ヤマトは未知の物質で包み込まれて身動きができなくなっていた。

「くそっ! 強磁性フェライトでヤマトを包み込むとは……っ! フェライトでマグネトロンウェーブの作用を強くしつつ電子機器を狂わせ、磁力線で捉えて逃がさないつもりか……!」

 語調も荒く真田が吠える。どうにもマグネトロンウェーブによる探査プローブの破壊を見てから穏やかではない。
 いまも悔しそうに中央作戦室の壁を殴っている。だが気持ちはわからないでもない。
 これではサテライトキャノンで遠距離から破壊することもできない。マグネトロンウェーブの影響下であんな反動の強い砲を撃てば、瞬く間に解体されてダブルエックスは破壊されてしまうだろうし、それ以前にチャージ中の負荷にも耐えられない可能性が高い。
 それをカバーするためにヤマトのフィールドで保護して、直接ケーブルを引っ張るなどの措置で強引に発砲させる予定だったのが、強磁性フェライトですべて流れた。
 ボソンジャンプで影響圏に離脱して狙撃するには、修理を完了した万全の状態でなければならない。が、完全修理を待っている間にヤマトはバラバラになってしまう。
 それどころか、ヤマトは右も左もわからない状況に置かれてしまったので、物体から距離を置こうにもどっちに進んでいいのか、まったくわからなくなってしまった。
 おまけに強磁性フェライトに向けて照射された磁力線によって拘束されたいま、嫌でもあの物体に引き寄せられているはずだと、真田は推測している。
 こうなると、時間稼ぎすら満足にできはしない。

「真田さん、イネスさん、この状況を打開するにはどうすればいいと思いますか?」

 真田が激昂している理由がトラウマだと見当をつけたユリカは、そこには触れずに知恵だけを求めた。

「そうね……この状況で強磁性フェライトを除去するのは難しいわ……二重三重にフィールドの発生が阻害されていては……。このままだと、ヤマトを解体できる距離まで接近されて一巻の終わりね。……最も確実で手早い手段は、あの要塞を無力化、つまりマグネトロンウェーブを停止してヤマトの解体を防ぐことだけと考えていいわ」

「急がないと取り返しがつかなくなる。この瞬間にもヤマトへの影響を計算してマグネトロンウェーブの調整を行っている可能性がある。これ以上状況が悪くなる前に、なんとかしなければならない」

 イネスも真田も深刻そうな表情を崩さない。いまこの瞬間もヤマトは解体待ちの廃品同然の状態なのだ。気が気でないのも当たり前である。
 ――あるのだが。

「――あの物体を解体したら、不足してる鋼材関連の補充ができるよねぇ」

 と、ついつい余計なことを呟いてしまった。たった一言、されど一言。それだけで事態が一転した。

「そうだな……ヤマトの鋼材関連はいつでも火の車状態だしなぁ……あの物体、ヤマトよりもでかいんだ……つーことは、だ。かなりの量の鋼材の補充ができるし、もしかしたら貴重なコスモナイトだって……!」

 ウリバタケも乗り気になってしまった。おやこれは――。

「となったら、意地でもあの物体を解体して資源にしないと……! いやそれだけじゃない。あれの後ろには緑豊かなビーメラ4……生野菜として食べられる食料も合わせれば、ヤマトの備蓄が一気に改善される……! これは天の恵みだ!!」

 あれ、進も流されてきちゃった。
 なんか二人の間で一気にあの物体が『ヤマトを解体しようとしている脅威』から、『ちょっと反抗的だがヤマトが必要としている補給物資の塊』に変換されてしまったらしい。

「……おいおい……っ!」

 気が気ではない様子の真田の声も届かず、すっかり空気が変わってしまっていた。
 傍らにいたイネスも気遣わしげではあるが、諦めてと言わんばかりに苦笑している。

「真田さん、あのマグネトロンウェーブの影響圏ってどの程度に及ぶと思いますか?」

「――そうですね、おそらくヤマトを破壊する威力を発揮できるのは、探査プローブが破壊された五〇〇〇キロ以下だと思います。ただ、強磁性フェライトをこの距離でヤマトに使ったことから考えると、磁力線そのものはこの距離でも届くものだと考えて間違いないでしょうが……」

 努めて冷静に答える真田にユリカは腕組して考える。
 それ自体は自然な動作なのに、ウサギユリカ・はいぱぁ〜ふぉ〜むの格好では威厳もへったくれもないな、と自分で思った。


「……」

 手っ取り早く改造できて、無理なくさまざまなアシスト機構を仕込めると用意したのは自分たちだが、やっぱり止めておけばよかったかもしれないと内心後悔する真田。
 緊張感帰って来い。欲しいのはシリアルではなくシリアスだ。

「う〜ん。データ不足だから断言不能だけど、あの物体がボソンジャンプ対策までしてないんだったら、ジャンプで接近できるね。向こうにはA級ジャンパーは居なくて、座標入力は全部機械入力だったって聞いてるから、このコンディションなら入力も妨害できてるって勘違いしてくれる可能性もあるし」

「だったら、あの物体に直接取り付くまで行かなくても、近くにジャンプアウトしてから宇宙遊泳で取り付いて進入するってのもありじゃないか? そうすれば、あの物体を鹵獲していろいろ解析もできるし資材も手に入る」

 凄く乗り気なアキトも意見を出し始めた。

「だとすると、ヤマト内部のジャミングシステムをオフラインにしないといけないわ。貴重な補給資源を見逃すなんてありえない!」

 エリナも乗り気だ。常識人だと思っていたのに。

「真田さん、あの物体がマグネトロンウェーブの影響を受けることは絶対にないのですか?」

 進が真田に問い合わせてくる。正直データ不足で断言できないのだが……。

「断定はできんが、マグネトロンウェーブの影響を回避する手段はいくつかある。まずは継ぎ目のないシームレス構造を採用することだ。変動磁場を使って振動させているにしても、一体構造なら構造体全体が振動するだけで破壊されることはないからな。ほかにもマグネトロンウェーブの影響を受けない非磁性の素材で造るというのもあるし、対象を選べるのなら対象外、または影響が少ない素材を使うとか。あとはそうだな……発振装置が外部にあって、影響を受ける外層だけシームレス構造を採用して、なんらかの手段で遮蔽して影響を受けない内部は普通に組み上げる――とかが考えられるな。だが、直接調査してみないことにはなんとも……」

