機動戦艦ナデシコ

 

〜ILLEGAL REQUEST〜

 

 

 

 

 

 

 

もう、ずっと昔のこと・・・・・・・・・・・・

 

私と、あの人の出会いの時・・・・・・・・・・

 

なんとなく、未来が見えたあの時・・・・・・・

 

 

 

私があの人に逢ったのは6歳の時だった。母が死んで、私は孤児院で生活するようになった、そんな時。

 

 

母は優しかった。父の顔は知らなかったけど、私は幸せだったのだろう。
父がいないことに疑問すら抱かなかった。
でも、幸せは永くは続かなかった。母が死んだ。私は一人、広い家に取り残された。
黒い、大きな人達が大勢やってきて、言いたい放題だった。私は、悲しかったのに。
遺産とか、後継者とか、養育費などと、子供には少し難しい言葉も出てきた。
彼らの傍で私は聞いていた。
彼らはそのことに気付いていてもどうしようといったことはなかった。
当時の私は5歳だった。聞いていても理解できないと思ったのだろう。

 

彼らの言葉は私の心を凍らせた。

 

「仕組まれた子供」

 

「未完成」

 

それは、人に対する言葉ではなかった。
物・・・に対する蔑称。中でも、私を最も壊した台詞・・・・。

 

「哀れなガキだ。見せかけの優しさに育てられたようなものだったなんてな。ビジネスだったんだろ?」

 

信じられなかった。信じたくなかった。否定してくれるはずの母は、もう、何も語らない。

 

私は孤児院で暮らすようになった。遺品の整理は大部分を大人に任せた。
私が必要だったのは父と呼ばれる人物からの手紙と、母の形見のペンダント。
手紙は読んだ直後に燃やした。内容は私を傷つけるのには十分だった。
要約すると、優秀な人物に育てるために、火星に母とともに暮らさせたこと。
クリムゾングループを纏め上げる後継者としての教育を施していたということ。
母が死んだので父の元へ、地球に帰ってくるようにということだけだった。
謝罪の言葉は無かった。一緒に暮らしたいとの言葉は無かった。

 

 

私は・・・・・道具じゃない。人間だもの。
二本の足で立って、大地を踏みしめる。どんな生き方したって自由。
私は・・・・・・貴方のものじゃない!

 

父の所に行かなかったのは単純に反発心からだった。
皮肉にも彼らの施した‘教育’がそれを可能にした。

 

私は孤児院にはいってから誰にも心を開かなかった。
もう、傷付くのは嫌だったから。騙されるのも嫌だった。常に私は近づいてくる人達を追い返した。
大人も子供も関係なく。
でも、協調性が無かったわけじゃなかった。
やらなければいけないことは誰よりも速くやって見せた。褒められても嬉しくなかった。
むしろ、鬱陶しかった。日に日にストレスは溜まっていった。胸の奥で暗い炎が燃えているようだった。

 

そんな時、あの人が現れた。

 

女の子のような顔立ち。私とそう変わりないだろう身長。
細身の体に、ハイネックの黒いシャツ。黒のスラックス。
その上になぜか大人サイズの白衣を着ていた。
裾の部分はずるずると引き摺っていて、どうにも可笑しかった。
でも、笑えなかった。メガネの奥の瞳を見たから。

 

地球の海を連想させる優しい瞳。

 

そこは、哀しさと強さの間に揺れていて・・・・・切なかった。

 

それがその人の第一印象。

 

その人はそれから何度も孤児院に来た。笑いかけてくるその人に興味を持ったのも事実だった。
でも、私はその人を傷付けた。時に怪我を負わせ、時に酷い言葉を浴びせた。
解らなかったから。傷付きたくなかったから。近づいて欲しくなかったから。
胸の奥の暗い炎で焼き尽くさんばかりでその人に応対した。
それでもその人は私に対する態度を改めようとはしなかった。

 

ある時私はその人に聞いた。

 

「あなた・・・・・・・なんで私に構うの?」

 

その人にメリットはない。怪我も負わせた。酷いことも言った。
では、何でこの人は笑っていられるの?私は・・・・・・・笑えないのに。

 

人に優しい?それは自己満足。
誰かのために?それは偽善に過ぎない。
そうやって考えるのが私だったから。
その人は少し考えたようで、即答ではなかった。

 

「・・・・・・・なんでだろ?」

 

子供らしからぬ苦笑いを浮かべてそう答えた。

 

「・・・・・・・わかんないで私に付き纏ってたの?」

 

これには毒気を抜かれてしまった。理由もないのに。何でこの人は・・・・・・?

