時ナデ・if
<逆行の艦隊>

プロローグ・その2






2195年10月1日 17:08(火星標準時刻)

火星宙域




それはある種、異常な光景と言えた。

火星に駐留している第1艦隊の戦力の大半がこの宙域に集結しているのだから。



僚機との間隔に注意しながら愛機のデルフィニュウムを操っていたムラタ・シゲアキ中尉は

自分がいささか緊張している事は自覚していた。



いつもの訓練飛行ならここまでは緊張しなかったはずだが、

これは紛れもなく実戦なのだ。



「ムラタ、そう緊張するな。 どうせ俺たちの出番はないんだ」



中隊長からの通信にぎこちなく頷いて、彼は少しだけ肩の力を抜いた。

確かに大型とは言え ―― いや、だからこそ隕石破壊の任務なら彼ら機動部隊の出番はないはずだった。

隕石破壊なら戦艦の主砲で粉々に吹き飛ばす方が効率がいいし、何より安全だ。



第1艦隊は名目上は外敵からの火星の防衛が目的であるが、

実際は火星自治政府への軍事的圧力をかけるという意味合いが強く、

観閲式の時以外は付近宙域の哨戒任務に小規模の艦隊を動かすだけだった。



それが今回はいきなり戦力の大半を投入して隕石1つを迎撃とは、明らかに過剰とも思える程で、

事実、下士官だけでなく、一部の士官も今回の出撃はデモンストレーションなのではないかと思っているほどだった。



確かに火星政府の連合軍に対する感情はあまり良くない。

何しろ軍艦には必ず莫大な維持費がかかる。

極論するなら、ただ浮いているだけでも金のかかる非常に困った存在なのだ。

そして艦隊の維持費は火星政府が払っている。

つまりは火星植民者たちの税金だ。



例えるなら用心棒とは名目だけの監視役を自分達の財布で食わせているようなものなのだから

当然、良い感情を持つはずがない。

せめてこんな時くらいは役に立っているところを見せなくては。

艦隊司令部がそう考えたとしても無理はない状況があった。



そして彼らもそう考えていた。

これはどうせ火星軍上層部の面子を保つための格好だけの出撃だと。



その推論は外れていた。

今回の出撃は地球連合政府からの要請だったのだから。





―― 戦争が、始まる ――







○ ● ○ ● ○ ●





同日 18:30

連合宇宙軍第1艦隊・旗艦<リアトリス>艦橋



「敵はまっすぐに火星に向かっています」



オペレーターが緊張した声で告げる。

これが初の本格的な実戦になるという者も多かった。



「敵の意図が侵略である事は明白である!

