進の決断を、クルーは後押しした。

「封印プラグ強制排除!」

 真田がキーボードを叩いて暗号コードを撃ち込む。
 波動砲口を完全に密閉していたオレンジ色の蓋の周囲に小さな爆発が連続して起こり、最後にひと際大きな爆発が砲口内部で発生、反動でプラグが外れてヤマトの前方にゆっくりと回転しながら慣性で漂い始める。
 ……そして、奥のレンズシャッター上の装甲シャッターがゆるりと展開された。

「ルリさん、波動砲で人工太陽を破壊するとして、それによる被害がどの程度のものになるのか計算してくれ」

「了解」

 進の要望にルリもすぐに応じる。

「人工太陽の構造データを提供します――古代艦長代理、決断に感謝します」

 ガミラス式の敬礼と共に言葉とデータを送ってくれたドメル。進もヤマト式の敬礼を持って応える。

「――解析結果が出ました。破壊するだけならコア部分に波動砲を一発撃ち込めば事足ります。が、人工太陽自体の崩壊を波動砲の作用が助長して――周囲に高温のプラズマと重力衝撃波をまき散らし、後方の基地はもちろん、艦隊や民間船への甚大な被害が懸念されます。先に周囲のプラズマを波動砲で剥ぎ取ることも検討しましたが、収束率の高いヤマトの波動砲では効果的に剥ぎ取れません。せめて、波動砲のエネルギーで全体を飲み込んで押し流せれば、被害を抑えられるのですが……」

 ルリの計算結果に渋い顔になってしまった。
 まさか波動砲が艦隊決戦兵器として辛うじて機能している性質――なんらかの物体を破壊する際にタキオンバースト波動流が四散し周囲に破壊作用をばら撒いてしまうという難点が、重く圧し掛かってくる。
 それに、人工太陽のプラズマが生み出す表面とでも形容すべき部分の直径は、小惑星クラス。
 ――収束型の波動砲では、照射半径がまったく足りない。

(考えろ……なにか……なにか策があるはずだ。破壊によって持たされる被害を相殺するなにかが……)

 必死に頭を捻る。時間はあまり残されていない。
 だがなにかあるはずだ。こういった局面に役立ちそうなアイデアが。いままでの航海の中に――経験の中に。
 進の脳裏に波動砲に関連した様々な出来事、情報がが駆け巡り――。

「……そうだ! 過去の戦訓を活かして照射範囲を拡大すればいいんだ!」

 閃いた。そうだ、あれがあった!

「なぜなにナデシコの第二回放送を思い出してくれ! 『過去にヤマトの波動砲は、敵大型ミサイルを飲み込んで破壊したとき、その爆発で照射範囲が拡大した事例がある』って説明されていただろう? あれはおそらく艦長が見たヤマトの過去の記憶――つまり実際にあったことだ! だったら、それを意図的に引き起こしてやれば照射範囲を拡大できるはずだ!」

 進お兄さんとして収録に参加した経験がここで活きるとは!
 たしかファイルによれば、そのときはヤマトの四分の一ほどの大きさがありそうな超大型ミサイル複数によって、その現象が引き起こされていたらしい。
 ヤマトには当然そんな大型ミサイルは搭載されていないし、ガミラスとてすぐには用意できないだろう。
 だが、ヤマトはそれに比肩しうる威力のミサイルを搭載した支援艦を搭載している!

「そういうことか……! 信濃の波動エネルギー弾道弾を波動砲の軸線上に配置して起爆させれば、波動砲をその地点から広域に拡大させることができるはずだ! 予め波動砲の収束率を限界まで下げた状態でそれを起こせば、あの人工太陽を飲み込める規模にまでエネルギーを拡大させられる可能性は――! ルリ君!」

「再計算開始!…………結果が出ました。七八パーセントの確率でエネルギーが拡大して広域に広がります。ただ、乱暴な手段でエネルギーを拡大させるため、波動砲一発分ではエネルギーが不足です。計算では弾道弾二四発で拡大を狙い、波動砲二発分のエネルギーを一度に放出できれば完璧なのですが……」

「全弾発射システムを使った場合、ほぼ強制的に六基分のエネルギーを使ってしまいます。残念ですが、現時点のシステムでは必要分のエネルギーを供給して射撃できるようには造られていません」

 元来がカスケードブラックホール破壊のために構築された、応急的なシステム。そこまで器用な運用には対応していない。
 エンジンを停止しただけでは駄目だ。エンジン内に残留するエネルギーが使用されてしまう構造になっている。
 モード・ゲキガンフレアのようにタキオンバースト波動流にまで加工していなければ、ある程度の調節も可能なのだが……。

「ならば、あえて四発無駄撃ちしてエネルギーを減らしたあと、残った炉心だけで全弾発射システムを構築するのは駄目か?」

 ゴートの思わぬ閃きにルリとラピスが早速検証すると、成功率が意外と高いことが判明した。

「よし! 波動砲四発を無駄撃ちしてから、残ったエネルギーを拡大放射して人工太陽を破壊する!――ドメル司令、それでよろしいですか?」

「異存はありません。念のため、艦隊をヤマトの上下左右に広げ、最大出力でフィールドを広域展開して後方の艦と基地の盾となるべく配置しましょう。――ヤマトの成功を祈ります」

 ヤマトの邪魔をしないためだろう、ドメルは敬礼を送った直後に通信を切断、メインパネルから姿を消した。
 ドメルの姿が消えた後、進は改めて波動砲の発射指示を出す。

「トランジッション波動砲用意! すぐに読ん発を無駄撃ちして残った二発を同時射撃して対応する! 信濃の発進準備も急げ!」

 今回のような防衛戦や乱戦では使い道がないと埃を被っていた信濃に、思わぬ出番が回ってきた。
 さっそく大介は艦の操縦をハリに任せ、信濃に乗り込むべく席を立った。

「……艦長代理。俺は波動砲の使用に不慣れだ。発射はそちらに任せたほうがいいと思うが」

 守の進言に少し悩んでから、頷く。

「艦長代理、俺も島に同行して波動エネルギー弾道弾の展開を補佐する。……なに、一緒に戦闘指揮をしてきた仲だ。おまえのタイミングに合わせる自信はあるぞ」

 自信たっぷりに胸を張るゴートの言葉にちょっぴり感動しながら、進は信濃を親友と少し前までの副官に任せた。

「艦首を人工太陽に向けます」

 操縦桿を引き継いだハリがヤマトの艦首を人工太陽の方向に向ける。
 人工太陽はすさまじいスピードでこちらに向かってくる。この様子だと、安全圏で破壊する猶予はほんの二分程度、五分もしない内にこちらを飲み込んでしまうだろう。

