時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第12話 妖精たちの『策動』・その3




ナデシコが消息を絶ってから6ヶ月経過。


火星での戦闘から6ヶ月が経過していた。

その間の時間は戦闘にも劣らないほど多忙で、様々なことが起こった。



まず、一番大きかった事は優華部隊が正式に独立したことだ。

今までは優人部隊の下部組織の扱いだったものが正式に司令部を構える独立した部隊となった。

書類上は優人部隊と同格の扱いである。



それともう一つ。

琥珀と翡翠が正式に優華部隊に入隊した。

平時ならともかく、有事にマシンチャイルドという有為の存在を遊ばせておくほど木連は余裕があるわけではない。

八雲も渋々ながらにこれを認めた。

何より本人たちの希望とあっては優人部隊司令という立場上、そう強く反対はできない。

2人は舞歌の参謀的な役割と言うことにしてある。



それは良かったのか悪かったのか。

とにかく舞歌の頭痛の種は増え、八雲もさらに増えたことだけは確かだ。



「……ナデシコを取り逃したのにね」



「戦果自体は大した意味を持ちません。

 それ以上に優華部隊がそれを成しえたことが重要なのでしょう」



千沙が書類の選別をしながら答える。

これでなかなか副官として有能なのだ、彼女は。



「あはー、見栄えのする戦果が欲しいんですよ。

 最近は戦線も膠着状態ですから」



「……なんであなたがそんなこと知ってるのよ、琥珀?」



「もちろん八雲さんから聞いたにきまっているじゃないですか」



『いやですねー、わかっているくせに』とでも言うような仕草で笑う。

言下に『夫婦なんですから』と思いっきり舞歌への牽制も含まれている。



「まあ、戦線が膠着しているのは事実だけど」



原因はいくつかある。

予想以上に地球側の立ち直りが早かったこと。

壊滅状態にあった艦隊はわずか2年で再建されてしまった。

さすがに大規模な作戦行動はまだ不可能のようだが、相転移炉式の戦艦を量産しているらしい。

試験的に投入された新造艦は無人戦艦と互角に渡り合ったらしい。



まったくもって恐ろしい話だ。

戦艦を量産するなどと、木連の生産力ではとてもできない。

自動化されたプラントでも戦艦クラスの大型艦を建造できるものは少ない。

その数少ないものも優人部隊向けの戦艦の建造で埋まっている。



可能な限りブロック構造を多用して量産性を上げているが、1隻の建造には半年かかる。

先月ようやっと20隻目が就役したばかりだというのに、敵はその倍以上の数の戦艦を建造して、

さらに大小の補助艦艇の建造も並行して行っている。

火星と月のドックが使えなくてもそれだけのことをやってのける相手に戦争をふっかけたのだ。



そして原因その2、根本的な兵力の不足。

これは開戦前からわかりきっていたことだ。

無人艦隊の総数は敵の艦隊の2個分しかない。

優人部隊の艦艇を加えても大差はない。



それでも今まで優勢に立ってこれたのは圧倒的技術力の差と相手の無能、初期の電撃的作戦展開による奇襲効果がおおきい。

今の地球は試合開始直後のジャブでよろめいていた状態から立ち直りつつある。

単純な力押しは通用しなくなりそうだ。



それとチューリップと無人艦隊。

実はこれはかなり大きい。



普通の艦隊は一度動かしたらほいほいと戦場を移せるものではない。

命令が下ってから作戦を立案し、動員をかけ、物資を搬入して準備を整え、実際に動くまで時間がかかる。

作戦が大規模となればその分、準備にかける時間も多くなる。

即応体制でいても、艦隊を動かすとなると1週間は必要だろう。



その点で無人艦隊は補給を気にする必要がほとんどないから、即座に動ける。

移動もチューリップを使えば一瞬で、しかも簡単に兵力を集中できた。

これによって局所的な数の優位に立つことができるのだ。



しかし、現在は戦線が地球圏全域に広がったために、牽制のために占領地に張りつけておく常備戦力の必要数も多くなった。

特に月に駐留する艦隊の数は相当数に上る。

