「やっと収まるべきところに収まった、って感じかぁ。これで少しでもユリカの心労が減ることを祈るわ」

 やれやれ、と第一艦橋のメインパネルに……そう、『メインパネルに映し出された』医務室の様子をみたエリナがため息を漏らす。
 ようやくこれで、アキトを完璧にあきらめることができると、清々しい表情だ。
 わざわざ気を利かせて人払いをした甲斐もあったというもの。

「そうですね。気持ちが前向きなら、イスカンダルまでユリカさんが持ちこたえる可能性がぐんっと上がりますし」

 頬を赤くしながらも、二人が元通りになったことが嬉しくて仕方ないルリが、弾んだ声で同意する。

「にしても、これからどうするんですか? さっきの戦闘のといいこれといい、全艦放送で全員見ちゃってるんですよ?」

 常識人のハリの指摘に全員が視線を逸らす。多少の後ろめたさはある模様。

 「ダメなんですか? アキトもユリカ姉さんも嬉しそう。こんなの見たら誰もからかわないと思うけど」

 わりと純真な、それでいて常識不足で天然なラピスがそんなことをいう。結論のみ語るのであれば、アキトは後日バッチリからかわれて赤面することになった。

「ふむ、離れ離れになった恋人同士の再会か……確かに、からかうのは野暮と言うやつだな――それにしても、よかった……」

 大人な真田に対して、

「しかし、艦長も発進早々大泣きしてラブロマンスとは。俺たち人類最後の砦じゃないんですかね? とりあえず、ブラックコーヒーでも飲みたい気分ですね、うんと苦いの」

 珍しく大介は軽口を叩いていた。
 とは言え涙を流しながらいまだに抱き合ってお互いの唇を深〜く求めあっている二人に、呆れるやら喜ばしいのやらと、判断が付きかねている表情。

「いいんだよ島。俺たちが守るべきなのは、本来ああいうどこにでもある当たり前の光景なんだ。それを奪おうとする奴は、誰だって許しちゃいけない。どんな理由があってもだ」

 進はユリカと互いの身内についての想いを散々打ち明けあった仲だ。もはや身内同然のユリカの幸福を茶化すようなことはせず、ただただ心からの祝福を送る。
 あの二人が真の幸せを手に入れるためにも、ヤマトの失敗は許されない。なにがなんでも成功させなければと、決意も新たに拳を握った。

「そうですけど古代さん。私たちが戦っているのは人格を持った生命体の可能性があります。だとすれば、いままで私たちが撃墜してきたガミラスの兵器にだって、ああいった人たちが乗っている可能性が十分にあります。私たちはガミラスについてまったくの無知です。もしかしたら最前線で戦っているのは、私たちと同じのような兵士かもしれない。それを履き違えてガミラスのすべてを憎むのは、私は嫌です」

 ルリが釘を刺す。
 進の意見は個人的には賛成だ。ルリとていかなる理由があろうとこの二人を引き裂いた火星の後継者の連中と、いま地球を滅亡に追いやろうとしているガミラスを許すつもりは毛頭ない。
 だが進の意見を推し進めた先にあるのは、かつての木星や火星の後継者なのだ。そのことが頭を過ってついつい口を挟んでしまう。

「……わかっていますよ、ルリさん。でも敵は敵、味方は味方です。もしも、もしもガミラスに深刻な理由があったとしても、地球にしたことを認めるわけにはいかない……これから先、ガミラスと和解できる可能性があるとしたら、その時になってから考えればいいと思います。まだ俺は、兄さんを奪われた怒りを、憎しみを忘れていない。艦長をここまで追い込んだ元凶の一つだってことを、忘れてない。ルリさんだってそうでしょう?」

 拳を震わせて力説する進に「すみません、きれいごとを言いました」とルリが謝る。
 進はルリの真意を理解しているのでそれ以上なにも言わない。いや、言うべき言葉がみつからない。
 あたりまえだ。この考えはどちらも等しく正しくて、間違っているのだから。
 理屈のみでいえばルリが、感情を考慮すれば進が正しい。絶対の正解がない問題なのだ。二人ともそれがわかっているから、それ以上の言葉を発することがない。

 ある意味ではアキトの所業にも接触する事柄なのだから当然と言えよう。
 いかなる理由があれど、アキトが世間に顔向けできない行動をとったことは揺るがない事実。だからこそ一度は自分達の元を去ったのだ。
 ネルガルと宇宙軍が結託して誤魔化してくれなければ、そしてガミラスの襲撃で追及するどころではなくなったのでなければ、アキトはテロリストとして指名手配されて二度と帰ってこれなかった。
 それどころか妻であり行動の動機ともなったユリカの人生はもちろんめちゃくちゃになるだろうし、ナデシコの仲間たちにも飛び火しかねない問題だった。

 人は、道を外した者に厳しい。そしてそれに連なるものにも鬼となる。
 汝隣人を愛せよ。罪は憎めど人は憎まず。
 とっくの昔に答えは出ているのに、人はいまだにこれができない。
 それがいい事なのか悪い事なのか、それは誰にも断言できることではないのかもしれない。
 ただ言えることがあるとすれば、できるだけ多くの人が報われて欲しい。その切なる願いだけだろう。



 その後なんとか落ち着いた(満足した)ユリカは、杖を第一艦橋に置き去りにしてしまったこともあって、アキトにお姫様抱っこをねだって第一艦橋へ戻ることになった。
 ちょっと恥ずかしいけど至福の時間だと、お互い最初は思っていた。
 医務室を出てすぐ数名のクルーに遭遇するまでは。
 なぜか全員が感動を顔に張り付けて「おめでとうございます艦長! なにがなんでもイスカンダルに行きましょう! 旦那さん、俺たちも全力を尽くします!」と熱く語ってくる。
 もしかしなくても、と二人は顔を見合わせて青くなる。
 火星の時みたいに、クルー全員に聞かれたかも……。
 おっかなびっくり第一艦橋に上がったら、どこから持ち出したのか、クラッカーの祝福を受けた。それによって二人は推測が正しかったことを知る。
 ルリはよほど嬉しいのか、涙をにじませながら「おかえりなさいアキトさん! ユリカさんもおめでとうございます!」と人一倍はしゃいでいる。
 あとで判明したことであるが、クラッカーを所望したの犯人はルリだった。あっさり用意して艦橋内で使うことを許可した真田も真田であるが。そもそもどうしてクラッカーがヤマトに積み込まれていたのだろうか。
 また、ルリ以外の旧ナデシコの仲間たちも口々に「お帰り、テンカワ・アキト」と各々の方法で祝福したという。
 アキトとユリカは恥ずかしさに顔から火が出そうだったが、全員から祝福されるのは悪い気分ではない。

