時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第10話 だけど、あなたと「歌う詩」・その6






アルバの格納庫内では状況を把握し辛かった。

艦橋へ再び行こうかと思ったところで、兵士に止められた。



「ドクター、地獄めぐりはもう十分でしょう。

 脱出用のポッドがあります、こちらへ」



自分よりいくらか若いと思われる少尉が促した。

ナデシコが回収してくれる手はずになっていますから、と言って微笑んだ。



「あなたたちはどうするの?」



「自分は……軍人ですから」



周囲を見ると同じようにアルバの格納庫から続々と人が出てきている。

皆、イネスと同様にユートピアコロニーからアルバへ収納された人々だ。



ちらほらと軍人の姿も混じっているが、全体の1割にも満たない。

たぶん、脱出艇の操縦をするための要員だろう。

大半の乗員はそのまま艦内に残るのだ。



「それでは、幸運を」



「あなたもね」



その言葉を聞いたその若い少尉の表情を、イネスは忘れることが出来なかった。

自分の成すべきことを悟った男の顔。

自分より大分年若い彼が見せた、その最後の顔がそれだった。





○ ● ○ ● ○ ●





民間人の脱出は迅速に行なわれた。

幸いにして先ほどの被弾で怪我人は出たが、死人は出ていない。

これで自分は一つの仕事……義務と言い換えてもいいが、それを果たしたのだ。

久しく忘れていた充足感が胸中を満たす。



「ナデシコは、彼らを地球へ帰してくれますかね?」



「ええ、きっと」



短く答えると艦長帽をかぶりなおす。

この作戦が成功しようとしまいと自分たちはここで果てる。

それは半ば決定事項だった。

だからこそ民間人を脱出させた。

少しでも可能性のあるナデシコへと。



正直、うらやましかった。

その先に未来があることが。

生きる希望があることが。



死ぬのは怖い。

いやだ、死にたくない! まだ生きていたい!

本能に急き立てるままにそう叫びたかった。



だが、それは出来ない。

彼は恥を知る男だった。

つい一年前までは知らなかった。

だが、今は知っている。

だから、ムネタケは極力平静を装った。



思えば、自分も変わったと思う。

火星に来るまでは他人を蹴落として生きることが当たり前だと思っていた。

それが、今では他人のために命を掛けることに喜びにも似た満足感を感じている。

自分の死は無駄ではない、意義のあるものだと感じている。

それは錯覚かもしれないが、そう信じたかった。



一年前、彼はひとつの選択を迫られた。

それは木星蜥蜴の火星侵攻のから命からがら逃げ帰った後のことだ。

その時の軍上層部の反応は冷淡だった。



守るべき人々を見捨ててなぜ貴様たちは生きている。

どうせならあの場で全滅してくれれば遺族にも言い訳が出来たものを。



簡単に言ってしまえばそれが全てだった。

史上初めての艦隊戦で大敗北を喫した第1艦隊に市井の反応はさらに冷淡だった。



人殺し、臆病者、卑怯者、役立たず、税金泥棒。

遺族の気持ちを考えたことはあるのか云々。

あらゆる罵声が浴びせられた。



対して、民間人の大量脱出に寄与するところが大きかった実験機動艦隊には惜しみない賞賛が贈られた。



『良くやってくれた、君たちは英雄だ!