「だったら直接乗り込んで調べればいいんですね?」

 ドアのほうから聞こえた声に驚き振り返る。
 そこに立っていたのは艦内服をばっちり着込んだ療養中のルリの姿だった。右手には飲み干したばかりのドリンク剤の空き瓶が握られている。
 ――ドーピングしているのが丸分かり、実にレアな姿だと場違いな感想が頭を過る。

「話はオモイカネが聞かせてくれました。いまこそ私の出番だと思います。ハーリー君のアシストもあれば、いままで研究を続けてきたガミラスのコンピューター……見事に掌握してご覧にいれます」

 ラピスの名前を出さないあたり、IFSを忌避している彼女の心情を重んじるルリのやさしさが垣間見える。

「だったら私も同行します。こんな状況下では意地なんて張っていられません。三人が掛かりで徹底的にやったほうが、確実です」

 なにやら迷いを振り切ったらしいラピスも挙手して宣言。全力を挙げてあの物体を解体し、資源に還元してみせましょうという意気込みが、全身から発せられていた。
 たしか、ハリとラピスもジャンパー処置は受けているのでジャンプには耐えられるはずだ。同行には問題ないが、強いて言えば敵地潜入の経験が皆無で戦力にはまったくならないことが問題か。

「おっとルリルリにラピスちゃんにハーリー。クラッキングのための機材は現地で調整必須だろう?――ここは、この俺ウリバタケ・セイヤも同行して現地で端末の調整をば――」

「セイヤさんはジャンプに耐えられないでしょ?」

 ウリバタケの参加表明はアキトに防がれた。
「む、無念……!」と撃沈されたウリバタケを尻目に、資源うんぬんはともかくあの物体をどうにかしたい真田もついに名乗りを上げた。

「俺が同行しよう。ヤマト再建時、ドックと外を自由に行き来したくてジャンパー処置は受けてるんだ。俺なら同行できる」

「だとするとぉ……運搬役がアキト、万が一の護衛役とか労働力として進と月臣さん、解析担当にルリちゃんとハーリー君とラピスちゃん、システムエンジニアとして真田さん――」

「私も同行させてもらうわ。アキト君とセットで行けば、いざというときの補完もしやすいわよ」

 珍しくイネスが声を上げた。最近は艦内での発明はともかく、艦外作業をしてまで解析担当を務めることはほとんどなかったのだが……。

「あら? 私だって技術者の端くれよ。ウリバタケさんが駄目な以上、私が行かなくて誰が行くというのよ」

 自信たっぷりに宣言するイネスの姿にこれは止められないと確信を得た。
 う〜む……。
 そして、除け者になったウリバタケが床に『のの字』を書いて拗ねていた。
 大人げない。



 話が纏まったとなれば行動するのみ。
 ユリカは物体攻略部隊として編制した進、アキト、月臣、ルリ、ラピス、ハリ、真田、イネスに合わせ、「ルリさんとハーリーが行くなら俺が行かないと」と名乗りを上げたサブロウタを含めた計九名が一緒に作戦を煮詰める。

「そもそもあの物体って攻撃用の要塞とは思えないんだよね。どう考えても宇宙戦艦の解体用っていうか、処理施設の一部みたいって言うか――」

「ありえますね。もしかしたらいまヤマトを包んでる強磁性フェライトも、本来攻撃用ではないマグネトロンウェーブを攻撃用途で使おうとした、苦肉の策なのかもしれません」

 呼び出された雪がいままでに得られたデータから推測を加えてくれた。
 コンピューターが全部沈黙してしまったわけではないので、反応の悪いコンソールを操りながらデータを表示し、あとは自前の頭脳でどうにかできるだろう。

「プローブが解体される直前までに送られてきた映像データからも、あれが要塞の類とは考え難いと思います。このフェライトを封入したミサイルもあの物体の周囲に浮遊していて、物体に備え付けられていたわけではありません。最初から軍事用に開発されていたのなら、本体に発射管の類があってもいいものです。それがないということは別の用途で造られた装置を強引に兵器転用した可能性があります」

 と、ルリが雪の説明に捕捉する形で推論を述べる。

「私もそう思う。たぶんいまヤマトに仕掛けてくるとしたら次元断層で戦った指揮官だろうし、あんな凄腕の指揮官がこんなヘンテコな手段に期待するとは考え難いよ――たぶん嫌がらせかヤマトの足止めが目的で、撃破は考えてないよ」

 ユリカはもふもふの腕を組んで思案する。あの凄腕の指揮官がこんな奇抜なアイデアを駆使してヤマトと戦うとは正直考え難い。
 これは絶対に足止めが目的だ。おそらく解体されて資源になることすら想定されているはず。
 ――となれば。

「ということは、ガミラスはヤマトが航路変更してこのビーメラ4で補給するって読んでたってことになるな。……あの赤色巨星の罠を考えるとそうだろうとは思ってたけど、やっぱりガミラスはこの周辺の宙域にも精通していると考えたほうがよさそうだ」

 隣のアキトもいままで得られた情報からそう推測――したように見せかけた意見を述べた。
 裏事情を知らないメンツにも違和感なく、もっともらしく聞こえるだろう。
 しかしユリカと共犯者はこの宙域をガミラスが知っている可能性は最初から考えの内だ。
 このビーメラはバラン星からほど近い位置にある恒星系。ガミラスがイスカンダルと同じ大マゼランに含まれている以上、地球との中間点であるバラン星には――。

(必ず大規模な基地がある)

 もう確定だ。疑う余地はない。

(……なにか企んでるのは間違いないけど……それがヤマトにどう作用するのかがまったく読めない。ガミラスの事情からすれば、トランジッション波動砲は喉から手が出るほど欲しいとは思うけど……だからヤマトを極力万全の状態にしておきたい?)