 その後アキトは協議の末、戦闘班航空科、要するにパイロットとして乗艦することになった。ジュン辺りは「生活班の炊事科にでも入るか? 味覚治ったんだろ?」と勧めてくれたが断った。

「俺が料理をするのは、いや、料理を最初に食べてもらいたいのはユリカとルリちゃんだから。ユリカが治らない限りは誰にも料理しない。俺なりのケジメなんだ。――皿洗いくらいなら手伝うけどね」

 同じ理由でラーメンのレシピを返そうとしたルリに対しても「健康になったユリカと一緒に地球に帰ってからでいい。俺はもう、どこにもいかないから」と受け取りを辞退し、ルリが「わかりました。また三人でラーメン屋をやりましょうね」と応じたことで一応の決着を見ている。
 ……会話の流れ的に除け者にされたラピスが涙目でふくれっ面になってしまい、その理由に気付いた三人は慌ててフォローして、なんとか許しをもらえるのに一五分ほどかかってしまったが。
 ちなみに悪いのはテンカワ一家なので、エリナは一切フォローに参加しなかったという。

「はあ……あ、でも夫としてユリカの身の回りの世話はしてやってくれよ。艦長室で同居は無理だけど、できるだけ時間を作って世話するんだぞ。いまのユリカは日常生活に支障をきたしてるんだ」

 と念を押された。まあそれは望むところだ。アキトはジュンの気遣いに感謝した。

 アキトの乗艦はほぼ第一艦橋のメインスタッフの話し合いで可決してしまったが、特に問題を起こすことはなかった。
 一応、ナデシコと無縁なヤマトの面々でも、アキトが連続コロニー襲撃犯であることを知ってしまった。
 あの痴話喧嘩の時に、それらしい情報を互いに口走ってしまったのだから仕方がない。
 しかし、誰もそのことを追及したり咎めたりするつもりはなかった。
 痴話喧嘩の内容からその動機が判明したこと、その動機を考えれば彼が強硬に走ることはもうなく、ヤマトの航海の邪魔をするようなこともしないだろうということ。
 そしてなによりアキトが血も涙もない冷徹なテロリストなどではなく、いまもなお優しさを――人間性を保っていると理解できたからこそ、むしろこのヤマトで戦うことで、地球を救うために貢献させることで、その罪滅ぼしをさせてやりたいと考えたからこそ、クルーはアキトを受け入れることを選んだ。
 アキトの行動で直接被害を被ったクルーがいなかったことも、この選択に影響していたのだろう。

 しかしヤマトクルーにとって、決して小さくはない罪を抱えた相手に対する最初の“許し”であり、もしかしたらその後の彼らの選択に少なからず影響を与えた決断だったのかもしれない。



「で、火星に着陸したのね?」

「そうだよ。ワープの影響で装甲板の支持構造がいくらか壊れていてね。エンジンの状態も心配だから、一度着陸して徹底的に見ておいたほうがいいと思って」

 ユリカが目を覚ました時、すでにヤマトは火星に着陸していた。かつて火星の後継者の拠点ともなった極冠遺跡地に。
 ガミラスの攻撃で破壊され、演算ユニットも地球に運び出されている(いまは地球に秘匿されている)ため現在はその価値を失っているが、辛うじて使えそうなドック施設があったのでそこに滑り込んだのだ。
 作業用の機材は動きそうにないのが残念だが、上空からの発見を避けられそうなのはありがたい。
 ヤマトにはランディングギヤが用意されていない(内部構造に余裕がない)ため、着陸しようとするとこのようなドック施設を使って支えてもらうか、さもなくばディストーションフィールドを下方向に全力展開して『整地』して、第三艦橋を地上に埋没させるようにして艦底全体で設置するようにするしかない。下部に装備されたアンテナは、第三艦橋の搭乗員ハッチを使うことことを考慮して横に折りたためるようになっているので、それほど邪魔にならないはずだった。
 現在ヤマトは左舷後部の装甲板を広範囲に渡って破損している。カタパルトに繋がる艦載機の運搬通路も露出してしまっていて、その周辺にある機関部への影響も懸念されていた。

「そっか。なら仕方ないね。工作班のみんなには修理作業を頑張ってもらいましょう。ラピスちゃん、機関班の様子は?」

「現在エンジンを停止して整備中です。エネルギー伝導管の一部が溶けて折れかかっているのを発見、現在補修作業中ですが、作業完了にはしばらくかかりそうです。エンジン全体の点検を含めると、一日は欲しいところですね」

 機関室の様子をモニターしながら報告する。少々大袈裟かもしれないが、未知の超機関ということを考える最低これくらい欲しい。またなにかあったら困るのだから。

「エネルギー伝導管かぁ。予定の強度が出てなかったのか、それとも想定以上の負荷が掛かったのか、どちらにしても心配だなぁ。うん、仕方ないから火星で一日停泊しましょう。他の場所の点検作業も並行して下さい」

 内心ユリカは「やっぱり六倍出力は半端ないなぁ。でもこのエンジンでないとダメなんだよなぁ」とか思っていたが、口には出さない。
 一応実現するために必要な技術の提供も受けているのだし、単純にこちらの不手際だろう。

「おうっ、任せとけよ艦長! 艦長はテンカワと一緒に英気を養ってていいぜ。発進までにはばっちり仕上げてやるからよ! ダブルエックスだっていいできだったろ?」

 コミュニケを通じてウリバタケが意気込む。
 あちこち駆け回ってヤマトのメカニズムを一通り満喫しただけあって、上気した顔でそれはもう嬉しそうに嬉しそうに語っている。その嬉しさにはアキトが楔を振り切って合流してくれたことも含まれていた。
 彼もずっと心配していたのだ。
 それだけに、自分が手掛けたダブルエックスと共にアキトが現れた時は、年甲斐もなくはしゃいで喜びを露にしたものだ。
 無論、自身最高傑作と言えるダブルエックスが、鮮烈と言っても過言ではないものすごい格好いい登場を果たしたことも、気分がよかった。