 まさに火星の希望そのものだ!!』



マスコミは美辞麗句の限りを尽くして彼らを讃え、

脱出した人々からも感謝の手紙などが大量に送られたことだろう。

当時、実験機動艦隊の指揮をとっていたファルアス・クロフォードはこの功績で中将へ昇進し、

同時に実験機動艦隊と第1艦隊の残存兵力から再編された第1機動艦隊の司令長官に就任し、辣腕を振るっている。



まさに悲劇を装った喜劇。

軍は大敗北を誤魔化すために英雄を必要とし、同時に責任を押し付ける生贄の羊スケープ・ゴートを用意する必要があった。

第1艦隊の関係者は後者の羊とされたのだ。

参謀や司令官は軒並み更迭、もしくは左遷され、第1機動艦隊へ移籍できたのはほんの僅か。

ムネタケも更迭の嵐に巻き込まれた口だった。



少佐へ降格され、窓際部署に左遷。

捨て鉢になって浴びるように酒を飲む毎日。

そんな時にあの男は再び現れた。



『無様だな。 負け犬そのものだ』



開口一番に罵声が浴びせられた。

酔った勢いもあり、怒りに任せて殴りかかった。

冷静になって考えれば、無謀もいいところだ。

相手は中将で、しかも艦隊を預かる司令長官。

問題を起せば今度こそ軍を追われていたかもしれない。



しかし、そうはならなかった。

参謀ルートで来たムネタケに対し、相手は特殊部隊に在籍したこともある歴戦の猛者。

あっさりと叩き伏せられた。



胸倉をつかみ上げられ、背筋も凍るほどの声で相手は告げた。



『このまま負け犬として終わるか、英雄になるチャンスをつかむか、選べ』



負け犬と言う言葉は癪に障ったが、それでもいいと酒で回らない頭で考えた。

しかし、その考えを見抜いたかのように続ける。



『こんな腑抜けな息子を持ったムネタケ参謀も哀れだな』



その一言は急所だった。

立派な軍人である父親の顔に泥を塗ることは、彼が一番恐れることだった。

今思えば、その反応を見越した上で相手はそう言ったのだろう。

とにかく、彼は選択した。

英雄となるチャンスを。



そして、彼に与えられたのは大佐の階級と、この最新鋭のシレネ級機動母艦アルバ。

任務はチューリップを通過し、火星へ行くこと。

そして生存者を可能な限り救助してユートピアコロニーで待つこと。

ナデシコは必ずそこに来る。



なぜそんな確信があったのか知らない。

表向きはユートピアコロニーの施設からブラックサレナを回収すると言う名目で向かったが、

そこで多くの民間人を発見し、また、ナデシコのパイロットとも接触できた。

そして、連絡要員という戦略情報軍仕官とも。



ブラックサレナがアキト専用機だと知っていたのは添付されていた仕様書にそう書いてあったからに過ぎない。

そして設計開発にイネス・フレサンジュ博士が関与していることもそこに記されていた。



あまりに出来すぎたシナリオだと思う。 テンカワ・アキトはナデシコの初期の乗員名簿には載っていなかった。

つまり、彼がナデシコに乗って火星へ来たのは偶然の成り行きのはずだ。

ナデシコだってユートピアコロニーへ来ないかもしれない。

さらに言えば、イネスがユートピアコロニーにいないことだって考えられた。

あるいはアルバ自体がなぜチューリップを抜けて火星へ来れたのかということもある。



全てがあの男の筋書き通りなのかもしれないと思うと、ぞっとした。

そんなことができるのは神か、悪魔か。

どちらかと言うとあの男 ――― ファルアス・クロフォードという男は悪魔だろう。



彼はこうも言っていた。



『ナデシコの火星脱出を可能な限り支援せよ。

 なんならアルバと同じ手を ―― チューリップを使う手を示唆してもかまわん。

 そして、民間人の脱出も同様に最優先。

 その為には、そう、あらゆる手を使ってかまわん』



その言葉の裏に隠された意味は今わかった。

つまり、彼はアルバ自体をも含めたあらゆる損害は許容すると言ったのだ。

もちろん、あらゆる損害の中にはムネタケらの全滅も含まれている。

回収されたデータと民間人はナデシコが代わりに地球へ運んでくれる。

連絡要員に戦略情報軍仕官なんてものをよこした時点で気付くべきだったのだ。



――― 本当に、悪魔の奸智よね。



だが、それに部下を付き合わせるつもりはない。

死ぬ人間は少ない方がいいに決まっている。



「……作戦内容を再度確認するわ。

 アルバはこのまま敵艦へと接近をかける。

 そうすれば中距離通信が回復している現状なら、偵察機と連絡を取れるしね」



ウインドウの向こうでユリカが頷く。

そして、偵察機との通信をナデシコへ中継するのがアルバの役割となる。



リスク?

