時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第3話 悲劇と喜劇の『舞台』・その2




2196年 8月30日

日本・ネルガル本社ビル






『悪巧み』と言うなら、これもまさしくそれに当たるだろう。

ネルガルSSの中でも屈指の実力を誇る彼が呼び出されたことからもそれは伺える。



「第1次火星会戦の敗退から1年あまり、すでに火星と月は完全に敵の勢力下。

 地球も時間の問題に過ぎない」



会議室に設置された巨大なスクリーンにはその第1次火星会戦の

戦場跡が写し出されていった。



巨大なエネルギーに捻じ曲げられ、破壊された戦艦。

ボロボロのまま、まるで最期の瞬間で時が静止したかのような人型兵器。

それらは朽ちることなくさ迷う、名も知れぬ兵士たちの墓標だ。



「……質問があります」



ゴート・ホーリーは相変わらずのむっつりとした表情で聞き返した。



「何だね?」



「要するに、私に何をしろと?」



端的な質問だった。

が、問題の本質はそこだ。



「【スキャパレリプロジェクト】、聞いたことあるね?」



粘りつくような声で役員の1人が言った。

別の役員がそれを引き継いで続ける。



「我々の中でも従軍経験のある君を推す声が多くてね」



「……はぁ、それは軍需計画なのですか?」



ネルガルはゆりかごから棺桶までと言われる巨大な複合企業だ。

その中には当然のように軍からの発注もある。



「まあまあ、そんなことより今度の職場は女子おなごが多いよ」



「……はぁ」



その質問の答えが帰ってくる前に、暗い室内とは正反対の明るい声が割り込んできた。

ネルガルの社員であることを示す赤いベストを着たちょび髭の男が姿を現す。

名をプロスペクター。

本人曰く、『ペンネームのようなもの』で、本名は不明である。



「それにボーナスも出る」



そう言いながら高速で電卓を叩く。

常時電卓を携帯しているのだろうか?



「このくらい」



それは一介の社員にしてみれば過剰とも思えるほどの額だ。

肝心な部分はごまかされたような気がするが、それでも十分魅力的だ。



「1つ、訊いていいですか?」



しかし、だからこそ彼は懸念を解決しておく必要がある。

おいしい話には裏がある。

当然のことだ。



「何かね?」





「それ、税抜きですか?」



すでに彼の中には最初の質問など、欠片も残っていなかった。







「まあ、とにかく! この計画には人材が必要です。

 性格はともかく、腕は一流の人材が!」



「ミスター、その当てはあるのか?」



まさかフリーダイヤルでオー人事・オー人事とかやるわけにもいくまい。



「もちろんです。 ネルガルの情報部は優秀ですから」



ある程度の目星はつけてあるということか。

プロスペクターは不敵に笑った。



「それでは行きますよ、ゴート君」



「最初はどこに?」



まさか目的地もなしに出てきたわけでもないだろう。



「富士総合機甲演習場。 まずはパイロットからです」



そういうことになった。





○ ● ○ ● ○ ●





同日

富士総合機甲演習場






それは奇妙な光景だった。

ここでは半ば日常として捉えられているとは言え、

外部の人間から見れば、そこは異空間。



整備のためにハンガーに固定されたまま横たわるエステバリス。

出撃前の調整で右手をしきりに閉じたり開いたりしているサマースノー。

その足元を整備員たちが慌しく動き回り、怒号と罵声が響く。



そんな中、更に異質な3人組が居た。

大昔のロールプレイングゲームのように3人が1列になって進んでいく。

先頭はイツキ・カザマ、次にアンネニール・ハードウィック、最後尾にロイ・アンダーソン。

横から見ると、身長差から見事な階段を形成していた。

その奇妙な3人組が進む先では海を渡るモーゼのように人波がさーっと左右に分かれていく。



「せんぱ〜い」



「泣くなアニー。 オレも泣きたい」



イツキの後ろを勇者に従う従者のようについて行く2人。

実際はイツキを止めたいが、それができずにいる2人。



「なあ、イツキ。 少しおち ――」



ギンッ!



ロイが恐る恐ると言った感じで声をかけるが、

レーザーのような眼光でイツキに睨みつけられてそのまま黙る。



それを確認するとイツキは正面を向いてまた歩き始める。

たまたま視線の射線上にいた不幸な整備員が固まって、

手にしていたスパナを取り落としていた。



ロイはそのまましばらく無言で固まっていたが、何とか再起動を果たすと

ポンと、アンネニールの肩に手を置いた。



「…………頑張れ!」



「イヤですよぉ!

