「タキオン波動収束砲、だと……!?」

 冥王星基地司令シュルツは、目の前に映し出された映像に驚愕し、ヤマトが見せつけた威力への対応に追われていた。
 そこについいましがた本国から届いた情報が、タキオン波動収束砲――波動エネルギーを直接兵器転用する、ガミラスもまだ保有していない超兵器の名前と推定される威力であった。
 長く軍に在籍しているシュルツではあったが、ここまでの威力を秘めた大砲を艦載兵器として搭載している実例を見るのは初めてであった。
 髪の薄くなった頭頂に自然と汗が浮かび、流れ落ちる。

「いかん……。ヤマトを野放しにしては、いずれガミラスにとって無視できない脅威となる。なんとしてもここで潰さなければ――!」

 シュルツは本国へ辛うじて撮影できた記録映像の一部始終を送り、その対応についての協議を求めることを選択した。
 シュルツとて誇りあるガミラスの軍人であり、地球攻略作戦の最前線を任された立場だ。
 相応の覚悟をもって務めているし、例え本国からの救援がないとしても、ここで確実にヤマトを叩き潰すための策を必死に練っている。
 しかしデスラー総統が予測されたとおりの威力をヤマトがもっていることを知らせないわけにはいかない。
 ガミラスに万が一にも敗北をもたらさないためにも、打てる手はすべて打つ。それがシュルツのガミラスへの、デスラー総統への忠誠心だった。






「デスラー総統。冥王星基地のシュルツ司令より入電です。ヤマトがタキオン波動収束砲を使用したとのことです。それも、六連射したと」

 ヒス副総統の報告を受け、デスラー総統はくつくつと笑う。
 その様子に不安げな表情を見せるヒスではあったが、彼がなにかを言う前にデスラーは言葉を紡いだ。

「やはりイスカンダルからの技術提供を受けていたか。それも六連射――いかにイスカンダルの技術を得たと言っても、あの未熟な宇宙戦艦の群れを見る限りでは、一朝一夕で再現することはできないはずだ。――ヒス君、たしか地球とその月の間に、得体のしれない大氷塊があったと思ったのだが?」

 デスラーの発言の真意を汲み取ったヒスは、はっとした顔で肯定する。

「はい総統、そのとおりでございます。地球とその月の間には正体不明の大氷塊があります。最も古い記録では、地球の内紛に乗じて宣戦布告をした段階で確認されています。が、それ以前の偵察段階では発見されていませんでした。また、宣戦布告とほぼ同時刻に、わずかな時間だけ強烈な時空間の歪みを計測したとの報告がありました」

 当時の資料を思い出しながら告げる。
 あの時はすでに地球攻略作戦が開始されていたこと、発見された氷塊にはなんの動きもなく、それを調査する時間的余裕もなかったことから放置されていたのだが……。
 どうやら失策だったようだ。悔やんでも悔やみきれない。調査さえしておけば、あのヤマトの出現をみすみす見逃すこともなかったろうに。

「なるほど。そういうことか……どうやらヤマトは純粋な地球艦ではないらしい」

「は?」

 デスラーの言葉にヒスは面食らってしまう。

「ヤマトはその氷塊に乗って地球に漂着した戦艦だということだ。……おそらくはわれわれの侵攻と氷塊の出現はほぼ同時期で、その中にあったヤマトの存在を知り、引き上げて使っているのだろう。だとすれば――もしかしなくても、あのヤマトは並行世界から漂着したのかもしれないな」

「並行世界、ですと?」

 突拍子のないデスラーの言葉にヒスは困惑するが、並行世界の存在そのものはワープなどの研究からある程度立証されている。
 無論、ガミラスにそれを意図して渡る術はないし、特別研究もされている課題でもない。
 ただ次元の狭間を利用した戦術は研究中だ。それに宇宙に点在する次元断層――つまりこの宇宙とは異なる空間のいくつかは、ガミラスの大演習場として使われているなど、並行世界間の移動はともかく亜空間の活用は積極的に行われている。
 次元断層の中は通常空間からは観測できないため、艦載の新兵器のテストを秘匿したい時などにもってこいであるし、現在も任意でそういった時間断層に身を潜めて隠密行動や奇襲に威力を発揮するであろう、潜宙艦の研究もおこなわれていた。

「それだとすべての辻褄が合う。おそらくヤマトは並行宇宙の、あの未熟な文明が短期間に運用を学んでいることからすると、並行宇宙の地球から送り込まれたか、それともなんらかの事故で流れ着いたと考えるべきか――いや待て。氷塊……水……もしや、伝説の水惑星、アクエリアスか」

 デスラーは顎に手を当て、記憶の中にある情報を引き上げては推論を並べていく。

「アクエリアスですか? アクエリアスといえば、かつてイスカンダルとガミラスの祖先が住んでいたという星に、水と生命の息吹を与えたといわれている、あの回遊水惑星のことでしょうか?」

 ヒスも記憶の中にある情報を引っ張り出して、デスラーの言葉を理解する。

 ガミラスにとっても遥か昔の記録に残されているだけで、詳細は失われたに等しい、文字どおり『伝説』とされている惑星――それが水惑星アクエリアス。
 それは地球を内包する天の川銀河の中を自由に巡り、近づいた星を水没させ、生まれたばかりであったり干乾びた星であったのなら水と命の種子を与え、自らが撒いた命が芽吹き、生み出された文明があればそれを押し流して水没させると言われている、生命の神秘と進化に関わる星。
 イスカンダルもガミラスも、いま住んでいるこの星に自然発生した生命ではない。
 別の星で生まれた文明が宇宙に広がっていった過程で移民し、国を造ったに過ぎない。
 だが、度重なる内紛や侵略戦争を生き抜く中で詳細な資料は失われていて、その原点がどこにあるのかはすでにわからなくなって久しいのだ。
 もしかしたら、イスカンダルにはまだ資料が残っているのかもしれないが、デスラーたちガミラスにそれを知る術はない。

「そのとおりだ。かつてわがガミラスを内包する大マゼラン雲は、地球を含む銀河の傍らにあったと聞く。その際に移民を行った民族の末裔が、イスカンダルとガミラスに国を造ったのが、われらのルーツ。そしてわれらの命の根源たるアクエリアスはあの銀河の中を回遊しているとの記述も残されていた。ということは、その並行世界の地球は実在していたアクエリアスに接近され、水害に晒されようとしていたのではないだろうか。それを防ぐためにヤマトが、おそらくはタキオン波動収束砲を使用したなんらかの策を講じて水没を防ぎ、それが生み出した時空間の歪みに落ち込んで並行世界間を超えた、と考えるのが当たらずとも遠からず、と言ったところだろう。ワープ技術に転用されているように、波動エネルギーには時空間を歪める作用がある。なにかの弾みで並行世界間の壁に穴を開けることがないとは言えない――そうか、だからイスカンダルに……」

「総統?」

 急に黙り込んだデスラーにヒスが心配になって声をかける。
 デスラーはしばらく考え込んだあと、ニヤリと笑うと合点がいったという顔でヒスに言い放った。

「どうやら連中を少し見くびっていたようだ。ボソンジャンプを高度に使いこなせる何者かがいるらしい」

「ぼ、ボソンジャンプでございますか?」

「そうだ。誰かは知らないが、ヤマト出現の時空の歪みを利用した超長距離ボソンジャンプで、イスカンダルにコンタクトを取ったのだ。だからスターシアは地球に使者を送ったのだろう。推測になるが、アクエリアスの水害を未然に防いだヤマトはその反動で大破――いや違うな。もしかするとヤマトはタキオン波動収束砲を意図的に暴発させて自爆し、その爆発で水害を防いだ可能性もある。あの大氷塊の水がアクエリアスのもので、その中にヤマトが眠っていたのだと仮定するのなら、状況的にはそれが自然だ。なにしろ吹き飛ばした水柱に飲まれて一緒に転移するなど、そのような状況でしか起こりえないからね」