「波動相転移エンジン、出力一二〇パーセントへ!」

「了解! 出力一二〇パーセントへ!」

 波動砲発射に備えて、エンジンの出力が上げられていく。エンジンの稼働音が一際高くなり、生み出される振動も激しくなる。

「フライホイール始動!」

 それまで単にエンジンの回転を円滑にするためにしか機能していなかったフライホイールが、エンジンの再始動を円滑にするための補助エネルギーを溜め込み始め、淡い発光が徐々に強い発光へと移行していく。
 出航後数回に渡るエンジンの再調整でその機能は洗礼されつつある。真の力を発揮するには至っていないとはいえ、出航当時よりも格段に進歩しているのだ。

「信濃、発進準備完了!」

「ハッチ解放! 信濃発進だ!」

 大介から報告が来るなり、すぐに信濃の格納庫に併設された管制室に連絡してハッチを解放させる。
 ヤマト艦首下部のハッチが一段下がったあと観音開きに開く。
 中から出番に恵まれなかった信濃がゆっくりとその姿を現し、安定翼を伸ばしてブースターを点火、猛加速してヤマトの正面下方に向かって飛び去って行く。
 ――これで波動砲の軸線から外れつつ弾道弾を発射する準備が整う。

「島さん、ゴートさん、波動エネルギー弾道弾はヤマトから一〇キロの地点で交差するように発射してください。起爆そのものは波動砲に巻き込まれるだけで大丈夫ですから、信濃が巻き込まれない距離から正確に交差させることだけに専念すればOKです」

 額に汗を浮かべたルリがそう指示すると、両者から「了解!」と威勢のいい声が返ってきた。
 安全を期すなら事前に波動砲の軸線上に波動エネルギー弾道弾だけを放出して留めておけばよいのだが、今回は事前に四発無駄撃ちしなければならない。その余波で起爆してしまわないように直前まで信濃で守らなければならないことが、難度を上げていた。
 余波に巻き込まれることがあったら信濃は木っ端微塵。それ以前に上手くエネルギーが拡散しなかったら人工太陽崩壊の余波に巻き込まれてしまう。
 あまりにも急な作戦なので万全とは言い難いのが心苦しい。だが、いまはできることをやるしかない。

「安全装置解除、ターゲットスコープオープン!」

「操舵を艦長席に委譲します」

 進は艦長席のコンソールを操作、正面のモニターが奥に倒れて中から出現したスコープ付きの発射装置を両手でしっかりと掴む。
 発射装置の上に取り付けられた二枚重ねのターゲットスコープには、猛進してくる人工太陽の姿が映し出されている。
 最初の四発は意図的に外さなければならない。進は意図的にヤマトの艦首を人工太陽から右にずらす。

「出力一二〇パーセントに到達。四連射、準備完了」

 ラピスの報告に頷くと、ジュンにガミラス艦に向けて、エリナに艦内に向けて波動砲発射に伴う警告を発するよう指示する。
 
「発射一五秒前! 総員対ショック防御!」

 戦闘中のヤマトの窓にはすべて防御シャッターが下ろされている。閃光防御は必要ない。
 艦長席用の発射装置を握るのは二度目だが、戦闘指揮席の物とは違う重圧を感じる。

(……沖田さん、ありがとうございます。未熟な俺の、背を押してくれて)

 進は力強く目の前の発射装置を両手で掴む。
 ターゲットスコープには、ヤマトの艦橋測距儀が捉えた人工太陽の姿が映し出されている。
 フィルターを通した姿は、まるで生き物のようにプラズマの炎を振り乱しながらこちらに突き進んでくる、物の怪か。

「一〇……九……」

 カウントダウンが進む。だが不思議と緊張はしていなかった。ただ悠然と、成すべきことを成す。

「六……五……」

(俺は、沖田さんとユリカさんに恥じないよう、この仕事をやり遂げて見せます)

「三……二……」

 死してなお、宇宙を超えてなお、進に言葉を――父の優しさを示してくれた沖田艦長に感謝しながら、照準を調整。

「……一……発射っ!」

(俺は、沖田さんが育て、ユリカさんが受け継いだ――宇宙戦艦ヤマトの指揮官だ!)

 力強い想いと共に引き金を引く。

 六連炉心が突入ボルトに激突して、莫大なエネルギーが波動砲収束装置に流し込まれる。
 そこで高圧・高エネルギーのタキオンバースト波動流へと至った波動エネルギーがライフリングチューブ内を駆け巡り、最終収束装置を通過、凄まじい光芒と共に艦首の砲口――ヤマトのシンボルというべき場所から放出される。
 最大まで収束率を下げているので、その奔流はいつもよりも倍近く太くなっていた。
 一発、二発、三発、四発。
 炉心の頂点を入れ替えながら四度、突入ボルトに六連炉心が激突してエネルギーを流し込む。
 放たれた波動砲の光芒は、人工太陽を大きく右に反れた宇宙空間を突き進んで遥か彼方で減衰して宇宙に溶け行く。

「波動砲、全弾発射システムのプロテクト解除! 全弾発射システムを構築します!」

 ラピスは四発分のエネルギーを撃ち切ったことを確認した後、予め施されていたプロテクトを機関長権限で解除して全弾発射システム――普通に使ったら反動でヤマトが砕けかねない、未完の最終兵器の安全装置を解除する。
 六連炉心の内部回路が切り替えられ、モード・ゲキガンフレアと同じように全炉心直結状態になった。エネルギーが突入ボルトから洩れて機関室内に漏洩する危険性から、スーパーチャージャーの側面の溝に沿って、ハニカム状の補強が入った防火扉が天井から降りてくる。
 防火扉が降り切る前に機関班一同は機関室の後部――ヤマト誕生当時から改修を重ねて使われているという波動炉心側に退避する。
 今回はカスケードブラックホール対策の要となる六発分ではなく二発分での発射。本来の三分の一程度の負荷になるから問題なく発射できるはずだが、それでも普段の倍の負担が掛かる。
 機関士の一部からは「ヤマトの能力が過去に比べてインフレしてるせいか、感覚が可笑しくなりそう」と漏らしているが、それが真っ当な反応であろう。



