時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第11話 ある『穏やかな日』に・その3




ナデシコが消息を絶ってから1ヶ月経過。


―― 英国・ポーツマス工廠




最悪の気分だった。

いっそ悪夢と言い換えてもいいかもしれない。



「これがわが社が自信を持って紹介する、新造戦艦です」



AGIの会長秘書を名乗る女……確かジルコニア・カルセイドニーとかいう名前の女が目下の艨艟もうどうを示す。



「………ほお」



目の前の男が感嘆の声を漏らす。

まったく忌々しいことだが、明らかに先ほど ――― コスモスを見せた時とは態度が違う。

それは明らかに期待度の差という訳だ。



「名前は決まっているのか?」



「正式にはまだです。

 しかし、技術者たちは<ドレッドノート>と呼んでいます」



「<ドレッドノート>か。

 イギリスで建造された画期的な戦艦の名前だったな」



「はい。 

 弩級の語源にもなった戦艦です。

 あらゆる意味で画期的な戦艦でした」



「あれの登場で他の戦艦は一夜にして時代遅れになったくらいだからな」



男は上機嫌だった。

大抵の人間は自分の趣味の分野になると饒舌になるものだ。

しかも、それを理解する聞き手がいるのならなおさら。



そういう意味で男 ――― 第1機動艦隊所属のカシワギ・ケンジ連合宇宙軍少将は幸運だった。



しかし、自分にとっては最悪に近い。

もう少し相手の性格を調べておくべきだったかもしれないと思う。



「ウォンさんはどうですか?」



「えっ……そうですね。

 そういう意味では趣がある名前かと思いますわ」



ネルガル会長秘書のエリナ・キンジョウ・ウォンは内心の苛立ちをおくびにも出さずに答えた。

たぶん相手はこちらの心の内などお見通しだろうが、それを理解したうえでエリナに振ったのだ。

まったくもって忌々しい。



「私も技術者たちの気持ちはわかります。

 この艦は、それだけの先進性と革命性を持ち合わせていますから」



……ナデシコの2番煎じの癖に偉そうに。



そうは思ってもやはり笑顔。

多少引きつっていたり、青筋が浮かんだりしているのもご愛嬌。

どうせこの少将はこちらなど気にも留めずに新造艦に見入っている。

まるで新しいおもちゃを見せられた子供のようだ。



「詳しいスペックは?」



「それはこちらに」



言葉と同時にウインドウが展開。

主要な項目がずらりと並べられている。

その殆どはエリナにとって理解不能なものだったが、

それでも気になった部分はある。



艦名:ドレッドノート



主兵装  :大口径三連装グラビティブラスト

(軸線砲) 41cm単装レールカノン×2



副兵装   :155mm三連装砲×2

(旋回砲)  127mm連装両用砲×9

        20mm六砲身インパクトレーザー砲×8

        40mm単装対空レールガン×8



ミサイル兵装:大型ミサイル発射管×6

       VLS×32セル



備考:艦載機8機を搭載可能。

   ディストーションフィールド装備



同型艦:ダンテ・アリギエリ(イタリアにて建造中)