 ヒスはデスラーの推測に思わず聞き入ってしまう。

「だからイスカンダルの使者なしでは出現できなかったのだ。自沈という選択で母なる星を救ったというのなら、波動エンジンもタキオン波動収束砲も致命的なダメージを受けていたはず。再建するためにイスカンダルからの支援が必要だったのだろう。――そして、再建と並行してコスモリバースシステムに必要なシステム、六連射可能なタキオン波動収束砲のデータをも提供した。ボソンジャンプによる連絡が取れるにも拘らず使者を送ったのは、同じ手段を使うに使えない事情があったと考えれば不自然さはない。スターシアは頑固だからね。説得するだけで無茶なボソンジャンプによる連絡の限界に近づき、肝心のデータをそれで得られなかったとしてもさほど不自然とは思わん。……おそらくこれがヤマト出現のからくりだろうと思うのだが、ヒス君はどう思うかね?」

 デスラーの推測は、恐ろしいことに的を得ていた。
 わずかな情報から己の知識を最大限に活用して、ヤマト出現の真相をほぼ見抜いていたのだ。
 ヒスはその推測が間違ってはいないのだろうと確信していた。たしかにそれなら辻褄が合う。
 ヤマトが健在であったのなら、すぐに大氷塊から引き揚げて使えばよかったはずだ。それができなかったのはヤマトが壊れていたからと考えれば不自然さはない。
 イスカンダルもそうだ。たしかにスターシアは頑固――いや厳格というべきだろう。彼女は自身が掲げた、いや国が掲げた方針を愚直なまでに守っている。
 それを曲げさせただけでも驚愕すべきだが、それで無茶のタイムリミットが来てしまったとしても、不自然とは思わない。

「しかし、そのようなことが本当に可能なのでしょうか? いかにボソンジャンプといえど、一六万八〇〇〇光年もの距離を覆すようなものでは――」

「実現していなければヤマトは出現していないはずだ。――もっとも、地球にヤマトのあとに続く艦を建造する余力はあるまい。ヤマトの出自がどうであれ、あの艦さえ粉微塵に粉砕すればそれで終わりだ」

 相変わらず神経質そうなヒスの態度に笑いをかみ殺すように、デスラーは厳格な態度で命じた。

「シュルツに全力でヤマトを潰せと命じろ! 冥王星前線基地に援軍を送れ! ヤマトはイスカンダルに行く前に必ず冥王星基地を叩きに来るはず。――あの冥王星をヤマトの墓場にしてやるのだ!」



 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

 第六話 氷原に眠る、兄の艦!



 宇宙戦艦ヤマトは一路土星に向かって進路を取っていた。
 ――案の定というべきか、波動砲の反動でヤマトは傷を負っていた。
 発射口周辺の装甲板に亀裂が入ったのもそうだが、波動エンジンのエネルギー伝導管が焼け付いたり、コンデンサーの融解、制御コイルの破損が発生。このままではエンジンそのものが致命的な損傷を被りかねない危機的状況にある。
 そのため初速を稼いだあとは波動エンジンを停止し、相転移エンジンから得られるエネルギーのみでの片肺飛行を余儀なくされていた。
 ヤマトのメインノズルに採用されている推進システムは、タキオン粒子の噴出による反動推進とタキオン粒子の持つ空間歪曲作用を利用したフィールド推進機関を併用した複合推進装置だ。
 そのため、タキオン粒子を生み出せない相転移エンジンからの供給だけでは作動しない。
 また、波動エネルギーの転用によって機能している新型の重力波兵器やディストーションフィールドも、相転移エンジンからの電力供給のみでは十全な機能を発揮できないと、あちこちがガタガタの状態にある。
 一応波動エンジン停止時の緊急用として、相転移エンジンからの供給で最低限の機能を維持できるバイパス回路が用意されていたので、ヤマトの機能がすべて失われるという事態だけは避けられているが、それでもヤマトの消費に釣り合うエネルギーを、六連相転移エンジンが生み出すことは不可能。
 そのため、ヤマトは現在まともな戦闘能力がないに等しい。頼みの綱はエネルギーを消費しないミサイルと艦載機だけであり、非常に心許ない状態が続いている。
 土星到着まで約二日を想定しているが、その間ガミラスの攻撃がないことを祈るほかないほど、ヤマトは不安定な状態であった。



「ガミラスの追撃がないのは不幸中の幸いだね。……あちらさんも、波動砲が相当怖いみたい」

 艦長室でアキトと雪と一緒の食卓を囲んでいるユリカが、溜息と共に独り言ちる。
 波動砲の試射から数時間。
 あんなことがあったあとだと食事が喉を通らないが、いやでも摂取しなければあっと言う間に駄目になる体なので、無理をして胃に流し込む。
 食べ慣れたはずの栄養食が、いつにも増してまずく感じる。
 アキトがそばにいてくれるのにこれだということは、自分の決断ながら、相当堪えているな、と考えた。
 アキトも雪も食の進みは遅かったが、同じ気持ちなのか食べ物を口に運ぶことを止めない。
 アキトはプレートメニュー(白米、合成肉のステーキ、ミニトマトの入ったレタスのサラダ、コーンポタージュ、ヤマト農園産トマトジュース)を、雪は手軽に食べられるタマゴサンドと野菜サンド、それに紅茶パックを夕食として持ち込んでいた。
 食の進みも遅いが会話も弾まない。
 波動砲で市民船を消滅させたことを、誰もが気に病み艦内の空気を悪くしていた。

「たしかにな。ヤマトの武装で使えるのは実質ミサイルだけで、フィールドも展開不能。アルストロメリアとダブルエックスのコンディションが良好だから、いざとなればサテライトキャノンでなんとか、って選択しはあるけどさ……」

 アキトは合成肉のステーキを齧りながら、ユリカの意見に賛成する。
 ユリカの前で普通に食事するのが申し訳ないアキトだが、一緒に食べることをユリカが喜んでくれているし、こっちが遠慮するとかえって気にしてしまうので、我慢して食べる。

 ヤマトも食糧事情は決して豊かではないため、食品の一部が早くも合成食品になっていた。
 いま齧っているステーキにしても、人工的に培養したたんぱく質をそれっぽく固めているだけなので、もちろん本物の肉には栄養以外のなにもかもが及ばない。
 味覚を失っている間はそれこそ栄養食だけで過ごしたアキトだが、せっかく味覚が戻ってもこれでは嬉しさ半減。いや、自分が閉じこもっている間にここまで状況が悪くなっていたのだと改めて思い知らされた。
 いまはまだ野菜もその形を保っているが、そう遠くない内に食用プランクトンなどを加工した、野菜代わりのペースト食か固形食に切り替わることだろう。
 それでも農園が稼働している限りは多少なりとも形を保った野菜が得られるのが、せめてもの救いだった。
 しかしこの食糧事情の変化は、もとを質せばユリカが言い出したある要望の影響も大きく、そのせいで予定よりも早くに合成食品を使わざるをえなくなったのだ。
 内容が内容なので反対意見よりも賛成意見が勝ったため、多少の我慢は欠かせない。