 

「・・・・・あなた馬鹿?」

 

思わず口から出たのがその言葉だった。あんまりといえば、あんまりだけど。

 

「・・・・笑った」

 

私に質問には答えずに、彼はぽつりと言った。

 

「・・・え?」

 

鸚鵡返しに私は問う。

 

「笑ったんだよ、君」

 

私が・・・・笑った?笑えなかったのに?

 

「理由、わかった」

 

ぽんと、掌を合わせると、にぱっと笑いながらその人はこう言ってくれた。

 

「・・・・・笑った顔が見たかったんだ。」

 

「・・・・なっ!」

 

恥ずかしかった。それも凄く。

 

「そっちの顔のほうがずっと好いと思うし・・・・・」

 

赤面して俯く私の前で、その無神経さを発揮して、その人はいまだ語り続ける。

 

「綺麗だと思う」

 

何も言えなかった。

 

「そんなに良い顔できる人が無表情だったのが気に食わなかったんだろうな、僕は」

 

納得いったとばかりに頷くその人に、私は落ちていた棒切れを引っつかみ、
問答無用とばかりに振り下ろした。

 

ブンッ!!!!

 

「うわっ、何すんだっ!?」

 

これまでの経験からか、その人は紙一重でその攻撃を避けた。

 

「・・・・・あんたねぇ・・・・」

 

普段よりずっと低い声で。

 

「怒ってるの?」

 

怒ってる訳じゃなかった。恥ずかしかっただけ。素直になれるわけじゃなかった。

 

「ふふふふ・・・・・ありがと」

 

「どういたしまして」

 

その人はこちらの気も知らず、のほほんと笑っていて、どうしようもなく腹が立った。

 

「でもね・・・・・・デリカシーのかけらもないと、長生きできないわよっ!」

 

これが私、ツキシマ カスミとクサナギ トウヤの付き合いの初めだった。

 

 

 

それから2,3年してから私は孤児院から出ることになった。って言っても追い出されたわけじゃない。
とあるお人好しのお宅が部屋を貸してくれるのでそこにお邪魔することになったわけ。
しかもかなりの好待遇。食べ物は出るそうだし、治安の面でも考え得る最高の場所だったらしい。
家主さんは部屋を借りる際会ったのだが実に妙な人だった。豪快・・・・・ではない。
でも、それに似た雰囲気なのに落ち着けるような・・・・。初めての感じだった。
でも、驚いたのがその人がトウヤの父親だということを知った時だった。
その時のトウヤはふらりと孤児院に現れては遊んで行くといった気紛れな所を遺憾なく発揮していた。
私は彼が既に職業らしきものに就いているのを知っていたので随分連れ歩いていた。
顔を合わしたとき、最初は同情かと思い怒りかけたが、ハトマメな顔をしていたので知らなかったんだろうと予測できた。

 

 

それからの一日一日は充実感に溢れたものだった。日毎に私は警戒心を解いていった。
トウヤの知識は並外れていて、歩く図書館かと思ったぐらい。私の先生代わりになって貰った。
家主さんことミツキおじ様は父のイメージを私に教えるには十分過ぎる人だった。
・・・・・・・・・・でも、そこには母親はいなかった。
そこで私は子供らしい残酷で率直な疑問を二人に投げ掛けてしまった。

 

「トウヤのお母さんはどうしたの?」

 

おじ様は何も言わなかった。重い沈黙がいつもの明るい雰囲気を覆ってしまった。

 

「僕のせいだ」

 

彼・・・・・トウヤはただそれだけ言うと自分の掌を見て動かなくなってしまった。
おじ様は辛そうにトウヤを見ているだけで何も言わなかった。
暫くそのままでいるとまた、トウヤが口を開いた。

 

「僕が・・・・殺したんだ」

 

その顔はまったくの無表情だった。哀しみも、怒りも何も映さない、虚無。
それは、私がしていた拒絶の無表情ではなかった。
もっと深く、もっと狂った、そして・・・・・・・ずっと哀しい表情。

 

どこまでも、何も生み出さない、自己断罪。嫌悪でも、否定でもない、断罪。それを彼は抱えていた。
それなのに、この時の私にはかける言葉もなく、してあげられる事もなかった。
救い難い事に、そうしようとする気さえなく、ただ圧倒されるだけだった。

 

 

後で知ったことだけどトウヤはとある事情により命を狙われ、お母さんに庇われて生きていたということだった。
その結果、母が死に、トウヤは心に深い傷を持つことになったのだけれど。
私は嫌いになった母を思い浮かべた。母は確かに優しかった。
ビジネスと腹の立つ黒子は言ったが、それは現実とは限らない。
確かめようは無いけれど、それでも、母は私との生活を楽しんでいてくれたのではないのだろうか?
私の考え方次第と思い直し、忘れないようにしようって思っていた。
父に対しては相変わらず許す気はノミの毛ほども無かったけど。