それはもちろんある。

敵艦に接近するアルバは恐らく集中攻撃を受けることになるだろう。

いくらミサイル対策が施されているからと言って、そう何度もあの攻撃に耐えられるわけではない。



対するナデシコもセンサーレドームを喪失したこともあって、パッシブセンサー以外の全てをカットしていた。

レーダーの発振すらやめている。

遠目から見る限りでは戦闘続行不能な損傷を負ったようにも見えるだろう。

DFすら展開していないのだから、次に同じ攻撃を喰らえばひとたまりも無い。



しかし、だからこそ敵は脅威度の高いアルバへ集中攻撃を仕掛けようとするはずだ。

そうなればアルバの生還率はかなり低くなる。

そこまで説明し、意味を全員が理解したところで、ムネタケは続ける。



「だから、アンタたちはさっさと脱出しなさい」



「 ――― なッ!?」



声を上げたのは艦橋にまだ残っていたライザだ。

アルバの艦橋要員たちは一様にポカンとしている。



「データは渡したし、民間人の委譲も済んだ。

 戦略情報軍の仕官がここでこれ以上やることなんてないでしょう?」



ライザの視線がユリカに移る。

彼女は頷いた。



「艦長命令です。 帰艦してください」



ライザもそれに頷き返す。

それを確認してムネタケはさらに自分の部下たちを見回した。

声の震えは隠しようも無かったが、できるだけ静かに告げる。



「ここは最低限の人員で動かせるし、もうそのなんて言うか……」



呼吸を整えるために口元に手を当てる。

情けない話だが、恐怖による震えは止まりそうもなかった。



「その……ぶちゃけ、あれよ、アタシだけでもいいんじゃない?

 だから、アンタたちもちゃっちゃと脱出しなさいよ?」



シレネ級はまがりなりにも最新鋭の艦。

通信の中継に動かすくらいなら1人でも出来ないことはない。

あるいは極論すれば航法をプログラミングすれば無人でもいいはずだ。

そのことに思い至ったユリカは思わず発言していた。



「中継ならプログラム航法で何とかなります。

 どうせなら、ムネタケさんも脱出を」



だが、ムネタケは震えながらも静かに首を振った。



「もしかしたら……もしかしたら途中でプログラムが故障するかもしれない。

 もしかしたら、何か思いも寄らない事態になるかもしれない。

 その時に絶対人間は必要となるのよ」



確かに、無人運用はユリカも考えた。

しかし、今ムネタケの語った理由によって却下せざるをえなかった。



「ミスマル・ユリカ……アタシはダメな人間よ。

 無能で、臆病者。

 何でこの地位にいるのかもわからないくらい。

 おべっかと謀略でここまでのし上がってきたようなものね」



そして、いつもその事にどこかで気付いていた。

それ故に卑屈になっている自分を知っていた。



「自分で何もつかもうとしてこなかった。

 いつも人から与えられた地位にしがみついてた。

 仕事もそう」



だから、せめて……



「だから、せ、せめてよ、この仕事だけはやらなくちゃならないの。

 アタシ自身が選択した、この仕事だけは全うしなきゃならないと思うのよ」



「……………」



沈黙が落ちた。



言い切った。

言い終えた。

言うことができた。





「…………今一度、偵察機への通信を試みます」



最初にその沈黙を破ったのは通信参謀だった。



「妨害されていない周波数の検索を再開。

 同時に広域スペクトラム通信で呼び続けてみます」



その言葉に、一瞬その場の全員が顔を見合わせ ―――



「被害状況を整理!

