「こ、これはどうしたことだ……」

 その光景を目の当たりにした冥王星前線基地司令、シュルツはわが目を疑った。
 あの得体の知れない氷塊に怪しい動きがあると報告を受けたのは数時間前のこと。
 懲りずに地球がなんらかの反抗を企てていると考えたシュルツは、デストロイヤー級五隻、内一隻は高性能な観測装置を装備した艦を出撃させ、偵察と、必要ならば妨害を指示した。――悲しいものだと嘆息しながら。
 この間の冥王星近海での戦いすらも、シュルツにとっては無意味な抵抗としか思えなかった。
 降伏すれば屈辱に塗れてでも生きるチャンスはあるというのに、勝てもしない戦に幾度となく挑み、無駄に命を散らすさまはとても痛々しく、わずかな同情の念をシュルツの心に刻んでいる。
 シュルツとて軍人だ。軍人として国の命令に従い地球を攻撃しているわけだが、そこに地球への憎しみや嗜虐心があるわけではない。
 軍人としての誇りを持ち、部下たちを大切にしてきたシュルツにとって、祖国を救うため命懸けで向かってくる地球艦隊に対してはむしろ敬意を覚えるくらいである。
 だからこそ、同じ軍人として敬意をもって迎え撃ってきた。決して手を抜いたことはない。それが最低限の礼儀であり、死にゆく彼らの魂に対する報いであると。
 先日の戦いもそうだ。囮となった駆逐艦を沈めたあと追撃を指示しなかったのは、その無力さをもって今度こそ屈してほしいという願いと、せめてもの情けがさせたもの。
 そうしたシュルツのわずかばかりの憐憫の思いが、あの未確認の宇宙戦艦の出現に繋がってしまったのだろうか。
 いままでの地球の艦艇ならデストロイヤー艦一隻だけでお釣りが来るほどだったのに、今度は逆に自分たちのほうが容易く撃破されるとは。
 送られてきた映像は数十秒程度と短いものであるが、シュルツは何度も映像を戻しては可能な限りのデータを集めるように指示を出す。
 まさか、あの氷塊にあのような秘密が隠されていたとは。敵ながら完璧な防諜だったと賞賛するしかない。

「シュルツ司令。地球の放送を傍受したところによると、あの戦艦の名前はヤマト、宇宙戦艦ヤマトと言うそうです。また、ヤマトはイスカンダルに向かう、という内容も含まれていました」

「なにイスカンダルだと? そうか、やはりこの間の宇宙船は……」

 シュルツは歯噛みする。
 どうやったかは知らないが、あのイスカンダルに救援を求めていたとは……だとすれば先日の戦いはヤマトを完成させるために必要な使者を迎えるためのおとり作戦だった、と考えればあの無謀な戦いも納得がいく。
 ヤマトとかいう宇宙戦艦の戦闘能力は決して軽視できない。わずかな映像ではあったが、あの距離から、しかも副砲クラスの武装でわが軍のデストロイヤー艦の破壊する威力……桁違いの性能だ。
 あんな真似はわがガミラス軍の最新鋭戦艦、ドメラーズ級ですらできない所業。
 だがイスカンダルが関わっているのなら頷ける性能だ。あそこの技術力はガミラスにも勝るとも劣らないのだから。

「ガンツ」

 シュルツは片腕とでもいうべき副官を呼び出す。

「はっ」

 右手を掲げるガミラス式の敬礼をもって敬愛する司令官に答える小太りの男、ガンツ。

「すぐにこのことを本国に伝えろ。それと、デストロイヤー艦五隻と高速十字空母をすぐに派遣するのだ。航空戦力と連動して即刻ヤマトを攻撃する。だが無理はさせるな、まずはヤマトの分析が優先だ」

 ガンツはすぐさま了承して通信パネルに向かう。
 その姿を見送るとシュルツはモニターに映るヤマトの姿を睨みつける。

(地球人。その最後の抵抗の威力、しかと見届けた。だがわれわれにも引けぬ事情がある。必ずやこの手で打ち取ってみせるぞ、ヤマト!)






 一方その頃。ガミラスの駆逐艦五隻を危なげなく葬り去ったヤマトでは。

「やったな古代! 初めてにしちゃ上出来じゃないか!」

「おまえもだよ島! 見事な発進だったじゃないか!」

 親友同士仲良く互いを称え合う姿を、艦長席でユリカはほっこりとした顔で見つめている。
 仲良きことは美しき哉。こういう友情というものは、見ているだけでも心が温まるものなのだ。

「そうそう、二人ともよくやったよ。艦長直々に褒めてあげる。いい子いい子!」

 と言って頭を撫でるジェスチャーをする。
 本当に撫でてあげたかったがそこまで移動するのに時間がかかりそうだったので、ジェスチャーで我慢する。
 ジェスチャーを受け、それぞれ違った反応を示す二人の姿も微笑ましい。
 進は赤面して視線を逸らし、逆に大介は「ありがとうございます」と社交辞令的に会釈する余裕を見せる。実に対称的な二人だ。

「すごい……相転移砲ですらない、通常火器でこんなにもあっさりと……これがヤマト……!」

 ハリも想像の遥か上をいったヤマトの威力に興奮を隠せないらしい。
 いままでの地球艦艇は、グラビティブラストで敵艦を沈めようとしたらそれはもう至近距離にまで接近して相打ち覚悟で撃ち合うしかなかった。
 しかしヤマトはこんな遠方からただの一撃で撃沈させられる。
 あの苦難に満ちた戦いを退官したものであればこそ、ヤマトの威力は頼もしく映るのだろう。

「素晴らしい艦だ……これならガミラス相手でも不足ない。余程の大部隊でなければ対処のしようがあるだろう」

 ゴートも興奮を隠せずヤマトを褒めている。
 かつてナデシコで慢心し、火星で大失敗をした苦々しい記憶も思い起こされるが、それでも興奮せずにはいられなかった気持ちはわかる。

