時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第14話 熱めの『冷たい方程式』・その3








最善をとるなら戦艦隊の火力で押し切れればそれがベストだ。

戦闘はいかに高い火力を敵へ集中するかが決め手となる。

防御力はその火力を維持するため、機動力は効率よく火力を集中するためのもの。



ドレッドノート級2隻に加えてコスモスの火力が集中できればそれも可能だったかもしれない。

ただし、それをやるには高度な作戦と入念な根回しが必要となる。

特にコスモスは未だにネルガルが完全な譲渡を拒んでいた。

アフターケアの名目で会長秘書を(そして極秘に会長も)送り込んでくるくらいだ。

これでは高度な作戦調整を必要とするような軍事作戦は事実上、不可能だった。

したがって彼らはベストと思われるその手段を放棄せざるをえなかった。



基本的に数での劣勢はどうしようもなかった。

数で劣るならせめて質で、と言うのは誰しも考えることだが、それに関しても大して期待はできなかった。

ゆうがお級の性能ではヤンマ級にせいぜい対抗できるという程度であり、とても数の劣勢を性能で補えるほどではない。

ヤンマ級に対して圧倒的優位を誇るドレッドノートは数が揃わない。

これにはさすがのクロフォード中将も困った。



しかし、そこはそれ。

いつまでも困っているわけにもいかず、彼はある意味で博打にでた。

つまり、根本的に戦艦隊では勝てないのであるならば、それ以外のものを使うという結論を出したのだ。

ある意味では常識的な発想ではある。



だが、この戦争を何を持って乗り切るのか?

