冥王星前線基地の残存艦隊の襲撃を、アステロイド・シップ計画とGファルコンDXの活躍で辛くも切り抜けたヤマト。
 しかし冥王星前線基地攻略作戦で負った傷は大きく、ヤマトは航行スケジュールの予定日数を超過する形で太陽系内に足止めを食らっていた。
 だが、それでも艦内の空気は明るかった。
 その最期に思うことこそあったが、地球を滅亡寸前にまで追い込んだ脅威を退けることに成功したことは事実であり、少しづつではあるが、太陽系をガミラスの手から一時的であっても開放できたことに対する喜びや達成感が沸き上がってきたのである。
 そして本来なら緩んだ気を引き締める立場にある艦長のミスマル・ユリカもまた、

「いえ〜い! 私たち勝ったよ〜〜! 祝勝会だ〜〜!」

 と艦内のあちこちに出現しては左手でVサインを高らかと掲げ、勝利の喜びを共に分かち合おうとハイタッチをしたり、手を握り合ったり、隣で付き添っているアキトやエリナの眉間に皺が寄る元気で盛り上げていくので、誰も歯止めがかけられなかったのである。
 もちろん能天気そのものだったわけではない。敵が自分たちと同類であると実感したことで低下した士気を盛り上げるため、道化を買って出たという意味合いも強い。とは言え陰で小言を言われることは避けられないので、アキトやエリナを中心にいろいろ説教もされた。
 もしもこの光景を天国の沖田艦長がみていたらどうなるのかと思いもしたが、まあこれが私らしくなのだろうと自己完結して終わる。深く考えてはいけない。
 そんな空気を積極的に広めながらも、ユリカは艦長室に籠って日々の書類仕事に勤しんでいた。
 このときは冥王星前線基地残存艦隊との決戦から、八日が経過していた。


「ふ〜む。やっぱりあちこちやられたせいで修理に時間がかかるんだねぇ……」

 ペン型入力端子を鼻と唇の間に挟んで唸りながら、真田が纏めて提出したヤマトの損害報告に頭を痛める。
 いまは壁に収納したベッドの裏側に設置された折り畳み式デスクを開いて、その上に紙書類とバインダーにファイル、さらには電子報告書を表示したウィンドウを周囲に広げて、今後の運航についてアイデアをひねり出していた。

「真田さんとセイヤさんに言わせると、結構細かい所にダメージが及んでいるらしく、時間を取られているそうです。最後の敵旗艦の接触で応急処置程度だった箇所が結構傷んだみたいですし、部品の生産も遅れているとか」

 ユリカの隣で書類の整理を手伝っているルリが補足する。
 停泊中とあっては電算室をフル稼働させる必要もなく、索敵任務は部下と自ら手伝いを名乗り出たハリの好意に甘え、ユリカの日々の体調では辛かろうと書類仕事の手伝いを願い出た。
 しかし資料を見れば見るほどに大きな被害を被ったことがわかる。単独航海ゆえにさまざまな資源はもちろん、限られた時間内での超長距離航海だからこそ付きまとう時間の遣り繰りは、ルリにとっても頭の痛い課題である。

「ユリカさん、やはりカイパーベルトの天体だけで資源を調達するのには限度があります。希少金属などの資源がほとんど得られません。……コスモタイガー隊のみなさんがガミラス艦の残骸を拾い集めてくれていますが、回収に苦労しているようです。特にアキトさんとイネスさんは、ボソンジャンプで地球までリターンまでさせられていて大変みたいです」

 ルリは資料を睨みながらユリカに報告する。
 現在ヤマトは再び小惑星の上に簡易ドックを形成して身を潜めていた。
 反重力感応基で制御されるドックは必要に応じたサイズ、向きに開口部を作れる。そこから作業班を外部に出撃させることで、破損した自身や撃破したガミラス艦の残骸、さらにはカイパーベルト内の天体から資源を回収し、艦の修理作業と今後に備えた資材と交換部品のストックを続けていた。
 単独での航行を余儀なくされているヤマトでは、一度にストックできる資源の量は著しく限られている。となれば破損した部品を資源に再還元したり敵の残骸を漁ったり、立ち寄った星から資源を得るなど工夫をこなさなければならない。
 そしてこういう作業に威力を発揮するのが人型機動兵器だった。
 Gファルコンとの合体によって相転移エンジンが追加されたことで格段に稼働時間が延長され、機体自体のパワーと器用さも向上した現行機においては、資源回収のための作業機械としても破格のパフォーマンスを発揮してくれている。
 これと作業艇を同時に運用すれば、ガミラスの奇襲を受けたとしても作業艇を守りやすくなるという副次効果も得られるとあって、コスモタイガー隊の任務にヤマトの船外作業の手伝い全般が加えられたのは、必然といえよう。

 特にボソンジャンプに対応しているダブルエックスは要も要、A級ジャンパーの実力で実行できる長距離ボソンジャンプを駆使して、資源回収にひた走っていた。
 既存機と大幅に異なる操縦系を持つせいで、正パイロットに任命されたアキトとテストパイロットの月臣、アキトから直接レクチャーを受けた進しか乗れないのが難点だが、この三人と時にはナビゲーターとして協力してくれるイネスの力添えもあり、地球にも支援を求めることを提案され、許可を出したばかりだった。
 なんでもコスモタイガー隊のパワーアップのためらしい。
 ほかにも機関班からの要望で、タイタンから追加でコスモナイトを確保する目的で遠征部隊も編成する許可もついさっき艦長室に届いたばかりだ。

「はあ……この七日間、アキトにまともに会えてないなぁ」

 寂しそうに呟くユリカにルリは少し同情する。が、内心「どうせ会えるようになったら所構わずイチャイチャするんでしょ」と冷ややかな考えも浮かんでくる。しかし、それを咎めることは誰にもできないだろう。
 だって本当に目の毒なのだ。特に独り身で相方募集中だったり結婚願望がある人間にとっては。
 意外に思われることもあるがルリもその内のひとりなので、家族が再開した喜びのピークを過ぎれば冷めた感想が出てくるのは当然だろう。
 そんなんだからエリナに「ラピスの教育に悪いから自重しろ」と夫婦そろってお説教されるのだ。思春期直前のラピスの眼前だと言うのに、二人だけの世界を作ってキスなんてしたら当然。同情の余地はない。
 で、そのあと決まって「恋をするってどんな気持ちなんですか?」とラピスに質問されるエリナも気の毒だった。
 ラピスももう一三歳。そろそろ誰かに恋をしたっておかしくない時期だから、なおさら自重を求めたい。ただでさえ一般常識を勉強中のラピスだというのに。

「資材の回収もそろそろ目処が立つらしいですし、もうしばらくの辛抱ですよ。時間ができたらたっぷりイチャイチャしてください。艦長室で、二人っきりで。――さて、一息入れましょう、ユリカさん」

 一応誰にも見られないようにしろと釘を刺しつつ、休憩しようと切り出す。

「そうだね」

 と嫌味が通じたのかどうかすら怪しい能天気な口調でユリカが応じた。
 せっかくの休憩だが、いまのユリカはお茶も遠慮するように言われているので特に問題のない栄養ドリンクか水しか飲ませられない。ルリも書類仕事で少々疲れたので、一緒に栄養ドリンクでお茶をしよう。
 ――優雅さには程遠いなぁ。ルリはおかしな気分だった。



 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

 第十話 さらば太陽系! いつか帰るその日まで!



