時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第6話 『さよなら』の意味を・その1




戦術輸送機 C−117<スタリオンV>



ネルガル製SDV−1300ターボプロップエンジンは順調に動いていた。

機体を通して感じられるその鼓動と大気に乗って飛ぶ感覚。



「エステじゃこうはいかないもんなー」



感無量と言ったようにロイが言う。

ちなみにコクピットは与圧されているので酸素マスクは必要ない。



「……先輩って時々変な裏技持ってますよね」



「役に立つからいいんだ」



アンネニールはこっそりと溜息をつく。

まさか本当に軍の輸送機まで操縦できるとは思わなかった。



確かに操縦系は以前乗っていたシャトルに似ている。

だから付け焼刃の彼女でも副機長が勤まるのだが、

ロイはその違いを完全に把握して見事にこの4発の輸送機を飛ばしている。

IFS方式ではなく、従来の操縦桿を使う形式だと言うのに。



「ほんとにロケットでも飛ばせそうですよね」



「空を飛ぶものなら紙飛行機だって操ってみせるぞ」



「……どうやるんですか、それ」



自動操縦のコンピュータが優秀といっても、やはり人の技術は必要なものだ。

今はそれに任せていても、きちんとコースに乗っているかの確認や、

緊急時の対応などはパイロットたちの腕だ。



どちらにしろ、ロイとアンネニールもやはり『性格はともかく、腕は一流』の

基準に合致する人間と言うわけだ。



「お客様〜、この度は本機をご利用頂き、ありがとうございます。

 現在はフランス領空を通過中でございます」



「目的地に到着まであと3時間。

 それまでこの空の旅をお楽しみ下さい……って何を言わせるんですか〜!」



「ノリノリだったくせに」



「うう、昔の癖が出ちゃいました」



≪いや、いいもの聞かせてもらったよ≫



「いやー、どうも」



護衛機からの通信に愛想良く答えるロイ。



本来この輸送機は戦略拠点から前線付近まで戦術輸送を行うための機体で、

降下兵なら100名以上、戦闘ヘリなら3機、機動兵器も2機までなら乗せて長距離を飛べる。

しかし、今回の乗客はわずか2名。

ナデシコ副提督と副長。

ちなみにプロスはネルガルの用意した別便で先に行っている。



積荷を考えるなら通常の輸送任務よりもよほど重要度は高い。

そのため、護衛の戦闘機も9機だ。



制空権が蜥蜴に奪われている状況では、どこまでそれもあてにしていいものか不安ではある。

エステなどがあればいいのだが、あれらは航続距離の関係でこうした護衛任務には向かない。



「しっかし、何だってスウェーデンなんだろな?」



「ミナセ副提督は『良いものがあります』としか教えてくれませんしね」



「アニー、護衛機のことは気付いてるか?」



「えっ? 何かおかしいトコでもありました?」



「ああ……まあ、期待したオレが馬鹿だった」



なかなか酷い言われようだと思ったが、

事実、何がおかしいのか分からないのだから仕方ない。



「エンブレム、見てみろ」



ロイに言われた通り並んで飛ぶ双発機に描かれたエンブレムに目をやる。

赤い三日月に騎士の兜と諸刃の剣をあしらったマークが翼に確認できた。



「……火星軍?」



「ああ、連合空軍じゃない。 宇宙軍の空戦隊だ」



正確には連合宇宙軍陸戦師団の火星方面部隊戦術航空団。

要するに宇宙軍が火星に展開していた航空戦力の生き残り。

第1艦隊が第一次火星会戦に敗北し、火星が陥落した現在は細々と地球で再編中だ。



「普通ならこんなのは連合空軍の仕事だ。

 それをわざわざ空戦隊に護衛させるって事は、だ」



「他には知られたくないってことですか?」



「少なくとも地上軍には知られたくないんだろうな。

 宇宙軍はナデシコの拿捕に失敗したし」



「うう、何か不安です。

 陰謀の臭いがぷんぷんですよ〜」



「まあ、それも目的地に着けば分かるんだろうけどな」



前方を飛ぶ護衛機が緩やかに機体を傾け、旋回を始める。

それを確認してロイも操縦桿に軽く力を込めた。

感圧式のそれはわずかな力にも反応してくれる。



目的地はスウェーデン、ストックホルム。

AGIの本社が存在する場所である。





