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Schlieslich ist es gleich (終わりに等しく) 5. 「Ende einer」






終わりが、一つ。






サイメイはまた、駆けていた。ヤマザキが居ると思われる場所まで、あと十メートル程度だった。
ここで決着をつける気なのだろう、三つの気配が併走している。近い、サイメイは止まった。
状況的に言えば、絶望的なのだろう。先程も二人相手に、殺されかかった所だ。それが三人、冷や汗の一つもでてくる状況だった。
しかし、サイメイは冷淡としている。いや、むしろ笑っているのだろうか、愉悦を感じているようにさえ見える。

腰から奪っていた二本の剣を引き抜く、血曇り一つ無く、まさしく名剣と言えよう。
銃が横行しているこの世の中で、剣を獲物に選ぶのは並大抵の技量でなせる技では無い。正しく人外のなせる技と言えよう。
前方の曲がり角から、三人が滑るように現れた。背の小さい男と、逆に高い男、そしてそれと言って特徴の無い、先程逃げた男。


「北辰はいないのか」


問うが、答えは返ってこない。帰ってきたのは、不気味な三つの笑みだけだった。
まず、小さい男が前に出てくる。まさか、サイメイは舌打ちを打った。一人ずつ、何て事は無いと思っていた。
同時に戦うからこそ、この男達は本領を発揮できるのだろう。


「舐めるなよ、この、俺を」


小さい奴が大地を蹴った。爬虫類のように、地面を低く、舐め回すかのような疾走。早く、鋭い。
持っている剣は一本、両手に持っている。暗器の可能性はそれで消えた。あくまで生身を捨てようとも、信条だけは捨てないらしい。
そこだけは、誉めるべき点なのだろう、おそらくは。
二本の剣を使い、向かってきた剣をはじく。途端、小さい奴が引く。その上に影が現れる。背の高い男が来ていた。
双剣を突き立てるように構え、そのまま振り下ろす。咄嗟だったが、何とか反応出来た。止める、しかし、一本は逸らすのみだった。
肩口を切り裂いていく。激痛が走るが、気にしている時では無い。交差させ、上からの攻撃を防いでいたこちらの双剣を振り下ろす。


背の高い奴もあっさりと引く、そしてまた影。今度は横、それも真横に出た。右に振り返りつつ、片方の剣を払う。
それは、あっさりと防がれ、もう一つの剣が襲ってきた。引く、廊下の壁に背を向ける。脇腹を少し持っていかれた。
右横に小さいの、正面に特徴の無いの、そして左横に背の高いのが居る。万事休す、普通ならば、それは確実であろう。
だが、サイメイは違っていた。手に持っていた両剣を、左右に投げ放つ、両側の男達が不意を突かれる。前方に向かって蹴りを繰り出す。


空気の希薄な艦内においても、唸りを持って繰り出されるサイメイの蹴り。危険を感じ、男が横に逸れた。
サイメイが右に疾走する。小さい男が反応し、剣撃を繰り出す。すんでの所ならかわせる、サイメイはそう打算していた。
小さい男が持っている剣は一本、二本よりは圧倒的にかわしやすい。だから突っ込んだ。
男とサイメイが交差する、サイメイは廊下をそのまま駆け抜けた。間合いが出来るまで離れ、サイメイは足を止めた。


顔を押さえている。指の間からは、血が絶え間なく流れていた。切り裂かれているのだろう、それは左の眼球を通過していた。
サイメイは荒く息を突く。残った右目で三人を睨み付けていた。


「野郎」


低い唸り、身の毛もよだつような声だが、男達は蔑んだような微笑を上げるのみだった。
サイメイはまだ、荒く息を付いている。そして下を向いた。
好機、男達はそう思ったのだろう。しかし、一歩踏み出して止まった。止まらざるを得なかったのである。

