時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第4話 3度目の『男らしく』で行こう・その3




サセボ基地 第8エレベーター付近



頭長高6m、本体重量1.85トン。

形式番号AV‐01‐5 <エステバリス>

ネルガルが次期主力機動兵器として送り出した機械仕掛けの巨人。

そして、IFSを通じて息づかいまで感じられるような、第二の四肢。



デリケートなマニピュレータをナックルガードとDFを収束させることで保護し、

スラスターの加速で得た運動エネルギーを余すことなく打ち込む。

人型ゆえの柔軟性。

機械ゆえの尋常ならざる加速性能。

この拳の一撃は下手な銃器よりもよほどの凶器となる。



鈍い音をたててその拳がバッタに突き刺さった。

ビクリと一度、名前通りの昆虫のような四肢を痙攣させてバッタは動きを止める。

更にそれを力任せに無人兵器群の中に放り投げた。



―― 爆散。



ミサイルに誘爆したのか、紅蓮の炎を撒き散らし、

更に数機のバッタとジョロを巻き込んで編隊ごと消滅した。



「あのー、支援の必要ってあるんでしょうか……」



それはイツキも同じ心境ではあった。

それだけそのエステの動きは卓抜している。

ただ、『大丈夫そうだから帰ろうか』などとも言えない。



「何者だ、アレ?」



ロイも信じられんとばかりに首を振った。

彼らとて訓練を受けたパイロットである。

自分の技術にはそれなりに自信があった。



その友軍機を見るまでは。



≪少なくとも、正規のパイロットではありません≫



「プロスさん、何か知っているんですか?」



≪いえいえ、大したことではありません。

 ただ、彼はついさっきコックとして雇ったばかりでして……≫



「何でコックがエステに乗ってるんだ!?」



≪さて、何か思うところがあったのでしょうか……≫



イツキとヤマダの詰問も、プロスは相変わらずの営業スマイルでのらりくらりとかわした。

もっとも、プロスにしてもアキトの真意など知るはずもないから答えようがない。



「エステで敵を料理しようと思ったのか?」



「拳とナイフで、ですか?」



ロイの言葉に呆れたように返すアンネニール。



「まあコックだし、銃の扱いは知らなかったんだろ」



「エステの扱いは知ってるのに?」



「……世の中、不思議がいっぱいだな」



漫才のようなやりとりを交わしながらも、手を休めていたわけではない。

ローラーダッシュでの高速機動を駆使し、敵を撹乱。

射撃の精度は落ちるものの、FCSのサポートと自らの技量によって確実に敵機を減らしていく。



「案外、火星の出身者かもしれませんね……っと」



不用意に接近してきたジョロをイミディエットナイフで切り払う。

ロイやアンネニールのように火星の出身者の大半は幼少の頃からIFSに慣れている。

車もIFS使用の方がメジャーだったくらいなので、

火星では免許をとるために18歳になるとナノマシン処理をする若者が多かった。

自動化が進んでいるとは言え、IFSの方が楽には違いないからだ。



そういった環境で育てば自然とIFSの扱いが上達していく。

ロイとアンネニールの2人は更に火星とコロニー間を結ぶシャトル便のパイロットだった。

それ故に短期の訓練でイツキやヤマダに追い付けるほどの腕は持っていた。

アレもそうだと解釈すれば、多少は納得できると言うわけだ。



