テンカワ・ユリカは夢を見ていた。

 とても怖く、絶望に満ちた未来だった。

 それは侵略者によって滅亡の危機に瀕した地球。

 突然現れた異星人の侵略者は強大だった。

 全く太刀打ち出来ない人類。

 目の前に迫った終わり。

 もはや人類の手では決して覆すことの出来ない破滅。



 そんな悪夢を見るユリカに声が届いた。

 その声の主は確かに言った。

 「貴方方に望まれる限り、必ず私が救って見せます」

 と。

 その声の主は人間ではない。

 だがとても暖かくて優しく、綺麗な声だった。

 その声と共に、先程までとは違う形で破滅の危機に瀕した地球の姿を見る。

 だが、破滅に瀕した地球から1隻の宇宙戦艦が旅立つ。

 干上がった海底に眠る、赤茶けた鉄屑の中からその艦は生まれた。

 そして、想像を絶する苦難の末、その宇宙戦艦は見事破滅に瀕した地球を救って見せた。

 その後も、数度に及ぶ危機から地球を護り抜いてきた。

 白色彗星の恐怖。

 暗黒星団帝国による侵略。

 太陽の核融合異常増進による太陽系の危機。

 そして、遥か昔に分かたれた地球人類の末裔ディンギル帝国と、それに誘導された水惑星、アクエリアスの脅威。

 ユリカはそんな大どんでん返しを、その宇宙戦艦の視点から追体験する。

 その旅の全てを正確に把握する事は、ユリカには出来なかった。

 だが、その宇宙戦艦はたった1隻で絶望をひっくり返し、確かな希望を運んだ。

 それは、悪夢を見せられたユリカにとって紛れもない希望であった。

 そしてユリカは悟る。

 あの夢は未来の現実だったのだと。

 近い未来、人類は侵略者によって滅ぶ運命にあった。

 だが、その未来が変貌しようとしている。

 ユリカに届いた声の主が、それを成すのだ。

 その記憶を垣間見た、その意志に触れたユリカと共に。

 声の主の名が、ユリカの脳裏に浮かぶ。



 それはとても古めかしく、もう誰も意識する事の無い名前だ。

 しかし、声の主は来る。

 ユリカを接点として、別の宇宙からやってくる。



 全ては愛の為に。

 別の宇宙であっても、愛する地球と人類の未来を護り抜く為に。



 彼女はやってくるのだ!



 望まれる限り、幾度でも“奇跡”を起こすために!






 時に、西暦2201年。



 火星の後継者の蜂起を鎮圧したナデシコCは、ボソンジャンプを駆使して地球への帰途に付いていた。

 「現在月軌道に到達。以後は通常航行で地球に向かう予定です」

 オペレーターのマキビ・ハリが報告する。

 「わかりました、クルーの皆さんは交代で休憩に入ってください――私も少し休みます。ハーリー君、しばらく艦を任せますね」

 「は、はい艦長! 僕に任せてください」

 敬愛するホシノ・ルリに頼まれて、ハリは目を輝かせて応じた。ハルカ・ミナトに背中を押されたことや、火星での決戦を経験してか、わずかに自信を付けた彼は快く応じる。
 もちろんその心中には、ようやく救出が成った彼女の家族の片割れ――テンカワ・ユリカの見舞いに行きたいのだろうと言うルリの気持ちを察した事から、快く応じて心象を良くしておきたいという下心もあった。

 ルリはハリの様子に頬を緩ませると「では頼みます」と声をかけて艦長席を後にする。可愛がっている弟分の自信に満ちた姿に心が温まる。

 「ルリルリ、あんまり無茶させちゃ駄目よ?」

 「ユリカによろしく言っておいてね」

 等々と、ミナトやアオイ・ジュンと言ったかつての仲間達に声をかけられ、丁寧に応じつつも気持ちは医務室で休む家族の元へと走る。

 体面を損なわない程度の速足で医務室に向かったルリは、身嗜み用のコンパクトを使って軽く前髪を整えると医務室のドアを潜り、ベッドに横たわるユリカの姿を視界に収める。その隣には容態を調べているイネス・フレサンジュの姿もあった。その表情は、決して明るいものではない。その様子にルリの顔が一気に青褪める。

 「イネスさん……ユリカさんは、ユリカさんは大丈夫なんですよね?」

 挨拶もそこそこに本題に入る。ベッドの上に横たわるユリカの体はシーツで覆われていて伺えないが、穏やかな呼吸に合わせて胸元は上下しているし、顔色も悪くは見えない。と思われたが、薄っすらと、薄っすらとだが、その顔にはボソンジャンプ時に生じるナノマシンのパターンが光を放っていることが伺えた。その様子を見てルリの顔色がさらに悪くなる。

 「ああ、ルリちゃん。そうね、今のところは、ね。多少光っちゃてるけど多分大丈夫よ、問題無いわ」

 ルリの問いかけに答えるイネスの表情は取って付けたような笑顔で正直嘘くさい。こんなもので騙されると、誤魔化されると本気で思っているのだろうか。

 「今のところは? 多分?――お願いですイネスさん、正直に答えて下さい――どこがどう悪いんですか?」

 ルリの表情も硬くなる。そもそもボソンジャンプも明けて時間が経っているのにどうしてナノパターンが光っているのか、それ自体が異常のはずなのに誤魔化そうとしている。医務室に向かうまでの間は、今度こそユリカと話せるのではないかと心が沸き立っていたが、すっかりと萎んでしまった。

 ナデシコCに回収されたユリカはイネスの指揮の元、すぐに医務室に運び込まれて精密検査を受けることになった。演算ユニットから解放された直後は目を覚まし、かつてのようなボケすら見せた彼女だが、まもなく意識を失って眠りについてしまった。
 以降は面会を謝絶され、帰還の途に就いてからも頻繁に足を運んだルリはいつも門前払いを受けていたのだ。ルリにとっては運の無い事に、ユリカ以外に病人や怪我人と呼べるものはナデシコCにはおらず、こういう時に限って誰も体調を崩さないため、艦長として見舞いに、と言う方便すら使えずヤキモキしていたのだ。

 それが、ボソンジャンプの前にイネスから「顔を見るくらいなら」とようやく許可が下りたので、ジャンプ終了後にこうして馳せ参じたわけなのだが。

 「……ごめんなさい、本当は今話すべきじゃないと思ったんだけどね。せめて、彼女が目を覚まして、再会を喜び合うまでは……」

 沈痛な面持ちのイネスは告げる。残酷な事実を。

 「ナデシコでの精密検査には限度があるけど、恐らく病院で検査しても結果は同じだと思う――彼女は長くない。万全の態勢で治療を続けたとしてももって5年。少しでも無理をすれば、1年持たないかもしれないわ……」

 ルリは足元が粉々に崩れ去ったような錯覚に陥った。両足がわなわなと震えだし、歯がガチガチと音を立てる。思考がぐるぐると渦まいて、目の焦点が定まらなくなる。



 (ユリカさんが、長くない? どうして、どうして、折角会えたのに、もう一度やり直せるかもしれないのに?)



 「彼女の体はね、演算ユニットの物と思われる未知のナノマシンに浸食されているの。それも、彼女をジャンパー足らしめているナノマシンに寄生して……もちろん、補助脳にもね。今は活動を休止しているけど、何の弾みで活性化するか見当がつかない――いえ、1つだけはっきりとわかっているのは、彼女がボソンジャンプを使う度に確実に活性化して、体を蝕んでいく。彼女自身がナビゲートするのはもっての外、ナビゲートせずに巻き込まれるだけでもナノマシンが活動する。それどころか、演算ユニットと彼女は完全にリンクを切れていない、それが原因でナノマシンの活動を完全に停止させる事が出来ないのよ、このままじゃ、除去も……」

 今度こそ、ルリはその場に座り込んでしまった。嗚呼、何てことだろう。夫であるテンカワ・アキトが、あれだけその手を血に染めて、苦難の果てに救い出した妻はすでに手遅れだったのか……結局火星の後継者に捕らわれた時点で、この夫婦の未来は決まっていたと言うのだろうか。

 「――地球の医学力では、どうにも出来ないのよ。せめて、せめて遺跡の解析がもっと進めば、あれを作った異星人にでも接触出来れば、あるいは。もちろん、私たちも全力を尽くすわ、それでも、確実に救える保障が無いの」

 「浸食が進んだ場合……どうなるんですか?」

 弱々しい声でルリが尋ねる。顔からはすっかり生気が抜け落ちて、死人のような形相だ。

 「確実に言えるのは全身の細胞異常ね。遺伝子情報が破壊されたら体のあちこちにガンが発生する。ガンを治療しようにも、全身に発生したら今の医学でも追い付かないし、それ以上に根源であるナノマシン自体を除去、最悪抑制出来ない限り完治は出来ないわ。――それに神経組織にも負荷が掛かり続けることになるから、アキト君のような感覚異常が生じる可能性も高いし、下手をすると脳に損傷が発生してガンで死ぬよりも先に、植物、人間になる……可能性だって……」

 最後の方は詰まりながら、絞り出すように告げるイネスに、ルリはもう言葉も出なかった。最愛の家族が、1度は無くしたはずの家族が帰ってきたと思ったのに。また、失うのか。それも、こんな、こんな無慈悲な手段で!

 ルリの中で、火星の後継者に対して、理不尽な世界に対しての憎しみと怒りが渦巻く。
 自分の力を全て使えば、今は護送中であろう草壁ら火星の後継者の連中を殺すことは出来るはずだ。
 直接砲撃を叩きこんでも良い、システムを乗っ取って生命維持システムを止めてやってもいい。懲罰など知った事ではない。

 ユリカが生きられない世界に、私達家族が幸せになれない世界に何の価値がある。アキトも去った。
 彼とて五感に障害を抱え、今後どれだけ生きられるのか見当もつかない。それに、今度こそユリカを失ったアキトの姿を、ルリは想像もしたくない。
 いや、自分だって耐えられない、ようやく、ようやく取り戻せたのに。
 理不尽な運命を乗り越えて、もう一度、もう一度家族の生活を取り戻せると思ったのに!

 「ナノマシンが原因なら、ナノマシンが原因ならっ! 私がリンクして制御することは出来ないんですか?」

 思わず口をついた言葉に自分で驚く。が、ルリにとってはそれは妙案にも思えた。ナノマシンを介して他者にリンク出来ることは、かつての記憶麻雀の一件や、皮肉にも生体部品にされたユリカ自身が証明している。
 他者のナノマシンを情報端末として使えるのなら、それを掌握すれば抑え込めるのではないだろうか。

 「活動の内容そのものがよくわかっていないのよ? 下手にアクセスすれば貴方自身も障害を患う危険がある――彼女がそれを望むと思って?」

 「でも!!」

 「――必要ないよ、ルリちゃん」

 激昂したルリの言葉を遮ったのは、ベッドに横たわるユリカの声だった。至って冷静で、悲観も、弱々しさもない、極々普通に声。だがルリにはその声すらも、痩せ我慢の様に思えた。

 「ユリカさん!? 起きていたんですか……」

 「うん。枕元であんだけ騒がれたら、流石に、ね。体の事も、何となくわかったし。ルリちゃんの気持ちはうれしいけど、そんなことしちゃ駄目だよ?」

 ユリカはゆっくりと上体を起こしてルリと向き合う。ナノパターンの輝きは消え失せ、平常を取り戻した姿。その瞳には、ルリに対しての慈愛が浮かんでいた。悲しみも憎しみも浮かばない、優しく澄んだ目だった。

 「ユリカさん、聞いていたのなら試させて下さい。もしかしたら何とかなるかも――」

 「ならないよ。自分の体だもの。感覚的にわかるんだ。そんな方法じゃどうにもならない。ナノマシン自体を除去しないと、根本的な解決にならないって」

 立ち上がってユリカに詰め寄るルリをやんわりと抑えながら、ユリカは首を横に振る。ルリの提案は拒絶された。

 「それに、もしそれでルリちゃんがどうかしちゃったら……それこそ私は、自分が許せないから。家族の命を奪って少し生き永らえたって、何の意味も無いよ」

 断言するユリカにルリも言葉を続けられない。虚勢を張っているようにも見えて握りしめた両手がわなわなと震える。

 「それにね、希望が潰えたわけじゃないよ」

 「え?」

 「今から来るの。厄災と、それに立ち向かうための希望の片割れが」

 「何を言って」

 ユリカの言葉の意味を確かめる間も無くコミュニケが着信を発し、ブリッジにいるハリの慌てふためいた様子を映し出す。

 「か、艦長! 外の映像を見てください! と、とんでもない事が起こってます!!」

 ハリは一方的に告げると外部カメラが映し出した映像を医務室にデカデカと映し出す。その驚愕の映像に、ルリもイネスも驚愕に顔を引きつらせる。唯一ユリカだけが、その映像を真摯な眼差しで見つめていた。
 彼女だけは、その光景が何を意味しているのかを正確に把握している。

 「こ、これは一体……!!」

 ルリとイネスの言葉が被る。

 スカイウインドウに映し出された映像は宇宙の神秘、または超常の現象としか言えない、とても美しくあり、同時に酷く恐ろしいものだった。



 地球と月のおおよそ中間の地点で、何もない虚空が割れ、膨大な量の水が溢れだしたのだ。まるで瀑布のような勢いで渦巻き、これが真空の宇宙でなければ轟音を響かせているであろう神秘の映像。
 カメラ越しで見ることが憚れるような、驚異の現象であった。



 「アクエリアス」



 ユリカが不自然なほど静かに告げた。アクエリアス、その言葉の意味を問いかけるにはルリもイネスも、そしてコミュニケ越しに聞いていたハリを始めとするブリッジの面々も余裕が無かった。

 目の前に唐突に広がった幕府は次第に落ち着きを取り戻し、静かに称えた巨大な海と化した。その水面が落ち着きを取り戻したかに思えた次の瞬間、水面を割って何者かの建造物の様な物が姿を現す。

 その姿は黒味の強いグレーと鮮やかな赤に塗り分けられ、まるで洋上を往く船のような、非常にアンティークな形をしている。
舳先と球場艦首と思しき形状、グレー側の方には甲板があり、そこには砲身の歪んだ三連装砲塔が2つ確認出来る。物体は天を衝くかのように宇宙を仰ぐと、その身を震わせながら徐々に徐々に再び水中に没していく。

 まるで、役目を終えた船が、最後にその姿を見せようと力を振り絞ったかのようにも、それともまだまだ健在であるとその威容を見せつけているかのようにも見える。

 「……本当に来てくれたんだね、ヤマト」

 囁くようにその物体の名を発するユリカ。その声色には畏怖と敬意、そして羨望が含まれていた。

 「ヤマト?」

 ユリカの言葉を繰り返すルリに、ユリカはこくりと頷いて答えた。

 「そう、宇宙戦艦ヤマト。今はボロボロだけど、近い未来で私達の大いなる助けになる艦。そして、厄災も同時に……」



 ユリカの言葉を遮るように、今度は別の報告がブリッジから届き、世界が震撼した。



 そう、彼らは突然現れたのだ。まるで内輪揉めで慌てふためく人類をあざ笑うかのように、侵略の絶好の機会であると言わんばかりに。



 そして同時に災厄をはらう希望の使者も現れた。



 その名は、宇宙戦艦――ヤマト。



 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 第一章 遥かなる星へ

 第一話 人類SOS! 甦れ、希望の艦!