サイメイの空気が変わっていた。どの様に、そう言われると返答には困るだろう。


「烈風、やれ」


背の高い男が呟いた。呼応して、小さい男が動く。
烈風と呼ばれた背の低い男が駆けていく、そして、サイメイは顔を上げた。







乾いた音が、廊下に響いた。







何も残っていなかった。本当に何も残っていなかったのである。二人の男は呆然としている。
いや、一つだけ残っている物があったのだ。むしろそれに呆然としているしているしているかのようだった。
腕、腕だけが残されている、剣を握っている、腕。先程、烈風と呼ばれ、サイメイに向かっていった男の腕であった。
肩口から残されていて、根本は綺麗に削り取られている。
サイメイが立ち上がった。押さえていた手を、下に力無く落とす。未だに空気が変わっている、まるで地獄のようだ。
背の高い男は、そう思った。今はもう無くなった筈の胃が、痛みを上げる。
心の底からの恐怖、正にそれだった。体より先行して、心が恐怖を感じている。それは正しく、真の恐怖だった。




サイメイが目を開けた。




二人の男の体に、震えが走った。
赤い、紅いのみの目が、そこにあった。
瞳は無い。眼球全体が真紅に染まっている。
その赤の前に、瞳の入る隙間など、皆無だった。


空間がひしゃげていく。サイメイを始点とし、廊下に穴が穿たれていく。
へこみ、崩れていく。それはもの凄い早さで二人の男にも迫っていった。飛ぶ、どこに飛べば避けられるのか解らなかったが、二人は飛んだ。
背の高い男の片腕が無くなった、一瞬で消えたのだ。苦痛に歪む、もう一人の男は難を逃れていた。
後方にまで、その穴が穿たれていった。そして、止む。


「馬鹿、共、が」


苦しんでいるような口調だった。サイメイの目の色は戻っていた、双眸が、瞳がそこにあった。左目の傷は、無い。
二人の男はたじろんでいる。本当の人外の力を見た、そんな所だろう。サイメイはつまらなさそうに鼻で笑った。
烈風の腕から、剣を拾い上げた。走る。未だに動揺を隠し切れていない男達に向かって、真っ直ぐ走り抜ける。
虚をつかれたかの如く、男達も構えた、が。一手遅かった。背の高い男の首が宙に舞う。
生き残ったもう一人が、双剣で襲いかかる。しかし、その動きにさっきまでの機敏さは見られない。
容赦なく間断を狙いすまし、首筋に剣を突き立てる。壁際まで押し出し、張り付けにする。
脇腹から鮮血が吹き出る。命を捨てて、傷を付けるだけを優先したようだ、あの瞬間にそれだけの事をやってのける。
寒気が、した。


剣から手を離し、サイメイは膝を地につけた。
息が荒い、しきりに胸元を掻きむしり、苦痛に表情を歪めている。
手で口を押さえる。咳き込む、そして、その手の間から赤い何かが床に垂れ落ちた。
赤い血、先程のサイメイの眼球のように赤い、血。
そして、それを皮切りにするかのように、目、耳、鼻、口から、血が噴き出した。
止めどなく流れる血。それを止めようとする気配は無い。しばらくしゃがみ込み、その場に血だまりを作ったがしばらくして立ち上がった。
顔は血に染まっている。軽く拭うが、とれない。不安定な足取りで、ヤマザキの元へ向かっていった。


「テンカワアキト、北辰は、お前が」


ここに北辰がいない、それが導く答えはただの一つだけだった。
決着を。それしか考えられなかった。因縁、それはサイメイの心の中にも潜んでいた。しかし、それはもう牙は剥かない。
飼い殺した。




相も変わらぬおぼつかない足取りで、最後の曲がり角を曲がった。
ドアに手を掛ける、覚えて置いたパスコードを記憶している。誘っているのだろうか、パスをクラックするのは容易だった。
中には気配が一つだけ、間違いなく、ヤマザキその人であろう。人体を遺跡に組み込む事を考案した、史上稀に見る狂科学者の一人と言える。
今頃笑っているのだろうか、この混乱を見て、この戦乱を見て。光が一つ瞬けば、数人は確実に死んでいく。
それを楽しんでいるのだろうか。


パスを入れ終わる。あとはエンターを押せば、ドアは開く。
サイメイが顔を歪めた。傷は深い、通常ならば既に失血死している量の血液を垂れ流している。それでもサイメイは立っていた。
傷口の大半は、既に塞がっていた。異常なまでの回復速度、サイメイはさしてや疑問にも思わない。自分は異常なのだ、理解はしている。
脳が痛みを上げている、先程の影響なのは明白だった。自衛本能が働くと、あの赤い目が開く。
サイメイは嫌悪していた。死にたい時に死ぬことが出来ない、殺されると思っても、赤い目が邪魔をする。
空間を掘削する絶対無比の力。そんな物は、サイメイは必要としていなかった。




