古代守は暖かな温もりの中で目を覚ました。
 眼前にはベッドの天蓋のような物が見える。体は柔らかく温かい、すべすべした手触りの布団で包まれているようだった。

(たしか俺は――タイタンでガミラスの捕虜になって……)

 ナデシコCを始めとする地球艦隊を――最後の希望たるヤマトに欠かせない人材を逃がすために囮となって――撃沈されたのだ。
 大破したアセビはすさまじいスピードで太陽系内を突き進み、土星の衛星タイタンに不時着した。
 幸運なことに、その時点では守を始め数名のブリッジクルーが負傷しながらも生き延びていたのである。
 守はヤマトが発進した場合、資源採取のためにタイタンに立ち寄ることを知らされていた。だからヤマトが資材を求めてやって来るまで、泥を啜っても生き延びる覚悟を持ち、部下たちを鼓舞した。
 ……古代守は宇宙戦艦ヤマトの戦闘班長か副艦長の任に勧誘されていた、あのミスマル・ユリカ直々に。その席で、ある程度の情報は知らされていたのだ。
 若いが思い切りがよく戦況判断もいい。蜥蜴戦争の末期から火星の後継者の事件――それにガミラスの開戦直後から経験を積んでいるだけあって、実戦経験も十分豊富と言え、ヤマトのクルーとしては申し分ないと判断と、彼女は言っていた。
 そう言われては守とて悪い気はしなかったし、人類最後の希望と数度も言われたヤマトには興味もあった。彼女のことは真田のこともあって多少なりとも興味があったし、ナデシコ時代の活躍は――よくも悪くも耳に入っていた。
 個人的な興味からも、そして人類の未来のことを考え、守は彼女の誘いに二つ返事に応じていた。
 にも拘らず、こうして囮となって流してしまった。
 彼女を裏切ることになってしまったのは心苦しかったし、ヤマトへの乗艦が叶わなかったことも残念に思う。だが、それでも発進さえしてくれればよし。
 散って逝った仲間たちのためにも、いまを生きている人々のためにも、希望の灯を消さないことのほうが大事であると考え、守は囮となって散ることを選んだ。
 だが守は生き残った。ならばヤマトに合流を図るのが、彼がすべき最善の選択であろう。
 過酷な航海に挑むヤマトには、一人でも人材が多いほうがいい。そう言って生き残った部下を励まし、命繋いでヤマトで戦おうと息巻いていたところで、彼らはガミラスのパトロール部隊に囚われたのだ。

 ……それからのことは、あまり覚えていない。
 生き残ったとはいえ守たちは負傷していたし、連中はその場で殺したり尋問したりもせず、本国に輸送するつもりだったらしいことしか記憶にない。
 守は少なからずヤマトについての情報を持っていた。それが露呈することは避けねばならない。なんとしても情報を護らなければならない。その思いだけが強く記憶に残っている。
 結局、すぐに冷凍睡眠装置に放り込まれてしまったので、自決による機密保持すらできず、永い眠りについた――はずだったのだが。

「お気づきになられましたか?」

 左隣から聞こえてきた柔らかく美しい声に、守はゆっくりと頭を向ける。それだけの動作なのに、体中が悲鳴を上げた。
 ――どうやら、命拾いはしたが重傷を負っているらしい。寝返りすらままならないとは……。
 苦痛に呻きながら首を向けた先には――絶世の美女がいた。
 床まで届きそうな煌びやかで美しい、柔らかそうな金髪。愁いを湛えているかのような眼差しに長い睫毛に美しい顔立ち。
 まるで絵画の中から飛び出して来たかのようなその姿に、守は思わず見入ってしまった。

「どうかなさいましたか?」

 反応がない守を気遣う美女の姿に、「いえ、なんでもありません」と当たり障りのない返答で濁す。まさか見惚れていました……と正直には言えない。

「あの、ここはいったいどこなんですか?」

「ここは惑星イスカンダルのマザータウン――私の宮殿の一室です、地球の人」

 女性の口から出た『イスカンダル』という単語に守は強く反応した。聞いたことのない星だ。

「イスカンダル? 地球ではないのですか?」

 守の問いに女性は静かに首を振った。

「ここは地球から約一六万八〇〇〇光年のかなた、大マゼラン星雲の中にあるサンザー太陽系の第八惑星――私はこの星の女王、スターシアと申します」

 想定外の事態に、守は理解が追い付かなかった。
 だが次第に理解させられた。
 自分はヤマトよりも先に、その目的地たるはるかな星にたどり着いてしまったのだと。



 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

 第十七話 浮かぶ要塞島! ヤマト補給大作戦!?




「――それで、ヤマトはワープに成功したというのか?」

「は、はあ……ヤマトはタキオン波動収束砲でワープの航路を強引に押し開いたようで……その、申し訳ございません」

 ゲールは怯えも露に、デスクに座るドメルに頭を下げていた。
 作戦は見事に失敗。無人艦とは言え貴重な艦隊を丸々損失したばかりか、あれほど恵まれた状況で失敗したという事実は、申し開き様も無い大失敗。
 ガミラス軍のあり方を考えれば、即極刑ものだ。

「――そのときのデータは取れているのか?」

「は……観測衛星のデータを回収することには成功いたしましたので、タキオン波動収束砲を使ったワープの瞬間やその直前の戦闘データも含めて、観測したデータの損失はありません……」

「なるほど。わかった」

 欲しい答えを発したゲールにドメルは安堵する。彼はちゃんと与えられた役割を完璧にこなして来たのだ。
 たしかに戦果だけ言えば見事なまでの大失態。ゲールが戦々恐々としているように、速やかに極刑に処すレベルの失態だ。――普通の作戦なら。

(次元断層の戦いでもヤマトの甲板上から砲撃していた、それまでの報告にない新型機動兵器――その実働データが取れた。そして、ヤマトの搭載艇からと思われるあの強力なミサイル兵器のデータにタキオン波動収束砲の新たな使い方……十分過ぎる戦果だ)

 データは十分に得られたし、『ヤマトに沈んでもらっても困る』のだから、これは考えられる限り最上と言える結果であろう。
 いまは表立って褒められないが、ゲールはよくやってくれた。機会があったらそれとなく労うか、酒の一杯でも奢ってやるのがいいだろう。
 ――インテリアの趣味が致命的なまでに合わないのが残念この上ないが、彼は宇宙の狼ことドメル将軍の副官たる能力は十分にある。ぜひこのまま副官を続けて貰いたいところだ。――インテリアの趣味が合わないことが本当に残念で仕方ない。

