宇宙戦艦ヤマトの決死の戦いの結果、地球を死の縁にまで追い込んだ冥王星前線基地は陥落した。
 わずか一年という短い時間で地球を徹底的に追い込んだ仇敵にとうとう一矢報いた。そして二度と遊星爆弾は地球に降り注がない。
 そしてそれは、一時的なものかもしれないがガミラスの魔の手が太陽系から消え去ったことも意味していた。
 この事実は速やかに地球に届けられ、ヤマトが確実に先に進んでいることを知らしめた。
 ……その報告の中には占拠された市民船を止むを得ず破壊したという事実も含まれていたが、ヤマトの英雄性を損なうとして政府によって公表はされず、ヤマトクルーと一部の軍・政府の高官のみが知る事実として闇に葬られ、表向きはヤマトが調査した段階ですでにガミラスによって破壊され、木星に飲まれたと報じられた。
 波動砲の発射は試射を兼ねて木星圏に駐屯していたガミラス艦隊を屠るためだった、という形で歪められ、ヤマトクルーにとっては苦々しい結果となってしまった。

 地球でその事実を知った秋山源八郎は受け入れ難い事実に涙を流したものの、苦しい決断を強いられたヤマトクルーを労い、軍人として自分を律することで耐え抜いた。
 ヤマトの決断を受け入れることができたのは、それ以外に手段がなかったのだろうと理解できたからだった。
 それに木星という国は滅んでしまっていても、民が滅んでしまったわけではない。生き残った同胞が生きて行くためには、権力を持つ秋山が頑張らねばならない。
 彼はそう思うことで、己の職務に打ち込むことで悲しみに打ち勝ち、前へと進み続ける活力を得たのであった。



 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

 第九話 回転防御? アステロイドリング!



 無事に任務を遂げてヤマトに戻ったアキトと進は、すぐに同僚の戦闘班や格納庫内で機体の整備を担当している工作班のクルーにもみくちゃにされた。
 やれ「よくやった!」だの「木星の敵を取った!」だの「ガミラスの連中め思い知ったか!」などと歓声を受けながらなんとか格納庫を脱出し、第一艦橋に上がる。

「……凄い沸きようですね……」

「……まあ、地球を追い込んだ前線基地を叩いたんだから、当然かもね……」

 二人そろって揉みくちゃにされたのでかなり疲れた。ただでさえ単独作戦行動――休みなしで五時間以上神経を張っていたというのにこれはキツイ。
 しかも一時間は敵前線基地に忍び込んでの工作に従事していたのだ。神経はすっかりくたびれきっている。すぐにでもベッドに飛び込んで泥のように眠りたい気分だ。

「でも、これが希望に繋がるというのなら、個人的な感傷は抜きにして誇りたいと思います。復讐は終わっても俺たちの戦いは終わっていない……地球を救うその日までは……!」

 改めて志を語る進にアキトは拳を掲げて応える。進は掲げられたアキトの拳に自分の拳を打ち付ける。
 二人はこの作戦を通じて互いを理解を深め、互いを無二の存在と認め合っていた。その関係に相応しい表現は未だに見えていなかったが、深く良好な関係に至ったことだけは確かだった。
 二人を乗せたエレベーターが第一艦橋に到達した。ドアが開く。その視線の先に飛び込んで来たのは……。

「はあ〜。ルリちゃんいい子いい子ぉ。本当によくやってくれたよぉ〜」

「ちょ、ユリカさん苦し……」

 ユリカに抱き締められ、頬擦り加えて頭を撫でられているルリの姿だった。
 しっかりと抱え込まれたルリの顔はユリカの胸元に埋まっている。痩せたとはいえまだまだボリュームのある胸元に顔を押し付けられたルリは、軽く呼吸困難に陥っている様子。
 恥ずかしいのか嬉しいのか、いやそれ以上に苦しいのか。顔を赤くして手をぱたぱたと振っているがそれほど抵抗しているわけでもない。
 なんとも微笑ましい光景だ――ラピスが羨ましそうに見ているのが気になる。

「おっ! お帰り二人とも。大金星だったね!」

 二人に気付いたユリカがぱっと明るい顔を向けて大きく手を振る。だがルリは解放されない。
 釣られて手を振り返した二人は、こちらに来れないだろうユリカのために自分から近づく。

「ただいま帰艦しました。冥王星前線基地破壊任務、無事に成功しました」

 敬礼と共に進が報告すると、ユリカはそれはもう嬉しそうに頷いた。

「さっすが進君とアキトだね。もうホントに私の自慢だよ!」

 うんうん、と変わらずルリを拘束したまま頷くユリカ。
 ルリは今度こそ間違いなく恥ずかしさで顔を真っ赤にしてジタバタと暴れ始める。
 それでもユリカをぶったりしないようにいろいろと気を使っているのがわかるが、そんな抵抗で脱出できるほど甘い拘束ではないらしい。

「ユリカさん、お願いですからもう放してください……!」

 ちょっぴり焦ったような恥ずかしいような、そんな声色で暴れるルリを、ユリカは名残惜しそうに放す。解放されたルリは乱れた髪を手櫛で直してコホンとひとつ咳払い。
 すでに威厳もへったくれもないだろうが、チーフオペレーターにして電算室室長の立場であるので、形だけでも威厳を持たねばという涙ぐましい努力が伝わって来て、進もそしてアキトも心の中で涙がちょちょぎれる思いだった。

「お、お疲れさまでした。おかげで私たちも命拾いしました」

「ギリギリでも間に合って良かったよ。……そうだルリちゃん、施設内に侵入していろいろ漁ってきたんだ。映像データと探知機の解析データ、なにかの参考になるかもしれないから提出するね。――おっと、そうだそうだ。一応ガミラス兵が持ってた携帯端末らしきものもぶん捕ってきたんだった。これも解析してくれて構わないよ」

 アキトは小型カメラと探知機、それにガミラス兵が持っていた携帯端末をルリに手渡した。
 ルリに渡しておけば自然と真田の眼にも触れるだろう。ウリバタケも――資料を得るだけなら問題ないな、たぶん。
 貴重な資料を得られたルリは、アキトたちの眼前で喜びも露にする。
 アキトの手癖の悪さをつっこんだりはしなかった。否、つっこむ以前に念願の資料が得られたことに舞い上がってそれどころではないのだろう。

(あのときはそれどころじゃなかったけど、考えてみれば物凄く手癖悪いよなぁ)

 進は思う。でもまあ、サテライトキャノンで消滅してしまった基地からでは得られるものもないだろうし、せめてもの戦利品と考えれば――ホントによくあの場でそんなことを考えて行動する余裕があったものだと今更ながら感心させられる。
 伊達に場数を潜っていないということだろうか。

「ありがとうございます、アキトさん! 早速この資料を解析して、ガミラスのシステムへの理解を深めたいと思います!」

 ルリは小躍りしそうなほど喜んで、すぐに電探士席に座ると解析作業を始めるための準備を電算室に依頼する。
 この調子だとすぐに自分も電算室に移動するつもりなのだろう。――フリーフォールはいい加減慣れてしまったようだ。

「ともかくご苦労様。二人ともゆっくり休んでいいよ」

 満面の笑みを浮かべるユリカに進はつい嬉しくなって、

「はい! ありがとうございます、お母さん!……あっ!?」

 と盛大に自爆した。頭の中で「やっちまったぁ〜〜〜!!」と叫ぶが時すでに遅し。……でも、アキトと腹を割って話したときから遅かれ早かれこうなると予想はしていた。うん。
 しばらく第一艦橋の時間が止まった。
 ユリカは目をぱちくりと大きく瞬いて、両手で目を擦ってから進を凝視し、耳が詰まってないかと両手の小指で耳穴をグリグリ。