 いまガミラスが置かれている状況――カスケードブラックホールによる母星消滅の危機。それを乗り越えるには、カスケードブラックホールの破壊が理論上可能と思われる波動砲が不可欠。
 ――ヤマトはそれを六連射で備えている。
 カスケードブラックホールの破壊を抜きにしても、ガミラスが戦争によって版図を広げようとするのであれば、波動砲の破壊力は魅力的なはず。
 そういう意味では、(相当)運よくヤマトを仕留められたとしても、解体に留められ、比較的原形を留めたまま回収可能なマグネトロンウェーブによる破壊を目論むのは、わからないでもない。
 だとしてもあまりにも脅威として小さ過ぎる。これだったら以前の機雷網をもう一度敷いたほうがよほど確実だろうに。
 ――とすれば、これを置いた指揮官はヤマトの撃滅をできるだけ先延ばしにしようとしていることになる。
 おおかた「失敗前提。むしろ突破させることでわざと補給の機会を与え、時間を使わせるのが目的」とかうそぶいて部下を納得させつつ、本命はヤマトが万全の状態を保てるように一計を案じたのだろう。――トランジッション波動砲を維持させるために。
 ――となれば、トランジッション波動砲を欲するあまりガミラス内部でもヤマトに対する方針が割れている、と考えるのは都合がよすぎるだろうか。
 もしそれが事実なら、付け入るスキがあるかもしれない……。

「ふ〜む。やはり、映像から見るかぎりではあの要塞はシームレス構造の外郭を持っているな。それに外殻に開いているあの穴……おそらくあそこからマグネトロンウェーブを照射していると見て、間違いないでしょう」

「そうね。内部構造がどうなっているのかはこれじゃわからないけど、本体がシームレス構造だとするなら、あの穴の中にメンテナンス用の通路の類が設置されている可能性があるわ。マグネトロンウェーブの発生装置がどの部分にあるのかはわからないけれど……内部までシームレス構造ないし防磁処理がされていないのなら、発射口のすぐ奥ね。されているのなら物体の深部ってこともありえるけど……情報が少な過ぎて確定できないのがもどかしいわ。アキト君と古代君が収集した冥王星基地の内部構造も、あまり参考になりそうにないわね」

 こっちは真田とイネスが仲よく物体の分析を続けている。
 持ち前の知識を総動員してあの物体の構造を可能な限り推測して、少しでも突入作戦のプランを綿密にしようと努力を重ねている様子だが、ユリカには似合いのカップルのように映った。

「こちらウリバタケ。突入部隊運搬用に、非磁性素材をメインで使ったシームレス輸送機の制作は八〇パーセント完了だ。と言っても、非磁性素材とシームレス構造のせいで必要最低限以下程度の性能しかないけどな。計器も推進装置も簡素なものだから、情報の信頼性が一段と劣るし、速度も持久力も足りねえ。マグネトロンウェーブの影響のことを考えると、一気にジャンプで接近するのも心配だから、一度艦外に出たあとはスラスターで接近してくれ。ただし、航続距離の関係で帰りはジャンプ頼みになるから確実にあいつを沈黙させてくれよな。あと、防磁性を強化した宇宙服も用意が間に合うぞ。普段のよりも感じが違うから注意してくれよな」

 ウリバタケは作業の手を休めることなく進展の報告をくれた。
 いま工場区で開発しているのは急場凌ぎのシームレス輸送機。
 マグネトロンウェーブで影響を受けにくいと思われる非磁性の素材や、磁場の影響が小さいと考えられる軽合金にエステバリスの構造材にも使われていたセラミックや強化樹脂を使用して、なんとか輸送機の形にでっちあげた代物だ。
 外殻はシームレス構造の合金製だが、それ以外の部品はさきに挙げた素材でなんとか形にしている程度。ジャンプフィールド発生装置は二回使えるだけのバッテリーが接続され、防磁素材で厳重に梱包されている。
 一応影響が小さいと目される素材で造られているから大丈夫だとは思うが、心配の種は尽きない。
 だが、マグネトロンウェーブに分解されないこと、ヤマトがバラバラにされる前に対応することという制約があるため、これ以上は望めない。
 ウリバタケも簡素の中にもキラリと光る職人魂を詰め込み、想定される状況下で一〇〇パーセントの動作を保証される出来栄えにすべく腕を振るってくれている。

「ありがとうウリバタケさん。マグネトロンウェーブの影響を考えると、持ち込む道具も選ばないといけないわね……コミュニケやパソコンは大丈夫かしら?」

「宇宙戦艦の構造材に対して特効になるように調整されているのなら、その程度の物は大丈夫だと思います。念のため、武器ともども非磁性トランクに厳重に梱包して持ち込みましょう」

「実包を使う銃器があれば、動作だけは保証されるんだけどなぁ〜」

 真田の言葉にアキトがぼやく。
 ヤマトではクルー全員に配られたレーザー銃・コスモガンを中心に、レーザーアサルトライフルやコスモ手榴弾が用意されている。が、実包を使用する古きよき銃器はあまり用意されていない。
 ヤマトの場合、白兵戦があるとしたら艦内に侵入を許した場合の防衛戦、または敵施設内に進入しての破壊工作が想定されている。
 宇宙戦艦や宇宙要塞の場合、外も中も金属素材をメインにした構造体であることが多いと考えられ、跳弾の危険が高い実体弾を使用した銃器は自損の危険が高いと判断され、ヤマトのデータベースから回収されたレーザー銃を正式化した経緯がある。
 ほかにも、民間出身のクルーでも反動が少なくて使いやすく、ガミラスの科学力で造られるであろう防弾装備に通用するとしたら、並行宇宙でヤマトのクルーが白兵戦で存分に使った実績があるコスモガンなら間違いはないだろう、と言った理由もあった(外見は新調されたが中身はコピーに近い)。

