時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第4話 3度目の『男らしく』で行こう・その1




2196年 10月1日

サセボシティ




時は流れる。

望む望まないに関わらず。



人間の矮小な意志など無視して、

無常に過ぎ去っていく無数の過去。



時を遡り、流れに逆らったとして、

それも一時的なこと。



流れ着いたその瞬間から、再び時は流れる。

その瞬間から、未知の未来へ。



「お世話になりました」



アキトはそう言って深々と頭を下げた。



「へっ、これじゃあ、どっちが世話になったんだかだけどな」



そう言ってユキタニ・サイゾウは笑みを浮かべた。



アキトが雇って欲しいと言ってきたのが、去年の2月。

夫婦で切り盛りしていた小さな食堂は、

その日からさらに1人の若いコックが加わることになった。



それから約8ヶ月。

アキトの考案したオリジナルメニューがヒットしたり、アキト目当ての女性客が増えたり、

アキト目当ての男性客まで …… 一部だが、増えたり。



とにかく、店は繁盛した。

もちろん、それまでも口は悪いが気のいい店主が、

手ごろな値段で美味い料理を出す店として、客足が途絶えたことはなかったが。



「お前、これからどうするんだ?」



それはアキトが期限付きで雇ってくれと来てから、ずっと繰り返ししてきた質問だった。

プロでも通じる腕を持ちながら、料理をする時はあれほど嬉しそうにしながら、

アキトの口からコックになるという言葉は決して出なかった。

いつも、その言葉を眩しそうに、嬉しさ半分、寂しさ半分の曖昧な笑みで受け流していた。



「…………故郷ふるさとに」



歓喜と、郷愁と、寂寥を微妙な割合で含んだ笑み。

この青年が、ずっと浮かべてきた笑み。



「故郷と呼べる場所に帰ろうと思います」



そして瞳には揺るぎない決意と。



「戻ってきたら、一度くらい顔見せろよ」



「……はい、今度こそ必ず」



『今度こそ』の言葉に秘められた思いを、サイゾウは知ることはなかった。

ただ、この青年の深い思いだけは伝わった。

それで十分だ。



「これは餞別せんべつだ。 ぼろっちいけどな」



所々に錆の浮いた自転車。

ギアも3段しかない。



1度目ではもっといい物をくれてもよかったのにと思ったものだ。

2度目の時は、既にここを後にしていた。

そして3度目。



「ありがとうございます」



サイゾウから聞いた、この自転車の持ち主の話。

それが思い出された。



「あいつも、使ってもらった方がいいだろうしな」



それはサイゾウの息子の物だった。

両親の反対を押し切って軍に入り、そして戻ってこなかった彼の息子の。



ユキタニ・ケイジ

第一次火星会戦に駆逐艦<菖蒲あやめ>の機関員として参戦。

同会戦において名誉の戦死。



それだけだった。

ユキタニ夫妻の元に届けられたのは死亡通知と書かれた1枚の紙と空の白木の箱。

彼らもまた、戦争に家族を奪われていた。



「それじゃあ、行ってきます。 サイゾウさん」



「おう、元気でな」



最後にそれだけ言って、アキトは自転車にまたがった。

もう一度礼をして、振り返ることなく走り出す。

サイゾウは、涙を流しているのを見られたくないだろうから。





○ ● ○ ● ○ ●





この8ヶ月間の意味は何だったのだろう。



おんぼろの割によく応えてくれる自転車をこぎながら

アキトは自問した。



ラピスと話をしている内に、アキトは違和感を感じていた。

彼の記憶と合致しないことが多いのだ。



初めは自分かラピスの記憶違いかと思っていた。

記憶は自分で思っている以上にあやふやなものだから。



しかし、ラピスの逆行時の記憶は明らかに違った。

ルリ、ハーリー、三郎太だけではなく、ユリカにイネスまで居たと言う。



そしてこの世界。

第一次火星会戦の敗退はともかく、その後に起こったイーハ撤退戦や、

火星植民者の脱出劇など、彼の記憶にはないことが立て続けに起こっていた。

いくら当時は戦争から逃げていたとは言え、そんなニュースがあれば

間違いなく知っているはずだ。



この世界は、自分の知っている過去ではないのかも知れない。

