「おーいユリカ、そっちはどうだ?」

 火にかけている大きな寸胴から出汁として使っていた鶏の脂、玉葱、長ネギを取り出しながら、アキトは反対側のユリカに声をかけた。

 「うん、こっちはあらかた終わったよー。」

 別の寸胴で煮立っているスープから昆布と椎茸を取り出しながら、ユリカが答える。

 「悪いな。明日はお客さんが増えそうだから多めに作っておかないといけないから。……ホントは俺一人でやらなくちゃいけない作業なんだけれどな。」

 『職人』の顔をして呟くアキトをユリカは慰める。

 「ううん、今日はしょうがないよ。それにこういう夫婦の共同作業っていうものいいよね。あ、またあんな大きなケーキカット、やってみたいね?」

 「お、お前なあ!」

 3ヶ月前のナデシコクルーが勢揃いした結婚式、否『祭り』を思い出しアキトは顔を赤くする。

 「そういえば、あの時の料理は美味しかったなぁ…… ねえアキト、今度あのホテルに食べに行こうよ!」

 「だからそうじゃなくて!」

 アキトを無視してユリカの独り言は続く。

 「あのホテルは中華料理はアキトにだいぶ負けるけど、お魚料理は美味しかったなぁ。」

 「……分かった。頑張って食べに行こうな、ユリカ。」

 『妻』の言葉に照れながらアキトはそう口にした。その瞬間、

 「――嬉しい! やっぱりアキトはユリカのだんな様!」

 「こ、こら抱きつくな!」

 アキトに抱きつくユリカ。無論、アキトの制止など意味がない。

 「だって嬉しいんだもん!」

 「だー! そうやってすぐ調子に乗る!」

 「おーい。」

 「そうだ、メインはお魚料理でデザートはやっぱりチョコパフェかな? ……アキトは何にする?」

 「だから俺から離れろって!」

 「おーい、聞こえてるかー。」

 「デザートを食べたら上のバーでお酒を飲むのも悪くないね。で、勿論部屋はスィートルーム! ………………もう、アキトのエッチ!」

 頬を染めつつナニカを考えるユリカ。

 「どうしていっつもお前はそう……!」

 「……あ、でももう夫婦だし、問題ないよねアキト!」

 「そりゃそうだ…… ってお前、話が飛びすぎだぞ!」

 「噴いてるぞ。」

 「うわ!」

 「うひゃぁ!」

 いつの間にか、ウリバタケがアキト達の住む長屋に居た。彼の指差す先には吹き零れそうな二つの寸胴があった。

 「あ、拙い!」

 逃げるように寸胴へ向かうアキト。

 「ひどいウリバタケさん! 黙って見てたんですか!」

 「……黙ってるしかねーじゃねーか。それとも歌でも歌えってのかよ。全く、見てたこっちの方が恥ずかしいぜ。」

 「もう、ウリバタケさんったら!」

 「それより艦長、ウチの大蔵省が心配してたぞ。今日ウチに来る予定だったんじゃねーのか?」

 「……あ、そうでした! それじゃアキト、ちょっとウリバタケさんの奥さんに会ってくるね!」

 慌しくユリカは身支度を整え、長屋を出て行った。

 「どうしたんすか、あれは?」

 ユリカと自分が作っていた二つのスープを合わせ、それを軽く混ぜていたアキトが尋ねるが、

 「さあな、あいつも教えてくれなかったしな。」

 返事はそっけないものであった。

 「そうすか。いつも迷惑かけてすんません。」

 混ぜ合わせたスープを軽く漉し器で漉しながらではあるが、アキトはウリバタケに礼を言う。

 「いや、大したことはやってねェからよ。それより……」