「進、いま私のこと、お母さんって……」

 ユリカは胸の前で両手を組んで、おずおずと座席から身を乗り出すようにして進に迫る。両目は期待に満ち溢れてキラキラと輝いている。
 ……その眼差しを裏切る度胸を、進は持ち合わせていなかった。よって、返答はひとつしかなかったわけで。

「え、と。その――はい。呼びました」

 照れ臭そうにそっぽを向いて後頭部を掻きながら答えると、ユリカは渾身の力で進にダイブを敢行。
 姿勢が低かったことと、筋力不足が祟って進の鳩尾に頭から突っ込む形になった。

「げふぅっ!?」

 凄まじい呻き声を上げて進は第一艦橋の床に沈む。一撃KO、見事な頭突きだった。

 「うれしい! 進! もう私たち家族だね!」

 と、などとユリカが言っていた気がするが、意識が闇の底に落ちていった進はそれどころではなかった。

 故意ではないにしても進を一撃KOしたユリカを呆れ顔で見下ろすアキト。

「おいユリカ、のびてるぞ」

 アキトの声も聞こえないのか白目を向いて痙攣している進に抱き着いたまま、ユリカは本当に嬉しそうにしている。
 やれやれとアキトは首を振る。
 事前に進の気持ちを聞いていただけにアキトはいまさら驚きはしないが、改めてこういう場で口にされるとむず痒い気持ちになる。まあいいか。ユリカも喜んでるし、進にとっての幸せに繋がるなら問題ないか。……問題ないだろう、うん。

 ルリも「ご愁傷さまです」と進の今後を考えて胸の前で十字架をきった。
 まあこれでよかったのだろう。進にとってユリカの存在が支えになっていたのは事実だし、よくも悪くも影響を受けまくってたのだから、収まるところに収まったというべきなのか。

(進さん、歓迎しますよ――あとはあなたが兄なのか、それとも弟なのかを決めるだけです)

 歓迎する気持ちに偽りはないが、妙な対抗心が頭を覗かせる。……自分ですらユリカとアキトを『母』『父』と呼べていないので、進に先を越されたようで悔しい。実際に自分にそれができるのかと問われると、恥ずかしくてできないだろうと思うがそれはそれこれはこれ。
 いまは困窮に喘いでいるであろうピースランドの遺伝上の両親には悪いが、ルリにとって『家族』と呼べるのはアキトとユリカであり、そう呼ぶのであればこの二人以外に思い当たらないのであった。

 一方でラピスはなんとなくムズムズする気持ちだ。
 進のことは好きだし、ユリカが散々『息子』と公言していたので進が感化されたとしてもいまさら驚きはしない。そもそも実験体として生み出され、遺伝子提供者が不明なラピスにとって、血縁関係が生み出す絆は実感が欠片もわかない。
 将来的に自分が子供でも産めば話は別だろうが、大事なのは当人同士の意識だとユリカとエリナからも教えられたので、ラピスはそれが正しいと信じている。

(羨ましい。私だって、頑張ってるのに……)

 ぶっちゃけラピスがムズムズしているのはこれが原因だ。地味ながら大切な問題である。
 元々まともな家庭環境に置かれた経験がないラピスだ、感情の発露を覚えたことをきっかけに愛情に飢え始め、いわゆる承認欲求が少なからず顔を覗かせている状態にあった。
 エリナはもちろんユリカにも甘えたい時は甘えたいし、当然ながら頑張ったら褒めてもらいたい、認めてもらいたい。そうやって自己を固めている最中なのだ。
 だから、進が家族になるのはいい。でも進ばかり(ルリもだけど)褒められているのはラピス的には面白くない。
 気絶していなければ、その進が褒めてくれたかもしれないのに。てな感じで頬をぷくぅ〜っと膨らませていたら……

「ん? ラピスどうした、可愛い顔が台無しだぞ」

 と気づいたアキトがラピスの頭を撫でて「初めての艦隊戦お疲れさま。疲れただろ」と労ってくれた。
 アキトもラピスにとっては大切な家族であり、父でありお兄さんと言える存在なので嬉しくないわけがない。
 それでご機嫌になっていると、「あ〜! 私もなでなでするぅ〜!」と進をホールドしたままのユリカがアピールを始める。
 ……気づいてくれなかったのはユリカなんだよ。と思いもしたが、ここで拗ねるのは損はあっても得はないと考え、静かに席を立ってユリカのもとに足を運ぶ。
 すぐにユリカに抱き締められて「ん〜。ラピスちゃんの髪の毛柔らかくてすべすべ〜。今日はご苦労さま。大変だったね」と労ってくれる。うむ、素直に応じて大正解。
 アキトにしてもらうのとユリカにしてもらうのでは微妙な違いがあって、同じ話題で二度美味しい。満足満足と、満面の笑みを浮かべるラピス。
 なお、ラピスがアキトやユリカを父母と呼ばないのは、同じように大切なエリナに優劣をつけるようで悪いという彼女なりの配慮だった。当のエリナは気にするなと言っていたのだが、ラピスはやはり悪いとしか思えず頷かなかったのだ。

 そんな光景を目の当たりにした大介は、笑うべきなのか呆れるべきなのかイマイチ判断の付かない顔で操縦桿を操っている。
 現在のヤマトは自動制御装置がダメージを受けているため手動制御の真っ最中、注意力散漫は事故のもとなのだが……すぐ隣で見せつけられる家庭事情というか茶番というか、なんと言っていいかわからない緩い光景に注意を向けるなと言うほうが酷だろう。面白いし。

(思った以上に感化されてたんだな古代。しかしまあ、孤独だって思うよりはマシなのかもしれないな)

 と考えながらも、母と慕うユリカも余命いくばくもなく、イスカンダルに行ったからといって確実に助かる保証がない現状には頭が痛くなる。進がまた辛い別れを経験するだけじゃないかと心配なのだ。

(こいつに悲しい思いをさせないためにも、俺たち航海班が遅れを取り戻さなければ……任せろよ古代。もうおまえに家族を失う悲しみは背負わせないからな!)

 大介は決意を新たにヤマトをイスカンダルまで辿り着かせて見せると、航路計画を練り直すことにする。
 ……しかしその前にこの面白い光景を存分に目に焼き付けておくか、としっかり観察することを忘れない。
 あとでこの話題を肴にコーヒーを楽しんでやると決意する。

 ジュンは一気に緊張感を失った空気に「これでいいのかなぁ?」と思いつつも「まあナデシコもこんな感じだったかな?」と粛々と自分の仕事をする。
 要するにユリカが気を抜いている時は自分がフォローすればいいだけだと自己完結したのだ。――だから影が薄いと言われるのだと、ジュンは気付いているようで気付いていなかった。

 エリナは「あ〜あ。これはあとが大変ね」と呆れかえった表情で事態を見守っている。
 大激戦を終えた直後で疲労してるんだから騒いでないで休め、と言いたくて仕方がないが、進だけならまだしもラピスが巻き込まれては怒鳴り込むわけにもいかない。こっちだって疲れてるんだ。
 まあ気持ちが休まっているのならいいのかな、と思い直して自分の仕事をしようとコンソールに向き直る。通信士もまだまだやることが多いのだ。