「さすがにグレネードは持ち込めないな。密閉空間での影響もそうだが、マグネトロンウェーブの影響で信管が誤作動したら自爆するだけだし、下手に壊して止められなくなったらまずい」

「だとすると、レーザーアサルトライフルとコスモガンか。アサルトライフルは分解してコスモガンと一緒に梱包しましょう。あとは、どちらもダメなときに備えた装備をいくつか用意しないと……」

「そうだな……ナイフや警棒の類も持って行こう。俺も木連式の武術をいくつか修めている。敵の兵士がいるとすれば、それは俺が打ちのめそう」

 サブロウタと進と月臣が持ち込む武器について議論を重ねている。そちらに関してはユリカの専門外。任せるしかない。

「ラピスさん。パソコンが持ち込めるにしても、ヤマトとの連絡が絶たれた状況だとオモイカネのサポートも受けられません。マグネトロンウェーブの影響を考えると持ち込める機材にも限りがあります。どういった物を持ち込みましょうか?」

「そうですね……あまり欲張っても仕方ありません。最初はマグネトロンウェーブの停止に注力してヤマトの解体を阻止しましょう。そのあとでオモイカネの力を借りて完全制圧するのがベターだと思います。――あまり褒められたことではありませんが、アキトと一緒に火星の後継者相手に工作した経験もありますから、ルリ姉さんとハーリーさんとオモイカネがいままで積み立ててきた対ガミラス・ハッキングデバイスがあれば、対応できると思います」

 こちらも顔を突き合わせて、物体攻略のために不可欠なコンピューターの制圧手段の計画を煮詰めていた。

「今回の作戦は敵施設への侵入ですし、経験の多いアキトさんにリーダーを担当して貰ったほうがいいでしょうか?」

「ううん。アキトはたしかに経験値が多いけど、今回はあの物体の無力化が最優先だから真田さんがリーダーのほうがいいと思う。単純に火力で破壊することが難しい状況だから、やっぱり専門知識のある人の知恵を借りて堅実に解体していくしかないと思うよ」

 ユリカは今回のリーダーに適しているのは真田と言い切り、彼をリーダーに指名した。
 一番機械に対する理解力と解析能力が高く、多少羽目を外したり激昂することもあるが、感情のコントロールに優れる人柄を鑑みてのことだ。

「そう言うことでしたら、今回の突入部隊の指揮官を拝命いたします」

「サポートはばっちり任せてね。なに、私たちが一丸となって掛かればあんな物体すぐに資材に早変わりさせてみせるわ!」

 イネスの言葉に全員が頷く。
 ガミラスがなにを企もうがどんな罠を仕掛けてこようが、ヤマトはすべてを打ち破ってイスカンダルに行く!

「それではこれより! マグネトロンウェーブ発生装置解体を兼ねたヤマト補給大作戦を開始します!」

 選ばれた九名の特別工作隊が出来たてほやほやのシームレス輸送機に乗り込み、ボソンジャンプ対策をカットしてからアキトのナビゲートでボソンジャンプ。
 工場区からその姿を消したのであった。

 すべては……資材を得るために!



 そしてヤマトの艦外にボソンアウトしたシームレス輸送機は、ヤマトと物体の現在位置をざっとではあるが確認していた。

「ふむ、現在地はヤマトから推定二キロ、物体との距離は推定一万と四〇〇〇キロか……いかんな、このペースだとあと四時間ほどでヤマトはマグネトロンウェーブの影響をもろに受け始めるぞ」

「そうね。発進前の検査でも主砲や副砲を始め、損傷個所で振動が見られるようになってたし、あんまり悠長に構えてると補給の前にヤマトの修理作業が長引くことになるわね」

 もうすっかり資源獲得作戦に変貌していることがその言葉からも伺える。
 普通ならヤマトが解体されてしまう事が最も気掛かりであるはずなのに、ヤマトの修理作業の延長による時間的損失にしか目に入ってない。
 あの物体が本質的には単なる解体用機材で、攻撃用要塞ではないと見抜いたがゆえのことではあるが……。

「シームレス輸送機で接近するのに約一時間、となると、作業時間は三時間ほどを目安にしないといけないな。スラスターを噴射、物体への接近を開始するぞ」

 操縦桿を預かるサブロウタが簡素なレバーを引くと、後部に据えられた二つのスラスターが点火、物体に向けて加速を始める。
 その姿は本当に簡素なもので、艦内工場の能力をフル活用した一体成型のボディは、以前のヤマトで散々活躍した救命艇に近い代物であった(いまのヤマトの救命艇は形状が異なっている)。ただ、ティルトウイングタイプではなく、後部に取り付けられたボンベのような形の推進器で飛行する。
 そのため第一印象は『ティッシュ箱』であった。

「時間なかったんだから文句言うな。性能は保証する」

 とは、その姿に突っ込んだアキトに対するウリバタケの反論であった。

 ともかく、シームレス輸送機は徐々に速度を上げてマグネトロンウェーブを発する物体に接近していく。
 念のために持ち込んだ機材のチェックも継続しながら、各々これからの作業に備えた。

 しばらくして、シームレス輸送機はマグネトロンウェーブの影響をもろに受け始めるであろう物体との距離五〇〇〇キロの地点に達した。
 シームレス輸送機は全体が振動に見舞われたが、持ちこたえている。突貫工事で不安が残っていたが、対応できているようだった。
 ホッと胸を撫で下ろしていると、窓の外に解体されたプローブの残骸が漂っているのが見えた。
 ビスの一本に至るまで解体されているようで、細かな部品と成り果てている。
 それは自分たちが失敗したときのヤマトの末路だと思うと、緊張を煽られてソワソワした気持ちになった。