「まったくだわ――ユリカが頑張った甲斐があったというわけね」

 エリナも感慨深げに天井を仰いでいる。
 たしかにこの一年余りの死に物狂いの行動の結果が、このヤマトに集約されている。
 その戦いを支え続けた戦友である彼女にとっても、この小さな一歩が嬉しいのだろう。
 ふと視線を機関制御席のラピスに向ければ、高鳴る心臓をなだめるように胸元に手を当てている。
 かつて脱出船と侮った艦が、本当にガミラスにも通用する威力を秘めた戦艦だったのだと、痛感しているのだろう。
 それに彼女も実によくヤマト再建に尽くしてくれた。その成果がこうして表れているのが嬉しいのかもしれない。

「機関部のみなさん、発進は成功しました。ひとまずはご苦労様です。引き続きエンジンの管理をお願いします」

 と機関室に向かって労いと激励。
 再び機関士達の「うおおおおおぉぉぉ!」という雄たけびが響く中、「静かにしろ!」と山崎が叱り飛ばす声が聞こた。
 ラピスはそんな彼らの反応を意に介さず(いや理解できずにいるというほうが正確だろう)、「がんばってください」と笑顔で締めて通信を終えていた。
 その様子を見た真田が思わず「妖精パワーとは恐ろしいな……」と呻いている。うん、本当にそう思うよと、ユリカも相槌を打った。
 真田はヤマトの性能に驚くよりも先にヤマトのコンディションの確認に余念がないようだ。なにしろ力尽くで分厚い氷の天井をぶち抜いたのだ。艦橋上部のアンテナ類が壊れていないかは気になるだろう。
 ――壊れてないけど。

「ユリカの努力が報われた。この艦ならガミラスの妨害があってもなんとかできる。あとは、イスカンダルまでの道程か……」

 副長席でジュンも感慨深げに目を閉じて余韻に浸っていた。
 いままで散々辛酸を舐めさせられてきたガミラスに一矢報いた。ジュンもさんざん煮え湯を飲まされてきた軍人のひとり。感じ入るものがあるのだと思う。

 ユリカは各々の反応を一通り観察し終え、さてこれからのことを、と口に出そうとしたとき、電算室からルリが戻ってきた。
 なんとなくその姿を認めると同時に静まり返る第一艦橋。

「……真田さん」

 感情を感じさせない無機質な声色に、真田もすっと背筋を伸ばす。

「な、なにかなホシノ君」

「なぜ、第三艦橋行きの手段がフリーフォールなんですか?」

「いやぁ……戦闘中の往来も考慮すると、直通のエレベーターが便利だと思って、な。重力制御であまり加速度を感じないように調整してあるはずだが――」

「だとしても、怖いものは怖いのです。私、絶叫マシンとか馴染みがないもので」

 ルリの底冷えするような声に艦橋の空気も凍る。――こあい。

「――ん、ごほんっ! ル、ルリちゃん。いまさら改造なんてしてる余裕ないから、その、我慢してくれないかなぁ、なんて、ははは……」

 一応艦長としてフォローしようと声をかけるが、ギギギという効果音が聞こえてきそうな動きでルリの首がこちらを向くと、ユリカがぎくりと硬直する。

「……そう言えば、ヤマトの再建にがっつり絡んでいるんでしたよね、ユリカさんは」

「は、はいぃ〜」

 すっかり逃げ腰になってしまったが、艦長としてここで引けないと踏ん張る。

「もしかして、主犯はユリカさんですか?」

 ルリの瞳が怖い。
 じっとこちらを鋭く睨んでくる。
 ユリカは艦長の威厳を奮い立たせて視線を受け止める。
 ルリの瞳が怖い。
 じっとこちらを鋭く睨んでくる。
 ユリカはルリの視線の圧力に敗退した。

「うううぅっ。そのぉ、第三艦橋に電算室を置こう、って言ったのは……わ、私ですぅ」

 観念して白状する。
 機関部と波動砲の改造で、艦体中央部に大規模なコンピューター室を置けなくなってしまったことは、再建中に問題視されていた。
 そこでユリカは、以前のヤマトではあまり有効活用されていなかったらしい第三艦橋を使おう、という要望を出し、それが採用されていまに至る。

 そう、ユリカは断片的なイメージしか継承していないため、第三艦橋を襲った数々の不幸を知らないのだ。
 敵艦に張り付かれて爆破されたり、濃硫酸の海で溶け落ちたり、その後の航海でも被弾して大破したり、数々の強行着陸で艦体と地面に挟まれてしまったりとか。
 そういった不幸の数々を、まったく知らないのだ。


「なるほど、よくわかりました」

「で、でも直通エレベーターを考えたのは真田さんだからぁ! 私じゃないからぁ〜!」

 ついに視線の圧力に負けて部下を売る。
 艦長としてあるまじきその発言に「あ、ずるい」と真田も慌てる。

「まあいいです。……それより艦長、このあとの予定は?」

 ルリは自分から話題を逸らしてくれた。
 これ幸いとばかりにユリカは不自然なほど大きな声で今後の予定について語る。

「よ、予定、予定ね! え〜ゴホンッ! ヤマトは月軌道に到着後、小ワープのテストを行います。ワープ航法が成功しないことには、ヤマトはイスカンダルまで辿り着くことができません。ルリちゃんはハーリー君と協力してワープ航路の算出をお願いね。場所は結果がわかりやすい場所ならどこでもいいから。進路上に天体とかの重力源があるとワープ航路の湾曲はもちろんだけど、最悪ワープ空間から弾き出されて激突する危険性があります――今回は最初ということで入念な計算をお願いしますね。ただし、ガミラスの増援が来る可能性があるためできるだけ急いで」

 と、最後は艦長らしく凛々しい態度に戻って指示を出す。
 言ってから気づいたが、その手の計算を確実にするためには、ルリは電算室にトンボ帰りする必要がある。
 ……要するに、フリーフォール第二弾決定。
 おふっ……。

「了解しました――大丈夫、目を瞑れば怖くない、怖くない」

 自分に言い聞かせながらルリはシートのスイッチを操作、髪の毛を両手で抑えて再びフリーフォールで電算室に移動する。
 やっぱりハッチが閉じる瞬間に悲鳴が聞こえた。
 トラウマにならなければいいのだが。ユリカと真田は頬に汗が流れるのを感じた。

