時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第6話 『さよなら』の意味を・その2




機動戦艦<ナデシコ>

医務室




「……全治、2ヶ月です」



「俺の根性で……」



「治りません」



「熱血で……」



「無理です」



「友情パワーが……」



「奇跡を起こしません。

 ヤマダさん、大人しくしていてください」



先程から飽きもせずにこの問答は繰り返されていた。

アキトとルリも見舞いに来ているのだが、会話に割り込む隙がない。



「押さえとく必要はなさそうだな」



「はい。 イツキさんがしっかり手綱を握ってますね」



ヤマダはナデシコの出港時に足を折ったままずっと医務室に監禁状態だった。

松葉杖を使えば歩けない事はないのだが、それはユリカが艦長権限で禁止した。



「怪我人は大人しくしてなさーい!」との御達しだ。

軍人は全員下ろしたはずだが、万が一を考えての事らしい。



アキトもそれに賛成した。

前回は包帯を全身に巻いたミイラ男状態でもいつの間にか出撃すると言う

人間離れした技を披露してくれただけに、油断はできない。

ボソンジャンプも使わずにあれだけの神出鬼没さをどうやったらできるのか、

アキトも興味は尽きない所である。



「だぁ〜、たかが骨折でいつまでも寝てられるかー!」



「諦めろ、ガイ」



「ヤマダさん、諦めてください」



「……バカ」



そう言いながらも3人の顔には笑みが浮かんでいた。

暑苦しく、騒がしくてもナデシコの仲間である事に違いはない。





○ ● ○ ● ○ ●





同艦:ブリッジ



「……それでは、お手柔らかに」



ユリカの不敵な笑みを最後に通信が切断される。



「……失敗しちゃいました、てへ♪」



それを確認すると一転していつのもお天気娘に戻る。

この辺はどちらが素の性格なのか判断しがたい。



「初めから交渉する気はないって感でしたね」



「仕方ないよ、もうカンカンだったし」



メグミとミナトが呆れたように言う。

軍人であるアキコが居ればまだマシだったろうか?