ドアが、開く。




後ろ姿が見える。白衣を着ている。背後だけ見ても、疲れているようには見えない。やはり、この状況を楽しんでいるのだろうか。
モニターを見つめている。モニターには二つの機体が映っている。
北辰の夜天光、そして、宇宙の闇紛れるかのような、黒く、鈍重なフォルムを持つ、ブラック・サレナ。
やはり。サイメイは自分の直感が当たっていた事に歯がみした。北辰は強い、今のアキトと比べれば、どちらが勝つとは言い難い。
どちらにせよ、決着が付く時は一瞬で付くだろう。


「久しぶりだな、先生」


後ろ姿に声を掛ける。先生、心の中で、自らが放った言葉を噛みしめる。


「やあ、やっぱり君だったんだね」


こちらを振り向いた。顔の程はまだ若く見える、疲れている様子はやはり、無い。
にこやかに笑っていた。戦場には合うはずもない、狂った笑顔だった。
懐から銃を取り出し、ヤマザキの方へ向けた。


「渡してもらおう」


またヤマザキが笑った。しかし今度は、ニヤリ、と北辰に似た粘着質な笑みを浮かべた。


「僕達を纏め上げる事が出来る器を持ったはずの君が、何故ネルガル如きの為に体に傷を付けなければならないんだい。僕には理解できない」


「先生が理解する必要は無い、器だろうがなんだろうが、俺は離反した。だから協力など決してしない」


引き金を少し引く。チキリ、と金具が軋み音を上げる。


「テンカワアキト、彼は最高の素材の一つだった」


どこか遠くを見ている表情で、ヤマザキはそう言った。


「だろうな」


「しかし、君と同様、私の手を離れていってしまったがね」


それはミスマルユリカを遺跡に組み込んだのが悪いんだろう、言いかけたが、飲み込む。
ヤマザキが手を振った。何かが投げられてくる。MOだった、これも又前時代的だが、確実に記録を残せる媒体の一つだった。


「それがリストだ、持っていきたまえ。もう僕には必要無いからね、これから君に殺される、僕には」


銃を再度構え、狙い直す。将門と将星を合わせる。狙いは確実になった。


「俺は」


サイメイが語り始める。


「アンタを憎いと思ったことは、無い」


「そうなのかい、てっきり僕は、君が僕を憎く思っているから殺しに来た、そう思っていたのに」


「親父も、あの研究所に居た全員憎くは無かった。俺が逃げ出そうとしたとき、偶然居合わせたから殺した。運が悪かっただけだ」


ヤマザキは笑みを崩していない。


「でも、一つだけ先生達が憎かった」


「なんだい、それは」


「赤目、そう呼ばれるのが心底大嫌いだった。俺の体に限界が来たときも、死ぬ事より、先生達にその名前で呼ばれるのが苦痛だった」


引き金を引き絞った。


「なあ先生、アンタは、何がしたかったんだ」


「何も」


「なら、何を望んでいたんだ」


サイメイの顔は歪んでいる。泣いているとも少し違う、悔しがっているとも又違う。なんとも言えない、そんな表情だった。


「……何も」


ヤマザキは、瞳を伏せながらそう言った。
一つ、乾いた音が部屋の中に響き渡る。ヤマザキは額から血を噴き出して倒れていく。
サイメイには、それがまるでスローモーションのように見えていた。
目を瞑り、宙空を仰ぐ。











一つ、終わった。









Schlieslich ist es gleich (終わりに等しく) 5. 「Ende zwai」









二つ目の、終わり?








