時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第10話 だけど、あなたと「歌う詩」・その5






互いに多くの錯誤を犯していた。

だが、戦争というのは相手があってはじめて成立する相対的なものだ。

その錯誤をより少なくしたほうが勝つ。

この戦いもその例外ではなかった。



「二刀流?」



北斗の零式がイミディエットブレードを左手に持ち替えた。

そして右手にはナイフ。

確かに記憶ではDFSを二刀流で使っていたこともあったように記憶している。



しかし、これは構えが違う。

右手のナイフは順手に持ち左手のブレードは逆手に、そして右腕を大きく引いた構え。

北斗の利き手は右だったはずだ。

利き手にナイフのほうを持つというのは……



「まさか射刀術!?」



月臣から木連式柔を習ったときに聞いたことがあった。

それはまさしく実践剣術にのみ存在する技術。

利き手側に小太刀を構えるのは投擲時の精度を上げるための基本的な技術だ。



北斗が二刀を扱える時点で警戒すべきだった。

DFSはDFを収束させている関係上、機体から手放す事はできないが、

イミディエットナイフならそんな制限もない。



何も銃だけが飛び武器とは限らない。

それだけに完璧な奇襲となった。



「かわせ ――― ないか!?」



見事なまでに正中線を通している。

回避するには遅すぎた。

弾くにしてもサレナでは腕の自由がほとんど利かないために不可。

とっさにトリガーを押し込めたの鍛え抜かれた反射神経の賜物だった。



コンマ数秒のタイムラグを置いて胸部のバルカンが火を吹く。

なまじ狙いが正確なだけに胸部に固定のバルカンでも迎撃は可能だった。

20mm砲弾の火線を受けてナイフが砕け散る。



しかし、北斗の武器は一振りではない。

投擲されたナイフを打ち落とした時にはブレードの間合いに零式が飛び込んできている。

逆手に持ったブレードが横薙ぎに振り払われる。

今度こそ回避も迎撃を出来なかった。



「それならッ!」



だが、構わずにアキトはサレナを突っ込ませた。

かわせないなら逆に間合いを詰めることで威力を殺すことができる。

それでもブレードの刃はサレナの左肩のウイングバインダーを分厚い装甲ごと切り裂き、

エステの腕の半ばまで食い込んだところでようやく止まった。



これがノーマルエステの軽装甲だったら、腕ごと胴を両断されていてもおかしくない。

サレナの常識外れの重装甲だからこそできた荒業だ。



「だが、これで捉えた!」



ブレードが食い込んだ腕はピクリとも動かないが、

相手もブレードを手放さない限り動きは取れない。

そして、一度握った武器を手放すのはよほどのベテランでも躊躇する。

ましてや、それが自分の得意とするものならなおさら。



北斗にしてもそれは例外ではなかった。

零式52型の30mm機関砲ではサレナのDFと装甲を撃ち抜くのは困難と判断していたのも一因となった。

が、このまま引っ付いていたのでは逆襲を喰らうことは目に見えている。



しかし、武器は手放したくない。

従って、ある意味でひどく単純な手段を選択した。



零式でサレナの右腕を蹴りつけるとその反動を利用して零式をサレナに抱きつかせる。

人間同士なら熱烈な抱擁ととれなくもないが、生憎と鋼の貴婦人はそれほど優しくない。

浴びせられたのもキスではなく、もっと過激で熱いものだった。



画面に零式の頭部が一杯まで映っている。

ヤバイと思った時にはもう遅かった。

側頭部のイヤーパッドのようなものから閃光が発せられる。

それは対人用の7.7mm機銃だった。



いかに高機動力を誇るサレナであっても、

組み付かれた状態から至近距離で放たれる銃弾を回避する術はなかった。



それでも所詮は7.7mm機銃。

エステの装甲程度でもこれなら大したダメージは受けない筈だった。

事実、肩口に命中した機銃弾の大半はわずかなへこみを装甲表面につけただけで

避弾経始によって弾き飛ばされ、サレナにダメージを与えることはなかった。



ただ数発、頭部のカメラアイに直撃したものを除けば。



「――ッ!?」



視界がブラックアウト。

砂嵐のようなノイズだけが映し出される。

衝撃は直後に来た。





○ ● ○ ● ○ ●





「アキトさん!」



ルリが思わず悲鳴を上げた。

しかし、席を立つわけにはいかない。

オペレーターの任を預かるものとしてそれは責任放棄を意味する。

それだけは許されない。



「アキトの機体とデータリンク!

 機体の損傷をチェックして!」



ユリカから鋭い指示が飛ぶ。

ブラックサレナは元々ナデシコの艦載機ではない。

そのためデータリンクは一から構築する必要があったが、

オモイカネとルリの能力をもってすれば一瞬で事足りた。

元々が(改造されているとは言え)エステとその増加装甲なのだから。



「解析結果でました。

 左肩部のウイングバインダー全損、使用不可。

 左腕動力ケーブル切断で使用不可。

 それと ――― カメラアイも破損しています」



その意味は明白だった。

アキトは視界を失った状態で戦っていることになる。



「艦長?」



ルリはあえてユリカを『艦長』と呼んだ。

ユリカにはその意図が明白に読み取れた。

ルリは彼女に『艦長』としての判断を仰いでいる。

ミスマル・ユリカ個人ではなくナデシコ艦長の彼女の判断を。



つまりルリは暗にこう言いたいのだ。

『アキトを心配するあまり判断を狂わせるな』と。



内心ではユリカ同様にアキトが心配なはずだ。

でなければ世界を超えてまで追いかけたりしない。

しかし、その私情を押し殺してルリはユリカに訊いた。



『貴女なら、どうする?』



だからユリカもそれに答えた。



「アキトは帰艦を要求していますか?」



「いいえ、艦長。

 でも ――― 」



「戦闘は続いています。

 アキトから要請がない限りは外せません」



メグミが何か言いたげなのを遮る。



「ウリバタケさんに予備のフレームを準備させてください」



「了解」



自分は冷たい女だろうか?