「どちらにしろ、やることは変わらないさ」



「支援ですか?」



「ああ、安全な場所からこっそりとな」





○ ● ○ ● ○ ●





連合軍サセボ基地司令部



「何をしている!」



地上軍の混乱は極みに達していた。

各所で戦線は寸断され、電撃的に攻め入ってくる無人兵器群を押し留められずにいる。



まず、致命的だったのが初動の遅れ。

発見が遅れ、さらに宇宙軍側からもたらされた報告も、

どこで間違えたのか、基地司令に届くまでに30分もかかっていた。



次にハードウェアの差。

空母機動艦隊と地上の基地を比較した場合、戦力としては艦隊のほうが有利だ。

まず戦力の集中度が違うし、柔軟性も差がありすぎる。

基地で100機の機動兵器を運用しようと思ったら、維持等に相当な施設が必要となるが、

空母は初めからそれだけの機動兵器を運用する能力を備えている。

さらに移動力を自前で備える空母は好きな場所から機動兵器を発進させられる。



防御力にしても、最新鋭のシレネ級はDFを装備しているし、

旧式艦にしても護衛艦艇の火力の盾がある。

基地は100門の砲で守られていることは稀だが、

空母は100門の砲で守られていない方が珍しい。



もちろんこれは比喩だが、大規模な部隊を組んだ場合これが比喩ではなくなる。

ディケントラ級護衛艦の5インチ連装両用が10基の20門。

その廉価量産型である防空駆逐艦プレイオネ級は同型の主砲が5基で10門。

第32任務部隊は護衛艦が3隻に防空駆逐艦が6隻の編成だから、艦隊全部では120門。

細かな対空砲も含めればもっといく。



ただ、それ以上に差をつけられていたのが……



「参謀長! これはどういうことだ!」



「はあ、ただいま各部隊の指揮官と連絡を取りつつ対策を……」



「だからその対策はいつできるのだ!」



サセボ基地司令のアズマ准将に怒鳴りつけられて、

猫背の参謀長は更に背中を丸めた。



実のところ、対策などまったくない。

いや、あるにはあるのだが、それを実行するには、

まず現場の混乱を収集しなくてはならない。

それには統率力のある指揮官が必要で……お世辞にもこのアズマ准将は十分とは言えない。



最初から素直に宇宙軍と協力していれば……



そう思わなくもないが、同時にそれが不可能だと言うことも理解している。

軍も巨大な官僚機構であるからだ。

敵対組織宇宙軍』 と手を結ぶなど、とても考えられない。

それは組織に対する裏切り、背信行為。

そうなったら官僚として軍で生きてはいけない。



ある意味でこの参謀長は正しい。

タカマチ少将は確かに有能な軍人ではあるが、有望な官僚ではない。

組織で上手く生きていける類の人間ではない。

自分の出世と保身を考えるなら、無能で勢いだけの指揮官でも、

取り入りやすく扱いやすい、アズマのような人間の方が良い。



この考えが軍の腐敗を物語っている。

長く続いた平和に、非常時の対応能力をなくした官僚たち。

組織としての硬直が至るところで破綻を生み出していた。



「その件につきましては、前向きに善処しております」



「早くしろ! 宇宙軍の連中に地上で大きな顔をさせるな!」



「はい。 さっそく取り掛かります」



もちろん嘘だ。

こう言って作戦部にこもっていればポーズはできる。



あとは宇宙軍に任せておけばいい。

事後処理は部下を適当に解任すれば追及も避けられる。



現場の人間?