「よし、四連射を確認した。ゴートさん、頼みます」

「うむ。任せてもらおう」

 波動砲の余波に巻き込まれないように距離を取りつつ、波動エネルギー弾道弾の発射予定ポイントで待機していた信濃が波動エネルギー弾道弾の発射準備を整える。
 ゴートはルリが計算して出してくれたポイントを入力し、発射装置の安全装置を外した。
 信濃のVLSのハッチが開く。中からヤマトの危機を何度か救ってくれた波動エネルギー弾道弾の姿が覗く。
 発射レバーに手を添えながら、ゴートは緊張で唾を飲みこみ喉を鳴らす。
 大見得を切って出てきたが、不安なものは不安だ。仕損じれば、いまはまだ停戦もしていない敵国とはいえ、多数の民間人を犠牲にしてしまう。
 ゴートの脳裏に過るのは、重ねた勝利に驕り、見殺しにした――いや、生き残るために『殺してしまった』火星の避難民たちのこと。
 あの過ちを――繰り返すわけにはいかない。
 ヤマトと繋がったままの通信機からは、進の声で波動砲のカウントダウンが進められている。
 グローブの中の手に大量の汗が滲む。
 レバーを何度も握り直し、高まる緊張に視野も狭くなるが、それでも計器から目を離さない。
 進のカウントが五を数えたとき。ゴートはここぞというタイミングでレバーを引いた。
 VLSからロケット噴射の尾を引いて、二四発の波動エネルギー弾道弾が一塊となって飛び出していく。



 進はターゲットスコープの端にちらりと映る、波動エネルギー弾道弾の姿を捉えた。
 あとはこちらがタイミングをしくじらなければ大丈夫のはずだ。
 今度はしっかりと人工太陽の中心にターゲットを置き、カウントダウン。

「三……二……一……発射ぁっ!!」

 五度目の引き金が引かれた。

 六連炉心が再び突入ボルトに叩きつけられる。
 通常の倍の量のエネルギーが装置内に注ぎ込まれ、タキオンバースト波動流がさらに激しく収束装置とライフリングチューブの中を暴れ回り、さきほどまでよりもさらに激しい光芒と共に発射口から噴出する。
 一回り大きくなったタキオンバースト波動流は、軌道上に割り込んできた二四発の波動エネルギー弾道弾を飲み込んだ瞬間……爆ぜた。
 普段の倍もある力強い奔流は散り散りになることなく一本であり続けたが、波動砲一発分の三〇パーセントにも達する波動エネルギーの開放によって急激に広がり、そのエネルギーすらも取り込んで、より強大な奔流と化して眼前の人工太陽を軽々飲み込む規模にまで膨れ上がった。
 波動エネルギー弾道弾の起爆による損失と、照射範囲の拡大で単位面積当たりの威力は通常の五分の一以下にまで落ち込んだのだが、太陽とは言え人工物。
 本物の恒星には遠く及ばない。その程度のエネルギーでは抗うことはできなかった。
 人工太陽は成す術なくタキオンバースト波動流に飲み込まれ、外周のプラズマを残さず押し流され、コアも激しく変動する時空間歪曲場に飲み込まれて塵も残さず消滅した。
 その内に秘めたる膨大なエネルギーすら、漏れ出すこと敵わずタキオンバースト波動流に飲み込まれ、はるか彼方に押し流されていく。
 人工太陽を飲み込み、内部で爆発されたタキオンバースト波動流は、さらにその奔流を広範囲に拡大。地球の月程度なら飲み込んでしまえるような凄まじい閃光となって、宇宙の彼方に去っていった……。






 ドメルは眼前で放たれたタキオン波動収束砲の威力に、改めて言葉を失っていた。
 次元断層内で見たときも、それから数度の使用を観測してデータは得ていたが、人工太陽ほどのエネルギー体を容易く消滅させる威力を見せつけられては、驚くなというほうが無理というもの。
 ――余波を受け止めるべく備えていた用意も無駄と終わったという現実が、それを後押しする。

(やはり、ヤマトのタキオン波動収束砲の制限は六発まで。予想はしていたが、艦隊を丸ごと飲み込むような広範囲放射は通常できないものだったか……火急の事態とはいえ、それらの欠点すらわれらに……)

 ドメルはヤマトの誠実さに感激を隠せなかった。
 地球を救うだけなら、バランを見捨ててよかったのである。
 それなのに加害者であるガミラスのためにその身を挺して戦い、手の内をさらけ出すような真似までして守り抜いてくれた。
 その背中の、なんと広く、まぶしいことか。
 これに応えられねば誇りもなにもない。すぐにでもデスラー総統にすべてを伝え、ヤマトの誠意に応えねばならない。
 総統ならきっとわかってくれる。ヤマトと手を取り合ってくれる。
 ヤマト一隻の振る舞いで地球のすべてを理解したと言い切るつもりはないが、彼らもわれらと変わらないメンタリティを持ち、ガミラスにも勝るとも劣らない気高さを見せてくれた。
 ならば、文明の遅れた野蛮人などと見下すべきではない。
 それにその威力を眼前で見て確信を持てた。あの砲ならガミラス本星を飲み込まんとしているカスケードブラックホール――次元転移装置を破壊できる。
 彼らはきっとイスカンダルのためにもそうするだろう。となれば、ヤマトを生かせば必ずガミラスは恩恵を得られる。
 母なる母星を捨てずに済むのだ。
 ドメルは改めて全軍にヤマトに対する一切の手出しを禁止する命令を出すと、まずはデスラー総統に一報を入れるべきとし、長距離通信の準備を始めるべく通信室へと足早に移動した。



