勝負の節、坐臥にして其勝を取る事、気の進退虚実に在り。常に熟し、自然と其法叶う時は、忽ち其勝を得る。
勝負は其常に在り。対する事一間に過ずして其虚実を察し、一毛の変動無く、明徹にして其別に至るのみ。

貫心流「気」より




隙臥 四つ幕.「闇闘」




心を静めていた。
深夜となった今では、誰も居ない道場で一人、正座をし、精神統一をしていた。
一週間後、館内の対抗試合が行われる。それを、キリタニ・ケンゴは待ち望んでいた。
同期に入館したヒロサキ・ナカヤとの決着も、そこで正式に着く事となる。
地稽古では、お互いに拮抗していた。が、試合の場ともなれば、本領が発揮されると言う物。
ライバル意識は、お互いに持ち続けてきた。だから、ここまで強くなることも出来たのだ。
思えば偶然だった。この拳流館の門を叩く時、偶然ヒロサキが横にいた。それだけだった。
成長する速度も、練度も、同じだった様な気がする。
兎にも角にも、一週間後、つまり、この一週間の錬成で、互いの真価が問われるのだろう。館長も、皆も、この一戦に注目している。
ヒロサキとは、親友の様な物になっていた。時には、酒を酌み交わし、子供の様に笑い合う。しかし、試合となれば、別だ。
空手に関しては、恐ろしい程、純粋な男なのだ。今も鍛錬に励んでいるに違いない。そう言う男なのだ。
手抜かりなど在るはずがない、最高の状態で、一週間後に望むだろう。
キリタニは立ち上がり、呼気を一つ。両手を腰の辺りにまで、上げ、そのまま拳を突き出した。
気持ちよく空を切る。それを見て、キリタニは頷く。
迷いは無い。それは、恐らくヒロサキとて同じ、自分が怖じ気づく訳にもいかない。無様な負けは、ヒロサキに対する侮辱になるからだ。
勝つ、負けを考えた自分を叱咤する様に、キリタニは咆吼した。

拳流館道場を後にし、キリタニは家路に着いていた。
既に明かりは辺りに無く、僅かな街灯の光だけが、寂しげに照らしていた。
公園を通る、深夜の公園は不気味に静まり返っていて、寒気すら覚えさせる。
キリタニが立ち止まった。まだ公園の中央、辺りには滑り台や砂場がある。キリタニは、そこで立ち止まっていた。
表情が険しい、威圧する様な眼差し。鬼気と呼ぶに相応しい、辺りが震えるかの様な殺気。

「誰だ」

低く唸るようにキリタニが呟いた。返事は帰ってこない。キリタニは、近くにあった木を睨み付ける。
人が隠れる出来る幅を持ったその木を、じっと睨み付ける。

「出てこい」

そう言うと、木の陰から、更に影が生えてきた。
男、僅かな街灯の光が、男の顔、全身を映し出した。身の丈は190に達するか、と思うほどの長身。
そしてその体は、黒いジャンパーで遮られているが、キリタニの目には、その下にある凶器ともなり得る肉体を、見抜いていた。
闘気を感じた。獣じみた、荒々しくも猛々しい気を。

「この俺を、拳流館と知って、挑もうとするか」

挑む、間違いなく男は、自分と戦おうとしている。それを感じ取った上で、キリタニは言った。

「勿論、拳流館のホープ、キリタニ・ケンゴさんだろ?アンタ」

軽い口調で、男が笑いながら話す。
キリタニの顔が、不機嫌そうに歪む。

「一週間後、大切な試合を控えている。貴様みたいな輩と、戦う訳にはいかん」

「へえ、逃げるのかい」

「何とでも言うが良い、俺にとって、万全を期すべき試合なのだ」

「なら、俺がきっかけを作るしかないのかね」

男が黒のジャンパーを脱ぎ去った。その下は、やはり黒いシャツがあった。
男の表情は、今にも飛びかかってくるかの様に、歓喜に満ちていた。キリタニは、手に持った荷物を置いた。

