時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第7話 「ときめき」は猟犬と共に・その2




敬礼、儀礼、事をスムーズに進めるそれらの

一切を無視したやり取りが行われていた。



首相官邸は木連の擁する最大の市民船、<零月>の中枢に存在した。

その周囲には議事堂や、軍総司令部、最高裁判所など各機関もある。

名実共にここは『中央』なのだ。



「このまま戦線を拡大するのは反対です。

 無人兵器といえど人の手がまったく不要と言うわけではありません。

 定期的に整備を……機械的なものと電子頭脳の両面をチェックする必要があります」



木連を統治する四方天の『東』、軍事担当のその人物は落ち着いた、

しかし、芯の強さを感じさせる声でそう説いた。



「しかし、今や我が軍の侵攻は地球本星にまで達し、さらに全世界へ拡大しています。

 これでは量はともかく、質の面で戦力の低下は免れません」



「それでは地球から撤退するというのか。

 敵地まで侵攻しておきながら尻尾を巻いて逃げ帰ると?」



反論したのは四方天の『南』、南雲義政である。

政治担当だが、軍人で、当然軍事への理解も深い。



「地球側に背を向けたなどと、国民に笑いものにされるぞ」



「そうは言っていません。

 ただ、戦略目的と戦術目的は極力一致させておくべきなのです」



「具体的には? 考えがあるのだろう、東少将」



議長席でそれまで黙って議論を聞いていた草壁春樹中将が口を開いた。

彼も軍人だが、同時に木連の現首相でもある。



「戦線を縮小させます。  ユーラシアの戦線はロシア方面の維持に集中させ、

 欧州方面に侵攻している部隊をクルスクの防衛ラインまで下げます」



草壁は軽く頷いた。

先を続けろと言う合図だ。



「極東も中国侵攻を取りやめます。

 あそこは自然の要害です。 無人兵器での制圧は困難。

 よって最終的には優人部隊の実戦投入まで待たねばなりません」



「……気の長い話だ」



そう呟いたのは四方天の『北』、暗部を束ね、諜報活動から暗殺までこなす北辰だ。

義眼とその細面がどこか爬虫類じみた不気味さを漂わせる。



「確かに。 しかし、無人兵器では占領地の維持が困難……

 いえ、いっそ不可能と言い切ってもいいでしょう。

 それを裏付ける資料もあります。 

 ……西沢さん?」



隣の男に話を振る。

恰幅のいい、初老の男性。

それが四方天の『西』で経済担当の西沢学だった。



「資料の6ページをお開きください。

 そのグラフは我が国の工業生産を示しています。

 約10年前からの統計データをまとめてみました。

 最新のものはつい一月前の統計です」



それを見て一同が呻いた。

グラフは明らかに右下がりになっていた。

理由は明白。

戦争は基本的に破壊と消費しか生み出さない。



「次のページには食糧生産のグラフがあります。

 こちらも推移は好ましくありません。

 このままでは、地球を打倒する前に我が国は食糧危機と戦う羽目になります」



食糧難。

それは農業が可能な『土地』を持たず、

食糧生産の一切をプラントに頼っている木連の悩みだった。



「火星の開発はどうなっている?」



草壁が指摘したのは火星への移住を含めた火星開発計画、『長征計画』のことだ。

ある意味、この計画が木連政府に戦争を決意させたとも言える。



「はかどっておりません」



これは政治担当の南雲と西沢の領分だった。

計画の遅れの責任は彼らにある。



「地球側の残党がゲリラ戦で対抗していまして。

 しかも、焦土戦術とでも言いますか、使えそうな設備は撤退時に破壊されています」



南雲が苦りきった声で答える。



「付け加えさせていただくと、火星侵攻作戦の時に我が軍の無人兵器が破壊したものも多数あります」



軍事担当としては少なからず責任を感じることである。

それに、戦争とは言え火星の住民を多数殺めたことも。



「ですから、戦争に使っている労力の何分の一かでも、こちらに回して頂きたいのです。

 機械力だけでなく、人員の面でも」



木連の抱えるもうひとつの問題、それは人口問題だ。

『少ないが、多過ぎる』。

矛盾した表現だが、現状を的確に表していると言えた。



地球に比べて、木連の人口はわずかに20分の1。

戦争を仕掛けるには圧倒的に動員できる人数に差がある。

しかし、これでも定住できる地球型惑星ではなく、小惑星や船団で生活する木連には多い。

既に飽和状態に近かった。



古代火星の遺産 ―― 『都市』から得た技術の発展がなければ、100年前に全滅していたかも知れないが、

その恩恵を持ってしても増え続ける人口を支えきれるのはいいところあと10年と見られていた。



では、そのあとは?