侵略より占領の方が難しいのは古来から変わらない戦争の矛盾。

武力による占領はその土地の維持のためにより多くの戦力を割かなければならない。



「無人兵器では占領しても無意味ですし。

 工場をうまく使えませんしね」



「電脳式甲型(ヤドカリ)で何とかならないの?」



「やっぱり最後は歩兵で占領するしかありませんよー」



「無理よ。 火星の開発で手一杯じゃない」



結局、すべては『人手不足』という問題に集約される。

現在、木連では国家総動員法が可決されて総力戦体勢に入っているが、それでも足りない。

軍に動員されたのは総人口の約5%。

これは異常に高い数字だ。



地球では総力戦体勢でもいいところ総人口の2〜3%。

まあ、それでも木連の動員数よりははるかに多いのだが。



「ああ、そうです。

 火星と言えば、一式戦の生産が始まったそうですよ」



「火星の工場を使って?」



「はい」



千沙の言葉にしばし考え込む舞歌。

一式戦は敵のエステバリスを元にした機動兵器で、零式の量産型だった。

細かな改修が行われているため、優華部隊が火星で使った零式32型よりは性能は向上しているらしい。

機関も新型のものに更新されたとか。



「………ふーん」



「舞歌様、もしかして見に行こうとか考えませんでした?」



「だって、どうせ優華部隊に配備されるんでしょ?」



「ダメです。 まだ報告書とか上申書がこんなに ―――」



「任せるわ」



「ダメです」



「お願い」



「ダメです」



「どうしても?」



「はい」



「あっ、白鳥くん」



「そんな手には引っかかりません。

 いいですか、舞歌様……」



しかし、千沙はそれ以上続けることができなかった。

糸の切れた人形のように瞳から光が消え、崩れ落ちるところで琥珀と翡翠が支えた。



「千沙さんもお疲れですねー。

 こんなところで眠っちゃうなんて」



「……わたしが仮眠室から運んでおきます」



「翡翠ちゃん、『から』じゃなくて『まで』ですよ」



あはー、と朗らかに笑いながら千沙を妹に預ける琥珀。

その手にしっかりと無針式注射器が握られている事から千沙の身になにが起こったかは明白だった。

が、巻き添えは御免なのでその場の誰もがそれに関しては言及しない。



「視察もりっぱなお仕事ですよね、舞歌さま」



「まったくもってそうよね、琥珀」



舞歌が親指をグッと突き出し、琥珀もそれにVサインで答える。



「それじゃあ、任せたわよ皆」



「「「「「はい」」」」」



司令部に残された彼女たちに選択肢はなかった。

ほんとうに、琥珀と翡翠が優華部隊へ入ったのは良かったのか、悪かったのか。



「実は仲良いの、あの2人?」



その疑問に答えられる人間もまた居なかった。





○ ● ○ ● ○ ●





「――― と言うように、一式戦に搭載されている歪曲場発生器は弾道に合わせて瞬間的に展開する、

 跳ね石方式と言うか水切り方式と言うか、そんなものです」



零式に続けてその後継機となる一式戦にも関わっている月村忍は男に説明した。

この視察の心証如何で今後の予算が決まる。



「試験は?」



「虫型甲種(バッタ)につけての試験結果は良好。

 零式の20mm徹甲重機関砲くらいなら弾きます」



それはそれで零式が致命的な火力不足と言うことになる。

それを感じ取ったのか、相手は付け加えた。



「一式戦は零式52型で試験的に採用した30mm徹甲重機関砲に換装していますから、

 強化型のフィールドでも貫通できます。 携帯弾数は減りましたけど」



30mm機関砲と言っても最新の型式なら銃身の延長と多砲身の採用で零式の20mm機関砲よりだいぶ威力は増している。

そのぶん重量も増したが、いくら軽かろうと機動戦で負けては無意味ということで容認された。



「発動機は?」



「零式は虫型甲種(バッタ)の機関をそのまま使っていました。

 ですがそれでは……」



「出力が不足して重力波推進だけで手一杯。

 固体防御用の歪曲場(フィールド)の展開はほとんどできなかった」