「でもガミラスが慎重になるのもわかるわ……あの威力、使った私たち自身が一番怖いのだもの」

 雪が自分の気持ちを吐露する。その意見にはアキトも賛成だった。
 波動砲もそうだが、それより格段に劣るとはいえ戦略砲であるサテライトキャノン。
 それらに頼らなければヤマトの航海の安全はなく、今後の地球の安全問題にも関わってくるかもしれないと知らしめられた直後なだけに、どうしても考えてしまう。

 その後も会話は弾まず、ただただ食事を口に運ぶだけに留まった。ユリカが入浴する段階になると、アキトは食器を引き取って艦長室をあとにした。
 夫とはいえ、自分がユリカの入浴介助をするのは風紀的に大変具合が悪い。
 ここは雪にすべてを任せよう。そもそも自分は介護のかの字も知らいないのだから。
 アキトは少し違った意味で自分の無力さを噛みしめながら、主幹エレベーターで降りて行った。



「ねえ雪ちゃん」

「なんですかユリカさん?」

「進君とは進展ないの?」

「えっ!?」

 丁寧にユリカの髪を洗っていた雪だが、突然爆弾発言を投げかけられて動揺、つい手に力が入って髪を引っ張ってしまう。
 突然髪を引っ張られたユリカが「いだっ!?」と呻く。首が勢い良く後ろに倒れた。油断していたからことさらダメージが大きい。
 ただし自業自得だが。

「す、すみませんユリカさん。でも、いきなりそんなこと言うから」

 動揺を隠せない雪はドギマギしながら洗髪を続ける。
 ユリカは痛む首を摩りながらも追及の手を緩めない。

「だって、案外そういう話が聞こえてこないからちょっと不安になっちゃって。やっぱり職場が違うとなかなか厳しいのかぁ――。私の時は結構アキトに会いに行ったけど、雪ちゃん忙し過ぎるよねぇ」

 と、ナデシコ時代を思い返してみる。
 ユリカの時はジュンが日頃の雑務の多くを引き受けてくれていたし、むしろ押し付けてアキトに会いに行っていた。
 ……いま思うと艦長としてどうかとも思うが、その結果アキトと結ばれたのだから個人的にはよかったのだろうと自己完結する。
 対して雪は真面目に責務を果たしているし、艦内での仕事はかなり多い部類に入るクルーだ。
 三〇〇人もの人間が日々生活しているとなれば、どうしても消耗品の消費も激しくなるし、さまざまな問題も発生する。
 生活班としてそれらに対応することはもちろん、クルーの健康を日々気遣い食事のメニューの決定や健康診断の実施、怪我人が発生すればその治療も求められるが、怪我の程度によっては手術の準備やその後の治療についての計画も立てねばならない。
 さらには艦内の食糧プラントの管理運用も生活班の担当となっている。
 生産そのものは工作班の仕事とはいえ、各部署から要求される生活必需品のリストをまとめて発注するのは生活班の仕事で、生傷が絶えない戦闘班や工作班の各部署への常備薬の補填や交換作業。
 それらの統括責任者である雪の仕事はなかなかに大変なものだ。
 無論生活班と一口に言っても部門ごとにわかれていて、個々に責任者がいる。
 イネスも生活班医療科の責任者であり艦医の立場にあって、怪我人・病人の処置は彼女の指揮で完結していることのほうが多い。
 食堂の管理を任されているのは炊事科の平田一という、古代と島の同期のひとりだ。歳の割にかなり腕が立つので、味や風味に劣る合成食料の料理の味付けはもちろん、味気ないトレーの色どりや栄養バランスを考えた食事メニューの考案は、大体彼の手腕によるものだ。
 という感じで役割分担されているのだが、それでも最高責任者としての判断や管理を求められる場面はあるので、雪はそれらに対して応えるべく日々仕事に勉強にと忙しい日々を送っている。

「私としては、進君は雪ちゃんに任せたいと思ってるから応援したいんだけど、さすがに仕事さぼってまで、ってのはまずいよねぇ〜」

「そ、そんなこと言われても。いまの古代君はそんな余裕がないですし……」

 という感じでテレテレしながら雪が反論する。
 実際いまの進はなんとしてでも冥王星基地を叩いてみせると意気込みも露にゴートやら月臣やら、さらには基地攻略の要になるであろうアキトを交えて戦術論争に余念がない。
 それ以外でも日々の日課であるトレーニング全般に愛機の整備作業の手伝いなど、雪に負けず劣らず忙しく過ごしているため、部署の違いも相まって雪と接触した回数は片手で事足りる程度だ。
 以前のヤマトのように第一艦橋勤務に就いていない影響はかなり大きいといえよう。

「出航して三日目にしてそれじゃあ体が持たないのに。……ねえ雪ちゃん、仕事を増やすようで悪いんだけど、タイタンでお仕事頼んでいい?」

 にっこりと微笑んだユリカの提案に、少し悩んだあと雪は応じた。

(これで少しは進展すると良いなぁ。ヤマトの記憶とか関係無く、お似合いに思えるしね)

 てなことを考えながら、ユリカは進と雪をくっ付けようと色々画策し始める。完全に下世話なのだが彼女はまったく気にしていない。
 お似合いだと思うのは本当だし、進にはこういったしっかりした女性が一緒にいたほうがいいだろうという考えだ。
 それに態度を見る限りでは進も雪に惹かれているのだろうし、なんの問題もないだろう。

 入浴を終えたユリカは、少し涼んでから雪に手伝ってもらいベッドに入った。
 だが、まったく寝付けない。
 頭上に広がる宇宙空間をなんともなしに眺めたり、眠ろうと目を瞑ってみるのだが、眠れない。
 体は疲れ切っているはずなのに、意識だけははっきりと覚醒している。
 先程は雪にまったく無関係な話をして意識をリセットさせたつもりだったが、やっぱり無理だった。
 ――脳裏に浮かぶのは波動砲で消滅した市民船の姿。そして、熱い涙を流して自分を擁護した月臣の姿。
 強烈な罪悪感に胸が苦しい。
 かつて故郷を奪った相手、自分達の幸せを奪った相手の故郷とはいえ、こんな結末は望んでいなかった。
 逆に時間がかかってもいい、わだかまりが解けて仲良く暮らしていければいいと考えていたくらいだ。
 ガミラスとの戦いが終わったら、思い出の品の回収くらいできたかもしれない。
 人こそ減ってしまったが、人類が再び宇宙に進出する過程で再建もできたかもしれないのに。
 その機会を永遠に奪ってしまった。それがただただ辛い。
 思い返されるのは、自分の判断ミスが原因で死なせてしまったユートピアコロニーの生き残り。
 あの時の光景と、波動砲で消し飛ばした市民船の姿がピタリと重なる。
 ――気持ち悪い、吐き気がする。
 後悔渦巻くユリカの胸を突如として激しい痛みが貫く。
 体を内側から引き裂かれるような、まるで寄生生物かなにかに食い荒らされて突き破られるような、到底堪えられないほどの激痛にユリカは声もなく絶叫する。

「――――――っ!!!」

 両手で胸を抑えて体を丸める。
 痛みで霞む視界の中から、なんとかベッド右側の壁に据え付けられている艦内通信パネルを見つけて、ユリカのために用意された医務室への緊急コールボタンを渾身の力で叩く。上手く叩けなくて二度三度と叩いてようやく押すことに成功した。
 パネルの点灯を見届けたユリカだが、安堵する間もない。
 絶え間なく襲い掛かる激痛に身を捩って堪えようとするが痛みは収まらない。
 ベッド横の棚に置かれた無針注射器に手を伸ばし、震える手でなんとか首筋に当てがってボタンを押して薬液を体内に注入して応急処置する。
 両目から止めどなく涙が溢れ、呻き声と共に唾液が口の端から零れ、ビクビクと手足が痙攣を起こす。
 それでもユリカは驚異的な精神力で意識を保つ。
 意識を失ってしまったら二度と目覚められない。
 体の中で荒れ狂うナノマシンを意志の力で強引にねじ伏せる。屈服させる。いままでどおりに。

(負ける……もんかぁ……! やっとヤマトが蘇って、アキトも帰って来てくれたのに……! いまさら弱音なんて吐いてられるかぁ……!!)