 やつを火星に降ろすわけにはいかん。

 各艦、射程に入り次第撃ちまくれ!」



第1艦隊提督、フクベ・ジンの声が響く。



「射程まで後20秒!」



その間にも敵艦と思われる隕石との距離は詰まっていく。

同時に隕石の先端部が花弁のように開いていく。



「敵艦隊、展開をはじめました」



「敵艦隊、あと10秒で射程に入ります」



オペレーターから逐次報告が入る。



「……あれだけの数がどこに入っていたんだ」



参謀の1人が呻き声を発する。



「敵艦隊、射程に入りました」



「――――てェ!」



その号令と共にいくつもの光条が敵味方双方から発射された。

タイミングはほぼ同時。

が、こちらの艦隊から撃ち出されたビームはそのすべてが捻じ曲げられ虚空へと消えていった。



対する敵の攻撃は容赦なく味方の艦を貫いていく。

電磁バリアーなど気休めにもなっていない。



「戦艦<ランタナ>、<ラナンキュラス>轟沈! 戦艦<アキメネス>大破、航行不能!」



「第3戦隊、巡洋艦全滅です! 護衛艦にも損害多数!」



「……重力波かッ」



初撃で戦いの趨勢は決まったと言ってよかった。

第1艦隊は3割の艦が一撃で撃沈され、2割が大破、もしくは中破で戦闘不能。

実質的な戦闘能力を喪失したに等しい。



さらに悲鳴のような報告は続く。



「敵母艦より機動兵器多数を確認!」



「こちらも機動兵器で応戦! 艦隊は残存兵力を集結しつつ撤退!」



それは事実上の敗北宣言だった。

戦闘開始からわずか5分足らず。



だが、彼らにとっての悪夢はまだ始まったばかりだった。





○ ● ○ ● ○ ●





同日 18:43

第1艦隊 第6機動戦隊所属・機動母艦<アスター>




「くそっ! 冗談じゃねえぞ!!」



ムラタ・シゲアキ中尉は愛機のコクピットで罵り声を上げていた。

楽な任務どころか状況は最悪だった。

最初の一撃で主力艦である戦艦の大半を撃沈され、しかも敵に与えた損害はゼロ。

まさに絶望的だ。



それでも彼は出撃しなければならなかった。

敵は多数の機動兵器を繰り出してきたとの事だ。

こちらの対空レーザーが弾かれる以上、対抗策はこちらも機動兵器を出すしかない。

実にまっとうな戦術的判断と言える。



が、実際に戦いに出る方としては実にありがたくない。

初の実戦の恐怖が彼を蝕んでいた。



その間にも整備兵たちは着々と出撃の準備を整えていく。

デルフィニュウムは衛星軌道上のステーションから出撃して迎撃につくのが本来の運用法だが、

彼が搭乗しているのはその艦載機バージョンだった。



かさばるロケットブースターを排除し、代わりに小型化したスラスターユニットを足の代わりに取り付けてある。

一応、ランディングギアが付けられてはいるが、歩く事はできないので発進時は台車に乗せられて射出口まで運ばれる。



「中尉、増槽を付けておきましたから活動時間は延びます。

 ただ、ハードポイントが2つ埋まった分だけミサイルが減っていますので」



「わかった。 注意しよう」



攻撃力の減少は痛いが、だからと言って増槽を外すわけにはいかない。

攻撃できなくても逃げれば生き延びられるが、戦場で動けなくなればそれは即、死に繋がるからだ。



「では、お気をつけて」



「ありがとう」



出撃自体はありがたくなくても、整備兵たちは少しでもパイロットの生還率を上げるために努力しているのだ。

それを悪く言う事はできない。



ハッチを閉めて機体のコンディションを確認。

生命維持装置やFCS、推進器系のチェックは特に念入りに行う。



オールグリーン。

あの整備兵の仕事は完璧だった。



「射出5秒前。 4、3,……」



あと無事に帰還できるかは自分の腕次第か。

ゆっくりと呼吸をする。

少しだけ落ち着けた。



「……1、ゴー!」



次の瞬間、シートに押し付けられるようなGと共に彼は虚空の戦場へと飛び出していった。





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同日 19:20 火星極冠上空の宙域

実験機動艦隊旗艦<ビスカリア>




旗艦を中心に多数の艦が集結していた。

遠くから見れば旗艦を核として巨大な球形が形成されている事が分かっただろう。

電子作戦艦や機動母艦を中心部に配備し、その周囲を戦艦や護衛艦で囲む防御重視の陣形だった。



「戦況は思わしくありません。 第1艦隊は壊滅、チューリップは依然として侵攻中です」