DFの技術をAGIが持っていたことは知っている。

既にシレネ級や新型のダイアンサス級機動母艦が装備していたからだ。

しかし、まさかGBの技術まで持っているとは。

これで(内容はともかく表面的には)ネルガルは独占状態を崩された。



それにしても奇妙な艦型だった。

ナデシコも木馬型などと称されるような奇怪な形をしていたが、

このドレッドノートも負けてはいない。



先端が2つに分かれた準双胴の船体。

戦艦というのは普通は艦橋は高い位置に設置し、幅は狭いものだが、

この艦の場合は全体的に押しつぶされたように全高が全幅より小さい(逆にいうと幅が広い)のも特徴的だった。

印象としては『船』というより『航宙戦闘機』に近いかもしれない。



ドレッドノートの最大の特徴はその設計にある。

エンジンと武装、フレームを同時に設計したモノコック構造だ。

従来までの戦艦が、大きな型を造り、

そこにエンジンやら武装やらをはめ込んでいく形式を採っていたことを考えればこれは格段の進歩といえる。

これによって各所で生じる無駄や歪みを最小限に留められるのだ。

新装備であるDF、GB、相転移エンジンを使用することを考えればベストの方法だろう。



その成果は確かに出ていた。

中心軸に主砲のGBを装備しているのはナデシコと同様ながら、

その配置は三角形の各頂点にGBを配置したような三連装型となっている。

そして先端で分かれた胴には固定式の60口径41cmレールカノンが各1門ずつ埋め込まれていた。



軸線砲だけでは当然のことながら死角が生じてしまう。

これを補うためにドレッドノートは船体の前部の中心軸上に副砲の155mm砲を装備。

同時に艦舷にも両用砲や対空レールガン、対空レーザーを配備している。

これらを船体の上下部に対称に配置することで死角をなくしていた。



また、DFに対する有効性が実証されて見直され始めたミサイル兵装も艦尾に集中配置。

大型ミサイル発射管は中心軸から60度外側に向けて配置されていた。

このような独特な配置を採用するのは、ミサイル兵装の誘爆によって轟沈した駆逐艦が多数出たためだ。

宇宙における艦隊戦で一番被弾しやすいのは正面であるのがその理由だった。



砲弾や重力波と違ってミサイルは誘導が効く。

ある意味、どこに置こうが関係ないじゃないか。

それなら一番被弾しにくい艦尾にしよう!



設計者はそう考えたらしい。



他にも艦尾には機動兵器格納庫や弾薬庫、エンジンが集中している。

ここを狙われたらあっけなく沈むだろうが、逆を言えばここを破壊されない限りはめったに沈まない設計となっている。

大昔の戦艦の設計思想に習った集中防御の概念だった。



それに対してナデシコはあらゆる箇所が弱点といえる。

ナデシコはDF・GB・相転移エンジンの試験艦的な意味合いが強く、

それぞれのブロックを持ち寄って組み合わせたような設計だった。



これにしたって従来よりは優れているに違いないが、

ドレッドノートと比べるとどうにも垢抜けない印象がある。

ナデシコは高価な材料を持ち寄ったごった煮でしかなく、

プロが同じ材料で調理した料理に比べれば見劣りしてしまうと言ったところか。



ただ一つ付け加えるなら、現時点で地球圏における最強の艦はナデシコだった。

戦闘力の優劣は単純にハードウェアに依存するものではない。

もちろん、第1次火星会戦のような特殊な状況は別だが。



残念ながらエリナはそれに気付いていなかった。

会長秘書であり、数年以内にネルガルのトップを目指すという野望を持つ彼女であったが

精神的にはまだ未熟な部分も多々あった。



そのうちの一つに人を見下す側面があることは否定できない。

彼女にとって他人とはのし上がるために利用するための駒だった。

それ故に『人材』の重要性をどこか歪に解釈していた。

その間違いを悟るのはナデシコに乗艦してからのことなので、現時点ではまだ未来の話だ。



皮肉な話だが、この艦ではナデシコに勝てないことを知るのはこの新造艦を建造したAGIの方だった。



「スペックは了解した。

 素晴らしい艦だと思う」



「ありがとうございます」



「一つ知りたいんだが……これとナデシコがやりあったらどちらが勝つと思う?」



それは意味のない質問だった。

彼らが相手にすべきは木星蜥蜴の無人艦艇であって、ナデシコではない。

また、何の条件の仮定もなしにこの質問は成立しない。



例えば極端な例をあげるなら、ナデシコがドックで修理中のところを

ドレッドノートが遠距離から砲撃すればドレッドノートが勝つに決まっている。

また、艦長や乗員の練度や戦術状況によっても結果は変わるだろう。

戦艦隊での艦隊戦を専門とするカシワギ少将がそんなことを知らないはずもない。

訊いたのは単なる悪戯心というやつだ。



実のところ、彼はエリナが気に食わなかった。

一言でカシワギ少将のネルガル会長秘書への気持ちを表すなら

『お高くとまりやがって』、これに尽きる。



それでなくとも軍はネルガルに散々振り回されてきたのだ。

その挙句にナデシコを自分たちで勝手に使うなどと言い出すし、地球脱出の際に被った被害も半端ではない。

ビックバリアが壊れたおかげで、バリアーと迎撃で何とかなったはずの小型チューリップの侵攻まで許す始末。



自業自得な面があることは認めよう。

しかし、ナデシコがあれば地球の何百、あるいは何千単位の人間が助かるかもしれないんだぞ。

それを火星の救助に向かわせるなど、馬鹿げている!

