ガミラスによる環境破壊で凍てついた氷の星となってしまった母なる星――地球。
 そこで懸命に明日へ命を繋いでいる人々の中に、元旧ナデシコの通信士であり現役アイドルとしていまも活動しているメグミ・レイナードの姿もあった。

 彼女もユリカの手回しもあって保護されたひとりであり、家族も一緒になって保護されていた。
 自分だけでなく両親にまで手が回ったのは、ユリカの要望を聞き入れたコウイチロウとアカツキの尽力によるものなので、軍やネルガルによい印象のないメグミも、その点に関しては素直に感謝の意を表していた。
 彼女はいま、同じく保護された旧ナデシコクルー、ハルカ・ミナトの見舞いに訪れていた。

「ミナトさん、体の具合はどうですか?」

「あらメグミちゃん、お久しぶり。見てのとおり、もう全然平気よ」

 そう言ってミナトはわかり易くガッツポーズを取っていた。
 実際軍に保護されてからはイスカンダル製の治療薬を工面して貰えたこともあり、体調は倒れる前よりもいいぐらいだと言っている。

「よかったぁ。倒れたって聞いたときは本当に心配したんですよ。なかなかお見舞いにも来れなくてごめんなさい」

 そう言いながらメグミは持参した紙袋から、いまは貴重になっている紅茶のティーバッグの箱を取り出す。今日まで大事に残していた嗜好品であった。

「メグミちゃんは、たしかあちこちの避難所とかシェルターで慰問ライブをしてるんだっけ?」

「そうですよ――でも、みんな気が立ってるのか、騒動になることも少なくないんです」

 沈痛な面持ちで語るメグミに、ミナトも相当苦労しているんだなと、労わりの表情を浮かべてそっと肩を叩く。
 メグミはガミラスの侵攻が始まってからもアイドルとして可能な限りあちこちを巡り、慎ましやかではあるが、無償でライブを行ったり、握手会を開くなどして少しでも人々を励まそうと苦心していた。
 もちろんこんなご時世なので、治安の悪化などから危ない目に遭ったことも一度や二度ではないし、目的が目的なので当然お金にもならない。つまり、活動費用は自費になっている部分も多く、彼女自身の疲労もピークに達しようとしていた。
 それでも軍とネルガルに保護されてからは活動に援助が付くようになったし、かつての同僚であるプロスペクターも護衛や交渉に力を貸してくれているので、幾分楽になった。
 食事も質がよくなったので、なんとか活動する体力を維持することもできているが、はたしてどれだけ続けられるかは自分でもわからなくなってきた。

「大変ね、メグミちゃんも。でも、あなたの歌を聴いてると、私も元気が出てくるよ」

 そうやって励ましてくれるミナトに笑顔で応え、メグミは自分の想いを言葉にする。

「そう言ってもらえると嬉しいです。それに、私はユリカさんたちがなんとかしてくれるって、信じることにしてますから。――だから、ヤマトが帰ってくるまで、みんなを励まし続けるって誓ったんです」

 正直に言えば、メグミとて絶望を感じている。木星とか火星の後継者とかの抗争とは桁の違う被害に心折れそうになったことがある。
 だが、そんなときひょっこりと顔を出したのは人体実験の後遺症で入院している、それも面会謝絶と言われていたユリカだった。
 かつての上司でアキトを巡った恋敵。人物としての相性もいいとはいえない間柄だけに、最初はメグミも戸惑った。もちろん彼女とアキトを襲った非道な仕打ちについては知っていたし、具合がよくないと聞かされて心配しなかったわけではない。
 なんだかんだいって、二年近い時間を一緒に過ごして苦楽を共にした仲間なのだ。

「ユリカさん、はっきりと言ったんです。この状況を覆せる手段があるって。いまはまだ表沙汰にできないけど、私たちを助けてくれる異星人もいるって。その異星人の支援で希望の箱舟も用意できるって、それはもう力強く断言してました」

 いまだからこそその言葉の意味もわかる。
 イスカンダルと宇宙戦艦ヤマトのことだったのだと。

「その時は絶対に人に言い触らさないでって念を押されて……心配しなくてもその内みんなにも知れるから、嘘じゃないからって。私が絶対にこの絶望を払拭してみせるって、すごく真剣な顔で宣言して。……あの人、本当は病院で付きっきりの看病が必要な状態なのに」

 メグミは進路に悩んだ経緯もあって看護師の資格を持っている。当然相応の医学知識があるし、いざという時の応急処置くらいならいまでもできる技術を保持している。
 だから再会したユリカの顔色が優れず、なにかしらの障害を抱えていることをすぐに見破っていた。
 だからまだ希望が残ってる、諦めたら駄目だと力説するユリカを一度は黙らせ、その病状について問い質した。その時彼女はしらばっくれようとしていたが、あの手この手で言いくるめて吐かせ、その深刻な病状を知った。
 当然メグミは安静にしていないと駄目だと脅したのだが、ユリカは頑として首を縦に振らなかった。その理由については聞き出せなかったが、いま彼女がヤマトと共に太陽系を飛び出して、イスカンダルに向かっていると聞いてなんとなく察した。
 ヤマトの存在とイスカンダルのメッセージについて発表されたとき、その少し前から出回るようになった新しい薬の存在。それだけ示されれば予想くらいは建てられる。きっとイスカンダルの医療に回復の可能性を賭けたのだろう。重病の体をおしてヤマトに乗り込んだのも、限界を迎えるより先にその医療に与ろうとした可能性がある。
 しかしメグミがユリカと最後に会ったのは半年以上も前のことだ。現在の彼女の具合については知らされていない。正直当時のコンディションでも戦艦の艦長――それも単独で未知なる航海に赴いたヤマトの旅路を想像すれば、リスクの方が遥かに上回ると思うのだが、判断材料が少なすぎてこれ以上の推測はできないでいた。
 ただひとつ言えることは、彼女は決して死にに行ったわけではないということだけである。

「それに、さっきアカツキさんから聞いたんですけど、アキトさん、ヤマトに乗ったそうです」

「ホントに!? ルリルリとの通信じゃそこまで話す余裕なかったから聞けてなかったんだけど……よかったぁ。ルリルリもユリカさんも、気が楽になったでしょうね」

「ええ、きっとヤマトでも所構わずイチャイチャして、周りを呆れさせてるんですよ」

 三つ子の魂百までとも言うし、きっと間違っていないだろう。というかアキトを前にしておとなしく艦長を務めているユリカの姿は想像できない。

「ホントにね。ちゃんと帰って来れるか不安になっちゃうわ……」

「でも案外なんとかするんじゃないんですか。ユリカさん、なんだかんだで私たちをちゃんと平和な日常に返してくれましたから」

 ユリカの楽天的な振る舞いに不安を覚えたことは数知れない。いや不安を覚えるなという方が無理だろう。
 だが、彼女はなんだかんだでナデシコを沈めさせなかった。幸運によるところもあったろうが、それは紛れもない事実である。
 正体不明の敵の新兵器を、その天才と称された頭脳で見事対処し打ち破った時のことは、まだ覚えている。
 あのミラクルを期待するしかない。いまの地球には、ヤマトとイスカンダル以外に縋るものがないのだから。