 イツキちゃん、『止めたら殺す! しかも2割増量期間中!』って目が言ってますよ!」



「何が2割増しなのかはよく分からんけど、昔の人はこう言っていた」



そこで一旦言葉を切ると、ガシッと両手でアンネニールの肩を掴んで固定する。



「当たって砕ける」



「砕けちゃうのが確定してるじゃないですか〜!」



男が女の肩を掴み、真剣な眼差しで見詰め合う。

傍目から見れば恋人同士の語らいに見えなくもないが、

話している内容はロマンスとは100光年も離れているような内容だ。



「そうは言ってもな。 何とかイツキを止めないと、本当に司令部に怒鳴り込みに行くぞ」



「先輩が原因じゃないですか」



「ぐっ、痛いところを」



実は今回のイツキの暴走の原因を作ったのはロイだった。

事の発端は今日の昼食時にまでさかのぼる。









「……あれ?」



午前の訓練を終え、シャワーで汗を流してきたイツキは

テーブルに目的の人物を発見できなかった。



「ああ、ヤマダなら司令に呼ばれたぞ」



「……そうですか」



あからさまな落胆。

それを見てアンネニールは微かに笑みを浮かべた。



一流のパイロットとは言え、こういった反応は歳相応の女の子らしい。

しかもこれで本人は隠しているつもりなのだ。

今もロイにカマをかけられたのに、まったく気付いていない。



「でも、何の用でしょうね」



それは彼女も思っていたことだ。

わざわざ一介のパイロット(しかも民間人)を

基地司令が直接呼び出すようなことは滅多にない。



「あー、それはきっとアレだろうな」



「先輩、何か心当たりがあるんですか?」



ロイはグラスに注がれたアイスティーを一口飲んで喉を潤してから答えた。



「オレの怪しげな情報網に引っかかった情報によると、

 ヤマダは民間の戦艦に乗り込むと……か……」



最後の方は消えるような声になっていた。

イツキの横に座っている彼女でさえ、無形のプレッシャーを感じ取れた。

擬音をつけるなら、『ゴゴゴゴゴ』とか『ドドドド』とか、とにかくそういう類の。

さーっと血の気が引いていくロイに軽く微笑んで、

被告人に判決を言い渡す判事のように有無を言わせぬ平坦な口調で告げた。



「その話、詳しく聞かせてください」







そして、その場で根掘り葉掘り、重箱の隅をつっつくような執拗さで

イツキの尋問(ロイの視点では既に拷問)が行われ、現在に至る。



「失言だったことは認めるよ」



見失わないようにイツキを追いかけながらロイは言った。



彼の言うところの『怪しげな情報網』は確かに色々な情報を提供してくれるようだが、

それを如何に使うかは本人次第と言ったところだろう。



「しかも、機密じゃないんですか、それ?」



「ああ、それはない。 明日にはミナセ司令の名で正式に告知されるはずだからな」



あっさりとアンネニールの懸念を否定した。

彼女としてはその情報元がどこなのかと言うことの方が気にはなったが、

それを訊いたところで、ロイが適当に誤魔化すであろうことは分かっているので敢えて訊かない。



「とにかく、イツキを止めることが先決だな。 下手をしたら ――」



「首が飛びますか?」



「いや、軍法会議モノだぞ」



その言葉に更にスピードを上げてイツキを追いかけた。



しかし、実らない努力と言うものも往々にして存在する。

残念ながら、彼らにとっては今回のことがそうだった。

2人の努力も空しく、イツキは思いがけず目的の人物との会見を果たしていた。



事務仕事に関してはすごぶる有能なミナセ・アキコ少将ではあるが、

それでも基地司令という職はそれなりに負担を強いる。

仕事を溜めるような真似はしないが、片付け切れないこともある。

それ故に、普段の食事は自分の執務室で簡単なものをとっていた。



しかし、ナデシコへの乗艦が決定したため、基本的に仕事量は減り、

後任への引継ぎ用の書類の作成もスムーズにできたため、この日は時間に余裕があった。

そこで、たまにはまともな食事がしたいと思ったとして、

更にそれを実現すべく食堂へ向かうという選択をしたとする。

その途中でイツキと遭遇してしまったとして、その責任を誰に問えるのか?