それは中央の人間には悪夢だった。

増え続ける人口に、プラントの生産は追いつかず(増設するにも限度がある)、

まず最初に食糧危機とそれに伴う社会制度の崩壊が予想された。



人間、腹が空くと怒りやすくなるというが、それが極限まで進んだ場合どうなるか?

飢餓状態になった大量の人々が食料を求めてデパートや商店に殺到し、我先にと略奪が始る。

道徳や理念などその前には崩壊してしまう。

さらに最悪なのが、水の不足。

これもプラントでまかなっている。

一杯の水を求めて隣人同士が争い、さらにその水さえ確保できなくなれば

人を殺してその血液を啜るものさえ出てくるだろう。

それほど餓えや渇きは恐ろしい。

人間性を簡単に崩壊させてしまう。



当然、彼らも対策を講じなかった訳ではない。

人口抑制のために『一人っ子政策』なる案を打ち出したり、

それまでの慣例を打ち破って女性の社会進出を進めたり、

プラントの増設や作業能率の向上を目指したりもした。



特に女性の雇用機会増加は多くの女性に概ね好意的に受け入れられた。

権利が増えれば嬉しいのは当然だ。

ただ、一部の男性や、保守的な年配の女性たちからは少し反発もあった。

しかし、この法案を考案した南雲にとっても予想外だったのは、女性の進出が軍にまで及んだ事だった。



それまでも木連は人手不足という問題から、女性の入隊も許可していたが、

それはあくまで後方要員としての話。

補給任務や書類仕事が主で、当然、男とは職場は完全に別。

宿舎には木連の暗部、対外諜報組織<牙>の戦闘要員が護衛にあたり、

不法に侵入しようとしたものは射殺の権利さえ与えられていた。



現に、邪な考えを抱いた兵士が3名、女性用宿舎に侵入しようとして射殺されている。

現場検証と裁判には四方天から『東』と『北』の2人も参加し、

兵士を射殺した<牙>の戦闘員は正当防衛で無罪となった。

それ以来そのような不祥事は起こっていないのが幸いと言える。



そして、そこまで徹底しているからこそ軍に女性を入隊させることに

南雲は異を唱えなかったのだが、実戦部隊にまでそれが及んだ時はさすがに反対した。

実戦部隊ともなれば、当然、前線に出る事になる。



『守るべき婦女子を敵の前に差し出すとは、何たる恥知らずか!