ヤマザキが倒れた向こう側で、コンピューターが激しく明滅している。
警報が鳴り響いた。赤色灯が回転を始める。サイメイは、それを冷たい眼で見つめている。
コンピューターに近づき、覗き込む。



警報、三分後、自沈、各員、艦を脱せよ、警報、三分後、自沈、各員、艦を脱せよ。



機会の合成音が響き渡った。


「この艦を丸ごとチャフに変える気か」


サイメイが苦々しげに呟いた。
この艦を爆発させ、電波障害を引き起こし、混乱を、混迷を、混沌を巻き起こす。
ヤマザキの考えそうな事だ。


「置きみやげのつもりか、ふざけやがって」


拳をキーボードに叩きつける。潰れ、紫電が走った。
モニターに目をやる。夜天光に追跡カメラを付けているのだろうか。しかし、はっきりと映っていない。
着いてきていない、早すぎるのだ。亜音速で戦いをしているのか、最早想像を絶している。人間ですらあり得ないのか。
サイメイが笑った。下を向き、楽しそうに、笑った。


「まったく持って、どうしようにもない奴らだ」















「敵旗艦、内部炉が圧縮開始!自沈まで残り120!」


メグミの声が艦橋に響き渡った。前方に二つ、艦がナデシコの進行を止めるように鎮座している。
いや、実際に止めている。倒す事では無く、止める事だけに専念している。数の都合で攻撃をかける事は出来ない。
確実に量を上回っている状態で、防戦の陣を引いている。現状で突破は難しい。
リョーコ麾下の部隊の一人が落とされた。そして、ライオンズシックルから一人、アマノヒカルが負傷し、収容されていた。
攻めきれない上に予断を許されない状況。苦しい状況だった、圧倒的に優劣が分かれている。

そして、この報告だ。本来ならば撤退の命令を出すべきなのだろう。爆発の余波が予想出来ない、ならば撤退するが上策だろう。
前方の敵に撤退の様子は無い、ならばこちらも引けないのだ。そのまま掃討戦に持ち込まれれば、負けは目に見えている。
艦長席に座りながら、ルリは拳を強く握りしめた。


「各員、耐ショック体勢。120後、電波障害が起こります。通信をアナログに、回線確保を最優先」


素早く命令を飛ばす。この状況下において、動揺を表さず、あくまで冷静沈着に命令を出せるのは流石と言える。
炉を爆縮すれば、計算外の力が出るだろう。電波障害では済まないかもしれない。


「ここが正念場です。これを最後のデジタル通信とします、全員、これ以上犠牲者を出すことは私が許しません。以上」


ナデシコが震動する。
いや、この宙域全体が爆震しているのだろう。ウィンドウが砂嵐と共に消えていく。艦内の電源の半数が落ちる。
混乱はさしてや少ない。


「敵旗艦、自沈した模様です」


艦外の機体よりのアナログ通信がメグミの元へ入る。
艦外は混乱を極めている模様だった。機体のコントロールも整備が甘かったものから失っているようだった。
その点で、火星の後継者の六連は大半が沈んだらしい。浮き足立っている。


「パイロット全員に通達、ジャミングが治まるまで、ナデシコににとりつき各個迎撃。ユーチャリスまで前進します」


ユーチャリスの現在の状況はまったく解らない。静止している、とも入っている。
ルリには一つ疑問があった。何故旗艦が自沈したのか、落とされたのではなく、何故自爆なのか。それだけが気にかかっていた。

チャンスは今しかない、今は余計な事を考えないでアキトの所へ向かうべきだ。
このまま行けば、前方の二艦は沈む。通信が無くとも闘えるのである、ナデシコのパイロットというものは。
死傷者が一名。この数字は大きかった、せめて高杉三郎太が健在なら、これは無かったのだろう。
悔やんでも仕方ない、あの場に居なかったのは自分の責任だが、自分が居れば万事上手く納まったのか。それは否だった。


モニターは目視に切り替わっている。ユーチャリスがいた方向には、不気味な静けさが漂っているように見える。
無事なのだろうか、それとも既に死んだのだろうか。
頭を振って、考えを振り払う。
先の爆発は、こちらに勝機をもたらした。今は、それを逃さない。
また、ルリは拳を握った。










ユーチャリスの周辺は、不気味な静けさを漂わせていた。
敵旗艦の自沈による電波障害も、足止めを喰らっていたユーチャリスには、さしてや影響は無かった様子だ。
無人兵器は出した先から爆裂していく、何かに衝突したように、爆発するのだ。
グラビティブラストも撃てない、どこに居るかわからない以上、アキトに当たる可能性もあるのだ。
ラピスの耳には、アキトからの返事すら来ない。忘我状態か、はたまた極度の興奮で見境を失っているのか。
どちらでも、良くはなかった。



