって言うじゃねえか。草壁の旦那から聞いた時には目玉が飛び出んかと思ったぞ」

 としかめっ面で言ってきた。

 彼の名前は小笠健二。光輝どころかあの北辰さえも贔屓にしている木星きってのガンスミスだ。木連の正式採用銃や暗部で使用されている特殊な拳銃も、光輝が使用しているUSPも彼が手がけている逸品だ。大量生産品であっても高い精度と信頼性を持ち、彼が存在しないアキト達が元々いた世界では玩具のような外見のリボルヴァー拳銃が主体だったが、彼のいるこの世界では半自動拳銃が正式採用され、外見も実用重視の機能美を感じさせる物となっている。

 光輝も初めて彼の銃に触れて以降惚れこんでおり、彼の銃以外は余程の事が無い限り使おうとはしない。フィーリングに銃としての性能、メンテナンス性全てにおいて高い次元でまとめ上げるだけでなく、常識外れとも言える発想をもって既存の銃をカスタマイズする事でも知られている。

 ただし、作業工程が複雑かつ特殊な素材を多用する傾向にあるため(本人曰く「無茶な要求を無し得るには必要な事」)非常に値段が張り、光輝の使用するH&KUSPも日本円にして約15万という恐ろしい値段だ。今な3ヵ月も精力的に働けば手に入る値段だが、手に入れた当時は収入口が無く、かと言って草壁や北辰に強請るにはあまりに物騒な代物だったのでとても手が伸びず悲観に暮れていたのだが「銃のテストに文句無しに付き合うならくれてやる」という条件に大きく頷いて手に入れたのだ。

 何しろ銃に触れてから間もないというのに頭2つは抜きんでた能力を発揮した光輝の腕前は健二も驚きを隠せず、要点を押さえて簡潔な感想と改善要求と調整への協力に好感を抱いていたので破格の条件でプレゼントしてやったのだ。
 以来弾薬や銃の部品等は必ず健二の店で購入し、貰ったUSPもメンテを欠かさず大事に使ってきたのだが、使用頻度の高さから定期的にプロに診てもらった方が賢明だろうと、定期修理を頼みつい先日何度目かの定期修理に出したばかりだった。

 光輝が拳銃を自前で持ちたがったのはいざという時戦えるようにするためだ。

 北辰には反対された(それこそ殴り合いの喧嘩になった)が無理を言って仕事を手伝った事もある。無論、暗殺のだ。本当に自分が人を殺せるのか、必要ならば眉1つ動かさずに出来るのか、確かめたかったのだ。故に光輝が引き金を引けなかった時のためのバックアップも用意されていた。

 結果は――撃てた。狙撃銃のスコープに映ったターゲットの脳天に1発。驚くほど簡単に撃てた。撃った後の後味はそれは悪いものだったが、光輝は撃てたのだ。
 罪の意識は残ったが、取り乱しもしなければ悪夢にうなされると言う事はなかった。そして知ったのだ、自分がある意味“壊れた人間”だということが。

 必要とあれば殺せる、それを確認して以来食うため以外の殺しを行った事はない(害虫駆除は別だが)。北辰も光輝にそのような事を頼む事は無かった。
 確認が済んで以降光輝は戦うべき時のための訓練も準備も怠らなかった。USPはその先駆けに過ぎない。今では暗殺への使用にも耐えうる銃器やアクセサリーが充実している。無論その他武器・道具も充実している。

 当然、北辰は良い顔をしていない。しかし、止める事もしなかった。息子の決意を酌んだからだ。光輝が初めて人を殺してから早5年。北辰はそれ以降さらに力を入れて光輝を鍛えて来た。戦いの場に出た時に、彼が死なないように、彼が守ろうとする物を守れるようにと。



 思考が逸れてしまった光輝は少々わざとらしく対応して気持ちを入れ替えることにした。

 「ああ、すまん忙しくて忘れてた。で、マグナム銃ってのは?」

 「おう、前にお前さんが要望したものだ。良い素材が手に入って実現出来たんでな。

 ライトニングホークって言ってな。かの有名な世界最強の半自動拳銃デザートイーグルをモデルに俺が改良を加えて完成させた、全長28cmにも及ぶ新世界最強の半自動拳銃だ! ――まあ、地球にもっとすげぇのがあるかもしれねえがな。

 基本的な外観は6インチバレルのデザートイーグルと大差ないが、装薬の燃えカスや薬莢が射手に当たるっていう欠点は解消したし、動作の確実性も命中精度もオリジナルを凌駕している。バレルの下部にフラッシュライトを取りつけられるように加工も加えてある。

 何より特筆すべきはインテグラル型のサプレッサーを備えている事だな。オプションのサプレッサー程の減音効果は望めないが、銃本体が減音効果を保有してるのは大きいぞ。何しろマグナム弾だ、音だって馬鹿に出来ないからな。一応亜音速弾も用意してある。
 口径は.50AEと.357の2つだ。マガジンに銃身とスライドの交換で簡単に切り替えられる。こっちもライトニング・ホーク用にカスタマイズした専用弾頭だ。射程距離は拳銃クラスのままだが発射した銃弾のストッピングパワーはそこらの小銃弾よりも上だ。。357のフルメタルジャケット仕様で安物の防弾着を、.50AEのフルメタルジャケット仕様の弾頭ならそこそこランクの高い防弾着を貫通出来る。まあ有効射程内限定だがな。

 ライダーとやらのサインスーツとか言うのは無理だが。つーか対物ロケットの直撃に耐える様なスーツを拳銃で撃ち抜けるわけ無い。

 扱い易さを増すために.357も.50AEもマズルブレーキも銃口に仕込んでる。俺様オリジナルで、反動を30%は低減する。サプレッサーの構造も入ってるからまあ相当反動はマイルドだぞ。お前さんなら何とか片手で撃てるだろうし、連射もOKだ。6インチバレルながら精度もばっちりだから30mくらいまでならワンホールショットも出来ると思う。
 .357なら問題皆無だろ? 至近だったら相当強烈だ、対人用としては十分過ぎる性能がある。ライトニングホーク用としては最も使い易い弾薬だ。

 装填数は.357でマガジン10発の薬室に1発。.50AEでマガジン8発の薬室1発だ。.357にはロングマガジンの15発入りを用意してある。

 ただし、バレル構造が特殊過ぎて専用に用意された弾頭以外の射撃は勘弁してくれの不自由さがあるから気をつけろ。
 おまけに少々でかくて携行するのには不便が付きまとうが、護身用拳銃じゃないんだから文句なんて言うなよな。
 要望があるなら.44を作っても良いが、お前さんには不要だろ?

 拳銃の範囲に収まってる俺の商品の中では間違いなく最高級の逸品だ。――これをお前に売ってやろうかと思ってる」

 「本当か!?」

 光輝が喜びの叫び声を発する。健二作の拳銃の最高傑作。こんなものを売って貰えるなんてそれだけでも飛び上がる程嬉しい。彼が。さらに待望のマグナム銃となれば手放しに喜ぶ以外にどうしろというのだ。
 マグナム銃等――しかも.50AEともなれば狩猟用に使えと言いたくなるほど対人戦には不向きな弾薬だ。マグナムを対人戦で使うとすれば.357マグナム弾を使うべきだ。.44マグナムでも対人用としては威力が過大な程だ。反動の問題も少なからずあるが弾が大きくなっても銃のサイズが変わらないため、装填数に大きな問題を抱える。.357が用意されているのは口径9mmなので装填数を口径12.7mmという拳銃としては常識外れに大きい弾薬に比べて多くの弾を装填出来るからだ。
 無論、反動の減少値が同じなら元の反動が小さい方が使い易いというのも理由に含まれる。

 通常の9mmパラベラム弾でも殺傷能力は十分にあるのマグナムを使う必要性を疑問視する者もいるが、防弾着を無視すればの話だ。一般的に使用されている9mmパラベラム弾では、最低レベルの防弾着でも簡単に無力化される。
 銃器と言うものが一般的になってからすでに数世紀、防弾着の進化も銃器の進化と並行して常に行われてきた。
 近年の防弾着はそこそこランクの高いものならライフル弾だってストップ出来る(至近距離は流石に厳しいが致命傷を与える事は不可能になる程度には頑丈)。

 防弾着の装着が半ば当たり前なこのご時世、ヤクザ屋さんだって普通に持ってる。持ち運びの容易な拳銃弾でもある程度の防弾着に対応して貰わないと、と光輝が考えたのもそこに起因する。

 ちなみに.357マグナムは最も歴史の古いマグナム弾で、全盛期時代には最も多用され、(まだ)対人向きなマグナム弾であったりする。

 知らない人には誤解され易いが、元々マグナムとは銃ではなく弾薬の種類を差し、強装弾――火薬量を増やした弾薬の1種だ。薬莢部分を通常弾薬に比べて長くし大量のパウダーを入れることで通常弾薬以上の破壊力を持たせた弾薬を差し、マグナム銃とはその弾薬を扱う事を想定して作られた銃を意味する場合が多い(例:強烈な反動に耐えうる強靭なフレームや構造。薬莢の長さを想定してシリンダーやマガジン部分等を前後に広げる等)。場合によってはそう呼称されないだけでマグナムと呼んでもおかしくない弾薬だって存在する。
 名称の由来は酒類の増量ボトル“マグナム”である。

 誤解されているところもあるが、大口径拳銃は趣味用ではなく実用としても価値があり、小銃(=ライフル)で担うべき役割を拳銃で賄えるという点がある。主に狩猟でのサブウェポンや狩猟目的ではないが大型肉食獣と遭遇する可能性のある地域での護身用等がそれに当たる。無論、先にあげた拳銃で防弾着越しにダメージを与えるというのも立派な実用用途だ。

 だから健二相手に(冗談半分で)「拳銃の範囲内で小銃に匹敵する貫通力と破壊力を持った物を作れないか?」無理難題を言ってみたのだ。

 んな無茶な要求を実現する方もする方だが、注文する方もする方だろう。まさか本当に作ってくれるとは思ってもみなかったしそれを自分に売ってくれるなんて。



 「ああ。一応お前さんの要望を叶えたもんだし、幾らマイルドにしたとは言ってもこんなもんを対人用に使えるのはお前さん以外じゃ北辰殿くらいだからな。つってもあの人はこんな趣味に走ったような武器使わんし、もっと適正なモンを選択するからな。