 木連男児としての矜持にかけて看過できん!!』



こう言って彼は首相官邸に怒鳴り込んだ。

普段は首相である草壁に心酔しているような側面はある彼だったが、

この時ばかりは噛み付かんばかりの勢いで、制止した兵を引きずって草壁の執務室にやってきた。



ちなみにこの後、草壁と南雲の間にどんな会話があったのかは知られていない。

ただ、次の日、2人が顔に痣をつくった状態で会議に出席し、

首相官邸の女性職員たちの間で、南雲の株が大きく上がったらしいとの報告が上がった。



しかし、結局、人手不足という現実には勝てず、女性の実戦部隊への投入は決定した。

だが、発案した東少将もいきなり女性を男性ばかりで構成された部隊に組み込む気はなく、

女性だけで構成された初の実戦部隊、優華部隊が設立された。



ちなみに、その初代司令に東少将の身内が立候補し、立場上彼もそれを認めざるを得ず、

お転婆でじゃじゃ馬な妹の婚期がさらに遅れることになって、彼を大いに悩ませる事になる。



「……戦線の縮小はやむをえまい。 その分を火星開発に回す。

 あくまでこの戦争の目的は我々の生存権の確保にあるのだ。

 手段と目的を履き違えるわけにはいかん」



草壁の発言に一同は頷く。

そう、あくまで戦争は手段に過ぎない。



「計画を修正する。

 東八雲少将、そのための戦争計画を立案せよ」



「はっ!」



父の後を継ぎ、四方天の『東』となって軍事を司る東八雲は木連式の敬礼で答えた。



「西沢、南雲の両名は火星開発の問題点をもう一度洗い出し、

 そのために必要な人員と機材を算出せよ。

 これは最優先である」



「はい、首相」



「はっ! 微力を尽くします、閣下」



西沢は頷き、軍人でもある南雲は八雲と同じく敬礼で答える。



「四方天議会はこれまでだ。

 解散してよし


 ……いや、北辰と東は残れ」



そう言われて八雲は少し怪訝な表情を見せたものの、頷く。

西沢と南雲はさっそく仕事に取り掛かるために早々と退出していった。



「……さて、2人に残ってもらったのは他でもない」



西沢と南雲が退出したのを見届けて草壁は口を開いた。



「1つは元老院のことだ」



元老院 ―― 正確には木連元老院議会。

これを説明するには木連の政治体制を少し解説する必要がある。



木連 ――『木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球連合体』は

小惑星国家と船団国家からなる。

地球で言うところの連邦国家に近く、各小惑星国家や各船団はかなりの自治権が認められていた。

中央政府はその監視と、大雑把な指示を出すだけである。



そして、その各小惑星国家や各船団の代表たちが集まって定期的に開くのが、木連人民評議会。

内政に関する意見などはここでまとめられる。

これは年に3回、木連総旗艦の零月で開催される。



そして、その会議で決まった法案や政策を実行に移すのが内閣。

首相である草壁春樹や、四方天である。

首相は人民評議会で選出され、首相は四方天を任命する権利を持つ。

四方天は大体、東一門や。西沢一門、南雲一門など、いわゆる名門と言われる家があり、

その一族の中から選出されるのが慣例となっていた。

世襲制に近いわけだが、実力が伴っていなければ、議会から解任される事もありうる。



そして、最後に木連元老院議会。

実は何のためにあるのか、いまいち不明。

さばけた言い方をするなら、老人たちに過去の栄光を夢見させておくためのゆりかご。

その構成員は木連の祖となった月独立派の主導者たち……の2代目、3代目。

こちらは完全な世襲制。



元老の子供は生まれた瞬間に議員となる権利を得るが、逆にそれ以外の権利は一切ない。

参政権も、投票権もなければ、職業選択の自由もない。

彼ら(あるいは彼女ら)は元老院議員になる以外の道はない。



そして、そんな元老院の政治的影響力はというと、これも不明確。

基本的には内閣が打ち出した政策や、評議会が決議した法案を『承認』するだけ。



一応、評議会や内閣より立場は上……なはず。

そして、内閣の政策や法案があんまりにもあんまりなものだった場合、

『進言』してそれを修正できる……かもしれない。

とまあ、そんな曖昧な組織である。



そんな組織ではあるのだが……



「元老院を通じて、クリムゾンからの要請が来ている。

 地球側の相転移炉式戦艦を捕獲してもらいたいと」



「……それはまた。

 元老院はその要求を飲んだのですね?」



「その通りだ。

 援助物資の増加が交換条件だそうだ」



地球側の企業であるクリムゾンと元老院は通じていた。

細々とではあるが、交易も行っている。

しかし、現在のところ元老院と草壁や四方天との仲は必ずしも良好とはいえない。

この戦争に関する見解の差がその軋轢を生み出していた。



月独立派の性質を色濃く残す彼ら元老院は、地球との戦争は『正義』のための戦争であり、

『悪』である地球側に容赦する必要は無し!

祖先の恨みを晴らすべく、今度は先制してこちらが火星に核を撃ち込んでやれ!

そんな意見すらあった。



対して草壁と四方天の意見はこうだ。

確かに地球側の行いは忘れる事ができない彼らの罪である。

しかし、それ以上に我々は今を生きなくてはならず、国民を生かす義務がある。

火星を核で汚染するなどもってのほか! まずは地球政府に交渉を持ちかけ、

火星の開発を手伝う見返りに火星への移住を承認させ、貿易によって国民を豊かにすべきだ。

もちろん、祖先への仕打ちを謝罪させる声明は要求しよう。



結論から言えば、草壁たちの意見の方が建設的、かつ現実的だ。

火星に先制して核を撃ち込んで ―― その後は?