 デスラーはバラン星襲撃の報を受ける直前まで、自身の新たな座乗艦となる新型艦の視察に赴いていた。
 ガミラス本星がカスケードブラックホールに飲み込まれるまであと数ヵ月。
 移民後の政府再建のための準備もそうだが、自身が先に立って民族を導くために必要な力の象徴も欠かすことができない。
 それにデスラーはヤマトとの最終決戦があるとすれば、その矢面に立つのは自分だと思っていた。
 ヤマトが見込みどおりの存在なら、たとえ報復や復讐といった感情を捨てられずとも、発端となった指導者である自分を討ち取りさえすれば、それで矛先を納めてくれるだろう。
 つまり移民船団を護る戦力を温存するためにも、ヤマトと最後の決戦を挑むのはこのデスラーが乗る艦一隻で行わなければならない。
 もちろんこれからが大変なガミラスを見捨てるに等しい行動であるとは、重々理解している。
 しかしデスラーが倒れれば、ヒスもタランもヤマトからは――地球からは手を引く。そうすれば、あの強大な力がガミラスに向けられることは……しばらくはない。戦後復興した地球がこちらを探し当てて報復でも企てない限りは、安泰だ。
 ならばこそ、ドメルが敗れたとしても総力戦を演じず一対一の戦いを挑み、勝てればそれまで、負けたとしてもデスラーの命で満足して貰えるように誘導するしかない。
 デスラーは眼下で最終調整段階に入った――デウスーラと名付けた自らの新しい座乗艦を見下ろす。
 高貴な蒼で塗装された艦体は、ガミラスの艦艇でも二番目に大きい六三八メートルにも達している。
 最大の特徴は艦首に搭載されたガミラス製タキオン波動収束砲――通称デスラー砲。
 デスラー砲は時短のため、工廠で完成形になった試作品をそのまま搭載できるように手配した。
 加えてこの艦は移動総統府としても機能するように建造されている。
 もともとデスラーの移動は総統府としての機能を有している脱出艇によるものと想定されていたが、所詮は脱出艇。性能は物足りない。
 そこで考案されたのが脱出艇を『コアシップ』として外装パーツを着せ、一隻の大型戦闘艦として完成させるという発想だったのだ。
 結果としてガミラスでも最大級のサイズと戦闘能力を秘めた、最強の艦が誕生したわけだが……。

「総統のご要望どおり、デスラー砲の搭載にも成功し、コアシップと艦体の出力を組み合わせることで計算上はヤマトのタキオン波動収束砲二発分の威力を発揮できます」

 工廠の管理者を供に付け、艦の説明を受けながら内部を案内される。
 作業のほとんどは完了しているので雑多な印象はない。
 脱出艇そのままの艦橋やデスラーの個室は、品を損なわない程度に装飾されていて、ガミラスの総統の威厳をこれ以上なく引き立ててくれる。
 艦橋後部中央にはデスラーが腰を下ろすための立派な椅子も用意されていて、普段は床に収納されているが指揮卓も用意されている。デスラーが過不足なく艦隊を指揮できるようにとの配慮だ。
 デスラー砲の搭載に伴って艦橋に追加された発射装置は機関銃を模した形状で、非使用時には床下に収納される構造だ。
 左手で側面から飛び出している安全装置の解除レバーを動かし、右手でトリガーを引くことで発射される。
 眼前の小モニターがターゲットスコープの役割を果たすなど、武骨なようで気品を感じさせるデザインと機能性の両立に、デスラーは作業に携わった者たちを労い称賛した。
 こういう気配りも、国を統べる者には不可欠な技能である。

 滞りなく視察を終えた直後、バラン星が最近国境付近に出没していた黒色艦隊の仲間と思われる大艦隊に襲撃されたとの報告を受けた。
 険しい表情で中央司令部に飛び込み状況確認を進める中で、思いもよらぬ事態に発展していたことを知る。
 ――宇宙戦艦ヤマトが……あの宇宙戦艦ヤマトが、バラン星基地防衛のために力を尽くしてくれたというのだ。
 報告を受けたデスラー、いや将校たちはわが耳を疑い、報告したドメルに再三問い合わせた。だがドメルは基地や艦隊の各艦、さらには自身の艦が修めた戦闘データとヤマトからの通信データ、その一切を提出してそれが真実であると述べた。
 その中にはもちろん、ヤマトが敵の制御下に置かれて暴走した人工太陽をタキオン波動収束砲で消滅させたことまでもが含まれている。
 ヤマトの行動も驚きではあったが、同時に重要拠点であるバラン星基地を易々と陥落させてしまったドメルの失態を責める声も大きかった。
 ドメルの隣に立っていたゲールも顔色が悪く、連帯責任を恐れているようでありながら、ドメルの進退を案じているようであった。
 ドメルはそれに対して「すべての責任は私にあります。いかなる処罰も甘んじて受けましょう。しかし、いま一度ヤマトと交渉し、地球との共存の道を模索するべきだと進言させて頂きます」と意見を通す。
 何人かの将校は憤ったが、デスラーはそれを制して問うた。

「……それが、君のヤマトに対する結論か?」

「そうです。彼らは信を置くに値します。決して、われらが地球人に対して下した、野蛮人などという評価が適切な存在ではありません」

 力強く言い切るドメルの姿勢に、デスラーは決断し告げた。

「バラン星基地陥落の事実を鑑み、ドメル将軍を銀河方面作戦司令長官の任から外す。バラン星基地司令の任もだ。副官のゲールは改めてバラン星基地司令に任命する。生き残った人員を纏めて再編を急いでくれたまえ。――ドメル将軍は使者として宇宙戦艦ヤマトに赴き、彼らに交渉に応じる気があるかを問い質し、彼らにその気があるのであればヤマトをガミラス星ならびイスカンダル星まで案内するのだ。今後、別命あるまで宇宙戦艦ヤマトへの敵対の一切を厳禁する。それと、この戦闘でヤマトが受けた損害の回復と、物資の補給にはすべて応じることを厳命する。今回は、彼らに多大な恩があることを忘れるな」

 デスラーの命令にドメルは快く、ゲールは戸惑いながら応じ、中央指令室に集まっていた将校は驚く者と妙に納得した者とで真っ二つに分かれた。
 バラン星からの通信が切れると、デスラーは眼前の部下に静かに告げた。

「ガミラスの現況を鑑みるに、これ以上ヤマトとの交戦を続けるメリットはない。ましてや所属不明の国家がわがガミラスに牙を剥いているというのなら、なおさらだ。また、ヤマトにはタキオン波動収束砲が装備されている。それも、先日完成したデスラー砲の三倍の威力がある。この脅威を払拭できるのなら、交渉の価値はある」

 デスラーの言葉にさきほどから納得の姿勢を示していた将校は大きく頷き、納得できていなかった将校も理解の色を示す。

「それに、ヤマトはイスカンダルとわがガミラスが置かれている状況を知っている可能性が高いとの情報も得ている。だとすれば、イスカンダルが提供したであろうあの砲の使い道の一つは……」