「そこで私、ホウメイガールズのみんなと協力して新曲を作ることにしたんです。もうタイトルは決まってて、ユリカさんとヤマトについて歌ってみようかと」

 メグミの発言に驚いたミナトが目を丸くする。

「あら! メグミちゃん戦争とかそういうの嫌いじゃなかったっけ?」

「もちろん嫌いですよ。だから、『ユリカさんとヤマトの歌』なんですよ。あの人って一般的な軍人さんのイメージからほど遠い人ですから、あまり気にならないんですよね」

 はっきりと答えた。
 どのような理由があっても、戦争だとか殺し合いは肯定できない。もちろんそのための道具に過ぎないヤマトも、本来なら関わり合いたくない代物だ。
 しかし、道具は所詮使い方次第という考え方もあるし、いまはあの艦を信じてみたいのだ。
 ――あの艦を指揮しているのは、かつての仲間なのだから。

「なので、あの人の戦う動機なんかを考慮した題名は――」

 この愛を捧げて。



 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

 第十一話 外宇宙への進出! 迫るガミラスの影!



 ガミラス帝国本星、銀河方面軍司令本部。
 デスラーはリムジンの車内から自分がいま足を運んでいる建物を含めた街並みを眺めていた。
 ガミラス星の建造物は、いずれも植物を模したような有機的なデザインで構成されていて、この司令本部のデザインも、直線的なデザインが多用された高層ビルという感じの地球やそれに類するほかの文明の都市に比べると、まるで巨大なツクシが乱立しているかのような印象も受ける。
 だがこれこそがデスラーがこよなく愛する、そして未来永劫守り抜きたいと願うガミラス民族の文化だ。
 専用に作られたリムジンから降り、デスラーは自らの足で歩み始めた。赤い絨毯の引かれた道を進み階段を上る。道の両端にはデスラーを迎える下士官や使用人がずらりと並び、ガミラス式の右手を掲げる敬礼を送っている、いつもの風景だ。
 デスラーはその中を悠々と歩き、長い廊下を世話係の者を引き連れながら歩み続けた。
 中央作戦室に近づく。通路の端に控える軍人の階級も上がり、全員がそれまでの者とは違う立派な軍服に身を包み、一様に敬礼しながら、

「デスラー総統ばんざぁぁい! デスラー総統ばんざぁぁい!」

 とデスラーへの忠誠心を見せ、彼を称える。
 その声を浴びながら通路を悠然と、総統の貫録を示すように歩くデスラー。通路のある場所を通過すると、照明によってデスラーの肌は本来の青から肌色にも見えることがあった。施設内の清潔さを保つための滅菌灯など影響によるものだ。
 しかしデスラーは機能面はともかくとしても、ガミラス人にとって特別高貴な色とされている青――それも純潔のガミラス人を示す青き肌が損なわれる瞬間は、あまり愉快ではない。
 デスラーはそれほどまでにガミラスという国を、民族を愛おしく、誇りに思っているのだ。
 デスラーは心の内を決して面には出さず、大ガミラスの総統としての威厳たっぷりに歩み続け、中央作戦室に足を踏み入れる。そのまま奥にある自らの玉座の前に立ち、後ろを振り返り軽い笑みを浮かべて部下たちに答礼する。
 そして悠然とした態度で自らの席に腰を下ろす。デスラーが腰を下ろしたあと、室内に控えていた部下たち――つまり各部門の責任者たちも自らの席に腰を下ろして身住まいを正す。
 ――今日このような席が設けられたのは、ガミラスにとって甚だ不本意な大敗について再度の検証と、その対策について議論するためであった。

「では、始めてくれたまえ」

 デスラーが促すと、傍らに控えていたヒス副総統が応じる。

「は……それでは地球の宇宙戦艦ヤマト。その忌々しい航海ぶりについてご説明いたします」

 そう、今日の会議の題目は現在ガミラスが最優先で行っている地球攻略作戦を阻む強敵――宇宙戦艦ヤマトについてだ。

「デスラー期限五二年、三〇一日に地球を出発したヤマトは、同年同日に太陽系第四惑星、火星宙域にワープテストを行い、成功させました」

 デスラーの眼前の巨大なモニターに、白く凍り付いた地球とその月、火星が、本来の距離を無視してわかりやすい縮尺で表示されている。その映像の中で、ヤマトの現在地を示す光点が月軌道から火星軌道に瞬時に移動した。

「地球の宇宙船としては初めて、光速を突破する性能を見せつけました。また、この際偵察に向かわせたデストロイヤー艦五隻を瞬く間に撃沈。続けて威力偵察に派遣したデストロイヤー艦五隻と高速十字空母二隻の攻撃を難なく凌ぎ、デストロイヤー艦五隻が撃沈、航空機部隊を壊滅に追い込んでいます。しかもこの時ヤマトは自身の火砲を使わず、例の人形のみを戦力として、この戦果を挙げています」