夜天光が突っ込んでくる。避けるが、装甲が軽くひしゃげる。
間断を狙い、アキトは夜天光に向け突貫する。武装も何も持たずに、その機械の拳一本で。
夜天光も同様だった。元より武装は何一つとして装備していないようだった。火星極北での戦いを再現している、とでも言いたげに。


「ふざける……な」


呻くような声。亜音速で長時間行動は、身体に影響を及ぼす、アキトとて、その例外では無いのだ。
しかし、北辰は例外だった。その事をアキトは知らない。夜天光が間合いを取るためか、離れる。それに同速度で追いすがる。
機体の各所が軋みを上げる。火星極北会戦以後、ろくな整備をしていない。ガタが来ていても、何も不思議ではないのだ。
限界性能を引き出せば、追加されている装甲は剥離していく。時間は少ない、サレナで無ければ勝つ事なぞ出来ないだろう。
次の一合で。アキトは眼前のモニターに集中した。夜天光が近づく、既に静止し、構えている。
迫る、すれ違う刹那、夜天光、ブラックサレナが拳を交える。まず一合、サレナの拳が夜天光の頭部を捉える。頭部がもげる。
それと同時に、夜天光の拳がサレナの左腕部を捉える。決まらない、その場に留まり二合目を向かえる。


「北辰」


アキトが叫ぶ、左腕は装甲のみの損害で事無きを得た。右腕で拳を放つ、夜天光が左で放つ。合わさる、まったく同時に拳と拳がぶつかる。
互いの拳がひしゃげる。サレナの右腕が瞬時に変わる、グラビティカノン、放つ。夜天光の機体に吸い込まれていった。
夜天光が前に出る、コクピットに被弾しているように見えるが、浅かったのか。潰れたままの左拳を放った。
かわしきれない、右腕を装甲ごと持っていかれた。密着し、サレナが同じく潰れたままの左を、コクピットに叩き込んだ。


夜天光が静止する。
アキトは、自分の呼吸が止まっていた事に気付き、顔を苦しみに歪めた。荒く息を付き、ようやく呼吸が戻る。
モニターから見える夜天光は、宙に漂っている。倒したのであろうか、止めを刺すべきなのであろうが、今は出来ない。


「来たか、ナデシコ」


目視で確認できる程、ナデシコはアキトに迫っていた。
火星の後継者は全滅していた、未だに少数が群がっているが、片っ端から落とされていく。
既に戻る艦は、無くなっている。それ故の特攻なのだろうか、傍目から見ても均整のとれていない。只闇雲に体当たりしているだけである。
終わった、アキトは深く溜息をつき、先程から応答を願っているラピスに、無事を伝えた。
ようやく、全滅させたのである。願ってもいない復讐の対象を。旗艦の自沈は些か不可解ではあったが、脱出は確認されていない。
全て掃討されている、眼前の船によって。


サレナの右腕をパージする。機体が揺れる、左腕のカノンは出すことが出来なくなっていた。
このままでは、捕まるしかないのだろうか。しかし、こちらにはボソンジャンプがある、いざとなれば、逃げればいい。
アキトはまた一つ、息を付いた。ここで痛手を負わさなければ、また追ってくるのであろう、あの娘ならそうする。
意外と強情なのだ、それは知っていた。だから、余計に虚しくなる。


「ラピス、ナデシコに向け、グラビティブラスト一斉照射」


ユーチャリスから、四条の黒い閃光が迸る。ナデシコに向かい、真っ直ぐ向かう。
直撃なら沈む、今のナデシコに四本のグラビティブラストに耐えれるほどの余力は無い、アキトはそう見ていた。
火星の後継者に追いすがられている上、横合いからのグラビティブラスト、これなら沈まざるを得ないだろう。
ナデシコがグラビティブラストを放つ、それで二本がねじ曲げられた、しかし、もう二本。
アキトは静かに目を瞑った。これでいい、そう唱えながら。かかってくるなら命を懸けなければならない事は、向こうも承知の筈だ。


「アキト」


ラピスの声が頭に響く。目を開ける、そこにはナデシコがいた。落ちてない、爆発一つ起こっていない。
馬鹿な、そう思い、ナデシコ周辺を拡大した。機影は少ない、火星の後継者の六連はもう数機しか残っていなかったが、今ので全て落ちた。
ナデシコ麾下の機体は一つのみになっていた。スバルリョーコの機体一機のみ、後は既にガレージに収容されたのだろう。
いや違う、アキトは眼を凝らした。後一機、いる。