「――カスケードブラックホールの破壊……でありましょうか」

 真っ先にデスラーの言わんとすることを理解したのは、やはりタランだった。

「そうだ、タラン。ヤマトがイスカンダルに恩義を感じているのなら――イスカンダルの危機を見過ごすことはしないだろう。スターシアは侵略戦争を行っていることを理由にわれらに提供を拒んだが、ヤマトには提供している。となれば、ヤマトを指揮する者はその眼鏡に叶った人格の持ち主のはずだ。……とすれば、ヤマトは最初からこの戦いの結末としてカスケードブラックホール破壊を前提とした貸しを理由に、講和を考えていた可能性が高い。しかし、われわれがそれに応じずあくまで戦う道を選んだのなら――」

「タキオン波動収束砲でガミラスを滅ぼすことも辞さない、ということですね、総統」

 ヒスの言葉にデスラーは神妙に頷く。
 彼もヤマトと交渉するというデスラーの意向に従う姿勢を示している。
 当然だろう。タランも、そして水面下ではヒスも、どちらに転んでもいいようにいろいろと準備を重ねてきたのだ。その過程で、最もガミラスにダメージが小さく済む流れは――ヤマトとの交渉による終戦だ。
 仮に地球を諦めることになったとしても、あの威力をガミラスに向けられるに比べたら安い対価だった。
 それにあのドメルが『信を置ける相手』と断じたのなら、一度取り決めたことを反故してまでヤマトがガミラスに攻撃することはないと考えてもいい。
 問題は、地球が復興して十分な戦力を整えたあと、ヤマトとの交渉結果を『ヤマトが独断でしたこと。地球政府が従ういわれはない』と行動した場合だ。
 ヤマトへの搭載を成功した以上、地球の艦は今後タキオン波動収束砲が装備されている艦艇を大量に生産するだろう。こちらも生産力では負けていないので、今後デスラー砲を搭載した親衛艦隊を構築して備えることはできなくもないのだが……。
 ここまで考えて、ようやくあの戦略砲持ちの人型の存在意義も解った。
 あの機体は、カスケードブラックホールを破壊してもなおガミラスの攻撃が続いたとき、ヤマトをその猛攻から護り抜くために用意された機体だったのだ。
 数の暴力を覆す絶対的な暴力として。良心の呵責を捨て去り、向かって来る脅威を機械的に排除するため。
 その威力を早々に見せつけていたのも、それしか手段がなかったのもあるだろうが、こちらに警戒させてこういった考えに誘導するための布石だったのかもしれない。

「今後の対地球戦略については詳細を考える必要があるが、これで当面はヤマトを気にせずに済むはずだ。――ヤマトにはわが帝国の民を救って貰った恩義があり、ヤマトが戦ってくれたおかげで艦隊への損失も最小限にできた。多少の譲歩をしてやったとしても、道理に反してはいまい」

 デスラーにそこまで言われては、反発する者は誰もいなかった。
 誰もがヤマトを恐れていたのだ。単艦でありながら度重なる罠を潜り抜け、初めてであろう宇宙の難所を幾度も潜り抜けてきた、そのタフネス。
 タキオン波動収束砲の絶対的な威力も、自軍で開発に成功したことでより鮮明にわかるようになった。
 その威力を一度に六度も叩きつけられたら……仮にエネルギーを使い果たして無力化したヤマトを叩く余力が残せたとしても、ガミラスも尋常ならざる被害を被る。そうなれば、新たに現れた黒色艦隊を始めとする外部勢力によって滅亡してしまうかもしれない。
 その恐怖もさることながら、ヤマトの戦いと航海に対して敬意を抱いていた将も一定数あった。
 今回のヤマトの行動は、そういった将の心に深く刺さった。だからこそ、この決断が通るのである。

(さて、ヤマトは当面敵ではない。いま最優先すべきは)

 デスラーは対ヤマトの方針が決定するや否や、敵艦隊の目的について自身の考えを述べる。
 その考えを吟味した結果、満場一致で全軍に緊急警戒態勢を命じる手筈となった。
 敵艦隊の目的は、間違いなく――。

(艦隊の配備が間に合えばよいのだが……)

 デスラーは一抹の不安を感じずにはいられなかった。
 敵は間違いなく――強大だ。



 ガミラス本星との通信を終えたドメルとゲールは、一つ息を吐いてから互いに向き合う。

「後始末を任せるかたちになって、申し訳なく思う。――バラン星基地のみなをよろしく頼む、ゲール司令」

 申し訳なさそうであるが、どこか清々しいドメルにゲールも、

「……お任せください、ドメル将軍。短い間でしたが、あなたの副官であれたことを誇りに思います。艦隊は私に任せて、ヤマトとの交渉を成功させてください。……私が言うのもなんですが、交渉の結果が、ガミラス・地球、双方にとってよきものであらんことを、願っております」

「ありがとう、ゲール司令。成功を祈ってくれ」

 敬礼を交わし合い区切りを付けた。ドメルは踵を返して連絡艇に向かう。
 すでにヤマトとは話が付いている。
 快くドメルを受け入れ、準備が出来次第発進する手筈だ。

(政治とは、距離を置くつもりだったのだがな……人生、なにが起こるかわからないものだ)

 軍人として実直に勤め上げてきたドメルにとって初めての経験だ。
 だが、悪い気はしない。
 それだけの相手と巡り会えた。

 ゲールは、ドメルが視界から消えた後、今度は窓の外に見えるヤマトに向かって敬礼を捧げる。
 ヤマトに対して思うところがないと言えば嘘になる。
 ただ一度救われたくらいで手の平を返すほど軽々しい訳でもない、と思いたいが、全力を尽くしてくれたヤマトに感謝の念がないと言えば、それも嘘であった。
 そのヤマトに向かって、つい先程まで上官であったドメルを乗せた連絡艇が向かっていくのが見える。

(ドメル司令……さきほどのは世辞でもなんでもない、本心でした。どうか、お気を付けて……)

 互いに第一印象は最悪だったと思う。
 目敏いゲールは、ドメルが司令室の調度品に不満たらたらであることはわかっていたし、入れ替えたがっていたことも知っている。
 だが彼が不和を生まないためにぐっと堪えてくれたことも、あのヤマトと対峙して生きて帰って来れるように作戦を練ってくれていたことも、わかっている。
 気に入らない存在なら、作戦に託けて謀殺することも、作戦失敗の責任を取らせて処刑することもできたのに、彼はそれをしなかった。
 もちろんゲールにとって忠誠を捧げるのはデスラー総統ただ一人だが……。