戦艦に代わって何を主力とするのかという点においては明確なヴィジョンを持ち合わせてはいなかった。

彼は逆行者ではあるが、彼が生きた時代は常に戦艦が主力艦の座に君臨していたのだから仕方ない。



ただし、火星の後継者の一件でそれは揺らいだ。

とは言ってもナデシコCが圧倒的な電子戦能力でもって艦隊を丸ごと制圧するという離れ技をやってのけたが、

あれは例外中の例外だろう。

そもそもあれほどの艦を作るには時間も技術も足りなかった。

まさしく芸術品のようなあの艦は戦中、戦後を通して発達し続けた電子技術が結集されたものだ。

加えて『電子の妖精』の異名をとるホシノ・ルリ、そしてナデシコAから受け継がれた人類史上最高のAI、オモイカネなくしてあの能力は成り立たない。

『ナデシコはあのただ一隻しか存在しない』との言葉は真実だった。



事実、ナデシコCを目指して開発が進められた電子作戦艦はその目標とは程遠い性能しか発揮できずにいた。

特に黎明期に実験機動艦隊の旗艦を務めた<ビスカリア>は戦艦クラスの船体を丸ごと使ったにも関わらず、

電子戦能力はナデシコAにも劣ると言うありさまだった。



だが、『ナデシコCの模倣』という当初の目的は達成できなかったものの、電子作戦艦は一定の成功を収めた。

特にイーハ撤退戦では機動部隊への管制を担当し、遠距離の標的へ完璧な誘導を行った。

直接的な攻撃ではなかったが、戦艦隊への攻撃のアシストを行い、

アウトレンジからの砲撃で一方的に敵艦隊を撃破するという快挙を成し遂げるのに一役かった。

この意味するところは大きい。



なぜなら、それまではほとんどばらばらに攻撃していた機動部隊の集中管制を行った初めての成功例だったからだ。

ある意味でこの当時の機動部隊戦闘は退化していた。

宇宙は広大で、管制すべき機動兵器の数は少なくとも数百の単位であり、

敵もそれは同様で、合計すれば彼我の機動兵器の合計は1000を軽く超える。

それでも単に飛行の管制だけなら何とかなったかもしれない。

が、忘れてはならないのはそこで戦闘が行われていると言うことだ。

混乱は倍化する。



状況は錯綜し、母艦のCIC……後はCDCとなった戦闘管制室は『オモチャ箱をひっくり返したような』騒ぎとなり、

結果、彼らはある意味で職務を放棄してしまった。

中規模艦隊の多くても五百機なら何とかなるが、それ以上はとても無理という見解を出した。

これではとても木連との戦いでは役に立たない。

なぜなら、その時は最大で数千の規模の機動兵器が入り乱れる戦闘が予想されるからだ。

そのせいもあって、『前回』は数隻規模の防空専門の部隊によって中規模の艦隊を集中的に防御する方法をとっていた。

エステバリスが抱える遠距離でのエネルギー供給の問題もあって、

機動部隊の役割は専ら『敵の機動兵器から艦隊を守る防空専門部隊』だった。



それが変わったのが火星の後継者事件におけるターミナルコロニー<サクヤ>での戦闘。

ボソンジャンプを利用した機動兵器による奇襲によって連合軍は多数の艦艇を撃沈され、

その中には最新鋭のリアトリス級戦艦も含まれていた。



攻撃に使われた積尸気は6m級の機動兵器ながらに対艦ミサイル4発を搭載でき、

撃沈された艦の大半はエンジンブロックと艦橋へ直撃弾を喰らっていた。

これに多大なショックを受けた連合軍はこの戦訓を徹底的に解析した。



結果、これはボソンジャンプの特殊性があって初めて成り立つということとなり……まったく、莫迦げた話だ。

彼らは戦艦に、自らが長年かけて構築してきたシステムに固執したのだ。



この反応は理解できなくもない。

多大な予算と時間をかけてきた行為がまったく無駄だなどということに普通の人間は耐えられない。

「お前はまったく無駄な努力をしてきた」などと言われて納得できる人間は少ないだろう。

そういうことだ。



しかし、この戦争でそれは困る。

戦艦同士の艦隊決戦では地球側はほとんど有利に立てない。

ナデシコがいなかったらどうなっていたかわかったものではない。

ファルアスとしては最悪、ナデシコ抜きでも勝てる戦略を立案しなければ意味がなかった。

戦艦がダメとなればあとは消去法で駆逐艦か機動母艦くらいしかない。

結局、ファルアスが選んだのは後者だった。



要するに彼には他の選択肢がなかった。

したがって、戦後に言われるようになる『この戦争における異常なまでの機動兵器の発達』を見越していたわけではない。



結論を言うならそれでは順番が逆だ。

必要とされたからこそ機動兵器は発達したのだ。

もちろん、機動兵器と言うプラットフォームそのものが発展性秘めていればこそだが、

それでも必要とされたからこそそれは発展を遂げた。



その効果は絶大だった。

第一次攻撃に投入されたのはダイアンサス級機動母艦10隻分の機動兵器980機。

対する木連側の機動兵器はバッタを主軸として1000機程度。

通常では制御不能となるような数の艦載機がこの宙域にひしめき合っていた。



しかし、それらは一糸乱れることなく見事な編隊を組んでいた。

ある種の小型の魚類が自衛手段として行うような密集した陣形。

確かにそれらは戦艦やさらに駆逐艦と比べても小さな存在と言えた。



ただ、それらは大型艦艇の内臓を食い破る牙を持っている。

ただ逃げ回り捕食されるだけの存在ではない。



むしろ大型艦艇は獲物だった。

川に落ち身動きすら満足に取れなくなって骨まで食い尽くされる哀れな獲物。

そこに群がるのは皮膚を食い破り、肉を噛み千切る牙を持ったピラニアの群れ。



木連側にしてみれば悪夢にも等しい光景が各所で発生していた。

その状況を生み出しているのは……



「イシュタルからズール1、左翼へ展開、進路変更……X19・Y37・Z66。 トカゲは10機。

 オメガ3はそのまま進路を維持。 スカル9が直掩につきます。

 スカル9の以降の管制はノイラート大尉へ」



ACDCの一画には機動部隊管制用の区画が設けられ、そこで1人の少女が指揮をとっていた。

アッシュブロンドの髪を三つ編みにし、リボンで結んでいるその少女は可憐と称して相違ない容姿の持ち主だった。

小さな体は指揮官用のシートに埋没してしまいそうである。



「フォーカス1へ通達、正面の敵編隊は壊滅した模様。 追撃の必要はなし。

 ただちに次の目標を指示します。 フェルティス大尉、フォーカス1の管制を引き継いでください。

 右翼へ展開する部隊はフォーカス1とデルタ2で叩きます」



だが、まさしく彼女こそがこの狂乱のオーケストラを指揮する者だった。

テレサ・テスタロッサ大佐は電子作戦艦<アルビナ>の艦長と同時に

艦隊のFCDO ―― ファイター・チーフ・ディレクター・オフィサーを兼ねていた。

意訳するなら戦闘機誘導主任将校とでもなるだろうか。

その役割は単純にいうなら『機動部隊をアルビナから得たデータを使って効率的に誘導する』というものだ。

当初は文字通り『戦闘機を誘導する』ための役職だった。

侵攻をかけてくるバッタなどから艦隊を守るには、レーダー管制を用いた効率的な迎撃でなければ数で劣る地球側はまったく歯が立たないのだ。



ナデシコCのコピーには失敗したものの、ビスカリアは電子作戦艦の可能性を示したという点では評価できる。

CICやCDCでは限界が見え始めていた機動部隊の大規模な管制を集中的に行うための艦としての

電子作戦艦はこうして誕生した。



それは艦隊の目であり耳であり、時に脳だった。

300m級の船体にはあらゆるセンサー、レーダーが搭載され、そしてそれらの情報を統合し、