3度目に逆行してきた時がずれていたのもそのせいなのか。



そんな疑念がある。

ラピスに頼んで様々な情報を集めてもらった結果、

それはかなり確信に近いものになっていた。



「……会って、確かめるんだ」



エンジン音が近付いてくる。

山のような荷物を積んだ車。



懐かしい。

3度目なのにそう思ってしまう。

思えば、ここが始まりだったのかもしれない。



遅刻寸前(と言うか完全に遅刻)なのだろう。

エンジン音を響かせ、明らかに法定速度を越えたスピードで車が通り過ぎて行った。

時空を超えてまでユリカに振り回されているジュンも哀れと言うか。

横目にそれを見送って、アキトは予想される衝撃に備えた。



アキトは甘かった。

時空を越えて振り回されるのは彼も同様だ。



彼の準備を無視するように車は走り去って行った。

トランクを落とすことなく、それ故に止まることなく。



そして再び夜は静けさを取り戻す。



「……………ちょっと待て〜!」



テンカワ・アキト、彼の計画は開始直後からつまづいていた。

取り敢えず、『ユリカとの再会』は追いかける所からはじまった。





『止まってくれなきゃ追いかけるまでだ。


 だってあいつは…………』





そんな言葉がアキトの脳裏でリフレインしていたかどうかは、

さすがに定かではない。



ちなみに、サセボドックに着いた時、

彼は登山バック一杯の荷物と自転車の両方を担いで駆け込んできたと言う。





○ ● ○ ● ○ ●




第32任務部隊旗艦

機動母艦<アコーリス>




タカマチ・シロウ少将は上機嫌だった。

連合宇宙軍・第一機動艦隊提督にして、現在は第32任務部隊司令。

機動防御を駆使した防衛戦闘の達人。

更には小太刀二刀・御神流師範と言う複雑な肩書きを持つ。



しかし、そんな事情は今はまったく関係ない。

彼が上機嫌な理由は来客にあった。



「つまり、緊急時はドックの防衛に専念すればいいと?」



「そうです。 ナデシコは既に弾薬の積み込みは8割がた完了していますから、

 直ぐにでも発進可能です」



「そして、その後はこちらと連携して敵を殲滅、と」



「完熟航海もまだ済ませていないので、どこまで戦えるかは未知数ですが……」



それでも、シミュレーションの結果は良好だった。

一流の人材と言う言葉に偽りはなさそうだ。



「ミナセ少将、それでは何が問題だと?」



緊急時の対応策の確認と称して、ミナセ・アキコ少将 ―― 現在はナデシコ副提督の

肩書きを持つ彼女が訪ねてきたのが30分前。

シロウが上機嫌なのはその為だ。

もっとも、その理由は彼女の差し入れのシュークリームにある。

シロウは甘い物に目がない。



「問題となるのは、指揮権です」



アキコも変わらず、のんびりとも取れるペースで話を進める。



「……なるほど、そちらはあくまで民間船か」



「ネルガルとの契約によると、緊急時にさえ軍に指揮権はありません」



難しい問題だった。

ナデシコは戦艦なのに民間船という奇妙な立場にある。

共同戦線を敷く際も軍は命令権を持たず、“提案”と言う形をとらざるを得ない。

相互に信頼関係がない場合、最悪は指揮系統の混乱による戦線崩壊を招きかねない。



「意思疎通の問題も生じるな。

 それを完璧に遵守するなら、俺はナデシコに道を譲ってもらうにも

 君を通しての提案を行わなければならない」



軍からの“提案”はまず、副提督でナデシコでは唯一の軍人であるアキコに伝えられ、

提督、副提督、艦長、副長まで含めた首脳部がその提案を吟味して、

受け入れるかどうかを決める。

そして、決定事項を軍に返信。



1分1秒を争い、流動的に変化する戦況のなかで

そんな悠長なことをやっている暇はない。



できると考える者がいたら、よほどのバカだろう。

もしくは、実際の戦場をゲーム盤と同じに考えているアホか。

どちらにしろ、丁重に退場頂きたい類の人種であることには違いない。



「それで、解決策は?」



わざわざ直接訪ねて来たということは、

何かしらの案があると言うことなのだろう。



「はい。 今回に限り、ナデシコ側に指揮権を頂きたいのです」



絶句。



それに尽きた。

何かあるとは踏んでいたが……。



「しょ ―― いや、本気か?」