(ドメル将軍。今度会う機会があったら、酒でも酌み交わしたいものですなぁ)

 ゲールは連絡艇がヤマトの格納庫に着艦するまで、敬礼を捧げた腕を下ろすことはなかった。






 その頃スターシアは、通信装置の前で逡巡していた。

「……」

 思い起こされるのは三年前、デスラーからタキオン波動収束砲の技術を求められたときに、拒絶したことだ。
 あのときはその決断が正しいものだと思っていたが、その二年後に遥か一六万八〇〇〇光年も彼方の星――地球から救援を求められるとは考えてもいなかった。
 最初はガミラスのときと同じように断るつもりだった。
 だがイスカンダルが拒絶した結果、ガミラスが地球に侵略の手を伸ばしたのかもしれないと思うと、無下にはできない。
 そう思ってユリカと言葉を交わす内に、彼女のことが好ましく思えたのだ。
 当時のスターシアは共に暮らしていた妹サーシアを除けば、極稀にホットラインで言葉を交わすデスラー以外の人間と接する機会は皆無であった。
 だからだろう、常識的に考えてとても無礼な手段でコンタクトを取ったユリカには、呆れを覚えながらももう少しだけ言葉を交わしたいという渇望が顔を覗かせるのを、抑えられなかった。
 ――彼女はとても変わっていた。
 頭はとてもよく回転も速いのに、どこかずれた応答をすることがあるのがとても珍しく思えた。
 彼女がイスカンダルと知るきっかけとなったという並行宇宙の宇宙戦艦――ヤマトについて語ってくれたとき、その特異性について一緒に考えると同時に……すでに地球にはそのヤマトが波動エンジンとタキオン波動収束砲をもたらしていたことを知った。
 それは別宇宙の物であるのだから、この宇宙のイスカンダルが保有するそれとは別物と言えるかもしれない。だが、その破壊力はこの宇宙のイスカンダルのそれと遜色ないことが彼女との会話で窺えた。
 だから彼女に問うたのだ。
 本当に大丈夫なのかと。
 ユリカは「大丈夫!」と、胸を張って答えた。
 だからスターシアは方針を捻じ曲げてでも応える道を選んだ。
 ……そのことでガミラスに、デスラーに思うことがないわけではない。
 どのような理由であれほかの星を侵略するなど、スターシアからすれば言語道断、到底許せることではない。
 しかし、隣国の人間であり元々は一つの種族だった存在だ。
 それに……スターシアとて自分の考えが絶対に正しいわけではないことは重々承知している。
 この宇宙に戦いが満ち溢れているのは揺るがない事実。どれほど平和主義を唱えたとしても、相手に聞き入れる意思がなければ意味をなさないことは、スターシアとて理解している。
 イスカンダルとて、かつてはそれを理由に捨てたはずの武力を取り戻して争ったのだから。
 他国との国交が閉ざされて久しいイスカンダルは、この宇宙の情勢を正しく把握しているとは言い難い。が、少なくともいまイスカンダルは二つの勢力から狙われている。
 一つはその正体こそ杳として知れないが、何者かが送り込んできた次元転移装置。――おそらくはイスカンダルやガミラス星自体を目的とした、資源採取を目的とした行動であることだけは察しがついたが、正体を見極めるには情報が不足し過ぎている。
 もう一つはガミラスの国境を侵犯し始めているという正体不明の黒色艦隊。
 デスラーがわざわざその存在を教えてくれたのだから、偽の情報ではないだろう。
 デスラーが隣人としてスターシアたちを気遣ってくれていることは、素直に感謝している。
 同時に、彼が単なる暴君でないことの証左だと信じたい気持ちがあった。立場上相容れないとはいえ、彼自身を嫌っているというわけではないのだから。

「……」

 正直、ユリカは信じるに足る人間だと思った。
 しかし状況が状況なので、スターシアと接触できていた時期から時間を経て、考えが変わってしまうことも十分考えられる。
 ガミラスとて、ヤマトが発進すればその目的地がイスカンダルであることは容易に予想するであろう。
 デスラーはタキオン波動収束砲のことを知っている。そして、タキオン波動収束砲とコスモリバースシステムが表裏一体の存在であることも。
 ヤマトがタキオン波動収束砲を使えば、イスカンダルが支援していることはすぐに判明する。
 その場合、地球とガミラスの違いとはいったいなんなのかと問われたら、スターシアには応えられる自信がない。
 たしかに地球はガミラスのようにほかの星を侵略してはいないが、それはまだ彼らにその技術がなかっただけで、自らの民族内で不毛な戦いを続けていた。
 そのような文明が将来的にタキオン波動収束砲を使ってほかの星を侵略しないという保証はない。むしろタキオン波動収束砲が引き金になってしまうかもしれないのだ。
 特にいまは、加害者側とはいえガミラスに対してはその力を向けない理由がない。実際ヤマトはその威力を駆使してガミラスの脅威を潜り抜けているのだろう。
 スターシアがヤマトにタキオン波動収束砲――それも六連射可能な技術を提供したのは、イスカンダルでヤマトに大規模な改装を行う余力も時間もないのが一番の理由だが、その威力でヤマトの航海の安全が少しでも得られるのであればとの思いがあった。
 ――そう、その威力ゆえにタキオン波動収束砲を封じて外部にその存在を知られないように配慮し、隣人の危機すら看過して封じてきたタキオン波動収束砲。その力に縋ってしまったのは、スターシアも同じだった。
 どうしていまさらデスラーを、そしてその力を行使したヤマトを責められようものか。

「……」

 通信機モニターの隣にちらりと目を向けると、そこにあるのはイスカンダル星の――自爆スイッチ。
 イスカンダル王家の人間のみが押すことのできる最終手段にして、イスカンダルの負の遺産を未来永劫葬り去るために設けられた、封印装置。
 ユリカと出会う前は、カスケードブラックホールに飲み込まれる前にこのスイッチを入れてイスカンダルを滅ぼすつもりだった。
 しかしいまはヤマトが来る。ヤマトに託したタキオン波動収束砲の威力ならば、あの次元転移装置を破壊することも可能だろう。
 いまは……それに期待している自分がいた。生きたい欲求が生まれたのだ。