「ありがとうございます、ウリバタケさん。でも、そうも言っていられません。アキトにはせっかくだから、白兵戦の訓練に参加してもらいたいと思います」

「白兵戦の? 陸戦隊は乗ってないのか?」

 ユリカの隣に立っていたアキトが疑問を呈する。
 ――地味に一乗組員に過ぎないアキトが艦長の隣に陣取っているという異様な風景。
 だが誰もそれを指摘しないし咎めたりしない。
 一応明確な軍艦であり、乗組員も半数以上が軍人なのに、あっという間にナデシコな緩い空気に毒されてしまった。
 でも誰もが仕事に手抜きなしなのがナデシコクオリティとでもいうべきなのだろうか。
 ユリカの伝染力はすさまじい。

「一応戦闘班が兼任してるよ。必要なら進君とか航空隊の人たちも担当してもらうことになってる。専門の人もいるけど、ヤマトは人員の補充が利かないから誰も彼もが最低限はできないとね。特に民間出身のクルーは」

 私はさすがに無理だけど、と言うユリカの言葉にふむとアキトは頷く。
 確かに単独での長距離航海。しかもどこにも寄港できないのなら、自前でやりくりするしかないのは必然だ。特におかしいところはない。

「幸いヤマトは停泊していますし、修理作業の邪魔にさえならなければそれなりのことができると思うんです。アキトには施設攻撃……あ、いやなこと言っちゃった?」

 ユリカの声のトーンが下がってバツの悪そうな顔をする。そんな妻の様子に苦笑したアキトは「問題ない。俺は俺のできることをするだけさ」と胸を張って見せる。


「白兵戦用の訓練はいいとして、航空隊での俺の配属ってどうなるんだ? ヤマトの艦内組織に関しては無知だから、最低限は教えて欲しいんだけど」

 とアキトが不安げな顔で尋ねる。

「わかりました。では直属の上司になる俺、戦闘班長の古代進が案内します。艦長、構いませんか?」

 と戦闘指揮席を立った進がユリカに伺いを立てる。

「いいよいいよ。進君にお願いするね。終わったら中央作戦室に来て。私達は先に行ってるから――アキト、軍隊だからって喧嘩腰は駄目だよ」

 めっとアキトに念を押すユリカに苦笑しながら「わかりました艦長。肝に銘じておきます」と返事をする。
 確かに軍隊とかそういうのが苦手なアキトなので、心配されるのはわかる。……一応妻も軍人なのだが、どうにもそんな気分がしないのだ。ユリカだし。

「では、こちらです。航空隊の待機所と、格納庫を改めて案内します」

「よろしくお願いします、古代戦闘班長」

 アキトは進に連れられて第一艦橋を後にするべく、主幹エレベーターに乗り込む。エレベーターの中で進は、

「ユリカさんには、あなたの奥さんにはお世話になっています。どうぞ、これからよろしくお願いします、テンカワさん。気安く進でいいですよ。あの人もそう呼んでますし、俺もアキトさんと呼ばせてもらいますから」

 と握手を求めてきた。断る理由もないのでアキトはそれに応じるが、「迷惑かけてないかあいつ? いろいろ疲れることも多いだろう?」と真面目な顔で心配する。
 その様子に進は笑い始める。

「さすが旦那さん、よくわかっていらっしゃる。でも心配ご無用。あの人と一緒にいる時間、楽しいんです。なんて言うか、本人はもう俺の母親気分ですし」

 と頭をかく。

「母親気分?」

「ええ。その、冥王星海戦の時に――」

 進から聞かされた話にアキトの顔が曇る。

「――そうか、あいつ」

 アキトは掛けるべき言葉が浮かんでこなかった。
 ユリカが進にした仕打ちは確かに酷と言えたし、そんな決断をせざるを得ない状況に置かれたユリカが不憫で仕方ない。
 その時はまだヤマトが間に合うのかどうかも、イスカンダルから“最後の”援助も届くかどうかが不明瞭な状態で、さぞ不安だったろうに。
 それに、身内を失う悲しみを理解しているユリカが、身内の肉親を見捨てる決断をすると言うのはさぞ心が痛んだことだろう。
 護りたいと願ったものを護れない痛みは、ナデシコ時代で散々経験しているのだから。

「最初は見殺しにしたと恨みましたけど、間違っていました。あの時はそうするしかなかったし、彼女も好き好んでそうしたわけじゃない。ユリカさんが、そんなことを望むような人でないことは、この一ヵ月半でよく理解しました――俺が恨むべきは、本当の仇は――ガミラスっ……!」

 ギリッと歯を鳴らす進にアキトは自分に似たものを感じた。それくらい今の進からは仄暗い闇が漏れている。かつての自分と、同じだ。

「家族を、大切な人を奪われる苦しみはよくわかるよ」

「……でしょうね。全部聞きました、ユリカさんから。あなたが彼女を取り戻すために、復讐の為に火星の後継者と戦ったことは」

 本当はアキトの行動について口外するのははばかられたが、進はある意味では同類を見つけたとしてアキトに親近感を抱いていた。その気持ちが、その言葉を吐かせた。

「そうか……。俺は君に言っておきたことがある。憎む気持ちはよくわかるし復讐したい気持ちも痛いほどわかる。それを邪魔しようとは思わない、いや、邪魔する資格は俺にはない。だけど、憎しみに飲まれて過ちだけは起こさないでくれ。俺と同じ思いをして欲しくない。復讐という行動の果てにはつきものなのかもしれないけど、後悔だけは残さないでくれ――後悔を残しそうなら、やり方を変えて欲しい」

 アキトの言葉に進は素直に頷く。
 アキトがなにをしたのかはユリカから聞いている。その時アキトが抱いていた感情は、おそらくいま進が抱いているそれよりも暗く、どろりとしていたはずだ。だからこそアキトは行動した。そして、目的は果たしたが自身も拭い去れない罪の意識を背負い、生涯それに苦しむことになるのだろう。
 だから同じ痛みを知るものとしての忠告として、素直に受け止めるべきだと思う。それくらい彼の言葉は重く、おぞましい感情を湛えているような気がした。