 地球人類が謎の星間国家、ガミラスに侵略戦争を仕掛けられて11ヵ月の時が流れていた。

 西暦2202年。

 場所は冥王星近海。そこには地球の残存戦力をまとめ上げた最後の防衛艦隊の姿があった。総数はわずかに30隻。万全の状態で出撃した艦艇は半数にも満たず、何かしらの損傷を抱えている艦も多い。
 彼らは今日この地にて、最後になるやもしれない反抗作戦に臨んでいた。






 圧倒的な科学力を有するガミラスの前に、地球は壊滅的な被害を被っていた。

 当初こそ互角に戦えるかと思われた地球艦隊ではあったが、ガミラスの艦艇は強力で、地球側の艦艇を容易く撃破した。
 地球側では減衰させるのがやっとな旋回砲塔式の高収束グラビティブラスト。
 地球側のグラビティブラストを容易に防ぐ強固なディストーションフィールド。
 相転移エンジンを遥かに上回る高出力機関である波動エンジンと、それが生み出す推力による圧倒的な機動力。
 フィールド無しでも強固で、グラビティブラストにすら耐性を持つ装甲。
 基本性能の時点で圧倒されているのに、艦隊運用でさえも地球よりも統率が採れている。
 そこに地球が付け入る隙は殆ど無かった。

 辛うじて航空戦力同士の戦いでは人型機動兵器の運動性能と攻撃力によって追従する事が出来たが、それでも対艦攻撃には力不足であったこともあり、形勢を逆転するには至らなかった。

 ついには条約で禁止されていたボソン砲や相転移砲、果ては火星の後継者との戦いで実績を残したナデシコCとホシノ・ルリによるシステム掌握も試みられたが、結果は芳しくなかった。

 ボソン砲は実体化までのタイムロスを埋められず、敵艦の機動力が優れていたことから避けられることが多かった。対策もされたのか、敵艦内にボソンジャンプさせようとしても座標が狂って狙った場所に送り込めなくなった事もあり、使われなくなった。

 相転移砲も何らかの対策を講じたのか、発射の兆候を捉えられると無力化されて効果が薄く、不意を突いて発射に成功した時のみ、その圧倒的な破壊力を披露するに留まった。

 そして、ある意味では頼みの綱のシステム掌握も、通信システムの大本が違うためか、管制システム自体の基本構造の差異故か、十分な効果を上げる前にナデシコC本体に攻撃を加えられて封じられるなど、後手後手に回り続けてしまった。



 当初は本物の異星人が攻めてきたことが知れたとしても、先の大戦でその威力を示し普遍化した相転移炉式戦艦と、それに支えられたグラビティブラストとディストーションフィールド。
 さらには限定的で自由には使えないがボソンジャンプ。最悪切り札たる相転移砲すらあるのだと高を括っていた統合軍の上層部は、すぐに自らの驕りと無知を曝け出すことになったのだ。

 無論ガミラス側が「奴隷か、さもなくば殲滅か、好きな方を選べ」と高圧的な態度を見せたことも反発を招いた理由ではある。

 まず手始めと言わんばかりに木星が滅ぼされた。次は火星、そして各スペースコロニーと、凄まじい勢いだった。もはや戦争の体すら成していない、一方的な虐殺。
 情け容赦のない殺戮に、火星の後継者の事件の直後で燻っていた地球と木星の対立はおろか、宇宙軍と統合軍の権力争いもぶん投げて対応を始めた頃にはもう遅い。

 とうとう地球への直接攻撃を許し、地球は徹底的に追い込まれていく道をひた走ることになったのだ。



 それでも地球は無条件降伏を受け入れなかった。何故なら受けれたが最後、母なる星地球を追われ、彼らの侵略の先兵になるか、資源採掘を目的とした労働船に乗せられ死ぬまで働かせるかのどちらかしか選択肢が無い事が予め示されていたからだ。

 また、水面下で進行していたある計画を知る者たちがそれを留めていたこともある。



 人類にはまだ、ヤマトがある。



 その言葉の意味を正確に知るものは少ない。

 ヤマト。

 その言葉の意味は実に様々だ。アジアの国の1つである日本国の異名、それに由来し企業の社名として使われたり、土地の名前を指す旧国名でもある。

 そして、今ではすっかりと忘れ去れたもう1つの意味。

 それは戦艦大和。

 大東亜戦争において旧大日本帝国海軍が建造・運用した、旧世代の洋上戦艦としては現在でも最大最強を誇るとされる、大戦艦。
 大艦巨砲主義の極致とでも言うべき46p三連装主砲を備え、同時にその直撃に耐えられる堅牢な装甲を持つ。

 だがその艦は碌な活躍も出来ずに没したのだ。時代の流れはすでに航空戦力に流れていて、その自慢の大砲の威力を披露する機会には終ぞ見舞われなかった。
 皮肉にも、航空戦力全盛の時代のきっかけを作ったのが守るべき祖国であったことは、何かの運命だったのだろうか。

 かくして大和は深き海底に没した。100機以上の爆撃機の波状攻撃に曝され、多くの兵士達の亡骸を抱えて、北緯30度43分、東経128度04分の、坊野岬沖の水深345mの地点に沈んだ。



 だが誰もがその艦が人類の希望だとは露ほども思わなかった。何故ならその艦体は2つに折れ、転覆して沈んでいるのだ。現在ではほとんど原形を留めていない鉄屑。
 だからこそ、ほとんどの者はヤマト、という暗号で呼ばれる何らかの兵器が水面下で建造されているのだとあたりを付けていた。

 そしてそれは正しくもあり、間違っていた。
 そう、大和は生きているのだ。その体は朽ち果て2度と再び立ち上がることは出来ない。否、体はあるのだ。あのアクエリアスの中に。

 こことは違う別の宇宙で同様の歴史を辿りながらも原形を留めたまま沈み、遥か未来で宇宙戦艦として蘇って幾度となく地球の危機を救った、伝説の戦艦ヤマトが息を吹き返しつつあるのだ。






 そして現在、冥王星近海を航行中の旗艦ナデシコCのブリッジの中で、ミスマル・ユリカは瞑目していた。

 冥王星に艦隊を運搬するには、地球側はボソンジャンプに頼る他なかった。相転移エンジンの改良が進み巡航速度と航続距離は大きく強化されてはいるが、それでも太陽系内を短時間で航行する術はない。

 ガミラスの太陽系侵攻でターミナルコロニーを含むチューリップはほぼ全て壊滅し、ボソンジャンプを使うためにはA級ジャンパーによるナビゲートが必須となってしまったが、肝心のジャンパーのほとんどは火星の後継者に狩られてしまった。
 
 辛うじて存命していたジャンパーはミスマル・ユリカ、イネス・フレサンジュ、そしてテンカワ・アキトの3名。
 しかし内々ではコロニー連続襲撃事件の主犯とされつつも、公には正体不明・生死不明として存在自体がうやむやとされたテンカワ・アキトの足取りは掴めず、イネス・フレサンジュはネルガルの機密にかかわる研究に従事しているとされ軍事には関われない。

 そこで白羽の矢が立ったのがつい先月唐突に軍に復帰したミスマル・ユリカだった。

 火星の後継者の生体実験の影響で、生死に係わるほどの大病を患ったとされている彼女が復帰したことも、医師に止められているというボソンジャンプを平然と行使したことも軍部からすれば驚きではあったが、渡りに船であった。

 必死の調査の結果、ガミラスの太陽系進行の拠点となっているのは準惑星として太陽系の輪から外された冥王星であることが判明していたため、そこを攻略するためにはどうしてもボソンジャンプが必要とされる。

 地球側は総力を挙げて冥王星の基地に打撃を与え、僅かばかりの時間を稼ごうと必死だった。そのためなら、貴重なA級ジャンパーだろうが重病人だろうが、宇宙軍総司令の娘だろうが、1人の命になど構っている余裕はすでに地球に無い。
 最悪ここで彼女が死んでも、時間が稼げればお釣りが来るとすら考えている。

 彼女の協力で基地襲撃が可能となった事から、残存兵力の全てを寄せ集めて結成されたのがこの“最後の地球艦隊”であり、大戦中ナデシコでその勇名を“いろんな意味で”馳せた彼女にナビゲートでボソンジャンプ、相転移砲を用いて一矢報いる作戦だった。

 本当は数回に分ける予定だったジャンプを艦隊ごと一気に飛ばすという神業染みた真似をしたユリカのおかげで予定よりも早く行動に移れ、上手くいけば奇襲すら出来そうな予感がある。今は探知されないようにステルスを使用して静かに目的のポイントまで進軍している最中だ。

 今地球艦隊の士気は最高潮に達していた。木星が滅んだことで故郷を失った木星人達も、生き残った同胞の為、この状況に「一緒に敵を取ろう」と手を掴んでくれた地球の友達のためと、必死の形相で戦ってきた。

 皮肉なことに、ガミラスと言う強大な脅威を前に、人類は1つになった。いや、1つにならざるを得なかった。かつて木星を拒絶した地球も、地球を拒絶した木星も、もはやそんなことを言っている余裕はない。

 それでは勝てないと痛感させられ、同時に勝てたとしても荒廃の一途を辿る地球が――人類がその文明の再建を成すためにも、両者が争っていてはどうにもならないのだと悟ったのだ。



 目を瞑りながら、ユリカは頭の中で現状をあの時垣間見た“記憶”と比較する。

 (私があの時見た地球とは状況がまるで違ってる。あっちは7年近くも耐えられたはずなのに、こっちでは1年にも満たない短時間で追い詰められた……この違い、やっぱりあの時スターシアに教えて貰った、あれの影響かな?)

 ユリカの脳裏に浮かぶのは赤茶けて水と緑を失った死にかけた星。ユリカ達の地球とは異なる形で破滅に瀕した地球。それを救ったのがあの宇宙戦艦ヤマトと、救いの手を差し伸べてくれた愛の星。
 今、多少の差はあれど自分達も同じ状況に追いやられている。

 (果たして本当に、私はヤマトで地球を救えるのかな? 再建が成ったとしても、私は、沖田艦長や古代君の様にやれるのだろうか?)

