時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第13話 第四次月攻略戦・その2




敵艦見ユトノ警報ニ接シ、
連合艦隊ハ直チニ出動、
コレヲ撃滅セントス。

本日、天気晴朗ナレド波高シ。



連合艦隊参謀・秋山真之
日本海海戦の臨んでの電文




○ ● ○ ● ○ ●





第12独立艦隊(タカマチ艦隊)
旗艦<コスモス>





艦隊は敵の警戒網を避けるように慣性航行に入っていた。

進路の変更も潜水用バラストタンク内の圧搾ガスを噴射して行う。

エンジンはほとんど艦内の重力制御と生命維持程度にしか使われておらず、

艦によっては重力制御すら切っていた。



とは言え、これだけの大艦隊の出港をごまかせるはずもない。

月ではチューリップが進出し、艦隊を吐き出し続けていた。

戦闘は避けられそうもなかったが、同時にそれが目的でもあった。



敵艦隊にウロウロされたのでは月への通商航路が使えない。

自己ではほとんど資源の生産力を持たない月にとっては致命傷となる。

食料プラントを破壊したら、あとは向かってくる輸送艦を撃沈するだけで余計な戦闘をすることもなく月は干上がってしまう。

月に残された何百万と言う人々は“餓死”という緩慢でこの上なく恐ろしい死を迎える事となる。



それを避けるために無茶を承知で何度か輸送船団を送り込んではいた。

第2艦隊と第1機動艦隊が中心となっての護衛付の輸送船団はその度に多大な損害を出しながらも、

月に命を繋ぐ貴重な物資を運んでいた。



しかし、毎回それでは埒があかない。

軍上層部はついに4度目の月攻略部隊を編成し、月の奪還を目指した。

ネルガル、AGIの両社はすでに相転移エンジン・グラビティブラスト・ディストーションフィールドを搭載した

対木星蜥蜴用の艦艇を量産し始め、連合軍の反撃体勢も整いつつある。



「ののむー航海長、進路確認」



「りょーかい」



現在、パッシブセンサー以外の電子兵装のほとんどは沈黙している。

電波を発すればそれを探知されると言う理由からだ。

したがって、現在位置の確認も昔ながらの手法 ――― 天文観測で行う必要がある。

機材と精度は格段に増しているからそう何度もする必要は無いし、信頼性も高い。

数秒で結果は出た。



「進路せいじょー。 まもなく変更地点だよー」



いまいち覇気を感じさせない声で『ののむー』ことノノミヤ・ミカゲ少佐が報告。

無口で、おっとりと言うか、のんびりと言うか、『ぼへー』と言う擬音がぴったりくるような女性仕官だった。



「おもかーじ30°はつどー 艦トリムすいへーをいじー」



「解説すると面舵30度を発動、艦のトリムは水平を維持ってことです」



「………それくらいわかる」



もう頭痛すら覚えないのは慣れたからだろうか?

それはそれでやばくないか?



提督の席に座りながらタカマチ・シロウ少将は自問していた。



航海長の頭の上にはなぜか小猿が乗っていた。

名前はコスモス星丸。

コスモスが苗字で星丸が名前らしい。

かなりどうでもいい事だが。



確か宇宙軍の艦隊規定の中には生物の持込を禁止した項目があったような気がするのだが。

(理由はそれだけ余計に酸素を消費するから。宇宙艦艇では深刻な問題だ)