「ご苦労だったな、ゲール。ヤマトを撃滅できなかったのは残念だが、十分に目標を達成している。作戦は一応の成功を見たと言っていい……今日はゆっくりと休め。明日からはまたがんばってもらうぞ」

 ドメルの意外な言葉に、ゲールは我が耳を疑っている。

「し、しかしドメル司令――」

「ゲール、ヤマトは手強い。仕留められなかったのは残念だが、それでもヤマトの手の内を垣間見ることができた。そのデータを損失なく持ち帰ったことで、今後の戦略にも大きな影響をもたらすだろう。気に病むことはない――それに、ヤマトが無傷で済んでいないのは君の頑張りによるものだ。本当によくやったぞゲール」


 ドメルの言葉に、ゲールは彼の指揮官としての器の広さを感じた。
 自分にはない度量に嫉妬は感じるが、汚名返上のチャンスを与えてくれたドメルに感謝し、素直に応じる。

「はっ! それでは休ませてもらいます。明日から、またよろしくお願い致します」

 ゲールはドメルに敬礼を送ると、身を翻して司令室から退出する。

(ヤマトめ……今度相対したときは必ず仕留めてくれる! 俺のプライドと――なによりドメル司令とデスラー総統のために!)


 退出したゲールの後姿を見送ったあと、ドメルは改めて提出された戦闘記録に目を通す。
 デスラー総統がはたしてヤマトをどうしたいのかは――未だに不明だ。おおよそ見当は付いているが。
 しかし、ドメルはデスラー総統に――ガミラスに忠誠を誓った軍人。やはりどちらに転んでもいいように手を打っておく必要があると考えた判断は、間違っていない。
 デスラーがどちらの選択をしてもいいように、ドメルなりに行動していかねばならないだろう。

(さてヤマト。ビーメラで水と食料を得るといい。その前に、私の差し向けた玩具と対面して貰うことになるがな。――攻略できねば宇宙の藻屑、攻略すれば資材と――わが軍の資料が手に入るぞ)

 ドメルは唇に薄く笑みを浮かべる。
 ヤマトが万全の状態であれば、主砲の一撃で終わってしまうような脆く無価値な罠。
 だが脈動変光星の衝撃波に翻弄され、その直後にイレギュラー要素の強いワープとなれば、かなりの被害を受けていることが容易に想像できた。
 艦隊に対して砲撃を確認できなかったことから察するに、主砲がすべて損壊している可能性もある。例の新型二機もゲールの働きで傷を負っている。
 となればあれを外部から破壊することは望めないはずだ。
 とはいえヤマトのこと。外部から壊せないなら内部から壊すに決まっている。
 あれは軍用兵器ではないから自衛装備はなく、侵入者を撃退するセキュリティーもない。
 ――それでは話にならないので、気休め程度に小型のガードロボットは大量に置いておいたが。
 それでも彼らの技量をもってすれば容易く解体して終了だろう。その後はきっとおいしく資源として活用するはず。
 だがそれでいい。
 手を取り合える可能性が潰えないうちは……ヤマトには健在であって欲しいのが実情だ。
 無事にこの罠を突破すれば、得られた資料でバラン星にわが軍の基地があることを知らされながらも、『タキオン波動収束砲で攻撃するわけにはいかない情報』も知るだろう。
 ドメルはこの情報を知ったヤマトなら、バラン星を回避して進むはずだと確信を持っている。あの次元断層内で戦略砲を艦隊に命中させなかったヤマトだ。そうする以外の選択肢を選べないだろう。

(この程度の障害、君たちなら傷ついていたとしても容易に突破できるはずだ。ヤマト、万全の状態をキープして航行を続けたまえ。ガミラス存亡のためには、恥も外聞も捨てて君たちに縋るほかないはずだ……)

 ヤマトの今後がガミラスの未来を決定付ける。それはドメルだけが得た確信ではない。デスラー総統すらも漠然とそれを理解していた様子だった。

 はたして討つべき存在か、誇りを一時投げ捨ててでも味方とすべき存在か。
 ガミラスの苦境を確実に乗り切るためにはヤマトの――あの六連射可能なタキオン波動収束砲が必要なのだ。
 ――決断のときが迫っている。
 いまドメルがすべきことは、ヤマトを倒す戦略を練り、そのための戦力を整えることと、ガミラスが折れたときヤマトが手を貸してくれるよう、こちらの情報を適度に流し、ヤマトが万全の状態になれるようにそれとなく補給の機会をくれてやることだけだ。
 たとえこの戦に負けても、ガミラスの誇りに傷が付いたとしても、祖国を護るためならどんな汚名を着ても構わない。
 どちらにせよ、ガミラス最強と謳われるドメルを破ったとあれば――ヤマトに正面切って戦おうとする気概を持てるのはデスラー総統ただ一人。
 あとはギリギリ、タラン将軍あたりが交戦の意思を示せるかどうかだが、国を破滅に導きかねない愚策を取るようなことはしないはずだ。
 当然、デスラーも。
 ドメルを破れば士気はガタ落ち、イスカンダルとガミラス本星が二重惑星である以上、ヤマトが接近すればタキオン波動収束砲の脅威が嫌でも頭を過る。
 迂闊にヤマトを刺激して万が一にもタキオン波動収束砲をガミラス本星に――本星から逃げ出す国民に向けさせるわけにはいかない以上、もうヤマトは見過ごすしかなくなる。
 だがそれはそれでいい。こちらが撃たなければ、ヤマトは決してガミラス国民に牙を剥いたりはしないはずだ。

(ミスマル艦長、そしてヤマトの戦士諸君。君たちは誇り高い戦士たちだ。決して無抵抗の人間を虐殺するような真似はしないだろう。矛を交えた私にはわかる。君たちは撤退を優先したとはいえ、わが艦隊をタキオン波動収束砲に巻き込まなかった)

 ドメルの脳裏にタキオン波動収束砲の反動で急速離脱するヤマトの姿が浮かぶ。
 狙う余裕がなかったのと、一発でどうにかできる状況でもなかったことが大きいにしても、一隻も巻き込もうとしなかったのは彼らの気質だ。
 甘いと言えば甘いが、超兵器と言う絶対的な力に溺れず自制する心を持つ彼らを、ドメルは高く評価している。
 だからこそ、和解の道筋が残されているのだ。
 もしもヤマトがガミラスを怨敵と憎み切っているのなら、その威力に物言わせて殲滅してもよかったはずだ。
 それをしないということは、ヤマトは終戦の手段として講和を視野に入れていると考えても、そう外れてはいないはずだ。