「……わかりました。憎しみだけに捕らわれないように、努力します。しかし、あの人のもとで働く限り、憎しみ一色に染まることはないと思いますけどね」

 わざと明るく答える。その答えにアキトも、

「そうだな――俺もあいつが一緒に助け出されてたら、戦いはしても過ちは犯さずに済んだかもしれないな」

 少し寂しげに答えた。

 階層を移動するためのエレベーターを降りると、一度居住デッキで別のエレベーターに乗り換え、さらに下層のデッキに移動する。
 大規模改装を受けたヤマトは、艦の中央に長大なエンジンルームが存在しているため、従来のように第三艦橋まで全階層を突き抜けるエレベーターが、チーフオペレーター用のフリーフォール以外にない。
 エレベーターを乗り継ぎ辿り着いた下層デッキで、格納庫と繋がるパイロットの控え室のドアの前に辿り着く。

「ここがパイロット用の控え室です。少々狭いですが、ブリーフィングもここで行います。中の階段で管制塔に、奥のドアから格納庫に入ることができるので、覚えておいてください」

 進は用のないパイロット控え室を素通りしてそのまま格納庫に繋がるドアを開ける。
 その先にはヤマトの広大な格納庫が広がっていて、着艦時に見たはずなのアキトをまたしても圧倒する。
 アキトの姿を認め、愛機の整備を手伝っていたリョーコが「おいアキト!」と声をかける。

「リョーコちゃん。俺――」

 パイロットとして乗艦することになったから、と言おうとしたらその前にこっちに向かって駆けて来ていきなり胸倉を掴まれた。

「てめぇ! おいしいところもって行きやがって! てかあの機体なんだよ!」

 と、格納スペースに入れられることなく駐機スペースに逗留されていたダブルエックスを指差す。

「ああ、あれね。あれがヤマト用に開発されてた新型だよ。相転移エンジン搭載型でGファルコンが合体する機体として最初に設計されたやつ……あとヤマトからエネルギー供給されるか、Gファルコンに拡張ユニット付けて初めてまともに機能する大砲も装備してるんだってさ」

 アキトが記憶の中にある仕様書を思い出しつつ説明する。

「なるほどねぇ〜。で、あれおまえが乗るのか?」

 リョーコに言われてアキトはなんとなく自分が乗り続ける気になっていたことに気付いた。
 いや、そもそもあれを乗りこなせるのは、

「たぶんそれしかないんじゃないか? 見てもらったほうが早いと思うけど」

 そう言ってアキトは二人をダブルエックスの元に案内して、三人仲良く機体をよじ登って解放されたコックピットの中を覗き込む。

「げっ! なんだこのコックピットは!? エステともクーゲルとも違うじゃねぇか!」

 リョーコはびっくり仰天、既存のどの機体とも異なるコックピットシステムに頭を抱えた。
 Gファルコンすらエステバリスと類似したコックピットシステムを採用していたので、てっきりダブルエックスもそうだと考えていたのだろうとアキトは推測する。残念、この機体は完全新規でした。
 エステバリスやステルンクーゲルではパイロット正面にあったコンソールパネルがごっそりなくなっているのが最初に目に付く。
 縦スティックの操縦桿がシートの両サイドにあり、その前方に小さな長方形のコンソールパネルがひとつずつ。パネルには小型のステータスモニターが付いていて、左右で内容が異なる。
 正面から一八〇度の範囲に広がった、上下反転した等脚台形型のモニター。その正面モ部分に被さる形で天井から降りてくるヘッドアップディスプレイ。
 そのディスプレイの基部に通信用のスイッチが少しある程度と、それ以前の機体に比べるとコンソールパネルはかなり簡略化されているのが伺える造りだ。
 あと足元にフットペダルが二つ。
 そこまで見てリョーコは気付いた。右の操縦桿が着いていないことに。

「右の操縦桿は起動キーも兼ねてて、取り外し式なんだ」

 言ってアキトは腰のポーチにしまっていた操縦桿を見せる。
 左側の操縦桿よりも形状が複雑で大型。紺色を基調としている。後方上部に赤いアナログスティックが付いていて、その下には赤いスライドスイッチがある。側面にはクリアグリーンのカバーが被さっていて、内部メカが薄っすら透けて見えた。

「一応クーゲルと同じEOSによるマニュアル操縦にも対応しているけど、この操縦桿自体がIFS端末も兼ねてて、俺はIFS入力を主体にマニュアル操作も併用して操縦してるんだ。エステとはかなり勝手が違うから、慣れるのには時間がかかったよ」

 アキトが自分の経験談をもとに説明すると、リョーコも進も苦い顔だ。おそらく機種転換訓練にどれくらい手間がかかるかを考えているのだろう。

「そいつの運用思想を考えるなら、パイロットはテンカワが最適だと進言させてもらうぞ、古代戦闘班長」

 突然現れた月臣が口を挟んできた。どうやら自分の機体の整備を終えてこっちに顔を見せに来たようだが。

「テンカワ、お前の参加を心から歓迎するぞ。それとその機体だがな、一言で言ってしまえば文字通りの決戦兵器。背中に装備した戦略砲、サテライトキャノンで敵艦隊や大規模施設の類を超長距離から撃ち抜くことが仕事の、戦略砲撃機だ」

 アキトの顎がかっくんと落ちる。そんなの、聞いてない!

