「――悪いね、進。せっかく補装具も用意して貰ったけど、ヤマトの指揮――任せるしかないや……」

「はい。あとのことは、俺に任せて下さい」

 みんなの前には姿を現さず、ユリカの傍でイネスたちのやりとりを聞きながら、進は最後の打ち合わせを済ませていた。

「艦長室のクローゼットの奥に、赤い錨マークの掛かれたトランクがある。その中身を使ってくれると嬉しいな。……やっぱりさ、カッコつけたほうが、いいと思うから」

「はい」

「――大丈夫、あなたならできる。私の自慢の――古代進なら」

 とびっきりの笑顔でユリカは進を送り出す。髪の色が落ち、肌荒れも酷くなった痛々しい姿でも、その笑顔はたしかに太陽の輝きを宿していた。

 最後の勇気を受け取った進は、彼女が自分に託した『願い』を叶えるべく、そしてそれ以上にヤマトと共に戦うものとしての使命を果たすため、行動を開始する。
 艦長室で目当てのトランクを開け、中に入っていた衣服を身に付ける。
 ついでにファイルを見つけた引き出しから『ある物』を取り出すと、大事に脇に抱えながら第一艦橋に降りる。
 持ってきたそれを壁に掛けると、大きく息を吸ってから艦内通話のスイッチを震える指で押し、腹の底から声を出した。


 「ヤマトの戦士諸君! 本日ただいまをもって艦長代理に就任した、古代進だ! みんなの命、いまこの瞬間から母ユリカに代わって俺が預かる! 一度にさまざまな情報を与えられて困惑しているだろうが、俺たちのすべきことは変わらない! ヤマト共に……地球と人類の未来を護るぞ!」




 突然の宣言に驚いた各部署の責任者と副責任者は、大慌てで主幹エレベーターに搭乗、二基のエレベーターにぎゅうぎゅう詰めになって第一艦橋に転がり込んできた。
 そんな彼らが見たのは、旧デザインの戦闘班の艦内服に身を包み、ユリカと同じデザインの真新しいコート羽織り、艦長帽を被った進の姿。
 そして、艦長席のエレベーターレールに掛けられた、初老の男性のレリーフ。

「こ、古代! その格好――いや、艦長代理って」

 会話が筒抜けなのも忘れて大介が問い質す。第一艦橋のあちこちにクルー全員分のフライウィンドウが開いて、言葉を求めている。
 急展開に困惑している大介の表情に「ドッキリ大成功」と冗談が頭を過りながらも、進は言った。

「艦長の意向だ。残念だが、先の負傷の影響もあって艦長はその職務を果たすことが難しくなった。よって、艦長の後継者として教育を受けた俺が艦長代理として全権を任された。以後、よろしく頼む」

「……わかっちゃいたけど、ちょっとは相談して欲しかったなぁ……そんなに僕って頼りない?」

 副長なのに蚊帳の外だったジュンが嘆き、傍らにいたラピスに慰められている。

「さて、今後のヤマトの航路についてだが、ガミラスの目的とマグネトロンウェーブ発生装置から得られた情報を加味した場合、われわれがイスカンダルと地球を結ぶ中間目標として考えていた自由浮遊惑星バランにも、ガミラスの大規模な中間補給基地の類が存在する可能性が高いことがわかっている」

 呆けていた大介たちの顔が引き締まる。

「これが地球への侵略拠点であることは明白であるが、彼らの真の目的を考えれば――地球の凍結をなんらかの方法で解除し、入植可能になるまでの間移民船団を待機させる寄港地となっている可能性が考えられる。事実、マグネトロンウェーブ発生装置は民間の解体業者が所有する設備であることが解析から伺え、そのような装備を前線基地が備えていること自体が不自然だ。つまり――」

「まさか、バラン星の基地施設に民間の居住エリアが併設されている可能性があるということか!?」

 進の言わんとすることを察したゴートが声を荒らげた。

「そのとおりだ。もしそうなった場合、民間施設を避けながらの基地施設の破壊工作は不可能。加えて中間地点にある施設ともなれば、冥王星前線基地とは桁違いの規模を有している可能性が高い。それにバラン星の位置関係を考えれば、地球攻略に失敗した場合の一時避難先に指定されている可能性は十分にある」

「……そうか、ここからなら俺たちが補給したビーメラ星系ともかなり近い。水と食料の心配が少なくて済む。原生林が生い茂るビーメラ星を開拓するのには時間が掛かるが、すでに文明が生まれた地球なら、開発された都市部への被害を抑えて攻略すればわれわれが造った施設も利用してインフラの整備が早く終わる。遊星爆弾が地表に対しての爆撃ではなく、寒冷化による人類の凍死を狙うものだったのは、ガミラスに一から惑星開発をする余裕がなかったからなのか……!」

「そのとおりでしょう、真田さん。そうでなければ、文明を持った地球を手に入れるよりも、文明のないビーメラ星系に入植したほうが楽だったはずです。おそらく、カスケードブラックホール対策が検討されたときには、もう開拓するには手遅れだったのだと考えるのが妥当でしょうね。実際、ここまでのヤマトの航海で地球人型の異星人が入植するのに適した恒星系は、太陽系とビーメラ星系以外ありませんでした。大マゼラン内で入植先を見つけられなかった理由は不明ですが、なにかしら入植できない理由があったと解釈せざるをえません。地球に目を付けたのは、将来的に天の川銀河に手を伸ばすための拠点として目を付けていたのを、そのまま移民先として選定したのではないかと、艦長は推測していました」

 進がいままでユリカたちと検討してきた情報を打ち明けると、みな揃って難しい表情になる。

「さて、われわれが採るべき道が二つあることは、さきほどイネス先生からの説明でみな理解してくれたと思う。艦長代理としての俺の方針はすでに決まっている。艦長も同じ考えだ。だがそれを発表して命令する前にみなに問いたい――ガミラスとどうしたいのかを」