邀撃と攻撃の指示へ生かすためにのみ高度なコンピュータが搭載されている。



そして極めつけがマシンチャイルドである彼女の存在。

約1700機という艦載機と、それとほとんど同数の敵機が入り乱れて戦闘を行うような状況で完璧な管制を続けた。



それはある種の芸術だった。

兵士の流す血を絵の具とし、死神が描き出す狂気を塗りこめた滅びの美。



ただし、彼女はレーダー上の輝点として、あるいはセンサからの情報としてのみそれを感じるだけだった。

それは幸せなことと言えたかも知れない。

前線で実際に起こっていることを目の当たりにした場合、彼女の精神が耐えられたかどうかわからない。

それはまさに人間同士の殺し合いたる戦争の、まさしくそのものが展開されていたのだから。





○ ● ○ ● ○ ●





巨大な影が迫ってくる。

宇宙空間では大気がないために遠近感が掴みにくく、大きさの判別が難しいがそのシルエットは見覚えがあった。

間違いなくヤンマ級と呼ばれる無人戦艦だ。



「各機続け! あの大物を喰うぞ!!」



ムラタ・シゲアキ大尉は怒鳴った。

彼はイーハ撤退戦で旧式のデルフィニュウムを用いての対艦攻撃を成し遂げたベテランだった。

ただし、あの戦闘で彼の部下も多くが逝ってしまった。

まだ若く、夢も希望も、そして野心もあったであろう部下たち。



半数は攻撃の前にバッタの攻撃と対空砲火で散ってしまった。

防御力など皆無に等しいデルフィニュウムでは多数の損害を覚悟の上でそれでも多数を投入し、戦果を得るしかなかった。



だが、今彼が乗るのは低速で防御力に問題もあるデルフィニュウムではない。

最新型の機動兵器、スノーシリーズの血脈を受け継ぐ名機。

FA−15<アスフォデル>だ。



TM-15<スノーフレイク>の外部強化装甲として開発されたアスフォデルだが、その用途は従来とは一線を画するものだった。

原型となったのはアキトが使っていたブラックサレナであることは言うまでもないが、

北辰らの戦闘用に特化されていたサレナとは違いアスフォデルは対艦攻撃機として設計されている。

と言うか、対艦攻撃機の仕様要求にピッタリとマッチしていたのがAGIが回収していたサレナだった。

武装が少なく火力が不足していることを除けば理想的とさえ言えるものだった。



その圧倒的推力を生かしての突破力、そして多少の被弾ではびくともしない重装甲に桁違いに強力なフィールド。

後付のハンドメイドに近い上に何度も改装を続けているのだら当然だが、設計に無理がないわけではなかったし、

やはりそのまま使うには致命的に火力が不足していた。



それに全体のバランスとしても機動力と防御力に偏りすぎていた。

復讐者の牙、そして黒の王子の鎧としてはそれでいいかもしれないが兵器としては失格だ。

そこで独自の改良と改修を加え、同時に開発が進んでいたスノーシリーズの最新型とあわせることで

汎用性とバランスもとれた純粋な兵器として再設計されたのがアスフォデルである。



外見こそ似通っているものの、中身は別物だ。

サレナのように人の執念が生み出した暗い芸術品ではなく、合理性と計算が導き出した純粋なる殺戮機械。

そういう意味でアスフォデルはサレナとはまったく相容れない存在となっていた。



……例え、同じ戦争の道具とされようとも。



「ターゲットロック! 安全装置解除!」



レティクルに双胴の奇妙な艦影を捉える。

あとはほとんどコンピュータが自動的に偏差誤差の修正や攻撃準備は行ってくれる。

彼の役割はそれを待つだけだ。



ムラタ大尉はイーハ撤退戦時のことを思い出していた。

その時は駆逐艦に対してロザリオの詰まったミサイルを撃ち込むことが任務だった。

したがって駆逐艦を直接的に撃沈したのは戦艦の艦砲だ。



しかし、今回は戦艦の出番はない。

なぜなら撃沈するのは自分たちの役割だからだ。



≪レーザー警報≫



閃光が弾ける。

敵戦艦からのささやかな抵抗というやつだ。

アスフォデルはDFを装備している。

対空レーザーごときで撃墜できるほどやわではない。

それどころかスノーフレイクの40mmレールガンですら弾く。



「3,2,1,発射!」



レーザーがDFに弾かれて閃光を散らすのに構わず彼はトリガーを引いた。

同時に信号が翼下のパイロンに伝わり、信号に従ってつるされていたものがリニアの力で弾かれてDFの範囲外へ放り出される。

慣性で既に相当の速度がついていたが、さらにそれはスラスターに点火して加速する。



アスフォデル1機あたりに2基吊るされていたそれの正体は対艦ミサイルだった。

原型となったサレナに不足していた火力を補うためのものがこれだ。

ASM‐096<パイソン>と名付けられたアスフォデル専用の対艦ミサイルで

クルセイダーと同じく弾頭部にDF中和装置を組み込んである。



狙われた無人戦艦もチャフを展開し、ECMや戦艦と似たような熱源パターンを示すデコイを用いて

ミサイルのセンサーを誤魔化そうとする。

ミサイルが役に立たないと言われるのもこのせいだ。

機動兵器からならばかなり至近から叩き込めるとは言え、それでも一通りの対処を取れるだけの対応時間は残されていた。

ミサイルが高速化したのもこの対応時間をとらせないためにではあるが、宇宙空間ではまだまだのようだ。



だが、開発陣もその程度のことは了解している。

さらなる高速化も検討されているが、それ以上に『騙されないほど賢い』ミサイルの開発に専念した。

パイソンはデコイやチャフに惑わされることなく一直線に戦艦へ向かっていった。



それは名前の由来となった蛇のように執拗に獲物を追跡し……



「命中4! いや、5!

 命中5だ! ざまあみろ!!」



パイソンは完全なパッシブホーミングである。

そしてその嗅覚が追い求めるのは相転移エンジンの吐き出す低位のエネルギー準位に相転移された真空。

エンジンを止めれば避けられたかもしれないが、そんなプログラムはされていない。

そもそもこんな攻撃すら想定外だった。



さしものヤンマ級も片舷に5発の命中弾、しかもエンジンへの2発の命中弾には耐えられなかった。

被弾箇所から盛大な炎を噴出して爆沈する。



それを確認すると不要となったアスフォデルの高機動ユニットをバージ。

高機動ユニットは片道の燃料とミサイルを懸架するためのパイロンでしかない。

身軽となったアスフォデルはそのまま戦闘機として制空戦闘に移行できる。

ムラタ大尉はこれだけで終わるつもりはなかった。



木星蜥蜴どもに地獄を見せてやる。

火星で俺だって地獄を見た!

部下の大半は逝ってしまい、生き残った者たちもその後の戦闘で死亡した。

これが耐えられるか! 

だから貴様らにも地獄を見せてやる!



ふはははは、死ね、死ね、死ね!

貴様らにどんな理由があろうと知ったことか!

地獄へ堕ちろ蜥蜴ども!!



ムラタ大尉は哄笑を上げた。

それは狂気にも通じる病んだ笑だった。





○ ● ○ ● ○ ●





木連艦隊はぼろぼろだった。

特に外周に配置していた艦の損害は大きすぎて数える気にもなれない。

それが機動兵器によってもたらされたものだと信じる人間は恐らく少ないだろう。

それができるのはそれを立案した人間と、仕掛けた人間、そしてそれを実行した人間くらいか、

あとはその被害者くらいのものだ。



「第7艦隊A−11沈黙! M−07爆沈!!」



ギリッと奥歯を噛み締める音が耳障りだった。

まさか機動兵器にここまでしてやられるとは思わなかったが、

現実に起きているのだか認めないわけにはいけない。



「一式を全機上げて!