「くしゅー、みんな立派になって先生嬉しいです」



シロウの横にはコイズミ・ヒヨリ准将。

コスモスのブリッジクルーの大半は彼女の教え子だった。

ちなみに彼女はシロウがファルアスに頼んで派遣してもらった副提督だ。

現在行方不明な某機動戦艦並に濃い面子を揃えたコスモスの人材掌握に役立ってくれた。



「ご主人様、アルビナより発光信号じゃないカナ、信号じゃないカナ」



「カナ坊、艦長にしてくれ。

 それで、何だって? 切なげに読み上げてくれ」



「む、難しいんじゃないカナ」



「オミくんっっっ! セクハラで訴えられるぞっっっ!!」



どうでもいいが、早く読み上げて欲しい。



「『敵艦見ユトノ警報ニ接シ、当艦隊ハ直チニ出動、コレヲ撃滅セントス。

  本日、天気晴朗ナレド波高シ』って言ってるカナ」



「ほお、日本海海戦の時の電文とは気が効いてるじゃないか。

 おおかた、参謀長のササキ大佐だな」



シロウの予想は当たっていた。

これはシロウと同じ日系のササキ・タクナ大佐の草稿だった。

この電文を発したあと、連合艦隊はロシアのバルッチク艦隊と対馬沖で激突。

東郷平八郎指揮下の艦隊は史上稀にみる完璧な勝利を飾った。



その故事になぞらえての電文だ。

一種の激励である。



「返信はどうするのカナ? どうするのカナ?」



「2回言うな。

 それと無線封鎖中だから不要だよ」



ニイザワ大佐が答え、シロウも頷く。

少なくともコスモスのクルーは無能ではない。

それだけは救いだった。





○ ● ○ ● ○ ●





木連月防衛艦隊所属・戦艦<上弦>



シロウの状況を知る機会があったなら、舞歌はこう評しただろう。

すなわち、『贅沢もの』と。



<敵艦隊を見失っただと!?