 機関と通信系の周りは特に注意を払え!」



「航路選定の容易を!

 もう一度、敵艦の推定位置を割り出すんだ!!」



「応急処置班に待機を命じろ。

 手の空いている連中は残らずだ!」



互いの役割を再確認して動き出す。



「な、なにやってんのよ!

 逃げていいっていったのよ!?」



ムネタケが叫ぶ。

それに答えたのは例の通信参謀だった。



「なに言ってるんですか。

 艦長一人じゃ、パネル操作ひとつできないくせに」



それに応じて艦橋内から声があがった。



「そうそう。 下手に触られて壊されちゃたまりませんから」



「艦長はいつものように、いつものようにそこに座っていてください」



誰もが恐怖を感じていないわけではなかった。

しかし、それ以上に答えたい思いがある。



「艦長、あなたは確かに有能な艦長ではなかった。

 しかし、我々にとってはあなたが最良の艦長です。

 我ら一同、貴方の下で、貴方と共に戦えることを誇りに思います」



「艦長に、敬礼ッ!」



それは真の意味で敬礼だった。

最高の、あらん限りの礼と敬意を込めた。



「……ありがとう」



溢れる涙をぬぐうこともせずにそれだけ答える。



それを見届けてライザは艦橋を後にした。

ここに自分の居場所はない。

ここは、彼らの艦だ。



義務と献身、我らはただ成すべきことを。

なら、自分もナデシコへ戻る必要がある。





○ ● ○ ● ○ ●





義務と献身、我らはただ成すべきことを。

そう言う意味ならこちらもそれに当てはまった。



「……了解。 貴艦の健闘を ――― 」



定型文を言いかけてロイは止めた。

らしくない、と思ったからだ。



「ありがとう、本当に……感謝する」



心からの言葉だった。



「なんの。 そっちも頼むぞ」



「期待には答える」



中距離通信が回復したのがつい数分前。

作戦の概要を聞いたときは「正気か!?」と聞き返したくなったが、

そこに秘められた決意を感じ取ってやめた。

ならこちらもそれに答えるだけだ。



「アニー、各種偵察ポッドの状況は?」



「集結完了。 いつでも行けます」



準備は整った。

あとは……



「よっしゃ、行くぞ!」



シルフは白銀の翼を翻して再び戦場へ舞い戻っていく。









朝霧でもその一連の動きは見て取れた。

ただし、それをどう解釈するかと言うのはまた別だ。



「偵察機が再び舞い戻りました。

 それと、敵機動母艦が本艦との距離を詰めています」



翡翠の報告は的確だった。

それを判断するのは舞歌の役割だ。



「どう言うこと?

 こっちが発見されたの?」



「機動母艦からのレーダー波の輻射は感知されますが、パッシブステルスは正常に動作中です」



つまり、レーダーやセンサーに引っかかる可能性は低いと言うことだ。



「偵察機からの報告かしら?

 琥珀はどう思う?」



「そうですね。 舞歌様の意見に同意しますよー。

 偵察機を自艦のレーダーで捕らえて、それと報告を照らし合わせながら位置を探っているんだと思います」



やはり撃墜しておくべきだったかもしれないと、後悔する。

それと同時にある疑問が浮かんだ。



「……ってことは何?

 レーダーと通信は妨害できてないってこと!?」



「いえ、たぶん長距離レーダーと長距離通信は今でも無理だと思います。

 偵察機の位置確認もIFF(敵味方識別装置)とかを利用しているのかも」



「できるの、そんなこと?」



「はあ、さすがにIFFまでは妨害していませんし」



確かにそんなことをすれば、こちらまで同士討ちの可能性が出てしまう。

ただでさえ零式とエステバリスの見分けはつけにくいのに。



「三点から同時に電波を飛ばして、それに対する応答時間の差から距離を割り出して、

 それを利用した三角測定を行なえばいいんじゃないでしょうか?」



「……えらく面倒に聞こえるけど?」



「手がなければそれくらいやるでしょう」



実のところこれは正解だった。 その三点はアルバ、ナデシコ、そしてエステバリス重機動フレーム。

方法自体はナデシコ戻ったライザが提唱したものだ。

プログラムや演算はルリとオモイカネの担当。

重機動フレームには唯一、今まで戦闘に参加していなかったジュンを当てた。



これで朝霧の大体の位置は予想できる。

では、攻撃はどうするのか?