密かにそう自問する。



客観的に見ればアキトに戦闘を続行させる判断は妥当だ。

そもそも、全高と全幅が8mを越えるサレナはナデシコのカタパルトやエレベーターに入らない。

収納するには後部の着艦専用甲板から回収するしかないが、それは時間がかかりすぎる。

それに回収したところでサレナを修理できるパーツなどない。



できることと言ったらアキトを別のエステバリスに乗せ換えて再出撃させる事くらいだが、

ここでノーマルエステを出したところで役に立つとは思えなかった。

つまるところ、ユリカにできるのはアキトの判断を信じての現状維持しかない。

今無理に帰還させたところで、相手に攻勢のきっかけを与えるだけにしかならないからだ。



しかし、感情面ではまた別だ。

許されるならすべて投げ出して愛する人のところへ行きたかった。

安否を確かめたかった。 

大丈夫だからと囁いて欲しかった。



それは許されない。

自分は艦長だから。

その判断に200名以上のクルーの命がかかっているから。



艦長としての責任を重いと感じたのは久しぶりだった。

それでも逃げ出せないことに苦痛を感じるのも。



………逃げ出せない?



そこまで考えてふと気付く。

違和感の正体に。



「ルリちゃん! ナデシコの周辺を最高精度でスキャン!

 範囲は敵機動兵器の航続距離を考慮して!!」



気付いてしまえば簡単なことだった。

相手はエステバリスモドキ。



動力は背中のバッタがあるとしても、それだけではどうにもならないことがある。

機体の整備及び補給にはどうしてもそれなりの設備が必要となる。

アキトが敵を有人機と示唆していたことも考えれば答えはおのずと出る。

逃げ帰る……もとい、補給のために帰還する基地か母艦が必要なのだ、この手の兵器には。





○ ● ○ ● ○ ●





レーダーは非常に便利な兵器である。

が、反面、欺瞞に弱いなどの欠点も抱えている。

その点を理解しているかどうかで大きく違う事もある。



「くそッ! ステルス艦か!」



それを発見できたのは幸運がいくつも重なった上での出来事と言えた。

さすがに高度なステルス装置を備えているとは言え、限界はある。

エネルギーセンサーの計測結果をナデシコに送信し、そこから真空のエネルギー準位の分布を割り出した結果、

そこからあるものが浮かび上がった。



ナメクジが這ったあとのようにエネルギー準位の低い状態が続いていたのだ。

それは形こそ違えど明らかに『航跡』(ウェーキ)と呼べるものだった。



ロイはそれを辿るようにシルフを向かわせている。

アフターバーナー無しでの超音速巡航(スーパークルーズ)を可能とする流体コントロールエンジンは、

最高でマッハ3.3の超高速までシルフを加速させるが、今回はその性能を発揮しきれない。



高空からでは標的を見逃してしまう危険性が高く、そのために地面より数十メートルの低空を舐めるように飛んでいる。

こんな状況で超音速を出そうものなら地面に反射した衝撃波(ソニックブーム)によって機体がバラバラになってしまう。

したがって、ロイはシルフの速度を亜音速のマッハ0.97に維持していた。



「……見えた!」



水平線の彼方にわずかな黒点。

距離が離れているためにわかりにくいが、恐らくは艦だ。



「アニー、レーダーは?」



「この距離でも感無しです。

 もっとも、地面からのクラッターノイズもけっこう拾っちゃってますけど」



電子戦要員を務めるアンネニールが後部座席から答える。



レーダーはかなりの広範囲に向かってレーダー波を発振している。

中には地面からの反射波もあるわけだが、地面は平坦ではなく高度差や凹凸がある。

レーダーはこの反射波も拾ってしまう。

そして『何かある』としてパノラマスコープに投影する事もあるわけだが、これをクラッターノイズという。

フィルターをかけることである程度抑制することができるが、根本的に解決することはできない。

シルフのコンピューターはこのノイズを除去してくれてはいるが、敵艦は巧妙にも自艦の反射波をこのノイズの範疇に留めていた。

敵艦の反射波を捉えていても、ノイズとして処理されてしまうのでは見つかるはずもない。



ロイは仕方なく最新の電子戦兵装に頼るのをやめ、目視索敵へと切り替えた。

黒点は見る間に拡大されていく。



「シルフから、ナデシコへ!

 敵艦見ゆだ!」



ここまで接近してもセンサーにほとんど反応はない。

高空からの索敵で見つからないのも頷ける。



「レーダーは?」



「反応あり!

 でも、これって―――」



「黙ってろ! 舌かむぞ!!」



レーダーに反応。

しかも高速で移動する物体が2つ。



機体を傾けると同時にベクタースラストも使って急上昇。

機体剛性の限界近くまでGをかけた捻り込みを敢行する。

慣性中和装置がコクピットに組み込まれていなければ首の骨を折っていただろうと思うほどの急機動。



だが、その無茶をした甲斐もあった。

一瞬前までシルフの優雅な機体のあった場所へ20mm砲弾が雨霰と降り注いだからだ。



「アニー、ナデシコへ場所を伝え続けろ。

 ……エンゲージ!」



交戦を宣言。

と言っても、シルフの武装は自衛用の短距離AAMが2発と固定兵装の20mmバルカンが1門。

とても2機の機動兵器を相手にできるものではない。

報告を終えればさっさと離脱するつもりだった。



が、そうはいかないらしい。



「ECM(電子妨害)です!

 ナデシコとのデーターリンク切断!」



ギリッと奥歯を噛み締める。



……用意周到、嫌な言葉だ。





○ ● ○ ● ○ ●





「ECM確認!