思わず『正気か?』と訊きかけて、慌てて言い直す。



「今回に限り、しかも緊急時のみです」



やんわりと流された。

しかし、シロウとしても譲歩できる問題ではない。



「ミナセ少将、貴官も軍人の責務が緊急時の対応にあることくらい了承しているだろう。

 それを放棄しろと言うのか? それに……」



わざと事務的な口調に切り替えた。

しかし、アキコのペースに引きずり込まれかけていることはわかった。



「『ただでさえ、基地守備隊とのこともあるのに』。

 正解ですか?」



「……君は、心が読めるのか?」



「いいえ、ちょっとした推理です」



「シャーロック・ホームズにも勝てそうだな」



そう言って、眉をしかめる。

基地守備隊の管轄は地上軍。

一方、彼の所属は宇宙軍。



この2つは仲が悪い。

陸海空軍が地上軍としてある程度まとまっているのに、

いや、ある意味ではそれ故に、互いに反目しあっている。

軍人には敵が必要なものだ。



シロウの指揮する第32任務部隊は第一機動艦隊から戦力を抽出して編成されている。

内訳は、正規空母が1隻、軽空母2隻、護衛艦3隻、防空駆逐艦6隻、駆逐艦4隻。



正規空母は就役したばかりの最新鋭艦、シレネ級<アコーリス>。

シレネ級の登場で軽空母に分類されるようになった<鳳翔>と<神鷹>は共に

火星会戦とイーハ撤退戦を戦い抜いた歴戦の勇者だ。



3隻の機動兵器の合計は108機に上る。

機動部隊1個大隊にも相当する戦力。



一方でサセボ基地にも機甲部隊が存在する。

これは宇宙軍で言うところの機動部隊に相当し、

機動兵器と、自走榴弾砲、自走対空砲、自走ミサイルユニットなどを組み合わせてある。

必要に応じて機械化歩兵や装甲車両も追加されることもある。

ややこしいが、地上軍と宇宙軍で名称が違うのは、下らない意地の張り合いの結果と言える。



連携がとれればこの上なく強力なのだが、

生憎とここの基地司令は面子にこだわってその提案を蹴ってきた。



「だからこそ、私たちだけでも歩調を合わせる必要があると思うのですが」



「だからと言って、素人に指揮権をゆだねるなど……」



「ナデシコにはフクベ提督に私もいます。

 それに、艦長は総合的戦略シミュレーションで無敗を誇った秀才です」



「…………“優先”。 これが譲歩の限界だ」



しばしの沈黙の後、それだけ告げる。



「そちらからの要請には優先して対処する」



「了承。 ありがとうございます」



アキコはそう言って頭を下げた。

必要外では敬礼をしたがらないのは相変わらずのようだ。



「シュークリームの代金としては高すぎないか?」



「あら、そうですか。

 それなら、元を取って置くように、もう1ついかがですか?」



「……頂こう」



憮然としながらも、甘味の魅力にはあらがえずにそう答えた。

怒りはシュークリームにぶつけることにして。





○ ● ○ ● ○ ●





機動戦艦<ナデシコ>

格納庫




どんな艦でも格納庫は似たようなものらしい。

間断なく響き渡る騒音にも慣れてしまった。



「おー、こいつは新型か!」



どこで見分けているのか、ヤマダが歓声を上げる。



「W型に似てますけど……足回りが若干違いますね。

 あと肩の装甲板の形状も」



その隣のイツキも楽しそうに相槌を打つ。



「……分かります、違い?」



「いや、さっぱり」



「意外と似たもの同士なんでしょうか」



「ゲキ…何とかってのは置いとくとして、そうかもな」



エステを見ながら騒いでいる2人を遠くから見ながら、

ロイとアンネニールはそんな会話をしていた。



一応、この2人もパイロットであるはずだが、

さすがに細かい型番による違いまで覚えてはいない。

と言うか、違いなんて使っている本人たちにさえそんなに分からない。



「あれは最新モデルッ! X型だよ」



そう教えてくれたのは整備班長の……確か、



「ゴーヤバタケさん?」



「いや、確かヘチマバタケ」



「ウリバタケだ! 覚えとけ!」



数時間前にも似たようなやりとりがあった気がする。

気のせいかもしれないが。



「で、カボチャバタケ。 あのX型はW型とどう違うんだ?」



「だから、ウリバタケだって……ああ、とにかく!