 ヤマトは何度も地球を救った。これから自分達も同じ道を辿るのかはわからない。“記憶”は本当に断片的で主観的な情報でしかないから、それらを未然に防ぐ手段を構築することは事実上不可能。
 それに、自分はヤマトの全てを詳細に把握出来ていない。断片的に記憶を垣間見た程度で、それこそその時が来てみたら「あれ、これデジャブだ」と感じれるかどうかというレベルの、曖昧な物が殆どだ。
 特に個々の戦闘に関しては霧がかかって何が何だかさっぱり。まるで先入観を持って戦うなと言わんばかりの状態で、ユリカはヤマトの“記憶”を根拠に先手を打つことも出来ないし、実際状況が違うのだからと、そこに関してはきっぱり諦めた。

 だがそれでも、ヤマトが幾度も地球を救った事や、特に最初の航海の時の、地球の惨状は強く伝わっている。そして、ヤマトと最も近しい人のやり取りも、部分的には伝わった。

 だからこそ、例え僅かでも“記憶”を垣間見て、それを継ぐことを決意した自分が折れるわけにはいかない。

 (それでもやるしかない。私には、その責任があるんだ……それに、スターシアの好意を無駄には出来ない)

 知らず知らず拳を握り締める。今はただ、最後の希望ヤマトが目覚めるまで粘るしかない。
 ヤマトが属していた世界よりも遥かに早く屈しかけている地球を、少しでも延命して間に合わせるしかないのだ。

 そのためにユリカは、ここまで抗い続けてきたのだから。



 「ユリカさん、体調は大丈夫ですか?」

 艦長席に座ったホシノ・ルリが心配気に声をかける。目を瞑ったまま静かにしていたから、具合が悪くなったのではないかと考えたのだろう。

 「うん。まだ大丈夫。心配しなくても私って結構頑丈だから大丈夫だよ。ほら、この通り元気元気!」

 そんなルリにユリカは至って普通に、全く問題無いと言わんばかりに両手で力こぶを作るポーズまで取って見せた。

 「何だったら空も飛んでみせるよ!」

 両手を揃えて「シュワッチ!」とポーズを取って見せる。ルリは「貴方はどこぞの光の国の宇宙人ですか」と内心突っ込みながらも、

 「飛ばなくて結構です」

 ピシャリとユリカの冗談を叩き潰す。くすりとも笑わない真顔で叩き潰されたユリカは、

 「少しくらいノッテくれたって良いのに……」

 と両手の人差し指を顔の前で「ちょんちょん」と合わせてイジケル。

 彼女は今は、艦長席の右下にあるオペレーター席の1つに座っている。連合軍の軍服に身を包み、以前の彼女と一見変わらない様子で任務に挑んでいる。
 つい6週間前まで病院の集中治療室にいたとは思えないほど、平静に見えた。

 最近の彼女は明るく振舞おうと無理をしている様に感じてならない。一見何の問題も無く普段通りに振舞っているのだが、その瞳の奥には隠し切れない焦りと不安が浮かび、時折暗い表情を見せる事もある。
 だがそれも無理らしからぬと、彼女を知るものは心を痛める。
 ルリの様に旧ナデシコから関わりのある、またその容態を知っているハリやサブロウタ等の面々はしきりにその体調を心配し、無理をさせまいと振舞っている。

 ジャンプナビゲーター兼戦術アドバイザーという役職こそ充てられているが、実質ユリカがナデシコCで、艦隊で請け負う役割などボソンジャンプ以外に無いに等しい。いや、艦長であるルリがそれ以上の負荷をかけないようにと押し留めたのだ。

 案外素直に応じたユリカに思うところが無いわけでもないが、ルリはとりあえず従ってくれたことに安堵する。



 もう彼女の時間は残り少ないのだから。



 あの超常現象としか言いようのないアクエリアス出現の後、止めるも聞かずアクエリアスに没したヤマトなる戦艦の残骸をボソンジャンプを利用して強引に引き上げ、木星からかっぱらってきたという造船ドックの一角に収めた。

 それだけで終わりかと思いきや、ボソンジャンプを使って今度はドック毎アクエリアスの中に戻し、事前に用意させていたチューリップで内部へのゲートを確保すると、土星の衛星タイタンに出陣。
 ガミラスの目を掻い潜ってエンジンの構造材として必要だという未知の鉱石――コスモナイトの鉱脈の見つけ出し、ボソンジャンプを利用した採掘を行って地球にもたらした。
 他にも必要な鉱物資源を得るために散々ジャンプしまくったと聞いている。

 この時の行動力は本当に凄まじいもので、誰も邪魔する余裕が無かった。むしろガミラスの出現で混乱の極みにあるのを利用して好き勝手したと言っても過言ではない。
 さらにヤマトのデーターベースを持ち出してそこに収められている未知の技術の開示することにも成功する。ボロボロで2つに折れたヤマトの艦体を自由に移動するため、ボソンジャンプを使いまくったのは明白だ。

 まさに八面六臂の大活躍で、今までとは桁の違う凄まじいボソンジャンプの活用方法は間近に見たネルガルの方が情報隠蔽に走らざるを得ない程の物だった。

 その後はユリカの要望とアイデアを、イネスらネルガルが誇る天才頭脳の持ち主たちがヤマト伝来の技術を用いて形にしたのが、大きな改修もなく既存の機動兵器を強化する支援メカ、Gファルコンだ(正式名はGalaxy Falcon。「銀河の隼」の意)。
 エステバリス用に用意されていた高機動ユニットの発展後継品に当たり、これを対応改造したエステバリスに装備することで、つい最近とは言えようやくガミラスに対抗しうる機動兵器運用が可能となった。

 既存の相転移エンジンの改良も可能となり、ヤマトの物を複製して配備された新型ミサイルと宇宙魚雷をはじめ、幾許かの強化がされた艦艇は以前ほどガミラスに一方的に押し負けるケースは減っていた。とは言え根本的な解決には至っていない。

 また、最後の希望とユリカが過度と言える程期待を寄せる肝心要のヤマトすら、エンジン部分の再建が進んでおらず、形になっているのは増設予定の相転移エンジン部分位であった。
 本命である波動エンジン――ガミラスと同等のエンジンは未だに復元が完了していない。

 データが足りないのだ。たったそれだけの理由で、その心臓となる波動エンジンは復旧の目途が立っていない。

 それ以外の部分は順当に再建が進んでいるそうだが、何分ルリはナデシコCの艦長として忙しい日々を送っており、何とか合間を見つけてはユリカに会うのが精一杯なので、詳細は知らない。
 ただ、将来的には乗船の可能性があるとか何とかでネルガルの方から一方的な通達がある程度だ。



 彼女の功績は偉大だった。彼女が無理をしたおかげで地球はギリギリの所で踏ん張る事が出来たのは明らかであったが、これだけのことをした彼女の体がタダで済むはずもなく、当初5年程度を見ていた余命はついに6か月を宣告された。

 体は急速に衰え始め、歩行するにも難儀するようになって杖を必要とする様になったのは序の口である。長時間の運動は以ての外、筋力の低下も著しく、片足で立っている事が出来なくなったので着替えなどにも苦労の連続、入浴も1人では転倒の恐れがあって許可出来ないと言われた。
 筋力の低下は全身に及んでいるため体の線自体が細くなり、以前のユリカの象徴とでも言うべき健康的な魅力はすでに失われた。

 時折激しい頭痛や体のどこかしらの激痛に見舞われ、床やベッドの上でのた打ち回る事も増え、時には丸1日意識が戻らないこともある。
 髪から艶は失われ、油っ気のないぼさぼさ髪に変貌している。普段は誤魔化すために髪用の油を付けているくらいだ。とても妙齢の女性の髪とは思えない無残な有様で、抜け毛も増えた。

 追い打ちをかけるかのように消化器官の衰えから、液体に近い流動食の様な物でなければ受け付けなくなり、不足しがちな栄養などを補うためのそれは、味など到底期待出来るものではない。これでアキトの様に味覚が壊れているのならともかく、彼女の味覚はまだ健在なのだ。
 食事と言う楽しみを奪われたに等しいその心境は察して余りある。

 消化器官が衰え始めてからは、栄養の吸収率が下がったためか高カロリー食で辛うじて維持してきた体重も減少し始めている。幸いなのは消化器官が衰えたのが最近の為、ぱっと見少し痩せた程度にしか見えないことだろうか。



 止めと言わんばかりに、彼女の女性としての機能は完全に破壊され、2度と子供を産めなくなった。ナノマシンを除去しようとも、体の機能そのものが破壊されてしまってはどうにも出来ない。

 もうアキトが帰ってきたとしても、彼女は大好きな彼の手料理を堪能することは出来ない。
 彼との愛の結晶を残す事も出来ない。
 今のコンディションでは負担の面から愛し合う事すら危険と言われている。

 彼女が望んでいたであろう輝かしい未来への道は、永遠に閉ざされてしまった。その事実が告げられた時、運良く、嫌運悪くと言うべきか、ルリも同席していた。

 だから、その時のユリカの、一切の感情が削ぎ落されたようなあの顔は忘れられない。



 もう勘弁してくれ、私たち家族が一体何をしたというのだ! ルリは幾度となく心の中で叫んだ。1度は様子を見に来たハリに抱き着いて泣き叫んでしまったこともある。あの時は黙って聞いてくれたハリに感謝の気持ちで一杯だった。

 その上彼女は、必要と判断すれば命を削るボソンジャンプを躊躇なく使用する。――ジャンプをする度に彼女は何かが壊れていく。じりじりと、じりじりと、真綿で首を絞めるが如く追い詰められていく。

 ルリを始めとする彼女を知るほとんどの人間が限界が近づいていることをひしひしと感じ、自重を呼びかけるも受け入れられないという状況に心労を溜めている。

 今回のジャンプだって、直後にはナノパターンの激しい明滅が中々止まらず、自室に引き込んで襲い掛かってきた激しい頭痛に30分も悶え苦しんでいたのだ。それもイネスが可能な限り効果があるようにと処方した薬を飲んでなおこれだ。
 その姿をこっそりとモニターしていたルリが思わず絶叫しそうになったほど、凄まじい苦しみ方だった。直接ナビゲートしなくてもチューリップを通過する度に大小様々な苦痛が彼女を襲う。時には鼻血が止まらなくなって1時間近くも垂れ流し、輸血を必要とした局面すらある。

 その惨状にルリなど何度倒れかけたことか。必死に縋り付いて「もう休んでいて下さい!!」と必死に訴えてもユリカは決して首を縦に振らなかった。何度頼んでも「大丈夫。まだ希望は潰えてないから。むしろ希望を形にするためにも、私が頑張らないといけないんだ」と耳を貸さない。心配をかけまいとしているのか、それとも痩せ我慢をしているのか。自分に向けられる優しい笑顔が心を抉る。

 その希望が具体的に何のかを教えてもらえないルリ達にとって、理解に苦しむ行為だ。まるで死にたがっているように見えてしょうがない。



 ルリにとっては追い打ちをかけるようにアキトは未だに姿を見せない。ネルガルが匿っていることは見当がつく。軍に協力出来ないのは下手なことをしてテロリストだと知れてしまえば、彼の今後が危うくなるとの危惧かもしれない。だがルリとしては彼が姿を見せてくれさえすれば、A級ジャンパーとしての力を貸してさえくれれば、ユリカがここまでの無茶をしなくて済んだのではないかと思わずにはいられない。

 今、滅びの時が近づいているのだ。地球だけではない、ユリカも。



 本当にかつてのアキトは死んでしまったのだろうか。目的を達したら、彼女の事など、自分達の事など最早どうでも良いのだろうか。今自分達はこんなにも苦しんでいるのに。例え滅びるとしても、傍にいてさえくれれば、受け入れられるのに。

 ユリカは救出されてからと言うもの、ルリの前でアキトの事を自分から切り出した事は1度も無い。こちらが振っても乗ってこない。それどころか旧姓のミスマルで名乗るばかりで、まるでアキトの事を忘れようとしているような気配すら感じられる。

 それとも、先が無い自分の事などさっさと忘れて、他の幸せを見つけろと言う暗示だとでもいうのだろうか。

 ルリは勿論ネルガルに散々掛け合ってアキトの所在を求めた。彼女には時間が無い、会うように説得して欲しいと。ユリカにもアキトは必ず帰ってくるはずだから、信じてあげてほしいと訴えた。

 前者はまともな回答など帰ってくるはずもなく、後者にしても優しく微笑むだけで首を縦に振ることもしない。

 ルリは追い込まれていた。抜け出せそうにない絶望の闇に捕らわれそうになったことは、1度や2度ではない。

 その都度支えてくれたのがサブロウタやハリと言った新しい仲間達。ミナトやユキナと言ったかつての仲間達だ。その存在にルリは幾分心を救われた。特にルリを独りにしまいと躍起になっているハリの姿には申し訳なさと共に不思議な温かみを感じる程だ。
 同時にルリは、ユリカに無理を強いる原因を作っているガミラスに存分に当たった。それは憎しみと言うほどドロドロしているわけではない。
 強いているのなら子供が駄々を捏ねる癇癪に近い代物だった。

 しかしガミラスは強い。ナデシコCの全力でも足元に手が届くかどうかという状況に、ストレスは溜まる一方。最近は肌荒れも酷いし目の下にはクマが出来つつある。それでも指揮官として懸命に自分を奮い立たせて立ち向かっているが、いつ足元が崩れてもおかしくないなと、自分でも感じている程状況は悪い。

 だが!