 どっちみちお前さん以外にこいつを使うような奇特な野郎はいないのさ」

 馬鹿にしてるのか褒めてるのか微妙な発言だったが、気にしないでおく。

 「ありがとう健二。大切に使わせてもらうよ。で、USPはどうだった?」

 「おう、トリガー周りとマガジンキャッチもスプリングが傷んでたから取り替えて置いた。それ以外は特に問題無かったな。
 フレームに痛みは無かったからまだまだ使えるぞ。

 ――頻度の割には大事に使ってもらってて、製作者としても気分が良いぜ。だからライトニングホークをお前さんに売る気になったんだ」

 と胸を逸らす健二に光輝はただただ頭を下げて感謝の意を示した。

 「ただし、USPの修理代とライトニングホーク本体に専用の弾薬とアクセサリーは金取るからな。流石に無料でくれてやるには高価過ぎる」

 「――当然だな。で、アクセサリーの内容は?」

 「アクセサリーはフラッシュライトにレーザー照準器にスコープってところかな。.357と.50AEの組み換えパーツはしかたない、本体に含めてやる」

 「フラッシュライトとかレーザー照準器は持ってるが?」

 わかってないな、と健二は気障な仕草で指降る。

 「ライトニングホークに対応したコネクターじゃないだろ? 専用に調整したものなんだよ。専用品だから精度もばっちり」

 「アクセサリーまで専用品かよ――融通が利かないってのは本当だな。

 で、代金は?」

 「USPの修理代合わせて50万ってとこだな」

 光輝の顎がかっくんと落ちた。ちなみにデザートイーグルは日本円にして約13万円である。

 「な、ななな何でそんなに高いんだ?」

 「バレルがな、ポリゴナルライフリング構造をベースにサプレッサーの機能を絶妙に組み込んだ逸品でな、1本で軽く20万はする。他にもかなりレアな合金を駆使して高い耐久性と信頼性を持たせるために構造を1から見直したり色々やったからな。これくらいとらないと割に合わない。バレル20万でスライド他の部分で7万ってところかな。

 フラッシュライトとレーザー照準器やロングマガジンは単品じゃ数千程度だが。

 後はUSPの交換部品代と手間賃だ。悪く思うなよ」

 とニヤリと笑って見せる。

 「……光輝、ちょっと良いかな?」

 と、背後から発せられる冷たいオーラにぎこちない動作で光輝が振り返る。そこには冷ややかな目で自分を見下ろす妻の姿があった。自分の隣にいたヤマサキも恐怖に震えて入口付近まで後退しているし、ラピスもシーツを頭から被って震えている。

 「……か、金が出来たら買うからしばらく保留してくれないかな?」

 冷や汗だらだらでそう返事をすると、健二は腹を抱えて笑いだした。

 「だははははっ!!! ――て、天下の俺様男も女房の前じゃ形無しだなぁ!!
  ――代金は草壁の旦那と北辰の旦那が肩代わりしてくれるそうだ! その代わり、ちゃんとレポート纏めるように釘をさしておけと言われてな! お前さんがしっかりと評価付けてくれると売れ行きが全然違うからな!」

 ゲラゲラと笑う健二を尻目に光輝は顔と背中を冷や汗でぐっしょりと濡らしながら妻に視線を向ける。どうやら怒りは収まったらしい。あそこで「折角の逸品、買わなきゃ損だろ?」と言った内容の言葉を発していたならこの場で盛大な夫婦喧嘩の勃発だっただろう。
 たかが銃1つのために極貧生活を送るやもしれないという自体を、妻として看過出来るはずもない。家計の管理のためには浪費を防がねばならない。自分だって欲しい物を結構我慢しているというのに、何故夫の浪費を見過ごさなければならないのだ。

 幸いなことにこの辺の割り切りが出来るのが光輝と言う人間だったので、妻の機嫌を損ねるぐらいなら先送りにするくらいは出来る。限定品でその時しか手に入らないというのなら多少の抵抗はするが。

 それでも後で何かご機嫌取りに走らなければならないだろう。このままでは流石に不味い。

 「で、何時になったら銃を引き取ってくれるんだ?」

 「あ、ああ。今は使いを出すから全部まとめて梱包してくれないか? 銀色のカブトムシが迎えに行く」

 「お? それはもしかしてマスクドライダーシステムとか言うやつか? こいつぁ良い! 噂の最新兵器をこの目で拝めるたぁ俺もついてるぜ! 待ってろ、10分で梱包して纏め上げてやる。
 弾薬10マガジン分と予備マガジン5つ、おまけな」

 と言って通信を切った。

 「お兄ちゃん、意外と尻に敷かれてるんだね……」

 とラピスがひっそりと感想を漏らしたが、光輝にそれを拾い取る余裕は全くなかった。

 「おーい。光輝居るかぁ?」

 気の抜けた叫び声が窓の外から聞こえてくる。気を使って離れていたのだが、向こうから来たという事は十分いちゃついたのだろう。

 「――派手に夫婦喧嘩でもかましたのか?」

 開口一言目はそれに尽きた。何せアキトの額には何故か包帯が巻かれている。拭き取った痕があるが血が流れた後もある。何か口論して額を割られたのだろうか。だとすると、性格の割にユリカも過激なところがあるんだな。

 「違う! こいつがいきなり降ってきたんだ! ユリカがパラレルのお前が使ってた銃だって言うから届けに来たんだよ! あいつはもう時間的にやばいからって地球に帰ったよ!」

 そう言って銃を掲げて見せた。ずいぶんと使いこまれたリボルバー拳銃だった。金属色の独特の青味を持ったそれは、銃等と言う無粋な代物に使われているのがもったいないと感じる程深みのある美しい光沢だった。

 「コルトパイソン……4インチモデルか」

 アキトが掲げた銃の型を即座に見抜いた光輝は思わず苦笑した。

 「向こうの俺は半自動拳銃が嫌いらしいな」

 ついつい皮肉な言葉が出てくる。自分はマグナム銃だろうと半自動拳銃に拘っているというのに、並行世界の自分は堅実さと信頼性を重視したのだろう、回転弾倉式拳銃に拘ったようだ。

 「良いから受け取れよ。お前のなんだろ!?」

 「くれてやるよ。お前が持つべきだ」

 溜まりかねて叫ぶアキトに光輝は冷静に言い返した。

 「はあっ!? 何だよそれ!」

 「いいからこっち来い。説明してやる」

 言いながらこいこいと手を振る光輝にアキトは憮然とした表情でホテルに入って階段を駆け上がり、ノック無しに部屋に飛び込んだ。全速力で駆け上がって来たにも関わらず息は切れていない。

 「早いな。鍛えてなくてもそれなりの基礎体力はあるんだな」

 「――言いたい事はそれじゃないだろが」

 「ああ、そいつのことか。多分並行世界の俺が使っていたものだろうが、恐らくそれが使われた主な仕事はユリカの防衛だろう」

 至って冷静に分析する光輝にアキトは訝しげに問う。

 「まあ、キットと一緒にユリカの身柄の安全を図ってたらしいから、そうなんだろうな。それとこいつを俺に渡すのと関係があるのか?」

 「俺は専属でユリカを守るつもりは無い。それはどちらかと言うとお前の仕事だ。アスマが担ってきたユリカの護衛を、お前が引き継ぐんだ。だから、俺じゃなくてお前が持つべきだ」

 言いたい事はわかる。アキトも半自動拳銃よりは回転弾倉式の方が好きだ。コルトパイソンを渡されたからと言って困る事もない。まあこんなもの常日頃懐に忍ばせておくわけにはいかないが。幾らなんでも物騒過ぎる。

 「俺がアスマの後継ぎ、か。癪だけど、その通りかもな。俺がユリカの傍にいなかったがばっかりに、アスマには苦労かけちまった。

 ――わかった、コルトパイソン、有難く頂戴するよ。ユリカは今後、俺が守る」

 1人じゃ厳しいかもしれないけど、とは言わなかった。そんなこと言わなくても理解してくれるだろうし、これはけじめに過ぎない。

 「で、マグナム弾を撃った事は?」

 「えーと、あるな。人間用ディストーションフィールドをぶち抜くには大口径か高初速の弾薬が必要だったからな。拳銃じゃ正直厳しかったけど、一応44マグナムまでは経験がある。それ以上の.50AEとか.454スカールとか.50S&W弾は経験ないけど。正直対人用に使うには不自由過ぎるから使えなくても問題無いって言われてたし。あっ、一応リボルバーな」

 と、ゴートや月臣から教わった事を思い出しながら言った。

 「じゃあ問題無い。そいつの弾薬は.357マグナムだから問題ないな。サプレッサーが使えないのが残念だが」

 光輝は半自動拳銃に拘るのはその1点に尽きた。
 弾倉――シリンダーとバレルの間に独特の隙間、シリンダーギャップと呼ばれる物があるリボルバー式拳銃はサプレッサーを取りつけたところでそこから燃焼ガスが駄々漏れになるため密閉構造の極めて特殊な物でない限り付ける意味が無い。また、そこから燃焼ガスが漏れるため弾薬の威力が低下するという欠点も併せ持っている。
 また装填数が平均して6発前後と少なくシリンダーを横に出すスイングアウト、銃の上側から2つに折って露出するトップブレイク式の何れの場合、使用済み薬莢を取り出してから新しい実包を込める(もしくはシリンダー毎取り替える)という作業を行わなければならずリロードに時間がかかる。
 熟練者がフルムーンクリップやスピードローダーと呼ばれるその銃の最大装填数の弾薬を一纏めにして装填可能な道具を使えば解消されるが、それでもマガジン方式にスピードで劣りやすい上に装填数の少なさからリロードが頻繁に必要になる等が欠点になる。

 逆に部品点数が少なく構造が単純で耐久性と信頼性に優れているため強力な弾薬を使用しやすいという特徴があり、弾詰まりもないためシングルアクションオンリー(今では殆ど無いが)でない限りすぐに不良実包を無視して次の弾を撃てるという長所を持つ。そのためか今でも流通が滞る事が無い。

 逆に半自動拳銃は部品点数が多く構造が複雑なため耐久性と信頼性に不安が残り、強力な弾薬を使用出来ない、排莢不良による弾詰まりが起きた場合すぐに次の弾を撃つ事が出来ないと言った欠点がある。
 逆に構造にもよるが平均して6発程度しか実包を装填出来ないリボルバー式と異なり8発以上はざらで種類によっては10発以上、ロングマガジンを使えば30発以上という驚異的な装填数を誇り、マガジンの交換だけで給弾が可能と言うスマートさを持つ。
 そして排莢の際に解放されるとは言え基本的には密閉構造を持つためサプレッサーによる減音効果が見込める。

