時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第6話 『さよなら』の意味を・その4




クリムゾン遺伝子研究所

警備室




暇だった。

ネルガルの戦艦がどうしただの、軍と蜥蜴がどんぱちやっているだの

そんなニュースには興味ない。

彼は早く交替時間が来てベットに潜り込むことだけを考えていた。

時間はもう深夜と言ってもさしつかえない。



研究所の警備は退屈そのものだ。

そもそも存在自体が知られていないここに誰が来るというのか。



「どうせなら女でもいればな」



「居るだろ、研究棟に」



彼と同じ当直の警備員が答える。



「お前、アレは人形だぜ?

 それにまだガキだ、面白くもない」



モニターの1つには水槽に浮かぶ少女が映っていた。

年齢はまだ6歳くらいだったろうか?



「少なくともあと10年だな。

 そんな気が長い話があるかよ」



「おいおい、いくら俺でもアレを女とは言わないぜ。

 今日の午後に搬入されたのがあるんだよ。

 そっちは合格だぜ」



「へえ、見に行ってみるか」



「おい、仕事中だろ」



「構うかよ。 どうせ――」



「『どうせ――』、何だ?」



ぎょっとして振り返る。

彼らの最も会いたくない人物が居た。



「警備班長!? いえ、その……」



「あらゆる危険に備えるのが警備の仕事だ。

 それなのに、気が緩んでいるようだな」



彼はこの警備班長が苦手だった。

元軍人とかでやたら規律に厳しい。



「しかし……ここでどんな危険があるって言うんです?」



相棒が無謀にも反論を試みる。

警備班長は傷跡の残る眉間にしわを寄せ、

さらに時計を見て何やら熟考し、おもむろに口を開いた。



「そうだな……例えば、こんなのはどうだ」



そう言うとさらにポケットからサプレッサーを取り出し、

自分の9ミリ自動拳銃の銃口にねじ込んでいく。



「例えば、俺がこうしたらどうするつもりだ?」



そう言って銃口を向ける。



「そ、それは……ずるいですよ」



「ずるくない。 あらゆる危険に備えるというのはこういうことだ」



警備班長の鋭い視線がこちら向く。

その顔つきは真剣そのもので、元軍人の凄みが感じられた。



「だから、気を緩めるな」



「も、申し訳ありません班長」



唾を飲み込み、彼は小さく頷いた。

それを確認して、警備班長は破顔一笑する。



「分かればいい。 分かれば」



彼らがホッと一息つくと、警備班長は平坦な声で付け加える。







「だが、遅かったな」



パシュっと炭酸の缶を開けた時のような気の抜ける音。

9ミリ弾が相棒の心臓を撃ち抜く音。



「……は?」



彼は最期まで何が起きたのか理解できなかった。

次の瞬間には彼も眉間を撃ち抜かれて即死した。



警備班長は脳漿をぶちまけた死体をどかすと、

警備システムを全て切る。

この警備システムだけは外部から物理的に切り離されていたのだ。



「こちら『ズール1』、警備システムは殺した」



≪了解、『ズール1』。 その場を確保せよ≫



「『ズール1』、了解」



クリムゾンに潜入するのは大変だったが、

それに見合うだけの成果も得られた。



警備班長の識別カードとは別にもう1枚カードを取り出す。

これはIFFの代わりだ。

突入してきた味方に誤射されるのは勘弁願いたい。



戦略情報軍フェイ・エン特務少尉はじっとモニターを見詰めた。

多重のロックが施されている扉があっさりと開き

黒尽くめの特殊部隊員たちが雪崩れ込んでくる様子が映し出されていた。





○ ● ○ ● ○ ●





電子作戦艦<アルビナ>



制圧はあっという間だった。

警備が居るとは言え、しょせんは民間の研究施設。

対するこちらは戦争屋。



強襲揚陸艦2隻分の陸戦部隊と最新鋭艦のシレネ級2隻分の機動兵器。

さらには戦略情報軍の潜入工作員の手引きまである。

極秘に動かすには大規模な部隊だが、世界規模で木星蜥蜴との小競り合いを行い、

さらにビックバリアの爆発による大規模ブラックアウトで混乱している

本部を出し抜くのはそう難しい事ではなかった。



これほどの条件が揃うのはこの時しかなかった。

テッサの指揮する戦隊以外にも同様の任務で動いている部隊は多い。



ファルアス・クロフォード中将の指示だが、これは明らかな越権行為だ。

部隊の私有化による勝手な軍事行動。

連合反逆罪で軍法会議にかけられたら極刑は免れないあろう。



危ない橋を渡っているという自覚はある。

しかし、それだけの価値があると信じてもいる。



≪大佐殿、申し訳ありません。

 少し厄介な事態になりまして≫



陸戦隊を指揮している大柄なロシア人の少佐が

困惑の表情で通信を入れてきた。

アンドレイ・セルゲイビッチ・カリーニン。