 ヤマトの修理作業は順調に進んでいた。
 修理開始から一〇日が過ぎる頃には装甲外板の補修作業はあらかた終了し、ヤマトの艦内はようやく気密を取り戻す。
 それから修理作業ではがした防御コートの再塗布のため、専用の大型スプレーを持ったグループの作業が始まる。その作業に丸一日かかって、ヤマトはようやく外見上は損傷から復旧した。
 あとは内部の修理を進めていくことになるわけだが、これがまた厄介なもので、単独での長期的に多種多様な作戦行動が求められるヤマトは、全長三三三m、艦幅五〇mの艦体に似つかわしくないほど多数の機能を盛り込んでいて、しかもかなりの重武装ときている。
 結果、とにかく内部構造が複雑で余裕がない。
 可能な限り効率的に詰め込んではいるが、わずか一年という短い時間で大破状態から大規模改修を踏まえた再建を行ったことや、一般的な宇宙戦艦には不要な装備(艦内工場とか)も多いため、どうしても整備性という点では問題の多く問題を抱えているのが実情だった。
 もちろんヤマトに限らず内部構造を露出するような打撃を受けた軍艦の整備には手間がかかるものだが、ヤマトは一般的なそれよりも手間がかかる。それだけに、反射衛生砲によって受けた被害の回復には時間がかかった。
 ヤマト自身の頑強さも修理作業を長引かせる一因であったことは言うまでもないだろう。

 しかしそんなヤマトの欠点を補える人材がいた。真田とウリバタケのコンビに代表される工作班の面々だ。
 特に真田とウリバタケはそのご都合主義的な能力をいかんなく発揮し、ぱっと見どう手を付けるべきかと悩みそうな損傷個所を一瞥するだけで、補修作業の優先順位をあっという間に定めてしまう。
 部下たちも今回の航海にあたって旧ナデシコの「人格に問題があれど能力は超一流」な連中や、それに肩を並べる凄腕がそろっていたこともあって、この扱いづらさが目立つヤマトという艦艇の難しい整備を四苦八苦しながらも着実にこなし、その機能を維持していた。
 それでも大激戦を潜り抜けた傷は大きく、彼らの技量をもってしても、ヤマト全体の検査と修理作業が完了して万全の状態にまで回復させるのに、予定されていた補修日数の一四日を大きく超過する遅れを出し、スケジュールの予備日数も大きく目減りしてしまったのだ。



 そんな大修理の最中。
 外装の修理を完了し内部の作業が本格化していた時のことだった。
 ユリカはヤマトが誇る技術者三人組に、今後のことを考えた提案とやらを持ち掛けられたのであった。



「アルストロメリアのパワーアップに――新型機動兵器の開発の目途が立った!?」

 第一艦橋で真田とウリバタケとイネスにそう話を振られて、ユリカは目を白黒させながら絶叫した。

「ええ。地球に出向いて伺いを立てたところ、ヤマトの再建やダブルエックス開発に使った資材のあまりがいくらか残っているらしく、それを切り崩せばなんとかなりそうだという返事を頂けました。――A級ジャンパーの存在のおかげでこんな手段を講じることができました」

 真田はユリカの反応に満足げに頷きながら、アキトとイネスのおかげでこの案を通せたと語る。

「艦長もご存じのとおり、アルストロメリアを受領して性能差はだいぶ埋まったとはいえ、数の不足からコスモタイガー隊の決定力――特に対艦攻撃力の乏しさが課題になってしまいました。加えてダブルエックスはサテライトキャノンの運用が第一で、今後も今回のように戦闘に参加できない状況が想定されます。――そこで、以前から相談を受けていたアルストロメリアのパワーアップはもちろん、ダブルエックスと同じ技術で一から建造された新型機動兵器の導入が不可欠だと判断したのです」

「なるほど。地球の施設を使わせてもらえればヤマトの修理と補給を並行しながら強化も可能、というわけですね」

「そのとおりです。ヤマトの工場は余裕がありませんでしたので、ネルガルの月施設にアルストロメリアの強化用のパーツを製造してもらっています。アルストロメリアは修理や採掘作業にも使っているので向こうに送ることはできません。ですから部品だけ受け取って艦内で組付けます。太陽系におけるガミラスの拠点を叩き、一時的であっても彼らの手から太陽系を取り戻せたからこその思い切ったアイデアでしたが、どうやらうまくいっているようです」

 ユリカは腕組みして感心する。なるほど盲点だった。
 とすると、木星で彼らが支配していた市民船を破壊したことは、結果だけ見れば正解だったと言えるのだろうか。それで心の痛みが消え去るわけではないが――。

「これをご覧ください」

 真田は自身の席のコンソールを操作して、メインパネルに強化型アルストロメリアのCGモデルを映し出した。
 CGモデルのアルストロメリア(改)は、部分的なパーツの交換や追加が行われていることが見て取れる。
 背中の重力波アンテナは長さが倍近く延長されているばかりか、中央に横向きに伸びるアンテナが追加されている。また基部に間接が追加されているらしく、ダブルエックスのリフレクターのように正面に向けて倒せるようになっているようだ。――シルエットもどことなく似ている。技術転用したのだろう。

「重力波アンテナはリフレクターの技術を転用してエネルギーの貯蔵機能を追加し、変換機能も強化して出力を増しています。内部のエネルギー系統も要点を抑えて交換することで、その出力を持て余さないようにします」