 ハリは「進さんも盛大に自爆したなぁ〜」とユリカに抱かれて至福の表情を浮かべているラピスを眺めている。
 とても愛らしいが、個人的には先程までのみんなの前で撫でられ、羞恥で赤くなっていたルリのほうがよかったなぁ、とか失礼なことを考える。
 あの姿も脳内フォルダーに保存済みだ。厳重にロックをかけて消去しないようにしなくては。
 正直な感想を述べるなら、ユリカにはぜひともルリと絡んでいままでに見たことのないルリの一面をバンバン引き出して欲しい。眼福であるのでぜひともだ。

 真田は真田で床でのびている進やユリカに甘えているラピスを苦笑して見ながらも、どのような形であれ進が理解者を、そして大切な人を見つけて幸せを掴もうとしている姿に内心感激を覚えていた。
 そしてそれを成したのは、真田にとっても恩人と言えるユリカたちだと思うと、奇妙な縁に胸が熱くなる。

(守。お前の弟は立派に成長しつつあるぞ。新しい家族も手に入れて、こんなにも明るい表情をするようになった――お前も、天国で見ているか、守)

 いまは亡き友に心の中で報告して、真田はヤマトの被害確認に戻る。勝ったとはいえ、ヤマトは満身創痍。こういうささやかな幸せを護り抜く為にも、ヤマトを万全の状態に戻さなければならない。
 それが工作班長としての使命だと、真田は被害確認に精を出す。
 ……そうだ、ユリカが生き延びられるようにするためにもヤマトの問題点を洗い出して、できる範囲内で改修していこう。ヤマト再建の際にも武装の増設やらなんやらと案は出ていたが、六連波動相転移エンジンやトランジッション波動砲やらの搭載による変貌が著しく、それ以外の部分はできるだけ簡潔に、自沈直前の状態で復元しようという意見が多数を占めて実行されなかったアイデアだった、その候補となったひとつなら、修理作業と併用した改修が可能だ。
 だってできるようにちゃんと備えているのだから。そうと決まれば話は早い。イネスやウリバタケと相談して、ヤマトの機能向上について話し合いの機会を設けるとしよう。
 真田はコミュニケでメッセージを送ってから「さて、どう仕上げるか」と唇の端を持ち上げた。



 そのあとすぐ、ヤマトは冥王星を発った。
 本当なら基地から資源を漁りたかったのだが、海中にある基地の残骸を漁るのは合理的ではない。
 なので、代わりに冥王星空域で撃破した敵艦の残骸少々に研究用として反射衛星をひとつ回収しながら、ヤマトは冥王星軌道の外側にあるカイパーベルトに向かって進路を取った。ここに紛れて残存艦隊からの追撃をわずかばかりでも遅らせるために。



「カイパーベルトってなんだ?」

 てな感じで、天体に疎いアキトが質問する。
 例によってユリカたちと食事を共にしての一時である。
 今回はルリとラピスと雪に加え、強引に連れ込まれた進も席を囲んでいた(エリナは仕事が忙しいと辞退した)。
 食事はユリカがいつもの栄養食である以外は、一律でプレートメニュー(食パン二枚、スパゲッティーサラダ、ホワイトシチュー、合成ハムステーキ、オレンジジュース)を食べている。

「カイパーベルトとは冥王星軌道の外側にある小惑星帯のことです。正式名はエッジワース・カイパーベルト。わかり易く説明するのなら、火星と木星の間にあるアステロイドベルトと同じような物ですね」

 ルリがスパゲッティーサラダを口に運びながら解説する。ルリも天文学についてはそれほど詳しいわけではなかったが、オモイカネという頼もしい友人がいて、出向前にできるだけ積み込んできたデータベースを頼りにすれば、最低限かみ砕いた解説くらいはできる。

「アステロイドベルトって言うと、あの小天体が密集してる地帯のことだっけ?」

 アキトが確認すると、ルリは「そうです」と頷く。

「小天体から鉱物資源を採取できる可能性もあるしね。ヤマトもかなりダメージを受けてるし、ミサイルも撃ち尽くしちゃったから。金属資源を補充しないと修理も生産も立ち行かなくなっちゃうよ」

 スプーンを口に運びながらユリカが目的を説明する。
 たしかにいまのヤマトは満身創痍だ。装甲を貫通した被害は反射衛星砲の三発に限られるが、装甲表面には大量の弾痕が刻み込まれている。
 痛んだ装甲は必要に応じて張り替えて交換し、表面が削れたり軽くへこんだだけの部分は補修用に開発された液体金属を流し込んで補修する。
 堅牢なヤマトの装甲板ではあるが、もちろん修理や改修に必要な溶接や溶断の技術も確立しているため、従来の物よりも手間がかかるが問題なく張替えできる。
 また、表面の防御コートがあったままだと作業が進展しないため、まずはそれを除去する溶液を塗布してコートを剥がし、作業終了後に改めてコーティングする手間もかかった。この防御コートは塗装も兼ねているため、地球型の惑星の大気中はもとより、宇宙を漂う星間物質などによる腐食から装甲を保護する役割があるため、決して疎かにはできない。あとコンピューター保護の防磁作用の役割も。
 被弾によるダメージもさることながら、浸水によってエネルギー供給ラインや電装品が負った細かい被害も多く、奥まった場所や構造上どうしても作業スペースが確保し辛い場所があるため手間がかかるのだ。
 それにフレームの矯正やら応力検査やら、やらなければならない箇所は多く、工作班の頭を悩ませていた。

「修理には最低でも二〇日以上かぁ。アルストロメリアと小バッタを使えるからまだ楽になってるほうなんだけどねぇ。搭載機が全部アルストロメリアでよかったよ。エステバリスだったらもっと大きな損害を被っていただろうし、航空隊の損耗がまだ少なく済んだのは、不幸中の幸いだね」

 ユリカは珍しく真剣な表情で語っている。
 しかしユリカの言葉ももっともだと思う。普通なら返り討ちで轟沈している。これからもこの規模の戦闘が想定される以上、戦術をもう一度練り直したほうがいいかもしれない。

「でもいまは、素直に勝利を喜びたいと思います。この宙域で散っていった、戦士たちの弔いとして」

 進はオレンジジュースでパンを胃に流しながら、モニターに映し出される冥王星宙域に視線を送っている。そこにはヤマトが撃破したガミラス艦の残骸が四散していた。
 あの最後の反抗作戦と言われた艦隊戦では一方的に蹂躙された地球が、ヤマトという強大な力によってついに逆転に成功した証。
 ガミラスはまごう事なき敵。とは言え、人と変わらぬあの姿を見たあとでこの大量の残骸――大勢の人死の跡にはわずかばかりの感傷も覚える。
 しかしだからと言ってわれわれも止まれない。
 いかなる妨害であっても切り抜けて地球を救い、未来を護らなければならないのだ。

「そうですね。それに波動砲を封印しても私たちは戦える。それが証明されたことも嬉しいです。そうでないと私たちどころか、これからの地球が波動砲の依存した防衛戦略に傾倒してしまうかもしれないですし」

 ラピスも進に便乗しつつ、拭い去れない波動砲への恐怖を口にする。
 幼いラピスにとって、波動砲の問答無用の威力は別格過ぎる畏怖の対象として心に刻み込まれてしまったようだ。
 もちろんルリだって波動砲は怖い。あれはあまりにも問答無用すぎる。強力な兵器の多用は不必要な破壊を招き、相手が知的生命だと仮定すればその威力で恐怖を煽り、超兵器による応酬という最悪のシナリオを描きかねない危険性がある。波動砲の力に溺れれば、そんな未来もありえる。
 いや、仮に波動砲を封じたところでヤマトに使われている異星人由来の技術などは十分過ぎるほど強力だ。今後は同じ技術を使った戦闘艦が多数建造され、地球の防衛に使われるのであれば波動砲があってもなくても地球の未来は……。
 地球は滅亡寸前まで追い込まれているのだ。軍拡の未来に走るのを止める術はなく、それが間違いと言い切れるほど他者の善良性を信じられるわけもない。