その挙句にナデシコを火星で喪失するなど、愚の骨頂。

何を考えているんだ貴様らは!



事情を知らないとは言え、彼がそう考えるのも無理のないことだった。

だからこの機会にささやかな報復を行なうことにした。



「もちろん互角の条件ならドレッドノートが勝ちます。

 また、そうでなくてはこの艦の存在意義がありません」



ジルコニアはきっぱりと言い切る。

ただし、『互角の条件なら』と付け加えておくのを忘れない。



「この艦は、木星蜥蜴を駆逐するために造られたのですから」



「……なるほど、よくわかった」



最後のは半ば嫌味に近い。

地球をほったらかして火星へ向かったナデシコを遠まわしに批判したものだ。

それを理解してまたエリナの表情が引きつる。



その後に新装備のACDC(Advanced Combat Direction Centerの略、主に先進戦闘指揮室などと呼ばれる)の

説明に入っていたが、エリナは既に聞いていなかった。





○ ● ○ ● ○ ●





「……やりすぎたかな」



今にも暴発寸前といった感じのエリナを見送ると、カシワギは呟いた。

きっと車の中か、それとも帰りの飛行機の中で怒りを爆発させることだろう。



「少将もお人が悪い」



ジルコニアも同意するように苦笑を浮かべる。



「ジル、お前だってのってただろう?」



「ええ、まあ」



先ほどまでのお堅い印象を払拭するような笑顔になるジルコニア。

今年で26歳とは思えないほど笑うと幼くなる。

黙っていればメリハリのきいた美貌を持つ『いかにも』な感じの秘書なのだが。



第1機動艦隊の将校はAGIと繋がりが深い。

主力を務める機動部隊の機動母艦や機動兵器の大半はAGI製に変わっていた。

司令長官からしてあのクロフォード中将なのだから、ある意味それも当然といえた。



「邪魔者を追い返したところで率直な意見が聞きたい。

 こいつは本当に使えそうか?」



カシワギも将官としての仮面を脱いで、砕けた口調に変わる。



「“現状の”ナデシコ相手では荷がかちますが、

 ヤンマ級相手なら4隻を同時に相手にしても真っ向から撃破できる性能はあります」



「それが2隻……1個戦隊分か」



贅沢を言えばきりがないのは分かっているが、せめてあと2隻は欲しい。

従来型の戦艦ではドレッドノートに追従することすらままならないだろう。

それではまともな艦隊運動ができたものではない。

それに砲戦距離の差もある。

抜きん出た戦力というのはそれだけで使いにくいというのは本当だ。

なにしろ従来の編成に組み込んだのでは能力が発揮できない。



「2隻では独立艦隊として運用するしかないぞ」



まさか戦艦だけで運用するわけにはいかないから、ドレッドノートと同型艦のダンテ・アリギエリに戦隊を組ませ、

それに俊足の駆逐戦隊と空母部隊を組み込んで運用することになるだろう。

そうすると今度は数が少ないから、敵の反撃を喰らった際に孤立するかもしれない危険がある。

いくらドレッドノートが強力でも2隻で100隻は相手にできない。



その心を読んだかのようにジルコニアが口を開く。



「ご安心ください。

 そのための八八八艦隊計画です」



「なるほど。

 うちの長官が俺を遣したのはそのためか」



「はい。 それから、ネルガル会長秘書さんに“自主的に”御帰り頂いたのも」



そう言って笑う。

実はこのドックにはまだ建造中の艦があった。

表向きはネルガルから軍が適正価格で買い取って(難癖つけて徴発したとも言う)大改装中を受けているコスモスと

先ほどのAGI製戦艦のドレッドノートで埋まっていることになっているが、他にも地上部分に露出していない地下ドックが存在した。



ネルガル自身、サセボシティの地下ドックでナデシコを建造していたのだからその可能性に気付いても良さそうなものだが、

エリナは怒りで冷静さを失っていたためにそのことに思い到ることはなかった。

要するに……



「修行が足りんな」



「……は?」



カシワギの独り言を聞きとがめたジルコニアが怪訝な表情をするが、

『何でもない』と軽く手を振ってあしらう。



……まったく、うちの長官と付き合うならこの10倍は我慢が必要になるぞ。





○ ● ○ ● ○ ●





ナデシコが消息を絶ってから2ヶ月経過。


―― スウェーデン・AGI本社




つまるところ、人生とは我慢である。

できぬ堪忍 するが堪忍とはよく言ったものだと思う。

