時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第5話 『緑の地球』の大作戦!・その3




機動戦艦<ナデシコ>

格納庫


その時、ナデシコは洋上補給の最中だった。

サセボでの戦闘から2週間。

艦と乗員を慣らすための習熟航海を終え、

火星へ向かう前の地球での最後の補給である。



艦長からの強い要望で、宇宙へ飛び立つ前にエステの0G戦フレームを補充している。

ただ、0G戦仕様は第2艦隊や第1機動艦隊でも多く使用するため品薄で、

プロスとアキコが手を尽くして何とか2機分を確保した。



それを受け取るため、現在ナデシコは海上に浮いている状態で停泊中だ。

その傍らに大型の輸送艦が並んで停泊し、物資搬入用のクレーンでいくつものコンテナを

吊り下げている光景が伺える。



「……暇ですねー」



「パイロットだからな」



「手伝わなくていいんでしょうか?」



「向こうがいいって言ってんだから、いいんじゃねえのか?

 やっぱりロボットはここ一番でガツーんとやるのがいいんだよ」



格納庫で4人は暇そうにしていた。

いや、事実、暇だった。

ちなみに上からアンネニール、ロイ、イツキ、ヤマダだ。



クレーンで搬入されたコンテナは、作業用人型ロボット<ヘラクレス>によって所定の場所に運ばれていく。

人型といっても、ずんぐりとしたその形はスマートさには欠ける。

<ヘラクレス>はAGI製の作業ロボットで、頭頂高6m、自重は10t。

エステに比べて遥に重い。

しかし、その分、頑丈でパワーだけはあるため、今でもこうした単純な力仕事では重宝されていた。

これはナデシコの艦載機ではなく、輸送艦の側の物だ。



「あれはマニュアル操縦なんだろ。 俺は操縦の仕方なんて知らないし」



「そうなんですか? 火星ではIFS仕様でしたけど」



「地球ではあまり……」



イツキが言いにくそうにヤマダの言葉を補足する。

それで火星出身の2人は了解したようだ。



確かに、IFSは地球では一般的ではない。

ナノマシン処理を人体改造と同一視して忌避する風潮もあって、

IFS処理をしているのは軍のパイロットくらいのものだ。



「でも、エステは使えないんですか?」



「マニピュレーターがデリケートだからな。

 砲戦ならともかく、陸戦は不向きだろうよ」



その力強い外見を裏切り、機動兵器はデリケートな兵器だ。

陸戦仕様であっても、整備なしで3日間歩き続ければ壊れるような代物だ。

その中でも特に壊れやすいのが指と足の関節。

足は常に1Gの重力加速を受ける機体の自重の負荷を支え続けているし、

指は銃やナイフなどを巧みに使いこなす繊細さを持っている部位だ。



「オレは壊してウリバタケに文句言われたくないからな」



「テンカワさん、怒られてましたからねー」



実はアキトは別に壊したからではなく、単機で出て行ったから怒られた。

整備班長として、彼は「自殺同然の無茶をさせるために整備してるんじゃねえ」と言っていた。

それは彼らも同感だった。

本職のパイロットが居るのに単独で飛び出すなんて無茶をしてくれたものだ。



「ヤマダさんも、休んでなくていいんですか?」



「ベットに横になんてなってられるかよ。 退屈だぜ?」



イツキの心配も何処吹く風とばかりに笑い飛ばす。

足を骨折している割には元気である。



ちなみに、彼らが用もないのに格納庫に来ているのは、

新型の0G戦フレームを見に来たという理由だが、

コンテナばかりで目的の物がどれなのかは分からずじまいだった。



そろそろ戻ろうか?