 ルリを見送ったあと「ちょっと休憩」とジュンに第一艦橋を任せて艦長室に上がった。座席をリクライニングさせて体を伸ばす。
 やはり体力がナデシコCの時よりもさらに落ちている。ちょっと気張っただけなのに疲労感が強い。
 逸る心臓を抑えるかのように痩せてきた胸元に手を当てて息を吐く。立ち上がるのも億劫なのでこのままシートで軽く休もうと目を瞑った。
 どちらにせよそれほど間を置かずにワープだ――はたしてワープの負荷に体が持つだろうか。少し心配になる。
 瞼の裏に思い浮かぶのは先程のルリの様子、くすりと笑ってしまう。
 発進から先ほどまでの出来事を振り返る。やはり自分は、『記憶』で断片的に垣間見た沖田艦長のように厳格な指導者にはなれそうにない。どうしてもナデシコのようになってしまう。
 それがいいことなのか悪いことなのかはわからないが、きっとこれが『私らしく』なのだろうと思う。
 これからもこの調子でやっていこう、過度に沖田艦長を意識しなくてもけ躓くだけ――。
 そこまで考えて不意に涙が流れたのを感じた。
 なぜ泣いたのかすぐにはわからなかった。
 だが気づいてしまった。
 いままで必死だったから考えずに済んだ、目を逸らしていられた事実にユリカは気づいてしまった。
 空虚感だ。
 あの時、第一艦橋の雰囲気はまさにナデシコそのものだった。
 明確な上下関係があるはずなのに緩くて、艦長だろうと平気で睨まれて萎縮して、変なバカ騒ぎをして……だからこそ強く意識してしまう。そこにいたはずの、いつもユリカの心を支えてくれていた王子様の姿が――ここにはないことに。
 ととめどなく涙が溢れてくる。
 いけない、持ち直さないと、旅は始まったばかりなのにこんなんじゃあ、最後までとても持たない。
 ……気が付くと声に出して泣いていた。溢れだす感情を抑えることができない。

(アキト……ずっと我慢して我慢してここまで来た。イスカンダルからの薬で体は少し楽になった。ヤマトの完成で、さあこれからだって気合も入れたけど。けど……やっぱり、寂しいよ。ナデシコの雰囲気に近づくと、どうしてもあなたのことを思い出して、寂しいよ……心細いよ……アキト――会いたいよ、そばに……いてほしいよ)

 声にならない懇願が、艦長室に木霊した。
 その慟哭を聞いていたのは、ヤマトだけであった。



 時間は少し遡る。
 アキトは自室で燻り続けていた。
 話し相手と言えたイネスもエリナもラピスも月臣も、みなヤマトに乗るための訓練で地球に降りてしまった。
 新型機のテストも完了して、今頃はヤマトに搬入されている頃だろう。つまりテストパイロットとしての出番はもう、回ってこない。
 みんなビデオメッセージで「ヤマトで頑張ってくるから留守をよろしく」などと一方的に告げて行ってしまったので、このひと月ほどは他人と会話していない。
 イスカンダルの技術のおかげで五感は回復したし、後遺症らしい後遺症もみられなくなったのは、いまは嬉しく思っている。
 あれだけ無意味だなんだと悲観していたのに、いざ回復してしまえば失われたはずの感覚がもたらす刺激が嬉しくて仕方がない。
 現金なものだ。
 自重するアキトだったが、いまはその喜びを分かち合う相手も、喜んでくれる相手もいない。
 孤独に朽ちていくことを望んだはずなのに……。
 そんな状態が長らく続いていた。
 アキトがベッドの上で何度目かもわからない寝返りを打っていたとき、突然アカツキからモニターを点けて放送を見てみろと言われた。ほかにすることもないし忘れられていなかったことが妙に嬉しくて、疑いもせずモニターを転倒させたのだが――。

「……なんなんだよ、これは……!」

 点灯したモニターには、ある意味アキトが一番恐れていたものが映し出されているではないか。
 艦長服と思わしき制服を着て壇上で語るユリカの姿。
 久方ぶりに見る妻の姿につい胸が熱くなったのは一瞬だけだ。高感度カメラで撮影されたであろうそれは彼女の姿を鮮明に映し出していた。
 だからこそ気づいてしまった。
 彼女の体の異変に。
 化粧で誤魔化しているようだが顔色が優れないように見えるし、どこか体の動きが緩慢で億劫そうに見える。
 それに杖を突いて歩いてる……。以前のユリカにあった、溢れんばかりの活力がない。
 アキトがいつの間にか惹かれ、愛するようになった、周囲すらも明るく励ますあの活力がほとんど感じられない。
 映像中のユリカはアキトの印象とは裏腹に、力強い言葉で目の前に整列している人々にヤマトとはなにか、これから自分たちがなにをするのかを説いているが、そんなものは頭に入ってこない。
 明らかにユリカは異常だ。
 あそこまで極端な衰弱が普通なわけない。考えられる可能性はひとつ。人体実験の後遺症だ。
 それも、自分よりもずっとずっと悪い。
 ――悪い予感は的中した。ユリカはやはり、あのヤマトに関わっていたのだ。それもかなり深く。

「アカツキ!」

 アキトは映像を最後まで見届けることなくインターフォンに飛びつき、アカツキを呼び出して問い詰めた。

「これはいったいなんだ、どういうことだ! なんでユリカがヤマトに乗るんだよ! どう見たって入院が必要な重病人じゃないか!」

 そんなアキトの様子を感情の籠らない目で見るアカツキ。
 その態度にアキトは無性に腹が立つ。感情のままに喚き散らそうとしたアキトを止めたのは、アカツキの落ち着き払った言葉だった。

「なぜって……そもそもヤマトを再建しようって言いだしたのはユリカ君なんだけど?」

 アカツキの言葉にアキトの心臓がキュッと縮まる。

「いやぁ、彼女は凄いねぇ。余命五年を宣告されてボソンジャンプしちゃ駄目って散々念押しされたのに、『ヤマトを再建しないと終わりだから私が頑張ります!』ってわが身を鑑みずにヤマトの再建に必要な下準備とか物資の輸送とかでとにかく跳び回って、八面六臂の大活躍ってやつ? それで余命半年を宣告されたのに今度は『私がヤマトをイスカンダルまで導きます。絶対に地球を救って見せます』って艦長に就任しちゃうんだもん。艦長の激務やストレスで半年持たずに死にかねないってのに――本当に凄いよ彼女は。もうさ、死んだっていいからとにかく世界を救いたくて仕方ないみたいだね」

 先ほどとは打って変わった茶化した言い回しに、ギリッと奥歯を噛みしめたアキトが激怒する。

「ふざけるな! なぜ止めなかった!? 実験の後遺症なんだろあの弱りかたは!」

「止めたって聞き入れなかったんだよ。彼女は自分の命と引き換えにしてでも、君が生きるこの世界を護ることを決意したんだ」

 アカツキの切り替えしにアキトは絶句する。

(――俺の、ため? ユリカは、俺を見限ってなんていなかったのか?)