 あれだけの規模の艦隊をどうやったら見失えるんだ!>



「ええ、ですから慣性航行に入ったのでしょう。

 その最中は艦の周囲にバルーンを展開して隕石に擬装している可能性が高いんです」



うんざりとしながら、通信機の向こうの相手に答える。

階級は同じ准将であっても今回の戦闘では相手の方が『月防衛艦隊司令官』の肩書きを持っているだけに優先権があった。



「それでも100以上の隕石が固まって動いているんだぞ?」



それならとっくに見つけている。

そんな馬鹿みたいな擬装をするわけがない。



「バラバラに動いて間近で集結するのでしょう。

 宇宙は広いんです。 もっと艦を回していただけないと探しようがありません」



実際、舞歌の指揮下には乗艦の戦艦<上弦>を除けば駆逐艦8隻と戦艦4隻しかない。

偵察用のバッタをばら撒いて索敵に当たらせていたが、この宙域を探るのにも足りない。



<索敵に向かっている時に手薄な月を狙われたらどうする!?>



「敵艦隊を発見しない事には動きようがないでしょう!」



<それなら放っておいても地球人どもは月へ来る!>



「その前に各個撃破できればそれが一番です」



先程から同じ繰り返しだ。

舞歌はもっと艦をよこせと言い、相手は月が手薄になると言ってそれを拒否。



<だいたいそんなだまし討ちのようなことは好かん。

 木連男児の意地にかけて正面から蹴散らしてくれる!>



さすがにこれには舞歌も呆れた。

各個撃破は戦術の基本中の基本。

意地では勝てるものも勝てなくなる。



「せめて駆逐艦と虫型機動兵器をもっと回していただきたい。

 でなければ、私はこの任務に責任が持てません」



<ふん、所詮は女か。

 駆逐艦1隻と虫型を100機だ。

 それ以上はまわせん>



通信が切れる。

しばらく舞歌はそのまま画面を睨みつけていたが……



「あー、腹立つ! お兄ちゃんに言われなければ蹴ってるわよこんな任務!!」



ぶち切れた。

相手は叔父とは言え、良い感情はまったくない。

肉親としての情すらない。



「まあまあ、お茶でもどうぞ舞歌さま」



「琥珀、あなたよく腹立たないわね」



「そうですか? 舞歌さまは怒ってばかりでは皺が増えますよ」



触れられたくない話題にむっとするが、自制。

琥珀の入れてきたぬるめのお茶を一息で飲み干す。



「駆逐艦1隻でも良しとしましょう。

 あの方の無能は今に始まったことではありませんし」



「……あなた案外辛辣ね」



まあ、それは事実だが。

琥珀の意見の正しさは認める。

こちらにしてみればかなりありがたくない話だが、東 槙久は無能だった。

それなりに若い頃は父の片腕としてよくやっていたようだが、今となってはその影すら見えない。



結局、彼は補佐として活躍はできても、自分から率先して何かをなすには向いていないと言うことだ。

本人もそれを自覚している節があるが、悲劇だったのはあくまで彼はプライドを捨て切れなかったことだ。

嫉妬という感情が本来の実力を発揮させる事を妨げていた。



これで要請したのが舞歌ではなく他の誰か ――― 例えば柔和な物腰で知られる白鳥九十九少佐あたりなら

槙久も考えを変えたかもしれない。



しかし、九十九はジンタイプの試験パイロットととして本国にいる。

秋山源八郎や月臣源一朗といった残りの三羽烏も同様。

現在自由に動ける一線級の指揮官は舞歌くらいしか残っていなかった。

槙久と舞歌の相性が最悪と知りながら、八雲には他に選択肢がなかった。

槙久一人に任せたのでは不安が残る事だし。



「むしろ、槙久さまにはここで名誉の戦死でもして頂いた方が木連のためになるかもしれませんねー」



さすがにこの言葉には舞歌もぎょっとした。



「琥珀、冗談なら忘れてあげる。

 もし、本気なら……」



「いやですねー、冗談ですよ。

 でも、言葉が過ぎましたね。 すいません」



「不謹慎な発言は慎みなさい」



そう答えながら、舞歌は琥珀の言葉に一抹の正しさも感じていた。

だからこそ、琥珀を怖いと思った。

もし必要と感じたら舞歌すら切り捨てかねないかもしれないと感じたのだ。





○ ● ○ ● ○ ●





AGI本社・第1会議室





ニュースは連日のように月攻略部隊のことを報じていた。

これでは情報を敵の方にただでくれてやっているようなものだ。

しかし、連合の上層部は敵は未知のエイリアンであるとしている以上、

機密保持のために報道管制すると言ういいわけもあまり使えまい。



さすがに細かな作戦概要や規模までは公表されていないが、

ルナUに集結する大規模な艦隊の映像はリアルタイムで放送されていた。



……それがまったくの擬装だと気付かずに。



「よくこれだけの艦隊をCGで再現したものですね」



会長秘書のジルコニアが呆れとも感嘆ともつかない声を出す。



「全部が全部じゃないよ。 一部は修理を終えたばかりで出撃できなかった艦とか、

 艤装が終わっていないがらんどうのやつとか、ミサイル対策のデコイとかまで使ってる。

 CGで作ったのは3割程度だよ」



3割と言うが、それでも数十隻に上るはずだ。

しかし、画面の中の艦艇はまったく本物と区別がつかなかった。



「実際の艦隊は3日前に出港してる。

 そろそろ集結がはじまってるはずだよ」



ガーネットはそう言って月周辺の宙域図を表示した。



「コスモスはあと7時間で到着するね。

 再編成の時間も考えると明日には戦闘が始まるよ」



「これは最高機密では?」



「フィリスの叔父さんに頼んで概要を教えてもらったから。

 あとはボクの推測も混じってる。 これも予定通りにいってればって話だよ」



あっさり言ってのけるが、ファルアスもそう多くを教えたわけではない。

当たり前だが機密の漏洩は大罪である。

しかし、そうしなければならない理由はあった。



「また繰り返すならナデシコはあと32時間後に通常空間に復帰する。

 通信を解析する限りだと火星で手酷くやられたみたいだからどの程度戦闘力を残しているかわからないね」



「コスモスを改装させたのは不味かったのでは?