 通信遮断されます!」



メグミから報告。



「ルリちゃん!?」



「これは……広域妨害です。

 近距離通信はなんとかしますが、長距離通信は難しいです」



ルリをもってしても完全な妨害除去は難しいと言わしめる文字通りの広域妨害(バレージジャミング)。

それでもシルフからの通信から辛うじて敵艦の大まかな位置は割り出せた。

ただ、そこに対して攻撃する手段がない。



グラビティブラストの広域放射はシルフを巻き込みかねないために不可。

ミサイルもピンポイントの精密誘導を必要とするため、レーダーやセンサーで敵を捉える必要がある。

しかし、この電子の嵐の中ではそれも難しそうだ。

シルフに間接誘導を行ってもらうのも手だが、それにはまず長距離通信を回復させなくてはならない。

せめてもう1機偵察に使えれば、その機を中継して通信できるのだが。



しかし、これではっきりしたことがある。

すなわち、敵艦は存在する。



「ミナトさん、艦首を敵艦の推定位置方向へ向けてください。

 グラビティブラストのチャ−ジもお願いします」



敵艦もいつまでもそこに留まってはいないだろうが、

不測の事態に備える必要はある。



それに、アキトのこともあった。





○ ● ○ ● ○ ●





機体を激しい振動が揺さぶった。

正面のメインモニターを破壊されたためにコクピットは暗い。

しかし、ウインドウに表示されたデータと計器の数値をアキトは静かに見つめていた。



「……はぁ」



静かに息を吐く。

零式の放った砲弾がサレナの装甲をかすめていく。



視界を奪われた状態の機体でアキトは北斗の猛攻を捌いていた。

計器の数字と死線をくぐる事で身に付けてきたカンだけが頼りだった。

見た目はボロボロのサレナだったが、致命的な損傷は負っていない。



この状況は似ていると思う。

五感を失い、復讐のために生きた日々に。

かつての愛機のコクピットはいつも暗かった。



大気を裂いて飛ぶ機体の振動。

金属同士がぶつかり合い、閃光が機体を灼く。

機体の鼓動が心地よい。

死と隣り合わせの緊迫感すら高揚に繋がる。



<避けろよ、テンカワ>



不意に通信。

反射的に機体を右に滑らせる。

一瞬遅れてセンサーにDF反応。

レーダーには機体の脇をかすめていく高速飛翔物体。



それと今の通信から導き出される答えは……遠距離狙撃。

しかも、DFの斥力場で砲弾を打ち出す特殊な対機甲ライフルによるものだ。



「テツヤか?」



<ようやく追いついたな>



テツヤの言葉と同時にまた別のウインドウが展開。

アルバからの通信だった。

相手は、イネス・フレサンジュ。



<アキトくん、こいつらはなに!?