 ヒスの報告に合わせて、モニターには回収されたヤマトとの交戦データが表示される。映像が主体だったが、その時間は戦果に対して短かった。
 最初のデストロイヤー艦五隻の時は、氷塊を割って出てから十数秒で呆気なく撃破されている。ヤマトの主砲と副砲の威力と射程は、いままでの地球艦体とは桁が違うということを、たったこれだけの戦闘で理解せざるをえなかった。
 威力偵察に出した艦隊も、航空隊の死に物狂いとしか言いようのない猛攻に後れを取ってろくにヤマトに攻撃できなかった。
 ――新型を投入したか。基本的にはヤマト登場の少し前に出始めていた強化パーツ付きの機体と共通のようだが、基本性能が格段に上がっている。それに得体の知れない新型の姿がある。あれは――ほかとは別物だろう。
 デスラーはヒスが映すその映像を無表情で見つめていた。
 ガミラスも大昔にはこの手のロボット兵器が実用化されていた時代があると、過去の記録に残されている。
 しかしその版図を大マゼラン全域に広げていく過程で、より航続距離に優れ、生産性に優れた兵器を欲するようになり、最終的に大気圏内両用の宇宙戦闘機が主力兵器となったのだ。
 そこにはガミラスにとって力の象徴であるのが強大な宇宙艦艇であることの影響もある。広大な宇宙を股にかけて戦うには、宇宙戦闘機というのはあまりにも小さ過ぎたのだ。結果、航空機やキャリアーたる空母が軽視されることこそないものの、戦闘の主役は武装した宇宙船――すなわち宇宙戦艦が務めるようになり、宇宙戦闘機は宇宙戦艦では手が回らない、不得手な局面で使用されるものという差別化が厳格化していった。当然武装も対空戦闘や局地的な対艦戦闘が主体なので、過度な重武装は行われなくなり、そういった旧世代的な戦略爆撃機といった兵器は廃れ始めているのが実情であった。
 そういう意味では、地球がロボット兵器――それも人型を模した兵器を航空戦力として使っているさまは、極めて古典的な人形遊びに映るのだ。
 そのため当初はデスラーも含む多くの将校が過去の遺物を目の当たりにしたギャップに嘲笑を浮かべていたものだが、なかなかその性能が侮りがたく、地球の抵抗の一翼を担ったという事実に直面すると、デスラーやその腹心クラスともなればさすがに嘲笑はしなくなった。
 だからといって歴然たる技術力と軍事力の差を覆すに至るとは考えなかったが。

「それで勢いを得たヤマトは、同年三〇二日……わが軍が接収し、前線基地として使用していた第五惑星木星の大型の市民船を、タキオン波動収束砲の六連射を持って撃破しました」

 辛うじて得られた映像データには、ヤマトの艦首から吐き出された強力無比のタキオンバースト波動流が、凄まじい威力をもって駐屯していた艦隊諸共、小天体にも匹敵する市民船六隻をあっさりと消滅させている姿が映っていた。
 その圧倒的な威力に、ガミラス軍の歴戦の将軍たちが揃って息を飲み、血の気を失う。
 これほどの大砲は、ガミラスといえども保有していない。少なくとも、艦載兵器としては。

「ふふふ……しかし未熟な文明でありながらタキオン波動収束砲を使うとは、地球人も中々頑張るじゃないか。そう思わんかね、ヒス君?」

 デスラーは余裕を見せつけるようにヒスに問う。もちろん内心複雑な感情が渦巻いていて冷静とは言えない状態にあるのだが、それを表に出しては総統など務まらない。
 偉大な大ガミラスの指導者として、余裕を見せなければ誰も着いてこないだろう。

「は……忌々しくはありますが、敵ながら天晴れな奮戦ぶりです」

 デスラーの顔色を窺いながらヒスはそう答えた。デスラーはくつくつと笑いながらヒスに報告を続けるよう促す。
 機嫌を損ねずに済んだと安堵したようにヒスが口頭説明を継続する。
 ……心配せずともこの程度のことでヒスを叱り飛ばすことはしない。それどころかよくわかっているじゃないかと褒めたい気分だった。

「そして同年三〇四日、第六惑星土星の衛星タイタンにて、なんらかの作業を行ったと見られますが、偵察部隊が詳細を報告する前に撃破されてしまったため、不明です」

 その報告にはさしものデスラーも眉がわずかに動く。なんの結果も出さずに敗退するなど、誇りある大ガミラスの恥だ。だが同時にそれはヤマトがそれだけうまく立ち回ったということを意味している。

「同年三〇九日、ヤマトは地球側が準惑星と呼ぶ冥王星に到達。太陽系におけるわが軍最大の軍事拠点――同時に地球移民計画の重要拠点である冥王星前線基地に攻撃を仕掛けました。冥王星前線基地から退却した副官のガンツが持ち帰ったデータによりますと、ヤマトは冥王星前線基地の全兵力、超大型ミサイル四〇発と、デスラー総統が遣わした援軍含め、デストロイヤー艦一二〇隻の艦隊、そして試験運用のため配備していた反射衛星砲のすべてを退けて前線基地を撃破しています」

 その報告に将軍たちがおもしろいほどはっきりと顔を顰める。だが気持ちわからなくもない、たかが戦艦一隻の戦果としてはあまりに異常だ。
 この大ガミラスの目から見ても、信じがたい戦果を挙げたのだ。

「ガンツが持ち帰ったデータに含まれていた映像記録がこちらになります」

 ヒスの操作でモニターに映し出されたのは、冥王星前線基地の猛攻を前に果敢に立ち向かうヤマトの姿であった。
 超大型ミサイルの猛攻も、艦隊による包囲も、すべて巧みな操艦と攻撃目標の選択によって凌ぎきったその戦いぶりの素晴らしさたるや――艦の性能も素晴らしいが、やはり指揮官の采配の素晴らしさ、それを実行したクルーたちの練度と指揮の高さ。
 ここまでの逸材は、ガミラスでもそうそういない水準であろう。

「しかしヤマトは反射衛星砲の攻撃には対処しきれず計三発の被弾で大打撃を受けています。この三度の被弾で冥王星の海洋に没したかに見えましたが、生存。潜水艇による攻撃を凌ぎ、爆雷による誘いにも乗らず、逆にこちらの焦りを逆手にとって罠に嵌めて反射衛星砲の所在を特定し、事前に発進していたらしい新型機動兵器のパイロットによる基地内部の偵察を経て攻撃。ただの一撃で基地が破壊されてしまいました。敵の新型機動兵器は、全高八メートル未満の大きさでありながら、わがガミラスでも配備されていないような絶大な威力のビーム砲を搭載していることが、この戦いで判明いたしました」

 モニターの映像には、海面下の基地に向けてサテライトキャノンの狙いを定める新型機の姿が映し出されている。
 最近姿を見るようになった、宇宙戦闘機を分割したかのような強化パーツを装備している。あの強化装備はガミラスでも少々評価されていた。
 シルエットこそ洗練されているとは言い難いが、それまで性能で後塵を拝していたはずの人型を、こちらの航空戦力と同等の域にまで押し上げたのはまぎれもなくあの強化パーツの恩恵だ。なかなかどうして、やるものだと感心させられる。
 そして件新型だ。
 それまでの機体とは異なるシルエットと意匠――あれはたしかイスカンダルがかつて保有していたと聞く人型の頂点と謡われた――ガンダムに似ている。あれもイスカンダルからの支援で得たのか、それとも偶然の一致なのか、姿だけでは判断できない。
 しかしその威力は本物だった。光る翼を背負い、両肩に担いだ大砲から強力なビームを発射、海面下の基地をただの一撃で吹き飛ばすその姿――まさしく悪魔。
 デスラーはこの一撃で確信した。あれはイスカンダルがもたらした産物であると。あのスターシアがタキオン波動収束砲と共に封印を解いたこと驚かれる、イスカンダルの超科学の産物だと。