「そうだね。波動砲に頼ればなんでも解決、なんてなったら嫌だもんね――スターシアも、そんなつもりで私たちに託したわけじゃないし」

 ユリカの言い様に違和感を感じたのはルリだけのようだ。
 アキトは特別気にしたふうもなく切り分けたハムステーキを口に放り込んでいるし、ラピスはスパゲッティーサラダを啜ってご満悦といった顔をしている。意外と麺類が好きらしい――気持ちはわかるけど。
 進も特別リアクションを取ることなく隣の雪と言葉を交わしている。

「ユリカさん、スターシアさんの心境がわかるんですか? まるで知り合いみたいな言い方ですよ」

 ルリの言葉に「しまったぁ!」と顔にでかでかと張り付けてユリカは「そ、そう思っただけよ〜」と誤魔化す。
 ジト目で睨んでみるがユリカは話す気がないらしく無視している。追及するだけ無駄だと諦めたルリは先割れスプーンをシチューに突っ込んで具と一緒に掬い上げた。ヤマトのランチプレートは例外なくこの使い難いことで有名な先割れスプーンが採用されている。
 というもの食器をむやみやたらに増やせないので効率化しようとした結果らしい。むぅ。
 とは言えこれは一般食の場合で、本来なら艦長のユリカは専用の食堂で一般クルーよりも立派な食事を摂ることができるのだが、肝心のユリカの容態がこれなので食事を提供する機会は皆無、艦長用の食堂はすっかり埃を被っていた。
 そもそも食事のためだけに衰えているユリカを艦内で歩かせるのも問題視されたこともあり(その割に視察と称して動き回っているが)、食事は大抵世話役の雪かエリナ、夫のアキトを中心とした内輪の者が、艦長室で摂ることになっているのが現状だ。
 今回は六人と大人数なので使おうかとも考えたのだが、広さに大差ないため結局今回もお流れになった。
 さすがに手狭だが、この距離感が心地いいといえば心地いい。

「それにしても艦長、今日は随分と具合がよろしいようですね」

 なぜか妙にウキウキしている雪がユリカの体調を訊ねている。――ああそうか、意中の男性と一緒だからか。しかもこの場にいるのは彼女以外が全員『家族』。その中に問題なく混ざれているということにはユリカの関与を認める。
 実際雪の好意は比較的わかり易すい。ユリカほどストレートに開けっ広げというわけでもないが、さりとてわかりにくいということもない。たぶん最初は守を失った進に対する同情から放っておけなかったのが、ユリカを挟んで日々を過ごす内に異性への好意へと変貌していったのだろう。
 あの時間は終末へと向かいつつある現状においても素直に楽しいと言える時間だったことは、ルリもよく知っている。それに加えてユリカだ。アキトと再会してからは以前にも増して惚れ気話が多く、介助のため接する機会の多い雪が影響を受けてしまった可能性は否定できない。
 よくも悪くもユリカは影響力が強い人間だ。そうであっても不思議はないが……。

「まあね。薬がぶ飲みしたし、戦いには勝てたし、なにより進がとうとう私をお母さんって、お母さんって言ってくれたもの! もう嬉しくて嬉しくて……!」

 ほろりと涙を流すユリカに進は真っ赤になってうつむき、先割れスプーンでシチューをかき混ぜている。観念したとはいえ、やはり面と向かって言われると気恥しいのだろう。同情を禁じ得ない光景だ。

 アキトも赤面している進を見て助け舟を出さずにはいられなかった。

「でも、進君の精神衛生上普段からそう呼ぶのは止めておいたほうがいいなだろうな。うん」

 アキトとしてもあまり年の離れていない進に「お父さん」と呼ばれるのは違和感がある。
 進が慕ってくれていることは嬉しいし、頼ってくれるのであればそれに応えたいと考えるのは、生来の気質だと自分でも思う。
 それに許されないことをしてしまったという自責の念を消せないアキトにとって、『誰かのために尽くしたい』という欲求が尽きない。自分のすべてを棄ててでも、とまではいかないが、やはり心の奥底で『赦し』を乞うている自分がいることを自覚している。
 ……たぶんこれは、一生涯続くだろうと思う。だからこそ俺は――。

「む〜。アキトがそう言うんならそれでもいいけど。それにどう呼ばれたってもう私たちの絆が途切れることはないからね。先人さんが言ったんだって、『絆とは断ち切ることのできない強い繋がり。離れていても、心と心が繋がっている』って」

 ユリカの発言に「へぇ〜。説教臭いけど案外良い言葉だなぁ」と頷く。ルリたちも少なからず感銘を受けたようだ。

 そんなこんなで食事の席は話題が尽きず、つい数時間前まで緊迫した戦いを繰り広げた戦艦の中とは思えない穏やかな時間が流れていた。
 話の話題は次第に予想以上の頑張りを見せるラピスに向いた。まさかの機関長就任から今日まで、ラピスは非常に頑張っているのは誰しもが知ることである。

「ホントにラピスちゃんはしっかりしてるよなぁ。エリナさんの教育がよかったのかな?」

 と感心する進。この一家と付き合いがあってエリナと縁遠いということはもちろんなく、それなりに親しい間柄にあった。
 以前、ユリカに翻弄され続けていた進の肩を無言で叩いて紅茶をご馳走してくれたこともあったと聞いている。本当に気が利く人だと、進はユリカとは違う意味で尊敬しているくらいだとも。
 たしかに、いまのエリナはナデシコ時代に比べて角が取れて付き合いやすくなったなとはルリも思う。

「もちろんです。エリナには、出会った頃からお世話になりっぱなし――今度、なにかお礼をしたいです」

 頬を染めて照れるラピスに進もほっこりと頬を緩ませる。ユリカのおかげで接点を持ったラピスを進が可愛がっているのは知っている。
 日頃は業務や自身の鍛錬に余念がなく、接点があるように思われていない。しかし休憩が重なった時などはジュースをご馳走したり、機関長としての手腕を褒めたりしているを何度か見たことがある。
 そんなこともあってか、ラピスは進にもよく懐いているようだ。

「古代さんもすっかりお兄ちゃんが板についてきましたね」

 と率直な感想を漏らす。
 年下かつ立場的には同等のラピスの場合、階級や立場的にも上であった自分と違って接しやすく打ち解けやすかったのもあるだろうが、驚くほどラピスが懐くのが早い。彼女は育ちの関係で人見知りの気があったと思うのだが――ああ、ユリカに強制的に矯正されてしまったのか。
 ……進と言い雪と言いラピスと言い、彼女の影響を受けたであろう人物はそれ以前と比べて変貌が目立つ気がする。まあかく言う自分もVサインをすることがあるのはユリカの影響だが。
 ルリがそんなことを考えている間にも、ラピスがエリナにどんな贈り物をするべきかで徐々に話がヒートアップしていく。
 しかし贈り物に疎い男二人とルリは話の輪から自然と締め出され、ユリカと雪が意見をぶつけ合ってラピスがそれを拾い上げる構図へと変貌していった。
 輪から外れた三人は白熱した議論を聞きながら黙って食事を口に運ぶしかすることがない。ちょっぴり空しい瞬間だ。
 だがこの光景こそ、ユリカ達が最も求めている『平穏』と呼べる時間であることは疑いようがない。ヤマトの最終目標は、この光景が日常的に行われる『平和』を取り戻すことにあるのだと、実感するには十分な時間であった。