「強い奴と闘りてぇんだ。まあ付き合ってくれよ」

舌なめずりをする様に、男が呟いた。キリタニの拳に、力が入る。

「それとも、拳流館ってのは、皆腰抜けなのかい?アンタみたいによぉ」

「貴様、拳流館を愚弄するか」

「アンタを見れば、言いたくもなるってもんだ。腰抜け拳流館のホープ、キリタニさんよぉ」

「貴様!」

キリタニの足が、強く地面を蹴る。
男とキリタニの間には、およそ数メートルの幅あった。キリタニは一瞬で、それを詰めた。

「おっと!ルールは!」

「そんなもの!いるか!」

「上等!」

キリタニの体が、男に近づいた。右拳が繰り出される。男の上体が横に逸れ、かわす。
男は思案していた、次のキリタニの挙動を、まずは右拳が来た。試合のビデオなどから見た、次の攻撃は。
左蹴り、予想した通り、顔面を狙って、キリタニの鞭の様な蹴りが繰り出された。それを腕で受け止める、衝撃が腕に走った。
その足を掴もうとするが、既に引かれていた。思っていたより、遙かに早い。
やはり本物はやりがいがある。
キリタニの突きが次々と、男を襲ってくる。だがいつまでも、攻勢にされているのも、癪にさわる。
キリタニの右拳を、同じく右掌で受け止める。キリタニの顔が一瞬驚愕を呈する。すかさず引こうとするが、男は放さない。
男が左拳で、キリタニの顔面を打った。キリタニの眼球が揺れる。続いて蹴りを、脇腹に叩き込もうとするが、それは阻まれた。
脇腹に激痛が走り、右手を思わず放していた。キリタニの右蹴りが脇腹を捉えていた。
一旦間を取り、直ぐに男は、キリタニに襲いかかった。跳躍し、男が飛びかかった。
金的を狙い、キリタニが貫手を突き出す。膝でそれをうち払い、キリタニに拳を当てた。キリタニの体が、鞠の様に地面を転がる。
追撃をかける為に、男が走った。キリタニは顔面の血を拭いながら、立ち上がっている。
今が好機、そう男は踏んだ。まさか空手家のこの男が、金的を狙ってくるとは思いもしなかった。
試合でも決して見せたことがない、そう言った汚い点。その点を見つけ、男の顔は更に嬉々としていた。
膝立ちになっていたキリタニに、再度飛びかかる。
マウントポジションを取った。キリタニの顔が、焦りを浮かべている。その顔を、数度、殴りつける。キリタニの顔が左右する。
キリタニの顔が赤く染まっていく、返り血が男にも数滴ついていた。キリタニの目が回り、意識が途切れつつあるのが解る。
勝った、そう男が確信した直後、喉元に強い衝撃が走った。キリタニの右が、男の喉を当てていた。
人差し指と親指の間で、引っかけるように男の喉を殴っていた。喉輪、男の力が一瞬抜け、その瞬間、キリタニの目が光った。
左で、男の腹部、水月を打った。男の体が、キリタニに跨ったまま、くの字に曲がった。下がった男の頭を掴み、自分の頭とぶつける。
男の体から完全に力が抜け、キリタニは男を突き飛ばした。今度は男が、地面を転がる。

男は苦しそうに呻きながら、立ち上がろうとしている。キリタニは意識を整える様に、呼気を繰り返していた。
顔面の血を拭う。顔の傷が痛むが、それを気にしている余裕は無かった。男が、立ち上がる。その顔は笑っている。

「強いねぇ、やっぱ、いいわ、最高だ」

口元を拭いながら、男が可笑しそうに笑った。
それが気に入らない、今すぐ飛びかかりたかったが、消耗が激しい。それは男も同様だった。
互いに睨み合う、その時間は長くはなかった。

「セイィヤァアアアアアアア!」

キリタニが咆吼し、だんっと地面を蹴った。男も素早く構え、迎撃の体勢を取った。
キリタニが渾身の力を込め、拳を放った。最初は少し相手にして、逃げるつもりだったが、そうもいかない相手だった。
そして、拳流館を侮辱したのだ、許すわけには行かなかった。
キリタニの渾身のブローは、男の体に納まっていた。男の吐き出される息の音が聞こえる。決まった、そう思った。
しかし、男はキリタニに目を合わせ、苦しそうに、にやりと笑った。キリタニの心臓が、跳ね上がった。
拳を当てられても、怯むこと無く、男はキリタニの胸元を掴んだ。
キリタニが蹴りを繰り出そうとするが、それより早く男はキリタニを宙へと浮かばせていた。片手で胸襟、もう片手で袖襟を掴み、投げる。
地面に背中を打ち付けられるキリタニ、がはっと息を吐き出す。
男は、そのまま肘を、キリタニの腹部へ降ろした。更に、キリタニの目が見開かれた。口からは泡が噴き出している。
キリタニの意識は完全に失し、そのまま地面に力無く横たわった。
男が立ち上がり、全身を払った。キリタニが打った腹部が痛み、そこを押さえて、再び蹲った。
咳き込む、何度か咳き込んで、また立ち上がった。

やっぱり、噂に嘘偽りは無かった。強かった。ここまでやり甲斐があった相手も、久しかった。
大きく深呼吸し、地面に投げはなっていたジャンパーを、拾いに行った。体は暑い、気温こそ寒いが、今の自分には何ともなかった。
急所を狙い来るしたたかさ、マウントを取られても尚、抗うその精神。正に強敵だった。
それでも、最後に勝ったのは自分だ。そう思い、男は笑みを浮かべた。
キリタニに背を向けて、男は歩き出した。ジャンパーを片手に下げ、少し危うい足取りで、歩き出した。
体の節々が痛んでいる。だがそれは、男に言わせれば、勲章の様な物だった。




口元の血を拭いながら歩く。
この男の名を矢神那雄。
ヤガミ・ナオと言った。








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こにゃにゃちは、胡車児です。どうも。
ヤガミ・ナオ御大、ご登場して頂きました。この一件、Benさん有り難う御座いました。
漢字は勝手に当てました。気にしないでください。
性格変わります。ごめんなさい。
イメージ崩れますかも、御免なさい。
「正規」のナデシコキャラじゃないからいいですよね。うん、いいんだな。

オリキャラ出るどころか、オリキャラだらけになりそうです。
アキトは意外は、実際全員オリキャラなんですからねぇー。ああ、どうしよう。
キリタニ・ケンゴ、桐谷健伍と書きますが、彼は当て馬ではありません!

これからもひつこく出します!
一度やられたからはい終わり、なんて事は絶対にしませんよ。
普通は諦めませんからね、そこまで全員人間出来ていません。


それでは、又。


収拾がつかないで焦っている胡車児でした。


「ポリエスチレン・テクニカルズ」
http://polytech.loops.jp


代理人の感想

つかなくてもいいのですよ、読んで面白ければ(爆)。

正確には「収拾つかなくても面白い作品もある」と言うべきですが。

 

しかしナオさんもいつのまにか危ない人になっちゃって(笑)。

・・・いや、それともこれが正史のナオさんなのかな?