不幸な偶然の蓄積が最悪に近い結果を生み出すことは戦場では良くあることだ。

誰が悪いというわけでもないが、それでも『仕方がなかった』は通じない。



ロイの心境はまさしくそれだった。

できることなら、思いっきり頭を抱えて騒ぎ立てたい気分だ。

しかし、そうもいかない。

少なからず彼にはこの状況に関する責任があるのだから。



「……司令、少しお時間を頂けますか?」



口調こそ丁寧なものだったが、表情が完全にそれを裏切っている。

イツキが既に暴走状態に近いことが嫌でもわかった。



「了承。 ここで立ち話もなんですから、わたしの執務室で話しましょうか」



そんなイツキをまったく意に介した様子もなく、あっさりと了承する。

この基地内で知らない者はいないと言われる名物(?)の『一秒了承』。



曰く、「この『了承』さえあればどんな計画もうまくいく」



曰く、「ミナセ少将に『了承』できないことはないらしい」



曰く、「本当は0.86秒だった」



曰く、「1ヶ月で10キロのダイエットに成功しました」



まあ、最後のは関係ないにしろ、とにかく名物であることには違いない。

それに、実際のところ彼女が了承を下した計画は必ずうまくいっていた。

試験用の機体が足りないと要望が出れば、即座に了承し、直接交渉してきて機体を調達。

補給物資が足りないと言う声を聞いては細かな計画を見直し、何とか間に合わせ、

休みが欲しいと愚痴られれば、スケジュールをあれこれ切り詰めて基地祭まで行った。



そういった実績もあって、アキコに対して寄せられる信頼は大きかった。

だが、それを理解した上でもロイの不安は消えなかった。

なにしろ、今のイツキは……



「恋する暴走特急」



「何ですか、それ?」



ロイの独り言を聞き咎めたアンネニールが怪訝な表情をするが、

それに答えることなく2人の尾行を再開する。



……いざとなったら気絶させてでも止めないとな。



ロイはグッと拳を握り締めながらそんな物騒なことを決意した。





○ ● ○ ● ○ ●





重苦しい沈黙が横たわっていた。

空気が帯電し、火花が散りそうな緊張感。

それにヒビを入れたのはイツキからだった。



「なぜ、民間人を戦艦に?」



「何のこと……とは言えないようですね」



焦点温度を測ったら数千度はいきそうなイツキの視線を軽く流す。

撹乱幕でも張ってるのかもしれない。

ただ単に年の功というやつかもしれないが。



年齢不詳(軍のデータベースでも年齢だけは不明だった)のアキコだが、

確か17歳になる娘がいるということなので、イツキなど本当に子供扱いなのだろう。



対峙するイツキとアキコを扉の陰から見ながらロイはそう思った。

ちなみにアンネニールも同様の格好である。

廊下を行く職員たちが何事かと注目していたが、その異様さに誰も声をかけられず、

結局はひっそりとそのまま歩き去っていた。



しかし、2人はまったく気付かずにイツキとアキコの会話を聞き取ることに集中していた。



「ヤマダさんを戦艦に乗せる決定をしたのはネルガルです。

 もちろん私も責任者として了承はしましたが」



「なぜです!? 彼は民間人ですよ!」



「そうですね……理由は3つほどあります」



激昂するイツキとは正反対に落ち着いた動作で、指を折って数え上げる。



「1つ目、彼は民間人ですが、その戦艦も民間の物です。

 2つ目、その戦艦は基本的に民間の手によって運用されます。

 3つ目、その戦艦は彼の雇い主であるネルガルのものですから、

 彼がパイロットとして呼ばれたからと言って軍には止める権利はありません」



まさしく正論だ。

だが、それが理解できるのと、納得できるのはまた別問題だ。

何とか反論しようと口を開きかけたイツキに、アキコは静かに付け加えた。



「それに……彼自身が選択したことですよ」



「……っ!? 分かり、ました」



吐き出しかけた言葉をすべて飲み込み、かろうじてそれだけを絞り出す。

それだけのことで、ひどく疲れを覚えた。

なけなしの自制心を全て投入してしまったからだろうか。



「話はそれだけですか?」



「……はい」



悔しかった。

何に対するものかも分からないが、怒りも沸々と湧いてくる。

あと一言があれば自制を失っていたかもしれない。

何で自分はこんなにも怒っているのか。

荒くなった呼吸を整えながら考えてみる。