 それに通信も……>



「詳しいことは後で。

 それよりも早くナデシコのユリカたちと合流してください」



恐ろしいほど静謐な声で答える。

視覚を失ったことで逆に神経が研ぎ澄まされていた。



しかし、サレナではもう武器がない。

左腕は動かず、右のハンドカノンも半ばから砲身を切り落とされた。

かわし続けるだけではいずれ限界が来る。



<わかった。

 でも、無茶はしないでね>



「はい」



答えつつもアキトは既にそれとはまったく逆のことを考えていた。



そろそろ北斗は焦れてきている。

そして、アキト自身も。



おそらくは北斗の方から全力の一撃を仕掛けてくるはずだ。

それを捌けなければ、アキトは負ける。

逆に捌いたとしてもサレナ自身には反撃の手段がない。



だからアキトはある種の賭けに出ることにした。

まさかこの男を頼ることになるとは夢にも思わなかったが、

他の人間ならできないことだ。



「テツヤ、頼みがある」



<珍しいこともあるな。

 それで?>



「もうこの機体には武器がない」



<あの時の化け物じゃないのかそれは?>



要するに西欧で初披露となった方のブラックサレナを言っているのだろうが、

外見はともかく、あれとこれとでは性能に天地の開きがある。

しかし、そこまで詳しく説明している暇はない。



「詳しくはいえないが、違う。

 それで本題だ」



通信モードがONLYになっているのを確認して切り出す。



「俺が合図したら、構わないから俺ごと敵機を撃て」









眼前の敵機の動きが目に見えて鈍くなった。

ハンドカノンをこちらに向けながらも発砲する様子はなし。

そして北斗が半ばまで切り裂いた左腕が脱落。



「……故障か?」



ありえない話ではない。

現に北斗の零式も限界以上に酷使された影響が各所に出ていた。

コクピット内に表示されている警報は両手の指では足りないほどだ。

それにハンドカノンも先ほどからフルオートで連射を繰り返していれば弾切れを起こすはずだ。



視線を各種計器に走らせる。

零式52型は北斗に合わせる形で機動力を強化してあるが、積める燃料まで多くなっているわけではない。

一応は増やしてあるが、それ以上に消費が増大しているので、結局のところ戦闘可能時間は短い。



それにさらに拍車をかけているのが、武装の30mm機関砲。

零式32型までは20mmだったものを、威力不足ということで変更したのだが、

口径が大きくなった分、携帯弾数は当然ながら減っている。

具体的には32型の20mm機関砲は1026発なのに対して、52型の30mm機関砲では632発でしかない。

エステのラピッドライフル(マガジン1つで300発)に比べればはるかに多い数字だが、有限である以上限界はある。



機関砲弾の残りは120発。

フルオートならものの数秒で撃ち尽くしてしまう数字だ。

銃火器を好まない北斗ではあるが、さすがに全弾打ち尽くす気はない。



白兵戦用のナイフ・ブレードともになし。

ナイフは投げつけてしまったし、ブレードは今しがた敵の左腕と一緒に落ちていった。

敵機に背を向けて拾いに行く気にはなれない。



残る武器は人型ゆえの汎用性を生かした原始的手段。

つまり、拳でぶん殴る。



余談だが零式52型の開発にも大きく貢献した月村忍技術大尉によれば、これは最後から2番目の武器。

最後の武器は自爆装置だそうだ。



北斗としては自爆装置で死ぬよりは敵と戦って死ぬことを選ぶ方なので、最後から2番目を選択。

とは言っても、死ぬつもりなど毛頭ない。

そもそも戦いの最中にそんなことは考えない。

北斗にとっては生も死も『闘争』と言う行為の一つの結果に過ぎず、それ自体は目的ではない。



「……仕掛けるか」



零式の機体を覆っていたDFを拳へと集中させる。

ただでさえエンジンの出力不足から十分なDFを展開できていない零式でこれをやることは自殺行為だ。

例えるなら、ノーマルエステでDFSを使用するのと同じことだ。

この状態なら流れ弾がかすっただけでも燃料式スラスターの塊である52型は大爆発を起こしかねない。

その危険性を知らないでもなかったが、その時はその時と割り切っていた。

でなければ、そもそもこんな機体に乗ったりしない。

「 ――― 征くぞッ!」

燃料式スラスターへ残りの分も全て注ぎ込む。

オーバーブースともいいところだが、帰還時のことなど考えてはいない。

今の北斗にとっては眼前の敵機こそが全てだった。









「……さあ、来い」



精密照準用スコープを覗き込みながらテツヤは呟いた。

敵機とアキトの機体はほとんど直線状に重なっていた。

おそらく敵はこちらの存在に気づいていない。



いや、発砲して牽制したから気づいてはいるだろうが、距離が遠いとみて無視したのか、

とにかくこちらにかまう様子は見られなかった。



それはまさしく好都合。

狙撃手は自己の存在を可能な限り隠す。

構わないならそれはその方がいい。

どこかの正義バカと違って名乗りを上げてから戦うような面倒はしない。



テツヤの戦闘スタイルはファーストルック・ファーストショット・ファーストキル。

つまり、敵がこちらを察知する前に発見し、敵より早くに撃ち、初弾で仕留める。



そのためには遠距離から敵を察知できる高性能レーダーとセンサー、そして遠距離でも高い命中精度を誇る武器が必要となる。

試作の105mm対機甲ライフルと重機動フレームの組み合わせはまさしくその条件に合致した。

それが通常のパイロットは鈍重だからと謙遜する重機動フレームを好んで使う理由だ。

正規のパイロットの中には『それは邪道。 機動戦闘こそが人型兵器の華』と言うものも居たが、それは無視した。

テツヤにとって機動兵器は目的達成の手段の1つに過ぎず、美学を語る対象ではないからだ。



そして今回の戦闘もまた同じ。

戦闘自体は目的でもなんでもなく、単なる一手段。

卑怯云々というのはルールがあって初めて成り立つ理屈であり、

戦いにルールなど実質的に無いに等しい。



アキトが構わず撃てと言うなら彼は迷わずそうするつもりだった。

アキトとテツヤの間に友情などと言うものはない。

あるのは利害関係と憎悪、そして僅かばかりの羨望。

テツヤからアキトに向ける感情などそんなものだ。



アキトにしても、テツヤが行なったことを考えれば許す気などないだろう。

テツヤを殺さないのは、利害の一致とアキトの持つ甘さに他ならない。



だから彼は躊躇わない。

他の全てを犠牲にしてでも達すべき目的がある。

そのためにはこの戦いを、ひいてはこの戦争を生き残る必要がある。



……だから、俺に躊躇う資格などない。



カートリッジ状のDF式斥力場発生器を105mm砲弾と共に装填。

最終安全装置解除。

発砲準備、完了。









そこからのことは複雑だ。

短時間に多くのことが同時多発したため、

当人たちですら正確に状況を把握はしていなかった。

まず最初の状況はこうして起こった。



「――― はッ!」



零式の拳が漆黒の鎧に突き刺さった。

残った右肩のウイングバインダーもこの一撃で完全に破損。

この時点で燃料式スラスターも全壊していたのだが、誘爆は起こらなかった。

もともと盾にするつもりで燃料をカットしていたためだ。

サレナは翼をさらに一枚失ったが、破壊の拳は辛うじて止まった。



が、その一撃は囮だった。

本命は右のボディーブロー。

もちろん、最大出力でDFを収束させている。

まさしく渾身捨て身の一撃。

それは北辰の駆る夜天光の一撃すら止めたサレナの重装甲を食い破った。



極度に収束されたDFはそれ自体が強力な武器となる。

それに加えて十分な加速の乗った一撃はどんな装甲をもってしても防御は不可能。

主を失った機体は力なく……分解した。



「……空? いや、殻か!?」



しかし、零式が貫いているのはサレナの外殻。

つまりは増加装甲の部分だけだった。

それとほとんど同時に警報。



「レーザー照準?」



その意味に思い到る前に体は動いていた。









「外れた?

 いや、かわされた?」



タイミングは完璧だった。

そして、狙いも。

計算外だったのは敵の反応速度か。



右腕を切り離すことでその反作用を使い砲弾を回避した。

可燃物でも積んでいたらしい右腕は105mm砲弾の直撃で粉微塵になったが、

本体の方は復仇に燃えていることだろう。



即座にカートリッジを排出。

次発の装填にかかる。



狙撃は初弾を外した場合、即座に場所を移動しなければならない。

当たり前だが敵の反撃があるからだ。

スモークディスチャ−ジャーで煙幕を展開しつつ移動。

もっとも、アキト相手にあれだけやる敵にどこまで有効かは不明だが。



そこでふと気づく。

もう一つ、アキトの存在。

以前にも消えたことはあった。

その時は確か……









きわどいタイミングだった。

下手をすれば、北斗以前にテツヤの攻撃の方が脅威だったかもしれない。

連係プレーには程遠いところだが、意表は突ける。



アキトが行なったのは北斗の攻撃が当たる寸前にサレナの外装を強制的に切り離すこと。

そして、同時に中のテンカワsplによる短距離跳躍。

長距離のボソンジャンプは高機動ユニットがなければ出来ないが、

短距離のそれであれば一次装甲にCCを組み込んであるこの機体なら単独で可能だ。

そして、『最後から2番目の武器』を使えるのは零式だけではない。



「単独跳躍だと!?」



零式と同じようにDFを収束させた一撃。

それはとっさに掲げられた盾ごと零式の左腕を完膚無きなでに粉砕する。

両腕を失った零式に反撃の術は……あった。



「これで終われるか!」



絶妙なバランス感覚で体勢を維持しながら、零式の脚を敵機の腕に絡みつかせると、いっきにスラスターを噴射。

想定外の方向に応力をかけられたフレームは、さすがに関節部が耐え切れなかった。

金属がひっしゃげる鈍い音と共に肘からへし折れた。



これで双方共に両腕を喪失したことになる。

通常ならこれは戦闘続行は不能な損害だ。

が、北斗はおさまらない。



「そんな裏技を隠しているとはな!