○ ● ○ ● ○ ●





AGI秘密ドック内

新型電子作戦艦<アルビナ>






領域12067a……クリア



続いてネットワークへコンタクト……接続完了



グループ17hから19kを検索……該当198642件



優先順位にあわせて逐次情報を選別……完了





≪テスト終了、ご苦労様でした大佐≫



女性の声にゆっくりと目を開けた。

ウインドウにメッセージが表示されている。



「はい、貴方もね、<ブリガンティア>」



電子作戦艦<アルビナ>の艦載コンピュータTDD2190<ブリガンティア>。

その能力はネルガルのSVC2027<オモイカネ>にも匹敵すると言われる最新型の量子コンピュータである。

発電容量と搭載スペース、それに(実はこれが1番大きかったのだが)人材の問題で

<ビスカリア>には搭載されなかったが、新造艦の<アルビナ>でようやく間に合った代物だ。



マシンチャイルドである彼女とリンクすれば、

1個機動艦隊の艦載機の全てをこの艦だけで管制することも可能であるはずだ。

ただし、その分負担も大きくなるから、実際は更に十数名のオペレーターが補佐につく。

電子戦に特化してある分、ナデシコにもその方面では勝るだろう。



「順調のようだな、艦長」



「提督!?」



ファルアスの姿を確認したテッサは慌てて敬礼をしようとして ―― シートに足をとられて見事に転んだ。



「……テッサ、無理にかしこまらなくてもいいぞ」



その様子を見てファルアスは敢えて砕けた口調で言った。

この少女なら起き上がる時にコンソールに頭をぶつけかねないので、それに注意しながら手を貸す。

年齢差を考えるなら、親子と言っても通じるかもしれない。

もっとも、ファルアスは未婚だが。



「はい。 でも、いつここへ?」



「20分ほど前だ。 今のうちに自分の乗艦くらい確認しておこうと思ってな」



<アルビナ>は正式に就役すれば、第1機動艦隊の旗艦になるはずだ。

基本的に以前彼が乗艦していた<ビスカリア>と内部構造は大して変わらない。

仕様の違いにより艦橋内部のデザインはだいぶ変わってはいたが、他は大体同じだ。



艦橋は3段の階段状に分かれた構造をしており、一番下に操舵士、通信士など。

2段目にオペレーターたちと艦長が、最上段には提督と幕僚が位置する。



一部の人間には階級による差別が云々などと言われているが、

これは単なる慣例で、さらに合理的だからこそ使われているだけだったりする。

上から部下の動きを観察しながら指示を出せる方が便利に決まっている。



「テスタロッサ大佐、早速で申し訳ないが会ってもらいたい人物が居る」



一緒に来ていたササキ・タクナ大佐が告げる。

階級は同じだが、参謀長である彼の方が立場は上だ。



「先程、基地の方から連絡が入った。

 ミナセ少将が到着したとの事だ」



「はい。 それでは……」



「ああ、秘匿作戦<キイ>を実行に移す」



それはテッサの予想を肯定する言葉だった。

どうやら、<アルビナ>の出番はすぐにやってきそうだった。





○ ● ○ ● ○ ●





ホテル<バロータ>



用意されたホテルの部屋はなかなかのものだった。

最高級のスウィートとまではいかないにしろ、

リビングと寝室の2部屋にトイレとバスルームは完全に別々。

しかもそれを一人一部屋。



アンネニールは素直に喜んでいたが、ロイは「……ブルジョアめ」などと言っていた。

恐らく、慣れなくて落ち着かないのだろう。

その2人はアキコに言われて、今度はセスナでAGI本社へ行っている。

ジュンは独り、リビングのソファーに腰掛けて、輸送機の中での出来事を反芻していた。







「僕にナデシコを降りろと言うんですか!?」



意外すぎる言葉だった。

しかし、同時に納得も出来る。



「それがあなたの為、と言っても聞かないでしょうね」



アキコは相変わらず穏やかな微笑を浮かべたまま、

少し、本当に少しだけ残念そうな響を込めて告げる。

それがジュンの苛立ちをかき立てる。



「それは僕が決めます。 ミナセ少将、あなたが決めることじゃない」



「……確かに。 ですがアオイさん、私からもお尋ねします」



微笑が消えた。

真剣そのものの声と口調。



「今のナデシコであなたは何が出来ますか?