 「作戦開始まであと5分です。各員各所、準備を済ませて下さい」

 ルリは全艦に指示を出す。ナデシコCはこの作戦の要だ。掌握は出来なくてもセンサー類のかく乱が出来る事はここ数回の戦闘で判明している。
 当初は降伏勧告などの通信もあったが、現在では侵入される危険を考慮してか、勧告もなく殲滅戦に移行されるケースがほとんどだ。
 そうでなくても徐々に対策が進んでいるのか、手応えが無くなっていくのが怖い。が、諦めるわけにもいかない。

 まだ、自分には為さねばならぬ夢がある。

 「っ!? 艦長、冥王星に動きがあります」

 ハリからの報告を受けてルリは気持ちを切り替える。

 「詳細を」

 「冥王星より艦隊出現。総数は60、駆逐艦が50に空母が9、それと未確認の大型艦が1隻。スクリーンに出します」

 そう言ってブリッジ前方に投影されたウィンドウにはガミラスの艦艇が隊列を組む様を映っている。
 まるでヒレを広げた魚のようなシルエットに目玉のような艦首の装飾、緑を基調にした有機的なデザインをした、ガミラスの駆逐艦と思われる比較的小型の艦艇を中心に、ヒトデを連想させる快速を誇る十字型の空母の姿も見える。

 そしてその隊列の一番奥、中央には地球艦艇に近いとも言える紡錘・葉巻型の白と緑のツートンカラーで塗られた、多数の主砲を装備した見慣れぬ艦艇がある。
 今まで地球が遭遇したどの艦艇よりも重武装で、洗練されたデザインは、初めて見るルリですらプレッシャーを感じる程の迫力を醸し出している。
 サイズも、今まで遭遇した駆逐艦型よりも大きくて、ナデシコCにも匹敵するサイズだ。

 ステルスを駆使して近づいたはずだったが探知されていたのか。それともこちらの行動などお見通しだったというのだろうか。予定よりも会敵が速い。

 恐れていた事態が現実のものとなった。その事にルリは肘掛けのIFSボールを強く握り締めて悔しさを露にする。
 地球艦隊の力では、奇襲以外で勝ち目が薄いと言うのに。

 「おそらく敵艦隊の旗艦、戦艦タイプだね……やっぱり出てきたかぁ。ここで私達を完膚なきまでに潰して戦意を折るつもりだよ。駆逐艦で接近してかく乱して、空母の機動部隊で追い打ち、トドメに後方の戦艦の長射程砲かぁ」

 ウィンドウに表示されたガミラス艦隊の威容を見詰めながら、ユリカが状況を分析し始める。

 「乱戦に弱い地球艦艇の弱点をもろに突いてきてるなぁ。決め手になるのが相転移砲しかないし、グラビティブラストは接近して減衰する前に当てないと効果薄いし、どっちも取り回しは悪い固定砲で当てること自体が一苦労だもんねぇ。新型ミサイルと宇宙魚雷だけじゃ、強力な回転砲塔を有するガミラスとの接近戦で勝つのは難しい。最低射程の問題もそうだけど、迎撃されて無力化されることも少なくないから、決定打にはならないんだよなぁ」

 ユリカの言葉通り、地球艦隊が大敗を喫している理由がまさにそれだ。

 「艦隊戦では圧倒出来るけど、航空戦だと主導権を地球に取られかねないって判断して、地球側の航空戦力の対艦攻撃力が低くい事を考慮して艦隊戦で撃滅、ってところかな? 元々ガミラスの大艦巨砲主義的な艦隊運用は地球の比じゃないくらい強力だし、十八番の戦術で完膚なきまでに叩き潰してやるぞ、って意気込みが伝わってきそう……ルリちゃん、冥王星にも注意を払って。もしかしたら長距離ミサイルとかで攻撃されるかもしれないから……木星を滅ぼしたあの大型長距離ミサイル、多分発射地点は冥王星基地だろうし――ガミラスは遠慮してくれないよ。私達を潰せば後は傍観しているだけで地球が滅ぶことを、知ってるだろうから」

 ユリカにしては珍しく感じる程、真面目で緊張感漂う声で警戒を促す。
 この場においては権限など無いに等しいユリカだが、その目に狂いは感じさせない。ブランクが長いというのにそこまで頭が回る辺りは流石天才と称されただけのことはある。

 ルリはすぐにその忠告を受け取って作戦を開始する。予定外の事態に多少慌てたが、ルリもユリカと同じ結論に達した。
 生憎とガミラスとの交戦経験はこちらが勝るのだ。ユリカに言われずとも行き着く答えは同じだ。
 でも敬愛するユリカが衰えていなくて、そして同じ結論に至れるほど自分も成長したのだと考えると、ルリは少しだけ誇らしく思える。

 消耗激しい軍部は人材不足の極みにある。それが祟ってルリは臨時の艦体指揮官を兼任することになった。それに合わせて戦時階級として大佐に昇進させられたが、そんなものはどうでも良い。

 艦隊司令に関してはユリカが自分から立候補したが、コウイチロウが許可を出さなかった。建前上は復帰したての人間に艦隊を任せられないというものだったが、娘に少しでも負担をかけたくないという親心に寄るものなのは明らか。それを察してか、ユリカは素直に従ったのでルリはその場は安堵したものである。

 ――尤も、ユリカが小さく舌打ちをしていたことは見逃さなかったが。そんなに戦いたいのだろうか。
 気持ちわからないでもないが、自重して欲しい。

 「敵のセンサーをかく乱して相転移砲で露払いをします。エステバリス隊は発進準備を。相転移砲の発射と同時に発進して下さい」

 指示しながら腹に力を入れるルリ。

 「ハーリー君、索敵・情報解析を任せます」

 「任せて下さい」

 ハリが力強く応じる。そこに、かつて艦の全てを任されて狼狽えていた姿は無い。

 「古代さん、相転移砲を始めとする火器管制、任せます」

 「了解!」

 新乗組員の古代進が緊張の滲んだ声で応じる。

 「島さん、艦の操舵を一任します」

 「了解……!」

 こちらも新乗組員の島大介がやはり緊張の滲んだ声で応じる。

 「ユキナさん、各艦にもナデシコの相転移砲に合わせて行動を開始するよう通達して下さい」

 「了解」

 と白鳥ユキナの声が元気のある声で応じた。

 ガミラスとの戦闘が激化する中で、切り札として投入されたナデシコCは幾らかの改装が施され、艦首重力ブレードの根本にミサイルランチャーが、さらにはエンジンの強化で禁断の相転移砲までもが追加装備されていた。
 一応ではあるが重力波通信の有効距離も延伸され、ガミラス艦に侵入した時のデータ等を参照に通信システムに改修を受け、かなり長距離からかく乱出来るようになった。
 流石に、完全掌握するにはデータが不足しているため、かく乱するのが精一杯だが、無いよりはマシだ。

 これらの改装の処置と、ルリが全力でかく乱に回らなければならないことから、ハリへの負担増大を懸念し、艦の管制システム自体に手を加えている。ブリッジ自体を小規模ながら改装し、あのヤマトを参考に管制席が増設された。

 火器管制を担当するスタッフとして古代進、艦の操舵担当として島大介が新たなブリッジメンバーとして乗船している。共にまだ18歳になったばかりの新人。学校を繰り上げで卒業してすぐにナデシコCに配属となり、この戦いが初陣となる。

 この人事には何故かユリカも口を挟んできて、この2名は「この役職が適切だと思う」と強引に意見を通した。正直気にはなったが、実際適正にも叶っているのでそのままにしたが、何かしら接点があったのだろうか。

 さらに通信士として白鳥ユキナも乗艦している。保護者のハルカ・ミナトには止められたが、持ち前の行動力で振り切って強引にナデシコCへの乗船を求めたのだ。彼女なりに、何かしたかったのだろうとルリは解釈して、深い理由は聞いていない。

 ナデシコCの隣ではかつての仲間であるアオイ・ジュンの乗る戦艦アマリリスがナデシコC防衛の為に陣取っている。

 かつてルリを「電子の妖精」と褒め称えていたアララギ率いる艦隊は、先の戦いでナデシコCを庇って全てが撃沈された。おかげでナデシコCは逃げ延びることが出来たが、ルリ達の心に重い影を残すだけで、事態は何ら好転しなかったのだ。

 今度こそ。

 ルリは決意を固めてガミラス艦に向け、かく乱のための欺瞞情報を強引に押し付ける。効果はすぐに見られた。地球側よりも射程が長いはずなのにガミラス艦は砲撃をしてこない。さらに隊列にもわずかだが乱れが見える。システムを途絶しようと抵抗がみられるが許してなるものか。ルリは額に浮かぶ汗を拭う事すらせず全力で妨害に努める。

 ナデシコCの、オモイカネの処理能力の大半がこのかく乱作業に使われる。強化された相転移エンジンをもってしても、このシステム掌握機能と相転移砲を同時に使えば一時的にエネルギーが枯渇してシステムのかく乱は停止、ナデシコC自体も再チャージにかなりの時間を要することになる。

 ここで打撃を与えられなければ一巻の終わりだ。

 そんな中でも進と大介は粛々と作業を進め、ハリの補助の下相転移砲の準備を整え、後はいよいよ引き金を引く瞬間まで来た。センサー類がかく乱されている今なら間違いなく決まるはず。相転移砲の加害範囲なら相当な打撃を与えられる、上手くいけば一網打尽も可能だ。

 引き金を握る進にも緊張が走る。普段から血気盛んで直情的な古代進ではあったが、緊張から額に珠の汗が浮かぶ。この一撃だけは外せない、戦果を上げなければならならない。何故ならこの戦場には進の大切な……。

 「落ち着けよ古代。慌てると仕損じるぞ」

 額に汗を滲ませながらも冷静な態度を崩さない大介が声をかける。絵にかいたような優等生タイプの島大介は、訓練生時代からの同期で親友の進を落ち着かせようとする。

 「わかってるさ。この一撃で全てが決まるんだ」

 親友の言葉に幾分冷静になった進は改めて相転移砲の照準を調整する。相転移砲の追加で変形機構を有した左右の重力ブレードの先端が開いて、相転移砲のシステムを露出する。そして、

 「相転移砲、発射!!」

 ハリの示したタイミングに基づいて相転移砲の引き金を引く。艦首に生じたエネルギーが敵艦体の中央に投げ込まれると同時に空間の相転移現象が広がる。

 「くっ、読まれちゃったか。あの状態で小ワープ出来るなんて、本当に侮れないよ、ガミラス……」

 まだ結果すらわかっていないはずなのにユリカが緊張に満ちた声を上げる。

 その言葉の意味を問い質す前に異変は起こった。

 「重力振多数、地球艦隊の真っただ中です!」

 ハリの警告が飛ぶと同時に地球艦隊の只中にガミラス艦が出現する。この現象は――。

 「ワープ!?」

 ユキナが引きつった声を出す。

 ワープ。それはガミラスが波動エンジンの力を利用して行う超空間航法の1種だ。

 ボソンジャンプの様にボース粒子への変換や時間移動などのプロセスを行わず、波動エネルギーが生み出す時空間の歪曲作用を用いて空間を歪めて、物理的な距離を限りなく0に近づけつたワームホールを自力で生成、その中を通過することで極々短時間で超長距離を移動するというものだ。

 ユリカによれば、ボソンジャンプでも理論上は同程度の航続距離を出すことは可能らしい。
 ただし、A級ジャンパーによるナビゲート能力をもってしても、イメージ能力の限界から単独では惑星間航行が限度で恒星間航行は座標指定の問題で危険極まりないのだとか。 容易に光年単位で跳躍するワープに対抗するには、イメージを補助する何らかのマーカーを使うか、高性能なチューリップを使用するか、果てはかつての自分の様に演算ユニットに生体ユニットを組み込んだ上でもっと突っ込んだアプローチが必要になる、との弁だ。
 どちらにせよ、現在の地球の技術力と理解度では、惑星間ボソンジャンプが限度らしい。例え通信のような使い方であったとしても。

 もっとも、逆にワープは短距離を移動するには色々と面倒な手順とより精密な制御が必要になるらしく、またボソンジャンプが演算ユニット側で転送先の物質と接触したり衝突しないように補正をかけてくれるのに対し、ワープでは艦艇毎に都度設定が必要だ。
 また、ボソンジャンプの様に個人単位、特に密閉空間にすら容易に出現する特性を持たないことから、星の海を渡るのではかなり有用だが、完全制御すれば経済や軍事で圧倒的なアドバンテージを握れると言うわけではないのだとか。

 未だに演算ユニットへのリンクをわずかとはいえ保持しているからか、彼女の発言には妙な説得力があった。
 とすれば、先ほどのユリカの発言は演算ユニットにリンクしているが故に、何かしら超空間的な感覚を持ってそれを知覚したとでもいうのだろうか。その事を確かめる前に自体は急変を続ける。

 「ルリちゃん、すぐに対処しないと危険だよ!」

 ユリカの指摘通り、事態は最悪だ。完全に虚を突かれた。機動兵器部隊の展開はまだ完了していない。
 それに地球艦隊にとって最悪の構図である接近戦に持ち込まれるとは。
 ガミラスにとっての必勝パターンにまんまとはめられてしまった悔しさも露に、ルリは応戦を決意する。

 「エステバリス隊の発艦を急がせて下さい! 古代さんはミサイルで可能な限りの応戦を!」

 センサーかく乱作業から解放されたルリがすぐに指示を出す。各所がそれに応じて対応しようとする中でユリカが進言した。

 「駄目、そんなんじゃ間に合わない! ルリちゃん、すぐに撤退しないと全滅しちゃう!」

 ユリカの声は、混乱を極めつつあるブリッジ内においても良く通った。

 「この状況で撤退しようにも振り切れません。そんなこともわからない貴方ではないはずです」

 ルリも務めて冷静に返す。元々速力その他で負けているのだ、全力で後退したところで逃げ切れるわけがない。――通常航行では。

 「私がナビゲートしてジャンプで逃げれば何とかなる! 各艦にデータリンクとボソンジャンプフィールド展開の指示を出して! このままじゃみんな無駄死にする!」

 切羽詰まった声で提案するユリカに、ルリは頭に瞬時に血が昇った。かつてないほどの感情の発露を現すかのように、シートの肘掛けを思い切り叩いて反抗した。

 「これ以上負担をかけないで下さい! 貴方の体はもう限界が近いんですよ!」

 「だからと言ってこの場でみんなを無駄死にさせるわけにはいかないでしょ!――ルリちゃん、個人的な感情で見殺しにするの!? それでも艦隊司令なの!!」

 激昂するルリにこちらも怒鳴る様に対抗するユリカ。この2人のやり取りに他のクルーも戸惑いを隠せない。ユリカとは初体面になる進や大介ではあるが、事前にルリから彼女が重病人であり、本来は現場に出るべき人間ではないことだけは釘を刺されている。

 それ故にまだ若く血気盛んな進などは、内心場違いな人がいると考えているし、真面目な大介はむしろ体調を気遣う事も多く、ユリカが見せたナビゲート能力や戦術眼に素直に感心している。