 戦艦は放棄。 駆逐艦を集結!」



火力は高いが鈍足な戦艦ははっきり言って的にしかならなかった。

駆逐艦もはっきり言って大して役立つとは思えない。



機動兵器に戦艦が撃沈できないと思っていたわけではない。

ただ単に機動兵器による対艦攻撃と言う概念そのものがなかったに過ぎない。

似ているようで違う。

それは致命的な差となって現れた。



偵察用のバッタから送られてきた映像と撃沈された戦艦からの通信にもその死神の姿は残されていた。



「まるで鴉(カラス)ね」



その機体の印象を一言で表すならまさしくその通りだった。

全長は優に15mを超えるだろう。

通常の機動兵器よりも二回りは大きく、全幅も同じく広い。

くちばしか、首のように細長く伸びた機首を持ち、翼のようにも見えるスラスター内臓のバインダーの下には

巨大な円筒状の何かを抱えている。



恐らくはこちらの一式が装備するAFG(アンチ・フィールド・グレイブ)と似たような ――― オリジナルは

どちらかかと問われれば首を傾げざるを得ないが ―――

とにかく、AFGと同じ原理でフィールドを突破してくるミサイルを完成させたわけだ。



「千沙に機動部隊の一切を任せます。

 本艦の直掩と敵攻撃機の迎撃に専念しなさい」



「敵の電波妨害がひどくて管制に支障をきたしますが?」



「それは各個の判断で迎撃」



我ながら無茶な注文だと思った。

しかし、それ以外に命じようもない。



敵艦隊からのECMによって長距離通信は完全に途絶している。

長距離及び中距離までの電波を使った通信は電子作戦艦が完全にブロックしていた。

文字通りの広域妨害(バレージジャミング)。

電波ではなくレーザーかボソン通信を使えば通信は可能だったが、前者はあくまで近距離用で後者は超長距離用。

ボソン通信は機動兵器には搭載していないので、どちらにしろ管制は行えない。



それに対して連合側は大雑把な全体の指示は電子作戦艦が担当し、

各部隊毎の細かな指示は母艦に管制を任せるというシステムを構築していた。

これにより2000機の機動兵器を完璧に連携させて迎撃と攻撃を行っている。

これはある意味、機体の性能が単純にどうこうと言う以上の問題だった。



通信の重要性を説いた軍事論の一説にはこうある。

『敵戦力は1/3は火力、1/3は機動力、そして残りの1/3は通信を妨害、遮断することで自ら崩壊する』。

今の木連艦隊はまさしくその状況にあった。



無人兵器も集結させているが、しょせんそちらは寄せ集めに過ぎない。

数を揃えればそれで押す事もできただろうが、チューリップを潰された今となってはそれも敵わない。

数の上では互角でも質がまったく違う。



無人兵器の有利などしょせんはその程度のものだと舞歌は思った。

やはり最後に戦いに残るのは人間だ。



「敵攻撃隊の第一陣とこちらの直掩隊が接触します!」



そしてそれが悲劇の幕開けでもあった。





○ ● ○ ● ○ ●





上弦の直掩に上がっていたのは全部で98機。

まさに全力だった。



それでも足りているとは思えない。

こちらへ向かってきている分だけでも敵機は200機を越える。

性能が互角だとしてもこれでは数で押し切られてしまう。



「要するに今回は立場が逆になったと言うことか」



御剣万葉は愛機である一式のコクピットで舌打ちした。

実戦はこれで2度目だが、部下を率いるのは初めてだった。



彼女だけでなく、他の幹部クラスの隊員……千沙、飛厘、零夜、百華、三姫、京子なども同様である。

ただし、零夜は北斗の面倒も見なくてはならないので多少負担が大きい。

そのため、彼女の部隊は完全に上弦に張り付いての直掩だった。



逆に万葉の部隊は積極的に邀撃に出ることで敵を漸減するのが役割だ。

スロットルを押し込んで機体を加速させる。

エンジン音の高まりが機体を通してコクピットに重低音を響かせた。



「裕美、可奈、瑞穂、夕菜! 遅れずについてきないさい!」



「「「「了解」」」」



万葉が率いるのは一個中隊13機。

一個小隊が4機の編成でそれが3個で中隊を構成し、万葉は中隊長となる。

今呼びかけたのは各小隊の小隊長である。



列機が万葉の一式戦の後に続くが、その動きはどこかぎこちない。

それも無理のない話だった。

実戦参加はこれが初めてとなる者がほとんどなのだから。



中隊長の万葉でさえ2回目であることを考えるなら、まったく話にならない。

地球側であれば正気を疑われるような編成である。

それでも人手不足の木連では精一杯の贅沢だ。

練度と数の不足は無人兵器との連携でなんとかするしかない。



上弦から得られた情報では敵機は確実にこちらを目指しているとのことだ。

長・中距離通信が妨害されている関係で邀撃に出れば上弦とのリンクは途絶する。

つまり、万葉は独力で新米の部下たちを指揮して数倍の敵機を邀撃する必要があるわけだ。



敵機との相対速度と一式の最大速度、及び最大速度への加速に要する時間、

その他の要因を含めても会敵に要する時間は約17分。



万葉にとっては胃の痛くなるような17分だった。

同時に部下を率いる事の怖さを知る。

他人の命にまで責任を持つと言うのはかくも重いものなのだと。



○ ● ○ ● ○ ●





ユリカにとって万葉が感じていることは当然だった。

艦長としてナデシコに着任した時、彼女はまだそれを知らなかった。

だが、火星の生き残りを自分のミスで死なせ ―― 否、『殺して』それを知った。



戦後になって「あれは仕方なかった」、「他にどうしようもなかった」そう言って庇ってくれる声もあった。

一方で「なぜ敵地で戦艦を着陸させたのだ」「グラビティブラストが効かなかった場合は考えていなかったのか」と

判断ミスを責める声もあった。



そのどちらが正しいともいえない。

判断ミスを責める声は、それならば同じ状況下でそれ以上の判断ができたのかといえば、必ずしもそうではない。

後知恵であればいくらでも非難できる。

「自分なら〜」などと言うのは机上の空論に過ぎない。



また、擁護する側にしても、こと指揮官においては「仕方なかった」は通じない。

何が起きても、その結果どうなろうともすべて指揮官の責任となる。

仮にユリカの決断でクルーが死亡し、その遺族に「お前のせいだ」と言われても彼女は反論できない。



指揮官の仕事とは突き詰めていけば「決断すること」と「責任の所在を明確にすること」の2つに絞られる。

この責任を放棄した指揮官は指揮官ではない。

人の上に立つとはそういうことだ。



そいう意味で連合の高官たちは責任を放棄した指揮官と言えた。

前回の戦後に彼らはすべての戦争責任を事実上の敗戦国たる木連に押し付け、草壁以下の首脳陣を一方的に戦犯と決めつけ、

自分たちは100年前の過ちを公表したものの、当事者は残っていないとして誰一人責任を取ることなくその地位に留まり、

そして結局、開戦前に木連からの接触があったことすら隠蔽した。

もしそれを認めたら今度は連合の首脳部が責任を追及されるからだ。



俗に「ケンカ両成敗」と言うが戦争は負けた側が一方的に悪として断罪される。

これははるか昔から続く人類社会の悪しき慣例だった。



話が逸れたが、ユリカは責任を取るという意味では指揮官として正しい資質を持っていた。

だから悩んでいる。



即断即決をモットーとするユリカではあるが、悩むことだってある。

何もかもを直感とひらめきで乗り越えられるはずもなく、また、それだけしかないのではただのバカだ。

戦闘中のとっさの判断は直感に近いものがあるが、それにしたって明確な経験に裏打ちされたものだし、

ひらめきは日頃の思考の蓄積があるからこそである。



「ルリちゃん、現在の戦力で守りきれる確率は?」



「シミュレーションでは全艦無事にすむ確率は23%、ナデシコが撃沈してあとは無事と言う確率が37%、

 ドック艦ごとナデシコとドレッドノートが撃沈される可能性は59%。 もっと言いますか?」



「うっ、もういいよ」



要するに現有の戦力では守りきれない。

そう言うことだった。

実に分かりやすい。



コスモスのタカマチ少将からナデシコに要請が来たのが5分前。

その内容は「こっちの部隊だけでは足りないからナデシコからも直掩機を出してくれ」と言うことだった。

ちなみにコスモスは80機の艦載機を搭載でき、ダイアンサス級に至っては108機、軽機動母艦でさえ56機搭載できる。

今さらナデシコの6機が加わったところでと思わなくもないが、意外と事態は切羽詰っていた。



ナデシコの帰還を予想していたクロフォード中将にも誤算はあった。



まず第一にドレッドノート級が期待していたほど戦果を上げられなかったこと。

これは睦月の存在が大きい。 質では勝っているはずの弩級戦艦2隻と敵戦艦1隻で相打ちに持ち込まれてしまったのだから。



第二にナデシコの損傷が想定より大きく、中途半端な形になってしまったこと。

わかりやすく言うならクロフォード中将が想定していたのは「ナデシコ火星で撃沈、帰還せず」のパターンと

「ナデシコ史実通りに帰還、GBでどっかーん」の2パターン。



前者の場合はナデシコの一撃がないために苦戦はするだろうが、コスモスと2隻の弩級戦艦の火力でごり押しできる。

それでも足りなければ機動部隊と宙雷戦隊の飽和ミサイル攻撃が残っている。

ドレッドノートでチューリップを潰せばあとは火力を集中して叩き込めばいいだけ。

別に奇策でもなんでもない王道中の王道たる艦隊決戦で勝利できる。



後者の場合も大して変わらない。

ナデシコの一撃に巻き込まれないような配置を取っていたし、巻き込まれても多少の損害には目をつぶる。

ナデシコのフォローに弩級2隻と、それでも足りなければコスモスをあててあとは前者と同様。

さらにナデシコの火力まで加わるからさらに楽になるだろう。



しかし、現実はそのどちらとも違った。

ナデシコはぼろぼろの状態で帰還し、ある意味期待していた一撃はなく、しかも単独では防衛もままならない。

立場上、それを見棄てるわけにもいかず、ドレッドノートの救援も兼ねてコスモスを派遣する羽目になった。

コスモスを戦闘機動母艦に改装したのはナデシコの整備でコスモスが動けなくなるのを嫌ったからだと言うのに

これでは結局、ナデシコのためにコスモスと言う有効な戦力が拘束されてしまったことに変わりはない。



弩級戦艦2隻が戦力喪失、ナデシコも参戦できず、コスモスも拘束された状態である。

切り札のことごとくを潰されたようなものだ。



最後に残ったのは宙雷戦隊と機動部隊による飽和ミサイル攻撃だが、

宙雷戦隊と機動部隊では速度に差があって連携攻撃は難しく、断念。

機動部隊による至近からのミサイル攻撃へと戦術を切り替えて攻撃を断行した。



結果は予想外の大成功といったところだが、機動部隊のみの攻撃で戦艦隊や宙雷戦隊は遊兵化。

一撃にすべてをかけた機動部隊の方は第12独立艦隊は直掩まで削って攻撃隊を送り出したために防御が手薄になった。



……そこを敵に突かれた。



さすがに殴られっぱなしで済ませるつもりはないらしく、無人兵器の大群が迫っていた。

位置的に孤立している第12独立艦隊は支援を望むべくもなく、また、逃げ出そうにも荷物を2つも抱えている状態だ。

直掩に残っているのはわずかに70機程度でしかない。

ナデシコに直掩機を出してくれと言ってきたのは「せめて自分の面倒は自分で見てくれ。 こっちはもう見きれない」という意味だ。



「アカツキさんを入れるとして、ナデシコが出せるのは最大で5機……」



「7機です、ユリカさん」



ルリが訂正する。

その2機分の差が意味するところは明白だった。



「……ルリちゃん」



非難がましい視線を義理の娘だった少女に向ける。

ルリもその視線に真っ向から向き合った。