 ふむふむと頷きながらさらに画像を注視。おや、肩の上面にハードポイントが増設されているようだ。

「お気付きになられましたか。肩の上側にハードポイントを増設し、武装の追加が可能になりました。サブアームも併用すれば携行武装のマウントも可能です。」

 CGモデルが武装をマウントした予想図に変貌した。ふむ、シンプルな円筒状の砲身の大砲に箱形のミサイルランチャー、サブアームを使えば携行武装のマウントも可能、と。

「ほかにも――」

 さらに補足しようとした真田の脇をイネスが突く。はてと振り向く真田の眼前で、ぷぅと頬を膨らませたイネスが「自分にやらせろ」と目で訴えていた。

「……どうぞ」

 気圧された真田が素直に譲るとイネスは会心の笑みを浮かべて、

「それじゃあ、説明しましょう」

 すごく嬉しそうに宣言。ユリカも苦い笑みを浮かべる。彼女は本当に相変わらずだ。

 そんなイネスを横目で見た真田は、「本当に楽しそうで生き生きとしている。この表情は好きなんだがなぁ〜」とか心中で呟いていた。
 あまり女っ気のあるとは言い難い真田ではあるが、女性に興味がないわけではない。恋愛だってしてみたいという欲求も一応ある。
 ただ、それ以上に科学に向き合っているだけであるし、そんな自分に付いてこれる女性の姿が想像できなかっただけだ。
 そもそも、自身の科学との向き合い方は生涯を掛けたものなので、妻を娶って巻き込むことを内心恐れ、及び腰になっていたというのもある。だが、ネルガルに入りヤマト再建計画を通じて接点を持ったイネス・フレサンジュは、そういう意味では真田にとって大変好ましい女性であると言えた。
 美人なのはもちろん、自分と共通の話題で対等以上に渡り合える。これはなかなかに魅力的である。それに、うっかり口を滑らせた自身の科学との向き合い方にも理解を示してくれたのだ、意識しない訳がない。
 事実ヤマト乗艦前から気が付けば食事の席に誘っていたり、その逆もよくあったので脈がないわけではないだろうし、そうであるのならいっそ当たって砕けてみてもいいような気がしないでもない。まあヤマトに乗っている間は自重したほうがお互いのためだと思うが。
 強いて欠点を上げるのなら、この説明好きだろうか。しかも彼女の場合なぜか児童向きの演出に舵を切ってしまうのがどうにも馴染めない。――どうにかならんものだろうか。

 一方真田から説明の座を奪い取ったイネスは、素直に譲ってくれた真田に心から感謝していた。やはり彼も技術者、説明という行為の魅力はよく理解しているようだ。
 ヤマト再建計画で知り合って以来、自分の隣にいて好ましく思える男性である真田として意識しているイネスだが、また少し好感度が上がったことを自覚する。
 一緒にいて苦痛を感じないというのは、相性がいいと考えていいのではないかとも考えているが、イネスはこの旅が最良の結果で終わらない限り自分の幸せを追求するつもりはない。
 それは共犯者としての責任だと思うし、場合によっては自分の命すらも危ういのだ。いまは関係を進める気にはなれない。
 そんな深刻な考えも頭を過ったが、まずは説明一も二もなくも説明だ。

「えーごほんっ! 改良型のアルストロメリアは腕部クローユニットにも改良を加えていて、爪は外側の二本だけに削減し、内側の一本は撤去、その代わりに内蔵型ビームライフルを装備することになるわ。さすがにダブルエックスの出力には到底及ばないけれど、対空戦闘では十分な火力を出せる計算であるし、固定武装の充実によってとにかく継戦能力と瞬間火力向上が目的の改装ね」

 メインパネルの表示が拡大され、撤去されたクローの代わりに内蔵型のビームライフルが装備されたことを示す注釈が重ねられた。

「ビームソード兼用で開発したかったのだけど、技術的な問題から兼用型は実現できなかったのよ。表側のクローは従来品の改良で済ませているけれど、エネルギー効率を考えるとビームソードを搭載するのはまだまだ問題が多くてね」

 どうして併用できなかったのかの技術的な問題を語ろうと口を開きかけたところで即座にユリカから、「足のパーツはなんなんですか?」と質問が飛んで流されてしまった。――やるな、艦長。

「足の部品は追加スラスター兼用の装甲ユニットね。統計で視ると、エステバリスは意外と脚部を損壊しているという報告が多かったのよ。基本構造が共通してるアルストロメリアも膝部分にメインバッテリーを搭載している都合上、少しでも保護しておきたかったと言うのもあるわ」

 イネスが該当箇所の画像を拡大する。アルストロメリアの脚部は正面と外側に追加装甲が装備され、脚部のボリュームが増していた。
 特に外側の装甲はダブルエックスの脚部ラジエーターカバーに似た形状のものを採用し、同機であれば放熱フィンが収納されている場所に釣り鐘型の重力波スラスターを搭載し、装甲を外側に開くことで大出力の噴射はもちろんとして、噴射方向の変化も可能としているベクタードノズルでもある。

「ほかにもレーダーシステムの更新や関節駆動部の強化などなど、外見に反映されない部分も順当にパワーアップする予定になっているわ。これらの改装によって、アルストロメリアはダブルエックスに十分追従可能な随伴機としての性能を得ることができるはずよ。もちろんGファルコンもいままでの運用実績を基に調整を行って、より信頼性を高める予定でもあるしね。――まあそれでもダブルエックスには届かないのだけどね」

「小型相転移エンジン搭載の差ですか?」

 いままで機関制御席のパネルと睨めっこしていたラピスが唐突に会話に入り込んできた。機関部門の責任者として興味があるのだろうか。
 ……考えてみればアキトの相棒とし頑張っていた頃はブラックサレナの整備の手伝いなどにも駆り出されていたが、ヤマト再建計画のときはダブルエックスに一切関わっていなかった。技術者の端くれとして気になるのだろう。

「そうよ。特にダブルエックスのエンジンは現行の小型相転移エンジンの中でも文句なしの最強だもの。おまけにツインサテライトキャノンの発砲に必要な出力を得るためにこの出力を求めたとは言っても、通常戦闘時にはぶっちゃけかなり余裕があるのよね。グラビティブラストも装備していないし。ほかと比較すれば大出力とは言っても、携行型のビームライフルとビームソードじゃ、デバイスの大きさから出力の上限値はたかが知れてる。余った分を推進装置全般やディストーションフィールドに分配して、いずれも現行機最強の称号を欲しいままにする出力を与えてもなお、余ってるのよ」

 イネスは手元のパネルを操作して、アルストロメリア改の隣にダブルエックスの資料を表示させる。

「また、サテライトキャノン発射用のエネルギー蓄積や、発射後の再始動を高速化するため、機体の各所に『エネルギーコンダクター』と命名された新型コンデンサーが内蔵されているのも大きいわね。普段はそこに余剰エネルギーを蓄積し、必要とされる時に開放することで、ダブルエックスは瞬間的に大出力を発揮することができるのよ」

 イネスはダブルエックスのシルエットにエネルギーコンダクターの搭載位置を示す赤いシルエットを重ねて説明する。両腕や両足など、各所に大小問わず点在していることが伺えることだろう。

「さらに! Gファルコンと合体すればそちらの出力と統合されて自由に分配することができる構造も採用することで、ダブルエックスは通常戦闘においても他を圧倒する戦闘能力を発揮できるってわけ。特にGファルコンDXがノンオプションでも対艦戦闘に対応できる最大の理由はこれね。完全新規設計で新しいアイデアを詰め込めたからこそ、この機体は実現できたってわけよ」

(――まあ、イスカンダルからの技術提供もあったのは事実だけどね、特に高強度・高剛性のフレーム構造とか、超大出力エネルギーの制御系とか、基礎の部分は)