「艦載機にこのような火力を持たせるとは……地球人はなにを考えているのだ……!?」

 衝撃的な記録に将軍のひとりが呻き声を出す。
 もちろんガミラスでは航空戦力にこれほどの過剰火力を持たせることは絶対にしない。
 万が一の反乱も懸念されているし、なにより宇宙戦艦の方が大火力の運用に適しているのは必然。無理をして艦載機にここまでの火力を持たせる理由も必然性も欠けている。
 これはガミラスが遭遇したことのある惑星国家のすべてにおいて共通している。「航空機に戦略兵器を標準装備する」という発想自体がすでに時代遅れの産物なのだ。
 これも惑星間戦闘というスケールの広さと、それを可能とする宇宙戦艦の強力さの前には、航空機の積載量と運用思想が着いていけなかったことを意味している。
 逆にどの国家も、惑星の中での戦争を繰り返していた頃は航空戦力が戦いの主役となり、その過程で戦略装備を運用可能な戦闘機が登場していたとも確認がされているので、あれはその延長にある、まさしく時代遅れの――それでいながら最先端をいく矛盾の塊と言える機体なのだろう。

「また映像や被害から推測した結果、この砲はタキオン粒子砲の一種であると結論付けられました。おそらくヤマトが搭載することで得たデータを基に、タキオン波動収束砲を機動兵器に搭載可能なように手直しした物でしょう。威力はオリジナルのタキオン波動収束砲には到底及びませんが、それでも戦局を左右するに足る威力があり、並大抵の手段では防げないと考えらます」

 追い詰められた手負いの獣は恐ろしい。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
 イスカンダルの支援を得たとは言っても、自力で自らの太陽系を出ることも叶わない未熟な文明が、これほどの兵器を作り上げるとは……見くびっていたのかもしれない。デスラーは改めて素直に現実を受け止める。

「その後ヤマトは、冥王星軌道の外側にある小惑星帯に身を潜め、冥王星基地を脱出したシュルツ以下、残存艦隊と交戦。これを撃破した模様です。先の戦略砲搭載型機動兵器も通常兵装でこの戦闘に参加、それ以前に交戦した機動兵器とは別格の強さでわが軍を翻弄しています。またヤマトも周囲のアステロイドをなんらかの装置で制御して攻防一体の戦術を披露するなど、ヤマトは単艦として非常に優れたスペックに決して依存せず、状況に応じて臨機応変かつ常識に囚われない突飛な戦術をもって対抗していると言えるでしょう」

 予想だにしなかった地球の抵抗に将軍たちの顔色も冴えない。
 デスラーは思う。ガミラスの全力を叩きつけてやれば勝てない相手ではない、と。ヤマトはたしかに強い。タキオン波動収束砲も厄介だ。しかし結局は一隻の戦艦とわずかな数の人型戦闘機を有する、ガミラス全体と比べれば脆弱な戦力に過ぎない。
 もちろんその身軽さを利用することで、軍隊の戦いの基本になるであろう、数と数の激突に慣れ親しんだこちらの意表を突けているとも考えられる。
 数に頼った飽和攻撃を掛けた場合、よほどうまく奇襲できなければあのタキオン波動収束砲で一網打尽にされるだろう。あの砲が広域破壊に使えないのかどうか、判断できない以上真正面から数には頼れない。
 包囲殲滅も同士討ちの危険性を考慮すると自ずと限界が見える。しかもヤマトは、単艦に対して密集可能な限界数と対等に渡り合ってしまった。
 つまりヤマトを下すためには、ヤマトがその知恵と武力で対抗できないように綿密に構築した作戦はもちろん、相当数の血を流す覚悟をもって挑まなければならないということだ。

「同年三三四日。ヤマトは修理を終え、小惑星帯から発進したことが確認されています。――以上が出現から収集されたヤマトのデータではありますが、これだけの性能を秘めた戦艦を、イスカンダルの支援があったにせよこの短時間で地球が用意した不自然さは拭えません。あのヤマトが出現した大氷塊が空間を飛び越えて出現したことから察しますに――ヤマトは並行宇宙の類から出現した宇宙戦艦であるとも考えられています。この世界の地球人が問題なく運用できていることからすると、並行宇宙の地球が建造したのでしょう。故意か偶然かは現段階では不明でありますが、そうであるのであれば、いままでの地球の戦力と同列に考えるのは極めて危険であると、結論付けられます」

 ヒスの報告の締めはほかならぬデスラー自身が推測したことであるが、公式の場で発表するのは今回が初めて。実質ほかの将兵にヤマトの情報を共有させるために語らせたものだ。
 想像を絶する未知なる存在。それがヤマトだと。いままでの気概で挑めば勝てない相手だと。

「総統。現在わが軍はヤマトに十分な戦力と労力を割ける状態にはありません。かと言って、半端な戦力を差し向けたとしても返り討ちに遭う危険性が極めて高いでしょう。そこで、艦隊戦力ではなく罠に嵌めて撃滅するのが得策だと考えます」

 ヒスの反対側に控えていたタラン将軍が進言する。
 彼は軍事と政治の双方に精通している将軍であり、双方を統括して国を治めているデスラーにとっては頼もしい片腕と言える存在である。
 ヒスも能力的には十分な信頼を置ける存在だが、いかんせん神経質で慎重すぎるきらいがある。もちろんそれも必要な才覚であるのでデスラーは彼にその役職を任せているのだが、ここぞというときに全幅の信頼を置けるかと言われると、言葉に詰まってしまう。

「ヤマトはおそらく長距離ワープの事前テストを兼ねてと思われますが、太陽系から四.二五光年の距離にあるプロキシマ・ケンタウリ星系にワープアウトが確認されています。その星系の第一番惑星には、わが軍の採掘部隊が派遣されています」

 眼前のモニターに、小規模ながら資源採掘を行っている工作艦の姿が映る。ガミラスの宇宙船の中でも最大級の大きさで、惑星からの資源採掘や浮きドックの代わりも務まる艦艇だ。

「この惑星は恒星との距離が非常に近く、恒星に面した面は極めて高温になります。その環境の産物として、ほかの星ではあまり見かけない特殊な耐熱金属資源を確保できる星でもあります」

 タランの説明に合わせてモニター上にはその資源に関する簡略な資料が表示される。
 地球攻略作戦が目下の最優先事項であるが、今後のことを考えれば兵站の確保は決して疎かにできない重大な仕事だ。
 恒星間航行可能な宇宙戦艦に使える金属資源は貴重だ。ガミラスが盛んに版図を広げていけるのは、母星であるガミラス星にガミラシウムと呼ばれるエネルギー資源があり、ガミラス星が属するサンザー恒星系とその近くの恒星系に波動エンジンのスペックを引き出すのに不可欠な、コスモナイトやそれに類する資源が豊富に埋蔵されているからだ。