そんな雰囲気になりかけたその時、唐突にウインドウが開かれる。



≪それでは、今から重大な発表があります。

 今まで、妨害者の目を欺くために隠してきましたが、

 ナデシコの本来の目的地は別にあります!≫



そう言えば、何か重大な話があると聞いていたような気がする。

新型フレームのほうに気がいっていて忘れていた。

しかし、その発表はそれ以上の衝撃を彼らにもたらすことになる。



≪我々の目的地は ――≫





○ ● ○ ● ○ ●





踏み潰されないように細心の注意を払ってヘラクレスに近づく。

カメラの死角にはいってしまうと巻き込みにあいかねないので、

適度な距離を保ちつつ、その鋼の労働者をカメラにおさめていった。



オートフォーカスが優秀なので、素人が適当に撮ってもそれなりのものになるが、

それを更に良いものにするのがプロの腕だ。

とは言っても正確には彼女はプロではなく、まだ見習いなのだが。



「……チサト、もう少し露出は抑えてかまわない。

 格納庫入口は光が差し込んでくるし、周囲との対比があるからな」



「あっ、そっか……うーん」



メモリーを確認しながら、兄のアドバイスにしたがって再度調整した。



「できればアングルはこんな感じだな」



そう言いながら後ろから修正される。

当然、その為にカメラを持った手に触れ、

視線を合わせるために少し屈んだのだろう、息がかかるくらい至近に兄がいる。



「そう、こんなところだ」



「う、うん」



実はそれどころではないのだが、返事をしておく。

両親を早くに亡くしたチサトにとって、兄は親代わりであり、憧れでもある。

少しブラコンの気はあるんじゃないかとは自分でも思うが、チハヤよりはマシだし、気にしない。

と言うより、自分ではこういった感情はどうしようもない。

だから極力素直に生きる。



「……そうだ。 その感じだな」



「うん、ありがと、お兄ちゃん」



「頑張れよ」



テツヤはそう言うと、チサトの頭を軽く撫でて格納庫出口へ向かった。

チサトも嬉しそうに頷く。

ライザが居るところでこれをやるとライザが不機嫌になり、

同じことをやろうとすると怒るので、これは妹たちだけだ。

チハヤは同じことをしてやれば機嫌は直ることだし。



「……待たせたな」



出口付近で壁に寄りかかっていたアキトに声をかける。



「意外か?」



「ああ、そうだな」



何が、とは訊かない。

ナデシコに乗り込んで以来、アキトはそれとなくテツヤの動きを監視していた。

ルリに頼んでオモイカネによる監視から、こうして自身も足を運ぶこともある。

チサトとのやりとりも見ていたのだろう。



「親父はあいつが10歳の時に家を出たまま戻らなかった。

 死んだかと思ってたが……何てことはない。

 人質にとられた家族を見棄てて愛人のとこに行っただけだった」



前回でも聞いた話だった。

覚えている。



見棄てられた妹と母親はクリムゾンの刺客に殺され、

テツヤ自身も重傷を負った。

そして、生き残り、ジャーナリストとなって真実を知った彼は父親に復讐した。

自分の父親とその愛人を殺し、腹違いの妹であったチハヤを……



「同じさ。 俺たちは捨てられた。

 ただ、クリムゾンの糞どもは返り討ちにしてやったがな」



「それで、チハヤさんはどうしたんだ?」



「そう睨むな。 これでも反省してるんだからな。

 あいつは、俺たちが生き残ったせいで人生を狂わされたくちだな」



「どういう意味だ?」



「親父はネルガルにクリムゾンの秘密を土産に身を投じた。

 でもな、ネルガルはその秘密を公開しないことと、

 親父を引き渡すことでクリムゾンに貸しを作ることを選んだのさ」



「……裏切りか」



嫌な言葉だ、と呟く。

そんなアキトを気にした様子もなく、テツヤは淡々と話を進める。



「2度殺すのも面倒だと思ってな。

 チハヤに接触して様子を見てた矢先にそれだ。

 兄だと名乗ったのはその後さ」



俺が殺さなくても、殺されるとは皮肉だな、と言ってテツヤはわらった。

それが自分に向けたものなのか、

それとも裏切り、裏切られて人生を終えた父親に対するものなのか、

それはアキトにはわからなかった。



「そう、裏切りと言えばな……軍がナデシコの拿捕に動いているぞ」



「何だと!?」



「確かな筋からの情報だ。 信用していいだろうな」



まあ、信じる信じないは自由だ、そう言ってタバコに火をつける。

アキトは思わずその横顔を凝視してしまう。

驚きの声を上げたのは、情報の内容にではなく、

それがテツヤからもたらされたと言うことに驚いたからだ。



アキトは逆行者としての記憶から、軍がナデシコを拿捕しようとしているのを知っていた。