思い出されるのは、あのイーハ撤退戦の直後。

ヤマダ・ジロウという青年と初めてまともな会話を交わしたあの空母<神鷹>の格納庫。

喪失感と無力感に苛まれて、いつもの陽気さを失っていた彼。



イツキは思った。

もう、あんな寂しそうなあの人は見たくないと。

だが、自分には何もできない。



分かっている。

そもそもそんな権限など一介のパイロットにあるはずがない。

それに、彼もパイロットだ。



イツキは気付かなかった。

自分が無意識に握り締めていた拳に。

そして俯くイツキをアキコが慈愛と、微かな羨望の混じった瞳で見ていた事を。



「……ふぅ、本当はいけないんですけど」



そう呟くと、アキコは微かに開かれた扉に向かって声をかけた。



「2人とも、イツキさんが心配なのは分かりますけど、立ち聞きはいけませんよ」



その言葉にイツキが振り返ると、扉の陰からバツが悪そうな……

例えるなら悪戯を咎められた悪ガキのような、

しかし、あまり悪びれた様子もなくロイとアンネニールの2人があらわれた。



「司令もなかなか人が悪い。 わざとオレたちに聞かせましたね」



考えてみれば、基地司令の執務室なら入室前に相手を確認するための

カメラくらいはついていても不思議ではない。

恐らく、彼らの存在は最初からバレバレだったのだろう。



「ふふっ、どうでしょうね」



否定とも肯定ともとれる言葉。

そしていつもの柔らかな微笑み。

イツキと話している最中でさえ、崩さなかった。



これがある限り無敵なんじゃなかろうか?



ロイにはそう思える。



「それと、これは独り言なんですが……」



その言葉にロイとイツキは気を引き締めた。

アンネニールだけがその意味を分からずにキョトンとしている。



この場合の『独り言』は、上官が信頼できる部下に機密を漏らすときによく使われる表現だ。

さすがに軍歴が短いアンネニールには理解できなかったようだ。

まあ、イツキやロイにしてもさほど長いわけではないが、経験の差だ。



「実は私もその戦艦に軍からのオブザーバーとして乗り込む事になっているんですが、

 困ったことに、パイロットが不足しているそうなんです。

 あと数人、私の護衛も兼ねて志願してくれる方がいるといいんですが……」



その意味は明白だった。

そして効果も。



ちらりとロイはイツキを伺い……説得を諦めた。

アンネニールにもアイコンタクトを送る。

軽く首を振って拒否された。

彼女も早々にイツキの説得を諦めたらしい。



「……困りました」



言葉とは裏腹に、ニッコリと微笑んでアキコが言う。

ロイから見ても、それはとても魅力的な笑みに思えた。



……なるほど、悪魔と策士はこういう風に微笑むのか。



イツキが一歩前に出る。

つまり、そういうことだった。





<続く>






あとがき:

ナデシコ出港に向けて状況は整いつつあります。
予定では第4話がTV版の第1話くらいになります。

長い前振りだったなー(汗)

それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。










圧縮教授のSS的

・・・おほん。

ようこそ我が研究室へ。

今回も、活きのいいFCSSSが入っての、今検分しておるところじゃ。


・・・・・・ふむ、今回から本格的にクルー集めスタートのようだの。

イツキが最初から乗りこむSSは珍しくもないが、きちんと理由がある物は少ない。理由そのものはアレじゃがの(爆)

N次創作において本編と違う事柄に付いては、すべからく理由付けが必要なもの。忘れがちじゃが、基本であるぞ。


さて。せっかくじゃから、役者が揃う過程(今後)について一言。

前に、オリキャラは登場時が命と書いたが、実はオリキャラに限った話では無い。

二次創作特有である『世界の違い』を際だたせる、絶好の機会なのじゃ。

設定に変化がないキャラに関しても、そのキャラを見ているキャラの主観が変化していることがあれば、それだけでも十分に『視点』を変えることができるぞ。

まだまだ物語は序盤であるからして、僅かなチャンスも見逃さずにアピールすることじゃ。

それが、読者の興味を持続させる事にも繋がるのじゃよ。



さて。儂はそろそろ次の研究に取り掛からねばならん。この辺で失礼するよ。

儂の話が聞きたくなったら、いつでもおいで。儂はいつでも、ここにおる。

それじゃあ、ごきげんよう。