「ヤマトからの重力波ビームを背中のリフレクターユニットで受信、またはGファルコンの増設エネルギーパックからの入力で発射可能になる、高圧縮タキオン粒子収束砲だ。正式名称はツインサテライトキャノン。見たとおり負荷軽減を目的に砲身を二門に分割して搭載したのが名の由来だ。機動兵器用に開発された波動砲の亜種と言ったほうがわかり易いかもしれん。本家波動砲にはまったく及ばないが、それでも破壊力は絶大。試算ではサツキミドリなどの大型のスペースコロニーすらも一撃で破壊する威力がある。ターミナルコロニークラスなら塵も残らん」

 アキトの目が点になる。

「弾薬のタキオン粒子は受信した重力波ビーム、またはGファルコンのエネルギーパックのエネルギーを、リフレクターユニットが内蔵したタキオン粒子生成装置に入力して発生させる。ほかの部位に使えない、実質サテライトキャノンのためだけに装備された装置で、波動エンジンの技術の応用でもある。元々サテライトキャノンは、衛星軌道上に固定砲台として配置して、遊星爆弾や敵艦隊に対する迎撃・攻撃用として考案されたものを再設計して、威力を落としてでもより柔軟な運用ができるよう、機動兵器用として転用した武器だ。――なにぶん急造なのでシステムに無駄が多く洗練されていないが、現状でもちゃんと稼働するから安心しろ、テストした俺が言うんだ、間違いない」

 月臣がさらに補足しながらアキトの傍らにまでやってくる。

「それにアルストロメリア譲りの短距離ジャンプ機能も完備している。おまえが使えばA級ジャンパー由来の単独長距離ジャンプが使えるようになるのは、先程おまえ自身が証明したとおりだ。つまり、この機体の真の力を発揮できるのは、現状おまえしかいないということだ」

「月臣……おまえもあれに絡んでたのか。つーか戦略砲撃機って、ネルガルなに考えて――いや、ヤマトの波動砲も大概らしいんだっけか?」

「んな物騒なもんに乗ってたのか俺は……」

 単に相転移エンジン搭載型の高性能機動兵器としか認識していなかった。
 あの背中の大砲もグラビティブラストの類だと思ったし「Xエステバリスの発展後継機」と言うのは覚えていたからてっきりその程度のものだろうと。
 いや、確かに考えてみれば、自前で相転移エンジンを持っているはずのダブルエックスがGファルコン、母艦となるヤマトからの供給なしでは発射もできない大砲を装備しているという時点で、ヤバイものだと気付くべきだった。

「じゃあ、もしかしてこの操縦桿が取り外し式なのって……」

 と右操縦桿を突き出すと、

「想像どおり、それはセキュリティシステムの一環だ。戦略兵器であるダブルエックスは扱いに慎重が要求される。相応のパイロットでなければ託せないからな。教えておくと、そのスライドスイッチを入れるとコントローラーが変形して、安全装置が外れる。あー、一応教えておこう。おまえがテストパイロットに選ばれたのも、わざと搬入しなかったのも会長の策略だ。気の毒には思うが」

 なんてことのない操縦桿が異様に重く感じる。とてつもなく重大な責任を背負わされてしまった。
 というかアカツキが主犯か! たぶん、機体の性能を引き出すだけじゃなくて、ギリギリまで自分がヤマトに同行しないと見越してこんな策略を――。

「さらに付け加えるのならダブルエックスがやたらと頑丈なのは、サテライトキャノンの負荷に耐えるためだ。それに多少被弾したとしても、確実に運用することを求められたんでな。装甲や機体剛性が尋常ならざるものに仕上がっているのも、敏捷性よりも安定性、機体制動能力重視のセッティングなのも、すべてはサテライトキャノンの運用に特化しているからだ。総合的に高い水準で性能がまとまった汎用機に仕上がったのは、限りなく偶然に近い必然だった、程度に認識しておけ」

 よくわかりました、とアキトは頷くしかない。
 そうか、異常なまでのあの耐久力と防御力は単に最高性能を目指したわけじゃなく、必要だから与えられたものだったのかと、いまさらながら納得する。
 そういえば、装甲も表面のコーティングもヤマトに採用されているのと同じ素材を使っているとか聞かされた気がする。
 そのヤマトも確かものすごい超兵器を積んでるとか聞いたし、そういう意味での関連もあるのだろうか。

「あぁーー。ごほんっ。一応使用の判断はこちらでもしますが、単独行動時に限り使用判断を委ねることもあります――強力な火器ですので使用には細心の注意を払って下さいね、アキトさん」

 進が同情の念をありありと顔に張り付けて、アキトの肩を叩いた。
 アキトは「ど、努力します」と答えるのがやっとだった。余裕なんてない。

「詳細についてはあとで俺からレクチャーしよう。サテライトキャノンがなくても、ダブルエックスは貴重な戦力だ。必然的にエースとしての働きも期待する。頼んだぞ」

 月臣も反対側の肩を叩いて去っていく。師匠、お願いですからこの不出来な弟子にもっと助言をお願いします。というアキトの願いは、残念ながら届かなかった。

 そのあとパイロットたちに挨拶をして回り、その都度満面の笑みで「イスカンダルまで行きましょうね!」と言われて赤面することになった。ヒカルとイズミも、

「アキト君おかえり〜。またよろしくねぇ〜」

「……テンカワ、あんたの大事な人、二度と泣かせるんじゃないよ。そして、絶対に手放すな」

 と各々に歓迎してくれた。イズミがシリアスなのには驚いたが、至ってまともな発言なので素直に頷く。

「ようテンカワ、歓迎するぜ。嫁さんのためにも頑張ろうな!」

 サブロウタも歓迎の意を示す。初対面なのだが、ルリの部下らしいし、そちらから聞いているのだろう。

「よろしくお願いします高杉さん。ルリちゃんがお世話になっているみたいで、本当にありがとうございます」

 そう言って頭を下げるアキトにサブロウタも好感をもてたのか、

「俺はあの人に付いていくって決めてるんで、言いっこなしですよ――でも、またあの人を置いていくような真似したら、狙い打っちゃうからねぇ」

 と右手で銃の形を作って、「ばぁん!」と発砲するそぶりを見せる。アキトはバツが悪そうな顔で「二度としません」と頷いて、互いに握手を交わした。



 一通りあいさつも済ませたので、白兵戦の訓練について打ち合わせをすべく連絡を入れてから中央作戦室に向かう。

「お、来たね二人とも。それじゃあ打ち合わせ始めるね」

 エリナを脇に従えたユリカが中央作戦室の中央に立っている。ほかにも大介や雪、真田やゴート、月臣にサブロウタも同席していた。
 ユリカはヤマト艦内への侵入を想定した白兵戦の訓練と、少数先鋭の特別攻撃隊を想定した、二種類の訓練を別々に行うことを考案した。
 前者は主に民間出身クルーが最低限武器を使えるようにすることを目的とした、大規模なもの。
 後者はすでに一定以上の実力がある人物を対象として、敵の施設への破壊工作を想定した小規模なものだ。
 クルーに支給されている装備は外装デザインが一新され二種類になったレーザーガンであるコスモガン(男性がハイパワーの自動拳銃型で、女性が回転弾倉型を模した軽量型)。
 全体的に角ばったデザイン、キャリングハンドルとグリップ下から伸びる曲床を採用したレーザーアサルトライフル。
 それにかつてヤマトでも使っていたストック付きの手榴弾であるコスモ手榴弾に、施設破壊用の時限爆弾、H-4爆弾だ。
 民間出身のクルーは突然の訓練に少々戸惑い不平が漏れながらも、必要なことだし仕方がないと、訓練に参加すべく簡易宇宙服を着用して装備を受けった。