「ヤマダさんとイツキさんを除外すべきではありません。

 この場合は全機で防衛しなければ沈められます」



「………アキトがいるもん」



そう言うものの、ユリカの声には自信がない。



「ユリカさんだってわかっているはずです。

 アキトさんだって万能ではないんです。

 もし火星での敵が出てきたら、全機でなければ守りきれない」



ルリの言うことは正論だった。

可能性の問題として全機上げたほうが守りきれる可能性だって高くなるし、余裕もできる。

だが、ユリカとしてはあんな状態のパイロットを戦場に出したくはない。

あれでは間違いなく遠からず死ぬ。

死ぬとわかっている人間に出撃を命じるというのは「死んでこい」と言うのと同義だ。



「敵第一波と直掩隊が接触! コスモスより対空戦闘用意の命令がでました!!」



メグミの報告は、つまりタカマチ少将は現有の直掩だけでは防ぎきれないと判断したということだ。

敵機を撃墜するのは基本的には直掩の機動兵器の役割であって、艦の対空砲火で防空を行うのは最後の手段だった。

ナデシコは動けず、ドック艦は非武装とあってはエステバリス隊にすべてをかけるしかない。



「……ユリカさん!」



ルリの声。

クルーの視線。



「―――――、―――――」



ユリカは決断した。





○ ● ○ ● ○ ●





自室での待機、つまり事実上の謹慎を命じられながらも、ヤマダの心は空虚だった。

空虚でありながら、黒い情念が渦巻いて消えない。

くすぶって、何かきっかけでもあれば燃え上がってしまいそうな。



『ジョーーーーッ!』



つけっぱなしのTV画面の中では繰り返しそのシーンだけが放映されていた。

『壮烈!! ゲキガンガー炎に消ゆ!!』の回だ。

第27話(3クルー目の第1話)に相当するこの回でゲキガンガーはパイロットの1人である海燕ジョーを喪失する。

自らの身体がゲキガン放射線に蝕まれ死が間近であったジョーは死に場所として病院ではなく、戦場を選んだ。

自分に構わずゲキガンフレアを放てと言うジョー。 それはできないと言うケンに、ジョーは自らが長くないことを告白。

ケンは断腸の思いでゲキガンフレアを放ち、敵を撃退するが、ゲキガンガーは傷つき、ジョーは親友の腕の中で息絶える。



『……すまない、ななこさん。

 ………海へは……もう…行けそうも……ない………ぜ』



『ジョーーーーッ!』



ケンの絶叫が響く。



それを見ながらも彼は以前のように心に響くものを感じられなかった。

つい、自分の状況と比べてしまう。



自分と同室だったロイはこの手の趣味に関して寛容、と言うかある意味で同類だった。

ロイの場合は巨大ロボットではなく、いわゆる『変身ヒーロー』のほうだったが、お互いに熱血では共感していた。

このシーンを見せた時にはお互いに感涙にむせび、抱き合っているところをアンネニールに見られ、

別世界の生き物でも見るかのような視線で「……まあ、趣味と性癖は人それぞれだと思いますよ」と言われた。

その後、イツキに心配そうに「ヤマダさんって、男性と女性のどちらに興味があります?」などと

意味不明のことを聞かれたりしたが、今となってはそれも戻らない過去の一部。



当事者の内の2名はもう、ナデシコにはいない。



その事実を確認するたびに込み上げてくる発作的な怒りを抑えきれないでいた。

拳のあとが付けられた壁がそれを無言で雄弁に語っている。



『男の死に様はこうあるべきだよな!』



そういうヤマダに対し、ロイは珍しく反論した。



『主人公が物語の途中で死んでどうするんだ。

 やっぱハッピーエンドだろ』



そう言ってからロイは少し意地悪げに微笑むと、



『ただし、続編には注意だな』



と付け加えた。

何でも続編を作ると前作の主人公は殺されたりしてなかったことにされるらしい。

“門番21”や“センチメンタルなんとか”とか言うのもが最たる例、らしい。



『だから主人公になりたかったら死ぬなよ。

 死んだら脇役決定だからな』

それはロイ自己流の励ましだったのかもしれない。

お前は死ぬな、という真摯で純粋なメッセージ。



それを語った当人は……



「ヤマダさん、いいですか?」



「……開いてるぜ」



打ち付けようとした拳を引き戻しながら答えた。

一拍置いて扉が開く。



「来ちゃいました」



「自室待機って言われなかったか?」



ヤマダはイツキの方を見なかった。

気配が近付き、隣に腰掛けても視線は正面のモニターから外さなかった。



「いいんですよ、どうせ出撃する時は一緒なんですから」



それからしばらく2人は無言だった。

ただ繰り返されるアニメーションの音声だけがスピーカーから流れるのみ。



そして繰り返される悲劇。

が、それは喜劇だ。

最終回で何の脈略もなく復活するのだから。



イツキもヤマダと2人で見たことがあるから知っている。

アンネニールには「……もうちょっと、こう、色気みたいなものを出そうよ」と言われたが。



……けっきょく、私もあの人たちを引きずっている。



思考の節々であの2人のことを思い出してしまう。

つい最近まで一緒の部屋で暮らしていた相手なのだから無理もない。

それを簡単に忘れられるほど人の記憶は便利でも、冷酷でもなかった。



「……イツキ」



「はい」



「俺はわからねぇんだ。

 戦いたいと思う。 仇をとりたいと思う。

 やつらを許せねぇと思う。

 だけどな……」



イツキは血を吐くようなその言葉を黙って聞き続けた。

それで自分の中の思いも固めるようにジッと聞き続けた。



「戦う理由がわからなくなっちまった」



そして深い、深い、深遠に沈むような溜息をつく。



「正義のためだと思ってた。

 この戦いは正義にためだと思ってた。

 だけどな、今は復讐しか考えられねえんだ!」





「………………」



沈黙が落ちる。

イツキはかける言葉が見つからず、彼は続ける言葉がなく。

それ故に2人の間には鉛を溶かしたような重い沈黙だけが残った。



復讐を戦う動機にしたくはない。

戦い続ける理由にはできない。

だけど、戦うことでしか復讐は果たせない。



ヤマダ・ジロウにとってそれは大きな矛盾だった。

アキトは復讐を戦いの動機とし、理由とし、目的とした。

血にまみれ、敵を殺し、己も殺し、愛したものを捨てた。

愛してくれた人を捨てた。

ただ、最愛のすべてを取り戻すために、それ以外の全てを捨てた。



だが、ある意味でヤマダ・ジロウは骨の髄まで熱血バカだった。

彼の愛したゲキガンガーは、ただ正義のために戦った。

ただの一度として正義を曲げた事はなかった。

正義のために愛したアクアマリンと戦った。

正義のためにナナコの兄、六郎とも戦った。



親友になれたかもしれない男、アカラ王子と戦った。



……海燕ジョーを殺されても、ただ正義のために戦い続けた。



それが正しいのかどうかはわからない。

ただ、彼にとって正義を貫くことは重いことだった。

同時に正義のためにこそ戦うべきであると考えていた。

逆を言うならそれ以外の戦いは悪である。



戦うことはすなわち相手を傷付け、時に殺すことでもある。

その重さを知るが故に彼は己を律する法として正義を用いた。

一歩間違えればどこぞの独裁者や原理主義者のような考えではあるが、

かのような唾棄すべき輩と一線を画していたのは、やはりその信念だった。



戦うための理由が正義なのではない。

正義のための手段が戦いなのではない。

常に彼にとって戦いと正義はイコールだった。

そこに正義があるからこそ戦うのだ。

戦うからこそ正義なのだと。



しかし、彼の中では復讐は正義ではない。

それは暗い衝動だった。

理性よりも深く、怒りより暗い衝動。



正義ではない。

しかし悪でもない。

それは衝動だった。



「だから……戦う理由がなくなっちまったんだ」



握った拳を凝視する。

その瞳は今を見ず、その言葉もイツキに向けられたものではなかった。

しかし、それでも何か口を開こうとして……



「君が戦いを放棄するのは勝手だけどね」



声が割り込んできたためにタイミングを逸してしまった。

アカツキが扉に肘をつき、体重を預ける形で立っている。

そう言えば鍵を閉めていなかった。



イツキが睨むのも無視してアカツキは続ける。



「戦いのほうは君を放してはくれないよ」



2人は答えない。

イツキには陰鬱ながらアカツキの言葉の正しさを認めた。

たとえ彼がどんな状態であってもここは戦場だ。



戦わなければ生き残れない。





○ ● ○ ● ○ ●





優華部隊に入隊したきっかけは親の進めていた縁談のせいだった。

沢木瑞穂一尉(優華部隊は正規軍ではないため“少尉”ではなく“一尉”)はそれが気に入らなかった。

木連の女性としては珍しく、彼女は地球と同じような男女平等を考えていた。



少なくとも自分の生涯の伴侶くらい自分で選びたいと考えていた。

それなのに彼女の両親は勝手に許婚を選び、縁談を進めていた。

もちろん抗議したが、両親が聞き入れるはずもなく、喧嘩となって彼女は家を捨てた。

木連で『家を捨てる』という行為は重大な背信行為になる。

それに封建的で男性社会の木連において女が一人で生きていく術などそう多くはない。

けっきょく彼女が選択したのが軍への入隊だった。



他に選択肢がなかったとは言え、そこは案外悪くなかった。

同じような事情を持った仲間がいたし、信頼できる上官に出会えた。

とは言え、両親へもわだかまりはまだ残っていたし、家を捨てることへの苦悩もあった。



しかし、軍人としてこの一式を操っている時は不思議な高揚感に包まれ、

そういったしがらみを一時的とは言え、忘れることができた。



「親鳥から雛鳥へ、警戒を怠らないように。

 特に後方と上下方向はね」



「了解」



上擦った声で返答する。

無線機の向こうで万葉は苦笑したらしい。



だが、彼女は単純に万葉の元に配置されたことを喜んでいた。

直属の上官である御剣万葉は面倒見がよく、列機を大切にする事でも知られていたからだ。

例えば腕はともかく周囲にまったく構わない北斗はまったくもって指揮官向きではない。



新米パイロットはそのことにはかなり敏感だった。

指揮官の判断の良し悪しに自分の命がかかっていることを考えれば別にこれは不思議ではない。

無能な指揮官、自分本位の指揮官の元に配属された兵士の未来は、多くの場合『戦死』の2文字だ。



万葉の傍に居れば死ぬことはない……。



沢木瑞穂一尉はそう考える一人だった。



しかし……



それ、が降ってきたのは沢木一尉の思考からきっかり4秒後だった。

奇しくも万葉の言ったように後方、しかも相対的には上方から被るようにしてそれは突っ込んできた。

これはまったく理にかなった攻撃パターンだ。



基本的に人型を模している機動兵器は被弾面積が最も大きくなる

(撃つ側から見れば的が大きくなる)のは正面か背後から狙われた時だが、

真っ向正面から撃ち合うのは相打ちになる確率が高いために、一定以上の練度を持つパイロットはまずやらない。

当てやすく、安全なのはは後方から撃つことだが、それは射撃を外した場合、

もしくは撃墜したとしても敵に僚機がいた場合には背中を晒すこととなる。



そのため、攻撃するときは斜め後方から突っ込んでの一撃離脱が理想といわれている。

人の性として平面上の動きより上下方向の移動のほうが補足しづらいために反撃を喰らう危険が少なくなるのだ。



沢木一尉を攻撃した敵機はそういう意味では理想的な攻撃パターンを実行していた。

レーダーが警告を発する暇もない。



その刹那、沢木一尉は腕にハンマーで殴られたような鈍痛を感じた。

続いてかすかな痺れ。



……なにが?