次に舞歌が問題にしたのはそこだ。



「ミサイルは?」



「いいえ、ECMのせいで誘導が効くとは思えません。

 ビジュアルホーミングにしても、朝霧の艦影は特殊ですから」



標的を画像として捉えるビジュアルホーミングだが、朝霧はステルス性を重視した艦型をしているから、

誘導用の識別装置が朝霧を艦艇と認識しないだろうと言うのだ。

通常のレーダーによる誘導も、朝霧自体がレーダーに映りにくいのだから無理。

できたとしてもECMによって妨害できる。



「それでは、撫子の重力波砲はどうでしょう?」



「それはないわ。

 偵察用バッタからの映像だと、撫子の重力波砲はさっきの一撃で大破している。

 あれは機構が複雑だからそんな短時間で直せるものじゃない」



今度は琥珀の言葉を舞歌が否定した。

そこに翡翠がポツリと呟く。



「……艦砲はどうですか?」



「艦砲?」



ナデシコにそんな装備はない。

あるとすれば、アルバの高角砲か両用砲。

どちらも100mm〜120mmクラス。



「朝霧の装甲を撃ち抜くには十分ですね〜」



人事のように琥珀が言う。



「そうか……その手があるわね」



思わずうめく。



朝霧の装甲は薄い。

それこそブリキにも等しい脆弱さと言うやつだ。

DFは展開できない上に、装甲に当てるべきスペースには電子戦兵装が詰まっている。

恐らく、それこそ重機動フレームの120mmカノンでも貫通できるくらいだ。



「それで、肉薄戦術ってわけかしら」



「撫子に対してはミサイル攻撃がかなり効いたみたいですね。

 あれからレーダー波の輻射も感知できませんし、浮いているだけです」



「わかったわ。

 攻撃を接近中の機動母艦に集中!

 零式も出撃させて、偵察機の撃墜を!」



舞歌は間違っていた。

ナデシコの反撃は、ある意味もっと凄まじいものだったのだから。









レーダーに再び反応。

しかも複数の高速飛翔物体。

間違いなくあのミサイルだ。



「ミサイル接近! 数……63!!

 速度はマッハ5!」



その全てがこのアルバを目指している。

さすがにこれだけの数を喰らってまだアルバが無事かどうかはわからない。



だが、敵の攻撃が集中すればそれだけナデシコは安全になる。

ミサイルには限りがあるからだ。

その全てを損害吸収艦となったアルバが受けきればいい。

非情ではあるが、有効な戦術だ。



「さあ、来なさい!」



第3波の着弾はきっかり12秒後だった。









目を逸らさなかった。

それは忘れることは許されない光景だから。

見届ける義務があったから。



「艦長……アルバが……」



ユリカは答えない。

ただジッと見続けた。



最大望遠で確認できるアルバはボロボロだった。

格納庫から煙を発し、破口からは炎が噴出している。



「第4波着弾!」



再び閃光が視界を埋め尽くす。 そして、アルバは再び煙の中から姿をあらわした。

機関も既に片方は動作していない。

と言うか、エンジンブロックそのものが吹き飛んでいた。



「艦橋に着弾2……つうし……通信、途絶」



この時点でムネタケ大佐をはじめとする艦橋要員の大半は戦死していたと考えられた。

それでもアルバは進み続ける。

人の執念が宿ったかのようにただ、進み続けた。



「―――ッ、第5波着弾!