 進に言われ、事情を知らなかった全員が考え出す。
 ガミラスの行動は到底許せるものではない。滅亡寸前まで追い込まれた地球人類としては当然の感情だ。
 しかし、だからと言って滅ぼす道を選ぶべきなのだろうか。
 地球が――ヤマトがガミラスに勝てるとしたら本星接近時に波動砲で国を滅ぼす以外に道がない。
 それも――報復を考慮するのなら民族そのものを、ということになってしまう。
 報復が来ることを覚悟したとしても、つど退ける余力が地球にあるのかどうかわからない。ガミラス本星を滅ぼしたとしても、各地に拠点を有している可能性は十分にあるのだから。

「……俺は、できるなら和解の道を模索したい」

 木星出身のクルーの一人が言った。

「俺たち、ずっと地球は悪だった教えられて育って、それを疑いもせず成長して、戦争して……結局戦争が終わってもそうそう価値観を変えられなくていがみ合って、火星の後継者が出て来たときも内心草壁閣下に期待してる自分がいて……。でもガミラスに木星を滅ぼされて、行き場を失った俺たちを受け入れてくれたのは――地球人だった」

 その言葉に、次々と木星出身のクルーが呼応していく。

「――そうだったな。さんざん罵り合って血を流して……仲良くできるなんて全然考えられなかったのに、国を亡くした俺たちを受け入れて、一緒に戦おうって言ってくれたの、地球人だったんだよな」

「――ああ。嬉しかったよなぁ……あのとき、これ以上なく実感したんだよな。過去の怨恨を超えて仲良くなれるんだって……」

「――俺たちだって、戦争中は民間にもさんざん被害を出した木星が許せなかった。あれだけ血を流しておきながら、やれ悪の地球人がだの、一〇〇年前の恨みだのとか言われても納得なんてできなかったし、事実上の報復をしておきながら俺たちの報復を認めないって……本当に自己中な連中だって、心底嫌ってたっけ」

「いつからだったんだろうな。一緒に腹の底から笑いあって、飯食って風呂入って、仕事して、その日の成果に一喜一憂して……。いつの間にか昔の恨みなんて流れちまって、一緒にいるのが当たり前になっちまった」

 木星出身のクルーの言葉に刺激され、地球出身のクルーも口々に当時を思い返している。
 考えてみれば本当に愚かしい戦争だった。
 過去の怨恨があったにせよ、互いを理解しようとせず自己主張ばかりで暴力を振るいあって……ガミラスだって、そんな連中に期待をかけようとはしないだろう。
 だけども、ガミラスの侵略があったからとはいえ……いまは互いにわかり合えている。
 もはや過去ではない、現在の怨恨を乗り越えて手を取り合うことができた。
 その結果を噛みしめたクルーは、自然と言葉を発していた。

「艦長代理。俺たちは、ギリギリまでガミラスとの和平を模索したいと思います。もう、恨みや憎しみを糧に血を流し続けるのはゴメンです。ガミラスと解り合えないのなら、心を鬼にして滅する覚悟を持ちます。でも、いまはもうこれ以上は無理だ、っていうところまでがんばってみたいと思います!」

「艦長代理、それがここまで希望の灯を繋いでくれた艦長に報いることだと考えます。彼女だって、俺たち木星人が中心になった火星の後継者のせいで人生を滅茶苦茶にされて、あんなに仲のいい旦那さんと引き剥がされて、命に関わる病に侵されたにも拘らず――俺たちのために本気で悲しんでくれた。俺たちの無念を理解してくれたんです。――そんな彼女の部下として、最後の瞬間まで抗いたいです!」

 口々に、クルーが訴えてくる。
 内容は個々に微妙に違っていたが共通していることは一つ。
 ガミラスと共存する道を模索したい、憎しみを糧に戦いたくない。そして、いざというときには躊躇わない、と。
 クルーの総意を受け取った進は、後ろのレリーフを振り返ってクルーに語りかける。

「みんな、見てくれ。このレリーフの人物は、初代宇宙戦艦ヤマト艦長――沖田十三のレリーフだ。アクエリアスの海に没したヤマトから艦長が個人的に回収し、保管していたものだ」

 進に促されて第一艦橋に所狭しと浮かんでいたウィンドウの、艦橋に上がっていたクルーの視線がレリーフに注がれる。

「残念なことに、俺たちは直接沖田艦長に会うことは叶わなかった。だが、ヤマトの記憶を垣間見た艦長を通じて、その精神はたしかに俺たちにも受け継がれた……最後の最後まで諦めるな、たとえ最後の一人になっても絶望はしないと…………だから俺たちも、どんな苦難に遭遇しようと決して諦めず、その先にある微かな光を……本物の希望に変えるぞ! それがこのヤマトという艦に乗る者の宿命だ! 帰りを待ってくれる人々のためにも、最後の希望を繋ぐ!――いままで俺たちを導き育ててくれた、艦長のためにも!」

 進の言葉に、自然と全員の背筋が伸び、姿勢が正される。

「修理とワープシステムの改良が済み次第、ヤマトはバラン星に向けて発進する! 探査プローブによる探査が可能なギリギリの距離から情報を収集したあと、素通りして大マゼランを目指す。和平への道を模索するためにも、彼らが未来を繋ぐための重要拠点と考えられるバラン星は、一度捨て置く。たとえ後方からの攻撃に晒されることになったとしても、これから先ヤマトが越えねばならぬ宙域で罠を張られることになったとしても、俺たちはそれを潜り抜けてイスカンダル星並びにガミラス星に接近し、講和を訴える!」

 それはきっと苦難の道だろう。地球で帰りを待つ人々が望む結末とも言えない。
 だがそれが正しき道と信じて俺たちは行く。
 これ以上血を流さずに済むように、同じアクエリアスの命の種子から生まれた遠き兄弟とわかり合うために。

「八方手を尽くしても駄目なら、俺たちは涙を呑み、心を殺してでもガミラスを討ち、イスカンダルを救って地球に戻る。願わくば、そうならないことを俺も願ってやまない。しかし――」