 痛みで視界が霞む。体中から大量の汗を噴き出す。
 正直何度も何度も苦しめられた痛みだ。
 負けてしまおうかと、楽になりたいと思ったことは一度や二度ではない。
 だがそれでもユリカは戦い続ける道を選ぶ。
 すべてはこの先にある未来のため。
 地球を救い、この戦いを終わらせて、もう一度アキトと一緒にラーメン屋をするため。
 最愛のアキトの子供を産むため。
 ルリにいま一度暖かい家庭を与えるため。
 ラピスに家庭というものを教えるため。
 エリナやミナトら友人達と楽しい時間を過ごすため。
 そして息子同然と愛情を注ぐ進のためにも。
 負けられない。
 その一心で必死に生にしがみつく。
 緊急コールを聞きつけた当直のイネスが、第二艦橋の下にある医務室から緊急セット一式を詰めたカバンを下げて、二分もしない内に駆け付けてくれた。
 ――どうやら今回も生き延びられるようだ。ユリカは切迫した表情のイネスの顔を認めながらそう確信した。



 イネスの懸命の処置でなんとか回復したユリカは、ぐったりとした様子でベッドに身を委ねている。
 すっかり疲れ切った表情で顔色も悪いが、彼女は落ち着いた様子だった。

 教えておくべきだろうと呼び出しを受けたアキトとルリ、エリナとラピスも青褪めた顔でユリカの容態をイネスから伝えられていた。

「おそらくストレスが原因ね。波動砲の件、想像以上のストレスだったみたい」

 イネスの診断に全員が納得しつつも、慰めの言葉がない事実に気落ちする。
 あの状況ではあれ以外に選択肢がないのは事実だ。だがそんなことは彼女自身が一番よくわかっている。
 仕方がなかった。
 そんな言葉で納得できるほど小さな問題ではない。
 彼女は自身の決断で、滅ぼされたとはいえ木星市民が還るべき場所の一画を永遠に奪ってしまったのだ。
 故郷が奪われることがどういうことなのか、気持ちはユリカにだってわかる。

「ここ最近は薬で落ち着いていたけど、やっぱり過度のストレスがかかると抑えきれないのね……」

 イネスの表情も暗く、悔しそうだった。彼女の力を出し切っても、イスカンダルの医療技術を活用しても、現状では救う手立てがない。
 そしてこの一件で、今後ガミラスの妨害で激戦に晒された場合、大宇宙の自然が牙を剥いてきた場合。
 それを乗り越える際に強いストレスに晒されたユリカの病状が加速する可能性がある事が示された。
 それはすなわち、彼女の遺された時間が急激に減っていくということを意味している。

「ユリカ……」

 涙声で妻の名を呼ぶアキト。
 彼にとっては初めて見るユリカの姿に胸が騒めく。
 自分の知らぬところで彼女は幾度もこのような苦しみを味わい、そして耐えてきたのだろう。
 滅んでもなお彼女を苦しめ続ける火星の後継者に改めて怒りが湧いてくるが、組織としてはすでに影も形もなく、逮捕された構成員のほとんどは荒廃した地球で死に絶えたと聞く。
 仮になんらかの形で存続していたとしても、いまのアキトが私情ことを構えることなどできはしない。それは、復讐者ではなくなったアキトがすべきことではない。

「心配かけてゴメン、みんな……」

 申し訳なさそうなユリカにアキトは首を横に振る。

「いや、ユリカが悪いわけじゃない。気にするなって」

 そう言って慰めるアキト。
 いま自分の役割はヤマトの旅を成功させてユリカと地球を救うこと。
 ストレスがユリカの身を蝕む病魔の餌であるなら、それを遠ざけることがアキトのすべきことなのだ。

「イネス、彼女のそばに誰かおいていたほうがよくないかしら。せめて今日だけでも」

 そう提案するエリナにラピスが手を挙げる。

「私が残ります。ルリ姉さんよりも体が小さいから、一緒に寝ても負担になりにくいと思います。本当はアキトが一番だと思うけど、風紀上の問題があるんでしょ?」

 いつになく積極的なラピスの姿に、全員が頷いた。

「頼むよラピス。ユリカを見ててやってくれ」

「私からもお願いします。ラピス、なにかあったらすぐにイネスさんを呼んでね」

「頼んだわよラピス。でも、あなたもしっかり休まないと駄目よ。機関長なんだから」

 それからしばらく、エリナが汗まみれになったユリカの清拭をすることになったので風紀的な問題から艦長室から早々に追い出されることになったアキトはイネスに礼を述べ、ラピスにあとを任せて名残惜し気に艦長室をあとにする。これ以上ここに居ても邪魔になるだけだ。
 足取りも重く部屋へと戻り、自分のスペースである二段ベッドの下段に身を滑り込ませた。

「――大丈夫だったのか?」

 同室になった月臣が声をかけてくる。
 ヤマトの乗組員は各班・各科のチーフなどを除けば基本的には二人部屋か三人部屋で生活する。
 出航直後は月臣は二人部屋をひとりで使っていたが、これはアキトを意地でも送り出してヤマトに乗せることを画策したアカツキの思惑によるものだ。
 こういう事態の時、見ず知らずの人間よりは行動しやすいだろうと、気遣ってくれたのである。
 つまり月臣もその点では共犯者である。

「……なんとか」

「……発作の原因は?」

 月臣が訪ねてくるが、アキトはすぐに答えられない。沈黙で誤魔化そうとしたが、駄目だった。

「――俺に言えないことなのか?」

「――波動砲のストレスだろうって、イネスさんが言ってた」

 これを月臣に告げるのは酷だろうと思ったが、そこまで食い下がられては言わないわけにはいかない。
「そうか」と言葉少なくに受け入れた月臣は続ける。

「気にするな、と口にするのは簡単だ。だが、慰めにはならないだろうな。こればかりは、俺にできることはなにもない」

 月臣もユリカを心配してくれている。
 彼が言うには彼女を、そしてアキトを苦しめたのはかつて自分が信じた上官であり、正義。その犠牲者を目の前に突き付けられ、もがき苦しむさまを見せつけられては、平静ではいられないらしい。