 ……もう、もういいじゃないですか!」



何に向かってかは分からない。

ただルリはそう叫んでいた。



「……ミサイルへ諸元入力」



感情というものを根こそぎ喪失した声でユリカは命じた。

アルバのデータリンクが途絶した時点で敵はナデシコへ標的を変えるだろう。

その前に、仕留める。

その為の手段はあった。









「敵機動母艦からのレーダー波途絶。

 同時に速度低下、行き足止まります」



とりあえずこれで機動母艦の方は仕留めた。

止めを刺すまでに240発近いミサイルを消耗してしまったが、

残るは半身不随のナデシコのみ。

60発もあれば十分に止めをさせる。



「偵察機は?」



「依然健在。

 意外とタフですね」



琥珀が感想を述べる。



舞歌も全く同感だった。

しかし、うっとおしいだけで偵察機自体は今となってはさほど重要ではないだろうと思った。



それは完全に間違いだった。

翡翠から珍しく焦ったような報告。



「撫子、ミサイルを発射!

 数16、速度0.87音速!」



「どう言うつもり?

 誘導なんて効くはずもないのに……」



確かに誘導は効かない。

何しろ、そもそもそれらは朝霧を捉えた上で放たれてはいなかった。









ナデシコから放たれた対艦ミサイルは山形の曲線を描く軌道……いわゆる弾道軌道をとっていた。

それらはほとんど無誘導。

せいぜいが最初に設定された地点に落ちるようにジャイロで調整されている程度だ。



「……3、2、1、弾着!」



アンネニールの言葉と同時にその最初の8発は朝霧の手前、続く8発は後ろに着弾する。



「左右は良し。 残るは遠近だな。

 第一射より上げ400、第二射より下げ600!」



つまり手前のものより400m遠くへ、後ろへ落ちたものより600m手前にという指示だ。

これは大昔の戦艦の射撃方を模倣したものだ。

砲弾の代わりにミサイルが敵艦の『居ると思われる位置』へ向かって放たれる。

もちろん、弾着までには時間がかかるので、それを見越した上で敵艦の速度などから未来位置を割り出す。

まだ艦にレーダーが搭載されていない(もしくはされていても精度が悪かった)時代はこうして航空機で着弾修正を行なった。

まさか、宇宙戦艦の時代になってまでやるとは思わなかったが。



「ナデシコ、第二斉射発砲!

 弾着まであと75秒」



再びナデシコからミサイル群が放たれる。



「5、4、3、2、1、弾着!」



「敵艦を夾叉!