ああ、彼らは良くやった。

死ぬことで任務を全うしてくれた。

謹んで哀悼の意を表させて頂く。



これが彼らの遂行する戦争だった。

そもそも運用する人間の質が違う。



もちろん、宇宙軍にもこういった人間は存在する。

更に唾棄すべき人間さえも、存在する。

タカマチ少将などはむしろ異端といえる。



そして実際、彼らはこの戦いのあとも

査問会等で責任を追及されることはなかった。



なぜなら……





○ ● ○ ● ○ ●





連合地上軍

第143機甲中隊




ミサイルが自走対空砲に直撃し、爆風が周囲の物体を薙ぎ払う。

誘爆を起こさなかったのは、ひとえに弾切れのためだ。

何が幸いするか分からないという見本のようなものだが、

同時に、もっと弾薬があればそもそもこんな事態を防げたかもしれないとも思う。



「おい! 早く弾持って来い! 弾!」



エステの通信機に向けて怒鳴る。

ラピッドライフルの予備マガジンは今ので最後だった。

いくら格闘戦ができると言っても、それは“最後の手段”であり、

基本は歩兵の戦闘形式と大して変わらず、銃がなければほとんど戦えない。



「無理です! ここは撤退するしか ――」



「撤退ってな! どこに退くんだ、どこに!」



やけ気味に怒鳴り返した。

基地が攻撃されているのに中に入れば、そのまま生き埋めにされかねない。

しかし、限界なのは分かっている。

指揮系統の混乱から、慌ててばらばらに出撃した機甲部隊は、

結果的に兵力の逐次投入になり、各個撃破の的になっていた。



「せめて増援を……」



そう言いかけた刹那。

轟音が周囲に響き渡った。



エステのスピーカーが素早く調整をかけるが、

間に合わずに聴覚が麻痺してしまう。



「――― ! ――― !?」



「おい、何を……」



言いかけて止まった。

吐き出しかけた言葉を鉛を飲み込むような気分で戻す。



もうもうと立ち込める土煙。

そして、その間から垣間見える青空。

そこにないはずの青空。



「……司令塔が」



崩壊していた。

支柱が真ん中の辺りからものも見事にへし折れている。

恐らく司令部は全滅だろう。





○ ● ○ ● ○ ●





地下ドック内

機動戦艦<ナデシコ>




「艦長、悪い知らせです」



「アキトに何かあったんですか!?」



「いえ、基地司令部が全滅です。

 敵戦艦の砲撃で司令塔が崩壊。

 司令のアズマ准将は戦死。 幕僚も全滅」



アキコはユリカの迫力にも負けず、凄いことをさらりと言ってのける。



「えっとーつまり、地上軍の指揮を執る人がいなくなっちゃったってことですか」



「正解です艦長」



アキコはできのいい生徒を褒めるような口調で続けた。



「それで、テンカワさんのほうに敵が集中しています」



その言葉に合わせるようにルリが状況をモニターする。



司令部の壊滅で地上軍の混乱は極地に達し、

もはやまとまった軍事行動などできるはずもない。



宇宙軍はさすがに友軍を見棄てるわけにいかず、空母へ機甲部隊を一時収容することにした。

これは言うまでもなく危険なことだ。

回収している間、DFは張れないため、空母は完全に無防備になってしまう。

それをフォローするためと、地上軍のために格納庫を開放するのと2つの理由から

予備の兵力まで投入して全力で艦隊直掩を行っている。



防御に徹することで凌いではいるが、

逆に積極的に動いている囮へ見事に敵が集中していた。



「大丈夫です」



しかし、ユリカは言い切った。



「アキトが『任せろ』って言ったんです。

 だから、大丈夫です。


 それは、絶対に、ぜったいです」



「了承。 艦長が信じるなら私も信じてみます」



「ありがとうございます、副提督」



アキコに一礼して正面に向き直る。

艦橋からも見えるほど水面は上がってきている。

ドック注水完了まであと3分。



ちなみにジュンはユリカとアキコの会話に入れず、隅で独り涙していた。





○ ● ○ ● ○ ●





<エステバリス> テンカワ機



疾走する。

立ちふさがる障害を砕き、切り裂き、弾き飛ばし、時には殴り倒して。



疾駆する。

疾風のように、迅雷のごとく。



時速120キロで後方に流れていく風景。

正面から突っ込んでくる敵機との相対速度は200キロを越える。

アキトはを常人離れした動体視力でそれを見切ってエステの拳を打ちつけた。