地球側は必ず報復に出る。

核を船団に撃ち込まれでもしたら、今度こそ彼らは全滅しかねない。



仮に報復が無く、地球側を殲滅させたとして、あとに残るのは核で汚染された火星。

戦火で荒廃した地球、そして再び生命の居なくなった月。

そんなものにどれほどの価値があると言うのか?

あとは木連も人口増加と食糧不足の問題で自滅するだけだ。



しかし、結局、地球側との交渉は地球側の回答無視と言う形で決裂し、

評議会と四方天は開戦を決意した。



「火星に到達されては困るそうだ。

 しかし、地球上での拿捕は失敗した」



「それで我らのほうに頼ってきたというわけですな」



「無人艦隊なら跳躍門で送り込めますが、それほどの余裕はありません。

 小規模の部隊を投入したところで、戦力の逐次投入、各個撃破の憂目にあいかねません」



跳躍、いわゆるボソンジャンプだが、これは一種の瞬間移動。

跳躍門(地球式に言えばチューリップ)を通る事で一瞬で移動できる。

木星から火星、そして今は地球へと軍を送り込めるのはこの技術によるところが大きい。

戦争初期段階における圧倒的な勝利も、重力波砲や時空歪曲場の差もあったが、

やはり跳躍を利用した電撃的侵攻によって敵に対応の時間を与えなかったのが大きい。

さらに、跳躍門さえあればどこにも部隊を送り込めるので戦力の集中が容易なのだ。



地球側は仮に火星会戦で援軍を送り込もうとしても、片道で一ヶ月以上の道程を経なくてはならない。

当然のことながら、援軍が到着する頃には味方は壊滅しており、援軍も各個撃破されて終わり。

その点で木連軍は必要に応じて一瞬で援軍を木星から地球まで送り込める。



次に潜在的な危険度。

地球側にしてみれば、跳躍門を破壊しない限りいつそこから敵が現れてもおかしくないわけで、

その破壊、もしくは監視に相当な兵力を割かねばならずさらに見つかっていない跳躍門から

唐突に大艦隊が現れる可能性もあるわけで、その精神的負荷は計り知れない。



ただし、便利なものには落とし穴があるもので、跳躍は普通の人間が行えば死ぬ。

記録では生体と機械が混じり合って、それでもなお3日間生き続けたというのもある。



木連では遺伝子操作によって生体での跳躍を可能にする技術が開発されたが、

それはまだ北辰たちのような特殊部隊にしか施されていない。

精鋭の優人部隊にその対跳躍処置が施されるのはまだ先の話だ。



跳躍技術がこの戦争の趨勢を決めると言うのは彼らの間では常識だった。

もっと端的に言えば、跳躍技術を独占しない限りこの戦争に木連は勝てない。

物量で負けているのだから、そこは技術力で補うしかない。



「それで、その相転移炉式戦艦と言うのは?」



軍事担当である彼にも報告は入っていたが、

諜報組織を統括する北辰の意見を聞いてみたいと思った。



「銘は『撫子』。 我が方の無人兵器を上回る人型機動兵器を搭載し、

 重力波砲の威力、歪曲場の性能、共に我が方の戦艦を上回っているそうだ」



気負うようすもなく、ただ事実のみを並べているといった口調だ。



「……ただし、単艦で活動中」



最後にそう付け加える。



「それよりも、その技術を使われた戦艦が地球で量産されるような事態の方が恐ろしい」



まったくもって同感だった。

どんな高性能な戦艦だろうと単独で行動している以上、脅威は少ない。

それよりもその技術がフィードバックされた戦艦が大量に生産される方が恐い。

物量では圧倒的に地球側の方が有利なのだ。