「ヤマト――正確にはそれを操るクルーたちにとって、太陽系の外は未知なる空間です。修理作業で損失した資源を仮にわれらの目を欺いたボソンジャンプの活用で補えたとしても、跳躍距離の都合から二度と同じ方法は使えないでしょう。となれば今後は、航路上にあるほかの星系ないし自由浮遊惑星の類から資源を採掘しなければならない。――予想されるヤマトの航路上に資源を得られそうな恒星系は決して多くありません。仮に資源が十分であっても調査もせず素通りするとは考えにくい。調べておけば、少々の損失で済むと判断されればあとから取りに来るという選択肢も選べるのですから。彼らとてそのことは重々承知のはず。われわれがそれを予想して罠を張っていると考えたとしても、容易に素通りはできないでしょう」

 タランの言葉にデスラーもほかの将軍たちも頷く。
 ヤマトは誰からもバックアップを受けられない過酷な航海を余儀なくされている。そんな状況下にあって保険の一切を掛けようとしないということは、まずありえないだろう。

「ですので、われわれはこの星に罠を張ります。ほかの星は資源の採掘には向かない褐色矮星と目ぼしい資源のない岩石惑星のみですので、ヤマトは資源を求めてこの惑星を訪れると考えられます。ヤマトが確実に惑星に降下するよう仕向けるため、すでにこの惑星からわが部隊は撤退させ、採掘跡は巧妙に隠蔽しております」

 モニターには予想されるヤマトの進路と、隠蔽工作について事細かに描かれている。予想では、ヤマトは褐色矮星である第三惑星方向からプロキシマ・ケンタウリ星系に侵入し、岩石惑星の第二惑星を経由して第一惑星に向かうとされている。

「ヤマトが資源採取ないし調査のために惑星に降り立ったあと、おそらくおざなりな調査しかしないであろう第三惑星に隠れた工作部隊が惑星の死角から軌道上に侵入し、総統の名前を頂いた新型宇宙機雷――デスラー機雷で惑星を封鎖いたします」

 モニター上にはまるで金平糖のような形をした、青色の宇宙機雷が表示されている。大きさは球体部分の直径が三メートルほどで、棘の部分を含めても六メートルとかなり小さい。

「このデスラー機雷は総統の名を頂くに相応しい、高貴な青に染められています。これにより宇宙空間での低視認性も備えておりますし、ステルス塗装も兼ねているためまず長距離用のコスモレーダーでは捉えられません。そのためヤマトは、資源を得て意気揚々と惑星を出たところでこの機雷に包囲されることになります。あとは機雷の動きを制御するコントロール機雷の指示に従い、機雷は徐々に徐々にヤマトを絡め取り、閉じ込めます」

 モニター上のシミュレーション映像では、機雷原に突入したヤマトが絡め取られるさまが克明に映し出されている。

「このデスラー機雷はワープの空間歪曲に反応しても起爆しますし、ボソンジャンプ対策も施されています。とは言え、現在までヤマト自身がボソンジャンプを行使したことはありません。波動エンジン搭載艦艇のボソンジャンプが極めて危険であることは、両者をある程度研究すれば自ずと知れることですので、ヤマト側も承知であると思われます。が、エンジン停止状態、エネルギー枯渇状態であれば問題を解決できます。ヤマトの工作員が使用した例が冥王星前線基地の交戦記録にあるため、この機雷はボース粒子反応を検出して起爆するようにもプログラムもされています。残念ながら、ジャミングではジャンプそのものを阻害はできないため、このような対策を取るほかありませんでした」

 この件に関してはこれ以上の手は打てないと、デスラーも諦めている。
 ガミラスもかつてはボソンジャンプの技術を持っていたのだが、波動エンジンと波動エネルギー理論が構築されたあたりから、その相性の悪さが引き起こす大事故の危険性が示唆され完全に封印されてしまった。
 この時はまだ交流が活発だったイスカンダルの技術者の後押しもあり、封印は速やかに行われたと伝えられている。
 外敵に使われた時のためにジャミングシステムとその概要こそ残されたが、ボソンジャンプそのものを実行するための手段やそれに繋がりかねない技術や情報は残されていないのが実情である。
 勢いあまって火星の遺跡を破壊していたり、宣戦布告直前に火星から運び出されてしまったらしい演算ユニットが手に入っていれば、また違ったのだろうが。

「本来であれば機雷原突入と同時に起爆したいところですが、ヤマトの防御力と機雷の移動速度を考慮すると、すぐに起爆することは叶いません。機雷の間隔を徐々に狭め、最終的に機雷の放つ電磁波がヤマトに接触したところで起爆しなければ、ヤマトを確実に吹き飛ばすことは難しいでしょう。――艦隊を投入して艦砲射撃と合わせることも検討されましたが、ヤマトには例の戦略砲撃を可能とする人型があります。ヤマトは機雷原に囚われた直後に周辺の警戒のため、あるいは機雷撤去を目的として人型を出撃させるでしょうし、あの出力から推測される有効射程外から砲撃する能力は、わがガミラスの艦艇にはありません。よって、本来は冥王星基地への援軍を予定していながら間に合わなかった、多層式宇宙空母三隻がアルファ・ケンタウリ星系に再度派遣されております。搭載された新型戦闘機と爆撃機による攻撃で、ヤマトの艦載機部隊を封じる手筈です」

 モニターに複数の飛行甲板を重ねるように備えた、ガミラスでもっともポピュラーな宇宙空母の姿が映し出される。
 ガミラスの標準色である緑に塗られた空母が三隻。戦艦一隻に差し向ける航空機の総数としては過剰にもほどがある量の艦載機を運用できる。――相手が常識の範疇に納まっていればの話だが。

「これだけの数の航空戦力に襲い掛かられれば、連中も機雷の撤去作業どころではななくなるでしょう。あの人型の器用さと汎用性の高さ、機雷撤去の主力である人型を迎撃に向かわせてしまえば、いかにヤマトであっても手の打ちようがないはず。懸念される戦略砲とて、広範囲に広がった部隊を一撃で吹き飛ばすことはできないはずです。いえ、機雷に誘爆する危険を考慮すれば発砲させずに済むかもしれません。そうして機雷を撤去する労力を失ったヤマトは、やがて紙飛行機のように儚く燃え尽きることになるのです」