何も完全に撃破する必要はない。

頭部を破壊するだけでバッタなどは動きを止められるからだ。

それに下手に胴体を殴ったりすれば、ミサイルを誘爆させかねない。

ノーマルエステのフィールドではその爆発には耐えられないはずだ。



最小の労力で最大のダメージ。

バッタの急所は首の関節だ。

そこを正確に狙っていく。



コンマ数秒の反応速度の世界。

イミディエットナイフが動力ケーブルを切り裂いた。

動きを止めたバッタが瞬きする暇もなく、後方に流れていく。



「くっ、数が多い!?」



前回以上に敵の数は多かった。

いまさら無人兵器に遅れをとるようなことはないが、

問題は司令塔を崩壊させた戦艦だ。



今のアキトが使っているのはノーマルエステ。

DFSもないため、戦艦を撃沈するには昔やったように

ナイフを使っての高速攻撃しかないが、生憎と陸戦フレームは空は飛べない。



恐らく、あの戦艦はナデシコを察知したら真っ先にドックごと潰そうとするはずだ。

いくらナデシコでもドックの中に居る時に砲撃を喰らったらひとたまりもない。



「せめてサレナを完成させておくべきだったか」



まさか初戦からこんな危機を迎えるとは思ってもいなかった。

前回とは違い8ヶ月の間があったのだから準備はしておいたつもりだったのだが、甘かった。

ブラックサレナとまではいかないまでも、エステカスタムにDFSでも相当違ったはずなのに、

前回の反省から実力を隠すことに意識がいっていたため、用意していなかった。



「まったく、人生ってのはままならないな!」



左手でジョロを打ち払い、右手のナイフで両断する。



「まあ、それには同意だな」



「―― 誰だ!?」



まさか独り言に返事があるとは思わなかった。



「う〜、それはこっちのせりふですよ〜」



今度は音声だけでなくウインドウが開かれる。

ナデシコの格納庫で見た女性だった。



「あんた、やるじゃねえか! オレはダイゴウジ・ガイ。 ガイって呼んでくれ」



「で、本名はヤマダ・ジロウさんです。 あっ、私はイツキ・カザマです」



続けて懐かしい2人も。



「紹介が遅れたが、俺はロイ・アンダーソン。 で、こっちの半泣きなのが……」



「怖いものは怖いんですよぉ!」



「だ、そうだ。 彼女はアンネニール・ハードウィック。

 一応はナデシコ所属のパイロットだ」



「えっと、俺はテンカ・アキト。 コックです」



この状況で何だが、一応それで通すことに決めた。



「空戦が俺とアニー、砲戦がイツキで、陸戦がヤマダだ。

 必要ないかもしれないが、支援する」



正直に言えば、不要だった。

4人とも腕はエース級のようだが、アキトのそれは人外レベルだ。

しかし、気になることがある。



「それはありがたいですが……

 敵艦がいますし、それを何とかしないと」



できれば空戦フレームを貸して欲しいのだが、戦闘中にそんなことは言えない。

まさか撃沈してきてくださいなどと言うわけにもいかない。

普通の人間にはそれこそ自殺行為だ。

案の定、ロイは軽く眉をしかめた。



「テンカワ君でいいかな?」



「あっ、はい」



なぜか姿勢を正してしまうアキト。

そんなやりとりを交わしながらもまったく手は休めずに敵機を撃墜している。

もちろんロイも。

こちらは空戦、つまりは飛んでいて制御は難しいはずなのに、大した物だろう。



「君の腕は認めるが、何でも自分でやろうと背負いすぎる癖がないか?」



痛いところを突く。

思わず苦笑を浮かべた。



「俺たちは囮だ。 なに、戦争は本職に任せておけばいい」



……その本職があてにならないんだけどなぁ



そうは思ったが、言っても仕方ないので再び戦闘に集中し、策を考える。

しかし、今回に限りアキトは間違っていた。

あてにならない本職の中にも、本物は居た。





<続く>






あとがき:

あはー、終わらなかった(汗
予定ではナデシコがドカーンとやるはずだったのに……。
というわけで続きます。


それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。




 

 

代理人の感想

ありゃ、アズマさん死んじゃいましたか。

一応哀悼の意を表させていただきます(爆)。

 

全編戦闘なんでそれほど言うことはないんですが、

ロイがアキトの悪癖を一目で見ぬいていますね〜。

人生経験・・・・もとい、爺むささの賜物でしょうか(笑)。