 そのまま撃ちまくれ!」



ほとんど同じ点を狙って放たれるミサイル群だが、それでもやはり誤差が生じる。

ミサイル同士の相互干渉だったり、ここの僅かな性能差だったり理由は様々だが、とにかく着弾点はバラける。

このばらけ具合が少ないほど良いのだが、この領域を散布界と呼び、この範囲に敵艦を捉えることを夾叉という。

夾叉してしまえばあとは単純に確率の問題で、いつかは当たる。



昔の戦艦の砲撃の命中精度は砲戦距離でも3%程度だったらしいが、

ナデシコの高性能ミサイル群はそれを遥かに上回る。

続けざまに敵艦の周囲に爆発による砂埃が舞い上がった。

直後に炸裂した時とはまた違う閃光。



「命中1、ざまあみろ!」



だが、それも束の間。

警報がコクピットに鳴り響く。



「敵機急接近!」



今度は敵も執拗だった。

2機がかりでシルフを追い詰める。

少なくとも逃げ回っている間は弾着観測もできないと踏んでのことだろう。



「――ッ、しつこい!」



敵機、発砲。

とっさに機体をひねって横へ回避。



―― だが、それは読まれていた。



20mm砲弾が立て続けにエンジンへ命中し、

尾翼を吹き飛ばし、翼をへし折った。

たちまちバランスを崩したシルフはそのままきりもみ状態となって失速。

地面に激突して炎上した。









「……偵察機撃墜」



翡翠の声はどこまでも静謐だ。



「こちらの被害状況は?」



舞歌は低い天井にしたたかに打ちつけた頭をさすりながら確認する。



「ミサイル発射装置に被弾1。

 うち30基が使用不能でしたので発砲充填材を注入」



「いい判断ね。 少なくとも誘爆は防げる」



ほとんどミサイルを使い切っていたのも幸いした。

VLSは密集していたために直撃を受けた際の誘爆が一番恐ろしい。



「油断……したわね。

 再度、攻撃準備。 撫子に引導をくれてやるわ」



「回路の一部が切断。

 使用可能なのは残り12基です」



「十分よ。 発射よう ――」



「第4波接近!」



「―――ッ!?  機関全速、面舵一杯!」



「ダメです。 直撃、来ます!」



観測機は撃墜したはずなのになぜ?

その疑問の答えを見つける前に下から突き上げるような衝撃。



ナデシコから放たれた第4波のミサイル群は完璧に朝霧を捉えていた。

落角わずかに15度というほとんど垂直に近い角度で朝霧の船内に侵入したそれは

発射直前のミサイルごとVLSを吹き飛ばした。

しかし、それでも4発のミサイルは辛くも発射される。



―― それは同時に朝霧の最後の抵抗だった。









敵艦に命中したのは計3発。

駆逐艦相手なら十分な数と言えよう。

同時にナデシコにももう、ミサイルが残っていない。



今のが文字通り最後の一撃だ。

そして、それを可能にしたのがシルフの抱えていた無人偵察ポッド。

自己でエンジンを持つそれらの4つを通信中継に、残り4つを弾着観測に用いることで

アルバの通信が途絶し、そして今またシルフからの通信も途絶したなかでの攻撃を可能とした。



酷い作戦だ。

これはある意味、友軍の犠牲を計算の上で行なわれた。

アルバを、そしてシルフを囮にした上での作戦。



ともすれば崩れ落ちそうになる体を必死に支えながらユリカは指揮を続けた。

どうしようもないほどの吐き気を覚える。

そして自己嫌悪。



しかし、そんな感傷に浸る間もない。



「敵艦よりミサイル接近!

 数4、速度マッハ3!」



「ミナトさん、緊急回避!」



「ダメ、間に合わないよ艦長!」



……ここまで来て。



奥歯をかみしめる。

フィールドジェネレータは未だに不調。

いまの出力では防ぎきれない。



そこからの展開は、なんというか劇的だった。





「……アルバ」





人によってはたんなんる偶然だと断じ、

人によってはそれは運命だったとも言う。

果たしてどちらなのか、それは分からない。

したがって結果だけ記す。



ナデシコに命中するはずだったミサイルは4発すべてが引き込まれるようにアルバに命中した。



誘導装置がより大きな熱源であったアルバを目指したのか?

それとも未知の要素が働いたのかは分からない。

ただ、これだけは言える。



アルバはその責務を全うした。



結局、その一撃が止めとなった。

アルバは大きくバランスを崩して地面に激突すると、

弾薬庫に誘爆をおこして爆発した。



アルバから脱出できたのは200余名の民間人と、脱出艇の操縦手わずかに12名。

ムネタケ艦長以下、225名は戦死した。





○ ● ○ ● ○ ●





炎上する機体から何とか這い出す。

何箇所か骨が折れているのか、歩くたびに鈍痛が走る。



後部座席からアンネニールを引きずり出すのも一苦労。

何しろ左手は機体の破片によって切り裂かれていたから。

シルフの操縦桿を握ったままのそれに別れを告げると残る右手でぐったりとした彼女を引きずり出した。



顔を上げると彼方で炎上する敵艦が見えた。

陽炎で識別しにくいが、大破はいっているだろう。



「……アニー、勝ったぞ」



右手だけで器用に背負うとロイはそのまま歩き始めた。



「……帰れるからな」



ナデシコの方位はどちらだったろうか?