 ……真田はプローブの残骸を辛そうに見ていた。傍目にも、嫌な記憶とダブらせてみているのが伺える。

「真田さん……どうしたんですか?」

 隣に座っていた進が意を決して尋ねると、真田は渋い顔で「少しな……」とだけ答えて黙り込んでしまう。
 あまり話したくない話題だということは確定した。事情を知っているのであろうイネスは心配げな表情だが、承諾も得ず口に出すつもりはないようだった。
 しかし、口にしてしまった方が楽になると考えたからか、真田はぽつりとぽつりと話し始めた。
 あまり思い出したくはない、しかし決して忘れられない、過去の惨劇を。

「――俺はな……子供の頃は絵が好きでな。大きくなったら画家になりたいと思っていたんだ……だが、一五年ほど前に遊園地で事故に遭って、そこから人生が一変したんだ」

 真田が語ったのは一五年ほど前に地球の遊園地であった痛ましい事故だった。
 その遊園地では、機械トラブルによるジェットコースターの事故が発生、なんと乗客を乗せた小型のコースターが宙に飛び出し、乗っていた子供二人が宙に放り出される痛ましい事件が発生したのだ。
 その乗っていた子供二人と言うのが、幼き日の真田志郎とその姉だったのだ。

「俺はそのとき姉を亡くした。あの時、コースターに乗りたい乗りたいとわがままを言ったのは俺でな……姉は地面に叩きつけらるその瞬間まで、俺の手を握ってくれていたのをいまでも鮮明に思い出す。……あのバラバラになったプローブを見たとき、地面に叩きつけられたコースターの残骸と、その傍らで亡くなった姉の姿がフラッシュバックしたんだ……」

 真田の告白に、事前に知っていた様子のイネスも沈痛な面持ちになる。
 肉親の死。
 これ以上に生々しく思える『死』はない。
 両親の理不尽な死を見たアキトも、つい最近守を亡くした進も、真田に共感して薄っすらと涙が浮かんでくる。

「酷いものだったよ……姉は俺の自慢だった。綺麗で明るくて優しくて――そうだな、そういう意味では艦長に近い人なりだったかもしれん。もし俺が、あのときわがままを言わなければ、もしも、あのコースターが事故を起こさなかったら――いまでもそう思うことがあるよ」

 真田は自身の両腕と両足を見つめると、不意に進に問うた。

「なあ古代。俺の手足をどう思う?」

「え? どうって言われても……普通じゃないんですか?」

 普段の真田の姿を思い出しながら進は応える。なぜなにナデシコのキャラクターイベントで共演したときに互いの肩を抱き合ったりしたが、特別違和感は――。

「この手足は作り物なんだよ。あの事故は、姉の命だけじゃない、俺の手足も奪っていったんだ」

 真田の告白に、やはり知っていたイネスらしい以外の全員が驚く。
 普段の挙動に、作り物の手足を思わせるような仕草はない。それに、あれほど精巧な工作作業もしているというのに――。

「俺の両親は技術者でな。特に俺みたいに四肢を欠損した人が苦もなく日常を過ごせるようにと、安価で精巧な義肢を作ることに情熱を燃やしているんだ。俺の手足も、もともとは両親が設計した物だ。おかげで日常生活においては不便さは感じないし、みんなも見ているように精密作業もこなせる。むしろ生身だった頃よりも器用になったくらいさ」

 自嘲気味ではあったが、言葉の端々に両親に対するたしかな敬意と感謝が感じられる。

「この一件以来、俺は科学畑の道を進むことに決めたんだ。――科学とは、人の幸せのために生み出されたもののはずだ。生活を豊かにし、より高みを目指すためにこそあるはずだ。……だが、現実はどうだ! 姉の命や俺の手足を奪ったような事故は枚挙がない! それどころか科学に心奪われ外道に走る人間の、なんと多いことか! 俺は、科学とは人のためにあり、人は科学に勝るものだということを証明するために――科学を屈服させ、人の幸せを侵さないようにしたいと願って、科学者になったんだ!」

 握り締められた拳に、真田の決意の固さが伺える。

「――屈服、ですか」

 真田の告白を聞いた、ルリはぽつりと呟く。
 ああ、と進は理解した。
 コンピューターを友達として成長したと聞くルリにとって、機械はとても身近な存在な存在であり――対等な関係だった。
 その友人を貶められたような気がして、同情を差し引いても反発を覚えてしまったのだろう。

「わかっているよ、ルリ君。君とオモイカネの関係はこの目で見させてもらった。君たちのような関係こそが、俺の目指すべき本当の答えなのではないかと、ヤマトに乗ってから思うんだ」

 さきほどまでの感情の荒ぶりを抑え、優しく真田は告げた。

「しかし人が科学を制すべきというのは――正しいのだといまでも思う。科学で生まれたすべての機械が――オモイカネのように人と歩み寄れる存在ではないからね。それに……人が裏切らない限り、科学もまた人を裏切らないものだと、だれかの言葉を耳にしたこともある。俺は、誰もがそうあれるようにするためにも科学を制し、同時に科学と接する人のあり方についても模索していきたいと考えている――そのきっかけは間違いなく、君たちの関係だ」

「真田さん……」

「つくづく、俺は君たちに救われたり道を示されているのかもしれないな…………アキト君、実はいままで話していなかったんだが――君は俺の命の恩人なんだ」

「え?」

 いきなりそんな事を言われたアキトが戸惑う。

「まだ艦長にも言えてはいないんだが、君たちがヨコスカで自爆寸前のジン・タイプを一機、なんとかしてくれただろ? あのとき、俺もヨコスカにいたんだ。ナデシコが暴れていたジン・タイプと戦ってくれなかったら、君がボソンジャンプを使ってまであの機体を放り出してくれなかったら、俺はあそこで死んでいただろう」


 思わぬ告白を聞かされ、あの場で自爆して果てようとしていた月臣がぎくりと硬直する。
 まさか自分が殺しかけた民間人の中に、いまヤマトを支えている科学者がいようとは――。
 居心地が――悪い。