「ラピス、指定座標拡大」


サレナでは無く、ユーチャリスに走査させる。
すると、見えた。サレナ、今自分が駆っている機体と同型の機体が、見えた。灰色を基調とし、所々に赤黒い色が引かれている。
モニターに識別コードが表示される。
「サレナ’コードナンバー「アヴェンジャー」」そう表示されていた。ネルガルか、アキトは直感した。二条のブラストを単機で防げるのか、とも感じた。
まさか同型を出してくるとは思わなかったが、もっと不可解な事があった。それは、何故今まで出てこなかったのか、それが解らなかった。
裏で何かをしていたのだろうか、旗艦の自沈、あれに関係しているのでは無いか、そう思ったが止めた。無駄なのだ、考えても。


向かってくるつもりなのだろうか、アヴェンジャーは動かずに、只真っ直ぐこちらを見据えている。


逃げる、アキトの脳裏にその言葉が過ぎった。今アレと戦えば、確実負ける。そう直感したからだ。
捕まるわけにはいかない、なら無様だろうが何だろうが逃げるのが上策だった。


「ラピス、木星宙域にジャンプする、演算を」


数十秒で終わるだろう、それならば交戦しても耐えきれる。
アヴェンジャーの片手がアキトに向けられる。来るか、そう思い、アキトは再びスロットルに喝を入れた。
銀色の光が照射される、細く、肉眼では確認しずらい程の光。実弾ではない、ならば何だ。とりあえず、アキトは光の進行方向から機体をどけた。
光が四散する。淡い青色に似た光が辺りを包む。それはボソンの光にも似ているような気がした。
電波障害は起きない、他にも何も異常は起きない。しかし、警戒はするに値するだろう。


ラピスの演算が終了し、結果が頭に直接入ってくる。イメージを浮かべる、ボソンの光が当たり包み始める。


しかし、飛べなかった。何かに阻害された。もう一度やるが、やはり出来ない。何故だ、アキトは動揺を隠しきれなかった。


「主人公が退場する物語なんて、ないだろう」


ウィンドウが開いた。男が一人映っている。アヴェンジャーのパイロットだろうか。


「ここいらで幕としよう、特一級犯罪者テンカワアキト。この俺、サイメイリョウが引導を渡す」


引導、つまり捕縛でなく、この場で処分するつもりなのだろう、ネルガルは。
ジャンプが出来ないのも、先程の光のせいだろうか、ネルガルの製品、あり得ない話では無かった。


「やれるものなら」


アキトは低く呟いた。画面の向こうでサイメイが笑う。


「でもまあ、これじゃフェアとは言い難い、よな」


サイメイが薄ら笑いを浮かべながら、そう言った。
苛立つ、顔からナノマシン光が放たれる。
アヴェンジャーの右手が、自らの左手を潰した。そして、右腕を丸ごと切り離した。何も損傷をおっていないのに、である。


「なめるな」


「今のお前なら誰だって勝てる、小僧が、いきがるなよ」


「貴様」


「後ろの奴に手出しさせん、さあ、来いよテンカワアキト。俺を潰して見せろ、それとも潰されたいか」


何も言わずにスロットルを切る、ラピスが何事が話しているが、最早耳には入ってこなかった。





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はいこんにちは、胡車児(F沢)ですこんばんわ。
完結編(1)です、予想通りです、凄いです。
……どうにもプロット内で納める技量は私にはないようです。ショゲ。
次こそ、次こそ真の完結編をば、お見せしましょう。そしてエピローグです。
エピローグではサイメイの謎やらなんやらを明かす予定です。色々と謎多き方なんで。



では又、今度は伸ばしません。終わらせます。そして感想をかならず頂きます!
Actionを代表するSS作家を目指して、とりあえず夕陽まで走ってきます。


「ポリエスチレン・テクニカルズ」
http://polytech.loops.jp


 

 

 

代理人の感想

長いようで短かったこの作品も(いや、実際それほど長くはないですが)遂に次回で完結ですか!

 

・・・・・・・・・・・・・・ちっ。(核爆)

 

取合えず、この状況でどうオチをつけてくれるのかが楽しみです。

あと、謎解きも。