 やってくれるじゃないか!」



例え両腕を喪失しても、まだ脚がある。

そして頭部の7.7mm機銃にも弾は残っている。



戦えないことはない。 である以上は戦うのが北斗だ。

しかし、それを零夜が止めた。



<北ちゃん! 帰還命令だよ>



「……ちっ」



つまり舞歌は零式部隊は目的を達したと判断したわけだ。

敵機動兵器を可能な限り引きつけ、さらに件の『漆黒の機動兵器』を損傷させること。

北斗たちの目的はそれだった。

しかも制限時間付き。



その上で一応の戦術目標は達成した。

損傷した機が多いとはいえ、被撃墜はゼロ。

結果としては上出来の部類に入るだろう。



だが、北斗としてはそんなことより初めて敵を仕留めそこなったことのほうが重要な意味を持っていた。



「……ふん、楽しみが増えたな」



不適に笑うと零夜の零式32型に付き添われながら戦域を離脱。

その際に煙幕と欺瞞用のチャフとフレアを展開していくことも忘れない。









「……退いてくれたか」



煙幕が晴れた時には既に零式の機影は遥か彼方へ遠ざかっていた。

なぜか北斗との決着をつけられなかったことにホッとしていたが、アキト自身はそれに気づかない。



機体の有様は酷いものだ。

一箇所として無事な部分など存在しない。



それは他の機も同じようなものだ。

撃墜された者が居ないのはさすがと言うところだが、全員疲労の極致にあり無事な機体など無い。

おそらくはフレームは修理不能で廃棄処分となるだろう。



<全機、帰投してください>



「……はぁ、了解」



メグミのその言葉に答える声も少ない。

あのヤマダですら、ぐったりとしている。



誰もが疲れていた。

精神的にも肉体的にも、度重なる戦闘で消耗していた。

少なくともこの戦闘ではもう使い物にならないほどに。

アキトですらそうだった。

ブラックサレナは全損し、北斗との激戦によって心身ともに消耗している。



――― それこそ、舞歌の意図した通りに。





○ ● ○ ● ○ ●





駆逐艦<朝霧>にとって最大の防御手段はステルス性。

だから見つかってしまえば意味がない。

舞歌の判断は迅速だった。



即座にアクティブステルスをカット。

その分の余剰電力をECMにまわして敵の通信を妨害した。

次いで今まで停止していたレーダーの発振を開始。

これはほとんど朝霧のステルス性を殺すことになる。

レーダーの使用もECMも位置の特定はされなくとも、自己の存在を暴露することになるからだ。



しかし、それも計算されたリスク。

ここで重要なのは可能な限り自艦の位置を特定させないこと。

ステルス性の維持にこだわり過ぎて、偵察機に位置を報告されたのでは本末転倒も甚だしい。



出来る限りステルス性能をいかしての隠密接近。

発見されそうになった場合は即座に電子妨害に切り替えることでこちらの位置を特定させない。

この『目隠し』と『目潰し』を併用することが作戦の骨子だった。



「もう少し近付けると思ったんですけど」



「敵も馬鹿じゃないってことよ」



北斗たちの攻撃で母艦の存在に思い至ったのかもしれないと舞歌は推測した。

敵にも機動戦艦や機動母艦がある以上はその可能性に気づくのも当たり前だろう。



実際は、索敵自体はユリカの『カン』で行なわれたもので、母艦の存在に思い至ったのはその少し後だ。

朝霧を発見できたのも多分に幸運によるところが大きいのだが、舞歌の知るところではない。



「まあ、いいわ。

 千沙たちには悪いけどしばらく上空待機してもらわないとね」



零式の帰投進路から母艦の位置を割り出されるのを防ぐための措置だ。

航空機なら燃料が無くなれば墜落するだけだが、零式は人型。

燃料が無くなる前に着陸してしばらく隠れていてもらうと言う手もある。



「電子妨害の状況は?」



「あちらも頑張ってますよ〜。

 でも、こちらはもっと頑張ってますから。

 偵察機との通信は完璧に遮断しています」



正面のパネルにはデフォルメされた琥珀と翡翠の絵がマンガチックに動き回っていた。

ナデシコにもマシンチャイルドは居るようだが、こちらは2人掛りなのだから負けるわけにはいかない。

思ったより有利に運んでいないのは地球側のコンピュータの優秀さゆえか。



「翡翠、偵察機は?」



「逃げたようです。

 雲の中に逃走したため追撃を断念したとのことです」



「……そう」



雲の中に逃げるというのは一歩間違えれば乱気流に巻き込まれて墜落と言うこともありうる。

それに有視界戦闘が出来ないと言うのは機動兵器にとっては大きなマイナスとなる。

なけなしの直掩機を裂くのも問題だろう。

素早く考えをまとめ、決断する。



「偵察機は監視のみ。

 ECMは最大レベルで続行。

 それから ――― 」



柄にもなく緊張していた。

この命令を下せば、間違いなく敵か味方のどちらかに死傷者が出る。

今までももちろん出てはいる。

が、直接的に自分の指示が人を殺すと言うのはまた違う感覚だ。



「攻撃準備。

 朝霧の全火力を持って敵艦を叩く!」



叩きつけるように、もしくは何かを振り払うように宣言する。

命令は直ちに復唱され、朝霧は戦闘艦としての姿を取り戻す。



……これでいい。 これで。



慌しさを増したブリッジの中で、繰り返し呟く。

しかし、言葉とは裏腹に心は暗いままだった。





○ ● ○ ● ○ ●





それは壮観と言っていいかもしれない。



朝霧の船体の大半を占める格納庫部分。

そこに収められていた『牙』が露出していく。



蜂の巣のようにびっしりと詰め込まれた三角形。

その全てが朝霧専用のVLSだった。

その数、実に312セル。



全てはこのために用意された作戦だった。



偵察に来た部隊を全滅させたのは敵の関心を引くため。

『何かある、しかし、何かわからない』というのは恐怖だ。

『怖いもの見たさ』という言葉があるが、まさにその通り。



無人艦隊を単独で送り出したのは敵から『逃げる自由』を奪うため。

ナデシコやアルバは戦艦に比べると優速で、その気になればその俊足性能をいかしてひたすら逃げるということも出来た。

しかし、追撃されるという恐怖と戦いながら逃げるのは相当につらい。

その心理を考慮したうえで、さらに偵察部隊の全滅もあわせて『戦わなければ生き残れない』という

刷り込みを行なうための捨て駒に無人艦隊を使った。



そして同時に、『手強かった。 でも、勝利して生き残った』という充足感を与え、

『次も戦って勝つ』=『それが生き残る方法だ』と言う公式を成立させる。



ここまでくれば心理戦では勝ったも当然。

現に北斗たちが仕掛けた時もナデシコは正面から迎撃しようとした。

実はこの時、ナデシコが採るべき最善の手は敵を引きつけつつ、戦域から離脱すること。

エンジンを搭載し、母艦から離れて行動できる零式も、エネルギー消費の大きさゆえに航続距離はさほど長くない。



では、もし無人艦隊が勝ってしまったら?