 そして二時間後。
 後者の訓練に参加することになった、進、アキト、ゴート、月臣、サブロウタ、真田でチームを組んで、敵施設内部への破壊工作訓練を開始した。

「よし、準備はできたな。みんな、訓練を開始するぞ!」

 総責任者を務める事なった進が訓練開始を告げる。
 装備は全員共通でコスモガンとアサルトライフル、そしてコスモ手榴弾(ダミー)に接近戦用のナイフ(ダミー)と、アキトが衛生兵としてファーストエイドキット、真田が工兵としてH-4爆弾(ダミー)を所持している。
 あと共通して艦内服の上から着込む、黒い肩パッド付きのボディアーマー、手甲、脛当てを装備している。

 ウリバタケが調整してくれた小バッタ数機にそれらが廃墟に隠した簡易自動砲台数基、そして最深部にある仮想ターゲットに爆弾を設置して起爆すれば終了だ。
 全員が極力一塊となり周囲を警戒しながら進む。
 進と月臣が戦闘、ゴートとサブロウタが支援、真田と雪が最後尾で、その護衛にアキトという順番で、慎重に進んでいく。
 全員無駄口を叩くことなく、ターゲット目指して慎重に進んでいくが、要所要所で出現する小バッタや砲台に襲われ、なかなか前進できないでいた。

「くっ、なかなかいいタイミングで攻撃してくるな。障害物の利用も見事だ」

 月臣が小バッタや砲台の襲撃を思わず称賛する。
 実際アキトやゴートというスペシャリストと呼べるようなものでさえ、きわどいと思える攻撃を仕掛けてくる。
 一敵の武器はパラライザー。当たっても一時的にマヒするだけとはいっても、出力が割と高くてシャレになっていない。
 全員が緊張を高めながら出現する虫型機械全て始末しながら進んでいったのだが、

「うげぇっ!」

 呻き声を上げて倒れたのはサブロウタだ。小バッタと相打ちした形でパラライザーを喰らってマヒした。
 相打ちした小バッタのほうは、訓練出力のコスモガンの直撃を受けて、頭上に「再起動まであと六〇秒」などとウィンドウを表示している。
 少ない小バッタと自動砲台を有効活用するため、一定時間の停止とその場での戦闘を行わないようにしながら、ゾンビのごとく何度も襲い掛かってくるようにプログラムされていた。
 砲台の運搬はもちろん小バッタの仕事だ。

「高杉さん、大丈夫ですか!?」

 被弾したサブロウタを、アキトが物陰に引きずり込んでフォローして、ファーストエイドキットからパラライザーに効く薬を取り出して処置する。

「ちょ、ちょっと出力高過ぎないかこれ……?」

「セイヤさんだな……!」

 アキトは悪ノリしたであろうウリバタケに軽く怒りを覚える。
 前のほうでは進が飛び出してきた小バッタの攻撃を障害物を使って避け、反撃にコスモ手榴弾を放る。
 派手な音とオレンジの煙が噴き出して小バッタが被弾判定で動かなくなった。
 そっと顔を覗かせて様子を伺おうとすると、即座にパラライザーが飛んでくる。ほかの敵がやってきたようだ。

「なかなか、ハードな訓練だな」

 月臣の感想が、みなの気持ちの代弁であったのは言うまでもないだろう。

 そんなこんなで苦労しながら進み、途中ゴートも直撃を受けて倒れたりしながら、ようやく目標を見つけた。
 疲れた表情の真田がH-4爆弾のタイマーをセット。仮想ターゲットの真ん中に張り付けてその場を離れる。セットした時間通りに爆弾が爆発。派手な赤い煙が噴き出し激しい音が鳴り響く。

「よし、訓練完了……疲れた」

 進はコスモガンの具合を確かめながら訓練完了を宣言する。
 かなりハードな訓練になったが、おかげで装備一式の扱いにもだいぶ慣れてきた。
 ボディアーマーもあまり邪魔に感じないで済む仕上がりだし、コスモガンとアサルトライフルはレーザーガンだけあって、弾速が光速だから当てやすいし反動もなく扱いやすい。
 数を持てないが、ストック付きのコスモ手榴弾も投げやすいのはありがたいところだった。

 くたくたになりながらも一行は訓練を終えてヤマトに帰艦する。ヤマトの損傷個所にはアルストロメリアが数機駆り出され、資材運搬船と一緒になってヤマトの装甲外板の補修作業を手伝っていた。
 人型機動兵器の利便性を利用した上手い修理術だと思う。
 艦内に足を踏み入れると、訓練を終えたであろう民間出身のクルーが何名か廊下に倒れていた。――たぶん、こちらと似たような惨状だったのだろう。
 で、しばらく放っておけば動けるようになるからと放置されたとみた。
 進たちがそばを通過すると「へ、へるぷみー」と呻いていたが、報告が先なので放置した。

「ウリバタケさん」

 テストの報告しに第一艦橋に上がった面々は、艦長に報告したあとすぐに艦内管理席で修理状況を確認していたウリバタケに詰め寄った。

「どした、怖い顔をして?」

「あのパラライザー、いくらなんでも出力が高過ぎると思うんですが?」

 直撃して倒れたサブロウタやゴートが文句を言う。するとウリバタケはバツが悪そうに、

「そうか? あれくらいのが訓練に気合が入るかと思ったんだが……すまん、悪気はなかった、次からは気を付けるよ」

 どうやら本当のようだ。素直に謝罪を頂けたし、とりあえず使用した武器類を改めて点検するために艦内工場区にある機械工作室に運ぶ。
 使ったからにはメンテナンスだ。
 ついでに反省会とか使ってみた感想を言い合って今後の改良などに活かしてもらう。こういう積み重ねが、いざという時、身を助けるのだ。