 

 

 

時が経つごとにトウヤは変わっていった。おじ様にしごかれて、驚くほど強くなっていった。
怪我することもあったけど、心の傷は負わずに済んだのだと思う。
母親のことで自分を責めることはなくなった。
取り合えず表面上は。あの哀しい仮面は私はもう見ていない。
それから、色々な事を溜め込まず、話してくれるようになった。
ひとつ彼のことを知るごとに彼は私を頼ることも増えていった。
比翼連理という言葉が脳裏をよぎり、赤面したのは私だけの秘密。
私も変わった。家事を全て受け持つことになった。
それに伴い、莫大なクサナギ家の財産全てを管理するようになった。
掃除は言うに及ばず、食事もこなすようになった。
最初のころは屈辱的なことにトウヤや、キングオブ不器用のおじ様にすら味で負けていたが、
私はいつの間にやら二人を追い抜いていた。(トウヤはともかく、おじ様は後片付けが大変)
ミツキおじ様が再婚したり、それが原因でトウヤが一年以上も家出したり、奥さんが若いのでびっくりしたとか。
私にとって刺激的な毎日だった。
事件に首を突っ込んだり、巻き込まれたり、大変な事もたくさんあった。
その事件毎に妙な、でも、有能な人達に出会った。気に入らない言葉だけど、運命って奴みたいに。

 

 

そんな生活の合間に私はピアノを弾く。歌声が緩やかに流れていく。
これも仕組まれたらしい能力の一つ。社交界デビューでも狙っていたのだろうか?
随分長い間、練習していた気がする。私にとっては忌まわしい記憶の一つ。
でも、今では嬉しい瞬間でもある。
クサナギ邸の広い庭で、土いじりという趣味を持つトウヤが、確かに和んでいる。
いつも、自分の事しか気にしていないような素振りで、他人のことしか考えていない人が、
自分の時間を持って、穏やかな表情をしている。
私は彼にそういう時間を作ってあげられる。それは嬉しいと同時に幸福感すら与えてくれる。
昔の私ならここで偽善者だとも思っただろう。でも、今の私にはそれだけじゃないって思う。
それは確かな自身。私が手に入れた、ワタシ。
作られた私。
創り上げた私。
今では、そんな事どうでも良くなってしまっている。
ご近所で‘天使の歌声’なんて評判の歌声を披露しながら、

 

「天使は人に恋ってするのかな・・・・・・・・・?」

 

なんて思って・・・・・・。
いつも、おじ様にからかわれる。

 

 

 

そして、現在。
私は実の父親と闘う為にここにいる。
大切な人の傍ら、信頼できる人のサポート、守りたい人のために。
私にとって悲しい未来もどうでも良かった。
いえ、大切な人たちがそれを見て心を痛めるのなら全力で阻止する。
今では、私の半身、シズクも賛同してくれている。
後どれだけの寂しい時間の後に幸せな未来がやってくるだろう?
あの人は後どれだけ傷付けば傷付かずに済むのだろう?
犠牲無くして変革はならない。過去の歴史からそう習った。
でも、あの人は・・・・・その犠牲を減らそうとしている。
多分・・・・・・自分を犠牲にしてでも。
それを成すだろう。

 

 

「生きたい奴は戦うし、死にたくない奴は逃げ出すさ。
 逃げるって言っても、日常の戦いって奴に身を置くことになるんだろうけど」

 

あの人は、戦う意思のあるものは救おうとしない。救うのは平和に暮らしていたいと願うもの。
それはきっとあの人のエゴ。何処までも自分勝手な平和を望む心。
私はあの人をこの世で一番大切だと思うけど、それを容認する気は無い。
馬鹿らしい原因の戦争の中で、馬鹿らしい考えで死ぬなんて私が許さない。
犠牲なんていらない。野心なんて必要ない。悲劇なんていらない。

 

 

望むのは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

皆、笑って生きていける世界なんだから・・・・・・・。

 

 

 

 

おまけ

 

 