「ヤマト、身勝手は承知している。――だが願わくば、私の全力を乗り超えて、君たちの祖国と――ガミラスを救って欲しい。君たちの戦いに、地球とガミラスの双方の未来が掛かっているのだ……」






 凄まじい衝撃と共に、宇宙戦艦ヤマトは艦体を覆う閃光を割れた氷のように四散させながら通常空間に復帰した。
 波動砲で強引に押し広げたワープ航路を通過する際の衝撃は凄まじく、ほとんどのクルーが安全ベルトを腹に食い込ませ、激しい頭痛に呻き、悶絶する羽目になっていた。

「うぅ、ワープ……終了……」

 それでも生真面目な大介は根性でワープの成功を口頭で報告する。
 揺れる視界で捉えた計器の数値を見る限り、ヤマトは無事に通常空間に復帰したことが見て取れる。

「さ、さすがだな、島……」

 こちらも波動砲トリガーユニットを握りしめたまま俯いていた進が大介を称賛している。
 ――しかし、気持ち悪い。二日酔いというのはこういうものをいうのだろうか。
 そんな考えが頭を過ってしまうくらい、気持ち悪かった。

「ぬ……うぅ……自己診断システムによると、いまのワープでの損傷は一部の装甲板に亀裂が生じたくらいのようだな……。おそらく衝撃波の直撃を受けて弱くなっていたところが裂けたんだろう。……よく、この程度の被害で済んだものだな」

 呻きながらもしっかりとヤマトの損害を確認する真田。彼も大概タフな男だと思う。心底。

 ――耐えるのは慣れている、と申しました。私が直接話せるのは……いまはここまでのようです。フラッシュシステムの助力を借りても、意思の疎通ができるのは、極めて限られた時間だけ……。それにしても、さすがは私の自慢の戦友たち。前の戦友にも、勝るとも劣りませんよ――

「――やっぱり、フラッシュシステムが関わってたのか……なるほど、艦長が言っていたヤマトの意思って奴がシステムを介して俺たちの頭に直接語りかけてた、って寸法なのか」

 頭を押さえながら進が確認すると、ヤマトは応えた。

 ――そのとおりです。イスカンダルからの援助で、私は――

 声はそこで途切れた。限界が来たらしい。

「――う〜む。提供された資料にはなかったが、どうやらフラッシュシステムは精神波を拾うだけではなく、自身の精神波を直接相手にぶつける発信装置としても使えてしまうのだな。なるほど――だから最初から情報が解禁されていなかったのか」

 いくぶん回復した真田が顎に手を当てながら自身の推測を口にしている。

「……たしかに、これって使い方次第だと洗脳とかに使えますもんね――もしかして、最初に封印されてたのは、それを恐れていたからかもしれませんね……」

 若さの力か、復活しつつあるハリが率直な意見を述べている。
 言われてみれば、と真田も眉をしかめているのが見えた。

 なるほど、言われてみればそのとおりだ。使い方次第では、システムを使った発信者の思考を強制的に他人に押し付けて強引に洗脳したり、思考を誘導して遠隔操作される危険性があるのか。
 こんなシステムを下手な権力者が手に入れてしまえば――波動砲とは別の意味で最悪の事態を招くだろう。

「そうだな――最初はヤマトが使命を果たすために艦長を洗脳したとかも噂されてたしなぁ……」

 と、進が最初にその意思を示したときに流れていた噂をボソッと呟くと……。

 ――い、一応こういった使い方は想定外ですので! わ、私は洗脳とか誘導とかはしていな――

 さきほどまでと違ってすごく力の入った――と言っても怒鳴ってるとかじゃなくて無理やり言葉を発しているとき特有の力んだ声に、第一艦橋で失笑が広がる。

「あ、誤解を招かないようにって必死になってる」

 ハリの率直な感想もまた笑いを誘う。
 ここまでのよう、と言っていたにもかかわらず気合いで意思の疎通を図るヤマトがなんか可愛い、と思ったのは大介だけではないだろう。

 そうか、これが艦船とかの擬人化萌え文化に繋がるのか。
 と盛大に誤解していそうな感想が、艦内にしばらく蔓延し、(某眼鏡技術者を中心に)『ヤマト擬人化計画』などというものが裏で進行し始めたのは、ちょうどこの時期であったという。

 ……嗚呼、ヤマトの祖国日本が生んだ萌え文化は、この時代にあってもなお健在であった。
 よくも悪くも。



 ――そういうつもりではなかったのに……――

 もはやシステムの力を借りても意思疎通ができなくなったヤマトが、上手く伝わらなかったとしょげていた。
 フラッシュシステムは基本的に精神波を『機械制御』に反映させるのがお仕事なので、搭載した機体の操縦や、無線遠隔装置のコントロールに使うのが一般的――らしい。
 ヤマトの場合は、どうしてできるのかはよくわかっていないが、わかっている範囲では波動エネルギーの生み出す空間波動に言葉を乗せることで意思の疎通を図っているのであって、洗脳紛いの強制力はない。
 拡張次第ではできなくはないらしいが、イスカンダルから提供されたシステムにそのような機能は含まれていない。
 とは言え、まったく的外れではないので疑われても無理はないと思いつつも、複雑な気分だ。

 ――言葉を交わすのって、難しい……――

 ヤマトは人間が言葉のみでわかり合えず衝突する理由がわかった気がした。
 相手の受け取り方次第では違った意図に取られてしまう。これでは誤解を招いて争いが起こるのも無理はない。

 意思疎通と言う手段に目覚めたばかり、人間に近い自我を構築したのがユリカと接触してから、さらには自身は人間に使われる道具でありその役割を果たすことを至上としてきたヤマトは、言葉によるコミュニケーションの大切さを存分に理解すると同時に、些細なことでいさかいが起こる理由を痛感するのであった。

 ――誤解……されていないといいなぁ……――



 それからしばらくして。
 機能が大幅に低下したレーダーの代わりに射出した探査プローブ二基がもたらしたデータによって、ヤマトは目的地であった恒星系のすぐそばにワープアウトしていたことが判明した。
 恒星系としては太陽系よりも小さいようなので、ヤマトの速力ならワープなしでも二
日半もあれば横断できそうなくらいである。
 プローブがもたらしたデータによれば、この恒星系の第四惑星が件のハビタブルゾーン内にあり、豊かな水と植物を有する地球型惑星であることが判明。
 ヤマトは補給を実現すべく、煌々とメインノズルを輝かせながら未知の恒星系の空間を進み始めた。