 一度言葉を区切ってから、大事なことを告げる。これを忘れてしまっては、ナデシコがかつて失敗した、木星との和平交渉の決裂を繰り返しかねない。

「残念ながら、俺たちは地球政府の代表という立場にはない。俺たちが独断で和平を実現したとしても、政府がそれに納得してくれる保証はない。幸いなことに、ミスマル司令が行動してくれているはずなので、ある程度の理解は得られているとは思いたい。だが、それでも俺たちがなんでもかんでも決めることはできない。万事上手くことが運んだとしても、ガミラスの使者を地球に連れ帰るなりして政府間で話し合って貰う必要がある。その場合、使者の安全を守り、無事にガミラスに送り返すのも俺たちの役目だ。間違っても、個人の感情に基づく報復の被害者にさせるわけにはいかない」

「責任重大ってことですね……」

 ラピスも改めて自分たちが選んだ道の険しさを痛感し様子だ。

「そうだ……これから先は、こちらの覚悟を示すためにも不用意に波動砲を使うことができなくなる。辛く険しい道程になるだろう。だが、俺たちは地球を救い、人類の未来を拓くためにもこの苦難を乗り越えなければならない!――改めて言うぞ……全員、信念をもって戦えと! 俺たちの行動の結果が、すべてを決するぞ!」

 進の宣言にクルーが敬礼を持って応える。しかし、その敬礼は宇宙軍で使用されている型ではなかった。
 補装具を身に着けたユリカが行ったのと同じ、拳を握った右腕を胸の前に横に掲げる、ヤマト式の敬礼だった。
 それを知らない守は普通の敬礼だったが、周りに合わせてすぐに敬礼をやり直す。
 進は軽く驚きながらも同じ敬礼を返す。そして思った。

 いまこの瞬間、俺たちは『本当の意味でヤマトのクルー』となったのだと。
 ユリカを通して沖田艦長の教えを受け継いだ、『沖田の子供となった』のだと。



 進が艦長代理を宣言してからすぐ、医療室のユリカの元にアキトが戻ってきた。一緒にウィンドウに映し出される艦長服姿の進の姿を眩しそうに見る。
 嗚呼、なんて立派になったのだろう。

「大きくなったなぁ。最初に会った頃は、年相応って感じだったのに」

「だよねぇ〜。正直、間に合ってほっとしてる」

 二人揃って進の言葉を聞き、それに応じたクルーの反応を聞く。

「憎しみを糧に戦うのはもう終わり、か……なあユリカ、もしかして、ナデシコのときはできなかったことに、またチャレンジしてるのかな?」

「うん。あのときの失敗、活かされるといいね」

 思い出すのはナデシコを奪って挑んだ和平交渉。
 あの時はそれが正しいと思っていたが、いま思い返してみると、政府の意向を無視した勝手交渉など、逆に泥沼化を招きかねい手段だったと反省する思いだ。
 そして理想だけで先走った結果……木星の内情を読み切れず、白鳥九十九という犠牲を出してしまった。
 あのあと演算ユニットを投棄して戦争の目的を失わせなかったら、もしかしたら殲滅戦に移行していたかもしれない。
 子供だったのだ。
 まだまだ世間を知らず、思いを通せば世界が動くと錯覚してしまった、子供だったのだ。
 あれからいろいろあった。
 見方を変えれば中途半端な終局を迎えさせたがゆえの火星の後継者の出現。そして生まれた戦乱。ユリカたち火星生まれを襲った悲劇。
 ――もう繰り返してはいけない。
 ガミラスとの戦いは長く続けば続くほどに、双方を疲弊させていく。
 地球に勝ったとしても、ガミラスは大きく弱体化してしまう。そうすれば彼らの庇護下にあるかもしれない弱き者たちの未来すら、闇に閉ざされてしまう。

「今度は成功させたいな。このまま戦争が続いたとしても、俺たちに未来はない」

「うん。でもできると思うよ。このヤマトなら……ナデシコでちゃんとできなかったこともできる。そんな気がするの」

 ユリカの脳裏にヤマトの記憶の断片が蘇る。
 アクエリアスを発進したヤマトを包囲する異星人の艦隊。そんなヤマトの危機を救ってくれたのは――ガミラスの艦隊だった。
 だとすれば、少なくともガミラスとは和解の可能性がある。
 もちろんユリカの知る進たちとかつてヤマトに乗り込んだ『古代進』らが事実上の別人であるように、この世界のガミラスに和解の可能性がある保証はどこにもない。
 だが、冥王星艦隊の行動を思えば、同じような精神構造を持っていて、共通する価値観を持っているのではないかと思えてならない。
 ユリカはあの瞬間、共存を目指すプランのほうを主軸に切ってきた。
 だから、せめて波動砲に溺れていないと示す意味合いもあって、次元断層内では極力波動砲で巻き込まないようにと注意を払い、進が応じてくれたことで犠牲を出さずに済んだ。
 そのことをあのときの指揮官がわかってくれていたら、希望が繋がっていると信じたい。
 たしかに砲火を交え、命は散らした。だが波動砲による大量虐殺を否定した。それは戦うべきときは躊躇しないが、必要以上の犠牲を払うことを嫌う自分たちの『甘さ』であると、ガミラスを滅ぼすことは望んでいないというメッセージ。
 伝わっていてほしい、未来のために。

「ここからが本番だな――ユリカ、万事上手く進めるにはいったいなにが必要なんだろうな?」

 アキトの問いにユリカは力強く答える。

「決まってるじゃない……ヤマトがいままで起こしてきた奇跡の立役者――愛だよ。やっぱり最後は、愛が勝つに決まってるよ」

 二人ははしっかりを互いの手を握り締めて、立派に育った子供の晴れ姿を見詰めていた。



 進の宣言のあと、守の乗ってきたツギハギの連絡艇を解体して部品を取り出し、提供されたデータと照らし合わせてワープエンジンの再改装を始めた。
 幸いにも連絡艇はあの暗黒星団帝国とやらの攻撃に晒されず、無事だった。それにここはまだビーメラ4の軌道上。再度敵が攻めてくる可能性はあったが、まだ残されているマグネトロンウェーブ発生装置の物資も活用すれば、下手に移動するよりも短い時間で作業できる。
 エンジン改修には四日ほどかかる予定だが、背に腹は代えられない。
 アステロイドリングを活かすときだ。マグネトロンウェーブ発生装置の残骸を偽装に活用して、ヤマトは機関部の改修作業を開始した。