怪訝な表情で右腕へ視線を移した彼女は危うく卒倒しかけた。

命中した機関砲弾の破片が右腕を切断していたのだ。

肘から下がごっそりと消失し、骨が露出し、赤い肉から大量の血液を流失していた。



不思議と痛みは感じなかった。

そういえば個人差はあるが、人体は激しいショックからの防護策として痛覚の一切を遮断することがあると聞いたことがある。

これはきっとそのせいなのだろう。

しかし、血液がこの調子で流れていけばいけば、いずれ失血で……



それは半ば逃避に近い思考だった。

しかし、徐々に現実が思考に染み込んできた。



「 ―――― !」



彼女は悲鳴を上げかけ……しかし、それは果たされなかった。

後方からコクピットを貫通した30mm砲弾のうちの一発が背骨を砕き、肺に到達したところで信管を作動させた。

内蔵された炸薬によって彼女は肺と心臓を含めた臓器を吹き飛ばされて即死した。

最期にその口から漏れたのはわずかな空気の音と大量の血液、そして砕かれた臓腑の破片だけだった。



そしてコンマ一秒後、彼女の一式戦は内蔵したスラスターの燃料に引火して爆散した。

まるで主の屍を晒すのを拒むかのように完全にバラバラとなる。



沢木瑞穂一尉はこうして死んだ。

未来にあったかもしれない幸福も、今に残る苦悩や葛藤、過去に残してきた家族の思い出もすべて無に帰す。

皮肉にも彼女はこうしてすべてのしがらみを捨ててこの悪しき世界から解放された。



その命と未来すべてを引き換えとして。





○ ● ○ ● ○ ●





「瑞穂!」



爆発の後には何も残っていない。

彼女の存在した痕跡は何も。

その墓標を知るのは万葉と、一式を撃墜したパイロットのみだ。



「……くっ、よりによって雪型か!」



一式はエステバリスを元にして設計されている。

従って仮想敵もエステバリスであり、それに勝てるような性能を与えられている。

逆を言うならエステ以外はまるで未知の相手といえた。



特にスノーシリーズ(木連では雪型と呼称)は厄介な相手だった。

エステバリスを上回る加速性能を持ち、レールガンとマシンキャノンを装備する過剰とも言える火力。

これに一撃離脱を仕掛けられたらエステはひたすら回避に専念するしか手がなくなる。



しかし、一方で欠点もある。

レールガンはエネルギーをバカ喰いする装備で、連射性能はそう高くない。

補助兵装の30mmもあるが、そちらは携帯弾数に難がある。

それに加速力を重視した大型スラスターは、一方で旋回性能を犠牲にしていた。



一式戦なら旋回戦では間違いなく勝てるし、重力波スラスターと燃料式スラスターを併用する関係で

加速力に関しても引けをとらない。

主兵装の30mm機関砲はスノーシリーズのものより砲身が長く、初速が速いために攻撃力は高い。

新型のドラム式マガジンの採用もあって携帯弾数もそれなりの数が確保されていた。



すかさず追撃に移る万葉。

慌てて僚機のうちの2機がそれに続いた。



さすがに距離は縮まらない。

が、万葉は経験から敵機がこれ以上加速をすることはないだろうとあたりをつけていた。

大気摩擦がないために宇宙では理論上は光速まで加速を続けられるわけだが、そんなことをすれば機体のほうが耐えられない。

下手に旋回に入れれば横殴りの急激なGによって分解してしまうことさえありえる。



その限界がこの程度のはずだ。

実戦はまだ2回目だが、初期のころから機動兵器の戦術開発に携わっていた幹部クラスの彼女は、

当然ながら何百時間という訓練は行っている。

その中には仮想敵に鹵獲したエステやサマースノーを使った実戦形式の訓練も含まれていた。

その経験から彼女は敵が加速を止め、旋回して離脱に転じるであろうことが判っていた。



そうしたら距離を縮め ――― 何しろ一式は構造材の変更によって機体剛性を高め、

重力波・燃料式スラスターの併用でサマースノーを上回る加速性能を確保している。

そうすればあとは後方から襲い掛かって撃墜するだけだ。



「……仇はとらせてもらう」



暗い愉悦の笑みを浮かべてスロットルを最大まで押し込んだ。

旋回に備えて肩の燃料式スラスターをスタンバイ。



そろそろのはずだ……。



しかし、万葉の予想は裏切られた。

敵機はそのまま加速を続け、易々と一式戦を振り切ってから上昇に転じた。



「そんなバカな!」



万葉は信じられない思いでそれを見送った。

速度計に目を移す。



それはそろそろ一式戦の限界速度が近いことを示していた。

これ以上加速すると機体剛性を上回る負荷によって機体が分解しかねない。

呻きつつスロットルを引き戻して機体を引き起こしにかかる。



第二撃が襲い掛かってきたのはその時だった。

背後にずんぐりとした漆黒の機体が現れたと思った瞬間、続いていた2機の一式が火球と化す。



「千歳! 初穂!?」



当然ながら2機のパイロットからの返事はない。

とっさに彼女は機体をロールさせて射線から逃れる。



コクピットに鈍い軋みが伝わってくる。

警告灯がいくつも点滅し、凄まじい速度で流れる景色に上下感覚を失調しそうになる。

こんな速度でロールを打ったのは初めてだった。

機体は分解寸前だった。



空中分解の恐怖に青ざめながらも万葉は操作をやめなかった。

果たしてその効果はあった。

敵機の砲弾は万葉の機体を捉えることなく虚空へ流れていったのみだ。

IFSによって機体各所のスラスターを噴かすと、何とか体勢を立て直す。



だが、それを嘲笑うかのように漆黒の機動兵器は一式戦の横を通り過ぎていった。

悔恨に歯噛みしながら通信機を起動させる。



「万葉より、上弦。 敵の機動兵器は雪の新型!

 加速力はこちらよりも上だ!!

 確認しただけで3機が喰われた!



 未知の新型も確認!