「はい。 零式が装甲とは別に盾を装備したのもそのせいです。

 結局は重力波推進と燃料式噴進器の併用で機動力はなんとかしました。

 ですが、防御力の低さはどうしようもなかったので」



エステバリスがエンジンをオミットして外部からのエネルギー供給に頼りきっていたのもその辺の事情が関係する。

DFも重力波スラスターもエネルギーを馬鹿喰いするシステムで、とても従来の機関出力では間に合わなかった。

開発主任もその点に関しては大いに悩んだらしい。



が、ある時20世紀のアニメを見ていて閃いた。

それは哲学的すぎるエンディングが物議をかもした曰くつきの作品だったが、彼が注目したのは巨大ロボットの運用法だった。

背中のプラグからの外部電源だったのだ。

彼は叫んだ。



『ないなら、なくしてしまえばいいんだ!』



そこで外部からのエネルギー供給方式の研究が進められ、最終的にエネルギーウェーブ方式が確立される。

これによってエステバリスは6mの小型にもかかわらず、異例の高出力を発揮できる機体となった。



一方、エンジンを搭載するスノーフレイク以前のスノーシリーズ(スノーランドとサマースノー)も同様の形式を採っているのは、

ただ単にエンジンの開発が開戦に間に合わず、応急処置としてエステと互換性を持たせつつ

自社の製品の地位を確保するためである。

サマースノーの改良型がスノーフレイクなのではなく、実際はスノーフレイクが完成版であって、

それ以前のものは未完成状態だった。



ちなみにスノーフレイクのエンジンもバッタのエンジンをチューンナップしたものである。

バッタのエンジンを地球製の機動兵器が搭載しているのは、同じく某福音の名前を持つアニメを見た開発主任が

アニメのロボットが敵を捕食して永久機関を手に入れるシーンを見て、



『ないなら〜敵さんのを食べちゃいましょ〜』



と言ったのがきっかけという説もあるが、真相は定かではない。



ちなみに零式がエンジンを搭載したのは、木連の技術者はエネルギーウェーブ発生器の原理がわからず、

エンジンなしの機体をどうやって動かすのか困っていた時に、コバッタによる乗っ取りを行うと取り付いたバッタが

同時にエネルギー供給も行ってくれるらしいことが判明。



『それなら機関だけでも使えるのでは?』



と言うような意見が上がり、その結果が良好であったためにバッタのエンジンを使っているに過ぎない。

言わば苦肉の策であって、確信犯的に使っているスノーフレイクとはいささか事情が異なる。

別のアプローチから同じ結論にいきつくのは技術開発の過程では良くあることだが、これはその典型だった。



それと、共にバッタのエンジンを改装したものではあったが、一式戦のものはスノーフレイクよりだいぶ劣った。

スノーフレイクが一基搭載しただけでエステ以上の高出力を確保しているのに対し、一式戦ではまだ不足だった。





重力波推進と燃料式噴進器の併用は相変わらずだし、DFの展開方式を変えることでようやく十分な防御力を手に入れた。

弾道に合わせて瞬間的に展開させるこの方式は常時展開させている従来方式に比べると少ないエネルギーで同程度の、

あるいはそれ以上の防御力を提供できる画期的な代物だった。

まさしく『必要は発明の母』と言うやつだ。



『前回』はジンタイプの小型化と言うことで夜天光が開発される大戦末期まで、木連には10m以下の機動兵器は存在せず、

ジンタイプは相転移エンジンを搭載する事で出力に余裕があったためにDFの出力不足などと言う事態は起こらなかった。

また、ステルンクーゲルにしてもエンジンが優秀で出力はかなり余裕があったために、

そもそも『低出力でも有効なDFの展開法』を必要とする事態は起こらなかったのだ。



『前回』はバッタのあまりの消耗率に危機感を覚えた軍の命令で改良案の一つとして提示され、

少数が試験的に投入されながら、コストと量産性の面からバッタにつけていたのでは元が採れないとして

採用見送りになった技術だ。

正式採用は終戦間際の夜天光と六連のみだった。



「とは言え、この方式では防御できるのは胴体の正面からのみですから、盾は必須です。

