時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第1話 『戦場』に踊るモノ・その1






2195年 11月27日



火星−月中間宙域

実験機動艦隊旗艦・電子作戦艦<ビスカリア>

作戦会議室




後に登場し、戦況を一変させることになるナデシコ級には遠く及ばないものの、

この<ビスカリア>も異形の艦であった。



旗艦専用の多種多様なレーダー及びセンサー系。

そしてそれらの情報を的確に処理し、系統立てて的確に戦場の情報を指揮官に提示する。

まさしく戦場を俯瞰ふかんする“神の目”だ。



ただ、それは指揮官にとっては福音と苦悩を同時にもたらすもの。

ある意味で諸刃の剣と言えなくもない。

見えすぎる目は同時に味方の惨劇もありありと映し出す。



まともな神経の持ち主ならそのあまりの惨状に神経の方をやられかねない。

そういった意味ではここに居るのはまともな神経の持ち主ではなかった。



「敵の第4波が接近しています」



あえて感情を殺した声でササキ・タクマ大佐はそう断言した。



「第1艦隊の残存兵力は実質3割。 

 当艦隊を含めても正面撃破は不可能でしょう」


「それじゃあどうするって言うのよ! この艦は!?」



その言葉に過敏に反応したのは第1艦隊参謀のムネタケ・サダアキ大佐だった。

第1艦隊提督のフクベ・ジン中将は何も言わない。



状況はどんな希望的観測を用いたとしても悪いとしか言いようがなかった。

火星での艦隊決戦に第1艦隊が敗北して1ヵ月。

実験機動艦隊はクロフォード少将の半ば独断で火星からの脱出者を輸送船に回収。

麾下の艦隊で護衛船団を形成し、敵勢力下から離脱した。

それは迅速で的確な判断と言えたが、同時に火星の残りの人々を見棄てる形となった事も事実だ。

戦場となった火星から脱出できたのは全体の7割。

脱出した人々を乗せた輸送船は相当数にのぼっている。



壊滅状態の第1艦隊と試験部隊でしかない実験機動艦隊では

その船団に完全な安全を保障する事はできない。



火星を襲った敵艦隊の余剰戦力はすぐに追撃を仕掛けてきたが、

ビスカリアの傑出した旗艦能力、クロフォード少将を初めとする艦隊司令部の的確な判断と、

兵たちの献身により今まで3回の襲撃を凌いできた。

しかし、それも限界に近い。

度重なる出撃による肉体的疲労と、それ以上に絶望的な状況が精神を蝕んでいる。



今回の敵艦隊の襲撃を察知したのも例によってこのビスカリアだった。

2度目の襲撃時に第1艦隊は旗艦のリアトリスを喪失したため、

護衛艦隊は第1艦隊の臨時旗艦と本来の役割である実験機動艦隊の旗艦を兼ねてビスカリアが勤めている。



ただ、第1艦隊と実験機動艦隊は共に連合宇宙軍の所属ではあるが、

第1艦隊が火星方面軍なのに対して実験機動艦隊は教導団の所属である。

簡単に言えば指揮系統が異なるため、艦隊としてのまとまりにいまいち欠けるのだ。

臨時編成とはいえ、艦隊戦に限らず護衛戦においても致命的となりかねない欠点だ。



その重大さを理解しているからこそ実験機動艦隊の面々は一時的に第1艦隊の指揮下に入ると言う決定をしたのだが、

ありていに言って第1艦隊司令部は無能だった。

提督であるフクベ中将はともかく、参謀連中は最悪だった。



プライドだけは高く、エリート意識をこの状況下でも捨て切れていない。

なまじ長く平和な時代が続いたため、(もっとも、クーデターが起きかかったことはあったが)

軍上層部の官僚化が進み、本来の意味の軍人は少なくなっていた。

その弊害が今回の事で一気に噴出したと言ってよかった。

何しろ作戦立案を担うはずの参謀長、ムネタケ大佐はただキーキーと騒ぎ立てているだけなのだから。



その点では実験機動艦隊参謀長のササキ大佐はまったく正常な人物と言えた。

自分の役割を完全に把握し、指揮官にいくつかの作戦案を提供する。

そしてそれを決断するのはクロフォード少将の役割だ。

試験部隊であるはずの実験機動艦隊の方が遥かに実戦向けと言える。

これもまた軍組織の腐敗を示すものだ。



しかし ――



「無理よ!」



「何がだ?