 なお、ラピスの贈り物は艦内で用意できてかつ小物類と指針が決まったこともあり、最終的には有名なクラシック曲のオルゴールを制作して送るということになった。
 真田とウリバタケの協力も仰いで用意したプレゼントは、後日メッセージカードと共にエリナに送られ、大層喜ばれたという。

 食事を終えたあと、ユリカは疲労を考慮してそのままお風呂に入ってから就寝となったので、雪に世話を任せてアキトたちは退室することになった。
 ラピスはエンジン周りの点検作業の視察と手伝いに機関室へ、進は兵装の状態を再度確認するため第一艦橋に向かい、ルリとアキトは揃って展望室へと足を運んだ。

「そういえば、ヤマトに乗ってから二人で話すのってこれが初めてだっけ」

「そうですね」

 展望室のソファーに並んで腰を下ろした二人は、展望室の窓から星々の海を眺めつつ言葉を交わす。

「アキトさんのおかげで、ユリカさん凄く幸せそう。……久方ぶりです、ユリカさんのあの笑顔は」

「そっか。俺がいない間のユリカの様子、聞きたいとは思うけど、あえて聞かないことにするよ。あいつも俺のこと、聞きたがらないしさ」

 話して楽しい話題でないことは確かだ。
 ユリカはヤマト再建のために文字通り命を削り、アキトは罪悪感と無気力の中で停滞していただけ。それを話し合ったところでそれこそ傷の舐め合いにしかならないだろうし、それは互いの望むところではない。

「私も話したくないです。でも、未来の話はしたい。アキトさんは今回の旅が成功したあと、どうされるつもりなんですか? ラーメンの屋台はそうですし、ユリカさんとの夫婦生活を再開するのはわかりますけど、それ以外になにか願望はないのですか?」

「そうだなぁ……実は俺さ、ネルガルでも軍でも良いから、パイロットを続けるつもりなんだ」

 アキトの告白にルリはたいそう驚いた。

「パイロットって、ラーメン屋はどうするんですか?」

「もちろんやるよ。二足わらじを踏むんだ。今回の件で、宇宙にはほかの文明がいくつも存在していて、それが地球にとっての脅威になりかねないってわかったからね。だから、少しでもいい、今後またあるかもしれない脅威のために、備えを残したいんだ。確かに俺はヤマトで贖罪を果たして戻るって決めてここに来た。でも、それだけじゃ俺の気が収まらないんだ。俺は生涯自分の犯した過ちと向き合い続けなきゃいけない。裁判で判決を受けることを実質拒否してしまった俺だから、せめてもの罪滅ぼしとして、平和を守るための戦いに参加していきたいんだ」

 そう語るアキトの瞳には強い決意が宿っていた。

「――アキトさんらしいですね。そこまで決意されているのなら、私はもうなにも言えません。ただ、またユリカさんを故意に置いていこうとしたら、そのときはただでは済ませませんよ?」

 冗談めかして言うルリにアキトも大きく頷く。

「もちろんだよ、ルリちゃん。第一死んだらそこで終わりだろ? 俺にはまだまだやりたいことも、やるべきことも残されてるんだ。死ねないよ、そう簡単には」

 力強く宣言するアキトにルリも心からの笑みを浮かべて頷く。
 どうやらもう心配はなさそうだ。アキトは自分を取り戻している。自分としっかり向き合って進むべき道を定めている。
 確かにアキトのしたことは万人に認められることではない。それによくも悪くも真面目で責任感の強い彼のことだ、その罪を忘れることは決してできないだろう。だが構わない。アキトはもう逃げないとわかったから。
 それもヤマトのおかげなのかもしれないと思うと、あれほど蔑んでいたはずのこの艦への愛着が、また深まりそうだった。

「できる限りの助太刀はしますよ、アキトさん。それより、その考えはユリカさんには?」

「まだ誰にも言ってない。ルリちゃんが初めてだよ。まあ感づかれてるとは思うけどね。」

 隠し事がばれた子供のような表情のアキトにルリはくすりと笑って肯定した。

「でしょうね。ユリカさん、やたらと鋭いときがありますから」

「だよねぇ〜」

 二人は声を出して笑いだす。こうして彼と他愛もない時間を過ごしたのは何年ぶりだろうか。そうやってひとしきり笑ってから、ルリは漠然とユリカもアキトと似たような考えにあるのだろうと想像した。
 ……だってヤマトを蘇らせたのはユリカで、ユリカはヤマトが数度にわたって地球と人類を外敵の脅威から護り抜いてきたことを知っている。つまり、この世界でも同じことが起きかねないということを最初から想定して行動しているであろうことに、いまさらながら思い当たったのである。
 よほど自分は余裕がなかったらしいと振り返ると同時に、ユリカがそのことを口外せずに水面下で動いている理由も察した。
 あるかどうかもわからない脅威に戦々恐々するよりも、眼前の脅威を取り除く方が先決であるし、なによりその先にある平和が脆いものだと口にするのは、不要な不安を煽るだけだ。
 それにユリカ自身、願うのはアキトとの幸せな結婚生活が一番で、そのためにはそのような脅威は来ないほうが好ましいのは当然だ。言霊とかの迷信を考えれば、口には出せまい。
 それに心血を注いで復活させたヤマトにしても、願わくばこれが最後の戦いであって欲しいと考えていることはルリも知っている。
 平和になった地球の海で永久に錨を降ろすか、それとも別世界であっても坊ケ崎沖の海底に戻すか。それが叶わぬ願望と理解していながら、それを求めていた。

「さて、もう少し話題がないかな。せっかくの機会だから、もう少しルリちゃんとお喋りしたいな。ユリカとはべったりだけど、ルリちゃんは疎かにしちゃってるし」

 アキトは少し申し訳なさそうだ。
 確かにヤマトで再会してからアキトとルリの接点は少ない。パイロットは電算室にそれほど用がないし、アキトは暇があれば訓練かユリカの相手をしているかで、狭い艦内だというのにルリとはあまり話せていないのが実情だ。
 もちろんそれは仕方がないことだと理解しているが、せっかくの機会なのだからもう少し彼を借りてもいいだろうと思う。
 だから、かなり恥ずかしいが自分にとって結構重要な案件を話題として提供することにした。

「そうですね。私もサブロウタさんやオペレーター仲間の――は、ハーリー君とは良く話してますけど、アキトさんとはあまり機会がないですし」

 ハリの名前を出すとき、わずかにどもってしまう。というのもこれは先日の艦長室でのお泊りが原因だ。



 決戦三日前の夜。
 ユリカに誘われてベッドを共にしたルリは、しっかりと抱きしめられて拘束されながら、質問責めにあっていた。なぜ拘束されなければならないのかと、ルリは若干理不尽な想いを抱きながら、大好きな姉であり母であるユリカの温もりを味わっていた。
 これで話題がもう少し普通だったら言うことないのだが……。

「ねえねえ、ルリちゃん。実際のところハーリー君とはどうなってるの? 傍から見てると凄く初々しいカップルなんだけど」

 と目を輝かせながら訪ねてくるユリカに視線を逸らしながら、

「べ、別になんともなってないです。ハーリー君は可愛い弟分みたいなもので、別にそういう意識は……」

 と否定するが、内心自分でもわからないところがある。一年前までだったらそれこそまったく意識していなかったが、この一年で見違えて成長したハリの姿を何度も見せつけられた。
 その姿に頼もしさを覚え、甘えていたことは事実だといまになって気づくが、それが恋愛感情を伴うものなのかと問われれば正直よくわからない。というかそんなことを考える心のゆとりがルリにはなかったのだ。
 ――いま自分を拘束している誰かさんのおかげで。