 イネスは最後は心の中でだけ呟いた。
 ダブルエックスはいまのところその名を関していないが、イスカンダルが開発した「ガンダム」と称される人型機動兵器の系譜を継ぐ機体だ。ウリバタケが参加する前にユリカを通してさりげなく、ヤマトから回収したデータと偽るようにしてネルガルに提示したそのデータだ。もちろんコスモタイガーIIやコスモゼロといったヤマト搭載機のデータも活用されているし、いまの形にしたのは間違いなくウリバタケの手腕であったが、イスカンダルの助けなしでは実現できなかったのも事実である。
 イネスも真田も最初は地球の延命のため、ヤマトのデータにもあった戦闘衛星を造る目的でそのデータを活用し、サテライトキャノンの原型を考案していたのだが、思った以上に地球の環境破壊が深刻であったため戦闘衛星の必要性が問われていた時、ウリバタケの発想からダブルエックスに小型化して搭載されるに至ったという経緯がある。
 結果としてヤマトの航海の助けにはなったが、そのアイデアを提出したときのウリバタケの顔は、いまも脳裏に焼き付いている。だが、その力はヤマトの航海の成否にすら関わる強力な手札となった。
 つくづく理想と現実の折り合いとは難しいものだと思う。

 そんなイネスの心中を知らないラピスは「納得しました。凄いんですね、ダブルエックス」と素直に称賛していた。――あんな経験があったのに、純真な子だ。
 喜んでくれたラピスの様子にイネスは制服の上から羽織っていた白衣のポケットから飴玉を取り出すと、「はい、よい子にはプレゼント」とラピスに手渡す。
「ありがとうございます」と、ラピスは嬉しそうに受け取って、早速貰った飴玉を頬張って美味しそうに口の中で転がしていた。
 ――第一艦橋での飲食は禁止されていないし、食べかすを出さない飴玉では叱責もされないだろう。特にユリカがその程度のことで叱責する姿など、想像できない。

「それじゃあ話を戻すけれど、ここまでが既存機の強化について。ある意味本命の新型機は――これよ」

 イネスはそう言って三機の新型機動兵器の完成予想CGモデルをメインパネルに表示させた。

 ユリカはやや不安げな表情でメインパネルに映し出された新型機のモデルを見る。
 ダブルエックスと共通するような意匠――つまりイスカンダルで付けられたコードネームに乗っ取って言うのなら『ガンダムタイプ』とでも形容すべきデザインの機体だ。
 データをもたらしたユリカだからこそ理解できる。さすがイスカンダル製というだけあって、人型機動兵器としては最良の設計なのだ、ガンダムタイプは。

「――この三機も当然地球に製造依頼を?」

 つい不安となって訪ねてしまう。ヤマトの艦内でガンダムタイプに準ずる機体を新規に開発するにはいろいろと無理がある。まあできなくはないと思うのだがさすがに専門外なのでなんとも……。

「当然でしょ、ヤマトの艦内で造るとなると負担が大きいもの。できなくはないけれど、相当物資に余裕を持てて、かつ時間をかけなければならない。早急な戦力強化を目的とする今回の要望とは食い違うわね」

 イネスは「そんなに心配しなくても大丈夫よ」と語りかけてくるが、ウリバタケが噛んでいるとなるといまいち信用できないところがある。ナデシコ時代も結構勝手をしていたし、イネスだって品性方正というわけではない。
 ――真田はまだ良識的だと思うが、二人の悪影響を受けていないとは考えづらい。油断してはダメだ、私はヤマトの艦長なのだから。

「この三機の内、一機はダブルエックスのベースモデル――仮称エックスよ。あの形になる前の試作機の設計とパーツを流用して建造するわ。サテライトキャノン搭載以前の設計で開発されていた、同様の外部供給システムを使って戦艦クラスかそれ以上の威力のグラビティブラストの運用に加え、状況によって装備の換装を行うことで多種多様な状況に対して高いパフォーマンスを発揮することを目的とした機体よ。ただ、計画がグラビティブラストからいまの高圧縮タキオン粒子収束砲――サテライトキャノンの搭載に変更された際、要求スペックを満たすには不足と判断されて、基礎設計を流用しつつフレームから作り直したのが、いまのダブルエックスというわけ。――けどこれからの戦い、敵はダブルエックスの脅威も知って対策も練ってくるでしょうし、その対抗策としてこの機体を改修して直援機として運用したほうがサテライトキャノンを狙える機会も増えるって考えたわけ。なにしろこの機体は基本フレームの設計はおおよそ終わっているから、比較的短い時間で仕上がると踏んだのよ」

「直援、ですか?」

「ええ。本来の武装を撤回して携行武装にビームマシンガンとディバイダーを用意するわ」

 イネスはメインパネルに完成予想CGを表示して簡潔な解説をしてくれた。
 表示された武装はライトグレーを基調に、トリガーガード前にトライアングル型のエネルギーチェンバーと上部にデュアルセンサー、銃口が二つある銃。これがビームマシンガンであろう。
 そして上下対称デザインの細長い大型シールドだ。中央がドーム状に膨らんでいたり、そこからX字を描くようにプレートが生えている。

「試作品の多連装小型グラビティブラスト――通称ハモニカ砲と展開式大型シールド、大口径可変スラスターを組み合わせた装備よ。見てのとおり大型シールドとして機能するだけでなく、中央からシールドを開くことで内蔵されたハモニカ砲を露出した砲撃形態、さらにシールドの開閉に関わらず大型可変スラスターを後ろに倒したり回転させることで高機動ユニットとして使用することもできる新型のマルチウェポン。一見小型で頼りなく見えるハモニカ砲だけど、相互干渉による増幅効果、それに加えてサテライトキャノン運用のために開発されたエネルギーコンダクターを機体側に装備して供給させることでデバイスの大きさに似合わない大出力を活用できるようになり、余剰出力を加えて出力を増したGファルコンDXの拡散グラビティブラストをも遥かに上回る必殺兵器から拡散放射による面制圧まで、幅広い運用を可能としているわ。――性質上、専用に管制システムを組み込んだエックス以外の機体では運用できない専用装備になってしまうのが難点かしら。ビームマシンガンも同様ね。エネルギーコンダクターを併用して大出力と装弾数を稼ぐ構造だし、ほかの武装とは制御自体が異なるから」

 イネスは「アルストロメリアでも使えるようにしたかった」とも語る。

「あと本来はサテライトキャノンを単装にしてでも搭載することを目的に再開発していたんだけど、機体の設計上どうしても劣化ダブルエックスの域を出ないことと、先も話したとおり今後の妨害工作の増加を考えると直援機を確保するほうが先決と判断して新武装での開発に切り替えたの。――将来的にはサテライトキャノンの装備も可能でしょうけど、今回の航海中ではよほどのことがなければ無理でしょうね」