「彼女は君がなにをしたのかすべて知っているよ。コロニー襲撃はもちろんのこと、エリナ君とのこともね」

「なっ!?」

「まあゲロッたの僕だけどね。聞きたがってたから」

「おまえ……!」

「おやおや、別に僕は秘密にしてくれって頼まれたわけじゃないし、美女の頼みは断らない主義なんでね」

 やれやれと首を振るアカツキの態度にアキトはいてもたってもいられなくなって、非常用のCCを使ってアカツキのところに跳ぶ。
 ジャンプしてきたアキトの姿を認めたアカツキは「あ、やっぱり来た」と呆れたような喜んでるようなよくわからない顔をする。

「まあ掛けたまえテンカワ君。話をしようじゃないか。それほど時間はないと思うから手早く行こう」



「艦長、ワープテストのプランが完成しましたので、第一艦橋に降りて来てください」

 なんとか泣き止んで気持ちを持ち直したユリカは、エリナからの呼び出しを受けて艦長席を第一艦橋に降ろす。
 さすがに第三艦橋直通ほどではないが、これも少しだけ怖いシステムだ。でも便利なので好き。
 艦橋に降りたユリカは、少し涙目のルリを見つけて口の端が引きつる。
 やっぱり怖い物は怖いらしい。
 真田も気づいているのだろう、ものすごく居心地が悪そうだった。

「ハーリー君と協議した結果、月―火星間なら障害物もなく、重力場の影響も少ないので最適だと判断しました。どう思いますか?」

 とルリがユリカの前にウィンドウを送って意見を求める。
 データを見る限りでは問題がなさそうだ、そう判断したユリカはすぐに決断した。

「よし、このプランで行こう。準備にどれぐらいかかりそう?」

「機関部門は準備に二時間ほど必要と判断します。エネルギーの充填はともかく、ワープエンジンの操作手順を改めて確認しておきたいので」

 機関制御席のラピスが計器類を見ながら報告する。始動したばかりのヤマトはエネルギーの備蓄も十分ではない。手順の確認も含めて、時間が必要なのはたしかだと頷く。

「そっか。わかった。でもできるだけ急いでね。いつガミラスに邪魔されるかわからないから」

「わかりました、艦長――少し席を外しても構いませんか?」

「? 別にいいけどどうしたの? トイレならエレベーターの横にあるよ?」

「違います!」

 ラピスが顔を赤くして否定する。おや、間違えたか。

「手順確認ついでに、部下の激励してきたいので」

「ああ、なるほどね。それなら問題ないよ、行って来てあげて」

「ありがとうございます。では後ほど」

 と言って座席を後退させて立ち上がると、軽く会釈をして第一艦橋をあとにする。

「あの子も変わったわね。昔はあまり感情を表に出さなかったのに」

 感慨深く語るのは、最も関わりの深いエリナ。
 言葉は必要最低限、歯に衣を着せぬ発言が多かった。しかし最近では教育の成果なのか、言動に変化がみられる。
 ただ、やはり実社会での経験値が少ないためか割と天然気味なのが気にかかるところ。
 と、先日エリナに語ったら「あなたが言っても説得力がない」と言われてしまった。どういうことだろう?

「人って、変わるものですから」

 何気なく言ったつもりだったが、旧ナデシコ組の面々は表情が曇った。
 しまった、やぶ蛇だったか。きっとみんな、アキトのことを……。
 この調子だと目が充血気味で瞼も腫れぼったいことにも気づかれているのだろう。
 その理由もおおよそ見当がつくだろうからそっとしていてくれているのだと気付くのは、難しいことではない。
 ……これ以上この空気であることは耐えられそうにない。ユリカは話題を変えるために真田にも念を押しておくことにした。

「真田さん、艦内のチェックを急がせてください。それと、ワープ明けしたら艦の再チェックも怠らないように。昔のヤマトのデータを基に復元したといっても、あちこちに手を加えていますから。どんなトラブルが起こるかわかりません」

「わかっています、艦長。ウリバタケさんにも言っておきますよ。もっとも、言わなくても今頃あちこち艦内を駆けずり回ってるでしょうがね」

 暗に気遣ってくれたのだろう、冗談めかして語る真田に感謝する。みなもそれに乗ったのか、それともウリバタケの所業を知るからだろうか。全員が苦笑いの表情。
 ……いや実際後者の比重も大きいのだろう。実際のところ、いざヤマトに乗り込むなりウリバタケはテンションも高くあちこちで騒いでは、壁に頬擦りしたり未知の技術に目を輝かせ涎を垂らしたりと、周りがドン引きするほどの盛り上がっていた。
 そりゃもう出航の緊張感とかヤマトの使命感とかが、銀河の彼方に吹っ飛びそうなくらい。
 やはりと言うかなんと言うか、ヤマトの再建計画に関われなかったことも悔しいらしく、いろいろとデータも漁っている様子。おそらく彼なりに改造計画でも練っているのだろうが、「ヤマト自爆スイッチ」とか「第三艦橋特攻爆弾」とかを勝手に設置されては困る。
 ロマンだ何だと、かつてアキトの屋台に色々不必要なギミックを仕込みまくったことを、ユリカは忘れていない。
 あの男は必ずヤマトを見ればそういったギミックを仕込むに違いないという疑いを、ユリカは払拭できなかった。要監視体制を引いたほうが無難だろう。
 ユリカにしてみれば新型機動兵器の開発に関われただけマシだとは思うのだが、技術者魂とやらが納得しないらしい。……あの新型を「機動兵器版ヤマト」としか形容しようのない怪物に仕立て上げた張本人のくせに。
 つくづく配備が間に合わなかったことが悔やまれるが、肝心のウリバタケがあまり騒がないのはなぜだろうか。
 しかし追及している時間はなさそうだ。これからのテスト準備も忙しいし。