「目標は推定できるか?」



「コースから割り出すと、火星極冠です」



これも前回と同じか。

違うのは第1艦隊の迎撃が史実より早くに行われた事。

そして現在は残存兵力を集結しつつ撤退戦を続行。



ウインドウに表示された情報を素早く読み取ってファルアス・クロフォード少将はそう判断した。



「この戦い、負けたな」



「……残念ながら」



普通、指揮官は『負け』という言葉を使わない。

士気に影響するからだ。

指揮官が弱気では兵も逃げ腰になる。

しかし、彼はあっさりとそう言った。

客観的判断として。



そして傍らの参謀長ササキ・タクマ大佐もあっさりと同意した。

少なくともこの2人の間ではそう言った率直な ―― 率直過ぎるとも言えるやり取りは是としていた。



「迎撃は可能か?」



「艦隊のありったけのミサイルを叩き込めばあるいは」



ディストーションフィールドは本来は対グラビティブラスト用のバリアーで、攻撃を『逸らす』ものであり、

レーザーやビームと言った光学兵器には強いが、反面、高速の実体弾やミサイルの爆発の衝撃波は完全には防げない。

それを踏まえた上で、全艦によるミサイル一斉発射の飽和攻撃を仕掛ければあるいは撃破できるのではないか。

そう言っているのだった。



「却下だな。 ミサイルの補給のあてがない」



「同意します。 今後のことを考えるならミサイルは温存したい」



ただ盲目的にチューリップを撃破するなら方法はいくつかあった。

史実においてフクベ提督がやったような戦艦の体当たりでなくても、

たとえば隕石に推進器を取り付けて砲弾に仕立て上げてぶつけてもいい。

宇宙空間では大気摩擦による減速がないから理論的には亜光速にまでできる。

さすがにそこまで行かなくても撃破は可能なはずだ。



問題はその後、チューリップがどこに落ちるのか予想できない事だ。

史実のようにコロニーに落下しようものならその人的被害は計り知れない。

一応退避はさせているものの、直撃されればシェルターなど無意味だ。



そしてもう1つ。

ミサイルを使用できないのは補給の問題が大きい。

火星付近のコロニーはすべて撤退させたため、弾薬等の補給を受けるには艦隊同伴の補給艦を除けば

地上の基地で補給を受けるしかないのだが、制宙権が確保されていない状況で地上へ降りれば

再び上がる前に叩き落される事は目に見えている。



火星から逃げ出す多くの人を乗せた輸送船を護衛しながら月まで1ヶ月かけて撤退戦を繰り広げなくてはならない

艦隊にとって、唯一の対抗手段をここで使い切るわけにはいかない。



「どの道、今は静観するしかありませんね」



それを理解しているからこそ、彼は苦渋の選択をしたのだった。

つまり、第1艦隊を退避が完了するまでの囮、『犠牲の盾』にしたのだ。





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同日 19:13 戦闘宙域

<デルフィニュウム> ムラタ・シゲアキ中尉機コクピット






彼が上記の事情を知ったらどのような反応をしただろう。

怒り狂うか、それも然りと納得したのか。

どちらにせよ、知らない方が幸福と言う事もある。

これはその一例にすぎなかった。



敵の機動兵器の数は圧倒的だった。

こちらは艦隊直援すらままらない状況だ。

根本的に数と性能が違いすぎる。



『<ブルー6>より<ブルーリーダー>、くそっ、背後に付かれた! 何とかしてくれ!』



「<ブルー6>、待ってろ!」



コミュニケーターに怒鳴り返してムラタはペダルを踏み込んだ。

出力が一気に高まり機速が上がる。



「く、遅い!」



スラスターに被弾したため思うように速度が上がらない。

それでも何とか最短距離で味方機のところへ向かった。



普通、こういった直線的な機動は敵の的になるため正規の訓練を

受けたパイロットならまずやらないが、緊急事態なのだから仕方ない。



それでもレーダや目視等による警戒は怠らない。

助けに行って自分まで落とされたのでは本末転倒もいいところだ。



「ロックオン! てぇ!」



一瞬で敵の虫型機動兵器を捉えるとマイクロミサイルを叩き込む。

シーカーが確実に敵を追尾し、着弾。

炸薬が炸裂し粉微塵に敵を吹き飛ばす。



「無事か<ブルー6>!?」



『何とか。 ただ、ミサイルを撃ち切りました』



ざっと外から見ただけでもだいぶ被弾していた。

これではまともな機動運動すらできないかもしれない。