自分の場合は進んで貧乏くじを引いている気がしないでもない。



「……つまり、これでドレッドノートの件はチャラにしろと?」



「新型機動母艦と新型機動兵器はセットでないと意味がないと言ったのはそちらだ。

 それとこれとは……」



本来こういった交渉はミナセ少将の領分だ。

何が悲しくて参謀長の自分がセールスマンのように頭を下げにきているのか。



ササキ・タクナ大佐はこっそりと内心で溜息をつく。

いわゆる“腹芸”は苦手だ。

しかも相手はAGIの会長。

ネルガル、クリムゾン、明日香インダストリ―と並ぶ大企業へのし上げた手腕は伊達ではないだろう。



「それじゃあ認めるんだ。

 ボクたちの最高機密の一端を故意にネルガルに洩らしたこと」



「それは違う。 あれは情報公開というものだ」



実のところドレッドノートの情報をネルガルに流したのは本当だ。

軍がナデシコ級にも匹敵する戦艦を保有すると言うことを遠まわしに伝えることで

ネルガルに危機感を与えるための措置だった。

しかし、同時にそれはAGIの機密を漏らすことでもある。

AGIは新造戦艦の建造の事実は公表していたが、細かなスペックは機密としていた。

ネルガルやクリムゾンもSSを使ったりハッキング等の諜報活動で調べようとしたが、

分厚い機密のベールに包まれてその正体は掴めていなかった。



しかし、それもナデシコが火星で消息を絶ってから動きがあった。

日頃ネルガルが懇意にしている(つまりは賄賂を渡している)軍の関係者からAGIの新造戦艦に関するデータが渡されたのだ。

それはAGIから軍のドックへ儀装のための移送を行なった直後のことだった。



それ故に当初はAGIも洩れたのは大して重要でないものだと思っていた。

まだ艦は基本フレームとエンジンブロックが組み込まれただけの“ハリボテ”だったのだから。



「あれは情報公開の度を過ぎてるよ。

 それに、完成してもいないのに洩れた情報は詳細すぎた。

 完成時の予想スペックそのままだったんだから」



「我々が公表したのは一部だけだ。

 情報が洩れたのはまことに遺憾ではあるが、その情報の管轄は艦政本部か戦略情報軍のはずだ」



あくまでシラを切る。

要するにあれだ。

ベットで愛人とことにおよんでいる最中に踏み込まれた浮気者の夫と同じ。

認めてしまえばそれで終わり。



「第1機動艦隊はあくまで関係ないと」



「その通り」



実のところこれは大嘘だった。

AGIから渡された詳細な資料は今でも第1機動艦隊の司令部内ホストコンピュータの中に残っている。

それはネットワークから物理的に切り離されている上に何重ものセキュリティーで保護されていた。

ネルガルに洩れたのはその一部。

怪しまれずに情報を持ち出せるのは一部の将官か、特別権限をもつ佐官のみ。

一番怪しいのは内部の人間に決まっている。



そして、ネルガルにドレッドノートの詳細なデータを洩らしたのはミナセ少将だ。

命令したのは司令長官のファルアス・クロフォード中将。

もちろん自分も立ち会っている。



「ササキ大佐。

 ボクは嘘がきらい」



「私も同感だ」



それは嘘ではない。

俺も心苦しいんだよ。



しかし、これは必要な嘘。

奇麗事だけで済むなら警察と軍隊は失業だ。

世の中ってのは常にどこか病んでいる。



「…………まあ、今回は見逃してあげる」



「あり ―― 、いや」



『ありがたい』と本音をもらしそうになって慌てて誤魔化す。

ますます相手の視線が厳しくなった気がしないでもない。



ただ言い訳をするなら、決してどこぞの悪徳官僚のように私利私欲のためではない。

ドレッドノートのことを洩らしたのは、ナデシコ級2番艦<コスモス>を手に入れるためだ。

相次ぐ敗退によって軍の威信は地に落ちていた。

官僚制度の腐敗から汚職が蔓延していたこともそれに拍車をかけていた。

そして止めにナデシコの地球脱出時の失態。



そんな軍にネルガルが素直に協力するとは思えない。

いわば軍は完全に“なめられている”状態だった。



当初の予定ではコスモスも軍へは協力するが、乗員はすべてネルガル社員。

あくまで軍への派遣で、軍属の扱いでしかない。

むろん命令への拒否権も与えられる。



それはまずい。

ものすごくまずい。



ネルガルの都合でほいほい動かせてしまうような戦力ではあてにできない。

(実際、のちに軍に協力することになるナデシコでも初期はまるで戦力にならなかった)