 こうしている間にも状況は刻一刻と悪化していく。味方の艦載機の展開が追い付いてないのに高速十字空母は凄まじい勢いで全翼機型の航空機を展開して、防衛艦隊に次々にミサイルを叩きつけてくる。

 ナデシコCもエネルギーの枯渇で満足な戦闘行為が望めない有様で、その影響もあって艦載機の展開作業が遅れに遅れている有様だ。まだ1機も出撃出来ていない。
 ボソンジャンプフィールドはもちろん、ディストーションフィールドも予備電力で辛うじて形成出来る程度と、エネルギーの枯渇は深刻だった。

 今は隣のアマリリスや駆逐艦アセビが懸命にナデシコCを庇ってくれているが、徐々にその身に傷を刻みつつある。他の艦艇も似たようなものだ。驚くべき程の速さですでに半数近くの艦艇が傷つき、沈もうとしている。
 辛うじて展開した艦載機も、出撃した傍から艦砲射撃に巻き込まれて撃墜されていく。
 それを免れた機体も敵の航空編隊にかく乱され、母艦の援護もままならぬまま嬲り殺しにされていく。

 全員がまさかのワープ戦術に浮足立ち力を出し切れていないのが手に取るようにわかる。
 ガミラスもそれで遠慮してくれるわけでもなく、容赦なく砲火を地球艦隊に向け、1隻も残らず冥王星の海に沈めようとしているのがヒシヒシと伝わってくる。



 ルリは歯を食い縛って悔しさを露にする。強く噛みしめた歯茎も、握り締めた手も痛いが、それ以上に痛いのは心だ。またユリカに負担をかけなければならない。
 ルリが迷っている間にも被害は拡大し、ついにナデシコCにも命中弾が発生する。右舷重力ブレードの先端だ。まだ大事には至らないがここが破壊されたらジャンプフィールドはおろかディストーションフィールドも張れなくなる。

 「……ユキナさん、各艦に通達。ナデシコとデータリンクしてボソンジャンプフィールドを展開。ボソンジャンプで撤退します」

 ルリは決断した。ユリカを苦しめてでも、この場を生き延びあるかどうかわからない次に備えると。いや、冥王星から地球まで帰還するにはどちらにせよボソンジャンプが必要になるため彼女を苦しめること自体は最初から決まっていた。

 だがルリは辛さから目をそらしていたのである。それに勝ちさえすれば少しくらいは休息を与えてコンディションを整えることだって出来ただろうと希望的観測に縋っていた。自分達が不甲斐ないから、彼女の体調を整える間も無く再ジャンプすることになってしまった。

 「了解……各艦に通達します。ナデシコとデータリンクを開始してボソンジャンプフィールドを展開して下さい。ボソンジャンプで戦域を離脱します。繰り返します――」

 ユキナが各艦にルリの指令を伝達する。その目には薄っすらとだが涙さえ浮かんでいる。悔しくないわけがない。可能な限りの手を尽くしたはずなのにこの大敗っぷり。そして、ユリカが無茶をすればまたルリが悲しむ。

 「艦長、アセビが命令を拒絶しています!」

 各艦から了解の返事を受ける中、駆逐艦アセビだけは命令に背き、敵艦隊の只中に突撃を開始した。

 「艦長は誰ですか? 命令に従うように言って下さい」

 ルリはアセビに再度通達を指示する。ユリカを苦しめてでも助けようとしているのに逆らわれたら堪ったものじゃない。この場においては1人でも多く、1隻でも多くを助けて逃げなければ明日すら危ういのだ。

 「アセビ艦長の古代守中佐から通信です」

 「ホシノ艦長。ここは自分が引き受けます。ナデシコは他の艦を連れて、早く行って下さい」

 ウィンドウに移った古代守艦長が静かに告げる。他の乗組員の表情も穏やかなもので、それが決して艦長の独断ではないことを示している。

 「何を言っているんだ兄さん! 撤退の指示が出てるじゃないか!」

 口を挟んできたのは守の弟である進だ。彼にとって兄と共に戦場に出るのはこれが初めての事であり、相転移砲発射の際気負っていた原因だ。相転移砲を仕損じれば確実に艦隊は殲滅される。それは自身の死だけでなく、唯一残った家族をも失うことを意味していた。
 それだけに進は敵に背を向けて逃げる屈辱よりも兄がまだ無事で、共に逃げ帰れることに内心安堵を覚えていたのだ。

 「進、これは誰かがやらなければならないことだ。今生き残らなければならないのはナデシコ、いやホシノ艦長とミスマル大佐だ。彼女たちが残れば、きっと地球は救われるさ」

 柔らかい笑みを浮かべ、守は断言する。彼は知っている、要請が来ていたから。地球を救う最後の希望が目覚めようとしていることを。そしてそれを操る人間は、ナデシコCとアマリリス乗船している面々であることを。この2隻を最小限の被害で守り抜くことこそが、自分の役割であると悟っていたのだ。

 「兄さん!!」

 「古代艦長。撤退します。同行して下さい」

 ルリは進を咎めようとせずに繰り返し命令する。家族を奪われる悲しみはルリ自身が一番良く知っている。だからこそ守も連れ帰ってやりたいという気持ちが強い。

 しかし、守は従わない。

 「ミスマル大佐。ボソンジャンプをお願いします。他の艦の準備も終わる頃でしょう。進、強く生きろ。俺達の地球を頼んだぞ!」

 守の言葉にユリカは顔を歪め、両手を握り締める。その目はルリ達と同じ、納得出来ずに従うことを求めている。
 同時に彼の行動で少しでもかく乱すれば、いや、生贄を残すことで撤退した部隊が追撃を受ける可能性を減らせると、彼女は理解していた。だが、よりにもよって進の兄を置き去りにしなければならないなんて。

 「ミスマル大佐、地球を、進を頼みます。最後の希望を、貴方達に託します」

 「……」

 そこまで言われて、ユリカは決意した。この場で恨まれたとしても、生き延びて明日を掴むと。――そして、彼の弟は自分が導いて見せると。

 「――ジャンプします。あと10秒」

 感情を押し殺して静かに告げたユリカに進が噛みつく。

 「何言ってんだアンタは!? まだ兄さんが……!」

 「ユリカさん駄目! 説得しますから時間を――」

 「ジャンプ」

 その一言で運命が決定した。進とルリが止める間もなくナデシコCは数隻の艦を伴ってボソンの輝きと共に冥王星海域から離脱した。

 そして、残されたアセビは猛奮戦の末魚雷を撃ち尽くし、十字砲火を浴びて爆発炎上。宇宙の彼方へと消えていった……。



 その戦場の脇を掠めるように超高速の移動物体が通過したことを知っているのは、余裕のあったガミラスの旗艦とジャンプ寸前のユリカだけだった。









 「何で! 何で兄さんを見捨てたんだ!! 連れ帰れたはずなのに!!」

 「古代やめろ! あの場は仕方なかったんだ!」

 ナデシコCのブリッジは騒然としていた。兄を見殺しにされた事で激情に駆られた進は、素早い身のこなしで自分の席を飛び出してユリカに掴みかかった。
 大介が止めようとしても止まらず襟を掴んで引っ張り上げて渾身の力で頬を殴りつけようと腕を振りかぶる。

 ユリカは抵抗の意思を見せない。

 ジャンプ直後ではお馴染みとなった、ナノパターンの発光の止まぬその瞳は、真っすぐに進を見つめ先を促しているようにも見える。

 まるで、断罪されたがっているようだ。

 その目が癪に触って、進は拳を振り下ろす。

 望み通り、その顔を思い切り殴り飛ばしてやる!

 「お願いだからやめてぇぇぇ!!」

 上から浴びせられた悲痛な叫びに、進は冷や水を浴びせられたかのように硬直する。
 ユリカを殴りつけるはずだった拳は寸でで止まり、届くこと無かった。

 ゆっくりを顔を上げて声の方向を仰ぐと、そこには両目からぼろぼろと涙を零して進に訴えるルリの姿があった。

 「家族を奪われる苦しみはよくわかります! 私だって、私だって経験者です、経験者だからよくわかります! でもお願いだからやめてぇ! ユリカさんを殺さないでぇ!! もう私から奪わないでぇ!!」

 嗚咽交じりに訴えるルリの姿に進は戸惑う。幾らなんでも大げさ過ぎると思った。1発殴り飛ばしてやろうとしただけなのに。



 しかし、その意味をすぐに知った、そして思い出した。

 「う……っ!」

 呻き声が聞こえたと思ったら、ユリカを掴み上げている左手に生暖かい液体が触れる。ぎょっとして視線を向ければ流れるような鼻血を出して、焦点の定まらない目をしているユリカの姿があった。
 素人目にも危機的状況であると事が一目で窺える。

 そうだ、彼女は人体実験の後遺症で重病人だったのだ。肉親の死に錯乱し、見捨てた張本人相手とはいえやり過ぎた。
 もしも本当に殴っていたら殺していたかもしれない。

 そこでさらに思い出した。彼女はルリにとって愛してやまない家族で、1度は失ったと思われていたことを。本人の口からそう告げられて、様子がおかしかったらすぐに知らせるようにと懇願された程だ。
 進の頭からさっと血が下りて顔が青くなる。

 そこまで進が思いついたところで遅れた大介が進からユリカを引き剥がして席に座らせ、持っていたハンカチで出血を抑えようと宛がうが、白いハンカチはあっという間に朱に染まる。
 間髪入れずにユキナに医務室に連絡するように指示を出すと、ユキナもすぐに応じて艦内通話を立ち上げる。
 主治医というべきイネスは同乗していないが、代理にと派遣された医師に引き渡さなければ。

 ブリッジは先ほどまでとは別の意味で混乱していた。ユキナからの連絡を受けて大急ぎで駆け付けた医師は、同行させた看護師2名と共にユリカの容態を確認すると、注射器を取り出して薬を注射する。
 この場では手に負えないと判断したのか、用意してきた担架を使ってすぐにユリカを運び出す。

 ユリカが運び出された後のブリッジには、心配そうにユリカが出て行ったドア見つめるユキナ、ルリに駆け寄りたいのを我慢して各艦の状況確認を懸命にこなすハリ、「気持ちはわかるが自重しろ!」と進を叱り飛ばす大介、艦長席で嗚咽を漏らして泣き崩れるルリ、そして左手に付いたユリカの血と泣き崩れるルリの姿に怒りも冷めて呆然としている進が残された。



 しばらくして医務室からユリカは持ち直して小康状態になり、しばらくは医務室で監視の元休養することになる。病状の進行については現状でははっきりしないと言う一言が、ルリの心をさらにかき乱す。
 既に余裕の無いルリは進を罰しようとも注意もせず、ただ自分の家族が彼の家族を見捨てる決断をしたことを謝罪しつつけ、出鼻を挫かれた進はルリが落ち着くまでその場に釘付けになった。



 「御免なさい古代さん。本当なら私は、貴方を止められるような立場に無いのに」

 泣き続けて目元を赤く腫らしたルリが何度目かの謝罪をする。

 結局あの後職務遂行は無理と判断した副長の高杉サブロウタが格納庫からブリッジに舞い戻り、ルリと進をブリッジから追い出した。
 厳密に言えばルリにはあの場を納める義務がある。

 そもそも役職こそ浮ついたものだが、まだまだ駆け出しの新兵である進が、一応は大佐の階級を授かっているユリカに手を挙げるのはご法度だ。
 だがルリはそんなことなど考えもつかず、家族が進にした仕打ちにのみ意識が向いてしまっている。

 「いえ、僕の方こそすみませんでした。つい、カッとなって」

 流石にルリ相手に当たり散らすわけにもいかず、進はこの場を収めにかかる。

 「わかってるんです。家族を奪われることがどういうことなのか……ユリカさんだってわかってるんです。わかってるはずなんです……」

 懸命に訴えるルリに進はバツが悪そうな顔をする。これではまるで虐めているみたいだ。

 「ユリカさんだって、アキトさんを、最愛の夫を奪われて今日まで会えてないんです。それなのに、それなのにあんな決断をしなければならなくなって、きっとユリカさんだって辛いはずなんです。許してくれとは言いません。でも彼女に当たるのだけは勘弁して下さい――殴りたいのなら代わりに私を殴って下さい。止められなかった私も同罪です」

 そんなことを言われても困る。殴り飛ばしたかったのは見捨てた張本人であってその関係者ではないし、そもそもルリに対しては敬意こそあれど敵意は無い。

 「いえ、もう良いんです。感情的になってすみませんでした」

 進は頭を下げると居たたまれなくなってその場を後にする。残されたルリはそんな進を沈痛な面持ちで見送り、涙を拭うとブリッジに戻るべく踵を返した。



 「ようハーリー、頑張ってるじゃんか」

 「からかわないで下さいよ、サブロウタさん」

 ブリッジでは逃げ帰った艦隊の状況確認が終わり、クルーの面々は沈んだ表情で粛々と己の職務に没頭している。

 全員が気落ちしていた。最後の反抗作戦は無残にも完敗で終わってしまった。

 生き残った艦は半分以下の12隻。どの艦も損傷激しくまともな戦闘能力は残されていない。ナデシコCも損傷こそ右舷重力ブレードの破損程度だが、この艦単独で敵に勝てる等という夢物語を語る者がいるはずもない。

 全員が理不尽な現実に叩きのめされ、明日への希望を失いつつあったのだ。

 そんな中でも極力平静に振舞おうとしているのが、マキビ・ハリと高杉サブロウタだった。
 職務遂行が不可能と判断してルリをブリッジから追い出したサブロウタは、すぐに副長としてハリが行っていた艦隊の損害確認作業を手伝いつつ、ナデシコC自体の状況確認を済ませると泣き言1つ言わずに頑張ったハリの頭をわしわしと乱暴に撫でてやる。

