時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第5話 『緑の地球』の大作戦!・その4




戦艦<トビウメ>

応接室


第3艦隊極東方面部隊の旗艦である<トビウメ>はその旗艦としての性質ゆえに

応接室の内装もかなり凝ったものになっている。

しかし、この部屋に居る2人にはそんな内装など意味はなかった。



「……軍に戻る気はないのかね」



「戻る? 私はそもそも離れた気はありません。

 こうしてお話しているのはナデシコ副提督、そして連合宇宙軍少将としてです」



お互いに一歩も引く気はなかった。

アキコとしてはナデシコの自由を確保することが最優先で、

コウイチロウとしてはナデシコの拿捕が目的なのだから、妥協はありえない。



「このままではナデシコは反乱軍になるぞ」



「契約を違えたのは軍のほうです。

 それに、サセボといい、今回といい、恥を重ねることになりかねませんよ」



アキコの口調は穏やかながらに、言っている内容は容赦がない。



「それは脅しかね?」



「忠告です。 

 ……心よりの」



そう言ってニッコリと微笑む。

目が笑っていないので場は少しも和まなかった。



「あぅ、先輩〜、とっても居心地悪いです」



「ミナセ司令……じゃなかった副提督も言う時は言う人だしな」



「僕の存在意義って……何?」



そしてまた、この3人も戦艦の中とは思えないほど豪華な内装を楽しむ余裕もなかった。

ロイとアンネニールはナデシコ艦載のヘリの操縦者、ジュンは折衝役としてきたのだが、

パイロット2人はアキコを送り届けたところで後は仕事がなく、ジュンは口を挟む余地がない。



そんな中、二大巨頭の雑談(あくまで交渉ではない。 それはプロスがしている)

に巻き込まれるのは精神的拷問に近かった。



「今の軍にナデシコほどの戦力を遊ばせておく余裕などない」



「それではお尋ねしますが、今の軍がナデシコを有効に運用できますか?」



「何が言いたいのだね?」



「ナデシコの拿捕は軍の総意ではなく、極東方面軍の独断ですね?