「相変わらずですよねあの人は。奥さんとお子さん、心配しているでしょうに」

 とはジュンの言葉。
 そもそもユリカがウリバタケに声を掛けなかったのは、奥さんと子供のそばにいてあげて欲しいという個人的な要望による。この一大事だ、離れるのは辛かろうと。
 だから新型機の開発にしても実際にテストを行っていた月面ではなく、地球に滞在したまま携われるようにさまざまな配慮がされたというのだが。あまり感謝はされていないようだ。

「ああ、そうだそうだ。念のためクルーの皆にワープについて説明しないといけないね」

 ユリカ自身はワープ航法は勿論、ボソンジャンプに関する知識はかなりあるほうだが、みなはそうではない。
 彼女は演算ユニットと弱々しいながらもリンクを保っているため、意識していれば自分の周囲数十キロの範囲で空間の歪みを知覚することができる。
 これはユリカの体がいまや演算ユニットの端末に近い存在へと変貌しつつあるからこそ得られた、副産物とでもいうべき能力だ。つまり、それほどまでに彼女の体はナノマシンに侵食され、改変されているということ。
 先の冥王星海戦でユリカがガミラスの小ワープ戦法への反応が早かったのは、彼らの次の手を予測していたのもそうだが、その超感覚とでもいうべき代物で知覚できてしまったから、というのも含まれている。
 いまでこそイスカンダルの治療薬でナノマシンの活性化を強引に抑えているので知覚はできなくなったが、そうでもしないとワープのたびにナノマシンが(ジャンプ時ほどではないが)活性化して、早々に倒れてしまうかもしれないほどユリカの体は不安定であった。

「わかり易さもそうだけど、できるだけみんなの緊張も解きたいし……いっちょやるしかないかぁ……医務室に繋いで」

 エリナはユリカの言葉の意味を悟ってか顔が歪んでいた。

「まさか、やるの?」


 エリナの様子に真田もユリカがなにをしようとしているのかを感づいた。
 彼女とは同僚ではあるし自身も仕事の関係でやるにはやるし、楽しいのだが……彼女のあれはもはや趣味の領域で無駄に凝っている。
 正直あのノリにはあまり巻き込まれたくはない。
 ――まあ自分の話題についてこれる女性なので好ましくは思っているが。それはそれというやつだ。

「やります――恥ずかしいけど乗組員に過度な緊張をさせるわけにはいかないので、ガス抜きも兼ねて。ルリちゃんも覚悟を決めてね!」

「えっ……? まさか、ただ単に話すだけじゃなくてあれやるんですか?」

 察しがつかなかったらしいルリも、ようやく悟ったようだ。ご愁傷さま――。

「うん。恥ずかしいけど恒例だしね。中央作戦室ならスペースは十分だよね? エリナ、悪いけど着替え手伝ってくれないかな? ひとりじゃもう満足に着替えできないから……」

「ギャグ展開にしれっと深刻な話題を挟まないでよ!――ああもう仕方ないわね。ほら移動するわよ」

 呆れた顔で言いながらもエリナは通信席を立ち、杖を突いて歩くユリカの傍らに寄り添う。なんだかんだ言いながら面倒見のいい、素晴らしい人だと思う。
 中央作戦室はヤマトの艦橋(鐘楼)の土台部分にある。
 第二艦橋の二倍近い面積の巨大なブリーフィングルームで、床には高解像度のモニターに立体映像投影装置などが設置され、第三艦橋の電算室ともリンクし、大容量のデータも軽々扱える施設だ。
 当然、今回のような用途で使うような場所では断じてない。

「あ、ついでに真田さんも参加してね」

「えぇっ!?」

 予想外の飛び火だった。



 一方ラピスは宣言通り機関室に足を運び、電子と紙、双方のマニュアルを突き合わせて手の空いている機関士たちと、システム操作手順と注意事項の確認を行っていた。
 なにしろ完全に未知のエンジンであるため、全員が一様に不安を顔に張り付けながらの作業となった。
 ラピス自身もプログラム関係や計器を見ての制御はともかく、実際に工具を持ってエンジンに触れられるほどの工学技術を持ち合わせていないため、不安はあった。
 が、上司として勤めて表に出さないように心掛け、部下たちの不安を和らげるべく、柔らかく微笑んで「あなたたちならきっとできます」と鼓舞する。
 笑顔が人の心を和らげるのだということは、ユリカから学んだことだ。だから自分もそれに倣っていく。
 ラピスは自分なりの決意を固めヤマトに乗った。
 無論機関士と言うわけでもないラピスが長に収まることを嫌がった者もいた。当然だと思う。年端もいかない小娘であるし、体格的に力仕事には不向きであるし、なにより手先の器用さというか技術力という点では、ベテランどころか学校を出たばかりの新人にも負けていると思っている。
 だがコンピュータプログラムに関しては自分に勝るものはいない。いるとしたらそれは部署の異なるルリかハリだけ。それにエンジンの再建に深く関わった自分は接続された六連相転移炉はもちろんのこと、波動エンジンのメカニズムにも理解が深い。
 全体を統括してデータ処理したり、エネルギー分配の管理ならベテランにだって負けはしないと意気込んで実力を見せ、副官として叩き上げの山崎が付くことを条件に長となった。
 その決断を裏切らないためにもしっかりしなくては。

「この手順なら問題なさそうですね。あとは本番で結果を出して、乗組員全員にわたしたちの実力を見せつけましょう。みなさんの実力を発揮すれば大丈夫。頑張っていきましょう」

 と締め括り機関室での準備は終わった。解散した機関士一同は所定の配置に付き、ワープテストの準備を進めていく。
「ふうっ」と軽く息を吐いて第一艦橋に戻ろうとするが、慣れないことの連続で疲れたのか少しよろめいてしまう。
 それを支えてくれたのは、資料の片づけを手伝ってくれた太助だった。