 タランの立案した作戦にデスラーも満足げに頷く。正面から戦えないヤマトに対する搦め手としては、十分過ぎる内容だ。
 だが、作戦はこれだけではない。

「私としては、ヤマトにはここで終わってもらいたいのだが、万が一にもこちらの策に乗らなかった場合に備えて、もうひとつ策を用意してある。もっとも、それを披露するのはヤマトが無事に突破したら、の話だがね」

 万が一にもあるまい、という態度を示し、胸中を明かすことなく不敵に笑う。
 デスラーは複雑な気持ちを抱えていた。
 あの大氷塊から姿を現し冥王星を攻略するまでの間、デスラーはヤマトの存在をたいそう疎まくに思っていた。
 偉大な大ガミラスに歯向かう愚かな艦、野蛮人が得た身の丈に合わぬ超兵器。それがデスラーのヤマト評だった。だったのだが……。

(冥王星前線基地攻略戦のヤマトの姿。滅びゆく祖国のために死に物狂いで向かって来るあの姿。この上なく美しく、そして力強かった……あれほどの戦いを、私はいままで見たことがない)

 デスラーのヤマトに対する評価が変化したきっかけは、敵前逃亡という大罪を二度も犯したガンツが命を捨てる覚悟で持ち帰ったデータだった。
 敵前逃亡は死刑だ。ガミラスは逃げ出した兵士に対して寛容ではない。それを許せば命惜しさに祖国を危険にさらす愚か者が生まれてしまう。
 それゆえ、ガンツもその部下たちもすぐに処刑してしまうつもりだった。だが必死の形相でデータの重要性を訴えるガンツに僅かばかりの猶予を与え、超空間通信で送られてきたデータに目を通すことにしたのだ。
 ……それが、デスラーにとって初めて目にするヤマトの姿であった。
 数の暴力をものともしない奮戦ぶりは、彼の目を捉えて離さなかった。
 傷つき一度は海中に没しながらも最後の最後まで諦めず、ついに圧倒的戦力差を覆したヤマト。

(どのような困難に直面しようとも生き抜こうとする、強い意志を感じる。記録映像だというのに、それが色褪せることなく伝わってくるとは……あの戦いぶりには一片の曇りもなかった。まさに守護者の戦いぶり。敵ながら……本当に素晴らしい戦いぶりだった……宇宙戦艦ヤマト……)

 デスラーの本質は戦士だ。大ガミラス帝国を背負う戦士なのだ。だからこそ戦士の心が理解できる、ヤマトの戦いを支える心の強さが手に取るようにわかる。
 それが生み出した美し戦いぶりには、本当に惚れ惚れした。
 繊細かつ大胆な操艦。数の暴力に食い下がる苛烈な砲火。幾度となくその身を撃たれても怯むことを知らないまさに鉄の城。
 そのヤマトを指揮するのは――。

(頑ななスターシアをも動かした人間――ミスマル・ユリカ……と言ったか……その女性がヤマトの艦長か――会って話してみたいものだ……)

 その事実もまた、デスラーがヤマトに急速に共感を覚え始めた理由であった。
 あのスターシアが、頑なに封印してきたタキオン波動収束砲を提供しても良いと考えさせるような人物とは、一体どのような人柄をしているのか。個人的な興味も尽きない。

 三週間前のことだった。
 太陽系から捕虜を運搬してきた護送船がトラブルを起こしてイスカンダルに墜落したのだ。
 地球を支援したことが明らかとはいえ、ガミラスは――いやデスラーはイスカンダルになにかしらのリアクションを取るつもりはなかった。それでも迷惑をかけたと謝罪のためにホットラインに手を伸ばし、事務的に乗員の生死を問い合わせたのだ。
 彼女は「生存者は地球人一名だけ」と答えた。
 本当なら捕虜の引き渡しを求めるべきなのだろうが、デスラーはそのままイスカンダルに置き去りにすることを選んだ。
 スターシアは孤独だ。日々の変化も乏しいあの星においてはいい刺激になるだろうし、彼女の話し相手になるかもしれないのならと、デスラーなりの気遣いだった。
 ――もしかしたら、甘んじて滅びを受け入れようとする彼女が心変わりする切っ掛けになるかもしれないという打算が多少含まれていたことは、否定できないが。
 そういう事情もあり、デスラーは生き残った捕虜に関する処置を自身の裁量で決定して終わらせた。
 そのときふと思い立ったので、デスラーは戯れにスターシアに問うた。

「君に接触した地球人についてわずかでもいい、教えてくれないか」

 と。スターシアはデスラーの要望に、

「ミスマル・ユリカという女性です。彼女は愛する家族の未来を護るために、ヤマトの艦長としてこのイスカンダルに向かっています。もちろん彼女には、イスカンダルとガミラスについて私が知る限りのすべてを教えています」

 とだけ答えてくれた。
 デスラーはそれで十分と礼を述べたあと、通信を切った。
 ――この時得た情報は、いまだにデスラーの胸の内に留めてあった。
 本来なら最後の切り札になるであろうガミラスとイスカンダルの関係すら知られていては、今後の戦略に修正が必要だろう。
 それにスターシアは『ミスマル・ユリカ』なる地球人に共感を抱いているようだった。
 戦う理由としては個人的だと思うし、そもそも人を愛するということへの理解が乏しいデスラーには、それで国や民族の運命を背負って戦えるものなのかと理解に苦しんでいた。
 しかし――護るべきもののために戦うことの意味と強さは、知っている。
 もしもガミラスがいま、苦境に立たされていなかったら――地球制圧がもっと余裕のある作戦であったとしたら――きっとヤマトとの戦いをお遊びとしか思えなかっただろう。 ユリカなる人物がスターシアに接触しようとも、気にも留めなかっただろう。
 しかし、いまのデスラーは違う。ヤマトと同じ立場に立っている。

 祖国を救うため、すべてを賭して抗う立場に。

 それが『愛』だというのであれば、まさしくヤマトとデスラーは同じ動機で戦っているのだ。
 その奇妙な感覚がそうさせたのだろうか、貴重なデータを持ち帰ったとして、デスラーはガンツに温情を与え、今回の機雷網による撃滅作戦が失敗したときの後詰めを任せている。生還は望めない作戦だと念押ししたが、シュルツの元に逝きたがっている彼らには最上の任務になったようだ。
 敬愛する上官を討ち取られ、ヤマトへの敵意に溢れているガンツは命と引き換えてでもヤマトを討ち取ると誓いを立て、デスラーが送り込んだ補給隊と接触し、作戦に必須の装備一式を受け取る算段になっている。
 しかしデスラーはこの二段構えの作戦をもってしても、ヤマトを止められないのではないかと感じていた。
 ――ヤマトは強い。それは単に優れた宇宙戦艦だからではない。
 人の意思だ。途轍もなく強い人の意思だ。それがヤマトに常識を超えた強さを与えている。
 だとすれば、かつてイスカンダルで研究されたことがあるという、人の意思を体現するマシンであるのかもしれない。