 そんなとき、ユリカがようやく意識を完全に取り戻した。
 視覚と聴覚に深刻な障害を抱えたユリカ用の補装具も、彼女の覚醒にギリギリ間に合った。――まだ試作段階のものだが。
 なにぶん本人の意識が戻らないとテストもろくにできないので、こればかりは致し方がないことであろう。
 が、それでもいきなり使えるものを用意するという点を鑑みるに、ヤマトが誇る三人の天才の技術力と発想力が優れているのだと、改めて示されたと言っても過言ではないだろう。

 そして現在、ユリカは医療室のベッドに横たわったまま視覚と聴覚を補うための補装具が身に付けていた。
 しかし補装具とは言っても、彼女の視力と聴力は完全に破壊されてしまっているため、機衰えた機能を機械で増幅して補助する従来の方式では意味を成さない。
 そこでウリバタケが着目したのが、ユリカがIFSを体に入れていて、その機能が未だ損なわれていないという点だった。
 なので彼は、まずは彼女の目と耳の代わりになる観測機器を作成することから始めた。
 完成されたそれは、彼女の耳朶の形に合わせて成形された青い聴覚センサー(ネックバンド型ヘッドフォンにそっくり)で、耳をすっぽりを覆うようにして装着される。
 そこにアキトと同じタイプの薄緑色(目を隠す意味もあるので半透明)のバイザー型の視覚センサーユニットの蔓を、ヘッドフォンの耳当て部分に差し込む。
 その後、バイザー型視覚センサーユニットと聴覚センサーの得た映像データと音声データを、聴覚センサーの耳当て部分に内蔵したアンテナから送信。
 右手首に取り付ける上品な青いブレスレット型の受信機(これも緑色の宝石を模した受信ユニットが付いている)に送りこみ、一体になった白いフィンガーレス・ドレスグローブ型IFSコネクターからIFSを通してユリカの脳に情報を送ることで、失われた機能を再現するという方法を構築したのである。
 システムを構築したあとに取り掛かったのはデザインだ。実用性重視の無機質な外見ではものものしいし、なにより妙齢の女性が身に付けるものとして相応しくないだろうと、派手さを抑えた装飾品を模して印象を落ち着かせるように発案したのは、意外なことに真田であった。
 同時に、頭や右腕が重くなって負担が増えるのはユリカの状態を鑑みるに絶対に避けなければならなかったので、徹底した軽量化を施すべきだと主張したのは、主治医たるイネス。
 このちょっとした気遣いと遊び心を含めた品は――ヤマトマッド三人組の自信作だ。
 これで彼女の失われた視覚と聴覚の補填は、目途が立った。
 しかし病状が悪化したユリカは筋力の低下も進み、体温調節にも障害を抱えているため、それをカバーするための補装具も制作しなければならない。もちろんそれも鋭意制作中であるが、完成品はまだ出来上がっておらず、試作品が持ち込まれるに留まった。

 ユリカは視覚・聴覚センサーだけを身に着け、簡単な調整を受けて機能していることを確認したあと、リクライニングさせたベッドの上で進の報告を聞いていた。

「申し訳ありません艦長。無茶を繰り返した結果、ヤマトを損傷させてしまいました」

 進はユリカに向かって頭を下げていた。
 結果的にユリカが倒れてからヤマトの進路を決めたのは進だ。
 危険なのはわかっているのだから、航路上の赤色巨星をもっと詳細に調査してからワープしても遅くはなかったはず。――すべては気負い過ぎたことと航海の焦りが生んだ失態。
 彼はきっと、そう思っているのだろう。

「別に構わないよ。ヤマトからだいたいの事情を聞いてるし」

 すでに周知の事実とは言え、しゃらっととんでもない事を言ってしまったかもと、言ってから思った。

 ヤマト艦長のミスマル・ユリカさん。実はシステムの助けがなくてもヤマトと精神感応できるタイミングがあるのだ。
 事実冥王星の海の中でも瞬間的に繋がって、コントを演じたりもしていた。
 ヤマトの自我形成はユリカとの精神的接触によって生じた事例であるので、それが原因だろうと勝手に解釈している。
 当然眠っている間もそういった瞬間が幾度かあり、その中でフラッシュシステムにまつわるコントもちゃんと聞かされている(より正確には表現するのなら泣きつかれた)。

 たぶんユリカがこうして意識を取り戻し、表面上は普通にしていられるのも、ヤマトとの精神的繋がりに影響されている部分もあるのやもしれない。
 命と自我を持つ物体にフラッシュシステムを取り付けた事例は、過去にないと聞く。その影響で本来精神波を受信するインターフェースに過ぎないシステムが、なんらかの物理的現象を引き起こしてしまっているのかもしれない。
 システムなしでも『根性』で耐久力と防御力が微上昇するヤマトだから、その作用がより強化され、ユリカにも恩恵があっても不思議はない――かもしれない。
 実証は極めて困難であるが。
 だがユリカは勝手にそう思っている。実際ヤマトに乗ってからのほうが発作を起こしたあとのダメージが比較的小さいのだから、そう考えたほうがなんというか、ヤマトとの繋がりが感じられて気分もいいのである。


「――進、人は失敗を繰り返しながら成長していくものなんだよ。私だって失敗した――取り返しのつかない失敗も。最初から完璧にやるなんて、出来っこない。特に人の上に立って指揮するって言うのは、ね?」

 ユリカの言葉に進は静かに頷いた。ユリカの指導を受けて、最低限は出来るつもりだったのにこのざまだ。
 ――やはり、まだ未熟と言わざるをえない。

「それに、フライバイワープの決断に超新星からの離脱って成果も挙げてるんだから、気落ちしないで。それから……言うまでもないと思うけど、もう私は艦長としての職務を十全に果たすことができないから、今後はジュン君と一緒に私の副官として補佐を務めて欲しいの。できる?」

 ユリカの言葉に、今度は力強く頷いた。
 本当は艦長代理として指揮権を譲り受け、非常時にのみユリカが指揮を執ったほうがいくぶん楽なのだが、それをするにはまだ進は経験が足りていない。
 というよりも、ユリカが音頭を取らないとクルーがまだ不安がるのだ。
 戦果だけを見れば、進はユリカの代わりをしっかりとやってのけたのだが、発進から次元断層までの間ヤマトを操っていたユリカと、教育されているとはいえフライバイワープの決断と超新星からの手早い逃走くらいしか指揮官としての成果がない進とでは、やはり信頼度に差が出てしまう。
 もっとも、進がユリカの代わりを務められるようになるのは時間の問題だろう。彼はユリカの期待に見事応え、成果を上げているのだから。