 少なくとも、艦長はあなたを必要とはしていない」



「そんなことは……!」



「ない、そう言い切れますか?

 今のあなたは艦長の後姿を見て追いかけているだけ。

 そばに居て……ただそれだけ」



「………あなたに何が分かるんですか」



目の前が闇に閉ざされたような気がした。

弱々しいその言葉は、例え彼女の言葉が間違っていても、

ジュン自身はそれを認めていることの証左だった。



「少なくとも、ルリさんは艦長と対等の立場に並んでいました。

 わずか11歳の女の子が、ですよ?」



アキコの声にやりきれない思いがこもる。

彼女はルリの出生を知っていた。

ネルガルも積極的に隠そうとまではしていない。



「そして、テンカワさんはそんな2人の前を歩いています」



俯いたジュンの握った拳が震えている。

かまわずにアキコは続けた。



「もう一度訊きます。

 

 ただユリカさんのそばに居ること。

 そんなものが、あなたの望むものなんですか?」







組んだ拳が震える。

アキコの問いにジュンは答えられなかった。

そう、答えることが出来なかった。

何も、答えられなかったのだ。



「……ユリカ、僕は……どうしたらいい?」



その問いに答えるものは居ない。

誰も、答えられる者など居るはずがない。





○ ● ○ ● ○ ●





AGI本社ビル



交渉というのは余人が考えるよりはるかに難しいものだ。

単純な勝ち負けではなく、相手との妥協点を見出し、かつ極力自分に有利に。

それは自分の才の全てを盛り込んだ知性の戦い。



「ほう、AGIはネルガルに協力してくださると?」



「条件付ですが、はい」



「同じく、第1機動艦隊もです。

 このままでは軍とネルガルの協力体制は崩壊します。

 機動兵器が十分な数揃わない今、それは得策ではないと、

 クロフォード中将からのお言葉です」



ふむ、と言ってプロスは沈黙した。



悪い話ではない。

しかし、自分の一存で決められるほどの話でもない。

しかも、相手の狙いが読めなかった。



プロスと向かい合うように座っている2人の女性。

1人は言わずと知れた、ミナセ・アキコ少将。

そしてもう1人は、AGI会長秘書と名乗った女性。

水色がかった髪に金色の目を持つ、ジルコニア・カルセイドニー。



まさかルリ以外のマシンチャイルドにお目にかかれるとは思ってもいなかった。

しかも見た目ではあるが、年齢は20代の前半。

ルリよりも先行型のマシンチャイルドと言うことになる。

未確認情報ではあるが、軍にも1名居るとの事だ。

その件については調べてみる必要があるだろう。



「それでは……カルセイドニーさんでしたね。 その、条件と言うのは?」



「エステバリスのデータ」



金色の瞳をすっと細めて、ジルコニアは言った。

詠うような口調ながらに隠し切れない鋭さがある。



「それが条件です」



「ふむ……そう来ましたか」



エステはネルガルの主力商品であり、

そのデータは企業秘密の中でもトップクラスに属する。

同じく機動兵器のスノーシリーズを主力商品にしているAGIにしてみれば

喉から手が出るほど欲しいデータに違いない。



しかも、スノーシリーズは一度、エステに次期主力の座をかけた争いで敗れているのだ。

改良型の配備も第1機動艦隊や一部の部隊に留まっている現状を打破するために

更なる改良型を開発しようとするのは当然のことだろう。



そして、エステのデータを渡せ、と言ってきたという事は暗にAGIはスノーシリーズの

新型を開発中であるとほのめかしている事になる。



「当方といたしましても、このような重要な決断の答えを今すぐ聞こうとは思っておりません

 ただ、この話はネルガル会長のアカツキ氏によろしくお伝えくださいますよう」



今までの話を要約するならこうなる。

ネルガルと軍の橋渡しをしてやるからエステのデータをよこせ。

それを元にこっちはエステを上回る機動兵器を開発するつもりでいるが、