 甲殻多足型丁種(ダンゴムシ)の装甲を流用しました」



「………それであんな形なんですか」



一式の左腕に装備されたものを示す。

零式が装備していたものは一発成型の鋳造型防御板だったが、

こちらは複数の幅の広い三日月状の装甲板を組み合わせてある。

これにもある種の“仕掛け”は施されている。



「量産性を考慮しますと、別に専用のものをつくるよりは他のものを極力流用した方がよかったもので」



「貧乏の嫌な点ですね」



しみじみと男が言う。



「苦しい予算でなんとかやっています」



木連の窮乏は技術者から見ても明らかなようだ。

男は苦笑を返した。



「すいませんね。 西沢さんにも掛け合っておきます」



「すいませんが、よろしくお願いします」



なんと言っても先立つものがなくてはならない。

特に軍事技術は金がかかる。



「とにかくこれで、僕らは敵機動兵器に対抗可能な機体を手に入れたわけですか……」



それはどうだろうか、と彼女は思った。

地球の技術力の高さはエステバリスからも知れる。

自分たちはそれを元にしているだけで、一から開発したわけではない。



実際、自分が必死になって1種類の機動兵器を開発している間に、地球では何種類のテストタイプを試験しているのか。

それを考えるだけで気分が重くなった。

一式戦がエステバリスに対して優位を保てるのも案外わずかな時間でしかないかも。



「純国産の機体と言うわけではありませんが、それでもこれは技術者の血と汗と涙の結晶です。

 用兵側として言わせてもらえば、性能が全てではありませんから。

 もちろん、この機体は素晴らしいと思いますよ」



そんな彼女の内心を見透かしたかのように男が言葉を紡ぐ。

考えてみれば自分が気付く程度の事をこの人が気付かないはずもない。

それを承知した上で、彼女を気遣っての言葉だった。



「ありがとうございます、八雲様」



だから忍もこう答えた。

舞歌がブラコンになる理由の一端も理解できる。

確かに有能で、それ以上に温かい人だ。



「お兄ちゃん!」



「八雲さん!」



と、そこに2人。

言うまでもなく舞歌と琥珀だった。



「一人で工場見学なんて無用心よ」



「一人じゃなくて、月村さんが案内役を……」



「御一人の体ではないんですから、注意してくださいね」



八雲の言葉も聞いちゃいない。

お互いにどちらが心配していたかを主張する。



「火星に行ったと聞いて、私は心配で心配で」



「その割に今日もご飯おかわりしていましたね」



「琥珀だってぐっすり眠ってたじゃない」



「いえいえ、一人寝は寂しかったですよ」



「………どういう意味?」



「いえ、独り身の舞歌様にはご縁のない話です」



「琥珀、あなたまさか!?」



「八雲さん、今日は優しくしてくださいね」



とまあ、こんな具合だ。

工場ラインの視察と言うのも単なる建前だったらしい。



「………月村さん」



助けを求めるが、そこに姿はなし。

代わりにコバッタが『案内役(代行)』と書いた紙を張られて待機中。

どうせなら『仲裁役』を残して欲しいと思う。



「まさかとは思うけど、琥珀に……」



「あはー、夫婦ですから別にやましいことはありませんよね、八雲さん?」



ぶんぶんと思いっきり首を振って否定の意を表す。

真相はどうあれ、とりあえずここは否定しておく場面だ。

そうしないと妹に刺される。



琥珀も舞歌を挑発するために言っている節があるので、ここはこう答えるしかない。



「僕にとっては2人とも大切な存在です。

 どちらが上とか、そういう風には比較できない。

 わかりますね?」



「それは……もちろん」



「はい、もちろんです」



舞歌は渋々、琥珀はにこやかに頷く。



「それじゃあ、今は仕事中だということも承知してください。

 舞歌はいつもは冷静なのに、時々こうして暴走するのは良くないですよ」



「……はい」



反省はする。

ただ、あまり行動に反映されていない気がするのはなぜだろう?