前回と前々回はこの時期にムネタケが反乱を起こしたはずだ。

しかし、今回はムネタケの代わりにミナセ・アキコ少将が副提督として乗り込んでいたため、

反乱はないかとも思っていたのだが、どうやらそうもいかないらしい。



「それをどこから ――」



テツヤを問い詰めようとしたアキトだったが、

その言葉は続けられなかった。

いつの間にか周囲を囲まれている。



「やれやれ、言ってるそばからこれか」



一見してただの作業員に見えた。

しかし、その手にはサブマシンガンが握られている。

明らかに陸戦の訓練を受けたプロの兵士だ。



「抵抗しなければ手荒な真似はしない」



隊長格と思しき男が平坦な声で告げる。

2人は大人しくそれに従うことにした。

アキトは無傷で叩きのめせる自信はあったが、敵の規模がわからなければ危険だ。



「……予定通りか」



果たして、その呟きは誰のものだったのか。



≪我々の目的地は ―― 火星です!≫



それはプロスの明るい声にかき消された。





○ ● ○ ● ○ ●





機動戦艦<ナデシコ>

艦橋



……自分のミスだ。



表向きはいつものように悠然と構えながらも、

アキコは自分の迂闊さを呪った。



輸送艦は軍属のもので、当然そこの作業員たちも軍属の人間。

だから多少の不自然さには気付かなかった。

しかし、まさか第3艦隊が宇宙軍陸戦隊まで投入してくるとは予想外だった。



宇宙軍は地上軍との仲の悪さや、火星の防衛上の問題から独自の陸戦兵力を持っている。

それが連合宇宙軍陸戦師団である。



元は宇宙軍が火星方面艦隊を編成するにあたっての問題がきっかけだった。

地上軍は地球の陸海空軍が統合されたもので、当然ながら他の惑星では戦闘経験などない。

わざわざ火星まで兵力を運ぶのを嫌がったと言うのもある。



地上軍は地球上で戦うのがお仕事、それ以外で戦うのが宇宙軍の仕事というわけだ。

そこで宇宙軍は自前の陸戦兵力を持つ必要に迫られ、宇宙軍陸戦師団が誕生した。



ただし、やはり規模は小さく、何より海軍(に位置する部隊)は存在しない。

理由は簡単だ。

火星や月に守るべき海は存在しない。

彼らにあるのは無限に広がる星の海だった。



しかし、陸戦隊(陸軍に相当する部隊)の実力は侮れない。

今回投入されたのは呉の宇宙軍基地に所属する精鋭、第146特務陸戦小隊だった。

強固な防御を誇るナデシコも、人が動かすもの。

内部から制圧されればまったく身動きが取れない。



そしてナデシコの目の前には戦艦<トビウメ>。

アキコの記憶によると、第3艦隊極東方面部隊の旗艦であるはずだ。

そして、それに乗っているのは……



≪ユリカーー! パパだよおぉぉぉーーー!!≫



「……お父様」



親子の対面、と言うわけだ。

もっとも、艦橋に居た人間の大半は、

今の音響兵器もかくやと言う大音響で意識を手放しかけている。



無事だったのは、さすがは娘、慣れというやつだろうか?

ミスマル・コウイチロウ提督の娘、現ナデシコ艦長のミスマル・ユリカと、



「……勘弁して」



用意周到に耳栓を付けていたオペレーターのホシノ・ルリ。

そして事前の危険予測で、これ以上の被害拡大を防げたアキコの3人だけだ。



≪おお、少し見ない間に立派になって〜〜≫



放っておくといつまでも話し続けそうな雰囲気があったので、

アキコは取り合えずその間に割ってはいることにした。



「お久しぶりです、ミスマル提督」



≪……うむ、ミナセ君か≫



途端に軍人の顔になる。

これはさすがだが、そもそも任務中に親馬鹿性子煩悩病の発作を

起こさないでもらいたいものだ。



≪おほん! 第3艦隊提督として命じる。

 ナデシコはただちに機関を停止し、武装解除したまえ≫



「……艦を明け渡せ、そう言うことでしょうか?」



いつになくアキコの言葉が険を帯びた。



≪今の連合軍にナデシコのように有効な戦力を遊ばせておく余裕はない≫



「いやー、さすがはミスマル提督! 話が早い!」



険悪になりかけた2人の間にさらにプロスが割って入った。



「それではさっそく交渉ですな」



艦内の主要箇所が制圧された状況では降伏くらいしか思いつかなかったが、

考えてみれば、ナデシコは軍艦ではなく、民間船。

それならば、というわけだ。



この辺はプロの交渉人だけある。

アキコは少し苦笑をもらす。



そう、ここは民間船。

軍人の考え方に知らず知らずに染まっていた自分は異端なのだ。



≪いいだろう。 しかし、マスターキーと艦長はこちらで預からせてもらう≫



ざわめきが起こった。

プロスも困ったように眉をしかめる。



「ユリカ! 提督は正しい!」



「艦長! 我々は軍人ではない! 