 イネスも真田も、そしてウリバタケも残念そうに――それでいてサテライトキャノンの増産の見込みがないことにわずかな安堵のようなものを滲ませた複雑な表情を浮かべている。
 ――戦力としては欲しいしのは事実だが、大量破壊兵器を増産して抗うという手法に抵抗を感じるのは事実だ。すでに使ってしまったいまとなっては偽善でしかない――だが平和な世界を知る人間としてはおそらく排除し難い感情だと、ユリカは思った。

「ほかの二機は汎用型のエックスとは違うプランで同じく護衛機として新設計した機体だ。エアマスターとレオパルド。こっちは基礎設計を始めたばかりだから、ヤマトの修理完了までに完成するのは難しいと思う。だから可能な限り部品を用意してもらって――あとは艦内工場で作業を続けるしかねえ。資材の負担が大きいことは承知だが、やらせてほしい、艦長。こいつらは絶対に役に立つ!」

 ウリバタケが少々険しい顔で懇願してくる。
 彼に言わせるとエアマスターは優れた機動力による早期警戒や前線の構築、レオパルドはエアマスターのあとから続いて動く弾薬庫と形容すべき重武装で敵航空戦力を駆逐し、サテライトキャノン発射の安全確保やダブルエックスの護衛を重視した機体として設計を進めているらしいが、設計含めて完成には至っていない様子。
 ――アルストロメリアのパワーアップは成ったが性能面で未だに大きな溝があるのは事実。同格の機体が追加される意義は大きい。

「ふむ。たしかにダブルエックスと同格の機体が三機も増える利点は大きい。問題はパイロットの確保だが」

 近頃影が薄いゴートが話題に入ってきた。ふむ、彼をしてそう言わしめるか。ゴートの意見なら信用できる。

「それに関して言えば、修理作業中に選抜と訓練を行えばいいでしょう。月臣君を含め、候補は何人か見つけています」

「ジュン君、進、どう思う?」

 ユリカは頼れる副官と息子に話を振った。最高責任者として結論付けてしまってもいいのだが、それではジュンと進の今後に影響してしまう。――いつまで艦長を続けられるか、わからないのだ。

「戦力を増強したいのはたしかだから、僕はいいと思うよ。エアマスターとレオパルドが間に合うかどうかはわからないにしても、エックスという機体が間に合ってくれるだけでもありがたいと思う。ダブルエックスの働きは今後の航海の成否に影響する重大な案件だからね」

「俺も副長と同じ考えです。間に合うかどうかわからない二機はともかく、ダブルエックス相当の機体が増えるのは、戦術の幅を広げるいい案だと考えます」

 二人の意見を受けて、ユリカは今回の提案のすべてを許可した。いかにガミラスといえど、航行中の宇宙戦艦がこうも戦力を増強できるとは考えないだろうし、特に完成に時間がかかるであろう二機に関しては、意表を突く手札として機能するかもしれない。――完成すれば、だが。

「わかりました。許可します。ヤマトの作業と並行してなので大変だとは思いますが、地球と連携して戦力強化を図りましょう。――これから私たちは未知なる宇宙に進出するわけですから、備えはしておくに越したことはないでしょう」

「ありがとうございます艦長! 工作班一同、必ずやご期待に添えて見せます!――それではさっそくアキト君に依頼して、地球のネルガルとの打ち合わせをしてきます」

 言うなり真田は足早に第一艦橋をあとにして、イネスとウリバタケも職場に戻っていく。その姿を見送り「今後が少しでも楽になればいいねぇ」と呑気に進たちと笑ってから気づいた。

「ってこれじゃあ出航までアキトとイチャイチャできないじゃなぁ〜〜いっ!!」

「……いま頃気づいたんですか?」

 ムンクの叫びよろしく絶叫するユリカにルリの冷静かつ鋭い突っ込みが炸裂。とどめとなった。



 それから数日して。真田、ウリバタケ、イネスは左舷展望室のソファーに腰掛け飲み物片手に談笑していた。
 なんとか打ち合わせは進んでいて、この調子ならアルストロメリアの改装は無事完了し、エックスもディバイダー装備という新しいプランのおかげでなんとか戦力増強の役割を果たせそうだと安堵していた。

「しかしよぉ、ヤマトの物資がもうちっと豊かだったなら、例のセリフのための秘密兵器のひとつやふたつ、用意したかったなぁ」

 と上機嫌でウリバタケが語ると真田も「まったくもってそのとおりです」と頷く。

「こんなこともあろうかと」この言葉とそれが生み出すであろう羨望のまなざし。それに憧れない技術者はいないと真田は思う。
 このセリフの語源は大昔に誕生した日本が誇るヒーロー番組『光の国の超人シリーズ』……その記念すべき一作目と言われている。
 その作品に登場するメカニック担当のムードメーカーな隊員が、「こんなこともあろうかと、二挺作っておきました」というセリフと共に新型の光線銃を取り出したシーンがあり、それ以外にもストーリーの都合で特に伏線らしい伏線もなく発明品を出したり、その場その場で必要となるアイテムをすぐに用意してみせる大活躍振りから、メカニックキャラクター=「こんなこともあろうかと」のイメージが生まれ、後続の作品に多大な影響を与えたと言われている。
 現実世界ではなかなか言えるような状況に恵まれないのが実情ではあるが、メカマン憧れの名台詞として、なんと二〇〇年以上経過した今日まで語り継がれているのだ。

「さて、休憩もこれくらいにして届いたパーツでさっそく一機、アルストロメリアを改修してみましょう。テスト結果が良好であるのなら、このまま部品の生産を委託しつつ、艦内で回収作業を継続しなければなりませんからね。ヤマトの改修作業も並行しなければならないのですから、われわれがあまり油を売っていてはしかたありません」

 真田は内心もう少し休みたい欲求を覚えながらも真っ先に立ち上がった。工作班長として部下たちにみっともない姿は見せられないし、今後の航海の成否に関わる重大な案件なのだから、手を抜くことは許されない。
 工作班長としても、真田個人としても。

 それから数時間が経過。改修成ったアルストロメリア・カスタム(仮称)が、カイパーベルト内を演習場にして、その性能を見せつけていた。
 シミュレーションどおり、想定されたスペックをいかんなく発揮しているのが容易に見て取れた。ダブルエックスを使用した模擬戦でもいままでのように一方的にやられるようなこともなく、パイロットの技量次第で渡り合えると断言できるだけの強化ができた様子に、真田も胸を撫で下ろした。

(せめて相転移エンジンを搭載したかったが、これでも十分な出来栄えだな)

 真田は改修がうまくいったことに満足しつつも、本質的な性能差を埋めるには至っていないという事実も受け止めた。
 わかっていたことだが相転移エンジンの有無による性能差は大きい。おそらくエステバリスの系譜のままでは、今後も搭載の見込みはないだろうと結論付けるには十分な成果とも認識している。
 というのも、エステバリス系列機に相転移エンジンを搭載できないのにはそれなりの理由がある。
 まず第一に搭載スペースがないのだ。最初から搭載前提で開発されたダブルエックスと違って、エステバリスはそのコンセプトの関係で動力を内蔵するようには設計されていない。ダブルエックスの技術とノウハウで改修したと言っても、設計を直したわけではないのだからどうしようもないのだ。
 Gファルコンとの合体という増設するのなら問題はない。合体を前提に調整を重ねているからだ。それにサテライトキャノン用のエネルギーパックを手直しして出力強化用の増槽にもできるだろうが、その出力を活用するにはやはり新設計の機体でなければならないと、改めて確認できた。