自問してみるが、答えはわかりきっている。



理性ではなく、感情の問題だからだ。

自分は嫉妬している。

それはわかっている。



「ごめんなさい、八雲さん。

 舞歌さまは……私に気をつかってくれたんです。

 これから八雲さんとお会いできる時間も少なくなるから、せめてと」



「――― なっ!?」



誓ってそんな事はない。

が、状況的には琥珀が舞歌を庇っているととれなくもない。



ここで舞歌が『そんなことはありません』と否定したところで、

兄は……この天然記念物級のいいひとである八雲はきっとこう思うだろう。



『お互いを庇いあうなんて、仲のいいことだ。

 ことの是非はともかく、反省しているならこれ以上は何も言うまい』



全然違う。

少なくとも八雲の考えるような仲の良さではない。



自分と琥珀の関係はもっと殺伐としたものだ。

それこそちゃぶ台の反対に座ったらいつケンカがはじまってもおかしくないくらい。

舞歌としては『本当に兄を好きで結婚したのか? 自己保身のためではないのか?』と小一時間問い詰めたいくらいなのだ。



「ですから、舞歌さまをお叱りにならないで下さい」



「……琥珀、わかりましたよ」



わかってない。

ちっともわかってないよ、お兄ちゃん。



そう言いたいのをグッと堪えた。

ここで下手な発言をすれば自分の立場が悪くなる。

悔しい事だが、琥珀の嘘は自分にとってもプラスとなる。



本当は視察ついでに八雲に会いに来たのだが、それは言えない。

しかも視察自体がそうとう強引な手を使ったとあってはなおさら。



「ですが、僕も仕事できているんですからその点はわきまえてください」



「「はい」」



琥珀が内心でほくそえむのが容易に想像できた。

が、その表情はいつもの通り。



笑顔だ。

仮面のような。



「あの、よろしいですか舞歌様?」



頃合を見て戻ってきた忍が声をかける。

ここでこうしていても仕方ない。

半分は邪な目的があったとは言え、残り半分は仕事なのだ。



「八雲様にはさきほど説明しましたけど、一式には秘密兵器があるんです。

 見ていかれますか?」



「秘密兵器?」



初耳だった。

ある程度のデータは手元にあったが、そこにはそんなことは書いていなかった。



「はい。 ようやく実用化の目処がたったものですから」



興味は引かれた。

何しろ忍は零式と一式戦の両方に深く関わっている技術者だ。

一式戦の水切り式歪曲場展開法を考案したのも彼女だ。

その忍をして秘密兵器と言わしめるもの。



「是非にでも」



だから舞歌はそう答えていた。





○ ● ○ ● ○ ●





それは 武器と言うにはあまりにも大きすぎた。

大きく、重く、そして大雑把すぎた。



それはまさに………棒だった



「さて帰るわよ、琥珀」



「今夜はすき焼きですよー。

 八雲さんもお早めに帰ってきてくださいね」



「ちょっと待ってください!」



2人を慌てて止める忍。

ここで帰したらあとで何を言われるかわかったものではない。



「でも、棒よね」



「棒ですよね」



「棒じゃありません。 槍です」



言われてみると視界の隅に布をかけられた刃先と思しき部分があった。

槍ならば露出している部分は柄と言うところだろう。



「冗談よ」



「冗談ですよ」



「いえ、今のは本気でした」



しかし、これ以上追求しても無駄なので止めておく。