「だからこそ、君たちの訃報を新聞で見た時には悲しかったし、プロスペクターさんを通してヤマトの再建計画に誘われて、真実を――君が五感に障害を抱えて復讐鬼となり、艦長がボソンジャンプの制御装置にされたと聞かされたときには、腸が煮えくり返る思いだったよ。俺が最も唾棄すべき存在――科学に心奪われ人間性を失った連中の玩具にされたなんて……。だから俺は、命を救われた者として、科学者として……恩人の君たちに少しでも報いたいと思って、ヤマトの再建を手伝う覚悟を――兵器開発に携わり、俺が生み出した兵器で血を流す覚悟を決めたんだ」

「真田さん――そんなことがあったなんて、俺、知りませんでした」

「あまり語る必要を感じなかったのでな。恩を着せたいわけでもないし、俺個人が納得していれば済む話だった。しかしな……再建したヤマトが君にも明日への希望を与え、ダブルエックスが君たちの再会の懸け橋になってくれたと知ったときは、感無量だったよ。どちらも俺が関わっていたからな……」

 目を閉じた真田の脳裏に、ダブルエックスに乗ってヤマトの危機を救い、ユリカと痴話喧嘩を繰り広げたあと、医務室で感動の再会を果たした二人の姿が――そしてその姿を喜びも露に見ていたルリたちの姿が浮かぶ。
 理不尽で愚かしい思惑で引き裂かれた恩人の幸せそうな姿に、筆舌し難い感動を味わったのは記憶に新しい。

「ほかにもヤマトにナデシコCから移動になったルリ君が乗ると聞いたときも、できる限りの時間を割いてオモイカネの搭載の調整や、IFS対応のインターフェイスを組み込んだり、要望に応じたハードウェアの改造もした」

「――どうりで、親切だと思いました」

 まあ、第三艦橋のエレベーター問題は誤算だったが。と真田は冗談めかして告げたが、ルリは複雑な表情で黙ってしまった。
 逆にいままで会話に加わっていなかったラピスが訪ねてきた。

「ということは、ユリカ姉さんの着ぐるみの改良を頼まれてもいないのにやってくれたのって……」

「もちろん、艦長が少しでも楽になるようにと気遣ったんだ。幸いイネスさんの協力も仰げたから楽なものだったよ。俺も両親から義肢関係の技術は伝授してもらっているし、アイデアもいくつか使わせてもらっているんだ。あのパワードスーツ化も、両親が考えた半身不随になってしまった人や、欠損はしていなくても麻痺などで体が自由に動かない人のために考案していた技術を使わせてもらっているんだ。形にするうえで、ウリバタケさんの協力も大きかったと付け加えさせてもらうよ」

 思いがけない事実にアキトもラピスも開いた口が塞がらない様子。立場が逆だったら、真田も似たようなリアクションを取っていたとは思う。

「正直な気持ちを言えば、どんな形であれ兵器開発に携わり血を流した以上、科学で人を幸せにするという願いに土を付けたという思いはあるんだ。だが、綺麗事だけ並べて眼の前の犠牲を見過ごすのは、耐えられない。俺の信念のためにも、たとえガミラスの血を流すことになったとしても……ヤマトの航海は成功させる。ヤマトを生み出したのも科学だ。科学者としての俺が手塩にかけて甦らせ、改良も重ねてきた。ヤマトの成功は、地球に残された人々の幸せに繋がるのは確実なんだ!――本音を言えば、ヤマトの力が侵略者とは言えガミラスに向けられ、多くの血を流す結果になっているのには、心苦しく思ってる。だが、俺たちはあとには引けない。たとえ片方しか救えずとも、すべてを失うよりはずっとマシだ」

 それは真田の本音だった。地球を追い込んだガミラスを恨まずにはいられない。だがそれでも、自身が開発した兵器でガミラス人が死んでいくというのは気分がよろしいものではない。
 ガミラスとて人なのだと、あの冥王星基地の残存艦隊が教えてくれたのだ。
 向かって来るのなら退ける。綺麗事で済まないのなら、降りかかる火の粉を払うことにためらいはない。
 だが、戦いが終わったあとに感じるあの虚しさは――消すことができないでいた。

「それに詳細はわからないが――艦長の言葉を聞く限りでは、イスカンダルにはたしかに彼女の未来を拓くなにかがあるよう思えるんだ。俺の感が囁くんだが、もしかしたら艦長の命を救うのは医学ではなく、科学技術によるものかもしれない」

「医学では治せないって――でも治療と言ったら医学なんじゃ!?」

 突然聞かされたルリが声を荒げるが、真田は極力冷静に推論を述べた。

「俺も医学にはそれほど詳しくないが、あそこまで破壊された体を元通りにすることは不可能だと思う。たとえば、クローン体のような新しい体を用意して脳髄を――もしくは記憶や人格と言った彼女を形作るパーソナルを移植して事態を解決する、ということもありえない話ではないし、その場合は医学と言うよりも科学が救うと言える。もしくは――」

 アキトは背中を冷たくしていた。たぶん進とイネスも同じ心境だと思う。だって顔が微妙にこわばってるから。
 真田の推論に肝が冷える。大体当たっているのがおそろしい。気に恐ろしきは天才科学者。
 つーかおまえもう真相知ってるだろ!
 そう叫びたくなったアキトである。

「すべては推論に過ぎない。真相はイスカンダルに辿り着き、向こうの人間か艦長が真相を語ってくれることを祈るしかない。だが俺は、あの人は自分の命と引き換えに地球を救って俺たちを置き去りにするようなことは考えていないと信じている。必ずイスカンダルになにかがある。あるからこそ、彼女は命を削ることを躊躇わなかったと、俺は信じているよ」

 そう真田が締めたときで、目的の物体にだいぶ近づいたことをサブロウタが教えてくれた。
 ――彼が真実を知るのはそう遠い話ではないのだが、真実を知ったときの反応が容易に予想できて……アキトは震えあがる。