「大丈夫ですか、機関長?」

「大丈夫。ちょっと足がもつれただけ――ありがとう徳川さん。徳川さんこそ気を付けてね。頼りにしてますから」

 と頭を下げて微笑をプレゼント。これは普通に感謝の気持ちだ。太助は赤くなってどもりながらも「大丈夫ならいいんです!」と送り出してくれた。
 ラピスはどことなく嬉しそうな太助の様子に「自分でもちゃんと人の上に立てるんだ。これからもこの調子で頑張ろう」と軽い足取りで機関室をあとにしようとした。

 その時、独りでに艦内の至る所にフライウィンドウが立ち上がったり、使われていなかったモニターが起動して、軽快な音楽が流れだす。

「三……二……一……どっかぁ〜ん! なぜなにナデシコ〜〜!!」

 という、ユリカとルリの声が突如として艦内に響いた。開いたウィンドウとモニターはすべて同じ画面を映している。
 映像にはウサギさんの着ぐるみを着たわれらがミスマル・ユリカ艦長と、児童向け番組の司会のお姉さんとでも言うべき格好をした、チーフオペレーターのホシノ・ルリの姿が映し出されていた。
 ついでに端っこのほうには頬を羞恥で赤くした、トナカイの着ぐるみを着せられた工作班長、真田志郎の姿もある。
 艦内の全員がいきなり始まった得体の知れない番組に固まる。

「おーいみんな、あつまれぇ〜。なぜなにナデシコの時間だよ〜!」

「――あつまれぇ〜」

 とノリノリなようでやっぱり恥ずかしくて頬を赤くしたユリカと、同じく恥ずかしがって赤くなっているルリ。
 その横で「なぜこうなった」と己の不運を呪っている真田と、カオスな状況が映し出されている。
 背後には『なぜなにナデシコ!! ヤマト出張篇〜初めてのワープ〜』などと書かれたがセット置かれている。ご丁寧にクレヨンとか鉛筆で書いたような丸っこくて、本当に児童番組そのものの字体。
 ついでに役者たちの前には、これまた児童向け番組に在りそうな紙芝居とか人形劇とかで使いそうな舞台のセットが置かれている。
 悲壮な覚悟と崇高な使命感をもって乗艦したはずの乗組員達は困惑を隠せないでいる。 だが唐突に悟った。
 たしかにあのユリカの演説は正しい。
 彼女も相応の覚悟と使命感を持っていることは疑う余地がない。
 だが、彼女は、彼女は。
 ――いろいろな意味で著名な『あの』機動戦艦ナデシコの艦長さんだったのだ。

「えっ……なにこれ?」

 ラピスのセリフは、おそらく初めてナデシコのノリに触れる全員の心情を代弁していたと言えよう。
 ただしラピス自身は頬を染めて「ウサギなユリカ姉さん可愛い。モフモフしたい」とか少々見当外れな感想も抱いていた。

 なお、解説自体は児童向け番組の体制を取ったことから、非常にわかりやすくかつ丁寧にワープについての情報を乗組員一同に伝えることに成功し、思いのほか好評ではあった。
 ヤマトのワープシステムは、波動エンジンの後部に取り付けられた『イスカンダル製ワープエンジン』を使用して機能する。
 このエンジンと、波動エンジンが生み出す波動エネルギーの時空間歪曲作用がなければ、イスカンダル方式のワープ航法は成立しない。
 波動エンジンが生み出す波動エネルギーとは、言うなれば『波動エンジン内部で生成される、自然界には存在しない超高出力タキオン粒子の発する波動』だ。
 波動エンジンの内部でなければ生成できないというのがミソで、仮に自然界に存在するタキオン粒子を収集したとしても、ここまで効率的に時空間を捻じ曲げることはできない。
 ヤマトはこれを、ワープエンジンと一体になっている『空間歪曲装置』に利用し、効率的に時空間を歪曲することで、ワープに必要なゲートを開いているのだ。
 エネルギー消費量自体はすべてを使い切る波動砲よりはマシだが、かなり激しい部類に入る。
 従来のヤマトでは、エネルギー増幅装置であるスーパーチャージャーの搭載と合わせて、ワープを複数回連続で行うことで超長距離を一気に移動する『連続ワープ』が可能であった。
 無論、新生したヤマトもスペック上は同じワープ、いやそれ以上のワープができるだけの出力を有している。もしこれが使えれば、イスカンダルまで一ヵ月未満という凄まじい速度で到達が可能になると試算が出ているほどだ。
 しかし新生したヤマトはデータの欠損などの影響もあり、肝心の連続ワープ機関の復元がまるで行えなかっただけでなく、艦全体の完成度が以前のヤマトに及んでいない。
 技術的に未熟であるにも拘らず、背伸びした改修を加えた弊害といってしまえばそれまでではあるのだが。
 特に、ワープに伴う人体への負担の問題が深刻で、いまの段階で無理に実行しようものなら、ワープに伴う強烈な加速度と空間歪曲の負荷で命を落とすのが確実とされている。
 そのためワープに必要なエネルギー自体はむしろ有り余っていると言っても過言ではないにも拘らず、艦体への負荷はもちろん、人体への影響などを考慮した結果、最低でも二四時間以上のインターバルを置くことが望ましいとされ、ヤマトの航海スケジュールもこれをもとに算出されている。
 今後の航海でデータを収集し、ワープシステム関連の改良が進められるのであればオリジナルには及ばずとも、限定的な連続ワープの再現は可能かもしれないと言われてはいるが、工場区画を持つヤマトと言えど、航行中での改良には限度があるため基本ないものと考えられていた。
 それでも、いまのヤマトは単発のワープであっても最長二〇〇〇光年は跳べると試算が出ており、今後のエンジンの調整次第ではもう少しは伸ばせるとも言われている。
 また、最長距離はあくまで理論値である上、実際は天体の重力場だったり空間歪曲の具合などで変動するたま、常にその距離を飛べると言うわけでもない。
 銀河の中は星々や、その中央にあって銀河を形成している超大質量ブラックホールの重力場、銀河間空間では銀河同士が重力で干渉しあっているとも言われているなど、大なり小なり影響を除外する事は難しいのだ。
 それに、ワープ航路を選定するためにはコスモレーダーによって広大な宇宙の詳細な観測が要求されるが、そのレーダーの感度は周囲の環境などで左右されるため、ワープの限界距離を決定付ける要因のひとつであり、ヤマトはその性能も以前に比べて衰えていると考えられていた。