「母艦で補給を受けろ。 護衛する」



部下の無事を確認するとそう告げる。



『残念ですが、<アスター>は撃沈されました』



「何ッ!? ちっ、最寄の母艦に着艦許可を」



そう言いながらも自分でも最寄の母艦を探し始めていた。

どの道、彼の機体も限界に近かった。



既に一緒に出撃した部下のうち残っているのは2名。

小隊は3個分隊9機編成を採るのが普通だからわずかに1分隊にすぎない。



「<ブルー3>、<ブルー6>、続け。 <クリナム>で補給を受けるぞ」



『<ブルー3>、了解』



『<ブルー6>、了解しました』



部下の返信を確認して機動母艦<クリナム>へコースをとる。



とにかく今は自分が生き残るために戦う必要があった。

少なくとも、彼にとっての戦争とはそう言うものだった。





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同日 19:30 

火星:地上シャトルターミナル



ここもまたある種の戦場となっていた。

火星から脱出しようとする人たちが我先にと窓口へと押しかけていたからだ。



「おい、どうなってるだ!」



「軍はどうした!?」



「せめてこの子だけでも乗せてよ!!」



混乱が生じている搭乗口を遠巻きに見ながら、イツキ・カザマはやけに冷静な自分に呆れていた。

状況を考えるならあの混乱の中に自分も入っていてもおかしくないはずなのに。

案外、こうした冷静さが軍人としての彼女の資質なのかもしれない。



「落ち着いて下さい! シャトルはまだあります。 順番に、順番にお並び下さい!」



メガフォンをもった兵士が必死に叫んでいるが、群集は聞き入れない。

こうしていったん火がつくと混乱は大きくなる一方だ。

その間にも地上の混乱をよそにシャトルがまた一つ上がっていった。



視線を移すとターミナルの窓からは人影が見えた。

彼女の教官たちがYAV−00 ―― 通称<プロトタイプ・エステバリス>で警備に当たっているのだ。

重力波ビーム発生装置がターミナル内に仮設されたいるため、

エネルギー切れの心配はない。

彼らがいる限りこのターミナルは安全だろう。



ただ、彼女の心配は他のところにあった。

彼らは恐らく最後のシャトルまで見送るのだろう。

その後、彼らはどうするというのだろうか?





○ ● ○ ● ○ ●





同日 20:00 

火星:地上シャトルターミナル外

<プロトタイプ・エステバリス> ジャック・オニール大佐機





時刻通りにまた1つシャトルが上がっていった。

予定通りなら彼の生徒の1人、イツキ・カザマもあのシャトルに乗っているはずだ。



マスドライバーで加速されたシャトルは何事もなく上昇を続け、蒼穹へと消えていった。

それを見届けた彼は、危うく自制を崩しかけた。



あのシャトルの行き着く先、彼女たちには『生』がある。

それに対して俺は ―― 俺自身も含め、多くの部下に死を命じる役割を持っている。



感傷だった。

それを自覚していたからこそ、彼は自制に成功した。



「大佐、あれを」



副官が示す方向へエステのカメラを向ける。



「……チューリップか」



最大望遠でも赤く焼けた流星にしか見えないが、

オニール大佐はそう断言した。



「各員、戦闘準備! 無人兵器が来るぞ」



慌しく部下達が動き始めるのを確認し、自身もエステのモードを待機から戦闘へとシステムを移行。

ベテランらしい流れるような動作で準備を終える。



「警戒を怠るな。 対空戦闘用意!」



シャトルターミナル郊外には設営部隊が形成した対空陣地などがあるが、

バッタやジョロと言った高度な無人兵器にどこまで通じるのか疑問だった。

航空支援もあまり期待できる状況ではない。



チューリップはそのまま視界から消えていき、

しばらく後に地面が揺れた。



それでもシャトルは休む事無く打ち出されていく。

見送る者と見送られる者、この構図はこの戦争を象徴しているかのようだった。





<続く>




あとがき:

どうも黒サブレです。

プロローグは火星会戦になります。
微妙に歴史を改変。
ユートピアコロニーにはチューリップが落ちてません。
これがどう関係してくるかはまた後ほど。

プロローグはあと1話くらいでしょうか。
次もお付き合い頂けると幸いです。


 

 

代理人の感想

戦場ですねぇ。

私は仮想戦記の類は余り読んでないのですが、いわゆる硝煙の匂いとはこう言う物なのでしょうか。