何事も引き際は重要だ。



「とにかく、この機能について解説します」



壁に埋め込まれたコントロールパネルを操作して布を剥ぐ。

パッと見はただの布だが、実は赤外線やレーダー波を含めたあらゆる電磁波を遮断する擬装ネットだった。

屋根には常時温水が流されていて、これだけでも赤外線センサーに対してかなりの擬装になる。



ナノマシンを応用した欺瞞手段もとられていて、天井には奇妙なパターンが描かれていた。

しかも流動的に動き、絶えず模様を変化させている。

人間の目には変な模様でも、航空機や衛星のセンサーで見ると

水資源の少ない火星にはよくある浄水プラントのように見えるはずだ。

火星の制宙権は木連側が握っているとは言え、ナデシコやアルバのような例もある。

油断は禁物だった。



「これの正式名称は『Anti Field Glaive』、意訳するなら対歪曲場槍と言うかなんと言うか、まあ、見たままのものです。

 Glaiveは槍と言うよりは刃の幅が広いので長柄剣とでも言うべきものですけど」



確かに槍は基本的に突くための武器だが、これは先端の刃の幅が広く斬ることもできそうなデザインだった。

確かに優人・優華部隊の人間はこうした武器の扱いにも長ける人間が多いから、こう言った白兵戦用の武器はありがたい。

しかし、それならイミディエットブレードでも大差はないと思うのだが。



そんな舞歌の内心を見透かしたかのように忍が続ける。



「単なる槍ではありません。 ちゃんと仕掛けがあります」



そう言ってボタンを押すと、先端の刃が2つに割れた。

まるで生物が口を開いたかのようだ。



「この先端からある周波数の粒子振動波を発振することができます。

 粒子振動波と言う概念は20世紀から発達してきた量子力学の根本に根ざすもので、

 ようするに光なんかと同じように、粒子と波動の特性を同時に兼ね備えている特殊な代物で、

 光の粒子性は光電効果によって証明されるとおり……って、わかります?」



「わかったわ」



「それじゃあ、続けます。

 光電効果によって実験的に光の粒子性は証明されたわけですが、

 このような両方の性質を兼ね備えたものを『粒子振動波』と定義します。

 この後、100年かけて量子力学はさらに発達するわけですが、ある種の特殊な粒子振動波を使った技術が身近に存在します。

 なんだかわかります?」



「……えっと……」



見栄を張って『わかった』などと答えたものの、実はチンプンカンプンだった。

そんなことをふられてもわかるはずがない。



「あっ、わかりました。

 重力波砲や時空歪曲場ですね」



「琥珀さん、正解♪

 無人戦艦とかの重力波砲や歪曲場はその典型です。

 重力は重力子という粒子か、重力波という波で生じているのか大議論を巻き起こしましたが、

 重力も粒子振動波であることがわかりました。

 これが証明された事によって重力制御の技術が確立されることとなります」



「へ、へえ」



既に『何語? 木連標準語で話して』の世界だ。

琥珀がマシンチャイルドだということを忘れていた。

見栄を張るんじゃなかったと思う。



「だけど今回関係するのは時空歪曲場の方です。

 時空歪曲場もある種の粒子振動波によって成立しています。

 空間を歪める際に特殊な周波数によって一定範囲の空間を振動させているからです。

 しかし、同時にその拡散を押しとどめているのが粒子性によるものです。

 