地球側はチュ−リップから出てくる艦隊を見て、無限に湧いてくるかのように錯覚しているが、

絶対的な数そのものはむしろ地球側の保有する艦艇より少ない。

数で勝っているのはチューリップを利用して局地戦に大部隊を一気に投入しているからに過ぎない。



「無人艦隊にも余裕がない。   優人部隊も今は跳躍に耐えられないとられば、我らが出番と言うわけですな」



「そうだ。

 貴様と、六人衆に行ってもらう」



草壁は断言した。

それが八雲には信じられなかった。

未だに未知の部分が相手、しかも、無人兵器は初戦では敗北したのだ。

それに仕掛けると言うのは無謀に過ぎる。



「我らは外道。

 放たれれば獲物の喉笛を喰いちぎるまで帰らん」



北辰が狂気にも通じるような凶暴な笑みを浮かべた。



「突撃優人部隊司令としてはどう考える?」



「静観。 今はそれしかありません。

 そしてできる限り情報を収集します」



草壁の問いに逡巡もなく答えた。

情報は『力』となる。



「分かりました。

 しかし、北辰殿たちだけでは負担が大きすぎます。

 無人艦隊を少し送りますので、それを陽動に」



要するに無人兵器は噛ませ犬にすると言っているのだ。



東八雲。

彼もまた、軍人だった。





○ ● ○ ● ○ ●





―― 狂犬。



そう評される事に不快感を感じる事は無い。

ただ、的確だとは思う。



「困ります……これは優華部隊の方にまわす試作機で……」



「我々は元老院からの指示で動いている。

 これは上意である」



六人衆の1人、烈風は型通りの言葉を告げた。

これで分からない時は、別の手段に出るまでだった。

2,3発拳を打ち込んでやれば大抵の相手は大人しく、素直になる。



それでも聞かない相手?



その時の決まっている。

次へ移るだけだ。



彼は時間を気にするタイプなのだ。

ついでに聞き分けの無い奴を始末しておけば、

次の相手は何をするまでもなく素直に従ってくれる。

時間も省けて一石二鳥だ。



「しかし……これは舞歌様が」



残念ながら彼の『誠意』は通じなかったようだ。

草壁直属の彼よりも『女』の方を優先するとは、嘆かわしい。

『仕方なく』、烈風は少々野蛮な手段に訴える事にした。



「何をしているの!」



彼が拳を握って、それを無造作に打ち込もうと腕を引いたところで制止が入った。

しかも、噂をすれば、と言う奴だ。



「舞歌様! この方が例のモノを渡せと……」



『例のモノ』、それだけで通じたらしい。

舞歌は柳眉をしかめた。



「あれは試験段階の軍事機密です。

 勝手に使用する事は許可できません」



烈風は嘆息した。

『女』が偉そうに何を言うのか。



「敵から奪っておいて機密も何もあるまい」



舞歌は准将で、階級から言えば烈風の態度は明らかに礼を失するものだったが、

彼はそれを改める気はなかった。



彼は北辰と草壁の指示で動いているのだ。

『女』ごときにそれをとやかく言われる筋合いはない。



「それでも機密には違いないわ」



やはり『女』か。

同じことを繰り返させ、しかも聞きわけがない。



「これは元老院と草壁閣下からの上意だ。

 我々の行動を束縛する権利は ―――」



「あるわ。

 これは優華部隊に回される試作機です。

 自分のものを勝手に使われたら迷惑でしょう?」



やはり、聞き分けがない。

困ったものだ。

面倒だ。 始末するか?