 「なんすか、ウリバタケさん?」

 「なあアキト。たまには『女房孝行』って奴も必要だぜ?」

 「!」

 漉し終わったスープの入った寸胴を冷蔵庫に入れようとしたアキトがウリバタケを見る。

 「大分常連も増えてるじゃねーか。たまには女房のお願いも聞いてやってもいいんじゃねェか?」

 「そうですけど ……まだそんな余裕はないっすよ。」

 昨日から寝かせてあったもう一つの寸胴を冷蔵庫から取り出し、先程の寸胴を仕舞いながらアキトは呟く。溜息まじりで。

 「やっと敷金とか保証金といった店を借りるだけの貯金は出来ましたけど、まだ工事代金までは手が回らないッす。ラーメン屋専用に整備された物件なんか無いですし。」

 それがアキトの感じている『課題』であった。その費用を捻出するために、結婚後もアキトはこの蜥蜴戦争休戦からの長屋暮らしを続けていた。

 「だからその心配は無用だってーの! 俺たち『整備班』に任せりゃ格安かつ迅速に仕上げるぜェ。ついでに俺様特製の設備もばっちりだ!」

 「いえ、そんな皆さんにそこまでして貰わなくてもいいっす。……ようやく皆さんも普通の生活に慣れてきた頃ですし。」

 時折自分の屋台にやって来てくれる『元クルー』達とのやり取りを思い出しながら、彼はやんわりとウリバタケの提案を拒否した。

 「……ま、相変わらずのお前さんの頑固さは分かるがな。」

 拒否されても怒ることなく苦笑するウリバタケ。

 「ま、その気になったら何時でも言ってくれや。」

 「すんません、いつも。」

 そう告げてウリバタケは玄関に向かう。背後で謝るアキトに振り返り、

 「……自分のプライドも大事だが、お前さんはもう一人じゃないんだ。ちったぁ嫁さんのことも考えてやれよ?」

 ウリバタケはそれを最後に長屋を後にした。

 「『もう一人じゃない』か……」

 後には彼の言葉を呟くアキトが居るだけだった。




 「へッ、ナデシコに『逃げた』俺が言う台詞じゃねェな。」

 自分の工場に足を運びながらウリバタケは呟いていた。

 「ま、後はアイツ次第だな。…………頑張れよ、アキト。」

 聞く者の居ないその言葉は、晴れ渡った空に吸い込まれるかのようであった。






 あなたと、生きてく






 「ふー。」

 ため息だけがアキトの口から漏れる。今の彼は仕込みを終え、屋台を引いていつも営業している公園へ向かっていた。

 「そういや、ユリカの奴には何もしてやれてないな……」

 先程のウリバタケの言葉に触発されたのか、アキトの脳裏には今までのユリカとの思い出が紡がれていく。

 「子供の頃に別れて久しぶりに再会したら、向こうは戦艦の艦長でこっちはコックで無理矢理パイロットだったしなー。」

 小さい頃と変わってなかった彼女

 「それで戦って戦って…… その中で真実を見た……」

 戦いの中で分かった先の戦争の『目的』

 「……今考えると無茶苦茶だったな。」

 『遺跡』を巡るドタバタの中での『告白』、そして

 「あれだけ緊張した時は今も無いな……」

 ユリカへのプロポーズ、そして結婚を賭けたラーメン勝負

 「で、今はユリカと二人で、か……」

 かつてアキトの屋台でチャルメラを吹いていた少女はもうアキトの長屋には居ない。彼の結婚と同時に、彼女はアキトの義父であるミスマル・コウイチロウの家で暮らす事となった。