 簡単に言うなら水素原子の電子軌道に似てますね。

 歪曲場発生装置を中心核として粒子振動波に一定周期を持つ軌道を走らせているわけです。

 これが時空歪曲場の原理です」



「それで、歪曲場が粒子振動波だからこれなのね?」



もうヤケだった。

適当にそれっぽいことを言ってみる。



「はい、さすがは舞歌様♪

 歪曲場も波動の特性を持っていますから同じ周波数の波をぶつけることで増幅や、逆に中和もできるんです。

 そのためには対象の振動波の周波数を知らなければいけないのですが、

 この槍の先端にはそのためのセンサーもつけてあります。

 接触と同時に振動波をフーリエ解析して周波数成分をチェック。

 同時にこの割れた部分から粒子振動波を出して中和します」



「僕にはあまり難しい話はわからなかったんですが、ようするに敵の歪曲場を中和できるんですね?」



「要約するとそうです。

 使い方としてはこの槍で中和して攻撃と言うことになります」



ようやく分かってきた。

と言うか、舞歌としては『歪曲場を中和して攻撃できる』の説明で十分だった。



「実はこれ、基礎研究は地球側のものです。

 それを実用化したのは私たちですけど」



「つまり、半分くらいは敵の技術ってこと?」



何と言うか、呆れた。

一式戦も原型は敵の機動兵器だし、その秘密兵器も半分は敵の技術。

たぶん火星侵攻の際に鹵獲したものなのだろうが、そんなので大丈夫だろうか?



「同種のものは開発していると思われます。

 これの原案には“フィールドランサー”と言うものがありましたから。

 ランスは騎士の使う馬上槍のことだから、だいぶデザインは違うのかもしれませんけど」



「そんな事はどうでもいいけど、つまり、敵もいずれは同じものを投入してくる可能性ありってこと?」



「はい」



あさり肯定された。

それじゃあ、何のための秘密兵器かわかったものではない。



「舞歌様、兵器の歴史なんてこんなものです。

 新技術の投入で優位に立てるのなんてほんの一時期に過ぎない。

 すぐに敵もそれに対抗するものを投入してくる。

 いたちごっこです」



「相転移炉式戦艦の存在も?」



そう訊いたのは八雲だった。

忍は無言で頷く。



「だからこそ生産力でおとる私たちは新兵器を継続的に開発しつつ、

 戦線に投入することでしか優位に立てないんです」



「機種を増やしすぎるのは問題ですよ。

 生産ラインはそう簡単に変更できない。

 昨日まで零式を作っていた工場で明日からすぐに一式戦が生産できるようになるわけではありません」



忍の意見に琥珀が異を唱える。

それは事実だったが、同時に忍の意見も正しい。



「まあ、一式戦と零式はほとんどの部品が互換性ありますけどね」



それでも生産ラインの完全な切り替えには2週間はかかる。

この先、一式戦でも力不足になるのは明白だった。

すでにスノーシリーズの新型が制式採用されたとの情報がスパイより入ってきていた。

(地球側の軟弱な防諜体制と間抜けな官僚に感謝)



一式戦はオプションで25mmレールガンを装備できたが、専用のバッテリーを必要とした。

しかし、敵の新型は40mmレールガンを標準装備しているのだ。

これでは勝負にならない。



戦艦の数では未だに勝っていたが、機動兵器の質では負けている。

一式戦もそんなに多くは投入できない。

その分は無人兵器と戦術で補うしかなさそうだ。



どうにも、苦しい戦いが続きそうだった。



だが、この時すでに問題の種は蒔かれていた。

ありがたくないことに、それは2ヵ月後の月攻略戦で芽吹く事となる。





<続く>






あとがき:

木連の兵器開発編でした。
スノーフレイクのレールガンはマジで洒落にならないので一式戦にも装備させちゃいました。
陸戦にもオプションであったらしいので(要、専用バッテリーとコンデンサ)装備できない事はないかと。

それと『Anti Field Glaive』ことフィールドランサーです。
これがないとアスフォデル(量産型サレナ)に対抗できませぬ。
レールカノン弾くって洒落になりません、サレナ。

あと一式戦のフィールドは夜天光と同じ方式って意味です。
なんかあの方式の正式名称ってあったらだれか教えてください。
ピンポイント方式とでも言えばいいのかな?

最後に、フィールドランサーの原理は完全にフィクションです。
光が粒子と波動の性質を持っているのは本当ですけど。(高校の物理でやります)
まあ、雰囲気ってことで。

それでは、次回また。

 

 

代理人の乾燥

 

・・・・いや、最近目がショボショボしてまして(爆)。

 

 

それはさておき。

フィールドランサーがあってもそう簡単には落ちませんよねぇ、量産サレナ。

DFがないにしても、鎧武者に薙刀で切りかかるようなもんなんですから。

つくづく凶悪な機体だ(笑)。