「ああ」

 二人の間を沈黙が支配する。これ以上交わすべき言葉思い浮かばないし、交わしたところでユリカが救われるわけではない。
 願うことがあるとすれば、他の木星出身のクルーが彼女を責めたりしないことだけだ。
 だが、虫のいい話だと自己嫌悪を覚える。
 木星に友好的なだけの地球生まれですらこれほどの衝撃を受けたのだ。実際に故郷を消滅させられた木星出身者からすれば、衝動任せに彼女を糾弾することもありえる。
 結局二人はそれ以上言葉を交わすことなく互いに眠りについた。
 その胸に、この状況を生み出した暴走した正義と、ガミラスへの怒りを燻らせながら。


 ユリカの清拭を終え、ラピスにあとを任せて艦長室を後にしたエリナとルリは、並んでエレベーターに乗り込む。
 ……我慢しきれなくなったのだろう、ルリはついに泣き出してしまった。
 地球帰還後は薬のおかげで以前のような発作を起こさなくなっていたユリカに安心していただけに、今回の発作がことさらルリの心に突き刺さったのだろうと容易に予想がつく。
 ――放っておくのわけにはいかないだろう。

「ルリちゃん、今日は私のところに泊まりなさい。ひとりでいたくないでしょう?」

「――は、い。お、願い、します」

 しゃくり上げながらエリナの提案に応じたルリを引き連れ、エリナは自分の部屋に案内する。
 ヤマトでは各班の班長や副班長などには個室が割り当てられている。ベッドは一人用で狭いが、ルリの体格ならなんとかなる。それに――。
 案の定、部屋に入るなりルリはエリナに向かって胸に溜まっていた感情をぶつけはじめた。
 そうでもしなければ耐え切れなかったのだろう。

「――どうして、どうしてユリカさんがあんな目に遭わないといけないんですか? 戦争に参加したから? A級ジャンパーだから? どちらにしたって理不尽じゃないですか……! 私たち家族がなにしたっていうんですかぁ……!」

 泣きながらしがみ付いてくるルリを優しく抱き留める。
 黙ってルリの感情を受け止め、彼女が満足するまで優しく頭を撫でる。
 しばらくそうしていると、ルリがエリナから離れて両目の涙を拭った。
 無言で差し出されたティッシュを「ありがとうございます」と受け取って鼻をかんで、ようやく落ち着きを取り戻した。

「ごめんなさいエリナさん。エリナさんに当たってもしょうがないのに」

「構わないわ。下手に抱え込んでしまうよりも、吐き出してしまったほうが楽よ」

 可能な限り明るく応対するエリナ。本当は自分だって無情な現実への不満を喚き散らしたい。
 だが、いまはその時ではない。ここは堪えなければならない時だ。

「ありがとうございます。今晩はお世話になります……」

「どうぞ、遠慮しなくていいわよ」

 と受け入れる。
 そのあとは、エリナが個人的に持ち込んでいた嗜好品の紅茶を一杯頂いて、気持ちを落ち着けることになった。

「おいしいです――エリナさん、淹れるのが上手ですね」

 ルリはティーカップから漂う芳醇な香りを放つ琥珀色の液体を一口、また一口と口に運ぶ。
 口の中一杯に広がる香りと、熱い感触が荒れていた心を沈めてくれる。
 それにしても、よくこのご時世でこのような嗜好品を確保できたものだと感心しつつ、ルリは紅茶を堪能する。

「そりゃぁ、会長秘書も務めましたからね。お茶汲みだって立派なスキルよ。――個人的な嗜好の追及でもあるけどね」

 答えながらエリナも自ら淹れた紅茶を一口。うん、上出来だ。

「今度、私にも淹れ方を教えてくれませんか? ユリカさんが回復したら、淹れてあげたいんです」

「私でよければいつでも教えてあげるわよ」

 断る理由もないので快く応じる。
 どのような形であれ、前向きなのはいいことだ。

「と言っても、貴重な茶葉なんだから、失敗したら承知しないわよ」

 冗談めかして告げるとルリの体がびくりと跳ねる。
 あれ、そんなにきつい言い方だっただろうか。

「そ、そそそそうですよね。貴重なんですよね……ど、努力します」

 ルリの態度から「ああ、この娘普段料理とかしないし、お茶もティーバックとかインスタントで済ませてるんだな」と知れた。
 まあナデシコBの艦長として軍人になってからの生活では、自炊せずとも艦内か軍の施設内の食堂を利用すれば済む話だし、一人暮らしで趣味などにお金をあまり使わないルリのライフスタイルからすれば、休日の食事も外食やお弁当などで済ませていても不思議はない。

「大丈夫よ。付きっきりでみっちり教えてあげるから」

 朗らかに笑いながら宣言しただけなのに、ルリは恐縮した様子で「お願いします」と返事を返すばかり。
 こういう恥じらいの表情も可愛いではないか、とエリナは率直な感想を抱いた。
 ナデシコA時代の彼女からは想像もできない感情豊かな表情に、当時を知るひとりとして彼女の成長を、時の流れを実感する。
 かつて大人のエゴに巻き込まれ、本来望まれたのとは違う形で生を受けた命は、紆余曲折を経てこんなにも健やかに成長した。
 そんな当たり前の出来事が嬉しく思える辺り、自分も丸くなったものだと苦笑する。
 そうやってお茶を楽しんだあとは、夜も遅いので寝支度を始める。明日の仕事に差し支えては本末転倒だ。
 ルリはエリナの寝間着を借りて、一緒のベッドに潜り込んだ。

「――エリナさんと一緒に寝るなんて、想像もしていませんでした」

「私もよ」

 ルリは子供のようにエリナの体にしがみ付いてその胸に顔を埋める。いまは無性に人肌が恋しいのだろう。

「ユリカさん、助かりますよね? イスカンダルを、信じて大丈夫なんですよね?」

 いざ寝ようとしたと部屋を暗くしてじっとすると、ついつい不安が頭を過るのだろう。ルリはエリナに抱き着いたまま再び問いかけてきた。
 イスカンダルはたしかにコスモリバースシステムと、優れた医療技術の一端を提供して地球に希望を与えた。
 ――だがユリカの体を治せるなどとは、当然ながら言われたわけではない。
 そもそもよほど発想が飛躍しなければ、彼女のことをイスカンダルが知るはずもないと考えるのが普通だ。
 彼女の言動から関りがあると知っていたとしても、彼女が自分の体のことを伝えて救援を求めたかもわからないし、仮に知っていたとしても、イスカンダルといつまで連絡を取り合っていたのかはわからない。
 向こうにその気があったとしても、ユリカが手遅れな状態にまで体を悪くしてしまった可能性もある。
 イスカンダルに辿り着きさえすれば万事解決ハッピーエンドなどとは、ルリたちが勝手に言っているだけなのだ。

「――助かるわよ。イスカンダルの技術なら、きっと彼女を元通りに回復させて――子供だって産めるようになる。そうしたら、あなたとラピスも含めた新しい生活が始まるのよ。信じてルリちゃん。イスカンダルが私たちにとって、本当に最後の希望なのよ」

 らしくない物言いだとエリナは内心自嘲する。
 だが嘘は言っていない。
 イスカンダルに行けばユリカが助かる可能性が生まれるのだ。
 そう、『可能性は』生まれるのだ。決して確実ではないが、彼女にとってのハッピーエンドの可能性はたしかに存在している。だから彼女はヤマトを蘇らせたのだ。
 だが、すべてを知って行動する自分と、なにも知らずにあるかどうかも定かではない希望に縋るルリとの間に、温度差が生じるのは避けられないことだろう。
 だからエリナはまだ真実を明かせない身の上ながら、ルリに希望に縋るように訴えた。