 元々発砲音というのは燃焼ガスの膨張によって生じる音と、音速を超えた弾頭の飛翔によるソニックウェーブが原因で発生する。よって、車のマフラー同様燃焼ガスの圧力を段階的に下げて開放する構造を持ったサプレッサーを銃口に組み込むことで燃焼ガスによる音、特に高音域をカットすることで所在をわかり難くすることが出来る。
 これは車やバイクのマフラーが破損した等で正常に機能しないと甲高い音が発生するのと同じ現象である。

 さらに音速以下の速度で弾頭が飛翔する亜音速弾――サブソニック弾を使用した場合は半自動拳銃のブローバック音、スライドなどの機械的動作音しか聞こえなくなる場合もある。またバレルが延長されるため装薬の質によっては弾速が上がる場合もある。

 光輝は発砲音による様々な弊害を考えるとサプレッサーを使えないリボルバーはあまり使いたくないのだ。
 射撃場等で発砲する際のエチケット問題でもあるし。

 「まあそれはしょうがないだろ? そう言えば光輝は何使ってるんだ? 俺が以前に使ってたのは――」

 アキトは自分が使用していた拳銃の型を言う。多少のカスタマイズはしたが一般流通しているありふれた銃だ。

 「俺はH&KのUSP20。で、先程ライトニングホークっていうマグナム銃を手に入れたところだ。原型はデザートイーグルで、.357と.50AEをバレルとスライドの交換で切り替えられるらしい」

 「へえ、オートマチックか。俺は堅実な方が良いからリボルバーのが良いんだけど」

 「俺はサプレッサーが使えないし装填数に制限が厳しいから基本はオートマチックだな。私物でも仕事でもリボルバーは殆ど使わないな」

 「……だから、俺にコルトパイソン押し付けたのか。自分が気に入らない型の銃だからだな」

 つい、と光輝の視線が横を向く。その表情は明らかに「中々鋭いじゃないか」と言っていた。

 その後ろで同じ回答に行きついたラピスも呆れた目で兄を見ていた。対して菫は夫の趣向を知っているが故か「やっぱり」と言いたげな表情で淹れたての紅茶なんぞを楽しんでいたりする。ラピスも菫から紅茶を受け取ってその香りを楽しみながら口にしているが、兄を見る目は呆れたままだ。

 「お兄ちゃん、不必要な銃を処分するためだけにあれだけの事を言うなんて……。口が達者と言うか何と言うか。
 ――そう言えば、ヤマトのデータディスクくれたお兄ちゃんにも随分な事言ってたもんね」

 じと目で兄を睨みながらラピスが言うと光輝は平然と言い返した。

 「嘘も方便だ。間違った事は言っちゃいないし使ってくれる奴がいるんならそいつに渡す分には問題無い。ぱっと見だがかなり改良される銃みたいだし、下手な市販品使うよりもマシだ」

 ヤマサキを除いた全員の視線がきつくなるが光輝は平然と受け止めている。

 「流石は光輝、この程度の視線じゃびくともしないか」

 とヤマサキは興味深そうにアキトの手の中にあるコルトパイソンを見る。確かにかなり使いこまれている。それに、大切に扱われてきた事も見て取れた。銃には素人だが、見た印象はかなり良いと思う。

 「て言うかどうしてこいつがここにいるんだ?」

 と自分の隣に位置しているヤマサキを胡散臭そうに横眼で見るアキト。

 「ああ、俺の銃に関して電話があってな。ハイパーゼクターで受信したらしく、届けてくれたんだ」

 と言ってる傍から銃を取りに言っていたハイパーゼクターが大きめのアタッシュケースと一緒に現れた。どことなく「やれやれ」と言いたげな様子だった。キットが離れてしまったとは言っても影響を受けているのか、随分と表現豊かになったというか、何となくだがハイパーゼクターがどんな事を考えているの(人間視点で)わかるようになってきた。

 「おっ、ようやく来たか」

 うきうきと言った様子でハイパーゼクターをどけてからアタッシュケースを開く。礼の一言もなくどけられたハイパーゼクターは不満げに光輝の頭の上でコツンコツンと音を立てて跳ねている。光輝は軽くハイパーゼクターの頭を撫でてやって応える。少々不満気に目を瞬かせて、ハイパーゼクターはボソンの輝きと共に消え去った。

 「さて、出来栄えはどうだ?」

 楽しそうにケースに納められていた銃――最初はUSPを取り出して具合を確かめる。

 「流石は健二。完璧に治ってる」

 スライドを動かしスライドストップで留めて中を覗き、スライドストップを押し下げてスライドを戻し、空のマガジンを出し入れして満足げに笑う。

 「さて、目玉の方はどうでしょう?」

 とUSPを脇に置いてライトニングホークを取り出して握りしめてみる。

 「重いな……。まあマグナム銃だから当然か」

 今は.357マグナムのバレルとスライドが組み込まれているらしく、まだ軽い方だった。これが.50AEだったら重量は有に2kgにも達する。今はそれよりも軽い1.7kgだ。
 スライドを動かしたりトリガーを引いてみたり、均しき操作してみてから出した物をアタッシュケースに戻して蓋を閉じる。

 「さて、ラピスに頼まれたからな。撃たせてやるよ。ただし、USPだけだぞ。マグナムだと腕を痛めてしまうかもしれないからな」

 「やった!」

 喜びも露わにティーカップの中身を飲み干して少々乱暴にテーブルに置くと椅子から飛び降りるように立ちあがってドアに向かって一直線に駆ける。

 「あたしはパス。汗流して食事の都合でもつけとくわ」

 菫はう〜んと伸びをして体をほぐしながら訓練を辞退した。スポーツ万能で格闘技全般が並程度の技術に留まっているとはいえ体力的には光輝と比べても遜色の無い彼女も、やはり慣れない労働に相当疲れている様子。もっとも、体力自慢で運動神経抜群の体で無ければ、北斗に人格が入れ替わったとしても満足に戦えるはずもないと言える。

 どうせ明日当たり夫が使い物にならなくなるのだろうから、自分が余力を残しておかねば日々の生活に差し支える。

 「じゃあ俺も新しい武器の具合を見てみるか」

 とアキトもノリノリで着いていくことにする。もうここまで来ると戦わずに平和主義を唱えるつもりなどさらさらない。いざという時戦えるように準備を怠るつもりは無い。

 「それじゃあ僕も木星最強のガンマンの実力を少しでも拝見させてもらおうかな」

 とヤマサキまでもが同行することになった。光輝としても、不慣れな銃を使ってラピスが手を傷めかねないと思っていたので医療知識のあるヤマサキの同行は有難かった。

 「……最強なのか?」

 「うん、同年代で彼に勝る人はいないよ。僕が知る範囲じゃね」

 と率直な疑問を漏らしたアキトにヤマサキが補足する。

 「――あたしは、1人だけ心当たりがあるけどね、対等な人」

 「いるんだ、あの化け物じみた能力に並ぶ人」

 出発の準備をしながらヤマサキは普通に驚き興味津津という顔で先を促す。菫は「この戦いに巻き込まないのなら」と前置きした上でその名前を挙げた。

 「紫苑零夜。――あたしと光輝の幼馴染」

 心なしか、それだけじゃないような気がしたのだが、アキトにはその違和感の正体がわからなかった。

 「ただ、零夜は学校の先生になりたいっていう夢があるから、絶対に戦争には巻き込まないでよね。後で草壁さんにも念を押して置くつもりだけど。

 ……巻き込んだらシメてやる」

 先程までとは全く異なる威圧的な視線にヤマサキのみならずアキトまでも退く。

 そんな2人にそれ以上何も言わず、菫はさっさとタオルを持って脱衣所に入る。下着その他はこっちで新しく買い求めたので問題無い。ちなみにお金はラピスとアキトに借りた(木連とは通貨が違うので借りざるをえなかった)。

 脱衣所に消えて行った菫を見送ったアキトとヤマサキは、思わず顔を見合わせて肩をすくめた。

 「彼女、敵に回さない方が良さそうだね」

 「だな。結構過激そうだな」









 「ねえルリ。学校終わったらクレープでも食べにいかない? 勿論何時ものメンバーで」

 「良いですけど、お金大丈夫なんですか?」

 自分の机に座って見下ろすように自分を見るアリサに答えながら、ルリは彼女の財布を心配する。仕送りがあるとはいえ、金銭的な余裕はあまりないはずだ。住居としているマンションだって月々の家賃だって高めだ。学費だって公立だから安く済んでいるが、生活費だって馬鹿にならない。
 あまり無駄遣い出来る程裕福な状況にはないはずだが。

 「奢って♪」

 「嫌です。私だってお小遣いに余裕なんてありません」

 一言で切って捨てる。ルリの両親は高給取りだがそれほど裕福に使わせてもらっていない。両親曰く「お金の力に頼り過ぎると人間が歪む」らしい。ルリも同感だと思っているので特に不満を訴えた事は無い。

 だが、友達付き合いで出費が嵩む事もしばしばだ。おかげで趣味のパソコンのカスタマイズが中々にし辛くなってる。おかげでハードスペックの能力不足をソフトウェアでカバーせざるを得ない状況が続いている事もあって、プログラミングの技術が向上しつつある。強化IFS体質特有の処理能力が無くても、それなりにやれるものだと思うが、やはり処理能力は子供と大人どころか赤子と大人ほどの差がある事を実感する。

 「ぶぅ〜」

 「むくれても駄目ですよ」

 ルリは冷たく突き放す。自分だって今月のお小遣いがピンチなのだ。これ以上浪費すると月末に販売予定のCPUボードが買えなくなる。

 「ルリちゃ〜ん!」

 「駄目ですって」

 肩を揺さぶってくるアリサに視線も合わせず断固拒否する。正直言って、頭を揺さぶられて気持ち悪い。――あ、もうヤバいかも。
 何時の間にか隣に立っていたハリがそんなアリサの行動を止める。

 「駄目ですってアリサさん。――もう、僕が奢ってあげますからルリさんの頭をシェイクするのを止めて下さい」

 「ハーリー最高!」

 と言って今度はハリに抱きつこうとする。――抱きつかれたらとても生きて下校出来そうにないので軽く突進を避けてさり気なく距離を取る。
 突進を避けられたアリサは突進の勢いを壁に激突する前に殺してじと目でハリを睨む。