「アキッ!ちゃんと制御しなさいよっ!」
「こんなの、絶対に無理だってばっ!」
「暴走・・・・100・・・跳んで3回だな」
「キャスッ!そっちだってD・Rの制御に成功してないんでしょっ!?」
「ま、な。S・D・・・・。だけど‘Snow Drop’の制御は俺ならできるぜ?‘合って’ないんだろうけどな?」
「ぐぬぬぬぬ・・・・」
「レディがはしたなく呻き声をあげてはいけないな。
 ・・・・おっと、まだレディというほど大人ではなかったな、お嬢ちゃん?」
「はぁ・・・・・・貴方達ね・・・・・・・」
「もうっ・・・・、あったま来た――――――っ!!」
「おわっ、ちんちくりんがサルにっ!?」
「誰がサルよっ!?」
「・・・・・・・・・・・キャス。それ位にしておけ」
「隊長、まだからかい足りないッすよーー?」
「・・・・・・好きにしろ。だが、女史がそろそろ武装し始めたのでな・・・・・・」
「「げげっ!?」」
「・・・・・・・まぁ、俺には関係ないがな」
「隊長、一人で逃げるんですか!?」
「馬鹿を言え。お前を見捨てたりはしない。・・・・・・・だが、それはそれ。これはこれだ」
「アレスさん卑怯ですよっ!私たちと一緒に制裁を・・・・」

 

バチッ!

 

「みょわっ!?」
「今日はスタンガンかッ!?」
「・・・・・・対人ミサイルでなくて良かったな」
「隊長も、付き合ってもらいますよ?」
「・・・・・今度ばかりはお前と同じ道を歩きたくは無いのだがな」
「逝きましょう。・・・・・・・片道切符かもしれませんけど」
「・・・・・・・・・・・・彼女が蘇生させてくれるのだろうか?いや、ない」
「はははは・・・・。あの人のほうが、よっぽどD・R使うのに向いてると思うんだけどな・・・」
「・・・・・・まさしく、言葉の妙。
 ‘DEATH=REVERSE’の名は彼女のほうが向いているのだろうな」
「・・・・・覚悟はできたかしら?思い残すことは無い?
 っていっても、あっても、やることは変わらないんだけど」
「・・・・・・・女史、その顔はトウヤの前でしないほうがいい。円満な家庭という奴がしたいのならな」
「・・・・・まだ、俺はやってないっ!後、23人の美女とっ!」

 

ぐいっ

 

「「・・・・しゅ、出力上昇、レベルアップ(汗)」」

 

バババッ!!!

 

「「ぎえええええええええええええええええっっっっ!!」」

 

ぼとぼとっ

 

「何でもう少し仲良くなれないのかしら・・・・・ホタル、そっちはどう?」
「順調です。ようやく慣れてきました。制御のコツを掴んじゃえばエステより上手く使えます」
「それは結構。パーソナルデータから設計して、
 全部機体の性格に反映してるんだから当然といえば当然なんだろうけど・・・
 アキはやっぱり機体と喧嘩してるのかしら?」
「ふふっ・・・否定はできませんね」
「カスミ、終わったら他の人達とお茶にしませんか?」
「良いわね。じゃあついでにクッキーでも焼きましょうか?」
「少し時間がかかってしまいますが?」
「いいの、いいの。ちょうど煮詰まってたとこだし、気分転換よ」
「大変ですね、彼の手伝いというのも・・・・・・」
「でも、少し嬉しいかも」
「解ります。私も、トウヤのお手伝いが嬉しいので・・・・・」
「やっぱりそうよね?女ってこういうのに幸せ感じちゃうから男に騙されるのよね・・・」
「愛されてる自信があるから、ですよ」
「まったく、本当ね」

 

 

自分の為に何かする。それも、一つの真実。私は自分の為に彼を手伝う。これは、欺瞞なのだろうか?
私は彼に愛されている?これは驕りなのだろうか?

 

違う。

 

私が感じたことが、私にとっての真実(ほんとう)。

 

ならば、私は・・・・・・・私の気持ちに正直に生きる。

 

それは、きっと、正しくは無いかもしれないけれど、間違いではないから・・・・・。

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

 

お久しぶりですね〜、ども、久遠の月です。センター試験が終わったので、とりあえず・・・書きました。
まあ、主軸からは離れた外伝的な話のさらに外伝な話ですが・・・・・・。
感想いただけると嬉しいので、メール送ってくれると嬉しいのです。

 

それではこれにて〜。

 

1/22     久遠の月

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

 

久遠の月さんからの投稿第十一話です!!

複雑な生い立ちですね〜

それにしても、白衣をひきずるって・・・お前何歳だよ、トウヤ(笑)

騒がしい日々を送りながら、トウヤの為に研究を続けるカスミ。

色々な思いを抱きつつ、歴史は進んでいきますね。

さてさて、今後クリムゾンの爺さんは登場するのでしょうか?

 

それでは、久遠の月さん投稿有難うございました!!

 

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