「艦長、急場凌ぎではありますが、日常生活を補助するスーツを用意できたので、着用して具合を見てください。その運用データを基に本命の仕上げに掛かるので」

 ユリカの様子に安堵した表情の真田がそう言うので、ユリカも気軽にOKしたのだが――傍らにいたウリバタケが取り出した一品を見たときは、進ともども絶句してしまった。



 んで。
 ヤマトは修理作業を継続しながら通常航行で恒星系――イスカンダルの宇宙図によればビーメラ星系――に接近を継続している。
 コスモタイガー隊を総出で駆使した修理作業の甲斐あって、姿勢制御スラスターの修理作業は予定よりも早く六時間程度で完了し、ヤマトはようやく自力で進路変更できるようになった。
 動作テストも良好、派手に破損していた割には経過も良好。
 ついでに波動砲ワープの反動で破損した装甲板も張り替えを始め、破損したコスモレーダーのアンテナも倉庫にあった予備に置き換える作業も並行して進められている。
 修理作業で剥がした装甲や部品は艦内工場に運び込まれ、補修部品の生産や弾薬の補充のため可能な限り再利用。徹底的なリサイクル精神を発揮して極力無駄を出さないように注意を払いながら、作業を継続した。

 作業は決して楽ではなかったが、よりはっきりとした形でヤマトの意思に触れたからだろうか。クルーたちは以前よりもずっとヤマトに愛着が生まれたらしく、その作業は迅速でありながら丁寧であったという。




「主砲と副砲は変わらず機能停止中、パルスブラストとミサイル発射管の半数は使えるようになりましたが、完全ではありません。修理作業は継続中、予定では主砲はあと四日、副砲が二日後には完了の見込みです。コスモレーダーはアンテナの交換を終了し、現在調整作業中です。装甲板の張替は三時間ほどで終了を予定しています。コスモタイガー隊はガンダムを除いて万全の状態にありますが、ガンダムは損傷の程度が大きく、修理完了には最低一二時間を要します」

 簡潔にまとめた被害報告をする真田。
 幸いなことにガンダム二機は大きな損害を被ることなく帰還できたのだが、フィールド消失による熱損箇所が各所にあり、特にダブルエックスはサテライトキャノンの右砲身と左のリフレクターを焼かれていた。
 それ自体はストックされている部品との交換で対処できる程度のダメージではあったのだが、無茶な機動を繰り返し、機体のあちこちに負担をかけ続けたことを考慮し、オーバーホールを受けることになっていた。

「ビーメラ恒星系まであと三時間を予定しています。機関部の修理中のため、メインノズルの推力は四〇パーセントが限度ですが、航行に支障はありません」

「は、波動相転移エンジンの復旧作業の進展は五〇パーセント。応急修理はあと一〇時間ほどで完了の見込みですが、応急修理だけでは波動砲とワープの使用は不可能です……」

 大介、ラピスが続けて報告する。
 ……ただし、ラピスだけ様子がおかしい。落ち着きがなく、頬を赤らめてもじもじしている。
 ふむ、実に少女らしい様子だと、真田の頬が緩む。

「そう。それじゃあヤマトはこのまま目的地のビーメラ第四惑星に接近して。真田さんは主砲の復旧を優先しつつ、ヤマト全体の検査を続けてください。フライバイに波動砲ワープと、無茶を繰り返したので補給ついでに腰を据えて作業をお願いします。もちろん、ラピスちゃんと協力してワープシステムの再調整もお願いしますね」

 艦長職に復帰したユリカも、休んでいた分を取り戻すかのようにキビキビと指示を出す。
 ふむ、補装具の調子はいいようだ。
 真田は満足げに首を縦に振った。
 ……そんなユリカの姿を見てラピスが「はわわわわ……」と右手を口元に当てて目を見開き、わなわなと震えている。
「ん?」とラピスの様子に気付いたユリカが悪魔の一言告げる。

「カモ〜ン!」

 と。
 ラピスはその一言でストッパーが完全に瓦解したようだ。
 機関長としてのプライドや自制も働かず、ふらふらと席を立って艦長席に赴き、ユリカの『白くてもふもふした』体に抱き着く。
 時同じく、雪がユリカのために栄養ドリンクを入れたボトルを差し入れに来たようだが、こちらもくすくすと笑いが堪えられない様子。
 だが、ユリカは気にした風もなくボトルを受け取って「ありがとうね、雪ちゃん」と口を付けた。

 そう、もうお気づきであろう。
 ユリカはいま『ウサギユリカ・はいぱぁ〜ふぉ〜む』と化していたのだ!

 オクトパス原始星団のなぜなにナデシコを思い出してほしい。
 あのとき彼女は「こんなこともあろうかと」とやけっぱちに真田が明かした改良で、全身のパワーアシスト機能を搭載、IFS制御で自身の体同然に動けるぱわぁ〜あっぷした『ウサギユリカ・ばぁ〜じょんツゥー』と化していた。
 今回さらに衰えたユリカの日常生活を助けるため、また介助の負担を少しでも軽減すべしとマッド三人組が取り組んだ試みの一つが『第二の筋肉と皮膚を兼ねるパワードスーツの開発』であった。
 とはいえ、そんな未知なるアイテムをすぐに用意できるほどご都合主義を極められなかった三人は、試作品も兼ねてユリカウサギの衣装をベースに改良を加え、その場凌ぎをすることを思い立ったのだ。
 改良で取り付けられたパワーアシストはそのままに、耳の部分には聴覚センサーの補助システムを内蔵。
 体温の調節用のヒーターやクーラーの装備、さらには着ぐるみでは脱ぐも着るも大変なので、そこそこ大きい排泄物パックを内蔵し、清潔さも保つための工夫も凝らた。
 さらにさらに、IFSよりもレスポンスがよく日常生活における動作を肩代わりさせるため、開示された資料に含まれていたフラッシュシステムの受信装置と変換器を搭載した。これらの改良が加えられた結果、『ばぁ〜じょんツゥー』をはるかに凌ぐ『はいぱぁ〜ふぉ〜む』が君臨したのだ!

 したのだが、そこに視覚センサーであるバイザーを装備しているためか、傍から見ると不良なウサギにしか見えないため、『悪ウサギユリカ』のあだ名が付けられた、とにかくすっごい補装具なのだ!