いや、居たとしても結論は変わらなかっただろう。



軍の上層部は既にナデシコを敵と見なしている。

拿捕作戦の失敗は彼らの無駄に高いプライドを刺激したようだった。

手に入らないなら壊してしまえとは随分な理屈ではある。



「メグちゃん、ルリちゃんを呼び戻して。

 これよりナデシコは防衛ラインを突破します」



「はい、艦長」



地球を守る防衛ラインは7つ。

最終防衛ラインの地上発進のジェット戦闘機、

及び第六防衛ラインのスクラムジェット戦闘機による迎撃は完全に手遅れ。

第五防衛ラインの空中艦隊であるが、これは下手に動いたのが災いして各地の

木星蜥蜴が刺激され、無用な消耗戦に引きずり込まれている。



問題となるのはそれ以上のもの。

第四防衛ラインの地上発射の高高度迎撃用ミサイルによる攻撃と

第三防衛ラインの有人宇宙ステーション及びそこから発進する部隊による迎撃。

第二防衛ラインの各種武装衛星と第一防衛ラインのビックバリア。



「ユリカさん、遅くなりました」



ユリカが思考を巡らせているうちにルリがブリッジイン。

自動操縦モードから準戦闘モードへシステムを移行。



「ルリちゃん、フィールドは?」



「現在、出力80%で安定。

 第四防衛ラインのミサイル攻撃に対しては問題ありません」



「うーん、あの対フィールドミサイルの可能性は?」



ユリカが言っているのは、サセボ防衛戦で連合軍が使用していた

AFM−001<クルセイダー>の事だ。

正式名を対抗フィールド発生弾頭と言うこれは戦艦のDFも中和して難なく突破する事が出来る。



「あれから調べてみましたが、その可能性は低いです。

 あれはまだ試験段階の代物で、弾頭部にフィールド中和装置を入れる関係上、

 直進しかしないロケット弾のような扱いだそうです」



「それじゃあ、高高度の迎撃には使えないね」



「はい。 数もないでしょうし」



小型化して数を揃えられれば、それこそ数に物を言わせて広範囲に撃ち込む

と言う戦術も考えられるが(しかも後にこれは実現された)、

さすがに高高度では誤差が大きくなるし、途方もない数が必要になる。



それが不可能となれば迎撃には通常弾頭を使うしかない。

DFはその性質上、実体弾には弱いが、

ナデシコのフィールドは通常弾頭ので破れるほどもろくはない。



「……とか言ってる間に第一波接近中です」



「ECMで誘導を妨害。 直撃しそうなのは極力回避。

 あとはフィールドが防いでくれます」



「はい。 オモイカネ……電子戦準備」



「少し揺れるわよ〜」



ルリとミナトがさっそく準備に取り掛かった。

良く訓練された人員と艦は戦闘時にはさながら艦が1つの生物であるかのように機能する。

ナデシコは3度目の実戦にして早くもそれを実現しつつあった。





○ ● ○ ● ○ ●





微かな揺れ。

地震だろうか?

あれ? でも今自分は……。



でも、ここなら大丈夫。

この人の傍なら、安心して眠っていられ――



「起きたか?」



「……ん、もう少し」



彼女はあまり寝起きのいい方ではない。

普段からテンションの高いチサトならこういう時パッと起きられるのだろう。



それが羨ましいと思うときもあったが、

今は少しでもまどろみと現実の境界でこの温もりを感じていたい。



「……チハヤ」



「……………ん?」



目が合った。



「あれ……兄さん?」



「ああ、起きたな」



そっと頭を撫でられる。

とても、心地よい。



そこで彼女は自分が兄を抱き枕代わりにしていたことに気づいた。

良く覚えていないが、そう言えば自分で引きずり込んだような記憶もある。

まあ、気付いただけで離そうとは思わないが。



「ナデシコが第三防衛ラインを突破中だ。

 揺れるのはそのせいだな」



ECMで誘導を妨害し、近接信管を誤作動させて直撃を防いだりしているが、

それでも何発かは至近で爆発したり、フィールドに接触して無駄にエネルギーを撒き散らしたりしている。



「……眠いです」



「徹夜明けだからな。 良く頑張ったよ」



「はい……頑張りました」



写真を撮るのはテツヤの役目。

それの補助がチサト、そして記事を書くのがチハヤの役目だ。

ナデシコの航海記録として製本される予定のものだけに、ライザのチェックも厳しかった。

ちなみに彼女は編集と監督が役割。



第一稿を仕上げるのにチハヤは昨日から徹夜だ。

それを仕上げてライザに渡したのは3時間前。

まだ寝たりない。



ちなみにチハヤがテツヤの布団に潜り込むのはいつもの事なので、

彼も大して気にした様子はなかった。

別にやましい事はないし、両親を殺され、更に父親の過去を知って情緒不安定だった頃に

こうして慰めてもらった事があり、今でも習慣になっているだけの事だ。



「俺はまた仕事があるから、少し出掛けるぞ」



「はい……いってらっしゃい」



寝ぼけまなこで送り出す。

そっと布団を掛けてくれた兄の右手、そこに銀色の輝きがある。



……IFS





普段の仕事中はオープンフィンガーグローブを付けて隠しているので意識する事は少ないが、

さすがに家では外しているのでチハヤたちは知っている。

地球ではパイロットしか付けていないようなそれをなぜ兄が付けているのか、その理由は知らない。



聞いても答えはいつも同じ。



『いつか必要になるからさ』



それだけだった。

しかし、今はそれを隠していない。



もしかして、あの『いつか』が今なんだろうか?