 「――何よ、奢ってくれるお礼にハグしてあげようと思ったのに」

 「お断りします。――そんなことされたらルリさんに申し訳が立ちませんので」

 アリサの行動を警戒しながらハリはルリを言い訳に逃げに入る。勿論後ろの方はアリサにしか聞こえないように小声だ。
 アリサは感情表現が大胆というかアグレッシブというか、言葉よりも行動で示すタイプだ。深窓の令嬢とは思えないほどだ。
 実際アリサの動きを見切れるようになった最近はそうでもないが、出会ったばかり、特にアリサが元ワームであるという事実を受け入れ親友となってからはそれが顕著で、見切れるようになるまでは良く抱きつかれて赤面したものだ。何せこの学校でも1.2を争う美人、しかも対抗馬であるルリとは真逆のグラマスさ。抱きつかれると言う事は当然その肉付き豊かな体が触れると言う事を意味する。

 ハリとて若い男の子。どうしても意識してしまう。

 というわけで、なるべく抱きつかれないように彼女の行動を先読みして逃げるようにしている。武術を習った事がこんなことで役に立つとは。おかげで行動の先読みがかなり鋭く正確になり、バーゲンセールとか混雑した道をすり抜けるのに非常に役立っている。今では母の代わりに特売の商品獲得のために派遣されることもしばしばだ。

 「え〜。せっかく感謝の意を表したのに〜」

 「だったら一言“ありがとう”済みます。一々抱きつかないで下さい」

 慎重に距離を離しながらハリは苦言を呈する。

 「もう、女の子に抱きつかれて嬉しくないの?」

 「相手と場合に寄ります」

 「――ハーリーのイケず」

 ぷうと頬を膨らませるアリサにとうとうルリが文句を言った。

 「アリサ、人の彼氏に気軽に抱きつかないで下さい! ―――――――――――あっ」

 思わず声を荒らげてしまった。勿論、声量も大きかった。ルリはそこで自分の失敗を悟った。が、全ては遅かった。

 「えええぇっ〜〜〜〜〜〜!?」

 クラス中が一斉に湧いた。隣でハリとアリサも完璧に固まっている。その顔には、隠しきれない大きな汗が浮かんでは、流れ落ちる。心なしかカタカタと震えている気がする。

 「ルリルリとうとう彼氏作ったんだ!」

 とルリの親友の1人、イトウ・アユミが目をキラキラさせて詰め寄ってくる。黒髪を背中まで伸ばした可愛らしい女の子。少しだけルリよりも身長の高い体育会系だ。
 中学の頃からの付き合いで、ルリにとっても大切な友人だ。そして、ある意味自分以上に自分に関わる色恋沙汰を楽しんでいる。

 ――厄介な相手にばれてしまった。というか、救いようの無い自爆だ。

 「はは〜ん。それで髪形を変えたわけねえ〜」

 ニヤニヤと気味の悪い表情をしながら距離を詰めてくる。ルリは冷や汗ダラダラで距離を取ろうと椅子から腰を浮かそうとしたが、回り込んでいた他の友人に肩を押さえられて失敗した。

 「あうあうあうあうあう」

 「さあルリルリ、キリキリ吐きなさいな」

 ガシッと肩を掴まれて完全に囲まれた。逃げ場は無い。視線で助けを求めるべくアリサを探すが、視線の先では窓の外を見て「あたし知らな〜い」と体中で訴えている。自然とルリの視線にも険が籠る。それでもアリサは無視を続ける。それでも心が痛むのか、冷や汗で顔中を濡らしている。

 今更ながらハリに逃げろと視線で訴えようとして、無駄だと知った。

 「あの〜、何で僕は囲まれているんでしょうか?」

 「やかましい! 貴様と言う奴は、傍にいるだけでは飽き足らずにとうとう手を出しやがって!!」

 血を吐くような叫びに呼応するように周りの男子が沸く。

 (ハーリー君。生き残ってね)

 冷たいようだがそれ以外に出来る事が無い。かけるべき言葉もない。

 進退極ってもはやこれまでか、という時に待ち望んだ音を聞いた。



 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン



 もはやお馴染みになった始業を告げるチャイムだ。流石に教師の姿が見えると皆渋々という表情で席に戻り授業の準備を始める。
 ほっと胸を撫で下ろしたルリは、問題を先延ばしにしただけだとわかりつつも、一時の平穏に安堵した。
 隣の席を見るとようやく男子生徒から解放されたハリが疲れた表情で教科書とノートと筆記用具を机に並べている。ふと視線があって、お互い苦笑いする。

 その仕草ですら嫉妬に狂った男共の戦闘意識を高め、色恋沙汰を楽しんでいる女共の好奇心を掻き立てているのだが、ルリとハリはそれに気づいていない。

 アリサは2人の前、窓際の席でひたすら冷や汗を流しながら授業の準備を続ける。

 (あ〜あ。無防備なんだから……。う〜む、私にも責任があるし、さてどう弁解しようか)

 これからの混乱をどうやって収束させればいいのか、流石に手に余る気がする。色恋沙汰は専門外なのだが。

 「ま、なるようにしかならないか」

 ふと空を見上げると、まるでこの先の苦難を暗示するかのような、曇り空だった。アリサは、何とも言えない不安に駆られた。

 (ワーム。何時までも黙っているとは思えない。裏切り者の私が殺されるのも、時間の問題かもね)

 実際の所変化の瞬間を見られない限り完全に帰化してしまった同族を人間と見分ける術は無い。しかし、何時自分がワームの犠牲者になるかなど全く予測が付かない。生物学上人間には違いないからだ。ワームの攻撃対象が人間であることも、知っている。
 だが、ワームが自分の知る誰かを殺そうと言うのなら。

 (私の命を犠牲にしてでも、守ってみせる)

 悲壮な決意を改めて固めつつ、アリサは表向き平常心で授業を受けた。



 この平和は、長くは続かない。その確信を持ちながら。






 「いててててっ。.50AEって反動きついな」

 アキトはまだ痛む右手を抑えながらライトニング・ホークを発砲した感想を述べた。

 「大丈夫か? 流石に不慣れな状態じゃキツイか?」

 心配そうにアキトの右手の具合を確かめるのは光輝だった。

 「まあ、な。と言うよりは、体の具合が昔と違って射撃姿勢が崩れたのかな?」

 「そうかもな。五感に障害を抱えていたとはいえ、鍛えていた体からいきなり民間人の体じゃな。筋力の具合とかが変わって射撃姿勢が狂った可能性はある。

 ――ただの捻挫だな。骨折じゃなくて良かった。しばらくは冷やして安静にしている事だな。ヨシオ、頼む」

 「ほいきた」

 いそいそと医療キットを取り出してアキトの怪我を診ようとする。嫌そうな顔をしながらも渋々ヤマサキに治療させる。正直トラウマな人体実験を思い出しかねない行為なのだが、一応医療行為には違いないし、いざとなったら光輝がどついてくれるだろう。その程度は、愛されてると思う。それに今後長い付き合いになるのが目に見えている。危害を加えられない限り普通に接するのが得策だと思う。――感情は未だに納得していないのだが。

 「銃って、案外簡単に撃てるもんだね。――簡単なのが、逆に怖い」

 ラピスは弾を撃ち尽くし、スライドが後退したままの状態で止まったUSPを手に持ったまま言った。
 弾を込めて、銃口を向けて引き金を引く。ただそれだけで簡単に、呆気なく命を奪う事が出来る。

 「これが、武器を持つという事なのかな……」

 カチッ、と音を立ててスライドは元の位置に戻った。マガジンはすでに外している。薬室に実包が入っていない事を確認している。光輝は発砲する前に銃の安全点検を必ず行う事を徹底的に、口が酸っぱくなる程に言い続けた。
 銃は道具、人間が裏切らない限り決して裏切る事は無い。何度も何度も、言い続けた。だからこそ決して自分が使う道具を裏切らないように、例え命を奪う道具であってもむしろ愛着を持って接するように教えた。
 ラピスは借りていたUSPを光輝に返す。光輝は銃を受け取りながら、

 「そうだ。その重み、心に刻み込んでおけ。特に、戦艦のクルーやパイロットと言った形で戦うのなら」

 ラピスの目をしっかりと見据えて言葉を紡ぐ。

 「良いかラピス。人と人が直接向き合って殺し合うのと、人の姿が直接見えない状態で殺すのとでは、罪悪感も殺したという実感もまるで違う。

 俺が、初めて人を殺した時は――実感があった。自ら望んでやったとはいえ、な。

 だが、さっきの戦い、ダブルエックスで敵の戦闘機を撃墜した時には直接殺した時に比べて実感が乏しかった。

 人は何らかの乗り物に乗って姿が隠れてしまえば、例えそこに人が乗り、破壊することで人命を損なうとわかっていても実感を持つ事が出来ない。だから、生と死の概念が希薄になっていく。
 そして、人は人を殺める事に抵抗を失っていくんだ。自ら武器を持ち、直接対峙して殺し合うのに比べて戦艦同士の撃ち合いで敵艦を沈めるのとでは1度に失われる命の数は桁が違う。しかし、殺したんだと言う事実を認識出来ても、直接殺すのに比べれば感じるものは小さくなる。

 木星が何故、この戦闘を悪い事だと認識せず聖戦だと言えるか。――その答えは簡単だ。木星は戦争をしているという実感に乏しい。戦うのは無人兵器ばかりで自ら戦場には出ない。
 そして、教育によって地球人は悪、滅んで当然と教えた。そのせいで、木星人は地球や火星の人々を同じ“人間”と認識していない。そう言っても過言じゃない。

 だから俺は、木星の正義が嫌いなんだ。



 それだけじゃない。火星の後継者の非道な行いも生と死の概念の希薄化によるものが大きい。
 春樹の様な人の上に立つ人間が良く陥る錯覚だ。あのような立場になると、人は駒になる。書類やデータ上で扱われる駒になってしまう。

 そう割り切る事も必要だ。そうでなければ、もっと大切なモノを失ってしまう事がある。

 しかし、その行いがエスカレートすればああなる。

 そっちの世界の春樹の悪癖だった、“自己の絶対正義化”。そして“犠牲の正当化”。その2つの極みが火星の後継者だ。
 人を人として扱わず、理想の、正義のための犠牲と認識することで罪の意識から逃れ、その犠牲に報いるために正義を行う等と陶酔した。人は人を人と扱わなくすることで簡単に殺せるようになる。
 そう、害虫を容赦なく、良心の痛みを感じることなく叩き潰すようにな。