 火星でナデシコに搭載されていた黒い奴に酷似している!」



万葉は知らないことだが、彼女がサマースノーと誤認したのは新型のスノーフレイクだった。

サマースノーの正式な後継機であり、シルエットもよく似ているので誤認したのも無理はない。

よく見ればスラスターが脚部にあったり、万葉たちの部隊と接触したのはA型兵装の制空部隊だったから

背中と脚部に追加された燃料式スラスターが確認できたことだろう。

そして未知の新型といったのはスノーフレイクの強化装甲装備のアスフォデルだった。

事前に上弦で確認できたのは高機動オプションを装備した対艦攻撃形態だったから同一の機体とは到底思えなかったのだ。



しかし、通信機から帰ってくるのは意味をなさないノイズだけだった。

通信妨害の影響は依然として残っている。

万葉の警告は他の部隊に届くことはなかった。



内心で罵倒しつつ、近距離用のレーザー通信で何とか生き残った部下を集める。

万葉が確認した撃墜は3機だけだったが、集まったのは14機中のわずか6機だけだった。



だが、これは悲劇の一端にすぎなかった。

それでも彼女たちは戦い続けなければならなかったのだから。





○ ● ○ ● ○ ●





しかし、栄えある木連優華部隊が一方的に叩かれているだけなどと言うことはありえなかった。

戦闘とは常に双方に多大な損害を強要するものである。

それを証明する光景がここにはあった。



「はああッ!」



鳥を連想させる重厚なシルエットの機体が一瞬の交差で後方へ流れる。

それはバランスを崩した独楽のようにくるくると回転して……数秒後に爆発。

北斗の一式戦に背中のエンジンを切り裂かれた結果だった。



強力なDFと過大なまでの重装甲を持ち、加速力もエステやスノーフレイクを遥かに上回るアスフォデルだが、

それでも不死身の機動兵器などというものは存在しない。

アスフォデルにも構造上の弱点(欠点にあらず)はあった。



原型となったブラックサレナではテールバインダーの基部が納められていた背中。

アスフォデルは対艦攻撃と射撃戦に用途を絞った結果、テールバインダーは不要と判断され、それは取り除かれた。

そしてそこに生まれた余剰スペースを有効利用すべく、エンジンがもう1基搭載されることとなり、

これによりアスフォデルはスノーフレイク本体のものと合わせて2機のエンジンを搭載する“双発機”となった。



エンジンを2基積んだことによって出力にかなり余裕ができ、レールガン2門の火力を実現しながらDFの防御力も原型機を上回るという

かなり化け物じみた機体となったわけだが、これはある意味で諸刃の剣となった。

エンジンは外部に取り付けられている関係で装甲が施されていなかった。

いや、一応の防弾装備はあるが、他の箇所が50mm級の特殊複合装甲で覆われていることを考えれば、

20mm特殊鋼板一枚という数字はあまりにも薄すぎた。



それに推進機に燃料式スラスターを採用しているのも問題だった。

重力波スラスターに比べて即応性に優れ、エネルギー消費も少なくてすむのは大きな利点だが、

被弾時に可燃物となって爆発の危険性があるというのは機動兵器にはかなり致命的だ。

アスフォデルはエンジンに被弾した場合、そこからスラスターの燃料に引火して爆発する危険性があるのだ。



だが、開発陣もそれに気づいていなかったわけではない。

燃料タンクに防弾装備と自動消火装置をつけていたし、いざとなれば強制的にバージできる。

いや、そもそもそれを防ぐために強力なDFを装備しているのだ。

これは自前の40mmレールガンすら弾くほどの代物だった。



が、何事にも例外というものは存在する。

一式戦はAFG(アンチ・フィールド・グレイブ) ――― 連合で言うところのフィールドランサーを装備していた。

アスフォデルのDFもこの前には無力だ。



フィールドを無力化され、エンジンを狙われたアスフォデルは次々と撃墜されていった。

第一次火星会戦を生き延びたベテランがあえなく炎の中に消え、あるいは若年搭乗員が永遠にベテランとなる機会を奪われていった。



彼らはある意味で運がなかった。

『真紅の羅刹』と恐れられる北斗が守る上弦を攻撃しようとして、その逆鱗に触れてしまったのだから。

高機動ユニットと対艦ミサイルを捨てて慌てて逃げに転じる機体もあったが、北斗は容赦しなかった。

DFの効果が発揮できないほどの、そしてアスフォデルでは腕が届かないために対処しようがないほどの至近。

右腕に固定された30mm機関砲を脇の下に押し付けて ――― 発砲。



北斗はアスフォデルの構造を知っていたわけではないが、鎧武者の弱点は熟知していた。

狙うのは首と脇である。

ここは可動部分であるために構造上どうしても装甲を施せない。

それはアスフォデルも同じだった。 脇の下からは『中身』であるスノーフレイクが露出している。



そこから30mm機関砲を撃ち込まれたのではひとたまりもない。

コクピットに立て続けに命中した30mm砲弾がパイロットをミンチに変えた。

内臓を吹き飛ばされ、腕が千切れ飛び、家族の写真をしまっていた胸ポケットが鮮血に染まる。

絶叫は真空に阻まれて外へ漏れることはない。



ただの浮かぶ鉄塊となった機体を無造作に放ると北斗は次の獲物を探し始めた。

次に犠牲の羊として捧げられたのは制空隊のスノーフレイクA型だった。

しかし、彼らは牙を持つ羊だった。

狼には敵わぬと知りながらも任を全うしようと北斗の一式戦に挑みかかる。

1機あたり12発のミサイルが6機分72発一斉に放たれる。



「ふんっ、温いな!」



ギリギリまで引きつけ急速にロールに入れて背面機動。

目標を見失ったミサイルが誘爆を起こし、爆炎が空間を焼いた。

運悪く北斗の一式を見失ったミサイルに代わりとして喰らい付かれた一式戦が爆発に巻き込まれたが、彼の知ったことではない。

爆発によってセンサーもレーダーも使用不能になって立ちすくむスノーフレイクの1機にイミディエットブレードを振り下ろす。

人間で言うところの脳天から股間まで唐竹割り2枚に下ろされる。

パイロットは即死だろう。



さすがにこの光景に、残されたパイロットは恐慌状態になってがむしゃらに発砲するが、

そんなものが当たる筈もない。

胴を薙がれ、コクピットを貫かれ、あるいは砲弾によってスラスターを撃ち抜かれて爆発する。



「………雑魚どもが」



2個中隊28機もの機動兵器が北斗によって屠られた。



……恐ろしいことに、それでも彼は退屈していた。





○ ● ○ ● ○ ●





だが、それでも全体的な状況は連合に傾いていた。

攻撃隊は多大な犠牲を払いながらも次々と木連の艦を撃沈していていった。

もはや月防衛艦隊は見る影もないほどにその数を減らしている。



万葉にもそれは見て取れた。

機動兵器では全体の戦況を俯瞰することはできないとは言え、途中で目に付くのはミサイル攻撃で撃沈された駆逐艦や、

中には戦艦クラスのものまであった。



そして機動部隊戦闘では北斗が踏ん張っているものの、一人で戦況を変える事などできるはずもなく、

当初は12機いた僚機も残りはわずかに3機。

自身を含めてもようやく一個小隊を形成できるに過ぎない。

残りの9機がどうなったかは言うまでもない。

彼女たちは残らずその若い命を散らせていた。



零式もそうだったのだが、一式戦もエステに勝る攻撃力と機動力を確保するために防御を犠牲としていた。

シールドとピンポイント方式のDFではおのずと限界がある。

戦後に一式戦を調べた連合の技術者たちはその設計に戦慄した。

エンジン出力の低さから重力波スラスター単体では十分な推力を得ることができずに燃料式スラスターを肩や背中、脚部といった

機体各所に装備しているのはスノーフレイクA型やアスフォデルも似たようなことはやっているのでさほど珍しいことではない。

ただし、燃料タンクは申し訳程度の防弾装備しか施されておらず、アスフォデルのような重装甲もない。

それでいてDFはコクピット正面のみのピンポイント方式。



つまり、“運良く”コクピットに弾が当たれば弾けるが、それ以外の箇所は容赦なく貫通する。

しかも肩や足にはスラスター用の燃料タンクがあり、これが誘爆を起こす可能性すらあった。

まさに『ワンショット・ライター』と揶揄されたままの機体だった。

危険極まりないとしてこの設計は非難されることとなる。



だが、これには理由がある。

木連の基礎工業力では十分な出力をもったエンジンを開発できなかったこと。

そして、正規の機動母艦を持たなかったこと。

この2つが一式戦の設計に大きな制約を課した。



エンジンの出力が十分なら重力波スラスターだけで何とかできた。

そして例え燃料式スラスターを装備するにしてもDFで防御力を高めることができた。



そして意外に無視されがちなのが、もう一つの理由である機動母艦を持たなかったこと。

上弦はあくまで戦艦である。

余禄として機動兵器を運用できるに過ぎなかった。



当初の一式戦は基本的にはチューリップを使って運用される予定だった。

基地などからチューリップを通過して長距離侵攻を仕掛けるのである。

このため、燃料式スラスターを装備しながら稼働時間を長くすることが求められた。



もし、一式戦が機動母艦での運用を大前提に設計されていたなら、

エステのように外部からのエネルギー供給方式となったかもしれない。

あるいは燃料タンクを胴体のみにして防弾装備を施せたかもしれない。

どちらも航続距離は短くなるが、母艦が近くにいて回収できるなら問題はない。



現にスノーフレイクのA型兵装は燃料式スラスターで推力を強化していたが、

これを使うのは戦闘機動時の短時間のみで、燃料タンクは胴体のみ。

これらの装備は緊急時には切り捨てることも可能だった。

航続距離は短くなるが機動母艦から侵攻をかける分には十分だったし、

巡航時は重力波スラスターのみの推進で十分だったから問題はない。



一式戦はそういった制限の中で可能な限りの対処がとられていた。

防御は犠牲となっていたが、機動力と攻撃力は原型となったエステを上回る。

惜しむべきは、これはベテラン向けの機体であったことだ。

敵の攻撃を巧みに回避し、機動力を目一杯使って戦闘できる腕を持ったパイロット(例えば北斗)が使えば

スノーフレイクにすら対抗できる。

しかし、木連にはベテランといえるパイロットは少なく、一式戦の悪いところばかりが目立ってしまったことだ。



一式戦は後に神皇シリーズや夜天光などの小型機動兵器を生み出す基盤となった名機である。

これがなければ『ジンタイプの小型化』というコンセプトの夜天光は小型機のノウハウの不足で戦争に間に合わなかっただろうし、

小型機動兵器の発展型である神皇シリーズなど影も形もなかったとさえ言われている。



しかし、今現在その機体で戦わねばならない万葉には関係のないことだ。

防御力の不足はそのまま消耗率の高さとしてのしかかってくる。



「……残っているのは誰?」



「柏葉夕菜一尉です。 それと瀬名翔子三尉と若宮柚子一曹」



「最先任は夕菜ね。

 

