時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第3話 悲劇と喜劇の『舞台』・その3




2196年 9月17日

某人物宅 応接室






「断る」



簡潔な言葉だった。

そして、故に他の解釈の余地など少しもない拒否。



「はぁ、しかし、お話だけでも……」



プロスは珍しく心底困ったような声を出した。



「名刺は受け取った。

 そしてネルガルの社員だということを了解した。

 こちらにすれば、それだけで断る理由は十分だ」



相手がこちらに良い感情を持ってはいないだろうとは予想していたが、

まさかここまで、例えるなら蛇蝎だかつ のごとく忌み嫌われているとは思ってもいなかった。

相手の男はジャーナリストだった。

しかも、この業界では有名な戦争カメラマンでもある。



戦艦ナデシコはネルガルが民間人で運用することになっていたから、

報道記録に関しても一流の人材を欲していた。

ネルガルにしてみればナデシコも商品の1つであり、

その商品価値の宣伝がどれほど重要かは理解していた。



クリムゾンの衰退の隙を突いて、力をつけてきたAGIへの牽制もある。

機動兵器の分野では押され気味で、造船では既に空母のシェアは完全に奪われた。

この上、現行の主力艦である戦艦のシェアまで奪われでもしたらえらいことだ。



ネルガル情報部の報告によると、スウェーデンに点在するAGIの造船ドックでは、

新型の電子作戦艦と【壱号艦】の秘匿名称でナデシコ級にも匹敵する

新型戦艦が昼夜突貫作業で建造中とのことである。



上層部は焦った。

『ナデシコの一日も早い完成を! AGIよりも早く就役させるのだ!』

そんな催促が現場には毎日矢のように飛び、同時に【スキャパレリプロジェクト】の

成功に向けてプロスたちに人材に関してもあれこれ追加で注文が来た。



そして、追加された事の1つに報道記録班の編成があった。

簡単に言えば、CM作成を主な仕事とする広報係だ。



そんな事情があって、プロスは『性格はともかく、腕は一流の人材』という基準に合致する

この人物をスカウトしに来たのだが、名刺を見せただけで断られたというわけである。



性格はともかくと言っても、そもそもスカウトに応じてくれなければ意味がない。

プロスは根気強く交渉を続けることにした。



「しかし、こちらとしましても、子供の使いではないので、

 『はい、そうですか』とはいきませんでして。

 
 いや〜、サラリーマンの辛いところです。

 ここは、わたしを助けるつもりで、お話だけでも聞いて頂けませんか?」



あくまで営業スマイルを崩さずに言うプロスに、

男は少し考えるそぶりをして頷いた。



そして、プロスに悟られないよう自然な動作で口元を隠し、呟く。

道化が、と。





○ ● ○ ● ○ ●





暇だった。

どうしようもなく暇だった。



兄は先ほどから来客の相手をしているし、

同い年の妹(微妙に矛盾した表現だが、異母妹なので誕生日の差でこうなった)は出かけているし、

暇潰しにはじめたカメラなどの機材の手入れも既に終わらせてしまった。

日頃から兄の仕事を手伝っているおかげで、この程度なら1人でも手際よくできる。



仕方なくテレビをつけてみるが、戦争に入ってからというもの、

バライティー番組は減り、代わりに露骨な戦意高揚番組か、

どっかの自称UFO研究家や宇宙科学の専門家が集まって

『木星蜥蜴の真実に迫る!』などと名付けられた特番の中で

『ミステリーサークルは彼らからの警告だった』だの、

『ノストラダムスの1999年はマヤ暦に換算すると実は2195年だった』だの、

『木星蜥蜴の正体は100年前の月独立派の生き残りだ』など、

推論どころか突飛過ぎて根拠もないような意見を対決させたりしている。

既に議論にすらなっていない。



「……つまんない」



ちなみに、この手の特番の中で彼女に1番のヒットを飛ばしたのは、

『木星蜥蜴の正体は、未来からやってきた悪魔的未来人』だった。

彼の持論によると、『天使的未来人が未来から来て、超技術で木星蜥蜴を一掃してくれる』そうだ。

そしたらきっと大半の軍人はリストラだろう。



何だか二流のSF映画の脚本のような内容だったと記憶している。

しかも大昔の有名な漫画『宇宙戦艦空母・信濃』のストーリーにも似ていた。



そのストーリーは、20世紀の戦争で沈んだ空母信濃を引き上げ、

古代火星人の遺跡から得た技術で戦艦空母(よく分からない表現だが、たぶん機動戦艦の事だろう)