 ヨシオが人体実験を嬉々として行えたのも同じだ。あいつにとって、A級ジャンパーとは自分の欲求を満たすための道具に過ぎなかった。人間じゃなかったんだよ。――いや、あいつにとって他人とは自分にとって+になるか-になるか、その程度の存在でしかなかったんだろうさ。

 春樹もまた、自分の主義主張を通そうとするばかりに、なまじ人を統べる立場に立ってしまったが故の暴走だったんだろうさ。

 だから、罪の意識を逸らしていたモノが消えてしまったからこそ、春樹は全てを変える気になったんだ。世界のために自分を変え、今度こそ本当に天の道を往こうとしている」

 光輝の言葉を聞くにつれて、ラピスの表情がどんどん強張っていく。

 (あたしは、たくさん殺してしまったんだ)

 アキトと共に戦ってきた記憶が一気にフラッシュバックする。

 ユーチャリスを駆り、多くの有人機を、有人艦を宇宙の藻屑としてきた。一緒になってコロニーを落としてきた。

 そこには間違いなく命があった。掛け替えの無い存在が。



 なのに――意識する事すら殆どなくただ事務的に奪ってきた。先程までとは、戦いたいと言っていた時とは桁違いの罪悪感が一気に膨れ上がる。何もわかっていなかった。わかっているようで、わかっていなかった事が思い知らされた。

 「……あ、あたしは――最低だ!!」

 頭を両手で抱えて蹲る。そこまで考えていなかった。ただとても悪い事をしたという程度にしか考えていなかった自分が恥ずかしい。アキトがあれほど苦しんでいた理由がようやくわかった。そんなラピスをそっと抱きしめながら光輝はなおも言葉を紡ぐ。

 「ラピス、追い込むような事をしてすまない。
 だが戦うと言うのならその事を絶対に忘れちゃいけない。

 ――お前は1人じゃない。俺や菫、アキトにユリカもいる。皆がラピスの味方だ。辛くなったら何時でも頼れ。例えどれほどの大罪を犯すことがあっても、何時も傍にいる。例えどんなに離れていても、心と心は何時も傍にいる。
 ラピスが誰かに嫁いだとしても、俺が先に死ぬようなことがあっても、何時でも見守っている」

 「でも! でもあたし!!」

 「アキトを見習え。あいつは最高の男だ」

 ラピスの目をじっと見据えて、光輝は続ける。

 「アキトは1度は逃げようとした。だが、周りに助けられたにせよ自分の罪と正面から向き合って、全部背負いながら自分の人生を全うし、前を向いて生きていく事を決められた漢だ。

 誰にだって出来る事じゃない。罪の重さに耐えかねて逃げ出してしまう人間の方が多いんだ。
 ましてや自虐癖のある根暗なあの男にしては立派過ぎるくらい立派だ」

 「――何て言い草だよ、オイ」

 今まで黙って事態を眺めていたアキトがあまりの言い草に苦情を申し立てる。――否定は出来ないが。

 「自分1人では恐らく、逃げに逃げて事態を悪化させるだけだったはずのアキトですら、誰かの手を借りることで現実に立ち向かえる強さを得ることが出来たんだ。

 だから、誰かに頼る事は決して恥ずかしい事じゃない。――頼る相手は選ぶべきだがな」

 「お兄ちゃん……」

 「いいかラピス。弱さとは切り捨てるものじゃない。抱えて強くなるものだ。1人で抱え込めないと思ったら、頼るんだぞ」

 「うん……」

 頷いて抱きついてくる義妹を優しく抱き止め、背中を優しく撫でる。

 「人は決して孤独では生きていけない。だから群れたがる。しかしそれは決して弱さではない。人という存在にとって当たり前の事なんだ。群れるのが必然なら、誰かに頼るのもまた必然だ。

 良く、覚えておくんだぞ」

 優しい口調で諭しながら、光輝は彼女が自分から離れるまで優しく抱きしめ続けた。その傍らには相棒と言うべきアキトが控えていた。優しげな表情で光輝にしがみつくラピスの頭を優しく撫でている。



 「愛って、奥が深いんだね」

 その光景を目の当たりにしたヤマサキが神妙な顔で頷いていた。今までの自分に欠けていたモノ。そして、今後彼らと共に過ごして行くのなら絶対に必要なモノ。

 『愛』

 言葉にするだけなら、何と簡単なモノだろうか。

 だが簡単であるが故に奥が深く、多種多様な面を覗かせる生物の感情。他のどの感情よりも強烈で、時には自分の命すら投げ出させるモノ。

 「宇宙戦艦ヤマトが、それを体現している」

 ヤマサキは去る前にユリカが残した手紙を改めて広げる。テンカワ・ユリカの、自分に当てたメッセージだ。ヤマトのデータディスクに残されていた物だ。ご丁寧にボソンジャンプによる次元移動に反応してプロテクトが解除されると言うギミックまで施されていた。これではこの世界に持ち込んだテンカワ・アスマはメッセージの存在に気づいていないだろう。
 何故自分にこのメッセージを残したのか最初はわからなかった。しかし、プリントアウトしたメッセージを読み進めるに従って何となくわかってきた。

 <ヤマサキ・ヨシオ様。

 このメッセージを読まれているという事は、恐らく私は死んでいるのでしょう。そして、宇宙戦艦ヤマトは敗れたか、勝ったとしてもすでに現存していないのでしょう。

 正直メッセージを残す事は躊躇われました。しかし、データディスクの――私達の宇宙戦艦ヤマトを引き継いでくれる世界の貴方には、どうしても伝えておきたい事があったのです。

 異世界から漂着しているであろうもう1隻の宇宙戦艦ヤマトの正体についてです。

 すでにご存じになっているかもしれませんが、宇宙戦艦ヤマトの本来の姿は第二次世界大戦で旧日本帝国海軍が使用した戦艦大和なのです。戦艦大和を宇宙戦艦に改造した姿が、宇宙戦艦ヤマトなのです。

 正直驚かれると思いますし、信じられない事かも知れません。かく言う私も、赤錆びた鉄屑が生まれ変わった姿だと、最初は信じられませんでした。
 このヤマトの詳しい顛末は省きますが、ヤマトは常に「地球とそこに住まう生命のために」戦い続けていました。常に苦悩し、戦いを破棄することが出来るその日を願い、母なる星地球と人類を守ってきました。

 回遊水惑星アクエリアスの海に沈み、その後再建された場合もあればそのまま眠り続けた場合もあり、果ては私達のヤマト同様に超巨大戦艦に特攻して永遠に失われてしまった世界もあります。
 ヤマトは愛するモノのために命懸けで戦い、その結果散って行きました。しかしヤマトは後悔していません。愛するモノのためならその命を投げ出す覚悟を常に抱えて戦っていたからです。



 戦う事が正しい事とは思いません。戦わないという選択肢も正しいものでしょう。

 しかし、戦う事を拒絶して自分の命を危険にさらしたり大切なモノを失ってしまうような結果になるのは、私には到底容認出来ません。

 例え命を奪い血を流すことになろうとも守らなければならないモノがある。私は、そう思って、ヤマトと共に戦ってきました。その結果この命が失われることになったとしても、文句は言えません。私もまた、多くの人命を奪ってきた人間だからです。
 でも、私が死ぬことで悲しむ人がいるのなら、こんな私でも必要としてくれる人が1人でもいるのなら、私は生きていきたい。

 宇宙戦艦ヤマトはもがき足掻く命を象徴する存在でもあります。同時に、どれほど時代を経ても変わってはいけないモノの象徴でもあります。

 ヤマトは1度死んで、生まれ変わった艦です。同じように死にかけた地球で生まれ変わり、その時から最期の時まで地球のために献身的なまでに戦い続けてきました。乗組員と共に地位も名誉も求めず、最後の最後まで救世主として運命に抗い続けてきた。

 同時にヤマトは大和なんです。確かに戦争に正義も悪もありませんし、大和は戦うための戦艦でした。
 しかし上の方の思惑はともかくとしても、大和に乗り組んで戦った人々は、愛する者のため、国のためと守るべきモノのために命を掛けた。
 そこに正義も悪もなく、ただ守るべきモノのために命を掛けた。守るために自分自身をも犠牲にするだけの覚悟を持っていたのです。
 ヤマトを、乗組員達をそこまで突き動かしたのは地球や地球生命に対する愛情があったからこそでしょう。

 戦争なんて無いに越した事はありません。しかし、起こってしまった後で守るべきモノのために戦って命を散らしてしまった人の事を悪く言う事なんて出来ません。むしろ守るべきモノをしっかりと定め、そのために全てを掛けられたその姿勢は、見習わなければならないのかもしれません。

 宇宙戦艦ヤマトは戦艦大和が生まれ変わった姿。それ故に、どれだけ時代が変わっても変えずに残しておかなければならないモノを象徴しています。

 例え血を流そうとも守らなければならないモノがある。

 宇宙戦艦ヤマトは、それを象徴する存在なんです。平和を求め、愛を知るにも関わらずヤマトが宇宙戦艦であるという現実。
 ヤマトの戦いと旅とは、愛するモノを守るための戦いであると同時に戦う事で何を得られるのか、何を失うのか。戦って勝てば本当に平和が訪れるのか、力による支配で得られた平和は本当の平和なのか。

 ヤマトは、常にその矛盾を抱えながら本当の平和を求めて宇宙を旅した艦なんです。



 だから、決してヤマトをただ戦うだけの艦にはしないで下さい。貴方方の住まう世界が近い将来、恐らくアクエリアスに没したヤマト出現から3年程度が山です。何らかの切っ掛けで伸びたり縮んだりしたりする事はあると思います。しかし、避けられない戦いになるでしょう。負ければ地球人類は生き残れたとしても、全ての尊厳と自由を失う事になると思います。

 それに対抗出来るのは、恐らく宇宙戦艦ヤマトだけです。単純に宇宙戦艦としての能力で見ても、ヤマトは我々の世界でトップクラスの性能を持っていると思います。仮に同程度の技術で造られたとしても、コンセプトに大きな違いが無い限りナデシコでは太刀打ちすら出来ないでしょう。
 事実、我々の世界で造られたヤマトはアクエリアスに沈んだヤマトに劣るナデシコから発展したヤマトですら、同じコンセプト、同じような武装と機能で造られただけで驚異的な能力を発揮しました。