「……守……サーシア……」

 スターシアは迷っている。
 いま一度デスラーを説得して、地球とヤマトから手を引くように訴えるべきだろうか。
 しかしながら、引き換えにできる条件をスターシアはすでに失っているだろう。
 ガミラスの技術力なら二年もあればタキオン波動収束砲を自主開発可能だ。
 カスケードブラックホールを破壊するに足る六連射型――ユリカがトランジッション波動砲と命名した域に至っていなければまだチャンスはあるが、デスラーが約束を反故しない保証はない。
 それに――ヤマトはいま、必死の思いでこのイスカンダルを目指している。
 初めて体験する未知なる宇宙の洗礼を存分に浴びて、ガミラスの妨害も掻い潜って。
 ここでスターシアが万が一にもデスラーを引かせることができたとしても、それでは彼らの努力を無駄にしてしまう。
 それにスターシア自身が彼らを試しているのだ。
 本当に困難を乗り越えてでも生き抜く意思があるかどうかを。
 その主張を通すのであれば、スターシア側からガミラスに話をすることは重大な違反だ。
 しかし、スターシアは地球に技術提供をしたことで内心ガミラスに負い目がある。
 その負い目が形となって、ついデスラーにユリカのことを話してしまった。
 大切な友人であるユリカの容態も心配が尽きない。彼女が心配過ぎて、守の要望をあっさりと受け入れ、本来ならするべきではない救援の手を差し伸べてしまっている。
 『女王』として毅然な態度を崩さないように努めるべきだと理性が訴える。
 だがスターシアの『人間』の部分が悲鳴を上げているのも自覚している。
 そうやって悩み抜いたあと、やはり女王としての姿勢を貫くべきだと頭を振って通信機の前から離れようとしたとき、件のガミラスから――デスラーからのホットラインが入った。



「やあスターシア。お加減いかがかね?」

「デスラー……今回はどのようなご用件ですか?」

 画面に映る美しい尊顔に浮かぶ表情に、デスラーは内心苦笑する。
 なにやら複雑な心情を覗かせている。普段からポーカーフェイスか苦々しい顔しか見せない彼女にしては珍しい。

「今回はいろいろとイスカンダルにもご報告しておきたいことがあってね。まず最初に、ガミラスはタキオン波動収束砲の開発に成功したと伝えておこう。なかなか手間取ったがね」

 そう告げると露骨にスターシアの表情が変わる。
 禁忌の力に手を出したという非難と、やはりそうなったかという落胆――そしてヤマトの今後を思っての憂い。
 ここまでスターシアが感情を表に出すことは珍しい。
 デスラーなりの推測だが、女王として毅然としなければという公人としての理性と、一人の人間としての感情がせめぎ合っているのだろう。
 後者に関しては簡単に推測できる。
 ヤマトに乗っているであろうミスマル・ユリカ艦長の安否と……少し前にイスカンダルが保護した地球人の捕虜のことだろう。
 予想どおり、あの宇宙船に乗っていたのはその捕虜で、ヤマトへの支援物資を運び込んだとみて間違いなかったようだ。

「いやはや。君が封印したがるのも解る威力だったよ、あれは。さすがはガミラスすら上回る技術力を有していたイスカンダル製の超兵器だ。……しかしながら、やはり一朝一夕では万全とは言い難くてね。ヤマトの六連のトランジッション波動砲とやらには及ばないのが実情だ」

「……改めて技術提供をお求めになるつもりですか?」

 スターシアが警戒も露に言葉を紡ぐ。
 きっと心中穏やかではいられないだろう、いまデスラーは『波動砲』と口にした。
 この名前はヤマトが――地球が使っている名前であって、イスカンダルもガミラスも使っていない通称。
 しかも正式名称として向こうが使っている『トランジッション波動砲』の名前まで出されては、スターシアとしては最悪の事態も想像せざるをえないはず。
 少々悪趣味だと自分でも思ったが、かつて技術提供を断られた身の上としては意地悪の一つでもしたくなるのが人情というもの。
 こちらとて、多くの人民を束ね、守り通さねばならない国家元首の立場にあるのだ。

「求めたところで提供などしてくれないのだろう、スターシア? それに、喜ばしいことにわざわざイスカンダルから提供して貰わなくても、すでに実用化されたそれに頼れる状況になっている」

「……! まさか、ヤマトを鹵獲したとでも言うのですか!?」

 おや、予想よりも反応が激しい。
 珍しく、語気も荒く言葉の先を促すスターシアに意味返しは十分と判断したデスラーは、それまで浮かべていた微笑を払って真剣な表情でスターシアに告げた。

「鹵獲などしていない。スターシア、わがガミラスはヤマトと一時休戦し、和平の道を模索することとなった。まだ本格的な交渉には至っていないため詳細は未定だが、地球と終戦協定を締結することになった場合、第三者の視点も必要だと考えてね。その際は地球にとって恩人であり味方と見做されている君に、是非とも交渉の席に参加して頂き、進行役をやって貰いたい」

 スターシアは大層驚いた様子。目を大きく見開き僅かに口も開いている。
 デスラーはいままで見たことのないその表情になぜか胸が高鳴るのを感じながら続けた。

「さすがは君の見込んだ人物だ。ヤマトは――ミスマル・ユリカ艦長は最初からガミラスと殲滅戦を演じるつもりはなかったようだ。最後の手段として想定しながらも、われわれと和解する道筋を探していたようでね。ついさきほど連絡があった。バラン星に設けていたわが軍の前線基地が、例の黒色艦隊に襲撃され壊滅的被害を被った。が、ヤマトが救援に駆けつけてくれた。おかげでわが国民二〇〇名余りがヤマトに直接救助され、バラン星に派遣していた部隊への被害もかなり抑えることができたよ」

「ユリカが……やってくれたのですか?」

「そうだと考えている。ただ、実際に艦の指揮を執っていたのは、艦長代理を名乗った、古代進という男性だと報告を受けている」

「古代進? 古代――っ!?」

 スターシアの表情の変化を見て、デスラーは彼女の頭の中でさまざまな考えが一瞬で巡ったのだと察した。
 だが、そこには触れないのが礼儀というものだろう。

「しかも、君が託したトランジッション波動砲を使ってまでガミラスを救ってくれたと聞いている。その気になれば、便乗してバラン星基地諸共にあの黒色艦隊をも吹き飛ばせたろうに、最初はご丁寧に発射口を封印してまで救援を申し出たらしい。……まったく、君が見込んだだけあって、われわれの常識では測れない存在のようだ」