「大丈夫。彼女は必ず、昔のような元気な姿を私たちに見せてくれるわ。信じるのよ、ルリちゃん」

 それは自身に言い聞かせた言葉でもあった。
 例え万に一つの可能性でも〇でないのなら縋るしかない。それは見方を変えれば毒薬かもしれない、希望という言葉に。
 いまはただ、信じて挑み続けるしかないのだから。



「ごめんねラピスちゃん……」

 非常に弱々しい声で謝るユリカにラピスは、

「全然大丈夫だから心配しないで、ユリカ。私、ユリカと一緒に寝れて嬉しいよ」

 左手を抱えるように抱き締めて慰める。
 薬が効いてきてだいぶ落ち着いたとはいってもまだ青い顔をしているユリカだ。体温も少し低い。
 一人用ベッドで狭いから、という理由もあるが、少しでも体温を分け与えられないかと思ってギューッと抱き着いてみる。
 ……目的が果たせているかどうかはわからないが、これは意外と心地いい。

「いつでも頼って。戦闘指揮とか、みんなの鼓舞とかは私じゃ務まらないけれど、機関長としてユリカを支えることはできると思うから。だから抱え込まないでほしいの。私も、ユリカの家族なんだから」

 ラピスははっきりと自分の意見を告げる。
 アキトに助けられてから共に火星の後継者と戦い、それが終わったらヤマトの再建と、平穏な時間を過ごせているとは言い難いラピスではあるが、これまで出会って来た人たちとの絆の大切さはもう理解している。
 だからこそ教わってきたことを今度は自分が実践する番だとして、機関長の職務を懸命にこなし、そしてユリカの家族として彼女を支えると心に誓ってヤマトに乗り込んだ。
 いろいろと不安はある。
 でもラピスはアキトの戦いを隣で見続けた経験がある。決して楽な道ではなかったがもがき続ければ道が開けるかもしれないことは経験している。
 ユリカだってそう信じているからこそあの無茶を耐え、いまこうしてヤマトの復活という成果をあげている。
 ならばラピスは辛くても諦めない。二人が信じたように、ラピスも信じて先に進んでいくのだ。

「うん――ラピスちゃん、とっても暖かい」

「ユリカも、暖かいよ……ユリカ、大好き」

「私も大好きだよ、ラピスちゃん」

 互いの体温と鼓動を感じながら二人は次第に夢の世界へと旅立っていく……。
 ――はずだった。

「でもここ結構怖いんですね。外が丸見えで――吸い込まれてしまいそう」

 頭上に広がるのは――無限に広がる大宇宙。星々の煌めきの中にその身を置くと、自分の小ささが身に染みるようだ。
 ――多少詩的にモノローグを浮かべてみたところで恐怖は変わらない。だって窓の外は真空の宇宙。
 展望室などで休憩している時ならいざ知らず、こうして眠りにつくという無防備にもほどがある状態だと正直怖い。
 もし万が一、寝ている時にスペースデブリの類が直撃しようものなら――。
 ラピスは身を縮こまらせて恐怖を露にする。


「そうだよねぇ、やっぱり……シャッター降ろそっか」

 ユリカもラピスの意見に賛成する。
 この部屋ですでに三日生活しているわけだが、最初の一日目は幼少時代を過ごした火星――つまり惑星の大気圏内だったから問題なかった。
 だが、二日目に初めてこの部屋で、窓を開いた状態で就寝した時は真面目に怖かった。
 だって透明な硬化テクタイトを三枚隔てた(ヤマトの窓は基本的に放射線除去や防御力の都合で三枚重ね。その間にディストーションフィールドや放射線除去液が展開される構造)先に真空の宇宙があるのだ。それは恐怖である。
 再建の際に艦長室を移動しておけばよかったとつくづく後悔したものだが、衰えた体で緊急事態に即応し、艦橋に移動することを考えると旧来の構造を再現したほうが都合がよかったのも事実だ。
 しかし、なぜヤマトは宇宙戦艦として生まれ変わるとき、このような場所に最高司令官の部屋を用意したのだろうか。
 考えれば考えるほど不思議である。
 ……案外そこまで考えていなかったのかもしれない。ヤマトの建造は余裕がなかったらしいし。

「もちろんです。降ろしましょう」

 ラピスはユリカの提案にそれはもう眩い笑顔で応じた。
 ユリカは返事を聞くが早いか防御シャッターの開閉スイッチに手を伸ばし、シャッターを下ろす。
 艦長室の窓が装甲シャッターで覆われて、広大な宇宙空間が視界からシャットアウトする。同時に弱い室内灯が点灯する。
 これで部屋の窓は装甲シャッターで閉鎖された=多少のスペースデブリは問題ないという安心感も得られ、ようやく安寧な空間が与えられたといえよう。

「それじゃ、改めてお休み、ラピスちゃん」

「おやすみなさい、ユリカ」


 次の日、ユリカはラピスと雪と一緒に朝食を摂った。
 なぜラピスが艦長室にいるのか雪は疑問に思ったようだが「寂しかったから一緒に寝て貰った」とユリカが誤魔化したためラピスも本当のことは打ち明けなかった。
 その理由も事前に聞かされていたので多少呆れたが、特別反抗する理由もないから妥当な対応であったといえよう。

「いやぁ〜。艦長室って剥き出しだからたまに怖くなるんだよねぇ〜。やっぱり再建のときに別の場所に移せばよかったよぉ〜」

 ケラケラ笑って誤魔化そうとするユリカだが、雪には見抜かれてしまったようだと悟った。
 彼女の眼は最初笑っていなかった、おそらくユリカの顔色やラピスがお泊りしていたという状況から、昨夜なにかしらのトラブルがあったことを察したのだろう。敏い娘だ。

「そうですね。プライバシーがあってないようなものですし、女性の部屋としては不適切ですね」

 しかし追及せずに話題に乗っかってくれた。

 艦長室のシャッターを降ろした理由はそれで正しい。おそらく雪もそれを察したのと、ユリカの具合が深刻であったならさすがに連絡が来ていると考え、追及せずに済ませてくれたようだ。
 やはり気が利く娘だ。是が非でも進のお嫁さんに欲しいと、ユリカはそっと机の下にある左手を握り締めた。

「本当に怖かったぁ。ユリカもよくここで生活する気になったと思います。――でも、プラネタリウムと考えれば寝る時以外は心地いい空間ですね。星の海がとても奇麗」

 いまは解放されている艦長室の窓の外を見て、ラピスがうっとりとした顔で感想を述べる。
 たしかにドーム状の窓ガラスから観察できる星の海は、吸い込まれそうなほどに広大で奇麗だ。
 こういう席では、この景色を一望できるのも悪くない。とてもムードがある。

(いつかアキトとこんな場所で思う存分イチャイチャして、朝を迎えてみたいなぁ)

 などと凄まじい妄想をしながらユリカはスプーンを加える。
 結局彼女はどこまでいっても彼女であった。



 身支度を終えたユリカはラピスを伴って、というよりはラピスに同行する形で機関室に顔を出した。
 相も変わらず杖を突いてゆったりとした足取りで歩くユリカを先導するラピス。

「艦内の空気が重いから、明るくするために、艦内巡視に出よう!」

 と突然思い立ったのでさっそく実行に移したからだ。
 当然昨日の今日ということもあってラピスは渋い表情だったが、ユリカとて自分の体調くらいはわかっている。
 だから最初にアキトに連絡を取り、随伴してもらうつもりだったのだ。
 渋い顔ながらも了承したアキトだったが、すぐには来れないとのことだったので、ラピスが機関室の視察に付き合うことになったのであった。