「ガミラスの科学の粋を集めた宇宙機雷です。いかに強力な宇宙戦艦だとしても、地球人の科学力では突破は不可能でしょう」

 誇らしげに語るタランの姿に、デスラーは部下としての頼もしさを感じると同時に、ヤマトに対する考え方の違いをはっきりと感じた。
 タランもヤマト攻略のために同じ資料を見ているはずだが、デスラーのように妙な共感を覚えたりはしていないのだろう。

「――とは言え、不可能に思われた冥王星前線基地攻略を成功させた艦が相手。油断して足元を掬われないよう、二段構えの作戦を構築した次第です。――あの艦は祖国の命運を背負って飛び出してきた、いわば地球人類そのもの。映像記録からでもヒシヒシと感じる強い意志に敬意を表して対峙せねば、勝てぬ相手でしょう」

 訂正、タランもヤマトの強さの本質を感じ取っているようだ。やはりこの男はデスラーにとって代え難い部下であるようだ。
 その時、タランの部下のひとりが中央作戦室の入り口に立ち敬礼を掲げ、

「ご報告いたします。ヤマトがプロキシマ・ケンタウリ星系を航行中です。予想どおり、第三惑星を通過した後、第二惑星を向かっています。航路から第一惑星にも立ち寄ると思われます」

 どうやら予想どおりに事が進んだ様子。
 ヤマトはきっとこのまま第一惑星に降下して資源の採掘を始めるだろう。――罠の可能性を考慮しながらも。
 ガミラスの未来すらも砕きかねないヤマトに敵意はある。しかし、それと同時に奇妙な共感を抱くのを止められない。
 そんな気持ちが出たのだろう。デスラーはある意味では現状に相応しくない、しかしヤマトなど歯牙にもかけていないとするのであれば、適切とも言える言葉を口にしていた。

「ふふふ……では諸君、宇宙戦艦ヤマトの無事を祈ろうではないか」

 従者が用意したグラスを掲げて不敵の笑みを浮かべる。グラスに映る自分の顔を見て、これなら妙な誤解は招くまいと安堵する。
 その時「ガハハハッ!」と不愉快な笑い声が耳に飛び込む。
 デスラーは不愉快そうに視線を送ると、

「ヤマトの無事を祈るとは! 総統も相当、冗談がお好きなようですな!」

 ――いかにも下品そうな中年の将軍が笑っている。
 デスラーは無言で座席左側の肘掛けの一部をスライドさせ、タッチパネルを露にすると手早く操作した。
 その瞬間、下品な笑い声を上げていた将軍が座席ごと床下に引き込まれて消え去る。一連の流れを見ていた将軍たちは視線を逸らし、素知らぬ顔で無言を貫く。

「ガミラスに下品な男は不要だ……」

 そう言って改めてグラスを掲げる。その頃には全員にグラスが行き渡り、皆一様にグラスを掲げて、

「デスラー総統ばんざぁぁい!」

 と唱和する。
 デスラーはそれを聞きながらグラスの中の酒に口を付ける。

(さて、どうなるヤマト? ここで終わるとは思わんがね?)

 デスラーは早々にヤマトに消えて欲しいという気持ちと、ヤマトと直接対峙してみたいという気持ちがせめぎ合うのを感じながら、酒を飲み干した。
 さて、この作戦の結果が楽しみだ。
 結果が出るまでは、ガミラスの移民計画に関しての修正案について検討を進めるとしよう。






 宇宙戦艦ヤマトは太陽系に別れを告げるワープを終え、青い閃光に包まれながら滲みだすように通常空間に復帰した。
 身に纏った閃光が消えうせたヤマトの体に、ワープテストの時に生じたような傷は見えなかった。だたひとつだけ相違がある。安定翼を展開した姿であったのだ。

「ワープ終了!」

 操舵席でワープレバーを引き戻した大介が報告する。各計器はヤマトが無事に通常空間に復帰した事を告げていた。
 予定どおり、地球から四.二五光年離れたプロキシマ・ケンタウリ星系の近海に到着している。
 眼前には(宇宙規模の視点で)それほど離れていない恒星がひとつ浮かんでいた。

「艦の損傷認めず」

 艦内管理席の真田が計器をチェック。ヤマトの各所に設置された自己診断システムは異常を検知していない。が、念のため工作班の面々を各所に派遣してチェックを促している。

「波動相転移エンジン、異常なし。引き続き検査を続けます」

 機関管理席のラピスも計器上はエンジンに異常がないと報告している。

「どうやら上手くいったみたい。私も特になんともないみたいだし」

 ユリカがほっとした声を出す。前回のワープでは終了直後に気絶してしまったが、今回はなんともない。一安心だ。

「ええ、どうやらヤマトの改装作業は成功したようです。――長い足止めも、悪いことばかりではなかったようですね」

 真田が部下の報告を受け取りながらそんな感想を口にする。
 冥王星前線基地で大損害を受けたヤマトの修理は長期化し、二五日も足止めを食らった。
 だが転んでもただでは起きないのがヤマトだ。
 修理が長期化することが明白となった瞬間、真田とウリバタケは各部署の総責任者と一緒に会議を招集。
 発進から冥王星基地攻略作戦までのわずかな運用データと各部署の意見を聞いて回って、実現できる範囲での改修作業を行ったのだ。

 まず最初にトラブルを起こした装甲の支持構造は、部品の品質と取り付け時のヒューマンエラーが主な原因だったことが判明し、修理作業に並行したわずかな補強と手直しで想定値に近づけた。
 次に主砲や副砲、パルスブラストといった重力波兵器。動作自体は問題はないが、実戦で獲得したデータを基に、エネルギーの消費量やら重力波の収束率などに微調整が加えられ、冷却装置の見直しも行われたことで信頼性が強化された。
 衝撃で破損したり不具合を起こした部位は修理と並行して少しでも信頼性を高めるための改修が加えられている。
 そして、一番の問題児である波動エンジンも再調整を受けた。
 航行も戦闘もしないのなら波動エンジンまで動かす必要はないと、一度完全に停止して徹底的に調整しなおしたのだ。
 熱で溶けたり折れたりしたエネルギー伝導管やコンデンサーも原因の究明や予防策が再検討され、その結果に合わせて微調整を行っている。
 タイタンでの改修結果が的を得ていたためそれ自体はさほど苦もなく実現できたが、次に課題になったのはエネルギーの変換効率や使用効率といった点だった。
 冥王星での戦いにおいて、ヤマトは波動砲やワープといった大エネルギーを使用するシステムの使用こそなかったものの、各種武装やディストーションフィールド、さらには推進システムと、多くのシステムをフル稼働して戦わざるを得なかった。
 結果、エンジンは常に全力回転を余儀なくされ、被弾による衝撃で制御システムなどに小規模のトラブルが頻発。機関班はエンジンを保つのに大奮戦を余儀なくされたのである。
 元来が背伸びした改修と揶揄される複雑な複合大出力エンジンであったので、制御プログラムの改良も含めたエネルギー供給システム関連の再調整が、改修作業で最も手間のかかった作業であったと言えよう。