「そうなの? ハーリー君はルリちゃんのこと好きだと思うんだけどなぁ」

 そう言われると心臓が飛び跳ねる。
 実は最近、ハリの態度は姉(に相当する存在)に対する憧憬ではなく、異性に対する恋慕ではないかと、少しだけ疑っていた。
 でも自分は一七歳で、相手はまだ一三歳(になったばかり)の子供なのだ。恋愛対象になるはずがないので余裕のなさもあってあまり考えたことがなかった。

「まあ年齢は気になるよね。でも、私がアキトに恋したのは幼稚園の頃だったんだよ」

 二歳しか差がないでしょうが、と内心突っ込む。

「ほぼ同年代の恋愛と一緒にしないでください」

「え〜。愛さえあれば歳の差なんて関係ないよ〜。実際二〇歳以上も離れた結婚なんて珍しくないじゃん」

「その場合は両方とも成人しています。ハーリー君はまだ一三歳になったばかりですよ?」

 不満たっぷりに唇を尖らすルリにユリカは「微笑ましいなあ」と顔を綻ばせている。駄目だこの人、人の話を聞いていない。

「一番大事なのは年齢じゃなくて愛だよ、愛。ルリちゃん、ハーリー君といる時すっごく楽しそうに見えたんだけど――私の勘違いかぁ」

「残念残念」と話を切り上げ、「おやすみ〜」とユリカはあっさりと夢の世界に旅立つ。
 一方的に言うだけ言って眠ってしまうとは。相変わらずと言えば相変わらずだが腹立たしい。ちょっとムカついたので頬を抓ってみるが起きる気配なし。むなしくなっただけなので早々に止めて、自分も目を瞑る。
 ミナトと並んで自分に大きな影響を与えた女性に抱きしめられて、ルリは確かに幸福だった。彼女の安らかな寝息と心臓の鼓動に心が休まるのを感じる。

(私、いつからこんな甘えんぼさんになったのかな?)

 もう一七歳だというのに。少し恥ずかしいかもしれないが、ユリカ相手に遠慮するだけ馬鹿らしいと思い返して自分からユリカに抱き着く。痩せた体の感触が物悲しいが、かつてと変わらない温もりを体一杯に感じ取る。
 この旅の終わりにはきっと、彼女の体は元通りになる。そうしたら、今度こそ元気一杯の在りし日のユリカが帰ってくる。
 漠然とした、過大とも言える希望が現実になりそうな予感を胸に秘め、ルリはユリカの温もりに包まれて夢の世界に旅立った。
 幸運なことに、普段寝相の悪いユリカもこの時ばかりはお行儀良く寝てくれたので、ルリはヤマトに乗ってから最も安らかで、充実した睡眠を貪ることができたのであった。

 ……しかし、ここでユリカに意識させられたせいか、仕事中ならともかくプライベートな時間ではハリをまともに見れない。
 言われたから意識しているのか、元々その兆候があったのか、自分でもよくわからない。
 ならばせっかくの機会だ、アキトにこの事を話してみようと考えたのである。
 相談されたアキトはそれはもう困った顔で、

「ごめんルリちゃん。俺、恋愛沙汰には疎くてさ。ユリカくらいわかり易ければともかく、ハーリー君とは接点も乏しいし、アドバイスできないや」

 と頭を掻きながらルリに答える。

「でしょうね。話を振っておいてなんですが、ぶっちゃけると最初から当てにしていません」

 ルリはばっさり切り捨てる。そもそもナデシコ時代から色恋沙汰で優柔不断な態度を取り続け、天然ジゴロとも捉えられかねない言動や態度を取ったこともあるアキトに恋愛相談など、建設的な答えが返ってくるわけがないと断定していた。
 ばっさり切られたアキトの頬が引き攣る。傷ついた様子だが、自業自得というものだ。

「私はただ、アキトさんには知っていて欲しかったんです。その、もしも本当に私がハーリー君を好きになったんだとしたら、しょ、将来的には、その……」

 ごにょごにょと言葉を濁す。きっといま自分の顔は真っ赤に染まっているだろうな。

 アキトにとって初めて見るルリの表情に驚きを通り越して感動を覚えた。

(ルリちゃん。俺がいない間に、こんなにも感情豊かに、普通の女の子に育ったんだね)

 その成長を見届けられなかったことが、改めて悔やまれる。

「それから先は、今後の楽しみって言った感じかな?――俺も、少しハーリー君と話してみようかな。なんだかんだでルリちゃんをここ一年の間支えてくれたお礼もしたいし」

 そんなことを言ったら、ルリはさらに恥ずかしくなったのか頭を抱えて蹲ってしまう。アキトはそんなルリの様子にユリカとの語らいとはまた違った充足感を得る。
 ナデシコ時代の無機質さを感じさせた少女は、愛さえも理解する感情豊かな女性へと成長した。
 一緒に居た時間は決して長いとは言えないし、酷い仕打ちをしてしまった自覚もある。だが、家族の確かな成長を見ることができて、喜びを感じる。その成長に自分が少しでも関与できているのだとしたら、こんなに嬉しいことはないだろう。

(ユリカとの間に子供が生まれたら、またこんな感動を味わえるのかな?)

 いまは閉ざされたままの未来の予想図。だがいつかは実現する可能性のある未来。

(そっか、俺とユリカの子供だけじゃない。ルリちゃんが、ラピスがいずれ誰かと結婚して、子供を産んだら、その子の成長も見届けることができるんだな)

 そうやって家族の輪は、人の愛は広がっていくのかと考えると、アキトは急に視野が開けた錯覚すら覚える。
 やっぱり、帰ってきてよかった。この人が生み出す大いなる輪こそが、愛こそが人を幸せにするのだと――これ以上なく感じられた瞬間だった。



 次の日。ユリカは雪を伴って医療室に足を運んでいた。ここは第二艦橋直下の医務室と異なり、重病者の治療や手術などを行うための場所だ。
 つい昨日の死闘によって多くのクルーが傷つき、医務室や医療室のお世話になっていた。医療施設とはいえ戦艦内の施設、怪我人に対してベッドの数が足らないため、程度の軽いクルーは自室に戻されている。
 それでもいまなお生死の境をさまようクルーたちが多数、医療室のベッドの上で苦しんでいた。
 ユリカはそんなクルーのひとりひとりを丁寧に見舞い、励ますためにここに来たのだ。

「冥王星前線基地は壊滅した。これでもう地球に遊星爆弾は降らないし、太陽系からガミラスを追い出せた。あなたたちが頑張ってくれたからだよ」

 ひとりひとり言葉を変えつつ、傷を負いながらも職務を果たしたクルーを励まし、犠牲となった数名のクルーの葬儀も慎ましやかに進める。
 ナデシコのときのように個人個人の要望に応じた派手な式はできない。宇宙で死んだ仲間は宇宙に還す、以前のヤマトで行われていた宇宙葬で統一されている。
 遺体を収めたカプセルを艦尾甲板の上から宇宙へと流し、頭上に向けてレーザーアサルトライフルで弔砲を放ち、宇宙の彼方へと消えていく仲間たちの遺体をみなで見送る。安らかな眠りが続くことを願いながら……。