それが彼の名前だった。



「どうしました、カリーニンさん?」



≪はっ、目標を保護しようとしたところ抵抗にあいまして、

 こちらも手を焼いています≫



「少佐、目標は6歳の少女だと聞いているが?」



訊き返したのは副長のマデューカス中佐。

今は戦隊副長も兼任している。



彼には6歳の少女に素手でも簡単に人を殺せる実力を持った

特殊部隊の猛者たちが手を焼く理由と言うのが思いつかなかった。



「はい。 しかし、その目標と一緒にもう1名の被験者が居ました」



「……<ブリガンティア>、調べて」



≪アイ・マム。 研究所のコンピュータに『実験体TYPE−DF・No.004搬入』

 との記録があります。 恐らくはこれではないかと≫



「『TYPE−DF』? 何のことでしょう」



<ブリガンティア>の回答に首を傾げる。



≪大佐殿、小官が考察するところでは、

 DFはディストーションフィールドの略ではないかと≫



「ディストーションフィールド? まさか人間に?」



≪はい。 おかげで近付けません≫



テッサは眉をしかめた。

これは情報部や戦略情報軍もつかんでいなかった。

逆行者であるクロフォード中将も知らない事だろう。

何しろマシンチャイルドとして研究所に居た事のある自分も知らないのだから。



しかし、放っておくわけにはいかない。

時間が経てばシステムが回復し、こちらの行動が察知されかねない。



「分かりました。 私が説得に向かいます」



「艦長、それは危険です!」



「マデューカスさん。 時間がないんです。

 それに、私の姉妹をほうっておけません」



「しかし、彼女たちは……」



「お願いします」



そのまま無言で向き合う。

互いに無言のプレッシャーを掛け合う。

ブリッジの一同はその雰囲気に飲まれたように物音一つ立てない。



先にその空気を壊したのはマデューカスだった。

銀縁メガネを外すと、小さな声で「……成長されましたな」と呟く。



「……分かりました。 ただし、護衛は付けてください」



「ありがとうございます。 マデューカスさん」



テッサは一礼するとブリッジを出て行く。

艦長が作戦中に艦を離れるのは問題だが、

それ以上に優先すべき事もある。



テッサの後姿を見送りながらマデューカスは

何とも言えない感慨が湧き上がってくるのを感じた。





○ ● ○ ● ○ ●





研究棟



冷たい部屋だと感じた。



温度ではない。

その閑散とした内装がそう思わせるのだろう。

剥き出しのコンクリート、薄暗い電灯、根のように這い回る無骨なパイプ。

おおよそ人の住むようなところではない。



ならば、彼女たちは人ですらないというのか。



いつもの事だが、暗澹とした気分になる。

マシンチャイルドが改造人間か実験動物のように扱われる例は珍しくない。

事実、テッサも昔は似たような境遇だった。



それに変化が訪れたのが5年前。

軍に保護され、その後は様々事情があって軍籍にいる。

法的には彼女の後見人はファルアス・クロフォード中将となっているが、

彼はむしろテッサが軍に入る事に反対した。



我侭を通してもらったのは、そうすれば少しでも自立できると思ったから。

しかし、現実には色々と世話をかけている。

マデューカスを付けたのもファルアスだった。



たぶん自分は幸せなんだろう。

少なくとも不幸だとは感じない。

家族と言える人たちが居る。 友達と言える人たちが居る。



「大佐殿、こちらです」



カリーニン少佐が扉の前で立ち止まる。

対戦車ロケットでも持ってこないと破壊できそうもないような頑丈そうな扉だ。

電子ロックは外されている。



「はい。 ここからは私が1人で行きます」



「はっ、お気をつけて」



敬礼で見送るカリーニンに「大丈夫ですから」と言って扉をくぐる。

陸戦隊の兵士たちは既に退去してもらってある。

武装した兵士が居たのでは余計に相手の警戒心を煽るだけだからだ。



目的地はすぐそこだった。

暗い部屋の隅。

電灯の明かりすら拒むように小さな影が2つ。



「こんばんわ」



極力穏やかに挨拶をする。

爪先に壁のような固い感触。

目には見えないが、DFの壁だ。



「少しお話しませんか?」



友達に語りかけるような口調。

壁は相変わらずだが、少し反応があった。



深紅の双眸がテッサを睨みつけている。

恐らく、この瞳の主がこのDFを展開しているのだろう。

だとしたら、これは心の壁そのものだ。



「えっと、迎えにきちゃいました」



「……帰れ」



取り付く島もない。



「ここは、寒いし、嫌な臭いはするし、私は嫌いです。

 あなたはそうは思いませんか?」



「…………」



壁の圧力が増したように思える。

しかし、諦めずにテッサは続けた。



「名前、聞かせてもらえませんか?