 ついでに艦長職であることを示すためのオプションとして、普段見に付けている艦長帽を耳の間に被り(マジックテープで固定)、コート……は着れないので『艦長』と書かれた腕章を左腕に巻き、ヤマトを表す錨マークに、ナデシコを表す撫子の花びらとユリカを表す百合の花が添えられた、三センチほどの大きさのブローチが胸元に付けられていた。
 このブローチは、重病の身をおしてまでヤマトをいままで導いてくれた彼女に対するクルーの感謝の気持ちとして用意されたもので、進が(実質)指揮を執るようになってから「艦長が目覚めたとき、少しでも励みになるように感謝の印を送ろう」と企画し、意見を募集。その結果生み出された、彼女を象徴するにふさわしい贈り物。
 すぐに用意できて普段使いでも邪魔にならず、いつも身に付けていられるアクセサリー、最終的に彼女の名と、ナデシコとヤマトの艦長に因んだデザインで纏められた。
 このブローチを渡したとき、感極まって号泣したユリカの姿を見て、真田も嬉しかったものだ。
 ――まさか最初に付ける場所が着ぐるみ衣装になるとは想定外だったが。
 雪が渡したドリンクのボトルも、三人の遊び心満載で可愛らしくデフォルメされたニンジン型の保温ホルダーに入れられ、ストローが付いている部分がニンジンの先っちょ、艦長席の小さな作業机においても簡単には倒れぬようにと、置く時にはスタンドとして機能する葉っぱが三枚。
 これを飲むユリカの姿は、さながらニンジンを齧っているウサギのよう。
 ――そしていまは、光悦とした表情の美少女を侍らせて椅子にふんぞり返った性悪ウサギそのものといった様相で、第一艦橋に明るい(あ、軽い)空気を広げているのだ!

「まあ、みんなの気分が明るくなればそれに越したことはないけどさ……」

 とはウサギユリカ・はいぱぁ〜ふぉ〜むの弁。すでになにかしら達観した様子を見せている。

「はぁ〜……もふもふ……」

 ウサギユリカ・はいぱぁ〜ふぉ〜むの左わき腹付近に抱き着いているラピスは本当に幸せそうで、手でビロードのような手触りの白い毛を撫でたり頬擦りしたり、ぎゅっと抱き着いてみたり――年相応かより幼い印象すら受ける仕草に、誰も「任務中」と注意しようとはせずほっこり顔だ。
 これにはユリカも敵わず、左手で頭を撫でてあげる。ラピスの顔がさらに崩れた。
 つい一年前まではあまり表情の変わらない、とても無機質で人形のような印象を与えていたとはとても信じられない変貌振りに、真田も目頭が熱くなる思いだ。
 ――通信席で静かに涙を流しているエリナの姿にも共感を覚えてしまう。

 そのエリナは真田に注視されているとは露知らず、ラピスの成長に喜び震えていた。
 ――よし、艦橋内のカメラを使って写真を撮っておこう。
 もちろん個人フォルダーに保存して、彼女の成長の一ページとして永く残す所存である。

「エリナ!」

 そんなエリナに突然ラピスが声を上げた。びくりと体を震わせて振り向くと、至福の表情でいたラピスが鬼気迫る表情で、

「私も着ぐるみを着る!」

 おう、そうきたか。
 だがエリナはまったく動じず超速でラピスを嗜める。

「駄目に決まってるでしょラピス! あなたの着ぐるみは椅子に座れないのよ!」

 みなが姿勢を崩した姿が視界に映りこむ。
 はて、なにかおかしなことを言っただろうか。


(そっちかよ!?)

 エリナの少々論点がずれたダメ出しに声に出さずに突っ込む大介。
 そう言えば、エリナ・キンジョウ・ウォンは『コスプレが趣味』と聞いた覚えがある。
 嗚呼、その教育を受けたラピス・ラズリもその影響をばっちり受けてしまっていたのだな……。
 島大介は一人納得するのであった。



「……ええぇ……」

 まだ療養生活が解かれていないルリが、ハリとアキトから聞かされたユリカの状況になんとも言えない声を上げる。
 かなり具合がよくなったルリではあるが、まだゆっくりしなさいと言われ自室のベッドで腐っていた。のだが、まさかアキトとハリが同時に見舞いに来るとは予想してなかった。
 珍しい組み合わせもあったものだと思う。

(この二人、特別仲がよかったわけではなかったと思うのですが。――なんだろう、居心地が悪い)

 なぜだろうか、まだ交際もしていないのに彼氏と父親が肩を並べて見舞いに来たかのような錯覚を覚える
 どうせなら、別々に来てほしかった。
 ルリの偽りざる心境であった。

「しかし補装具が付いたとはいえ、ユリカさんは艦長職に復帰して大丈夫なのですか?」

「本人も無理はしないって明言してるからね。とりあえず艦橋にはいるけど、実務のほとんどはジュンと進君がするんだってさ。一応エリナも雪ちゃんも付いててくれるから、そんな心配はないと思いたいね」

 そういうアキトも心配が顔に出ている。
 しかしまあ。
 ルリは思った。ユリカが倒れたあと、進が音頭を取るまでのヤマトの沈み方を思い返すと、大人しく寝ていろとは言えないのだろうと。
 実際――過酷極まるヤマトの航海においてユリカの役割はあまりにも大きかった。
 戦闘指揮の手腕も然ることながら、艦内の空気を少しでもよくするためにと自ら道化役すら買って出たりと――普段から気を遣っていた(たまに砂糖を吐かせていたが)。

 死に至る病に侵された自身のことを極力心配させまいとする考えもあったのだろうが、よくも悪くもクルーから注目され、肩の力を抜かせてきたのも事実。
 ――何度も思う。あれは、ルリの性格では真似できるものではない。というか真似したら最後、頭の病気を疑われてしまう! と。

「僕たちも目を光らせて、少しでも具合が悪そうだったらすぐに医務室に連れて行けるようにはします。ですから、ルリさんは万全の体調に戻してから戻って来てくださいね――正直、僕たちだけでどこまで抑えられるか……」

 不安げな口調のハリだが、これに関してはルリも責めることはできない。
 だって自分も抑えきれないんだもの、普段のユリカは。
 そんなことを考えていたら……。

「ルッリちゃぁ〜ん! お見舞いに来たよ〜!」

 と元気のいい声でユリカがやってきた。傍らには離れられなくなったであろうラピスがしがみ付いている。――顔面崩壊して幸せそうであった。
 ついでに心配でついて来たのであろうエリナも傍らにいて――個室だとしても少々人数オーバー気味であった。