(しかし考えようによっては、これをベースにさらなる改修を行うのもアリだな。人型に相転移エンジンを搭載するのはコストがかなり高くつくことが証明されているが、Gファルコンへの搭載は案外ローコストだった。合体機構やユニット化が進んでいるとはいっても、戦闘機と人型の差が出たということだろうか)

 ヤマト帰還後の地球の防衛力回復を考えるのであれば、コストと性能のバランスは大事だ。どんなに高性能でも数を揃えられなければ数の暴力に蹂躙される。ダブルエックスやヤマトが単独で多数を相手に戦えるというのは、性能もそうだが操る人間のスペックに依存している部分も大きい。
 もう少し時間をかけて、改修後のデータを踏まえて再度調整を加えれば、アルストロメリアは十分現役でいられるはずだ。Gファルコンという拡張手段を確立しているいまは、ダブルエックスのように欲張らなければ無理に人型に相転移エンジンを搭載する必要も薄い。
 まあそれでも要求されるだろうことは目に見えているのだから、そちらも個人的に研究しておこうとは思うが。

(――あとはエアマスターとレオパルドがいつになるか、か。できれば連中がダブルエックスや改良型アルストロメリアに対応する前に完成させたいが……)



 それからさらに日が過ぎ、修理作業開始から二三日が経過していた。ヤマトはようやく傷を完全に癒し、点検作業も終えていつでも発進できる状態に至った。
 地球側に機動兵器の部品と合わせてミサイルや消耗部品、あと食糧を少々地球側に提供してもらえたおかげで、ヤマトは万全と言えるコンディションで再出発を控えている。
 カイパーベルトを出てすぐにワープを予定しているが、それを行えば人類製のボソン通信機では地球と連絡を取ることが難しくなると判断したユリカは、地球の連合政府に対して、往路における最後の通信を行っていた。



「随分遠くまで行ったんだな、ユリカ」

 ヤマトからの通信に応対したの、ヤマト計画の事実上の責任者であるユリカの父、コウイチロウであった。
 人類最長距離の通信ではあったが、ボソンジャンプ通信の性能のおかげで映像も音声も鮮明そのものであり、会話に苦労はなかった。
 コウイチロウとしては、瀕死と言っても過言ではない愛娘が健在であることがなによりの救いであった。
 もちろんヤマトが冥王星前線基地を叩いたことも、甚大な被害を被って航海がひと月近くも遅れながらも、無事に旅路を再開するという報告も嬉しかったが、やはり愛娘の笑顔を見れる喜びに勝るものではない。
 それに加えてアキトのことだ。ネルガル会長アカツキ・ナガレから、アキトが非常に前向きな考えでヤマトに合流したことを聞かされたときは、目から涙が溢れて止まらなかった。
 コウイチロウとて、アキトのことが心配だった。愛娘の夫である以上、義理の息子であるわけだし当然のことだ。彼が前向きにヤマトに乗ったのなら、きっとユリカとも元の鞘に納まったことが容易に想像できるし、イスカンダルからの支援で彼の障害も完治したなれば、地球が救われたあとはまた、彼のラーメンを食する機会にも恵まれることだろう。
 それだけでも吉報であったのに、アキトが冥王星前線基地壊滅の立役者に名を連ねたのは驚きを通り越してとても喜ばしい出来事と言えた。
 ……彼がコロニー連続襲撃犯であると感付いていた軍や政府連中も、その功績とヤマトの成功を引き換えに取引に応じたようで、今後あの事件に関わる暗部を一切言及しないことなどを条件に、アキトの罪状を問わないと確約を得た。万が一反故するのなら――少々汚い手を使ってでも守るだけだ。
 とにもかくにもヤマトだ。ヤマトが成功さえすれば、彼が愛する娘夫婦は元の生活に戻れる。
 ユリカが命を懸けて蘇らせたヤマト。その能力はいかんなく発揮され、この絶望的な状況に一筋の細い――だが強い光を差し込ませている。
 これから娘を待ち受けている過酷な運命には心が痛む。親としても人としても。だがアキトを取り戻し、絶大な信頼を寄せるヤマトがそれに応え続けているいまは、コウイチロウも胸を張って、ヤマトを信じられるのだった。



 コウイチロウの顔を見れて喜ぶユリカも笑顔で応対しながらも、思ったよりも時間的損失が大きくなってしまったことに若干の後悔の念を滲ませていた。少々、ヤマトの力を過信してしまった。

「はい、司令。でも本当ならとっくに太陽系を出ていなければならなのだと考えると、忸怩たる思いです」

 ヤマトの旅は観光旅行などではない。
 一年という限られた時間のうち、十二分の一もの時間を太陽系で消費してしまった事実は重い。
 言い換えれば、冥王星基地の戦士たちの必死の思いが、ヤマトにそれだけの損失を与えたということ。――彼らは本当に素晴らしい戦士たちだった。願わくば、もっとよい形で出会いたかった。

「なぁに。ヤマトならその程度の遅れは取り戻せるんだろう? たしかにこの遅れで軍や政府内では、ヤマトの成功を不安視する声も上がってはいる。だがそれをお前達が気にすることはない。――ヤマトはただ前を向いて、その使命を果たせばよいのだ。それが――宇宙戦艦ヤマトなのだろう?」

 コウイチロウはユリカはもちろん、クルーを責めるようなことは一切言わなかった。その心遣いが嬉しくあったが、やはり申し訳なくも思う気持ちは胸に残った。

「まあそれはそれとして、諸君には改めてこれを見てほしい」

 コウイチロウが通信画面に呼び出したのは、地球の現状だった。

「見てのとおり、遊星爆弾が止んだとはいえ地表は凍り付いたまま、生き残った生物はないに等しい」

 上空に浮かぶ人口変圧装置はあらかた除去されたのだろう、猛吹雪に見舞われることが当たり前だった地表は落ち着きを取り戻しているが、それでも太陽の光はまったく届いておらず、むしろ吹雪が収まったことで暗く冷たく音のない死の空間の印象が増していた。
 痛々しい地球の現状に空気も重くなり、改めて地球が死に瀕していることが伝わってくる。

「シェルターや避難所の人々も、間近に迫った終末に恐怖し、救いを求めに来ている」

 コウイチロウの言葉の重みに、改めて自分達の使命の重さを実感する。
 失敗は許されない。総人口の一〇分の九が死に絶えたとはいえ、まだ一〇億もの人類が耐え忍んでいるのだ。
 彼らの命運を、ヤマトが背負っている。