 ナデシコを補修できる艦は……」



「無問題ですよ〜。 工作艦<ドーヴァー>を随伴させてありますから」



ガーネットの代わりに答えたのはルチル・クォーツだった。

さすがに出港前に民間人は降ろされている。



「ドレッドノート級の大型艦でも補修できるからね。

 わざわざコスモスみたいな重装の戦闘艦を作るよりはこっちの方が安上がりさ」



ローズが捕捉する。

工作艦<ドーヴァー>はAGI製の最新鋭ドック艦で、戦艦クラスの大型艦艇でも補修できた。

コスモスと違って自衛用の対空砲以外は一切武装は施されていない。



「ところでルビーは?」



「フィリスが健康診断してるよ。

 宇宙へ行くのは初めてだったから、どんな影響があるか分からないし」



なるほどと、納得するローズ。

色々とルビーも大変そうだ。



「連合軍は勝てそうかい?」



ウインドウを興味深そうに見ながら、ローズ。



「戦艦の数なら敵の方が上だね。

 正面からまともに撃ち合ったんじゃ勝ち目ないよ」



「あら〜、大変ですね〜」



ルチルが言うとまったく危機感を感じない。

が、かなりやばい事になっていると言うのはわかる。



「おい、フィリスを天涯孤独になんてしたくないぞ、あたしは」



ただでさえマシンチャイルドの中で肉親がいるものは少ない。

ルチルもローズも人工的に生み出された双子である。



「大丈夫だよ。 そのためのアスフォデルでしょ?」



「そりゃ、そうだけど……」



「ローズちゃんは心配性なんだから〜」



あんたは危機感なさ過ぎだ、と思うが口には出さない。

双子の姉のマイペースぶりはよく知っている。



「どの道、今ここで私たちが心配してどうなることでもありませんし」



ジルコニアも達観したように告げる。



ウインドウ上ではいくつも輝点が動いている。

その一つ一つが、少なくとも一つの命であるはずだった。





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第22任務部隊(機動艦隊)