太陽が右手だから……あれ?



「……重いぞ、アニー」



そのまま倒れる。

ナデシコに戻ったらダイエット食を薦めてみようと思う。

『これ以上発育が遅れたらどうするんですか!?』と怒る姿が思い浮かぶ。



どうせもう24歳なんだから未来はないと思うぞ。

だから、むしろ痩せろよ。

じゃないと……重くってこれ以上……歩けないじゃ……





○ ● ○ ● ○ ●





ナデシコが火星を去ったのはそれから6時間後のことだった。

アルバと同様にチューリップへ消えたのだ。

その際に敵艦隊の追撃を受け、さらにフクベ提督がクロッカスで応戦。

消息不明となる。



朝霧もナデシコが火星を去るのとほぼ同時刻についに総員退艦命令が発せられた。

死者は出なかったが、骨折などの重傷者が17名。

軽傷者はその倍は出たが、そもそも75名と乗員が少ないのが幸いした。



ここに第1次火星攻略戦(木連側呼称:第1次ユートピア平原・艦隊戦)は終了した。





地球側損失:機動母艦<アルバ>・撃沈

      機動戦艦<ナデシコ>・中破



  戦死:232名(うち、民間人7名)

  重傷: 75名

行方不明:  3名(うち、パイロット2名)





木連側損失:駆逐艦<朝霧>・大破のち沈没    

  

  戦死:  0名

  重傷: 17名

行方不明:  0名





数字の上では木連側の勝利といえなくもない。

が、互いに払った犠牲は大きかった。



ナデシコが再び歴史上に現れるのに、これより8ヶ月の時間を要する。

そして、その間も歴史は滞ることなく流れ続ける。

誰も知らない、知ることのなかった未来へと。



――― 歴史はもう繰り返さない。







<続く>






あとがき:


終わったー!

ようやっと書きあがりました、火星編。
これでTV版同様に前半パートが終了です。

ムネタケ死亡とロイ・アニーペアの戦線離脱は当初からの予定でした。
ただ、どうやって始末しようかは悩んだんですけどね。

それとフクベ提督の一件はTV版序盤の見せ場だと思うんですが、
ぶっちゃけ、SSだと見飽きた展開なんで省略(酷)
なんか、いまさら感が拭えなくって……。

次回から外伝でナデシコの居なかった8ヶ月の動向を連合軍・木連視点で書こうと思っています。
たぶん第4次月攻略戦までが外伝の内容になるかと。

それではまた次回お会いしましょう。

>私信
前回、感想を頂いたプロフェッサー圧縮様にここで感謝の言葉を述べさせていただきます。
ありがとうございました。 たいへん参考になるご意見でした。








圧縮教授のSS的



・・・おほん。

ようこそ我が研究室へ。

今回も、活きのいい『戦火の勇気』SSが入っての、今検分しておるところじゃ。


ムネタケ・サダアキ大佐、軍人として散る! の回じゃな。

元々軍の象徴として登場した男じゃから、軍が真っ当であれば真っ当な死に様がやって来るのが必定。それが壮絶な戦死かどうかはさておいても、じゃ。

そもそもナデシコ世界で軍が無能なのは、ひとえに『権力に属しない戦闘集団の正当化』のためじゃ。物語上の都合とも言うな。

TV版での憤死は、その矛盾が一挙に吹き出した結果、ということもできるじゃろう。


酷いご都合は、時に物語世界そのものから手痛いしっぺ返しを喰らうことがある。



そういった視点でこのSSと、TV版や他のSSを比べてみると中々興味深いぞ。諸君も良かったらやってみておくれ。



さて。儂はそろそろ次の研究に取り掛からねばならん。この辺で失礼するよ。

儂の話が聞きたくなったら、いつでもおいで。儂はいつでも、ここにおる。

それじゃあ、ごきげんよう。