時ナデ・if
<逆行の艦隊>

プロローグ・その1






2195年9月29日・火星宙域

教導団実験機動艦隊旗艦・電子作戦艦『ビスカリア』艦橋




漆黒の闇の中、奇妙な隕石が進んでいく。

何かを目指すようにまっすぐに。

それをレーダー上の輝点という形で確認したレーダー手から即座に報告が入る。



「司令、例の隕石群の接近を確認しました」


間違いようもなかった。

前回と同じ時間、同じコース、同じ数。



正面のスクリーンに投影されたそれらの情報を確認して、

彼は思わず罵り声を上げたくなるのを辛うじて抑えた。



「連合軍の第1艦隊司令部宛てに打電、『火星に向けて進む隕石らしき物を確認。 迎撃の必要あり、準備されたし』

 おまけでこのデータも送ってやれ」



「アイ・サー」



このまま進めば3日後には連合の火星駐留艦隊とぶつかるはずだった。

まったく忌々しい。

何もかもが前回と同じように進んでいく。



実験機動艦隊の任務は新兵器、特に機動兵器の評価試験等を行うただの実験部隊であり、

実質的な戦力は持ち合わせていない。

少なくとも建前上はそうだ。



その艦隊司令長官を勤めるのがファルアス・クロフォード宇宙軍少将。

今年で39歳になる。

特殊部隊の出と言うだけあって鍛えぬかれた肉体はいまだ衰えの陰は見られない。



そして旗艦のビスカリアは電子作戦艦の名前が示す通り、電子機器の塊である。

通常の戦艦の2倍近いレーダーレンジ、3倍近いセンサー精度、おかげで通常の3倍になった建造費。

設計思想的には後に登場するナデシコB,Cやユーチャリスに近いものがある。



もっとも、マシンチャイルドが居ないのと、コンピューターの能力不足で情報処理能力はナデシコ級には遠く及ばない。



武装も貧弱で自衛用の対空砲や各種ミサイル兵装しかない。

それでも今の状況においては十分ありがたかった。



「宇宙ステーションの退避状況は?」



「8割が完了しています。 後2日で全ての退避が完了します」



たかだか実験機動艦隊司令の権限で避難命令を出すと言うのは、

命令系統から言っても明らかに越権行為だが、

そんな事には構っていられなかった。



ただの隕石ならたとえ50以上あっても問題はない。

地球連合が火星の防衛と治安維持の名目 ―― 実際は植民地の監視役として送り込んできた第1艦隊は

50隻の戦艦、30隻の機動母艦、200隻を越える護衛艦とそれらを支援するための多数の補助艦艇からなっている。

普通の隕石なら戦艦の主砲の一撃で粉微塵にできる筈だった。



あくまで普通の隕石ならば。



「火星の方は?」



「5割強、6割弱と言ったところです」



「くそっ! 後手後手に回らざるをえないな」



「撤収まであと3日は稼がなくては」



部下の言葉に頷く。



3日。

奴らを相手にそれだけ時間を稼ぐのがどれほど難しいか。

何にしろ時間との戦いになることは目に見えていた。



「完全な退避は無理でしょうね」



「だろうな。 物理的にもシャトルの数が足りんよ」



その為に輸送艦を大量に呼び寄せてはいたが、

今度はそれを護衛する艦艇が足りない。

どれほどの人間が死ぬのか。



「シミュレーションでは――」



「言うな。 我々は英雄ではない。

 今は―― 考えるな」



「申し訳ありません」



「気持ちは同じだ。 2度目だがな」



血を吐くような言葉だった。

未来を知っている事は必ずしも幸運であるとは限らない。

ましてやこれから自分達の行う事を考えるなら。



暗澹たる気持ちでファルアスは正面スクリーンに視線を移した。

自軍と隕石群、そして火星。



時間が迫っていた。

明後日には彼にとって2度目の戦争が始まるはずだった。

恐らく前回よりはマシな戦いができるはずだ。

その為にいくつも保険はかけてある。



くそっ! 何が保険だ。

要するにそれは地獄を緩和する程度の意味しかない。

結局はまた多くの部下に死を命じ、時には守るべき者すら切り捨てて

戦い続けることに他ならない。

どう言い繕っても俺はただの人殺しだ!