「幸いにも、ヤマト発進から冥王星前線基地を撃破するまでの活躍は、一部事実を伏せながらも民間に発表されている。おかげで、いくぶん気持ちが上向きになっているようだ。諸君らの活躍のおかげだ――ありがとう」

 そう言って頭を下げるコウイチロウに全員の目頭が熱くなる。
 伏せられた事実とは市民船のことだろう。それに関しては仕方がないと思いつつも、自分たちの活躍が地球の支えになっていると聞かされては、航海の辛さにも耐えられるというものだ。

「無論、ヤマトが遠くなることで不安も積もってきているし、旅の過酷さゆえにその成功を疑う者も少なくはない――だが、我々はヤマトの成功を信じている。これからもそのつもりで、航海に挑んでくれ」

 そう言って敬礼するコウイチロウに、全員が答礼して応じる。
 それで職務は終わりと判断したのか、艦内全部に話が伝わるようにしなさいと前置きしてから、いくぶん軽い口調でコウイチロウは話を切り出した。

「あ〜ユリカ。出航前に頼まれた件だが、クルー全員の親類と極めて親しい人は、こちらでまとめて保護しておいたよ」

 その発言にユリカ以外の全員が目を剥いた。

「艦長、そんなこと頼んでたんですか?」

 驚きの声を上げたのは進だった。あの頃は発進準備に色々忙しかったというのに、いつの間にそこまで手を回していたのかと訴えてきている。

「だって家族の安否が気になってたら、ヤマトの旅に集中できないでしょ? だから親類とか、特別仲のいい友人とか恋人とかは、お父様にまとめて保護して貰えるように頼んでたの」

「どう? 気が利いてるでしょ?」とばかりに胸を張って鼻を鳴らすユリカに、あちこちから拍手が送られてくる。いいぞ、もっと褒めて。

「うむ。家族は大事にするものだからな。この件に関してはネルガルのアカツキ会長も力を尽くしてくれてね。個人情報を調べ上げるのは申し訳ないと思ったが、こちらで調査して該当した人々は漏らさず保護したよ」

 コウイチロウの言葉に艦内が沸き上がる。地球の状況を思えば、家族だけならまだしも、親しい友達や恋人まで保護して貰えるとは破格の待遇だから当然だろう。
 ヤマトに乗って良かった、と叫ぶクルーが出てくるのも必然だった。
 最後の希望ヤマトに乗り込んでいるからこそ、そしてクルーを大事に思うユリカの気遣いと、娘にだだ甘なコウイチロウ、そしてユリカの心情を酌み、ヤマトの成功を疑わないアカツキの力があってこそ成し得た超好待遇だ。

「そこでだ。保護した人々は身の安全を確保するため、ほかの人々と半ば隔離されていてね。市民全体にヤマトがまだ太陽系にいることを知られるのは少々まずいが、諸君らの大切な人に声をかける程度なら許可されてよいと思うしだいだ。――そこでだ、諸君らが太陽系を離れて通信できなくなる前に、全乗組員に五分間の個別通信を許可しようと思う」

 コウイチロウの言葉にクルー全員が喜びを露にする。

「こちらのほうでも順番の調整を行うので、事前に話したいことをまとめておくように。また、同じ人と通信したい者がいるのなら、人数分の時間を合計して話せるように取り図ろう。必ず相手の了承を得るように、突発的な便乗による延長は考慮しないものとする。詳細はまた連絡するので、準備しておくように」



 通信が終わったあと、案の定艦内は大騒ぎとなった。
 さりげなく身内の保護を頼んでいたユリカの元にはお礼の連絡が殺到。あっと言う間にウィンドウに包まれてユリカの姿が見えなくなる。
 それで完全に拘束されたユリカに代わって、副長のジュンが進とルリの協力得て、冥王星基地攻略の祝勝会を兼ねた、『太陽系お別れパーティー』の準備を粛々と行うのであった。



 そして、コウイチロウの通信からきっかり六時間でパーティーの準備はすべて整った。
 このテのレクリエーションを任せると異常なほど作業が早いのが、旧ナデシコクルーの特徴と言えるのだろうか。
 ヤマトに乗艦したナデシコクルーの数は決して多くはないのだが、ユリカが発するナデシコな空気にあっさり毒された優秀な人材の集まりの前には、些細な問題であったようだ。
 パーティーともなれば料理も相応の物を用意しなければならないのが問題と言えば問題だったのだが、ちゃっかり事前計画に『冥王星攻略後、太陽系さよならパーティーをするかも』とユリカの書き込みがあったので、念のためと相応の準備をコツコツとしてきたのと、補給物資の中に明らかにこれを想定した食料が含まれていたことから、比較的余裕をもって対処することができたのである。
 また、立食パーティーともなれば料理は自由に取ることが前提になるので、当然普段の食事で使っているトレーはあまり使い勝手がよくはない。さりとて艦長や来賓用に用意されている食器では数が足りないとなれば、もう工作班に制作が依頼されるのは必然であろう。
 こういった仕事に柔軟に対処できるのが、再建前から継続して搭載されている万能工作機械の強みである。使い終わったら処理して資材に還元することを考慮して、紙皿が多数用意された。
 さらにパーティーともなれば欠かせない飾り付けに必要な数々の物資も製造され、手空きのクルーがせっせと会場となる展望室を中心に飾り付けていく。おそろしいまでの手際のよさ、そして意識の切り替えの早さであった。

 その時戦場と化していた厨房では、料理長を務める平田一がその手腕をいかんなく発揮してさまざまな料理を用意していた。料理人のプライドにかけて、パーティーに参加する全クルーの舌と胃袋を満足させて見せると、気合いも露わに調理と配膳の指示を出していく。

「平田、料理の準備はどうなってる?」

 会場設営を手伝っている進がひょっこり顔を出してきた。

「順調だ。時間までには間に合うぞ、古代」

 険しい顔を緩めて応対する。なにを隠そう平田は進と大介の同期である。まさかヤマトで再開するとは夢にも思っていなかったが、こうして時折顔を合わせる機会があれば、あの厳しかった訓練時代すら懐かしく思える。

「楽しみにしてるぞ平田。おまえの飯はうまいからな」

 進はそれだけ言うとひらひらと手を振って去っていった。邪魔をしないためだろう。

「おう、楽しみにしておけよ」

 聞こえていないだろうがそう返事をして平田は自身も調理を進めていく。

(さて、そろそろ隣の厨房も確認するか) 

 料理が完成し、盛り付けを済ませた平田は隣の厨房に移動すると部下に声をかけ、足早に通路に出た。
 新生したヤマトは波動エンジンと波動砲が艦の中央を通っている構造なので、居住ブロックが左右に分割されている。左右で繋がる場所は主幹エレベーターの根本だけだ。
 結果、食堂の設置場所にも苦慮することになり、医療室共々左右の居住区にそれぞれ置かれる結果となった。
 単に規模の大きな厨房と食堂であったのならまだ楽だったのだが、二つに分割されたおかげで管理の手間も増えている。衛生面とかは特に気を遣うし、総スペースの問題から一室当たりの面積も資料で見た旧ヤマトに比べてやや狭いのも不便ではあった。
 平田は隣の居住区の厨房に入ると、予定どおりに作業が進展していることを確認し満足げに頷いたのである。