旗艦<アルビナ>艦橋






ここには悲観も楽観もない。

ただ厳然たる規律と平静さがあった。



「艦隊の集結率は78%。

 3%ほど予定より遅れています」



「全てが予定通り運ぶわけではないさ。

 許容範囲ならよしとしよう」



イスに体重をあずけながらファルアスは答えた。

参謀長のササキ・タクナ大佐も、そうですね、と答えただけだ。

中には予定に間に合わないどころか、途中で撃沈されたり、宇宙の迷子になる艦も出るだろう。

軍隊ではそれも予想された損害の範疇と考える。

戦闘が始まれば無用な感傷を抱いている暇もないだろう。



突き詰めていけば戦争における指揮官の役割は『いかに効率よく味方を殺すか』と言うことになる。

味方が1人死ぬ間に敵を5人仕留められるような作戦を立てる。

どこかで割り切らなければおかしくなってしまう。



『1人の死は悲劇だが、100万人の死は統計である』とはよく言ったものだ。

同時に『1人殺せば殺人だが、100人殺せば英雄』とも。

どこかこの世は病んでいる。



この数時間後にはこの艦隊の何割かの人間は二度と家族の下へ帰ることのない存在になっていることだろう。

誰もがその可能性を知りながら、同時に誰もが自分の生還をどこかで期待している。

そんな微妙な倦怠感と緊張が入り混じる時間だった。



「参謀長、敵はどの程度の戦力を投入してくると思う?」



「常識的に考えてこちらより少ないと言うことはないでしょう。

 なにしろ、こちらは何日もかけてくる行程をチューリップを使うことで一瞬に縮められます」



「数で劣る我々としての対策は?」



「敵より多くの兵力を確保するのは戦略の大前提ですが、それが不可能となると戦術面でカバーする必要があります。

 真っ先に思いつくのは下策ではありますが、数の劣勢を質で補うことですね」



「それはある程度達成できたと考えていいだろう。

 あとは作戦だな。 いい案があるか?」



今さら聞くような話題でもなかったが、ファルアスの目的は前提の確認だ。

指揮官と参謀の間に現状認識の差があったのでは困る。



「まず、正面攻撃は避けるべきでしょうね。

 数で劣る側には消耗戦こそ一番やってはいけないことです」



「そうだな。 だからこそ敵はそうしたいと思うだろう。

 最悪、正面から撃ち合っていても勝てるんだからな」



「ですから我々は伏兵を使います。

 敵を混乱させ、そこを突いての各個撃破に持ちこめれば勝機はあります」



すでに第11独立艦隊と第12独立艦隊は集結ポイントを経由せずに待機地点へ向かっているはずだ。

敵の索敵網の注意をこちらに向ける意味でもこちらは目立つ必要があった。

7割の艦が集結した時点で擬装は解除していた。



同時に陣形を機動母艦を中心とした球形陣に切り替えていた。

最外周には駆逐艦と巡洋艦、二層目以降には護衛艦と戦艦を配置することで中心部の艦を守る防御向きの陣形だった。

逆を言えば外周部の艦は『高価な標的』を守るための捨て駒だ。



「提督、駆逐艦<萩>より入電。

 敵の索敵機とおぼしき機影を感知したそうです」



「見つかってやるには少し早いな。

 哨戒中の部隊に連絡して撃墜させろ。

 通信の妨害も忘れるな」



「アイ・サー」



すぐにオペレーターが部隊をコール。

的確な指示を出す。



電子作戦艦である<アルビナ>は全艦中最高の指揮通信機能が与えられている。

これこそがこの艦の最大の武器だった。





○ ● ○ ● ○ ●





グレアム・カーク大尉は火星会戦からのベテランだった。

今となっては当時の戦友もほとんど残っていない。

火星のときにこれだけの戦力があればと思うこともあったが、今ではそれすら感じなくなっていた。

ただ指示されたように敵機を撃墜する。

今はそのために自己もマシーンの一部と化す。



「………目標捕捉」



自機のスノーフレイクはレールガンのみのノーマル装備だが、バッタ相手には十分すぎる火力を持つ。

敵の方位などは後方の電子作戦艦や、EWACSから送られてくる。

自機のレーダーに灯を入れるのは攻撃の瞬間まで待つべきだ。

それまでは後方からの情報とパッシブセンサーで敵を追う。



しかし、電子作戦艦からの情報は自機で捉えるより精確なほどだった。

あれほど遠くからよくぞと言う感はある。



静粛駆動モードへ移行して重力波スラスターをカット。

数回の噴射と手足をばたつけかせて重心を移動する

Active Mass Balance Auto Control(通称AMBAC(アンバック))でコースを修正。



スノーフレイクの特徴の一つに『エンジンを搭載しての母艦からの独立行動』と言うのがあるが、

エンジンは大量の熱を発するために赤外線センサーに引っかかる危険があった。

偵察機の撃墜の時はエンジンも切って内臓のバッテリーに切り替える必要がある。 



「敵は2機か。

 なるほど、偵察だな」



僚機にレーザー通信で指示。

一撃離脱で2機とも同時に落さねばならないだろう。

通信を発せられたら元も子もない。

正面モニターに点のように映っていたバッタが拡大していく。



「タイミングを同期させるぞ。

 射撃用意。 5,4,3………」



エンジンが再始動。

同時にジェネレータも電力を生み出し始めた。

背中の補助重力波スラスターを軽く噴かして機体を完全に直進させる。

コンデンサに電荷が充電され、レールガンに初弾が装填。

誘導レール内の特殊コイルに電流が供給され、フレミングの法則に従い電界と磁界に垂直な方向に力場が生じる。



「2,1、アタック!」