同じ道を選ぶ必要などなかった。

何度も考えてきた。

火星を離れ、再び妻と出会い、幸せな結婚生活を送る。



1度目は仕事にかまけて家庭を顧みなかったのが原因で離婚した。

妻と14歳になったばかりだった娘はサツキミドリ2号で死んだ。

遺体すら回収できずに。



だが、今度は違う。

前回で身に付けた技術と教訓がある。

幸せになれる自信はあった。

幸せにしてやれる自信もあった。



それらの可能性をすべて捨ててここにいる。



確かに前回とは違う道を選んだ者も多かった。

が、彼らを責めようとは思わない。



硝煙と焼けた肉の臭い。

鋼と人の残骸。

いつ果てるとも分からない戦争。

昨日一緒に笑いあった友が次の瞬間には肉塊となって転がる。

そしてそれに慣れていく自分。

あの地獄をもう一度味わいたいと思うものはいないだろう。



それでも彼はここにいた。



歴史の必然か? 神の意志か? 悪魔の姦計か?



否、自分の意志でだ。



運命などと言う言葉に逃げようとは思わない。

自分の意志なのだ。

ここにいるのも、再び地獄へ飛び込むのも、この手を敵と味方の血で汚すのも。



それが逆行者である彼の矜持だった。





○ ● ○ ● ○ ●




同日:

火星駐留・連合宇宙軍 第1艦隊司令部




「提督! これは明らかに越権行為ですぞ!」



「彼には彼なりの考えがあるのだろう」



部下の報告によると実験機動艦隊司令が火星自治政府や各ステーションに対して

緊急避難を呼びかけたという事らしい。



本来、火星の防衛と治安維持は連合軍の管轄であり、

実験機動艦隊はあくまでその一部でしかなく、

更に言えば実際の任務は新兵器、特に機動兵器の評価試験等を行うただの実験部隊であり

本来の命令系統で言えば、避難勧告などは連合軍火星駐留部隊司令部が出すべきものであるはずだ。



「ですが――!」



「それに、『命令した』わけではなかろう?」



その通りだった。

あくまで『呼びかけ』。



ネルガル製の新型機動兵器『エステバリス』の無重力下試験を行っていた実験機動艦隊が

たまたま火星に接近する隕石を見つけたのが4日前。

同艦隊の司令長官を務めるファルアス・クロフォード宇宙軍少将は即座に周辺の宇宙ステーション及びに

ターミナルコロニーへ『注意』を『呼びかけ』た。



そして今日、再び隕石を監視していた同艦隊より『火星への衝突はほぼ確実、注意されたし』との

報告が火星自治政府等に送られてきたのだった。



「それに、何事もなければ彼を罷免して終わればいいだけの事だ」



「……はっ」



その言葉に納得したわけでもないだろうが、

部下が下がるのを見届けてから深い溜息をつく。



「まったく、何を考えている?」



彼の名はフクベ・ジン。

後に様々な論議を引き起こすが、この時の彼は英雄でもなく、卑怯者でもなく、

ただ職務に忠実であろうとする一人の軍人であった。

そして、その仕事の中には危険の回避も含まれている。



軍が一時撤収したタイミングを見計らって行われたクーデター騒ぎ以来、

火星の住人達は危険に対しては異常なほど敏感になっている。



「参謀長、至急幕僚を集めてくれたまえ。 そう、可及的速やかに」



火星最後の3日間、その初日はこうして幕を開けた。





○ ● ○ ● ○ ●




9月30日

火星:教導団機動兵器試験場



「……撤収、ですか?」



イツキ・カザマはその指令書に素直に疑問を抱いた。



「そうだ。 パイロット候補生及び民間のテストパイロットは全員だ」



「なぜですか?」



「質問に答えること自体が軍機に触れる、と言えばわかるな」



つまりは何も聞くな、そう言うことだ。



「はっ」



イツキが退室するのを確認してジャック・オニール大佐はようやく肩の力を抜いた。

機動兵器の試験と同時にパイロット育成機関も兼ねているここでの彼の立場は

ベテランテストパイロットでもあり教官でもある。

彼女たちパイロット候補生は生徒であり、子供のようなものだ。



この後に起こることを考えれば実験機動艦隊司令部の撤収命令は妥当と言えた。

感情的なものを差し引いたとしてもだ。



純軍事的に言っても火星を守りきれるとは思えなかった。

そうであれば犠牲は少ない方がいい。

何しろ、これから先もパイロットはいくらでも必要になる。



結局は彼らを地獄へ送り込むのを先延ばしするだけかもしれないが、

それでも少しでも生還できる確率を上げるのが彼の仕事であるはずだ。



「まったく、あの人はいつも無茶ばかり言ってくれる」



上官からの命令文に苦笑を浮かべる。

その最後にはこう書かれていた。



『悪いが地獄に付き合ってくれ』



実に彼らしい。

そう思えた。






○ ● ○ ● ○ ●




同日

実験機動艦隊所属・機動母艦『神鷹』




「お〜! これが新型か〜!!」



整備員たちが慌しく出撃の準備を整えていく。

その中で騒ぎ立てている男が一人。



「いいいよな〜、手があって、足があって、くぅ〜!