 でも、賑やかなのは決して嫌いじゃない。
 ……とりあえず、もふもふして癒されておこう。可愛いは正義。実に名言だ。



 ビーメラ第四惑星を光学カメラで捉える距離に達したヤマトの眼前には、まるでサツマイモのような形をした深緑色の物体が漂っていた。
 本体には無数の穴が開いているし、周囲にはトゲのあるこん棒のような物体が一二個ほど浮遊している。

「なんだろうね、あれ?」

 ユリカがメインパネルに映し出される物体に首を捻る。物体までの距離は現在二万キロ。
 ビーメラ星が背後にあったため、緑豊かな星の色と同化して光学カメラでの発見が遅れたのと、例によってステルス塗装されているらしくレーダーに映らなかったことが重なって、見落としてしまったのだ。
 ――ユリカの口調は至って普通なのだが、格好が格好なのでイマイチ緊張感がなかった、と後にエリナは語っている。

「人工物であることだけはたしかです。ただ、ガミラスの物と断定するにはデータが不足しています。もしかしたら、このビーメラ星系にも宇宙に進出した文明が存在していて、防衛のために要塞を設置していたとしても、不思議ではありません」

 真田が慎重な意見を述べる。
 目下のところ、ヤマトに直接害を及ぼす異星人はガミラスだけだが、宇宙にどの程度の文明が栄えているかの資料はない。
 ……ここは慎重に行動すべきだろう。

「そうだね……雪ちゃん、探査プローブを」

「わかりました――プローブを発射します」

 ユリカの指示を受け、雪は電探士席のパネルを操作、第三艦橋の発射管から探査プローブが一つ発射される。
 発射されたプローブはロケットモーターで加速しながら先端部の電磁波探知アンテナ群を展開、先端に突き出たままの天体観測レンズと合わせて物体の探査活動を始めた。

 プローブは徐々に物体に接近していく。その距離が五〇〇〇キロを過ぎた付近でで異変が起こった。
 プローブから送られてくるデータは、強力な磁気のようなものを捉えたことを示していたが、詳細な解析をする前にプローブがバラバラに分解されてしまったのだ。

「!? これは……一体……」

「雪! こっちにデータをよこしてくれ!」

 真田の鋭い声に雪は慌てて艦内管理席にデータを転送する。真田は真剣な表情でデータを何度も見返し、測距儀で捉えた映像も繰り返し視聴して分析し、低く唸った。



 真田は第一艦橋で分析結果を報告せず、中央作戦室を使って説明することにした。
 こればかりは高精度の立体投影装置を備えた中央作戦室の方が説明しやすいと考えてのことである。
 説明――と聞いてイネスもふらりとやってきたのだが、今回は申し訳ないがアシスタントに回って貰った。
 不服そうではあったが、真田の様子から以前話して聞かせたトラウマが刺激されたのだろうと察して、素直に身を引いてくれたのがありがたい。いろんな意味で。

 中央作戦室にはウサギユリカを始め、各班の責任者と、事態に関係する各班の責任者とクルー数名が集められた。
 ただし第一艦橋を留守にはできないので副長のジュンと砲術科長のゴート、存在感薄い組がお留守番をしている。

「まずはこの映像をご覧ください。探査プローブが破壊されたときの映像です」

 硬い表情の真田がパネルを操作すると、中央の立体スクリーン映像が投影される。クルーの位置関係に合わせて四方にスカイウィンドウが向いた状態だ。
 流れる映像は、ヤマトの光学カメラが捉えた探査プローブの後姿だが――異様な光景が映し出され、映像を見たみなが思わず息を飲む。

 物体に接近していた探査プローブがバラバラに分解されていく。だが、爆発したわけではない。それどころかビームだったりミサイルだったりが飛んできたわけでもない。
 突如として全体が振動したかと思うと、プローブを構成しているパーツがまるで引き剥がされるように次々と分解され、ビス一本に至るまで完全に解体されてしまったのだ。

「どうです、わかって頂けましたか? この分解の異様さが」

 真田の問いかけにも全員が難しい顔をする。

「う〜む……破裂したというよりは――継ぎ目が外れた……としか形容できませんね。溶接個所はもちろん、ビス止めされた部分までもが徹底的に」

 進の言葉に真田は頷いた。

「そうだ。もう一度見てほしい」

 今度はスロー再生された映像が流れる。
 スローにされるとなおさら異質さが際立つ。艦橋測距儀の光学カメラはその光景を鮮明に記録していたのだ。
 プローブ全体が細かく振動したかと思うと、プローブを構成していたであろう細かな部品が急激に振動して次々と分解されていく。
 それでいて、天体観測レンズのような部品は脱落の際の応力で割れたことが確認されるが、割れたあとのレンズがさらに分解されることはなかった。
 ほかの金属部品も、過度に分解されずパーツの原型を保ったまま散らばっていく。

「……マグネトロンウェーブと思われます」

 真田が発した単語に全員が首を捻る。聞き慣れない単語だから無理もない。

「推論を含むところはありますが、大雑把に言ってしまえば範囲内に入ったある種の金属を滅茶苦茶に揺さぶることで解体する作用を持つ……程度に考えて戴ければよいと思われます。そしてそれはヤマトはもちろん、宇宙戦艦などに使用される金属に合わせて調整されているようです。――そしてこのマグネトロンウェーブは、あの物体から放出されていると見て間違いないでしょう」

 真田の説明に一同さらに首を捻る。なんとなく言いたいことはわかるような気がするが、果たしてそんなことが本当に可能なのだろうかと、疑問に思っているのだろう。

「原理上、ミサイルによる破壊は不可能です。届く前にミサイルが解体されてしまうだけでしょう。そして、安全圏から砲撃可能な主砲と副砲は修理が完了していません――もちろん、波動砲も駄目です」

「艦長、あれからヤマトの航路を右方向に一〇〇キロほどずらしてみましたが、追尾してきています。こちらとの距離も徐々に詰めて来ているのが確認されますが、現在のヤマトの速力なら十分に引き離せるでしょう」

 大介の報告にユリカが頷く。主砲――いや副砲でも健在なら、距離を取って粉砕してやれるのだが――現状では不可能だ。
 ヤマトが取れる対抗手段で最も適切なのは、影響圏内に入らないことだろう。

「そのマグネトロンウェーブは、ディストーションフィールドで防げないんですか? 防げるんなら、機体の修理完了後にサテライトキャノンで吹き飛ばせばいいと思うんですけど……」