 何が無理だと言うのか、ムネタケ大佐」



金髪に微かに白髪が混じってきているが、深い蒼の目は輝きを失ってはおらず、

猛禽類を思わせるその双眸をクロフォード少将は向けた。



「これだけの戦力で守りきれるわけないじゃないッ!」



クロフォード少将は片眉を上げた。



「何か意見があるのか?」



「せ、船団を解くべきよ!」



クロフォード少将の迫力に押されながらもムネタケは言った。



「各船独航で月まで行くべきよ!」



「つまり我々は責任を放棄すべきだと言うのだな」



静かな口調で答える。



「仕方ないじゃないの! 今の戦力じゃ ―― 」



「……見ろ」



むしろ静かな口調でクロフォード少将は告げた。

だが、これは上官が本気で怒りを感じている時だということを

長い付き合いであるササキ大佐は知っていた。



「な、なにを」



「見てみろ!」



クロフォード少将はウインドウを示す。

そこには無数の輸送船があがきながら必死に進んでいる光景があった。



「あの船団が何を運んでいるか思い出せ!

 それとも貴官は今と同じ言葉を船に乗せられた人々に対しても言えるのか!」



「でもね ――」



「我々は連合軍人だ」



クロフォード少将の勢いはムネタケに掴み掛からないだけまだ大人しいと思えるほどだった。

彼は今の大半を占める官僚的で自身の保身を優先する軍人のそれとははまったく逆の思想を口にした。



「我々は諦めない。 誰も見捨てない。

 彼らは我々を信頼している。

 ならば我々はその信頼に答えねばならない。

 そう誓ったのだ。 私も、そして君も」



静かな言葉だった。



「どうだ、思い出したか?