 全体の反応速度が上がって、OSも上位版に更新されたんだよ!」



「外観の違いはあるんですか?」



「ん、ああ。 陸戦フレームは装甲板の形状が違うな。

 まあ、見比べてどうかってレベルだな」



「マニア、恐るべしだな」



なぜか戦慄した様子で汗を拭うロイ。

確かに、恐ろしいと言えば恐ろしいかもしれない。



「でも、それは……って、あれ?」



「ん? どうしたアニー」



「ほらあれ、ルリちゃんですよ」



言われた方に視線を向ける。

銀髪の小柄な少女が視界に入ってきた。



「珍しいな。 格納庫に何の用だ?」



「声かけてみましょうか」



「今度は避けられないといいな」



「はぁ、先輩が何かしたんじゃないですか?」



「いや、記憶にない」



本当に何をしたわけでもない。

しかし、なぜか2人は避けられていた。

同じパイロットのヤマダやイツキはそうでもないのに、

ロイとアンネニールの2人に関しては、何か警戒されているように感じられた。



「まあ、人見知りするんだろ。 何しろ11歳で戦艦のオペレータだ。

 特殊な環境で育てられたって話だぜ」



「酷い話ですよね、スイカバタケさん」



「……だからウリバタケだっての」



和やかな雰囲気。

この艦が何であるのか忘れてしまいそうなほど。

でも、現実はいつも冷淡だった。

不意にけたたましいサイレンが響き渡る。



「エマジェンシー!? 敵襲か!」



訓練で自覚しないうちに刷り込まれた反応。

ロイに少し遅れてエステに駆け寄る。



「スタンバイは!?」



手近の整備班員を捕まえて訊く。



「万全です。 お気をつけて」



「ありがとう」



自分より少し年上に見えたその整備員は照れたように笑って。

もう一度、「お気をつけて」と繰り返した。

すぐにハッチが閉まる。



「ブリッジ! 状況は!?」



コミュニケに叫びながら手早く起動手順を辿る。

短期とは言え、訓練の成果はあったようだ。



「木星蜥蜴の襲撃です! 現在、地上軍と第32任務部隊が交戦中」



「了解。 追って指示を待ちます」



唇を噛む。



これが実戦。

いまいち実感が湧いてこない。

死ぬかもしれないと思っても、それが恐怖に結びつかない。



でも、呼吸が荒い。

分かっている。 落ち着かないとダメ。



私は、死ぬんだろうか?

あの人たちと同じように。

火星の、あの人たちと同じように。



そしたら ―――





『私が艦長のミスマルユリカでーす! ぶいっ!』





「「「「………ぶい?」」」」



いきなり送られてきた能天気な声に、パイロット4人の声が重なった。

エステに乗っている時は基本的に双方向回線を開いているからだ。



「えーっと、今の何です?」



「艦長からの訓示、ですか?」



イツキの困ったような答え。



「Vと言えば勝利のVだろ!」



ヤマダのノリノリの答え。



「うむ、感動した」



「……本気ですか、先輩?」



「とにかく、艦長が到着したようだな」



「艦長なんですか、今の?」



だとしたら、物凄く不安かもしれない。

アンネニールがそんなことを考えている間に艦橋の方では作戦が決まったらしい。



「ヤマダさん、ロイさん、アンネニールさん。

 私たちはナデシコが発進するまで囮を勤めます。

 指揮は私が」



「了解。 それじゃあ……」



行きます、そう言いかけたその時、抑揚のない声で通信が入る。



『囮ならもう出てます』



「「ええっ!?」」



「「何〜!?」」



ウインドウを見ると、上昇するエレベーターに確かにエステが1機。

塗装も灰色の味気ないものであるところを見ると、予備機のようだ。



「いったい誰が?」



「それよりも出撃が先です! 単機じゃ危険すぎます」



「「「了解」」」



イツキの言葉に慌ててエレベーターに向かう。

慌しい限りだが、こうして彼らの戦争は再開された。

その姿を歪に変えながら。





<続く>






あとがき:

ようやっとナデシコ出港です。
第4話はTV版の第1話相当になりますかね。
戦記なのに最近は戦っていなかったので次は思いっきりバトルです。
ただ、連合軍が活躍しますけど。

それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。




 

 

代理人の感想

え〜、つまり。

時ナデで逆行してた連中に加えてユリカとイネスも逆行している可能性があると。

そう言うことですね?

本当に何人逆行してきてるんだか、この世界(笑)。

 

それはそれとして、別に戦記物だからって必ずしも戦場ばかりを描く必要はないわけですし、

多少後方の描写が多くなってもそれはそれでよし。

むしろ直接戦闘ばかりがクローズアップされる多くのSSの中では

こう言った「裏方の戦争」を丁寧に取り上げていく方が逆に作品自体を目立たせる結果となると思われます。

(考えてみると「銃後の描写だけで進む仮想戦記」というのもそれはそれで一見の価値はあるような(^^;)

 

 

 

追伸

アンネニールが「アニー」と言うことは・・・・・

ひょっとしてロイの機体ってメタリックブルー(謎核爆)?

 

・・・・・いや、前回のアレが尾を引いてるので今回も同系列のネタかなと(爆死)。