「ん? どうやら着いたようだな。長話に付き合わせて悪かった。さあ! 接舷してあの物体の制圧に掛かろう! ヤマトが解体される前に終わらせないとな!」

 吐き出すものを吐き出してすっきりした真田が音頭を取ると、真田の口から語られた出来事にショックを受けて意気消沈した一名を除いて、全員が元気に応えるのであった。

(月臣――過去って、消せないよな)

 アキトは優しく彼の肩を叩いた。
 月臣は、そっとアキトに応えた。

「すまん。今度、飯でも奢る……」




「ユリカ、マグネトロンウェーブの影響が強くなってきているみたいだ。修理中の装甲板の剥離が始まったよ」

 強磁性フェライトの影響で計器類はあまり信用できないものの、工作班の面々が損傷個所を中心に目視と艦内通話を使って艦橋に報告してくれているので、ヤマトの状況を知ることに不自由はなかった。

「う〜ん。まあ間に合うだろうけどこれ以上解体されるのもねぇ。ヤマトぉ! 気合で耐えてくれないかなぁ!」

 すでに周知となっているから語りかける事に躊躇がない。ほかのクルーには返事は聞こえなかったようだが、ユリカには返事が届いた。

「――がんばってみます!」

 と。
 頼もしい限りだが、ちょっぴり泣きが入ってた気がする。――トラウマでもあるのだろうか。



 一方でマグネトロンウェーブ発生装置に取り付いた九名は、ワイヤーでシームレス輸送機を係留したあと、マグネトロンウェーブの発射口と思われる開口部から侵入を試みていた。
 シームレス構造である以上、外部にメンテナンスハッチの類があるはずもないという考えから、多少の危険は覚悟で突撃を開始する。

「よかった。手を加えた宇宙服はマグネトロンウェーブの影響を退けられるようね」

「帰ったらウリバタケさんにお礼しないとですね」

 イネスの安堵の声にハリも同意する。ウリバタケは同行こそできなかったが、たしかな仕事振りで突入部隊を支えてくれていた。

 慎重に発射口と思われる開口部にその身を潜らせる。人が入るのに十分な大きさな穴ではあるが、九人も入るとなると手狭だった。
 互いに装備を引っかけないように順序立てて慎重に進んでいく。奥行きは一五メートルほどと短く、直ぐに行き止まりに達してしまう。
 真田とイネスは周囲を検分しながら少しの間歩き回り、互いに意見を交わして結論を出した。

「ふむ、どうやら発射装置よりも奥にはマグネトロンウェーブ自体が届かないようだ。案外指向性があるんだな。この奥の隔壁も、防磁コーティングされてはいるようだがじかに作用したら長くはもたんだろう。――よし、このまま最深部に侵入して、マグネトロンウェーブを内部に反転させられないかを試してみよう。上手くいけば、この物体自体を解体できるはずだ」

 隔壁の傍にあった防護扉をハッキング(物理)して開放、内側に入る。
 その先には予想どおり、メンテナンス用と思われる通路が伸びていた。その様相はケーブルが絡み合って作られたトンネルのような構造で、どのような意図と機能性を求めてを作り出したのか、進には理解できなかった。
 戦闘担当の四人はトランクからコスモガンを取り出して構える。マグネトロンウェーブの影響は回避できたらしい。レーザーアサルトライフルも問題ない。スリングを肩に通して構える。

「行くぞ。このケーブルを辿っていけば、心臓部に辿り着けるはずだ」

 アキトと進が前衛を担当し、そのすぐ後ろの真田とイネスが道を示し、中衛にサブロウタ、サブロウタの近くにルリとラピスとハリ、後衛に月臣という陣形で、慎重に先を進んでいく。
 通路は正直言って狭く、人がすれ違うのがやっとといった具合で入り組んでいる。まるで迷路のようにあちこちに通路が伸び、真田とイネスが主要のケーブルを見極めて先導してくれなければ迷子確定であった。
 冥王星でも使ったマーキングを残して退路を確保しつつ、九名は慎重に通路を進んでいく。
 不思議と防御装置の類が見受けられず、一切の妨害を受けることがないまま進んでいくが、いかんせん構造が複雑で階層も分かれているので素早く移動できない。
 人口重力が働いているので一行はケーブルでできた通路を歩かねばならず、病み上がりで体力が不足気味のルリは辛そうで、フォローが欠かせなかった。

 ――かなりの距離を歩いた。ときにはケーブルでできた壁面を這い上って階層を移動する必要もあり、苦労させられた。
 途中、六〇センチ程度の赤い四つ足ガードロボットに遭遇して少々焦ったが、物陰に隠れてやり過ごしたり、発見される前に破壊して切り抜ける。
 案外脆くて助かった。

「もう五キロも歩いてるのか……真田さん、イネスさん、まだ中心部には着かないんですか?」

「もうすぐだ、古代。この物体は完全に無人で動いている、言わばこの物体自体が巨大なロボットのようなものだ。イネスさんとも結論が共通したが、どうやらこの通路も一種の電気回路のような構造をしているようだ。内部には作用していないが、おそらくこの物体全体がマグネトロンウェーブの発生装置になっているんだろう――そして、その構造を鑑みた上で俺とイネスさんが導き出したゴールが……ここだ!」

 真田が示した部屋の中の様子は、それまでの通路とは一変していた。
 円形の部屋の中央には、球形の巨大な電子頭脳と思しき物体があり、その四方からオレンジ色のケーブルを伸ばして床や壁、天井に繋がっている。
 周囲には平らな床もあり、一目見てわかる、ここが心臓部であると。

「……では、手早く無効化してしまいましょう。ハーリー君、ラピス、私たちの出番です。…………さんざん歩かせてくれたお礼を、たっぷりとして差し上げます!」

 体力の限界を向けて呼吸が荒いルリの呼び掛けにハリもラピスもおびえた表情で頷く。
 ルリの目は危ない光を湛え、ギラギラして見えた。
 その姿は、進も怖かった。だから触れないでおこうと思う。誤爆されかねない。