 レッツゴー! ゲキガンガー!!」



「おい、ヤマダ。 お前、撤収組じゃなかったのか?」



「ちがーう! 俺の名はダイゴウジ・ガイだ!」



……暑苦しい。



カンザキ・マモル大尉は今日だけで何度目になるかもわからない溜息をついた。



「いや〜、本物のロボットに乗れるかと思うと――」



「さっさと帰れ」



放っておいたらいつまで喋りつづけるかわからないのでカンザキ大尉は

ヤマダが言いかけたのを遮った。



「いいか、ヤマダ。 ここは軍でお前は民間のテストパイロットなんだ。

 はっきり言って民間人に居られると邪魔なんだよ」



特に、これから始まることを考えるなら。



「へいへい、わかりましたよ」



案外、大人しく彼は去っていった。

もう少しごねるかとも思ったのだが。



しかし、詳しい事は聞かされていないが、ここ数日で臨戦体勢に移行している事くらいはわかった。

つまり、少なくとも上層部は戦争が近いと判断したらしい。

でなければ、民間のテストパイロットや未熟なパイロット候補生に撤収命令を出すはずがない。



腕は一流でも民間人を戦闘に巻き込むわけにはいかない。

少なくともカンザキ自身はそう考えていた。


格納庫に収納されているのはYAV−00『プロトタイプ・エステバリス』。

ネルガル重工が開発した次世代型機動兵器という触れ込みだ。



他にもAGI製 YTM−12『スノーランド』。

エステバリスと次期主力の座を争った機体だ。

もっとも、加速性能、火力、では分があるといわれるがコストパフォーマンス、汎用性、整備性、

その他諸々で差をつけられエステバリスに敗北した。



完全な人型にIFS使用の柔軟性、ディストーションフィールド装備の防御力と第3世代型機動兵器と呼ばれる

これらの機体はどちらも現用のデルフィニュウムよりは遥かに性能は上だ。

制式化され生産ラインに乗るのはまだ先の話だが、既に先行量産型が実験機動艦隊にまわされていた。



「……妙に気前がいいよな」



その辺の事情を思い出して彼は呟いた。



ネルガルはわかる。

何しろ制式採用が決定されたのはエステバリスの方なのだから。

量産化を前に欠点の洗い出しと言うならわかる。



兵器と言うのはどうしても試験だけではわからない欠点と言うものも存在する。

量産ラインに乗って部隊配備され、数年経たなければ欠点はなくならないのが普通だ。



高性能を狙った革新的な技術や機構の複雑さが量産化の段階で一気に問題として噴出した例もある。

そう言う意味で先行量産型でできる試験と改良はやっておこうと言うのだろう。



問題はAGI(アームズ・ギア重工)の方だ。

競争試作に敗れた機体を先行量産する意味は何だ?



機動兵器は言わば最新鋭技術の塊であり、安いものではない。

買い取り手のあてもないのに造っても赤字を抱え込む事になる事くらいわかるはずだ。



更に次の主力機動兵器の座を狙うためのテストヘッドだろうか?

それとも、早急に戦力を増強しなくてはならない理由でもあったのか。



「まあ、俺の考える事じゃないよな」



カンザキはそう結論付けて休憩所へ戻った。

休める時に休んでおくのもパイロットの務めであるからだ。

どの道すぐにろくな休憩時間も取れないくらい多忙になるのはわかりきっていた。



後に第一次火星会戦と呼ばれ『蜥蜴戦争』の戦端を開く戦いは明日に迫っていた。



歴史が、動き始める。





<続く>




あとがき:

どうも、はじめまして。
黒サブレです。

時ナデの再構成になります。予定では。
いきなりオリキャラのオンパレードな上に、これだけじゃまったくの意味不明ですね。
軽く補足すると、題名の通り逆行モノ、しかも複数人。
どこから逆行してきたかは『その2』で。

ナデシコの世界を元にしたハード・ウォー・シミュレーションになればいいなーと思ってます。
がんばれ連合軍です。


 

 

代理人の感想

おおお、これはActionでも初めてのアプローチですね。

ナデシコのキャラを使ったSSではなく、ナデシコという「舞台」を使った群像劇でしょうか?

まぁ、タイトルからすると仮想戦記っぽいですが(笑)。

なんにせよ期待しています。