 以前なら子ども扱いを怒っていたハリも、今はこの程度の事で文句を言う事は無い。――例外があるとすれば、ルリの前で賑やかしを目的とした時位だ。

 「いやいや、上出来だぜハーリー。良く艦長をフォローしたな」

 「僕はただ、艦長の助けになりたいだけです……艦長、この1年追い込まれてばかりで、可哀そうですよ」

 ルリの話題になるとハリも気落ちを隠せない。ルリがユリカを助け出した直後、とても嬉しそうにしていたのを見ているだけに、自分の命を鑑みないユリカの行動にも腹が立つし、それを見せつけられて追いつめられるルリの姿は、もっと見たくない。

 だからこそハリはせめてルリの負担が少しでも軽くなるようにと、ガミラスとの戦いが始まってからは甘えを堪えて懸命にルリの補佐を務めあげてきた。
 幸いにもサブロウタと言う兄貴分の存在のおかげで、ハリの手落ちもすぐにフォローされた。
 時間を作ってはルリに余計なことを考えさせないようにと、邪魔を覚悟で一緒に食事をしたり他愛もない話をしたり、時には真面目に職務の話をしたり。

 サブロウタと二人三脚で、今日まで支えてきたのだ。

 「何で、何でユリカさんはあんな無茶を重ねるんですか? あんなことしても艦長を追い込むだけだってわからないんですか? それとも、テンカワ・アキトさんに、旦那さんに捨てられたと自棄になってるんですか?」

 矢継ぎ早に不満を訴えるハリに、サブロウタは神妙な面持ちで自分の意見を語る。ここはおちゃらけて見せる場面ではない。

 「さあな。だけどよ、俺は彼女が自棄になってるようには見えないぜ? 何と言うかこう、もっと先を見据えて、そのための準備として無茶をしているような気がするんだ……例のヤマトも、この状況じゃあどこまで役に立つかわからないが、読ませてもらった資料の限りじゃ、あれだけがガミラス野郎に対抗出来る現状唯一の戦力だ」

 サブロウタも将来的な乗艦を打診されている身の上なので、ネルガルから送られてくるヤマトの資料には最低限ではあるが目を通している。目を通した後は要廃棄を求められているためすでに破棄して手元に無いが、そう思わせるには十分な事が書かれてはいた。

 最も、戦艦1隻でどうにか出来るような状況ではないと冷静な軍人としての自分が警告もしていたがこの場は気休めでも期待しておいた方が良いだろうと思う。

 「まあ、先の戦争じゃあ俺達は結局ナデシコA一隻に振り回されて、終戦まで持ち込まれたようなもんだけどな」

 と回想する。あの火星での痴話喧嘩は今でも覚えている。
 その時のやりとりが、自分達の今を決定付けたことを考えると感慨深くもあり、同時にそのきっかけとなった夫婦が、かつての自分達の大将に蹂躙されて悲惨極まりない状況に置かれていると考えると、サブロウタとしても何とかなって欲しい思うことはある。
 そもそも何とかなってくれないと、敬愛する我が艦長殿がどうにかなってしまいそうで怖いのだ。フォローも限界に近い。

 今のルリにとって、アキトとユリカは過去ではなく現在なのだ。

 彼女にとって渇望して止まない、幸せの象徴。

 それがこんな形で壊れていく様を見せつけられるくらいなら、それこそ本当に事故死していたとか、実験中に死んでいたとかの方がマシだったと思う。辛い現実には違いないが、生々しさを感じないだけルリにとっては救いになったはずだろう。
 それがこうも生々しく、確実に壊れていく様を見せつけられるのは、ユリカに近しいとは言えないサブロウタですらキツイと感じることがあるのだ。

 とにかく、今は救いが欲しい。それがサブロウタの本心だ。

 「本当によ。どうにかなって欲しいぜ」

 切実な願いは、空しくブリッジ内に拡散して消える。

 その願いが現実のものとなるのは、まだ少しだけ先の事なのだ。






 ルリと別れた進は行く当てもなく艦内を歩き回る。本当ならブリッジに戻るべきなのだろうが今は戻りたくない。どうしてかは知らないが、特に咎められていないことを考えると今は戻ってくるなと言う暗示にも思える。

 進は艦内を徘徊する。気が付くと医務室の前に足を運んでいた。考えもなしにそのドアを潜ると戦闘での負傷者や、倒れたユリカがベッドの上に寝かされている。

 負傷者連中は呻き声を挙げて苦しんでいるが、対照的にユリカは静かだった。
 だがその目は完全には閉ざされておらず、虚ろな視線を天井に向けている。
 半開きになった口からは呼吸音に交じり声の様な物も聞こえるが、言葉を成していない呻きに近いものだ。

 最後の撤退で使ったボソンジャンプの反動。それが彼女の体を蝕んでいることは明らか。
 最後の肉親を見捨てた張本人だというのに、進は掴みかかった自分を恥じたい気持ちで一杯になった。

 彼女もまた、命を懸けて自分達を救ったのだと思い知らされた。何となしにその顔に触れてみようと左手を伸ばすと、拭い去るのを忘れていた彼女の血がこびり付いていた。
 すっかり乾いて黒ずんだそれは、ユリカの表情と合わせて進にこれ以上無く“死”を連想させて欝な気分にさせられる。

 結局踵を返して医務室を後にしたところで、進はある女性に呼び止められた。

 「古代君、手に血が付いてるけど、どこか怪我でもしたの?」

 振り返って呼び止めた人物を確認すると、医療班に配属された森雪の姿を認める。
 彼女も今回の作戦でナデシコCに配属された新人で、進は大介と共に、乗船前の集まりで知り合っていた。
 同期の中でもとびっきりの美人さんなので、その時は大介と共に舞い上がったものだが、今はとてもそんな気分ではない。

 そう言えば、先程ユリカを運んだ看護師の中に居たような気がする。

 「……いや、これは。ミスマル大佐の血だよ。俺が、掴みかかった時に付いたんだ」

 罪を告白する気分で雪に告げる。
 ある意味進は誰かに罰して欲しかったのかもしれない。罵倒して欲しかったのかもしれない。
 守を失った悲しみに飲まれていたとは言え、見殺しにしたとは言え、文字通り命を削って自分達に協力してくれた人に手を挙げた後悔。
 軍の広告塔として名を知られ、密に憧れていたルリを泣かせてしまった事のバツの悪さ。
 いろんな感情が入り混じって自分でもどうしたいのかがわからない。ぐちゃぐちゃの心境だった。

 「そう、お兄さんの事ね」

 雪は悲しみに顔を俯ける。乗船前に知り合った進と大介と仲良くなった雪は、話の流れで進の兄、守がこの作戦に参加していることも知っていたし、その乗艦がどのような結末を迎えたのかも、知っている。
 出会って間もないとはいえ同期生で、しかも兄・守の事を自慢げに話していた進の姿を知るが故に、雪も悲しかった。

 雪はポケットからハンカチを取り出すと近くにあった化粧室に入り、水道でハンカチを濡らして進の元に戻り、手に付いた血を拭ってやる。乾き切った血は簡単には落ちない。濡れたハンカチも黒ずんだ血で汚れていく。
 その光景がまるで雪に自分の汚れが移っていくような気がして進はことさら気分が悪くなった。

 「もういいよ。自分で洗ってくるから」

 と雪からハンカチを取り上げて「後で洗って返すよ」と一方的に告げてその場を去る。雪が悲しげに自分を見つめていることは察したが、今は他人に優しく出来る余裕など、ありはしなかった。



 そんな進を見送りながら、雪は医務室に戻ってベッドに横たわるユリカの姿を見詰める。
 彼女が何をしようとしているのか、雪は知らない。だが、命を削ってでも成し遂げたい何かがあるのだと言う事を、本能的に察していた。
 だから雪は、彼女の世話を任された時から真摯に接してきた。

 初めて会った時、「これからよろしくね、雪ちゃん!」とやたらフレンドリーな対応をされた時は面食らったが、彼女の人柄は好ましく思えたのですぐに仲良くなれた。――天然故に偶に会話が噛み合わなかったりすることがあるが。
 ユリカの病状やそもそもなぜそうなったのかについては聞かされていたが、聞きしに勝るとはまさにこの事。
 ユリカの衰弱は激しく、普通の人間ならとっくの昔に心折れて自殺しているだろうと半ば確信する程だ。

 彼女がどうしてそこまで耐えらるのか疑問に思っていたが、雪はこっそりと教えて貰えた。
 
 火星の後継者等の悲惨な事件には素直に同情し、怒りを覚えた。

 問題は、その後始まった子供時代から始まってナデシコで再会し、結婚に至るまでの惚れ気話の数々だ。

 延々と数時間にも渡ったそれは、色恋沙汰に興味津々の雪であっても少々辛い物であり、「はいはいご馳走様でした」で済ませたくなった事は数回では利かない。

 とは言え、そこまで熱烈に愛せる人がいるという事は、羨ましく思えるし、自分もそのような相手に巡り合いたいと漏らすと、

 「大丈夫だよ。雪ちゃんなら、きっとすぐにそんな人に会えるよ」

 と断言されてしまった。なぜユリカが良い切れたのかは長らく不明だったが、間違った言葉ではなかった。

 雪は確かに、そんな人に巡り合えたのだ。

 「ユリカさん。貴方も、旦那さんと再会出来ると良いですね」

 虚ろな目で天井を見つめるユリカを見詰めながら、雪は願う。

 彼女の体調は深刻で、まだ医療従事者としては日が浅い雪の目からも絶望的だ。そして、地球も救われる事は無いだろうと思う。
 ユリカは「最後まで諦めちゃ駄目。まだ地球には希望が――ヤマトがあるから」と口にして、雪を励ましていた。
 それが何なのか詳細までは語ってくれなかったが、ヤマト、と言う名前には妙に心惹かれる。
 少なくとも、患者が諦めていないのに医療従事者が諦めるわけにはいかないと、雪は気持ちを前向きにして頑張ることを決めた。
 
 だから、最後の日を迎えるよりも先に彼女が夫に再会出来る日が来ることを切に願う。そのためにも、彼女を1秒でも長生きさせるために、努力を積み重ねるしかない。

 今の自分には、それしか出来ないのだから。









 冥王星での戦いで敗走してから2日が過ぎた。残存艦隊はユリカのナビゲートで火星近海にジャンプアウトしていたが、残存艦の大半が傷つきまともに航行出来なかったため、最低限の補修を試みたり、駄目だとわかると生き残った艦への移譲が迫られ、時間を取られたのだ。
 最終的に稼働出来たのは戦艦アマリリスとナデシコCを含め8隻に留まり、他の艦はその場に捨て去って帰路に就くことになる。とは言えナデシコC以外の艦は沈んでいてもおかしくなかった所を救われる形になったため、敗北の屈辱は堪えたが、生き残った全員が「次がある」という前向きな気持ちをもって踏み止まっていた。オープン回線で流れた守とナデシコCのやり取りが、生きてさえいれば抗う事が出来ると、彼らの背中を支えたのだ。

 改良された相転移エンジンの巡航速度なら、ここから地球に戻るまで約2週間と言ったところだ。

 ユリカの容態も落ち着き、意識を取り戻したのも丁度この時。本人曰く多少のふらつきはあるが特別変わったことは無いとのことで、何とか現況維持に成功したらしいことが伺えた。これには医者も胸を撫で下ろし、ルリも安堵の表情を浮かべた。
 ただし無茶したことに対しての小言と癇癪は口を吐いたが、ユリカはその胸にルリの頭を抱き締める事でその場を収めた。昔のような潤いと張りを失った肌に悲しみを覚えながらも、大好きな姉の胸に抱かれたルリは一時の幸福を感じていた。

 願う事ならばもっと味わいたい。ご都合主義だろうと何でも良いからユリカが全快して、アキトも帰ってきて、また家族の生活を味わいたい。

 そう考えたルリにとっての誤算は、途中で堪えきれなくなったのか、

 「ホントに心配かけてごめんねぇ! もうジャンプしないから許してぇ〜〜〜!!」

 と泣き出したユリカに全力で抱きしめられて、口と鼻がその豊かな胸元で塞がれて息が出来なくなったことだろう。必死に腕を叩いて訴えるも、ユリカは泣きじゃくるばかりで一向に気付いて貰えず、結局ルリが気絶してからようやく放して貰えたとか。

 後数分遅かったら、ルリは天国に旅立っていたと告げられ、医師に怒られて気落ちしているユリカに「気にしてませんから」とフォローしてその場は終わらせる。

 しかし……。

 (私も、あれくらいのボリュームが欲しかったな……)

 医務室を出てからそっと両手を自らの胸元に宛がう。ユリカに比べると慎ましやかで主張の少ない胸元に言いようのない敗北感を抱えながら、ルリはブリッジへと戻る。

 今後成長する事はあるのだろうか。して欲しいなぁ。



 ブリッジも敗戦の重い空気を何とか逸脱し、落ち着いた様子を見せている。雑務を片付けたハリとサブロウタは、交代でルリに構って心のケアに努める。

 つい先程等は、ユリカの見舞い行ったルリが医務室を出るタイミングでハリを送り込んで捕まえさせて、一緒に昼食を取らせたり、戻ってきたルリに今度はサブロウタが真面目に職務の話を振りつつ何時も軽い調子を披露して、彼女が極力暗い考えに捕らわれないようにフォローに奔走している。時にはユキナも混じってとにかく賑やかな状況を作ってルリの気持ちを持ち上げようと努力を重ねる。