「ふぅ……」

 艦長席に座ったユリカが息を吐く。とりあえず訓練も完了したし、装甲外板の補修作業も終え、あとは一晩かけて機関部門の調整を終えたあと、クルーを少し休ませれば発進できる。
 出航早々の足止めは痛いと言えば痛いが、ここで無理をして重大なトラブルで頓挫するよりはずっとマシだ。

「疲れてるんじゃないの? 今日はもう休んだほうがよくない?」

 相変わらず気の利くエリナが声をかけてくれる。

「そうだね。さすがにいろいろあったし、ちゃんと休んだほうがいいよね。ジュン君、あと頼める?」

「もちろん。しっかり休んできてよ、ユリカ」

 ジュンも快く応じる。元々そのためにヤマトに乗ったのだからぜひもない。ユリカは「ありがとう」と感謝してから改めて艦長室に上がった。

 艦長室に上がったユリカは杖を突いて「よっ! と」と座席から立ち、よろめきながら艦長室の右後方にあるコンソールを操作、壁に畳まれていたベッドを展開する。
 コートと艦長帽を脱いでクローゼットのハンガーに掛けた所でドアがノックされた。

「森雪です、入っても大丈夫ですか?」

 と声を掛けられる。

「どうぞ」

 と短く答えると「失礼します」と雪がハンドバックを持って艦長室に入る。

「エリナさんから連絡を頂きましたので、夕食をお持ちしました。それと、着替えと入浴のお手伝いを」

 雪がハンドバック掲げて見せる。中にはユリカと自分の分の食事、それと入浴を介助するために必要な物一式が入っていた。

「ごめんね雪ちゃん。本当なら自分一人でしなきゃいけないのに」

 申し訳なさそうに謝る。
 いまのユリカは自分一人では着替えはともかく入浴は満足にできない。
 足腰が弱っているので滑り止め加工をした床の上でも転倒の危険があるし、なにより一度湯船に入ってしまうと手すりを使っても中々出られなくて、のぼせたことがあった。
 幸いトイレ位ならなんとかなるが、病状がさらに進めばそれすらも介助が必要になる。
 そしてそれは、そう遠くのことではないだろう。

「いえ、ユリカさんのお世話は楽しいですよ。気になりません」

 雪は笑って気にしていないと訴える。
 ユリカを慕っているのは本当だし、世話を焼くこと自体、元々好きだ。辛いのはユリカの病状をなんとかすることができない現実のほう。

「それに、古代君のお母さんみたいなものですしね」

 などと軽口を交えて艦長室の机を広げ、そこに夕食用の食器などを並べる。ユリカを介して接点を持ち続けた結果、雪は進に対して淡い思いを抱くようになっていた。
 それを察しているユリカもそのような言い方をされては無下にはできない。すっかり進の母親気分なのだ。

「ねえ雪ちゃん。先にお風呂入りたいんだけど、いいかな? 着ぐるみ来て動いたから汗掻いちゃったし」

 そう訴えると、雪も応じる。
 体を支えながらユリカの服を脱がせ、艦長室の後部にある浴室に運ぶ。と言ってもスペースに限りがあるためユニットバスであるし、ユリカのコンディションでは湯船に浸かるのも大変なので専らシャワーだけだ。
 一応一人でもシャワーくらいは浴びれるようにと、手すりや簡易的な腰掛けなど、体を支えられるものが用意されている。
 さらに浴槽の壁が一部開いて段差を超えなくて済むように、できるかぎりの配慮もされていた。
 だが長時間杖なしで立っていられない、筋力も衰えているユリカにはそれでも厳しいのが現実であった。

 雪は浴室に入ってから改めてユリカの下着を脱がせると、シャワーの温度を調整し、ユリカの髪や体を洗い始める。
 ヤマトの艦内服は簡易宇宙服として使えるものであるため当然のように水を弾く。だから艦内服のまま入浴介助することができた。
 雪は袖口などから水が入らないように処理してから「お湯加減は大丈夫ですか?」などと尋ねながら丁寧に体を洗いあげる。ユリカは「だいじょぶだいじょぶ」と気持ちよさそうな顔で雪に身を任せる。
 一応手すりに捕まって自分でも体を支えているが、気持ちよくて力が緩んでしまいそうだった。

 最初こそ恥ずかしがったユリカであるが、介助を受け始めてそれなりに経っているし、なにより気心の知れた間柄である雪とエリナに世話をしてもらう分には慣れた感がある。
 最近ではルリやラピスも混じることがあるのだが、小柄な体格で力の足りない二人では入浴の介助が務まらないので、専ら食事の席に同伴しての話し相手だったり、着替えの手伝いをするのがやっとであったが、それでもユリカは一緒に居られる時間を大いに楽しんでいた。

 入浴を終えたユリカは(先に艦内服表面の水を拭いとった)雪に体を拭いてもらってから新しい下着を身に付ける。といってもそれすらも雪の手を借りなければ湯冷めするまでかかってしまう。
 そのあとは雪に体を支えてもらいながら艦長室にまで運んでもらい、寝間着を着せてもらう。ドライヤーで髪を乾かしてもらって、薬を服用してしばらく談笑で時間を潰してから、雪が用意してくれた食事に手を付ける。
 いつもどおり、スープ状のまずい栄養食だ。
 雪も手軽に食べられるサンドイッチ(ヤマトの夜食用メニュー)とパックの紅茶で食事の席を賑やかし、食事を終えてしばらく経ってから、うとうとと舟を漕ぎ出したユリカをベッドの上に寝かせ、寝入ったのを確認してから艦長室をあとにした。

 このあとも雪は生活班の雑務が数点と、資料の整理などがある。忙しいのは事実だが、それを理由にユリカの世話役を引くつもりはない。
 好意によるところも大きいが、やはりその境遇への同情なしには語れない。
 死なせたくない、こんな理不尽の果てに。同じ女として、好きな男性と結ばれた先の幸せを噛みしめて、満足してから逝って欲しい。
 それは嘘偽りのない、雪の願い。
 それを実現するためにも、多少のオーバーワークは覚悟の上だ。
 第一無理をしているという意味では、ユリカ以上に無理をしているクルーなどヤマトに乗っていない。
 雪はそう考えながら、残った仕事をやっつけに戻っていった。