 ……までは予定どおりの内容だった。が、イネスが悪乗りしたことで内容が脱線していき、以下の内容が追加された。
 それは波動エネルギーの活用についてだった。
 波動エンジンからエネルギーを取り出す際、波動エネルギーはそのエネルギーを電力などに変換される。
 エンジン内部のタービンやエネルギー変換装置などを使用して行われ、エネルギーを失った波動エネルギーはただのタキオン粒子になる。
 タキオン粒子と波動エネルギーは似て非なるものであり、タキオン粒子を波動砲と同じ手順で撃ち出したとしても、威力は格段に見劣りする。
 また、波動エネルギーの作用で強化されているディストーションフィールドやグラビティブラストに関しても、同様の威力は出ない。
 しかしヤマトの補助エンジンを除外した推進機関全般は、この搾りかすとでも言うべきタキオン粒子を反動推進剤にすることで、莫大な推力を得ていると説明された。

 ちなみに『なぜなにナデシコ』放送されたあと、ただでさえ高かったルリの人気はまた一段と跳ね上がり、戦後は知名度が低かったユリカも『いろんな意味で』乗組員の心を掴んで人気者となった(顔を赤らめ、普段の物と違って可愛い装飾のされた杖を使いながら、ヨタヨタと着ぐるみ姿で動く様が、なんか可愛いモフりたいと評されたことが原因)。
 惜しむらくは病気のせいでかつての美貌が損なわれていることと、人妻であることか、と言うのは某メガネの技術者の談(なお「人妻がこんな格好で」と一部マニアックな層には受けたとか)。
 この映像は、後に疲れた一部乗組員たちの心を癒す清涼剤になったとかならなかったとか。
 同時に付き合わされた真田には各所から同情の念が寄せられ、しばらくは誰もが無言で労を労ったものだ。
 ――笑いをこらえた顔で。
 余談だが、撮影セットの横ではただでさえ筋力が低下して久しいユリカが、着ぐるみ姿でヨタヨタと動いているのをハラハラと見守るエリナがいたり、久しぶりのセットをぱっぱと用意したウリバタケが別カメラでこの映像を撮影して、後に『転売』したり、脚本と演出を担当したイネスは感無量と満ち足りた顔をしていたり、万が一ユリカが倒れた時に備えて医療セットを抱えて見守る雪がいたり。
 中央作戦室も結構大変な状況になってたという。

 おまけのおまけとして、撮影後に中央作戦室に突入したラピスは、着ぐるみを脱ぐ前のユリカに抱き着いて、思いのほか毛並みのいい着ぐるみに頬擦りしたり抱きしめて貰ったりしてご満悦だったり。
 ――ルリも便乗したとか。



 そんなバカみたいな展開を挟みつつも、第一艦橋でもワープの緊張感が徐々に支配し始め、特に運行責任者である大介は操作手順を繰り返し何度も確認し、額の汗を幾度も幾度も拭っていた。
 なぜなにナデシコを見た時は、隣の進と一緒に爆笑しながらも内容にしきりに感心していた大介だが、いざ本番が近づくと生来の生真面目さから徐々に余裕を失っていった。
 そんな大介に横からハンカチが差し出される。隅のほうに花の刺繍がある白いハンカチ。女性が好みそうなデザインだ。

「そんなに緊張していたら、体が持たないわよ」

 ハンカチを差し出したのは、生活班長の任についている森雪だった。
 本来艦橋とは無縁のはずの雪なのだが、ユリカの介護担当者でもあるため第一艦橋への入室自体は認められている。艦長室にもフリーパスで入れるのは彼女とイネス、ついでに進むくらいだろう。
 また、意外と才女なのでその気になればオペレーターとしても役に立つ技量を有するため、普段は空席の副オペレーター席に着席してルリのアシストを行うことも任務に含まれている。
 普段は艦の生活必需品の補充や清掃、調理部門やら医療部門やらの統括者として結構忙しいらしいのに。
 しかしそれを軽々こなしてしまう要領の良さが、彼女の強みであり魅力なのかもしれない。
 いまもきっと、仕事の合間を縫って友人である大介の激励に来たのだろう。

「そうだぞ島。いまからそんなんじゃ、イスカンダルどころか太陽系を出る前に石像になっちまうぞ」

 雪に便乗して隣の進も軽口を叩いている。――いまはこういうふたりの気遣いがありがたく思える程度には、大介もふたりに心許していた。
 進とは学校以来、雪とはナデシコで出会って以来の付き合い。特にこの三人はユリカを交えた輪の中に取り込まれただけあって結束が強い。
 進とは雪を奪い合う間柄であるので牽制は多少飛び交うが、それでも友情に亀裂が入るのかと言われれば強く否定できる。もしもこの想いが果たせず雪を持っていかれたとしても、祝福できるだろうと思う。

「ありがとう、二人とも。だがな、メカニズムが完璧に動作したとしても、俺が操縦ミスをしたらヤマトは終わりなんだ。緊張するなってほうが無理だろ」

 雪から渡されたハンカチで汗を拭う。
 そんなとき、なぜなにナデシコを終えて艦長席に戻ってきていたユリカが、

「まあこの場合は両方とも正しいかな。でも大介君、肩の力を抜かないと却って失敗しちゃうってのは本当だよ。リラックスリラックス」

 これまた軽く笑い飛ばした。
「しかし」と反論すると「しょうがないなぁ」と艦長席を立ち、杖を突いて歩くと大介の隣に移動すると身を屈めて、

「ふぅ……」

 優しく耳に息を吹きかけられた。思わず「わあっ」と飛び上がった大介を見てケラケラ笑っている。

「だからリラックスだよ大介君。なんなら私と進君で脇をくすぐってあげようかぁ?」

 杖から放した右手をワキワキさせる。進も便乗して両手を掲げて指先を動かしながらニヤニヤと笑う。
 この二人、本当に仲良くなったものだ、と思いながらも大介は「も、もう大丈夫です」と大きく息を吐いて椅子に体を預ける。
 多少強引であったが大介は肩の力が抜けるのを感じた。憮然とした表情をしながらも心の中で感謝の言葉を贈った。