 縄張りと利権争いになるのは目に見えています」



アキコは何の躊躇もなく『拿捕』と言い切った。

独断だと言い切ったのも、それが軍の総意であるなら第1機動艦隊司令部から

何かしらの連絡があるはずだ。

第1機動艦隊にしか配備されていないはずのシレネ級<アルバ>の存在は

意外だったが、命令変更を受けていない以上はそれをまっとうする。



「娘の乗った艦をみすみす火星で沈めるつもりはない!」



「やはり、それが本音でしたか」



「……ぐっ」



言葉に詰まるコウイチロウ。

それを見てふっとアキコも表情を緩めた。



「私にも娘が居ますからお気持ちは分かります。

 でも、ユリカさんも自分の道を進まれる年頃ですよ」



「むう、しかしだね……」



「親離れは、寂しいかもしれませんが、

 それを祝福し、意思を尊重してこそ親ではないですか?」



見事に話が関係ないほうに逸れていく。

それでいながらアキコはちゃんと自分に有利な展開へ運ぶ。



「……見事な論点すり替えだよな」



「誤魔化してるって言いません?」



「うむ、専門用語でな」



そんなわけない。

もしあるとしたらどんな専門分野だろう。



しかし、少しばかり和んだ空気を締め出すようにブリッジからの連絡が入る。



≪提督! チューリップが活動を再開しました!≫



「第1級戦闘配置!」



「提督、悠長なことは言っていられません。

 陸戦隊にクルーの拘束を解除してもらってください」



「……どうやら、そのようだ」



コウイチロウが険しい表情で呟く。

その視線の先では、護衛艦<クロッカス>と機動母艦<アルバ>が

チューリップに飲み込まれて行った。





○ ● ○ ● ○ ●





機動母艦<アルバ>

艦橋




誰もが無言だった。

あのムネタケですら騒ぐのをやめている。



―― 恐怖。



未知に対する恐怖がそこにはあった。

理論では分かっていても、今だ誰も確かめたことはない。

有人艦でチューリップを潜り抜けるなど。



「フィールド出力最大」



「アイ、フィールド出力最大」



ウインドウに示された数字が100%を越え120%まで上昇。

シレネ級ほど強力なDFを持つ艦なら理論上は90%でも大丈夫なはずだが、

それで試そうなどとは思わない。



ふと、ミカヅチは罪悪感に囚われた。

例えシレネ級のDFがジャンプに耐えられなかったとしても、

自分だけは生き残ることが出来る。

火星で生まれ、A級ジャンパーと判断された自分なら。



そしてまた思う。

やはり怖いと。



お前は異質なのだと改めて指摘されたようだ。

その恐怖を振り払うように彼は任務に戻った。



「……これよりジャンプ体勢に入る。 総員不測の事態に備えよ」



分かっていたはずだ。

自分が異質の存在であると。

しかし、それを認めるのが怖い。



人間でなくてもいい。

しかし、異質であることには耐えられない。



あの研究所で唯一良かった点を上げるなら、

それは自分と同じ仲間がいたことだろう。



「観測開始します」



オペレーターが感情のこもらない声で報告する。

彼らもまた、任務にすがることで恐怖を忘れようとしているかのようだった。



「……イメージング開始」



彼専用に特別に用意されていた座席に腰を下ろして目を閉じる。



そして思い出す。

赤と蒼の入り混じったあの星を。

彼にとっての故郷を。



「…………ジャンプ」



そして<アルバ>は地球上から消滅した。





○ ● ○ ● ○ ●





機動戦艦<ナデシコ>



今回はナデシコのエンジンは停止していたわけではないので

戦闘状態に移行するのに時間はかからなかった。



≪アキト、パイロットが不足してるの≫



「ああ、分かってる。 俺も出るさ」



≪うん、お願い≫



≪今度はちゃんと空戦なんですね≫



「あれはもう勘弁して欲しいからね」



≪えーっと、今回の作戦内容は単純です。

 輸送艦が離れてナデシコに反撃体勢が整うまでチューリップをひきつけて下さい≫



「わかった。 早めに頼むぞ」



≪任せといて、アキト!≫



≪テンカワさん、こちらはOKです≫



ナデシコに残っていたイツキから通信が入る。

ヤマダが骨折で動けない上にロイとアンネニールの2人が

ナデシコを離れている今、パイロットはアキトの他には彼女だけだ。



「了解。 テンカワ機、出ます」



≪イツキ・カザマ、出ます≫



重力波カタパルトが作動し、暗いトンネルを一気にエステが駆け抜ける。

そして数秒後には一面の蒼。

蒼空と海に挟まれた空間が広がる。



重力の束縛から解き放たれたような感覚。

一瞬、上下感覚の失調をきたすが、わずかの内に回復する。

これが出来ずに機体を墜落させてしまうパイロットもいるのだが、

アキトは慣れたものだった。



レーダーと目視でイツキの機体を確認。

チュ−リップはあえて確認するまでもない。

それほどエステから見てそれは巨大だった。



「注意すべきはあの触手だな。