 同じヤマトでも、より長い年月を生き、より強い意志を受けて成長してきたヤマトなら、例え不完全な状態で復活したとしても人類の大いなる救いとなるはずです。

 と言うのも、貴方方の世界の技術水準ではヤマトを完全な姿にする事は出来ません。アクエリアスで沈んだヤマト、アクエリアス・ヤマト。ナデシコの後継艦のヤマトをナデシコ・ヤマトとでも呼称しましょうか。

 どちらも貴方方の技術水準では完全に再現出来ません。ましてや求められるのは両者の特徴を兼ね備えた新生ヤマトの完成。とてもじゃありませんが完全再現は不可能です。

 オモイカネの予想では、不完全な形でも1度完成させるのに3年。その後完全な新生宇宙戦艦ヤマトに出来るまでに2年の歳月が必要としています。
 そのため最初の異星人国家との戦いでは恐らくヤマトは不完全な状態での戦いを余儀なくされると思います。

 不完全と言っても、そんじょそこらの宇宙要塞に負ける様なちゃちな仕上がりになる事は無いと思います。ただしそれは、メカニズムが不完全であったとしても“宇宙戦艦ヤマトとしての復活が出来ているか”に掛っています。それさえなっていれば、メカニズムが不完全でも問題は無いと、信じています。



 ああそうそう。どうしてヤマサキさんにメッセージを残したのか、きっと頭を捻っているでしょうね。

 このメッセージを残すにあたって移動先の世界についてハイパージャンパーの力を借りて私なりに調べてみました。そっちと違ってハイパージャンパーは1つきりですし、正直私にはあまり懐いてはいなかったので大変でしたが、ヤマトがその世界に出現するまでの流れを知ることが出来ました。

 その中で、ヤマサキさんとアスマ――いえ天道光輝と友人になったという事を知ったからです。私達の世界では、結局利害関係を超えた友情も愛情もつくり出す事が出来ず終わりました。

 ですが、貴方は私達の世界の貴方に比べて非常に恵まれた状況にあります。私が知る限り手に入れる事の出来なかった、“人間としての幸せ”を得られる状況にあります。

 それが貴方の望むものなのかまではわかりません。しかし、求めてみるべきだと私は思います。人は結局、人以外の何物にもなれませんから。

 どうか、私達が得る事の出来なかった幸せな未来を、手に入れて下さい。

 宇宙戦艦ヤマトを信じて、苦難に立ち向かって下さい。宇宙戦艦ヤマトは宇宙の愛を体現する存在です。

 ですから、愛と共に戦って下さい。愛のために、戦うのです>



 「宇宙の、愛を体現する存在」

 手紙を丁寧に折り畳んで胸ポケットにしまう。これを他人に見せるつもりは今のところ無い。自分宛の手紙だと言うのもあるが、この手紙は自分にとっての指針となりそうな予感がしたのだ。

 「彼女らしいよね、ホント」

 あの人体実験の中でも夫テンカワ・アキトの生存を信じて贖い続け、遺跡に組み込まれてもまだ夫への愛を忘れることなく贖い続けた、本当に人間かと問い詰めたくなるような驚異的な精神力。結局その愛を逆手に取る事でしか制することが出来なかった。

 (考えてみれば、よくもまあ僕なんかと顔合わせてられるよね)

 テンカワ・アキトよりも自分を恨むべきはミスマル・ユリカだと、ヤマサキは考えている。アキトはまだ体だけで済んだとも言えるが、ユリカは後遺症こそ残らなかったというだけで体だけでなく、翻訳機として組み込まれている間は心までも弄ばれ続けていたのだ。そして、女性として辱められもした。
 木連にとって憎むべき敵であるナデシコの艦長である彼女と、その夫であり同艦のパイロットでもあったアキトが悪い意味で特別な扱いを受けたのは至極当然の流れだ。ある意味、翻訳機に選ばれたのがユリカと言う事実がそれを証明している。無論、彼女が宇宙軍総司令の愛娘であるという立場から、あまり壊し過ぎるわけにはいかなかった。間違っても殺してしまったり廃人にしてしまったら人質にもならず、玉砕覚悟の反撃を受けかねない。親ばかで有名なあのミスマル・コウイチロウなら、やりかねない気がした。

 それだけの目に遭いながら相互理解の道を諦めていないというその驚異的な精神力には正直感服させられる。恐らくあれだけの目に遭って、色々と思う事もあっただろうに、それでも全てを受け入れて我が道を往こうとする。

 その驚異的な精神力と確固たる自分、そして真摯に平和を求める姿勢は確かにヤマトの艦長に相応しい人材と言える。本当の意味での平和を求めると言うのなら、敵対する者を全て屠るのではなく、例え長きにわたる遺恨を抱えたとしても、お互いを理解して行こうとする姿勢は必要だ。ただ敵を屠るだけでは自分たち以外の全てを認めない傲慢なだけの存在になり下がる。その果てにあるのは力に物言わせただけの偽りの平和だ。

 逆に受け入れるにしても、お互いに被害が大きければ大きい程に民族間、国家間での遺恨は深く根強くなる。それを乗り越えて共存していくには多大な労力と時間が必要になる。
 根気がいるのだ。きっかけは少ない人数で作れても、それを継続していくにはどんなに頑張っても民衆の意識が必要になる。

 口で言う程和平とは簡単な物ではない。



 だがそれでも追い続けるつもりなのだろう。その結果相手を滅ぼすことになったとしてもめげることなく追い続ける。それが彼女の、ミスマル・ユリカが選んだ道なのだろう。そして、テンカワ・ユリカ艦長も生涯追い続けた理想なのだろう。

 だとしたら、彼女ほど宇宙戦艦ヤマトの艦長に相応しい人物はいないだろう。宇宙戦艦ヤマトが、ただ戦う艦ではなく、生きるために、真に地球と人類の未来を拓いていくための艦ならば――求めるべきは真の和平だろう。

 「愛が世界を救う、ってところかな」

 誰にも聞こえぬように口の中で言葉を転がして、1人笑う。



 人が人を愛するのは当然だと言うのなら、それでいいじゃないか。自分でも愛せるのだろう。自分が光輝と菫に抱いているこの感情もまた、愛なのだろうから。






 その3時間後、宇宙戦艦ヤマトの残骸は地球北極にあるという造船ドッグに運ばれる前に1度引き上げられ、火星の地球連合軍ドッグに運び込まれていた。ここでも役に立ったのはすっかり運送屋と化したハイパーゼクターである。
 初体験の大質量物体の運送に控え目な悲鳴を上げていたが、宥めすかして実行させた。今回はしっかりお褒めの言葉を光輝のみならず多数の人間から頂けたので満足げに消えて行った。

 「……観れば見る程に悲惨だな」

 光輝は沈痛な面持ちでスクラップとなったヤマトの艦体を見上げる。原型こそ留めているが至るところボロボロで、改めて肉眼で見るとその被害は目を覆いたくなるほどに酷い。

 「それでも、球体になれる程度の質量のある小惑星を、数個纏めて吹き飛ばせる波動砲を内部爆破に使用して、おまけにトリチウム満載とは――原型残ってる方が不条理か」

 と自分を納得させるがとなりで本業科学者であるヤマサキが頬を引き攣らせている。

 「え〜と、それ本当に宇宙戦艦の耐久力? 本当に興味が尽きないねこの艦は。ちゃんと復元出来るかな? 形ばかりのヤマトなんて何の価値もないんだし」

 テンカワ・ユリカのメッセージ通りなら、完璧に復元されたヤマトがあればそう簡単に人類敗北は無いだろうと思えてくる。しかし、彼女をして“完全復活は無理”と言わしめるほどヤマトに使われている技術は高度で未知なるものなのだ。

 例え不完全でも、ヤマトとして完成させることが出来るかどうかがキモになる。その言葉がヤマサキの頭の中をぐるぐると回っている。

 どうすれば、ヤマトを復活させることが出来るのだろうか。ヤマサキには見当もつかなかった。単純にメカニズムだけ復元させろと言う方が簡単だったに違いない。

 「さて、とりあえず波動エンジンの具合でも見に行くとするか。波動砲近辺は外見しか残って無いからな」

 そう言ってどこかウキウキとした様子で光輝がヤマトの艦尾部分に向かって歩き出した。置いてきぼりは御免だと言わんばかりにヤマサキも後に続いていく。一応未知のエンジンである波動エンジンに興味はあったのだが、光輝と出会って以降、そしてアキト達との本当の意味での和解を目指そうと考えるようになってから昔ほど一心不乱にぶつかっていけなくなった気がする。

 やはり、科学者であるという事は人間であるという事を捨てる事なのかもしれないなと頭の隅で考えた。

 ボロボロで真っ直ぐに進む事の出来ない艦内を半ば洞くつ探検の精神でひいひい言いながら潜り抜けるヤマサキを尻目に光輝は鼻歌交じりに抜けていく。明らかに自分をからかうための行為だろう、鼻歌は。

 少々ムカついたが突っ込む余力の無いヤマサキはわざわざ自分が抜けられそうな道を見つけてくれる光輝の後を黙ってついていくしかなかった。
 幾多の落とし穴と瓦礫を越えた先にあったのは、黄金色に輝く巨大エンジンとその制御ルームだった。

 「これが、ヤマトの波動エンジンか……」

 「――これは……また……立派、なエン、ジンだね」

 息も絶え絶えな状態ながら、目の前の巨大なエンジンにヤマサキも目を丸くしていた。

 ヤマトの波動エンジンは、意外な事に原型を完全に留め、2枚の巨大なフライホイールやらエンジン前方に備えられたスーパーチャージャー(この時は名前を知らなかったが)に至るまで、亀裂や開口部、熱損耗が見られるが、修復は出来るだろうと思える程だった。てっきり完全に崩壊していて残っていないと思っていたのだが、これは嬉しい誤算だ。

 さらに後でわかった事だが、肝心要の炉心部分の損傷はかなり軽微でドックに移送した後かなり早い段階で復元に成功し、ヤマト再就役までの間に数基の波動炉心の製造が出来る程度にまで構造を飲み込む事が出来た。

 「これほど原型を留めているとはな……。波動砲制御室は完全に壊れてたのに。ヤマトが死んでいると思えなかったわけだ。艦の心臓部と言える機関部がここまで現存しているとは――」