 ユリカは夢を見ていた。
 とても幸せだったあの頃の夢を。
 アキトとルリと一緒の同居生活。ボロアパートで隙間風が寒くても、決して豊かとは言えないあの生活をユリカは愛していた。
 また、あんな生活がしたい。アキトと一緒に、ルリと一緒に。
 今度はそこにラピスを交えて、進や雪たちも交えて。

 皆と一緒に、笑って楽しく過ごしたい。



 同時刻。アキトはリョーコに促され、親睦を兼ねてコスモタイガー隊の仲間たち夕食を共にすることになり、そこで少し前になぜなにナデシコが行われたことを知った。
 せっかくだからと、絶対持ってそうなウリバタケからその記録映像を融通してもらい、寝る前に見てみることにした。
 内容がワープ航法についての解説ということもあり、普通に聞くよりはわかり易いだろうと思って見てみたら、なんと重病の妻が着ぐるみを着てヨタヨタと動いているではないか。
 唖然としたあと怒ろうかとも思ったが、赤らめた顔で笑顔を振りまきつつヨタヨタと動く姿が可愛かったので許すことにした。
 恥ずかしそうにしているルリも可愛く、娘同然のルリが健やかに成長した姿をこういう形で見せられると、ちょっと涙が浮かんでくる。
 この映像は保管しておこう。――巻き込まれたであろう真田には悪いが。



 次の日、修理と点検を終えたヤマトは火星を出発することになった。
 しかしユリカはその前にしておくことがあると告げ、エリナに艦内放送の準備を指示する。

「艦長のミスマル・ユリカです。みんな、いったん作業の手を止めて聞いてください。――ナデシコCに乗って人はもちろん、話に聞いたことがある人ももいると思う。……この火星にはね、メッセージカプセルをもって地球のために命を散らしてしまった、イスカンダルの使者が――スターシアの妹のサーシアが眠ってるの。彼女の行動がなければ、私たちはヤマトを蘇らせることもできなかったし、こうして明日への希望を求めることすらできなかった」

 全艦放送でクルーに語り掛けるユリカ。全員がその言葉を神妙な面持ちで聞いている。

「私たちはいま、その恩人が眠る地にいます。これからヤマトはユートピアコロニー跡に向かいます。彼女のお墓参りをしましょう」

 誰も異議を唱えたりしなかった。
 そのままヤマトは火星の空を飛び、サーシアの眠る墓の近くまで移動して停止、そのままゆっくりと高度を下げて、艦底前後に装備されたアンテナを横向きに折りたたみ、第三艦橋後部の搭乗員ハッチを解放、二本あるエアステアを伸ばして設置させた。
 アキトに体を支えてもらい、エリナや雪に傍らに控えてもらいながら、ユリカはメインスタッフを引き連れて火星の大地に降り立つ。
 ユリカたちはサーシアの墓まで五〇メートルほど歩いてその眼前に立つ。
 その辺にあった石を使って作った粗末な墓標には、『遠き星からの使者 ここに安らかに眠る』と記されている。この墓を作った当時、ユリカ以外に名前を知らなかったから、墓標に名前は刻まれていない。
 ユリカは墓前に花束を供えると、合掌して黙祷を捧げる。付き添う全員がそれに倣って、ヤマトの甲板に整列したすべてのクルーも黙祷を捧げて、サーシアの冥福を祈った。

(サーシア。あなたのおかげでこの通り、ヤマトは蘇ったよ。これから私たちはあなたの故郷――イスカンダルに行く)

 ユリカはいまは亡き友人の死を心から悼んだ。本当に、本当に連れ帰りたかった。遥かなる愛の星へと。
 話したいことは山ほどあった。身分の違いこそあれど、彼女はユリカの友。あれからひと月経ったいまでも、この痛みは消えていない。

(あなたの魂も一緒に連れて行ってあげるね。この遺髪があれば、着いて来れるでしょ?)

 ユリカは懐にしまっているサーシアの遺髪にそっと手を当てる。埋葬の際のどさくさに紛れて確保していた、たった一房の遺髪。せめてこれだけでもスターシアに届けなければならない。
 ユリカがそっと目を開けた時、ヤマトの主砲と副砲が空砲を撃った。サーシアの霊を弔う弔砲。宇宙軍規定で定められている最高数だけ、本来なら将官の弔いに使われる数だけ、彼女の弔いのために放たれた。

「もう行きます。本当にありがとう――サーシア。次に来るのは地球に戻ってくる時だね」

 ユリカはアキトの手を借りて立ち上がると、最後に敬礼を送ってから踵を返した。
 そのままヤマトに戻って第三艦橋のエアステアを登る。最後にもう一度だけ振り返り、それからエレベーターに乗り込む。

 第一艦橋へ戻ったユリカたちはそれぞれの席に座る。アキトとはエレベーターを乗り換える際に別れた。
 艦長席に座って眼前を見据えたユリカは指示を出す。

「ヤマト、発進! 次の目的地の木星に向かいます!」

「ヤマト、発進します!」

 ユリカの指示を受け、大介が操縦桿を引いて静かにヤマトを浮上させる。
 重力制御で静かに高度を上げていくヤマト。十分な行動に達したあと、補助ノズル、メインノズルの順に点火、一気に重力圏を離脱すべく加速していく。

 ヤマトが飛び去ろうとしている。その下にあるサーシアの墓前では、捧げられた花束が揺れている。
 まるでさよならを言っているかのように。
 まるでヤマトの旅立ちを祝福するかのように。
 ゆらゆら、ゆらゆらと。
 ヤマトの姿が見えなくなるまで、揺れ続けた。



 無事にワープテストを完了し、遠き旅路への光を見出すことができたヤマト。

 遠き星からの使者の霊を弔いながら、ヤマトは未知なる航海へ向けて歩みを進める。

 ヤマトよ行け!

 全人類の希望と未来を乗せて!

 人類滅亡と言われる日まで、

 あと、三六四日。



 第四話 完



 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

    第五話 悲壮な決断! トランジッション波動砲!



    それは、宇宙を揺るがす破壊の光。

第五話 悲壮な決断! トランジッション波動砲!! Aパート







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代理人の感想 
うーん、このバカップルw
私もブラックコーヒーが欲しいw




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