 葬式を終えたあと、アキトは食堂でハリと遭遇していた。
 艦長として今日くらいは喪に服すと言い出したユリカの気持ちを汲み取って、今日は一緒にいないようにと心掛け、ひとりで昼食を摂りに来たとき、偶然ばったりと。
 無言で二人は列に並び、自分の番が来ると壁に設置された自動配膳機のスイッチを押す。配膳機の自動ドアが開いて、中からプレートに乗った食事がベルトコンベアで手元に流れてくる。
 省スペース化と徹底した衛生管理を考え、ナデシコのような厨房を覗ける食堂ではない。
 貴重な食材を無駄なく活用するための綿密な計画に基づき、生活班が考案したセットメニューを朝・昼・夕の三食、日毎にローテーションして提供されるのがヤマトの食生活である。
 無論、事前に注文をすれば多少のオーダーには応じてくれるが、食材運用計画から大きく逸脱したメニューは注文できず、食事の自由度は低い。
 せいぜい、雪が艦長室で良く食べているサンドイッチなどの軽食や、ちょっと体調が悪い時用のおかゆやオートミール程度だ。
 料理人としてのアキトはこの温かみを感じない食事の提供に眉を顰めたが、ヤマトの特殊性と食糧事情などを考えると文句ばかりも言っていられないと納得するしかなかった。
 アキトとすぐ後ろに並んでいたハリはトレーを手に同じ席に着く。食事時でそこそこ混んでいるためさほど不自然ではないし、スペースの有効活用と効率よくクルーを捌くため、食事の相席はヤマトでは日常的に行われていることだ。
 余程の理由がない限りは断らないようにと通達もされている。これは人間関係は円滑にするようにとのお達しでもある。
 幸い、現時点ではクルーの間で目立った対立やいじめ問題なども発生していない。それを承知しているからだろう、微妙な表情をしながらもハリはアキトの着席を断りはしなかった。
 ……その表情が微妙なのは、惚れた女性の父親代わりを相手にしているからか、それともその女性を間接的に苦しめていた人物にいい感情を抱けないからか、どちらだろうかと考える。

「こうして話すのは初めてだね。ルリちゃんのこと、ありがとうな」

 アキトはこのまま重苦しい空気のままであることを嫌ってそう話しかけた。

「いえ、僕は、その、当然のことをしたまでですから。それに、サブロウタさんもいましたし」

 照れたような怒ったような、曖昧な表情のハリ。ルリを置き去りにして悲しませた自分に対しての怒りと、ルリのことで礼を言われたことに対する照れが綯い交ぜになっているようだ。……本当に真っすぐな子だ。

「いや、やっぱりハーリー君の努力があってこそだと思う。本当にありがとう。こういうのも変かもだけど、これからもルリちゃんのことをよろしく頼む」

「そ、その言いかただと、まるで娘をお嫁にやるち、父親みたいじゃないですか……!」

 上擦った声でハリが指摘すると、アキトは「そういう捉えかたもあるのか」と納得して頷く。

「ハーリー君は大丈夫だと思うから、俺に異存はないよ。ルリちゃんだってもう子供じゃないんだし、そのルリちゃんがハーリー君を選ぶというのなら、文句なんてないさ」

 昨晩のルリとの会話を思い出して、アキトは暗にハリとルリがそうなってもいいと認める。ルリの態度的にも問題ないだろう、たぶん。

「ほ、本当ですか?」

 アキトの反応が予想外過ぎたのか、ハリは嬉しそうな声を上げていた。

「まずはルリちゃん捕まえてからだけどね。頑張れよハーリー君。陰ながら応援してるから」

 アキトは心からのエールを送ってからようやく食事に手を付ける。
 ハリは顔を真っ赤にして先割れスプーンで食事を突いて戸惑っているが、きっと頭の中ではルリとの関係の進展についていろいろと考えを巡らせているのだろう。
 そんなハリの様子に苦笑しながら食事を終えたアキトは、「早く食べないとあとが支えるよ」と声を掛けてから食器を返却口に放り込んで食堂から出た。
 このあとは格納庫でダブルエックスの整備の手伝いをする予定だ。
 ――現在ヤマトは戦闘能力をほぼ喪失している。
 点検作業や補修の影響で主砲も副砲も使用不可。ミサイルは残弾ゼロ、パルスブラストも少数が使えるのみ。当然波動砲も使えない状況にある。
 となると残された戦力は艦載機のみだが、こちらも対艦攻撃用装備の大半を使い果たしてしまったので、決定力を有しているのは実質GファルコンDXのみ、万全にしておきたい。
 しかしこの機体ですら戦艦クラスとなれば決定打にならない。サテライトキャノンを除外すれば……。

(サテライトキャノン。波動砲と同じ大量破壊兵器。使わないに越したことはないんだけど……いや、そんなことを言える状況にないか。話し合いで解決できる段階に至らない限り、いや、話し合いのテーブルに着かせるようにする手段としても、暴力を含めたあらゆる手段を講じるのは必然だし、大量破壊兵器の存在も……そのためのカードとして使える。こういった甘言が許されるのは、結局平和な世の中だけなんだよなぁ……)



 それから間もなく。傷ついたヤマトはようやくカイパーベルト付近に到着した。
 あとは有用な資源を有する小惑星を見つけて採掘を行い、その陰に身を隠しながら補修を終わらせれば航海を再開できる。
 ――問題は、それを敵が黙って見逃してくれるかだ。
 アキトと進がもたらした『ガミラスは地球人と変わらない姿形をしている』という情報は、艦内で混乱を招いたがそれもユリカの言葉を受けて沈黙した。

「相手が知的生命体なのはわかりきってたことだよ。それに相手がタコみたいな異星人だとしても生物には違わない。その命を奪ってでも進むことを求められているのが私たちなんだ。相手が私たちと変わらないとわかったのならなおさら敬意をもって戦おう。――私たちと同じ存在なんだってしっかり理解して。決して目を逸らさなずに」






 その頃、冥王星基地を脱出したシュルツたちはなんとか体制を整えたあと、血眼になってヤマトを探していた。
 ヤマト撃滅なくしてガミラス星への帰還が許されない彼らは、文字通り必死だった。

「未確認飛行物体発見!」

「司令、ヤマトでは?」

「ヤマトに違いない……!」

 司令のシュルツをはじめ、全員が額に玉のような汗を浮かべてレーダー画面を睨みつける。あれだけの猛攻を凌いだヤマトを残存勢力で叩き潰せる確たる自信は……ない。
 だがやらねばならなぬ。本国への帰還が果たせずともよい。だがガミラス帝国の障害となるあのヤマトだけは……ヤマトだけはここで潰さなければならない!

「全艦に告ぐ。ヤマトと思しき艦影を発見した。これより全速で接近する! 一時隊列を崩して、各々別航路を取って目標地点に結集せよ!」

 シュルツの指令に従って、残存した冥王星基地の艦艇が散らばってヤマトへと向かう。――そしてこの事実に、ヤマトはまだ気づいていなかった。






「カイパーベルトに到着しました」

 操縦補佐席のハリがユリカに報告する。ヤマトの修理は昼夜問わずに続いているが、復旧率はあまり高くない。
 冥王星基地攻略作戦から不眠不休で工作班らを働かせるのは酷過ぎる、という判断もあり、現在はローテーションを組んで手が空いているほかの班のクルーも動員してなんとか回している状態であった。

「ありがとう、ハーリー君。大介君、カイパーベルトの運航周期に合わせて。少しでも敵の目を欺きたいの。エンジン停止、エネルギー反応も極力抑えよう。――でも、すぐに再始動できるようにしてね」