 「ルリちゃん、元気かな…… こないだの手紙には『元気でやっています』と書いてあったけど。」

 その少女は今、ネルガル資本の学校で普通の学生生活を送っている。

 「―――ふう。皆『変わって』いくんだな……」

 自分の工場で色んな発明に励むウリバタケ

 新たな環境で生活を始めているルリ

 軍関連やボソンジャンプ以外の収益事業の再構築に奔走するアカツキ達

 元の職場に復帰した者

 戦争後も軍に残った者

 全く別の仕事を選んだ者

 そして

 「アンタだって何時までも屋台を引いてる気は無いんだろ? 早く自分の店を持って、嫁さんを安心させてやんな!」

 顔をあわせる度に、いつも口喧しく説教するホウメイ。

 「とは言っても、今の俺に店なんて持てるのかな?」

 ぶつぶつ呟きながらも、アキトの屋台を引く足は止まらない。考えがまとまらないアキトの目の前に、

 「……ここから今の俺は始まったんだなぁ。」

 ユリカにプロポーズをした川原が広がっていた。

 「ふう。」

 屋台から手を離し、川原に身を横たえるアキト。

 「……今の俺のラーメンに、店を持てるだけの実力があるのかな……」

 夕焼けで赤く染まる空を眺めながら呟くアキト。

 「ナデシコの皆はよく来てくれる。でも、他の常連さんはまだ少ないしな。」

 店にやってきてくれる顔ぶれを脳裏で思い出す。

 「……はぁ。『これから先』かぁ……」

 「大丈夫だよ、アキト!」

 「のわっ!」

 いつの間にか、ユリカがアキトの傍で立っていた。夕焼けを背中に背負い、ユリカはアキトの傍に座る。

 「お前、いつの間に?」

 「ついさっきだよ。それより、何処に行ってたんだよ?」

 「えへへー。内緒だよ。」

 笑って誤魔化すユリカ。

 「全く…… こっちは色々悩んでるっていうのに。」

 「ラーメンの事で?」

 「ああ…… ってお前、どうしてそれを?!」

 「そりゃあ分かるよ。アキトの事だもの。」

 事も無げに答えるユリカ。

 「……この頃のアキトは何処か心ここにあらずーって感じだったもん。アキトが悩んでるとしたらそれかなーって。」

 「そっか、何でも分かっちゃうんだな。」

 「そーだよ、ユリカは立派な艦長さんだったんだから!」

 「……そうだな。」

 「でもね、今はそれだけじゃないんだよ?」

 「え?」

 空に向けていた視線をユリカに向けるアキト。

 「だって、アキトはユリカのだんな様で王子様だもん。だんな様の考えなんてすぐに分かっちゃうよ?」

 「…………」

 黙り込むアキト。なおもユリカは続ける。

 「だからアキトもラーメンも大丈夫、ブイ!」

 「………………どうしてそうなるんだ?」

 いつもの話の唐突な展開についていけないアキト。

 「だから、アキトは私の大切な人だもん。ルリちゃんやナデシコの皆も好き。でも、ユリカはアキトが一番大好きだし、一番愛してる。」

 「…………ユリカ…………」

 「だから大丈夫だよ、アキト。」

 それは、絶対の言葉。

 今のアキトが聞きたかった一番の言葉。

 「私はアキトを信じてる!」

 「!」

 その言葉を聞いて、アキトには分かった。

 子供の頃から変わっていない彼女

 自分に対する圧倒的な信頼、そして愛情

 それはユリカという女性の根幹

 そして、自分はそれに助けられてきた―――

 「―――そうだな、俺はユリカの旦那で王子様だもんな。」

 「アキト?」

 身体を起こし、ユリカと向き合うアキト。そして王子様はお姫様に


 キスをした


 「「ん……」」

 触れ合う唇と唇。

 「―――今までありがとう、そして―――」

 「これからもずーっと一緒だよ、アキト!」

 「おう。」

 「一緒に生きて行こうね。どんな時でも。」

 「当たり前だ。」

 「―――何だか、とっても幸せだよ。アキト……」

 「俺もだよ、ユリカ……」


 二人以外には誰も居ない川原で

 彼らが人生を決めた場所で

 新たな誓いが

 ここで成された


 「―――そうだな、明日にでもウリバタケさんに相談してみるよ。」

 川原で二人は寝そべっている。そこでアキトは『次』に進むことにした。

 「何を?」

 「店の話。」

 「え?」

 「ホラ、前からずっと言ってくれてるじゃないか。店の内装工事を手伝ってくれるっていう件。」

 「そっか、そうだったね。」

 「俺も頑張ってみるよ。―――皆に置いてきぼりにされたくないし。」

 「そんな! アキトはアキトだよ!」

 「良いんだ、これで。」

 「そうなの?」

 「ユリカが…… お前が居てくれれば、俺は何だってできるさ……!」

 「うん! 頑張ってね、『お父さん』!」

 「え?」

 「だから、『お父さん』。」

 「――――――!」

 唐突のユリカの宣告に驚愕するアキト。

 「……さっきまでね、ウリバタケさんの奥さんと一緒に病院に行ってたの。3ヶ月だって!」

 「ほんとか?」

 「ここで嘘ついてもしょうがないよ。あ、どっちかは聞いてないよ?」

 「何をだ?」

 「『王子様』か『お姫様』かってこと。」

 「そうか…… 分からない方が楽しみだな、ははっ。」

 そう言いながら、ユリカに左腕を動かすアキト。ユリカはその腕を自分の枕にした。

 「ふふふ。」

 「何を笑っているんだ?」

 「嬉しいんだ、今とっても。アキトはラーメン屋の腕のいい店長さん。それを美人ウェイトレスで、あーんど妻の私が赤ちゃんを背負いながらアキトを助ける…… アキトの店は町で噂の美味しい店。小さいかもしれないけど皆が知ってる店。それが今の私の夢かな。」