に改造して、環境破壊の末期までいった地球を救うためにお隣の宇宙までプラネットクリーナーなる

アイテムを借りにいくという、壮大なはじめてのおつかいSF版である。

映画も何本か作られ、最後の方は『さらば〜』の後に『〜再び』や『新・〜』など、

明らかにマンネリ化していたのが憐れといえば憐れだった。



昨日はその映画の3作目『宇宙戦艦空母・信濃 〜戦士の系譜〜』がやっていた。

シリーズの中でも特に軍事色の強い作品だけに、戦意高揚を狙ったのだろう。

スポンサーも政府広報機構になっていたし。



そんなことを考えながらチャンネルを変えていく。

特に見たい番組があるわけでもなく、単なる暇潰し以外の意味はない。



「……お兄ちゃん、まだかなぁ?」



青狸のマスコットと、メガネの貧弱そうな青年の通販番組を何となく見ながら呟く。



……せっかくデートの予定があったのに。



兄妹で出掛けるのをデートと呼ぶかどうかは、まあ、人によるだろうが、

少なくとも彼女と妹はそう言っていた。



『そんな君にぴったりのものがあるよ』



ブラウン管の中では青狸がポケットからお馴染みの仕草で

アイテム(通販商品)を取り出していた。



『ぺかぺかん、万能巫女服〜』



……なぜ?



『わーすごいや子虎モン!』



メガネの青年が大げさに驚いている。

まあ、確かに今の流れから巫女服が出れば驚くだろう。



『いいかいコビ太君、この巫女服にほら……』



『あー、ジュースの染みが!?』



『ふふふっ、でも、この新素材の巫女服なら、水で洗うだけで……』



『わぁ、真っ白! しかも乾きも早いや』



『今ならこの巫女服の上下セットに、天然素材の草鞋と竹箒、

 更に今回はこの模造刀までつけて、1万円! 1万円でのご奉仕』



『すごいよ子虎モン! 股座がいきり立つよ!

 これは今すぐ注文しないと!』



それを聞き流し、突っ込みも適度にいれながらも、

やっぱり暇だった。

どうしようもなく暇だった。



兄の方の来客は、まだ終わる気配はない。





○ ● ○ ● ○ ●




リビングで姉が暇をもてあましているころ、

対照的に妹の方は忙しかった。



「あっ、卵が安い。

 最近は物価も上がってきたし、早めに補充と」



物価が上がるのも当然の話だ。

木星蜥蜴との戦争に突入して、現在は地球にまで侵攻を許している。

生産拠点が打撃を受け、通商レーンも破壊されている。

軍は戦線の維持に手一杯で、輸送船団に満足な護衛もつけられない。

じわじわと、既に地球側の継戦能力は失われつつある。

さすがに、卵1パックの値段からそこまで洞察できる人間は居ないだろうが。



それに、人間は遠くの戦争よりも、近くの買い物の方が気になるもの。

値段の割りに鮮度は悪くないトマトを1パック追加する。

挽肉も安かった。

今夜はミートスパゲティにしよう。



「……あっ、チハヤ?」



サラダ用のレタスを選別していると、声をかけられた。

聞き覚えのある声だった。



「ライザさん。 こんにちは」



振り返ると、予想通り、金髪の女性が居た。

しかもかなりの美女だ。



「ええ、こんにちは」



本人は気付いていないのか、それとも気にしていないのか、

日本も随分と国際化が進んでいるとは言え、

こんな田舎町のスーパーにモデルでも通用するような金髪美女というのは目立つ。



「ライザさんもお買い物ですか?」



「まあ、ね」



そう言って買い物籠の中の弁当を示す。

天は二物を与えず、とはよく言う。



「あ、それなら晩御飯一緒にどうです?