「アクセスポイントを探すのは私たちに任せて、アキト君たちは周辺の警戒をよろしく」

 イネスに言われて四人は技術者組を固めるように周囲を警戒する。あのガードロボットが大挙して襲い掛かってくるかもしれないので、備えを怠ることはできない。

 真田とイネスはすぐにアクセスできそうな端末を発見、地球の物とはだいぶ規格が違うが、過去の解析データからでっち上げたコネクターを調整して接続、あとは真田たちのバックアップを受けたルリたち三人の仕事である。
 携帯端末では全力を出すには少々物足りないスペックではあるが、ルリがハリや部下と一緒に構築したガミラス用のハッキングデバイスの出来栄えは見事だった。苦戦していたヤマト出航前とはうって変わって実にスムーズに掌握していった。

 ――そして案の定と言うべきか、警報システムが発動した。やはり完全回避はまだできなかったらしい。
 真空の物体内では音は聞こえないが、あちこちで赤色灯火が点滅している。ガミラスも共通の警戒色らしい。いままでやり過ごして来たガードロボットが大集結。一挙に襲い掛かってくる。
 上部のカバーが開いてレーザーガンを発射。施設の破損を気にしてか出力はやや低めだが、それでも命中すれば宇宙服の気密が危うい。
 進たちはコスモガンとアサルトライフルを二挺持ちして応戦。とにもかくにもルリたちの邪魔をさせるわけにはいかない。
 入ってきた入り口はもちろん、各所のサービスハッチの類からも飛び出すガードロボットを、四人は代わる代わる立ち位置を入れ替えて応戦していく。
 飛び交うレーザーを防ぐべく、真田とイネスが持ち込んでいたらしい個人携行用のディストーションフィールドを展開して持ちこたえる。内部にマグネトロンウェーブの影響があったら使えない代物なのに、念には念をと持ってきた周到さに感心させられる。
 とはいえバッテリーはそう長くは続かないし、応戦中の四人は無防備なままだ。

「そのぉ、急かすよで申し訳ないどさ、早いとこ頼んますぜ!」

 余裕がなくなってきたサブロウタが堪らず急かす。
 月臣は宣言どおり、宇宙服を着ているとは思えない凄まじい体術を見せつけてガードロボットを蹴り飛ばし、レーザーの火線を見切って縦横無尽の大活躍。
 サブロウタたちはそこまではいかないが、必要に駆られて蹴ったり撃ったりエネルギー切れの銃を投げつけたりナイフや電磁警棒で応戦したり。必死で抵抗している。
 だが多勢に無勢。溢れるように出て来る大量のガードロボットの群れと残骸に、埋もれてしまいそうな錯覚すら覚えるほど追い詰められていた。

「ルリさん、こっちは準備できました!」

「ルリ姉さん、こっちもいけます!」

「それじゃあ、ポチっといきましょう」

 ――掌握に成功したらしい。
 ガードロボットがすべて沈黙して、騒々しかった中央制御室が静まり返った。

「ふぅ〜。クラッキングは久しぶりでしたけど、腕は鈍っていませんでしたね」

「私も久しぶりですけど、務まってよかったです」

「実にいい経験値でした」

 三人は清々しい表情だった。
 制圧までの時間は一五分。オモイカネの助けもなく、ガミラス製のコンピューター相手にこの程度の時間で済んだのだから、大金星だろう。
 いままではそもそも掌握すらできなかったのだから。

「やはりこの物体は無人で稼働していたようです。システムを掌握した以上、この物体はもうわれわれのものです。もちろん外部コントロールシステムもばっちりですよ」

 ルリはとっても嬉しそうだった。ようやく彼女個人としてガミラスに一矢報いたと思っていることは、表情から容易に察することができる。

「よし! 一度脱出してヤマトに戻ろう! 外部からコントロールできるのなら、わざわざ内側から壊す必要はない。この忌々しいジャンク製造機をジャンクに代えて、われわれの航海の足しにしようではないか!」

「さんせ〜い!」

 と全員そろって挙手。
 手早く帰り支度をしてガードロボットの残骸を踏み越え、心臓部をあとにする。
 九人はまた足場の悪いケーブルのトンネルを進んでいく。
 構造が判明したので工程が多少楽になったのが幸いだった。ついでに人口重力も切ってスイスイ泳ぐから早い早い。
 疲れと心地よい達成感を感じながら、一行はシームレス輸送機に乗り込み、ボソンジャンプでヤマトの艦内に帰艦した。

 格納庫でジャンプアウトしたシームレス輸送機の姿に、待ち構えていたクルーが歓声を上げ、ウサギユリカ・はいぱ〜ふぉ〜むも駆けつける。
 そして一同を代表し、真田は報告するのであった。

「艦長、マグネトロンウェーブ発射装置の無力化に成功しました! あのジャンクはたったいまからわれわれの補給物資です! データの吸出しが終わったら、早速解体しましょう!」



 ビーメラ星系第四惑星で補給ができると喜びも露にした矢先に襲い掛かったガミラスの罠。

 立ち塞がったマグネトロンウェーブ発射装置の脅威を切り抜け、貴重な資源をゲットしたヤマト。

 しかしヤマトよ、油断は禁物だ。君の行く手にはガミラスの妨害と、神秘なる宇宙の大自然が立ちはだかっているのだ。

 人類滅亡と言われる日まで、

 あと、二六五日。



 第十七話 完



 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

    第十八話 新たなる脅威! 暗躍する第三勢力!

    立ち向かうべきは、ガミラスかなぞの敵か

第一八話 新たなる脅威! 暗躍する第三勢力! Aパート







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代理人の感想 
ゲール君は小物で悪趣味だけど有能でマジメで忠誠心厚いいいやつなんだよなあ。
2199のラストでデスラーもろとも吹っ飛ばされたのは本当に気の毒だったw

そしてまたもや人力、災い転じて福と成す。
まあ割とそのつもりで送りつけたところもあるわけですがw


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