それにコスモスは民間船であるため、名目上はドック艦で登録される。

通常の戦艦以上の戦闘力を持ちながらドック艦というのも妙な話だが、それはそれ。

民間船でありながら戦争に参加する軍属扱いの船としておけば色々厄介な国際法をすり抜けられる。

しかし、そうなると編成上大きな問題が生じる。

戦艦のなかにドック艦を混ぜて部隊を編成などしたら書類上の処置で混乱するに決まっている。



そういった厄介事を避けコスモスを有効活用するには軍へ完全に編入してしまうしかない。

ネルガルにはメーカーとして保障のために整備の人員を遣してもらうだけに止め、乗員は完全に軍人で固める。

軍という組織の中で動かすにはそれが一番良い。

だから何としてもコスモスを軍が買い取る必要があり、ドレッドノートはその為の餌として最適だった。



あくまでコスモスを手放したくないネルガルに対し、軍は『それならそちらとは完全に手を切る』という姿勢を見せた。

手を切ると言っても戦艦以外にもかなりの部分でネルガルの商品に依存している軍がそんなことができるはずもなく、

それは完全にブラフだったのだが、それでもネルガルは焦った。



ナデシコのやらかしたことを考えればそう思ってもしかたないだろう。

AGIに対して戦艦8隻・機動母艦8隻・巡洋艦8隻の建造を依頼する八八八艦隊計画まであったから、それはさらに助長された。

そこに来て新造戦艦のドレッドノート級はナデシコにも匹敵する代物だということが判明。

日頃から敵対関係にあるライバル企業に出し抜かれかねないと考えたネルガルは渋々ながらにコスモスを手放した。

しかし、ちゃっかりとゆうがお級にはじまる現行艦の改装計画を請け負っていくあたりはしたたかだ。



ただ、ネルガルの予想に反し、八八八艦隊計画は途中で大幅に修正された。

ドレッドノートは確かに卓抜した性能を持っていたが、それ故に非常に高価だった。

モノコック構造のために従来の設計や部品がまったく使えず、全て一から設計したのも理由の一つだった。

それに相転移エンジンやグラビティブラスト、ディストーションフィールドの装備はナデシコに続き地球では2番目と言うこともあって、

未だにとてつもなく金のかかる装備である。

そのため、戦艦に関してはドレッドノートとダンテ・アリギエリの2隻で建造中止とされ、

代わりに地上戦で威力を発揮しはじめていた機動母艦が正規空母12隻・軽空母20隻に、

巡洋艦は艦種を砲雷戦型、重雷装型、強行偵察型の3種に分けて36隻へと拡大された。



(ちなみに竣工自体はドレッドノートが先ながら完成はコスモスが先だったため、

 多連装GBを初めて装備したのはドレッドノートが先かコスモスが先かでマニアの間では意見が分かれるところである。

 一般的には設計が早かったドレッドノートが“多連装”GBを初めて装備したと言われる)