 「……俺もだ。正直、まだあんまし実感は湧かないけどな。」

 嬉しそうに話すユリカ。アキトにはそれがたまらなくいとおしかった。

 「そうだ、名前はどうしよっか?」

 「……え?」

 「子供の名前、どうする?」

 「そんな、いきなり言われても……」

 「まだ聞いてないんろ、どっちかは。アキトは男の子と女の子のどっちだと思う?」

 「そうだな、男の子だったら…… って、そんな簡単に浮かばないよ。」

 「そんなことだと、お父様が色々考えちゃうよ?」

 「あー、それも困るけど…… 待ってくれよユリカ! だからそんな大事な事はそう簡単に決められないよ。」

 「アキトが困るなら、私が考えるよ? ……うーんとね……」

 「ちょっと待てよユリカ!」

 「ん?」

 「―――ゆっくり、考えよう。色んなことはさ。」

 「―――うん、そうだね。まだ時間はあるもんね?」

 「ああ。」

 夕焼けが徐々に地平線に姿を消そうとしている。

 「―――ねぇ、アキト。」

 「ん?」

 「……私、今とっても幸せだよ……」

 「―――うん、俺も。」

 そのまま黙り込む二人。澄み切った夜空が二人を見守っていた。













 「……なんだ、いい雰囲気じゃないの。」

 そんなアキト達を見守る4人の人影があった。

 「そうですけど。」

 「せっかく木連反体制派の残党が片付いたって事で、そのお祝いに来たんだけどなァ。」

 「ま、これはこっちの都合だしね。今日の所は大人しく帰りましょ。」

 「そうしますか。ねぇエリナ君? ……今日は飲みたくないかい?」

 「私も同感ですな。今日は祝杯でしょう。」

 「……自棄酒なら付き合ってもいいわよ?」

 「同感だねェ、僕も今ソレを言おうとしていたところさ。」

 「まあまあお二方とも、本日は私めが奢らせて頂きますよ。……新たな生命の誕生と、男女の傷心に乾杯して。」

 「……という訳だ。警備は万全だろうね?」

 「……問題ありません、会長。」

 「さて、ゴート君のお墨付きも貰ったことだし、行こうかい?」

 「そうですな。実は私、安くて美味しい店を一軒知っているのですが?」

 「……まァ、見当は付いてるけどね。今日はプロス君の奢りだしね。」

 そう言いながら4人はそこを後にする。

 「そうだな、まず明日は―――」

 それを知ることなくアキトはユリカに話す。その声は彼ら以外に聞こえなかった。









(終)


 

 

 

 







<後書き>
 どうも、ナイツです。ええと、前にミニオフで某氏に存在を教えてもらったとある掲示板での『ユリカ&アキトが攫われなかった場合』とゆーシチュエーションと、Effandross氏の「少年」を拝見して、この作品を書く気になりました(汗)。アカツキの台詞だけではありますが『熱血クーデター』は完全に成功してます。……書くかどうかは迷ったのですが、TVアキト×ユリカを書くシチュエーションは整えるために敢えて入れました(汗)。蛇足と思ったりもしましたが、アキトとユリカが本当に幸せになる為に必要と判断しました。……その為にルリも隔離してます(滝汗)。この辺のさじ加減って難しいです。

 唐突ですが、ナイツには高校の時から10年以上の付き合いであるダチが居ます。たまに会っては居酒屋で酒を飲んで色んな話をして、その後一緒に『おねーちゃんがお酒を作ってくれる飲み屋(爆)』で騒ぐような奴でしたが、結婚して子供が生まれると、めっさ変わりました。この間会った時には、既に『父親』と『一家の大黒柱』としての顔を持ってました。

 そんなことも考えつつ、『現状』からアキトが一歩でも前進できればと考え、そのきっかけとなる? 話を目指したのですが、やっぱあっしはアキトを書くのが苦手なようです(自滅)。……っていうか、真面目な作品執筆とゆー事自体が(自爆)。

 まあ、ユリカスキーの書いた駄文ってことでご容赦を(謝)。

 今回は試験的に『三点リーダー』と『―――』を使ってみましたが、まだ場面場面に適合しているかがうまく判断できないです。今後の課題ですね。

 それでは、ここまでお付き合い頂き誠に有難うございましたッ!




<使用ネタ&参考メディア>
(1)『ラーメン』関連
 WRENCH師匠の所の『テンカワラーメン作成レポート』からレシピはお借りしました。……昨年既に許可は頂いてたのですが(自爆)。

(2)冒頭のウリバタケの台詞
 「黙って見ている(以下略)」の台詞は『エリア88』のマッコイ爺さんの台詞です。アニメ版の第2期を期待しますぜアニマック○w。

(3)作品タイトル
 あっしのフェイバリットなシンガーソングライターの『谷村有美』さんの曲タイトル『あなたと生きてく』からです。収録アルバムは『愛する人へ』です。……ご存知ですか? 

(4)作風?
 一応『ぽっかぽか(深見じゅん著・集英社)』を読みつつ執筆しました。夫婦と娘の『あすか』の三人家族が織り成す『日常』を描いた漫画です。ほのぼのあり、涙ありの良作と感じます。漫画文庫で出ているのでご興味のある方は是非にw。……問題は本屋で少女漫画エリアにあることでしょうか。

 
  

 

 

 

代理人の感想

ユリカが料理をしているっ!(爆)

一生懸命修行はしたんでしょうが、やはり凄い違和感がw

それはさておき、ほのぼの系の「ええ話」でした。

良かった(面白かった、とは微妙に違う)んですが、こう言うのって正直感想が書きにくいんだよなぁ(苦笑)。

 

 

>三点リーダーと「――」

ちょっと数が多いように感じます。

装飾もそうですが、こう言うのはポイントを絞って使ったほうが最大の効果を発揮できるように思えますね。