 捕まって飲み込まれでもしたらシャレにならない」



≪そうですね。 エステでチューリップは落とせませんから、

 撹乱がメインになります……ってどうかしました?≫



「ああ、いや、何でも」



前回はDFSでチュ−リップを沈めていたのを思い出し、

少し苦笑を浮かべてしまったアキトだった。



「テンカワ機、先行する」



≪了解。 援護します≫



アキトが戦ったのはまだサセボの1回だけだったが、

イツキはそれでもアキトの底知れない実力を感じていた。

だから、アキトの指示にも大人しく従ったのだ。



パイロットの腕と指揮官としての能力が比例するとは限らないが、

少なくとも、理不尽な指示でなければ従うつもりだった。



「はああぁぁ!」



スラスターの光芒を引きずりながら流星のごとくアキトの空戦フレームが突撃する。

触手がそれを捕らえようとするが、限界ギリギリまで加速したエステを補足出来ない。



通過は一瞬だった。

アキトはDFをまとっての高速攻撃で触手を切り落としていく。



「ほんとに、支援しがいのない人ですね」



予想以上のアキトの実力に舌を巻きながら、残った触手をラピッドライフルで狙撃。

20ミリ弾を受けてハエトリソウのような先端が吹き飛んだ。





○ ● ○ ● ○ ●





機動戦艦<ナデシコ>

艦橋



「ミナトさん、進路をチュ−リップへ」



「ほんとにやるの〜?」



「ルリちゃん?」



「はい、グラビティブラスト出力50%まで充填完了。

 地上では相転移エンジンは最大限に使えませんから、

 100%まで溜めてたらその前にナデシコまで飲まれちゃいます」



「りょ〜かい」



諦めたようにミナトが言い、進路を変更。

万が一を考えてDFの出力は100%を維持。

これもあってグラビティブラストの充填は更に遅くなる。



「メグちゃん、総員に衝撃に備えるように指示」



「あっ、はい。 みなさーん、何かにつかまってくださーい」



50%、つまり最大出力の半分の威力のグラビティブラストで

チューリップのフィールドを貫通し、なおかつ岩塊のような本体を破壊できるか、

と言われれば、それは微妙な所だった。

何しろ、ナデシコの火力を過信したせいで1度目は火星では痛い目にあっている。

一撃で仕留めるならフィールドを張れない内部から砕くしかない。



「よーいッ!」



「……発射準備完了」



ナデシコのブレードが虹色の輝きに飲み込まれる。

チューリップは捕縛した獲物を飲み込もうと、花弁を閉じて ――



「――― ってえッ!」



膨張する漆黒の本流に耐え切れず破裂した。

チュ−リップを砕き、グラビティブラストは威力を減じつつ、

明後日の方向へ飛んでいった。



視界が開ける。

変わらない空と変わらない海。

安堵の溜息が漏れた。



「メグちゃん、アキトたちに帰艦するように伝えて。

 それから、ルリちゃん、艦内にまだ軍人さんは残ってる?」



「いえ、全員退艦して頂きました。 それが何か?」



「そう、なら大丈夫」



「ユリカさん、まさか……」



ルリの疑問には答えず、続けて<トビウメ>に通信を入れる。



≪お見事です艦長≫



≪ユリカ〜、パパは心配したぞ〜≫



ブリッジにはやはりアキコとコウイチロウがいた。

ユリカはそこに朗らかな笑顔と共に爆弾を落とす。



「ごめんなさい、お父様、副提督」



≪な、何のことだいユリカ〜?≫



「ナデシコはこのまま宇宙へ行っちゃいます」



「「「えええ〜〜〜!?」」」



≪ユリカ〜!?≫



艦橋に居た人間から驚きの声が上がる。



「お父様、やっぱり私はここを離れられません。

 だって、この艦にはユリカの未来の旦那様がいるんです!」



≪了承。 気をつけてくださいね≫



「はい。 それでは!」



まるで「ちょっとそこまで遊びに行ってきます」に、

「車に気をつけてね」くらいの軽さでアキコも答えた。



≪ああ、ユリ ――≫



まだ何か叫んでいるコウイチロウを無視して通信が切断。



「それじゃあ、張り切って行ってみましょう!」



「「「……勘弁して」」」



偽らざる一同の思いだった。





○ ● ○ ● ○ ●





戦艦<トビウメ>

艦橋


「追跡は可能か?」



「遺憾ながら無理です。

 一度飛び立ってしまえば、ナデシコの方が本艦より優速ですから」



コウイチロウの質問に<トビウメ>艦長は

苦虫を噛み潰したような表情で答えた。



それが分かっていたからこそ、わざわざ潜行して隠密接近したのだ。

しかも、護衛艦<クロッカス>と機動母艦<アルバ>を喪失。

作戦は完全な失敗だった。



「行っちゃいましたねー」



「ヘリじゃ追いつけんよなー」



一方こちらは置いてきぼりをくった面子。

身柄を拘束されないだけマシな状況だった。

ナデシコに乗艦する際に軍を除隊したことになっているから一応は民間人である。

それもあって、一応は自由の身だった。



「あらあら、大丈夫ですよ。