「まったく、完璧に追い抜かされるとは思ってもみなかったぜ。だが調子に乗るなよ古代。すぐに追いついて追い越してやるからな!」

 去り際に大介は清々しい笑みを浮かべながら進に宣言。
 その声には最大限の賛辞と、学生時代からのライバルに対する心地よい対抗心が伺えた。だから進も、

「待ってるぞ島。なんてったって、おまえは俺のライバルだからな」

 と返して親友の奮起を促す。そうやってエレベーターの前で拳を打ち合わせ、大介は去っていった。

「さて……兄さん。俺の代わりに戦闘指揮席に座ってくれないか? もちろん、戦闘班長として」

 進はいいタイミングでヤマトに合流してくれた守に、戦闘班長の職務を押し付けることにした。
 これから起こりえる激戦を考慮すると、各部署に攻撃指示を出しながらヤマトの操艦をするのは、いまの進の手には余る。
 自分はユリカのように天才と称される頭脳はない。
 ついでに誘拐されていた期間のブランクがあれどナデシコでの実戦経験があり、ヤマトのすべてを理解して力を引き出していたユリカの真似もできない。
 だから体よく押し付ける。嫌とは言わせない! たとえ兄でも!

「……そうだな。ミスマル艦長にしごかれたと言ってもまだまだ新米のおまえだ。両方の役職を兼任するのは辛いだろう。俺も遊んでいるわけにはいかないからな。だいぶ回復したとは言っても、パイロットをできるほどではないし、願ったり叶ったりだ。それじゃあさっそく戦闘班の部署を回って挨拶をしてくる」

「頼むよ、兄さん」

「……しかし、仮にも艦長代理の立場でその呼び方はないんじゃないか?」

 真っ当な軍人として教育を受けている守は進の振る舞いが立場ある者としては少々フランク過ぎるのではないかと指摘をするが……。

「え? ユリカさんはだいたいいつもこんな感じだけど……」

「え?」

「え?」

 思わず問い返してしまう。

「……」

「……」

 そして沈黙が流れた。

 そこに至って、守は思い出した。
 そうだった、いろいろと同期から言われていたが『あのキワモノで有名なナデシコの艦長』だったのだ。軍人らしからぬ振る舞いも、伝染してしまったようだ。
 ミスマル艦長、弟の教育を微妙に失敗している気がします。
 守は心の中で苦言を呈しながら「なら、いいさ」と矯正を諦める。
 いままでもそうだったのなら、変に空気を変えるよりはそのままのほうがクルーも動きやすいだろう。
 そういう意味では、進はたしかにユリカの後継者なのかもしれない、と守は思った。

 第一艦橋を去る守の背中を見送って、「やっぱり、ユリカさんは普通じゃないのか」と妙な納得をしている進に、「軍人としての態度は見習うべきではないと思います」と、ナデシコ時代から付き合いの長いルリが指摘する。そのあとで、

「古代さん、これからは私に対して敬語とかいらないです。私もフランクに接しますから」

 突然宣言した。

「正直少し悔しいですが、あなたは私よりも上に行ったと判断します。長いこと決めかねていましたが、これからは年齢どおり私が妹であなたがお兄さんです――と言う訳で、以後よろしく。それじゃあ、私はECIに移動します」

 言うだけ言ってルリはフリーフォールで第三艦橋に降りていく。
 進は言い返す間もなかった。

「――ああいったところは、ルリさんもユリカさんの影響受けてるんだな」

 またしても妙に納得させられた。

「――ああ、これであなたは名実共にユリカ二号になったのね……喜ばしいんだか悲しいんだか」

 とはエリナの弁。
 進は正直なんと言っていいのかわからない。彼女もさんざんぱっら振り回されてきたのだろうし。

「でもまあ、正直重荷を背負わせることになって申し訳ないと思ってるわ。本当なら、年上の私たちがもっとしっかりしないといけないのにね」

「いえ、もう十分お世話になっています」

 それ以上は上手い言葉も浮かばなかったが、それでもエリナには伝わったようだ。

「通信アンテナの再調整もしておくわ。マグネトロンウェーブ発生装置の解体で、相手の通信の周波数の解析も進んだことだし、もしかしたら暗号化の弱い通信なら拾えるようになるかもしれないしね」

 エリナも本格的な調整作業のた、通信室に去っていく。

「進兄さん、とってもかっこうよかったです! 私もユリカと地球を救うために全力を尽くします! それでは、山崎さん、太助さん、機関部の改修を急ぎましょう!」

「了解」

「はい、機関長」

 一緒に第一艦橋に上がっていた仲良し二人を引き連れ、ラピスは足取りも軽く機関室に向かった。
 ……必要な作業のためとはいえ、一気に第一艦橋から人が居なくなっていく。
 ――緊急対応大丈夫なのだろうか。

「古代君」

 みなに釣られて第一艦橋に上がっていた雪が話しかけてきた。

「艦長代理就任おめでとう。頑張ってね」

 なにやら熱いまなざし。
 ふむ。なるほどたしかに、大介が言うように脈ありのようす。
 だがいまはお仕事優先。腑抜けてはいられない。

「ああ、わかってるよ雪」

 満面の笑みで祝福する雪に、進も笑顔で応える。

「これからも、ユリカさんを頼む。状態が前より悪化してるから」

「任せて。それはそうと、古代君部屋はどうするの? 主幹エレベーターには近い位置にあったと思うけど、艦長代理になったんだし、艦長室にお引越しとか?」

「――ああ。ユリカさんとも話し合ったけど、艦長室は俺が使うことになったんだ。ユリカさんは医療室に入院することが決まっているし、服装までわざわざ仕立てたんだからかっこうつけるためにもそっちを使えってごり押しされて……ああ、そうだ。雪、悪いんだけど艦長室の荷物の整理をお願いできるか? さすがに女性の荷物を勝手に動かすのは……」