それはそれで問題ない。

舞歌の目的はナデシコの撃沈にあるのだから自分たちの手でやろうと

無人艦隊がやろうと(周囲の評価はともかく、舞歌自身には)関係ない。





また、ナデシコが北斗たちを圧倒、もしくは無視したら?



圧倒する、と言うのは機体の性能差やパイロットの技量を考えれば可能性としては小さいと考えられる。

例の『漆黒の機動兵器』にはこちらも最強の手駒である北斗をぶつけ、同数の機動兵器を持って対抗した。

それでも圧倒された場合は即座に退却するように千沙には言ってある。

機動力はほぼ互角なのだから航続距離の差を考えれば逃げられないことも無いだろう。



そして無視した場合だが、その時はナデシコは致命的なミスを犯すことになる。

制空権を奪われた状態ではまともな戦闘ができるはずもない。





接近前に発見された場合は?



その回答がこれだ。

ECMによって敵の通信とレーダーを妨害して可能な限り位置をつかませないこと。

艦砲のグラビティブラストは敵艦の位置がわからなければ意味がない。

この電子の嵐ではいくら最新のミサイルが撃ちっぱなしファイア・アンド・フォーゲットの自己誘導機能がついていても まともに誘導することは困難だろう。



そして、予め妨害のパターンを入力してあるこちらはその妨害の合間を縫って通信などができる。

敵の機動部隊を消耗させ、制空権を確保した上での満を持しての攻撃。

それがこの作戦の全容だった。



312セルの全てに最新鋭の艦対艦ミサイルが装填されている。

そのうちの60セルから今まさにその魔弾が放たれた。



打ち上げ用の使い捨てロケットブースターによって射手の元から飛び立った魔弾の群れ。

それらは高度300mまでそのまま上昇すると、一段目が切り離され、

電子のスピンを利用した正確無比なジャイロがミサイルの体勢をを水平に移す。



続けて2段目のロッケトが点火。

高度を40mまで下げつつさらにミサイルをマッハ3の超音速領域まで押し上げた。

そしてロケットを使い切るとそのまま慣性飛行へ突入。

ナデシコのレーダーはこの時点ではまだミサイルを捉えられてはいなかった。



理由はもちろんある。

朝霧専用に開発されたこのミサイルは母艦と同じようにステルスシステムを備えていた。

ミサイルが大気との摩擦によって起す熱を冷却する装置、そしてレーダー波を吸収する特殊なカーボン塗料。



さらにはミサイル筐体そのものの形状。

三角柱という形はレーダー波をあさっての方向に反射してしまうように絶妙な傾斜角を与えられていた。

それに三角柱の形状を採用したことで、筐体そのもので揚力を得られるリフティング・ボディとなっていた。

これによって初期の加速で得られた初速による長距離の滑空が可能となる。

ステルス化され、さらにロケットモーターも作動させていないミサイルを捕らえるのはナデシコのレーダーを持ってしても困難だ。

加えて、朝霧からのECMを排除することに全力を傾注しているルリとオモイカネがその僅かな反応に気付くはずもない。



そしてナデシコまでの距離が100kmを切った。

その時点で落ちてきた速度を取り戻すためにラムジェットエンジンを点火して再加速。

ここでミサイル群は2つに分かれる。



1つのグループはそのままさらにラムジェットエンジンからスクラムジェットへ移行してさらに加速。

これによりミサイルの終端速度はマッハ5.2までになる。

これは火薬式砲の理論限界を遥かに超える数値。

炸薬の化学エネルギーではなく、ミサイル自体の運動エネルギーでDFを突破するのが目的だ。



ただし、ここまで加速するとステルス性も意味をなさなくなる。

周囲の大気が筐体との摩擦熱によってイオン化し、レーダー波をこの上なく反射するからだ。

当然、この反応を見逃すほどルリも間抜けではなかった。



「ミサイル警報!?

 数は……10……いえ、30!