 御二人には、まだやって頂きたいことがありますから」



「うう、何か嫌な予感がします〜」



「ロイさん、軍用の輸送機は操縦できますか?」



「はい、空を飛ぶものならロケットでも飛ばしてみせますよ」



その返事に更に笑みを浮かべるアキコ。

正反対に不安になるロイとアンネニール。



「それではさっそくスウェーデンまで飛んでもらいます。

 もちろん乗客は私とアオイ副長です」



「ええ!? 僕も、ですか?」



「もちろんです。 その為について来ていただいたんですから。

 ナデシコを反乱軍にしたくはないでしょう?」



「……ミナセ副提督、もしかして、企んでました?」



「ふふっ、それは軍機ひみつです♪」



ナデシコは宇宙へ向かい、

彼らはスウェーデン行が決定した。

どちらも穏やかな旅とはいきそうもないと言う点は共通している。





○ ● ○ ● ○ ●





戦闘海域上空



ここに神の目があった。



もちろんそれは比喩だが、

そう呼ばれる存在がここにはあった。

正式名を地球連合戦略情報軍所属・第327戦略偵察隊という。



彼らに課せられた任務はその名が示すとおり偵察。

四発の大型戦略偵察機<オーロラ>が1機と

双発複座の戦術偵察戦闘攻撃機<シルフィード>が4機からなる編隊だ。



設立はごく最近。

木星蜥蜴の侵攻があってからのことだ。

軍は“正体不明のエイリアン”に対抗するため、少しでも正確な情報を欲した。



行動にパターンはあるのか?

あるとしたらその行動原理は何か?

対抗策は? 何か未然に防ぐことは出来るのか?



それらの回答を得るために戦略空軍と戦術空軍が主体となって

更に陸軍や海軍、果てには宇宙軍も巻き込んでの大騒動をやらかした後、

様々な紆余曲折を経て偵察と情報分析のエキスパート、戦略情報軍が誕生した。



現在は第1機動艦隊司令部、

正確にはその司令長官であるクロフォード中将の要請で動いている。



高高度を高速で巡航すると言う観点から見れば、

今だに航空機はその有効性を失ってはいない。

上空から俯瞰で捉えた映像と情報はリアルタイムで後方の電子作戦艦に送られている。

その情報をどう活かすかは電子作戦艦とそのスタッフたちの役割だ。



そして今。

彼らはその戦いの全容も見ていた。

ナデシコが占拠された時も、チュ−リップが動き出した時も、

変わらずただ上空からそれを俯瞰していた。

一切の警告与えることなく、だだ冷静に、ただ冷徹に見続けるのみ。

それが彼らに与えられた任務だからだ。



と、そこに電子音。

後席の電子戦要員はウインドウに表示された文字に素早く目を走らせる。

その内容を簡潔に前席のパイロットに告げた。

パイロットは指示に従い機体をバンクさせる。



それは新しい指令だった。

それは同時にここでの任務は終了したことを意味する。



電文は作戦内容を察知されるのを防ぐために暗号化され、

更に符牒を使うことで傍受された際でも、内容が読解できないようになっている。

彼らは事前に符牒の内容を知らされており、それを読解できるから短い内容でも済むのだ。



それにはただこうあった。



―― 作戦名<ゲート>は終了。

―― 引き続き作戦名<キイ>へと移行。



一糸乱れることなく鋼の翼を翻し、彼らは去った。

それに気付いたものは、居ない。





<続く>






あとがき:

作戦名<ゲート>編、終了です。
これでしばらくは<アルバ>の出番はなし。
再登場は……言わずもがなってやつですね。

ナデシコ奪還に戦闘は無しです。
期待してた方、ごめんなさい。
さすがに陸戦隊と民間人じゃ無理です。(アキト除く)

プチ解説。
私の連載での連合軍は宇宙軍と地上軍(陸・海・空軍+海兵隊)に加えて
戦略情報軍と言う組織があります。
今回の話でも最後にちらりと出てる通り、偵察と情報分析専門の軍です。
実際の軍で言うところの情報部とか、合衆国のCIAみたいなものだと思ってください。

前話の陸戦隊といい、戦記なので、こんなどうでもいい設定が山のようにあったりします(笑)
必要に応じて作中で明らかにしていきたいと思います。

それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。




 

 

 

代理人の感想

うあ戦闘妖精っ!

と、微妙に通じそうな通じなさそうなボケをかましたところで換装。

もとい感想。

 

大方の予想通り、ジュンは置いてきぼり。

アキコさんも残ってるのはある程度予測できましたが

(TVでも「副提督」は地球脱出前に下船してますからね)

ロイとアニー、おまけにプロスさんまで置いてけぼりと言うのはかなり意外でした。

・・・・・・・全然描写がありませんがプロスさんもトビウメに置いてけぼりですよね?

 

 

しかし、ミナセアキコとか出てきてる上に「作戦名<キイ>」とか言われると想像が妙な方向へ行ってしまうような(爆)。

ちなみに最初に「作戦名<ゲート>」という文字を目にした時は

「明日の笑顔の為に〜♪」というフレーズが脳裏をよぎったのはここだけの秘密(自爆)。