 私はテレサ・テスタロッサ、テッサって呼んでください」



「TYPE−DF・No.004」



「……TYPE−NE・No.021」



予想通りの答えが返ってくる。

ちなみに後者は桃色の髪に金色の瞳の少女だ。



「それは記号です。

 名前は……もっと、暖かいものです」



2人ともそれ以外で呼ばれた事などないのだろう。

悲しみと同時に沸々と怒りが湧いてくる。



一部の下士官はテッサを神聖視して女神のように崇めているが、

彼女も感情のある人間であり、当然理不尽な事には怒りを覚えるし、

人間らしさを欠片も学ばせなかった研究員たちに殺意に近い憎悪を抱く事もある。



「ここは、嫌ですね。

 寒くて、冷たい。」



灰色の瞳を閉じる。



「たぶん、あなたたちは幸福の意味すら教えられていない。



 ……私と一緒に来ませんか?」



相変わらず壁の圧迫感は消えない。

構わずにテッサは続けた。

邪魔な制服の上着を脱ぎ捨てる。



「私も、あなたたちと同じです。

 同じ運命を背負わされた、姉妹みたいなものなんですよ」



精神を集中させてナノマシンを活性化。

虹色の光のラインがテッサのほっそりとした体に現れた。



「……私と、同じ?」



金色の瞳が問う。



「はい。 独りじゃありません。

 私も、他にも仲間が居ます」



「私は違う。

 私は……お前とは違う」



深紅の瞳が言う。

テッサは静かに首を振った。



「同じです。

 本当は、みんな同じなんです」



灰色の瞳を開く。

もう一度、静かに問いかけた。



「私と一緒に来ませんか?」



壁の圧迫感は、もう感じなかった。





○ ● ○ ● ○ ●





第1機動艦隊司令部



月が出ていた。

太陽とは違うやわらかな光。



「ナデシコは無事、飛び立ちました」



ササキ・タクナ大佐は直属の上官に結果だけ先に伝えた。

その言葉にファルアス・クロフォード中将は執務室の窓から月を見上げたまま頷いた。



ソファーにはミナセ・アキコ少将。

スウェーデンのAGI本社から帰還したばかりだ。



「テスタロッサ大佐からも連絡がありました。

 任務は無事完遂。 統合作戦司令部にも気付かれてはいません」



ゆっくりと、ファルアスが振り返る。



「歴史は大河のようなものだ。

 人が1人で石を投げ込んでみたところで流れを変えることは出来ない。

 せいぜいが波紋を作って。それもすぐに消えてしまう」



「ナデシコはその石ですか?」



アキコが問う。

今は月明かりが唯一の光源。

暗闇に隠れてその表情はうかがい知れない。



「かもしれん。

 小さな波紋を広げて終わりか、流れを変えるほど巨大なのか、

 大きさの程度ははまだ分からんがね」



アキコは目を伏せ、

何かを思い出すように静かに口を開く。



「アオイ准尉はあれでよろしかったのですか?」



「残念そうだな」



「本音を言うなら、私の下でもう少し使ってみたい人材でした。

 戦闘指揮は並ですが、組織管理なら一流の軍官僚になると思います」



そこでいったん言葉を切り、

少し考える仕草をした後、もう一度口を開く。



「……だから、ナデシコなのですか?」



ファルアスは答えない。

軽く肩をすくめてみせただけだ。



「個の集合を組織としてまとめ上げる。

 個性が強いほどそれは困難なこと」



「それ故にまとまればその力は計り知れない。

 そういうことですよ、ミナセ少将」



後をササキ・タクナ大佐が続けた。

確かにそう考えれば納得がいく。



「そのために、彼には軍を完全に離れ、

 ナデシコでの自分の立場を明確に自覚してもらう必要があったと?」



「先ばかりが見えても、足元を注意する人間が居なければ転ぶ事もあるしな」



それは自身に対する戒めのようにも聞こえた。

未来を知っているからと言って、

そればかりに気を取られて事態の本質を見誤るなと。



「……無事に帰ってきて欲しいものですね」



「準備は終わり、舞台は整い、役者は揃い、幕は開いた。

 あとは ―― 役者の仕事だ」



月が出ていた。

太陽とは違うやわらかな光。

そして、ただ静寂のみが残った。





<続く>






あとがき:

えー、これでしばらくは軍人さんたちに出番はなしです。
ナデシコが月から帰って来るまで、ナデシコ視点が主です。
ちなみに、桃色髪金目の少女はラピスじゃありません。
時ナデの第二部で出てきたラビスの方です。

双子の幼女とおるすばんとか考えてません。
ええ、決して。

それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。




 

 

 

 

代理人の感想

なんかアヤシイ事を言っている後書きは置いておいて。

 

DF装備の改造人間!

最初「Dか?」と思いましたが、考えて見ると女性のはずですよね。

D達の兄弟の一人か、あるいはDのプロトタイプ(or後継型)、と言ったところでしょうか?

瞳が紅いキャラは原作にも時ナデにも覚えがありませんから、おそらくはオリキャラでしょうか?

(ちなみに北斗の瞳は赤くありません。とび色(茶色)です)

 

 

あ、でも性転換したDとかだったら嫌だなぁ(核爆)。

 

 

・・・でも、これが「鍵」?

だとしたらこの作戦の意味はなんなのでしょう?

謎を残しつつ次回へ、ですね。