 光輝は目の前にある傷だらけのエンジンに触れてみる。完全に沈黙し冷たい金属の塊のはずが、不思議な温かみを感じた。

 「ヤマト、お前は――お前は自分の意思でやってきたのか?」

 ただ漠然とそう感じて問いかける。返答等無い。ヤマトの魂はデータディスクに移植されているので、ここにあるのはただの抜け殻のはず。しかし、体に染みついた残り香と言えるものがヒシヒシと感じられる。

 「次元断層が生じたのは偶然だった。だが、お前は自分の意思で、俺達のためにこの世界に漂着したのか? ――地球とそこに住まう生命を守るためだけに」

 光輝はボロボロのエンジンを見上げながら誰に向けるでもなく言葉を発し続けた。知らず知らずの内に、涙が浮かんできた。

 こんな姿になってもただひたすらに地球を、地球生命を守るために全力を尽くそうとするこの偉大なる戦艦に対して、言葉に出来ない感情が渦巻く。

 「ヤマト、俺達に出来る事はお前をまた戦えるように元通りに復元してやる事と、目的を達するために成長させてやる事と、一緒に戦う事しか出来ない。だが、その気持ちに報いるためにもこの命ある限り、戦える限り一緒に戦おう。

 宇宙戦艦ヤマト」

 傷だらけの、鉄屑同然のこの艦の何と頼もしい事か。ただひたすらに、愛のために戦い続ける事を自らに課したこのヤマトの心意気に、応えずしてどうするというのだ。

 宇宙戦艦ヤマト、復活への道のりは今始まったのだ。

 そう、再び愛するこの惑星を守るため、生きるための戦いが始まるのだ。





 その頃木連に保護される形になった沖田十三は、ようやく病院のベッドから起き上がることが出来るようになっていた。
 かつて自身を苦しめた宇宙放射線病はすでに完治している。ヤマトと運命を共にしたつもりが今もまだ生きている。
 正直生き恥を晒したかとも思ったが、生き残ってしまったからには仕方が無い。今まで通り、最後の最後まで生き続けるだけだ。

 草壁からも頼まれた。ヤマトと共に戦う事になるであろう戦士達に心構えを教えてやってほしいと。異論は無い。宇宙戦艦ヤマトを受け継いでいく戦士達に、ヤマトの戦いを伝え、育てていくのが今の自分に課せられた最後の仕事だ。

 今は草壁から渡されたミスマル・ユリカに関する資料に目を通しているところだ。新生宇宙戦艦ヤマトの艦長最有力候補として考えているから何かアドバイスを送ってやって欲しいと言うのだ。

 一通り目を通して見たが、性格面での問題が多い事を除けば純粋な指揮能力は愛弟子と言える古代進を凌いでいると見ていいだろう。経験さえ積めば、自分さえも越えていくかもしれない。紛れもない“天才”だ。

 しかし思いこみが激しかったり恋愛関係が絡むと暴走して自爆しそうになることも多かいし理想に走り過ぎて現実を受け止めきれない所がある様子だ。
 だが精神的な成長を遂げつつある現在では改善の傾向も見られるようだし、ここは年長者として密やかに支えるのが最善だろう。

 最後まで生きる事を放棄するに等しい選択を取る事があった進に比べれば遥かに生への執着が強く、精神的にも強いようだ。

 これは育て甲斐がある。唯一の懸念材料はイレギュラーとしてこの世界に来た事や、火星の後継者の一件によって生まれた心の傷か。こればかりはどのように作用するか本人と会って話してみない事にはわからない。

 「古代、わしはまだまだやらなければならんことがあるようだ。この世界で生きていく。最後の瞬間まで、この世界で自分の生を全うしよう……」

 目を瞑り上を仰ぐと、瞼の裏に自分を慕い、息子とまで思えた若者の姿が鮮やかに蘇る。

 古代進。雪と一緒に平和となった地球で幸せになれたのだろうか。沖田は静かに、愛する者たちの幸せを祈った。






 地球に戻ったユリカは寮の部屋に戻りながら今後の事について考えていた。

 正直言って、ヤマトの艦長を務めきれる自信は全く無い。

 ナデシコ時代を振り返ると、自分の無責任さがいくつも露呈している。それだけじゃない。火星の後継者に捕まって以降自分の無力さを幾度となく思い知らせれてきた。それでも諦めることなく自分なりに理不尽な暴力や運命と戦ってきた。行方知れずとなったアキト達との再会も諦めず、仲間達に支えられて今日まで生きて来た。

 それなのに、結局アキトとルリとラピス達だけを選んで他の全てを捨てる結果になってしまった。そして、アスマとキットも失ってしまった。

 そんな自分勝手な自分が、果たして希望の艦である宇宙戦艦ヤマトの艦長になっていいものなのか。なったところで本当に守りきれるのだろうか。

 「壊されたくない、この地球を。――世界は違えど、ヤマトが守り抜いてきた、この地球を」

 ヤマトが普通の宇宙戦艦なら悩まずに承諾出来たらだろう。しかし、ヤマトの戦歴や使命の重圧に押されてしまい、ナデシコの時の様な気持ちでは到底戦えそう無い。

 アクエリアスと共に現れたヤマトもそうだが、あのデータディスクのヤマトは間違いなく、並行世界の自分自身が共に戦い、そして文字通り命を掛けて地球を守ったのだ。生半可な気持ちで乗船する事は今まで、両方のヤマトと共に全身全霊を掛けて戦い、地球生命を守り抜いてきた人々に、あまりにも失礼ではないだろうか。
 そして、我々の為にヤマトを託してくれた、テンカワ・ユリカの想いに反するものではないだろうか。

 同時に、ヤマトと共に戦うのなら、その志も引き継いでいきたいと強く思う。だからこそ、安易な決断は出来ない。

 愛するモノのために全てを掛けて戦い抜きアクエリアスに没したヤマト、ナデシコから進化し並行世界の自分が指揮した、運命を共にしたヤマト。
 ユリカはヤマトという戦艦に非常に強く惹かれていた。自分でも信じられないくらい惹かれてる。
 それはヤマトの戦いに対する“共感”であり、その活躍に対する“敬意”であり、ナデシコ・ヤマトに限定されるとは言え自らが指揮し運命を共にしたという事実から生じた“愛着”と呼べるような感情が原因だった。
 艦長就任は保留にしているとはいえ、ヤマトと共に戦いたいという気持ちは、時間経過に比例して膨れ上がっていた。

 「あたしは、どうすれば良いの?」

 ルームメイトも帰ってこない部屋で、ベッドの上に寝転がって身を縮める。答えはまだ出てこない。

 そのまま時計の長身が半周もした時だった。



 「悩んでるみたいね。――気持ちはわかるけど」

 突然聞こえた声にユリカは素早く身を起こす。眼前に立っている人物を見て愕然とした。細何度か見たルリが着ていたのと同じデザイン艦長服の上にところどころに白い線をあしらった黒いコートを羽織り、古めかしいデザインの艦長帽を被ったその人物は――。

 「はじめまして、私は――宇宙戦艦ヤマト艦長、テンカワ・ユリカです。新生宇宙戦艦ヤマト艦長の、ミスマル・ユリカに伝えたい事があって来ました」









 あとがき 

 はい、何時もよりは早い第4話その1です。

 ヤマト復活篇がすんごく面白かったのでノリにノレて書けました。これが掲載される頃には殆ど上映終了してると思いますけど、ホントに凄かった。

 驚くべきは26年という歳月が流れたにも関わらず「今風になって無い」ことでしょうか。表現方法のアップデート等はおこなれているものの、それ以外は昔のままのヤマトだったのがすごく感動的でした。萌えに走ったわけで訳でも理屈に走ったわけでもない、良くも悪くも昔ながらのエンターテイメント、Pの言葉を借りるならミュージカルでしょうか、とにかくヤマトでした。これ以上の言葉は不要な気がします。

 まあヤマトと言う作品自体癖が強く当時もそうですが今のアニメから見ても「規格外」な作品なんで、馴染めない人にはとことん駄目な作品ですが、それ言ったらアニメファンを対象としているとはいえ内容的にさらに好き嫌いの分かれるエヴァなんてアニメもあるんですから、別にヤマトが非難される謂われは無いですね。つまらんとは言わないけど理解も出来ない。娯楽として見るなら理解出来ない、理解するのに膨大な知識が必要な作品はどうかと思うんで。

 まあアンチが叩いているような視点で見ればヤマトは穴だらけですけど、そもそもそう言った連中ってヤマトと言う作品がどんな作品なのかわかってないと思うので自分で見るまでは無視するのが賢明だと思います。ヤマトは誰かに言われたから「その通りだ」って言う作品じゃなくて自分で見て「こう言いたかったのか」と理解するべき作品だと私は思っています。要は理屈じゃないんで。
 ヤマトはそういう意味では理屈に走ってる「ガンダム」とかの先駆けと言われながらも本質的にはマジンガーだとかに近い代物なんです。その辺が私がヤマトを「スーパー系」にカテゴリーする理由です。



 復活篇の影響を多分に受けたので今後作風が変わる可能性もありますね。今までは理屈補完のために無い頭をフル活用して強引に説明による理屈を立ててきましたが、正直疲れてます。今回早く仕上がったのもその辺の理屈をあまり考えずに心向くままに文字を打ったからでしょうか。
 名乗る以上、この作品も「ヤマトでなければならない」という考えも浮上してますので。

 さて、今作品の宇宙戦艦ヤマトは、特にオリジナルのヤマトは明確に「生きている=生命が宿っている」として描いていますが、この発端は完結編。冒頭、奇襲を受けて漂流しかけたヤマトが自力で帰ってきた際のアナライザーのセリフと、クライマックス直前でニュートリノビームを危ういところで防いだヤマトの演出から、「ああ、完結編までの間にヤマトは生命を得て、戦友である乗組員を守って、地球を救おうとしてるんだ」と感じた事を切っ掛けにこの描写にしています。私は原典のヤマトを一種の九十九の神と解釈してますので。

 それ故に、リメイク前の作品ではナデシコ世界で独自に完成した「似て非なるヤマト」にせざるを得なかったんです。
 自分の中でのヤマトがあまりにも重くて、当時は今回の様なオリジナルのヤマトを引っ張ってくる事が出来なかったんです。復活篇のおかげもあって、ようやく思いきりと心の整理が出来たと言っても過言ではありません。

 ――それでも沈めたのは心が痛かったですけど。本当の道筋なら生き残るはずだった連中も軒並み殺しちゃったし。やっぱりユリカとアキト殺したのが一番堪えた……。でもあの世界の場合、この2人+古代生存はヤマト再建の狼煙になっちゃうから結局原作で死んだ古代と雪を生かして2人を殺す形に――。