 機関部門の副責任者である山崎奨は、今日も朝早くからこの気難しいエンジンの具合を部下たちと一緒に見ていた。
 波動砲の試射による反動で傷ついたエンジンは不調そのもので、辛うじて無傷で済んだ相転移エンジンからの供給によるやり繰りで、辛うじてヤマトは維持されている。

「おはようございます徳川さん」

 どうやら機関長も来たようだ。入り口近くで相転移エンジンの管理を行っていた太助に声を掛けたらしい。さて、自分も挨拶を――。

「あ、おはようございます機関――」

 長と続くはずだったであろう言葉が途切れる。――その隣に制服をビシッと着た最高責任者の艦長が立っていれば無理もないか。

「徳川君おはよ〜! 今日も元気によろしくね!」

「か、艦長!?」

 太助の絶叫が機関室に響き渡った。
 その声に驚いた機関士たちが一斉に出入り口に視線を向ける。
 嗚呼、朝から騒動な予感だ。

「艦長、どうなされたのですか?」

 責任者のひとりとして率先してそばに駆け寄り用件を尋ねる。これ以上部下たちを困惑させれても正直困る。
 ユリカが(一応)重病なのは艦内周知の事実。それがわざわざ足を運んだということは、なにか重大な案件があるのかもしれない。
 もしかして、予定が変わって土星に行けなくなったとでも言うのだろうか。だとしたら困るが……。

「いえ、みんなの様子を見に来ただけです。エンジンも気になりますけど、私の知識と技術じゃどうにもできませんし、そこは皆さん頼みです。ははぁ〜」

 と言って拝むユリカの姿に全員がなんとも言えない気分になる。
 仮にも最高責任者なのに、こんなに簡単に頭を下げてよいのだろうか。しかも拝まれてるし。

「それに、艦橋と艦長室だけ行き来してるのも息が詰まりますし、顔を出しておかないと忘れられちゃうかもしれませんしから!」

 と言うユリカに対して、

「いえ、それだけはないでしょう……」

 苦笑いを浮かべる。後ろで機関士たちも似たような顔をしている。
 その脳裏に浮かぶのは当然なぜなにナデシコ。しかも時折クルーの間でリピートされているので忘れられることだけは絶対にないと思う。出航してまだ四日目だし。
 機関部門でもワープの回だけは理解を深めるためにと、この四日間でも結構な頻度で繰り返し見ているのだ。
 生真面目で頑固者の気がある山崎も、最初ユリカがなぜなにナデシコを始めた時は面食らったものだが、艦長として部下のケアに努めているのだと思えばまあ大丈夫――実際受けがいいし。
 ただ、もう少し真面目であってほしいと思うのは贅沢だろうか。

「――あの、艦長」

 山崎の隣を抜けて、数人の機関士がユリカに向き合う。その姿を見て山崎は眉を顰める。
 全員が木星出身のクルーだ。
 まさかユリカに腹いせをするつもりじゃないだろうかと疑うが、そのような気配もないいし決めつけて遮るわけにもいかない。
 山崎は事態を静観することにした。

 ユリカもまた、木星出身のクルーと見て背筋を正して正面から向き合う。
 彼らの想いを受け止めるのは、艦長としての責務であり、あの命令を下した人間として、絶対に避けては通れないことだった。

「冥王星前線基地攻略作戦、予定どおり実行されますか?」

「もちろんだよ。放置しておいたらヤマトが帰る前に地球が滅んじゃうかもしれないし、それにあそこを潰すことが、いままで散って逝った仲間たに対する弔いだと思うから。例え反対されたとしても、私は艦長命令を持ってあそこを叩く――これだけは絶対に譲れない」

 これは本心だ。
 ユリカは別に争いを望んでいるわけではないし復讐とかにも興味はない。
 だが愛するモノを護るために全身全霊をかけて戦い、今日まで希望を繋いでくれた英霊たちに報いるためにも、あそこだけは叩き潰す。
 それを手向けとしてヤマトはイスカンダルに行く。
 この戦争の先にどのような結末が待っていようとも、仮にあそこを叩くことで今後の妨害がより苛酷になるとしても構わない。
 散って逝った、そしていまも生きている仲間たちのためにも、冥王星前線基地だけは絶対にこの手で叩き潰す。
 それがユリカの偽りならざる想いだ。

「――それだけ聞ければ満足です。われわれ木星人一同、われわれを受け入れてくれた地球のみなさんのためにも、そして地球に残してきた同胞たちのためにも、誇りと名誉にかけて任務に尽くします! 艦長、私たちの想いはひとつです!」

 全員が敬礼と共に熱い想いをユリカにぶつける。不覚にもユリカは胸が熱くなった。
 罵倒されてもおかしくないのに、ついてきてくれるのか。

「わかった。ならもう一度言うよ。みなさんの命、私が預かります。ヤマト共に、必ず地球を――愛する家族の未来を救いましょう!」

 ユリカの言葉に合わせて木星人クルーの周囲にもウィンドウが展開、敬礼した同じ木星人のクルーの姿が映っている。
 その中には月臣とサブロウタの姿もある。
 どうやらコミュニケをサウンドオンリーで起動して全員に聞かせていたようだ。おそらく、彼らの内誰かがユリカに遭遇したらこうするつもりだったのだろう。
 ユリカは全員に向けて答礼して応える。もうこれ以上の言葉は余計だ。

 そのあとは機関士全員を改めてひとりひとり激励し、エンジンの具合を聞いて頭を悩ませた。
 幸いラピス率いる機関班と真田率いる工作班の間では、すでにエンジンの改修案が固まっているらしい。あとは実際にコスモナイトを手に入れ、エネルギー伝導管やコンデンサーを新しいものに置き換えるだけという段階まで行っていると聞いて、ユリカも顔を綻ばせた。

「ただ、部品の交換作業には半日以上、部品製造にもその程度はかかると思われるので、改修後のテストも含めると一日、余裕を見ても一日と六時間は欲しい所です」

 と山崎に言われてユリカは頷いた。専門家の意見は尊重すべきだ。

「わかった。あとで大介君たちと相談して日程の調整をするね。限られた時間しか与えられないけど、バッチリ仕上げてくださいね」

 満面の笑みを浮かべるユリカに機関士たちも頼もしい笑顔で応じた。

「じゃあ私、ほかの部署見てくるね。ラピスちゃん、山崎さん、太助君、あとよろしくね」

 手を振りながら踵を返す。
 ベテラン機関士である山崎奨はとても頼りになるのだが、名字の関係で自分達を弄んだあの科学者の事を思い出すので顔に出さないようにするのがちょっと大変だ。
 まあ、人を食った笑みを浮かべるあの科学者と違って、こっちの山崎はナイスミドルなおじさんといった感じで頼もしいのだが。
 強いていえば、ガミガミ五月蠅いのが玉に瑕か。
 おそらく内心ではユリカたちナデシコのノリに馴染めない部分もあるのだろう。
 ――でも、自分が指揮する艦で沖田が指揮したヤマトのような雰囲気はありえないので我慢してください、と心の中で願う。