 そんな仲間達の気遣いにルリは間違いなく救われ、癒されていた。肝心のユリカも、アキトも、そして住むべき世界の未来も先を感じさせないお通夜ムードを払拭出来て無いが、幾分気持ちがマシになった。それに先程の見舞いでユリカからも、「ジャンプはもうしない」と断言されたことで気分的にはかなり持ち直せた。――全力全開なハグもしてもらえたし。

 何かあれば使いそうな予感がするが、突っ撥ねられていた今までに比べれば遥かにマシだ。少なくともジャンプが原因でこれ以上病状が悪化することだけは無いと思えるだけで。



 後は地球の現況をどうするか、どうやってガミラスを退けるか、どうやって……ユリカの体を癒すかが今後の課題だ。

 そこまで考えると、今まで意識していなかった宇宙戦艦ヤマトの事が気にかかり始める。ユリカが命を削って再建を指揮した並行宇宙の戦艦。彼女はヤマトを指して「厄災に立ち向かうための希望」と断言した。どうしてユリカがあの艦の事を知りえたのかは何となく察しが付く。

 演算ユニットだ。時間と空間の概念が無いとされる空間跳躍システムのブラックボックス。恐らく火星から地球に帰還する時のジャンプ中に何かあったに違いない。その時に彼女は厄災――ガミラスの襲撃とそれに対抗出来る希望――宇宙戦艦ヤマトを知ったに違いない。そう考えればユリカのあの行動も説明が付く。

 そうだ、あの時彼女はヤマトを指して「片割れ」と言った。だとすればもう1つ、もう1つ何らかの“希望”を知り得たに違いない。だがユリカはその事を今まで1度たりとも口にしていないため、何のことを指しているのかわからない。

 だがもしかしたら、その片割れとヤマトがそろうことで、この状況を打破するどころか、完全にひっくり返すウルトラCが実現するのかもしれない。

 心労が和らぎ幾分聡明さを取り戻した頭脳がその可能性に行き着いた時、ルリは心に決めた。
 兼ねてからの要請通り、ヤマトに乗る。
 愛着のあるナデシコを降りるのは辛いが背に腹は代えられない。ユリカも恐らくは乗り込むはずだ。
 軍に復帰したのはそのためで、反抗作戦に同行したのも、やたらと口を挟んできたのも自分がまだ健在であることを、この脅威に対して命を捨てる覚悟で挑む心意気を持っていることを、示すためではないのだろうか。

 そうと決まれば話は早い。早く地球に帰還してヤマトの再建に協力しよう。後はエンジンさえ、エンジンさえ完成すればヤマトが使えるようになる。

 ヤマトの力で何とかガミラスを退ける事が出来れば……。あそこまで進んだ科学文明だ。医療技術だって進んでいるはず。その技術を手に入れる機会も巡ってくるに違いない。
 少なくともこれまでの戦いで、特にルリのシステム掌握を試みたことで、ガミラスがヒューマノイドタイプの知的生命体であることだけはわかっているのだ。
 だとすれば地球人に応用出来る可能性も残されている。今はそれに縋るしかない。

 ルリの心にここ最近感じることの少なかった2文字の言葉が蘇ってくる。



 “希望”の2文字が。



 「艦長、本艦の右後方から高速で接近する物体1!」

 レーダーを見ていたハリの声に意識を切り替えて情報をウィンドウに表示させ、ルリ自身も解析を試みる。

 「これは……宇宙船ですね。随分と小さいけど、亜光速に近い速度が出てます」

 だとすればとてつもない科学力を持っていることになる。
 望遠カメラで辛うじて捉えた映像は不鮮明ではあったが、ガミラスとも地球とも違う、有機的なデザインを持つフライパンのようなシルエットをした宇宙船の姿を映し出している。黄色を基調とした色合いをしていることまではわかった。そして、ガミラスの砲撃でも受けたのか、後部から煙を吹いて制御を失っているようにも見える。

 「1分後に本艦と交差! このままでは衝突します!」

 悲鳴に近いハリの声にルリは即座に命令を下す。

 「フィールド展開、速やかに回避行動を。島さん、頼みます」

 「了解。取り舵20、全力回頭。回避行動に移ります」

 ディストーションフィールドを展開した巡行形態のナデシコCの姿勢制御スラスターが火を噴き、300mを超える巨体がゆっくりとその進路を変える。接近する物体に比べると遅々たる動きだが、それがナデシコCの全力だった。

 「交差まであと10、9、8――」

 ハリが秒読みを開始するのに合わせて、ナデシコCと宇宙船の距離が急激に縮まる。そして、辛うじてではあるが、ナデシコCは宇宙船との衝突コースから外れることに成功する。
 が、両者が辛うじて衝突せずすれ違おうとした正にその瞬間、宇宙船からナデシコCに向けて何かが射出される。
 フィールドに接触したそれは幾らか勢いを落としながらも弾丸の様にナデシコCに食い込み、右舷重力ブレードの装甲板を貫通して艦内区画に食い込む。その衝撃は艦内全てに伝わり、乗組員の不安を否が応にも煽る。

 「隔壁閉鎖。保安部の方々は速やかに不明物体に接触して下さい。艦内に侵入されたかもしれません」

 額に汗を滲ませながらルリが指示を出す。ふと思い出したのは最初のナデシコの航海で、サツキミドリから脱出したアマノ・ヒカルの脱出ポッドがナデシコに命中した瞬間だ。
 懐かしい過去を思い出してルリはわずかな郷愁に駆られる。

 そんなルリを現実に強引に引き戻したのは医務室からの報告だった。



 ユリカが姿を眩ませたと。



 その報告にくらりと頭が揺れるがすぐに怒りが湧き出して怒鳴るように捕獲を指示する。“保護”ではなく“捕獲”という表現が出たあたり、ルリの心中が伺える。「安心して良いよ」と言った矢先にこれか!






 そんな風にルリが激怒しているであろうことを予測して心の中で謝罪しながら、ユリカはナデシコCに突入してきた物体に接触すべく、ふらつく足を叱咤して艦内を進む。キャスター付きの点滴台を杖代わりにヒイヒイ言いながら進んだ先に、それがあった。幸い周囲の気密は破れておらず空気漏れの心配はなさそうだ。

 予想通り、脱出カプセルだ。衝突の衝撃でハッチが壊れたのか半開きになっている。その搭乗者であったであろう薄紫色をしたドレスと思しき服を着た、長い金髪が美しい女性がカプセルから少し離れた場所に横たわっている。まるで絵画から抜け出してきたような神秘的な美しさにユリカは目を奪われる。相も変わらず美しい。
 だがすぐに気を取り直して「大丈夫ですか」と声をかけてその体に触れる。

 まだ温かい事に一瞬喜びをあらわにしたが、すぐに呼吸が無く、心臓も永遠に鼓動を止めてることに気付いて落胆する。――地球の危機を救うべく手を差し伸べてくれた恩人の片割れは、生きてその任を果たすが出来ず、遠い異郷の地でその命を儚く散らしてしまった。

 生きて大任を果たしたのなら、再起を果たしたヤマトで故郷に連れ帰る予定だったのに、そうそう上手く事は運ばないという事だろうか。
 ガミラスの妨害を受けて被弾するなんて予想もしていなかった。冥王星海戦のごたごたを利用すれば問題無いだろうと、密にタイムスケジュールを合わせたはずなのに。

 やはり早急に撤退しなければならない事態に追い込まれたことが効いているのだろうか。

 結局、守も見捨てなければならなかった。今後のカギになるであろう、古代進を悲しませたくないと頑張ったつもりだったのに、肝心の人を見捨てて逃げなければならないなんて、とんだ皮肉だ。

 ユリカは沈みそうになる気持ちを何とか奮い立たせる。弱気は厳禁、命を繋ぐためにも。
 もしも自分が倒れてしまったら、それこそ地球は救われない。
 地球を救う為にも、自分が未来を手にするためにも、何としても彼女の故郷に行かねばならないのだ。

 ユリカは静かに黙祷を捧げると、女性が手に握りしめているカプセル状の物体を認めて、彼女が命と引き換えに大任を果たしたことを知った。カプセルを手に取って確認してみるが外見に破損は無い。

 これこそ自分が待ち望んでいた最後のピース。今まで彼女達から秘密裏に得られていた援助と合わせて、地球を救う為の手段が全て揃った。後は実行に移すのみ。

 ヤマトとの邂逅の際に見た、ガミラスに侵略されてあるべき姿を失った地球の姿を想う。

 これでもう、あの未来は到来しないはず。

 そう、あの未来を覆す最後の切り札、ヤマトは間もなく蘇る!



 「ありがとうございます、サーシアさん。貴方方の好意は決して無駄にはしません。さあ、じっと耐えるのはもう終わり。これからは反撃開始よ!……アキト、待っててね。貴方の為にユリカは……特大の奇跡を起こして見せるから! 蘇ったヤマトと一緒に!」



 第一話 完



 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

    第一章 遥かなる星へ

    第二話 最後の希望! 往復33万6000光年の旅へ挑め!



    全ては、愛の為に――








 長いあとがき(改訂前と同じ。2017/6/14改訂)



 と言うわけで第1話です。従来作に比べて割とあっさり目に仕上げる方針なのでここで区切ります。

 文章量だけで言えば「ヤマトナデシコ」の約半分程度とコンパクトになりました。一応向こうもヤマト篇に突入した後は一部を除いて同じような流れを辿るため、実質オリジナル展開になるナデシコ?・ライダー篇を省いて再構成したようなものですねこれは。まあキャラクター周りのやり取りは完全に別物ですけど。構成員が大きく違ってるので。
 設定を流用とあるように、本作のヤマトもまた、「完結編」の直後から次元の狭間を通ってこの世界に“救済に来た”存在としています。これは元々ナデシコの世界観においてあの形状の宇宙戦艦ヤマトを、ヤマトの名を与える形で建造するのは無理があると、改定前の「時を超えた理想」の段階で思っていたことにも起因します。だから、並行宇宙から漂着した艦を修繕して使ってるから命名法則を無視した特殊な艦とする、と言う屁理屈です。
 逆に、本作に繋がったヤマトの世界の方では少なくとも復活篇のエピソードに繋がらない終わりという扱いに。

 それにしても実質「ヤマト」のシナリオを模倣して展開出来るので筆が速いこと速い事。つーても細かい部分はほぼ別物と化してますけどねこれ。まあ余計な物を省いたおかげで接合性とかを考える必要がかなり減ったのも大きい。うん。とりあえずはヤマトに従ったうえで手直しすればいいから。ある意味逆行物とか再構成作品の方が完結作多かったり未完でも話数が多いのわかるぞ。楽だよこれ。
 今回は劇場版直後からヤマトの第一話の半分程度までを書いたことになります。物語的にはヤマトが主体なのでご都合主義マシマシでお届けいたします。

 本作のユリカさんはある意味では最序盤限定で超万能キャラ。と言うか彼女に動いて貰わない限りヤマトはこの世界で復活出来ないからねぇ。選ばれた人は大変です。その代わり初期案以上に状況が悲惨になるおまけが付きましたが。原作尊重なら特に障害なんて負っていないんですが、ここだけはユリカがこうならないとそもそもお話にならないので大変なことに。――本当に好きなキャラですよ? たぶんアニメの女性キャラクターでは今でも一番好きなキャラクターです。

 煽りを食らってルリがまた不幸なこと不幸なこと。書いてて可哀そうになってきてなぁ。我ながらひでぇ話だよここは。
 ついでにアキトの世間認知に関してはプロローグ書いた後にニコニコにドラマCDのエピローグが投稿されていたのを聞いて「宇宙軍はアキトの事を有耶無耶にしたがっている」と言うのが分かっただけ良かったです。大分気持ちが楽になったぜ。

 シナリオ的には改変しつつもPSゲーム版や2199を混ぜつつも基本旧作準拠で。2199は正直「ヤマトとして認めがたい別作品」と断定しているので最小限の扱いで済ませたいんですが、改変をしている影響でがっつり絡める必要があるのが難点かな。
 脚本が酷いと言われようがヤマトってのは旧作のあれが完成系なんだって。元々ご都合主義とノリと勢いこそが主眼だし。と言うか接合性とかを気にするんなら第一話で切るべき作品ですからね。開始10分で物体は光速を越えられないが崩壊してる作品だし。そもそも大和の残骸からヤマトが生まれるっていうあの作品の象徴を指して「現実的ではない」で切って捨てるんならテーマも糞もないって。ついでにミスなんだろうけど、艦長が古代と島を案内している時“生身で”波動砲の発射構内を歩いてるんですよねこれが。もちろん放射能汚染れた地球の大気中にがっつり晒してます。普通ならここで死にますよ。



 ちなみにナデシコ世界の兵器の命名は花などから採られていることが多いので、ゆきかぜはオリジナルの駆逐艦である「アセビ」に変更されました。花言葉は「犠牲」。検索したら最初に出てきたので安易に採用。とりあえず正確な形は覚えていないけどもミサイル発射管を増設した劇場版時点の有人駆逐艦とでもしておいてください。

 また、1話のあとがきで「ダブルエックスとGファルコンは必ず出す」の理由も本編で触れた通り、エステバリスの強化パーツとしてGファルコンを使うからでもあります。Gファルコン自体はデザインの関係でシンプルなデザインの人型ロボットと合体させること自体は難しくないのと、変にオリジナルメカを出すよりも分かりやすいのが原作付きの利点でしょうし。
 この合体自体は「ヤマトナデシコ」で想定されていたプランの流用。