それを確認できないまま彼女の意識は再び眠りの淵へ沈んでいく。



……おやすみ、チハヤ



その優しい声を最後に。





○ ● ○ ● ○ ●





部屋を出るといきなり不機嫌を絵に書いたようなライザがいた。

カメラマンとしては見本写真として撮っておきたいくらいだ。



題:般若



「こっちは終わったわよ」



「例のものは?」



「組み立ては終わってる。 あとは細かい調整ね。

 格納庫でMr.ウリバタケが準備してる」



「そうか、悪いな徹夜明けに」



「必要だから準備させたんでしょ?」



「実は余禄で……と言ったら怒るよな」



更に青筋が3つくらい増えたのを見てフォローする。



「もちろん必要だからだ」



「いいの? 絶対に正体を勘繰られるわよ」



「今のうちにせいぜい役立つ事をアピールしておかないとな。

 テンカワ・アキトには元々不信感を持たれてる」



「どうせ答えないんでしょうけど、彼と何があったの?」



「…………………」



「まあ、いいわ。

 私も今から寝るから」



「ああ、添い寝してやろうか?」



「―― ばっ! 早く行きなさい」



冗談めかして軽く笑みを浮かべるとテツヤはそのまま身を翻して格納庫に向かう。

5歩も歩くと既にその笑みは消している。



久しぶりの感覚だ。

カメラを通して見てきた客観的戦場ではなく、自分の生死を賭けた主観の戦場。

クリムゾンSS『紅の牙』だった頃の感覚が蘇る。

錯覚かもしれないが、拭いきれない血臭を嗅いだ気がした。





○ ● ○ ● ○ ●





宇宙ステーション<さくら>



その目を見た時、彼は直感した。

こいつは長生きできない。



それは追い詰められた目だ。

しかも暗い、悲壮なまでの決意をしている目。



なんてこった。

僻地に飛ばされて、今度はこんな坊ちゃんの世話か……



「アラン・フォレスト軍曹です。

 よろしく、准尉殿」



「アオイ・ジュンです」



お互いにIFSのタトゥーが浮かぶ右手を握る。

もちろん、内心はおくびにも出さない。



「このステーションに配備されている機体は9機。

 全てIFS仕様です。 簡単に言ってIFSさえあれば思ったように動かせます」



これは半分嘘だ。

確かにIFSさえあれば動かす事は出来る。

ただし、思い通りに、とはいかない。



基本的に構造は人体と同じながら、人体には本来無い機構も多いからだ。

スラスターやローラーダッシュなどがその際たる物。

それに機体制御の全てをIFSで行うわけではない。



歩くや走るといった基本動作は予めプログラムされているし、

緊急回避プログラムと言うものもある。



これは人間の反射行動に似たもので、撃たれた時に咄嗟にかわしたり、

避けきれない時は腕でアサルトピットを庇ったりといった行動が出来るようになっている。

機械がパイロットの入力を待たずに行うので当然早い。

それこそ銃弾すらかわせるほどに。



ではパイロットの役割はと言うと、これに上書きして強制命令を行うことにある。

例えば、攻撃したり、多少の損害を覚悟で突っ込んだりである。

回避の方法も場合によってはパイロットが選択する事が出来る。



そのコントロールはやはり経験がものを言う。

数時間前にIFSを付けたばかりの士官候補生にそれが出来るとは到底思えない。

一応、士官学校で一通りの事は習ってきているのが救いだろうか。



「ベクトル制御をしくじらなければ落ちたりはしませんから」



逆を言えばそれだけで墜落の危険性があるとも言える。

高高度では大気が薄いため、翼によって揚力を得る事が難しい。

それ故にロケットのような推進剤を用いた方式になる。



「武装は対艦ミサイルが2基に機動戦用にマシンキャノンとレールガンです。

 あとは肩にミサイルポッド。 中身は<ロザリオ>です」



これは原型となった機体とほぼ同じだ。

肩のミサイルポッドはオプションだが。



「曲がりなりにもこいつは最新鋭機ですから、

 性能はナデシコのエステバリスにも劣りませんよ」



ただし、性能だけは。

それを扱うパイロットの腕には大いに疑問がありますよ、准尉殿。



遠まわしにそう表現したつもりだったが、通じた様子はない。

ただ、ジッと白く塗装された機体を見上げている。



……これは重症だ。



フォレスト軍曹はそれ以上の説明は止めた。