この一連の策謀で勝利したのは軍だ。

彼らはAGIから強力な戦艦2隻と汎用性の高い機動母艦や巡洋艦と言った補助兵力を確保し、

ネルガルとは和解したついでにナデシコ級<コスモス>を確保、さらには現用艦の改修を安値で請け負わせることに成功した。

数ヵ月後にはかなりの戦力拡充が見込まれている。



一方でAGIは戦艦こそ2隻にとどまったものの、補助艦艇は60隻近くの発注を受け、

ネルガルも軍との和解に成功して商品の売り込みに成功した。

いちおう損はしていない。

つまり、『みんなで幸せになろうよ』と言うわけだ。



「まあ、いいや。

 ナデシコに関することだけは絶対に守ってもらうけど」



「それは承知している。

 中将からも確約をもらっているからな」



それを聞くと満足そうに頷く。



なぜAGIがナデシコに拘るのかは知らない。

クロフォード中将が拘るのはまだわかる。

彼は戦略家だ。

ナデシコがこの戦争に与える影響を懸念しているのだ。



「あと6ヶ月。

 ナデシコは必ずまた月面上に現れる」



なぜそう確信できるのか。

それを問いただしたところで返事は期待できそうもない。

AGI会長の“彼女”の視線はタクナを見てはいなかった。



溜息をついて彼は席を立った。

やはり自分は策謀には向かないらしい。

“彼女”の目からは何も伺えない。



タクナは入り口を固めていたガードマンを横目にその部屋を立ち去った。

あとにはただ一人“彼女”のみが残される。



「……本当に再会が楽しみだよ」



うっとりと、恋する乙女そのものの表情でその名を口にする。



「ねえ ――― アキト」





<続く>






あとがき:


連合編パート2でした。
書き上げてから気付いたんですが、オリキャラしか出てねぇ(汗
エリナさんが一応は出てますが、扱い酷いし。

ナデシコ不在なんで仕方ないと思って下さい。
次回こそはハーリー君やラピスを出します。


それと専門用語が多いのでそのうち用語解説つくります(汗


○ ● ○ ● ○ ●



以下、軍事ヲタの解説。(読まなくても困りません)

ドレッドノートはイギリスの戦艦から名前をとりました。
花じゃありません。 名詞で『勇者。 恐れを知らぬもの』と言う意味です。
世界初の弩級戦艦。 まあ、この艦が由来になったんですが。

30.5センチ砲を搭載し、蒸気タービン採用で21ノットの速力を発揮できたにもかかわらず、
装甲も分厚いと言うある意味反則な艦でした。

ちょっと大げさですが本当にナデシコ登場前の戦艦とナデシコくらいの差はあります。
(砲は強力で、装甲は厚く、速力も速い)

ドレッドノート以外の艦はすべて旧式扱いになったくらいですから。
ドレッドノート登場後は世界の名だたる海軍はこぞってこのドレッドノートのコンセプトを真似た艦を建造するようになります。
まさにグローバルスタンダード(笑)

しかし、科学の発展は凄まじくドレッドノートを上回る超弩級戦艦が登場するようになり、
ドレットノートも旧式化していきます。

ダンテ・アリギエリはイタリア初の弩級戦艦で、竣工はドレッドノートとほぼ同時期ながら、
先を越されたために「世界初」を逃した悲劇の艦。

ただし、こちらは30.5センチ砲を三連装で装備し、“三連装砲装備は世界初”というせこい世界初を持っています。
同時に24ノットの速力は当時世界最速でした。
名前はイタリアの戦艦は自国の有名人の名前をつけるのが命名基準だったそうで、
『ダンテ・アリギエリ』とは『神曲』で有名なあのダンテです。
(ただ、<レオナルド・ダ・ヴィンチ>はちょっとカッコ悪いと思った)

今でも大きなことを『超ド級』と言いますが、このドレッドノート級の日本語表記である『弩級』が語源です。
ちなみに日本初の超弩級戦艦は<扶桑>です。
ドレッドノートを超えていれば超弩級なわけなので、あの<大和>も超弩級戦艦と言うわけです。

検索をかければかなり詳しいサイトさんもありますので興味がわいた方は是非に。

それでは、次回また。

 

 

代理人の感想

逆行者で女性で一人称「ボク」でアキトに恋愛感情があって(?)呼びかけが「アキト」のキャラ・・・・・誰だろう。

ナデシコの女性キャラで一人称「ボク」の女性というのはいませんし、

時ナデでも確か存在しませんでしたね。

となると、その他のナデシコSSのオリキャラ以外思いつかないんですが・・・

BA-2さんの「世紀を超えて」の草壁夏芽は一人称アタシだし、

yuaniさんの「喪心の舞姫」に出てくるテンカワラズリはアキトに恋愛感情持っていないし。

(ちなみにAction以外はよく知りませんのでパス)

 

しゃべり方はむしろユリカに近いんですけどね。

まぁ、多分オリキャラなんでしょうが(苦笑)。

 

追伸

「遣した」は「よこした」と読みます。

私見ながら、(フリガナがついてれば別ですが)「遣した」よりはどっちかというと

ひらがなか「寄越した」と表記した方がいいんじゃないかなと思います。