 速度マッハ5、到達まであと100秒!」



速すぎる。

そして遅すぎた。



ナデシコの装備する艦対空ミサイルではこれほど高速のミサイルは迎撃できない。

それに、ナデシコのVLSは32セル。

しかも、これはブレードの上下を合わせての数。

今は地面に近すぎて下部のVLSは使えないから、実質的には16セル。

最低でも2回打ち上げないと数が足りない。

それを100秒で行なうのは物理的に不可能。



アルバはそれでも果敢に対空砲で迎撃を試みていた。

あちらには近接防空用の対空レールガンと対空レーザーが装備されている。

RAMでの迎撃はナデシコと同様の理由で不可能だが、対空レールガンの弾は12.7mmと小口径だが

初速マッハ11の超高速で毎秒1800発の連射。

一回の迎撃で弾槽は空になるだろうが、これなら望みはある。



それに、対空レーザーも心強い。

八銃身のガトリング方式を採用したこれはインパルスレーザーを5分間発振し続けられた。

文字通り光速の砲弾を使用する代物だ。

地上では大気による減衰が著しく射程が短くなる上に、DFには全く効果なしというのが問題だが、

確かにミサイル迎撃用としては理想的だ。



そこまで考えてルリはナデシコの設計者を恨めしく思った。

いくらバッタに効かないからといって対空レーザーを積んでいないのは浅はか過ぎる。

せめてネルガルが軍の技術者と共同開発していればこんなことは避けられたのに。

帰ったら、カキツバタやシャクヤクには絶対に対空レーザーを積むように申請してやろう。



……もっとも、生きて帰れたらの話だが。



「総員衝撃に備えて!」



その言葉とほぼ同時に第一波の30発がナデシコ、およびアルバへ牙を剥いた。

ナデシコのDFがその途方もない運動エネルギーと化学エネルギーの立て続けの炸裂に耐えられたのは最初の8発目までだった。

想定外の過負荷にフィールドジェレーターが緊急停止。

きっかり15発ずつに割り振られたそれらの残り7発は2発が爆発の影響で目標をロストしてナデシコの船体をかすめ、

1発がアルバからの対空レーザーによって打ち落とされ、1発が信管の不良で船体にぶつかった衝撃で爆発。

(通常は船体にのめり込んでから爆発する遅発信管)。

しかし、残りの3発はきっちりとナデシコに損傷を与えた。



最初に直撃したのは左舷のカタパルト。

シャッターと突き破って奥まで進入し、そこで信管を発動。

内蔵された200キロの炸薬が化学エネルギーを放出し、カタパルトを全損させた。



次に命中したのがグラビティブラストの発射口。

こちらもシャッターが降ろされていたが、マッハ5.2のミサイルを前にすれば紙くずも同然だった。

シャッターを突き破って奥まで蹂躙し、のた打ち回った挙句に炸裂。

エネルギーバイパス回路を焼かれた主砲は完全に使用不能となった。



最後に命中したのは……ある意味、一番最悪の場所だった。

ナデシコの艦橋上をかすめるようにして飛翔していったミサイルは、しかしそのまま彼方へ飛び去ることは無かった。

的のような円形の物体 ――― ナデシコのセンサーレドームに衝突し、これを完全に吹き飛ばす。

この時点でナデシコのセンサー群の7割がその機能を停止した。

まさに、目をつぶされたも同然の損害だった。



「被害報告!」



ユリカがコンソールにつかまりながら立ち上がる。

着弾時にどこかぶつけたのか、額から血が流れている。

しかし、それを気にしている暇はない。

次々と各部署からの損害報告が寄せられる。

特にセンサー群の復旧は絶望的だった。



しかし、被害はそれにとどまらない。

続けてステルス性の維持のためにマッハ3.3の『低速』で飛翔していた第2波がナデシコを襲う。





○ ● ○ ● ○ ●





衝撃から何とか立ち上がった次の瞬間には再び床に投げ出されていた。

誰かに引きずり倒されたのだと理解するのに時間がかかった。



「……ッつー」



「大丈夫ですか、ウリバタケさん!?」



アキトの声が耳元でした。

メガネが割れてしまったらしく視界が悪い。



「ああ、なんとかな」



答えながらメガネのズレを直した。

したたかに打ち付けた腰が痛い。



俺はまだ若いんだと言い聞かせながら痛む体を起す。

そこは地獄の一歩手前だった。

アキトが庇ってくれなければ落ちてきた構造材の下敷きになっていただろう。

そうすれば良くて大怪我、悪ければ……見る限りこっちの可能性のほうが大きそうだが、即死だっただろう。



が、ウリバタケは運の良いほうだった。

第2波はナデシコの格納庫の1ブロックを完全に粉砕。

エレベーターの修復に向かっていた応急処置班のうち3名がその爆発に巻き込まれて即死。

退避が間に合わなかった数名の整備班員が全身に重度の火傷。

その他にも多くの負傷者が出ていた。



ウリバタケから見える範囲でもエステバリスのフレームに足を挟まれた整備員が見えた。

クレーンも倒れたために、三人娘がエステバリスで救助に当たっていた。

それほど繊細な動作ができるのもナデシコのパイロットならではだ。

いくら『軽量』とは言っても1.65t。

骨折で済んだのは運が良いといえる。



「ウリバタケさん。

 早速で悪いですが、出撃できる機体は?」



その言葉にウリバタケは自分の仕事を思い出し……次いで発言者の顔をマジマジと見た。



「お前、正気か!?

 音速の何倍って速度でミサイルの雨だぞ!?」



「だからこそエステで何機かでも撃墜を ―――」



「バカ言うんじゃねえ!

 いくらお前でも物理限界ってモノがあるんだよ!

 ラピッドライフルはせいぜい20mm砲弾をマッハ1.1で射出する程度だぞ!?」



「でも、防衛ライン突破の時は ――」



「的のでかさが違う! 速度もあっちはマッハ0.8程度の低速ミサイルだぞ、勝負になるか!

 エステのFCSがマッハ3以上の的には追従しきれないんだよ!

 そもそも弾より速いのに打ち落とせるか!!」



道理だった。

それにアキトは腕は立つが、所詮は悲しいかな義務教育修了のみ。

感覚的に人外のレベルの自分を基準に判断してしまうところがある。

ブラックサレナ(U)もしくはブローディアならともかく、そんなことができる機体はない。



それに、舞歌は万が一にもアキトに迎撃されるのでは?

と考えて北斗をぶつけてアキトの消耗を誘ったのだ。



加えて、マッハ5で飛翔する物体を10キロ先で発見したとする。

そうすると、その物体に対して対応が取れる時間は、約5.8秒。

ミサイルの総数が10発としても1発に避ける対応時間は0.5秒。

これを迎撃するのはいくらアキトでも不可能というものだ。



これは典型的な飽和ミサイル攻撃だった。



「クソッ! 俺は、また無力なのか!!」



「ああ、そうだな」



同意の声は後ろから来た。



「……テツヤ」



睨み付けるが、動じた様子はない。



「そんなことはあの時に分かったはずだろう?

 『英雄』テンカワ・アキト?」



「―――ッ!」



胸倉をつかみ上げて壁に叩きつける。



「俺をその名で呼ぶな」



「……すべて自分の力で何とかなると思うのは傲慢だと言ったんだ。

 そして、その無意識の傲慢さと油断が西欧での ―――」



「お前が、それを言うのか!」



「なら、どうする!」



言葉と同時に鳩尾へ蹴りが飛んできた。

軽くかわすが、同時に手も離してしまった。



「テツヤ、お前ッ!」



「頭を冷やせ、アキト!」



ウリバタケから水を掛けられた。

しかもバケツ一杯の。



「なんだか知らねえが、そんなことしてる場合じゃねえだろ!