バッタのセンサーが下から急接近する物体を捉えた時はすでに手遅れだった。

スノーフレイクのレールガンは40mm徹甲炸裂弾をマッハ6という超高速で叩き込める。

着弾の瞬間には速度の自乗に比例する莫大な運動エネルギーが解放され、

さらに炸薬によって内部をズタズタに切り裂かれたバッタは一瞬後に火球と化した。



電波を発振する暇もない一瞬のことだった。

2機はほとんどコンマ数秒の差でもって撃墜されていた。

まあ、仮に通信を送ろうとしたところで無駄だったろう。

それは電子作戦艦が完璧に妨害している。

せいぜい使えて短距離用のレーザー通信くらいだ。



スノーフレイクが普通に通信できるのはあらかじめ妨害パターンを知っていて、

その合間を縫うように通信しているからに過ぎない。



「……敵機撃墜」



<通信は確認できず。 哨戒任務を続行せよ>



「了解」



正直、味気ない。

無人兵器などいくら相手にしても淡々としたルーチンワークのようにしか感じられなかった。

ほとんど無防備の偵察機などいくら喰ったところで餓えは満たされない。

スノーフレイク同士の模擬戦闘のほうがまだ燃えた。

しかし、皮肉な事に彼に下された命令は可能な限りこの宙域に留まっての哨戒任務だった。

ようするに艦隊から前進しての露払いである。



やはり機動兵器の敵は機動兵器。

それもバッタのような味気ない敵ではなくて、もっと強敵と言える存在だ。



「……退屈だな」



だが、彼の願いはかなえられる事になる。





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電子作戦艦<アルビナ>・ACDC





ACDC ――― Advanced Combat Direction Center(先進戦闘指揮室)を備えたのはアルビナが最初だった。

その源流は第2次世界大戦時にイギリスで発明された対潜作戦用のプロットルームと呼ばれるものだ。

後にそれはCIC(Combat Information Center)として完成された。

それまで各所に分散していた情報を一箇所に集中することで戦闘をより効率的に行えるのだ。

現在は電子機器とコンピュータの劇的な発展に伴いCDC(Combat Direction Center)へと進化し、

さらに試験的に全艦隊とのネットワークによる集中管制を請け負うために強化されたACDCが登場した。



旧来の戦艦やナデシコが艦橋へ機能を集中させている集中管制方式を採用しているのに対し、

AGIの機動母艦やドレッドノート級戦艦、および電子作戦艦は艦橋とは別にCDCやACDCをもつ分散管制方式を採っている。



単純にどちらが効率がいいかといえば、艦橋に機能を集中させる方が能率はいい。

が、一概にこちらがいいとも言えない理由もある。

バッタのような機動兵器の登場で艦橋の被弾率が従来とは比較にならないほど上がってしまったからだ。

下手をすると全長が数mの機動兵器に取り付かれて艦橋へのミサイル一発で300mの戦艦が無力化されてしまう。

特に機動部隊の大規模な管制を受け持つ機動母艦や電子作戦艦が

ミサイルの1発で指揮管制能力を喪失するのはかなりまずい。



そのリスクを分散させることができるのが分散管制方式だった。

例え艦橋が吹き飛ばされても必要な人材を分散する事で継戦能力を維持する。

船体の中枢に据えられたACDCが機能を喪失する時は艦が沈む時だ。

艦橋のようにそのものが脱出装置になっているわけでもないので、生存率はとんとんと言ったところだった。

集中管制方式と分散管制方式のどちらが優れているかに関しては未だに統一された見解はない。



「幸先がいいな、艦長」



そのACDCでテレサ・テスタロッサ大佐はファルアス・クロフォード中将に声をかけられた。



「まだ前哨戦も始っていませんよ?」



「できる限りの隠密接近が前提だからな。

 そういう意味ではこれも前哨戦だ」



実用化されたばかりのウインドウボール越しの会話。

ファルアスの顔は見られないが、何となく表情は想像できた。



「副長は艦橋か?」



「ええ、マデューカスさんは艦橋です。

 戦闘時にはこの艦のことまで手が回らない可能性がありますから」



「道理だな。

 数百、あるいはそれ以上の機動兵器が入り乱れる戦いを管制しろと言うんだからな。

 できそうか?」



「そうでなくてはこの艦の存在する意義がない。

 違いますか?」



ファルアスは笑ったようだった。

気配が伝わってくる。



「部下が優秀だとますます私のやることがないな。

 敵艦隊との接触までまだ数時間はある。

 私はここで休ませてもらうよ」



本当に休むわけではなく、イスで待つだけだ。

もちろん、軍隊の基本である『急いで待て』だった。



第22任務部隊はその後、3度にわたって偵察機に接触を受けたが、

その全てを敵が非常事態宣言を発する間もなく撃墜していった。





<続く>






あとがき:

特に動きはありませぬ。
戦闘になると本当に長くなるのはなぜ?
今回のは次回とセットで。

あと、最初の電文ですが、日露戦争の話です。
連合艦隊の秋山真之首席参謀中佐が付け加えたのは最後の一文。
『本日、天気晴朗ナレド波高シ』ってこれです。

それでは、次回また。

 

 

代理人の感想

『天気晴朗ナレド波高シ』・・・・山上たつひこ先生のマンガでそういうタイトルのがあったな〜。

何故か巌流島の決闘の話でしたが(爆)。

 

しかし、細部の描写に凝る話にありがちなんですが・・・・長い割に話が動きませんねぇ(核爆)。

言っちゃいけないことかもしれませんが(苦笑)。