「ワープによるエンジンの損傷を認めず。出力の回復も順調――再調整の甲斐があったようです」

 だがその苦労の甲斐はあったらしい。現にテスト時に比べるとずっと長距離を跳躍したにも関わらず、ヤマトには目立った不調は見受けられないし、艦長席のモニターから確認できる範囲でも、波動相転移エンジンの動作は安定している。
 ……あとは、試射以降使用の機会に恵まれていない波動砲の再テストか。特に六連射の負荷をヘタらず受け止められるかどうかが、今後の波動砲の運用の焦点と言えるだろう。

「改装した主翼も、ワープ航法時のスタビライザーとしてちゃんと機能しているようです。上手くいってよかった、これでワープの人体への影響を減らせると思います」

 ハリも改修されたヤマトの性能に安堵の表情だ。
 そう、ヤマトが安定翼を開いたままワープした理由は、改装によってワープ航法時の負荷を減らすスタビライザーとしての機能が解禁されたからだった。
 ヤマト再建の際、普段はデッドウェイトになりがちな安定翼を撤去するかどうかで揉めたことがあった。最終的にはヤマトがいかなる空間を進むことになるかわからないという事情もあって、省スペース化のための分割収納機能を追加するなどして残されることになったが、その際ユリカが入れ知恵してちょっとした改良を加えてもらったのだ。
 それが波動エネルギーの空間歪曲作用を応用した、タキオンフィールドの展開機能だ。ダブルエックスのリフレクターユニットに内蔵されているそれは、これの廉価版といった品である。
 サテライトキャノンの制御に特化したダブルエックスと違い、ヤマトの主翼はより多目的だ。補助推進装置としての活用はもちろん、ワープ航法における次元の壁を超える際に生じる負荷を軽減して安定化させたり、まだ試験段階だがディストーションフィールドとは異なる防御フィールドとしての活用や波動砲の収束外部制御装置としての活用も視野に入っているなど、多岐に亘っている。
 もちろん表向きの理由は主翼のデッドウェイト化をさけるためであったが、実はユリカとその共犯者しか知らない隠し機能を実現するために必要だからそれとなく搭載させたシステムだった。
 内ひとつはそろそろ公開してもいい頃合いなので、折を見てテストしてしまわなければならないだろう。

 真田は予想以上に改修作業が上手くいったことに満足していた。
 これで、ユリカの病状の進行が少しでも抑えられたら幸いだ。
 それ以外にも戦闘やトラブルで負傷者が出た場合であっても、負傷者への負担を減らしつつワープを敢行できる利点は大きい。戦場からの急速離脱にワープを使うこともあるだろうし。
 改装には手の空いたイネスの協力もあったので、思いのほかスムーズかつ高い完成度で仕上がった。やはり彼女は素晴らしい頭脳の持ち主だと改めて感服する。
 今後とも仲良くしていきたいな、と真田はひとり頷いた。

「よし! じゃあ点検作業を続けながら、通常航行でプロキシマ・ケンタウリ星系に接近。有益な資源がありそうなら惑星を調査し、可能であれば採取。それが完了次第、次の経由地であるオリオン座のベテルギウス近海に向けての大ワープテストを実行します。今度は地球から約六四二光年、現在地からでも六三八年は離れた遠方にワープするからね!」

 チェックを怠らないようにと釘を刺すユリカに、真田とラピスが強く頷く。大ワープともなればさらなる負荷が懸念される。ヤマトの整備を万全にしておかなければ。

 航行責任者の大介も早速航路計算に移らなければならない。プロキシマ・ケンタウリの惑星の資源調査は工作班の仕事であるが、遠方からどのような星なのかを観測してその種類を判断するのは航海班の仕事だ。

「それじゃあルリさん。すみませんがプロキシマ・ケンタウリ星系の観測と、そのデータ解析をお手伝い願えますか?」

 大介はルリに手伝いを要望した。
 一応電算室はハリでも扱えるが、ハリは航海班の副官として一緒に航行艦橋である第二艦橋での解析作業に同席して貰いたい。となると、ルリか雪に頼むのが手っ取り早い。
 地球からの観測で惑星ひとつ存在することが観測されているが、現地点からの観測なら発見されていないほかの星を発見することもできるかもしれない。
 そこに有益な資源があれば助かる。地球からの補給を受けて多少余裕を持てたとは言っても、ヤマトの倉庫事情は依然厳しいままなのだ。

「わかりました。すぐに始めますか?」

「ええ。――自動操縦にセット、第二戦速でプロキシマ・ケンタウリ星系に向かって航行するように設定しました。到着予定は一〇時間後を予定していますから、十分時間がありますね」

 自動操縦に切り替わったヤマトは、安定翼を格納してメインノズルを点火。悠然と宇宙を航行し始める。これで操舵席を離れても大丈夫だ。

「では、私も機関室に降りてエンジンの様子を直接見てきます」

 ラピスも機関制御席を立って早々にエレベーターに向かっていた。

「……艦長。俺も同行して構いませんか? 波動砲の制御装置の様子を見ておきたいので」

「別にいいよ〜。職務熱心でお母さん嬉しいよ……」

 よよよよ、と涙を拭う振りをするユリカに「では失礼します」と、進は全く取り合うことなくラピスと一緒に第一艦橋を去っていった。
 いい加減ユリカのあしらい方を学んだらしく、以前のように赤面したり過剰に反応して恥ずかしがることはなくなっていた。

(まあ、いい加減慣れてもいいころだよな。艦長の奇行にも)

「……進のイケずぅ〜」

 顔の前で両手の人差し指を『ちょんちょん』とぶつけながら嘆くユリカだが、第一艦橋に残ったクルーは誰も取り合わない。
 通信席でエリナが右手で額を抑えて「はあ〜」と溜息を吐いていたことが、ユリカの態度に対する唯一の反応と言って差し支えないのかもしれないと、大介は思った。

第一一話 外宇宙への進出! 迫るガミラスの影! Bパート