 よろしい、ならば義務を果たせ」



呆然となるムネタケを横目にクロフォード少将はフクベ提督に向き直った。



「単刀直入に言います。

 一時的にでも構いません。 艦隊の指揮権を全面的に委譲していただきたい」



その一言に第1艦隊の参謀たちは露骨に顔をしかめた。



彼らにしてみれば、階級こそ上だが出世コースから外れた実験屋に

自分たちの命を預けろと言われているようなものだ。



『戦争をしらない連中が何を言うのか?』



彼らの内心を表現するならこんな所だろう。

だが、――



「……クロフォード君、君に一任する。

 私はオブザーバーに徹しよう」



「フクベ提督!? 何を ――」



「感謝します、提督」



参謀の1人が声を上げかけたのを遮って言った。

普段の軍なら統帥権や指揮権の問題から言っても許される事ではなかったが、

今は緊急を要する事態だ。

この老提督がそれを完全に理解し、そして自分に全てを託してくれたことに感謝した。



「ササキ大佐、幕僚を集めてくれ。 10分後に作戦会議を開く」



「了解しました、クロフォード提督代行」



ササキ大佐は見事な敬礼をして部屋を出て行った。



今現在、実験機動艦隊側から出ていたのは艦隊司令のクロフォード少将と参謀長のササキ大佐のみ。

他の幕僚は必要ないと許可が下りなかったためだ。



まったく馬鹿げている。

今はくだらない縄張り意識など弊害にしかならないというのに。



そして、更に馬鹿げているのは、それを完全に理解しながらもクロフォード少将たちには

ささやかな抵抗も許されなかったことだ。



だが、今はフクベ提督から艦隊の指揮権を一任された。

ならば、自分はその信頼に答えるべきだ。





○ ● ○ ● ○ ●





電子作戦艦<ビスカリア>

艦橋






作戦会議は意外すぎるほどあっさりと終わった。

こうなることを予想していたようにクロフォード少将は作戦案を用意してあった。

そして第1艦隊の面々はそれを渋々ながら承認せざるを得なかったのだ。



理由はいくつかある。

一時的とは言え、指揮権を実験機動艦隊司令部に移譲したこと。

フクベ提督がその作戦を承認したこと。

何よりも、彼らがそれ以上の手を思いつけなかったこと。

そういった事情で会議は始って僅か20分で終わった。

敵艦隊が接近してくるこの状況では1分1秒たりとも無駄にはできない。



「状況は?」



「敵艦隊はなおも接近中。

 速度変化なし、7時方向プラス30度、距離12000」



「接触予想時刻は? 概算でかまわん」



「おおむね20分後です」



―― 20分。



長いととるか短いととるかは難しいが、今回は短いと感じる。

準備は綿密に、できるなら二重三重の保険を。

『慌てずに急げ』は軍隊の基本だ。



「麾下の全艦隊に第一種戦闘態勢を発令。

 輸送船団は護衛をつけてそのまま先行させろ」



「イエス・サー」



ただでさえ少ない手持ち戦力を分散させるのは痛いが、

まさか輸送船団を引き連れたまま戦闘するわけにもいくまい。

護衛戦力の主力は駆逐艦や護衛艦だ。



できるなら戦艦や機動母艦を随伴させたいところだが、

そこまですると今度は艦隊のほうの戦力が不足してしまう。

ことに戦艦は第1艦隊の残存に頼るしかない。

“主力艦”である戦艦は正規部隊にしか配備されていないからだ。



実験機動艦隊の“主力”はあくまで機動兵器とその母艦というわけだ。

そもそも実戦を考慮した部隊編成などされていない。

贅沢を言えばきりがないが、今はこの間に合わせの混成部隊で乗り切るしかない。



「通信士、艦隊にチャンネルを開いてくれ」



「了解。 ……どうぞ」



軽く息を吸い込む。



「当艦隊はこれより輸送船団を安全圏まで退避させるまでの間、敵艦隊の足止めを行う。

 今回の戦闘の目的はあくまで時間稼だ。

 各員の奮闘に期待する」



そこで彼は言葉を切った。

一拍の間をおいて続ける。



「我々は守り抜き、生き残る。

 それが最優先だ。 以上」



ウインドウが閉じられるのを確認して、

悟られないように嘆息する。



言った通りの事ができるとは思っていない。

間違いなく、また何人かの人間は再び帰ることはないだろう。

自分にできるのはそれを極力減らす事だけ。

そしてそれが可能だと自身を含めて信じさせる事。



その為の策はあった。

だだし、かなり凶悪な策が。





○ ● ○ ● ○ ●





実験機動艦隊所属・機動母艦<神鷹>

格納庫






第1種戦闘態勢、簡単に言って臨戦態勢が発令された格納庫は喧騒に包まれていた。



「7番機、チェック完了!」



「急げ! 敵はまっちゃくれねえぞ!」



「弾薬チェック。 予備弾槽はどうした!」



各所で怒声が飛び交い、整備班の人間が慌しく動き回る。

こんな時パイロットにできるのはコクピットの中で機体各部のチェックを手伝う事くらいだ。



カンザキ大尉もその例に漏れず、機体の中で各部の最終確認をしていた。



「火器管制、機動ソフト、生命維持装置、共に異常なし」



所定の手順にしたがって準備を進めていく。

これを怠ればパイロットにとっては文字通り、命にかかわる。

それを怠るつもりはない。

例え1%でも生の側へと近づけるのもパイロットの重要な資質だ。



ただ、――



「はーっはっは! よぉし! いつでも行けるぜ!!

 れぇえっつご〜! ゲキ・ガンガー!!」



「……頼むから誰かあいつを黙らせてくれ」



通信機から流れてくる声に頭痛を覚えつつ、呟いた。

が、何しろ人手不足なので仕方ない。



実験機動艦隊の機動母艦は僅かに10隻。

正規空母は<鳳翔>、<龍翔>、<ハーミス>、<フューリアス>、<アーガス>、<イラストリアス>。

輸送艦改造の改装空母、<大鷹>、<神鷹>、<澪鷹>、<天鷹>。



細かい仕様に差はあるが、概ね搭載数は27機+予備機3機。

小隊編成が9機なので一隻あたり3個小隊。

これで1個機動中隊の戦力となる。



部隊にもよるが、実験機動艦隊ではこの空母2隻を1戦隊として運用し、

2個空母戦隊に巡洋艦、護衛艦、防空駆逐艦などを加えて艦隊として運用している。



彼の乗艦する<神鷹>は第6機動分艦隊所属。

改装空母である為に設備はそれほどよくない。

何しろ正規空母なら最低2基は装備されている電磁カタパルトすらない。



間に合わせという感じは否めないが、それは艦のみならず、

搭載機や人員に対しても同じことが言えた。



「おう、隊長さんよぉ! 