まあ、少しは考える時間をやるから会長にそう伝えておけ、と。



「その件につきましては了解いたしました。

 それで、ナデシコの事なのですが……」



「はい。 第1機動艦隊は全面的にバックアップさせて頂きます」



宇宙軍の1部とは言え、それでも支援があるのはありがたい。

何しろ拿捕の失敗以来、軍とネルガルの関係は急速に悪化している。



「それで、艦載機のエステですが、

 0G戦仕様はまだ2機分しか確保できていませんでしたよね」



「ええ、困ったものです」



実はサツキミドリ2号に5機分のフレームが確保されているのだが、

パイロットの補充が3名で、余剰は2機分。

ナデシコのパイロットはアキトまで含めるなら5人。

1機分足りない計算になる。

まあ、アキトは臨時なので元々の計画に入っていなかったと言うのもある。



「そこでですね、私も司令部に掛け合ってみたんです」



アキコは副提督と言っても単艦で行動するナデシコでの役割は

軍との折衝とプロスと同じく補給関係だった。



「それで、サマースノーなら、何とか2機確保できたんです」



「それをナデシコの補給にすると?」



「はい。 許可がいただけるなら」



今度こそ本当にプロスは困った。

サマースノーはAGI製の機動兵器だ。

ネルガルが私的に運用する戦艦でライバル社の製品を使うと言うのはどうか。



しかし、これを拒否すれば先程の第1機動艦隊とAGIの協力の話も水泡に帰しかねなかった。

そして、企業イメージを守るためにパイロットをないがしろにしたと取られかねない。

おそらく、目の前の女性はそれを理解した上で訊いているのだ。



……これは、噂以上に手強いですなあ



改めてアキコの手腕に舌を巻く。

味方でいれば心強いが、敵に回すとこれほど厄介とは思ってもみなかった。

いや、完全に敵に回したわけではないが、この返答いかんではそうなる可能性もある。



「……わかりました。 補給の話はありがたくお受けします」



ナデシコ主任会計士の権限で決められるのはこれが限界だ。

あとは会長に判断を仰ぐ必要が出てくるだろう。



「了承。 それではさっそく準備に取り掛かります」



「それでは、今回はこれで失礼」



これで話は終わったとばかりに2人が席を立つ。

1人取り残されたプロスは軽く天を仰いで呟いた。



「今度の女性は手ごわいですぞ会長」



美人のお誘いなら喜んで、と言う某会長の姿が簡単に想像できた。

彼の頭痛の種は増えはせども、減る気配は一向にない。





<続く>






あとがき:

懺悔します。

……すまんプロスさん、存在忘れてた!

前話で描写がないのはただ単に忘れてた、と。
まさかジュン以上に影が薄くなるとは作者自身にも盲点でした。
こ、今回は目立ってるよね(ビクビク)

それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。




 

代理人の感想

忘れてたんかいっ!(爆)

 

まぁチョビヒゲのおっさんはさておき。

原作ではジュンはサポート役としてそれなりに活躍していたと思います。

横に並んでた、とは言いませんが少なくとも役には立っていたかと。

・・・・・と、いうか副官ってそういう物ですし(笑)。

 

アキコさんの言う「対等の立場に並ぶ」「前を歩いている」と言う意味はいまいち不明ですが

そう考えると少なくとも能力的な物を言っているのではないような気がします。

ひょっとして、この方も時ナデ世界からの逆行者でしょうか?

 

・・・・まぁ、彼女の場合そこらへんの事情や自分の言葉に反応したジュンの行動まで

完全に読み切った上で言ってるような気はしないでもないんですが(笑)。

 

 

ちょっと気になった文章

>機動兵器が十分な数揃わない今

微妙に違和感がありますね。

「機動兵器も十分な数が揃わない今」か「機動兵器の数が十分に揃わない今」くらいがベターかと。