「舞歌様! ちょっと待ってください!!」



そんな考えがよぎり、それを問題なしと判断して実行に移そうとしたその時、

また別の声が割り込んできた。

今度は若い男の声だ。



「氷室君? どうしたの、貴方まで」



烈風の記憶によれば、舞歌に『氷室』と呼ばれた男は

舞歌の兄で優人部隊司令の東八雲の副官だったはずだ。



「正式な書類です。

 7機ですが、そちらにお渡しします」



今度の男は聞き分けがいい。

よかった。

無駄な労力を割かなくてすむ。



「承知した。 もらっていく」



横で舞歌が面白くなさそうな顔をしていたが、

『女』のためにこれ以上時間を割きたくなかったので無視した。



「説明書をよこせ」



整備員に告げてさっさとその場を立ち去る。

無駄な手間をかけさせた整備員に怒りを感じるが、説明書の方が重要だ。

殴るのはそれをとってきた後にする。





○ ● ○ ● ○ ●





烈風が大人しく立ち去ったのを見送ると、

彼は盛大に安堵の溜息を漏らした。



「氷室君! 何で渡したのよ!!」



しかし、氷室京也にとっての危機はまだ去っていなかった。

舞歌は随分とご立腹のようである。



「せっかく新しいのが届くって楽しみにしてたのに!」



そっちですか……、そう言いかけてその言葉は飲み込んだ。

胃袋に落として消化されるのを待つと、改めて口を開く。



「この命令書は正式なものですから」



「だからって今持ってこなくてもいいじゃない!」



子供のような事を言う。



しかし、実はこの命令書は正規の物ではあるが、

ここに烈風が来ると知った彼が慌てて八雲に発行してもらったものだ。

舞歌の性格から言って絶対に一悶着あると思ったからだ。

そしてそれは正解だった。



「あのスマートな外見。 コンパクトな外観。

 素直な操作性。 何よりゲキガンじゃないところ!」



「……そんなに嫌ですか、ジンタイプは?」



「でっかくって不細工」



優人部隊用に試作中の新型をあっさり斬って捨てる。

実は優華部隊用にボンテージZを模したタイプの案もあったのだが、

その完成予想図を見た舞歌が猛烈に反対してその案は流れた。



その代わりに優華部隊には火星で鹵獲した敵の人型兵器を改装したものが配備される事になった。

その内の7機がこの工場で完成したばかりだったのだ。



「はぁ、それで、なんて言いましたっけ、あの人型?」



「地球側じゃエステバリスと言ってたけど。

 まだこっちでの正式名称は無いわ」



ハンガーに固定されている6mの人型兵器を見上げながら舞歌が言う。

拳がわなわなと震えているのは怒りのためだろう、たぶん。



「単に零式れいしき戦闘機装兵って呼んでます。

 省略して『零戦れいせん』とか 『零式れいしき』とか呼びますけどね」



整備兵の解説に適当に相槌を打ちながら氷室もその機体の方を見た。

外見は原型から大して変わっていない。



頭部に対人用の7.7mm機関銃と、右腕に20mm徹甲重機関砲が追加され、

左腕にもブレードを内蔵した大型の盾が追加されてます云々。



整備兵が聞いてもいない事まで解説していたが、半分以上聞き流していた。

どうせ、彼は零式を見る振りをして舞歌を見ていたのだから。



士官学校の同期で、密かに思いを寄せていた女性。

そして現在の上官の妹。

ただ、少しブラコンの気があるせいか、舞歌が彼の気持ちに気付いた様子はない。

『いいお友達』として八雲に紹介され、ていよく雑用に使われたりする。



京也はこっそりと溜息をつく。

こんな思いをしているのはたぶん宇宙広しと言えども自分くらいのものだろう、と。



彼は間違っていた。

少なくとも一人。

今は敵の地球側に同じ思いを味わっている人間が居た。

その2人が直接顔合わせるまで、まだ当分の時間があった。









<続く>






あとがき:

普段の倍のボリュ−ムに膨れ上がってしまった(汗)

木連編でした。
草壁も北辰もあんまり外道じゃないです。
山崎だけは外道ですけど。

さて今回でた零式戦闘機装兵。
略して『零式』もしくは『零戦』。
モデルは言うまでもなく、太平洋戦争の名機、零式艦上戦闘機、
つまり『ゼロ戦』です。

ちなみに『零戦』の読みは『れいせん』です。
決して『ぜろせん』ではないです。
そもそも『ゼロ』は英語ですし。

武装もゼロ戦と同じ7.7mm機銃と20mm機関砲にしました。
軽量で格闘戦に向いているってコンセプトがそっくりとか思ったので。
でも、こっちは動力用にバッタを背負ってますけど。

それでは、次回もお付き合い頂けると幸いです。
感想、ツッコミ、疑問等、募集しています。




 

 

代理人の感想

7.7mm機銃に20mm機関砲・・・・・・・・・ナデシコ世界で役に立つんだろーか(爆)。

 

それはともかくとして大出世なのが氷室君!

舞歌の副官から八雲の副官にレベルアップ!

・・・・・・・・・って、木連軍有人突撃部隊指揮官の副官、という立場に変わりはないんだな(爆)。

舞歌からの扱いも変わってないし。

まぁ、理解者がいるようなのでそれをせめてもの慰めとしてもらいましょう(笑)。