 テキパキと指示を出しながらも、かつてのトラウマが蘇ってちょっぴり弱気に指示を出す。

「了解。機関室、エンジン停止。緊急時に速やかに再始動できるよう、準備をお願いします」

 ラピスはすぐに艦内通話で機関室に指示を出してエンジンを一時休眠させる。大介も併せてヤマトを制御。

「了解、メインノズル噴射停止。カイパーベルトの運航周期に合わせます」

 姿勢制御スラスターでヤマトの速度を調整、カイパーベルトの運航周期に合わせる。
 これでヤマトは晴れて小天体の仲間入りを果たす。周囲には直径数メートル程度の岩石や直径が数キロ、数百キロにも達する小天体も無数に点在していて、迂闊な操艦はそのまま衝突に繋がるような密度の高い空間であった。
 そのような環境でエネルギー反応を抑えれば、天体に紛れて発見率は大きく低下すること間違いない。
 もっとも、光学センサーの類までは誤魔化せないので欺瞞は必要である。冥王星基地を脱した敵艦隊が周辺に潜んでいる可能性は高い。早急に作業を終えなければならないのでユリカは手早く指示を出す。

「では真田さん、例の装備をお願いします」

 ユリカが促すと真田は頼もしい笑顔で「了解」と頷く。

「古代、中距離迎撃ミサイルランチャーを起動してくれ。ターゲットはこちらで選定してある」

 真田の要請に進はひとつ頷き、後部マスト根元に装備された中距離迎撃ミサイル発射管――通称ピンポイントミサイルのハッチを開放、装填されていた新型弾頭を撃ち出す。
 弾頭はダーツの矢のような装置を七本纏めてロケットエンジンに取り付けたもので、一セルから四発、計三二発もの弾頭が打ち出された。
 発射された弾頭は入力データに基づいて各々異なる軌道を描き、カイパーベルトの中に飛び込んでいく。そしてある地点で弾頭の装置を広げてから打ち出し、周囲に計二二四基の装置をばら撒く。
 装置は次々と周囲の岩石に突き刺さり、後部のアンテナを展開して起動を完了した。

「よし、反重力感応基すべて異常なし。ホシノ君、電算室から制御を頼む」

「了解。――岩盤装着開始します」

 ルリが反重力感応基の制御を開始、重力制御で岩石をヤマトに引き寄せ始める。ヤマトは次々と引き寄せられる小型の岩石に包み込まれ、レーダーやセンサーを有する第一艦橋から上とマストにバルバスバウ、推進装置であるメインノズルとサブノズルの噴射口を除いて細かな岩石に包まれた姿に変貌した。
 剥き出しの第一艦橋と艦長室の照明も落とされ灯火管制も実施。現状実施できる最高の欺瞞を完成させた。
 アクティブセンサーの類を使えなくなったため、岩石の隙間から除く展望室からも双眼鏡片手に周囲を警戒するクルーたち。

「このまましばらくカイパーベルトに流されます。敵に発見される前に資源を得られそうな小惑星を発見、その表面に偽装ごと張り付いて簡易ドックを成立させて、ヤマトの修理を進めます」

 ユリカは簡潔に今後の予定を口頭で指示する。
 ヤマトがいま使った装備は反重力感応基と呼ばれる、かつてのヤマトでも使われていた特殊装備だ。小天体などを遠隔操作してヤマトの身を隠すための隠蔽、場合によってはアップリケアーマーとして使うことを想定している。使える局面は限られるためいつでも使える装備ではないが、単独航海を余儀なくされるヤマトの旅路の助けになると、データからサルベージしたそれを再生産していたのだ。
 ユリカなど、かつてのヤマトでの運用データを見るよりも先に自分なりの活用方法をいくつも編み出し、以前の運用実績にはない使い方も考案している。
 ルリも検証に付き合ってもらい、真田も交えていろいろと考えてきた成果。いまが披露の時だ。

「艦長、資源を得られそうな小惑星を発見しました。楕円型の小惑星で、大きさは最大が約六〇〇キロ、ヤマト右舷前方、包囲右一八度、上方三五度、距離一二〇〇〇キロです」

 ハリの報告に「ハーリー君仕事速い!」と喜びも露にするユリカ。早速その小惑星に向かって微速前進を指示する。
 ヤマトの補助ノズルが弱々しく噴射、岩石を纏ったままゆっくりと前進を開始。初速だけ稼ぐとあとは慣性航行で小惑星に接近する。
 エネルギー放出量の大きなメインノズルを使えないので遅々としてしか移動できないのがもどかしいが、焦って噴射すればヤマトは敵に発見される危険性が増す。慎重に――と思っていた矢先、パッシブセンサーが接近中の艦影を補足した。

「うえぇ〜。なんでこう嫌なタイミングでばかり」

 ものすごく嫌そうな顔でメインパネルに映るガミラス艦を睨むユリカに「いや、それ基本中の基本でしょ」とジュンが突っ込む。そんなことは言われなくてもわかっている。ちょっと愚痴りたかっただけだ。

「艦長、やはり主砲と副砲へのエネルギー供給は無理です。エネルギー供給ラインの修理と調整にはあと一〇時間はかかります……」

 機関制御席のラピスが申し訳なさそうな顔でユリカに謝る。「気にしない、気にしない。ラピスちゃんは悪くないもん」と務めて明るく対応して流す。どちらにせよまともに戦うには傷が深すぎるのだ。

「このまま小天体のふりをして移動を継続。アステロイド・シップ状態のヤマトをすぐに発見できるとは思えません。小惑星に到達次第、ヤマトの修理作業を開始します」

 ユリカはできるだけ余裕があるように指示を出す。
 願いが通じたのか、ヤマトはガミラスに発見されることなく無事小惑星に到達することができた。なかなか心臓に悪い移動だったが、目論見どおり小天体が密集していてレーダーだけでは探索が難しい宙域であることが味方してくれたようだった。

「んじゃ、ロケットアンカー発射」

 ヤマト右舷のロケットアンカーが岩盤の隙間から飛び出して小惑星に撃ち込まれる。慎重に鎖を巻き上げ、ヤマトはゆっくりと小惑星の表面に接近した。
 再建当初こそアンティークな外観のヤマトだからという理由で残されたにも等しい装備だが、こういうときには地味ながら非常に効果的な装備として機能する。これはこれ以降の艦にもなんらかの形で残したい機能だ。

「岩盤解除、プローブを発射後、簡易ドックに再構築します」

 ルリが電算室で反重力感応基を制御する傍ら、部下のオペレーターにプローブの射出を指示している。
 最大搭載数である六基全部を発射、反重力感応基を利用してその位置関係を制御しつつ、ヤマト覆った岩石をドーム状に再構成、岩盤の合間に展開前のプローブを植える形で設置してから展開。
 ――これでヤマトは小惑星の表面に設営した即席の簡易ドックに入港できた形になる。プローブをドック表面に設置すれば、使用不能になるヤマトのセンサーの代理を任せられるので索敵機能を阻害されることなく引きこもれるという寸法だ。
 これが、ユリカとルリが共同で考え出したアステロイド・シップ計画の活用方法だ。旧来のヤマトでは単に身に纏う偽装としてしか使わなかったが、制御装置の技術が一段上の新生ヤマトではこんな複雑な制御も容易くこなせる。その気になれば簡易ドックを維持したまま航行することすら可能だ。――効率はよくないが。

「真田さん、修理作業と天体からの資源採掘をお願いします。必要なら手の空いてるクルーに応援を頼んでも構いませんので、慌てず急いで正確にお願いしま〜す」

 ユリカの命令に真田は「お任せください艦長!」と頷き、さっそく悪友となったウリバタケにも声をかけて自身も第一艦橋を飛び出した。

第九話 回転防御? アステロイドリング! Bパート