 ちなみに本作はプロローグのあとがきで書いた通り、休止中に考案したもう1つの物語をブラッシュアップしたものです。気づかないところで使っているかもしれませんが、一応「時ナデ」や師匠の「再び」などの要素は気づいたところでは極力抜いています。

 原案の方だと「時ナデ」の影響が抜け切れていない上「ヤマトナデシコ」と絡んでいて以下の通りの展開を想定していました。



 アキトとルリが毎度のパターンで行方不明。“並行宇宙の過去”に飛ばされる。

 残されたユリカは余命5年をギリギリまで生きて帰りを待つことになるが、直後にガミラス襲来。

 地球環境の破壊や敗走を重ねることで地球は追い込まれる。ユリカは病気故に前線には立たないので生き残るが、ナデシコの仲間達は次々と先立っていくため無力さと悲しみで潰れかける。

 イスカンダルからのメッセージに先行する形で「ヤマトナデシコ」の主人公天道が並行宇宙間を超えてヤマトのデータを託し、ユリカに最後の希望と称して乗船を進める。デザインは敢えての2199版で艦載機は旧作のでブラックタイガー。

 イスカンダルからのメッセージ入電。完成したヤマトの艦長としてイスカンダルに行く。乗船するナデシコのメンバーは沖田艦長代わりのユリカと佐渡先生ポジションのイネスと、「2199」の掌帆長ポジションでウリバタケのみで、他はヤマトの原作クルー。それ以外のナデシコキャラはメグミとミナト、アカツキとエリナとプロスペクターとゴートのネルガル組以外は全員死亡。この時点で4年経過して余命1年。この際面倒を見てくれたエリナとユリカが名前を呼び捨てにするほど打ち解ける他、自分が死んだ後に帰ってきたらアキトを頼むと任せてしまう。

 最終的に沖田の代わりにユリカは古代と疑似親子関係を構築し、ヤマトを家、クルーを自らの子供と言う認識を持つにいたり、クルーたちの共通認識になる。最終決戦でデスラーを説き伏せてガミラスと和解を成し遂げるも、限界を迎えて瀕死に。ヤマトクルーの判断でアキトとルリとの再会の可能性を残すために太陽系帰還後に演算ユニットに再結合されて眠りにつく事に。

 その後、再建された地球・東京湾海底ドック(または火星極冠遺跡深部)に安置されたヤマトの艦内にて2年間封印状態。容態を維持するためにネルガルから派遣されたイネスが定期的に様子を見る以外は実験素材としても使われず、ヤマト共に眠る。英雄の丘に変わってヤマトクルーたちがユリカの様子を見るために頻繁に訪れている。

 しかしアンドロメダの開発や繁栄に溺れて過去を鑑みなくなりつつある地球の意向で、ヤマトから引きずり出してボソンジャンプの制御装置として使おうとする案が生じる。

 白色彗星の襲撃とテレサのメッセージの件もあり、軍の総司令に収まったコウイチロウの判断でヤマトは改装の上前線復帰、宇宙の平和を守り同時にユリカを守るべく政府に反旗を翻す覚悟を決めたヤマトクルーと結託してユリカIn演算ユニットを載せたまま謎のメッセージ解読の為に発進する。

 以降は要所要所でユリカの意識が目覚めて古代ら子供達を助けつつ原作消化。ただし「永遠に」の際火星に戻されていたところを重核子爆弾の影響で演算にユニットに組み込まれたまま脳を破壊されて死亡。記憶や人格などを演算ユニットにバックアップされる形になり、「III」のエピソードにはノータッチ。「ヤマト」原作での死亡者であるサーシャは演算ユニットとなったユリカが気合で助けて生存。

 「完結編」冒頭のヤマトの大破を知覚し、演算ユニットと同化した事で発見したアキト達が飛ばされた世界の(ナデシコ乗艦直前の)自分の体を借り受けて現場復帰、艦長を降りた古代の代わりに復帰して以降は原作再現。ただしこの際自分が何故現れたのかを古代たちに説明し(原作の「誤診」の部分で)、並行宇宙でアキト達が生きていることを知ると同時に、その世界もまた侵略の危機にさらされていることを察して、戦いが終わった後真田に用意してもらうデータと共に旅立つことを告げ、古代たちに別れを告げる。島はユリカの指示で白兵戦に参加していないので生存。

 沖田と同じくヤマトに単身残って自沈。ヤマト自沈の反動も利用して帰還を果たすも反動で人格と記憶が封印。同化前のその世界のユリカが主人格を務めるも影響を受けて精神の安定を欠きながらも、原作通りナデシコの艦長を務める。

 人格の影響を受けているためアキトやルリに「帰還者」と疑いを抱かれ殊更アキトに避けられるものの、もう1人の自分の影響で精神的に自分を見失いつつあり消耗してるユリカを見捨てられずアキト側から歩み寄ることに。

 ルリもアキトへの想いを露にしつつもユリカが気がかりで結局家族関係の復活を優先してバックアップに。アキトの闇の発露の際も身体を張って受け止め、アキトへの揺るがぬ愛を示して心に救いをもたらす姿がルリにアキトを諦めさせる。この時点で半融合状態ながらも、記憶は抜け落ちている他、ガミラス戦のトラウマだけが強烈に作用して北極圏ではとにかく情緒不安定な展開とかも。

 その後は適当に原作再現エピソードしつつもユリカは蘇らないヤマトの記憶に、アキトは消せない罪の意識とユリカへの想いの狭間で苦しみつつも、戦いの舞台は月に移行し、木星の正体判明。ただしDFSや北斗などはばっさりカット(収拾がつかないため)な上アキト自身がそこまで主導を握らない。ブラックサレナは時ナデに準じた仕様に改められる形で登場する。西欧編はやるパターンとないパターンあり。

 その後SUS(復活篇での敵)出現で地球と木星大ピンチ。その時アクエリアスの海から復活を果たしたヤマトが古代一家を引き連れて次元の壁をぶち抜いて堂々登場。旧ナデシコのクルーや優人部隊の面々を新たなクルーとして迎え、SUSに対抗。その過程で木星と地球はなし崩し的に和解、アキト達も過去の遺恨を飲み込んで草壁らと手を取り合うことに。ヤマト出現と古代との再会でユリカは完全に自分を取り戻し、古代から聞いた元の世界で自分の事件が有耶無耶にされ、帰ってこれるように配慮されていたこと、そして自分が帰還することを信じてユリカがヤマトで戦ったことを知って迷いを完全に振り切る。

 その後地球を飲み込もうとしていたカスケードブラックホールを太陽系外で破壊して終局。元の世界に帰還出来ないヤマトや古代一家と共に、過去を振り切ったアキトとユリカは幸せな家庭を作り、ルリとラピスもその一員となり、それぞれに幸せを見つける。この共闘で過去の遺恨を乗り越えた木星と地球は歩み寄るため火星の後継者は生まれず(そもそも内紛していると横からかっさられる危険が判明したから)。その後も度々地球は危機に見舞われるも、ユリカたちが苦難の末にヤマトと共に護りきり、ヤマトはその世界でも救世主として絶対の存在であることを見せつけ、伝説となる。

 SUSじゃなくて白色彗星以降の敵が順次出現して復活を果たしたヤマトと共に戦う。何て展開も考案したり。ガミラスが省かれてるのがミソ。



 とか妄想してたのを手直ししたもの。実際書くとしたら導入になるヤマト篇は端折りに端折ってすぐにナデシコ過去篇に突入する予定だったけど。特にユリカが直接ヤマトにならない「2〜III」までの展開は原作とほとんど変わらないからねぇ、精々頭が変わった影響や世界観の違いからヤマトクルーの言動や行動動機が多少変わってるくらいで、やることは何も変わらないから。特にノータッチのIII。書きたいのは自分の中で不満があまり無いヤマトよりもナデシコ、テンカワ夫妻の救済で、ヤマトはそのための運び手でしかないからこの作品だと。

 ある意味ユリカは本作よりさらに波乱万丈の人生に晒されてます……つか1回死亡確定だしね。おい劇場版怒れねぇぞこれ、こんなネガティブな話ばかり考えてるから劇場版の先の展開が真っ暗を連想しがちなんだっての。
 ちなみにこのパターンだとユリカは最終章でアキト達と再会するまで常に寂しさに押しつぶされかけてて、ヤマトクルーとの交流ひいては古代と雪を見守ることが生き甲斐になっている状態で、子供たちを守るためなら命を簡単に投げ出そうとするくらいに壊れてる状態。おまけに半分アキト達の生存を諦めている上、ヤマト乗船以降は艦長やってるか演算ユニットの部品と化しているかしかないため、平和を味わう事が出来ず次第に「戦うための部品」に変貌しつつあるという結構暗い展開に――。展開案の中ではアキトが自分を避けていることから、アキトにとって自分は苦痛の種にしかならないと思い込んで精神を病んで、戦闘中の指揮は出来ても日常生活にはがっつり支障をきたす、何て展開も……。

 とにかくヤマト完結編までのエピソードが前振りにしかならないため、劇場版パラレルアフターで再構成。ナデシコの世界観の内、太陽系外の状況は基本ヤマト準拠。映像中では語られていないため古代火星文明の遺物の根源は別の物に差し替えますが。

 ちなみに地球の汚染が原作と違うのは意味があります一応。この時点で「ヤマトナデシコ」の地球汚染も同様のスノーボールアース化が決定。本作でも採用となります。

 正直事前準備が追い付かない状態でヤマトの原作再現しなきゃいけない部分があるから、結局この世界だと国としての木連は滅んじゃったしなぁ。「ヤマトナデシコ」の方ではこれを回避するためにTV版ナデシコの部分の時間を使ってヤマトの再建や事前準備をする、ていう思惑があったからねぇ(でも永遠に再現したら結局滅ぶけど)。そのために火星の後継者の首脳陣も逆行させて改心させて和解させたんだし。――ある意味ここの部分がストレスになって書けなくなったのかも知れぬ。だって原作のあいつらマジで邪悪な子供以外の何物でもないんだもん。

 余裕があったら再構成前の案も再構成してナデシコ篇から初めて、ナデシコのTV版エピソードを追体験する逆行物からヤマトに繋げても良いかも。その場合逆行前の世界はさらに悲惨なことになるの確定ですが(ニヤリ)。まあ多分やらない。

 そもそも逆行やりたいのはやっぱりナデシコの空気の真骨頂はTV版だからと言うのもある(再構成はTV版に限ってはそれほど不満が無いし、大体ユリカのキャラが改悪されるから読まないんだよね殆ど)。ユリカとアキトがちゃんと漫才してないとナデシコじゃないって感じるのはスパロボに毒されたからかもしれないけど、「V」のあの流れを見ちゃうとそんな気しかしないのよねぇ。劇場版の空気が変わったのは絶対この夫婦を主軸から外して、特にユリカを舞台装置にしたせいだって。



 話は変わって20周年記念のコラボカフェなどに出向いてきましたが、そのおかげで半分だけとはいえ数年ぶりに第1話を見ることに。本当に面白いなあ。前はレンタルで7話くらいまで見たけどその後劇場版の展開が頭を掠めて見れなくなっちゃたんだよなぁ。制作中止発表前は「まだまだ先があるに決まってる」と楽観的に劇場版含めて何度も見れてたのに、現金な物です。とりあえずラーメンが白湯だったのは不服です。テンカワラーメンなら鶏ガラ醤油の元祖本家王道でしょうに。



 ……なんだか「V」の展開こそがナデシコ20周年記念による劇場版のリメイクに思えてきてしまったぞ? いやマジでめっさ泣いたけどねあの展開。久方ぶりだよゲームシナリオで泣いたのはよ(MXのEDも泣いたけどさ)。通常ルートのED含めて。困難ルートはまだプレイしてないw。いや条件付きだって聞いたからそれ知ってからでいいかなぁってのと、なんかナデシコの救済で胸がいっぱいになっちゃって。困難ルートでは更なる救済があるらしいけどね。「R」での救済は当時流行ってた逆行物SSのノリまんまだったんだなぁ、とかシミジミ。
 やっぱり公式で完結編が見たいって欲求は捨てきれない。けど逆説的には公式がこのままだからスパロボでのIFが映えるという見方も出来るのがぐぬぬ。
 テレビ版だけの参加で劇場版フラグががっつり折れる展開は本当にうれしいんだけど、「原作を無視して都合のいい部分だけを認める独善」が頭を掠めるからやっぱりモヤるんだけどね。



 はっ!? スパロボVのVはユリカのVサインと「ぶいっ!」だったのか(錯乱)。



 とりあえず「V」における闇の帝王の冥福を祈っておきましょう。あれは本当に気の毒だった……。



 隠し要素で萎えたから止めてるBX、ちゃんとやろうかな? ちなみにトップエースがユリカなあたり、ナデシコ勢を贔屓してるのが見え見えw(まあ狙われやすいから反撃でボコってるだけなんだけども) 2位がアキトで3位が凱だから、テンカワ夫妻がツートップの勇者王が追う展開に。だってガガガ好きだもん。
 ――と言うかBXはガンダムで好きなのが参戦してないのよ。知らない作品とか好みじゃない作品も多くてね。キャラゲーとしてはちょっと個人的な趣向に合わない部分があるとやりにくいよね。







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代理人の感想
楽なんですよねえ、二次創作と再構成w
それだからエヴァとかナデシコとかゼロ魔とか雨後の竹の子のごとく生えてきたんだw



スパロボVのVはユリカのVサインと「ぶいっ!」だったのか
わろすwww


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