 兄さんも喜ぶと思いますけど」



ライザは彼女の兄にとっては仕事のパートナーだ。

プライベートでもパートナーなのか、彼女としては気になるところではある。



「……そうね。 仕事の話もあるし、せっかくだからご馳走になるわ」



「はい、どうぞ」



レタスの選別を済ませ、2人は会計を済ませるべくレジへ連れ立って向かった。

その頃、彼女の兄はかなり人生の岐路に立つ選択をしていたのだが、

この時の2人には知るべくもない。





○ ● ○ ● ○ ●





「…………というわけです。

 我々としても戦争カメラマン、更には軍事ジャーナリストとしてのあなたの腕を

 高く買っているわけでして、是非とも私どもの艦に乗っていただきたいと」



……よくしゃべる男だ。



かれこれプロスの『説得』は1時間に及んでいた。

その間、営業スマイルは欠片も崩していない。

仮面を被るにしても、ここまでくれば大したものだ。



「それに、その間のお給料も奮発させて頂きます!

 もちろんボーナスも出ますし、各種手当てもこの通り」



「2,3質問があるんだが、よろしいか?」



「はい、何なりと」



やはり<ネルガルの道化師>の二つ名は大したものだ。

こうして話しているだけでも、まったく油断していない。

今のところ敵対するつもりはないが、かと言って気を許していい相手ではない。



やはり、不安な要因は1つでも取り除いておくべきだろう。

ゆっくりと、なるべく自然な動作で口を開いた。





「それ、税抜きですか?」





幸い、彼の懸念は1つ消える事となった。





彼は更にいくつかの質問を済ませ、条件を提示した。

プロスもそれを受け入れ、仮契約を済ませることになった。



「はい、それではここにサインを……」



差し出された書類に目を通し、最終確認をしてサインをする。



―― カタオカ・テツヤ



随分と慣れ親しんだ自分の名前。

今更間違うはずもない。



「はい、これで仮契約は成立。

 よろしくお願いしますよ」



「ああ、では、詳しい話はまた後日」



一礼して、プロスと、結局最後まで一言も発しなかったゴートは応接室を出て行った。

それを見送り、しばし思索にふける。



ネルガルに関わるつもりはなかった。

最初に断ったのもそうだ。

が、プロスは巧みに隠していたが、言葉の節々からいくらかの情報を読み取れた。



『軍事ジャーナリスト』 『私どもの艦』 『計画』



そして自身の記憶から総合して推察すると……



「……機動戦艦ナデシコ、か」



かつて、彼を“殺した”男の乗っていた艦。

まさか“2度目”の人生で縁があるとは思ってもいなかった。



運命など信じていない。

そんなものは言い訳だ。



だが、これはおもしろい。

どうやら退屈とは無縁になりそうだ。





……テンカワ・アキト、今度は俺に何を見せてくれる?





様々な変化と、更なる思惑を孕んで時代は加速し、想いは収束していく。

そして、10月1日。

運命の出港日が訪れる。





<続く>






あとがき:

地獄が見えたあの日から、俺の弾く歌、歌う詩〜♪

怒りのメロディー♪ 地獄節〜♪

えて〜!  えて〜!  え抜いて〜♪


というわけで、もう1人の復讐者の登場です。
縁とは奇なもの味なもの。


それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。




 

代理人の感想

飛鳥ァ〜〜〜ッ!

 

と、お約束でついつい叫んでしまいましたが、

何故か今回の感想書きに召喚された代理人です(笑)。

 

しかし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

チハヤだけでなく同母妹の方も
ブラコンだったとわっ!
(いや、それ驚く所が違う)

 

 

こほん。ではもう一度。

 

 

まさかテツヤまで逆行していたとは!

 

 

わざとらしい上にくどいですね、はいごめんなさい。

 

 

ではここからは真面目に。

 

忘れてる人も多いかもしれませんが(爆)、この世界には時ナデアキト、

詳しく言うと序章のラストからそのまま飛んできたアキトが存在しています。

(ちなみにラピスは何故か劇場版アフター)

となると、気になるのはこの二人が再会した時の絡みですが……

どっちが先に気がつくかな〜(笑)。

後、チハヤはどうも現地人(爆)みたいですがライザはどうなんでしょうね。

家族の様子からすればテツヤはアキトと違って随分前から逆行してきてるみたいですので

(歴史自体が違う、と言う可能性もありますが)

ライザが逆行してなくても助けて教育する時間はあったとも考えられますが・・・。