 そうした縁の下の力持ちたちの努力の甲斐もあって、パーティーの準備は目立ったトラブルもなく終了し、乗組員の地球との個人通信の順番や相手との調整も滞りなく完了したのであった。



 すべての準備が整ったあと、パーティーの開始を宣言すべくユリカは左舷大展望室に移動していた。
 傍らで移動の補助や小道具の受け渡しを手伝ってくれているアキトとエリナに支えられながら、ユリカは慎重に開会の宣言を行う台の上の椅子に座り、グラスとマイクを渡された。
 ユリカの言葉をコミュニケを通して全艦にリアルタイムで送信するため、コミュニケのスイッチもオン。フライウィンドウがあちこちに展開されて、ユリカの顔を艦内中に映していた。
 よし、準備万端さっそくいこうか。
 ユリカはマイクのスイッチを入れてごほんっと咳ばらいをひとつ。

「え〜、みなさんの類稀な働きの結果、われわれは無事冥王星前線基地の攻略に成功し、その残存艦隊の撃滅にも成功しました。すべてみなさんの実力であり、艦長として大変誇らしく思っています」

 ユリカはそんな前置きから始めた。
 ヤマトが優れた戦闘艦であることは彼女自身が一番よく理解していたが、その性能を引き出すには高い技量を持った乗員が不可欠である。。
 その点ヤマトに集ったクルーたちは顔見知りも含めて本当に素晴らしい人材が揃っている。ユリカは艦長として本当に誇らしかった。彼らがいなければヤマトは冥王星を越えることすらできなかったのだから。

「基地攻略からすでに二三日もの時間が流れ、いまさら感はありますが、ヤマトの修理中にパーティーなんかしたら、工作班の人たちから恨まれてしまうので気にしないことにしましょう」

 この冗談はみなのツボにはまったらしく、どっと笑いが発せられた。
 でも嘘は言っていない。実際あの被害から回復するのにも、アルストロメリアも改修するにしても、工作班はフル稼働を余儀なくされていたし、それ以外の部署も手空きのものは手伝いに駆り出されていて、とてもパーティーをする余裕がなかったのだ。
 ――なので「祝勝会だ〜!」と艦長自ら騒いでいたのになかなか実現できず、ユリカは催促の視線に晒されたり落胆の声を聴いたりで、居心地が悪いことがあったくらいに。
 しかしその甲斐あって残してきた家族との交信というサプライズまで飛び出したのだ。これならみんな満足してくれるだろう。

「ともあれ、ヤマトはまもなく太陽系を突破し、前人未到の外宇宙へと飛び出そうとしています。修理作業でヤマトの航行スケジュールがちょっと遅れ気味なので、これから少し規模の大きいワープで次の経由地であるプロキシマ・ケンタウリ星系に跳びます。その距離はおおよそ四.二五光年と、イスカンダルに比べるとご近所なのですが、そこまで行くともう地球との連絡は不可能になってしまいます。ので、ミスマル司令の御厚意に与り、みんなには五分間だけですが、地球に残してきた大切な人との通信を許可しちゃいます!」

 改めて告げると途端にクルーが盛り上がる。
 ちなみに「ちょっと遅れ気味」と言っているが、実際には計画に含まれていた修理作業を大きく超過、スケジュールから一〇日ほど遅れていた。それにこのパーティーに割く日数を考慮すると、結構な遅れになってしまったが、パーティーの間くらいは忘れたっていいだろうと思う。

「それではみなさん! パーティー終了まで飲んで騒いでお話して、存分に楽しんでください! パーティーの成功を期待します!――乾杯!」

 宣言してグラスを掲げると、「乾杯!」と大展望室に集まったクルーが応じてくれる。
 全員がグラスを掲げ、中に入った色鮮やかなジュースを煽る。アルコールの摂取は許可できなかったが、ヤマト農園で取れた新鮮な果物を使ったフレッシュジュースはさぞ美味いことだろう。
 ……うらやましい。そんなユリカにはなんか濃い緑色の飲み物で満たされたグラスが渡されている。どうせいつもの食事のドリンク版だろうと気にせず煽って――

「ぶほぉっ!」

 盛大に噴き出してむせ返る。

「ゲホッ! ゲホッ!……なにこれ、すっごく苦い!」

「あ、それ残さず全部飲むようにってドクターからの伝言ね」

 言いながらエリナは脇に置かれていたピッチャーを構え、継ぎ足しの準備を整えていた。

「パーティーの余興で倒れられても困るから、いつもの食事よりも栄養価を高めてあるそうよ。一気に飲む必要はないけど、必ず飲み切るようにって」

 ピッチャーに並々注がれたドリンクに顔が引きつる。まずい栄養食には慣れたつもりだが、これはそれよりもまずい。たった一口でノックアウトだった。それを、全部……。

「……そうだぞユリカ。体のためにも残さず飲むんだ」

 視線で助けを求めた夫に見捨てられた。あ、あなたの可愛い奥さんのピンチなんですよ!

「みんなも艦長に倒れてほしくないわよね?」

 親友はそう言って、コミュニケも通じて艦内すべてに同意を求める。お〜いちょっと待ってよ!

(あれ? も、もしかして味方っていないの? に、逃げようかな……でも、艦長としてパーティーの賑やかしをやるって宣言しちゃったし……どうしようぅぅ〜〜!?)

 立場的に逃げるわけにはいかない。視線でアキトに救いを求めても黙って首を横に振られた。

「はい! 倒れてほしくありませ〜ん!」

 と元気いっぱいの声でクルーが唱和。ますますユリカが顔を青褪めさせる。

「艦長、これがクルーの総意です。どうしますか?」

 ニコニコとピッチャーを突き出すエリナにユリカが折れた。そりゃもうぽっきりとへし折れた。

「うう……飲みますぅ〜」

 涙目で飲み切ることを承諾する。完全敗北確定であった。

 エリナはユリカが折れたことに安堵した。ドリンクが栄養価を高めてあるスペシャルな品なのは本当だが、味を調整せず苦いまま出しているのは、普段あまり自重せずアキトとイチャイチャし過ぎてクルーにダメージを負わせているユリカへの、ささやかな報復である。
 しかしこれからはしゃぐのであれば飲んでもらわないと困るので、事前にユリカ以外の全員に出したメッセージで示し合わせて追い込んだのであった。
 もちろん渋い顔をして「せめて調味は……」と難色を示したアキトも「普段自重が足りないからいけないのよ」と返されては沈黙以外の返事は返せなかったらしい。

第一〇話 さらば太陽系! いつか帰るその日まで! Bパート