 手が空いてるなら怪我人を運ぶなり、やることはあるだろうが!」



「……すいません、ウリバタケさん」



怒りは収まらない様子だったが、それでも大人しく怪我人の救助に向かう。



「……ッたく!

 あんたも、他に言いようってもんがあるだろ」



服の乱れを直しているテツヤにも言う。

しかし、悪びれた様子もなく、



「ああでも言わなければ、無理にでも出ようとしただろ?」



と言い切る。



「そりゃそうかも知れねえが、アキトにケンカ売るなんてな。

 しかも折れてんだろ、腕」



アキトは怒りのあまり気付かなかったようだが、テツヤは先ほどからだらりと腕を下げたままだ。

恐らくは先ほどの被弾時の衝撃でどこかにぶつけたか何かしたのだろう。



「休むのにいい口実だ」



そう言って踵を返す。

その後姿を見ながらウリバタケはふと思った。



……案外、アキトといいコンビになるんじゃないか?





○ ● ○ ● ○ ●





「ルリちゃん! ミサイル発射位置から敵艦の位置を推定!」



「ダメです。 ミサイル自体もステルス化されていて、発射地点を特定できません」



白い肌をさらに蒼白にしたルリが報告する。



「艦内状況は?」



「火災…はおさまりましたが……死傷者多数」



泣きそうなメグミの声。

残酷なようだが気遣っている余裕はない。

判断の停止はすなわちより多くの犠牲を生む。



「フィールドジェネレーター復旧。

 でも、次喰らったらやばいよ」



ミナトの報告は事実だった。

復旧したとはいえ、フィールド出力は6割程度まで落ちている。

ここまで罠を仕掛けてくる相手が今の攻撃一度で終わるとも考えられない。



せめて偵察に出たシルフと連絡が取れれば……。



「通信は?」



「中距離なら広域スペクトラム通信で何とか。

 ですが、長距離通信は依然妨害されています」



中距離までなら可能。

それなら手は無いわけではない。

だが、それは同時に多大な危険も伴う。



だが、他に手はない。

迷えばそれだけ損害を増すことになる。

しかし、救いの手は思わぬところから来た。



「……艦長、アルバより通信です」









こちらのアルバもナデシコとほぼ同数のミサイルが着弾していた。

しかし、損害の程度は遥かに少ない。



「右舷両用砲全損! 対空レールガン大破使用不能!」



「下部格納庫に命中弾2。 上部格納庫に1!

 いずれも第一船殻を貫通したのみです!!」



アルバの船体は三重船殻を採用していた。

潜水用のバラストを兼ねさせたり、宇宙艦艇に必須の気密性の維持のため、

さらにはこういった局面での防御力を高めるという理由からだ。



ちなみにこの程度のことはナデシコでもやっている。

アルバが徹底していたのは第一船殻と第二船殻の間の中空に発砲充填材を注入していたこと。

ミサイルの直撃に対してこれは衝撃吸収と熱エネルギーの拡散をもって対処する。

反面、一度注入してしまうと除去が難しいなどの欠点もある。

本来は気密を破られたブロックを丸ごと封鎖するのに使う代物だ。



それともう一つ。

アルバは今回の作戦に望むに当たって、外殻に電磁反応装甲(EMリアクティブアーマー)を増設していた。

敵の弾が直撃した際に二枚の金属板の間に電磁誘導で斥力を発生させ、衝撃を殺すというものだが、

本来は重機動フレームのオプションとして開発されたものだ。



それにしたって値段が張る上に使用できるのは1度きりで、しかも重くなるということもありめったに使われない。

当たり前だが実体弾にしか効果が無いため艦艇に取り付けようという試みはされていなかったのだが、

それを大規模にしたものをアルバは艦に丸ごと貼り付けていた。



上の2つはアルバが改装によって特別につけられた機能だが、

他にもアルバは……と言うかシレネ級機動母艦は徹底したミサイル・実体弾対策が施されていた。

それは古今東西あらゆる空母や戦艦のダメージコントロール技術の集大成ともいえるものだった。

唯一、どうしても宇宙艦艇という性質上、格納庫は二段密閉式を採用せざるをえなかった。

密閉式では格納庫内で爆発が起きた場合は爆発の圧力が外へ逃げずに被害が増してしまう。

もっとも、これは本当にどの宇宙艦艇も持っている欠点だが。



とにかくその偏執的ともいえる徹底した対策のおかげでアルバの損傷は最低限で済んだ。

これは何もシレネ級の設計者(この場合はAGIのスタッフ)がナデシコの設計者(当然、ネルガル)より

優れていた云々の問題ではない。



ある意味、本当にこれは異常だった。

DFの弱点を知り尽くしたした上であらゆる戦訓を解析し、

その上で『GB、光学兵器はDFで、DFを貫通するであろう実弾兵器は構造防御と装甲で』と結論付けられた設計だった。

DF自体、地球側が実戦投入したのはシレネ級とナデシコが初だし、木連にしても実戦使用は火星会戦が初だというのに。



しかし、それは使う側からしてみればどうでもいいことだ。

アルバは敵の攻撃をある程度耐えられる。

重要なのはこれだ。

まさしく、この一点だった。



「――― ってことよ」



その辺の事情を説明し終えたムネタケはユリカの反応を伺った。

艦長としては自分より遥かに優秀な彼女がこの意味に気付かないはずがない。

案の定、何かを切り出そうかどうか迷っている。

やはり、自分と同じ結論に行き着いたようだ。



だが、それは危険な案だ。

それだけに効果は見込めるが払う代償は大きい。

それは分かっている。



だからこそユリカはそれを切り出せない。

それはまだユリカが軍人としては未熟だと言うことだが、ムネタケは素直に好ましいと感じた。



それでいい。

アンタたちは、それで。



「艦長、アタシに良い案があるんだけど、どう?」



だから彼は自分から切り出した。

その劇薬とでも言うべき案を。





<続く>






あとがき:


⊂⌒~⊃。Д。)⊃  オ、オワンネェ


と言うわけで後書きは次で。