 暗いぞ! ここは俺たちがガツンと一発決めてやろうぜ!」



「……ヤマダ、機体のチェックは済ませたのか?」



「おお! バッチリだぜ! それと、俺はダイゴウジ・ガイだ。

 ガイと呼んでくれ!」



魂の名前とやらを力説するヤマダ・ジロウ。

本来ならネルガルのテストパイロットで、

言ってしまえば民間人でしかない人間を戦場に送り出すのはまともな軍隊ではない。

今回はそれに第1艦隊の残存兵力も加わっている。



しかし、そこまでしてもまだ敵は圧倒的だった。

なりふりかまっていられる状況でないことはわかっているが、

それでもこの決定に納得したわけではない。



だが、それでも戦うことでしか生き残れない。

それしか選択肢は残されていない。

少なくとも、彼らパイロットには。



「……馬鹿野郎が」



彼にできるのは悪態をつくくらいのものだった。

誰に向けたものでもない。

ただ心情を言葉にするとしたらこれが一番似つかわしい。



ヤマダの腕に疑問はない。

訓練と試験と言う形ではあるが、実戦に近い状況で戦ったことがあるのだから。

しかし、それ以上に思うことがある。



あいつは理解していない、と。



“アニメオタクの熱血馬鹿”、それが周囲のヤマダに対する評価だった。

間違っているとは思わないが、それが本質でもない。



彼から見てヤマダ・ジロウは純粋すぎた。

正義を信じすぎていた。



戦いは単純に言ってしまえば力学だ。

多くの戦力を確保し、正しい戦術を取ったほうが勝つ。

そこには熱血や友情などと言った精神論の入り込む余地はない。



それをヤマダは理解していない。

それは言葉で言っても無駄だろう。



仲間のために戦い、死ぬ。

言葉にすれば感動的かもしれないが、だからどうしたというのか?



死ねば終わりなのだ。

パイロットでそれを理解しない者は早死にする。

願わくば、こいつがその中に入らない事を。



「大尉、出撃です」



「了解。 こっちは準備万端だ」



OG戦フレームに換装した愛機をハッチまで移動させる。

彼の小隊はOG戦フレームのエステバリスが9機。

ヤマダジロウも臨時に配属されていた。



「カンザキ機、出撃する!」



カタパルトはないのでそのままハッチから機体を虚空へと放り出す。

艦自体の慣性もあって初めから一定の速度は確保されていた。



「接触に注意! 艦や僚機との間隔に留意しろ」



「おっしゃ〜! ダイゴウジ・ガイ、行くぜ!」



「……死ぬなよ、ダイゴウジ・ガイ!」



「おう! 任せとけ!」



そして彼らは戦場へ飛び立った。



<続く>




あとがき:

色々と艦艇が出てきたので軽く解説です。

電子作戦艦<ビスカリア>

電子作戦艦の名前が示す通り、電子兵装の塊。
通常の戦艦の2倍近いレーダーレンジ、3倍近いセンサー精度、
おかげで通常の3倍になった建造費。
設計思想的には後に登場するナデシコB,Cやユーチャリスに近いです。
マシンチャイルドが居ないのと、コンピューターの能力不足で情報処理能力は
ナデシコ級には遠く及びません。

ちなみに<ビスカリア>はナデシコ科シレネ属の一年草。
花言葉は「思いきっていこうよ」、「ウイットに富む」。


実験機動艦隊の空母は全て旧式。
艦名が花じゃないのはそのせいです。
名前の由来は第二次大戦時の空母から。

それにしても何か戦ってばかりですね。
しばらくはこんな戦いが続きます。
我らがアキト君には第2話から登場してもらう予定です。

それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。




 

 

代理人の感想

いや、仮想戦記で戦わなくてどーする、という意見もありますが(笑)。

それはともかく、今回は火星脱出戦…第二話から地球でしょうか?

黄アキトの優雅でない生活か、はたまた帰ってきたウルトラマン黒アキトの悪巧みか。

どうも、戦闘描写の合間に政治経済兵站開発の描写を挟むのが仮想戦記のセオリーのようですから

そう言った「戦争の裏側」的話になるんでしょうか。

まぁ、それはこの話が終わってからですが。