 そんなやりとりを一歩引いた位置から見ていたエリナは、どうしても痛ましい気持ちを隠せないでいた。
 急になぜなにナデシコを始めたことといい、ユリカが自分を抑えられなくなっているのは明白だった。
 いままで抑えてきた反動が来ている。彼女はこの一年余りにも無茶を重ねすぎた。むしろよく我慢してきたと思う。
 いままで彼女を支えてきたのは間違いなく心の、意志の強さ。
 それがブレてしまえば、きっと崖から転がり落ちるようにあれよあれよという間に弱り切って……。
 ずっと見てきたのだ。ユリカが血反吐を吐きながらすべてはアキトのためにと必死になっていたさまを。

『――エリナさん。どうして、どうして私は、私たちは、こんな目に遭わないといけないんですか? 火星に生まれたから? 私は、私はただ私らしくいられる場所が欲しかっただけ、アキトと一緒に、どこにでもあるような普通の家庭を持ちたかっただけなのに、なんでなんですか? 火星に生まれただけで、なんでこんな思いをしなきゃいけないんですか? 私は、私たちは、実験素材にされるために生まれてきたわけじゃないのにぃ……! 助けてエリナさん、助けて、助けてよぉ――』

 疲労と本人曰く、全身がバラバラになりそうな激痛で倒れたユリカが、いつになく弱気になって自分に縋り付いて来た時のことを、ふと思い出す。
 いたたまれなかった。
 かつては自分も彼女らを食い物にしようとしていたことを思い出す。その時はとにかく胸が痛かった。
 ナデシコに乗らなければ、例え火星の後継者が生まれなくても自分たちが彼女たちに同じような仕打ちをしていたかもしれないのだ。
 絶対に報われて欲しい、このまま悲劇的な末路を迎えて欲しくない。
 そうでなければ、本当の意味で自分はアキトを諦めることができない。
 仮に彼女が死んでアキトを手に入れる機会が来たとしても、ユリカの存在に一生縛られることになる。
 彼女の犠牲なくしてアキトと結ばれることはない。だが彼女を失うのはいまの自分には辛い。彼女を犠牲にしてまで遂げるべき想いではないのだ。
 絶対に死なせたくない。生きて、彼のところに送り返してやりたい。
 だが、彼女の生存は、それこそ奇跡が起こらない限り絶望的なのだ。
 その奇跡を起こせるのは、このヤマトとイスカンダルだけだとエリナも疑ってはいない。信じるに足る情報は、エリナもユリカを介して得ている。
 いまはその奇跡に掛けるしかない。
 ……彼はまだ、燻っているのだろうか。
 ユリカの意向もそうだが、いまの彼では戦えないだろうと置き去りにしてきたアキトのことを思い浮かべる。
 彼がここにいてくれたら……ユリカはイスカンダルまで安泰だろうに。せめて帰るまでには気持ちの整理をつけていてほしいが……。

「ワープテスト三〇分前。各自は所定の位置にて待機ね」

 島をからかい終えたユリカが艦内放送で指示を出している。
 嗚呼、彼女はいま心の中で大泣きしているではないか。後ろ姿をみればわかる。この一年、ずっと見てきた背中だ。
 それでも艦長として立派であろうと表情には出さないように努める姿のなんと痛々しい。
 ――助けてやれない。自分では。
 彼以外には、救ってやれないのだ。

 ユリカの指示を受けて、いよいよと緊張が高まる。
 各々がワープの手順や注意事項を思い出す……のだが、なぜなにナデシコが連想されて顔が緩む。緊張感を削ぐほどではないが、いい意味で肩の力が抜けてテキパキと作業を進める事ができている。
 最初は驚いたが、案外有効なブリーフィングなのかもしれない。そんな考えが浮かぶくらいには心に余裕を持てた。
 それを吹き飛ばしたのは、予想どおり攻撃を仕掛けてきたガミラスだ。

「艦長! レーダーに反応、ガミラスの艦艇が接近中! 数七、空母が二隻含まれています!」

 ワープテストのデータ収集のため第一艦橋に上がってきたルリの報告が響く。
 雪はすぐに第一艦橋を飛び出して自分の担当部署に戻り、ユリカも杖を突き、遅々とした足取りで艦長席に戻る。

「推定距離八〇万キロ。月の影になっていたため探知が遅れた模様です。接近してきます」

「こちらを射程に捉えるにはまだかかるはずだ。古代君、ヤマトはワープテストのためにすべてセッティングされていてどの武装も使えない。航空隊の発進用意をするんだ」

 ジュンが対応の遅れているユリカの代わりに指示を出す。

「了解! コスモタイガー隊はただちに出撃の準備を! 艦長、俺も出ます!」

「気を付けてね進君。あなたたちなら勝てる! 私信じてるから!」

 ユリカの激励を背に受けて、進は艦載機格納庫に向かって走り出す。
 なにがなんでもヤマトを護って見せる。
 この艦が、ヤマトが人類最後の希望なのだ。
 ワープテストの邪魔はさせない。

 俺たちが、最後の希望なのだから!






 ついに出航した我らが宇宙戦艦ヤマト。

 人類は君に全てを託しているのだ。負けるなヤマト、決して折れてはいけない!

 再び奇跡を起こす時が来たのだ!

 地球生命滅亡と言われる日まで、

 あと三六五日



 第三話 完



 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

    第四話 ワープテスト! 出撃、ダブルエックス!!



    それはもうひとつの希望への力

 

 

第四話 ワープテスト! 出撃、ダブルエックス!! Aパート







感想代理人プロフィール

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代理人の感想 
女性用隊員服ワロスw
まあ時代だよなとw
第三艦橋もねえ、ああもわかりやすく飛び出してるとねw

後シュルツ好き。
新ヤマトで一番好きになったキャラかもしれない。(二番目はゲール)



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