 アキトの控えめな発言に真田は頷いた。

「理論上は可能だが、発生機がマグネトロンウェーブの影響圏内にあると発生機が変調してフィールドの維持ができなくなる可能性が高い。当然だが、あの物体との距離が近づいて受ける影響が強くなればなるほど、それは顕著になる。とは言え、ヤマトの発生機はまだ大丈夫だな……。ダブルエックスはまだあちこち分解されてしまっているが、急いで一発確実に撃てる程度に仕上げてから波動砲口にでも陣取ってもらって――」

 そこからサテライトキャノンで撃ってもらう、と続けようとした真田の言葉を非常警報が遮った。

「前方の不明物体からミサイルが発射された! 迎撃するぞ!」

 第一艦橋からゴートの緊迫した声が届く。ユリカもその判断を尊重して迎撃作業を一任したが――まさかこれすら罠だったとは、さすがの真田も気付くことはできなかった。



 ヤマト目掛けてこん棒のような形をした物体――ミサイルが一二基、高速で接近してくる。
 高速で接近するミサイルに向かって、ゴートは艦首ミサイル発射管からミサイルを放った。
 主砲も副砲も使えない現状では、遠方で迎撃するにはこれしかない。

 しかし敵ミサイルはこちらが放った迎撃ミサイルを避けるかのように分散した。棘の部分が本体から分離して、回り込むようにヤマトに向かって突き進んでくる。
 ヤマトを上下左右に包み込むようにして接近する子弾に向かって、自動制御のパルスブラストで応戦。砲塔要員の配置を待つ猶予はない。
 レーダーで捕捉した子弾に向かって、稼働してはいても修理と調整がまだ万全ではないパルスブラストが断続的に重力波を吐き出す。命中精度はいつもよりも格段に低く頼りない。
 ジュンが展開を制御した、こちらも修理未了のディストーションフィールドで撃ち漏らしたミサイルを受け止め、ヤマトに被害が出ないように懸命に対応を続ける。

 二人の必死の努力もあって、ミサイルはすべて撃ち落とされるかフィールドで防ぐことができたのだが――様子がおかしい。
 あまりにも威力が低いのだ。フィールドにもほとんど負荷が掛からず、それでいて弾頭が爆発するとなにやら粉末のような物質を周囲にばら撒いている。
 これは……ゴートは直観的に察した。
 このミサイルはヤマトへの攻撃が目的ではない。この物質でヤマトを包み込むことが目的だったのだと。

 異変はすぐに起こった。
 ヤマトのコンピュータが強力な磁場による干渉を受けて狂い始めたのだ。
 その影響を真っ先に受けたのはレーダーやディストーションフィールドなど、比較的艦の外部に近い装置。
 瞬く間に制御装置にエラーが頻発、外壁に耐磁コーティングされている第三艦橋ですらECIにエラーが発生して、その機能に著しい障害を抱えてしまうのであった……。







「強磁性フェライト……ですか?」

 ゲールの問いにドメルは「そうだ」と短く応えた。
 ゲールも見ているモニターには、ヤマトを迎えるべくビーメラ星系に設置した宇宙要塞の図面が表示されている。

 このマグネトロンウェーブ発生装置は、廃棄された宇宙戦艦などの人工物を解体することを目的として開発された処理施設だ。もちろん今回のような作戦に導入するには少々性能不足。そのままではヤマトに通用しないだろう」

「しかし」とドメルは続ける。

「この強磁性フェライトで対象を包み込むことで、マグネトロンウェーブの影響を増幅し、別途照射する磁力線で捉えることで逃走を許さず、ヤマトの反抗そのものを奪うという三段構えの効果が期待できる」

 ドメルの説明にゲールも唸る。処理施設をこのようなトラップとして活用することは、彼には思いつかなかったのだろう。
 ドメルが言うとおり、この装置はガミラスの『民間企業』が開発した宇宙船の処理設備をバラン星に回して貰ったものだ。
 前線基地ともなれば、損傷して修復困難になった艦艇も出てくるし、手っ取り早く資源にできれば、その分軽症な艦艇のためにもなる。中間補給基地も兼ねるバラン星では意外と重宝する装置である。
 移民後不要になる移民船を資源にするうえでも、大いに役立つことだろうとの触れ込みでプレゼンテーションされていたらしい。
 最初こそ効果を疑問視されたものの、実際にはかなりの威力を発揮した。人やアンドロイドや作業機械でちまちま解体するよりも早くて楽、遠隔操作で停止できるので誤解体の危険性も小さく、単独移動可能と、これからガミラスが宇宙にさらに拠点を広げていくうえで、頼れる宇宙の解体屋になるのでは、と期待されてはいた代物だ。
 ゲールが思っているように、このような運用は想定外も甚だしい。

「しかしドメル司令、それでもヤマトに通用するのでしょうか? あの艦は――」

「わかっているさ、ゲール。それに通用しなかったとしても構わんのだ。ビーメラ星と撃破したあれの資材で補給を済ませようとすれば、その分時間をロスする。その間にバラン星基地を隠蔽してヤマトの目から逃れ、攻撃を回避するのが目的だ。時間の限られた旅ゆえ、星を一つ一つ入念に調査する余裕などないだろう。腹が膨れているのならなおさらだ。必要な行動とは言え、時間的損失が生み出す焦りも加われば隠蔽は上手くいくはずだ……ヤマトを早急に討ちたい君の気持ちはわかる。だが、このバラン星基地だけは護り抜かねばならんのだ。堪えてくれ」


 ドメルが示した対応は、ゲールにも理解できるものだった。
 バラン星近隣ではヤマトと戦わない。万が一にもバラン星前線基地を破壊されてしまえば、併設されている『民間居住施設』にも被害が及ぶ。
 ――それだけは軍人として避けねばならない。ゲールとてその程度の認識はある。
 すべてはガミラス帝国――デスラー総統のかけがえのない財産なのだから。
 問題は、ヤマトがこのバラン星を都合よく素通りしてくれるかどうかにかかっている。 万が一発見されたりしたら……後願の憂いを立つため、そしてなにより地球を守るため、ヤマトはタキオン波動収束砲を撃ち込んでこの基地を壊滅させるだろう。
 ――願わくば、そのような事態は確実に回避したいものだが……怨敵ガミラスの基地を、見す見す見逃してくれるだろうか……。

第一七話 浮かぶ要塞島! ヤマト補給大作戦! Bパート