「デスラー……私としては大変喜ばしい報告です。ですがなぜあなたは地球と和解する道を選ぶことができたのですか? いままでのあなたがたの方針に則れば――」

「たしかに軍事力という一点に関しては、ヤマト如きに負けるガミラスではない。だが、私はあのヤマトという艦をとても気に入っているのだよ。敵として打倒してしまうにはあまりにも惜しい。それにヤマトを討ち取ってしまえば、この母なるガミラスも、隣人である君たちイスカンダルもこの宇宙から消えてしまう。だがヤマトさえ味方にできればそれを回避できる。それが成されるのなら、地球に対する振る舞いを改めることに異存はない……それと――君の心を掴んで見せたミスマル・ユリカという女性にも興味があってね。是非とも会って話をしたいと、ずっと思っていたのだ」

 それはデスラーの本心だ。
 本気で戦えば、犠牲は避けられずともヤマトは討ち取れる。ヤマトを討ち取れば、この偉大なガミラス帝国が銀河辺境の未熟な文明の戦艦一隻に負けたという、不名誉な称号は得ずに済む。
 実際最後の最後まで悩みに悩み抜いた。
 ヤマトを気に入っているというのは、結局デスラー個人の考えでありガミラスという国家の総意ではない。
 ガミラスの政治形態は軍事一体で、総統であるデスラーによる独裁政治形態に近いため、デスラーが一言告げれば問題なく流れを作ることはできる。実際そうだった。
 ……だがヤマトという存在をどこまで信じていいのかは図れなかったから、最後の一押しができないでいた。
 しかしデスラー自らが遣わしたドメルによってヤマトの方針を知ることができた。ならばデスラーは迷うことなく進むことができる。
 ドメルは人を見る目がある。前線に立つことのできないデスラーの代わりは十分に務まると考えていたが、予想を裏切らなかったようだ。

「……わかりました。そういう事情があるのなら交渉のお手伝いをしましょう。それと、デスラー……」

「ん?」

「イスカンダルの方針があったとはいえ、あなたがたを見捨てるような真似をしたことを、心より謝罪します」

 意外なスターシアの反応にデスラーは困惑した。

「……いや、君はイスカンダルの女王として当然のことをしたのだ、気に病むことはない」

 そのせいか無難な応対しかできなかったが、まあそれでいいのだろう。
 最初から覚悟していたことであるし、なによりスターシアが素直に提供していたら、デスラーはきっとその後の星間戦争でその力を存分に――振るっていたかどうかはわからないが、タキオン波動収束砲の封印を掛け直すことには難色を示していたはずだ。
 それくらい、あの威力は魅力的なのだ。
 そういう意味でも、その威力に心奪われず最後の最後まで自制しているヤマトのクルーに、艦長のミスマル・ユリカに会ってみたいと強く願う。
 艦長代理という存在を立てているところからするに、すでに先は長くはないのかもしれない。
 ならば、逝かれる前にどうしても話がしたい。
 もしガミラスの医学で助けてやれるのなら助けてやりたい。
 彼女の『甘さ』がなければ、そしてなにより護るべきもののために全身全霊を尽くす、あの気高き精神をデスラーに感じさせなければ、この戦争はどちらかが滅びるまでの殲滅戦にしかなっていなかったのだ。
 その功績を称えるという意味でも、それくらいの援助は当然だろう。

 デスラーはその後、いくつかの事柄においてスターシアと打ち合わせをしたあとホットラインを切り、改めて今後の地球との関りに関しての方針を思案しながら、ヒスとタランがそれぞれ用意していた和平政策の資料を読みふける。
 ヒスとタランでは多少やり方が違うが、おおむね共通しているのは今後ガミラスと地球は同盟関係を築くことが無難であろうというものだった。
 それはデスラーも賛成している。
 仮に一切の関りを絶ったところで将来的に再度接触する可能性は十分にある。
 ……そのとき友好を築けなければ、その先に待つのは波動砲を突きつけ合った戦争になる。
 その威力を熟知したからこそ、監視下に置いておきたいと考えるのは自然なことだ。
 地球側にしても、ガミラス側の動向を知れるというのは決して損ではないはず。
 ヤマトが勝手に締結した終戦など容易に反古できると考えるのが当然で、ガミラスという国家が健在であればまた戦争になると警戒もする。
 ならば、双方監視し合うのが現状ではベターではないかと思う。
 だとすれば――いろいろ譲歩してやるほかないだろう。
 少なくともガミラスの傘下に入れるというよりは、対等な立場での同盟が無難な落としどころか……。
 おそらくそう間を置かずに動きを見せるであろう黒色艦隊を始め、今後のことを考えながら、デスラーはヤマトと直接対面できる瞬間を楽しみにしていた。
 いまはまだバラン星の状況が落ち着いていないので先延ばしにしているが、もう少し我慢すれば、件のミスマル・ユリカと言葉を交わせるかもしれない。
 あのスターシアに認められた人間性はどのようなものだろうか。
 そして、『大切な家族を守るため』という彼女の『愛』が本当に国家の危機に、脅威に立ち向かえる力足りえるのかがわかる。
 そうすれば――スターシアが言っていた『愛』というものがなんなのか、デスラーにも理解できるかもしれない。
 その瞬間が待ち遠しい。
 デスラーはふと視線を上げ、外殻に空いた穴から除く深淵の宇宙――そして微かに視界に入る隣人イスカンダルの姿を捉え、ふと唇に笑みを浮かべた。



 ヤマトの戦いは無駄にはならなかった。

 ついにその思いが届き、ガミラスとの戦いに終止符が打たれようとしている。

 しかし油断はできない。

 ヤマトの力を把握した暗黒星団帝国の目的とはなにか!?

 凍り付いた地球に残された人類が滅亡する日まで、

 あと、二四六日しかないのだ!



 第二十一話 完

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

    第二十二話 愛を説いて! 目指せ大マゼラン!

    ヤマトよ、その愛を示せ!

第二二話 愛を説いて! 目指せ大マゼラン! Aパート







感想代理人プロフィール

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代理人の感想 
このデスラーとスターシャの会話好きだなあ。
互いに好意は持っているのに、立場上表にできないのは正直もどかしかった。



>進お兄さんとして収録に参加した経験がここで活きるとは!
進君には悪いが盛大にワロタwww
何でも経験しておくもんだなあw


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