「わかったわ。すぐに着替えは纏めて医療室の方に持って行くわね。あと、シーツとかお風呂場のアメニティも交換しておくわ。そのほうが落ち着くでしょ?」

 雪に言われて「頼むよ」と進もお願いする。
 最初は引っ越すことに抵抗を示したのだが、結局「最高責任者になるんだからわがまま言わない」と押し切られてしまった。どっちがわがままなんだと思わないでもなかったが、口論で勝てる相手ではないのであきらめた。
 正直気は進まない。あそこは緊急対応しやすいし個室としては最も立派なのだが、いかんせん場所が場所だ。
 眺めがいい=怖いでもあるし、スペースデブリの類が接触したり敵弾が命中したらあっさりなくなってしまいそうな場所。
 ――沖田艦長には悪いと思うが、全然住みたいと思わないのだ。
 だが決まってしまったことは仕方がない。あとで荷物を移動させなければ。
 ――そうだ、大切なことを忘れていた。

「真田さん、手間をかけて申し訳ないんですが――」

「あのレリーフが昇降の邪魔にならないようにして欲しい、だろ? ちょうどのあの近辺は修理しなけりゃならないからな、ついでにやっておくよ。おまえは自分の荷物を纏めてこい」

 真田は進の肩を叩いて微笑んだあと、艦内管理席に座って部下を呼び出し、壊れた第一艦橋の壁面の修理作業の準備を始めた。
 進はそんな真田の背中に会釈し、隣にいたジュンに「それじゃあ、しばらくお願いします」と声をかけ了承を得たあと、荷物を纏めに自分の部屋に戻った。



 そうやって各々が自分のやるべきことをしているなか、艦長室で引継ぎ作業を進めていた進はウリバタケに呼び出され、機械工作室に足を運ぶことになった。

「艦長代理、守さんが持ってきてくれたこの物資なんだがよ。これを活用すればエアマスターとレオパルドを理想的な形で完成させられそうだぜ!」

 ウリバタケが危機として差し出したPDAを受け取って、表示された仕様書にざっと目を通してみる。
 表示されていた機体は機動力特化型と火力特化型のガンダム、つまりエアマスターとレオパルドであったが、以前目にしたことがある初期プランのそれとは異なっていた。
 名前も『ガンダムエアマスターバースト』『ガンダムレオパルドデストロイ』となっている。

「エアマスターは可変機構――トランスシステムを持つ機動力特化の機体で、人型と戦闘機形態を任意で使い分けて戦う近・中距離での射撃戦に特化した機体だってのは、前に説明したよな?」

 口頭で捕捉するウリバタケに頷く。
 エアマスターは徹底して軽量化を図りながら、シンプルな『寝そべり変形』によって、戦闘機形態に変形する機能を与えられたガンダムであり、小回りと安定感重視の人型と、速度と一撃離脱戦法重視の戦闘機型をプレキシブルに切り替えることで、近・中距離での高機動戦闘に特化した機体だ。

「初期プランだと軽量化志向が行き過ぎて、武器が両手に装備可能なバスターライフル二挺しかなかったが、守さんが持ってきた物資から武装を追加して補えた。増えた重量分はこれまた物資にあった追加ブースターを組み込んでフォローする。そのせいでちょいとピーキーなセッティングになっちまっているが、Gファルコンナシならダブルエックスを凌ぐ通常戦闘火力に、単独でもGファルコンDXに匹敵する機動力と、抜群の運動性能を両立できるのが特徴だ。ただ、本体の軽量化志向は変わってねぇから、アルストロメリアよりは固いが、ガンダムの中では一番柔いのが欠点だな。シンプルにしたとはいえ可変機だから構造が複雑化していることと装甲の弱さを考慮して、こいつは白兵戦用の装備はオミットしてる。Gファルコンとの合体は戦闘機形態での性能の強化に的を絞ってる」

 ウリバタケのセールスに進も頷く。
 元来がダブルエックスとエックスに随伴し、その安全を確保するために開発された機体だ。少々極端に振った性能もガンダム同士の連携のためであるのなら文句はない。
 画面に表示された機体は、白を基調に濃淡異なる青で彩られた機体で、機体の各所に航空機に似た意匠が見受けられる。
 ダブルエックスよりも一回り太い脚部は大規模なスラスターユニットを内蔵していることが伺えるし、肩の上にはこれまた巨大なスラスターユニットが乗っかっていて、背中には戦闘機の機首を思わせるパーツが装備されている。
 別ページの可変後の姿――ファイターモードも記されている。胸部の装甲一部開いて上に回転させて後方にスライドした頭部の正面を覆い、腰を一八〇度回転させて膝関節をクランク状に折り曲げて固定、つま先を折り畳んでメインスラスターとする構造だった。
 肩のスラスターユニットも、格納されていたスラスター一体型連装ビーム砲――ブースタービームキャノンが外側に回転、格納されていた主翼の端に乗っかる形で側面に展開、肩の外側に折り畳まれていたスタビライザーも正面に展開して翼を形成している。
 機首を形成するノーズユニットも移動して、胸部と一緒になって頭部を完全に格納し、機首の大口径ノーズビームキャノンを正面に向ける構造になっていた。
 おまけに二挺の軽量型バスターライフルは、腕の側面にあるコネクターに機首のほうを向いた状態で接続される。
 見るからに重戦闘機。エンジン出力との兼ね合いでグラビティブラストこそ見送られたが、十分すぎる火力だと思った。
 Gファルコンと合体するときは、腰と足は人型=ノーマルモードのまま、ブースタービームキャノンを展開せず、ノーズユニットの尾部にあるドッキングコネクターを開き、Aパーツの代わりとなってBパーツに接続されるような姿だ。
 戦闘機としてはGファルコンDXの収納形態の上位互換に相当し、ブースタービームキャノンが使えなくなるがGファルコンの追加火器や出力の増大もあって、総火力で単独のファイターモードを凌ぐ重戦闘機に変貌する。
 特にグラビティブラストの追加は心強い限りだ。