 そんな指示に従う必要もないはずだ!」



≪……フクベさん、これ以上生き恥を晒すおつもりですか。

 
 ユ〜リ〜カ〜、パパが今まで間違ったことを言ったか?≫



三者三様の説得だ。

しかし、どれも感情論でしかない。



だから敢えてアキコは口を挟まなかった。

冷静に考えるなら、選択肢はない。



艦長はマスターキーを抜くしかないはずだ。

ミスマル提督や副長の言葉が正しいとかいう問題ではない。



どんなにミスマル提督が父親を演じて誤魔化そうとしても、

ナデシコの乗員に銃を向けて脅迫していることに違いはないのだ。

クルーの安全を最優先とするなら、拿捕される危険を冒すことになっても、

彼女は艦長としてマスターキーを抜くしかない。



まあ、ミスマル提督は素でアレなのかもしれないが。



「うーん、お父様?」



しばらく唸っていたユリカが顔を上げた。

そのまましっかりとコウイチロウを見据える。



「それは私のお父様としての言葉ですか?

 それとも、連合宇宙軍中将、ミスマル・コウイチロウとしての言葉ですか?」



≪むっ、もちろん……軍人としての言葉だ≫



だったら今の間はなんだったのか。



「それなら、私もナデシコ艦長、ミスマル・ユリカとしてお答えします!

 
 その命令は聞けません!」



キッパリと言い切る。



「敵が近くに居るのに、マスターキーを抜いたらナデシコは無防備になっちゃいます」



おもしろい。

素直にそう思った。

しかし、予想を裏切るだけではダメだ。



≪ユ、ユリカ〜、パパが敵だって言うのか〜≫



もしアキコが同じ質問をされたら迷わず『NO』と言うはずだ。

本心は『YES』だとしても、真っ向から軍に喧嘩は売れない。



「あら、この海域にチューリップがあることはご存知のはずですわ、お父様」



≪しかし……あれはもう死んでいる……≫



「確かめたわけじゃありません。

 もしかしたら冬眠しているだけかも知れません。

 『常に最悪の状況に対して対策を考えておけ』と言ったのはお父様です」



見事な論点のすり替えだった。

プロスが出番がなくて隅の方でしょぼーんとしていた。

そんなに交渉に行きたかったのだろうか?



≪しかし……≫



「それでは、私が参ります」



「副提督!?」



なおも言い募るコウイチロウにアキコが告げる。

ジュンの驚いた顔が印象的だった。



「……艦長、よろしいですか?」



「ん〜、わかりましたお気をつけて」



「はい。 副長もお借りしますね」



「ええっ! 僕もですか!?」



「ジュン君、頑張ってね」



「任せてくれ、ユリカ!」



あっさりと態度を変える。

最初はコウイチロウに賛同していたというのに、現金なものだ。



「それとプロスさん。 ネルガルを代表して交渉役をお願いしますね」



「はいはい、承知いたしました」



これで役者は揃った。

それに舞台も。



「よろしいですね、ミスマル提督?」



それは質問の形式をかりた確認だった。

渋々コウイチロウが頷くのを確認すると、アキコはユリカに向かって微笑む。

それにユリカも密かにVサインで答える。



少し予定とは違ったが、これも計画通りというやつだ。

ナデシコは火星へ行ってもらう。

その為にはあらゆる手を尽くすつもりだ。





<続く>






あとがき:

マスターキーを抜かなかった以外は概ねTV版と同じ流れです。
次はチューリップとバトルの予定。

陸戦師団は勝手に考えました。
地上軍が火星まで部隊を派遣するかなーとか思ったので。

それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。




代理人の感想

ん〜、ハインラインの「宇宙の戦士」(「スターシップ・トルーパーズ」の原案)でも、

降下兵部隊は宇宙軍の所属だったかな?

この時点で宇宙軍が陸戦隊を持っていても不自然な事ではないと思います。

火星以外にもサツキミドリ二号のようなスペースコロニーや月面、

あるいはテロリストにスペースジャック(?)された宇宙船への突入などで活躍しているんでしょう。

 

それはさておき。

 

テツヤもひょっとして女殺しの素質ありでしょうか・・・・いや、二人は血縁ですけど(爆)。

それにしても妹ズ、いい年して兄に頭を撫でられて喜んでるあたり、もはや末期症状。

ライザもその妹ズに嫉妬してるあたり、ある意味同レベル。

年長者の貫禄という物が感じられません(爆散)。

まぁ、時ナデで語られた生い立ちやらなんやらを考えれば割とルリの同類っぽい所もあるし、

(インプリンティングで人を好きになるあたりも似てますね)

実は精神年齢は結構低いのかもしれません(爆笑)。

 

 

さて、精神年齢と言えばユリカ。

今回は前回の教訓を活かしてか、ミスマル提督の追及を見事にかわしてましたね。

本当に見事だったのはアキコさんとの連携プレーの方かもしれませんけど。

 

 

しかし、今回もジュンは置いてけぼりなのだろーか(笑)。