 ユリカはアキトと合流すべく廊下を進み、次の目的地である格納庫に向かう。幸い機関室とは近いので、待機室のドアの前に陣取ってれば問題ないだろう。

「艦長、おはようございます」

 前から歩いてきたクルーが挨拶してくる。
 うむ、ここは変な心配をさせないよう、一発ビシッと決めるとしますか。

「おっはよう! 今日も頑張って行こうかー!――っ!?」

 元気よく右手を振りかぶったとき、異変が彼女を襲った。



 ユリカが機関室を立ってからしばらく、席を外せないミーティングを終えたアキトは、リョーコに断ってからユリカの様子が気になって待機室を出た。

「すぐそっちに行くよ〜」

 と連絡が来てから五分も経つが、一向に姿が見えない。昨日の今日なので心配が尽きない。
 一応コミュニケに連絡しよう。



 その頃、ルリはハリを呼んで電算室で色々と相談を持ち掛けていた。

「――やっぱりいまのままだと、ガミラス相手にシステム掌握を仕掛けるのは無理だと思います。ヤマトの通信システムの規格は、ガミラスのそれに近づいたものなのでナデシコCよりマシだと思います。でも、ヤマトはナデシコCみたいに電子戦特化ではなく、ごくごくオーソドックスな、直接相手と打ち合う正真正銘の宇宙戦艦です。オモイカネも全力を出し切れませんし、無理をすればその分、ルリさんの負担も大きくなります」

「――わかってはいても、残念です。システム掌握ができれば戦闘の負担も減ると思ったんですけど。……やっぱりないものねだりなのかなぁ」

 ルリはハリに協力して貰って、ヤマトでもなんらかの形でシステム掌握が実行できないかを再検証していた。
 ユリカの負担を少しでも減らせないかと考えてのことだったが、やはりヤマトでは難しいことが再確認できただけであった。
 ヤマトの通信システムはガミラスの物に類似した、タキオン粒子を使用した超光速タキオン通信波システムを採用している。
 なので同じシステムを搭載したヤマトなら、と淡い期待を抱いたのだが、そうは問屋が卸さないようだ。

「気落ちすることないですよ。真田さんに相談して、ヤマトに改造を加えてもらうか、なにかしら補佐をするシステムを構築するなどすれば、限定的にはできるようになるかもしれません。諦めないで努力していきましょう!」

 ハリはルリを励まそうと力強く意見する。
 だが先の展望もなく意見しているわけではない。ハリとてルリの力になろうといろいろと知恵を絞り続けているのだ。
 以前のように通信回線を利用したハッキングができないのなら、直接相手に打ち込んで強制介入する端末を用意するとか、もしくはハッキングではなくウイルスを送り込んでかく乱してしまうとか、考えられる手段はまだほかにもあるはずだ。
 ガミラス艦のシステムのデータが不足気味なので、どの手段も有効とは言い切れないのがネックだが、今後調査する機会がないとも断言できないのなら、考えるだけ考えて損はない。

「ありがとうハーリー君。励ましてくれて。――せめて、ガミラスの兵器のサンプルでも手に入れることができれば、徹底的に解析することもできるのに……」

 ガミラスとの戦争が始まってすでに一年が経過しているが、一方的に打ち負かされ続けている地球はガミラスの兵器を直接鹵獲する機会に恵まれていない。
 無論地球とてガミラスの兵器を撃破はしているのだが、広大な宇宙空間での戦闘に加え、常に劣勢で這う這うの体で逃げ出すのがやっとでは、とても回収する余力など……。
 有効打になるのが相転移砲では残骸も残ることはなく、解析の困難さに拍車をかけていた。
 ルリのハッキングによって得られた成果も、彼らのすべてを解き明かすにはまったく足りていないのである。
 やはり現物を手に入れて解析するのが最も確実な手段だろう。可能であれば基地施設か軍艦のシステムを解析する機会が欲しいところだ。

「これ以上根を詰めても意味がなさそうですね。オモイカネもご苦労さまでした。……ハーリー君、付き合わせたお詫びにお茶をごちそうするね。一緒に食堂に行こう」

 無理にでも笑顔を作ってハリを誘う。ハリも笑顔を作って応じるが、内心では泣きたくて仕方ない。これではヤマトに乗る前の、ユリカが無茶をしていた頃のルリに逆戻りしてしまっているようだ。
 多分、昨晩ユリカになにかあったのだろうと、ハリは見当をつけていた。波動砲で市民船を吹き飛ばしたことが負担になったんだと思う。あれは、自分にとってもとても辛くて、正直言えばまだ飲み込めてないし、昨日の夜はよく眠れなかった。
 しかしハリはそれを顔を出さないように懸命に堪える。いまルリの前で泣くわけにはいかない。不満を言うわけにもいかない。敬愛するルリのためにも自分が我慢しなければ。ハリはその一念で涙を堪えて笑顔を浮かべていた。

 そして仲良く電算室を出て食堂に向かう途中、サブロウタに遭遇した。

「お、デートですか二人とも」

「茶化さないでくださいよ、サブロウタさん!」

 サブロウタの軽口にハリはいつも通りの反応で応じる。もちろん本気で憤っているわけではない。演技だ。
 こういう時はサブロウタの存在がありがたい。こうやっていつものノリを演じることがルリにとっての救いになると、ハリは信じている。
 サブロウタもそんなハリの心中は察しているし、ルリは彼にとっても敬愛する上官だ。だからハリが望むとおりに場を盛り上げる。
 ――内心では宇宙の塵と消えた故郷に思う所がある。が、先程のユリカの答えでサブロウタも自分なりにケジメを付けた。
 ――すべてのツケは、必ずガミラスに払わせる。

「――まあ、そんなところですね。それともハーリー君は、不満?」

 薄っすらと頬を染めたルリの態度にハリもサブロウタもぎょっとするが、こういう時ハリの反応は光よりも速い。

「め、めめめ滅相もありません! ぼ、僕はる、るるるルリさんとデートできて大変こここ光栄です!」

 予想外のサプライズ(?)にすっかりのぼせ上がったハリは、どもりながらも喜びの言葉を紡ぐ。完璧に地が出ているが取り繕う余裕なんてない。
 まさに天にも昇るような気持だった。

(これはこれは……)

 予想外のルリの言葉にサブロウタもたいそう驚いた。
 ルリなりの冗談、場を盛り上げるためのリップサービスなのかもしれないが、テンパってるハリを見るルリの目は優しく、愛おしいものを見ているようだ。
 無論、これがいままで通り可愛い弟分に向けている視線とも取れるが、もしかするともしかするのかも。

(まあこの一年、一番彼女をそばで支えてきたのはハーリーだもんな。もう少し男を磨けば、案外チャンスあるんじゃねえか?)

 可愛がってきたハリが着実に男に成長している。そう思うとサブロウタも嬉しくなってくる。
 この一年、フォローやアドバイスをしてきた甲斐があったというものだ。

「んじゃあ、お邪魔虫は去るとしますかね」

 頭の後ろに手をやって、飄々とした態度でその場を去るサブロウタ。

(がんばれよハーリー。もしかしたらお前、ルリさんの一番星になれるかもしれないぜ)

 弟分にエールを送りながら持ち場に戻る。こんな日常を護るためにも、絶対に旅を成功させなければ。
 サブロウタなりに、改めてヤマトの使命の重みを実感しながら足を進める。
 その姿にいつもの軽薄さはなく、かといって木連時代ほど堅苦しいものでもない、いまのサブロウタらしい実直さが出ていた。
 サブロウタはいま、静かに熱血していたのである。

 

 

第六話 氷原に眠る、兄の艦! Bパート