「んで、次はレオパルドのおさらいだ。こいつは既存のガンダムに比べると胴体が前後左右に一回り大きくて、比較的規模の大きな武装を内蔵できるフレームを採用した重火力・重装甲に重きを置いた、エアマスターの対極の機体だな」

 言われてレオパルドの資料を出すと、全身にこれでもかと武装を搭載した機体の図が表示されていた。

「見てのとおり全身武器庫も同然の機体でな。胸部には砲身八門のブレストガトリングを両胸に内蔵。両肩の上には短砲身だが至近距離ならかなりの威力を発揮するショルダーランチャー。右肩には精密射撃用の連装ビームキャノンに、左肩には二段構造の一一連セパレートミサイルポッド。右腕にはリストビーム砲に頭部にはヘッドビームキャノン。両膝には長射程・高火力のホーネットミサイルに、右足側面には護身用のビームナイフ! 普段は短縮してバックパックに懸架しているツインビームシリンダー! 左右で異なる性質を持つが、本質的には機動兵器用の高火力ビーム機関砲で、単独時には少々きついが、Gファルコンとの合体で出力を増強すれば、対艦攻撃にも威力を発揮する! ただ、重武装と重装甲を両立したせいで、ガンダムでは機動力が最も低いのと、単独での長時間飛行ができない、水中航行もできねえと、地形適応に難がある。つーても飛ぶだけならGファルコンくっ付ければ解消するからあまり問題にはならんだろ。地表ではエステと同じ発想のキャタピラとローラーダッシュのおかげで、ダブルエックスやノーマルモードのエアマスターにも追従できる。平地なら」

 全身真っ赤で手足の一部と顔が白い、武器庫同然の機体。最初に見せられたときも思ったが、こんな重武装火器管制システムがパンクしたりしないだろうかと心配になる。パイロットも、だが。
 可変機構よりもロマンをくすぐられたのか、語気も荒くプレゼンするウリバタケの態度も鬱陶しい。
 しかしこれだけ武器を満載しただけあった、火力は折り紙付きとのこと。
 特にツインビームシリンダーとやらは、本来左腕を丸ごと格納してビームガトリングにするインナーアームガトリングが初期案であったのだが、取り回しの問題から変更されたのだとか。
 補給物資の中にあったさまざまな部品から見繕ったビーム兵器をベースに、右腕は四砲身のガトリングとその下に配された三連装砲、左腕は砲身断面が四角と円の大口径砲二つとその脇に小口径連装と単装砲の複合となっている。
 腕全体ではなく下腕部のみを覆うことで射界を広く取って、集中射撃による対艦戦闘から左右に分けて弾幕を張るなど、臨機応変に使えるのが売りらしい。
 右手は単発威力よりも連射性重視で、左は連射性よりも単発火力重視。単位時間あたりの総火力はどちらも変わりなく、反動も極端な差はない。
 だったら統一しろよと言ったら、「対艦攻撃には小口径のガトリングは不向き」らしく、右でフィールドを削り左で突破して装甲を抜く、という運用のために分けたのだとか。
 そして普段は燃費もあってどちらも対空戦闘重視の低出力モードに抑えられているらしいが、対艦攻撃時には高出力モードに切り替えることも可能らしい。なんでもこの武装は腕の動力そのものと連結している構造であるからこそ、大出力化が可能なのだとか。
 ほかにもビーム兵器オンリーでは弾持ちに問題があると、胸部のブレストガトリングやミサイルといった実弾兵器も多数装備しているのも特徴で、とにかく手数が多い。
 これに飛行ユニットも兼ねたGファルコンと合体すると、地形適応の問題もかなり改善される。
 長時間の飛行ができない機体の推力補助のため、Bパーツを可変をして合体するのも特徴らしい。たしかに中央部が下を向き、コンテナパーツが平行になっている、変わった合体パターンだ。
 Aパーツを使わない収納形態にもなれる。
 合体で出力問題から解放されるため、ツインビームシリンダーの火力も上がるしなによりグラビティブラストの追加は大きい。
 宇宙空間の場合、ミサイルを含めれば三六〇度死角のないこの大火力は、たしかに頼もしい限りだ。

「プランを見てもらえばわかると思うが、初期の案に比べるとどっちも格段に進歩した機体になってる。ピーキーなセッティングになっちまってるのが問題と言えば問題だが、それでもうちの連中なら扱いきれないってほどでもないし、これくらいの性能なら、二機でもダブルエックスの護衛が務まるはずだ。……今回は守さんがいい部品を持ってきてくれたおかげで形にできた。ここまで待たせちまって悪かったな。だが、待った分だけの活躍ができるよう、ばっちりしっかり仕上げてやるからな!」

 と、ウリバタケなりの謝罪と力強いアピール。
 とにかく、バラン前に形になってくれそうで助かった。
 二機とも相転移エンジンはGファルコンの予備をベースに手を加えた物で、出力的にはエックス以下Gファルコン以上という程度で、さらにエネルギーの貯蔵機能が優れるエックスやダブルエックスに比べると、長期的なエネルギー消費効率が劣るらしい。
 それを効果的に補填するため、そして機体ごとの長所を伸ばすには、やはりGファルコンが適任だったのだと、ウリバタケは熱弁している。

「想定している運用方針は以前にもチラッと話したが、エアマスターが先行して敵部隊に接触しての戦線の構築、または早期警戒機。レオパルドはエアマスターに続いて戦場に到着しだい、大量の火器で敵機を殲滅するって運用を想定してる。こいつらが邪魔な敵機を排除してダブルエックスの安全を確保、サテライトキャノンを使うってのが、俺が考えてる黄金パターンってやつだ。サテライトを使わないにしても、両者の中間を埋めるダブルエックスを組み込んで三機でフォーメーションを組めば、いままでよりもずっと戦いやすくなるはずだ。エックスはアルストロメリアの指揮に回せるし」