 まあそっちは置いといて、復活ヤマトのデザインは過去最高の出来栄えで最も美しいと思っているので当然のように本作品のヤマトとして採用!
 第3話のAパート書いてる段階じゃ不明瞭な設定や演出があったので完璧にプロモーション以上の何物でもない発進シーンの先行公開でしたけど、本編で追いついた時にはもっとちゃんと復活篇仕様のヤマトとして再始動させます。
 ぶっちゃけあのシーンって「ヤマト書きてぇ!」っという欲求が一番高まってた時期に2つのヤマトの最後と再生を同じページで並べてみたかったというだけのシーンですからね。一部書き足しただけでノリはPVが参考だから本編とは違いも大きいし、艦橋デザインも旧ヤマトを参考にしてるから復活篇ヤマトとでは差があったりします。主に座席の構成に。

 クルーの配置もまだ未定の部分があったりするのでやっぱり追いついた時にちゃんとしたシーンを新しく書き起こすことにします。第3話Aパートのはあくまでプロモーションと言う事で。

 でも第三艦橋が電算室になってた事もあってクルーの分割に支障が出て、本来ナデシコのオペレーター担当だったルリがヤマトに移動してたりします。おまけに初期設定であった「電子戦装備が脆い」っていう設定も使えなくなったのが大誤算。

 おかげでナデシコが泣きを見る羽目に……。まあ戦艦としての格がヤマトとナデシコじゃ滅茶苦茶違うんで当然の結果の様な気がしますけど……。これだったら戦艦としてのナデシコを廃せば良かった気もしますが、今回のヤマトは心強い仲間がいる、ということもやりたかったので(復活篇での艦隊戦が思ったよりも良かった)やっぱりナデシコにも一緒に頑張ってもらいます。

 現状の基本設定は、

 全長 320m(かつては267m。諸説あるが完結編のデータを参照)

 総重量 78000t(乾重量。かつては62000t)

 全高 104m(旧設定上は77m。ただし初期設定の引き継ぎであるため本当ももう少し小さい。模型から逆算)

 全幅 48m(旧設定では32m。復活篇での正確な数値は出ていないため模型から逆算)

 動力 主:波動モノポール1基(大波動炉心1基と大モノポール炉心1基からなる複合エンジン)
    副:補助エンジン2基

 武装

 三連装46cm重力衝撃砲 

 三連装15.5cm重力衝撃砲 

 粒子ビーム式対空機銃 

 艦首ミサイル 

 艦尾ミサイル

 煙突ミサイル

 舷側ミサイル

 艦対空迎撃ミサイル

 トランジッション波動砲

 防御装置

 ディストーションアーマー

 ディストーションブロック

 長距離航行手段

 ボソンジャンプ

 ワープ航法


 てな具合になってます。この辺の設定はもう変更ないでしょうね。復活篇を採用したことで底部ガトリングミサイルランチャーと格納式対空機銃のオミットが初期設定との一番の違いでしょうか。波動砲がさり気なくトランジッション波動砲になっているところも大きいですが、6連発ではありません。
 1993年の時には6連発波動砲とトランジッション波動砲は別物でしたが(トランジッション波動砲は波動エネルギーによる直接破壊のみならず、次元の穴を開けてそこに対象を落とし込むという平気だった。ブラックホール砲に近い代物だったらしい)、完成した復活篇では6連発波動砲を意味するようです。
 トランジスタと同じような語源だとするのなら、「切り替え」を意味する名称なので撃つ度に炉心を切り替えるという意味でしょうか?

 このヤマトも一応は波動砲の使用に耐えうる複合エンジンを使用しているのでトランジッション波動砲を装備する上での不都合は無いです。連装化したとは言っても全長が伸びた影響もあって、エンジンルームは第三主砲の手前までという脳内設定です。元々複合エンジンにしたのは“波動砲使用後の能力低下の軽減”であって、波動砲の連発ではなかったのですが、これまた復活篇のトランジッション波動砲が滅茶苦茶格好良かったので未完成型では半分の3発にして採用しました。威力は完結編時の1割増し程度を想定。

 全長が伸びているのは設定からの逆算によるものです。撮影プロップとしての大きさは280mだそうですが(これでも以前より伸びてる)ヤマト艦首底部に格納された搭載艇シナノの全長と格納スペースからヤマトの全長を逆算すると大体320mになります。

 この状態のヤマトはまだまだ不完全な状態ですので、物語中で1度大規模な改装を行います。プロローグの主砲口径51cm表記なのは誤記ではなく設定通りです。全長がここまで大きくなって、砲塔のサイズも比例して巨大化しているのに口径が46cmのままってインパクトに乏しくね? ってな感じもありましたので、超大和級から数字を借りて(あくまで大和絡み)グレートヤマトにしない代わりの強化プランとしてボアアップを用意しました。副砲の数字も意図して小さくしてますが、こちらは初期設定集の数字を参考にして、改良後に最近の20cmを採用します。武装もいくつか追加しますが、エンジン関係の強化が主でしょうか。
 例の6連炉心をそこで採用します。

 ぶっちゃけこの程度の提示はネタばれには含まれません。原作知ってる人なら途中で強化されてるのは知ってますし、最後まで同じ仕様のまま行くわけ無い事くらい予想がつきますからね。最初からやるにはあまりにも強過ぎるので自重しただけですし。



 防御装置としてディストーションアーマーとブロックしか採用していないのは、やっぱりヤマトが全周囲バリアー(これも設定上はそうなのですが)を使うのに抵抗が残った事とフィールドと言う形で覆ってしまうとヤマトの火器が使い物にならなくなるからです。ヤマトの戦闘の醍醐味は雨あられと降り注ぐ攻撃を受けつつも怯むことなく反撃する姿勢にあると思うので、通常のフィールドは展開出来ません。
 ナデシコとの兼ね合いを考えると、最低でもグラビティブラスト関連とディストーションフィールドとボソンジャンプを無かった事には出来ないので。簡単に煙を吹かせられないのが残念な仕様ですが(ヤマトのダメージ表現に黒煙は欠かせない)、あまり派手に壊しても真田さんが大変なので良しとします。パート1ゲーム版ではよく過労で倒れてましたし(笑)。

 内装面では特に格納庫の大型化が挙げられて、ミーティア何かを初めとする大型機の搭載もしやすくなったのですが、艦載機の搭載内容決定後にわかっても意味無いでんがな……。

 エステバリスの搭載数、もっと増やそうかな? コスモパルサーは60機搭載してるらしいし。ちなみに格納庫は艦底部のハッチ(2つに増設されているけど艦尾側は今まで通りの位置)の所から第一副砲の手前までのようです。

 あ、今回の小説用資料兼趣味として製作した「新生宇宙戦艦ヤマト」及び1年前まで小説用ヤマトだった「宇宙戦艦グレートヤマト」、本作品における機動兵器最強の「Gファルコンユニットガンダムダブルエックス」の改造品(改修が度々行われているためコンテンツ拡大気味)の写真は「どら親父のおもちゃ箱」にて掲載させて頂いております。

 管理人のどら親父さん、本当にありがとうございます。また、プロローグに出ている「改アンドロメダ級 1番艦 しゅんらん」はゲームが出典の艦ですが、デザイン及び色彩はどら親父さんの作例を基準としているので、ご覧になって頂いた方がブレが無いと思います(まだまだ登場先ですけど(爆)。フルスクラッチの見事な逸品ですよ! あのしゅんらんのおかげでグレートヤマトや新生宇宙戦艦ヤマトの製作と完成に漕ぎ着けるだけの情熱を燃やす事が出来ました。
 本当にありがとうございます!

 ちなみにグレートヤマト時代であっても頑なにヤマトのペイントとしての「錨マーク」に拘ったのは単純に「錨マーク付きのヤマトのデザインが好き」だからです。ファンにはだいぶ不評だったみたいですけど。だから復活篇で仮に付いていなかったとしても私の小説版では絶対に付いています。

 主砲の砲身に参戦章を付けるかどうかはまだ未定。復活篇では艦首と両舷に錨マークが付きましたが、第二主砲上部には付いていません(永遠にからIIIまでは艦首と両舷と第二主砲の上に錨マークのペイントが付き、主砲の砲身のみに参戦章が付いていた)。




 PS.ジュン君、戦闘班長就任+波動砲発射おめでとう!(新戦闘班長・上条了の中の人はジュン君と同じ)

 

 



感想代理人プロフィール

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プロフェッサー圧縮in小マゼラン星雲(嘘)の「日曜劇場・SS解説」


地球は〜宇宙を〜漂う〜船ぇと〜嵐が〜来るたぁび〜思〜い出すぅ〜(゜▽゜)

・・・ハイ、またお会いしましたネ、プロフェッサー圧縮でございマス(・・)

えー今回は引き継ぎ、引き継ぎ、また引き継ぎなお話でした(゜゜)

何処の世界でもそうですが、
前任者がいねえ引き継ぎほどタイヘンなものも無い訳で(爆)

しかも後任が前任より有能な場合なんて何処の異次元の話だよと(ry


・・・・・・おほん。


閑話休題、ヤマトの不死身ッぷりの源泉ですが。

わたくしは「愛」と言うよりも「祈り」じゃないかと思いマス(・・)

初代ヤマトは、"移民船"としての役割も果たせるように造られたと聞きます。

最悪地球は滅びても、種を絶やさぬように。

無論、前人未踏の29万6千光年・1年にも及ぶ無補給の旅を完遂するためには、移民船に要求されるスペックをクリアする必要もあったでしょう。

しかしそれ以上に、どんな結果になろうともヤマトには、彼らには生き残って欲しい。

そんな「願い」を、「祈り」を、ヤマトを造った人々は込めたのではないでしょうか(・・)


・・・・・・・・・・そーゆー意味では、ヤマト再生を担うスタッフに若干の不安が残るのですが(ぉ まぁその辺は、実際に建造が始まってスタッフが確定すれば分かってくるでしょう(゜゜)



さあ、次回作が楽しみになってまいりました(゜▽゜)機会があったら、またお逢いしましょう(・・)/

いやーSSって、ホント〜に良いものですねー。

それでは、さよなら、さよなら、さよなら(・・)/~~


                By 故・淀川長治氏と宮川泰氏を偲びつつ プロフェッサー圧縮

 


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