 ……では、柏葉一尉に命じます

 残りの2名を引き連れて上弦に帰還しなさい。

 そして舞歌さまに撤退を進言」



「……万葉さんはどうするんですか?」



万葉の物言いに何かを感じたらしい柏葉一尉が聞き返す。

妙なところで鋭い部下に嘆息しつつ、彼女は答えた。



「あなた達の撤退を支援する」



「それって、残るって事ですか!?」



瀬名三尉も万葉の意図に気付いたらしい。



「言ったはずよ。 命令だって」



「でも……!」



「行きなさい。 命令よ」



この戦闘には負けた。

少なくとも万葉は指揮官として部下を生還させる義務がある。

残り3人になってしまったが。

「御剣二佐を犠牲にしてなんて ――― 」



若宮一曹が何を言いかけて、何を伝えようとしたのか、万葉はそれを知る機会を永遠に失った。

彼女たちは気付いていなかったが、そこは第12独立艦隊の間近で、しかも高角砲と両用砲の射程圏内だった。

艦載機が見当たらないのは既に対空砲火による防空圏内で、迂闊に近付けば巻き込まれかねないからだということに、

気付くことはなかった。



護衛艦<イノセンス>の主砲から放たれた127mm砲弾は狙っていたバッタを外れた。

しかし、外れたからといって砲弾がなくなったわけではない。

運悪く、その先に佇んでいた若宮一曹の一式戦を直撃した。



当たったのは左腕の盾だった。 それは自前の30mm機関砲にも耐えられる特殊な複合装甲を持っていたが、

護衛艦の127mm砲に耐えられるはずもなく、

僅かばかりの抵抗をしめした後にあっさりと貫通を許した。

しかし、盾と接触した時に信管の不良でも起こしたのか、砲弾はそのまま爆発することなく抜けていった。



「………柚子?」



だから万葉たちは何が起こったのか理解するのにわずかばかりの時間を要した。

若宮一曹の一式戦は盾を除けばほとんど無傷に見えた。

しかし、万葉の一式戦の頭部カメラにぶつかるものがあった。



それは砲弾によって千切られた若宮一曹の足だった。

太腿の根元から先は当然ながら、ない。

彼女は『カモシカのような』と表現されるようなほっそりとしたこの足が自慢だった。

その、自慢の足だけがここにある。



砲弾は一式戦の左脇腹から侵入し、反対側へ抜けていた。

その途中にはコクピットがあって、そこには………



「………ッ!」



視界が真っ赤に染まった。

頭の中は真っ白だ。

それでも身体は勝手に動いている。



2人が止めようとする暇もない。

万葉はスロットルを一気に押し込んで一式戦を最大戦速にまで押し上げた。

今まで使い道もなかったAFGを背中からとって構えさせる。



「 ――― 貴様らッ!」



ハリネズミのように武装した護衛艦が見えた。

対空砲火は濃密で、まるで投網のようにかぶせるような勢いで打ち上げられていた。



構わず突っ込む。

機体が悲鳴を上げようと構わずに突っ込む。

その速度に射撃装置が追従しきれなくなったのか、代わりにミサイルが来た。



「――― 貴様らがッ!」



ミサイル群に向かって盾を投げつけた。

誘爆を起こし、盛大な炎の塊が眼前に生じる。



万葉は無視した。



機体の表面が焼かれるのも構わずに突っ込んですり抜ける。

スラスターが何基かいかれたようだった。

それでも止まらない。

否、止められない。



「なぜ殺したーッ!」



AFGをDFに突き立てる。

たちまちの内に中和されて穴が開いた。

そこからさらに機体を内部へ。



その護衛艦はハリネズミのように多数の砲塔を持っていた。

逆を言うとそれだけ弱点が多いと言うことでもある。

手近なそれへイミディエットブレードを突き立て、艦を蹴って切り裂く。

その抉られた破口にすかさず右腕を打ち込んだ。

そして30mm砲弾を全弾打ち尽さんばかりの勢いで叩き込んだ。



万葉が艦を蹴って離脱を図るのと、砲塔内部の砲弾が誘爆を起こすのはほとんど同時だった。

基本的に護衛艦は火力を優先して防御力は二の次だ。

260mの船体を持つとは言え、ほとんど弾薬庫の塊のような代物だった。

内部からの莫大なエネルギーに抗いきれず、接合部からへし折れて爆沈した。



脱出装置と兼用のブリッジも何の役にも立たない、典型的な轟沈だった。

生存者はなし。



「……はぁ……はぁ」



それでも万葉はおさまらない。

ある意味で彼女は実直に過ぎた。



次いで視界に飛び込んできたのは、2本のブレードを持ち、馬か何かのような奇妙な船体を持つ白亜の戦艦。

火星でも万葉は目撃したことのある艦だった。



「………ナデシコ」



陶然とその名を口にする。



そう、思い返せばこの艦のせいだ。

彼女たちが火星で戦う羽目になったのも、その延長で月で戦っているのも。

そして仲間が死んでいったのも。



それは完全な逆恨み以外の何物でもなかったが、万葉の精神状態はそこまで追い詰められていた。

彼女にとっては幸いなことに、ナデシコはドック艦に収容された状態で身動きが取れないらしい。



「――― ナデシコッ!」



次の標的は決まった。

いつしか万葉はナデシコを沈めればすべて元通りになるのでは、とさえ考えていた。

従って、それ以外の全ては思考の外だった。



残ったスラスターをすべて使ってナデシコへ。

あたかも機体そのものが砲弾になったように加速する。



もちろん阻止のために赤やシアン、オレンジのエステが立ち塞がってきたが、万葉はすれ違いざまに弾き飛ばした。

ここまで加速のついた機体を止めるのは用意ではない。



ネイビーブルーの機体が追いすがってきたが、すかさずナイフを投げつける。

当たりはしなかったが、一瞬だけ加速が鈍る。

それだけで十分だった。



続けて漆黒のエステ。

本能的に機体を横滑りさせた。

曳光弾の束がかすめていった。



恐ろしいほど正確な射撃。

だが、そこにはわずかな躊躇があった。



それでも敵は強い。

万葉では逆立ちしても勝てないだろう。

だから、彼女は詭道に出た。



一式戦の腕を切り離すと投げつけたのだ。

これはさすがに予想外だったらしく、それでもとっさに弾くのは流石だが、牽制にはなった。

漆黒のエステの脇をすり抜ける。



白亜の船体がモニター上でどんどん大きくなる。

手を伸ばせば届きそうな感覚だった。

一式戦はAFGを振りかぶる。



「これで――― !」



これで、何だと言うのか?

そんな疑問が頭を隅を過ぎるが、身体はトリガーを押し込んでいた。

ナデシコのブリッジに向かってAFGが振り下ろされ……



それは途中で止められた。



まるで鎖鎌の鎖のようにAFGの柄を伸びてきたワイヤーに絡めとられた。

それが0G戦フレームには付属している機体固定用のものだと万葉が知るはずもない。

だから、彼女はこう叫んだだけだった。



「なぜ邪魔をする!

 私たちは……ただ、生きていただけなのに!」





○ ● ○ ● ○ ●





もし仮に彼が万葉の心境を知ったとして、彼女の叫びを聞いたとしたらなんと答えただろう。

しかし、現実にはそんなことはなく、彼はただこう呟くのみだった。



「戦う理由が見つかんなくても、戦わなけりゃならないのかよ」



<ガイ!? 何でお前がここに?>



アキトの問いかけにも答えない。

否、耳に入ってはいても脳まで届いていなかった。



「こんなの、無意味じゃねぇか!」



ワイヤーは50tの負荷にまで耐えられる代物だ。

そう簡単に切れることはない。

本来は小惑星やコロニーの外壁へ機体を固定するためのもので、武器ではない。

しかし、これれでこちらも腕を使うことはできないが、相手の武器を封じられたのは大きい。



だが、敵機はそれでも槍を手放そうとはしなかった。

ヤマダはそれに人間が乗っていることを知っていたわけではない。

それでもそこに何か妄執じみたものを感じた。

だから彼はそう叫んでいた。



それが聞こえたわけでもないだろうが、敵機はゆっくりとこちらを向いた。

手にした槍を引き戻しながら、穂先を下に向ける。

その意図に気付くのが一瞬遅れていたらどうなっていただろうか?

とっさに彼はワイヤーを切断した。

それとほぼ同時に敵のエステモドキはドック艦の外壁に槍を突き立てた。

ワイヤーを切断していなければ動きを封じられていたところだ。



……しかし、武器を捨ててどうすると言うのか?



その疑問の答えはすぐに思いついた。

ヤマダのエステバリスはドーヴァーの外壁を蹴って一式戦に肉薄する。

そしてプロレス技のアイアンクローの要領で一式戦の頭を鷲掴みにした。



一瞬後にマルズフラッシュ、そして指が吹き飛ぶ。

零式と同様に一式戦も頭部に7.7mm機銃を装備していた。

バッタのものを流用した装備だが、これでもナデシコの艦橋の窓を撃ち抜くことぐらいはできる。

もちろん艦橋の窓は特殊な強化プラスティックと樹脂を使った防弾仕様のものだが、耐えられる限界はある。

恐ろしいまでの執念といえる。



執念。

そう、執念だ。



それは無人兵器のような機械によるものではありえない。



「なんでだよ!」



指の半分以上が千切れ飛んだが、構わずにDFを収束させて叩きつける。



「なんでそんなことができるんだよ!」



カメラを保護するバイザーが砕け、破片を散らした。

それでも2度、3度と拳を、砕けて使い物にならなくなったそれを叩きつけた。

機銃がひっしゃげ誘爆を起こして頭部がごっそりと抉られる。



叫びながらも彼にはその答えがわかっていた。

なぜなら、それは彼も同じだからだ。



殴りつけるたびに暗い愉悦が湧き上がってくる。

それは復讐という甘美な堕落だった。



「畜生、畜生が!」



殴りつけていた拳は完全に砕け、機械の部品が露出していた。

それでも止まらない。 そして止められない。



だが、相手もいつまでも殴られているのを良しとしなかった。

膝で蹴り上げ、足を払う。

エステの体勢がわずかに崩れたところでスラスターを噴射して組み付く。



<くっ、これじゃ狙えね! おいヤマダ!

 そいつから離れろ!>



リョーコの声が通信機から響く。

が、それには答えずに残る左手で腰からマガジンを取り出す。

IFSでなければおおよそ不可能な細かな動作でマガジンからライフル弾を取り出す。



「―――ッ!」



20mmラピッドライフル弾を握り込むと相手の肩口に叩きつける。

それと同時にトリガーをオン。



それは一瞬のことだった。

収束されたDFによって弾かれた弾丸は一式戦の肩口から侵入し、

内蔵された燃料タンクを撃ちぬいて信管を作動させた。



――― 閃光



<おい! ヤマダー!!>



<ヤマダさん!?>



<ガーイ!!>



仲間たちの驚愕の表情。

それがヤマダ・ジロウが最後に知覚した光景だった。

そして2機の機動兵器は燃料タンクの爆発によってもつれるようにして吹き飛んだ。









第四次月攻略戦における戦闘終結宣言がアルビナから発せられたのはそれから2時間後のことだった。

木連艦隊は完全に月から撤退したのだった。



しかし、ナデシコから吹き飛ばされた2機の機動兵器が発見されることはなかった。

最後まで、それはなかったのだ。





<続く>






あとがき:

お久しぶりでございます。
ちょっとばかり就職活動のためにネットから離れておりました。
無事に決まったのでこれであとは卒研のみです。
復帰いたしましたので、今後ともよろしくお願いします。



それでは、次回また。

 

代理人の感想

ガイ、暁に死すっ!

つーか、本当に死んでしまいましたねぇ、彼。

取り合えず合掌。

 

・・・・あ、そこ。

「いやでも○○は○○だしなぁ」などとヒネクレた感想は漏らさないよーに(爆)。