「……運用方針はそれで問題ないと思います。パイロットはGXのときに辞退した月臣さんとサブロウタさんを割り当てましょう。シミュレーションのデータはできていますか?」

「おう! バッチシだぜ!」

 さすが、仕事が早い。

「わかりました。それでは、念の為副長にも確認して貰ったあとで『全力で』組み立て作業に入ってください。波動砲とサテライトキャノンを安易に使えなくなったいま、この二機は戦局を左右する存在になるかもしれませんので」

「おう!」




 二日が経過した。
 機関部の改修も完了し、補給作業も完了した。
 使い切れなかったジャンクに後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも偽装を解除。ヤマトの周囲に広がり宇宙を漂い始めた残骸を背に置き、ヤマトはビーメラ4から発進する。
 テストを兼ねたワープテストを実行、これまでよりも大きく飛距離を伸ばして最高記録の二五〇〇光年のワープに成功。二四時間のインターバルを置いて再度二五〇〇光年のワープ。今度も無事成功、ヤマトにも異常はない。
 ワープ機能は着実に強化されている。次はインターバルを短く置いた場合の人体への影響を調査するため、最高記録の半分のワープを二度、一二時間の間隔を開けて実行。
 成功した。どうやら、一度に二五〇〇光年跳ぶよりは気持ち負担が小さいらしい。
 どうやら待望の連続ワープのテストに移行してもよさそうだ。
 そう判断した進はついに連続ワープのテストを指示した。うまくいけば、この手痛いロスタイムを完璧に帳消しにできるだろう。

 緊張と期待が高まる中、準備は淡々と進んでいった。

「波動エンジン出力上昇。連続ワープ可能領域に到達」

「ワープ航路のプリセット完了。多目的安定翼展開。タキオンフィールド形成終了」

「時間曲線同調。空間歪曲装置作動開始。ワープ一五秒前」

 着々とワープ準備が進められ、ついにカウントダウンを開始する。

「一〇……九……八……」

 カウントが進むにつれ、緊張が高まっていく。
 失敗は許されない。
 今後のヤマトが受ける損害やその回復日程確保もそうだが、ユリカの具合がかなり悪い。このままではあと一ヵ月現状維持できれば上出来と言った具合だ。
 連続ワープで日程短縮がはたせないと、間に合わなくなる。

「三……二……一……ワープ!」

 カウント〇と同時にレバーを押し込みワープイン。
 ヤマトは青白い閃光に包まれながら、艦首から空間に溶け込む様に宇宙から消失、約一〇〇〇光年の距離を跳んだあと、閃光と共に通常空間に復帰、間髪入れずに再度閃光に包まれて空間に溶け込み、また一〇〇〇光年跳んでは出現、また閃光に包まれて……といった工程を計五回繰り返し、合計五〇〇〇光年もの距離を一日で走破することに成功した。
 テストで行ったワープテストの記録の倍近い跳躍距離に、だれしもが喜びの声を上げる。
 跳躍距離の延伸もそうだが、クルーへの負担も検査結果や各員の報告書を見る限りではいままでと変わらないか、逆にいくらか抑えられているともとれるデータが出た。
 ユリカも体調の悪化が見られない。
 連続ワープテストは無事成功を収めたと判断されたのも当然だろう。
 ヤマトの艦体にも損傷は見られず、機関部の改修と並行して行われたコスモレーダーの拡張も問題がないようだった。

 二四時間のインターバルを置いたあと、ヤマトはまた連続ワープで五〇〇〇光年の距離を消化、それを繰り返して、改修地点からわずか五日でバラン星まであと一〇〇〇光年の距離にまで達していた。


「ワープ終了! 通常空間への復帰を確認」

「艦内全機構、すべて異常なし」

「波動相転移エンジン、異常なし。正常に稼働中。出力回復まで、あと八時間を要します」

 それぞれの責任者からの報告に、進も満足気だ。

「わかった。出力の回復を待ってから、一〇〇〇光年のワープを実行、バラン星から一auの地点で探査プローブを発射してから停泊、バラン星の調査活動を行う。バラン星は自由浮遊惑星で、光源となる恒星を持たないからプローブの探査に邪魔は入らないはずだ。プローブの飛行速度とバラン星の動きの観察を考えると、この程度の距離が最適だろう。各員、探査終了後はすぐにワープでバラン星を跳び越えて大マゼランに向かう。準備を怠るな」

 できるだけ威厳あるように指示しながら、進はすぐにガミラスがこちらに仕掛けてこないことを願った。
 バラン星がヤマトに潰されたくない重要拠点というなら対処は二つ。接近される前に叩き潰すか、息を潜めてやり過ごすか。
 前者はおそらく超新星を利用した罠(マグネトロンウェーブ発生装置は罠の皮を被った援助なので除外する)だろう。これは切り抜けた。
 もしこのタイミングで艦隊を出撃させれば、ヤマトに存在を察知されて攻略する口実を与えかねないはず。
 わざわざ遠回りに、かつ露骨に示唆して揺さぶりをかけたのだから、ヤマトがバラン星を通過しても即座に反撃できる距離にある間は見過ごすはずだ。
 もしかしたら、保有戦力をすべて叩きつけて物量で潰す方法に出る可能性もあるが……波動砲を警戒しているのなら可能性は低いはず。
 それができるのならとっくの昔にやっているだろう。ガミラスだって百戦錬磨の強者なのだから。
 さて、どう動くガミラス。



 なにごともなく一〇〇〇光年のワープを終えたヤマトは、予定どおり探査プローブを発射、ロケットモーターで加速したプローブはアンテナを展開しながらバラン星目指して宇宙をゆったりと航行していく。
 しばらくして、展開したプローブの天体観測レンズが映し出したバラン星の姿がメインパネルに表示された。