これ以上大して言うこともないし、言ったとしても聞いているとは思えない。



「ユリカ……僕は……」



首を振りながら去っていくフォレストにも気付かず、

ジュンはただそれを見続けていた。



TM−14B<サマースノー・ブースター改>

彼の鎧となるはずの純白の機体。

しかし、その機体は騎士と言うよりも鎖につながれた獣を連想させた。



出撃の時は ―――― 近い。





○ ● ○ ● ○ ●





電子作戦艦<アルビナ>



木星蜥蜴との激しい戦闘が続く海上とは違い、ここは静かなものだった。

時折、海流を攪拌する音や、何かが海面に叩きつけられるような音が

海水を伝播して聞こえる程度のものだ。



「前方330m先、戦艦クラスが沈降してきます」



「面舵30度で回避。 トリムそのまま」



「アイ、面舵30、アイ、トリム維持」



副長の指示で200mを越える船体が海中で方向を変える。

膨大な量の海水が押しのけられ、海流が乱れる。



本来こうした指示を出すのは艦長の仕事だが、

副長のリチャード・マデューカス中佐はベテランの潜水艦乗りだった男だ。

電子戦や宇宙での戦闘ならともかく、海中は彼の領分だった。



「進路戻せ、機関増速30ノット」



「アイ、進路戻します」



続けてエンジンの出力が上がる。

高速で動けばその分、騒音で探知されやすくなるが、

海面状態を考えればその心配はほとんどないだろう。



「増速……30ノット」



撃沈された戦艦の横をすり抜ける。



「予定時刻には間に合いそうですな」



「はい。 あちらも予定通りなら、ですが」



テッサはいまだ楽観視することは出来なかった。

艦長とはそういうものだ。



潜水中の艦では通信ができない。

莫大な量の海水が電波を遮ってしまうからだ。

状況を確認しようと思ったら、通信ブイを放出するか浮上するしかない。



浮上は戦闘に巻き込まれる危険性を考えて却下。

あとは通信ブイを使う方法だが、これも戦闘海域を離れてから使うべきだ。

電波を出せばそれを逆探知されて発見されかねない。

隠密行動を維持しようと思ったら、今はこのまま進むしかない。



「待つ時間は長いですな」



「はい。 でも、慣れてますから」



マデューカスにたおやかな笑みを浮かべて答える。



例え1秒であっても待つ時間は長い。

しかし、テッサは慣れていた。

この日の為に、既に5年以上待ち続けたのだから。



光の届かぬ闇の中、ただ<アルビナ>は征く。



作戦<キイ>発動予定時刻まで、あと5時間





<続く>






あとがき:

Q.テツヤはなぜシスコンなんですか?

A.作者が妹萌えだからです

世界妹宣言の序文にこうあります。
『妹は神聖にして侵すべからず。
 近くにありてまた遠く、親しくありて疎なるもの』

ごめんなさい、嘘です

いや、妹萌えなのは本当ですけど。
最近の流行は双子の姉妹(しかも年下)みたいですね。

12人の妹を生み出した事で有名な某Gの付く
電波企画量産美少女雑誌がまたやってくれましたし。

でも、黒サブレは『はじるす』より『胸キュン』の方が好きです。
絶対あれが双子姉妹の原点だと主張します。

今回のあとがき、まったく本文と関係ありませんね。

それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。




 

 

代理人の感想

まぁ、萌え云々についてはこっちにおいといて。

 

テツヤ出撃! この展開は意外でしたね。

何を考えてIFSを付けていたのかも気になる所ですが機体は何なんでしょう。

エステバリスかサマースノーか。あるいは意表を突いてデルフィニュウムとか(笑)。

・・・でも、テツヤって機動戦の経験はあるンかいな(笑)?

 

そしてやっぱり来ました、ユリカの挑発! ・・・・・じゃなくて、ジュンの逆襲!

おなじみのデルフィニュウムからサマースノーに乗り換え、果たしてリベンジなるか!(まず無理)

ユリカに賭けた彼の想いは果たして実を結ぶのか!(絶対無理)

とりあえずめそめそしてる所をチハヤに発見されてからかわれたりしそうですが(爆)。

 

 

ちょっと気になった文章

 

>ナデシコのフィールドは通常弾頭『の』で破れるほどもろくはない。

これに付いては賛否両論あるかもしれませんが、少なくとも地の文でこうした口語を使うのは余りよくないかなと。

「通常弾頭のそれ」とでもしておいたほうが良かったかと思われます。