「バラン星を確認しました。質量が〇.九木星質量、直径が地球の約一〇倍の巨大ガス惑星だと推測されます。環も保有しているようですが衛星の存在は確認できません」

 ハリが分析結果を合わせて口頭説明する。
 自由浮遊惑星に遭遇するのは初めてだが、その存在自体は二世紀前から示唆されていたのでさほど驚きはしない。

「ふむ。あり触れた巨大ガス惑星にしか見えんな。ガミラスの技術力の限界がわからんから推測でしかないが、衛星がないのだとしたら軌道上――それも赤道の上辺りに自力移動可能な宇宙要塞という形で基地を構えているのかもしれんな」

「――なるほど。ということは、あの環の中に艦隊を隠してヤマトがガミラスの痕跡に気付いたと確信を持った場合に限り仕掛けてくる、と考えるのが自然でしょうか」

「おそらくな。ヤマトもカイパーベルトで取った戦術だ。彼らも、そうする可能性が高い」

 議論しながらも、貴重な時間を割いて調査を続ける。徐々にプローブもバラン星に近づくのでより情報が精度を増していく。
 そしてついに、環の近くに基地施設と思われる巨大な建造物が確認された。
 わかる限りでも最も長いところで全長三〇キロにも達する巨大なものだ。アステロイド・シップ計画の模倣か、岩石を纏って隠蔽しようとしているのが伺える。あと数時間もあれば環に溶け込むことができるだろう。
 ……本当に波動砲なしでは攻略すらままならない規模だ。
 その基地の一角に巨大なグラスドームを有する区画があり、その内部には街並みが再現されているのが伺える。

「やはり、民間施設があると考えたほうが妥当だな。攻略は見合わせるべきだと進言する、艦長代理」

 真田の言葉に進も頷く。この構造では、被害を避けて基地を無力化するのは――。

「っ! 艦長代理! バラン星の軌道上で別の光を確認!――これは、戦闘と思われます!」

 ハリの報告に一気に第一艦橋の緊張が高まる。想定外の事態だ。

「ハーリー、詳細を頼む」

 努めて冷静に問う進にハリはわかる限りの報告をする。

 重力振を検知したと思ったら、突如として出現した宇宙戦闘機らしき編隊の空襲に晒されたこと、時同じくしてバラン星宙域に先日ヤマトを襲った暗黒星団帝国と名乗る集団と同じタイプの艦隊が出現、急遽発進したガミラス艦隊と戦闘状態に突入した、というのだ。
 しかも辛うじて得られた映像データによれば、民間施設と推測した区画にも容赦なく攻撃が降り注ぎ被害を出している、と。
 最重要拠点であろうあの基地の対応が後手に回っているとは……少々信じがたい事実だ。このままでは、陥落するかもしれない。

「艦載機単位でのワープだと? そんな技術まで持ち合わせているというのか、あの艦隊は……」

 敵の超技術に真田が歯噛みする。
 艦載機単位でも『跳べる』技術なのか、それとも『跳ばす』技術なのかは、まだ見当が付かない。
 だがあの戦術がヤマトに向けられたら――。これは由々しき事態だ。

「どうする? このまま見過ごしたほうがヤマトにとっては得かもしれないけど……」

 ジュンの語尾が濁るのも当然だ。このままガミラスと暗黒星団帝国と名乗る集団が潰し合ってくれれば、ヤマトは手を汚すことなくバラン星基地が打撃を受け、ガミラスは無視できない打撃を受ける。
 ヤマトの航海の安全がより増すことになるはずだ。
 だが……。

「艦長代理……通信を傍受できたわ。暗号解読……成功。さすがね、ルリちゃん。内容は……すぐにドメル司令に戻って来てほしい、民間人居住区に被害が出ている、だそうよ」

 エリナの報告に進は覚悟を決めた。
 もう、後戻りはできない。

「……たとえ敵国であったとしても、民間人に出る被害を――虐殺にも等しい行為を黙って見過ごすことはできない……それは、『俺たちらしい』決断じゃない!」

 進の言葉に問いかけたジュンも、第一艦橋の全員も頷いた。
 もしかしたらヤマトの早合点かもしれない。ここで乱入したとして、挟み撃ちにされる可能性は高い。
 共闘したとしても、暗黒星団帝国を退けたあと、消耗したヤマトがそのままガミラスによって叩き潰される可能性も、十分にある。
 しかし決めたのだ。道を模索すると。

「全艦戦闘配置! 緊急ワープを敢行する! バラン星の基地付近にワープアウトしてハッキングプローブを発射、ハッキングを併用して基地施設の様子を確認しながら、必要ならば民間人の救助活動を行う。ガミラスに対しての反撃は禁ずるが、暗黒星団帝国が仕掛けてきたのなら反撃を許可する! 連中はこのヤマトを狙っている。自己防衛として十分に言い分が立つ。繰り返すが、ガミラスにだけは攻撃するな! 俺たちの覚悟が試されるときだぞ!」

 進の命令を受けてヤマトの艦内が騒がしくなる。
 下手すれば三つ巴、もし本当に救助活動が必要となれば医薬品や衣料品の準備も怠れない。
 それに収容するためのスペースの確保も大切だ。ヤマトのキャパをオーバーしない程度で済めばいいが、と生活班も不安を訴え始める。

 どう転ぶかもわからない行き当たりばったりな作戦。この行動が吉と出るか凶と出るかはくじを引かなければわからない。
 しかし、いまこそ覚悟を示すときが来たのだ!



 明かされた真実に困惑を隠せなったヤマトクルー。

 しかし、すべての真実を背負って前へと進むことを決意した。

 艦長代理に就いた古代進の下、ヤマトはバラン星救援のために出撃する。

 はたして、その行動の果てに待つものとは。

 人類滅亡と言われるその日まで、

 あと、二四八日しかないのだ!



 第十九話 完

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

    第二十話 三つ巴? バラン星の攻防!

    ヤマトよ、覚悟を示せ!

第二〇話 三つ巴? バラン星の攻防! Aパート







感想代理人プロフィール

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代理人の感想 
民間人だもんなあ。
ガミラスが木星でやったことを考えればどうかと思うが、
だからといってそこで見捨てるのはナデシコじゃあない!




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